シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
- 2013.04.02 巡りくる春へ・第2話
- 2013.04.02 巡りくる春へ・第1話
- 2013.04.01 甘やかな季節・第3話
- 2013.04.01 甘やかな季節・第2話
- 2013.04.01 甘やかな季節・第1話
巨大マトリョーシカとウェディングドレスの二段階変身を遂げた校長先生像で卒業生を送り出した後、特別生の登校義務は無くなりました。元々出欠は問われませんから「出席するのが望ましい」というだけで、まるで登校してこない1年B組の欠席大王、ジルベールなんかがいるわけですけど。
それでも私たち七人グループが登校するのは会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」と過ごす時間のためです。卒業式の翌日も授業が終わると早速出かけて行ったのですが。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! 今日は生キャラメルのシフォンケーキだよ」
バニラシフォンを生キャラメルでコーティング、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んで来たケーキは生クリームがふんわり乗っかっています。切り分けられたケーキのお皿にも生クリームがたっぷり添えられ、みんなでフォークを握った所へ。
「キース、春のお彼岸の準備は順調かい?」
会長さんの問いにジョミー君がピキンと固まり、キース君が。
「お蔭様で順調だ。俺も導師を務めるからな、親父のシゴキが大変で…」
「当然だろうね。お彼岸の法要は檀家さんも大勢来るから失敗したら大惨事だし」
頑張って、と励ましてから会長さんはジョミー君へと視線を向けて。
「その様子では気が付いたかな? 今年のお彼岸もサムと一緒に元老寺だよ」
「ええっ? 酷いや、あれってキツイんだから!」
「そう来ると思って飴玉の方も用意したけど? 今年も慰安旅行をしてあげるから」
雪の温泉で露天風呂、と会長さんは餌をちらつかせました。
「遠い場所ではないんだけどね、標高が高いから三月の末でも雪がある。残念ながら狭い谷なんでスキーやスノボはちょっと無理かな。…それでも良ければ、美味しい料理は保証するよ。それに源泉かけ流し」
「行く!」
ジョミー君は見事に釣られて、慰安旅行はシャングリラ号の春の定例航海が終わった後ということに。毎年、春休みになるとシャングリラ号は会長さんや長老の先生方を乗せて数日間の宇宙の旅に出るのです。この航海は新しい仲間の乗船体験を兼ねることが多いため、私たちは乗せて貰えなくって…。
「じゃあ、宿に予約を入れておこう。人気の高いシーズンだけど、ぼくの顔ならバッチリってね」
定宿なんだ、と自慢している会長さん。既に部屋だけは押さえてあったみたいです。ジョミー君も皆で行く気ですから、便乗させて貰って温泉旅行! 楽しみだね、と語り合っていると…。
「やったね、今年は間に合いそうだ」
「「「!!?」」」
紫のマントが優雅に翻り、現れたのはソルジャーでした。間に合ったって…何に? ソルジャーは目を丸くする私たちの前を横切ってソファに腰掛け、「ぼくにもケーキ」と澄ました顔。狙いはシフォンケーキだったのでしょうか?
「温泉旅行に行くんだって?」
ぼくも行きたい、とソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が渡したお皿のケーキにフォークを入れながら。
「去年もお世話になったけれども、ぼくとハーレイだけだった。ひょっとして今年も行くのかな、と思ってたから早くから根回ししていたんだよ。その時期だったらぶるぅも行けそう」
「ちょ、ちょっと…」
会長さんが遮り、ジョミー君の顔にも「ヒドイ」と書いてあるのですけど、ソルジャーが気にする筈もなく…。
「SD体制で苦労しているぼくたちにこそ慰安旅行が相応しい。こっちのハーレイも呼んでおいてよ、せっかくの旅行なんだしね。みんなで賑やかに行くのが一番!」
そのために頑張って特別休暇を取るんだからさ、と瞳を輝かせて語るソルジャーを止められる人はいませんでした。ジョミー君のための慰安旅行はまたしてもソルジャーの乱入決定です。とはいえ、雪の温泉宿というのは魅力的。余計なオマケはこの際忘れて、のんびりまったり出掛けましょうか。
こうしてジョミー君とサム君は元老寺の春のお彼岸の行事を手伝うことに。放課後になると「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で会長さんの指導が始まります。
「いいかい、二人とも僧籍になって一年になる。卒塔婆の文字も書けないというんじゃ話にならない。去年は受付係でも良かったけどね、今度は書く方を手伝わなくちゃ」
まずはキッチリ墨を磨る、と硯が二つテーブルに置かれ、ジョミー君たちがゴリゴリと。
「その音からして失格だよ! もっと静かにスーッと磨る! ちゃんと磨れたら習字の練習」
こっちはサイオンでコツを伝授するから、と会長さん。卒塔婆の文字は綺麗でないといけません。癖字はもっての外というわけで、反則技のサイオンの出番。けれど墨を磨るのはお坊さんの仕事の基本だそうで…。
「偉いお坊さんのお供をするとね、墨を磨るのがメインになることもあるんだよ」
しっかり肝に銘じたまえ、と会長さんが言えば、キース君も深く頷いて。
「俺も先輩から聞かされた。その先輩は寮にいたんで、本山の行事を手伝わされることも多かったらしい。それで出張のお供をしたら、朝から晩まで控室で墨を磨らされたそうだ」
「なんで?」
墨を磨りながらジョミー君が首を傾げれば、キース君は。
「説法の席で使う言葉を書き出すためだ。分かり易く説明するための必需品だな。…いくら磨っても使われてしまってキリが無いから、先輩はコッソリ墨汁を混ぜた。これがまた一発でバレたらしいぞ」
書き慣れた人は恐ろしいんだ、とキース君は肩を竦めています。
「俺も磨った墨と墨汁の違いは分かるが、混ぜられたヤツを見破る自信はまだ無いな。しかし先輩はメゲなかった。いや、怖いもの知らずと言うべきか…。墨汁がダメとなったら磨るしかないんだが、同じ姿勢で朝から晩まで磨ってられるか?」
「えっと…。それって思い切り疲れそうだね」
ぼくも疲れてきたけれど、とジョミー君が弱音を吐くと。
「そうだろう? そこで先輩は横になって墨を磨ったんだ。畳に転がって肘枕でな。せめて入口の方を向いてりゃいいものを、背中を向けていたものだから…。戻って来た老師に一喝されるまで気付かずじまいで」
「「「うわー…」」」
なんと悲惨な、と私たちは絶句したのですけど、偉いお坊さんともなれば凡人とは違うみたいです。その先輩を叱るどころか自作の俳句を色紙に書いてプレゼント。貰った俳句をよくよく読めば「日々、精進せよ」との意味にも取れるのだとか。
「小さな葉が無数に重なり合って見事な紅葉を織り成している、と詠んであるだけの俳句だと聞いた。文字通りに取ればそれで終わりだが、小さな葉をどう捉えるかだな」
「ふうん…。いい話だねえ、上手く使えば法話になりそう」
ぜひ使いたまえ、と会長さんがキース君にウインクしてから、ジョミー君に。
「ジョミー、君もキースにネタを提供しかねない立場だってことを自覚するんだね。こういう後輩がおりまして…、と説法で広められるのは嫌だろう?」
「そ、そうかも…。頑張ります…」
根性で墨を磨るのみです、と敬語になっているジョミー君。墨を磨る練習は二日後に終わり、サム君ともども会長さんからサイオンで卒塔婆用の筆の運びを伝授され…。
「わわっ、これがぼくの字? 嘘みたい…」
「俺だって信じられねえよ。習字なんて一生無理だと思ってたのに…」
感動した、と練習用の小さな卒塔婆を持った二人は感無量ですが。
「ああ、その技ねえ…。とりあえず卒塔婆限定だから! お彼岸に間に合わせるために超特急さ。お坊さんに必須の習字の方は年数をかけてじっくりと…ね」
クスクスと笑う会長さんと、ガックリしているジョミー君たち。学問に王道なしとは言いますけれど、本当に習字もそうなのでしょうか? 教頭先生にエステティシャンの技やバレエを仕込んだ会長さんなら、実は一瞬で出来るんじゃあ? 私たちの疑いの視線を一身に集めた会長さんは。
「…バレちゃったか。やろうと思えば一瞬で可能。だけど修行は日々の積み重ねが大切だから」
キースが言ってた俳句の話じゃないけどね、と語る会長さんの瞳は普段とは違う色でした。伝説の高僧、銀青様は決して甘くはないようです…。
ジョミー君たちの修行は延々と続き、やがて迎えた終業式。講堂での退屈な訓話などが済むと、グレイブ先生のホームルーム。一年間、学年一位の成績をキープし、学園一位の栄冠も何度となく手にした1年A組への労いの言葉と、来年に向けての激励と。
「諸君、一年間、よくやってくれた。私は君たちを誇りに思う。このクラスで培った友情を忘れず、2年生になっても頑張りたまえ。…常に助力してくれたブルーたちと離れても、諸君の力なら一位が取れる! いいか、一人一人が一位なのだ。クラスの順位が何位であっても、満点を取れば自分は一位だ!」
その心意気で挑むように、と熱い演説をしたグレイブ先生は最後にビシッと敬礼を。
「諸君、一年間、ありがとう。諸君の健闘を心から祈る」
「「「ありがとうございましたー!」」」
グレイブ先生に敬礼! と誰かが叫び、クラス全員がスックと立って敬礼する中、グレイブ先生は出席簿を抱えて靴音も高く教室を出てゆきました。その足音が廊下を曲がって聞こえなくなると、鞄を抱えて四方に散ってゆく生徒たち。さあ、明日からは春休み。誰もが喜びに満ちていますが…。
「なんで、ぼくたちだけこうなるのさ…」
ボソッと呟いたのはジョミー君です。春休みに宿題はありません。元から宿題の出ない特別生でなくとも宿題無しなのが春休みなのに、ジョミー君とサム君にはお彼岸のお手伝いという強烈なヤツが。しかも卒塔婆の書き方をマスターしたからには作法の方も、と会長さんが燃えたのです。いえ、面白がったと言うべきか…。
「違う、違う! そこで一歩進んで、ゆっくりと…」
また間違えた、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に会長さんの声が響いて、注意されたジョミー君が右手の指で摘んでいるのは紙の花びら。左手には小さなお盆を捧げ持ち、紙の花びらが何枚も乗っかっています。向かい側には同じポーズのサム君が。
「うーん…。これじゃ本番でもしくじりそうだね。どうする、キース?」
「一応、親父に確認したが…。檀家さんに細かい作法は分からないから、花を添えるためにもやらせておけ、と」
「なるほどねえ…。二人とも檀家さんに顔が売れているし、座ってるだけより使えってことか」
それならキッチリ仕込むまで、と会長さんがソファから立ち上がって。
「仕方ない、ぼくが手本をやるから見ているんだよ? 同時にサイオンで情報を流す。モノにするかどうかは君たちの集中力にかかっているということで」
習字みたいな楽勝コースは用意していない、と会長さんはジョミー君からお盆を受け取ると滑るような足取りで部屋を回りながらお経を朗々と唱え、ゆったりとした動きで紙の花びらをヒラヒラと…。
「ほうぜーい、しーほう、じょーらい、じーとうちょーう、さんかーらーく…」
何枚もの花びらが舞い落ちるのは「かーらーく」と唱える時です。その直前の「さん」の所で花びらを摘み、フワリと撒いてゆくのですけど、これが散華というヤツで。「さんからく」は「散華楽」だとキース君が教えてくれました。お彼岸の法要で散華を撒く役目をジョミー君たちに、という運びなのです。
「二人とも、ちゃんと見ていたかい? はい、もう一度始めから!」
会長さんがパンと手を打ち、ジョミー君とサム君は散華の練習。さっきよりかはマシですけれど、会長さんの流れるような所作には遙かに遠いレベルのもので。
「…こればっかりは慣れってことかな。キース、君が見た感じはどう?」
「大学に入学したての初心者に比べりゃマシだろう。…後は畳で躓かないことを祈るだけだな」
緊張してると爪先が畳の縁に引っ掛かるんだ、とキース君。作法を叩き込まれたお坊さんなら畳の縁を決して踏んだりしないそうですけど、サム君はともかくジョミー君は…。
「まあいいさ。卒塔婆書きが出来るだけでも助かる。散華の方は転ばなければ及第点だ」
「不肖の弟子が迷惑かけるね。彼岸会にぼくも顔を出せたらいいんだけれど、シャングリラ号に行かなきゃダメだし…。サイオンでフォロー不可能ってことは転びかけてもどうしようもない」
支えが無くて見事に転倒、と会長さんに言われたジョミー君は顔を引き攣らせています。そうなった時のキース君とアドス和尚も怖いでしょうけど、何より自分が大恥ですって…。
春のお彼岸のお手伝いは終業式の翌日から。暦は前日に既にお彼岸に入ってましたし、ジョミー君たちは卒塔婆書きを懸命に頑張っているのでしょう。去年はシロエ君たちと見物しに行ったものの、今年は法要の日だけ出掛けることに決めました。散華しながら転ぶのかどうか、やっぱり見たいじゃないですか。
「先輩たち、散華って知ってました?」
元老寺に向かうバスの中で尋ねてきたのはシロエ君です。えっ、散華って法要で撒く紙の花びらでしょ? 会長さんもキース君もそうだと言っていましたし…。
「いえ、そうじゃなくて…。あれって御利益があるんだそうです」
「「「御利益?」」」
「財布に入れるとお金が増えるらしいんですよ。…マツカ先輩には無意味でしょうけど」
シロエ君からの思わぬ情報にスウェナちゃんと私は思わず拳を握りました。なんと、お金が増えますか! これは拾うしかありません。練習で撒いていたのは普通の紙でしたが、今日のは本物。良からぬ目的を抱いて元老寺の本堂に突入した私たちは…。
「ひ、酷い…」
「一枚も撒いてくれないなんて…」
何か約束事でもあったのでしょう。法衣のジョミー君とサム君が散華を入れた籠を持って歩いたルートは私たちが陣取った場所から遠く離れていたのです。撒かれた散華を奪い合っている檀家さんたちを涙目で見ている間に散華はおしまい。…えっと、ジョミー君たちの作法はどうでしたっけ?
「先輩、ちゃんと見てました? ぼく、散華しか見てなくて…」
「ぼくもです。ついつい、そっちに目が行っちゃって」
「ええっ、マツカはお金を増やさなくてもいいじゃない。何してたのよ?」
自分の所業を棚に上げて騒いでいたのは法要が終わった後のこと。本堂の脇でワイワイ言い合っていると、緑の法衣に立派な袈裟を着けたキース君がやって来て。
「何をやってるんだ、こんな所で? なんだ、散華が欲しかったのか…。清めたヤツが残してあるから分けてやる。それより打ち上げに出て行かないか? 出席予定の檀家さんが何人か欠席してるんだ」
お膳が余っているからな、と誘われた私たちは散華に釣られて宴に出席。お坊さん多めの打ち上げでしたが、金や銀の地色に花鳥風月が描かれた散華を何枚も貰って大満足です。ジョミー君とサム君も失敗せずに済んだとのことで、めでたし、めでたし。会長さんが帰ってきたら慰安旅行が待っていますよ~!
シャングリラ号が宇宙から戻ったのは法要が終わった二日後でした。疲れ知らずの会長さんは早速キース君たちをマンションに呼び付けて報告を聞いたみたいです。ジョミー君とサム君が法要を無事に務めたとあって、慰安旅行に妨げは無し。最初に決めた予定通りの日の朝、私たちはアルテメシア駅の中央改札前に集合で…。
「かみお~ん♪ みんな、お待たせ!」
トコトコと駆けてくるのはリュックを背負った「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」の二人。その後ろに私服姿の会長さんとソルジャーが続き、更にソルジャーの分の荷物も提げたキャプテンが。私たちと一緒に待っていた教頭先生は、それを見るなり会長さんの傍へと足早に近づいて行って。
「ブルー、荷物は私が持とう」
「勘違いしないで欲しいね、ハーレイ。ぼくとブルーは違うんだよ」
あっちは新婚熱々なんだ、と唇を尖らせる会長さん。
「ちょっと旅行に呼ばれたと思って調子に乗らないで欲しいんだけど? ブルーが是非にと言っていなけりゃ君は留守番だったんだ」
「そ、そうなのか?」
「だって、呼ぶ理由が無いだろう? 今回はサムとジョミーの慰安旅行! 去年のヤツもそうだった。ただ、どちらもブルーが乱入してきて乗っ取られたというのが実情」
そうだよね? と同意を求められてジョミー君とサム君が頷きました。気の毒に二人とも慰安旅行をブッ潰されてばかりです。去年なんかはソルジャーとキャプテンのバカップル道中という実に悲惨な展開に…。そのバカップルが結婚した今、雲行きの方はどうなんでしょう? ちょっと心配…。
「あ、ハーレイ」
教頭先生に呼び掛けたのはソルジャーです。
「君を呼びたいと頼んだ理由は特に無いから安心してよ。バカップル指南はもう要らないし、君とブルーをくっつけようとか企んだりもしてないし! 同じ旅なら賑やかな方が素敵だよね、と思っただけさ。今回はぶるぅも一緒だから」
「かみお~ん♪ お留守番じゃないのって久しぶり! ブルー、ハーレイと結婚してから何度もこっちで泊まってるのに、ぼくって留守番ばっかりなんだよ」
「「「何度も!?」」」
それは私たちも初耳でした。えっと、ソルジャーが泊まりに来たのはマツカ君の夏の別荘の後はクリスマスだけじゃなかったでしょうか。あの時は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵になっていて、ソルジャーと「ぶるぅ」が来ていた筈です。キャプテンは呼ばれていませんが…?
「シーッ! ぶるぅ」
ソルジャーが唇に指を一本当てて。
「そういう話は電車の中で…ね。此処には人が一杯だろう?」
改札付近には春休みとあって家族連れなども大勢います。電車の中で、というのが引っ掛からないでもないですけれど、立ち話に向かない場なのは確か。目的地へ向かう電車は会長さんが一両を貸し切りにしてくれています。マツカ君にも負けない財力の元はソルジャーのお給料らしいんですよね。
「電車は向こうのホームだよ」
会長さんが切符を取り出し、全員に配りながら言いました。
「でも、その前にまずはお弁当だね。今回はハーレイの奢りじゃないから、各自、考えて買うように!」
「「「はーい!」」」
ゾロゾロと向かった駅弁売り場は春らしいお弁当で一杯です。豪華弁当といきたいのですが、お財布の中身は今一つ。キース君に貰った散華をしっかり入れているのに増えません。いえ、そんなことを言ったら罰が当たりますね、昨日パパから「旅行用に」とお小遣いを貰って増えたのですし。
「ん? どうしたんだい?」
ショーケースと睨めっこしていると会長さんの声が隣から。
「欲しいお弁当が買えないって? それは良くないよね、どれが好み?」
答えるよりも先に会長さんは私が見ていた二段重ねのお弁当を指差し、サッとお金を支払って。
「はい、どうぞ。女の子にはサービスしなくちゃ! スウェナ、君のも買ってあげるよ」
どれがいい? とニッコリ微笑む会長さんはシャングリラ・ジゴロ・ブルーそのものでした。私やスウェナちゃんに気があるわけでは全く無いのに、こういう所でサービス精神旺盛なのが人気の秘訣なのでしょう。顔だけだったら女の子はすぐに飽きちゃいますし…。
「あっ、いいなぁ…。ずるいや、女の子だけにサービスなんて」
ジョミー君が不満を口にした途端に、会長さんは。
「なんだ、ジョミーもサービス希望? 構わないけどね、愛弟子のためにお弁当を手配するのも師僧の務め! なにしろ師僧は弟子が立派に一人立ちするまで面倒を見るのが仕事だし…」
「え? ちょ、ちょっと…」
「すみません、そこの精進弁当を一つ」
会長さんが有無を言わさず注文したのは、一昨年の夏にキャプテンが一人旅をした時に「そるじゃぁ・ぶるぅ」に勧められていたヤツでした。璃慕恩院とは違って座禅をする宗派に因んだお弁当ですが、精進料理に変わりはなくて…。
「ジョミー、ぼくから君への愛だ。遠慮せずに受け取ってくれたまえ」
「えーっ…」
こんなのよりも豚カツ弁当、というジョミー君の叫びはサックリ無視され、会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒に予約限定のお花見弁当を受け取っています。ソルジャーとキャプテン、「ぶるぅ」も同じ。ソルジャーの財源はエロドクターのお財布でしょうね。
乗り込んだ電車での話題はソルジャーが「後でね」と「ぶるぅ」に注意していたお泊まりの件から。新婚バカップルなソルジャーとキャプテンは何度も二人でこちらに来ているらしいのです。ソルジャーがエロドクターからせしめたお金でリゾートホテルや夜景の綺麗なホテルなんかに一泊して…。
「一晩だけしか泊まれないのが難点だけどね、地球で過ごせるっていうのが最高」
夜のお楽しみは二の次なんだ、とソルジャーは片目を瞑ってみせました。
「ハーレイが思い切りヘタレてた頃は鏡張りの部屋に泊まりに行ったりしたけどさ…。今じゃそんなの必要ないし! 二人でベッドで過ごせるだけで満足なんだよ、ハーレイも頑張ってくれてるしね。今回の旅にも大いに期待。温泉で肌がツルツルになれば、ハーレイだって喜ぶと思うな」
ねえ? と水を向けられたキャプテンは「そ、そうですね…」と真っ赤な顔。普段から大人の時間を過ごしているくせに、こういう所は教頭先生そっくりです。そこがまたソルジャーにはたまらないらしく。
「照れなくってもぼくたちの仲はバレバレだってば、此処にいるのは結婚式の立会人だった人ばかりだよ? でも……そんな所も好きだよ、ハーレイ。情熱的でも適度にヘタレ」
からかうとすぐに赤くなるのが面白いから、と笑うソルジャー。どうやら会長さんが教頭先生をオモチャにするのと同じで、ソルジャーにとってもキャプテンはオモチャらしいです。私たちは苦笑しながらバカップルから目を逸らそうとしたのですけど。
「えっ、ハーレイがぼくのオモチャだって?」
誰の思考が零れていたのか、赤い瞳が悪戯っぽく輝きました。
「確かにオモチャと言えるだろうねえ、ただし大人のオモチャだけどさ。…あ、大人のオモチャって知ってるかな? 夜の時間を盛り上げるための…」
「ストーップ!」
待ったをかけたのは会長さん。大人のオモチャって何でしょう? 教頭先生が鼻をティッシュで押さえていますし、何かアブナイものだとか…? 首を傾げる私たちでしたが、会長さんは。
「知らなくってもいいんだよ! 万年十八歳未満お断りだろ、君たちは!」
知らずにいた方が身のためだとか、精神の安定を保つべきだとか言われましても、分からないものは謎のまま。追求したって理解不能な内容なのがオチっぽいです。ここは忘れて少し早めの昼食を、と買ってきたお弁当を広げているとソルジャーが。
「ハーレイ、これはあげるから、そっちのを一口くれないかな? はい、あ~ん♪」
お箸で摘んだ魚の焼き物をキャプテンの口に運ぶソルジャー。キャプテンは幸せそうに頬張り、お返しとばかりに桜色のきんとんを二つに割ってその片方をソルジャーの口に。
「ん…。桜の味かな、美味しいや、これ」
「もう半分も食べますか? どうぞ」
「ありがとう、ハーレイ。愛してるよ」
今夜もじっくり愛し合おうね、と語らっているバカップル。私たちの姿なんかは既に視界に入っていないに決まっています。そんな二人に慣れた「ぶるぅ」はガツガツとお弁当を食べながら。
「パパとママが仲良しなのって嬉しいよね。構ってもらえなくてもいいんだ、離婚の危機は嫌だもん!」
一緒に旅行に来られただけで充分だもん、とニコニコ笑顔を振りまく「ぶるぅ」は私たちより遙かに大人でした。単なるおませとも言いますけれど、悟りの境地を是非とも分けて下さいです~!
ソルジャーに振り回されてしまったバレンタインデーが済むと、これまた三学期の恒例行事が私たちを待っていました。正確に言えば私たちが関係するのは仕上げの時だけで、そこに至る過程は全てシロエ君にかかっているのですが…。そう、卒業制作というヤツです。
「今年は久しぶりにデザインを描いてみたんだよ」
会長さんが数枚の紙を取り出したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋。柔道部の部活が終わって現れたシロエ君の前に置き、ニッコリ笑って。
「どうかな、これ?」
「「「えっと…」」」
シロエ君だけでなく、誰もが言葉を失いました。絵が下手というわけではなくて、もっと根本的な問題です。卒業制作とは、校長先生の大きな銅像を卒業式に合わせて変身させるプロジェクト。長年、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がやっていたのを私たちが引き継いで三年目。
え、計算が合わないって? 私たちが卒業した翌年はアルトちゃんとrちゃんが特別生になる前段階として卒業しましたし、二人が所属する数学同好会が前祝いにと像を変身させたのでした。その翌年から私たちが作業を請け負っているわけです。今年も始まる頃だとは思ってましたが…。
「なんですか、これは?」
シロエ君が指差したデザイン画には白無垢の花嫁が描かれています。純白の打ち掛けに綿帽子。そこまでは納得出来るんですけど、何故に表面がのっぺりと? もっとフィットしたデザインに出来そうなのに、これじゃマトリョーシカですよ?
「何と訊かれても、その通りだけど? 花嫁姿のマトリョーシカだ」
大真面目に答えた会長さんが紙をめくると、下から別のデザイン画が。そちらはウェディングドレスです。うん、こっちなら像に着せられますし、断然こちらがいいですって! シロエ君も同じ見解のようで。
「マトリョーシカよりいいですね。ぼくはこっちを推しますけども…」
「分かってないねえ…」
残念だよ、と会長さんは人差し指をチッチッと左右に振ってみせて。
「マトリョーシカだと言っただろう? 今年の変身は二段階だ。第一段階が白無垢の花嫁、第二段階がウェディングドレス! シロエにはマトリョーシカの細工を頼むことになる。あ、目からビームと花火のシステムも組み込んでよね」
「「「えぇっ!?」」」
「ぼくの自慢のデザインなんだ。二段階変身は一度もやってないから是非やりたい。白無垢の原画はぼくが描くから拡大してプリントしてくれればいいし、ウェディングドレスはぶるぅが縫うし」
「かみお~ん♪ 服を縫うのは久しぶりだし、すっごく楽しみ!」
フワフワでフリルひらひらだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がはしゃぐだけあってドレスのデザインはスカートの部分が大きく膨らんだ華やかなもの。マトリョーシカな白無垢からコレが出るとは誰も思いもよらないでしょうが…。
「でね、マトリョーシカはこんな感じで左右にパカッと開く仕掛けにしてほしい。安全のためにも小さく畳める形だといいな、その辺の工夫はシロエに任せる」
「分かりましたよ、検討します。…ところで、どうして花嫁なんです?」
おおっ、よくぞ訊いてくれました、シロエ君! 会長さんは綺麗な笑みを浮かべて。
「御成婚記念」
「「「御成婚?」」」
「うん。…君たちとハーレイくらいしか知らないけどさ、ブルーが結婚しただろう? その記念だよ。…って言うか、単なる悪ノリ。今年のアイデアを考えていたら浮かんで来たんだ、こういうヤツが」
晴れの門出にピッタリだよね、と会長さんは御満悦。思い込んだら一直線な会長さんだけに、こうと決めれば軌道修正は不可能です。シロエ君の今年の仕事はマトリョーシカ。私たちは銅像にドレスを着せる係に決まってしまったようですねえ…。
卒業制作の準備が始まり、シロエ君は放課後に設計図と睨めっこするようになりました。小さく畳んで収納できる巨大マトリョーシカの構造について幾つもの案を書き出しています。ドレス係の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は私たちが授業に出ている間に奥の小部屋でミシンを使っているのだとか。
そうこうする内に三学期の期末試験のシーズン入りで、1年A組の一番後ろに会長さんの机が増えて…。五日間に渡る試験が終わるとお馴染みの打ち上げパーティーです。
「ハーレイを誘わなくっちゃね、今年もさ」
三学期は毎年呼んでいるから、と会長さんが先頭に立って教頭室へ行き、一緒に行こうと声を掛ければ教頭先生は大感激で。
「い、いいのか? …いや、しかし…」
「嬉しさ半分、怖さ半分って?」
いつも酷い目に遭ってるもんねえ、と会長さん。そう、打ち上げパーティーに来た教頭先生はオモチャにされるのが毎度のパターンなのでした。それでも会長さんと会食出来るという誘惑に負けてホイホイついて来るのも教頭先生ならではです。案の定、今年も迷ったのは一瞬だけ。
「よし、行くか。…すぐに片付けるから待っていなさい」
数枚の書類にサインし、残りを机の引き出しに入れて鍵を掛け、教頭室にも施錠した教頭先生は上機嫌。事務室に鍵を返しに行くのも浮き立つような足取りだったり…。その間に会長さんが教頭先生の愛車を学校の駐車場から教頭先生の家まで瞬間移動で送り届けて、出掛ける準備はバッチリです。
校門前からタクシーに分乗し、パルテノンの高級焼き肉店へ。勿論、個室を予約済み。
「かみお~ん♪ ぼく、チューハイ!」
元気一杯に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が叫び、教頭先生と会長さんは生ビール。私たちはジュースなどを頼み、まずは会長さんの音頭で乾杯から。
「それじゃ今年度最後の試験終了を祝って…乾杯!」
「「「かんぱーい!!!」」」
カチン、とグラスを合わせた後は賑やかなパーティーの始まりです。驚いたのはマザー農場からのサービスだという高級牛肉の大皿が届いたことでした。会長さん曰く、この店で今日、打ち上げをすると連絡を入れたておいたのだとか。ということは、この肉は…。
「そう、マザー農場自慢の幻の肉! この店にもたまに卸すんだよね、御贔屓筋から注文が入った時だけだけど…。ほら、収穫祭の時にキースの副住職就任祝いにステーキを出してくれただろう? あそこじゃ今一つ落ち着かなかったし、もう一度おねだりしてみたってわけ」
会長さんがペロリと舌を出し、キース君が。
「…二度も祝いを貰えるくらいに偉いものでもないんだが…」
「かまわないじゃないか、くれたんだからさ。…それに君が立派に務めてることは分かっているしね、毎日あの数珠を使ってるだろう?」
だから御褒美、と会長さんは微笑みました。あの数珠と言えばソルジャーがキース君に託した桜の数珠です。私たちには周知の事実ですけど、教頭先生は首を傾げて。
「数珠? …坊主に数珠は必須だろう? 何か特別な数珠でもあるのか?」
「ああ、それはね…。その話をしておきたかったから肉をおねだりしたんだよ。キースが副住職に就任したことが全ての発端になるんだし…。こうでもしないと忘れそうでさ」
焼肉に夢中になっちゃって、と会長さん。確かに楽しく食べまくっていると大切なことをストンと忘れてしまいそうではありますものね。会長さんは幻のお肉を焼き網にヒョイと乗せながら。
「どこから話せばいいんだろう? とりあえずは数珠って所からかな…。前にキースに叱られたけどね、そんな話を焼肉を食べながらするヤツがいるか、って凄い剣幕で」
「…俺はそこまで怒っていないぞ、呆れただけで」
話を勝手に捏造するな、とキース君が溜息をついていますが、会長さんはクスッと小さく笑っただけ。教頭先生に何処まで話すのか、ちょっと気になる所ですよね。
「ブルーがね、キースにお祝いを持って来たんだよ。副住職の就任祝いに」
何の前置きもなく語り始めた会長さんに、教頭先生はキョトンとした顔。それはそうでしょう、あのソルジャーがお祝いを持って駆け付けるなんて誰も思っていませんでしたし…。教頭先生だってソルジャーとは長い付き合いですけど、貰った物はロクでもないモノを除けば結婚の引き出物くらいです。
「あいつがキースに祝いの品を…か?」
「そうなんだ。ぼくも正直、ビックリしたよ。おまけにそれが数珠だったから二度ビックリ…ってね」
「数珠だと? それがさっきの数珠の話か?」
「うん。あっちのハーレイと一緒に作った数珠なんだってさ、ブルーのお気に入りの桜の木で」
会長さんはソルジャーが好きだったという桜の話を始めました。あちらの世界に生えていた古木が枯れて、それが数珠へと姿を変えるまでの。
「その数珠をキースが貰ったわけだな。すると目的は桜の供養か?」
「違うよ、桜よりもっと重いもの。…ブルーの世界でサイオンを持った人間のことをミュウと呼ぶのは知ってるだろう? 今までに殺されたミュウ、不幸にして命を落としたミュウ……そして今この瞬間にも抹殺されているかもしれないミュウ。そのミュウたちの供養を頼む、とブルーは言ってた」
「ミュウの供養だと? それは…そのぅ、生半可な数じゃないだろう? …キース、お前はそれを引き受けたのか?」
その若さでは重そうだが、と教頭先生の眉間の皺が深くなりましたが、キース君はキッパリと。
「はい、引き受けさせて頂きました。まだまだ若輩者ですから、至らない所も多いのですが……全力で祈る所存です」
「いい覚悟だ。それでこそ柔道部で仕込んだ甲斐がある。頑張るんだぞ」
感極まった様子の教頭先生。美しい師弟の絆がキラキラと輝いて見えているようで私たちも思わず感動中。ここで終われば「いい話」になる筈だったのに、それをさせないのが会長さんです。焼けたお肉を特製タレに浸して頬張り、じっくりと噛んで味わってから。
「いい肉はやっぱり美味しいねえ。でもって、同じなら美味しい思いをしたくなるのが人間ってヤツで…。ブルーがキースに託した願いで一番なのは何だと思う? ハーレイ、君に訊いているんだけど」
「亡くなったミュウの供養だろう?」
「甘いね、君はまだまだブルーを分かっていない。一番は自分自身の極楽往生」
「極楽往生?」
あまりにもソルジャーには不似合いな願いに教頭先生はポカンとしています。天国と言うならまだしも極楽とくれば無理もないとは思うんですけど…。会長さんは「極楽だよ」と繰り返してから、パチンとウインクしてみせて。
「正確に言えば自分とハーレイのための願いなんだよ、一蓮托生したいそうだ。極楽で同じ蓮の花の上に生まれたいから、よろしく頼むってことらしい。なんと言っても夫婦だからね」
「そうだったのか…。確かに同じ蓮の上なら嬉しいだろうな、二度と離れずに済むからな…」
そうなるといいな、と穏やかに微笑む教頭先生。視線の先に会長さんがいるだけに自分の夢も重なっていそうな感じです。とはいえ、純粋にソルジャー夫妻の幸せを願う気持ちもあるのは確か。なのに会長さんはニヤリと笑うと。
「ブルーの願いは同じ蓮ってだけじゃないのさ、だからキースの負担が増える。阿弥陀様から遠い所に咲いている蓮で、おまけに色にも指定があって」
「…阿弥陀様から遠い蓮? それは意味があるのか、仏教的に?」
「仏教の教えでは阿弥陀様に近い蓮ほど格が高いと決まってる。だけどね、ブルーは遠いのを希望。蓮の花の色はハーレイの肌の色が映える色にしてくれ、とも言ってるんだよ」
「私にはサッパリ分からんのだが…」
その蓮の何処が有難いんだ、と首を捻った教頭先生に向かって会長さんは。
「いいかい、阿弥陀様から遠いんだよ? 目に付きにくい場所ってこと! 極楽へ行けばエネルギー切れを気にせずヤリまくれそうだし、君と同様にヘタレなパートナーが阿弥陀様の視線を感じずに済む所がいい、って。ついでにヤリまくるからには蓮の花の色もパートナーの肌が良く映える色…って、ハーレイ?」
教頭先生の鼻からツツーッと鼻血が垂れていました。ほど良くお酒が回っていた上、想定外の大人の時間な話に血管が切れたみたいです。
「ご、極楽…。同じ蓮の上…」
素晴らしすぎる、と夢見心地で呟いた教頭先生は畳にバタンと仰向けに倒れ、グオーッと始まる大イビキ。
「「「教頭先生!?」」」
慌てて駆け寄ろうとするキース君たちを会長さんが手で制して。
「大丈夫だよ、酔っ払いは幸せに夢の中だから。…普段だったらこの程度では酔わないんだけどね、話の刺激が強すぎたらしい。このまま寝かせておいたらいいさ、運が良ければ夢の中でぼくと極楽体験」
同じ蓮に座って新婚気分、とクスクス笑う会長さん。
「抹香臭く聞こえるけれど、花の上に座るだけなら童話とかでも良くあることだし…。なんと言ってもハーレイだから並んで座るのが精一杯だよ、それ以上のことは絶対無理、無理」
放っておいても無問題、と会長さんは肉を焼き網に乗せました。
「さてと、ぼくたちは楽しくやろうか。ハーレイの分まで飲み食べ放題! どうせ元々スポンサーだしね」
大いに飲もう、と会長さんはブチ上げてますけど、私たちはお酒は飲めません。その分も食べて食べまくろう、とメニューを広げて見ていたり…。よしっ、次は一番高いお肉で! 教頭先生、帰りはちゃんとタクシーを手配しますから、安心して寝てて下さいです~。
教頭先生が潰れてしまった宴会から数日が経って、期末試験の結果が発表されました。1年A組は最後まで栄えある学年一位でしたが、グレイブ先生が会長さんは二年生に進級しない、と明言したから大変です。クラスメイトが悲鳴を上げる中、グレイブ先生は淡々と。
「私は嘘は言わない主義だ。信じられないなら上級生に訊くといい。かつて1年A組で楽をしていた生徒が確実に何人も見つかるだろう。…しかし、諸君。安心したまえ。皆、春休みに勉強した結果、落ちこぼれた者は一人もいない。いいか、今からが勝負なのだ!」
終業式までの残る授業にも身を入れるように、と熱弁を振るったグレイブ先生は軍人のように踵をカチンと打ち合わせて。
「いいな、しっかり頑張るのだぞ。…と言いたいのだが、ここで残念なお知らせがある。繰り上げホワイトデーの日程が発表された。卒業式の三日前だ」
繰り上げホワイトデーはバレンタインデーを大々的にやるシャングリラ学園特有の行事。本物のホワイトデーまでに卒業してゆく3年生のために設けられた日で、この時にチョコのお返しをするのです。狐に摘まれたような顔のクラスメイトたちは配られた紙を食い入るように眺め、会長さんの進級の件は忘れ去られて。
「助かったぁ…。今年も質問攻めかと思っちゃったよ」
ジョミー君がホッとした顔をし、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へと。話が出た日に逃げてしまえばクラスメイトは部活などの先輩に事実確認に出掛けますから、会長さんについて訊かれる心配はもうありません。1年A組と会長さんの関係は既に伝説の域ですものね。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「やあ。繰り上げホワイトデーだって?」
お返しをしないわけにはいかないよね、と微笑む会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はバレンタインデーに沢山のチョコを貰っています。去年までは「そるじゃぁ・ぶるぅ」にチョコを渡すのは1年A組のクラスメイトと元1年A組の人だけでしたが、今年は事情が違いました。
「ぼく、あんなに沢山チョコを貰ったのって初めてなんだ♪ お返し、何にしようかなぁ?」
サイオニック・ドリームってわけにはいかないよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は小さな頭を悩ませています。学園祭で披露したサイオニック・ドリームが好評だっただけに「お近づきになって個人的に化かして欲しい」生徒が急増中。チョコレートもその副産物で。
「女の子にはお菓子とか可愛い小物とかだよね。でも男の子って…何が好きなの?」
分かんないや、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は真剣な瞳でジョミー君たちにリサーチ開始。つぶらな瞳に縋り付かれた男の子たちは…。
「ホワイトデーのお返しだよね? そんなの普通、貰わないしね…」
考えたこともない、とジョミー君が眉を寄せればキース君が。
「友チョコにホワイトデーがあったら考えたのかもしれないが…。ブルーが今までに貰った物といえば、ザッハトルテとか手編みセーターとか…」
「キース先輩、それって教頭先生が贈ったヤツじゃないですか」
参考以前の問題ですよ、とシロエ君。
「ぼくが貰うんなら…工具セットとか嬉しいですよね、持ち歩けるヤツ」
「工具セットか。サッと取り出して修理出来れば女子にモテるかもしれないな」
いいかもしれん、とキース君が頷き、他の男子も賛成しました。スウェナちゃんと私も異存なし。頼れる男子って女子にとっては嬉しいですよね。こうして「そるじゃぁ・ぶるぅ」の男子用のお返しはポケットサイズの工具セットに決まり、それから間もなく繰り上げホワイトデーがやって来て。
「かみお~ん♪ みんな、チョコレートありがとう!」
お返しだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は女の子たちに手作りポーチを配り、男の子たちには工具セット。不思議パワーが宿っているかも、と貰った人たちは大喜びです。沸き返る1年A組の教室に会長さんが苦笑しながら。
「やれやれ、強力なライバル出現かな? ぼくがすっかり霞んじゃいそうだ」
これでも心を込めたんだけど、と配り歩くのはイニシャルを刺繍した高級そうなハンカチでした。会長さんのイニシャルではなく贈る相手のものというのがシャングリラ・ジゴロ・ブルーならでは。おまけにハンカチには淡いピンクのドラジェが入った小さな袋が添えられていて。
「ドラジェといえば結婚式だと思ってた? 違うよ、本場じゃ誕生日とかのお祝いの時にも配るんだ。卒業式には真っ赤なドラジェ! だから3年生には赤いドラジェで2年生がピンク、1年生の君たちの分は淡いピンクさ、ぼくの手作り」
たちまち上がる黄色い悲鳴。クラスの女子たちが大騒ぎする中、会長さんに貰ったチョコをプレゼントしたスウェナちゃんと私にもお返しのハンカチとドラジェがちゃんと配られて…。
『友チョコを本命チョコとだと思っておくよ、と言っただろう? 遠慮しないで受け取ってよね。アルトさんとrさんには寮宛に別のプレゼントも送ってあるんだ』
例年通りフィシスの名前で、と届いた思念にアルトちゃんたちを見れば頬がほんのり染まっています。またしてもガウンとかをプレゼントしたのでしょう。呆れていると「そるじゃぁ・ぶるぅ」がポーチを持ってきてくれました。この純真な子が会長さんの願いから生まれたというのが本当に不思議ですってば…。
二日後の夜、私たち七人グループは夜の校庭に密かに集合。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動させたのです。星空は冴え冴えと凍てついていて、風も身を切る冷たさで…。会長さんがシールドを張ってくれなかったら凍えていたかもしれません。そんな中、男の子たちはシールド無しで作業を開始。
「えっと、えっとね、ドレスはサイオンで固めとくから!」
挟まないように気を付けてね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が声を張り上げ、銅像の変身が進んでゆきます。校長先生の像はウェディングドレスの花嫁になり、お次はマトリョーシカが組み立てられて白無垢に綿帽子の花嫁姿に。細工を動かすための小型発電機が設置されたら完成です。
「御苦労さま、みんな。シロエも頑張ってくれたよね」
お披露目は明日の卒業式だ、と会長さんが満足そうに巨大マトリョーシカを見上げて準備は無事に終了しました。私たちは青いサイオンに包まれて家に送られ、翌日の朝までぐっすり眠って。
卒業式の時間に合わせて登校してみれば、銅像の前には既に大勢の生徒の姿が…。
「おおっ、今年はマトリョーシカだぜ!」
「違うだろ、元の銅像が大きいし…。中から次々出るって仕掛けは無いと思うな」
とにかく記念撮影だ、と卒業する生徒たちが像の前で集合写真を写しています。まだまだ凄くなるんですよ、と喋りたい気持ちをグッと堪えて見守る内に卒業式の時間。講堂に入れるのは3年生と2年生ですし、私たちは式が終わる間際まで「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で時間を潰して…。
「あ、出て来た、出て来た」
ジョミー君が講堂の方を指差し、シロエ君がケータイ片手にスタンバイ。銅像の仕掛けは携帯電話で操作するのがお約束です。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それに私たちは白無垢マトリョーシカの台座の前で卒業生を待ち構えて。
「シロエ、今だよ」
会長さんの合図でシロエ君がスイッチオン! パァン、とクラッカーの音が響いて色とりどりの紙吹雪と紙テープが舞い、マトリョーシカが真っ二つに。中から現れたボリュームたっぷりのウェディングドレスの花嫁が春めいた日差しに眩く輝き、マトリョーシカはシュルンと小さく畳み込まれてドレスの裾に隠されて。
「「「すげえ…」」」
わぁっ、と歓声が校庭を揺るがした所で次のスイッチ。ティアラとベールを着けた銅像の目からビームが放たれ、校舎の壁に『卒業おめでとう』の文字を大きく描き出します。仕掛けはこれで終わりではなく、ベールがフワリと揺れたかと思うと何発もの花火が青い空へと。
黄色と赤の煙が会長さんのサイオンでシャングリラ学園の紋章に形作られ、幾つもの白い落下傘が舞い降りてきて…。
「みんな、卒業おめでとう!」
会長さんが銅像の正面に立ちました。
「落下傘は一人一つずつ。ちゃんと手の中に落ちて来るから焦らずにね」
卒業生全員が落下傘を手にした所で、会長さんは。
「その落下傘に結んであるのは、ぶるぅの特製ストラップ。先輩から聞いているだろう? どんな試験でも三度だけ満点にすることが出来る。いいね、人生に三度だけ! いつ使うかは君たち次第さ」
「かみお~ん♪ また学校に遊びに来てよね、友達だもんね!」
待ってるからね、とニコニコ笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」に卒業生たちは口々に。
「同窓会に出席したら化かして貰えるチャンスとか?」
「卒業しても化かしてくれる催しがあると嬉しいんだけど…」
なんと、その方向で来ましたか! 試験が満点になるストラップよりもサイオニック・ドリームが魅力的ですか、そうですか…。私たちは顔を見合わせて苦笑し、会長さんが。
「その辺はぶるぅの気分だね。同窓会に顔を出したことは無いんだけれど…。ぶるぅは友達が大好きだから、いつか出るかもしれないよ。出席するのがお勧めだね」
シャングリラ学園を忘れないで、と会長さんは極上の笑みを浮かべました。
「ぼくもぶるぅも待っているから、いつでも顔を見せてほしいな。出会えた時がラッキー・チャンス! 同窓会なんて言っていないでクラブの先輩として訪問するとか、先生に会いに来るとかさ…。機会は幾らでもあるんだよ。だから、さよならは言わないからね」
また会おう、と右手を差し出した会長さんは握手攻めになり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は抱き上げられたり、胴上げされたり。最後には会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を真ん中に据えて、花嫁姿の校長先生像を囲んでギュウギュウ詰めの記念撮影で…。
「会長、ありがとうございましたー!」
「ぶるぅも元気でいてくれよなー!」
大学生になっても会いに来るから、と元気に手を振って卒業生たちは名残惜しそうに校門へ。私たちは今年も見送る立場で、これからもきっと見送る立場。不思議一杯のシャングリラ学園、いつまでも愛される母校でありますように~!
※シャングリラ学園番外編は、「巡りくる春へ」全3話の後、完結へと向かいます。
最後までよろしくお願いしますv
いきなりバレンタインデーへと話が飛んで、友チョコをやりたいと言い出したソルジャー。誰もがポカンとしている中でソルジャーだけが得々と…。
「こっちの世界じゃ女性から男性にチョコを渡すのは古いんだって? そりゃあ妙齢の女性ともなれば別だろうけど、若い子はそうじゃないっていう風潮だよね。流行りは友チョコ!」
これをやらずに何とする、とソルジャーはグッと拳を握りました。
「ぼくもハーレイも作ってくるから友チョコしようよ、みんなでさ。こっちのハーレイとかノルディも誘って」
「…ノルディだって?」
どうしてノルディが出て来るのさ、と会長さんが地を這うような声で尋ねれば、しれっとした顔でソルジャーが。
「情報源には敬意を払うべきだろう? どうしても嫌なら外してもいいけど、ノルディは大いに乗り気だったよ? 友チョコだったらブルーも交換してくれるかも、って期待してたね。ダメで元々、人数分のチョコは作りますよ…って」
「君はノルディに訊いたのかい? 友チョコについて?」
会長さんは顔を顰めましたが、ソルジャーの方は何処吹く風で。
「訊きに行ったのは友チョコじゃなくて、夫婦の正しいバレンタインデー! ハーレイと結婚しちゃったからねえ、バレンタインデーはどうなるのかと思ってさ…。ハーレイが命がけで作ってくれてたチョコもいいけど、結婚しててもチョコは要求出来るのかなぁ、って」
甘いチョコもハーレイが苦悶する顔も好きなんだ、とソルジャーは唇をペロリと舐めました。
「ハーレイのチョコレート作りは本当に命がけなんだよ。チョコの匂いを嗅いだだけでアウトだからさ、宇宙服のヘルメットを装備して作った年もある。…ゼルにしごかれてマシにはなっても苦手というのは変わらないから、顔を歪めてチョコの素材と戦ってるんだ」
「…要するにそのチョコを食べたいわけだね、君のハーレイの手作りとやらを」
会長さんが溜息をつけば、ソルジャーは大きく頷いて。
「もちろんさ。でもね、釣った魚に餌はやらないとも言うだろう? 今年もチョコを作って貰える保証は無い。頼めば嫌とは言わないだろうけど、それではねえ…。自発的に作ってくれるというのがいいんだ。だから夫婦でもチョコを贈るものだとか、そういう裏付けが欲しかった。ノルディが情報源なら確実だしね」
いろんな意味で、とニヤリと笑ってみせるソルジャー。
「ぼくと結婚しようとした男だけに、ハーレイは今も危機感を拭えない。おまけにぼくのこっちの世界でのスポンサーだし、どんなはずみで深い仲になるか分からないだろ? そのノルディから聞いたって言えばハーレイは絶対逆らえないさ。これが夫婦のバレンタインデーの形なんだ、って突き付ければね」
「それがどうしたら友チョコなわけ? 夫婦で友チョコは無いと思うけど」
突っ込みを入れる会長さんに、ソルジャーはパチンとウインクをして。
「其処がノルディの凄いとこかな? ぼくの望みを一通り聞いて、「それなら友チョコがお勧めですよ」と言ったんだ。夫婦のバレンタインデーっていうのは何処かに甘えが出て来るらしいね、既に釣り上げた相手だから。最大限の努力をしなくても許されるかな、と手抜きをしがち」
「…そういう傾向があるっていうのは確かに否定はしないけど…。君のハーレイなら大丈夫だろ?」
「ダメダメ、甘いものが苦手なんだよ? 今年は小さめのチョコにしようとか考えそうだ。ランクダウンが無かったとしても本気度が減っていそうでさ…。ぼくはハーレイの苦悶も好物」
愛とコレとは別物なんだ、と楽しげな顔で語るソルジャー。
「ぼくのために命を賭けてます、っていうハーレイの姿が大好きなんだよ。眉間に皺を深く刻んで苦悩するハーレイって惚れ直すよ? でもさ、結婚してからそういう顔も見られなくなってしまったし…。ぼくが戦いに出てった時には見られるけれども、ちょっと何かが違うんだよね…」
久しぶりに困らせてみたいんだ、とソルジャーは悪戯っぽい笑みを浮かべています。それがどう転べば友チョコになると…?
エロドクターがソルジャーに授けたバレンタインデーの秘策は友チョコ。私たちが知っている友チョコと言えば、女の子同士でバレンタインデーに手の込んだチョコやスウィーツを作って交換し合うイベントです。それをやらないか、と誘ってきたのがソルジャーですけど、動機がサッパリ分かりません。
「えーっと…」
滔々と語り続けているソルジャーに、会長さんが口を挟みました。
「君がハーレイの困った顔を見たいというのと、苦悶の結晶の手作りチョコが食べたいという話はよく分かったよ。…でもさ、どうして友チョコになるんだい? 君が強請れば済むことだろう?」
「本気度が減るって言ったじゃないか。其処を自然に補えるのがノルディのお勧めの友チョコなんだ。みんなで力作を交換しようってイベントだよ? 一人だけ手抜きは出来ないさ。おまけにノルディも参戦するとなったら必死だよねえ?」
半端なチョコでは済まされない、と聞かされて漸く見えてきたソルジャーの意図。要するに手作りチョコの競い合いです。キャプテンは懸命にチョコを作るでしょうし、チョコの数だって参加する人数分が必要不可欠。甘いものが苦手なキャプテンにとっては壮絶な戦いになりそうで…。
「それにさ、ハーレイのチョコが食べられるだけじゃなくって沢山のチョコが手に入るだろう? 友チョコなんだし、こっちのハーレイも呼ばなくちゃ。ぶるぅも参加してくれるよね? もちろんブルーも、そこの子たちも…さ」
「「「えぇっ!?」」」
私たちまでソルジャーと友チョコするんですか? この流れだとキャプテンも入っていそうです。あまつさえ教頭先生とかエロドクターとか、ロクな面子じゃないような…。けれどソルジャーは全く気にしていませんでした。
「いいだろ、友チョコ! ぼくも頑張って作るつもりだし、君たちも是非参加してよ。そうそう、交換会をする会場も要るよね。ノルディが家の広間を提供するって言っていたけど、それは却下かな?」
「却下!」
会長さんは即答でした。友チョコだけでも大概なのに、エロドクターの家で交換会なんて最悪です。その勢いで友チョコも断ってしまって下さい、会長さん~!
「なんでノルディの家になるのさ! そもそも友チョコもやるとは言っていないけど? 君とノルディと君のハーレイでやればいい。三人揃えば充分だろう」
「…だよな、俺は友チョコなんかをする気は無いぞ」
キース君も援護射撃に出たのですけど、ソルジャーは。
「冷たいねえ…。ぼくだって自分の世界で友チョコが出来れば、わざわざ頼みに来たりはしないさ。だけどハーレイと結婚したのは秘密なんだし、友チョコなんかが出来るとでも? …こっちの世界でしか集まらないんだ、人数がね。なのに三人で充分だなんて…。そうそう、こないだもミュウの救出作戦があって」
「…分かったよ、君が苦労をしてるってことは…」
仕方がない、と会長さんの口調に漂うものは諦めムード。
「友チョコの件は引き受けよう。ノルディの参加も承諾するしかないんだね?」
「話が早くて助かるよ。嬉しいな、みんなで友チョコを交換出来るんだね。ぼくも精一杯腕を揮わなくっちゃ。えっと、こっちのハーレイにはブルーが伝えてくれるのかな?」
「君が自分で伝えたまえ。今は暇にしているようだから」
呼び寄せる、とキラリと走った青いサイオン。あのぅ……まだ私たち、友チョコについて何も返事をしていないんですけど、参加メンバーに決定ですか? 確定なんですか、友チョコは…?
週末の午後を満喫していた教頭先生が召喚されたのは一瞬の後。いきなり会長さんの家のリビングに連れて来られて固まってしまっておられましたが、立ち直りの方も流石に早く。
「なんだ、どうした? このメンバーだとパーティーか?」
ビックリしたぞ、と苦笑している教頭先生に会長さんはソファを勧めて。
「パーティーしていたわけじゃないけど、昔話を色々と…ね。入試の前の君の耳掃除はいつからやってるサービスなのか、とか」
「………。バレているのか、その子たちにも? ブルーにバレたのは去年だったが」
教頭先生は耳の先まで真っ赤でした。そりゃそうでしょう、いつも私たちがシールドに入ってお供しているなんて知らないのですから。会長さんはクスクス可笑しそうに笑ってみせて。
「ブルーにバレたら後は筒抜けだと思うけど? だってブルーだよ、大人しく黙っているとでも?」
「…そ、そうか…。とっくにバレてしまっていたのか…」
意気消沈している教頭先生はお気の毒でしたが、バレているのは事実です。現場を毎年目撃してます、ということだけは隠しておくのが武士の情けというものでしょう。ソルジャーもそれは心得ているらしく、黙って濡れ衣を着ています。いえ、友チョコの実現に向けて余計なことは口にしないと解釈した方が正しいのかな?
「悪いね、ハーレイ。…ぼくは楽しいことが好きでさ」
ソルジャーが口を開きました。
「耳かきは衝撃的だっただけに、つい喋らずにはいられなくって…。でも、ありがとう。あれは大いに参考になった」
「は?」
怪訝そうな教頭先生に、ソルジャーは。
「あの耳かきだよ。君が気持ちよさそうにしていたからねえ、何か秘密があるのかと思ってノルディに相談してみたわけ。そしたら耳かきエステってヤツを教えてくれてさ、ぼくのハーレイが疲れてる日の定番なんだ。耳掃除の後にマッサージ! 上手く疲れが取れた時にはそのまま夫婦の時間ってね」
「………!」
ソルジャー夫妻の耳かきエステは教頭先生には刺激が強すぎたみたいです。会長さんが先日、あれこれ吹き込んでいなかったなら大丈夫だったかもしれませんけど…。
「ごめん、鼻血の危機だった? はい、どうぞ」
「す、すみません…」
教頭先生はソルジャーが渡したティッシュを鼻に詰め込み、鼻の付け根を二本の指で押さえています。ソルジャーは鼻血が落ち着くまで待ち、それから会長さんと頷き合って。
「君を呼んだのはブルーだけれど、用があったのはぼくなんだ。…バレンタインデーにぼくと友チョコしてくれないかな?」
「!!?」
ゲホッ、と咳き込む教頭先生。そりゃそうでしょう、友チョコという言葉が似合いそうもないのがソルジャーです。そうでなくても友チョコは女子のチョコレート交換会。教頭先生とは縁もゆかりも無さそうで…。
「と、友チョコ…ですか…?」
唖然として問い返す教頭先生ですが、ソルジャーはニッコリ微笑んで。
「うん、友チョコ。ぼくは結婚した身だからねえ、もうバレンタインデーは意味が無いんだ。だけどハーレイの手作りチョコはまた食べたいし、同じ食べるのなら本気のチョコ! みんなで交換し合うんだったら真面目に作ってくれそうだから、友チョコを企画したんだよ」
「そうでしたか…。では、そこの子たちも友チョコを? ブルーやぶるぅも?」
「もちろんさ。それにノルディが発案者として参加したいと名乗りを上げてる。チョコの交換会場に家を貸すとも言っていたけど、そっちはブルーに却下されちゃって…」
何処で交換すればいいんだろう、と首を傾げるソルジャーに教頭先生は。
「わ、私の家でもよろしければ…。ブルーの家の方が広いのですが、ノルディが来るとなりますと……私の家の方が都合がいいかと」
「本当かい? じゃあ、君の家で交換会ってことでいいかな、ブルーも、みんなも」
「「「………」」」
断ったらロクな展開にならないことを誰もが本能で悟っていました。バレンタインデーは友チョコで、教頭先生の家で交換会。これは決定事項です。ソルジャーは満足そうに満面の笑顔。
「それじゃ楽しく友チョコしようね。ぼくのハーレイにも伝えておくし、ノルディにもきちんと連絡しとくよ。ハーレイ、君も凄いのを作ってくれると嬉しいな」
ぼくのハーレイに負けてないヤツ、と極上の笑みを向けられた教頭先生は頬を染めて見惚れてしまっていたり…。ソルジャーは会長さんではないんですけど、同じ顔だけにそそられるのでしょう。会長さんはチッと舌打ちをして、教頭先生を瞬間移動で家へと強制送還。
「…話は済んだみたいだねえ? バレンタインデーは此処の全員揃って友チョコ、ハーレイの家で交換会。それでいいのかい?」
「うん! 今日は御馳走様、ノルディの家に寄って帰るよ。バレンタインデーはよろしくね」
友チョコだよ、と思い切り念押しをしてソルジャーは帰ってゆきました。もう逃げ道は無いようです。会長さんの昔話を聞きに来た筈なのに、何故か友チョコ。会長さんもジョミー君たちも脱力し切っていますけれども、これって夢ではないんですよね…?
友チョコ交換会が決まった週末が過ぎて登校すると、温室の周りが賑やかでした。チョコレートの噴水が中に出現したのです。待ってましたとばかりにバナナなどをコーティングする生徒が列をなし、学校を挙げてのお祭り騒ぎがいざ開幕! しかし…。
「おい、友チョコはどうするんだ?」
キース君が真顔で訊いてきたのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋。テーブルには焼き立てのマロンパイが盛られた大皿が置かれて食べ放題になっていますが、男の子たちはそれどころではないようで。
「ママに大笑いされちゃったよ。ジョミーにチョコなんて作れるわけがないじゃない、ってさ」
「ぼくもです。…機械弄りとお菓子作りは違うのよ、って」
ジョミー君とシロエ君がぼやけばサム君も。
「俺もだぜ。友チョコってだけで思い切り爆笑されちまった」
「そうなのか。何処も似たような反応なんだな」
俺も笑われてしまったんだ、と額を押さえるキース君。
「だが、おふくろが燃えちまって…。息子だから友チョコ作りは無理だと諦めていたらしい。そこへ話が降って湧いたんで、頑張って作ろうと言っている」
「いいじゃねえかよ、楽が出来てさ」
任せちまえよ、とサム君に肩を叩かれたキース君は項垂れて。
「…それが…。おふくろは俺を手伝うつもりなんだ。俺が失敗しそうになったら先輩として助力と助言」
「えっ、キースは自分で作るわけ?」
信じられない、とジョミー君が笑い出し、私たちもチョコと格闘するキース君を思い浮かべて爆笑していたのですけれど。
「君たち全員、間違ってるよ。みんなキースを見習うべきだね」
口を挟んだのは他ならぬ会長さんでした。
「友チョコは手作りすることに意味があるんだ。ブルーも作ると言ってただろう? 勿論ぼくも自分で作るし…。だから君たちも頑張りたまえ。お母さんに丸投げしたら確実にバレるよ、残留思念で」
「「「えー!!!」」」
たちまち始まるブーイングの嵐を会長さんはサラッと無視。
「いいかい、必ず手作りだからね。でも不味いチョコだと嬉しくないから、お母さんの手伝いは大歓迎! ラッピングはお母さん任せでもいいよ、その辺は好きにするといい」
「かみお~ん♪ 友チョコ、とっても楽しみ! どんなチョコレートが食べられるかな?」
ワクワクしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」とお通夜のような男子たち。マツカ君もお抱えシェフに頼む予定が狂ってしまってガックリです。男子もチョコを自作となると私も手抜きは出来ません。手作りチョコなんて初挑戦。まずは情報収集からかな…。
そして迎えたバレンタインデー。一口サイズの四角いチョコは我ながら満足の出来映えです。スウェナちゃんは円形のチョコにホワイトチョコで肉球を描いたのだそうで。
「あっ、いいなぁ…。それって可愛い」
「でしょ? 手間もそんなにかからないのよ」
スウェナちゃんのアイデアを絶賛していると、アルトちゃんとrちゃんが寄って来ました。
「なになに、今年は手作りチョコ?」
「会長さん用? それとも、ぶるぅ?」
「「えーっと…」」
まさか友チョコだなんて言えません。口ごもる私たちにアルトちゃんが。
「私、今年も会長さん命!」
「アルト~、それは私の台詞!」
rちゃんがアルトちゃんの頭を小突いて、二人はキャイキャイふざけ合いながら去ってゆきます。友チョコはバレずに済んだようで一安心…って、スウェナちゃん?
「…忘れてた…」
この世の終わりのような顔をしているスウェナちゃん。忘れたって、何を?
「教室で渡すチョコ、持ってきた?」
「や、やば…。どうしよう、私も用意してない…」
ズーン…と落ち込むスウェナちゃんと私。今日は朝のホームルームの前にチョコレートを渡す時間が設けられています。チョコの贈答をしなかった生徒は礼法室で説教の上、反省文を提出しないといけないのでした。ジョミー君たちはどうでしょう? 大慌てで尋ねに走って行くと…。
「え? ぼくたちは友チョコ保険に入ってるけど?」
ジョミー君が答える横でキース君が深く頷いています。
「友チョコ保険は基本だな。現にお前たちが忘れたとなると、今年は義理チョコが貰えないわけだし」
申し込んでおいて正解だった、とニヤリと笑うキース君。そこへ友チョコ保険係の男子が大きな箱を抱えて入って来ました。チョコを貰えそうにない男子のためにあるのが友チョコ保険。加入しておけばバレンタインデーに共同購入のチョコが届くのです。それが到着したわけで…。
「悪いな、これで俺たちは安全圏だ」
反省文を頑張れよ、と言われたスウェナちゃんと私が涙目になった所へ、教室の扉をカラリと開けて現れたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。トコトコと私たちの前まで来ると、ヒョイと包みを差し出して。
「はい、チョコレート! 買ったヤツだけど、使えるでしょ?」
会長さんのお使いで来たのだそうです。市販品でもチョコはチョコ。スウェナちゃんと私は「貰ったチョコをくれた本人に渡す」という外道な形でバレンタインデーをクリアしました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に足を向けては寝られません。この恩返しは来年のバレンタインデーに必ず、必ず~!
肝心の本命チョコをド忘れしてまで作った友チョコ。放課後、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋から瞬間移動で教頭先生の家へ。交換会場はリビングです。教頭先生も早めに仕事を切り上げて帰宅し、ケーキと飲み物を出してくれて。
「そうか、みゆとスウェナは反省文の危機だったのか」
教頭先生が可笑しそうに笑うと、会長さんが。
「友チョコを頑張った結果なんだし、笑わないであげて欲しいな。ぼくもぶるぅも友チョコを本命チョコだと思ってホワイトデーにお返しするつもり。…友チョコにはホワイトデーが無いからね」
「うむ。私もその分、精一杯の努力をしたぞ」
「それは楽しみ。…おっと、ブルーが来るみたいだよ」
会長さんの予言通りに空間が揺れ、ソルジャーがフワリと現れました。あれっ、キャプテンは? 一緒に来るんじゃなかったんですか?
「こんにちは。…ああ、ハーレイかい? 抜けられない会議があって遅刻なんだよ」
でもチョコの準備は完璧だから、と嬉しそうに微笑むソルジャー。大量のチョコを作る羽目になったキャプテンの苦労は並大抵ではなく、ソルジャーが見たかった苦悶が日夜繰り広げられていたそうで…。
「あれだけで友チョコの価値はあったね。チョコと戦った後、甘ったるい香りが抜けないハーレイと過ごした夜も素敵だったし、もう友チョコが癖になりそう。恩人のノルディを呼んでもいいかな?」
「…嫌だと言っても呼ぶくせに」
唇を尖らせた会長さんの言葉が終わらない内に、エロドクターが瞬間移動で登場です。
「これは皆さん、お揃いで…。おや、ハーレイが一人足りませんか?」
「ぼくのハーレイは遅れるんだ。先に交換会を始めちゃおうよ」
ソルジャーの音頭で全員がチョコを取り出しました。男の子たちも手作りチョコ。それぞれのお母さんが半分以上手伝ったとはいえ、箱を開けると可愛いチョコに綺麗なチョコに…。甘いものに目が無いソルジャーは大喜びです。
「やったね、美味しそうなチョコばっかりだ。ぶるぅに盗られないように用心しなくちゃ。…ぼくのはコレだよ。ぼくのハーレイの好みに合わせてビターなんだけど、そこは許して」
配られた箱の中身はシャングリラ学園の紋章の形のチョコでした。ソルジャー曰く、こだわったのは形の方。この型を作るのにサイオンまで使ったみたいです。ドクターが負けじと出してきたのはシャンパン風味のホワイトチョコ。普通はトリュフに仕上げる所をダイヤモンドの形にしたのが御自慢。
「なにしろブルーに贈れるのですし、ダイヤモンドにしてみたのですよ。いずれ本物のダイヤの指輪を贈りたいですねえ、勿論こちらのブルーにですが」
未婚のブルーは一人だけになってしまいましたし、と残念そうなエロドクター。
「ハーレイと結婚してしまわれたとは、なんとも惜しい話です。それでも遊びに来て頂けるのが嬉しいですがね」
「君の財布は魅力的だからね。友チョコのアイデアも最高だったし、これからもよろしく」
愛してるよ、とウインクしてみせたソルジャーは教頭先生に視線を向けて。
「君は何を用意したんだい? 無難なヤツかな?」
「い、いえ…。去年の二番煎じなのですが、それなりに努力したつもりです」
教頭先生はキッチンに引っ込み、沢山の箱を抱えて来ました。中身はなんとザッハトルテ。小さめとはいえ、人数分を作るには時間がかかったと思います。
「へえ…。これは凄いね、去年苦労していたケーキだろう? 生クリームを添えて食べるんだよね」
美味しそうだ、とソルジャーの瞳が輝いています。続いて会長さんが披露したのはチョコレートマカロンの上に円形の板チョコを貼り付けたもの。お次は「そるじゃぁ・ぶるぅ」で、小さなコーンに入ったソフトクリームそっくりのチョコの詰め合わせ。色も白にピンクにと本物そっくり。
「これで揃ったね、友チョコが。残るはハーレイの分だけか…」
ソルジャーが呟くと、会長さんが。
「そっちはどうでもいいんだろう? 大切なのは作る過程で」
「まあね。…だけど期待が高まるじゃないか、色々なチョコが並ぶとさ」
早く会議が終わらないかな、とソルジャーは伸びをしています。キャプテンが用意したチョコって、どんなのでしょうね?
それから待つこと三十分。ソルジャーがようやく呼び寄せたキャプテンは何も持ってはいませんでした。リビングに響き渡ったのはソルジャーの怒声。
「ぶるぅに食われた!? 全部?」
「は、はい…。会議から戻ったら空の箱の山が転がっていて…」
すみません、と大きな身体を縮こまらせて謝るキャプテン。目を離した隙に「ぶるぅ」が食べてしまったらしいのですけど、それじゃキャプテンからの友チョコは無し?
「困るんだよ、ハーレイ。お前も作って来るというのを前提にして二人分ずつ貰ってしまったぼくの立場はどうなるんだい?」
「お、お返しになればよろしいかと…」
「嫌だ! お前はチョコなんか食べやしないし、二人分食べるつもりだったのに…。お前に合わせたチョコも作ってあげたというのに、今更チョコが無いだなんて…。ん?」
あるじゃないか、と言うなりソルジャーは空中に箱を取り出しました。
「あっ、そ、それは…」
「お前の机の引き出しにあった。ぶるぅも気付かなかったようだね、これを配ればいいだろう。一人一粒になってしまうけど、無いよりはマシだ」
ぼくのチョコとセットで入れとこう、とソルジャーが配ってくれたのは何の変哲もないトリュフチョコ。これでキャプテンのチョコも揃ったのですが…。あれ? キャプテン、泣きそうな顔をしてますよ? ソルジャーもそれに気付いたらしく。
「どうしたんだい、あれを配ったらマズかった? まさかと思うけど媚薬入りとか?」
「「「えぇっ!?」」」
そんなチョコは遠慮したいです。けれどキャプテンは慌てて否定し、口の中で何やらモゴモゴと…。耳の先まで真っ赤ですから、やっぱりチョコに何か仕掛けが? と、ソルジャーが突然笑い出して。
「なんだ、そんなことか。まだ何粒か残ってるから充分じゃないか、すぐに帰って楽しみたい?」
「「「は?」」」
今度こそ意味が分かりません。ソルジャーはクッと喉を鳴らすと、キャプテンの腕に腕を絡めて。
「ぼくと食べるためのチョコを配られちゃったんだってさ。…ぼくに食べさせるためと言うべきか…。結婚して初めてのバレンタインデーだし、チョコを口移しで…と思ったらしい。友チョコなんか企画しなくても良かったみたいだ、ハーレイの案の方が遙かに甘い。だって口移しでチョコレートだよ?」
急いで帰って楽しまなくちゃ、とソルジャーは友チョコの山をかき集めています。
「ふふ、チョコを咥えるハーレイの顔が楽しみだよね。眉間に皺を寄せつつ愛情たっぷり! うん、今までに見たどんな顔よりも煽られそうだ。やっぱり友チョコよりも本命チョコ! それが最高!」
それでこそバレンタインデー、とソルジャーはキャプテンをグイと引き寄せ、濃厚なキスをしながら姿を消してしまいました。交換した友チョコも全部しっかりお持ち帰りで…。
『今日はありがとう。ハーレイの口移し用チョコ、君たちもしっかり味わってよね』
空間を越えて消える間際に残された思念に私たちは頭を抱えたのですが、めげない人が約二名。
「なるほど、口移し用ですか…。如何ですか、ブルー、これから私と」
エロドクターがソルジャーのチョコの箱を抱えて誘いにかかれば、横から教頭先生が。
「いや、その権利があるのは私だ! 同じハーレイだ!」
「出来るのですか、ヘタレのくせに? 多分鼻血だと思いますがねえ…」
言い争いを始めた二人を放って、会長さんと私たちは瞬間移動で逃亡しました。逃げられたことにも気付いていない二人の喧嘩は続いています。会長さんの家のリビングでチョコを食べつつ、高みの見物をするのもまた良きかな。まずはキャプテンの手作りチョコから食べるというのが礼儀ですかねえ?
入試直前に押し掛けて来たソルジャーの疑問に答えるために会長さんが設定した日は、入試が済んだ週の土曜日でした。肝心の入試の方は試験問題のコピーは完売、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手作りストラップも完売御礼。補欠合格を目指す人のためのパンドラの箱も完売したそうで…。
「でもさ、今年も使いこなせた人は無かったんでしょ?」
ジョミー君がパンドラの箱について話しているのは会長さんのマンションへ向かう道。私たちは昨日の放課後、合格グッズがどうなったのか会長さんから聞いたのです。パンドラの箱のハードルは今年も高く、注文を全てこなすどころか合格認定ラインの「五つこなす」所にすら辿り着けなかった人ばっかりで。
「…俺の責任も重そうだよな…」
反省している、とキース君。会長さんがキース君のアイデアを採用したせいで「お坊さんを見付けて托鉢をさせて頂く」という注文が高確率で出たらしいのです。しかも「そるじゃぁ・ぶるぅ」の欲望っぽく捻られた結果、メモに書かれた注文は…。
「お坊さんの得意料理を集めています、って熱い瞳で言うんだっけ?」
確認を取るジョミー君に、キース君が苦い顔で。
「ああ。自慢のレシピを教えて下さい、とお願いするんだ。…確かにぶるぅは料理が趣味だし、在校生がアレを聞いたら素直に納得するだろう。しかし、何も知らない受験生となると…」
「ちょっとハードル高すぎますよね」
シロエ君が相槌を打ちました。
「お坊さんに托鉢だけでもキツそうなのに、レシピを教えて下さいだなんて…。ぶるぅの力を知ってさえいれば誰でも突撃するんでしょうけど、普通は絶対無理ですよ」
「…だから反省してるんだ。来年は坊主をネタにするのはやめておく」
独創性はお寺から離れた所で練る、とキース君は決意を新たにしています。パンドラの箱は補欠合格者が出ないと言うだけで売れ行きの方はいいものですから、まだ暫くは売られるようで…。
「来年のネタ、考えておかないとね」
ジョミー君が言い、サム君が。
「おう! 来年は俺も採用を目指すぜ、ブルーの役に立たなきゃな」
頑張るんだ、と燃えるサム君は会長さんに惚れてますけど、教頭先生には遠く及ばないレベル。公認カップルを名乗ってはいても万年十八歳未満お断りなだけに、鼻血も耳かきサービスも無縁。ですから今日の集まりについても思う所は無いらしく…。
「ブルーの耳かきサービスってさあ、いったいいつからやってんだろうな?」
全然気にしてなかったけれど、と首を捻るサム君にキース君が。
「さあな。やたら伝統だけはあるんじゃないか、という気はするが…。話せば長くなるそうだしな」
「そっかぁ…。まさか三百年とか?」
「うわ、ありそう…」
三百年コースに一票かな、とジョミー君。はてさて真相はどうなのでしょう? マンションはもう目の前です。知りたがりのソルジャーも来ているでしょうし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も美味しい料理でおもてなしをしてくれそうですよね!
管理人さんに入口を開けて貰ってエレベーターに乗り、最上階に着いたのは約束していた時間ピッタリ。玄関脇のチャイムを鳴らすと扉がすぐにガチャリと開いて…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
ブルーたちが待ってるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がダイニングに案内してくれ、そこには会長さんと私服姿のソルジャーが。まずはお昼を食べるのだそうで、オマール海老のスープやミートローフのパイ皮包みなど寒さも吹っ飛ぶ熱々メニュー。窓の外は雪が舞い始めたのに、お部屋の中はぬくぬくです。
「…やっぱり家があるっていいよね」
「「「は?」」」
会長さんの唐突な言葉に私たちは揃って首を傾げたのですが。
「例の話が知りたいんだろう? 耳かきのルーツ」
「それと家が関係するのかい? そりゃあ……ぼくには家は無いけど」
シャングリラが家かもしれないけどね、と笑うソルジャー。えっと、私たちには自分の家がありますけれど、会長さんの言いたいことはサッパリです。会長さんの家だって此処に前からありますし…。
「ぼくにも家が無かった時代があるんだよ。アルタミラが海に沈んでから…ね」
「「「あ…」」」
言われてみればそうでした。会長さんの故郷の島は三百年以上も昔に火山の噴火で海に沈んでしまったのです。島があった地方にも連れて行って貰ったというのに忘れていたとは、なんと迂闊な…。一様に押し黙った私たちに向かって、会長さんは。
「気にしない、気にしない。しんみりするのは好きじゃないんだ。忘れるくらいが丁度いいのさ、普段は何も話さないだろ? ただ、耳かきのルーツとなると…。あれは旅をしていた時代だからねえ」
「…そんな時代にシャングリラ学園は無いと思うが?」
キース君が返すと、「まあね」と微笑む会長さん。
「だけどルーツは其処なんだよ。ブルーにもその頃の話はしただろう? ぼくとぶるぅで旅をしていて、少しずつ仲間が集まっていって…。最初の仲間がハーレイだけど、あの頃はぼくに惚れているとは知らなくってさ。宿でも一緒の部屋だったわけ」
ああ、なるほど。それで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻った時に教頭先生が温めることが出来たんですね。あの話を聞いた時には全く気に留めていませんでしたが、会長さんが放置していた卵を夜の間も温めていたなら同室でないといけません。…そっか、教頭先生と会長さんが一緒に寝泊まりしていた時代が…。
「それでね、長い旅をしていれば耳掃除だってするだろう? ハーレイは自分で掃除してたけど、ぼくとぶるぅはそうじゃなかった。お互いに掃除し合っていたのがハーレイには羨ましかったらしいんだよね。ぶるぅはぼくの膝枕だから」
「「「………」」」
小さな子供が耳掃除して貰っていたのが羨ましかったとは、教頭先生、その頃から既に夢見がちでしたか! 会長さんの膝枕に憧れまくって、それが高じて今の耳かきに至っていると…?
「早い話がそういうことだね。…昔話をしようっていうのに放課後の短い時間じゃ勿体無い。だから日を改めて貰ったんだよ、話はこれだけで終わらないから」
「終わったじゃないか」
耳掃除を見せつけられたのがルーツなんだろ、とソルジャーが指摘しましたが。
「ルーツは其処だけど、まだシャングリラ学園が出来てない。…ついでに入試も始まってないよ」
「あっ、そうか…。ハーレイが耳かきを交換条件に持ち出すまでに間があるのか」
「そういうこと。まずは告白しなくっちゃね。全く気付いていない相手に向かって、自分はこんなに惚れ込んでます、って熱い気持ちを」
クスクスクス…と笑う会長さん。もしかしなくても教頭先生との馴れ初めならぬ、三百年越しの片想いとやらの始まりについて語ってくれるつもりでしょうか? 教頭先生の一目惚れから始まったのだ、と聞いていましたから深く考えてはいなかったのに…。
「ブルーもこの辺は知らないだろう? 君はハーレイと両想いだから興味が無いと思っていたしね。この際、ハーレイの悲惨な過去を教えておくのも面白そうだ。告白と同時に玉砕というか、監視まで付いてしまったというか…。シャングリラ学園が出来て間もない頃だよ、ハーレイの失恋」
「ふうん? それまでは失恋していないわけ?」
ちょっと意外、と呟くソルジャー。会長さんと教頭先生が旅をしていた期間は年単位です。その間ずっと同じ部屋に泊まり続けていたのに、片想いはバレず、告白もせず…。
「そこがヘタレの真骨頂だよ、手を出す勇気も無かったわけさ。…ハーレイに言わせれば旅の空では落ち着かないし、定住出来る家を持ったら結婚を申し込むつもりだった、と。それを実行に移してきたのが学校経営が軌道に乗って教員用の家が出来た時」
此処からの話が面白いんだ、と会長さんは瞳を輝かせて。
「デザートも食べたし、続きはリビングで話すことにするよ。ぶるぅ、飲み物を用意してくれるかな?」
「かみお~ん♪ それとお菓子だね!」
何にする? と好みの飲み物の注文を取る「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちはリビングへ移動し、ゆったりとしたソファに陣取りました。教頭先生の失恋ネタって、どんなのでしょうね?
紅茶にコーヒー、それからココア。全員が飲み物を手にした所で会長さんの昔話が再びです。
「…シャングリラ学園は最初は私塾みたいなものだった。だけどハーレイたちはサイオンを持っているしね、知識の量が半端じゃない。評判が評判を呼んで生徒は増えるし、理事長と校長先生が仲間として現れてポンと私財を寄付してくれたし、学校を作ろうって話になって。…それから後はトントン拍子」
学校は年々大きくなって、余っていた敷地にも校舎が建っていったとか。余裕が出来ると今度は教員専用の家を、という運びになったわけですけれど…。
「今は長老と呼ばれているハーレイたちが住む家だね。注文建築で建てるものだから個人の希望も入れられる。その話し合いをしていた席でハーレイがぼくに言ったんだ。良かったら一緒に住まないか…って」
「「「へ?」」」
長老の先生方が揃ってる前でプロポーズですか、教頭先生? 今の話ではそういう風にしか聞こえません。いくらなんでも、まさか、まさか…ね…。
「君たちだってビックリするよね、この流れ。ぼくも全く同じだったよ、何を言われたのか分からなかった。…だってさ、ぼくとぶるぅの家も用意するのが決まってたんだ。最強の力を持ってるわけだし、事実上のリーダーみたいなものだから。…なのにどうして、って」
とても驚いたという会長さんが考えたのは、成長が止まって少年の姿のままの会長さんが更に小さい「そるじゃぁ・ぶるぅ」と二人きりで暮らすことを心配しての言動なのか、という解釈。旅が終わってからも大きな一軒家を借りて皆で一つ屋根の下に住んでいたので、安全面を考慮してくれたのか…と。
「それでね、ぼくとぶるぅは大丈夫だから、って答えたよ。元々二人で旅をしてたし、サイオンだって最強だ。二人暮らしで問題無い、って返事をしたら、そうじゃないんだって口ごもってさ…」
教頭先生は暫く沈黙していた後で、ガタンと勢いよく立ち上がったそうです。そして会長さんに深く頭を下げ、長老の先生方が居並ぶ席で思いっ切り…。
「私と結婚して欲しい、だよ? それって会議で言うことかい? そりゃね、世の中には公衆の面前でプロポーズっていうのもあるけどさ…。これがハーレイの一世一代のプロポーズだった」
「なんか凄いね…。ヘタレてないよ?」
むしろ天晴れ、とソルジャーが拍手しています。ソルジャーの方は二人の仲を公けに出来ないだけに、そういうプロポーズは無かったのでした。いつの間にやら深い仲になっていたため、教頭先生の男らしい行動に感銘を受けたとのことですが。
「…男らしい? あれはその場の勢いだけだね。おまけに、ぼくに断られるとは夢にも思っていなかったんだ。長年一緒に旅をする内に勝手に将来を思い描いて、ぼくもついてくると思い込んでた。腰を落ち着けたら結婚生活! …本当に馬鹿としか言いようが無い」
「それじゃアッサリ断ったわけ?」
「決まってるじゃないか。お断りだ、ってハッキリ言ったよ。ぼくにそういう趣味は無い、ってね。…もう、その瞬間のハーレイときたら…。一人でボウボウに燃え上がってただけに燃え尽きっぷりも見事でさ。立ったまま真っ白な灰って感じ? 声も出ないで茫然自失」
あの顔は今も忘れられない、と会長さんは可笑しそうに笑っています。振られてしまった教頭先生は長老の先生方に積年の想いがバレたばかりか、思い込みの激しさを責め立てられて。
「…それからなんだよ、「ハーレイの家に一人で行ってはいけない」と言われるようになったのは。何をされるか分からないだろ、一緒に住もうとするような男」
「「「………」」」
あの有名な注意にそんなに古い歴史があったとは夢にも思いませんでした。会長さんの話が長くなる筈です。…じゃあ、耳掃除が入試問題の入手の交換条件になったのは…いつ…? ソルジャーも興味津々で耳かきの件を持ち出しています。
「もしかして、告白して派手に振られちゃったから耳掃除かい? せめてそれくらいは許してくれって?」
「そうなるのかな? 入試の倍率が高くなってきた頃に試験問題を売ろうかな、って思い付いてさ…。最初は瞬間移動で盗もうとしたけど、保管係がハーレイなんだよ。これはオモチャにするしかないよね」
悪事の片棒を担がせてなんぼ、と会長さんが浮かべたのは悪魔の笑み。
「…試験問題を売り捌きたいから書き写してくれ、って頼みに行ったら断られた。教師としてそれは出来ない、とね。…だから誘惑してやったんだ。結婚には応じられないけれども、少しサービスしちゃおうかな、って。そしたら一気に頭の中で妄想炸裂」
その中で一番マシだったものを選んだ結果が耳掃除なのだ、と会長さんは指を一本立てました。
「他にも色々とあったんだよねえ…。一緒にお風呂とか、脱がせてみたいとか、一晩付き合って欲しいとか…。だけどね、どれも身の程知らず! 自分の限界ってヤツが分かってなかった。三百年以上経っても出来ないことが当時のハーレイに出来たとでも?」
耳掃除を選んであげたことに感謝して貰わなくちゃ、と会長さんは懐の広さを自慢しています。確かに他の条件をチョイスされていたら、教頭先生は美味しい思いも出来ないままに試験問題を奪われる結末に…。三百年以上の伝統があるという耳掃除。これからもずっと続くんでしょうねえ、会長さんの娯楽として。
耳かきサービスの由来は壮大すぎるものでした。シャングリラ学園の設立前にまで遡るとは驚きです。此処へ来る道で三百年という話も出てましたけれど、正真正銘の三百年コースだったとは…。
「ジョミーたちもビックリしたみたいだね。日を改めた甲斐があったよ、たかが耳掃除のルーツだけどさ。…せっかくだから他にも昔話をしてあげようか? ぼくがソルジャーになった理由とか」
「「「えっ?」」」
目を丸くする私たち。会長さんのソルジャー就任のいきさつなんかは最高機密じゃないのでしょうか? 特別生になって四年しか経たないヒヨコなんかに知る権利は…。顔を見合わせる私たちに向かって、会長さんは。
「そんなに特別な理由は無いのさ、ぼくがソルジャーと呼ばれることには。…ついでにブルーもソルジャーだけど、これに関しては共有したってわけじゃないんだ。そうだよね、ブルー?」
「そうみたいだねえ、君とぼくとじゃソルジャーの意味が全く別物。呼び始めた人にもまるで共通点が無いんだしさ。…ぼくを最初にソルジャーと呼んだのは海賊なんだよ」
「「「海賊!?」」」
「うん、海賊」
SD体制からのはみ出し者だ、とソルジャーはウインクしてみせました。
「ぼくのシャングリラが出来上がるまでには海賊たちの協力もあった、と前に話をしただろう? その連中がソルジャーだって言い始めたわけ。正確には元海賊かな。…サイオンに目覚めて仲間になったんだ。キャプテンは既にいたから違う呼び名が欲しいというのがソルジャーの始まり」
「でもって意味も違うんだよねえ、ぼくの世界とは」
この子たちにも教えてあげて、と会長さんが促しています。えっと、ソルジャーって文字通りの戦士じゃないんですか?
「違う、違う。戦士っていうのはブルーの方だよ、君たちのソルジャー。ぼくは戦い導く者。海賊たちの昔話から付けたんだってさ、神様みたいなものなのかな? とにかく戦士ってだけの意味じゃない。だからブルーとは共有してない」
共有していたら戦士の筈だ、と語るソルジャー。あれ? ということは…。
「おい、あんたの方が先にソルジャーだったのか?」
キース君の問いに、会長さんは。
「そうだよ、ぼくはシャングリラ学園が出来て間もない頃からソルジャーと呼ばれ続けてる。教員用の家を作ろうって話が出たのと同じ時期だね。ハーレイが派手に失恋するよりも少し前かな、ソルジャーの肩書きがついたのは…。実際に使うまでには暫く時間があったけれども」
「「「???」」」
「当時はシャングリラ号も無かっただろう? ソルジャーは特に必要ない。ただ、新しい仲間が見つかった時に紹介するのに生徒会長っていうのは変だよねえ? なんでリーダーが生徒会長なんだ、って思われてしまう。ハーレイたちが教師なだけに」
「…確かに妙だな」
それは分かる、とキース君。私たちも素直に納得出来ました。会長さんの正体がソルジャーだとは知らなかった時期が私たちにもあったんです。不思議な力を持った人だとは思ってましたが、シャングリラ学園の生徒会長が仲間を束ねるリーダーだなんて普通は想像もつきませんよね?
「ね、生徒会長がリーダーというのは無理がある。だから肩書きを付けておこうって話になって、いざと言う時に戦えそうな力を持っているから戦士でソルジャー。…ぼくは大袈裟な称号は御免だし、リーダーだってやりたくなくて…。だけど力が最強なのは間違いのない事実だからさ…」
仕方なくソルジャーに就任したのだ、と会長さんは苦笑い。
「その辺のぼくの気持ちはゼルたちもよく分かってた。それで普段は自分たちが教師としてぼくを守る立場で、ぼくは単なる生徒会長。…ぼくがソルジャーとして決断するのは本当に必要な時だけなんだよ、今も昔もそれは変わらない」
ブルーと違ってお気楽な立場、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭をクシャリと撫でて。
「ソルジャーと呼ばれるだけでも重荷がズシリと来るからねえ…。もっと気楽に考えたくて、ぶるぅの名前にもソルジャーと付けた。そのまんまじゃ叱られそうだから「そるじゃぁ」にしたけど…。そしてシャングリラ学園中に広めたわけだよ、これが「そるじゃぁ・ぶるぅ」です、って」
ソルジャー・ブルーよりも有名だよね、と片目を瞑る会長さん。言われてみれば私たちが初めてソルジャーの存在を知ったのは卒業してシャングリラ号に乗り込んだ時。それまでは一度も聞いたことが無く、ソルジャーといえば「そるじゃぁ・ぶるぅ」で…。
「ほらね、ソルジャーと聞いて最初に頭に浮かんでくるのはぶるぅだっただろ、君たちも? 新しい仲間も生徒出身だった場合はもれなくビックリ仰天…ってね。ソルジャーの称号なんてその程度なのさ、単なる渾名」
そうでなきゃやってられないよ、と会長さんは肩を竦めてみせました。
「真面目にソルジャーとして戦っているブルーには悪いと思うけど……立場も世界も違うんだから仕方ない。だけど本当に必要とされたら戦うだけの覚悟は出来たかな? ブルーに出会ったお蔭でさ」
そんな世界になって欲しくはないけれど…、と窓の外を見遣る会長さんの言葉に深く頷く私たち。そうならないように会長さんたちを支えてゆくのも特別生の役目でしょう。サイオンを隠さずにいられる時代が来るまで、普通の人たちと摩擦を起こさず自然に交流。その窓口がシャングリラ学園なんですものね。
思いがけず会長さんのソルジャー就任秘話までが飛び出してしまった雪の午後。ソルジャーの称号も別の世界との共有ネタかと思ってましたが、そうではなくて…。
「でも、ソルジャーの正装ってヤツはブルーの世界から貰ったようだよ」
元々は特に衣装は無かった、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」を指差して。
「ぶるぅの服はソルジャーの正装のパクリだけどね、これはシャングリラ号の建造中に出来たんだ。それまでは普通の子供服! ぼくもソルジャーを名乗ってはいても制服だったし、マントすら着けてなかったよ。シャングリラ号を造ってた時に服のアイデアが湧いてきたわけ」
「ぼくはプレゼントした覚えは無いんだけどねえ?」
服のデザインは管轄外、とソルジャーが笑っていますけれども、あちらの世界のシャングリラ号と私たちのシャングリラ号が瓜二つなのと同じで、クルーの制服もそっくりだとか。ソルジャーとキャプテンの服は言わずもがなです。そしてソルジャーの正装は素材も何もかも特殊だそうで…。
「ブルーにそういうつもりはなくても、教えてくれたのは確かだと思う。ソルジャーの衣装は今の科学じゃ作り出せない繊維で出来てるし、記憶装置も作るのは無理だ。ブルーの記憶装置との違いは補聴器としての機能が無いことだけさ」
「君は聴力は普通だしねえ? …ぼくの耳が聞こえないって事実も忘れられてる気がするけれど」
「「「あ…」」」
それは完全に忘れ去っていました。ソルジャーは今も補聴器を着けていません。一緒に旅行にお出掛けする時も補聴器なんかは着けてませんし…。
「こっちの世界じゃ思念波自体が少ないからかな、サイオンで自然に補えるんだよ、聴力を。ハーレイにもコツを教えてあるから、ハーレイだって補聴器無しだろ? 補聴器が要らないって楽でいいよね」
身体まで軽くなったような気がするよ、とソルジャーは大きく伸びをしています。
「こっちのブルーに色々と情報をプレゼントした御褒美にこの世界への道が開いたんならラッキーだったな。最初はぶるぅが来ちゃったんだっけ、掛軸とやらに引っ張られたとかで」
「…俺が持ち込んだ掛軸だよな…」
良かったのか悪かったのか、と呻いているのはキース君。特別生になって間もない時期に元老寺の檀家さんから預かったという怪しげな掛軸が出現したのが発端でした。『月下仙境』と名付けられた掛軸に描かれた月が異世界に通じる道だったのです。
「キースがそれを持ち込んだのも運命だったかもしれないよ? 情報を共有していた二つの世界を結び合わせるための切っ掛け。…キースやブルーの言葉を借りれば御仏縁ってヤツ」
「仏様とは関係無いような気がするけどねえ…。ん? でも…」
分からないか、と会長さん。
「ぼくやキースが君の世界の仲間たちの供養を任された以上、御仏縁というのもアリかもね。だったら君もさ、感謝の心でお念仏くらい唱えたらどう?」
「お断りだよ、お念仏は君たちに頼んであるだろう? いいかい、ぼくとハーレイは極楽の同じ蓮の上! 阿弥陀様から離れた蓮で、花びらの色はハーレイの肌が映えるヤツ、って」
「「「………」」」
始まったか、と私たちは頭を抱えました。ソルジャーは極楽でお世話になる蓮の花について細かいこだわりがあるのです。会長さんはともかく、キース君の方はそれを叶えるべく日々のお勤めで根性で祈っているわけで…。
「…そっちの方は保証は出来んぞ」
「そうだよ、君さえお念仏を唱えてくれたら注文どおりの蓮の花がさ…」
お念仏の効能を説きかけた会長さんをソルジャーが手で遮って。
「その話は置いといてくれないかな? ウッカリ忘れるとこだった。入試が済んだらお願いしようと思っていたのに、色々とあってコロッとね…。もうすぐバレンタインデーだろう?」
「そういえば…」
「そんなのもあったね…」
思い出した、と私たち。シャングリラ学園ではバレンタインデーは一大イベント、温室の噴水がチョコレートの滝になるほどのお祭りです。そのバレンタインデーがどうしたと?
「今年は友チョコをやりたいんだよ。…どうかな、友チョコ」
「「「友チョコ!?」」」
あまりにもソルジャーのイメージからかけ離れた単語に全員の声が引っくり返り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も目がまん丸になっています。友チョコなんてソルジャーは何処で聞いたのでしょう? ソルジャーの世界でも最近の流行りは友チョコだとか…?
シャングリラ学園に入試の季節がやって来ました。下見に来ている親子連れの姿を見かけるようになったら本格的なシーズン入り。在校生には「下見の人には親切に対応するように」と注意がされて、特別生の私たちだって例外などではありません。見た目は普通の生徒ですしね。
「かみお~ん♪ 案内してあげた人、受かりそう?」
「やあ。あの子は商売になりそうもないね…」
賢そうだ、と会長さんが呟いているのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。私たち七人グループは此処へ来る途中で下見中の男子生徒とお母さんに声を掛けられ、あちこち案内してきたのでした。定番の講堂や本館、体育館に教室など。
「賢い生徒も歓迎だけど、ぼくは儲けも欲しいんだ。どう転んでも受かりそうになくて裏口を頼むコネも無いけど、お金はしっかり持ってます…っていうのが理想さ」
試験問題が売れるから、と会長さんは今年もカモを待っています。教頭先生が横流しする試験問題のコピーを更にコピーし、売り捌くのが会長さん流。とてつもない高値で売るんですけど、毎年キッチリ完売してしまう人気商品というのが凄いです。シャングリラ学園は入りたい人には諦め切れない魅力溢れる学校で…。
「ふふ、我が校の売りは三百年以上の伝統と教師陣だしねえ? 先生たちが年を取らないのが保護者にポイント高いんだ。三百年もの歴史に裏打ちされた指導力と知識、それに人格。他の学校には真似の出来ない素晴らしい先生たちってわけさ。そして生徒には自由な校風が人気」
「俺が受験しようと思った理由は別なんだが…」
キース君が口を挟むと、ジョミー君が。
「そうか、キースは教頭先生と柔道部が目当てだったんだよね? でもってシロエがキースに対抗心を燃やして一緒に受験したとか何とか…」
「ええ。キース先輩が受けると聞いて両親を説得したんです。何が何でも一年早く上の学校に行きたいんだ、って。…最初は反対されましたけど、シャングリラ学園の名前を出したらアッサリ許してくれましたよ。あそこなら受け入れて貰えるだろうと」
シロエ君の御両親は飛び級での進学を心配していたらしいのです。けれどシャングリラ学園だったら先生方はプロ中のプロ。一風変わった生徒の扱いも慣れたものだと思ったようで…。
「実際、面接でも何も言われませんでしたしね。上の学年と一緒に学ぶだけの自信はありますか、と訊かれただけで他は普通の質問でした。…入学した後はホントに普通に過ごせましたし」
サイオンの件を除いては…、とシロエ君は懐かしそう。言われてみれば普通の一年生をやっていた頃には色々なことがありました。いきなり「一年限りで卒業になる」と告知されたり、シャングリラ号のこととは知らない宇宙クジラの映像を見せられてしまったり…。でも一番は「そるじゃぁ・ぶるぅ」との出会いです。
「あの時シロエを止めにかからなかったら、今頃、俺は普通の大学生になっていたのか…。俺にはブルーのメッセージは聞こえなかったからな」
キース君が入学式で流された会長さんの思念の話をすれば、サム君も。
「俺とスウェナもだぜ。ジョミーたちが誰かに呼ばれたって言うから何か怪しいって引き止めていたら、いきなり此処に」
「かみお~ん♪ みんな纏めて御招待だもん! ぼく、お客様は大好きだしね」
大勢いた方が楽しいもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がエヘンと胸を張り、会長さんが。
「そうそう、みんな友達ってね。…君たちが仲の良い仲間だってことはすぐに分かったし、そうなればサイオンの有無で切り離すよりも纏めて仲間にした方がいい。ぼくたちの仲間を増やせる機会は逃さないのもソルジャーの務め」
あの年は本当に大漁だった、と会長さんは嬉しそうです。
「ぶるぅの手形の力があっても仲間を増やすのは難しいんだ。変化に柔軟に対応できる人間でないとパニックになってしまうしね。…だから原則的に因子を持った人の血縁者にしか手形は押さない。例外はフィシスとキースたちだけなのさ、生徒の中では」
「そうだったの!?」
もっと大勢いると思った、とジョミー君が声を上げ、私たちも頷いたのですが。
「仲間を量産出来るんだったら特別生だらけの学校になっていたと思うよ。でも、実際はそうじゃないだろう? 十年に一人いるかいないか、それがサイオンを持った新入生だ。…この先もっと増えるといいけど」
劇的に増えはしないだろうね、というのが会長さんの見解でした。しかし、キース君たちがフィシスさんと肩を並べるレアものの仲間だったとは…。どおりで会長さんが親しくお付き合いしてくれるわけだ、と納得してしまった私たち。これからも特別待遇が続くといいな、と思っちゃっても許されますよね?
一般生徒は出入り出来ない「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を溜まり場にして早くも五年目。美味しい料理や手作りおやつが魅力ですけど、この時期だけは市販のおやつに切り替わります。あ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻っていた去年の暮れにも市販品を食べてましたっけ…。
「ごめんね、これだけはやっとかないと」
ぼくの大事なお仕事だから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が並べているのは天然石のビーズです。一個に一つずつ手形を押してストラップに仕上げ、入試の日にフィシスさんとリオさんが受験生たちに売るのでした。
「よいしょ…っと」
腕まくりをして右手でペタンッ! ビーズが小さいので手形を見ることは出来ませんけど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の右手で押される赤い手形はパーフェクトの証。キース君たちはこれを押されてサイオンを持つ仲間になって、ビーズの方は試験の満点が約束されます。
手形一個につき一科目。試験の科目と面接を合わせた試験の数だけ手形を押したビーズを連ねて完成するのが生徒会自慢の合格グッズのストラップ。これさえあれば合格間違い無しという無敵のパワーを誇るのですが、入学前の受験生に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の力が分かる筈も無く…。
「ぶるぅの手形ストラップだけでは不安な人も多いんだよ。だから試験問題のコピーが売れるんだよね」
人は目に見える物に縋りたいもの、と会長さん。
「お蔭でボロ儲けが出来るんだから有難いよ。まあ、中には試験問題も買わず、ストラップも買わず、不合格になってから慌てて補欠合格アイテムに走るって人もいるんだけれど」
それは私のことでした。パンドラの箱と呼ばれるクーラーボックスを買って、出て来る注文を端からこなせば補欠合格。でも…パンドラの箱は入試当日しか売りに行くのを目にしないような?
「なんだ、今頃気付いたのかい? うん、本当は入試の時しか売らないよ。君が買えたのは特別なケース。明らかに因子を持っているのが分かってたから期待したのに落ちちゃったしねえ、フォローしようと行商に出掛けて行ったわけ」
「なんだと? だったら、みゆは注文を全部こなさなくても合格出来ていたんじゃないのか?」
キース君の突っ込みに私を含めた全員が息を飲み、会長さんがペロリと舌を出して…。
「バレちゃったか。…そうだよ、途中で投げ出していても注文をこなしたと認定する予定になっていた。だけど根性でクリアしたのが凄すぎるよねえ、あれを見ちゃうと甘い評価は出来なくなるって」
注文のハードルも高くなる、とクスクス笑う会長さん。どうやら私は頑張り過ぎちゃったみたいです。あまつさえ、翌年からの受験生のハードルを上げちゃったような…。パンドラの箱を買った人たち、これから買おうという人たちに土下座をしたい気分ですけど、そんな機会は無いですよねえ?
「パンドラの箱は努力と根性を試すアイテムだし、ハードルが高くても低くても頑張りを見せれば評価はするさ。…ただ、みゆから後は根性の足りない人ばっかりで…。最低五つはこなすというのが一般向けの合格条件。そこまで行かずに投げちゃうんだから仕方ないよね」
今年の受験生はどうなるやら、と会長さんは深い溜息。昔はパンドラの箱で補欠合格出来た生徒も少なくなかったらしいのです。今の有様ではいずれ売らなくなるかもね、と苦笑している会長さん。
「だけど今年はまだ売るよ? 薄利多売も大切だ。パンドラの箱はストラップよりも破格に安いし、宝くじ感覚で買うお客様も少なくない。試験の手応えが最悪だった、と思った時には縋りたくなるアイテムだよね」
縋り切れずに落っこちてるけど、と会長さんは去年の販売実績が書かれた紙を指先でトンと叩いて。
「さてと…。君たちにアイテムの販売員は任せられない。ぼくとフィシスとリオの役目だ。でも、そろそろ参加したくなってきただろう? 販売員はダメだけれども、ネタの方でも考えてみる?」
「「「ネタ?」」」
「そう、文字通りのネタってヤツさ。パンドラの箱に入れる注文のアイデア募集中! ぼくとぶるぅが喜びそうなヤツを考えてくれたら採用するよ」
「えっ、ホント!?」
ジョミー君の瞳が輝き、私たちも思わず身体を乗り出していたり…。
「ホントだってば。ただしボランティア扱いだから謝礼は出ないし、採用されたっていうだけのこと。それでも良ければ…」
「「「はいっ!!!」」」
やります、と挙手していたのは全員でした。私がパンドラの箱でこなした注文はキース君たちも知っています。それを参考にしてアイデアを捻り出すのでしょう。えっと、私は何にしようかな…。お買い物ネタは普通すぎますし、やっぱり王道は銭湯ですかねえ?
手形ストラップが完成する頃、入試前のシーズンは佳境を迎えます。きっと今年も先生方はトトカルチョに燃えている筈で…。トトカルチョというのは試験問題が流出するか否かを賭けるもの。会長さん曰く、流出しなかった年は賭けが始まってから一度も無いのに、先生方は懲りずに賭けているそうで。
「今年はヒルマンが勝負に出たよ。初詣で買ったおみくじに「勝負事、かなう」と書いてあったから強気に出ることにしたらしい。…流出しない方にドカンと賭けたさ」
あちゃ~…。ヒルマン先生、あたら大金を散らすことになってしまいましたか! 会長さんが試験問題を手に入れるのは教頭先生との間のお約束。決定的なヒビでも入らない限り、会長さんは教頭室へと出掛けて行って試験問題と引き換えに…。
「あんた、今年もやるんだよな?」
キース君の問いに、会長さんは艶然と微笑んで。
「やらないわけがないだろう? ガッポリ儲けるチャンスなんだよ、試験問題は必需品! ハーレイがぼくに惚れてる間は徹底的に利用するまで」
「「「………」」」
相変わらずな姿勢の会長さん。今年もやっぱり例のイベントが…、と私たちは覚悟を決めつつ、鞄からレポート用紙を取り出しました。パンドラの箱に入れる注文メモのネタの締切が今日なのです。お互いに意見交換をしたり、逆に牽制したりしながら練り上げたネタが書き止められたレポート用紙。
「へえ…。これだけあれば使えるネタもありそうだ。えっと…」
ペンを取り出して検討し始めた会長さんの前に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が焼き立てのパウンドケーキを置きました。もちろん私たちの前にもお皿が。久しぶりの手作りおやつです。
「えっとね、ストラップ作りでお休みしてた間はブルーがケーキを買っていたでしょ? クリームとかは飽きちゃったかなぁ、って」
だからパウンドケーキにしてみたよ、とニコニコ笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ラム酒たっぷりのドライフルーツが入っていますが、これも御自慢のお手製で…。うん、美味しい! 私たちが頬張る間も会長さんはケーキをフォークで口に運びながらレポート用紙のチェック中。
「うん、このアイデアは斬新だね。流石キースだ、目の付けどころが素晴らしいよ」
難易度も高くて使えそうだ、と会長さんが絶賛したネタは。
「「「托鉢!?」」」
「正確に言えば托鉢じゃなくて、お坊さんを見付けて托鉢させて頂くって形だね。これは難しいよ、お坊さんを探し出すまでが大変だしさ…。ただ、問題が一つある。ぶるぅの欲望が詰まっているというのがパンドラの箱の謳い文句だ。…キース、ぶるぅはお坊さんが好きなのかい?」
「えっ? そ、そこまでは考えていなかった…。あんたと一緒に暮らしてるんだし、多分嫌いではないと思うが」
「それは苦しい言い訳だねえ…。ぼくの正体が坊主というのを受験生は知らないんだよ?」
このネタはもう少し捻る必要がある、と丸印を付ける会長さん。採用するという印だそうです。御褒美は何も出ませんけれども、会長さんのお眼鏡に敵うネタを出すとは凄いじゃないですか、キース君! だって結局、他の面子は誰一人として採用に至らなかったのですから。
「ネタはオリジナリティーが大切なんだよ。君たちのネタはどれも何処かにありそうでねえ…」
来年までにもっとセンスを磨きたまえ、と素っ気なく言って会長さんはレポート用紙を返して来ました。キース君のレポート用紙も返され、私たちは来年に向けてネタを練ることになりそうです。役回りとしてはまだまだですけど、これも立派な入試シーズンのお手伝い。パンドラの箱が廃番になってしまわない内に採用目指して頑張らなくちゃ~!
パウンドケーキのお代わりをしてパンドラの箱を話題に盛り上がった後、会長さんが壁の時計に目をやって。
「そろそろいいかな? 出掛けようかと思うんだけど」
「お、おい…」
声を上げたのはキース君です。
「出掛けるっていうのはアレか? 今日だったのか、試験問題が揃うのは?」
「そうだよ、今朝ハーレイから連絡があった。今日の昼過ぎまでには揃う筈だから、こっそりコピーを取っておく…ってね」
もう出来てるに決まっているし、とソファから立ち上がる会長さん。
「今年もついて来るだろう? ぶるぅと二人で行ってもいいけど、ギャラリーは多いほど楽しいもんねえ」
「悪趣味だな。俺たちには覗きの趣味は無いんだが」
「でもさ、万一って危険もあるし? ボディーガードは多いほどいい。とにかく行くよ。…ぶるぅ、シールドを」
「オッケー!」
パアァッと青い光が走って、私たちはシールドに包まれてしまいました。こうなると逆らうだけ無駄というもの。今年も『見えないギャラリー』として教頭室まで会長さんのお供です。生徒会室へ出て、校舎の外へ。中庭を抜け、本館に入って教頭室の重厚な扉の前に立ち…。
「失礼します」
軽くノックした会長さんが扉を開けると、私たちもゾロゾロと部屋の中へと。教頭先生は余計なオマケには全く気付かず、羽根ペンを手にして満面の笑み。
「おお、来たか。…いつもより遅いから来ないかもしれん、と心配になってきていた所だ」
「ごめん、ごめん。でもさ、ぼくが試験問題を諦めるとでも? …君に愛想が尽きない限りは毎年コピーをお願いしたいね」
「…来年もか?」
「もちろんだよ。ただし来年の入試シーズンまで、ぼくの御機嫌を損ねずに付き合ってくれたら…だけど」
パチンとウインクする会長さんに、教頭先生は「努力しよう」と即答です。えっと…何か間違っていませんか? 試験問題を横流しするのは教頭先生ですし、御機嫌を損ねないように頑張るとしたら会長さんの方なのでは…?
『いつも言ってるだろう、娯楽だって。ハーレイなんかに頼まなくても試験問題の入手は可能。瞬間移動で盗み出してコピーするくらいは簡単なんだよ、ハーレイもそれは承知している』
会長さんの思念は笑っています。
『一年に一度のお楽しみなのさ、ヘタレなハーレイをからかうための…ね。そしてハーレイも遊ばれていると知っていたって断れない。堂々とぼくに触れられる唯一のチャンスなんだから』
逃げられないよう努力するのは当然だ、と思念で語りつつ、会長さんは教頭先生の肩に腕を回して。
「…ねえ、ぼくはサッサとやることをやってしまいたいんだけど? 早く行こうよ、あっちの部屋に…さ」
「あ、ああ…。すまん、お前にとっては仕事のようなものだったな」
「そういうこと。君にとっては年に一度の至福の時かもしれないけどね」
行くよ、と教頭先生の腕を引っ張る会長さん。向かった先は仮眠室です。そこには立派なベッドがあって、会長さんはその上に上ると真ん中に座り…。
「ほら、遠慮してないで上着を脱いで。ネクタイも外しちゃってもいいよ? 緩めるだけより気分がいいだろ」
「う、うむ…。いつものことながら緊張するな」
「そう言いながらも態度が大きくなっちゃうんだよね、最後の方は…。そこがまた笑えるんだけど」
どうぞ、と会長さんがポンと叩いたのは自分の腿。教頭先生は上着を傍らの椅子に掛け、ネクタイも外してしまって襟元を緩め、ベッドの上へと。頬を僅かに赤らめながら会長さんの膝枕で横たわれば、始まったのは耳かきサービス。
「ふふ、またまた今日に備えて耳掃除をしていなかっただろう? 清潔にしとくべきだと思うけどなぁ」
何処からか取り出した竹製の耳かきを手にした会長さんの指摘に、教頭先生は恥ずかしそうに。
「そうは言われても、少しでも長く…と思うじゃないか。掃除すべきモノが無ければ時間も短くなってしまうし」
「まあね。ついでにぼくの膝枕とも短い時間でお別れ、と…。耳かきエステなら良かったのにねえ、あっちはマッサージも付くそうだよ」
「マッサージ?」
「腕とか肩のマッサージだって。耳かきとどういう関係があるのか意味不明だよね」
おまけに個室サービスだからオプション多数、と怪しげなサービスを羅列してゆく会長さん。教頭先生は耳まで真っ赤になっていますが、会長さんはクッと喉を鳴らして。
「…残念ながらブームはとっくに去ったというのが耳かきエステの現状なわけ。君が最盛期に気付いていたならオマケで一品ついたかもだけど…。今となっては耳かきオンリー! はい、反対側」
美味しそうな餌だけをちらつかせておいて知らんぷりをする会長さんは鬼でした。反対側の耳の掃除も終えると顔を寄せてフッと息を吹きかけ、「おしまいだよ」と耳元に囁いてベッドから降りてしまいます。その腕を教頭先生がグッと掴んで。
「…少しだけ。少しだけ、抱き締めさせてくれ…」
これも毎度のパターンでした。教頭先生は会長さんを両腕で強く抱き込み、やがて名残惜しそうに身体を離すと。
「…お前が言っていたマッサージとやらを受けてみたかったな…。来年以降に期待をかけてもいいだろうか?」
「んーと…。耳かきエステが再燃するとか、別の形で耳かきにそういうサービスがつくとか、そんな時代がやって来たら…ね。流行をチェックしておきたまえ」
ぼくはあくまで耳かき専門、と会長さんは教頭先生の耳を指先でピンと弾いて。
「今年のサービスは終わったんだし、試験問題をくれないかな? 急いでコピーを取りたいんだよ」
「あ、ああ…。あっちの部屋に用意してある」
教頭先生はネクタイを締め、上着を羽織って教頭室に戻ると金庫から書類袋を出しました。
「全教科分をコピーしておいた。…来年も、そのぅ……」
「分かってるってば、耳かきサービスをよろしく、だろう? 試験問題、ありがとう。愛してるよ、ハーレイ」
君がくれる試験問題を…、と悪戯っぽい笑みを浮かべた会長さんの前でガックリと項垂れる教頭先生。自分は試験問題以下の存在なのか、と改めて傷ついているのでしょう。けれど耳かきはして貰えたのですし、会長さんを抱き締めることも出来ましたし…。いい日だった、と思っておくことをオススメしますよ、教頭先生~。
こうして首尾よく試験問題をゲットした会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に戻るなりリオさんを呼んでコピーを指示。この先はリオさんの仕事です。会長さんは試験当日にコピーを売りつけるカモを探しに歩き回るだけで…。
「さてと、入試の準備は完了ってね。パンドラの箱の注文メモはぶるぅが書くんだし、ぼくの仕事はこれでおしまい」
ソファに腰掛けて伸びをしている会長さんに、キース君が。
「ボディーガードの出番は無かったが、あんた、いったいどういうつもりだ! 教頭先生に色々と怪しいネタを吹き込みやがって!」
「耳かきエステの話かい? たまにはいいだろ、刺激的なのも。どうせハーレイには何も出来ないし…。せいぜい太ももに触るくらいで」
今年は触ってこなかったけど、と会長さんが馬鹿にしたようにフフンと鼻で笑った所へ。
「…そりゃあ、あれだけ色々言われればねえ…。妄想だけで舞い上がっちゃって、半端な下心は吹っ飛ぶかと」
「「「!!?」」」
会長さんそっくりの声が聞こえてユラリと揺れる部屋の空間。紫のマントが優雅に翻り、現れたのはソルジャーでした。
「こんにちは。…今年も耳かきだったんだね」
ぼくの世界から見ていたよ、と微笑むソルジャー。
「えっと…。今日のおやつは無くなっちゃった? みんなお代わりしてたようだし」
「かみお~ん♪ 焼き立てのヤツは食べちゃったけど、ちょっと待ってね」
昨日焼いたヤツが家にあるから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。たちまちパウンドケーキが瞬間移動で取り寄せられて、手際良く切られてお皿の上に。
「えっとね、昨日のも美味しいよ! 日が経つと味が馴染んでくるから」
どうぞ、と置かれたケーキをソルジャーは一口頬張って。
「うん、美味しい! ところで耳かきなんだけど…。君の耳かきは耳かきエステがルーツってわけじゃないのかい?」
「……昔から耳かきなんだけど? 耳かきエステの方が後発!」
失礼な、と柳眉を吊り上げる会長さんに、ソルジャーは。
「そうだったんだ…。今日の君のハーレイとの話を聞いてて、何か変だなと思ったんだよ。ハーレイは耳かきエステをロクに知らないみたいだったし、もしかしたらルーツは他所にあるのかと」
「決まってるだろう、耳かきエステが先にあったら耳掃除なんかやらないよ! 性的サービスをしてあげる気は無いんだからね」
「うーん…。それじゃ真似をしたぼくの立場は?」
「「「は?」」」
なんのこっちゃ、と首を傾げた私たちですが、ソルジャーの方は大真面目。
「耳かきだよ。こっちのハーレイが毎年感激しているからねえ、耳かきってそんなに凄いのかと…。ぼくもハーレイと結婚したから、サービスしようと思う日もある。何をしようかと考えていて、耳かきを思い出したわけ。で、ノルディに訊いたら耳かきエステを教えてくれてさ…」
今じゃ定番のサービスなんだ、とソルジャーは胸を張りました。
「船長ってヤツは激務だからねえ、疲れ切ってしまう日も多くって…。前のぼくならヘタレと詰って終わりだったけど、アレだね、雰囲気って大切だね。膝枕で耳掃除をしてあげて、腕とか肩とかをマッサージしてる内にさ、いい感じになってくることもあるんだ」
そうなれば後は大人の時間、とソルジャーは至極満足そう。
「いい技を教えて貰ったなぁ…と思っていたのに、ぼくの勘違いだったなんてね。結果オーライだから文句は無いけど、耳かきのルーツは何なのさ? なんだか凄く気になってきた」
せっかく来たんだし教えてよ、と詰め寄るソルジャー。言われてみれば私たちもルーツとやらを知りません。いつからあるのか、何処から来たのか、この際、聞いておきたいかも…。
「…また今度ね」
話せば長くなるんだよ、と会長さんは溜息をつき、入試が済んだら改めて日を設けると約束しました。今度の週末はソルジャーも交えて会長さんの家へお出掛けです。耳かきにはどんな由来があるのか、これはとっても楽しみかも~!