シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
- 2012.01.17 巣立ちの季節 第2話
- 2012.01.17 巣立ちの季節 第1話
- 2012.01.17 二月のお約束 第3話
- 2012.01.17 二月のお約束 第2話
- 2012.01.17 二月のお約束 第1話
会長さんとのジャンケンに負けて真っ裸にされ、ゴザで簀巻きの教頭先生。脱いだスーツや下着は全部「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んで行ってしまいました。よりにもよって私たちがいる部屋から遠く離れたトイレまで…。さっきまで酔いで顔が赤らんでいた教頭先生、すっかり青ざめてしまっています。
「かみお~ん♪ 置いてきたよ、ブルー!」
飛び跳ねながら戻ってきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がエヘンと胸を張りました。
「一番奥の個室のタンクの上でいいんだよね? ちゃんとシールドしておいたから、普通の人がトイレに行っても大丈夫! サイオンが無いと見えないもん」
「御苦労さま、ぶるぅ」
いい子だね、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を撫でて。
「さあ、どうする、ハーレイ? 君の服を取りに行くには廊下に出るしかないわけだけど、今日は満席みたいだねえ。もちろんトイレに立つ人もいる。あ、男子トイレの奥には女子用トイレもあったっけ。その格好で女性客なんかと鉢合わせたら変態呼ばわり間違いなしだ」
「…うう……」
「店員さんと出くわしたって別室に呼ばれてしまうだろうね。事情聴取というヤツさ。…ぼくを素っ裸にしようだなんて不謹慎なことを考えなければ、ここまでやらなかったんだけど…。トランクス1枚でフラダンスでも踊ってくれたら十分だって思ってたのに」
スケベ心を出すからいけないんだよ、と会長さんは冷笑を浮かべています。
「君の服は君が自分の力で取り返すしかないようだ。代理の派遣は認めない。…キース、シロエ、マツカ……君たちが自発的に取りに行ってくるのも不可。…いつまでもそこに立っていられても目障りだし…そろそろ行ってもらおうか」
「ま、待ってくれ、ブルー! この格好でどうしろと!」
教頭先生が叫び、会長さんがハタと気付いたように。
「あ、そうか…。簀巻きは身ぐるみ剥がされた時の王道だけど、そのままじゃ手が使えないのか…」
コクコクと頷く教頭先生。両手はゴザの中に押し込められて上から紐がかかっていました。確かにこれでは歩いて行けても服の回収は無理そうです。会長さんは少し考えてからニコッと笑って。
「いいよ、服は風呂敷で包んであげよう。そしたら咥えて運べるんだし、ここまで持って帰って来たらゴザをほどいてあげるからさ」
「…く、咥えて……?」
「別に問題ないだろう? 歯は丈夫だと聞いてるよ。ビールの栓も開けられるくせに」
「そ、それは確かにそうなのだが…。しかし、私が言っているのは手がどうこうという話ではなく…。そのぅ、この格好で廊下を歩けば大変なことに…」
オロオロとする教頭先生の気持ちは私たちにもよく分かります。廊下で誰かに出会ったが最後、見世物どころか警察沙汰になりかねません。高級そうなお店ですから警察は呼ばないかもですけれど、お店の人にみっちり事情を聴かれることは間違いなし。なのに簀巻きで出歩けだなんて、会長さんったら酷過ぎるのでは…? 私たちの責めるような視線を受けた会長さんはプッと吹き出し、クスクスと笑い始めました。
「心配ないよ、その格好で廊下に出ても…ね。誰も簀巻きとは気付かない」
「「「えっ?」」」
「ほら、サイオンの応用だよ。キースやジョミーが坊主頭に見えてしまうのと同じ理屈さ」
服を着てるように見せかけるから、と自信満々の会長さん。教頭先生、これは最大のピンチかも…?
「ハーレイ、今のを聞いただろう? ゴザしか着てないってことは誰にもバレない。自分の心は騙せないけど、そこは男らしく我慢したまえ。…早く行って服を取り戻さないと、いつまで経ってもそのままだよ。それとも簀巻きが気に入った?」
教頭先生はゴザから突き出した首をブンブンと振り、情けなそうに廊下へと続く襖を見ています。簀巻きでトイレまで歩かされた上、帰りは服を包んだ風呂敷包みを咥えて戻ってくるなんて…泣きたいような気分でしょう。
「…ブルー…。一つ、訊きたいのだが」
「ん? なんだい、ハーレイ」
「風呂敷包みを咥えて戻ってこいと言ったな…? 私がそれを咥えているのも当然隠してくれるんだろうな?」
「…なんで? 風呂敷包みを咥えてるくらい、罰ゲームかもしれないし…。隠す必要ないじゃないか。君の服が一般人に見つからないようにシールドしているぶるぅの力は、服が回収されたら終わりだ。堂々と咥えて帰ってくればいいだろう」
もう風呂敷に包んだから、と会長さんは素っ気なく言い放ちました。いつの間にかサイオンで手配していたみたいです。
「それとも何か…? 風呂敷包みを咥えて歩くのは耐えられない? …ああ、その格好で往復するのも不自然といえば不自然かもね。服を着ているように見せてはいても、簀巻きじゃ身体の動きが変だ。おまけに口に風呂敷包み…。やっぱり人目を引いちゃうかな?」
「…私にはそう思えるのだが…」
「うーん、残念。…せっかく簀巻きにしてあげたのに無駄骨かぁ…。仕方ない、着替えさせてあげるよ」
キラッと青いサイオンが走り、教頭先生の身体を包んで…。
「「「!!!」」」
全員の目が見事に点になっていました。ゴザは消え失せ、逞しい身体を包んでいたのは真っ白でフリルひらひらの…可愛いエプロンだったのですから。もちろん服も下着も無しで、裸エプロンというヤツです。その姿には嫌と言うほど見覚えが…。
「どうだい、ハーレイ。その格好なら手足は自由に動かせる。風呂敷包みも咥えなくていいし、行ってきたまえ」
「…………」
気の毒な教頭先生は声も出せないようでした。会長さんが更に続けて。
「覚えてるだろ、そのエプロン? ずっと前にブルーが遊びに来た時、ぼくのベッドで不埒な真似をしてくれたっけね。鼻血に負けて何も出来ずに終わってたけど、素っ裸でぼくのベッドで寝ちゃってさ…。あの罰にベッドメイクをやらせた時のエプロンだよ、それ」
ああ、やっぱり…! 額を押さえる私たちを他所に会長さんはビシッと襖を指差しました。
「他の着替えは用意できない。裸エプロンが嫌だというなら簀巻きに戻す。…ぼくの気がまた変わらない内に服を取り戻してくるんだね」
「……本当に他の人には見えないんだろうな?」
「裸エプロンには見えないよ。きちんと服を着ているつもりで堂々と歩いていくといい。…ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
カラリと襖を開ける「そるじゃぁ・ぶるぅ」。教頭先生はグッと拳を握り締め、エプロン1枚で廊下に向かって歩いてゆきます。見ちゃいけないと思ってはいても、ついつい視線が行ってしまうのは…リボン結びの真下のお尻。筋肉質の身体が廊下に出ると、会長さんがピシャリと襖を閉めました。
「…因果応報、世の習い…ってね。簀巻きの方が面白いとは思ったんだけど、裸エプロンにも恨みがあるし…。ほら、バレンタインデーにブルーがかけたサイオニック・ドリームで勝手に妄想されちゃったから」
「ああ、あれな…」
俺たちの目には見えなかったが、とキース君。教頭先生自身の記憶も会長さんが消去しています。幻の会長さんの裸エプロンを知っているのは会長さん自身と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。その「そるじゃぁ・ぶるぅ」は教頭先生が消えた廊下を眺めて…。
「ハーレイが着ると笑えるよね。ブルーだとお行儀悪そうって思うだけなんだけど、ハーレイがやるとオカマみたい。…ブルーに言われたとおり白にしたのに似合ってないや」
そういえば、あのエプロンを買ってきたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」でしたっけ。売り場にはピンクもあったと聞いています。ピンクだったら視覚の暴力度は更に上がっていたでしょう。会長さんはパチンとウインクして。
「ぼくとサイオンの波長を合わせてごらん。今のハーレイの姿が見られる」
「「「え?」」」
「いいかい? いち、にの…さん!」
一方的にカウントダウンをされたかと思うと、私たちの目に教頭先生の姿が映りました。廊下の壁に背中を押しつけて張り付いています。その前を不審そうに通り過ぎてゆく宴会帰りのおじさんたちと芸妓さんや舞妓さん。
「ハーレイったら、ホントに度胸が足りないんだから…。あんな風にしている方が変だよ、普通にしてればいいのにさ。…道草せずに直行したら許してあげてもよかったけれど、この道草は許せないな。あーあ、また向こうから人が来た」
今度は店員さんでした。「どうかなさいましたか?」と声をかけながら通り過ぎます。やっと通行人が途切れて、教頭先生は脱兎のごとくトイレに駆け込み、先客がいなかったのを幸い、一番奥の個室に入ってバタンと扉を閉めたのですが…。
『トイレの中での着替えは禁止!』
会長さんの思念波が響き渡りました。風呂敷包みを抱えた教頭先生の顔が引き攣り、周囲をキョロキョロ見回しています。
『そこでの着替えは認めない。…服を持って帰ってくること。着替えはこっちでやってもらうよ』
『この格好で戻れというのか!?』
『もちろん。…嫌なら両手を拘束してもいいんだけれど? そしたら風呂敷包みを咥えて帰ってくるしかないね』
『…そ、それだけはやめてくれ…!』
悲鳴にも似た思念波が届き、教頭先生は風呂敷包みをしっかり抱えて裸エプロンでトイレの外へ。帰り道でも人に出会う度に壁に張り付いてしまいましたから、戻ってくるのに時間がかなりかかったことは改めて言うまでもありません。…裸エプロンから服への着替えは会長さんが取り出したゴザの向こうで行われました。
「ハーレイ、今日は最高の宴会芸をありがとう。おかげでグッと盛り上がったよ」
会長さんがニッコリと笑い、教頭先生は悄然と肩を落としています。特別生1年目の最後の試験の打ち上げパーティーは、スポンサーの財布と心に甚大な被害を及ぼしまくってようやく幕を閉じたのでした。
期末試験の結果発表は次の週。3年生はもう学校に来ていませんし、私たち特別生にも登校義務はないんですけど…つい学校に足が向くのは楽しい仲間に会えるからです。キース君の大学の試験もとっくに終わって、終業式までの授業は全部出席するのだとか。いつもは途中で抜けたりしていただけに、ちょっと嬉しい気分になります。そんな中、グレイブ先生が足音も高く朝の教室に登場しました。
「諸君、おはよう。期末試験もよく頑張ってくれた。我がA組が学年1位だ。この一年間、学業も運動もA組は全てにおいて1位であった。ありがとう、諸君。私は諸君を誇りに思う。実に素晴らしい一年だった。進級しても新しいクラスで大いに活躍してくれたまえ」
「「「はーい!!!」」」
1年A組は全員元気一杯でした。グレイブ先生は満足そうにクラスを見渡し、いつもの癖で眼鏡をツイと押し上げてから。
「それと重大な発表がある。…諸君には話していなかったのだが、アルトとrが今年で卒業することになった」
「「「えぇぇっ!?」」」
私たち七人グループと当事者を除くクラスメイトはビックリ仰天したようです。文字通り青天の霹靂というヤツですから。グレイブ先生は教卓をバン! と叩いて皆を黙らせ、踵をカツンと打ち合わせて。
「このシャングリラ学園には、とある条件を満たした者が一年間で卒業するという特例がある。該当者が出た場合は前倒しで修学旅行が実施されるから普通は事前に分かるのだがな…。知ってのとおりアルトとrは留年中だ。つまり去年も1年生をやっている。そして去年は1年生の修学旅行が行われた」
「「「…………」」」
「その時に卒業した七人は今も私のクラスにいるから、誰かはすぐに分かるだろう。そしてアルトとrは修学旅行を体験済みだ。だから今年は修学旅行をする必要が無かったというわけなのだよ。…二人は3年生と一緒に卒業するが、それまでは平常通りに登校する。諸君も特別扱いをせず、好奇心からの質問などは慎むように」
分かったな、と強く念を押すグレイブ先生。…私たちも去年通った道ですけれど、アルトちゃんたち、本当に卒業することになったんですねえ…。でも、お別れという気はしません。アルトちゃんたちは会長さんの大のお気に入り。特別生になるかどうかはともかく、また会えそうな予感がします。…グレイブ先生は咳払いをして。
「そしてもう一つ、お知らせがある。ホワイトデーだ」
「「「ホワイトデー!?」」」
それはまだ先の話なのでは…と誰もが考えているようです。けれどシャングリラ学園のホワイトデーは違いました。バレンタインデーを派手にやるだけに、カレンダーどおりのホワイトデーでは3年生が卒業してしまっていて上手くバランスが取れないから……と前倒しで実施されるのが慣例。グレイブ先生はその説明を終えてから…。
「今年の繰り上げホワイトデーは卒業式の三日前だ。チョコを貰った男子は礼を失することのないよう、心して準備しておきたまえ。当日は授業開始前に特別に受け渡しの時間を設ける。いいな!」
「「「はいっ!」」」
緊張した表情の男子たち。頭の中はきっと何をお返しにプレゼントするかで忙しく回転しているのでしょう。
卒業が決まったアルトちゃんとrちゃんに不安そうな様子はありませんでした。キース君みたいに秘かに進学先を決めているとか、就職先が決まっているとか…そんな話も聞きません。どうして知っているのかって? 私たちは去年からの友達ですし、一年早く卒業しちゃった特別生でもありますし…休み時間とかに色々話をするんですから。
「…あのね、質問があるんだけど…」
ほら、今日も早速来ましたよ~! 口を開いたのはアルトちゃんです。
「寮のお部屋とかどうなるのかなぁ? 卒業式が近付いてるから3年生の人は家に荷物を送ってるのに、私たち、業者さんの案内も貰えないままで…」
業者を決めるための見積もりなどを頼まなくてはいけないのに、とrちゃんも困り顔。
「会長さんなら詳しいかな、って尋ねてみたら、スウェナちゃんたちも知ってるからって…。でも、寮生じゃないのにね」
みんな家から通ってるでしょう、と首を傾げるrちゃんにジョミー君が。
「うん、寮生はいないけど…。寮のことなら数学同好会の人たちに訊けばいいんじゃないかな? ボナール先輩とかパスカル先輩とか…。同じ1年生ならセルジュもいるよね」
「あっ、そっか! みんな寮生だったっけ…」
忘れてた、と顔を見合わせるアルトちゃんとrちゃん。「ほらね」と笑うジョミー君の次にシロエ君が。
「正直に言うと、ぼくたちも去年は何が何だか分からない内に卒業したっていうのが本当なんです。それで気がついたら特別生ってことになってて、手続きも全部済んでいて…。ですからアルトさんたちが何も決めてなくても、なるようになると思いますよ」
「同感だな」
キース君が大きく頷きました。
「卒業してから分かったことだが、俺みたいなのは例外らしい。普通はフラッと卒業してって、それから進路が決まるらしいぜ。寮の荷物を送る手配がついてなくても心配無用ってことだろう。進路が何に決まったとしても、荷物は送って貰えるさ」
「…送らないってこともあるものね」
今のまんまで寮暮らしとか、とスウェナちゃんが微笑みます。
「二人とも、会長さんに夢中なんでしょ? だったら寮にいればいいのよ、今までどおり」
「そ、それは…」
「…どうなるか全然分からないし…」
アルトちゃんたちは謙虚でした。会長さんが目をかけている以上、二人とも寮生として居残りそうな気がするのですが…。けれど会長さんも二人については何も教えてくれません。勝手気ままな学生生活をしているとはいえ、そこはソルジャーゆえなのでしょう。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も同じです。こればっかりはアルトちゃんたちの進路説明会が済むまで謎に包まれたままなんでしょうね。
そうこうする内に繰り上げホワイトデーがやって来ました。朝のホームルームが終わるとすぐにプレゼントの受け渡しタイムです。ジョミー君たちから義理チョコのお返しを貰い、クラスメイトたちもとっくに配り終えたというのに授業開始のチャイムが鳴らない理由は会長さん。学園でダントツの数を誇るチョコを貰った会長さんが3年生のクラスから順番に甘い言葉を配り歩いているのでした。
「…去年も一人で時間延長しまくってたよね」
キザなんだから、とジョミー君が言いましたけど、サム君は…。
「キザなんじゃねえよ。ブルーはとっても優しいんだから、みんなに挨拶してるだけだろ」
相変わらず会長さんにベタ惚れのサム君ですが、バレンタインデーのチョコは貰えずに終わってしまいました。シャングリラ・ジゴロ・ブルーな会長さんにとってバレンタインデーは『チョコを貰う日』であって、渡す日とは思っていないのです。教頭先生にバレンタインデー絡みの悪戯を仕掛けはしても、公認カップルのサム君相手に悪戯なんてあり得ませんし、こればっかりは仕方ないですよね。
「もしかしてサム、ブルーからチョコを貰いたかったとか?」
ジョミー君の問いにサム君は顔を真っ赤に染めて。
「そ、そりゃあ…欲しかったけど……くれるわけないし…。いいんだ、何も貰えなくっても」
「ええ、その方が賢明でしょうね」
貰ったら後が大変ですよ、とシロエ君が廊下の方を眺めています。隣のB組から女の子たちの黄色い悲鳴が聞こえてきました。会長さんの登場に違いありません。シロエ君は様子を見に行き、すぐにA組に戻ってきて。
「やっぱり会長が来てました。うちのクラスは最後でしょうけど……ぼくは教頭先生のことが心配ですね」
「「「…教頭先生?」」」
「ええ。今年のチョコは自分だなんて恐ろしいことを言ってたでしょう。あの調子じゃホワイトデーは何をやらかすか…。ありきたりのプレゼントでは納得しない人でしょうから、サム先輩もチョコを貰わなくてよかったですよ」
財布が空になっちゃいます、と言われてサム君は深い溜息。
「…俺の場合、空になるほど頑張ったって高いプレゼントは無理だもんなぁ…。教頭先生には敵わねえや」
「だよね」
お小遣いの額が違いすぎるよ、とジョミー君がサム君の肩を叩いて励ましています。そこへ扉の方からワッと女の子たちの声が上がって…。
「待たせちゃってごめん。でもこのクラスで最後だからね、ゆっくり時間が取れるから」
「かみお~ん♪」
会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」をお供に連れて入って来ました。女の子の前で立ち止まっては「そるじゃぁ・ぶるぅ」に持たせた大きな袋からラッピングされた包みを出して渡しています。去年はハンカチでしたけれども、今年は何をくれるのでしょう? アルトちゃんやスウェナちゃんたちと教室の隅っこにいると、配り終わった会長さんが甘い笑顔で近づいてきて。
「はい、ぼくからの今年のプレゼント。チョコレート、とっても嬉しかったよ。…まずアルトさん」
手のひらに乗っかるサイズの箱を手渡す会長さん。次がrちゃんで、その後がスウェナちゃんと私です。
「今年は小物入れなんだ。綺麗なガラスのが見つかったから、渡す子の名前を彫ってもらってさ…。でもね、君たちの名前はぼくの手彫り。グラスリッツェンって知ってるかい? ダイヤモンドの粒がくっついたシャープペンシルみたいな道具で模様を彫ったりできるんだ」
なんと! 手彫りとはポイント高いです。アルトちゃんとrちゃんは目がハート。そんな二人に会長さんは「可愛いね」と囁きかけるのを忘れません。
「君たちには今年も寮の方へプレゼントを送っておいたから。…もちろんフィシスの名前でだけど、部屋に帰ったら開けてみて?」
「あ、ありがとうございます…」
アルトちゃんたちは感激していました。去年はフィシスさんの名前でネグリジェを送ったと言ってましたが、またですか! 今度は夜着だか下着なんだか、いずれにしてもマメな人です。スウェナちゃんと苦笑し合っていると、袖がツンツンと引っ張られて…。
「あのね、ぼくもプレゼント持って来たんだ」
これ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が小さな箱を差し出しています。
「みゆもスウェナもチョコを贈ってくれたでしょ? ブルーが手彫りガラスをやるんだって言い出したから、ぼくも
アヒルちゃんを彫りたくて…。だけどブルーがアヒルちゃんは子供用の模様だから、って…」
違う模様になっちゃった、と残念そうな「そるじゃぁ・ぶるぅ」。スウェナちゃんと私が箱を開けると、透明なガラスの小物入れの蓋に見事な白鳥が彫られていました。うーん、流石は会長さんの提案です。でもアヒルちゃんも可愛かったかも…。
「ほんと? じゃあ、次はアヒルちゃんのを作ってみるね! 出来上がったらプレゼントするから!」
わーい! と嬉しそうに飛び跳ねながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」は会長さんと一緒に帰って行きました。それからすぐにチャイムが鳴って授業の時間が始まります。二年目ともなれば慣れましたけど、この学校のバレンタインデーとホワイトデーはつくづく賑やかなイベントですよねえ…。
放課後、私たちはいつものように「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に出かけました。柔道部の部活は今日は朝練のみだったので柔道部三人組も一緒です。
「かみお~ん♪ 今日は生マシュマロだよ! イチゴに葡萄にパッションフルーツ!」
食べてみてね、と器を並べる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。生マシュマロだけでは足りないから、とエンゼルケーキも焼いてあったり…。会長さんは今日は授業に出ていませんから、一足お先に生マシュマロを食べていました。アルトちゃんたちの寮に送ったものが気になりますけど、男の子たちもいるんですから聞けませんよね…。
「…ペンダントだよ?」
いきなり会長さんが言い、私以外は顔中に『?』マークが飛び交っています。会長さんはおかしそうに笑い、アルトちゃんたちへのプレゼントだと説明しました。
「二人のイニシャルと誕生石をあしらったペンダントをプレゼントしたんだけれど…。それのオマケで着る物をちょっと。…そっちは御想像にお任せしとく」
フィシスの名前で送ったと言えば分かるだろ、とサラッと言い切る会長さん。男の子たちは頬を赤くし、キース君がヒュウ、と口笛を吹き鳴らします。
「アルトたちが仲間になったら愛人にでもするつもりか? あんたにはフィシスさんがいるというのに」
「分かってないね。フィシスはぼくの女神だよ? 女神は俗世間とは無縁なんだし、俗っぽいことは言わないさ」
「………。あんた、いつか女で身を滅ぼすぞ」
「身を滅ぼす? そういうのはハーレイに言ってあげればいいと思うな。ぼくに入れ上げて三百年以上の独身人生、酷い目にばかり遭っているのに全然懲りていないんだから」
人がいいにも程がある、と会長さんは教頭室がある本館の方を眺めました。
「今日のおやつを食べ終わったら、教頭室に行かなくっちゃね。バレンタインデーは奮発したんだ、ホワイトデーにはそれ相応のお返しってヤツを貰わないと」
「ちょっと待て!」
会長さんの不穏な言葉を遮ったのはキース君。
「バレンタインデーってチョコレート・スパのことを言ってるのか? あんなモノのお返しを教頭室で要求するって、あんた、本当に気は確かか…?」
「ふうん…。並大抵のことじゃ返せないって君にも見当がつくってわけか。じゃあハーレイにも分かるだろうね。安心した」
これで存分に絞り取れる、と笑みを浮かべる会長さん。チョコレート・スパ…。会長さん自身がチョコレートだと豪語していたアレのお返しって、会長さんはいったい何を…?
シャングリラ学園の特別生としての1年目を締め括るのは三学期の期末試験でした。これが終われば特別生に登校義務はありません。いえ、そもそも試験を受ける必要もないんだという話ですけど…本当でしょうか? そういえば今回の試験期間もお隣のB組の欠席大王、ジルベールを一度も見かけていません。特別生の制度にはまだまだ謎が多そうです。
「試験終了! 全員、そこまで」
グレイブ先生がツイと眼鏡を押し上げ、解答用紙を回収しました。五日間の試験もこれでおしまい。1年A組は一番後ろの机に座った会長さんのサイオンのお蔭で全員満点を取った筈です。会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議な力の御利益なんだと嘘をついているわけですけども。
「諸君、今回もよく頑張ってくれた。授業はこれからも続くわけだが、それは次の学年へのステップだ。点数がつかないと思って気を抜かないよう気を付けたまえ。くれぐれも羽目を外さんようにな」
「「「はーい!!!」」
終礼が済むとクラスメイトはカラオケや打ち上げに出かけていきます。私たちは会長さんと一緒にまずは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ。
「かみお~ん♪ 試験、お疲れさま! 今日はこんなの作ってみたよ」
テーブルの上に乗っていたのは小さなシュークリームを幾つも積み上げた円錐形のタワー。クロカンブッシュというヤツです。
「特別生1年目最後の試験が終わったお祝い。シュークリームの中身は色々あるから沢山食べてね」
カスタードにマロン、チョコレート…とクリームの種類を挙げる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。飲み物も出てきて私たちは早速タワーを壊しにかかりました。カラメルでくっつけられたシューを外して齧って、期待した中身かどうかを確かめて…。
「あーっ! 今度はカボチャだった…」
マンゴー味が食べたいのに、とジョミー君が嘆き、マツカ君が。
「齧っちゃいましたけど、取り換えますか? ぼくのがマンゴー味なんです」
「いいの? じゃ、取り換えようよ」
嬉々としてマンゴー味のシューにかぶりつくジョミー君。会長さんが苦笑しながらタワーの方を指差して。
「相変わらずだね、君たちは。サイオンを上手く使えば中身はすぐに分かるのに…。いいかい、一番上の右がイチゴで隣がキャラメル。その下が今日の目玉の八丁味噌味…」
すらすらと告げる会長さんですが、私たちにはサッパリ分かりませんでした。どう見ても全部同じものです。
「おい。俺たちのサイオンに進歩が無い…と言われてもな。特に訓練もされてないのに、どうしろと!」
キース君が食ってかかると会長さんはおかしそうに。
「ぼくもぶるぅも訓練なんかは受けていないよ? いわば自己流。その点、君とジョミーは恵まれてるよね。坊主頭に見せかけるために特訓中。…それ以外は自力で頑張りたまえ。さあ、今日も練習してみようか」
「ま、待て!」
今日はちょっと、とキース君が叫ぶよりも早くキラッと光る青いサイオン。キース君とジョミー君の髪の毛が消え失せ、二人はその状態をキープしなくてはならないのですが…。
「えっと、どれだっけ、八丁味噌味?」
雑念だらけのジョミー君の髪がたちまち頭に戻って来ました。やる気の無さが現れています。キース君は五分間ほど頑張ったものの、「駄目だ」と元の長髪に戻ってしまって…。
「五分の壁が越えられないな…。家でも練習しているんだが、未だに坊主頭に見せることすら不可能だ」
溜息をつくキース君に会長さんは「いいじゃないか」と微笑みました。
「本当に剃ってしまえば根本的に解決するよ。坊主頭に馴染めるようにお年玉だってあげただろう?」
「この有難くないコンパクトか…」
鞄から銀色のコンパクトを出すキース君。四葉のクローバーが彫られた上品なそれが映し出すものは坊主頭のキース君だと聞いています。キース君はコンパクトをパチンと開けて覗き込んでから…。
「見慣れれば慣れるってものではないぞ。こいつのお蔭でよく分かったんだ。やっぱり俺には坊主頭は似合わない…ってな」
「それは思い込みってヤツだよ、キース。でもまあ…嫌だって言うなら訓練の方を頑張るんだね。第一関門は今年の秋か…」
「……言わないでくれ……」
秋にキース君を待ち受けているのは髪の毛を短く刈るのが必須条件の修行道場。自慢のヘアスタイルを守りたいなら努力するしかありません。今の調子だとショートカットは免れそうもありませんけど…。
キース君をからかいながらクロカンブッシュを食べ終えてしまうと、試験最終日の恒例行事、打ち上げパーティーに出発です。今日は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が個室を予約してくれた焼肉店。上等のお肉と備長炭が売りの高級店で、お金はもちろん…。
「ハーレイの所に行かなくっちゃね。大事なスポンサーだから」
会長さんは先頭に立って教頭室に向かいました。重厚な扉をノックし、「失礼します」と足を踏み入れる会長さん。
教頭先生は心得たように熨斗袋を取り出し、会長さんを手招きして。
「ブルー、いつもより多めに入れておいたぞ。今年度最後の試験だったからな、打ち上げも派手にやりたいだろうし…。足りなかったら私の名前でツケにしておけ」
「今日はハーレイも一緒に行こうよ。よかったら、だけど…。たまにはスポンサーにも感謝しながら食べないとね」
そうだろう? と私たちを見る会長さん。確かに教頭先生にはお世話になってばかりです。会長さんが毟り取るのは貢がせているということでオッケーでしょうが、私たちはただのオマケ。なのにオマケの方が人数が多いんですから、教頭先生は内心複雑かも…。会長さんが教頭先生を誘いたいならオマケの身では反対できません。私たちが頷くのを確認してから会長さんはニッコリ笑って。
「ねえ、ハーレイ。この子たちもいいって言ったし、来ないかい? 仕事の方は…大したことはないだろう?」
明日でも良さそうな書類ばかりだ、と勝手に手に取ってチェックしている会長さん。ついでにパソコンまで操作しています。正体はソルジャーですからいいのでしょうが、教頭先生は苦笑するばかり。
「…ブルー、お前には敵わんな。こらこら、いくらパスワードを知ってるかしらんが、それは私の仕事だぞ」
「いいじゃないか。…うん、ザッと見たけど、急ぎの用事は無いみたいだね。はい、終了」
メールチェックまでした会長さんはパソコンの電源を切ってしまいました。教頭先生は溜息をついて書類を片付け、棚などに鍵をかけてゆきます。
「…分かった、一緒に行くことにしよう。事務局に鍵を返しておくから、門の所で待っていてくれ」
「うん。ハーレイの車は家に送っておいてあげるよ」
「おいおい、私は酒は飲まんぞ」
「飲みたくなるかもしれないじゃないか。じゃあ、正門で待ってるからね」
会長さんは軽く手を振って踵を返し、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ荷物を取りに戻りました。それから教職員用の駐車場に行き、教頭先生の車を会長さんがアッという間に瞬間移動。日は暮れてきていますけれども、車が駐車スペースから煙のように消え失せるのはインパクトのある光景です。こんな風にサイオンを堂々と使えてしまうシャングリラ学園って凄いですよね…。
「そのために作った学校なんだ」
正門へ向かって歩く途中で会長さんが言いました。
「少々不思議なことがあっても、そういう噂を見聞きされても、あの学校なら…と誰もが納得してしまうように仲間を集めて創立した。今のところは上手くいってる。何百年も生きる教師や生徒や卒業生…。そんな仲間たちがシャングリラ学園の出身者として社会に溶け込んで暮らしているよ。長命だという特徴目当ての求人もある」
「…そうなんですか?」
シロエ君が目を丸くします。求人って…そんなのありましたっけ? 去年、私たちが卒業する時、進路は何も決まらないままで卒業式を迎えたような…。キース君は大学に行きましたけど、それはお坊さんになるという明確な目標があったから。他は全員アテもなかった筈なんです。求人なんて…聞いてませんよ? 疑問だらけの私たちの顔に会長さんはクスクスと笑い出しました。
「求人は毎年来てるんだ。だけど適性の問題もあるし、最終的には長老たちの会議にかけて決定してる。生徒に通知するかどうかをね。…基本的に学校生活に退屈してきた特別生が対象だから、君たちはまだまだ関係ないさ。特別生にならない進路を選択しそうな生徒がいれば、その子も対象になるんだけども」
「…特別生にならない選択って…もしかして心を読んでたわけ?」
ジョミー君が尋ね、会長さんはコクリと静かに頷いて…。
「うん。読むのはぼくの役目なんだよ。でも、必要な部分しか読んでいないから安心して。…君たちのサイオンを導くついでにやってたことさ。……勝手に読んでたなんて許せないかな?」
私たちは揃って首を横に振りました。いつも悪戯ばかりの会長さんですが、本当に大切なことは…きっときちんとしてるのです。なんといってもソルジャーですから。…会長さんよりも悪戯好きな別の世界のソルジャーだって普段は死と隣り合わせの生活で仲間を守っているわけですし、人は見かけだけでは判断できないものですよねえ…。
「かみお~ん♪」
ハーレイがいるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が正門に向かって駆けていきます。コートを羽織った教頭先生が門の所で待っていました。タクシーに分乗して目指すは打ち上げパーティー会場。シャングリラ学園の謎はまだまだ沢山あるのでしょうけど、今はとりあえず焼肉ですよ~。
今回のお店は初めてでした。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は何度も来ているらしいのですが、焼肉専門店には見えないようなお店の構えが素敵です。畳敷きの個室も広くて落ち着いていて、掘り炬燵式のテーブルに焼肉用の炭火が無ければ焼肉店とは気付かないかも。教頭先生を囲んで打ち上げパーティーは和やかに始まりました。
「そういえば去年も焼肉だったね」
会長さんが本来はお刺身用らしい新鮮な海老を焼きながら教頭先生に微笑みかけて。
「隣の部屋にノルディがいてさ…。お酒を持って押しかけてきて怖かったっけ。ハーレイが助けてくれなかったら危なかったな」
ありがとう、と言われた教頭先生は「いや…」と照れ笑いしています。
「飲み比べでカタがつけられたからな。…それにノルディに取られるくらいだったら私がお前を攫って帰っていたと思うぞ」
「…へえ…。ヘタレのくせに攫って帰ってどうするのさ」
教えてほしいな、と教頭先生の顔を覗き込む会長さん。
「まさか飾っておくだけとか? 三百年以上も惚れてるからには色々と望みもあるだろうけど、ハーレイの場合、身体がついていかないしねえ…。寝室に飾ってそれでおしまい?」
「…そうだな…。お前の姿を見ていられれば…それで十分なのかもしれん」
頬を染めている教頭先生。心の底に会長さんの裸エプロンという願望があったことを私たちはソルジャーの悪戯のせいで知っていますが、教頭先生自身の記憶は会長さんが消してしまって残っていません。けれど願望自体は消えていない筈。教頭先生に甲斐性があれば会長さんを眺めるにしても好みの格好をさせておくとか、楽しみようもあるのでしょうけど…鼻血ばかりのヘタレでは…。
「見ているだけで十分なんだ? それじゃサービスしないとね」
会長さんがスッと立ち上がり、サイオンの青い光に包まれたかと思うと制服がチャイナドレスに変わっていました。エロドクターが誂えてきたワインレッドのドレスです。ゴクリと唾を飲む教頭先生に会長さんはクスッと笑って。
「ふふ、このドレス…素敵だろう? スリットが深く入ってるから下着も変えなきゃいけないんだ。いつもの黒白縞だと見えちゃうんだよ」
ほらね、とスリットから白い腿を覗かせてみせる会長さん。黒白縞というのは教頭先生の紅白縞とお揃いだと言って騙し続けている青月印のトランクスです。そんなモノ、一度も履いてないくせに…。教頭先生の視線が釘づけになっているのを確認してから、会長さんは教頭先生の隣にストンと腰を下ろしました。
「今日はホステスをさせてもらうよ。…ハーレイ、お酒は?」
「い、いや……。生徒を引率してきた教師が飲むというのはまずいだろう」
「引率? 堅苦しいことを言わなくっても…。去年だってそう言ってたけど、ノルディが来ちゃって飲み比べだろ? 少しくらいはいいと思うな。ね、ぶるぅ?」
何故にそこで「そるじゃぁ・ぶるぅ」…と思いましたが、訊かれた方は元気よく。
「うん! ぼくもチューハイ飲みたいな♪ ブルーと来た時はいつも飲むんだ」
注文しようよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大はしゃぎ。教頭先生は渋い顔をしていましたが、チャイナドレスの会長さんに何度も甘く囁かれる内に…。
「たまにはいいか。…お前の酌で飲める機会はこれを逃すと無さそうだしな」
「そうだよ、特別サービスなんだ。頼まなくっちゃ損だって!」
会長さんは自分と「そるじゃぁ・ぶるぅ」用にチューハイ、教頭先生にはお銚子を頼んで…早速お酌を始めました。おまけに教頭先生のためにお肉や野菜を焼いてあげては、せっせとお皿に入れています。サム君はガックリ肩を落として。
「…せっかく試験の打ち上げなのに……教頭先生にブルーを取られた…」
「まあ待て。落ち込むのにはまだ早いぞ」
ヒソヒソ声で囁いたのはキース君。
「どうもサービス過剰すぎる。あるいは裏がある…かもしれない」
「裏? そんなの無いだろ、いいムードなのに」
サム君は悲観的でした。チャイナドレスに着替えるまでは会長さんはサム君の隣にいたんですから、無理もないかもしれません。私たちはサム君を慰めながら焼肉の方に集中しました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、教頭先生はお酒も入って賑やかですけど、負けないように盛り上げなくちゃ~!
美味しいお肉や魚介類などを次々頼んで、サム君の嘆きもすっかり何処かへ消し飛んだ頃。完全防音の個室の中に雄叫びが響き渡りました。
「かみお~ん♪」
チューハイで出来上がってしまったらしく、可愛い顔を真っ赤に染めた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が拳を突き上げて畳の上で飛び跳ねています。
「ハーレイ、遊ぼ! ねえねえ、ぼくとジャンケンしようよ! 鬼ごっこして遊ぼう、ハーレイ!」
「「「…鬼ごっこ…?」」」
私たちの声と教頭先生の声が重なりました。ジャンケンだとか鬼ごっこだとか、会長さんのホステスの次はお子様向けのサービスタイム? 「そるじゃぁ・ぶるぅ」はやる気満々みたいです。
「駄目だよ、ぶるぅ。テーブルに炭火があるだろう? 鬼ごっこなんかしちゃいけない」
危ないからね、と会長さんが止めに入ると「そるじゃぁ・ぶるぅ」は膨れっ面で。
「つまんなーい! ぼく、鬼ごっこ好きなのに…。サイオン使って逃げて遊ぶの、久しぶりにしたかったのに!」
「……あれか……」
どうやら覚えがあったとみえて教頭先生がフウと溜息を吐き出しました。
「ぶるぅ、あれは広い場所でやるから面白いんだ。この部屋ではあまり楽しくないぞ? 今日はやめておきなさい。その代わり、シャングリラに乗ったら公園でやろう」
「えっ、公園? 広いよ、ハーレイ、大丈夫?」
ぼくは平気だけど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。教頭先生は「甘く見るなよ」と笑って見せて。
「普段から鍛えているからな。ぶるぅ、捕まった時は逆さ吊りがいいか?」
「うん、それと足を掴んで振り回すヤツ! ポーンと遠くへ投げちゃってね!」
捕まるとハードな目に遭うみたいですけど「そるじゃぁ・ぶるぅ」はそういう遊びが好きなんでしょうか? 私たちのジト目に教頭先生が肩をすくめて。
「おいおい、誤解しないでくれ。…ぶるぅはタイプ・ブルーだぞ? 投げられたって平気なんだ。絶叫マシンの感覚らしい」
「そうなんだよね」
会長さんが頷きました。
「なにしろ小さな子供だから…絶叫マシンに乗れないだろう? その分、激しい遊びが好きでさ。でも、ぶるぅを投げたり振り回したり…なんて大技、ハーレイくらいしか出来ないんだ。おまけに人目がない場所でないと…。シャングリラ号なら大丈夫だけど。よかったね、ぶるぅ」
小さな銀色の頭を撫でてから会長さんは「でも…」と首を傾げて。
「ジャンケンだけなら此処でも出来るか…。そうだ、ハーレイ、ぼくとジャンケンしないかい?」
「…えっ?」
怪訝そうな教頭先生に会長さんは艶やかに微笑みかけました。
「もう十分に食べたしね…。追加でサービスしようかなぁ、って。こんなジャンケンはどうだろう? 負けた方が服を1枚脱ぐんだ。ネクタイやベルトも1枚とカウントするのがいいね」
「「「えぇぇっ!?」」」
それはとんでもない提案でした。もしかしなくても野球拳とかいうヤツですか? で、でも…教頭先生はスーツにネクタイ、ベルトなんかもガッチリなのに…会長さんはチャイナドレス。1回負けたら下着1枚になってしまうのでは…。それともサイオンで相手が何を出すかを読み取るとか…?
「ああ、サイオンは禁止だよ。…ぼくも使わないと約束する。だけどぼくはドレスが1枚きりだし、一度で勝負がつくというのも楽しくないし…。ぼくの代理でぶるぅが脱ぐっていうのはどうかな? ぶるぅが全部脱がされちゃったら、その後、一度だけジャンケンをして……それで負けたらぼくが脱ぐんだ。ぼくが勝ったら勝負はおしまい。…もちろんハーレイが全部脱いでも終わりだけどね」
どうする? と赤い瞳で見詰められた教頭先生は…。
「よし! その勝負、受けて立とう」
テーブルにあった水割りをグイと呷って教頭先生は立ち上がりました。会長さんも続いて立って、二人は広い個室の空きスペースで向かい合います。会長さんの横には「そるじゃぁ・ぶるぅ」が立っていますが、教頭先生と会長さんが…野球拳とは! いつものヘタレな教頭先生からは考えられない勝負ですけど、やはりお酒の勢いでしょうか…?
サイオン抜きのジャンケン合戦。私たちが見守る中で教頭先生がパーを繰り出し、会長さんはグーでした。
「私の勝ちだな。…どうする、ブルー? やめておくなら今の内だぞ」
「やるさ! ぶるぅ、マントを脱いじゃって」
「かみお~ん!」
紫の小さなマントが放り出されて畳の上に落っこちます。次に出たのはチョキとパー。
「…ぶるぅ、負けちゃったから上着を頼むよ」
「オッケ~♪」
「いいのか、ブルー? お前の方が不利なようだが…」
「負けないってば!」
会長さんは強気でしたが、ジャンケン勝負は圧倒的に教頭先生が優位でした。アッという間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」はアヒルちゃん模様のパンツ1枚になってしまって、教頭先生は余裕の笑み。シャツもズボンも身に着けています。そして教頭先生がグーを、会長さんがパーを繰り出し…。
「ふむ、ネクタイを取られたか…」
スーツの上着に続いてネクタイを外す教頭先生。次の勝負ではベルトが外されました。そこからは教頭先生の連敗続きで、ズボン下とトランクスだけになった教頭先生がパンツ1枚の「そるじゃぁ・ぶるぅ」をしげしげと見て。
「ぶるぅが全部脱いでしまったら、その後はジャンケンは一度だったか?」
「そう言ったけど…。何か不都合でも?」
不思議そうな顔をする会長さんに、教頭先生は少し躊躇ってから思い切ったように。
「一度というのはおかしいぞ。もしもお前が負けたとしたらドレスを脱いでもらうわけだが…そこで勝負は終わりになる。おかしい。これは絶対おかしい。お前の方が勝ち続けたら、私が全部脱がされるまで勝負は終わらないと言わなかったか?」
「…気付かれちゃったか…。つまりはぼくにも全部脱げって言いたいんだね?」
「う…。まあ、手短に言えばそういうことだ」
咳払いをする教頭先生。会長さんはクスクスと笑い出しました。
「ハーレイが鼻血で失血死したら困ると思って下着は残しておいたのにさ。…いいよ、全部脱ぐのが見たいんだったらジャンケンの回数を増やしておこう。ぶるぅがパンツまで脱がされちゃったら、ジャンケンはそこから改めて二回。ハーレイが二連勝すれば潔く裸になってあげるよ」
「よし、決まった。では勝負だ!」
チョキとパーが出され、会長さんはパーでした。アヒルちゃんパンツが畳に落ちて、残るジャンケンは二回です。会長さんが脱がされるのか、教頭先生のフルヌードか……二人とも仲よく下着1枚? と、私たちの頭の中に響いた声は…。
『ぼくはサイオンを使わない。…でも、ぶるぅが使わないとは言ってない』
「「「えっ?」」」
私たちが思わず顔を見合わせたのと、会長さんがグーを出したのは同時でした。教頭先生の右手はチョキ。
「……むむぅ……」
教頭先生はズボン下を脱ぎ、トランクスだけになりました。会長さんが紅白縞をチラリと眺めて。
「どうする、ハーレイ? 今ならルールを元に戻せる。そしたら勝負はここで終わりだ。…だけど変更したルールでいけば、ぼくの下着を拝めちゃうかもしれないよ? このドレスには黒白縞は合わなくって……紐を解いたらそれで終わりの下着を履いてるんだよね。ただしハーレイが負けた時には…」
「かまわん、ルールは今のままだ!」
行くぞ、と構える教頭先生。紅白縞のトランクスまで失う危機に瀕していても会長さんのセクシー下着を取りますか! 会長さんはサイオンを使わないと宣言してましたけど、さっき怪しい思念波が…って、うわわわ…。
「……ハーレイ。脱いで貰おうか」
チョキをそのままVサインに変えた会長さんが教頭先生を睨んでいます。会長さんの後ろでは真っ裸の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が十八番の『かみほー♪』を歌い踊っていました。私たちに再び届いた思念は…。
『ハーレイが何を出してくるかは、ぶるぅが読んでた。ついでにぼくの手を操って、勝ったり負けたりさせていたのさ。…ぶるぅが全部脱いじゃったのは八百長なんだ。なのにルールまで変えちゃうなんて、ハーレイったら何処までおめでたいんだか…』
げげっ。じゃあ、ジャンケン勝負を言い出した時から負けるつもりは無かったと…? 会長さんは勝ち誇った笑みを浮かべて空中にゴザを取り出しました。
「ハーレイ、脱がないんなら脱がせるからね? もうサイオンは使えるんだし、やらせてもらうよ」
「ま、待ってくれ、ブルー!」
紅白縞のトランクスを両手で押さえて絶叫している教頭先生。けれど…。
「やだね」
教頭先生の身体にゴザが巻き付き、代わりに宙に舞い上がったのは紅白縞のトランクス。会長さんはチャイナドレスから制服に戻り、教頭先生が脱ぎ捨てた服を全部纏めて「そるじゃぁ・ぶるぅ」に手渡すと…。
「ぶるぅ、これをトイレに置いておいで。あ、ちゃんと服を着てから行くんだよ」
「かみお~ん♪」
チューハイで御機嫌の「そるじゃぁ・ぶるぅ」はサイオンでパパッと服を着るなり走って行ってしまいました。教頭先生はゴザの上から紐をかけられ、いわゆる簀巻きというヤツです。えっと、これからどうなっちゃうの? トイレって確かこの部屋からは、かなり離れていたような…?
バレンタインデーがやって来ました。今年も1年A組の教室に会長さんが現れます。朝のホームルームが始まる前に自分用のチョコを集めようという魂胆でした。会長さんは鞄を手にして、お供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大きな袋を提げていて…。
「おはよう。…嬉しいな、ぼくにくれるんだ?」
女の子たちが差し出すチョコを会長さんが袋に入れて、お礼に握手をしています。甘い言葉も忘れません。アルトちゃんとrちゃんが渡したチョコは会長さんの鞄の中に…。やっぱり二人は特別扱いらしいですね。スウェナちゃんと私のチョコも鞄に入れては貰えましたけど、それはあくまで友達として。…いえ、友達で十分ですとも! 悪戯好きな会長さんと恋をする勇気はありませんです。本命チョコは会長さんより…。
「かみお~ん♪ ぼくにくれるの!?」
大喜びでアヒルちゃんの模様がついた袋を取り出す「そるじゃぁ・ぶるぅ」。一昨年はチョコレートの滝を固めたチョコで、去年はデパートで買ったチョコ。今年は会長さんとお揃いのチョコを買ってみました。スウェナちゃんからも本命チョコです。日頃お世話になっていますし、なんといっても可愛いですし…。
「わーい、ブルーのとおんなじチョコだ! ありがとう!」
ピョンピョン飛び跳ねる「そるじゃぁ・ぶるぅ」は宙返りまでしてくれました。選択は正しかったようです。会長さんでは気障な台詞が貰えるだけで感激してはくれませんから。ジョミー君たちにも義理チョコを渡し、シャングリラ学園恒例のバレンタインデーの交流行事はおしまいです。会長さんは学校中から押しかけて来た女の子たちのチョコをゲットして悠々と帰って行きました。そして放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと…。
「こんにちは」
「かみお~ん♪」
ソルジャーと「ぶるぅ」が揃ってソファに座っています。ソファの横には紙袋が沢山。チョコの買い出しに二人でやって来たのでしょう。テーブルには「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ったザッハ・トルテが。
「お邪魔してるよ。デパートは女の人が一杯で疲れちゃった」
そう言うソルジャーは会長さんの制服ではなくてソルジャー服です。その格好でチョコレート売り場に行って来たと…?
「そうだよ。サイオンを使えば目立たないし」
「「「サイオン?」」」
なんのこっちゃ、と首を傾げるとソルジャーは「こんな風に」とパッと着替えてしまいました。暖かそうなセーターと仕立てのいいズボン。会長さんの私物に見えますが…。
「残念でした。…着替えてなんかいないんだよ。サイオニック・ドリームでそう見えるだけ」
クックッとおかしそうに笑うソルジャー。
「ほら、キースとジョミーがいつも練習してるだろ? 坊主頭に見えるように…って。理屈はアレと同じなんだ。ブルーの服を借りて行ってもよかったんだけど、チョコの代金を貰った上に服まで借りるっていうのはねえ…」
ソルジャーが買い込んだチョコやザッハ・トルテのお金は会長さんが出したらしいのです。何かといえば教頭先生から巻き上げている会長さんが支払うだなんて、どういう風の吹き回しでしょう?
「ね、君たちもそう思うだろう? おまけにドレスもプレゼントしてくれるんだってさ。…ずいぶん気前がいい話だけど、このツケはきっとハーレイの所に回るんだろうね。かわいそうに」
「「「………」」」
まさか、と思いはしたものの…会長さんならやりかねないかも? でも、それよりも問題なのはソルジャーです。さっさとお帰り頂かないと、教頭先生に要らぬちょっかいを…。
「ん? 大丈夫だよ、今日はぼくだって忙しいから。ね、ぶるぅ?」
ソルジャーの問いに「ぶるぅ」が大きく頷いて。
「うん! 今日は特別休暇なんだよ。ハーレイのお仕事が終わったら大人の時間。だからね、ぼく、チョコを食べたら歯磨きをして、土鍋に入っていい子で寝るんだ」
「そういうこと。で、ぼくのチャイナドレスを見てくれるかな? とても素敵に出来上がったから」
セーターとズボンがパッと消え失せ、ソルジャーの身体がチャイナドレスに包まれました。身体にフィットした艶やかな紫の生地に白と銀とで孔雀の尾羽が刺繍されています。
「どう? 今度はちゃんと着替えてみたんだけども」
ドレスはとてもお似合いでした。サム君が息を飲み、キース君が。
「紫というのが上品だな。刺繍も華やかで、かといって派手というのでもなく…。ドクターのセンスよりもいいんじゃないか?」
うわぁ…なんて上手に誉めるんでしょう。ソルジャーは満足そうな笑みを浮かべて。
「ありがとう。どんな下着が合いそうかな?」
「え?」
キース君の目が点になりました。下着って…。下着って……?
「ブルー!!」
割って入ったのは会長さん。赤い瞳でソルジャーを睨み、ビシッと壁を指差して。
「そろそろ帰ってくれないかな? ドレスは見せたし満足だろ? 十八歳未満の子たちに下着のチョイスなんかさせられないよ。それは自分で考えたまえ」
「ちぇっ…。見せびらかそうと思ったのに」
唇を尖らせたソルジャー曰く、キャプテンからプレゼントされた下着コレクションがあるのだそうです。機会があったら披露したいと言うソルジャーに私たちは引き攣った愛想笑いを振り撒き、チャイナドレスを褒めまくって……やっとのことでソルジャーと「ぶるぅ」が引き揚げたのは一時間も経ってからでした。
「…あーあ、散々な目に遭っちゃった」
会長さんが肩をトントンと叩いています。ソルジャーは特別休暇とチャイナドレスでハイになっていたようでアヤシイ単語が何度も飛び出し、その度ごとに注意していた会長さんは相当疲れたのでしょう。誉め誉め作戦を展開していた私たちの顔にも疲労が滲み、元気なのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」だけ。
「お疲れさま~! ザッハ・トルテのおかわりあるよ? ホイップクリームたっぷりつけるね」
ホットココアと一緒に出てきた高カロリーなケーキの甘さは私たちには救世主。食べ終えて人心地ついてきた頃、会長さんもようやく調子が出てきたらしく…。
「みんな元気になったようだし、そろそろ行こうか。早く損失を埋めないと」
「「「は?」」」
キョトンとする私たちに会長さんは「分からない?」と人差し指を立ててみせて。
「ブルーのために仕立てたドレス、コストがけっこうかかってるんだ。チョコの代金も半端じゃない。ぼくが支払っておいたけれども、お金が減るのは好きじゃないしね」
「そ、それって…」
ジョミー君が口をパクパクさせます。
「も、もしかして教頭先生に払わせるとか…? ソルジャーが予言してた通りに…?」
「あれは予言と言わないよ。予想と言ってくれないかな」
言葉遣いは正確に、と会長さんは訂正を入れて。
「ハーレイはきっと払ってくれるさ、財布が空になっても…ね。ぼくのお願いなんだから」
「…あんたってヤツは…」
悪人だな、とキース君が深い溜息をつきました。
「今日が何の日か分かってるのか?」
「もちろんだよ。沢山チョコを貰っておいて忘れる筈がないだろう? …年に一度のバレンタインデーだ」
ほらこんなに、と会長さんが示す先にはチョコレートの山。きちんと仕分けされて置かれたチョコは学園中の女の子たちの夢と憧れの結晶です。…キース君は再度溜息をついて。
「よりにもよってバレンタインデーに教頭先生から毟り取る気か? もっと別の日にすればいいのに…。教頭先生は貰える方だと思っているぞ、間違いなく…な」
「そうだろうね。去年はちゃんとプレゼントしたし…。でも、大切なことを忘れてないかい? ハーレイは甘いものが苦手なんだ。チョコは有難迷惑なんだよ」
だから気にする必要はない、と会長さんは強気です。チョコが苦手な人のためにネクタイとかも宣伝してたと思うんですけど、言うだけ無駄ってものでしょうか。
「よく考えてみたまえ、キース。…ぼくは男だ。そのチョコの山が証明している。学園一の人気を誇るぼくからチョコを貰おうだなんて、厚かましいにも程があるよ。期待する方が間違ってるのさ」
だから代わりに貢がせるんだ、と会長さんは立ち上がりました。私たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」もお供につくしかありません。ソルジャーを早々に追い返したかった理由はこれでしたか! もしもソルジャーがついて来ていたら、財布の中身をねだるどころじゃありませんから。
ソルジャーのために使ったお金を教頭先生に肩代わりさせようという会長さん。バレンタインデーだというのも気にせず、先頭に立って本館に行き、教頭室の重厚な扉をノックして。
「…失礼します」
机に向かっていた教頭先生の顔が一瞬輝き、会長さんの後ろの私たちを見るなりガックリ感を漂わせました。
「なんだ、お前たちか」
「ご挨拶だね、ハーレイ。みんながいるとマズイことでも? あ、そうか…。もしかしてチョコを貰えると思ってた? 去年みたいに」
「…お、おい、ブルー!」
教頭先生は真っ赤になって慌てふためき、会長さんがクスッと笑って。
「ごめん、ごめん。…去年ぼくからチョコを貰ったのは内緒だっけ。もうバレちゃったみたいだけどさ」
「…………」
しょんぼりと俯く教頭先生。そういえば去年は『見えないギャラリー』としてお供したので、教頭先生は会長さんが
一人でチョコを渡しに来たのだと信じ込んでいたのでした。あのチョコはかなり悪質でしたが…。中にメッセージ入りのカプセルがあるから、と苦手なチョコを食べさせてみたり、そのメッセージで悪戯したり。あれに比べればお金を毟り取られる方がマシと言えるかもしれません。
「ハーレイ、そんなにしょげなくっても…。今日もチョコ絡みで来たんだよ」
「そうなのか?」
教頭先生は一気に立ち直りました。おめでたいと言うか流石と言うか…。会長さんは教頭先生の机に近付き、ポケットから紙を取り出して。
「…これ。チョコレートの請求書」
「請求書? なんだ、私が払うのか? まあいいが…」
お前から貰うチョコの金なら、と請求書を見た教頭先生の顔がみるみる青ざめます。会長さんが差し出したのは何枚ものレシートだったのですから。
「おい、こんなに沢山どうするつもりだ…。私にこれを食えというのか? いくらなんでもこの量は…」
「ダメかな? 闇鍋も平気で食べてくれたし、チョコレートくらい大丈夫かな、って」
「……お前の手作りチョコなら頑張れるのだが……」
これはデパートのチョコだろう、と教頭先生は脂汗。次に会長さんが取り出したものは…。
「えっとね、こっちはチャイナドレスにかかった費用。ぶるぅが縫ったから生地代と刺繍の手間賃だけなんだけど、領収書を失くしちゃって…確かこのくらいの額だった」
「……むむぅ……」
「あのドレス、楽しんでくれたよね? ハーレイのために作ったんだよ。…もちろん払ってくれるだろう?」
会長さんはソルジャー用に作ったドレスの代金をエロドクターが誂えたドレスの分だと偽って巻き上げようとしていました。教頭先生はコロッと騙されたようで。
「そうか、ドレスの代金か…。ならば支払うべきだろうな。…それとチョコレートの代金だが…。金は払うからチョコは勘弁してくれ。私には無理だ」
「いいのかい? みんなで食べてしまっても? 限定品とか色々なんだよ」
「かまわん。胸やけするよりはいい」
苦笑しながら財布を出した教頭先生はお札を数えて会長さんに渡し、会長さんは嬉しそうに。
「ありがとう、ハーレイ。…実はね、チョコもドレスもブルーが注文したんだよ。ぼくのじゃない」
「……ブルーだと!? ちょっと待て、それはどういうことだ!」
「だからブルーの分だってば。チョコはブルーが買ったんだ。ぶるぅと一緒に食べるんだってさ、あっちのハーレイも甘いものは苦手だから。…チャイナドレスもぼくのを見て欲しいと言い出したんだよ。バレンタインデーの特別休暇に着るんだって言ってたけども…。あれ? ハーレイ…?」
教頭先生は机の上に突っ伏しています。会長さんにお金を毟り取られるのは毎度のことですが、ソルジャーの分を支払わされてショックを受けているのでしょう。燃え尽きている教頭先生の肩を会長さんが軽く叩いて。
「ハーレイ、のびてる場合じゃないよ。…今年のチョコはぼくなんだから」
「「「!!?」」」
ガバッと跳ね起きる教頭先生。私たちもビックリです。今年のチョコは会長さんって…どういう意味?
「仕事が終わったらぼくの家に来て。年に一度のバレンタインデーだし」
「……ブルー……?」
「約束だよ。プレゼントはチョコだ」
じゃあね、と教頭室を出ていく会長さん。私たちも慌てて続きました。今年のチョコが会長さんで、おまけにプレゼントだなんて、いったい何…?
「おい。今年のチョコって何の話だ?」
キース君が問いかけたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に帰ってからでした。そろそろ下校時間が近づいています。会長さんはニッコリ笑って。
「続きはぼくの家で話さないかい? 晩御飯を御馳走するからさ。そのつもりで用意してきたんだ」
ぶるぅ特製ビーフストロガノフにボルシチに…と語る会長さんには逆らえそうもありません。それに「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお料理は美味しいですし…。私たちは早速家に連絡しました。会長さんの家に遊びに行くから遅くなる、と。それが済むと会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の力で瞬間移動。着いた先は会長さんの家のリビングです。
「かみお~ん♪ ハーレイが来るのが六時半頃だから晩御飯は早めにするね」
いそいそと飲み物を用意してくれる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちはソファに落ち着き、キース君が。
「さっきの話を聞かせてくれ。…俺には今年のチョコがあんただという風に聞こえたんだが」
「ああ、間違ってないと思うよ。今年のチョコはぼくだと言ったし」
会長さんは優雅に紅茶のカップを傾けました。
「バレンタインデーに相応しいプレゼントじゃないかと自信を持ってる。ハーレイだって喜ぶ筈さ」
「ま、まさか…」
不安そうに口を開いたのはサム君でした。
「ブルー、まさか教頭先生に……チョコの代わりに…」
「食べられるつもりじゃないのか、って?」
コクコクと頷くサム君に、会長さんは「まさか」と軽くウインクして。
「そんな趣味はないし、食べられてあげるほど気前もよくない。でも食べたい気分にはなるだろうねえ…。いや、甘いものは苦手なんだし食べたくないかな?」
「「「???」」」
話が全然見えてきません。会長さんがパチンと指を鳴らすと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が豪華なパンフレットを持って来ました。シャンデリアが輝くお城のような部屋をバックに書かれた文字は…。
「「「チョコレート・スパ!?」」」
「そう。ぶるぅにザッハ・トルテを作らせていて思い出したんだ。あのトルテで有名なホテルでやってたっけ…って。チョコレートを使った全身エステのコースだよ。終わった後も二日間ほど身体から甘い香りがするらしい。だから…」
「…教頭先生にやらせるんですか?」
シロエ君が恐る恐る尋ね、会長さんは豪華パンフを開いて見せて。
「うん。せっかくだから本場のがいいと思ってさ…。昨日、瞬間移動で行ってきた。いろんな国から人が来るから各国語のパンフが揃っていたよ。パンフを貰って、必要なものを揃えて貰って…ついでに技もサイオンでちょっと、ね。技以外はちゃんとお金を払ってきたから安心したまえ」
会長さんは得意げでした。そういえばソルジャーのお給料はとても高いんでしたっけ。教頭先生にたかってばかりいるので、ついつい忘れがちですが…。そして教頭先生にエステティシャンの技を仕込んだのも会長さんです。
「そういうわけで、今年はぼくがチョコになるのさ。文字通りチョコレートまみれだからね、バレンタインデーには最適だろう?」
パンフレットには全身にチョコを塗りたくられた女性の写真が載っていました。利用者の四割強は男性だとも書かれています。…うーん、それなら問題ないかな? 私たちはパンフを回し読みして興味津々。早めの夕食を食べる間も話題はもっぱらチョコレート・スパ。夕食の後はリビングで「そるじゃぁ・ぶるぅ」がエステ用のローションなどを揃え始めて、間もなく玄関のチャイムが鳴って。
「かみお~ん♪ ブルーが待ってるよ!」
リビングに現れた教頭先生は私たちを見て肩を落としました。この状況では会長さんとの甘い時間なんかは望めそうもないからです。きっと半端なく期待しながら来たのでしょうが…。
「…ブルー……。今年のチョコはお前だと言っていなかったか…?」
微かな望みを繋ぐかのように声を絞り出す教頭先生。会長さんは艶然と微笑み、教頭先生を手招きして。
「そうだよ。ほら、見てごらんよ、このパンフ。…ぼくの身体にチョコレートをたっぷり塗れるだなんて夢のようだと思わないかい? 次からチョコの香りを嗅ぐ度、ぼくの手触りを思い出せる。…素敵だろう?」
教頭先生がウッと短く呻きました。どうやら鼻血の危機らしいです。けれど会長さんは容赦なくサイオンでチョコレート・スパの技を流し込み、ひらひらと片手を振ってみせて。
「バレンタインデーのプレゼントだよ。ぼくはお風呂に入ってくるから、上がったらエステの方をよろしく。ハーレイもチョコの甘い香りに存分に酔ってみるといい」
じゃあ、とバスルームに向かう会長さん。お風呂にもチョコレート・アロマの蒸気が満たしてあるのだそうです。うーん、どこまで凝ってるんだか…。
教頭先生は会長さんの家に常備されているエステ専用の服に着替えて手持無沙汰に立っていました。会長さんはのんびりバスタイム。と、廊下の方で言い争うような声が聞こえて…。
「狡い!!」
叫びながらリビングに飛び込んで来たのはバスローブ姿の会長さん。…えっ、その後ろにもバスローブを着た会長さん…?
「ブルー!!」
後から入って来た方の会長さんが「狡い」と叫んだ方の腕をガシッと掴みました。
「チョコレート・スパはぼく専用! ブルーは特別休暇中だろ!?」
げげっ。何故ソルジャーがこんな時間に…?
「特別休暇は今夜から! ぶるぅは寝ちゃったし、シャワーを浴びてハーレイが来るのを待っている間、暇だったから覗き見したら……楽しそうなことをやってるじゃないか。二日間も身体からチョコの香りが漂うなんて、絶対ぼくにピッタリだってば!」
休暇中は身体ごとハーレイのためのチョコになるのだ、とソルジャーは主張しています。とは言うものの、チョコレート・スパは二時間近くかかるんですから、二人分となれば夜中までかかってしまうかも…? しかし教頭先生はプロでした。
「…お二人とも同時に…というのは難しいですが、時間差でやってみましょうか。ブルー…ええ、そちらの…チョコの香りがしていないブルーは今からお風呂に。その間にブルーのマッサージを」
「ぼくにもやってくれるのかい? ありがとう、ハーレイ。…後でたっぷりサービスするよ」
何やら不穏な言葉を残してソルジャーはバスルームに行ってしまいました。会長さんは下着だけになって用意してあったベッドに寝そべり、カカオクリームと胡桃バターを調合したピーリング剤で全身マッサージ。その後、シャワーで洗い流す間に…今度はソルジャーが全身マッサージ。ところがここで問題が…。
「ぼくは下着は無しでやりたい!」
前にエステを頼んだ時もそうだったから、とソルジャーは全く譲りません。せっかく見学していたというのに、スウェナちゃんと私は出て行かざるを得ませんでした。ダイニングで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が紅茶を淹れてくれましたけど、チョコレート・スパを見たかったなぁ…。
「あのね、シャワーの次はパックなんだよ」
私たちが気落ちしないよう、説明してくれる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。カカオ・バターとチョコレート製のパック剤を全身に塗って、ナイロンラップを巻き付けて…その間にチョコレート・ローションで顔のお手入れ。そして再び洗い流して、今度はチョコレート・アロマオイルで全身をマッサージ。最後はチョコレート・ローションで仕上げなのだそうです。
「本当に甘い香りがするのね」
スウェナちゃんがウットリ呟きました。サイオンで中継できない代わりに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が香りを運んでくれています。チョコレートそのものの匂いですけど、食べても甘くはないのだとか。ということは「そるじゃぁ・ぶるぅ」は食べてみた…のかな?
「ブルーが甘くないんだって言っていたからホントかなぁ、って…。舐めたら全然甘くなくって、匂いだけだって分かったんだ。あんなに美味しそうなのにね。…あっ、終わったみたい」
もういいよ、と言われてリビングに戻るとバスローブ姿の会長さんとソルジャーがソファに腰掛けて談笑中。その足元には教頭先生が倒れ伏しています。
「サービスだよ、サービス」
会長さんが裸足の爪先で教頭先生をつつきました。
「バレンタインデーだしね、仕上げのローションが終わる瞬間に意識のブロックを解いたんだ。プロ根性が消し飛んだわけ」
本来ならばソルジャーの方が後なのですが、会長さんが順番を入れ替えて自分を最後にしたらしく…。会長さんの肌の手触りを直に感じた教頭先生が立ち直るまでに二十分ほどかかったでしょうか。柔道部三人組が額に冷たいおしぼりを乗せたり、冷たい水を飲ませたり。教頭先生、ご愁傷様です…。
チョコレートの香りの会長さんの素肌という凄いプレゼントを貰ってしまった教頭先生の鼻血が止まり、着替えを済ませて帰り支度を始めた頃。
「あっ、ハーレイ……ちょっと待って」
声をかけたのはバスローブ姿のソルジャーでした。
「お礼をするのを忘れてた。この姿をぜひ見て貰わなきゃ」
言うなりパッとチャイナドレスに着替えます。
「これの代金は君が支払ってくれたようだし、ぼくで良ければお相手するよ? 特別休暇が終わってからね。ブルーとそっくり同じ身体を一度くらいは味わってみたら? なんならチョコの香りを纏ってもいい」
挑発的な目のソルジャーに教頭先生はたじたじとして。
「い、いえ…。わ、私にはそんな大それたことは…」
「そう? あ、君のブルーでなくっちゃダメなのかもね、君は純情みたいだし…。それじゃ、ぼくからもバレンタインデーの特別サービス。君のハートを鷲掴みにするブルーの姿を見せてあげよう」
キラッと青い光が走った次の瞬間、教頭先生は鼻血を噴いて失神しました。ドスンという音が響くと同時にソルジャーの姿が消え失せ、声がどこからか聞こえてきて…。
「ハーレイにサイオニック・ドリームを見せた。ブルー、ハーレイは君のあられもない姿を見てしまったかもしれないよ。望みの服装に見えるように調整しておいたけど、服を着ているとは限らないしさ。ドレスだったか下着だったか、それとも何も着ていなかったか…。目を覚ましたら尋ねてごらん」
またね、と楽しげな笑いを残してソルジャーは帰ってしまいました。教頭先生は会長さんのどんな姿を見たのでしょうか…?
「……知りたくもない……」
会長さんが呻きました。そりゃそうでしょう、教頭先生の願望なんか知りたくないに決まっています。なのに…。
「ねえ、ブルー。どうしてさっきエプロン着てたの?」
ツンツンと会長さんのバスローブの袖を引っ張ったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「あんなエプロン持ってたっけ? 白くてフリルが沢山ついてて…。それに裸でエプロンなんて、お行儀悪いと思うんだけど」
「「「………」」」
最強のサイオンを持つタイプ・ブルーの「そるじゃぁ・ぶるぅ」は無邪気な瞳でソルジャーが仕掛けたサイオニック・ドリームをしっかり目撃したのでした。教頭先生の望みは裸エプロンだったようです。控えめなのか大胆なのか、理解に苦しむ所ですが…。
「ブルーのせいで酷いバレンタインデーになっちゃった。チョコの香りで鼻血を出すようになったら楽しいな、と思って遊んでたのに…エプロンだって!? その記憶だけは消してやる!」
会長さんは失神している教頭先生の記憶の中から裸エプロンを綺麗に消去し、瞬間移動で家へと送り返しました。私たちも順番に家に送って貰いましたが、チョコレート・スパの甘い香りはそれから二日間ほど会長さんの周囲に漂っていて、まるでチョコレートの国の王子様。…ソルジャーはといえば寝ぼけた「ぶるぅ」にチョコと間違えて足を思い切り齧られたらしいのですが、そのくらいの罰は当たって当然…? 教頭先生がチョコを好きになったか嫌いなままか、そっちの方も気になります~!
生徒会の資金稼ぎに入学試験の問題のコピーを高額で売る会長さん。そのためには問題を入手しなくてはならないのですが、これには裏技がありました。試験問題を管理している教頭先生に耳掃除をしてあげて、お礼にコピーを貰うのです。去年『見えないギャラリー』としてお供した私たちは知っていました。今年もきっと……と思ったばかりに思念が零れてしまったらしく。
「…だから、耳掃除って何なのさ?」
言えないんなら読んじゃうよ、とソルジャーが私たちをグルリと見渡します。いくらソルジャーでも会長さんの心は読めないでしょうが、私たちの考えを読み取るくらいは朝飯前。第一、どうすれば思考を読まれないようブロック出来るのかも分かっていないヒヨッコですし!
「…かなり怪しいネタみたいだね。みんなが混乱してるのが分かる。…ブルー、君が絡んでいるのは確かだ。さて、どうする? 白状するか、ぼくが読み取るのを放っておくか…。どっちがいい?」
ゆっくり待ってもいいんだけれど、とソルジャーは紅茶のお代わりをカップに注ぎました。
「急いでいるのは分かってるんだ。ここでのんびりお茶をしていれば嫌でも動かざるを得ないだろうねえ…。何もしなくても耳掃除の意味が明らかになる。じっくり待たせて貰おうかな」
「…………」
会長さんは複雑な顔でソルジャーを見詰め、私たちは顔面蒼白です。耳掃除という言葉がバレたのは私たちのせいなんですから。ソルジャーは悠然とザッハ・トルテを食べ終え、居座るつもり満々でした。こうしている間にも時間はどんどん流れていきます。教頭先生が帰ってしまえば問題ゲットは大失敗? それとも入試直前までは仕切り直しのチャンスがあるとか…?
「……約束の日は初日だけなんだ」
溜息をつく会長さん。ソルジャーは興味をそそられたようで。
「約束? 耳掃除と関係あるのかい?」
「…ぶるぅのストラップ作りを見ていただろう? 入試対策グッズだというのも知ってるよね。グッズとは別に試験問題のコピーを販売してるんだ。コピーを売るには問題を手に入れないと話にならない。…試験問題の管理はハーレイの仕事。耳掃除は……ハーレイから試験問題を仕入れる対価」
「………」
聞き出した答えにソルジャーは首を傾げました。
「仕入れるって……。問題くらいサイオンでなんとかなるだろう? 作った人の心を読むとか、君のハーレイが保管してるのを覗き見するとか」
「…うん、出来る。出来るんだけど……遊び心というのかな。ハーレイに悪事の片棒を担がせるのが楽しいんだよね。最高責任者が問題を横流しだなんて顰蹙モノだ。それも生徒の色香に迷って…となれば最悪だしさ」
だから耳掃除、と会長さんは完全に開き直ったみたいです。
「試験問題が手元に揃うとハーレイはすぐにコピーを取るんだ。その日の内にぼくが出かけて膝枕で耳掃除をすればコピーが貰える。そういう約束。…初日にぼくが現れなければコピーは焼却されるわけ。ハーレイは試験問題を流したという罪の意識を負わない代わりに、耳掃除を泣き泣き諦めるんだ」
「……膝枕で耳掃除ね……」
ソルジャーはクックッとさもおかしそうに笑い始めて。
「それが最大限のサービスなんだ? 君にしては上出来だけど、耳掃除くらいで試験問題を流すだなんて…本当に君のハーレイは甘いというかヘタレというか…。で、これからハーレイの所へ行くわけか。ぼくも一緒に行ってみたいな」
「ぼく一人でという約束なんだよ」
会長さんは即座に撥ねつけましたが、ソルジャーはひるみませんでした。
「シールドから出ないんだったらいいだろう? この子たちも去年は一緒に行ってたみたいだし…。そうだ、みんなで見学しようよ。ぼくが手出しをしようとしたら、この子たちに殴らせたっていいからさ」
「……本当に……?」
「うん。遠慮なく殴ってくれてかまわない。柔道だっけ、あれで投げられても文句は言わないって約束する」
ね? とソルジャーは柔道部三人組に微笑みかけます。会長さんは諦めたように。
「…分かった。何かやらかしたらキースに一発殴って貰う。頼んだよ、キース」
「ああ。場合によってはタコ殴り…でいいな」
物騒なキース君の台詞に、ソルジャーは軽く肩をすくめて。
「お手柔らかにお願いするよ。…何もしないけどさ」
タコ殴りは嫌だからね、と大袈裟に怖がってみせるソルジャー。本当に大人しくしているのかどうか疑わしい所でしたけれども、教頭先生が帰宅しない内に出発しないといけません。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のシールドに入り、ソルジャーもシールドを張りました。借り物の制服ではなくソルジャー服のままでしたから、何もしないと信じたいです…。
本館の教頭室に着くと、会長さんは廊下に人影が無いのを確かめてから扉をそっと押し開けます。私たちとソルジャーが素早く滑り込むのと会長さんが声をかけたのは同時でした。
「…来たよ、ハーレイ」
書きものをしていた教頭先生が弾かれたように顔を上げて。
「ブルー…?」
「遅くなってごめん。…もう来ないかと思ってた?」
「…ああ。もしかしたら来ないのかも…と」
「馬鹿だね、ハーレイ。そんなことが今までにあったかい? そりゃあ…面白半分にわざと来なかった年はあったけれども、あの時の落ち込みようは凄かったから、二度とやらないって決めたんだ」
会長さんは教頭先生の机に近付き、椅子のすぐ脇に立ちました。
「言ってるだろう、ハーレイのことは大好きだ…って。結婚はしてあげられないけど、年に一度の耳掃除くらいはしてあげる。その代わり…」
「いつもの試験問題だな? 今年もちゃんとコピーしてある」
金庫の中に、と指差す教頭先生。
「ありがとう。今年も当然…先払いだよね? 行こう」
「…ブルー…」
立ち上がった教頭先生は会長さんの肩を抱くようにして仮眠室へ向かいます。仮眠室には大きなベッド。去年の会長さんはすぐにベッドに上がったのですが、今年はちょっと違いました。
「ハーレイ、特別サービスだよ。…ほら」
青いサイオンの光が走って、会長さんの制服がワインレッドのチャイナドレスに。エロドクターが誂えてきたあのドレスです。足はもちろん素足でした。深いスリットから白い足を覗かせてベッドの真ん中に座った会長さんの姿に教頭先生は頬を赤らめ、ボーッと見惚れていましたが…。
「どうしたのさ、ハーレイ? 早く来ないと帰っちゃうよ?」
「……あ、ああ……」
教頭先生は上着を脱いで椅子にかけるとベッドに上がり、ネクタイを緩めて会長さんの膝枕で横になりました。会長さんが宙に竹製の耳かきを取り出し、馴れた手つきで耳掃除を始めます。去年も見ていた光景ですけど、今年はチャイナドレスのせいでお色気が一気に増したような…。教頭先生は気持ちよさそうに目を閉じていて、気分は多分パラダイス。
「はい、ハーレイ。…反対側も」
会長さんに促されてゴロンと身体の向きを変える教頭先生。丁寧な耳掃除が終わって耳かきが消え失せても、教頭先生は横になったままでした。そして会長さんも黙って座っていたのですが…。
「何するのさ!」
パシッ! と会長さんが教頭先生の手を叩きました。教頭先生ったら、スリットから覗く会長さんの白い太腿を手探りで触ろうとしたんです。会長さんの身体が青く発光したかと思うとチャイナドレスは消え失せてしまい、元の制服に戻っていて。
「油断も隙もありゃしない。せっかくサービスしてあげたのに」
「……お前がサービスだと言っていたから…触るぐらいはいいのかと……」
残念そうに目を開ける教頭先生。でも膝枕から降りるつもりはないようです。会長さんはクスッと笑うと。
「ヘタレのくせに、耳掃除の日だけは大胆になるみたいだね。触ったってなんにもならないよ? ぼくを怒らせるのが関の山さ。…もっとテクニックを磨いてきたら話は別かもしれないけれど」
「…私にはお前しか見えないのだが…」
「じゃあ、そのまま我慢してるんだね。でなきゃブルーを口説き落として練習するか」
「ブルーだと? 確かにお前にそっくりだが……中身が全く違うからな」
お前の方がずっと可愛い、と教頭先生は身体を起こして会長さんを見詰めました。
「私が嫁に欲しいと思っているのはお前だけだ。…いつか真剣に考えてほしい」
「……暇があったらね」
すげなく断る会長さんを教頭先生はギュッと両腕で抱き締めて。
「…少しだけ、このままでいさせてくれ。…もう少しだけ…」
やがて名残惜しそうに身体を離すとベッドから降り、仮眠室を出て教頭室の金庫から試験問題のコピーを取り出す教頭先生。
「持って行け。…今日は来てくれて嬉しかった」
「お人好しだね、ハーレイ。試験問題の横流しがバレたら謹慎処分じゃ済まないだろうに」
「…お前が喜んでくれるんだったら謹慎処分でも何でも受けるぞ。だから…」
結婚してくれ、というプロポーズの言葉はサックリと無視されました。会長さんは問題を確認すると花のようにニッコリ笑って。
「またね、ハーレイ。…来年もよろしく」
軽く手を振って教頭室を出て行く会長さんに、私たちも急いで続きました。ソルジャーが何もやらかさなくって助かりましたよ、今回は…。
影の生徒会室こと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に戻ってシールドを解くなり、不機嫌になったのはソルジャーでした。ソファにドサッと腰を下ろすと苛立たしげに舌打ちをして。
「…ブルーの方がずっと可愛いってどういう意味さ! ぼくは可愛くないとでも!?」
「「「………」」」
当然だろう、と思ったものの口に出せない私たち。会長さんも悪戯好きですけれど、ソルジャーのは度を超えてます。何度となく巻き込まれてきた教頭先生が気付かない筈がないわけで…。当然ながら会長さんの方がずっと可愛く見えるでしょう。ブツブツと文句を言うソルジャーにココアを差し出し、パウンドケーキのお皿を渡す「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ごめんね、ハーレイ、正直だから…。はい、これ。今日のお夜食用に焼いたケーキだけど」
「いいのかい?」
「うん。…あのね、怒ってると美味しいって気持ちが減るんだよ」
「なるほど。…ぶるぅの方がハーレイよりも気配り上手ってことなのかな」
ソルジャーの御機嫌はたちまち直り、美味しそうにパウンドケーキを食べ始めます。私たちの分までは…無いみたいですね。会長さんはゲットしてきた試験問題をせっせとコピーしていましたが、それを見ていたソルジャーは…。
「…ブルー、さっき君が着ていた服だけど」
「え?」
振り返った会長さんに、ソルジャーはパチンとウインクして。
「ワインレッドのドレスのことさ。…あれって何処で買えるんだい? ぼくも欲しいな」
「……あれが?」
信じられない、という表情の会長さんですが、ソルジャーの方は大真面目です。
「わざわざ着替えをしたくらいだし、セクシーな服だっていう認識は君の頭にもあるんだろう? あのスリットがとてもいいよね。あれを着て、うんとセクシーな下着を着けたらハーレイを悩殺できそうだ。ノーパンっていうのもいいかもしれない。…何処で見付けてきたのさ、ブルー?」
「…えっ…。え、えっと……あれは……」
会長さんは必死に言い訳を考えていたのですけど…。
「ノルディがプレゼントしたんだよ」
あっさりと真実を暴露したのは無邪気な「そるじゃぁ・ぶるぅ」でした。
「あのね、こないだブルーとデートした時にね、これに着替えて下さい…って持って来たの」
「…デート?」
ソルジャーの瞳が輝き、会長さんが頭を抱えます。しかし時既に遅し。ソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」を上手く丸めこんで一瞬の内にサイオンで情報を得てしまいました。
「ふうん…。そんなに楽しいデートをしてたってわけか。ぼくもノルディにドレスを作って貰おうかな?」
「却下! ぶるぅ、作ってあげられるよね? ブルーの好みで作ってあげて」
会長さんに言われた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ顔で。
「分かった! ブルー、どんな色のドレスがいいの? 刺繍は業者さんに注文するから何でもいいよ」
パパッと宙に現れたのは色とりどりの生地の見本にカタログに…。ソルジャーは早速カタログをめくり、生地見本をあれこれ眺めています。試験問題のコピーが終わって少し経った頃、ソルジャー用のドレスが決まりました。マントの色と同じ紫に白と銀糸で孔雀の羽根を刺繍するのだとか。出来上がりは二月の二週目頃。
「刺繍に時間がかかっちゃうんだ」
縫うのは簡単なんだけど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が謝ります。ソルジャーは「かまわないよ」と小さな銀色の頭を撫でて。
「その頃ならバレンタインデーのチョコをついでに取りに来られるしね。えっと…頼んでおいた分は、と…」
「これとこれ、それから…これ。それと…」
会長さんが冊子に付けた付箋をチェックするのを見たソルジャーは満足そうに。
「うん、それで全部。…よろしく頼むよ。じゃあ、バレンタインデー頃に取りに来るから」
紫のマントがフワッと靡いたかと思うとソルジャーの姿は消えていました。チャイナドレスにチョコレートに…。嫌な予感がするのは気のせいでしょうか?
「……ブルーのことは忘れておこう……」
試験問題のコピーを揃えながら溜息をつく会長さん。
「なんだか今日はドッと疲れた。ハーレイなんかにサービスするんじゃなかったな。セクハラされかかるし、ブルーはチャイナドレスを欲しがるし…。あのドレスってそんなに男心をくすぐるんだろうか…」
「あんた自身はどうなんだ」
キース君が尋ねました。
「フィシスさんに着せたいと思うか? 着て貰ったら嬉しいか?」
「え? そりゃあもう…。フィシスはとても似合うんだよ。なんといってもスタイルがいいし、スリットから足が覗く所がたまらないよね」
フィシスさんとチャイナドレスの魅力について滔々と語り始めた会長さんにキース君が。
「とどのつまりはそういうことだ。…女性向きのドレスだとは思うが、惚れてさえいれば男が着てもときめくんだろう。俺には理解不可能だがな」
「ぼくだって理解できないさ! なのにノルディもハーレイも…。おまけにブルーまで欲しがるなんて!」
一生分かりたくはない、と苦悩している会長さんを横目で見ながら私たちは帰り支度を始めました。もうとっぷりと日が暮れています。正門は閉まってしまったでしょうし、特別生の特権を使って教職員用の門から出るしかないでしょうねえ…。
入学試験の期間中、私たちはお休みでした。影の生徒会室に出入りしているだけにお手伝いがあるのかと思ったのですが、合格ストラップに『パンドラの箱』、試験問題のコピーといった重要な品物を売り捌くには年季が足りなさすぎるのだそうです。売り子は今年も会長さんとフィシスさん、リオさんの三人だけで、しっかりガッツリ稼いだようで…。
「今年も飛ぶように売れたんだよ」
試験休みが明けた日の放課後、会長さんは上機嫌でした。パンドラの箱は…注文を全部こなした人は今年も現れなかったのだとか。注文メモについて尋ねてみたら、そうハードでもなかったんですが…。
「お好み焼きを買ってくるくらい普通だよね?」
ジョミー君が首を傾げます。
「いや、全種類っていうのがキツかったんじゃないか?」
なあ、とサム君。
「そうですよねえ…。あそこの売りは豊富なメニューで、50種類を超えてたかと」
全部買ったら破産ですよ、とシロエ君が言ったのですが会長さんは平然として。
「その代わり店長に挑戦っていう特別コースがあるだろう? 一人で15種類以上を食べたら全額タダにします…ってヤツ。試しに買えばよかったんだ。箱には1枚ずつしか入らないんだし、入れてみればすぐに分かった筈だよ。お皿を残して自動的に消滅するのが」
「いや、普通なら諦めるだろう」
消えるなんて思うものか、とキース君が言い、スウェナちゃんが。
「でも説明を受けるんでしょ? ぶるぅがメモを入れるんだ…って。だったら試してみる価値があるじゃない!」
「ぼくもそうだと思います。ぶるぅが不思議な力を持っているんだってことも説明されて買うんですから」
試しもしないなんて勿体無いです、とマツカ君。入学したての頃は気弱だったマツカ君もずいぶん強くなりました。これも柔道部のお蔭ですね。…パンドラの箱に入れられたメモは他にも色々。
「ラーメンに肉まんに…。今年もアイスキャンデーなのか。みゆの時にもあった気がするぞ」
キース君の言うとおりでした。アイスは私も買いましたとも! もしかして…「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお気に入りかな?
「大当たり~!」
あそこのアイスは美味しいんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は嬉しそう。アイスキャンデーを全種類という注文は叶えてもらったみたいです。会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」の意見も入れて注文メモを書くらしいことは分かりました。けれどお好み焼きを50種類だなんて無茶なことを書いてしまうのは…会長さんが悪戯好きなせいでしょう。ん? 悪戯といえば…先生方がしていた賭けは?
「ああ、賭けか」
今年は大荒れに荒れたようだ、と会長さんは笑っています。入学試験の初日に試験問題を売りに現れた会長さんを見た先生方の大多数は「問題は偽物に決まっている」と主張し、買った生徒をサイオンで追跡することになったのだとか。
「普段はそんなことはしないくせにね。よっぽど信じられなかったんだろう、ぼくが問題を売っていたのが。…結局、問題を買った生徒が全員好成績を収めたことで決着がついた。…負けた連中はぼくを恨んでいる…かもしれない」
「恨まれてるんですか?」
マツカ君の心配そうな顔に会長さんは「まさか」と微笑んで。
「娯楽だよ、娯楽……あの賭けは、ね。勝った連中がお祝いにパーッと奢ってたから心配いらない。どっちかといえば、ぼくの神経が疑われている方なのかな? ハーレイにセクハラされても全身エステで立ち直った上、例年どおりに試験問題ゲットだからさ」
心臓に毛が生えてると言われちゃった、と苦笑している会長さん。ゼル先生が言ったらしいです。そういえば会長さんが問題をゲットできない方に大金を賭けてましたっけ。つくづく賑やかな学校ですよねえ…。こうして入試シーズンも終わり、明日からはバレンタインデーを控えた特別期間の始まり、始まり~。
バレンタインデー前のシャングリラ学園名物といえばチョコレートの滝。温室の噴水がチョコレートに変わり、ミカンやバナナをコーティングして遊べるのです。もちろん器に取って固めても良し! バレンタインデー当日にチョコレートのやり取りをしないと礼法室でお説教という訓示は今年も出されました。でも友チョコで逃げ切れるので特に問題ありません。ジョミー君たちものんびりしています。
「かみお~ん♪ あのね、昨日ブルーが遊びに来てね…」
放課後、いつものように壁を抜けて影の生徒会室へ行くと、キルシュトルテを切り分けながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」がソルジャーの名を口にしました。げげっ、チャイナドレスが出来上がる頃まで来ないと聞いていましたが…。
「ううん、ブルー、来ないだなんて言わなかったよ。ドレスが出来たら取りに来るって言ってただけで、昨日はぶるぅと一緒に来てくれたんだ♪」
楽しかったぁ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。どうやらソルジャーはバレンタインデーの限定品のチョコやケーキがきちんと予約できたかどうかを確認しに来たみたいです。あちらの世界のキャプテンも甘いものは苦手だと聞いていますから、全部ソルジャーと「ぶるぅ」が食べてしまうのでしょうが…。
「でね、ブルーがみんなによろしくって。チャイナドレスを見せたいらしいよ、バレンタインデーの前の日までには出来上がるから」
「…俺たちが見ても意味ないだろう?」
キース君が言うと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はプウッと頬を膨らませて。
「ひどいや、意味がないなんて…。ぼく、頑張って作るのに! きっとブルーに似合う筈だよ、綺麗な生地と刺繍だもの」
「すまん、すまん。…そういえばぶるぅが縫うんだったな」
申し訳ない、と頭を下げるキース君。私たちはソルジャーのチャイナドレス姿を拝まなくてはいけないようです。ソルジャーはバレンタインデーの放課後にやって来るとの話でした。予約していたチョコやケーキをデパートで受け取り、自分の世界に送り届けてからゆっくりと…。
「ブルーは人の迷惑なんか全然考えてないからね」
会長さんが毒づきました。
「バレンタインデーはぼくも忙しいのに…。みんながチョコを持ってきてくれるし、仕分けするのが大変なんだ。お返しを何にするかで振り分けないとね」
えっ、振り分け? 本命チョコしか貰わないのに振り分けですか? チョコの値段に応じて分類するとか…? スウェナちゃんと顔を見合わせていると、会長さんはクスッと笑って。
「違う、違う。…チョコの値段で振り分けだなんて、そんな不誠実なことはしないよ。振り分けるのは本気の度合いに応じて…かな。心をこめて贈られたチョコと、ダメ元でいいや…って気分のチョコとを一緒にするのは良くないし。だから振り分け」
「おい。その話には無理があるぞ」
キース君が突っ込みました。
「俺は去年に見てたんだ。ぶるぅに大きな袋を持たせてチョコを集めに回ってただろう? 貰ったチョコは全部袋に入れてた筈だ。みゆやアルトが渡したチョコは鞄の中に入れたくせにな。…袋の中身は瞬間移動させていた。振り分けだなんて大嘘じゃないか」
「…嘘じゃないよ。瞬間移動をやっていたのはぶるぅだけれど、袋に入れる時に思念波で合図していたんだ。これは一番、こっちは二番…って移動先をね」
なんと! シャングリラ・ジゴロ・ブルーの名前はダテではありませんでした。ホワイトデーに会長さんが配っていた品物は全部同じに見えましたけど、添えられたメッセージカードの文章が何通りかあったらしいのです。おまけにサインは全部直筆。…うーん、どこまでマメなんだか…。
「そういうわけで、ぼくはとっても忙しいんだ。ブルーのチャイナドレスが出来上がろうが、そっちまで手が回らない」
放課後は暇だと思うのですが、会長さんはソルジャーの相手をしたい気分ではなさそうでした。こういう場合に貧乏クジを引かされるのは私たちです。とにかく誉めればいいんでしょうか?
「うん、誉めてあげればいいと思うよ。バレンタインデーの休暇を取るって言っていたから、ドレスを披露したら急いで帰ってしまうだろうし…。ぶるぅにお土産のザッハ・トルテも焼かせておこう。そうすればきっと追い払えるさ」
巻き込まれるのはお断りだ、と会長さんは渋い顔です。巻き込まれるって…いったい何に?
「チャイナドレスだよ、チャイナドレス。…またハーレイにちょっかい出されたら面倒だろう? ブルーときたら何かとハーレイで遊びたがるから…。追っ払うのが一番なんだ」
言われてみればそうでした。ソルジャーといえばトラブルメーカー。チャイナドレスなんかを着てしまったらいったい何をしでかすか…。バレンタインデーにソルジャーが来たら、とにかく誉める! 誉めてお帰り頂くことが任務なのだ、と私たちは誓い合いました。任務遂行のために頑張ります~!
学園1位の副賞で教頭先生とグレイブ先生がフラダンスなどを披露してくれた水中かるた大会。先輩たちのリクエストだった花魁の舞よりもフラダンスの方がウケたせいもあって、最近のグレイブ先生は…。
「諸君、ア~ロハ~!」
出ました、今日も派手派手アロハシャツ。授業が始まるまでにはスーツに着替えてしまいますけど、朝のホームルーム限定サービスです。暖房がよく効いてますから全然寒くはないのだとか。先生はテキパキと出席を取って。
「来週は我が学園の入試がある。入試期間中は学校は休みで部活もない。不要不急の登校は控え、家で勉学に励みたまえ。…そろそろ下見に来ている者もいる。学園の品位を落とさないよう、言動に十分気を付けるように」
分かったな、と念を押されてホームルームは終了でした。そういえば受験シーズンです。去年の今頃は私たちは先の進路も決まらず、なんとも不安でしたっけ。それに比べて今度卒業の筈のアルトちゃんとrちゃんが落ち着いてるのは、会長さんがきめ細かくフォローしているせいでしょうか? 私たちに質問をしに来るわけでもないですし…。どうなんだろう、と疑問を抱えつつ、放課後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! 今日はフルーツグラタンだよ」
すぐ出来るからね、とキッチンに駆けていく「そるじゃぁ・ぶるぅ」。いつものテーブルの横に小さなテーブルが置かれていて、その上に天然石のビーズを入れた器が幾つか並んでいました。会長さんがニッコリ笑って。
「よし、キースたちもちゃんと来たね。柔道部の方に行くかと思ったけれど」
「あんたが呼び付けたんだろうが!」
キース君が言うとおりでした。朝のホームルームの後で「そるじゃぁ・ぶるぅ」がおつかいにやって来たのです。終礼が済んだら全員揃って来るように…との会長さんの伝言を持って。何か用事があるのでしょうか? 当の会長さんは悪びれもせずに微笑んでいます。
「呼び付けたって…別に必ずとは言わなかったよ。いつものように柔道部に行ってくれても構わなかった」
「なんだと!?」
ならば部活に…とキース君は踵を返そうとしたのですが。
「いいのかい? 生徒会の秘密の一部を見せてあげようと思ったのにさ」
意味深な言葉にキース君だけでなく私たち全員が好奇心の塊と化しました。生徒会の秘密って…もう充分に知ってるのでは? それとも他にまだ何か?
「うん、もう充分に知ってるだろうね。だけど手形は知らないだろう? ストラップは去年教えたけれど」
今日は手形を押す日だよ、と会長さんは天然石のビーズを指差しています。シャングリラ学園の受験シーズンにだけ売り捌かれる天然石のストラップ。0点のテストも満点になるという「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手形パワーが詰まった必勝合格アイテムです。…手形はしばらく見ていませんし、これは確かに興味あるかも…。
「今から押すのか?」
キース君が尋ねると会長さんは「ほらね」とウインクしてみせました。
「呼んであげてよかっただろう? おやつが済んだら作業にかかる。まずはティータイム」
「フルーツグラタン、出来上がったよ!」
ワゴンを押してくる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。今日のおやつも美味しそうです。あ、でもその前に聞きたいことが…。
「ん? なんだい、何か質問でも?」
会長さんに視線を向けられ、私はストレートに尋ねました。
「あの…。アルトちゃんとrちゃんのことなんですけど、会長さんがフォローしてらっしゃるんですよね? 二人とも妙に落ち着いてるんで、私たちの時と違うなぁ…って」
「ああ、そんなことか。あの二人なら心配いらない。…もちろんぼくも大切なレディとして遇しているし、ソルジャーとしてもフォローしてるけど…仲間の力が大きいかな。二人とも数学同好会だろう? あそこは特別生の溜まり場だ。あの二人以外は全員特別生だし、あそこに在籍している間に自然と心構えができる」
因子があっても無くてもね…、と会長さんは自信たっぷり。過去に数学同好会に1年以上在籍した生徒はもれなく特別生になったのだそうです。
「特別生養成用の同好会か?」
キース君の問いに会長さんは首を横に振って。
「ううん、単なる偶然ってヤツ。ただ、1年も在籍してると仲間意識が生まれるからね…。普通に卒業して別れていくのが寂しくなってくるらしい。そこでぶるぅの出番なのさ。ね、ぶるぅ?」
「うん! 手形を押した人、何人もいるよ。でも…」
口ごもっている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。何か問題があるのでしょうか? 会長さんがクッと喉を鳴らして。
「ぶるぅの手形で仲間になっても数学同好会を辞めちゃうケースが多いんだ。卒業してシャングリラ号の乗員志願とか、理由は色々。…だから数学同好会は常に存亡の危機なんだよ」
なるほど。グレイブ先生が熱心に勧誘していたわけです。アルトちゃんたちは辞めない方だといいんですけど…。
カスタードクリームに洋酒が効いたフルーツグラタンを食べてしまうとクッキーが盛られたお皿が出てきました。好みの飲み物とセットで楽しんでいればいいようですが…。
「ごめんね、飲み物のお代わりは自分で淹れて。ぼくは今からお仕事なんだ」
ポットの中身が足りなくなったらキッチンでお願い、と言って「そるじゃぁ・ぶるぅ」は腕まくりします。ん? 腕まくり? 手形を押すなら手のひらが出ていればいいのでは…。
「えっとね、気分の問題かな? 売り物にする手形なんだし、真剣に押しておかないと買ってくれた人に失礼でしょ?」
「そういうこと。こっちは明星の井戸のお水さ」
会長さんが宙に取り出したのは真新しい木の手桶でした。たっぷりと水が入っています。
「ちょっ……明星の井戸って!」
キース君が目をむいたので私たちも思い出しました。明星の井戸といえば璃慕恩院の奥の院にあり、限られた人しか汲めないという有難いお水。ソルジャーの世界の「ぶるぅ」が掛軸の中から飛び出して来た時、異次元との扉になっていた掛軸を封印するのに会長さんがその水を使ってましたっけ。会長さんの正体が伝説の高僧の銀青様だと分かった今では不思議でも何でもないんですけど…。
「うわぁっ、何をする!」
悲鳴を上げるキース君の前で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が手桶の中に両手を突っ込み、パシャパシャと洗い始めます。会長さんは平然として。
「清めの水だよ、究極の…ね。お寺や神社にお参りする前に手を清めるのと同じ理屈さ。ぼったくり価格で販売するんだ、有難さも組み込んでおきたいじゃないか。何の根拠もなく風水お守りを謳ったんでは心が痛む」
「そ、それは……それはそうかもしれないが…」
歯切れの悪いキース君。明星の井戸のお水って高いのでしょうか? 会長さんは笑みを浮かべて。
「高いなんてレベルじゃないよ。お金を沢山払ったからって手に入る水じゃないんだからね。魔除けになるとか万病に効くとか言われてるけど、璃慕恩院に知り合いがいないとどうにもならない。…コネをお金で買おうとしても門前払いを食わされるだけだ」
「「「…………」」」
そんなに有難い水だとは知りませんでした。しかも万病に効くというのはゴージャスかも。奇跡の水ってヤツでしょうけど、本当にちゃんと効くのかな?
「効くんだよ、これが。…自然治癒力が高まるせいじゃないかと思ってるけど、治った例が沢山ある」
得意そうな会長さんをキース君が横目で眺めて。
「その水が手桶に一杯分も…。これだけあれば檀家さんに…」
「配れるとでも言うのかい? 君の手柄にしないんだったら分けてあげるよ、今夜にでも。で、病人は?」
「……今のところは一人もいない……」
「じゃあ却下」
アッサリと言う会長さん。
「まあ、本当に欲しいという人が出たらいつでも言って。ぼくも一応、高僧だし…。代金を取ろうだなんて言いはしないさ。でも今回はお断りだね。必要もないのに配っていいようなモノじゃないんだ、このお水は」
その割に風水お守りに使おうとしていませんか……という言葉を私たちは必死の思いで飲み込みました。両手を清めた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は新品のタオルで水気を拭くと、天然石のビーズが置かれたテーブルについて。
「よいしょっと…」
ビーズを1個左手に取り、右の手のひらをその上に重ねて…ペタン! 水晶のビーズに変化は全くありませんでしたが、それを空のお皿にコロンと入れます。
「はい、1個。見た目は普通のビーズでしょ?」
だけど手形のパワー入り、とニコニコ顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。作業はテンポよく続いていって、最後のビーズに手形パワーがこめられたのは校門が閉まる少しだけ前のことでした。
「後はストラップを作るだけだよ。今晩から作り始めるんだ!」
疲れた様子もない「そるじゃぁ・ぶるぅ」と、見ていただけの会長さんに別れを告げて私たちは部屋を出ました。うーん、手形パワーはいつ見ても不思議…。
翌日の放課後はストラップ作り。部活を休んできた柔道部三人組と私たちも手伝いを申し出ましたが…。
「ダメだよ、それはぶるぅの仕事」
そう言った会長さんはクーラーボックスを手配してきたみたいです。クーラーボックスは入試の時に『パンドラの箱』と名付けて売られ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が注文を書いた紙が中から次々出てくる仕組み。その注文を全部こなせば補欠合格という奇跡が起こる…筈なんですが。
「やっぱり今年もパンドラの箱に付き合える人はいないだろうね」
去年も一人もいなかった、と会長さんが溜息をつきます。
「お遊びアイテムではあるんだけどさ…。ハードルを低くした方がいいのかな? 注文を全部クリアしろとは言わないけれど、せめて3つはこなしてほしいと思うんだよね」
えっ。お遊びアイテムですって、あの箱が? 自慢じゃないですけど『パンドラの箱』の注文を全てこなした私です。苦労の甲斐あって補欠合格できたというのに、今更ハードルを下げるだなんて…。いえ、その前にお遊びアイテムって…?
「…そのまんまの意味だよ。お遊びアイテム」
赤い瞳が楽しそうにキラキラ輝いています。もしかして…私、遊ばれましたか?
「うーん、遊ばれてないと言えば嘘になるけど……補欠合格は出来ただろう? あの箱の注文を全部こなしたら、ぶるぅが書類に手形を押して補欠合格になるんだと去年教えてあげたよね。だから効果に間違いはない。お遊びなのは注文メモさ」
「…注文メモ…?」
「そう。あのメモ、本当に全部ぶるぅが書いたと思ってた? 書いたのは確かにぶるぅだけれど、注文の方は原案者がいることもある。…正確に言えば殆どのメモは原案つきかな」
「そ、それって…」
まさか…。まさかとは思いますけど、私が一昨年に頑張ってこなした注文は…もしかして…?
「言いだしっぺはぼくなんだよ。一番最後の注文メモも…ね」
げげっ。あの恥ずかしくも情けなかった一番最後の注文が…あれの発案者が会長さん?
「ごめん、ごめん。…まさかやるとは思わなかったし」
苦笑している会長さん。みんなが私を見ています。私が『パンドラの箱』で補欠合格したのは知られていますが、注文メモの中身を話したことは一度もありませんでした。
「なに、なに? 最後の注文って何だったの?」
ジョミー君が興味津々で問いかけ、スゥエナちゃんが。
「そういえば私も聞いたことないわ。他の注文も知りたいかも…」
「俺も! 俺も興味ある!」
ブルーが出した注文だろう、とサム君までが乗り気です。柔道部三人組も口に出しては言わないものの、聞きたがっているのは明らかでした。もうこうなったら開き直って喋っちゃえ!
「……一番最初は商店街のタコ焼きだったの」
「「「タコ焼き!?」」」
「うん。それを箱に入れろって書いてあったから自転車に乗って家を出て…。タコ焼きを買って箱に入れて、蓋を開けたらタコ焼きの代わりにまたメモがあって、今度はアイスキャンデーで…」
「えっ、あの店のを全種類ですか!?」
それは大変でしたよね、とシロエ君。ええ、金銭的にも自転車の走行距離も大いに大変でしたとも。アルテメシアの市街地を縦横無尽に走り回った私の体験談に誰もが同情してくれました。足は疲れるし、お財布の中身はどんどん減るし…泣きたいほどの心境でしたが、奇跡を目指して走ったんです。
「…それで最後は何が出たんだ?」
キース君の質問に私は拳を握り締めて。
「駅前の…銭湯の男湯の脱衣場に……この箱を置いてね、って…」
「「「男湯!?」」」
全員の声が引っくり返り、スウェナちゃんが目をまん丸にしています。
「………それで…置きに行ったの?」
「…パパのコートと帽子を借りて、マスクとサングラスで顔を隠して…」
ボソボソと答えた私に「凄いです!」と驚嘆の声を上げたのはマツカ君でした。
「生半可な決心じゃ出来ませんよ。合格ストラップを買った人より価値ある合格じゃないですか」
「同感だ」
根性がある、とキース君が頷いています。笑われるかと思っていたのに、報われた気分になってきました。でも「そるじゃぁ・ぶるぅ」に注文メモを書かせた会長さんは笑いながら。
「自分で置きに行けとは書かせなかったよ? 時間指定もしてなかったし、お父さんに頼めばよかったのにさ」
「それじゃ反則じゃないですか!」
抗議の声を上げた私でしたが、会長さんは「そうかなぁ?」と涼しい顔。
「お父さんに頼むにしても、理由を話すかデッチ上げるか…。なんにせよ君は苦労する。どう言い抜けるか楽しみにしてたら、正面突破しちゃっただろう。ぶるぅは感激していたけどね、愛がなくっちゃ出来ない…って」
「「「愛?」」」
お風呂グッズを抱えて『パンドラの箱』から飛び出した「そるじゃぁ・ぶるぅ」が男湯に走って行った話はバカ受けでした。みんなが笑い転げています。…ああ、あのメモを書かせたのが会長さんだったなんて…。考えてみれば入学したての頃に「ぶるぅは悪戯好きだ」と会長さんに聞かされましたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が悪戯したのは最初の間だけだったような…。
「なんだ、今頃気付いたんだ?」
赤い瞳が私を見詰め、それからみんなを見渡して。
「…ひょっとして全員、騙されてたかな? 悪戯好きなのはぶるぅじゃなくて、ぼくの方。ジョミーが食べたクレープ冷麺も原案はぼく。ぶるぅが自分でやったのは親睦ダンスパーティーのウェディング・ドレス事件くらいだよ。あれにはぼくもビックリしたけど、みゆとスウェナの提案だって?」
「「えぇっ!?」」
スウェナちゃんと私は必死に言い訳を並べました。会長さんにドレスが似合いそうだと思っていたら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が面白がってカタログを持ってきたということ。カタログを見てる内に脱線しちゃって、ジョミー君たちに似合いそうなドレスを二人で選んでしまったこと…。あぁぁ、男の子たちの視線が冷たい~!
「「…ごめんなさい…」」
頭を下げたスウェナちゃんと私を男の子たちは笑って許してくれました。友情って有難いものですよねえ。それに比べて会長さんときたら!
「いいんだ、ぼくの悪戯好きは先生方も公認だしね。秘かに賭けをやってるくらいさ」
「「「賭け?」」」
なんですか、先生方が秘かに賭けって? もしかしなくても会長さんの悪戯をネタに賭け事を…? でも悪戯って…数ある中のどれのこと? どの悪戯にも教頭先生が絡んでるような気がしますけど、教頭先生は賭けに参加していないのでしょうか…。
「賭けはね…。年に1回なんだ。他の時期にはやってない」
ぼくの悪戯は気紛れだから、と会長さんは微笑みました。
「毎年、入学試験が近づいてくると賭けの話が持ち出される。ただしハーレイは除外されてて、賭けの存在自体を知らないと思う。…みんなバレないようにしてるし、心は読まないのが礼儀だからね」
やはり教頭先生は蚊帳の外でした。入試の前に会長さんが必ずやる悪戯で、教頭先生が絡んでいるもの…。そんな悪戯ありましたっけ?
「…正確には悪戯とは言わないかな。生徒会の資金稼ぎの一環だから」
「「「え?」」」
入試の時期の生徒会の資金稼ぎは合格グッズの販売です。風水パワーを冠した「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手形ストラップに、『パンドラの箱』と名付けたクーラーボックス。どちらも教頭先生はまるで関係ありません。えっと……えっと…? と、キース君がハッと顔を上げて。
「試験問題の漏洩か!? あれが先生方にバレてるのか?」
「ご名答」
よくできました、と会長さんはパチパチと手を叩いています。去年、私たちは『見えないギャラリー』としてシールドに入り、会長さんが試験問題のコピーを入手するのを見ていました。教頭室に出かけた会長さんは教頭先生に膝枕で耳掃除をしてあげて…その代償に試験問題を…。
「ハーレイが試験問題を流しているのを先生方はお見通しさ。全部の問題を最終的に保管するのはハーレイだし……それのコピーが売られてる以上、流出したのはバレバレだろう? で、試験問題が流出するかどうかで賭けをしている。今年は流出しない方に賭けてる人が多いようだね」
セクハラとか色々あったから…と会長さんは先生方が作ったらしい表を空中に取り出しました。
「ゼルの引出しから拝借してきた。ほらね、ここに賭け金が…」
「「「…………」」」
賭け金の額はピンからキリまで、賭けている人も先生だけではなく職員さんまで。ブラウ先生が大きな額を賭けているのは素直に納得できますけれど、エラ先生は意外でした。付き合いにしては金額がちょっと凄すぎるような…。
「エラはね、案外ノリがいいんだ。年に一度の娯楽だからって毎年ポンと大きく賭ける。実は麻雀も強いんだよ」
先生方がやる麻雀大会では上位の常連、と会長さんが教えてくれます。私たちが順番に回し読みした後、表はゼル先生の引出しに瞬間移動で戻されて…。
「どう? 今ので何か気付かなかった?」
え。私たちは互いに顔を見合わせたものの、気付いたことはありませんでした。首を横に振ると会長さんはおかしそうに笑い始めます。
「ふふ、全然気付いていないんだ? ぼくは賭けの表を盗み出していたんだよ? バレないようにコピーすることも可能だった。ということは……試験問題くらいハーレイに頼まなくても盗み出せるし、コピーも取れる」
「「「!!!」」」
そうでした。会長さんなら教頭先生に頼らなくても問題ゲットは朝飯前です。なのにどうして教頭先生の所まで…?
「ハーレイの所に行くのはね……悪戯だって言っただろう? ハーレイをたぶらかして試験問題を手に入れるのが楽しいんだ。盗もうだなんて思っちゃいないよ、もう長年の伝統だから。…そしてゼルたちも全て承知だ」
とんでもない伝統もあったものだ、と私たちは溜息をつきました。会長さんに「教頭先生の家に一人では行くな」と厳重に注意するかと思えば、その会長さんが色仕掛けで試験問題を漏洩させているのを許している上に賭けごとだなんて。
「いいんだってば、娯楽だからさ。…それにゼルたちは色仕掛けだとは思っていない。ハーレイがぼくに悪戯された挙句に問題を脅し取られると信じてるんだ。…だから今年は流出しない方に賭けてる人が多いんだよ。セクハラとかで懲りているから、わざわざ悪戯しには行かないだろう…って。さて、君たちはどっちに賭ける?」
ニッコリと笑う会長さん。
「今年のぼくはどっちかな? 入試問題をゲットしに行くか、行かずに資金源を諦めるか。賭けをするなら今の内だよ、明日には答えが出るんだからさ」
試験問題が教頭室の金庫に揃うのは明日らしいです。会長さんは表を作ってくれましたけど、どっちに賭けても負けそうな気が…。お小遣いもあまり無いですし…。結局、誰も賭けませんでした。先生方の賭けの結果は入試当日に会長さんが試験問題を売るかどうかで決まるのだとか。はてさて、今年はどっちでしょうね…?
翌日、私たちはドキドキしながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入っていきました。会長さんは今年も教頭室に行くのでしょうか? 柔道部三人組も一緒です。教頭先生は入試問題のチェックのために部活の指導を休んだらしく、そんな日は柔道部に行く意味がないのだとか。
「かみお~ん♪」
元気に挨拶してくれる「そるじゃぁ・ぶるぅ」はストラップをせっせと作っています。しかし…。
「こんにちは」
お邪魔してるよ、と挨拶したのは会長さんに瓜二つの顔のソルジャーでした。会長さんの制服ではなくソルジャーの正装でソファに腰掛け、ストラップを手にして眺めています。
「これ、いいね。試験に落ちないお守りだって? ぼくもぶるぅも、こういう力は真似できないな。手形っていうのも見せてもらったけど…どういう理屈になってるんだろう?」
分からないや、と言うソルジャーの前には赤い手形と黒い手形が押された紙がありました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の右手から出る赤い手形はパーフェクト。左手の黒い手形はダメ印。両方が押された紙だと効果は相殺されちゃいますから、見本に押して見せたのでしょう。私たちが揃ったので「そるじゃぁ・ぶるぅ」はザッハ・トルテを切り分けてくれましたが…。
「あっ、これ、これ!」
嬉しそうな声を上げるソルジャー。
「このケーキも手に入れたいんだよね。要予約って書いてあったから来たんだよ。…これと、これと…」
取り出したのはデパートのバレンタインデー特設売り場の小冊子。すっかり忘れていましたけれど、もうすぐ予約が始まります。スイーツに目が無いソルジャーだけに目ざとく見つけてきたのでしょう。
「ふうん、どれ?」
冊子を覗き込んだ会長さんが素早く付箋を貼リ付けて。
「了解。予約受付開始と同時に行ってくるよ。出遅れないから大丈夫。限定品もちゃんと買えるさ」
「…………。何か隠しているだろう?」
疑いに満ちた目でソルジャーが会長さんを見、会長さんは慌てたように。
「ううん、何も隠してないけれど? それよりザッハ・トルテ、ぶるぅが作るのは絶品なんだ。予約する分と食べ比べるならバレンタインデーに合わせてまた作らせても…」
「やっぱり怪しい。…チョコレートの代金を誰が支払うのかも訊かない上に、バレンタインデーに合わせてザッハ・トルテを作らせるって? 絶対、何か隠してる。ぼくを早く追い返したくてたまらないように見えるけれども、そんなに急いで何をする気…?」
うわ。流石ソルジャー、とっても読みが鋭いです。会長さんが急いでいるとしたら……それは教頭室へ試験問題を貰いに行くため。のんびりお茶をしている間に教頭先生が帰っちゃったら耳掃除どころじゃありませんから!
「…………耳掃除って何さ?」
ソルジャーが首を傾げました。会長さんが額を押さえ、私たちは両手で口を押さえます。よ、よかった……耳かきのことを考えたのが私だけじゃなくて全員で…。って、そんな場合じゃないのかな? みんなでバラせば怖くない…で済みそうな話じゃないですよね、これ。…ど、どうしよう、ソルジャーにバレた!?