シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
- 2012.01.18 扉を開けよう 第1話
- 2012.01.18 前途を阻む者 第3話
- 2012.01.18 前途を阻む者 第2話
- 2012.01.18 前途を阻む者 第1話
- 2012.01.18 笑って許して 第3話
秋が深まり、シャングリラ学園では一ヶ月後に学園祭が開催されます。1年A組でも例年のように演劇か展示かを決めるクラス投票が行われたのですが、今年は会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」も姿を見せませんでした。去年の投票日に現れた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は劇がしたくて投票したのに、展示になってしまったからです。
「…あーあ、今年もファッション・ショーかなぁ…」
学食でランチの山賊焼きを頬張りながらジョミー君が呟きました。
「グレイブ先生、劇より展示が好きだしね。ぶるぅもそれはよく知ってるし、投票に来なかったってことは去年みたいに別行動をしたいんだよね?」
「そうだろうな…」
ゲンナリとした表情のキース君。私たち特別生はクラスから独立してグループ行動をすることが可能です。去年はその方法で劇をしようと届けを出して許可が下りたんですけど、劇の演目が決まらなくって挙句の果てにファッション・ショーに…。男子全員が女装で舞台に立って大ウケでしたが、男子にとっては心の傷です。
「だが、今年は俺は逃げられるんだ」
堂々とな、と宣言するキース君に男子の視線が集まりました。スウェナちゃんと私も思わず凝視。どうやって逃げる気なんでしょう? キース君はニヤリと笑って自分の頭を指差すと…。
「…これだ、これ。去年も特別講座を受講するからって最初の間は外れてただろう? 今年はいよいよ本番だ。三週間の道場入りと学園祭の準備期間が見事に重なる。…つまり劇の練習をする余裕はない」
「……それってズルイ……」
ジョミー君が頬を膨らませて。
「髪の毛を本当にカットするなら許せるけどさ…。サイオニック・ドリームで誤魔化すんだよね? 自分は楽して逃げ出しといて、ぼくたちはファッション・ショーなわけ? またドレスなんてうんざりだよ!」
「だったらお前も修行してみるか? 厳しいんだぞ、道場暮らしは…。しかも昼間は大学で普通に講義を受けなきゃならない。朝早く起きて掃除にお勤め、大学から戻って講義とお勤め。…こっちの学校に顔は出せても、ぶるぅの部屋で遊んでる暇はないと思うぞ」
お坊さんの卵は大変なのだ、とキース君は力説しました。
「お前たちは何をやらされるにしたって遊びだからな。ぶるぅが張り切ればおやつも自然と豪華になるし、精進料理で三週間も暮らす俺とは大違いだ。…だが、女装が嫌だというのは分かる。バニーガールも大概だったし…」
「それを言わないで下さいよ…」
シロエ君がハアと深い溜息。
「あの服、会長が回収しちゃったんですよ? エロドクターが特注したと思うと目障りだからとか言ってましたけど、きちんと始末したのかどうか…。ファッション・ショーで持ち出されないか心配です」
バニーガールの衣装というのは、キース君の健康診断絡みでドクター・ノルディが持ち掛けてきたコンテスト用のヤツでした。しかも黒幕はソルジャーだった上に、男子全員、バニーガールの格好をしてドクターの家から会長さんの家まで歩かされたというオマケつき。通行人には普通の服に見えたとはいえ、これも男子の心の傷で…。
「すまん、あの時は俺のせいで迷惑を…。あの借りは今も返せていないし、ぶるぅが劇だと言い出した時は俺が演目を考えてやる。…ファッション・ショーにならないようにな」
「えっ、ホント?」
たちまち飛びつくジョミー君。
「…ああ。ぶるぅがやりたがりそうな劇を幾つか見つくろってある。こんな展開になるんじゃないかと薄々予想はしてたんだ」
「凄いや、キース! ファッション・ショーをしなくていいなら劇くらい…。あ、劇って女装じゃないんだよね? ちゃんと男の役だよね?」
「もちろん配役も考えた。女装はないから安心しろ」
大丈夫だ、と太鼓判を押すキース君に男子全員が大喜びです。道場入りを理由に一人サッサと逃げ出すことにも文句を言う人はなくなりました。これで今年の学園祭は安心ですよね、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も納得の劇!
さて、放課後。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと焼きたてのパイの香りがしていました。パンプキン・パイみたいです。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! マザー農場でカボチャを貰って来たんだよ♪」
「やあ。今日は学園祭で何をやるかの投票だっけね」
御苦労さま、と会長さん。
「グレイブは今年も展示をプッシュか…。投票前にお祭り騒ぎの愚かさについて演説をぶたれちゃ劇はキツイよ。それでも半数近くが劇に一票というのが凄い。あと数票で劇だったのにさ…。君たちは劇に入れたのかい?」
「そりゃあ…グレイブ先生の思惑どおりじゃつまらないですし?」
上からの押し付けには逆らってこそですよ、とシロエ君が笑っています。私も劇に入れました。グレイブ先生の悔しがる顔を見たかったのに、結局、1年A組は展示に決定。しかもグレイブ先生のお好みは格調高い内容なので、模擬店や去年のようなお化け屋敷は禁止と言い渡されたのでした。
「で、君たちはどうするんだい?」
会長さんが紅茶のカップの縁を指で弾いて尋ねます。
「お堅い展示に協力するか、特別生の立場を生かして学園祭を楽しむか。…独立するなら届け出は任せて欲しいんだけど、どっちがいい?」
おおっ、選ぶ権利があるんですか! だったらこの際クラス展示で、と誰もが思ったのですが…。
「…そるじゃぁ・ぶるぅの生活、だっけ?」
「「「は?」」」
会長さんの言葉に私たちは首を傾げました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がなんですって?
「忘れちゃった? 君たちが入学した年の学園祭の1年A組の展示テーマさ。ぶるぅの生活を調べるんだって言って24時間密着取材」
「「「あ…」」」
そうだっけ、と蘇ってくる1年生の時の学園祭の記憶。あの頃はまだ普通の生徒で、会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」と親しいから…とクラスメイトに取材を任され、会長さんの家に初めてお邪魔して泊めてもらって…。思えば遠くへ来たものです。
「思い出してくれたみたいだね。…そるじゃぁ・ぶるぅ研究会なんかもあった時代だけど、あれも解散しちゃったねえ…。ぶるぅが外を歩き回るのは珍しいことじゃなくなったし」
「それって珍しいことだったの?」
いつも普通に出歩いてるよ、とジョミー君が言い、サム君が。
「だよなあ? 俺が最初に聞いた噂じゃ、滅多に姿を見せないっていう座敷童子みたいなヤツでさ…。見つけて頭を噛んで貰えば入試に絶対落ちないって」
「そういえばサムは噂を信じてぶるぅを一発殴ったんだっけな」
キース君が突っ込み、サム君が頭を掻いています。
「あははは…。あの時は俺も必死だったし! ぶるぅ、ごめんな、殴っちまって…。お客様だぁ、って喜ばれたから、噛んで貰うには殴るしかないと思ったんだ」
「ううん、サムだって痛かったでしょ? ぼく、思い切りガブッってやっちゃったもの」
ぼくなら平気、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は健気でした。
「あのね、ぼく、あの頃はお部屋から出て行く用事がなかったんだ。ブルー、授業とか出なかったしね…。今もサボッてばっかりだけど試験は必ず受けてくれるし、水泳大会とかも出るようになったし! ブルーが学校で何かするなら、ぼくも一緒に出られるもんね♪」
「そういうこと」
だから珍しくなくなったんだ、と会長さんが引き継ぎました。
「そるじゃぁ・ぶるぅ研究会の連中も最初の間は喜んでたけど、珍しくなくちゃ研究するだけの価値がない。それに今の三年生は君たちの元同級生だ。ぶるぅがいるのが当たり前の学校生活をしてきたんだから、研究会はもう要らないよね。…それでもぶるぅは不思議パワーで知られてる」
「そうですね…」
色々とやってきましたから、とマツカ君。会長さんは大きく頷き、紅茶で喉を潤して…。
「そしてもう一つ、今も謎なのがこの部屋だ。ぶるぅの部屋が何処かにあると遥か昔から囁かれてきて、今回、ついに存在がバレた。…キースのサイオン・バーストでね」
「「「………」」」
それは確かな事実でした。夏休みでしたから全校生徒が見ていたわけではありませんけど、全壊したお部屋を捉えた写メが出回り、噂も広まり、生徒会室の奥に普段は見えない部屋があるのはバレバレです。普通の生徒は生徒会には関われませんが、今でも生徒会室の扉の前で中を窺う一般生徒がよく見られたり…。
「そんなわけだから、どうだろう? ぶるぅの部屋を学園祭で一般公開するっていうのは?」
「「「え?」」」
「学園祭の期間限定で一般公開、君たちは案内係ってことで…。それなら溜まり場もキープできるし、グレイブの退屈なクラス展示に付き合わされることもない。どうだい、今年も独立しないかい? グループ名は去年と同じの『そるじゃぁ・ぶるぅを応援する会』で」
「…劇じゃないの?」
ジョミー君が聞き返しました。
「劇?」
「うん、劇。…ぶるぅは劇がしたいんじゃあ…」
「去年で満足したみたいだよ? 今年は部屋の公開でいい、って言ってくれたし…。それともジョミーは劇がいいとか?」
ファッション・ショーでも構わないよ、と言われてジョミー君は真っ青です。
「そ、そんなことは! ぼくの意見なんかどうでもいいから!」
「じゃあ独立でもいいのかな? 他のみんなは?」
赤い瞳が私たちをぐるっと見渡します。この状況では反対意見は言うだけ無駄というものでしょう。そもそも反対する理由も見つかりませんし、今年も独立でいいんですよね? 想定していたファッション・ショーだの劇だのと違って目的は至極平和なものです。お部屋の一般公開かぁ…。普通の生徒に大人気かも!
会長さんの行動は早く、翌日の放課後には独立の許可が下りていました。しかし…。
「ここから先が問題なんだ」
おやつのマロンタルトをフォークでつつく会長さん。
「ぶるぅの部屋を公開するには許可が要る。ぼくとぶるぅのプライベートな空間だけど、所有権は学校にあるんだよね。それも普段は隠されている特殊な部屋だ。…許可を取る自信はあるんだけどさ…。そのためには長老会議を招集してもらう必要がある」
「「「長老会議?」」」
「そう。…ぼくたちのサイオンに関わる話は長老会議に諮らないと…。これがシャングリラ号の中のことならソルジャー権限で決められるけど、学校のことでは長老の方が上になるんだ、先生だから」
なるほど…。シャングリラ学園は一般社会と接してますから、会長さんに好き放題にやられたのでは事後処理なんかに困りそうです。会長さんはクスクスと笑い、「まあね」と舌を出しました。
「ぼくはイマイチ信用がない。…仲間の不利益にならないように気をつけてると言っているのに、ゼルとかエラがうるさいんだ。…いざとなったら記憶処理って手もあるのにね」
「会長…。それはマズイでしょう」
相手は普通の人間ですよ、とシロエ君が額を押さえています。けれど会長さんは全く気にせず、私たちのお皿からマロンタルトが消えるのを待って。
「長老会議、今から頼めば間に合いそうだ。…行くよ」
何処へ? という疑問はサラッと無視されました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を先頭に部屋を出、向かった先は本館です。あぁぁ、これってお約束のルートなのでは…。案の定、立ち止まったのは重厚な扉のすぐ前で。
「…失礼します」
軽くノックして会長さんが入って行くのに私たちも続きました。奥の机で羽根ペンを持っているのは教頭先生。
「なんだ、どうした? ゾロゾロ揃って」
「そるじゃぁ・ぶるぅを応援する会の代表として、お願いがあって伺いました」
「………? お前が敬語だと不気味だな…」
会長さんの丁寧な口調に教頭先生の顔に不安の色が。いつもタメ口で偉そうなだけに、そりゃ心配にもなるでしょう。私たちだって嫌な予感がしてきましたよ、なんと言っても場所が悪いです。会長さんはクッと喉を鳴らし、唇の端を笑みの形に吊り上げて。
「真面目にお願いに来たんだけれど、不気味と言われちゃ仕方ないね。…長老会議を頼みたいんだ。今日は全員残ってるんだろ、今夜は麻雀大会だから」
「…知っていたのか…」
「そりゃね、みんながウキウキしてるし。…で、負ける予定? 長老を招集してくれるなら霊験あらたかなお守りなんかをあげちゃおうかな…と。これさえあればツキまくりさ」
「ツキまくりだと? ぶるぅの手形か?」
心が動いたらしい教頭先生を会長さんは見逃しませんでした。
「そんなとこかな。長老会議を開いてくれたら後で謹んで進呈するよ、ぼくたちは学園祭を楽しみたいから」
「学園祭だと? さっき妙な会の名前を口にしていたな、そっち絡みか?」
「そるじゃぁ・ぶるぅを応援する会。学園祭で活動するためのグループ名で、ぼくが代表。去年も活動実績はあるし、怪しい会じゃないってば。…だから長老会議を頼むよ」
「ふむ…。目的はどうせ言わんのだろうな?」
教頭先生の問いに会長さんは。
「二度手間になるだけだからね。長老会議できちんと話すし、まずは招集。お礼は約束するからさ」
「ツキまくりアイテムをくれるんだな? …今度負けたら財布が空になるからな…」
また米と味噌だけの食生活になってしまう、と教頭先生は内線電話をかけ始めました。長老の先生方はちょうど時間が空いていたようで、すぐ集まってくれるとか。場所は本館の会議室です。ここから近い所ですけど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の公開許可は出るのでしょうか? 会長さんは自信があると言ってましたが、どうなるのかな…?
会議室に行くと既に長老の先生方が揃っていました。最後に入った教頭先生が扉に鍵をかけ、誰も入ってこられないようにします。長老会議は去年に一度『見えないギャラリー』として見学したことがあるんですけど、今回は私たちも出席者でした。そういえば前の長老会議では会長さんが教頭先生にセクハラされたと大嘘をつき、謹慎処分にしてましたっけ。それに比べれば今日の議題は遥かにマシです。
「…ブルー、長老会議を願い出た理由は何なのですか?」
エラ先生が口を開きました。
「ハーレイに頼んで招集をかけた所までは分かっていますが、目的は…?」
「学園祭での活動許可。そるじゃぁ・ぶるぅを応援する会として、ぶるぅの部屋を公開したい」
「「「ぶるぅの部屋!?」」」
先生方の声が引っくり返り、ゼル先生が。
「公開じゃと? 一般公開しようというのか、あの部屋を?」
「うん。どうせ所在は知られてるしね、キースがバーストした時にさ。今も時々、部屋を探しに来る子がいるよ。それならいっそ公開したら…と思ったんだ。学園祭の期間限定」
「いかん!」
「いけません!」
ゼル先生とエラ先生が同時に叫びました。
「わしらの力を明るみに出してどうするんじゃ! 危険すぎる!」
「そうですよ、ブルー。私たちの力は世間一般には知られていないからこそ今まで平和に…」
異口同音に告げる二人に他の先生方も加わりましたが、会長さんは。
「平和だからこそ今の間に…と思わないかい? ぼくたちが並外れて長命なことは知られている。隠しているのはサイオンだけだ。そのサイオンも今ならぶるぅの不思議パワーで片付けられる。少しずつ、少しずつサイオンの力を示していけば遠い未来には隠さなくても済むかもしれない」
「「「………」」」
先生方は難しい顔をしています。私たちはサイオンに目覚めて二年しか経たないヒヨコですから実感があまりないのですけど、長老の先生方は会長さんと一緒に長い年月を過ごしてきた人たち。普通の人との間で摩擦が起こらないよう、あれこれ考えてシャングリラ学園を創設したり、万一の時の逃げ場所としてシャングリラ号を建造したり…。サイオンをお気楽に不思議パワーとは呼べないのかもしれません。
「そんな渋い顔をしなくってもさ。いいじゃないか、ぶるぅの力は今やすっかり名物だよ? ぶるぅの部屋が明るみに出たのも一つのチャンスだと思うんだ。あんな立派な部屋をまるっと隠す力があります、凄いんです…ってアピールするには最高だってば」
「…そうなのかのう? 言われてみればそうかもしれんが…」
心配じゃわい、とゼル先生。
「ぶるぅの力だけで一般人が納得すればいいんじゃが…。わしらの方にまで目を向けられたら後々マズイことにならんか?」
「問題ないだろ、長寿で知られてるんだから。それを目当ての求人も来るし、長寿に加えて不思議パワーも持ってるとなれば今より価値が増すかもしれない。…まあ、今回はそこまでバラすつもりはないけどね。とりあえず、ぶるぅの部屋の存在が噂になってしまっているのをキッパリ片付けておきたいだけさ」
「ふむ…。ぶるぅの部屋に興味を持つ子は多いようだね」
気になってはいた、とヒルマン先生が応じました。
「学園祭の期間限定か…。公開するのも一つの解決策かもしれない。下手に隠して騒がれるより、学園祭の限定イベントで表に出してしまった方がそういう部屋もあるということで噂の方も落ち着くかも…」
「あたしもヒルマンに賛成だ。ぶるぅの部屋は一回くらい見せといた方がいいんだよ。特別生が年を取らないのだって受け入れてくれる生徒たちだし、この際、パーッといこうじゃないか」
ブラウ先生は乗り気のようです。
「ハーレイ、あんたはどっちなんだい? 賛成なのか反対なのか、ハッキリおしよ。今の所は賛成二人に反対二人だ、あんたの意見で流れが決まる。…もっとも議題が議題だからね、全員の意見が一致するまで結論は出しちゃダメなんだけどさ」
「「「???」」」
あれ? 多数決ではないんですか? 長老会議ってよく分かりません。私たちの顔に出ていた疑問にエラ先生が。
「覚えておくといいですよ。長老会議がどういうものかはブルーに聞いてきたでしょうけど、特に重要な事項については全員の意見が同じになるまで討議することになっています。…今回のケースはそれですね」
「そういうわけじゃ。これは継続審議じゃな…。それはともかく」
ゼル先生が教頭先生をジロリと眺めて。
「お前の意見はどうなんじゃ? ブルーにベタ惚れのお前といえども流石に私情は挟めんじゃろう。…どっちなんじゃ?」
「…私情抜きでも…ここは公開すべきかと…。キースのバーストで壊れた部屋の写真が校内に出回っている。ぶるぅの部屋が存在することはもう隠せない。ブルーが公開する道を選んだのなら、後のフォローもする筈だ。…そうだな、ブルー?」
いつもより少し厳しい表情の教頭先生に会長さんは。
「分かってくれているじゃないか。…今回の公開で何か問題が起こるようなら責任を持って対処する。生徒会長としても、ソルジャーとしても」
約束するよ、と誓った会長さんに先生方は額を集めて少し相談していましたが…。
「では、全員の意見が合うまで継続審議とさせて貰おう」
ヒルマン先生が言いました。
「数日中には結論を出す。…公開が認められない場合は他の活動をすると言うなら、そっちも検討しておきなさい。そうそう、去年のファッション・ショーはウケたようだね。あれもサイオンを使っていたが、ああいうアピールは大歓迎だ」
応援する会を名乗るからには不思議パワーを大いに活用するように、と激励された私たち。お部屋の公開が没になったら演劇になってしまうんでしょうか? 長老会議の結果が出るまで暫く待つしかなさそうです…。
「ブルー、お前というヤツは…。いきなり長老会議だと言うから何かと思えば…」
教頭先生が眉間の皺を揉んでいるのは教頭室。シャングリラ号のキャプテンとして仲間の間ではソルジャーに次ぐ地位についている教頭先生、今回の件は寝耳に水の提案だったようでした。
「学園祭に絡むと聞いたし、去年よりも派手なマジック・ショーか何かなのだと思ったのだが…。瞬間移動をやりまくるとか、その程度かと…」
「気にしない、気にしない。ぶるぅの部屋を公開するのも瞬間移動もレベルはさして変わらないよ。普通の人の目から見たなら、どっちも不思議なんだから」
細かいことさ、と微笑んでいる会長さん。それはそうかもしれません。存在するのに見えないお部屋も瞬間移動も、サイオンを持たない人からすれば不思議だとしか表現しようがないわけで…。
「長老会議でいい結論を出してくれるのを祈ってる。頭が固い連中ばかりじゃソルジャーも肩が凝るからね。…麻雀大会でリフレッシュして今の時代に相応しい答えを出して欲しいな。シャングリラ号は一度も出番が来ていないんだし、きっとこれからも平和だと思う。…平和どころじゃない別の世界をハーレイは知っているだろう?」
会長さんが言っているのはソルジャーの世界のことでした。SD体制が敷かれた恐ろしい世界。ああいう世界にならないように会長さんも日々考えているのでしょう。普通の人と私たちの仲間との間に垣根が出来てしまわないよう、少しずつ理解を得ていこうと…。
「大丈夫だよ、ハーレイ。ぶるぅの部屋の公開はきっと上手くいく。…そうそう、長老会議を招集してくれたし、約束のお礼を渡さないとね。はい、どうぞ。ツキまくり間違いなしの御利益アイテム」
「ありがたい。…ぶるぅの手形か」
これで勝てるぞ、と教頭先生は手渡された封筒を開けました。会長さんが宙に取り出したヤツなんですけど、中身を目にした教頭先生、みるみる耳まで真っ赤になって…。
「な、な、な……」
「いいだろ、それ? ノルディの家から失敬してきた。ぼくじゃなくってブルーだから…って、聞こえてないか…」
教頭先生の鼻からツーッと鼻血が流れています。そのままドターン! と仰向けに倒れ、身体の上にヒラヒラと舞い落ちたのは一枚の写真。バニーガールの格好をして悩殺的なポーズを取った会長さんそっくりのソルジャーがそこに写っていました。
「…おい…。あんた、知っててやってるだろう? どこが御利益アイテムなんだ!」
キース君の非難めいた視線に、会長さんはクスッと笑って。
「ハーレイは毎晩夢見てるのさ、ぼくにあの格好をさせたいとね。…一目見られたらラッキーだ、とも思ってる。だったら写真をゲット出来たら万々歳だろ、もうツキまくりのラッキーデーに間違いないって」
「…ツキを呼ぶ前に落ちたんじゃないか? なけなしのツキが」
「そうかな? ラッキーデーに落ちるようなツキじゃ、最初からツキは無いんだよ。…この写真はぼくの写真じゃないから、どう使われても平気だし…ハーレイにプレゼントしておくさ。こうやって…と」
教頭先生の机の目立つ所に写真を置いている会長さん。
「これで奮起して麻雀に勝つか、ボロボロに負けて大泣きするか…。どっちにしても鼻血レベルの写真ゲットだ、今夜はいい夢が見られるさ。いい夢ついでにぼくたちの夢も叶えて欲しいね、学園祭の」
目指せ、ぶるぅの部屋の公開! と会長さんは燃えていました。教頭先生、今夜の麻雀、勝てるでしょうか? いえ、ボロ負けに負けて下さった方がゼル先生とエラ先生の御機嫌が良くなって長老会議の審査がちょっと甘めになるかも…。会長さん、そこまで考えての写真プレゼントなら凄いですけど、どうなるのかなぁ、学園祭…。
男子全員にバニーちゃんの格好をさせてコンテストだなどと恐ろしい話を始めたドクターとソルジャーは大乗り気でした。衣装を誂えるのに必要なデータはドクターの手元にあるのだそうです。シャングリラ学園特別生の健康診断の結果はドクターに届けられる決まりだとか…。
「皆さん、いずれは私の所で健康診断を受けることになるわけですから、データは早めに揃えておくのがいいのですよ。…キースのサイオン・バーストのような不測の事態も起こり得ますし」
特に今回はいいデータが…とドクターはパソコンのキーを叩いて。
「まりぃが素晴らしい仕事をしましたからね。細かいデータが入っています。これで身体にぴったりフィットするバニーちゃんの衣装が作れますよ」
「「「………」」」
まりぃ先生のデータというのは水泳大会の人魚リレーで使用するためにセクハラまがいのことをしてまでキッチリ測った男子のサイズ。それを転用されるとは…。全員の顔が青ざめる中、ドクターはニヤニヤ笑っています。
「どうです、バニーちゃんコンテストは? キースの診断結果が出てくる三日後に実施しましょうか? 皆さんお揃いでお越しでしょうし、何か賞品も用意して…」
「断る!」
遮ったのは会長さんの声でした。
「…ぼくが割り込めないと思って話をどんどん大きくしちゃって…。帰るよ、ぶるぅ!」
正気を取り戻した会長さんの決断は早く、青いサイオンが迸りかけるのをソルジャーがパシッと素早く封じてドクターの肩をポンと叩くと。
「ほら、早くしないと逃げられちゃうよ? 君には切り札があると思うんだけどな、コンテストを実施するための」
思念で密談を始めた二人でしたが、ドクターが大きく頷いて。
「なるほど、流石ソルジャーともなると状況を読むのに長けておられる。…これは最高の切り札ですよ。ブルー、あなたも文句は言えないでしょう」
「なんだって?」
不快そうな会長さんに、エロドクターは淡々と。
「私に逆らうと何が起こるかという話です。今回の健康診断の結果がキースの未来を左右するとか…。私がドクター・ストップをかければ道場とやらに入れない。この道場で修行を終えた後でなければ、住職の位を得るのに必須とされる道場入りの許可が下りないそうですね」
「どうして君がそんなことを…」
言葉に詰まる会長さん。キース君の修行に関する細かい規定をエロドクターが知っていたとは驚きです。学校側が説明したなら仕方ないとも思えるのですが、会長さんの表情からしてその可能性はなさそうで…。ドクターはソルジャーと視線を交わして得意げな笑みを浮かべました。
「先ほど教えて貰ったのですよ、こちらのブルーは色々ご存じですからね。…で、どうします? 道場入りは認められないと診断書を提出しましょうか? さっき診察した感じから言えば問題なさそうでしたけれども」
「……そんな……」
無茶な、と叫んだのはキース君でした。
「やめてくれ! ここで道場に入れなかったら俺の未来はどうなるんだ!」
「おや。まだ挽回のチャンスはあると聞きましたがねえ…。来年の春にも修行道場があるのでしょう? そちらの方でも中身は同じじゃないですか。…もっとも今回がドクター・ストップとなれば、次回も事前に健康診断が必要ですがね」
「その時も妨害するっていうのか?」
「さあ、どうでしょう?」
キース君のカルテをこれ見よがしに捲るドクター。なんとも怪しい雲行きです。でも…。確かデータを改竄すれば懲戒処分と聞いたような…?
「ノルディ」
会長さんが厳しい声音で割って入りました。
「データの改竄は認められない。故意にドクター・ストップをかければ懲戒処分だ。…ぼくの主治医の座を失いたいのか? ぼくはその方が嬉しいが」
「おや、心配して下さるのですか?」
感激です、と喜色満面のエロドクター。
「私はヘマはしませんよ。バレる心配はありませんとも、最強の味方がついてますから。…そうでしょう、ブルー?」
「もちろん」
応じたのは無論、ソルジャーでした。
「データ改竄ならお手の物さ。こっちの世界のシステムなんてチョロイものだし、書き換えたデータを元に戻すのはブルーの腕では無理だしね。…つまりノルディの要求に応じなければキースの未来が閉ざされるわけ」
さあ、どうする? と微笑むソルジャー。その隣ではエロドクターが好色そうな目でキース君たちを見ています。バニーちゃんコンテストを承諾するか、拒否してキース君の未来を閉ざすか。改めて相談するまでもなく答えは最初から決まっていました。…キース君を見捨てられるわけがないのですから。
「大変な事になっちゃった…」
会長さんが呟いたのはアルテメシア公園に近いマンションの最上階でした。エロドクターの診療所から会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の力で瞬間移動してきたのです。バニーちゃんコンテストは三日後に実施と決まってしまい、覆す術はありません。
「すまん、何もかも俺のせいなんだ」
キース君はひたすら謝り、ジョミー君たちは三日後の自分を想像したくない模様。なんと言ってもバニーちゃんです。
「…キースだけだと思ったのになあ…」
あんな格好、とジョミー君が言い、サム君が。
「だよなぁ…。俺なんかお笑い要員決定なんだぜ? まあ似合うわけないけどな」
「でもキース先輩を助けるためです。見た目の方は諦めないと」
誰がやってもお笑いです、とシロエ君。
「それに相手はドクターですよ? コンテスト当日に逃げたりしたらキース先輩のデータを改竄した上、次のチャンスの春の道場ではもっと無茶苦茶な要求をするに決まっています」
そうでした。ドクター・ストップを一度かけたら二度目も簡単、その撤回の見返りとして突き付けるモノもエスカレートするのは明らかで…。
「いいですか? 会長の時はデートなんて利子がついたんです。キース先輩みたいに人生がかかっているとなったら、いったい何を言い出すか…。バニーちゃんで手を打ちましょう」
それが一番賢明です、とシロエ君。会長さんの利子というのはエロドクターに一晩付き合わされるのを延ばし延ばしにしていた末に強制されたデートでした。私たちが派手に妨害しちゃいましたし、コンテストにはそれの恨みも混じっているかも…。
「諸悪の根源はぼくってことになるのかな?」
会長さんが深い溜息をつきました。
「最初にキースをバニーちゃんにしたのはぼくだし、ノルディがキースに悪戯したのも日頃の恨みを返すためかもしれないし…。みんなもノルディの恨みを買っているよね、ぼくのせいで」
「そんなこと!」
即座に否定したのはサム君。
「俺たちがブルーを守ってきたから仕返しにコンテストを持ち出したって? それはドクターの逆恨みだろ、ブルーに責任があるわけねえよ! なあ、みんな?」
「うん。…あの格好には責任あるかもしれないけどさ」
ドクターにヒントを与えちゃったし、とジョミー君が応じます。
「キースがさっき着せられたアレ、ブルーが用意してたんだよね? あ、ブルーってブルーのことじゃなくって、あっちの方の…。ブルーそっくりの」
「そっくりのぼくがどうしたって?」
「「「うわっ!!!」」」
いきなり現れた会長さんのそっくりさんに全員がウッと仰け反りました。ソルジャーは悠々とリビングを横切り、ソファにストンと腰掛けると。
「ノルディの伝言を伝えに来たよ。コンテストで一位を取った人にはトロフィーの授与と副賞だってさ」
「…トロフィーだと?」
機嫌の悪さを隠そうともせずソルジャーを睨むキース君。
「あんたがドクターに余計なことを吹き込んだせいで大惨事になってしまったんだぞ? 伝言どころじゃないだろうが!」
「そうかな? トロフィーはとても大事じゃないかと思うんだけど…。副賞もね。ついでに言えば、ぼくも一枚噛むことになった。誰が一位を手にするのかな?」
「「「えぇっ!?」」」
誰もがビックリ仰天でした。ソルジャーが一枚噛むってことは出場するって意味ですよね? コンテストの主催者が会長さんに惚れ込んでいるドクターなだけに、瓜二つのソルジャーが出場すれば一位は当然ソルジャーの手に…。
「…ふふ、やっぱりぼくが一位だと思う? ちなみに副賞はキースの未来。検査結果を決める権利が一位の人についてくるのさ。そしてトロフィーはノルディの人形」
「「「人形?」」」
「そう、ジルナイトの人形だよ。ブルーとぶるぅが徹夜で探してた人形だけど、今はシャングリラの青の間にある。…もちろんぼくの世界の方の」
楽しみだねえ、とソルジャーは唇に笑みを浮かべて。
「君たちが騒いでる間にぼくのシャングリラに飛ばしたんだ。元々ぼくが作ったヤツだし、ぼくが貰っても問題ないだろ? ブルーは全然使っていないし、ぼくが活用しようかと…。こっちのノルディは積極的で素敵だよね」
さっきもたっぷり口説かれちゃった、と熱い吐息を零すソルジャー。こんな人が一位を取ってドクター人形をゲットしちゃったり、キース君の未来を握ったりしたら大変なことになるのでは…? と、バンッ! とテーブルに両手をついて会長さんが立ち上がりました。
「ぼくが出る!!!」
「「「え?」」」
「そのコンテスト、ぼくが出る! ブルーを一位にさせるわけにはいかないし!」
「…なるほどね。取り消しはもう効かないよ?」
念を押すソルジャーに会長さんはキッと柳眉を吊り上げ、強い口調で。
「出ると言ったら絶対に出る! ノルディの人形もキースの未来も君なんかには渡さない!」
「了解。それじゃノルディに伝えておくよ、例の衣装をブルーの分も用意して…ってね。三日後にノルディの所で会おう」
またね、と言ったソルジャーは制服からソルジャーの正装にパッと着替えてドクターの家へ。あの服装に戻ったからには自分の世界へ帰るのでしょうが、コンテストはどうなってしまうのでしょう? ソルジャーと会長さんのトップ争いだなんて予想外ですよ~!
あれよあれよと言う間に決まってしまったコンテスト。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が徹夜明けだったということもあって、その日はソルジャーが帰った直後に解散となってしまいました。翌日はそれが悪夢でなかったことの確認で終わり、次の日はもう金曜日。コンテストが明日に迫っています。
「あと一日でバニーちゃんかぁ…」
どうなるんだろ、とジョミー君が呟き、キース君が。
「こんなことになって本当にすまん。おまけにブルーまで巻き込んじまって…。サイオニック・ドリームの恩があるのに、恩返しどころか大変なことに…」
「いいんだよ、キース」
出場はぼくが決めたんだから、と会長さんが微笑みました。
「明日のコンテストには君の未来がかかっているんだ。ぼくもエントリーしているけれど、理想は君が一位を取ること。そうすれば君が自分自身で自分の未来を決められる」
「…それはそうだが…。無理なんじゃないか? なんと言ってもアイツが出るしな」
「まあね。ブルーはノルディの扱いを心得ているし、強敵なのは間違いない。だからぼくが出場するのさ、君の未来も守れないようじゃ銀青の名が泣くだろう? …バニーちゃんの格好をした銀青なんて朋輩には絶対見せられないけど」
高僧の権威が地に落ちる、と苦笑しながらも会長さんは戦い抜く気でいるようです。会長さんがその気になればウインク一つでソルジャーを蹴落とし、見事一位を勝ち取れそう。ただ、問題はコンテストの実施方法で…。
「多分、ファッションショー形式でやるんじゃないかと思うんだけどね」
簡単だから、とは会長さんの読み。
「あの格好で診療所の待合室あたりを往復させて、ノルディが適当に採点する。見た目の評価か、立ち居振る舞いも含まれるのかは知らないけれど…どうせ好みが優先さ。ブルーがどんな手を使っても、ノルディの嗜好が入ってくればぼくには勝てる筈もない。…忌々しいけど、ノルディの好みはぼくの方」
ブルーはちょっと違うらしい、と肩を竦める会長さん。
「…なんだったかな、初々しさに欠けると言ってたかな? 恥じらいがないのが欠点らしいよ、デートした時に聞かされた。ぼくそっくりなのは評価するけど、中身が違うのは頂けない…って」
「そうかもな」
キース君が相槌を打ちました。
「確かにあいつは恥じらいがない。…ストリップだってやりかねないぞ、コンテストで」
「「「………」」」
えっと。それはちょっと遠慮したいです。コンテストなら正々堂々、バニーちゃん姿を競ってこそ。もっとも形式が分かりませんし、技術点だか芸術点だかが加算されるならストリップの披露もアリかもですが…。
「たとえブルーが脱いだとしても勝ってみせるよ、脱がずにね。…ノルディの本命はぼくなんだから、あの格好をしたってだけで高得点は間違いないんだ。恥ずかしいなんて言ってられない」
だから君たちも頑張って、と会長さんにエールを送られ、ジョミー君たちもやっと気合が入ったようです。キース君の未来のために身体を張るのも友情だ、とガッチリ手に手を重ねていますが、運命の日まで残り一日。キース君の健康診断が妙な方向に行っていること、検査を指示した先生方は全く知らないままなんでしょうね…。
そして土曜日。エロドクターが指定した時間は午後でした。私たちは会長さんのマンションで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ってくれた豪華な昼食…ではなく、ヘルシーな美容薬膳料理。
「かみお~ん♪ もち米と雛鶏のサムゲタンだよ、美肌効果があるっていうし! ホントはハーレイのエステの方がいいんだろうけど、ブルーが呼んじゃダメだって…。なんで?」
首を傾げる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。コンテスト前に磨きをかけねば、と子供なりに考えたみたいです。けれど教頭先生のエステは今回はちょっと不向きなわけで…。
「これだけの人数がエステというのは怪しいじゃないか」
キース君が説明役を買って出ました。
「おまけにエステなんか興味無さそうな面子が揃ってるんだぜ? 教頭先生が不思議に思わないわけがない。コンテストのことがバレたら大変なんだぞ」
「えっ、どうして?」
「なんと言えばいいのかな…。ブルーが困るのは確かだな。…教頭先生がコンテストのことを知ったら、絶対、見たがるに決まってる。ブルーが出場しないんだったら興味は全く持たないだろうが、要するに、まあ…大人の世界の事情ってことだ」
「そうなんだ…。ハーレイ、いつもブルーに色々夢を見ているもんね」
納得したらしい「そるじゃぁ・ぶるぅ」はもうエステとは言いませんでした。代わりに教頭先生が出張エステ用に置いているというマッサージオイルやパックなんかをせっせと勧め始めましたが、そこまでする人がいる筈もなく…。
「行こうか、そろそろ時間だから」
会長さんの声を合図に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が力を合わせ、私たちは一気に瞬間移動。青い光に包まれて飛んだ先ではエロドクターが待っていました。
「ようこそ、時間どおりですね。それでは早速、こちらで着替えを…」
呼び出された場所は診療所でしたが、ドクターは自宅の方へと案内します。通されたのは立派な広間で、そこには紫のマントのソルジャーが…。
「やあ、来たね。コンテスト会場へようこそ。着替えはあっちに用意してあるよ」
ちゃんと名札が添えてあるから、と奥の扉を指差すソルジャー。
「あ、ぶるぅと女の子たちはここで待とうね。…さあ、早く」
「…君は?」
促すだけで動こうとしないソルジャーに向かって会長さんが尋ねました。
「いいんだよ、ぼくは。…審査員だし」
「「「審査員!?」」」
なんですか、それは? 出場者兼審査員なんてアリですか? これはとってもヤバイかもです。会長さんが頑張ったって不正をされては勝てません。キース君の未来は真っ暗かも…。ソルジャーはクスクスと笑い、エロドクターと目配せをして。
「ぼくもコンテストに一枚噛むとは言ったけれども、出場するとは言わなかったよ? 君が勝手に勘違いして勝手に出るって決めたんだろう? だから衣装を用意した。さっさと着替えて一位を目指してくれたまえ。…ねえ、ノルディ?」
「ええ、私も実に楽しみですよ。ハーレイがヘタレ直しをしたくなるほど魅惑的な姿なのでしょう? 私は妄想の世界から出てこられないハーレイなどとは違います。この目で拝んで是非とも一位を差し上げたい。…例の人形は脅威なのですが、トロフィーにしても後悔しません」
会長さんは硬直していました。ソルジャーに騙されてバニーちゃんコンテストに出場だなんて悲劇です。けれど出場しなかったなら一位はソルジャーに掻っ攫われて…って、何か変? ソルジャーは出場しないと言っていました。一位が取れるのは出場者だけじゃないのでしょうか?
「……ブルー……」
我に返ったらしい会長さんが地を這うように低い声で。
「…ぼくが着替える必要なんかは全くないと思うんだけど? 君が出ないならキースたちだけで競えばいいし、誰が一位になったとしてもキースの未来は安泰なんじゃあ…?」
「……ばれちゃったか」
「ばれましたか…」
残念です、と悔しそうな顔のエロドクター。
「…あわよくばと思っていたのですがねえ…。如何です、ブルー? 衣装は用意してあるのですし、コンテストはともかく着てみるだけでも」
「遠慮する!」
会長さんはバッサリ切り捨て、ジョミー君たちに。
「…どうやらそういうわけらしい。ブルーはコンテストに出てこないから、ぼくが出て行く必要も無い。一位は君たちで競いたまえ。あ、出来ればキースに花を持たせてやるのがいいね」
さあ早く、と背中を叩かれたジョミー君たちは奥の部屋へ入って行きました。閉まった扉が開いた時がコンテストの始まりになるのでしょうか? 会長さんはボディーガードだったサム君の代わりにスウェナちゃんと私を両脇に立たせ、しっかりと手を握っています。「両手に花だよ」と微笑んでますけど、明らかにドクター除けですよね…。
バニーちゃんになったジョミー君たちが登場したのは暫く経ってからでした。お揃いの白いウサギの耳と尻尾に黒いレオタード、蝶ネクタイ。足にはもちろんハイヒールです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋のお披露目でキース君がやった時には爆笑しちゃった姿ですけど、今の私とスウェナちゃんには笑う余裕などありません。
「ほほう…。素晴らしいではありませんか」
エロドクターがゴクリと唾を飲み込みました。
「まりぃの採寸は流石ですね。身体のラインが綺麗に出て…。さて、誰が一番美味でしょう?」
「食べられないよ? 鑑賞用って言っただろう」
釘を刺したのはソルジャーでした。
「万年十八歳未満お断りの団体様だし、食べるの厳禁。でも鑑賞だけなら問題ないからコンテスト開催といこうじゃないか」
「そうでしたね。では、皆さんにはホストとしての腕を競って頂きましょうか。そちらのテーブルに飲み物とグラスが置いてあります。審査員に如何に上手に勧めるか…。満足のゆくサービスを受けたと思った場合は胸にチップを挟みますから」
これですよ、と模造紙幣を示すドクター。
「私とブルーが審査員です。コンテストは今から一時間。チップを一番多く貰った人が勝者なのですが、苦情は一切お断りですよ。不快そうな顔や苦情はペナルティーとしてカウントします。ペナルティーは一回につきチップ一枚分ですからね」
「今のでルールは分かったよね? コンテスト開始!」
ソルジャーの号令でコンテストが始まり、会長さんは私たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れて壁際の椅子に避難しました。エロドクターがやって来るのを恐れて取った行動ですが、そのドクターはソルジャーを傍らに置いてご満悦。ソルジャーの正装をしている辺りがそそられるのかもしれません。
「どうです、ブルー? キースは実に手慣れてますねえ」
「そりゃそうだろう、経験者だよ? 丸一日もホストをしたんだ、スマイルも板についてるさ」
チップをはずんであげなくちゃ、と胸元に紙幣を押し込むソルジャー。エロドクターもチップを挟み込みながら、ソルジャーに。
「…この様子ではキースの一人勝ちですね。他のウサギも可愛いのですが、全く寄って来ませんし…。ところでハーレイのヘタレ直しについてお尋ねしたい。修行を始めたというのは本当ですか?」
「まだこだわっているのかい? 仮に修行をしていたとしても、あのハーレイがブルーをモノに出来るとでも? ぼくの見立てじゃ君に大いに分があるよ。経験値が違い過ぎるから。…おっと、ありがとう、キース」
キース君が差し出したグラスを受け取ったソルジャーが再びチップ。エロドクターはキース君の尻尾を触ってみたりお尻を撫でたりしていますけど、キース君は忍の一字で耐えていました。こんな調子でコンテストは過ぎ、一位は当然キース君で…。
「キースに花を持たせすぎだよ。…いいけどね、セクハラは全員苦手ってことで」
ソルジャーが軽く溜息をついて元の服に戻ったキース君たちを見渡しました。
「でもさ、ブルーが出てたらどうなったかな? あるいはぼくが出場するとか…。こんな風にさ」
青い光がソルジャーを包み、次の瞬間、そこにいたのはバニーちゃん。白いウサギ耳に黒のレオタード、ハイヒールを履いたソルジャーは…。
「うん、思った通りぴったりだ。ブルーとサイズが同じだもんね、ありがたく貰って行くことにしよう」
「お待ち下さい! その前に撮影会のお約束が」
このウサギどもは放っておいて、とドクターが鼻の下を伸ばしています。もしかして会長さんサイズのバニーちゃん服が作られたのは…あわよくばとか聞こえましたし、最初からソルジャー用のヤツだったとか…?
「そうなんだよね」
誰の思考が零れていたのか、ドクターと一緒に立ち去りかけていたソルジャーがこちらを振り向きました。
「この服、ぼくには似合いそうにないと思っていたし、別に欲しくもなかったけどさ。…あれから色々考えたんだ。最近ちょっとマンネリ気味で…。そういう時には気分転換!」
「「「気分転換?」」」
「うん。ハーレイにサービスしようかな、って。スマイルもいいけど、まずは写真のモデルをしながらノルディにアドバイスをして貰おうかと」
ちょ、ちょっと…。写真撮影はともかくとして、キース君の健康診断は? 例のドクター人形は? 固まっている私たちの中からキース君がダッと飛び出して。
「おいっ、俺の健康診断の結果はどうなった! それとトロフィーをさっさと寄越せ!」
流石はキース君、自分の未来がかかっているだけに立ち直るのも早かったようです。ドクターとソルジャーは顔を見合わせてククッと笑うと…。
「あなたの健康診断ですか? 努力に免じて異常なしと報告しておきますとも、本当に異常は無かったですしね。それに身体も魅力的でした。…いつか万年十八歳未満を返上なさる時が来たなら、ぜひお手合わせ願いたい」
「人形だったらブルーの家の元あった場所に返しといたよ。ブルーは来年の健康診断の日まで在り処を忘れる仕組みらしいし、コッソリ借りても分からないよね。…ノルディ、その内にぼくと人形遊びをしないかい?」
ハーレイじゃノリが悪くって、と誘いをかけるソルジャーの肩をドクターがしっかり抱き寄せました。
「人形遊びとは素敵ですね。期待してお待ちしておりますよ。…では撮影に参りましょうか」
その靴で踏んで下さると嬉しいのですが、と変態じみたことを囁きながらエロドクターはソルジャーを連れて奥へと消えてゆきます。呆然と見送る私たちの沈黙をブチ破ったのはキース君でした。
「この野郎、よくも馬鹿にしてくれやがったな! 今日のコンテストと俺へのセクハラ、きっちりツケにしておいてやる! 来年のブルーの健康診断は…」
キース君がそこまで叫んだ時。
『おっと、忘れ物。君たち全員にプレゼントだってさ、ノルディから』
ソルジャーの思念と共に青い光がパァッと走り、男の子たちの頭にチョンと乗っかるウサギ耳。いえ、それだけではありません。服の方までバニーちゃんに…って、みんなの服は? 元の服は?
『ブルーの家に届けておいたよ、だけど瞬間移動は禁止。自分の足で歩いて走って、服を取り戻しに行きたまえ。他人の目には元の服を着ているように見せかけておいてあげるから』
ブルーの得意技だよね、と一方的に伝え終わると思念は途切れ、追いかけようとした会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」もシールドに阻まれ、ソルジャーとエロドクターは撮影会を始めた模様。えっと…ジョミー君にキース君、マツカ君、シロエ君、それにサム君。五人のバニーちゃんと連れ立って歩いて会長さんの家まで行けと? あ、タクシーって手もあるか…。
「うわっ、財布がないっ!」
ポケットを探った会長さんが悲鳴を上げて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ぼくもお財布持ってないよう…。家にサイオンが届かないんだけど、みゆとスウェナは財布、持ってる?」
「「………」」
私たちの財布も消えていました。何処へ、と聞くまでもありません。五人のバニーちゃんと一緒に会長さんの家まで歩くんですか…。なんとも泣ける光景ですけど諦めるしかないでしょう。悄然とドクターの家の門を出てきた所でソルジャーの思念が届きました。
『そういう時は歌うといいよ、気分が明るくなるからさ。キースの未来も開けたことだし、景気よく歌とスキップだよね』
そんな間抜けな行列なんて! と思いましたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」を忘れていました。無邪気な子供は歌も大好き。「ウサギのダンス~♪」と元気に歌って跳ねてゆきます。サイオニック・ドリーム、まさか解けたりしないでしょうね? キース君の前途を祝するウサギの行列、無事にお家に着けますように…。ソルジャー、キース君たちを陥れてまで念願の衣装を手に入れたんなら、きちんとフォローをお願いします~!
昨夜からエロドクターの家に来ていたというソルジャーの唇には楽しげな笑みが乗っていました。何を企んでいるのか分かりませんが、ドクター人形を隠蔽していた事実からするにロクなことではなさそうです。会長さんの青いサイオンが光り、そこへ青い光がぶつかって…。
「おっと。取り戻されちゃ困るんだよね」
大人しくしてて、とソルジャーが会長さんを窘めます。
「あの人形は諦めたまえ。うかつな真似はしない方がいいよ、ノルディは苦手なんだろう?」
「苦手だからアレが要るんじゃないか! なのに隠したり飛ばしちゃったり、妨害ばかりするなんて!」
「…そんなにカリカリしなくても…。変な事はされてないくせに」
ソルジャーの指摘にウッと息を飲む会長さん。今日のドクターは職務に忠実なお医者さんです。セクハラも何もしてませんけど、それがある意味、不安なような…。おまけにソルジャーがいるのですから。
「三十六計、逃げるに如かず…か」
会長さんが呟きました。
「帰ろう、こんな所に長居は無用だ。次は三日後でいいんだよね?」
「そうなりますね」
鷹揚に返すエロドクター。
「土曜日ですが、特別に空けておきますよ。月曜日までお待たせしては申し訳ない。他ならぬソルジャーのご友人ですし」
「話が早くて嬉しいよ。それじゃキースは連れて帰るから」
行くよ、と踵を返そうとした会長さんの足がピタリと止まって…。
「…あれ? キースは?」
「まだみたい」
更衣室から出てきてないよ、とジョミー君が扉を指差します。何を手間取っているんでしょうか? 制服に着替えるだけなのに…。私たちが首を傾げた所で更衣室の扉がバァン! と開き、飛び出してきたのはキース君。
「「「!!?」」」
キース君は検査服のままでした。ツカツカとソルジャーに近付いて行くと、眼光鋭く睨み付けて。
「おい、俺の制服を何処へ隠した!?」
「なんのことだい? おっと、まずは挨拶しなくっちゃね」
こんにちは、と差し出された手をキース君は不愉快そうに握り返すと…。
「挨拶はちゃんと済ませたぞ。だから制服を返してくれ」
「…藪から棒に言われてもねえ…。君の制服がどうしたのさ? ブルーの制服なら此処にあるけど」
ぼくが着てるし、とソルジャーは襟元を引っ張っています。サイズがぴったり同じなだけに似合っていますが、ソルジャーが着る時は校章を外すのがお約束。キース君もそれで見分けていたのか、雰囲気で見分けがついたのか…。この場合、多分、後者ですよね。ソルジャーは余裕たっぷりですし、会長さんはピリピリしてますし…。
「しらばっくれるな!」
キース君は声を荒げました。
「俺が検査を受けてる間に制服が消えていたんだぞ? どうなったのかと焦っていたら外の騒ぎが聞こえてきたんだ。あんたが此処に出てきたってことは制服も絶対あんたの仕業に決まっている!」
「ふーん…。流石キースは頭が切れるね」
パチパチパチと拍手してからソルジャーはキース君に微笑みかけて。
「素晴らしい頭脳に敬意を表して、ぼくが姿を現してからの情報を全部教えてあげよう。ブルーはそこまで冷静になれないみたいだし…。はい、こんな感じ」
キラッと青いサイオンが走り、瞬時に引き攣るキース君の顔。
「ちょっと待て!」
「ん? 何か足りない所でもあった?」
「違う!!」
アイスブルーの瞳に激しい焔が燃えていました。
「あんた、俺に恨みがあるっていうのか!? エロドクターと結託して何をやらかすつもりなんだ!」
「人聞きの悪い…。今日は君の日だって言っただけだよ、単にそれだけ」
「素材がどうとか言ってただろうが!!!」
「…まあね」
ソルジャーはクスッと小さく笑って。
「たまには趣向を変えてみるのもいいかと思って、今日は君の日。…君の制服は戻しておいたし、ちゃんと着替えてそれから話そう」
ゆっくりとね…、とキース君の背中を押して更衣室へと促すソルジャー。キース君は渋々戻って行って扉がパタンと閉まります。制服を隠すだなんて、悪戯の初歩の初歩ですが…ソルジャーは何をしたかったのかな?
更衣室の扉が再び開いたのはそれからキッチリ5秒後でした。
「貴様、いったい何のつもりだ!!!」
キース君の怒声をソルジャーは平然と受け止めて。
「返せと言ったのは君だよ、キース。制服、置いてあっただろう?」
「あれのどこが制服なんだ!?」
「えっ? 制服だと思っていたけどなぁ…。ブルーも前にそう言ってたし。まあ、どうしても嫌って言うなら他の服を用意してもいい。こっちの世界のハーレイみたいに他のみんなには見えるってヤツを」
いわゆる裸の王様ってヤツ、とソルジャーはウインクしてみせました。
「安心したまえ、きちんとフォローするからさ。…ひょっとしたらノルディはそっちが好み?」
「ほほう…。裸の王様ときましたか。それは確かにそそられますね」
ブルーでなくても味わい深い、と舌なめずりするエロドクター。
「そうだろ? 制服を着込んでいるように見えても実際は裸。君はそんなのも好きそうだしさ…。で、どうする、キース? ぼくが用意した制服を着るか、サイオニック・ドリームの制服を着てみるか。すぐに着替えてこないんだったら裸の王様が望みなんだと解釈するよ?」
「……貴様……」
ギリギリと奥歯を噛み締めるキース君。私たちも凍りついていました。ソルジャーが妙な衣装を用意したのは確かです。それを身につけるか裸の王様かの二択だなんて、キース君に起死回生のチャンスとかは…?
「キース。…助けは来ないからね。ブルーに期待してるんだったら無駄ってものだよ。ねえ、ブルー?」
ソルジャーが改めて言うまでもなく会長さんの顔には既に血の気がありません。前門のソルジャー、後門のドクター。この状況で下手に動けば自分の首が締まるのですから。そして残る一人のタイプ・ブルーは事態がサッパリ理解できないお子様、無邪気な「そるじゃぁ・ぶるぅ」でした。何が始まるのかとワクワクしている様子です。
「くそっ、足許を見やがって!」
覚えてろよ、と吐き捨てたキース君が更衣室に消え、ソルジャーが。
「初めて着るんじゃあるまいし…。あ、全部きちんと着るんだよ? 省略は許さないからね!」
「やかましい!!!」
キース君の怒鳴り声の後、更衣室はシンと静かになって…どのくらいの時間が経ったのでしょう? キイと扉が微かに軋み、そこから出てきたキース君は…。
「「「!!!」」」
自慢の長髪に乗っかっている白くて長いウサギ耳。首に蝶ネクタイ、足には黒いハイヒール…。これって…この格好って、バニーちゃんではありませんか! ドクターがゴクリと唾を飲み込みました。
「…素晴らしい…」
「ほらね、ぼくが言ってたとおりだろう? 素材がいいと映えるんだよ」
得意げにキース君を示すソルジャー。
「君が診察をしてた時にはどう見えた? 美味しそうだって思えたかい?」
「そうですねえ…。私も場数を踏んでますから、おおよその見当はつけられますが…。これはなかなか…」
食べでがありそうな逸品です、とエロドクターはキース君を上から下まで値踏みするようにじっくり眺め回して。
「まずは触診しませんと。健康診断の基本です」
「うわっ!」
腕を掴まれたキース君が振り払おうとするよりも早く、ドクターはカフスだけをつけた腕にツツーッと指を走らせました。
「ぎゃあっ!!!」
「ふむ。感度の方はイマイチですか…。こちらの方はどうでしょう?」
「うひゃぁっ!」
大きく背中が開いた衣装を利用し、首筋からツーッと腰のすぐ上までを撫で下ろされたキース君。全身に鳥肌を立てて固まってますが、いつもの勢いはいったい何処へ? 普段だったら即、反撃に転じていると思うのですけど…。
「もう動けないようですね。手加減はしたと思うのですが、感度が低いのに敏感なことで」
興味深い反応です、とウサギの尻尾がついた辺りを撫で回しているエロドクター。
「怒鳴られるかと思っていれば硬直ですか…。これは予想もしませんでしたね」
「彼は初めてじゃないからねえ」
のんびりとした声はソルジャーでした。ドクターの耳がピクリと動き、キース君のお尻を撫でながら。
「…なんですって? それは聞き捨てなりません。経験者となれば扱い方を変えないと…。先ほどからの様子を見る限りでは不愉快な過去しかないようですが」
「うん。少なくとも合意の上ではなかったし」
「ほほう…。柔道で鍛えたキース相手に無理やりだとは酔狂な…。さては先輩というヤツですか? 体育会にはありがちです」
「手っ取り早く言えばそんなとこかな」
ソルジャーの答えに私たちはビックリ仰天。さっきから変な展開になっているとは思ってましたが、キース君、いつの間にそんな過去持ちに? 同じ柔道部のマツカ君とシロエ君などは目が点です。そりゃそうでしょう、自分たちの所属する部で不祥事があったというのですから。エロドクターは一人で頷き、キース君の顎を持ち上げて。
「…そういうことなら私の出番になりますね。不幸な過去など綺麗さっぱり洗い流して差し上げますとも。…トラウマ持ちを仕込むというのは最高です」
「だよね?」
そそられるだろ、と売り込むソルジャー。
「しかもさ、キースの相手と言うのが君のライバルのハーレイなんだ」
「「「えぇっ!?」」」
エロドクターが息を飲むのと私たちの悲鳴は同時でした。まさか教頭先生が…。会長さん一筋三百年の童貞だとばかり思っていたのにキース君に手を付けたとは、教頭先生、ご乱心ですか? 会長さんはショックで眩暈を起こしたらしく、サム君が身体を支えています。
「何もそんなに驚かなくても…。みんなも目撃してたじゃないか、ほら、マツカの海の別荘でさ…。ぼくがハーレイのヘタレ直しの手伝いをしてて、仕上げにキースをちょっと使って」
「「「………」」」
それなら覚えがありました。会長さんのバニーちゃん姿を妄想していた教頭先生、ソルジャーに夢を操られた末にバニーちゃん姿のキース君を撫で回したとかで謝りまくってましたっけ。なんだ、そのことだったんですか! ソルジャーったら意地悪すぎです。けれどドクターは…。
「ヘタレ直し?」
キース君の身体を撫でるのをやめたドクターの瞳に不穏な光が。
「…その言葉には覚えがありますよ。あれは私が初めてあなたに会った頃です。ハーレイがあなたの世界に行って修行がどうこう…。懲りずに修行を始めたのですか、ハーレイが?」
あちゃ~。ソルジャーの余計な台詞はエロドクターの闘争本能と競争心に思い切り火を点け、更にガソリンを注いだようです。ヤバイなんてものじゃありません。キース君、これからどうなっちゃうの?
エロドクターはキース君をしっかり抱えて不敵な笑みを浮かべていました。キース君の方はといえば金縛りに遭ったように動けない上、助けを呼ぶことも出来ないらしく…。
「ハーレイがヘタレ直しを始めたとなれば、見過ごすわけにはいきませんね。…バニーちゃんな彼も魅力的ですが、ハーレイはブルーが本命の筈…。ヘタレ直しはブルーを口説いてモノにするための修行でしょう? そこでどうしてキースが出るのか…」
首を捻っているドクター。
「顔の造りは似ていませんねえ…。身体の方も似ているとはとても思えませんが、もう少し調べてみるとしますか」
あぁぁぁぁ。エロドクターはキース君の背中から胸から足に至るまで触診しまくり、キース君の顔はどんどん青ざめ、会長さんは寝不足と心労のダブルパンチでサム君にもたれかかっています。やばい、やばいですよ、どうすれば…。そうだ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に頼んでエロドクターをガツンと一発…!
「おっと」
暴力反対、と口にしたのはソルジャーでした。しまった、今の、読まれてましたか…。ソルジャーは目を丸くして見学中の「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を撫でて。
「分かるかな、ぶるぅ? これは健康診断だから。ノルディは色々と調べなくっちゃいけないんだよ。ああやって触るのは触診と言う。…ぶるぅも診察してもらうかい?」
「えっと…えっとね、ぼく、お医者さん、大嫌い…」
お薬も注射も嫌いだもん、と逃げ腰になる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。そこへドクターが猫なで声で。
「ぶるぅ、疲れていませんか? そういえばブルーも眠そうです。そんな時には栄養剤がよく効きますよ。注射1本で疲労回復、元気一杯。…打っておきましょうね」
次の瞬間、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はパッと姿を消していました。シールドを張って隠れているのか気配がまるで掴めません。
「ふふ、ノルディも隅に置けないね。ぶるぅは逃げてしまったようだ」
「あなたこそ。…ぶるぅの力は脅威なのですが、いないとなればこっちのもので…」
ソルジャーとエロドクターはフフフと笑い合いました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は会長さんのマンションに一目散に逃げ帰ってしまい、土鍋で震えているのだそうです。もうダメかも…。キース君、エロドクターに食べられちゃうかも~!
「…そこまでにしてくれませんか?」
声が微かに掠れてましたが、割り込んだのはシロエ君でした。
「キース先輩を離して下さい。もちろん制服も元に戻してもらいます」
「制服? これも制服なんだよ、君は知ってると思ったけどな」
平然と返してくるソルジャー。
「ぶるぅの部屋のお披露目パーティーをやっていた時、ブルーが確かにそう言った。キースがホストをしただろう? 大切なのはスマイルだとか何とか言って着せていたのがこれなんだけど?」
「「「………」」」
蘇ってくる笑いの記憶。まさか今頃こんな惨事が起こるだなんて思いもよらず、ただひたすらに笑い転げた夏休み。ソルジャーが覗き見していたことは知っていますが、なんでこういう方向に…。いえ、めげている場合じゃありません。ここはなんとか脱出を…! シロエ君、何か名案を~!
「…それも制服かもしれませんけど…」
シロエ君がハァと溜息をついて立ち直りました。行けっ、頑張れ、シロエ君!
「会長が制服だよって言っていたことは認めますけど、それとこれとは話が別です。…先輩の制服を返して下さい。ドクターにも離れて頂きましょうか。でないと人を呼びますよ」
「「人?」」
怪訝そうなソルジャーとエロドクター。シロエ君は携帯を取り出し、そんな二人に突き付けて…。
「言った通りにしてくれないなら発信ボタンを押すことにします。この番号はとある先生の携帯電話に繋がるんですが?」
「そう来ましたか。…助っ人というわけですね。どれどれ…」
表示された番号を覗き込んでいるエロドクターにソルジャーが。
「誰のだい? シロエの心は読めるけれども、それじゃスリルが全然ないし」
「スリルとはまた頼もしい。…この番号はゼルですよ。あなたのシャングリラでも見かけましたね、こちらの世界ではハーレイと同じで教師をしている機関長です」
「なんだ、ゼルか」
それは傑作、とソルジャーは笑い出しました。
「ぜひともお目にかかりたいね。ぼくはこっちじゃ世間が狭くて、ゼルとは一度も会ってない。いい機会だから紹介してよ。…パルテノンの夜の帝王で、おまけに過激なる爆撃手だろ? 誘惑し甲斐があるってものさ」
「「「誘惑?」」」
えっと。なんで話がそういう方に行きますか? そもそもソルジャーが誘惑したって、ゼル先生にその趣味は…。けれどソルジャーはチッチッと人差し指を左右に振ると。
「まだまだ甘いね、君たちは。…その趣味はないと言い張ってるのを引きずり落とすのがいいんじゃないか。それにゼルとぼくとがいい仲になればブルーのピンチが更に増す。ゼルの目標は生涯現役、その意地にかけてこっちのブルーも口説き落とそうと頑張りそうだし」
「「「………」」」
私たちの背中を冷たい汗がタラリと伝い、シロエ君は発信ボタンを押すどころではありませんでした。万事休す。キース君には悪いですけど、打つ手はもはや無さそうです。エロドクターとソルジャーの最強コンビに睨まれたのでは、会長さんだけでも守り通して逃げるしか…。
「…結論が出たみたいだね」
ソルジャーがクスリと笑いました。私たちは誰からともなく会長さんとサム君の周囲を固め、ジリジリと後退していたからです。
「キースを見捨てて逃げるってわけか。それとも一旦外へ出てから策を練り直して突入する気? 無駄じゃないかと思うけどな」
ブルーは使い物にならないし、と痛い所を突くソルジャー。最強のサイオンを誇るタイプ・ブルーなソルジャーがエロドクターの肩を持っている以上、互角に戦えるのは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の二人だけです。けれど会長さんはパニック状態、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はとっくに逃亡しましたし…。
「すみません、先輩! 必ず助けに来ますから!」
シロエ君が叫び、マツカ君に檄を飛ばして。
「今はとにかく引きましょう! マツカ先輩、後ろ、頼みます!」
逃げますよ、とシロエ君はサム君と一緒に会長さんの腕を引っ張り、外へ通じるドアへとダッシュ。私たちも慌てて追いかけ、エロドクターに捕まえられたキース君だけが取り残される筈でしたが…。
「かみお~ん♪」
パッコーン! と小気味いい音が響き渡って、ハッと振り返る私たち。フライパンを持った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が鮮やかに宙を舞い、エロドクターが顎を上にして仰け反っているのが目に入りました。その手からキース君の身体が離れて反転して…。
「ぐぅっ!」
ドクターの顎に決まった蹴り。ハイヒールを容赦なく見舞ったキース君の足がカッと床を鳴らし、仰向けに倒れたドクターを無視してソルジャーの方へと近付きます。
「…よくもオモチャにしてくれたな」
「余興だよ、余興。…健康診断は楽しまないと」
「うるさいーっ!!!」
キース君が繰り出した蹴りをソルジャーはスッと余裕でかわすと、キース君の腕を捩じ上げて。
「ぼくを誰だと思ってるんだい? この程度の攻撃が避けられないんじゃ、ソルジャーの肩書き返上だよ。まあ、君も大したものだけどね。…いつから機会を窺ってた?」
「忘れたな」
放せ、とソルジャーの腕を振りほどこうとしたキース君ですが、ソルジャーはクスッと笑っただけ。
「無駄な抵抗はやめたまえ。…それより、ぶるぅがどうして此処に? フライパンとは凄い武器だけど、それはブルーの注文かい?」
「ううん、フライパンは前に映画で見たの! ぼく、キースを助けに来たんだよ。このままだと注射されちゃいそうだし、ぼくだけ逃げてちゃ弱虫になってしまうでしょ? 映画みたいに頑張らなくちゃ!」
悪者はフライパンで殴られるんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は構え直しました。
「で、ブルーも悪者? 殴っていい?」
「ちょっと待って。ブルーというのはぼくのことかい?」
「うん! ぼくのブルーはあっちにいるしね」
フライパンを握る「そるじゃぁ・ぶるぅ」にソルジャーは苦笑し、両手を広げて。
「遠慮しとくよ、いくらぼくでもそれは避けられそうにない。…でもね、悪者ってわけじゃないんだよ? これには色々と訳があってさ」
「…どんな?」
ソルジャーの拘束を逃れたキース君が低く唸りましたが、バニーちゃんの格好ですからいつもの気迫はありません。そこへドクターがフラフラしながら起き上がって…。
「いたたた…。今の攻撃は堪えましたよ。フライパンも大概ですが、ハイヒールの蹴りも痛いものです」
「ごめんよ、ノルディ。…読めてないわけじゃなかったけどさ、ほら、ぼくだって愉快な見世物は見ておきたいし」
フライパンにハイヒール、と笑うソルジャーにエロドクターは仏頂面です。この二人、息が合っているのかいないのか…。まあ、どう考えてもソルジャーの方が優位に立っているのでしょうが。
「…楽しい見世物と仰いますが、それはあなたの提案ですよ?」
ソルジャーを見据えるドクターの目は据わっていました。
「昨夜いきなり家へいらして、キースの健康診断に付き合いたいとか仰って…。楽しいものを見せてやるから、絶対に損はしないから…と」
「しなかったじゃないか。この格好のキースが気に入ってるのは間違いないだろ、触り心地も確かめてたし」
「…それはそうですが…」
殴られ損な気がします、とブツブツ呟くエロドクター。キース君の制服もまだ戻っては来ていませんし、なんだかイヤな感じです。これで終わるとは思えないような…。
「色々と訳があったんだよ」
さっきも耳にしていた言葉をソルジャーがもう一度繰り返しました。
「ノルディはこの服をどう思う? 魅力的かい、それとも違う?」
赤い瞳が向けられたのはキース君が着ているバニーちゃん服。ウサギの耳に丸い尻尾に、身体のラインがモロに出ている黒いセクシーなレオタード。会長さんが特注してきた男性用のアレンジ品です。
「…魅力的だと思いますね。大いにそそられる格好ですよ」
でなければ触ってみたりしません、とエロドクターは殴られた顎を擦っています。
「なるほどね…。じゃあ、同じ格好を他の誰かがやったとしても魅力がグッと増すのかな? たとえばそこのジョミーとか?」
「ぼく!?」
唐突に名前を呼ばれて驚いているジョミー君にドクターが視線を走らせて…。
「ふむ…。彼でもいいかもしれません。あなたの言葉をお借りするなら素材はなかなか良いようです。…ほほう、こうして見ればブルーが選んだ友達とやらは美形が多い。コンテストをしたくなりますよ。全員にあの服を誂えて」
「君もやっぱりそう思うかい? 誰でも似合うかもしれないと?」
「もちろんですとも。…若干省きたい面子はいますが、コンテストならそれも華です」
省きたい面子とは誰を指すのか、言われなくても一目瞭然。ドクターが鼻でせせら笑うのは会長さんをガードしているサム君でした。そりゃサム君には似合わないでしょうし、サム君だって着てみたいとも思ってはいない筈ですが…って、コンテスト? 男子ばかりのバニーちゃんの…? それはなんとも悪趣味な…。
「それがそうでもないんだな」
誰の思考が零れていたのか、ソルジャーが小さく肩を竦めて。
「まずはキースの制服を返しておこう。…これでいいよね、元の服は?」
パァッと青いサイオンが走り、キース君はバニーちゃんから制服姿に戻っていました。
「…ありがたい、と言うのも癪だが、一応礼は言っておくとしよう。元々はあんたのせいなんだがな」
不快そうな視線をソルジャーはサラッと無視してエロドクターに向き直ると。
「ところでさっきの話だけどさ。全員の服を誂えたいとか言ったよね? その気持ち、ぼくが貰っちゃってもいいのかな?」
「おや。あなたもコンテストに賛成ですか?」
「いい話だと思うんだ。…誰が一番似合いそうかな? キースが一番か、それともジョミーか。大穴でサムもアリかもね」
やってみようよ、と乗り気のソルジャー。…ひょっとして目的はこれでしたか? 男子全員のバニーちゃんのために乗り込んできたというわけですか、この人騒がせなソルジャーは~?
空が日増しに高くなってきて秋の気配が漂っています。この時期と言えば収穫祭! 恒例の薪拾いにマザー農場でのジンギスカンに…。特別生一年目の生徒は薪拾いの翌日から収穫祭の日までマザー農場に泊まり込むことに決まっていました。シャングリラ号をサポートする農場を見ておかなくてはいけないからです。そんなわけで…。
「じゃあ、ぼくは明日からアルトさんたちと一緒にマザー農場に行ってくるから」
会長さんがそう言ったのは薪拾いの日の放課後でした。
「この部屋はぶるぅが留守番をしててくれるし、いつもどおりに遊んでて。用事があったら携帯に。緊急の場合は思念波でね」
コクリと頷く私たち。会長さんったらアルトちゃんとrちゃんを連れてマザー農場で遊び放題ですか…。
「ん? 君たちも行きたいのなら手配するけど、ジョミーあたりが嫌がるかなぁ…って。ほら、テラズ様の話があるだろう? 農場の人たち、ジョミーもお坊さんを目指して頑張ってると信じて疑いもしていないから」
「「「………」」」
それはヤバイかもしれません。農場の人の勘違いはともかく、会長さんの場合はそれを利用してジョミー君を仏門に押し込もうとする可能性大。そうでなくてもキース君の三週間の道場入りが近付いてますし、抹香臭い話は身近に転がっているのでした。会長さんはクスッと笑って…。
「そうそう、キースもそろそろショートカットに見せかけなくっちゃいけないんだよね。で、いつ頃?」
「親父にはギリギリまで好きにさせてくれと言ってある。サイオン・バーストのこともあるから、うるさく言う気はないようだ。…まあ、前日ってところかな」
まだ先なんだ、とキース君。サイオニック・ドリームで五分刈りに見せかける技をマスターしたものの、お気に入りのヘアスタイルを変えるつもりはないようです。お父さんのアドス和尚にはカツラを作ったと大嘘をつき、少なくともシャングリラ学園の方へは長髪で登校するのだとか。
「なるほど、カツラねえ…。それならサイオニック・ドリームも最低限の努力で済むか…。君の根性には頭が下がるよ」
頑張って、と微笑む会長さん。
「それじゃカツラはプレゼントってことにしておこう。銀青からの贈り物となればお父さんも文句を言えないだろうし、家でも堂々と被ることができる。道場暮らしの後の負担も減ると思うな、すぐにサイオニック・ドリームを解いちゃえるしね」
「恩に着る。あんたには世話になってばかりなんだが、礼をしようにも金がなくて…」
「お礼なんか必要ないよ、たまには銀青らしいこともしておかなくちゃ。今度の道場入りは昼間は大学に行けるだろ? 時間があったらシャングリラ学園にも遊びにおいでよ、息抜きをしに。…ぼくは一足お先にマザー農場で息抜きするから、みんな留守番よろしくね」
「「「はーい!」」」
次に会長さんと一緒に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でおしゃべり出来るのは収穫祭の翌日です。アルトちゃんとrちゃんなら変な事件に巻き込まれたりしないでしょうし、のんびりまったり待てばいいかな?
会長さんがいない日々は順調に過ぎていきました。お留守番を引き受けた「そるじゃぁ・ぶるぅ」も元気です。
「かみお~ん♪ 今日のホットケーキは美味しいよ!」
マザー農場の生みたて卵、と新鮮な材料でお菓子を作ってくれたり、マザー農場での色々な話をしてくれたり。寂しがり屋の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は私たちが下校した後はマザー農場に出掛けて行ってしっかりお泊まりしているのでした。…お気に入りの寝床の土鍋を持って。
「それでね、昨夜はブルーがね…」
お部屋に帰ってこなかったんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「朝になったらrさんのお部屋から出てきたんだよ。寝坊しちゃったって笑ってたけど、泊まるんだったらぼくも連れてってほしいのに…」
頬を膨らませている「そるじゃぁ・ぶるぅ」の話によると、アルトちゃんとrちゃんは一部屋ずつ貰っているようです。どちらも二人用でベッドも二つあるらしいのですが、会長さんがrちゃんのお部屋から出てきたとなるとアヤシイ雰囲気。会長さんとrちゃんは別々のベッドで寝たのでしょうか?
「シャングリラ・ジゴロ・ブルーだしねえ…」
考えたらきっと負けなんだよ、とジョミー君が言い、キース君が。
「俺もジョミーに賛成だ。…ぶるぅ、夜中にブルーがいなくなっても探さない方がいいと思うぞ」
「うん、知ってる。でもでも…朝まで帰らないなんて!」
ひどいよう、と膨れっ面の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は仲間外れにされたと不満そうです。でも…会長さんに締め出されるのは、フィシスさんのお泊まりの時でも一緒なんじゃあ…?
「え? フィシスが来る時と同じなの?」
知らなかったよ、と目を丸くする「そるじゃぁ・ぶるぅ」。アルトちゃんたちを何だと思っていたのでしょう? 会長さんと二年以上も付き合っている筈ですが…。
「あのね、フィシスはブルーの女神なんだよ。アルトさんたちは女神じゃないし、お友達かと思ってたんだ。ブルー、教えてくれないんだもん! そっか、夜に遊ぶ人と同じなんだね」
「「「夜!?」」」
「うん、夜だけ一緒に遊ぶ人。みんな綺麗な女の人で、今まで沢山いたんだよ」
「「「………」」」
流石シャングリラ・ジゴロ・ブルーです。ひょっとすると今もアルトちゃんたちの他に現役の愛人がいたりするかも、と頭を抱える私たち。こんな会長さんに片想い中の教頭先生、報われる日は来ないでしょうねえ…。
そんなこんなで収穫祭がやってきました。今年は単なる1年A組の生徒としての参加です。それでもマザー農場では顔見知りの職員さんたちが歓迎してくれ、特製アップルパイなども御馳走になって大満足。帰りのバスに会長さんはいませんでしたが、明日には戻って来る筈です。
「アルトさんたち、楽しそうだったね」
ジョミー君がバスの後ろを振り返り、シロエ君が相槌を打ちながら。
「そりゃそうでしょう、ぼくたちの時と違って問題も起こってないようですし。…で、テラズ様は拝んで来たんですか?」
「ううん、宿泊棟には近づいてないよ!」
あそこは鬼門、とジョミー君。宿泊棟の屋根裏にはテラズ様が納められているのです。サム君がハアと吐息をついて、キース君が。
「ジョミーのヤツ、俺とサムが誘ってやったのに来なかったんだ。未来の高僧が聞いて呆れる。…まったく、なんでブルーはジョミーなんかに目をかけるんだか…」
ロクな坊主にならんと思うが、と冷たい瞳のキース君ですが、ジョミー君はまるで気にしていません。仏門も仏弟子もジョミー君には別の次元の話らしくて、この夏に行かされた璃慕恩院の修行合宿も喉元過ぎれば熱さ忘れるとばかりに忘却の彼方。期待している会長さんには気の毒ですが、仏の道はサム君とキース君しか歩まないんじゃないでしょうか…。
収穫祭が済むとアルトちゃんたちが学校に戻り、普通の日々が始まりました。グレイブ先生も張り切っています。カツカツと響いてくる足音の高さがそれを示していますし、今日もビシビシやるのでしょうが…。
「諸君、おはよう」
出席を取ったグレイブ先生は浮ついた気分を引き締めるよう訓示してからキース君の名を呼びました。
「ヒルマン先生がお前に話があるそうだ。すぐに第二会議室へ行くように」
「は、はいっ!」
キース君はパッと立ち上がり、教室を出て行ったのですが……戻って来たのは一時間目が終わる頃。ちょっぴり元気がないような…? サム君が休み時間に早速声をかけに行きます。
「よっ、どうしたんだよ、暗い顔して」
「…いや……別になんでも……」
「そうかぁ? ひょっとして何かやらかしたとか? …そんなわけないか、お前だもんな」
優等生で模範生、とヒュウと口笛を鳴らすサム君。キース君は苦笑いをして鞄から教科書を取り出しました。
「優等生はサムもだろう? もう教科書は要らないほどにバッチリ覚えていると思うが」
「まあね。でもさ、ジョミーたちだっておんなじだぜ? 特別生も二年目なんだし、一年生は三回目だ。…それでヒルマン先生がなんて?」
「ああ、ちょっと…。別に大したことじゃないんだ」
また後で、とキース君が言った所でチャイムが鳴ってエラ先生の歴史の授業。その後の授業とお昼休みと午後の授業も問題なく終わり、放課後になって…。
「悪い。今日は部活は休む」
キース君がマツカ君とシロエ君に頭を下げました。
「ブルーに急ぎの用事があるから、別行動を取らせてくれ」
「「え?」」
驚いているマツカ君たち。
「用事って…ヒルマン先生のお話ですか? ブルーと何の関係が?」
「会長に用事って…ぼくたちにも関係ありますか?」
気になりますよ、と続ける二人にキース君は首を横に振って。
「いや、お前たちには関係ない。…これは俺だけの…って、まるで関係ないこともないか…」
「「「???」」」
私たちも疑問符だらけでした。キース君ったらヒルマン先生に何を言われたというのでしょう? 会長さんの所に行けば分かるかな? マツカ君とシロエ君も顔を見合わせていましたが…。
「ぼくたちも今日は休みますよ。先輩、何か隠してるでしょう?」
「そうですよ。…ジョミーたちが先に聞くんだったら、一緒に聞いても同じです。ぼくも行きます」
欠席届を出してきますね、とマツカ君が体育館へ走って行きました。キース君の身にいったい何が? 悪いことでなければいいんですけど…。
キース君を先頭にして「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入ると待っていたのは会長さん。ソファで腕組みをしています。テーブルにはマロンタルトのお皿が並び、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がポット片手に。
「かみお~ん♪ 紅茶とコーヒー、どっちにする? ココアでもいいよ」
ああ、ホッとするこの笑顔。私たちがソファに座ると会長さんが切り出しました。
「キース、ぼくに急用ってどういう気だい?」
「え…。それはヒルマン先生が…」
「ヒルマンがぼくに相談しろと? それとも君の独断なのか、どっちかな?」
会長さんの表情は明らかに不快そうでした。キース君は言葉に詰まり、逡巡の末に…。
「…俺の独断というヤツだ。ヒルマン先生は特に何も…」
「そうだろうね。君自身の問題じゃないかと思うんだけど、どうしてぼくに持って来るかな?」
「……その……俺一人では今一つ……」
歯切れの悪いキース君に会長さんは舌打ちをして。
「一人も何も、ただの健康診断じゃないか。それの何処に疑問があると? ぼくがその道のエキスパートに見えるのかい?」
「い、いや……しかし…」
「言っておくけど健康診断は苦手なんだ。理由は君も知ってる筈だよ、毎年騒ぎになってるからね。ノルディの名前も聞きたくないのに、わざわざぼくに聞かせに来たと?」
「違う! 俺があんたに訊きに来たのは健康診断の話じゃなくて…」
会長さんの迫力に気押されながらもキース君は懸命に言葉を絞り出しました。
「健康診断自体はどうでもいいんだ。…学校指定の病院でしか受けられないというのも分かった。しかし、断る手はないのか?」
へ? 健康診断って何? ジョミー君たちも怪訝そうです。会長さんは露骨に溜息をつき、フォークでタルトをつっついて。
「キース、話は簡潔に。いつもグレイブが注意してると思うけど? …まあいい、ぼくが代わりに説明しよう。キースは健康診断を受けることになった。ノルディの診療所指定でね」
「「「えっ?」」」
「理由は夏休みのサイオン・バースト。あの時は何の検査もしていないけど、その後の経過がどうなってるかを確認するのが目的らしい」
「「「………」」」
なんと! 今頃になって検査だなんてビックリです。サイオン・バーストは命に係わる危険があるとは聞かされましたが、検査するなら直後なのでは…? 会長さんはキース君を冷ややかに眺めて続けました。
「今回の検査は学校側が依頼したものだ。バーストの原因が原因だけに、今度の道場入りに際して危険があってはたまらない。三週間もの長期に亘ってサイオニック・ドリームを扱えるだけの体力があるか、それも含めて検査する。…そういう事情じゃ断る手段は無いんじゃないかと思うけど?」
「…本当に絶望的なのか? あんたが口添えしてくれても…?」
「特例かい? これに関してはダメだろうね。…なんと言っても前例がないし」
「…断れないのか…。俺はエロドクターに恨まれてそうだし、検査の結果に響くんじゃないかと…」
キース君の声は消え入りそうでした。私たちの顔もサーッと青ざめ、視線は自然と会長さんに。会長さんは咳払いをして紅茶のカップを手に取ると…。
「なるほどね。ぼくの健康診断に付き添ったせいだというわけか」
「デートの時も妨害したしな。絶対あいつは根に持ってるぞ」
ヤバすぎる、とキース君は額に汗を浮かべています。これは確かにマズイかも…。執念深そうなドクターだけに、ここぞとばかりに仕返ししても全く不思議じゃありません。道場入りは認められないと診断されれば、キース君の仏道修行はお先真っ暗。住職への道が閉ざされるのです。会長さんは少し考えていましたが…。
「ノルディはそこまでやらないよ。データの改竄がバレたりしたら懲戒だしね。下手をするとぼくの主治医でいられなくなる。…どっちかと言えば、心配なのは嫌がらせだろう」
「「「嫌がらせ!?」」」
なんですか、それは? 健康診断に便乗しての嫌がらせって、セクハラとか…?
「それはないね」
有り得ない、と会長さんは一言で切って捨てました。
「ノルディの今までの言動からして、キースは興味の対象外だ。やりそうなのは採血でわざと失敗するとか…。あ、でもセクハラという線もあるか。キースにそういう趣味がないのは知ってるんだし、嫌がらせとしてのセクハラはアリか…」
げげっ。キース君は鳥肌を立てて顔面蒼白、私たちだって目が点です。セクハラまがいの健康診断はまりぃ先生の十八番ですが、エロドクターがやるとなったらレベルは更に上を行くわけで…。
「頼む、ブルー!」
キース君がガバッと土下座しました。
「俺の検査に付き添ってくれ! ほら、人形があっただろう? あれを持ってついてきて欲しい」
「…人形? ああ、そういえばあったね、そういうものが」
忘れていたよ、とポンと手を打つ会長さん。
「あれはブルーが作ったヤツだし、ポーズも実に不愉快だから物置の奥に突っ込んじゃって記憶の彼方に放り投げてた。…うん、あれがあるなら恩を売るのも悪くない。ノルディの悔しがる顔も面白そうだ」
「ありがたい。ヒルマン先生には明日の放課後に出掛けるようにと言われたんだが…」
「いいよ、明日でも明後日でも。…じゃあ人形を探さなきゃ。何処だったかな、ぶるぅ?」
押し込んだのは確かだけれど、と人差し指を顎に当てている会長さん。
「お人形? えっとね、ブルーが布でグルグル巻きに…。ゴミ箱に入れた? それとも壺の中だった…?」
分かんないよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が困っています。会長さんの健康診断の時にソルジャーが作ったジルナイト製のドクター人形、何処に片付けられたのでしょう? まさか捨ててはいないでしょうが…。
「捨ててはいないと思うんだけどね…。次の健康診断の時まで忘れておこうと自分に暗示をかけたんだ。あんなモノ、記憶に留めたくないし。…ぶるぅの記憶も消しちゃったっけ?」
「うん、多分。なんにも思い出せないよう…」
何処なんだろう、と会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は必死に記憶を手繰っています。これは物置に入って発掘するしかないのでは? 物置といっても大きいですし、全員で行って手伝った方がいいのかな…? と、スウェナちゃんが「あっ」と声を上げて。
「それ、フィシスさんに訊いたらどうかしら? 占いでなんとかならないの?」
「…ならないこともないんだけどね…」
モノがモノだけに頼みたくない、と会長さんは顔を顰めました。
「あんな人形、フィシスに見せたくないんだよ。…仕方ない、根性で物置を掘る! で、明日のキースの健康診断、付き添いがぼく一人では心許ない。万一ってこともあるだろう? もちろん全員、来てくれるよね? サムは頼まなくてもついて来てくれると信じてるけど」
「おう、もちろんだぜ!」
サム君が即答し、私たちも頷きました。キース君の健康診断、賑やかなことになりそうです。エロドクターとシンクロできるジルナイト製のドクター人形、どんな活躍をするんでしょうね?
そして健康診断の日。キース君たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が疲れた顔で座っていました。テーブルの上には栄養ドリンクの空き瓶なんかも転がってますし、二人とも徹夜明けみたいに見えますが…?
「……何処を探しても無かったんだよ……」
もう1本、と栄養ドリンクを飲み干してから会長さんが告げました。
「ねえ、ぶるぅ? 人形、何処にも無かったよね…?」
「…うん…。あのね、ぼく、最後はフィシスに訊きに行ったの。探し物が見つからないから占って、って」
でもダメだった、と寝不足な顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「何を探したいのかハッキリしないとダメなんだって。お人形だよって言ったんだけど、それだけじゃやっぱりダメなんだって…」
「仕方ないよ、ぶるぅ。フィシスの力にも限界ってものがあるからね。…だから人形は持ってきていない。ノルディは自由に動けるってわけだ」
「「「………」」」
あちゃ~。これってヤバくないですか? エロドクターが自由自在に動けるとなれば、キース君も会長さんも飛んで火に入る夏の虫です。会長さんにはいつものセクハラ、キース君には仕返しという名のセクハラ三昧…?
「仕方ありません。自分の身は自分で守って下さい」
シロエ君がキース君を見詰めました。
「先輩の健康診断ですから、先輩はとにかく自分を守ればいいんです。ぼくたちも予定通り一緒に行きますよ。…会長は留守番してて下さい。ぶるぅも留守番で構いません」
「…でも…。君たちだけでどうする気だい?」
会長さんの疑問にシロエ君は。
「場合によってはゼル先生にお願いします。電話番号はこれでしたよね、過激なる爆撃手」
機動力抜群と伺ってます、と言うシロエ君の言葉で脳裏に浮かぶ大型バイク。自慢の名刀を引っ提げて駆けつけてくれれば心強いことこの上なしです。けれど会長さんは「うん」とは言いませんでした。
「…ぼくは逃げる気は無いんだよ。キースが健康診断を受ける羽目になったバーストはぼくのせいだしね…。ノルディの恨みだって原因はぼくだ。ここでキースを見捨てちゃったら銀青の名に傷がつく。…人形が無いのは不安だけれど、やっぱり一緒に行かなくちゃ」
いざとなったらサイオンでドクターを吹っ飛ばす、と会長さんは拳を握りました。自分がセクハラされている時はサイオンが乱れて何も出来ないらしいのですが、キース君への苛めだったら問題ないというわけです。
「ぼくの健康診断の時に仕返しされるかもしれないけどね…。その頃には自分にかけた暗示が解けて例の人形が見つかる筈だし、そう簡単にはやられない。…今日は日頃の鬱憤晴らしにノルディを叩きのめそうかな? ゼルを呼ぶのも面白いかも…」
「すまん。俺がバーストを起こしたばかりに…」
深々と頭を下げるキース君。会長さんは「いいんだってば」と微笑んで…。
「ああでもしなきゃ坊主頭は回避不可能だったしね。少々過激な手だったけれど、ぼくは後悔していない。…君の髪の毛を守った結果が今回の健康診断だ。ノルディの矛先がぼくに向いたら、日頃の恩を返すと思って助けてよ」
「勿論だ。…俺の方は自分で努力する」
こうして方針が決まりました。キース君と会長さんが全力を尽くしてもダメな時にはゼル先生の出番です。出発まで会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に仮眠を取って貰って、いざドクターの診療所へ。豪邸の前でタクシーを降り、立派な診療所の扉を開けると、受付には例によって人影が無く、看護師さんの気配もなくて…。
「ようこそ。お待ちしておりましたよ」
奥から現れた白衣のドクター。サム君がサッと会長さんの前に立ち塞がると、ドクターはフンと鼻で笑って。
「これは嫌われたものですねえ…。ですが、お間違えではないですか? 学校の方から依頼されたのはブルーではなくキース君の健康診断です。…そう、1年A組の特別生のキース・アニアン君ですが」
わざとらしくカルテの名前を読み上げ、確認を取るエロドクター。
「キース君というのは…。ああ、あなたでしたね、腕に覚えがおありだとか? ですが身体能力とサイオンは別物です。ぶるぅの部屋が吹っ飛んだ時は私は直接診ていませんし、その後の経過なども含めて問診から…」
よろしいですね、とドクターは念を押しました。待合室のソファにみんなで腰掛け、キース君は何項目もの質問に答え、合間にドクターがサイオンの性質などを説明します。サイオン・バーストは何故起こるかとか、起こした場合の対処法とか…。あれ? 嫌味の一つも言わないんですか?
「では、問診は以上になります。後は検査を幾つか…ですね。そちらの部屋で着替えて下さい」
キース君は制服から検査服に着替え、CTや心電図、採血などを受けてゆきます。会長さんの時と違って全てがスムーズ、エロドクターは日頃の恨みを返すどころかキッチリ仕事をこなすだけ。セクハラも一切していませんし、私たちはすっかり拍子抜けです。これじゃ普通じゃないですか! ただの健康診断ですよ~!
「終わりましたよ。結果は三日後に分かりますので、また改めて…」
お疲れ様、と言われたキース君が更衣室に消え、サム君が会長さんをガードしようとしましたが。
「…やれやれ、私も信用がない。ピリピリしなくても大丈夫ですよ、今日はキース君の日だと言ったでしょうが」
「そうなんだよね」
ユラリと部屋の空気が揺れて現れたのは会長さん。…あれ? いつの間に奥に行ったんですか? さっきまでそこにサム君と…って、こっちにも同じ姿形の会長さん?
「今日はキースの日なんだよ。素敵な素材だと思ったんだけど、君の目にはどう映ったかな? ねえ、ノルディ?」
本当にいい素材なんだ、と繰り返したのは会長さんそっくりのソルジャーでした。制服まで着て、いつから此処に…?
「ふふ、昨夜の内からこっちに…ね。ノルディの家に泊まってた。あ、誓って何もしていないから! なにしろ昨夜は忙しくてさ。…この人形をブルーの目から隠しておかなきゃいけなかったし、ノルディの相手はしてないよ」
ソルジャーの手にはジルナイト製のドクター人形がありました。それじゃ会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が徹夜しても見つけられなかったのはソルジャーのせい…?
「この人形も面白いけど、もっと素敵なものがある。…とりあえずこれは片付けとくね」
ブルーの家へ、と青いサイオンが走ったかと思うとドクター人形は消えていました。ソルジャーは此処へ何をしに? 素敵な素材が云々だなんて言ってますけど、何が素敵なものなんですか…?
イルカが加わる女子の部のリレー。1年A組が出したタイムは文句なしの学年一位で同時に学園一位でした。けれど他のクラスはゴールするまでに酷く手間取り、3年生の部が終わってイルカが回収されたのはお昼前。ここで昼食休憩となり、男子の部は午後との発表が…。
「おい、俺たちはどうなるんだ?」
キース君が会長さんに尋ねたのはプールサイドでのお弁当タイム。家から持ってきたお弁当の他に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が用意してくれたサンドイッチなんかも並んでいます。会長さんはカツサンド片手に「さあ?」と首を傾げました。
「どうなるのかって訊かれても…。ぼくは教師じゃないからね。何が出るのか知らないよ」
「嘘つけ! 先生の心を読めるんだろう? とっくに全てを知ってる筈だ」
「その話、この前もしたと思うけど? フィシスの占いと一緒で何でもかんでも先が読めてちゃつまらない。だから男子の競技も知らない。…まあ、頑張ってくれたまえ」
学園一位、とキース君の肩を叩く会長さん。ジョミー君たちは戦々恐々、あれこれ推測しています。全校生徒が思い悩む中、午後の部の開始時刻が訪れ、マイクを握るのはブラウ先生。
「さて、お待ちかねの男子の部だよ! まずは各クラスへの配布物だ。保健委員は取りに来るように」
「「「保健委員?」」」
なんじゃそりゃ、と訝しむ声が上がりましたが、ブラウ先生はプリントをヒラヒラさせています。各クラスから代表が取りに行き、1年A組も男子の保健委員が出掛けました。
「なんだ、それ?」
「おいおい、何のプリントだよ?」
我先に覗き込む男子に向かって保健委員はプリントを掲げ、それを見た男子はキョトンとして。
「L? LL?」
プリントにはクラスの男子全員の名前と、その横にアルファベットが数文字。いったい何の暗号でしょう? ブラウ先生がパチンとウインクをして。
「自分の記号をしっかり覚えな。それからリレーの順番を決める! そうそう、同じ記号の男子が続けて泳げるのは三人までだ。上手く調整して重ならないようにしておくれ」
「「「???」」」
たちまち飛び交う『?』マーク。なのに質問は受け付けられず、男の子たちは振られた記号を検討しながら順番を決めるしかありませんでした。
「…アンカーどうする?」
「どんなリレーか分からないしな。最後で巻き返せそうなヤツといったら…」
「そるじゃぁ・ぶるぅ?」
「他に誰がいると? 不思議パワーで何でも楽々クリアだろ!」
やってくれるか、と口々に頼まれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は頷いて。
「いいよ、頑張る!」
「よっしゃあ! ぶるぅは○だし、何処に入れても問題ないし!」
ガッツポーズの男子たち。「そるじゃぁ・ぶるぅ」につけられた記号はアルファベットではなくて○印。同じ記号の生徒はいません。全部のクラスの泳ぐ順番が決まった所で、ブラウ先生が。
「リレーは1年生から始めるよ。さあ、1年生は並んだ、並んだ!」
1年生の男子生徒がスタート地点に整列すると、シド先生とグレイブ先生、それに数人の職員さんが台車を押してやって来ました。台車の上には大きな箱。今度は何が始まるんですか…?
「「「………」」」
次々に運び込まれてプールサイドに並んだ箱。その蓋が開くと男子は全員、目が点でした。箱から出てくる魚、さかな、サカナ…。銀色に光る大きな魚が次から次へと出て来ます。シド先生たちは身長の半分ほどもある魚を抱えて右へ左へ仕分け中。
「Sが三つにMを三つ…と。よし、揃ったな」
「じゃあ、A組から配りますか。おっと、1年A組には○が一つ、と」
シド先生が小さい魚を持ち上げました。いえ、魚ではありません。頭がついてない銀色のアレは「そるじゃぁ・ぶるぅ」御自慢の人魚の尻尾というヤツなのでは…。ついでに各クラスに割り振られたのも人魚用の変身アイテムなのでは…?
「もう分かったね?」
ブラウ先生が笑っています。
「男子の競技は人魚リレーだ! この間、ハーレイがぶるぅ人魚を連れていたのを見ていた生徒もいるだろう。見損ねた生徒が気の毒だからね、ぶるぅ人魚をもう一度…と職員会議で決定したんだ。粋な計らいに感謝しな」
男子はショックで固まっています。こんな展開になるんだったら「そるじゃぁ・ぶるぅ」人魚は見られなくてもよかったのに、と誰の顔にも書かれていました。ブラウ先生はそれには構わず、更に続けて。
「さっきの記号はサイズ表さ。まりぃ先生が念入りに測ってくれたし、自分のサイズに合った尻尾を着用すること! 微調整は内側についた専用テープでできるからね」
うわぁぁぁ…。えらい展開になりましたよ! 男子はもれなく人魚だなんて、なんと悲惨な…。
「だから女子の部に入ったんだよね」
会長さんのクスクス笑いに、応援席の女子の視線が集中します。会長さん、知ってたんですか? 男子は人魚リレーだってことを?
「ぼくが進言したんだよ。ぶるぅ人魚が大人気だから人魚リレーはどうだろう、って。ぶるぅを男子の部に入れると女子の助っ人がいなくなるから、ぼくが女子。…それに人魚はやりたくないし! みっともない姿は御免蒙る」
あちゃ~。フィシスさんの占い云々言っていたのは大嘘でしたか! 女子での登録を希望した時のグレイブ先生との攻防戦も実はヤラセというヤツですか…?
『もちろん。ジョミーたちには内緒にしておかなきゃ面白くない』
スウェナちゃんと私に思念波を送って寄越した会長さんは男子生徒の混乱ぶりに満足そうです。
「あのサイズ表、まりぃ先生の力作なんだ。健康診断のセクハラもどきはそのせいさ。人魚の尻尾を着けるんだからね、きちんと測っておかなくちゃ。ウエストだとか腰回りとか…徹底的に触った筈だよ」
なるほど。まりぃ先生が学校公認の行為なのだと強気だったのはこれでしたか! スウェナちゃんの質問に「仔猫ちゃんには関係ない」と答えていたのも至極当然。人魚リレーは男子だけですし、女子は関係ないでしょう。でも…ジョミー君たち、可哀想…。
「なんで俺たちが人魚なんだよ!」
「三人までしか同じ記号を続けちゃダメだ、ってこういう意味かよ…」
列の後ろにズラリ並んだ人魚の尻尾に嘆くしかない男の子たち。一つのサイズに尻尾が三つ。リレーをスムーズに繋ぐためには三つ必要なのでしょう。一人が泳いで、一人が控えで…上がってきた人の尻尾を外して次に、というのは時間的に余裕がないので三人前かな? 案の定、ブラウ先生がそういう意味の説明をして。
「そろそろ覚悟はできたかい? ここでお手本を出しておくから、着け方と泳ぎ方をよく見ておきな。一回でキッチリ覚えるんだよ」
「「「!!!」」」
颯爽と登場したのはショッキング・ピンクの尻尾を抱えた教頭先生。キリリと締めた赤褌に女子の一部が騒いでいます。アルトちゃんとrちゃんも見惚れていますが、褌でも尻尾はくっつきますか? 専用下着じゃなくっても?
『無理に決まっているだろう』
会長さんの思念にスウェナちゃんと私は青ざめました。アルトちゃんたちには聞こえなかったらしく、代わりにジョミー君たちが会長さんを凝視しています。
『この思念波は君たち限定。専用下着を知っているのは君たちだけしかいないからね。…あの褌はサイオニック・ドリームで見せているのさ、本当は紫のTバック。ハーレイ、こないだの校内一周で度胸がついたし、Tバックくらいじゃ動じないよ』
そう来たか、と額を押さえる私たち。靴下と靴だけで学校中を歩かされた悲劇に比べれば、たとえ紫のTバックでもあるだけマシというものです。教頭先生は尻尾をプールサイドに下ろすと足を突っ込み、ファスナーを引き上げて人魚に変身! ブラウ先生がマイクを握って。
「今のみたいに自分でやるのが理想だけどね、初心者には難しいから手伝ってもらって着けてもいいよ。泳ぎ方の方は…ご覧のとおりさ」
人魚になった教頭先生はプールにドブンと飛び込みました。尻尾に包まれた足を巧みに動かし、腕で水をかいて進んでいきます。会長さんとソルジャーの猛特訓で磨かれた泳ぎは全く無駄がなく、アッという間にコースを往復。シド先生の手を借りてプールから上がると尻尾を外して教員専用の控え席に…。赤褌はそのままですから、つまり紫のTバック…?
『そういうこと。まあいいじゃないか、真っ裸よりマシだろう』
会長さんの思念が笑いを含んで震えています。教頭先生は開き直って椅子に堂々と座っていました。そして司会のブラウ先生は…。
「コツは見当がついたかい? あれを目標に頑張っとくれ。両手が自由に使えるようにバトンは無しでタッチでリレーだ。一往復したら選手交代。三人目までの選手は尻尾を着けて!」
ひぃぃっ、と悲鳴が上がりましたがブラウ先生は容赦しません。
「スタートまでの時間制限を設けるからね。今から5分でホイッスルが鳴る。尻尾を着けていようがいまいが、そこで遠慮なくスタートだ。棄権するならゆっくりしてな。始めっ!」
パン、と両手を打ち合わされて慌てふためく男子たち。棄権するクラスは無いようですが、このリレー、いったいどうなるんでしょう…?
スタート地点に勢揃いした銀色の尻尾の男子の姿は傑作でした。視覚の暴力ではないのですけど笑えます。ただし笑っているのは女子生徒だけ。男子の方は文字通り「明日は我が身」だけに悲壮な顔つきをしていました。シド先生がホイッスルを握り、ブラウ先生が。
「不景気な顔をするんじゃないよ! そんなんじゃロクなタイムが出ないね。女子も見てるし、かっこいい泳ぎを披露しな。スピードが出せりゃ誰も文句は言わないさ。…分かったね?」
「「「はーい…」」」
渋々といった様子の男子。直後にホイッスルが吹き鳴らされて、最初の選手が飛び込みましたが…。
「うわぁ、あれって沈むのかよ?」
「違うだろ、腕でしか泳げないから沈むんだろ?」
大騒ぎする男子たち。プールの中では尻尾を上手く動かせない選手が悪戦苦闘しています。ガボガボ、ゴボゴボと浮上してきてはゴボリと沈み、少し進んではゲボゲボ、ゴホゴホ。教頭先生の見事な泳ぎとは月とスッポン、1年A組も例外ではなく…。
「頑張ってー!!!」
「そるじゃぁ・ぶるぅパワーで頑張ってぇぇぇ!!!」
女子の声援が届いているのかいないのか。トップの男子は必死ですけど他のクラスと大差なしです。これはアンカーの「そるじゃぁ・ぶるぅ」に賭けるしかないということかも…、と誰もが諦めかけた時。
「「「あぁっ!?」」」
1年A組の選手の尻尾が沈まなくなり、浮力を得た彼は一所懸命に水をかき分け、前へと進み始めました。
「そるじゃぁ・ぶるぅだ!」
「不思議パワーだ!!!」
これで勝てるぜ、と拳を突き上げる男の子たち。尻尾さえ邪魔にならないのなら腕力勝負というわけです。恐らく「そるじゃぁ・ぶるぅ」か会長さんか、どちらかがサイオンで浮かせているのでしょうが…。
『ぼくの方だよ』
スウェナちゃんと私に会長さんの思念が届きました。
『ぶるぅの出番はまだ先なんだ。えっと…最初に泳ぐのはマツカなのかな?』
いつもの七人グループの中ではマツカ君がトップに立つようです。サイズとタイムの関係でしょう。それと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に関係があると?
『うん、まあね。せっかくなんだし華麗にいこうと』
華麗に…って何か企んでますか? サイズがまちまちなのでジョミー君たちはバラけてますけど、そういえば人魚の尻尾って…ぴったりフィットが売りだった筈。学校指定の水着なんかじゃフィットしないと思うのですが…。
『うん。ぴったりフィットしていない分、スピードがかなり落ちるんだ。足の動きが上手く伝わらないってところかな。でも、腕次第ではそこそこいける。そのうち分かるさ』
プールに注目、と微笑んでいる会長さん。会長さんのサイオンで浮き上がっている1年A組の選手以外は実に惨めな姿でした。尻尾を引きずってガボガボ、ゴボゴボ…。なんとかリレーは出来ていますがA組とは既に大きな開きが。そのA組は次がいよいよマツカ君です。
「かみお~ん♪ 頑張ってね!」
マツカ君の背中をトントンと叩く「そるじゃぁ・ぶるぅ」。銀色の尻尾のマツカ君がプールに入り、戻って来た選手と交替して泳ぎ始めました。両手で水をかき、尻尾を綺麗に動かして…って、ええっ!? マツカ君、人魚泳法で泳いでる…? 女子もザワザワしています。マツカ君、いつの間にあんな特技を…?
「特別生に期待しててよ」
会長さんがウインクしました。
「ジョミーにサムに、シロエにキース。みんなバッチリ泳げる筈だ。特別生はぶるぅパワーに慣れているから完璧さ。あの5人がいればA組の学園一位は約束されたようなものだけど…他の子たちも楽に泳げた方がいいだろ?」
だからぶるぅの力で身体を浮かせているんだよ、と会長さんは得意顔です。女の子たちは大歓声。でも…スウェナちゃんと私は心に何か引っ掛かるものがあるような…? マツカ君は見事泳ぎ切って次の子に繋ぎ、その次に出たのがジョミー君。そこへ…。
『無理だよ、マツカみたいの絶対無理!』
泣きの入ったジョミー君の思念が流れました。マツカ君は男子一同の称賛を浴び、ジョミー君も同じ特別生なので期待されてるみたいです。会長さんの話を聞いていた女子の声援も物凄く…。
「「「ジョミー君、頑張ってー!」」」
『どうしよう…。ぼく、人魚なんか無理なのに…』
助けてよう、とジョミー君の心の声が伝わってきます。ここで無様な泳ぎをしたら赤っ恥ですが、あの様子ではどうにもこうにも…。と、ジョミー君の背中を「そるじゃぁ・ぶるぅ」がチョンチョンと…。
「頑張ってね、ジョミー!」
『え?』
戸惑ったような思念を残してジョミー君は飛び込んでいき、前の選手と交替するなり凄い速さで泳ぎ始めました。腕の力ではありません。マツカ君よりも遥かに鮮やかな尻尾の動きは実に滑らか。これっていったいどういうこと?
『ぶるぅの出番って言っただろう? せっかくだから華麗にいこう、って』
大歓声の中、会長さんの思念が届きます。
『ジョミーもマツカも人魚泳法の極意を教えて貰ったのさ。ぶるぅが身体に触れた瞬間、サイオンで情報が送られる。後はどれだけ活用できるか、本人の資質がモノを言うわけで…。ジョミーはサッカーの才能がある分、足の動きが抜群なんだよ。キースなんかも期待できるね』
速い、速い…と拍手している会長さん。それから「そるじゃぁ・ぶるぅ」はサム君、シロエ君、キース君の順にタッチし、みんな素晴らしい人魚泳法を披露しました。間を繋いだ男子生徒も頑張りを見せ、いよいよアンカー、尻尾のサイズが○印だった専用尻尾の「そるじゃぁ・ぶるぅ」! ノーパンではなく学校指定の水着ですけど、これもサイオニック・ドリームなのかな?
『うん! ブルーがね、みんなの前では水着をきちんと履いてなきゃ、って言っていたから、ファスナーを上げる時に水着だけ他所に飛ばしたんだ♪』
今は履いてないよ、と思念を送ってくる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。そっか、やっぱりノーパンなんだ…。
「かみお~ん♪」
雄叫びを上げて泳ぎ始めた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は他のクラスの生徒たちからも拍手を送られ、スイスイ泳いでターンして…可愛い尻尾を得意げに振ってのゴールインです。
「1位! 1年A組!」
わあっ、と上がる歓喜の声に銀色の人魚が舞い上がりました。クルクルクル…と宙返りを決め、ストンとプールサイドに降りると大喝采の嵐です。プールではまだ他の人魚がもがいてますけど、1年A組、余裕の1位! 学園一位も多分間違いないでしょう。ジョミー君たちも飛び跳ねています。人魚にされたのはショックかもですが、1位は嬉しいですもんね!
「ジョミー君、凄くカッコ良かった!」
「キース君だって速かったわよ!」
それを言うならシロエ君だって、とかサム君やマツカ君への称賛だとか…戻ってきた男の子たちは女子の歓呼の声で迎えられました。人魚の尻尾姿を笑う人は一人もおらず、浮力に助けられて泳いだだけの一般男子も努力を認められて嬉しそうです。ブラウ先生が言っていたとおり、スピードが笑いを凌駕したのでした。
「……でもさあ……」
人魚は二度とやりたくないよ、とジョミー君が唇を尖らせています。あんなに上手に泳いだのに…? 他の女の子もそう言いましたが、キース君やシロエ君たちも同意見。
「俺もジョミーに賛成だ。坊主頭も大概イヤだが、人魚も御免蒙りたい」
「そうですよ! 人魚っていうのは綺麗なモノでしょ? 人魚姫だけで充分です。男の人魚は要らないんです!」
サム君とマツカ君も深く頷き、1年A組の男子一同、人魚姿を思い切り否定しましたが…。
「ぼくもダメなの?」
涙目になる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。尻尾はとっくに外してますけど、忘れてましたよ、人気の人魚を!
「いや、そうじゃなくて! でかい男の人魚はアレだな~、と…」
「うわぁ、泣くなよ、要らないなんて言ってないから!」
「そうそう、可愛い人魚は歓迎だから!」
ごめん、と謝る男の子たち。半泣きだった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は会長さんに頭を撫でられ、頑張ったことを褒めてもらって、いつの間にやらニコニコ顔に。プールではやっと1年男子のリレーが終わったところです。人魚の尻尾は扱い辛いアイテムらしく、なんとか呼吸を確保するのが精一杯のようでした。そんな競技で好タイムを出せるクラスがある筈もなく…。
「男子の部、学園一位! 1年A組!」
ブラウ先生の発表にクラスがワッと湧き立ちました。
「1年A組は女子も学園一位だからね、男女総合で文句なしの学園一位だ。よく頑張った!」
やった、学園一位ですよ! 一位がお好きなグレイブ先生も満足そうに笑っています。イルカ・リレーに人魚リレーと変な種目に泣かされましたが、それだけに感激もひとしおかも…。表彰状は教頭先生からA組代表の会長さんへ。赤褌の教頭先生が穏やかな笑みを湛えて表彰状を手渡す瞬間。
「「「!!!」」」
私たちは目を擦りました。紫のTバックがバッチリ見えましたけど、もしかして今の、学校中に…? それにしてはやたらと静かですよね?
『君たちだけへの特別サービス。やっぱり一度は見ておきたいだろ?』
会長さんの明るい思念に眩暈がします。そんなサービス要りませんから、いい加減、解放して下さい~!
『ところが、そうはいかないんだな。…お楽しみはまだまだこれからなんだよ』
え? これから…って、どういう意味? 首を捻った所へブラウ先生が再び登場。
「さてと、学園一位の1年A組に御褒美があるよ。今から水中鬼ごっこだ。相手は先生チームになる。この鬼ごっこで捕まった先生はもれなく人魚になるってわけさ」
「「「えぇっ!?」」」
「ただし男の先生だけだよ、これはお笑いイベントだから。ついでに必須条件として教頭先生を捕獲すること! 人魚の元祖を捕まえられたら、それから後に捕まえた先生を人魚に変身させられる。いいね?」
教頭先生が逃げ切った場合は何も起こらずおしまいなのだ、とブラウ先生は言いました。
「あたしたちは教頭先生が捕まらないよう妨害するから挑んできな。制限時間は十分間だ。さあさあ、プールに入った、入った!」
ゴクリ、と唾を飲む私たち。他のクラスや学年からも「頑張れ」の声がかかっています。先生方が人魚になればさぞかし愉快な眺めでしょう。よーし、まずは教頭先生を取り押さえなくちゃ!
1年A組の生徒全員がプールに入ると、赤褌の教頭先生が続いてプールに入って来ました。他の先生方もプールに入り、教頭先生のガードを固めています。プールサイドのまりぃ先生が時計を片手にホイッスルを鳴らし、鬼ごっこ開始! ところが…。
「ダメだよ、鉄壁のガードだよ…」
「泣き言なんか言ってる場合か! 制限時間が終わってしまうぞ!」
ジョミー君がぼやき、キース君が檄を飛ばしています。クラスメイトも頑張ってますが、教頭先生を捕まえようと向かっていくと他の先生がすかさず妨害。教頭先生に近付けもせず、まさに手も足も出ないのでした。
「あと5分!」
まりぃ先生が叫び、これで貴重な時間は半減。残り5分でどうしろと…? 会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はどうして助けてくれないのでしょう? 端っこの方で見ているだけで加わろうともしませんし…。
『そろそろいいかな?』
突然響いた不穏な思念に、会長さんを振り返って見た次の瞬間。
「うわぁっ!?」
野太い叫びが上がりました。その声の主は教頭先生。プールの中に蹲っていて、すぐ傍からザッパーン! と派手な水飛沫が…。
「かみお~ん♪」
いつの間に移動していたものやら、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が宙に舞います。真っ赤な布をはためかせて。ん? 真っ赤な布って、あれはもしや…。全員の視線が布に向けられ、同時に布の正体を悟りました。
(((赤褌!?)))
誰もが心で叫んだ所へ、会長さんの号令が。
『「全員、かかれ!」』
肉声と思念の両方を使ったそれは強いパワーを秘めていたらしく、クラス全員が一つになってぶつかった先は教頭先生。他の先生方は赤褌に気を取られていて総崩れになり、教頭先生は蹲ったまま哀れ御縄に。でも…捕まえたのはいいんですけど、褌は…? 教頭先生を取り押さえている男子生徒たちも視線を他所に逸らしています。
「馬鹿だね、ハーレイ」
水の中をゆっくりと近づいてくる会長さん。
「ぶるぅの力を忘れたのかい? あの褌が本物だとでも? ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
パァァッと青い光が走って赤褌は銀色の小さな魚の尻尾に変わっていました。そう、○印の「そるじゃぁ・ぶるぅ」専用尻尾に…。つまり全員が化かされていたというわけです。赤褌が奪われたものと思ってましたが、あれはサイオニック・ドリームというヤツでしたか…。
「褌が外れたかどうかも分からないくらいに間抜けってことか。ストリーキング気分はどうだった? …みんな、ハーレイは捕まえたから他の先生を捕まえて!」
「「「ひゃっほーい!!!」」」
男の子たちが捕まえてきたのはゼル先生にグレイブ先生。シド先生も捕まえようとしたそうですが、制限時間が終わってしまって取り逃がしたとか…。ブラウ先生の陽気な声がプールサイドに弾けます。
「よ~し、人魚は三匹だね? ハーレイの分は専用尻尾で、他の二人はサイズが不明…と。まりぃ先生、出番だよ!」
「はいは~い!」
メジャーを手にしたまりぃ先生、セクハラもどきをするかと思えば実に淡々と作業しました。まあ、ゼル先生相手では燃えないでしょうし、グレイブ先生の方は奥さんのミシェル先生の目が光ってますし…。シド先生を捕まえていたら何かが違っていたのでしょうか?
『そうかもね。けっこう好みのタイプらしいよ』
会長さんの思念が笑っています。まりぃ先生が測ったサイズに合わせて人魚リレーで使われていた尻尾が運ばれ、シド先生とヒルマン先生が尻尾の装着を手伝って…。
「「「わはははははは!!!」」」
全校生徒の笑いの中でゼル先生とグレイブ先生は銀色の尻尾の人魚に変身しました。似合わないことこの上もない二人の横にはショッキング・ピンクの尻尾の教頭先生。そしてグレイブ先生の眼鏡が外れないようゴムでキッチリ固定されると…。
「水泳大会のフィナーレ、いくよ! 人魚ショーだぁ!」
三匹の人魚が次々に飛び込み、最後に銀色の小さな人魚が…「そるじゃぁ・ぶるぅ」が躍り込んで。
「ぶるぅ、頑張れ!」
会長さんが声を張り上げました。
「ゼルとグレイブもよろしく頼むよ、素人だけどビシバシと!」
それから後は拍手喝采、大爆笑の人魚ショー。サイオンに操られた先生方はジャンプをしたり、宙返りしたり…。輪くぐりの方はブラウ先生が差し出した輪を教頭先生とゼル先生が見事くぐり抜け、グレイブ先生は激突です。眼鏡がなんとか無事だったのはサイオン・シールドのお蔭かな? ショーが終わると人魚はプールサイドに上がって元の人間に戻るのですが…。
「…………」
「どうなさいました? 教頭先生」
尻尾を脱がない教頭先生にシド先生が近付きます。どうやら尻尾が外れないみたい。あの尻尾って…確か…。
『ハーレイの体積が増えると外れない。そういう仕様になってるけどね?』
クスクスクス…と会長さんの思念が聞こえてきました。
『でも今回は違うんだ。ちょっと暗示をかけてある。専用下着を瞬間移動で盗まれた、って思い込んでるのさ、ハーレイは。だから脱ぎたくないんだよ。脱いだらストリーキングだしね』
『『『………』』』
会長さんの悪戯に気付かず、シド先生は教頭先生の人魚の尻尾のファスナーを下ろし、一気に外してしまいました。親切心からの手助けでしたが、教頭先生は声にならない悲鳴を上げて両方の手で前を押さえると、脱兎の如く逃げ去って…。後ろ姿に絡んでいたのは赤くて長い布切れでした。
「「「いやぁーーーっ!!!」」」
女子の絶叫がプールサイドに木霊し、男子は笑い転げています。み、見えちゃった…褌が解けたナマお尻…。
『やっぱり極めてみたいじゃないか』
会長さんの楽しげな思念に私たちは涙を禁じ得ません。褌が解けてしまうだなんて、サイオニック・ドリームにしてもやり過ぎなのでは? 何故かウケてはいるようですけど。
『いいんだってば、ハーレイにとっては褌以上の大惨事だから。ストリーキングをしてると信じて必死に逃げてる最中だから!』
あ、転んだ…、と会長さんは笑っています。教頭先生、何処まで走って行ったのでしょう? 教頭室までは遠いんですが…。かなりの距離があるんですが!
水泳大会のゴールテープは風にはためく赤い褌。全校生徒にナマお尻を披露してしまった教頭先生、それから三日間、欠勤でした。病欠だとか謹慎だとか色々噂は流れてますけど、ぶるぅ人魚と校内一周も今回の件も大好きな会長さんの悪戯ですから、笑って許して下さいです~!