シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
- 2012.01.18 笑って許して 第2話
- 2012.01.18 笑って許して 第1話
- 2012.01.18 それからの夏 第3話
- 2012.01.18 それからの夏 第2話
- 2012.01.18 それからの夏 第1話
教頭先生のお詫び行脚に付き合う形で校内をくまなく巡った私たち。数学同好会の部屋ではアルトちゃんとrちゃんが船長服の教頭先生と記念撮影をして大感激でしたが、実のところは教頭先生、身に着けていたのは靴下と靴だけ。幸いバレませんでしたけど、私たちも教頭先生自身もハラハラドキドキしっ放しで…。
「お疲れ様、ハーレイ」
会長さんが微笑んだのは教頭室に戻ってから。
「もういいよ、ぶるぅ。疲れただろう?」
「平気、平気! 楽しかったぁ♪」
ピョンと飛び降りた「そるじゃぁ・ぶるぅ」人魚はパッと普段の服に変身を遂げ、教頭先生の方はといえば…。
「「「………」」」
私たちは視線を逸らしました。会長さんのサイオニック・ドリームが解けて教頭先生は真っ裸です。辛うじてモザイクがかかってるものの、この格好を何度見せられたたことか。アルトちゃんたちとの記念撮影の最中だって私たちの目に映る姿はこうでした。これってやっぱりわざとですか?
「はい、裸の王様タイムはこれでおしまい。ハーレイ、君の服を返すよ」
バサッと教頭先生の前に降って来たのはスーツにシャツにそれからネクタイ、とどめにいつもの紅白縞。
「君の誠意はよく分かったし、セクハラの件は忘れよう。ぼくたちが出て行ってからゆっくり着替えてくれたまえ」
じゃあね、と手を振った会長さんは私たちを引き連れて教頭室を後にしました。う~ん、とんでもない体験をしちゃったかな? 「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に戻った途端、私たちはドッと疲れ果てて…。
「肝試し、そんなに怖かったかい?」
会長さんの問いに答える気力もありません。教頭先生のお供をしている間、ストリーキングだと見破る人が出るんじゃないかと心配しすぎて疲労困憊。
「いいじゃないか、涼しい思いができたんだからさ。ハーレイも十分懲りただろうし、これでセクハラの心配はない。アルトさんたちの望みも叶えてあげられて良かったよ」
船長服の記念写真、と会長さんは満足顔。本来はシャングリラ号のクルーの交流会にでも参加しないと船長服は見られないらしいのですが、サイオニック・ドリームなら簡単です。アルトちゃんたちは裸の王様状態とも知らず、本物の船長服だと信じて大喜びではしゃいでいました。
「数学同好会の部屋だったから船長服を出せたんだ。あそこなら全員特別生だし、船長服も知っている。ちょっとくらいサービスしてもいいよね」
「…俺たちには見えていなかったけどな…」
溜息をつくキース君。私たちの目に映る教頭先生はモザイクつきの裸でしたし、アルトちゃんたちが撮った写真を確認するまで怖くて怖くて…。もう肝試しは懲り懲りですよ~!
「ふふ、ハーレイもそう思っているさ。だけど人魚はウケがいいねえ。ぶるぅ人魚が大人気とは思わなかった」
またいつか披露しようかな、とニコニコ顔の会長さん。その時は教頭先生のストリーキングは抜きでお願いしたいです。でないと寿命が縮みまくって尽きちゃいますよ~!
お詫び行脚の翌日の朝、校内は教頭先生と「そるじゃぁ・ぶるぅ」人魚の噂でもちきりでした。見損ねた生徒は悔しがったり嘆いたり。それから更に数日が経って、1年A組の教室の一番後ろに机が増えて…。
「おはよう。今日はお知らせがあるようだから」
「かみお~ん♪ 健康診断やるんだって!」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の登場です。クラスメイトがワッと取り巻き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」人魚をもう一度見たいと騒いでいると。
「諸君、おはよう。…おはようと言っているのが聞こえんのか!?」
バンッ! と出席簿で教卓を叩くグレイブ先生。教室は水を打ったように静まり返り、健康診断の実施が告げられました。恒例の水泳大会に備えて明日行われるらしいです。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はお知らせの紙を貰うと帰ってしまい、次に会ったのは放課後でした。
「やあ。授業は退屈だったかい?」
会長さんが寛いでいるのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋のソファ。
「明日の健康診断だけど、まりぃ先生が張り切ってるよ。…男子は覚悟しておきたまえ」
「「「えっ?」」」
「まあセクハラの危機ってとこかな。ぶるぅはセクハラ大好きだよね?」
「うんっ! 明日も楽しみにしてるんだ♪」
気持ちいいもん、と答える「そるじゃぁ・ぶるぅ」はまりぃ先生とのお風呂タイムをセクハラなのだと信じています。もしかして明日は男子全員にお風呂タイムが? いくらなんでも犯罪なのでは…? ジョミー君たちも真っ青ですが、会長さんはクッと笑って。
「違うよ、お風呂は流石にやらない。詳しくは明日のお楽しみさ」
それ以上のことは話して貰えず、健康診断当日になって…1年A組はトップバッター。もちろん男子が女子より先です。例によって会長さんは後回しにされ、水色の検査服で居残ってますが…。
「…なんだったんだ、まりぃ先生…」
「絶好調ってことじゃないかな?」
戻って来た男子は頬が赤かったり、妙にソワソワしていたり。ジョミー君たちも例外ではなく、これは相当なセクハラが…? しかし。
「公認なのよ、って言われたんだよ」
ジョミー君が頬を膨らませる横でサム君が。
「先生方は御承知だから報告したって無駄なのよ~、とか言っていたよな」
げげっ。学校公認のセクハラなんてアリですか? キース君にシロエ君、マツカ君もゲンナリしていますけど、セクハラの中身は口にしません。きっと言いたくないのでしょう。男子が終わると女子の番なのでスウェナちゃんと私は「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れて保健室へと…。もちろんその後はお決まりのコース。
「ぶるぅちゃん、今日もぷにぷにねえ~♪」
可愛いわぁ、とバスローブを纏ったまりぃ先生が特別室のバスルームから出て来ます。真っ裸の「そるじゃぁ・ぶるぅ」をバスタオルで拭くまりぃ先生にスウェナちゃんが。
「…あのぅ……質問があるんですけど…」
「あら、なあに?」
艶やかな笑みを浮かべるまりぃ先生。
「…えっと…。男子が変な話をしてたんです。先生方に報告しても無駄なことって何なんですか?」
ひぃぃっ、スウェナちゃんったらクソ度胸かも…。まりぃ先生はニッコリ笑って。
「そうねえ、仔猫ちゃんには関係ないって言っとこうかしら? 女の子には意味ないの。そんなことより生徒会長を呼んできてちょうだい、あの子は私が診なくっちゃね」
お仕事、お仕事…と白衣に着替えるまりぃ先生には取り付く島もありませんでした。お風呂で御機嫌になった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自分のお部屋に帰ってしまい、会長さんも保健室に出掛けて行ってそれっきり…かと思ったのですけど、終礼の時に戻ってきて。
「グレイブ先生、お話があります」
会長さんが手を挙げました。
「何かね? 用件は短く簡潔に」
眼鏡を押し上げるグレイブ先生に、会長さんは真面目な顔で。
「来週の水泳大会ですが、ぼくは女子の部でお願いします」
「「「えぇぇっ!?」」」
教室は蜂の巣をつついたような大騒ぎ。会長さんが女子の部って…正気ですか? 去年、グレイブ先生に女子として登録されてしまって、酷く嫌がっていたような…。スクール水着をあんなに嫌っていたというのに、どうして女子に? グレイブ先生も唖然としていましたが、すぐに立ち直って皆を鎮めて。
「諸君、静粛に! …ブルー、本気で言っているのかね? 女子での登録は実績があるが、ぶるぅは男子に回すのかね? それに水着は学校指定の女子用になるぞ?」
「ぶるぅは男子で登録します。それからぼくの水着ですけど、特例で学校指定の男子用です」
これが許可証、と会長さんは教卓に書類を提出しました。グレイブ先生はそれを確かめ、低く唸って。
「なるほど、確かに特例とあるな。…分かった、女子で届けを出そう。まったくもって気紛れな…」
ブツブツ呟くグレイブ先生に会長さんが。
「細かいことを気にしているとハゲちゃうよ? 最近、生え際ヤバイんじゃないの?」
「頭髪管理は完璧だ! 1ミリも後退してはおらんし、させる気もない!」
「あ、そう? それじゃ登録よろしくね」
いつものタメ口に戻った会長さんはサッサと逃亡。水泳大会は来週ですけど、なんだか波風立ちそうな予感…。
終礼が済んで「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くなり、私たちは会長さんに詰め寄りました。女子の部で参加希望だなんて、どう考えても裏があります。しかも水着の特例許可まで申請済みとは…。
「なんで女子かと言われても…。フィシスの占いで今年は女子で参加すべし、と出たんだよ」
「「「は?」」」
「フィシスの占いは外れない。だけどスクール水着は嫌だし、ゼルの所に相談に行った」
「何故ゼル先生が出てくるんだ? あんたの担任じゃないだろうが」
キース君の疑問に会長さんは。
「その担任が危険だからこそゼルなんだよ。ぼくが女子用の水着を着てたら誰が一番喜ぶと思う? 去年、女子で登録されちゃった時、ハーレイは凄く期待していた。ぼくの水着姿を見られる…とね」
「「「………」」」
私たちの脳裏に蘇る会長さんのスクール水着。水泳大会では出番が無かったですが、後日、教頭先生の前で着用して見せ、からかっていたのを覚えています。そこへソルジャーが乱入してきて騒ぎになったり、ソルジャーがスクール水着の魅力に目覚めてドクター・ノルディに自分用のを買わせてみたり、と色々と…。
「ほらね、言葉も出ないだろう? だからこそゼルに言ったんだ。女子で出たいけど水着姿に期待している馬鹿がいるから特例の許可を出してくれって。二つ返事でOKだったよ、ハーレイ以外の長老全員の署名入りでね。…ついでにこないだのお詫び行脚は面白かった、と褒めてもらった」
「バレてたんですか!?」
ひっくり返った声はシロエ君。私たちも顔面蒼白でした。教頭先生が真っ裸で歩き回っていたのが先生方にバレていたなら大惨事です。教頭先生、減俸くらいにはなったかも…。
「裸のことならバレていないよ。ぶるぅを首からぶら下げてたのがウケたらしいね。見た目に間抜けで楽しかったということらしい」
あらら。長老の先生方には全く遭遇しませんでしたが、何処からか御覧になってたようです。サイオンの扱いに長けた先生方にも真っ裸だとバレないなんて、会長さんのサイオニック・ドリームは流石でした。その会長さんがフィシスさんの占いを信じて女子の部で参加しようだなんて、今年の水泳大会ってヤツは女子の方が難易度高いのでしょううか? 会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は毎年助っ人に来るのですから。
「…うーん…。どうだろう? フィシスはぼくが女子に向いてると言っただけだし…」
「………本当か?」
キース君が疑いの目を向けました。
「本当に占いで決めたのか? 去年は占いなんかしてないだろうが、女子の部にされて焦ってたしな。占いをして貰っていたなら受難は覚悟していた筈だ」
「…去年のアレで学習したのさ。大切な行事に臨む前にはフィシスの占い! ぼくの女神は優秀だから」
「「「………」」」
フィシスさんの占いがよく当たるとは聞いています。ひょっとして会長さん、あれ以来、占いに頼っているとか? でもソルジャーにいつも振り回されてますし、占いもアテにならないんじゃあ…?
「フィシスを疑っているだろう? ぼくは大事なことしか占ってもらわない主義なんだ。人生、刺激が必要だしね。先のことが全て読めていたんじゃ面白くもなんともないじゃないか」
そう言われると反論不可能。ソルジャーの出現は会長さんにとってはスリルに満ちたお楽しみになっているのかもしれません。その会長さんは教頭先生を除いた長老の先生方の署名入りの許可証を見せびらかして得意顔でした。
「今年もぼくは女子の部だけど、水着はバッチリ男子用! ぶるぅと一緒に1年A組を学園一位にしてみせるさ。ね、ぶるぅ?」
「うん! ぼく、頑張る! 今年も学園一位を取ろうね♪」
水泳、水泳…と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ねています。学園一位は取れそうですけど、会長さんが何故に女子の部? シャングリラ学園の水泳大会はいつも何かとお騒がせなだけに、とんでもない種目が出てこないことを祈った方がいいのでしょうねえ…。
水泳大会の日までスウェナちゃんと私は気が気ではありませんでした。去年はプールの使用禁止の張り紙が掲示板に出され、プールが凍結してましたっけ。そんな前例を知っているだけに毎日きちんと掲示板をチェックし、水泳部にいるクラスメイトたちに異常は無いかと確認し…。けれど何事も起こらないまま、大会当日。
「おはよう。今日は君たちのお仲間だからね」
会長さんが朝早くから1年A組の女子全員に甘い言葉をかけていました。シャングリラ・ジゴロ・ブルーならではの気配りでもってアルトちゃんとrちゃんにはプレゼントなんかも贈っています。水泳大会参加記念に、なんて言ってますけど、寮の方にはフィシスさんの名前で水着を贈ってあるらしく…。
「フィットネスクラブで泳いでた、って話をしたら羨ましがられちゃってさ。そのうちに連れて行こうと思って」
あぁぁ。教頭先生人魚の特訓をしていたフィットネスクラブ、今でもVIP会員でしたか…。ソルジャーだけに一度登録すると会費無料で永久会員らしいです。会長さんの机の上には「そるじゃぁ・ぶるぅ」が腰掛けていて、こちらも女子に大人気。やがてグレイブ先生が現れ、体育館に移動して…。
「今年は何もないといいわね…」
更衣室でスウェナちゃんが言いました。
「会長さんが女子でしょう? 私、ホントに心配で…」
「うーん、どうだろ? ひょっとしたら男子の部が凄くハードとか」
去年みたいに、と答えたのですが。
「それなら最初から会長さんは女子の部よ。虚弱体質だから参加は不可って言われた結果が去年の女子の部」
「あ、そうか…。でも、それだったら女子の部がハードってこともないよね。会長さんが参加できる程度の中身でないと」
「言われてみればそうだけど…」
やっぱり心配、とスウェナちゃん。私も湧き上がる不安を隠せないまま水着に着替えて廊下に出ると、会長さんが待っていました。今年は男子用の水着ですからサリーなどで隠す必要もなく、会長さんの水着姿を初めて目にする女子がキャアキャア騒いでいます。会長さんは苦笑しながら…。
「君たちの気持ちは分かるけれども、今日は一応女子なんだ。おとなしくしててくれないと、特例が認められなくなってしまうかも…。このぼくに恥をかかせたい?」
この一言は効果てきめんでした。会長さんに女子用スクール水着を着せたいなどと考える女子は誰もいません。黄色い悲鳴はパタリと止んで、私たちはプールに向かいました。今年はこの先にいったい何が…?
「あれ…?」
緊張しきって入っていった扉の向こうはごくごく普通のいつものプール。シャングリラ学園自慢の屋内プールが静かに水を湛えています。プールサイドにはクラスごとに所定の位置が示されていて、1年A組の場所には男の子たちが座っていました。ジョミー君たちや「そるじゃぁ・ぶるぅ」も揃っています。
「…えっと…」
スウェナちゃんがジョミー君に。
「今年は普通のプールなの? どう見ても普段のプールよね?」
「そうみたい。でもさ、普通のプールだからって安心してたらマズイと思う」
一昨年はサメが出たんだよ、というジョミー君の言葉に私たちは青ざめました。言われてみれば一昨年はサメがプールに放されたのです。去年の凍結プールのインパクトが強くて忘れてましたが、サメと一緒に泳ぐ羽目になった男子は忘れていませんでしたか…。そこへ。
「シャングリラ学園の諸君、これより恒例の水泳大会を開催する」
渋い声は教頭先生でした。水着ではなくジャージ姿でマイクを握り、他の先生方は水着にジャージと様々です。
「我が学園の水泳大会は学年1位を決定した上で学園1位の座を争うが、今年はチャンスは一度しかない。タイムが全てだ。各学年で1位を取ったクラスが出したタイムを比較した上で学園一位を決定する!」
「「「ええぇっ!?」」」
あちこちで上がるブーイングの声。シャングリラ学園の水泳大会はどちらかと言えばお遊びの会。寒中水泳だったりサメがいたりと変な要素は入ってきますが、タイムを競うなんてシビアな話は出てきたことがないのです。そりゃあ……昔はそういう時代もあったかもですけど、私たちが入学してからは一度も無し。私たちは今年で学園生活三年目ですし、つまり最高学年の3年生でもタイムを競った過去はないわけで…。
「静かに! これは今年の方針だ。競技の説明などはブラウ先生から聞くように」
ここでマイクがブラウ先生に渡されました。ブラウ先生はまだ不満そうな全校生徒にウインクと投げキッスをたっぷり振りまいてから。
「よーし、いい子だ、静かになったね。それじゃ説明を始めるよ? 競技はまずは女子からだ。今年は特例で男子が一人女子の部にいるけど、広い心で認めてやりな。…今年は女子も男子もリレー形式、ズルは一切ダメだからね」
なんと! どおりでタイムを競うわけです、リレー形式ときましたか! またしても上がるブーイング。けれどブラウ先生はサラッと無視して続けました。
「競技は1年の女子から始める。おっと、その前に特別選手を紹介しよう。各クラスに1名、外部から選手を投入する。この選手を抜かしてリレーをしても無効になるから気をつけるんだね」
「「「???」」」
特別選手って何でしょう? 特別生とは違いますよね? その選手抜きでのリレーは不可って、いったいどういう形式ですか…?
ブラウ先生の紹介から暫く後。全校生徒はプールを前に呆然と口を開けていました。水を切って進む背びれや背中。スイスイと自由自在に泳ぎ回っている黒い影…。それはイルカというヤツでした。一昨年のサメと同様、水族館から借りてきたのだそうです。
「いいかい、1クラスにつきイルカ1頭だ」
ブラウ先生の声が響きます。
「リレーは1人ずつプールを一往復して繋いでもらう。邪魔だろうけどバトンを持って泳ぐんだよ? バトンは必ず手渡しすること。投げた場合は失格になる。そして特別選手のイルカを何処かで必ず一往復させてバトンを繋ぐ!」
「「「えぇっ!?」」」
「えっ、じゃない! イルカだけでは心許ないし、付き添いを一人認めよう。ただしイルカがコースアウトしたらやり直し。イルカを誘導、もしくは手や足で軌道修正するのはOKだけど、掴まって泳いだり押したりするのは反則だからね。分かったらさっさと位置につく!」
各クラスにイルカを割り当てるから、とブラウ先生は涼しい顔です。プールサイドではシド先生がホイッスルを吹いてイルカを集め、何やら指示を出していますが…こんなリレーってアリですか? イルカを選手にするなんて…。
「…大丈夫。落ち着いて、ぼくがなんとかするから」
会長さんがスッと進み出てきて私たちに笑顔を向けました。
「ぼくは女子だって言っただろう? イルカの付き添いで泳ぐ係はぼくがやる。君たちは自分のベストを尽くして泳ぎたまえ。…ぼくは何人目に泳げばいい? 平気だよ、ぼくはぶるぅの御利益パワーを貰えるからね。…ね、ぶるぅ?」
「かみお~ん♪ ブルー、頑張ってね!」
おおっ、と湧き返る1年A組。女子も男子も大喜びです。会長さん自身のサイオンは全く知られてませんが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーは周知の事実。これなら勝てる、と私たちは普段の水泳のタイムを元に順番を決め、スタート地点に並びました。先頭の子に手渡されたのは黄色のバトン。クラスごとに色が違うのです。
「A組のイルカはこれでいいかな?」
一番早く整列したし、とシド先生が連れてきてくれたイルカの背中に黄色のマークがつけられます。
「このイルカは多分一番速いよ、泳ぐのがね。その分、扱いも難しいけど…スタートの合図はバトンを咥えさせるだけでいい。後は頑張ってコースを一往復させてくればいいんだ」
往復させたらバトンの端をこう叩く、と説明してくれるシド先生。その合図でイルカがバトンを口から離すのだそうで、それを次の人が拾って泳ぐのです。他のクラスも次々と位置につき、イルカが割り当てられました。シド先生の合図で競技スタート! イルカはスタート地点の真下で大人しくして…って、あれ? いない?
「…早速逃げたか…」
クスッと笑う会長さん。私たちのクラスのイルカは遙か彼方を泳いでいます。他のイルカもプールの中で気の向くままに縦横無尽、好きに遊んでいるのでした。選手の泳ぎに支障は出てないようですけども、これじゃイルカとリレーどころじゃありません。会長さんは黄色いマークをつけたイルカを目で追って…。
「仕方ない、あれがこっちに戻って来たらぼくが飛び込んでキープする。その時にバトンを持っていた人はイルカに渡してくれたまえ。そこで一往復、ぼくとイルカで繋ぐから。…ぼくが自分の分を連続して泳ぐかどうかは体力次第って所かな」
疲れてた時は一度上がって一休み、と会長さんが言ってから間もなくイルカがスーッと近づいてきました。会長さんはすかさず飛び込み、イルカの鼻先に手を当てて…。スウェナちゃんと私の目にはサイオン・シールドが見えましたけど、他の生徒には見えていません。ジョミー君たちは分かったらしくて手を振って応援しています。コースを往復して戻ってきた子が差し出したバトンをイルカが咥えて…。
「「「頑張ってー!!!」」」
クラスメイトの応援の中、会長さんはイルカと一緒に泳ぎ出します。サイオン・シールドに囲まれる形になったイルカは会長さんの速度に合わせるようにゆっくりと泳ぎ、コースを外れることもなく…アッという間に一往復。
「ごめん、疲れちゃった。ちょっと交替」
次の人、と会長さんに言われてスタンバイしていた子が飛び込んでいき、スウェナちゃんも私も泳いで、会長さんはアンカーでした。イルカと泳いだ時より速いんじゃないかと思うようなスピードで往復してきて…。
「1位! 1年A組!!!」
ブラウ先生が宣言した時、他のクラスはイルカと格闘中でした。どう頑張ってもイルカがコースを外れてしまい、相性の良さそうな泳者を見つけるために悪戦苦闘しているのです。それどころか割り当てられたイルカがコースに入ってくれないクラスも…。
「そるじゃぁ・ぶるぅって凄いのねえ…」
御利益バッチリ、とクラスメイトが褒め称える中、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は満面の笑顔。けれど…。
『頑張ったのはブルーだよ? イルカさんをサイオン・シールドで包んじゃうなんて、ブルー、やっぱり凄いよね♪』
ニコニコしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」の自慢の種は会長さん。クラスメイトには内緒になっている会長さんのサイオンの扱いの上手さを思念波に乗せて伝えてきます。
『ふふ、これでも一応ソルジャーだしね? ぶるぅも男子で頑張るんだよ』
『うんっ!』
交わされている二人の思念。女子の部がイルカ・リレーだったら男子は何をするのでしょう? 今度こそサメが出なければいいが、とジョミー君たちは不安そう。いいえ、サメならまだマシですけど、リレー可能とは思えないような生き物が出たらどうすれば…? 女子の部はまだ混乱が続いています。男子の部、ホントに「そるじゃぁ・ぶるぅ」で大丈夫なの~?
今日は二学期の始業式。蝉の声がうるさい中を律儀に登校した私たちは終礼が済むと早速「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に向かいました。キース君のサイオン・バーストで吹っ飛んだお部屋は元通りに直っていますけれども、ゆっくりするのは今日が初めて。お披露目の時はお客様が大勢来ていましたし、その後は別荘ライフとか…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「やあ。新学期もよろしくね」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれて、出てきたおやつはアイスケーキ。苺シャーベットの土台に真っ赤な苺が沢山飾られています。会長さんの家やマツカ君の別荘でもいろんなおやつを食べましたけど、このお部屋はやっぱり落ち着きますねえ…。
「ねえねえ、綺麗に直ったでしょ? 壊れた時は泣いちゃったけど、新しいキッチンも気に入っちゃった♪」
とっても使いやすいんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は嬉しそうです。けれどキース君は私たち全員に頭を下げて。
「すまん、みんなに迷惑をかけた。…俺がバーストしなければ…」
「バーストさせたのはぼくだよ、キース。そういつまでも気にしなくても…」
問題ないさ、と会長さん。
「そんなことより、その後はどうだい? 今日も朝練だったんだろう?」
「えっ?」
「ハーレイだよ。いつもどおりに練習できてる?」
「…どういう意味だ?」
首を傾げるキース君に会長さんはクスッと小さな笑いを零して。
「やっぱりねえ…。ハーレイもいい弟子を持ったよ、あんなことをやらかしたのにキッパリ忘れてくれるなんてさ。…柔道といえば嫌でも身体が触れ合うだろうに、セクハラの危機を感じないかい?」
「セクハラだと!? そ、それは…あの時はビックリしたが、あれはあいつの悪戯のせいだ! 教頭先生に責任はない」
キース君が力説するのは別荘ライフ最後の夜に起こった珍事。同行していたソルジャーが教頭先生に施した暗示が引き金になって、キース君は身体を撫で回されたらしいのです。それもバニーガールの格好で…。キース君の絶叫を全員が耳にしていましたが、正気に返った教頭先生が土下座を繰り返すのを止めたのもまたキース君でした。
「俺は本当に気にしてないんだ。不可抗力っていうヤツだしな。…だから部活に支障はない」
「そうなんだ? 精神の鍛錬も積んでるってことか。じゃあ、こっちの方も問題ないね」
「は?」
キョトンとしているキース君。何が「こっち」だと言うのでしょう? 私たちにもサッパリです。会長さんは涼しい顔で私たち全員を見回して…。
「分からないかな、もう何回もやってるのにさ。新学期と言えば決まってるだろう? ぶるぅ、取っておいで」
「かみお~ん♪」
トトトトト…と走って行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が奥のお部屋から抱えてきたのはリボンがかかった平たい箱。ひょっとしなくてもこの箱は…。
「ふふ、実物を見たら分かってくれた? 青月印の紅白縞を5枚、教頭室に届けに行かなくちゃ。キースがハーレイを怖がるようならメンバーから外そうと思ってたけど、いつもどおりに全員揃って出掛けられるね」
「「「………」」」
えっと。また今回もトランクスを届けに行列ですか? そんなのすっかり忘れてましたよ…。会長さんのこの習慣はいったいいつからあるのでしょう? そしていつまで続くのでしょう…?
「いつから届けに行ってるのか、って? ぼくもはっきり覚えてないよ。下着売り場で紅白縞のヤツを見たのが始まりなのは確かだけどさ。…あの時はフィシスも一緒だった。こんなの誰が履くんだろうね、と笑い合ってて、ぼくが履いたらどう思う? ってフィシスに訊いたら…」
その後は惚気話でした。フィシスさんは会長さんがやることだったら何でも許せるらしいのです。紅白縞でも凛々しく見えるとか惚れ直すとか…。けれどあくまで会長さんが履くからであって、紅白縞自体は笑いの対象。
「でね、スーツの下に紅白縞とかは最低だよね、って話をしてて…ふとハーレイの顔が浮かんで、いっそプレゼントしちゃおうかと。ぼくが贈った下着だったら絶対履くに決まっているし」
結果は思った以上だった、と満足そうな会長さん。今や教頭先生の下着と言えば紅白縞です。会長さんからのプレゼントだけでは足りないからと自分のお金で買い足すものも紅白縞。…会長さんの黒白縞とお揃いだという大嘘を信じ、きっと今日だって紅白縞…。溜息をつく私たちを引き連れ、会長さんは教頭室へと向かいました。
本館の奥の重厚な扉を軽くノックする会長さん。この光景もお馴染みです。中から「どうぞ」と声が返って、会長さんは。
「失礼します」
トランクスの箱を抱えて部屋に入った会長さんに、教頭先生は相好を崩しました。
「来てくれたのか? いつもすまんな」
「まあね。ハーレイが期待してるだろうから来てあげた。…浮気くらいで怒りはしないよ」
「…浮気だと?」
「ブルーが言っていただろう? 三角関係みたいだね、って。ぼくとキースと、それからハーレイ」
言葉に詰まる教頭先生。チェックしていた書類の上で羽根ペンが小刻みに震えています。
「…あ、あれは……あの話は……」
「分かっているよ、全部ブルーのせいだってことは。浮気できる程の甲斐性があればとっくに結婚できてるだろうし、その点はぼくも気にしない。…でもね、キースは心に傷を負ったと思うな」
糾弾にかかる会長さんをキース君が止めに入ったのですが。
「被害者はそこで黙っていたまえ。責任はしっかり追及しないと」
聞く耳を持たない会長さんは教頭先生をビシバシ追い詰め、容赦なく詰り倒しました。
「よく考えたら被害者っていうのはキースだけではないんだよね。ぼくと間違えて触ったんだっけ? ぼくにバニーガールの格好をさせて触りまくりたいと思ってなければ、あんな事件は起こらなかった筈なんだ。浮気の件はどうでもいいけど、ダブルセクハラは許し難いよ。ぼくとキースと一度になんて最低だ!」
「待ってくれ、ブルー! わ、私は夢を見せられただけで…」
「心に妄想を持っていたのが暗示にかかって表面に出た。言い訳の余地はないと思うな、ぼくもサイオンの扱いのプロだ」
この道一筋三百年、と会長さんの口調が俄然厳しくなります。
「ぼくもキースも大いに不快な思いをしたし、けじめをつけて貰おうか。…でもその前に…プレゼントだけは渡しておくよ。青月印の紅白縞を5枚、確かに買ってきたからね」
「す、すまん…。これは有難く頂いておく」
教頭先生は机に置かれたトランクスの箱を押し戴いてから、ガバッと床に土下座しました。
「申し訳ない、このとおりだ。ブルー、キース、不愉快な思いをさせて済まなかった」
別荘で言い渡された土下座千回の続きとばかりに謝りまくる教頭先生。けれど会長さんの声はあくまで冷たく…。
「土下座程度じゃ足りないね」
「…わ、分かった。だったらこれで美味いものでも…」
教頭先生は懐から財布を取り出しましたが、会長さんはフンと鼻を鳴らして。
「その程度でぼくの気持ちが和らぐと思っているのかい? 見せて欲しいのは誠意だよ。土下座なんかはもう見飽きたさ」
「で、では…」
どうしろと、と困惑顔の教頭先生。土下座もダメで財布の中身でも足りないとなると巨額の損害賠償とか…? 会長さんなら言いかねません。しかし…。
「ぼくの要求はお詫び行脚。今からぼくたちと一緒に学校中を回ってもらう」
「なんだと…?」
教頭先生の顔色がサーッと青ざめました。お詫び行脚ということになれば、教頭先生の所業を長老の先生方やグレイブ先生に知らしめた上で謝罪して回るという悲惨な事態に…? 会長さんは何処までバラすつもりでしょうか? 下手をすれば教頭先生、またまた謹慎処分とか…。
「ふふ、顔色が悪いよ、ハーレイ? ぼくとキースにセクハラとなれば絶対謹慎処分だもんねえ…。でもさ、それじゃ全然面白くない。お詫び行脚はぼくだけに詫びてくれればいいから」
「「「???」」」
教頭先生にも私たちにも意味が分かりませんでした。会長さんだけに謝るのならこの部屋ですれば十分なのでは?
「…分からないかな、誠意を見たいと言っただろう? だからね、ぼくが納得できる形で学校中をくまなく歩いてくれればいい。…ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
元気一杯に飛び上がった「そるじゃぁ・ぶるぅ」がクルリと見事に宙返り。その姿は一瞬の内に銀色の尻尾を持った可愛い人魚になっていました。ひょ、ひょっとして教頭先生、またまた人魚に変身ですか? それをジョミー君たちが御神輿みたいに担がせられて学校中を練り歩くとか…?
「う~ん、それとは違うんだよね」
私たちの思考が零れたらしく、会長さんは。
「君たちは一緒に来るだけでいいし、力仕事も何にもないよ。どっちかと言えば、力仕事はぶるぅの方かな。…ハーレイ、そこにビシッと立つ!」
「…なんだ…?」
「いいから立って。さっさとしないと…」
会長さんの赤い瞳に物騒な光が宿ったのを見て、慌てて立ち上がる教頭先生。そこへ「そるじゃぁ・ぶるぅ」がピョーンと跳ねて、教頭先生の首に両手でぶら下がります。これは何処かで見たような…?
「「「あっ!?」」」
サイオンの青い光がパァッと走って教頭先生のスーツがパッと消え失せました。紅白縞のトランクスも消え、代わりに「そるじゃぁ・ぶるぅ」の銀色の尻尾が大事な部分を隠しています。ひぃぃっ、これはマツカ君の別荘でソルジャーがやった『ぶるぅズ腰蓑』の応用では…?
「さあ、ハーレイ。…その格好で行ってもらおうか」
低い低い声が響きました。
「歩きにくいと困るだろうから靴下と靴は残しておいた。ぼくたちと一緒に校内一周、逃亡の機会は与えない」
クスクスクス…と笑う会長さん。
「あれはホワイトデーだっけね? この子たちが勘違いをして君のピンチだと焦ってた。裸エプロンで校内一周の旅に出ていると思ったらしい。…せっかくだから裸エプロンよりも素敵な姿で出掛けようか。ぼくも行くから心配ないよ」
大丈夫、と会長さんは太鼓判を押していますが本当に心配ないのでしょうか? 首から「そるじゃぁ・ぶるぅ」人魚をぶら下げただけの格好なんかで学校中を練り歩くなんて、正気の沙汰とも思えませんが…。『ぶるぅズ腰蓑』の時と違って「ぶるぅ」がいない分、背中側のガードがお留守ですけど、ホントにこれで出掛けるんですか~?
逞しい褐色の肌の身体に褌一丁ならぬ「そるじゃぁ・ぶるぅ」人魚と靴下、それから靴。教頭先生の姿は笑えるなんてレベルでは既にありませんでした。おまけに此処は学校です。始業式の日の放課後とはいえ、生徒だってまだいるでしょう。そんな中をこの格好の教頭先生と一緒に歩く…。私たちは泣きそうな顔になっていたものと思われます。
「ああ、君たちも問題ないから。…ほらね」
会長さんのサイオンがキラッと光り、教頭先生は元のスーツを着ていました。
「び、びっくりしたぁ~」
安堵の声はジョミー君です。誰もがホッと息をついて。
「冗談にしてもやり過ぎですよね、あの格好は…」
「俺も焦った。あんな格好で廊下に出たら俺たちも通報されそうだ」
シロエ君とキース君が頷き合っていますが、その通りです。ストリーキング一歩手前なあの格好では私たちまで叱られそうで…。
「だからサイオニック・ドリームなんだよ」
割って入った会長さんの言葉に私たちは目をむきました。サイオニック・ドリームがなんですって?
「スーツに見えるようにサイオニック・ドリームを使ってるんだ。君たちだってハーレイの無様な姿は御免だろうし、他の人たちと同じレベルに調整しといてあげようかと…。残念ながらハーレイ本人にはスーツは見えていないんだけどさ」
真っ裸だよ、と会長さんは楽しそうです。どうやらそれが真実らしく、スーツ姿の教頭先生、まるで元気がありません。首からぶら下がった「そるじゃぁ・ぶるぅ」を見下ろしながら…。
「本当にこれで歩けと言うのか? お前と一緒に?」
「うん、ぼくたちと校内一周。ぼくがついていればサイオニック・ドリームは完璧だろう? ちゃんとスーツ姿に見えているから、ぶるぅ人魚の宣伝ってことで行ってみようか。近くで見たいと思ってる人も沢山いるしね」
さあ行くよ、と会長さんは先頭に立って教頭室の扉を開け放ちました。
「言っておくけど堂々としないと怪しまれるよ? 特に長老には要注意だ。挙動不審で突っ込まれたら言い訳するのは大変だろうねえ。…その場合、ぼくは一切関知しないから」
頑張って、とニッコリ笑う会長さん。教頭先生は眉間の皺を指で揉みほぐし、平静を装って歩き出します。もっとも私たちにはスーツ姿にしか見えていないので、首からぶら下がった「そるじゃぁ・ぶるぅ」がちょっと気になるだけですが…って、前言撤回! 今、チラッと裸の後ろ姿が見えたような…?
「たまにサイオニック・ドリームを解くかもね。君たち限定のイベントだけどさ」
お楽しみに、と会長さんがウインクしてみせます。そんなイベントは要らないのですが…どちらかと言えばお留守番の方が嬉しいんですが、お願いするだけ無駄なんでしょうね。会長さんと教頭先生に続いてゾロゾロと本館の廊下を歩いていると…。
「おや、ぶるぅですか?」
シド先生が声をかけてきました。
「首にそうやってぶら下げるよりはおんぶの方が楽でしょう?」
どっこいしょ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」を両手で抱えて背中に回そうとするシド先生。ああっ、そんなことをしたら丸見えに…! 見えてないけど丸出しですよ~!
「い、いや、この方が楽なんだ」
教頭先生も額に汗を浮かべています。シド先生は「でも…」と言いながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」を抱え直して思案顔。おんぶは時間の問題かも、と思ったのですが…。
「ぶるぅには足が無いんだよ」
会長さんが銀色の尻尾を指差しました。
「おんぶするには不安定だと思わないかい? ねんねこを着るなら別だけどさ。でも、ねんねこだと人魚姿を披露できない」
「なるほど、ねんねこで尻尾が隠れてしまう…と。で、ぶるぅをぶら下げておいでなのは?」
「近くで見たかった人が多いようだし、新学期記念に連れて歩こうかと。…ハーレイに持ってもらって、ちょっと校内一周の旅」
笑みを浮かべる会長さんに、シド先生は素直に納得したようです。
「そうですか。…では、お気をつけて」
「すまんな、少し出掛けてくる」
「行ってくるね、シド」
教頭先生と会長さんの挨拶にシド先生は爽やかな笑顔で手を振り、私たちを見送ってくれました。それからは先生方と顔を合わせることなく本館を出て、向かった先はグラウンドです。
「あっ、人魚だ!」
「そるじゃぁ・ぶるぅだ!」
部活中の生徒に取り囲まれて写真をせがまれ、教頭先生は焦りましたが。
「いいんじゃないの? ほら、ぶるぅとそこに並ぶといいよ」
会長さんが教頭先生をベンチに座らせ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に隣に座るよう命令したからたまりません。銀色の人魚は腰蓑役から解放されて御機嫌で座り、教頭先生の方はと言えば…見た目はスーツ姿ですけど本当は多分真っ裸。それでも堂々と座る姿は流石でした。
「そるじゃぁ・ぶるぅってアイスキャンデーが好きなんだよな?」
「俺、買ってくる! 何がいい?」
「えっと、えっとね、チョコバナナ!」
陸上部員の好意のお蔭で「そるじゃぁ・ぶるぅ」はアイスにありつき、教頭先生は心許ない格好のままでベンチに腰掛けてしばし休憩。人魚登場の噂に生徒が集まり、撮影会も順調です。えっと…教頭先生のスーツ、ちゃんと写っているのかな?
『平気だよ。キースですら操れるようになったレベルのサイオニック・ドリームなんだ、ぼくは絶対ヘマしない』
会長さんの思念のとおり、ジョミー君が携帯で撮ってみた写真にはスーツがきちんと写っていました。でも私たちの目には時々チラチラ見えるのです。真っ裸で座る教頭先生の姿がモザイクつきで…。
「じゃあ、次は体育館に行ってみようか」
会長さんの合図で再び教頭先生の首にぶら下がる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。やはりこの方が安心できます。二度と外さないでもらいたいものだ、と心から願う私たち。お詫び行脚だなんて言ってますけど、絶対ただの嫌がらせですよ、この校内一周冒険の旅は…。
体育館では剣道部が練習していましたが、ゼル先生はいませんでした。自主練習の時間だそうです。けれど「そるじゃぁ・ぶるぅ」人魚はここでも人気。教頭先生の困惑を他所に写真が撮られて…。
「後姿だけじゃつまらないよね?」
会長さんの鶴の一声でまたも教頭先生の首から外れる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ぶら下がっていると教頭先生と向かい合わせですから、そのままでは後ろ姿しか撮れないのです。会長さんってホントに鬼かも…。私たちの目には真っ裸で仁王立ちしている教頭先生が見えていました。サイオニック・ドリーム、今回はちょっと少なめみたいです。
「さてと、後はぐるっと一周してから本館へ…と」
体育館を出ると校舎を端から回る羽目に。幸か不幸か教室に残っている生徒は殆どいなくて、写真撮影も滅多にありません。これはラッキー、と思った所へ。
「おっ、ぶるぅか!」
会長さんがカラリと開けた扉の向こうで楽しげな声が上がりました。
「見ろよ、パスカル! お前、見たいって言ってただろ? 人魚になったぶるぅだぜ!」
「なんだって!?」
飛んできたのはパスカル先輩。さっきの声はまさかのボナール先輩で…部屋の中にはセルジュ君とアルトちゃん…それにrちゃん? ここって数学同好会のお部屋…?
「ようこそ、数学同好会へ」
セルジュ君がニッコリ笑っています。存亡の危機だと聞いている割にそこは大きな部屋でした。テーブルも椅子も十分にあって、私たちは中へ招き入れられ…。
「教頭先生、ぶるぅは俺たちが預かりますよ」
「ええ、どうぞこちらでごゆっくり」
お茶を淹れます、とセルジュ君が言い、ボナール先輩が「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を撫でながら。
「人魚の尻尾がどうなってるか、パスカルに教えてやってくれないか? あいつ、気になってしょうがないらしい」
「ああ、見せて貰えると嬉しいな。どんな風にくっつけるのかとか、大いに気になる」
パスカル先輩が銀色の尻尾を持ち上げています。ああっ、そんなことをしたら見えちゃう、見えちゃう~!
「見えるって…何が?」
怪訝そうな顔のボナール先輩。パスカル先輩とセルジュ君も私たちの方を眺めています。しまった、ここは数学同好会。特別生の溜まり場として有名な会で、セルジュ君も百年以上在籍してるんでしたっけ。思念波を拾うくらいはお手の物。ヤバいです、これはヤバすぎるかも…。
「ヤバイ? …全員パニック状態だな」
「何か理由があるんだろう。ぶるぅの尻尾か?」
うわぁ、まずい展開になってきました。尻尾は確かに問題ですけど、本当は…。
「ノーパンなんだよ」
「「「え?」」」
いきなり降ってきた救いの声。セルジュ君たちが会長さんを見ています。会長さんはクスッと笑って銀色の尻尾を指差しました。
「その尻尾はね、ぴったりフィットが売りなんだ。でなきゃ水には入れない。専用下着を履いて着けるか、ノーパンでいくか、二つに一つ。そしてぶるぅはノーパンの方」
「そうなのか…。それはウッカリ外れたりしたら見えてしまうかもな」
「ヤバイというのはそういう意味か…。子供でも一応、男だしなあ」
よかったぁ…。どうなることかと思いましたが切り抜けられたみたいです。セルジュ君が紅茶を淹れてきてくれ、テーブルの上に並べました。
「今日はおやつもあるんですよ。ゼル先生の新作です」
「「「えっ?」」」
ゼル先生の新作って…なに? 前に学食でゼル特製とエラ秘蔵っていうお菓子とお茶のセットを会長さんに御馳走になりましたけど、数学同好会って特別なコネでもあるんですか…?
「俺たちは試食係なんだ」
ボナール先輩が重々しく言い、出てきたものはパパイヤ入りのロールケーキでした。
「ゼル先生は探究心が旺盛だから、新作はまず先生方が試食する。評判が良ければ次は生徒だ。その大切な試食係に指名されたのが俺たちってわけさ」
「なんたってここには特別生しかいないからなあ…。常に存亡の危機ではあるが」
なるほど。特別生なら毎年顔ぶれが変わりませんから、安心して試食を任せられそうです。あれ? それじゃアルトちゃんとrちゃんは前々からゼル先生の新作を食べていたんでしょうか? そんな話は聞いてませんが…。
「試食係は特別生に限られるんだ。そうだよね?」
私たちの疑問を読み取ったらしい会長さんが口を開きました。
「アルトさんとrさんは今年初めて試食係に加わったのさ。去年までは二人が帰った後でコッソリと…」
「手っ取り早く言えばそういうことだな。で、食べてってくれるんだろう?」
せっかくだから、とボナール先輩。
「な、ぶるぅだって食べたいよな? ゼルの新作」
「うんっ!」
返事するなり「そるじゃぁ・ぶるぅ」は教頭先生の首からパッと両手を離しました。ストンと床に下り立った後には教頭先生が真っ裸で…。
「「「!!!」」」
「なんだ、どうしたんだ?」
ボナール先輩の声がなんだか遠く聞こえます。教頭先生、大事な所にモザイクはかかっていますけれども、まだ裸…って、ああ、やっとスーツを着てくれましたか…。って言うか、会長さん、いったい何をしてるんですか!
「いや、ちょっと…納涼お化け大会というか」
「納涼お化け大会?」
なんだそれは、と会長さんに突っ込みを入れるパスカル先輩。
「今年はとっくに終わったじゃないか。そういえば…この面子は全員欠席だったか? 教頭先生もお休みだったな」
「そうなんだよ。海に遊びに行っていたから出そびれちゃってさ。…代わりに肝試しの最中と言うか、なんと言うか…。いい感じに肝が冷えているわけ」
「それは今もか?」
「うん、冷えている真っ最中。まあ、君たちには関係ないけど」
いけしゃあしゃあと説明している会長さんに私たちは声も出ませんでした。これって肝試しだったんですか…。肝試しと言うより度胸試しな気もしますけど、冷や汗気分は本物です。そして一番寒い思いをさせられているのは他ならぬ教頭先生で…。
「肝試しねえ…。俺たちに関係ないって言うなら大歓迎だぜ、いくらでも好きにやってくれ。なあ、パスカル?」
「ああ、俺はぶるぅの尻尾さえ十分観察できれば別に…。教頭先生のファンもいるんだし」
アルトちゃんとrちゃんが頬を赤らめ、会長さんが。
「いけない、ぼくとしたことが忘れていたよ。ハーレイ、二人と並んで座ってあげたら? ついでに写真も撮ってあげよう。船長服が気に入ったとか言っていたよね」
サイオンでパパッと着替えさせるよ、と微笑んでいる会長さん。それって表面だけですよね? 裸エプロンどころかもっと恥ずかしいモザイク姿の教頭先生とアルトちゃんたちのツーショットとかスリーショットとかを撮ろうだなんて……あんまりじゃないかと思うんですけど、バレなければ別にいいんでしょうか? もう肝試しは沢山ですから、さっさと引き揚げちゃいましょうよ~!
一日だけ自分の家へ帰った私たちは騒ぎに備えてたっぷり休んで…気が付けばもう別荘行きの朝でした。駅に行くと会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に「ぶるぅ」、会長さんの服を借りたソルジャーまでが勢揃い。教頭先生もラフな格好で時間通りにやって来たので電車の旅も順調で…車内も至って平穏に過ぎ、駅には迎えのマイクロバスが。
「いらっしゃいませ」
別荘に着くと執事さんが迎えてくれました。それぞれの部屋へ案内されて荷物を置いて、一階の広間に集まったまではいいのですが。
「…ちょっと聞いてもいいだろうか?」
教頭先生がマツカ君へと視線を向けます。テーブルには冷たい飲み物が並んでいました。駅弁を食べて来たので昼食は要りませんし、一休みしたら海へ泳ぎに行く予定です。教頭先生、何かを思い付いたのでしょうか?
「えっと…何でしょう?」
首を傾げるマツカ君。教頭先生はすぐには話さず、少し考え込んでから…。
「やはり訊くのが一番だろうな。…その……なんだ、去年と家具を入れ替えたのか?」
「え?」
「いや…。私の勘違いかもしれん。心当たりがないのだったら構わんが」
「訊いてみましょうか?」
マツカ君が銀の呼び鈴を手に取りましたが、教頭先生は大慌てで。
「いや、いい! そこまでしてもらう必要はない」
「「「???」」」
私たちの頭上に飛び交う『?』マーク。そんな中でスックと席を立ったのはソルジャーでした。
「ハーレイの部屋に何か起こったらしい。行こう、百聞は一見に如かず」
「えっ…」
息を飲んだのは会長さんです。
「やめておこうよ、それより海に出かけた方が…」
「ふぅん? 反対されるとやる気が出る。ハーレイ、部屋に案内して」
「…い、いえ…。私も海をお勧めしたいと…」
「君が持ち出した話だよ? キリキリ案内してもらおうか」
一歩も引かないソルジャーに押され、教頭先生は気乗りしない様子で立ち上がりました。そのすぐ後にソルジャーが会長さんの腕を引っ張って続き、私たちも当然のように道連れにされて向かった先は二階です。広い別荘にはゲストルームが沢山あって、教頭先生の部屋もその一つ。
「…ここだ」
扉の前で止まった教頭先生にソルジャーが「なるほど」と頷いて。
「家具がどうとか言っていたけど、やっぱり君の勘違いだよ。去年とは別の部屋になってる」
「そうですか?」
「うん。ぼくのハーレイと入れ替わってくれたから覚えてるんだ。ハーレイの部屋に泊まりに行ったし…。この部屋じゃなかった、間違いない。で、この部屋がどうしたって?」
「勘違いならいいのです。別の部屋ならそういうことも…」
戻りましょう、と踵を返そうとした教頭先生の腕をソルジャーがハッシと掴みました。
「ちょっと待った! まだ部屋の中を見てないし? 何がそんなに気になるのかな、と…。みんなだってそう思うだろう? 遠慮しないで披露しちゃえば? ぶるぅ!」
「オッケー!」
勢いよく扉を開け放ったのは「ぶるぅ」でした。ゆったりとしたゲストルームはもれなくバスつき。ソファなどもあって居心地満点、ベッドの寝心地も最高で……って、あれ? なんだかベッドが大きめです。私たちの部屋のものよりかなり大きく、しかも枕が2組って…?
「ふふ、ダブルベッド。…熱々のカップル仕様の部屋なのかな?」
ソルジャーがマツカ君の方を振り向き、マツカ君は。
「えっと…。色々なお客様がお見えになりますし…ご夫妻でいらした方がお使いになる部屋かと…。あれ? なんで教頭先生に…? 間違えるなんて…」
すみません、と頭を下げるマツカ君の肩をソルジャーがポンと軽く叩いて。
「気にしない、気にしない。ハーレイは身体が大きいしねえ…。気を利かせて広いベッドにしたとか」
「あ、そうかも。…その可能性もありますよね」
部屋は余っているんですから、とマツカ君が安堵の息を吐き出した時。
「だけど違うと思うんだ」
ソルジャーの瞳がキラリと妖しく光りました。
「気を利かせたのは間違いなさそうだけど、別の方面の気遣いらしい。…ほら、去年はぼくがハーレイの部屋に泊まっただろう? とっても素敵な夜だったけども、ベッドが少し狭かったかな。ダブルベッドじゃなかったからねえ…。ハーレイの部屋で何があったかはベッドメイクの人なら分かるし」
「………」
会長さんが額を押さえています。えっと…要するに、このお部屋って…?
「この部屋の意味は明らかだよね。ハーレイ専用の愛の空間!」
ソルジャーが高らかに言い放ちました。
「誰を連れ込んだのかは分からないけど、この面子の中に大事なお相手がいるのは確かだ。今年は滞在期間も長いし、たっぷり楽しんで頂こう…って気遣いが滲み出ているよ。…良かったねえ、ハーレイ、ダブルベッドで」
クスクスクス…と笑うソルジャー。もしかしてこれは鬼門ですか? とんでもないことになりましたか~?
いきなり大惨事かと覚悟しましたが、ソルジャーは何もしませんでした。ひとしきり笑った後はさっさと引き揚げ、そのまま海へ。初日とあって軽く泳いで、お風呂に入って美味しい夕食。教頭先生は生ビールも飲み、すっかりリゾート気分です。夕食の後は二階の和室でワイワイ騒いでいたのですけど…。
「ハーレイってさあ…」
ソルジャーが缶チューハイ片手に言いました。
「ここでの印象、最低だよね」
「「「は?」」」
最低ですって? どの辺が? 何もなかったと思うんですけど…。
「昨日今日のことじゃなくって総合的に…さ。えっと、一昨年がストリーキング? でもって去年がエロ教師。生徒をベッドに引っ張り込んで楽しんだのは間違いないし!」
「そ、それは…」
教頭先生が青ざめています。ストリーキングは否定できませんが去年の件は濡れ衣でした。教頭先生に割り当てられた部屋で過ごしたのは瓜二つのキャプテンと、その恋人のソルジャーです。でも執事さんたちが事実を知る筈がなく、結果が今年のダブルベッドのお部屋となって表れたわけで…。
「大丈夫です、教頭先生!」
マツカ君が強く言い切りました。
「口が堅いのが此処での雇用条件ですし、先生にご迷惑はかけませんから!」
「…そうは言われてもな……。ははは、私がエロ教師か…」
泣き笑いのような教頭先生。引っ張り込むどころか前段階で派手に転んでばっかりなのに誤解されては気の毒としか…。でもソルジャーはそうは思っていなかったらしく。
「ハーレイ、これはチャンスだよ? ダブルベッドを貰ったからには頑張らなくちゃ! この際だからヘタレ直しの仕切り直しはどうだろう? ぼくのハーレイも君を心配してるしね…。ぼくでよければ付き合うからさ、大いにベッドを活用しよう」
そういうわけで、とソルジャーは教頭先生の手を取って。
「じゃあ、今夜から修行しようか。…ぶるぅ、お前は一人で寝るんだよ? 寂しかったらブルーの部屋にぶるぅがいるから泊めてもらえばいいからね」
「分かった! 大人の時間なんだね」
おませな「ぶるぅ」は素直に頷き、早速お泊まりの交渉を開始しようとしたのですが。
「勝手に決めないで欲しいんだけど?」
会長さんの地を這うような声が無邪気な声に被さりました。
「ハーレイの部屋にはぼくが行く」
「「「えぇっ!?」」」
誰もがビックリ仰天でした。会長さんが教頭先生のお部屋に行ってどうすると? そりゃあ…サイオニック・ドリームとかはあるでしょうけど、本気であそこに泊まる気ですか…?
「…行くよ、ハーレイ。あ、みんなもついて来てくれればいい」
「「「………」」」
なんだか妙な雲行きです。教頭先生は眉間の皺を深くしてますし、ソルジャーも腑に落ちないといった表情。けれど会長さんは意にも介さず、私たちを引き連れて問題の部屋へ。中へ入って灯りを点けると、やおらベッドに近付いて行って右の掌にサイオンを集め、パアッと一気に迸らせて…。
「これでよし、と。…ハーレイ、誰と相部屋がいい?」
「…お前じゃないのか?」
「なんでそこまで要求するかな? それともブルーと一緒がよかった? だったら…」
「い、いや…」
首を左右に振る教頭先生。会長さんと一緒ならともかく、ソルジャーだけは御免でしょう。少しくらいは心惹かれるかもしれませんけど。
「ブルー除けだよ、この仕掛けはね。とりあえず此処が境界だ。…触ってみて」
「境界…?」
恐る恐る差し出した教頭先生の手がベッドの上で何かにコツンと当たります。そのままペタペタと透明な壁みたいなものを触っていますが、あれって何?
「一種の結界みたいなものさ」
会長さんが得意そうに微笑みました。
「サイオンと陰陽道の合わせ技ってところかな。ベッドの真ん中に壁を作ってみたんだよ。ブルーに陰陽道の心得はないから破壊するのは不可能だ。これでダブルベッドの意味はない。シングルのベッドを並べたのと同じさ。…で、用心棒に誰か一人を相部屋にしとけば完璧だよね」
「ほう…。これなら安心して眠れるな」
ホッとした顔の教頭先生。ソルジャーは本当に壁を破壊できないらしくて膨れっ面です。
「何をするのさ! ぼくの好意を無にするなんて…」
「君のは迷惑行為だろう? 結界は寝る時間だけ発動するからベッドメイクに支障はない。それで相部屋の件なんだけど、ここはやっぱりキースかな?」
「俺!?」
「うん。誰よりもきっと君が適任」
会長さんはキース君をビシッと指差して。
「ハーレイの弟子だし、腕も立つしね。ぶるぅの部屋を壊したお詫びも兼ねて、ぜひ頑張ってもらいたい」
「ぶるぅの部屋か…。分かった、寝ずの番をすればいいんだな?」
「ううん、ハーレイと同じベッドで寝ればいいのさ。境界線で半分ずつに分かれているからセクハラされる心配はないよ」
その言葉に教頭先生が深い溜息。
「ブルー、人聞きの悪いことを言うんじゃない。なんで私がセクハラをせねばならんのだ」
「え、だって。キースも一応、男だからさ」
「私にはお前しか見えていないと言ってるだろう!」
「…その思い込みも消えないねえ…。じゃあ、キース。今夜から相部屋よろしく頼むよ」
荷物を持って引っ越して、と会長さんに言われて真面目に頷くキース君。ダブルベッドには驚きましたが、これで安心みたいです。用心棒までついていたんじゃソルジャーも手出しはできませんよね?
会長さんの結界と相部屋作戦は功を奏したようでした。翌朝、教頭先生とキース君は爽やかな顔で食堂に現れ、よく眠れたと上機嫌です。今日も海だね、と水着に着替えて玄関に集合してみると。
「「かみお~ん♪」」
銀色の人魚の尻尾を脇に抱えた『ぶるぅズ』の二人がニコニコ顔で立っていました。
「今日は人魚になるんだよ!」
「海ならやっぱりぶるぅズだよね♪」
わーい! と駆け出していった二人はプライベート・ビーチのパラソルの下にレジャーシートを敷いています。いったい何をするのでしょう?
「砂が入らないように準備中さ」
教えてくれたのは会長さん。ぶるぅズの二人は人魚の尻尾をレジャーシートの上に置いてからファスナーを開け、それから海水パンツをポイと脱ぎ捨て、人魚の尻尾をモゾモゾと…。うわぁ、本当にノーパンでしたか!
「可愛いだろう、ぶるぅがやると。これがハーレイだとこうはいかない」
「うん、ぼくも全面的に賛成」
あれは視覚の暴力だ、とソルジャーまでが同意見。ぶるぅズの二人は人魚の尻尾を装着するとピョーンとジャンプして海に飛び込み、楽しく跳ねたり泳いだり。私たちも小さな人魚と遊ぶチャンスを逃してなるか、と先を争って海の中へと…。ジョミー君たちもはしゃいでいます。
「ぶるぅ、こっち、こっち!」
「ボール投げるぞ? 取ってこいよー!!」
「かみお~ん!」
尻尾で打ち返されたボールがサム君の顔面に激突したり、ぶるぅズのサイオン・ジャンプに巻き込まれたシロエ君が宙に舞ったり、なんだかんだと大騒ぎ。…ふと気がつくとパラソルの下には会長さんしかいませんでした。憮然とした顔で真っ白な椅子に座ってますけど、ソルジャーは? ついでに教頭先生は…? えっ、なんですって?
「…あっちだってば」
会長さんが別荘の方を指し示しました。別荘って…さっき一緒に浜辺に来たのに、二人とも帰ってしまったんですか? そんなに長時間遊んでたかな、と休憩をしに上がっていくと会長さんが。
「ぶるぅも上がらないといけないよ。冷えちゃうからね」
「「はーい!!」」
小さな人魚は尻尾を海水パンツに履き替え、レジャーシートに転がります。ぴったりフィットの人魚の尻尾は砂が入ると皮膚に擦れて痛くなるのだ、と会長さんが説明してくれました。尻尾は砂が入らないよう専用の収納袋に納まっていたり…。私たちも思い思いに寛ぎながら過ごしていると、後ろから声が。
「やあ、お待たせ」
「「「!?」」」
振り返った先に立っていたのはソルジャーでしたが、その後ろには教頭先生。しかも褐色の逞しい腕に抱えているのはショッキング・ピンクの人魚の尻尾で…。
「説得するのに苦労したよ。それに専用下着でここまで来るのはどうしても嫌だと言い張るしさ…。ストリーキングよりマシだろう、って言ったんだけどダメだった」
当然だろう、と頭痛を覚える私たち。教頭先生はしっかり普通の海水パンツを履いていました。紫色のレースのTバックなんて履いて歩いたら変態です。でもソルジャーが説得だなんて、いったい何をどうやって…?
「ハーレイの人魚も見たいなぁ、って思ったんだよ」
ソルジャーは悪びれもせずに答えました。
「ブルーも見たかったらしいんだけど、ぼくが悪戯するんじゃないかと心配のあまり言い出せなくて…。だから代わりに二人分。ブルーってけっこう小心者だね。それじゃソルジャーは務まらないよ」
「君の心臓が桁外れなんだ! 変な説得、してないだろうね?」
「してない、してない。ちゃんと理詰めで説得したさ。ストリーキング再びがいいか、人魚になって泳ぐのがいいか。イメージ映像も送り込みながら頑張ったし! ねえ、ハーレイ?」
「はい…。無理強いはされておりません…」
悄然とした教頭先生。ストリーキングだと脅されたのではどうしようもない、といった所でしょうか。教頭先生が海水パンツをゴソゴソと脱ぐと、下には紫のTバック。レジャーシートに寝そべってショッキング・ピンクの尻尾を着ければ立派な人魚が…。
「かみお~ん♪ 休憩、終わったよ!」
「ハーレイも一緒に遊ぼうよ~!」
ぶるぅズの二人が再び銀色の尻尾を着けて跳ねてきました。二人のサイオンが教頭先生人魚をポーンと海に放り込み…その後はもう私たちだってヤケクソです。会長さんとソルジャーも加わり、三人の人魚と潜って泳いでボールで遊んで…。真っ青な海にはやっぱり人魚。尻尾の色とか美しさとかは考えたらきっと負けなんですよ。
別荘ライフは平穏に過ぎてゆきました。教頭先生の人魚の尻尾も毎日というわけではなくて、ソルジャーが見たがっていた古式泳法を披露してみたり、素潜り名人ならではの技でサザエやアワビを採ってきたり。ソルジャーも素潜りに挑戦していたみたいですけど、どうしてもサイオンを使ってしまうと嘆いていました。
「ぼくにとってサイオンは呼吸みたいにごくごく自然なものだから…。ついつい使ってしまうんだよね。その点、キースやシロエは凄いよ。あんな深さまでサイオンなしで平気で潜っていくんだからさ」
もちろんハーレイが最高だけど、と褒めるソルジャー。教頭先生は男の子たちに素潜りを指導していました。ジョミー君やサム君は早々にギブアップしちゃいましたが、柔道部三人組は頑張っています。中でもキース君とシロエ君は素質ありだとかで頑張る日々。お蔭で新鮮な海の幸には事欠きません。今日も浜辺でジュウジュウと…。
「サザエ、焼けたよ~!」
アワビもね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が呼んでくれると立ちこめている美味しい匂い。トウモロコシや焼きそばなんかも楽しみながら遊びまくって日が暮れて…気付けば別荘ライフもあと二日でした。ソルジャーが教頭先生人魚をリクエストすると、教頭先生は海水パンツの下にTバックを履いて人魚の尻尾を堂々と抱え、先頭に立ってビーチの方へ…。
「…かわいくない…」
ソルジャーがボソリと呟きました。
「えっ? 元から全然可愛くないだろ、ハーレイの方は」
可愛いのはぶるぅズだけなんだから、と会長さん。私たちも一斉に頷きましたが、ソルジャーは。
「見た目の話じゃないんだよ。ああも恥じらいがないと腹が立つ! 苛め甲斐ってヤツがなくなるじゃないか」
「…何度もやったら慣れちゃうさ。どうせぼくたちしか見ていないんだし、仕方ないって思うけどなぁ」
諦めたまえ、と会長さんが笑っています。ソルジャーはフウと溜息をついて。
「そうか、ギャラリーの問題なのか…。じゃあ、場所を変えたらどうだろう? プールを一度も使ってないよね」
「「「プール!?」」」
「うん。海もいいけどプールもいいかも。それにプールなら別荘の中だ。海は明日も泳げるし…」
今日の行き先はプールに変更、とソルジャーは回れ右をしました。逆らうとロクなことにならないと私たちも悟っていますし、今日のところはプールです。そしてソルジャーの読み通り、教頭先生はプールサイドでの着替えを酷く嫌がりました。
「マツカ、別荘から死角になる所はないのだろうか? 丸見えのような気がするのだが…」
「えっと…。すみません、全部の部屋から海が見えるようになってますから、必然的にこのプールも…。プールの方を見ないようにと言ってきますね」
「…い、いや、それは…」
却って困る、と脂汗を流す教頭先生。見ないようにと指示することは「見られては困る何か」があるってことです。そうなると人は見たがるもので…。泣く泣く着替えた教頭先生、誰にも見られずに済んだでしょうか? 人魚の尻尾の方はともかく、紫のTバック姿は恥ですもんね。…ぶるぅズの二人も尻尾を着けて一足お先にプールの中へ。
「「かみお~ん♪」」
銀色の小さな人魚が高く飛び跳ね、教頭先生人魚もプールサイドから一気にダイブ! と…。
「「「あっ!!!」」」
悲鳴を上げたのはソルジャーと『ぶるぅズ』を除いた全員でした。プールサイドにゴロンと転がっているショッキング・ピンクの人魚の尻尾。飛び込んでいった教頭先生に尻尾はついてましたっけ…?
「…ふふ、いい感じに外れたよね」
笑いを含んだソルジャーの声。その手の中には紫のレース、プールサイドに人魚の尻尾。もしかして教頭先生は…?
「サイオンは活用しなくっちゃ。どうだい、ハーレイ? 解放感を楽しんでるかい?」
可笑しそうに笑うソルジャーの視線の先には、水面から頭だけを出した教頭先生。耳まで真っ赤になってしまって声も出せないようですが…。
「シロエ、マツカ、救助に行くぞ!」
キース君がタオルを持って飛び出そうとしたのを青いサイオンがパシッと阻んで。
「…その必要はないと思うよ。いや、させないと言うべきか…。タオルなんか無くても十分じゃないか。プールの中にはぶるぅズがいる」
「「「は?」」」
「安心して。ストリーキングにはならないよ。ぶるぅズを前と後ろにつければバッチリ腰蓑代わりになるから。…ぶるぅ、ハーレイの部屋まで二人で頼むよ!」
「かみお~ん♪」
元気一杯に返事をしたのは「ぶるぅ」でした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の方は「え? えぇっ?」と大混乱。けれど言う通りにしないと大惨事なのは飲み込めたらしく…。プールから上がって来た教頭先生の首には四本の腕が絡んでいました。背中側には「そるじゃぁ・ぶるぅ」、胸の方には「ぶるぅ」が両腕でぶら下がっています。
「「「………」」」
逞しい身体の大事な部分と褐色のお尻は銀色の尻尾で隠れていますが、本当にこれでいいのでしょうか? おまけにソルジャーときたら、その格好で別荘の部屋に戻って服を着ろなんて言い出しましたし!
「ハーレイ、急がないとぶるぅズの腕が痺れて落っこちちゃうよ? ああ、走ったら落ちちゃうかもね、子供は力が弱いから…。さあ、堂々と男らしく!」
頑張って、と囃すソルジャーに見送られて教頭先生は別荘に戻っていきました。二人の人魚を首から提げた心許ない格好で。入口で執事さんが丁重にお辞儀してましたけど、教頭先生、またしても評判落ちたんでしょうね…。
ぶるぅズ腰蓑を纏った日の午後、教頭先生はプールに入ろうとしませんでした。それでもプールサイドの椅子に座って私たちを見守ってくれていたのは職業ゆえの責任感か、はたまたキャプテンとしての根性か。ソルジャー曰く、仮にもキャプテンを務めるからにはこれくらいのことで落ち込んでいては話にならないそうですが…。
「ぶるぅズ、服に使えるとは思わなかったな」
我ながらナイスアイデアだった、と自画自賛するソルジャーはプールで楽しく泳いでいました。別荘ライフ最後の夜はバーベキューと花火で大いに盛り上がり、散々騒いで部屋に帰って夜も更けて…。
『「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」』
凄まじい悲鳴と思念波が同時に響き渡ったのは眠りに落ちてからのこと。今の声って…キース君? スウェナちゃんも飛び起きていて、二人で廊下を覗いてみるとサム君たちが大騒ぎです。
「なんだ、どうしたんだ!?」
「あれってキース!?」
「行ってみましょう、事件かも!」
ダッと駆け出す男の子たちを私たちも追い掛けました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それに「ぶるぅ」も飛び出してきて目指す扉は教頭先生のお部屋です。会長さんが扉をノックしたものの返事はなくて、その顔色がみるみる変わって…。
「ブチ破る!」
キッと柳眉を吊り上げた会長さんのサイオンが走り、扉がバァン! と開いた次の瞬間。
「「「!!?」」」
全員の目が点でした。
「きょ、きょ……」
教頭先生!? という言葉も途中で止まり、固まってしまった私たちの目に映っているのはベッドの上のキース君と教頭先生。バニーガールの格好をしたキース君が教頭先生に組み敷かれていて、その顔色は真っ青です。教頭先生、ご乱心ですか? でも…教頭先生も真っ青だなんて、なんだかちょっとおかしいかも…?
「うーん、失敗しちゃったか…」
のんびりとした声はソルジャーでした。部屋には明かりが煌々と灯っていますがソルジャーの姿は見えません。いったい何処に…? と思う間もなく空間が揺れてソルジャーが。シールドで隠れていたのでしょう。ソルジャーはツカツカとベッドに歩み寄ると…。
「キース、身代わりご苦労様。はい、君のパジャマ」
青いサイオンがパァッと走って、バニーガールからパジャマに変わったキース君。何があったというのでしょうか?
教頭先生は身体を縮めてコソコソ逃げようとしています。身代わりだなんて言ってましたし、まさか誰かと間違えたとか…? 疑問を口に出すよりも早くソルジャーがクスッと笑いました。
「ハーレイのヘタレ直しの手伝いをちょっと…。毎晩ここに忍び込んではサイオニック・ドリームを仕掛けてた。でね、今はバニーガールに一番夢を持ってるようだし、ちょこっと実地もしてみようかと」
「「「実地!?」」」
「うん。動きだけでも練習しとけば違うかな…って。ブルーの結界、実は簡単に解けるんだ。陰陽道は分からないけど、ぼくは場数を踏んでるから。…それでキースに衣装を着せて、ハーレイにはブルーが隣で寝ているんだと暗示をかけた。キースは目覚めない筈だったのに、力加減を失敗したかな」
「「「………」」」
失敗も何もあったものではありません。もしも目覚めていなかったなら、キース君はどんな目に…?
「平気だってば、ほんのちょっと撫でさせるだけのつもりだったし! 減るわけじゃないし、そのくらいは…」
「ブルー…いったい君は何を思って…!」
会長さんの声が震えていますが、ソルジャーの方は平然として。
「だからヘタレ直し! 君とハーレイの未来を思って真面目に取り組んでみたんだよ。ハーレイのヘタレが直ってテクニックを十分に磨いてくれたら、きっと薔薇色の毎日になるさ」
「必要ないっ!!!」
怒りに燃える会長さんはサイオンで引っ捕えていた教頭先生を土下座させて。
「ぼくに許して欲しいんだったらキースに向かって土下座千回! ぼくと間違えて触ったにしろ、それは立派なセクハラだ! それからブルーも…」
キースに向かって土下座千回、と会長さんは荒れましたけど、ソルジャーが素直に聞くわけがなく、キース君も気持ちが落ち着いてくると誰が悪いかを把握したので教頭先生の土下座三昧は百回もいかずに終わりました。ですが…。
「絶対、誤解されちゃったよね」
別荘からの帰りの電車でソルジャーがクスッと笑みを零して。
「執事さんが駆け付けた時、ハーレイが土下座していただろう? でもって土下座の相手がキースで、怒り狂っていたのがブルーだ。どう考えても三角関係! ハーレイの部屋に泊まっていたのはキースだけども、今回はシーツが寝乱れることもなかったし…。冷え切った仲の二人とはいえ浮気は絶対許せないって所? ブルーは恥をかかされた浮気の相手、と」
「「「!!!」」」
それは考えてもみませんでした。教頭先生は顔面蒼白、キース君は硬直中で会長さんは頭を抱えています。この三人が三角関係だなんて、悪い冗談としか思えませんが…そう思うのは私たちだけで客観的には違うのかも? 別荘ライフが残したものは『ぶるぅズ腰蓑』と恐怖の三角関係疑惑。…来年こそはきっと真っ当な別荘ライフを! と私たちは誓い合いました。上手くいくのかどうかはともかく、もうこんなのは懲り懲りです~!
会長さんにサイオンで着替えさせられ、バニーちゃん姿になってしまったキース君。お披露目会場では必死に保っていたスマイルも今は全く出てきません。それどころか不機嫌極まりないのに、追い打ちをかけるように登場したのは空間を越えてきたソルジャーでした。
「…ぼくの注文はクリームソーダ。メロンリキュール多めでね。もちろんアイスも」
「「「………」」」
注文を受けたキース君はワナワナと震え、私たちはハラハラです。キース君が怒りのあまりバーストしたらどうするんですか~! そんな気持ちを知ってか知らずか、ソルジャーは…。
「キース、笑顔を忘れているよ。ブルーに言われていただろう? 接客業はにこやかに…って」
「余計な御世話だ! あんた、俺の姿を笑いに来たのか!?」
「…まさか。お祝いを言いに来てあげたんだってば」
「お祝いだと!?」
ブチ切れそうなキース君。頭の上ではウサギの耳が揺れてますけど、誰も笑う度胸はありませんでした。そんなことをしたら大惨事です。でもソルジャーは平然として…。
「その格好も素敵だね。…本当は女性用だって? そう思って見るとセクシーかな?」
「!!!」
この辺が、と腰のラインをツーッと撫でられ、キース君はピキンと硬直。背筋に悪寒が走ったらしく、丸い尻尾が小刻みにプルプルしています。ソルジャーの方はおかまいなしにキース君の尻尾を触りながら。
「キース、思考が零れているよ。セクハラだとか変態だとか、怒涛のように悪態が…」
「読むな!」
「零れてくるものは仕方ないじゃないか。読みたくなくても届いちゃうしね。そうだろ、ブルー?」
「…まあね…」
会長さんが苦虫を噛み潰したような顔で頷いて。
「で、君は何しに来たんだい? キースをオモチャにしに来たんなら、あまり歓迎できないけども」
「嫌だな、君までそう言うのかい? ぼくはお祝いを言いに来たっていうのに、誰も信じてくれないなんて…」
「「「………」」」
当然だろう、と皆の視線が冷たくなります。なにしろソルジャーときたら、今もキース君の尻尾を楽しげに触っているのですから。
「この尻尾、手触りがとてもいいんだよ。ついでに言うならキースが寒気を感じているのがダイレクトに伝わってくるから最高でさ」
「…それは立派なセクハラだよ…」
溜息をつく会長さん。
「もしも自分がその目に遭ったらどうするんだい? 気分がいいとは思えないけど?」
「ぼくはもれなく大歓迎」
えっ。ソルジャーはセクハラ歓迎ですか!? 仰天する私たちにソルジャーはニヤリと笑ってみせて。
「その格好をするってことは見せたい誰かがいるってことさ、ぼくの場合は。…だったら嫌がる必要もない。とりあえずハーレイあたりは喜んでくれると思うんだけど…。おっと、その前にクリームソーダ」
「………」
キース君は凄い仏頂面でキッチンへと消えていきました。飲み物係の「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒です。注文の品を運び終えたらバニーちゃんはお役御免でしょうけど、ソルジャーにセクハラされちゃうだなんて気の毒というか何と言うか…。
「…注文の品だ」
スマイルとは真逆の顔でワゴンを押してきたキース君には愛想の一つもありませんでした。私たちの前に飲み物を並べ、ソルジャーの分は更に素っ気なくコトンと置いて。
「終わったぞ、ブルー。…元に戻してもらおうか」
「うーん…。スマイルが無いのが悲しいけれど、贅沢言ってる場合じゃないか」
余計な誰かが来ちゃったし、と会長さんが青いサイオンを走らせ、キース君は元の姿に戻りました。でも…。
「えっ? あれっ?」
声を上げたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。銀色の頭にウサギの耳がくっついています。キース君が装着する前は確かに着けて遊んでましたが、今回は自分でくっつけたんじゃないのかな?
「ふふ、せっかくのネタをフイにするのは悲しいからね」
微笑んだのはソルジャーでした。
「ぶるぅ、しばらく預かっといて。まずはキースをお祝いしなくちゃ」
乾杯しよう、とクリームソーダを手に取ってますけど、いったい何に乾杯すると…?
「もちろんキースの未来にだよ。サイオニック・ドリームを無事にマスターしたんだろう? えっと、元老寺って言ったよね? 元老寺の後継ぎの未来に乾杯!」
そう来ましたか! 私たちは慌てて自分のグラスやカップを取り上げ、オレンジスカッシュだのレモネードだのとちぐはぐなモノを差し上げて…。
「「「かんぱーい!!!」」」
キース君も笑顔に戻っていました。気付けを兼ねて淹れてきたらしい熱いコーヒーのカップを手にして嬉しそうです。ソルジャーのグラスとキース君のカップがカチンと触れ合い、どうやら無事に仲直り。まさかセクハラでバーストするとは思えませんけど、やっぱり平和が一番ですよね!
「…それにしても派手にやったよねえ…」
クリームソーダのアイスを口に運びながらソルジャーが会長さんを眺めました。
「ぶるぅの部屋を吹っ飛ばすとは思わなかったよ、流石のぼくも。…キースは坊主頭にされるんだと思っていたけれど? 君もずいぶん乗り気だったし」
「そりゃね…。ただのブルーの立場だったら丸坊主にするのも楽しいさ。でも銀青として考えてみると、どうしても放っておけなくて…。仏の道を志す立派な若者が髪の毛ごときで挫折しちゃったら勿体ないよ」
「だけど必須の条件だろう? それを乗り越えることが要求されているってことじゃあ…?」
「そうなんだけど、ぼくもズルした口だから。坊主頭じゃ女の子に全然モテそうにないし、それじゃ困ると思ってさ…。ぼくに比べればキースの動機は遥かにマシだ。坊主頭が似合わないから嫌だっていうだけなんだしね。悩める後輩を助けられないようじゃ銀青の名を返上しなくちゃ」
高僧失格、と会長さんは至って真面目でした。ソルジャーの方も真顔で頷き、二人はしばらくサイオン談義。吹っ飛んでしまった「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋についてもあれこれ話をしていましたが、サイオンについてはヒヨコなレベルの私たちには意味不明です。
「ああ、ごめん、ごめん。…ついつい話し込んじゃって…」
会長さんが話を切り上げてくれ、それから後は様々な話題が飛び交いました。ソルジャーはキース君がバーストしてからの一部始終をしっかり覗き見していたようで、会長さんとゼル先生の仏前結婚式にも興味津々。
「なるほど、着物でやるのが正式なんだね? どおりで君たちの衣装が浮いてた筈だ」
「建物に合ってないからね。でもさ、ぼくは白無垢は持ってないんだ」
こんなのだよ、と会長さんが思念で送ってみせた衣装は真っ白な打掛けと綿帽子。ソルジャーは「いいねえ」と絶賛しています。
「ウェディング・ドレスより清楚な感じでいいんじゃないかな? 君のハーレイが喜びそうだ」
「…なんでハーレイ?」
「君にプロポーズしてるんだろう? いつかきっと、と思っているさ」
夢を見るのは自由だよ、とソルジャーは笑みを浮かべました。
「今だって夢を見ているみたいだ。…ぶるぅの頭に乗ってるヤツで」
「「「え?」」」
私たちの視線の先には白いフワフワのウサギ耳。会長さんがキース君のバニーガールの衣装を回収した時、ソルジャーが取り置きしたものです。ネタがどうとか言ってましたが、それって教頭先生用の…?
「まあね」
クスッと笑いを零すソルジャー。
「お披露目をやってた間はどう思ってたか知らないけれど、家に帰ってから妄想しているみたいだよ。どうせならブルーで見たかったとか、キースじゃただのお笑いだとか」
「……お笑い……」
会場でのあれやこれやを思い出したのか、キース君が轟沈しています。特別生の先輩たちやグレイブ先生に記念写真を頼まれまくって人気でしたが、求められていたのは無論お笑い。お色気なんかを期待した人がいるわけもなく、撮影された写真は末永く笑い物になるわけで…。
「ぼくは準備段階からバニーガールだって知ってたけども、キースたちは知らなかったんだよねえ」
ソルジャーは会長さんに瞳を向けて「わざとかい?」と尋ねました。
「もちろん、そうさ。お披露目をするって決まった時から笑いを取ろうと目論んでたし…。キースのサイズは分かってるから準備も簡単」
「でもって話すと逃げられるから内緒ってわけか。キース以外の子たちに言っても喋っちゃうかもしれないし…。結果としてバニーガールは大成功で、君も満足してるけど……ハーレイの妄想の方はどうするのかな?」
「そこまで考えてなかったし!」
会長さんはキッパリ言い切りました。キース君がやったからこそバニーガールはウケたのです。お披露目会場に来たお客様だって笑って笑って笑い転げて、キース君のクールなイメージからは程遠いスマイルとサービスに大満足でお帰りでした。まさかお色気を求める人が現れようとは誰が想像するでしょうか?
「…本当に考えていなかったのかい?」
呆れたような口調のソルジャー。表情の方も怪訝そうです。
「だってハーレイも見るんだよ? いくらキースがやってたとはいえ、同じ衣装を君が着たら…って考えちゃうのは惚れているなら当然じゃないか。それとも思いもよらなかったと…?」
「思ってないっ! 思っていたらやらないよ。…ハーレイの妄想はキリがないから」
「…ハーレイもホントに気の毒にねえ…」
ソルジャーは溜息をつきました。
「こんなのに惚れて人生を棒に振ってるだなんて、可哀想としか言いようがない。この調子じゃ間違ってもバニーガールになってくれそうもないし」
「やるわけないだろ!!」
赤い瞳を燃え上がらせる会長さんにソルジャーは肩を竦めてみせて。
「…やれやれ…。ぶるぅ、その耳を貸してくれるかい?」
「これ?」
手渡されたウサギ耳をソルジャーが着けたからたまりません。私たちは揃って吹き出し、ソルジャーもクスクス笑いながら。
「ぼくがやってもお笑いだよね? でもハーレイにはどう見えるだろう? あの服を借りて着て帰ったら、ぼくのハーレイも喜ぶのかなぁ?」
「「「………」」」
私たちは答えられませんでした。あちらのキャプテンの趣味は分かりませんし、そもそもバニーガールというもの自体、女性がやるからお色気たっぷりになるわけで…。
「…うーん、やっぱりぼくには向いてないかな? ぼくがあの格好でホストをしたら、ハーレイはガチガチに緊張しそうだ。何か裏があるんじゃないか…って脂汗まで流しそうでさ。根っからヘタレで尽くす方だし、立場がてんで逆だよね、うん」
向いてない、とソルジャーは結論づけたようです。ウサギの耳は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭に返され、更に別室へと片付けられて、ようやく平和が戻って来ました。教頭先生は妄想たくましくしてるかもですけど、ソルジャーですらやる気が無いのに会長さんのバニーガールなんてどう考えても無理ですってば…。
押しかけて来たソルジャーは夕食も食べて帰る気でした。今夜はマツカ君の別荘行きのプランを練ろうと思っていたのに、また先送りになるんでしょうか? キッチンの方から美味しそうな匂いが漂ってきます。今夜は地鶏のパプリカ焼きだと聞きましたっけ。
「かみお~ん♪ 御飯、できたよ!」
ダイニングに来てね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が顔を覗かせ、みんなでゾロゾロ移動すると。
「…今年も海に行くんだよね?」
ソルジャーの不意打ちにウッカリ頷く私たち。もしかしてソルジャー、狙ってました…?
「それってマツカの別荘だよね、去年と同じで?」
畳み掛けるように問い掛けられるとどうしようもなく、マツカ君が代表で。
「ええ、そうです。…もしかして今年も一緒においでになるんですか?」
「君たちさえ良ければそうしたいねえ…。ぶるぅも退屈しているし」
シャングリラの方も至って平穏、とソルジャーはウインクしてみせました。
「ハーレイにはちゃんと言って来たんだ、休暇を取ってもかまわないか…って。もちろん賛成してくれたよ。ぼくたち、今は円満だから。…マンネリの日々もいいものだよね」
「そこまで!」
アヤシイ方向に行きそうな話を遮ったのは会長さん。
「ついて来るならそれでもいいけど、マツカ、別荘の方はどうだい? また二人ほど増えちゃうけれど…」
「かまいませんよ? 皆さんにはいつもお世話になっていますし、両親もぼくに友達が大勢できて本当に喜んでいますから。…じゃあ人数は去年と同じで手配しますね」
あとは日程をどうしましょう、とマツカ君がカレンダーを眺めた時。
「人数、今年は一人多めで」
「「「は?」」」
「一人多めで、って言ったんだよ」
お皿の地鶏を切り分けながらソルジャーがニッコリ笑いました。
「ハーレイ、暇にしてるんだろう? せっかくだから連れて行こうよ、だって素潜り名人なんだし」
「えっ…」
絶句している会長さん。教頭先生が素潜り名人なことがソルジャーにバレているのは当然でしたが……人魚泳法のコーチだったソルジャーが知らない筈はないのでしたが……でも連れてってどうすると?
「素潜りっていうのは海とかでやるのが本当だろう? その腕前をぜひ見てみたい。ついでに古式泳法とやらの達人らしいね、キースたちは習ったみたいじゃないか」
あちゃ~…。一昨年の海の別荘のことを誰かが思い出したらしいです。そうなってくるとストリーキングがバレるのも時間の問題?
「…ストリーキング…? なんだい、それは?」
ソルジャーの視線が私たちをグルリと見渡しました。誰の思考が零れ落ちたのか分かりませんが、あんな事件をどう言えば…?
「えっとね、裸で走ったんだよ」
説明したのは無邪気な声。小さな子供な「そるじゃぁ・ぶるぅ」がエヘンと胸を張っています。
「ハーレイが履いてた海水パンツをブルーがサイオンで脱がせちゃったんだ。ぼくね、それを海の中で拾って頑張って持って帰ったけれど…ブルーが燃やしちゃったんだよね」
「…そういうこと」
会長さんの答えにソルジャーは「へえ?」と身を乗り出して。
「それでストリーキングかい? ハーレイも案外、思い切ったことをするんだねえ…」
「違うよ、パレオが消えちゃったんだよ!」
ブルーが悪戯しちゃったから、と全てをバラした「そるじゃぁ・ぶるぅ」。教頭先生がパレオ姿で走った光景が私たちの脳裏に蘇りました。ショッキング・ピンクの地色に真っ赤な大輪のハイビスカスがプリントされた派手なパレオで別荘へ向けて走っていたのに、玄関先でパレオが消滅。私たちが見たのはナマお尻ですが、出迎えていた執事さんたちは…。
「…あのハーレイがストリーキング…。そうか、思い出の別荘なのか」
そんな話は初耳だよ、とソルジャーは私たちの記憶を思念で受け取って笑っています。
「じゃあ、去年ハーレイを呼びつけたりして悪かったかな? エステを受けられて満足したけど、ハーレイは恥ずかしかったのかも…。それでぼくのハーレイと喜んで替わってくれたとか? …ん? それじゃ、ぼくのハーレイはストリーキングをやらかした人と思われて…?」
ソルジャーがプッと吹き出しました。
「そうか、ぼくのハーレイがストリーキングねえ…。本人が聞いたら憤死しそうだ。シャングリラじゃ絶対できっこないし、やるだけの度胸も無いだろうけど…ハーレイズだってやったことだし、ストリーキングも素敵かな?」
「却下!」
会長さんが即座に切り捨て、マツカ君に。
「人数は去年と同じでいいよ、ハーレイなんかを連れて行ったら惨事になるのは目に見えている」
「待ってよ、ぼくはハーレイと行きたいんだ!」
素潜りも古式泳法も絶対見たい、とソルジャーは譲らず、挙句の果てに…。
「…分かった。じゃあ、ぼくは今年は別行動で。ハーレイが来ないんじゃ楽しくないし、もっと楽しい方に行く」
「「「は?」」」
「ノルディも別荘を持ってるらしいね。そっちに行ったら大歓迎してもらえそうだ。夜も色々楽しめそうだし、地球の海だって満喫できるし…。それじゃ、今日はこれで」
「ブルー!!!」
姿を消そうとしたソルジャーを会長さんのサイオンが引き止め、青い光が飛び散って…。
「なにさ? 何かマズイことでも?」
思い切り不機嫌そうなソルジャーに会長さんは肩で息をしながら。
「…ノルディだけは……頼むからノルディだけは放っておいて。調子に乗られたらシャレにならない。ハーレイの方がよっぽどマシだ」
「そうこなくっちゃ」
満足そうに頷くソルジャー。会長さんが乗せられたような気がしないでもないですけれど、ソルジャーだったらエロドクターに言い寄りそうなのも事実です。今年の海の別荘ライフはなんだか大荒れしそうな予感。でも…エロドクターが出てくるよりかは大荒れの方がいいですよねえ? 荒れない可能性もあるわけですし!
夕食が済むとリビングに移って別荘行きの計画が始まりました。マツカ君は携帯片手に執事さんにテキパキと指示をしています。キース君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を吹っ飛ばしたせいで経過観察やら禁足令やら、行動制限がかかりまくった私たち。その間、執事さんは別荘をいつでも使えるようにしてくれていたのですから有難いです。
「じゃあ、明日はとりあえず家に帰って、明後日から…でいいんですよね?」
マツカ君が確認するように言いました。
「それでいいよ。みんな長いこと家に帰っていないからね」
たまには顔を見せなくちゃ、と会長さん。
「明後日からはブルーと…ぶるぅも増えるから覚悟が要るし、明日は英気を養っといて」
「覚悟だって? その言い方、物凄く引っ掛かるけど?」
不服そうなソルジャーに会長さんはバッサリと。
「日頃の行いが行いだけに信用されてないってことさ。悔しかったら大人しくしてみせるんだね。別荘ライフを波風立てずに乗り切れたなら、誰も何にも言わなくなるよ」
「…人のことなんか言えないくせに…」
「それはどうかな? この子たちだって君の方をより警戒してると思うけど?」
「違うよね?」
私たちは答えに詰まりました。ソルジャーといえばトラブルメーカー、常に騒ぎが付き物ですけど、会長さんも大概です。現にソルジャーが出てくるまでは会長さんに振り回されていたわけで…。ソルジャーが来ない時でも騒ぎになることが多いんですし、迂闊に応じない方が吉っぽいです。
「ほら、君も信用されてない」
勝ち誇ったような顔のソルジャーと面白くなさそうな会長さん。どっちもどっちということでしょうか? と、マツカ君が携帯を持っておずおずと…。
「…あのぅ…。教頭先生には連絡しなくていいんですか? 明後日からって勝手に決めてもいいんですか?」
「あ。…やっぱり訊かないとマズイかな?」
「君が行くんだし、喜んで来ると思うけど…訊いといた方がいいのかな?」
えっと。会長さんもソルジャーも、教頭先生の意見は無視でしたか! そうじゃないかなとは思ってましたが、綺麗サッパリ忘れてましたか~! 二人は顔を見合わせてから同時に頷き、青いサイオンを迸らせて…。
「「「!!!」」」
リビングに突然現れたのはパジャマの教頭先生でした。腕にしっかり抱えているのは会長さんの抱き枕です。
「な、なんだ? 私に何か用か…?」
そう言ってから腕の中の抱き枕に気付いた教頭先生、真っ赤になってアタフタと…。
「いや、あの……その……アレだ、これは寝そべってテレビを見るのに便利なヤツで…。そのぅ、誓って疾しいことは!」
「だろうね、今は宵の口だし」
夜が更けた後は知りたくもないし聞きたくもない、と会長さん。
「…ところで、ハーレイ。ぼくたちは明後日からマツカの家の別荘の方に行くんだけどさ。…そう、去年と同じ海の別荘。ブルーとぶるぅも行きたいんだって」
「………それが?」
どうしたんだ、と教頭先生は不審そうです。
「でね、ブルーがハーレイも一緒でなきゃ嫌だと言うんだよ。…来てくれるかな?」
「なんで私が出てくるんだ? それにあそこの別荘は…」
黙ってしまった教頭先生、なんだかバツが悪そうでした。去年はエステティシャンとして呼ばれただけにプロらしく落ち着いていましたけれど、ただの滞在客としてだと思う所があるのでしょう。一昨年のストリーキング事件を忘れた筈がないのですから。
「…もしもハーレイが来てくれないと、困ったことになるんだけれど…」
「困るだと? それはお前が困るのか?」
瞳を伏せる会長さんに、教頭先生は一気に心配そうな顔。会長さんは深い吐息をついてソルジャーの方を眺めました。
「ハーレイが来ないんだったら面白くないってブルーが言うんだ。…面白くない所に行くより、もっと楽しい所に行く、って」
「…楽しい所? そういえば山にも別荘があるとか聞いていたな」
「違うよ、ブルーが別行動をするんだよ。ノルディが持ってる別荘に行って海と夜とを楽しむってさ」
「なんだと!?」
教頭先生の逞しい腕が抱き枕にグッと食い込んで。
「けしからん! どうしてノルディの名前が出るのだ!」
「…テクニシャンだし、気前もいいし」
しれっと言ってのけたソルジャーの言葉に教頭先生は真っ青になり、しばらく声も出ませんでしたが…。
「そ、それだけは…ノルディの別荘にお出かけになるのだけはお止めになった方が…」
「おや、何故だい?」
「後でブルーが困るのです! ノルディは前からブルーを狙っていますから…あなたの方で味を占めたらもう絶対に諦めないかと…」
「分かってるじゃないか。だったらぼくと来てくれるよね? 海の別荘。そしたらノルディの方は止めるよ」
ソルジャーの瞳に射すくめられて教頭先生は震え上がりました。人魚ショーやらハーレイズやら、散々な目に遭わされただけに、別荘ライフが平穏無事に終わる保証はありません。でも、断ればソルジャーは即、エロドクターの別荘行き。そっちの方が後々までかなり尾を引きそうで…。
「………。承知しました」
抱き枕ごと拳を握る教頭先生。
「ですから、ノルディには関わらないようにお願いしたく…!」
「そんなに危ない男じゃないと思うけどね? ブルーの趣味に合わないだけで…。まあいいや、君が来てくれるなら十分だよ。出発は明後日に決まってる。詳しいことは…と…」
「かみお~ん♪ 任せといて!」
思念でパパッと伝えちゃうもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が張り切っています。何も知らないお子様だけに別荘ライフを誰よりも楽しみにしているのかも…。教頭先生は伝えられた日程や集合場所を会長さんに確認してから、ソルジャーに連れられて姿を消しました。ソルジャーは教頭先生を家まで送り届けて、その足で自分の世界に帰るようです。
「…おい、大丈夫なのか? あの面子で…」
キース君の問いに会長さんが。
「分からない…。何も起こらないと思いたいけど、ぼくにもまるで分からないんだ」
「だよねえ…」
分かったら誰も苦労しないよ、とジョミー君が嘆いています。海の別荘には明後日から一週間の滞在ですけど、ソルジャーと「ぶるぅ」は大人しく過ごしてくれるのでしょうか? 無理やりゲストに引っ張り込まれた教頭先生、何もされずに済むのでしょうか? 心配は山と積まれてますけど、海に流れてくれますかねえ…?
キース君の経過観察期間終了と共に私たちのお寺ライフも終了となり、今度こそ楽しい夏休み! と思ったのですが…。ところがどっこい、大宴会が終わった後で出された指示は自宅待機というヤツでした。正確には家から出てもいいんですけど、アルテメシアを離れないのが条件です。それというのも…。
「なんでぼくたちまで巻き添えなのさ!」
ジョミー君が頬を膨らませたのは会長さんの家のダイニング。元老寺にお別れした後、こちらへ流れてきたのです。何故かキース君までくっついてきてしまいましたが。
「…すまん。俺が悪いんだ、全面的に」
キース君が申し訳なさそうに頭を下げます。会長さんの家に移ってきてから今日で三日目、このやり取りも見慣れたものになっていました。そこへ会長さんがサム君を連れて入ってきて…。
「なんだ、またやっているのかい? 毎朝毎朝、よく飽きないねえ。そんな不毛な言い争いより、お勤めがいいと思うんだけど。…キース、君なんかサボリっぱなしじゃないか。朝のお勤めは大切だよ? 一日に何回とかっていう数よりも、節目節目が重要なんだ」
「………。ちょっと行ってくる」
スックと立ち上がったキース君が向かった先は阿弥陀様が安置されているお部屋です。去年の夏休みに蓮池の底から掘り出してきた黄金の像で、会長さんとサム君が相談して決めた立派なお厨子に入っていました。サム君は登校前によく立ち寄ってお勤めをして、会長さんと朝食を食べて一緒に登校したりしています。会長さんの家に来てからは毎朝きちんと拝んでますし…。
「ジョミー。君は行かないのかい?」
会長さんの視線がジョミー君に向けられました。
「阿弥陀様に朝のご挨拶をするのは大事なことだと思うけどねえ? せっかく本山で修行したんだ、機会があればお勤めしたまえ。元老寺では一回もやってなかったじゃないか」
「やだよ! ぼく、お坊さんになんかならないし!」
またも始まる不毛な争い。そうこうする内にキース君が戻ってきてしまい、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が焼きたてのパンや卵料理やサラダのお皿を並べてくれて朝食です。
「…まったく、ジョミーときたら…」
ブツブツと呟く会長さん。
「自宅待機も嫌みたいだし、璃慕恩院に行ってくるかい? あそこも一応アルテメシアだ」
「嫌だってば! 自由時間がなくなるじゃないか!」
この夏の修行で懲りたのでしょう、ジョミー君は泣きそうです。修行体験に放り込まれたら自宅待機どころの騒ぎではなく、もう間違いなく修行三昧。今はまだ自由に出歩けるだけマシだというか、別に普通の日々だというか…。楽しみにしていたマツカ君の別荘行きがオジャンになっただけですし。
「でもさあ…」
サム君がベーコンエッグを頬張りながら言いました。
「行きたかったよな、山の別荘。今からじゃもう海か山かのどっちかだしなぁ…。みんなは断然、海なんだろ?」
「そりゃあ…。どっちか一つって言うんだったら海ですよね」
シロエ君が頷き、他のみんなも頷いています。
「サム先輩は山の方が良かったんですか?」
「え? え、えっと…俺は別に…」
何故か真っ赤になるサム君に私たちは首を傾げましたが…。
「山の方がデート向けなんだ」
答えたのは会長さんでした。
「高原で散歩とか、白樺林で森林浴とか……あとは二人で乗馬とか。サムはまだまだ遠乗りに行けるってレベルじゃないけど、それでも十分楽しいしね。…そうだろう、サム?」
「あ…。う、うん…。実は…そういうことで…」
消え入りそうな声のサム君。山の別荘に期待していたみたいです。なんだか気の毒な気もしますけど、日数的に海と山との両方はもう無理そうでした。自宅待機さえ食らわなければ大丈夫だった筈なのに…。
「すまん、サム…。本当に俺が悪かった」
またも頭を下げるキース君。自宅待機になってしまったのはキース君が原因でした。キース君のサイオン・バーストで壊れてしまった「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の工事が完了するまで禁足令が出たのです。対象者はキース君一人で良さそうなのに、私たちまで何故か巻き添え。
「…ぶるぅの部屋の常連だからねえ…」
仕方がないよ、と会長さん。
「あの部屋は普通の部屋じゃないって知ってるだろう? 工事が終わったら特別生にお披露目するって聞いてるよ。そうなると常連の君たちが留守にしてたんじゃマズイんだ。日頃お世話になってます、って溜まり場っぷりをアピールしなくちゃ」
でないと誰かに取られちゃうかもね、と言われてしまうとそういう感じもしてきました。自宅待機はショックでしたが「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に居座る権利が無くなる方が大打撃です。ここは退屈を紛らわせながら待ちに徹するべきなのでしょうね…。
それから更に三日目の朝。会長さんとサム君、キース君がお勤めを終えて朝食を始めた所へ電話が鳴って。
「もしもし? なんだ、ゼルか。おはよう。で、何? ああ、そう…。うん、うん。分かった」
電話を切った会長さんは満面の笑みで向き直りました。
「ぶるぅの部屋の工事が今日で完成するんだってさ。家具とかも今日中に揃うらしいし、明日になったら見に来てくれ…って。よかったね、これで禁足令が解けるよ」
「ほんと?」
嬉しそうな顔のジョミー君。私たちもホッと息をつき、前祝いにと朝食の後はドリームワールドに繰り出しました。こんな日は暑さも苦になりません。男の子たちはアトラクションを制覇し、スウェナちゃんと私は身長制限などに引っ掛かってしまう「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒にのんびり園内を回り…夜はもちろん楽しくカラオケ! そして翌日、シャングリラ学園に出掛けて行くと、校門の所にゼル先生が。
「来たか、悪戯小僧どもめが」
「御挨拶だね、ゼル」
会長さんが軽くいなしてゼル先生の肩を叩きました。
「妻に向かって悪戯小僧はないだろう? 阿弥陀様の前で誓い合った仲じゃないか」
「それも悪戯の内じゃろうが! まあ、ハーレイに見せつけるのはなかなかに楽しかったがのう。…いいか、ブルー。ハーレイとだけは式を挙げてはいかんぞ、あやつの場合は真に受けおるしな」
「分かってるってば。…ぼくだって自分が可愛いんだ」
結婚なんか御免だよ、と苦笑いする会長さん。ゼル先生は教頭先生のアブナイ趣味と嗜好について会長さんに厳重に注意を促してから校舎の方へと向かいました。会長さんの日頃の行いは全くバレていないようです。教頭先生を婚前旅行に連れ出してみたり、抱き枕をネタに脅してみたりとやりたい放題なんですけどねえ…。
「どうじゃ、見事に直ったじゃろう?」
生徒会室に入ったゼル先生は得意そうに壁を指差しました。会長さんがサイオンで破壊した壁は今やすっかり元通り。この壁の向こうに「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋があるとは普通の生徒には分からないでしょう。爆発騒ぎの時に写メを撮っていた人がいましたけれど、その人たちも二度とお部屋を見つけることは出来ないわけで…。
「工事中は一般生徒は立ち入り禁止にしておったんじゃ」
色々と秘密があるからのぅ、と壁の紋章に触れるゼル先生。えっ、今日はゼル先生も入るんですか? 続いて会長さんが紋章に触れ、私たちも急いで続きましたが…。
「「「!!?」」」
お部屋の中には長老の先生方が揃っていました。この部屋には先生方は立ち入り禁止だと聞いていたのに…。驚き慌てる私たちに会長さんがパチンとウインクして。
「この部屋はぼくとぶるぅのプライベートな空間ってことで、長老といえども立ち入り禁止。…でも今回は特別なんだ。なんと言っても部屋を直してもらったしね」
「そういうことじゃ。現場監督はわしじゃったんじゃぞ」
ゼル先生の話によると、本来は陣頭指揮は教頭先生の仕事だそうです。けれどシャングリラ号の乗員交代の時期と重なってしまい、それどころではなかったらしく…。教頭先生はとても残念そうでした。好きでたまらない会長さんのプライベート・ルームの工事なんていう美味しい仕事をむざむざ逃してしまったのですから。
「…ブルー…」
「ん? なんだい、ハーレイ?」
「備品はお前の注文通りに発注したが、一応確認して貰えるか? キッチンの方はゼルだがな」
「ありがとう。ぶるぅ、一緒に見てくれるかい? あ、みんなは座っててくれていいから。スペースは十分足りてるよね?」
どうぞ、と促されて先生方がソファに腰掛けました。私たちも座りましたが、それでもソファは余っています。つくづく贅沢な空間でした。内装も綺麗に直っていますし、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がチェックしている食器などの備品もきちんと揃っているのでしょう。修理するのに大金がかかるのは当然かも…。
「うん、注文したものは揃っていたよ」
会長さんが戻って来ると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が早速ワゴンに飲み物を載せて運んできました。
「素敵なキッチンありがとう! ピカピカで嬉しくなっちゃった♪」
普段からピカピカに磨いているのに、新品となると「そるじゃぁ・ぶるぅ」も嬉しいようです。オーブンとかが最新式だ、と大喜びで跳ねていますし。
「ねえねえ、明日お披露目するんでしょ? ぼく、おもてなしをしてみたいなぁ…」
ケーキとか沢山作りたいよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言うとゼル先生が。
「もちろんやっていいんじゃぞ。わしも一緒にやってみたいが、ここはブルーの管轄じゃからのう…」
残念そうなゼル先生。特別生に自慢の料理を振舞いたいと思っているのは間違いなくて…。
「やってくれても気にしないけど?」
会長さんが微笑みました。
「お披露目の時は長老どころか先生方も来るわけだしね、キッチンくらい好きに使ってよ。それにゼルとは他人じゃないしさ」
結婚式を挙げたばかりだし…と悪戯っぽい笑みを浮かべる会長さんに、ゼル先生がニヤリと笑って。
「よし! ぶるぅ、明日はわしと二人で頑張るか! 買い出しリストを作らねばのう」
「わーい! じゃあ、何を作るか決めなくちゃ!」
あれとこれと…、と打ち合わせをする二人は本当に楽しそうでした。他の先生方はお披露目をする時間などを会長さんと相談したり、連絡リストをチェックしたり。休暇で帰宅している特別生たちにも事故の話は伝わっていて、大部分が明日のお披露目に来るそうです。私たち七人グループはお部屋にいるだけでいいようですが、賑やかなことになるんでしょうねえ…。
会長さんのマンションに帰り着いたのは夕方でした。ゼル先生と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチンの使い勝手を確かめがてら昼食やおやつを作ってくれたお蔭で空腹感はありません。夕食はサッパリ軽いもので、と意見が一致し、トマトとサーモンの冷製パスタに。ワイワイ賑やかに食べながらの話題は見てきたばかりのお部屋です。
「あの工事って何処に発注したんですか?」
シロエ君が尋ねました。
「内装はともかく、あの壁なんかは普通の所じゃ無理でしょう? だって、すり抜けられるんですし…」
「別に? 発注先は確かに仲間絡みの会社だけどさ、工事に来たのは普通の人だよ。壁だけは仲間に任せたけどね。…普通の人に頼んだ場合は記憶操作が必要だから」
記憶操作は面倒で…と会長さんは笑っていますが、さほど力を要しないことは私たちにも薄々分かっています。工事に関する一切合財を丸投げされた先生方が会長さんに遠慮したのでしょう。でも、あの壁ってどういう構造になっているんでしょうか?
「壁の造りが気になるのかい? あれはね、…あそこの人形と同じさ」
会長さんが示した棚の上には鈍い金色に輝く教頭先生人魚の像。ひょっとして、またもジルナイトですか?
「そういうこと。サイオンを伝達しやすい物質が仕込んであって、更にサイオンを増幅しながら方向づける。…あの壁を通過する時には瞬間移動をしているんだよ、誰でもね」
「「「瞬間移動!?」」」
その言葉は私たち全員の憧れでした。会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」みたいに一瞬の内に移動出来たり、移動させたり出来る力があれば…と何度思ったことでしょう。その憧れの瞬間移動を壁を抜ける時にやってるですって?
「嘘じゃないよ。サイオンさえあれば理屈の上では誰でも瞬間移動が出来る。タイプ・レッドでもイエローでも…もちろんタイプ・グリーンでもね。…現時点では成功させた人が無いってだけで、可能性は誰もが秘めているのさ。でなきゃあの壁は抜けられないよ」
サイオンの増幅装置が隠されているのが紋章のある場所なのだ、と会長さんは教えてくれました。言われてみれば紋章に触れると身体が浮き上がるような感じがします。それは瞬間移動の時に受けるのと同じ感覚で…。
「…じゃあさ」
ジョミー君が口を開きました。
「あそこの壁を何度も行ったり来たりしてたら、瞬間移動をマスターできる? ぼくってタイプ・ブルーなんでしょ? ブルーやぶるぅと同じだよね?」
「間違いなくタイプ・ブルーだねえ…。だけど壁を何回往復したって瞬間移動は覚えられないと思うけど? あれは一種のコツなんだ。ぼくもぶるぅも誰に習ったわけでもないし」
自分で努力してみたまえ、と会長さんは笑っています。でもジョミー君は食い下がって…。
「ぼくだって努力してるじゃないか、サイオニック・ドリームとかさ! 1分間しか持たないけれど、あれでも頑張っているんだってば!」
「…そうかなぁ? 同じ坊主頭でもキースは5分を越えてたよ? タイプ・ブルーってわけでもないのに…。君は努力が足りなさすぎだ」
「そうだ、キースだ! キースみたいにパパッと一発でなんとかならない?」
いいことを思い付いたとばかりにジョミー君の瞳が輝きました。
「…えっと、サイオン・バーストだっけ? あれを起こしたらサイオニック・ドリームが完璧なレベルになったんでしょ? ぼくもさ、あんな風にパッと力に目覚めないかな? 瞬間移動だけでいいから」
げげっ。自分からバーストしたいと申し出るとは、ジョミー君、目先のことしか考えていないらしいです。下手に起こすと三途の川を渡りかねないと聞かされたように思うのですが…。案の定、会長さんは深い溜息をついて。
「……ジョミー…。君は自覚も足りないのかい? タイプ・ブルーは最強だって言ってるよね。キースのサイオン・バーストでぶるぅの部屋が吹っ飛ぶのなら、君の場合はどうなると思う?」
「え? え、えっと…どうなるんだろう? もしかして校舎が吹っ飛ぶとか…?」
「最初に一応説明しとくと、ぶるぅの部屋には厳重に補強がしてあった。タイプ・ブルーの部屋なんだからね、バーストとまではいかなくっても何が起こるか分からない。シャングリラ号の青の間も同じさ。…これが工事費が高かった理由」
核シェルター並みの強度だったそうです、あのお部屋。中がメチャクチャに吹っ飛んだのに壁が壊れたりしなかったのはそのせいだったようですが…。ひょっとしてジョミー君がバーストしたら壁まで微塵に砕け散るとか?
「…青の間は部屋が大きい分だけ衝撃を受け止める力も大きい。バーストの現場が青の間だったら部屋が全壊するだけで済むと思うよ、理論的には。…でも、ぶるぅの部屋は青の間よりずっと小さいんだ。封じ込められる力に限界がある。つまり、ジョミーがバーストしたら……シャングリラ学園が全部吹っ飛ぶ」
「「「!!!」」」
あまりのことに私たちは声も出ませんでした。ジョミー君も呆然としています。…校舎どころか学校が吹っ飛んでしまうのがタイプ・ブルーの底力ですか! 会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はサイオンのプロですから安心ですけど、ジョミー君は若葉マーク。楽してコツを掴もうだなんて考えないで、地道に努力をしてほしいです…。
翌日はいよいよお披露目の日。私たちは朝早くから「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行って、長老の先生方と一緒にあれこれ準備をしていました。特別生が全員一度に入れるほどの広さは無いので、時間差で入って貰えるように招待状が出してあるとか。フィシスさんとリオさんも手伝いに来てくれ、生徒会室での受付係を引き受けてくれて…。
「ふむ。こんなものか」
全体をチェックして回った教頭先生が頷き、エラ先生が時計を眺めて。
「そうですわね。キッチンの方も順調ですし、時間通りにお客様をお迎え出来そうです」
キッチンでは「そるじゃぁ・ぶるぅ」とゼル先生が奮闘中。ゼル先生は真っ白なコックの衣装と帽子を持ち込んでいました。コック服は左胸にシャングリラ学園の紋章と先生の名前の刺繍入り。ご自慢の衣装というわけでしょう。…どうせなら黒い革のライダースーツとやらを見たかったのに、と思わないでもないですが。
「…うーん、やっぱり馬子にも衣装?」
会長さんがキッチンを覗き込んでから人差し指を顎に当てました。
「せっかくゼルも張り切ってるし、お披露目らしくホストがいると映えるかな?」
「「「ホスト?」」」
私たちと先生方の声が重なり、会長さんが頷いて。
「そう、ホスト。…ここはキースに一肌脱いで貰うのがいいかもね。なんと言っても部屋を壊した張本人だ」
「俺!?」
「うん。申し訳ないと思っているなら受けてくれると嬉しいんだけど?」
「…………」
考え込んでいるキース君。
「…念のために聞いておきたいが」
「どうぞ」
「ホストというのは具体的には何をするんだ? 内容によっては引き受けかねる」
「用心深いねえ…。そういう所も君らしくっていいんだけどさ。ホストの仕事はおもてなしだよ。部屋に入ってきた特別生や先生方に飲み物を勧めたり、食べ物をお皿に取り分けたり…って所かな。この部屋は君たちの溜まり場だから座ってるだけで十分だろうと思ってたけど、君は働いた方がウケがいいかも」
部屋を壊した犯人だってバレてるし…、と会長さん。これって半分脅迫なのでは? お客様は部屋の値打ちも修理費用も知っている人が殆どでしょう。その前でキース君が我関せずと座っていれば反感を買う可能性だってあるのです。…キース君、これじゃ断れませんよ~。
「……分かった」
キース君は素直に頷きました。
「あんたの言うのが正論だろうな。知らんぷりして座っているより働いた方が良さそうだ。接客業には自信が無いが、やればなんとかなるだろう」
「平気、平気。…坊主も一種の接客業さ。ただ今回はホストだからね、重要なのはスマイルかな。とにかく笑顔でにこやかに! じゃあ、制服を用意するから」
こっちの部屋に、と奥の部屋へと引っ張られていくキース君。…あれ? 制服って何でしょう? 私たち、今日は全員制服ですけど…?
「冬用の服じゃないですか?」
マツカ君が自分の半袖シャツを示しました。
「ほら、夏服だといかにも普段着ですからね。冬服の方が改まった感じがしますよ、先生方のスーツと同じで」
なるほど、ゼル先生を除いた男の先生方はきちんとスーツをお召しです。それは勿論カッチリ長袖。ならばキース君だって長袖の上着を着込んだ方がシャキッとしますし、好感度グッとアップかも…。やがてカチャリと扉が開いて、会長さんが顔を出しました。
「出ておいで、キース。そろそろお客様が来る時間だよ」
「……………」
「キースってば! 出ないんだったら引っ張り出すよ」
「……出る!!」
仏頂面でズカズカと出てきたキース君の姿を私たちは多分、忘れられないと思います。…ホストってホント、大変なお役目だったんですねえ…。
「笑うな!!!」
キース君の怒鳴り声が響き渡ったのは会長さんの家のリビングでした。お披露目は恙なくお開きとなり、引き揚げてきた私たちですが…。
「ご、ごめん。…で、でもさ…」
やっぱりダメだぁ、とジョミー君が吹き出し、皆も必死に笑いを堪えています。そんな中で御機嫌なのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。お部屋は元に戻りましたし、お客様も大勢来ましたし…ゼル先生と一緒にお菓子やお料理を沢山作って素敵な一日だったのでしょう。
「かみお~ん♪」
ピョンピョンと飛び跳ねている「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭の上で白いカチューシャが揺れていました。フワフワのそれにはウサギの耳がくっついています。とても可愛く似合ってますけど、あの耳は…。うぷぷぷ…。
「だから笑うなと言ってるだろうが!!!」
バーストするぞ、とキース君がブチ切れましたが、会長さんは平然と。
「そう簡単にはバーストしないよ、残念ながら…ね。ついでに言えば自分の意思でバーストするのは至難の業だ。それは脅しにならないさ。だから…」
君たちは存分に笑いたまえ、とお許しが出たので私たちの笑いは一気に加速し、それに加えて。
「どうせなら再現しちゃおうか。…ぶるぅ、その耳をお願いするよ」
「オッケー!」
飛び上がった「そるじゃぁ・ぶるぅ」の小さな両手がカチューシャをスポリと押し付けた先はキース君の頭でした。ピョコンと揺れるウサギ耳。そこへ青いサイオンの光が走って…。
「「「ぶわはははははは!!!」」」
もう止められないこの笑い。キース君はアッという間に蝶ネクタイつきの付け襟に白いカフス、丸い尻尾の飾りがついた黒いレオタード…いわゆるバニースーツを着けていました。足には黒い網タイツとハイヒール。キース君に豊かな胸があるわけないので、レオタードの胸元はテープか何かでくっつけているようですが…。
「ブルー!!!」
キース君は真っ赤になって怒ってますけど、これがお披露目会場での衣装。部屋を壊した罪悪感から必死にスマイルを浮かべるキース君は特別生の先輩たちに男女を問わず大ウケでしたし、グレイブ先生も「ほう、今日のキースはバニーちゃんなのか」なんて笑いながらミシェル先生と三人で記念写真を撮ってましたし…。とにかく一番の人気者。ゼル先生のコック姿もウケましたけどね。
「おい、笑うな! ブルー、元に戻せ!!!」
「嫌だね、せっかく着替えさせたのにさ。ぼくたちは君のサービスを受けていないし、飲み物くらい運んでくれても…。ぼくはグレープフルーツジュースがいいな。ぶるぅ、飲み物の用意をしてくれるかい?」
「うん! みんなは?」
「俺、レモネード!」
「ぼく、オレンジスカッシュ!」
無責任に炸裂する注文の嵐にキース君は思い切り顔を顰めました。けれど逃げ切れるものでもなくて、諦めた様子でキッチンに向かおうとクルリと踵を返します。耳と可愛い尻尾が揺れて、まさにリビングを出ようとした時。
「クリームソーダ」
注文が一つ新たに加わり、キッと振り返るキース君。
「お前ら! 注文は一人一つだ、調子に乗るな!」
「…ぼくは一つしか言ってないけど?」
ユラリ…と空間が揺れて紫のマントが翻りました。クリームソーダの注文主は会長さんのそっくりさん。このタイミングでやって来るなんて、偶然ですか、それともわざと? どう考えてもわざとですけど、クリームソーダが欲しいだけなのか、他に目的があるというのか、いったいどっち~?