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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「シャングリラ学園・番外編」の記事一覧

ヤドリギのリースの意味を知らなかった教頭先生は、ソルジャーの瞳の不穏な光にも全く気付かなかったようです。テーブルに並んだ御馳走を美味しそうに食べ、「サンタさんだぁ!」と喜ぶ「ぶるぅ」と一緒に記念写真に納まって…。もちろん白いお髭を付けて、です。
「その格好をして此処までおいでになったんですか?」
尋ねたのはマツカ君でした。それは私も大いに気になるところです。教頭先生は車を持っていますし、それに乗ってくれば多少は人目を避けられますけど…それでも「サンタクロースが運転中」なのは対向車とかに丸見えですよね。宅配ピザのお兄さんまでがサンタの扮装をする日なだけに、サンタが運転する車も存在してはいるのでしょうが…。
「サンタクロースの格好のことか?」
とんでもない、と教頭先生は苦笑して。
「そういうリクエストではなかったからな。管理人室で着替えさせて貰ったんだ」
「流石に家からその格好で…とは言わないよ。いくらぼくでも」
会長さんが微笑みましたが、キース君が。
「本当か? あんたなら言い出しかねない気がするぞ」
「やっぱり? 考えないでもなかったんだけど、運転中のハーレイの姿を中継するのも面倒だしね。目撃者の反応とかも中継しないと楽しくないし、パーティーの最中に余計なサイオンは使いたくなくて」
だから管理人さんに頼んでおいた、と会長さん。このマンションに住んでいる人は全員がサイオンを持った仲間たちです。もちろん管理人さんも。ですからソルジャーである会長さんに協力するのは至極当然、教頭先生に更衣室を提供するくらい大したことではありません。
「ここで着替えで助かった。…サンタの格好で運転するのは恥ずかしいしな…」
教頭先生がホッとした様子で語ります。プレゼントの袋も管理人室に置いてあったということでした。ソルジャーが「ふうん…」と首を傾げて。
「ぼくはサンタの格好をするのが好きなんだけど? 今年はこっちに来てしまったから出来ないけれど、こういうイベントは大好きでね。君には遊び心が足りないんじゃないかと時々思うよ」
「…遊び心…ですか?」
「そう、遊び心。この間、ブルーに坊主頭にされたんだって? その時、お坊さんの服を着てみたかい?」
「…い、いえ…」
坊主頭の件がバレていたと知り、冷や汗を垂らす教頭先生。
「それだから遊び心が足りていないって言うんだよ。坊主頭になったんだったら、服装の方もキメなくちゃ。…そうだよね、ブルー?」
「そこまで考えていなかったよ。だけどなんだか…面白そうだね」
「だろう? ハーレイにも着られそうなお坊さんの服はないのかい?」
「…服じゃなくって衣だってば。…えっと…」
ちょっと待ってて、と言うなり会長さんの姿が消え失せました。教頭先生の顔が青ざめています。この流れではサンタさんどころか、お坊さんの仮装をしろとか言われそうですし! 私たちの方は期待に胸がワクワクと…。

「…ただいま」
会長さんが戻って来たのは十分ほど経ってからでした。紺色の風呂敷包みを手にしています。
「璃慕恩院で借りて来たよ、ハーレイと同じサイズの墨染の衣。クリスマス・パーティーにお坊さんっていうのも素敵だよね」
「…ブルー!?」
教頭先生の顔が引き攣り、椅子から腰を浮かせました。
「そ、それだけは勘弁してくれ! 約束が違う!」
「サンタと余興しか頼まれてないって言うのかい? サービス精神を発揮してほしいな」
「そうそう、遊び心は大切だよ」
会長さんとソルジャーが教頭先生を両脇から捕え、「ぶるぅ」が瞳を輝かせて。
「またハゲ頭が見られるの? 今度はハーレイの頭がツルツル?」
「うん。これはブルーも見てないからね…。期待してて」
それじゃいくよ、と会長さんが指先にサイオンを集めた時。
「待った!」
ストップをかけたのはソルジャーでした。煽っておいて今更何を…?
「大事なことを忘れてた。ハーレイ、ぼくと来てくれるかな?」
こっち、とソルジャーが向かった先にはヤドリギのリース……キッシング・ボウが下がっています。
「メリー・クリスマス、ハーレイ。はい、ぼくからのクリスマス・プレゼント」
ソルジャーは教頭先生の首に両腕を回すと、唇を重ねて…。
「「「!!!」」」
あちゃー…。どう見てもアレは大人のキスです。真っ赤になった教頭先生から離れたソルジャーは背伸びしてヤドリギの実を一個、毟りました。
「ふふ、ハーレイのキス、ゲット。…みんなも誰かのキスを狙うといい」
「……い、今のは……?」
混乱している教頭先生にソルジャーはウインクしてみせて。
「無礼講だって言っただろう? このヤドリギの飾り、知らなかった? キッシング・ボウって言うんだって。この下にいる女性にはキスしてもいいという習慣らしい。どうせなら男女関係なく、って提案したんだ。それが無礼講の正体だけど」
「……無礼講……」
「もちろん君がブルーにキスしてもいい。キッシング・ボウの下ではブルーはキスを断れないんだ。…お坊さんになっちゃう前にそれを教えておこうと思って」
もういいよ、と会長さんにゴー・サインを出すソルジャーでしたが、会長さんは不機嫌でした。
「余計なことは教えなくてもいいんだよ! ハーレイのキスなんか御免だからね!」
「心配しなくても大丈夫。ハーレイはお坊さんの仮装をするんだろ? お坊さんって禁欲生活が基本じゃないか」
さっき聞いた五戒だか邪淫戒だか…、とソルジャーは仕入れたての知識を披露して。
「だからハーレイは蚊帳の外さ。こんな展開にならなかったら、君のキスを独占しちゃって悔しがらせようと思ったんだけど…その必要は無いようだ。お坊さんの格好をしてちゃ、キスなんかしに行けないもんねえ」
スキャンダルだよ、とソルジャーは楽しげに笑います。
「そうか、おあずけ一直線だね。指をくわえて見てるしかないっていうのは最高かも…。いくよ、ハーレイ」
キラッと青いサイオンが走った次の瞬間。
「「「わははははは!!!」」」
教頭先生はサンタさんからツルツル頭のお坊さんに変身しました。サンタ服の代わりに墨染の衣、黄色い袈裟。クリスマス・パーティーの場にはミスマッチです。呆然と数珠を握り締めている教頭先生に向かって会長さんが。
「ハーレイ、お念仏を唱えてくれないのかい? お坊さんには必須だよね」
「…わ、私は……そういう心得は……」
「そうなんだ。南無阿弥陀仏、って唱えるだけでいいのにねえ…。まあ、嫌でも唱えたい気持ちになるだろうけど」
ニッコリ笑うと、会長さんはキッシング・ボウの真下に立って。
「おいで、フィシス。…この実の数だけキスをしよう」
「あら…他の皆さんに悪いですわ」
「いいんだってば。君がぼくの女神だってことは全員が知っているんだからさ。…あ、キッシング・ボウを使いたい人は、言ってくれれば場所を譲るよ」
会長さんはフィシスさんの唇にキスをし、赤い実を一個、毟り取ると。
「キスをする度に実を一つ。…実がなくなったらキスもおしまい。…ハーレイ、お念仏を唱えたくなってきたかい?
 ぼくが此処に立ってる限りは誰にでもキスのチャンスはあるんだけれど、生臭坊主はお断りだね」
「ブルー…!」
泣きそうな顔の教頭先生の横をソルジャーがすり抜け、会長さんに素早くキスをして。
「ごめんね、フィシス。…せっかくのチャンスだし、一回だけ」
「私は気にしたりしませんわ。ブルー同士って絵になりますのね」
「……フィシス……」
頭を抱える会長さんに、フィシスさんがそっとキスを。会長さんの御機嫌はたちまち直って、「そるじゃぁ・ぶるぅ」や「ぶるぅ」にもキスのおこぼれを振り撒きながら、ヤドリギの実がなくなるまでフィシスさんとイチャつき続けました。…えっ、サム君はどうなったかって? 会長さんにキスする度胸は出てこなかったみたいですよ…。

キッシング・ボウで遊んだ後は、再び御馳走三昧です。教頭先生はお坊さんの仮装をしたまま、悄然と食事をしていました。会長さんに堂々とキス出来るチャンスだったというのに、村八分にされたのが悲しいのでしょう。
「どう、ハーレイ? お念仏を唱えたい気持ちになったかい? 南無三だとは思ったかな?」
「………」
無言で頷く教頭先生。会長さんはクスッと笑って実がなくなったキッシング・ボウを眺めました。
「南無三っていう言葉の由来を知っている? しまった、という時に使われるけど、南無三宝の略なんだ。南無は『信じて縋る』の意味で、三宝は仏教の三つの宝の仏法僧さ。つまり仏、法、僧の救いを請うってこと。仏様の救いを請うにはお念仏が一番なのに、とうとう一度も唱えなかったね」
「…唱えたからといってどうなるわけでも…」
「さあ? 唱えてたら、ぼくが仏心を出したかも。お坊さんの仮装を解いて、キッシング・ボウの下へ呼んであげたかもしれないよ」
無礼講だったんだし、と悪戯っぽい笑みを浮かべる会長さん。
「一回くらい唱えてくれればよかったのにねえ、お念仏。…今となっては手遅れだけどさ」
「うん、もうヤドリギの実は残ってないし」
時間切れだよ、とソルジャーが相槌を打ちます。
「君は遊び心が足りなさすぎる。…何度もそう言ってあげたのに…。遊び心のある人間なら、お念仏も唱えられたと思うんだ。そしたらブルーがキスしてくれたかもしれないものを…」
「君だってそう思うよねえ? ハーレイは本当に馬鹿正直で困っちゃうよ。まあ、その方がからかい甲斐があっていいんだけれど」
「からかい甲斐か…。ぼくのハーレイも同じだな。ぼくに何かとからかわれては、陰でこっそり胃薬飲んでる」
クスクスと顔を見合せる二人は、まるで双子のようでした。教頭先生は諦めの境地に至ったらしく、黙々とナイフとフォークを動かしています。クリスマスの食卓にお坊さんというのは、滅多に見られない光景かも…。
「さてと。…そろそろ余興を始めようか」
会長さんがそう言ったのはクリスマス・プディングを食べ終えた頃。まだまだ御馳走は残っていますが、ちょっと休憩ということでしょう。余興は教頭先生がしてくれる筈ですけれど、お坊さん姿でマジックとか…?
「まずはハーレイを元の姿に戻さないと…。衣も返した方がいいしね」
青いサイオンの光が閃き、教頭先生はサンタクロースに戻りました。赤い帽子と白髪のカツラの下には髪の毛も戻っている筈です。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が墨染の衣や袈裟を手際よく畳み、風呂敷できちんと包んでしまうと、包みはフッと消え失せて…。
「璃慕恩院に返しておいたよ。こういう時にコネっていうのは有難いよね」
どうやら一番偉いお坊さんに事情を話して拝借してきたみたいです。夏休みにお寿司を食べさせてくれた老師の顔を思い浮かべて、会長さんの罰当たりっぷりに溜息をつく私たち。もっとも、老師も今夜はクリスマス・ケーキやチキン・ナゲットを買ってこさせて楽しんでいたようですが…。
「ハーレイ、着替えはあっちの部屋で。その間に用意を済ませておくから」
「かみお~ん♪ お部屋に案内するね!」
トコトコと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が教頭先生を何処かに連れて行きました。会長さんは広いリビングの隅にサイオンで畳を運んできます。
「おい」
声をかけたのはキース君でした。
「余興っていうのは柔道なのか? あんたが教頭先生と勝負するとか?」
「えっ? 柔道って…。ああ、そういえば柔道の練習には畳を使うんだったっけね」
そうじゃないよ、と会長さんは苦笑して。
「ほら、柔道に使う畳とは見た目が全然違うだろう? これを並べて、次にこれを…」
畳の端に金の屏風が置かれました。いったい何が始まるのでしょう? やがてリビングの扉が開き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に先導されて現れたのは…。
「「「!!!」」」
「皆様、お待たせいたしました。ハーレイ太夫のお点前タイムの始まり、はじまり~」
会長さんが軽やかな声で告げ、白塗りメイクの花魁になった教頭先生がソロリソロリと入ってきます。重そうなカツラと豪華な衣装は学園祭で見た花魁道中そのままで…。お坊さんの次は花魁ですか~!!!

「…本物はやっぱり迫力だね…」
ソルジャーが呟き、「ぶるぅ」が目を丸くして見ている前を教頭先生はゆっくり横切り、畳の上に座りました。教頭先生、お点前なんて出来るのでしょうか? 学園祭では会長さんしか披露しなかったと思うのですが…。
「ハーレイ太夫のお点前なんかに需要があると思うかい?」
私たちの疑問を読み取ったらしい会長さんが言いました。
「ぼくみたいな美形が点てるお茶なら、正体が男だと分かっていてもお客さんは沢山来るけどさ。ハーレイの方じゃ絶対無理だね、美しさの欠片も無いんだから。…だけど何かの役に立つかと思って、お点前も仕込んでおいたんだ。パーティーの余興には最高だろ?」
「「「………」」」
それは確かに余興としか呼べない代物でした。教頭先生は流れるような所作でお茶を点てていますし、仕草は艶めかしい女形そのものですが…見てくれの悪さが致命的です。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお抹茶を順番に運んできてくれますけども、飲んだら最後、食中毒でも起こしそうな気がするというか…。お抹茶椀を手に取る人は誰もいません。
「警戒しなくても平気だよ。見た目はゴツイ花魁だけど、お茶は上手に点てるんだ」
会長さんがソルジャーに作法を教えながらお抹茶椀を口に運ぶのを見て、私たちもおっかなびっくり、教頭先生が点ててくれたお茶を飲んでみると…。
「美味しいですね」
マツカ君が感心したように言いました。
「相当に練習しないとここまでは…。これもやっぱりサイオンですか?」
御曹司のマツカ君だけに、お茶の心得もあるようです。素人の私たちにはサッパリですけど…。会長さんは「流石だね」と微笑んで。
「お点前もサイオンで教えたんだよ。ベースにしたのはぼくの知識。…高僧ともなれば茶道と無縁じゃいられないんだ。自分で点てることも、招かれることもよくあるし」
「…ぼくは練習したくもないな」
礼儀作法の類は苦手なんだ、と肩を竦めているソルジャー。
「でも、あの格好は面白そうだね。…ハーレイでもそれなりに女に見えないこともない。ゴツすぎるのが難だけどさ」
「メイクでかなり誤魔化せるんだよ。ほら、手まで真っ白に塗っちゃうし…立ち居振る舞いにさえ気を付けていれば、あとは衣装がカバーしてくれる。ぼくはメイクは口紅だけで済ませたけどね」
「ふうん…。だったら、ぼくでも出来るかな?」
「試してみる? ぼくの衣装とカツラならあるよ」
会長さんに誘われたソルジャーは、その気になってしまいました。教頭先生と記念撮影をするのだと言い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に着付けてもらって…。
「……重い……」
カツラも衣装も重すぎる、と文句たらたらで現れたソルジャーは…教頭先生とはまた別の意味で花魁の魅力ゼロでした。女形の演技を知らないせいで、歩き方も仕草も男そのもの。着物の裾をさも邪魔そうに蹴飛ばしながらの登場です。
「ブルー、君が学園祭で着ているところを見てたけど…なんでこんなに重いのさ!」
「それはそういうモノなんだよ」
「…私の衣装も決して軽くはありませんよ」
花魁の扮装のままの教頭先生が言い、ソルジャーは溜息をつきました。
「サイオンで重さを軽減してるようには見えないし…。残念だけど、いくらぼくがイベント好きの仮装好きでも、これはちょっと…」
向いてないや、と言っている割にソルジャーは嬉々として教頭先生と写真を撮ったり、お点前の真似ごとをしてみたり。余興の時間は楽しく過ぎて、元のセーターに着替えたソルジャーはサンタに戻った教頭先生に肩凝りをほぐすマッサージをして貰っていました。クリスマス・パーティーは夜更けまで続き、教頭先生が帰って行ったのは日付がすっかり変わってから。それを見送った後、会長さんが。
「普段だったら徹夜もいいけど、今日は寝ないといけないよ」
「あっ、忘れてたぁ! サンタさんが来なくなっちゃう」
そう叫んだのは「ぶるぅ」です。
「ねぇねぇ、地球にもサンタさん、いるよね? サンタさん、ちゃんと来てくれる?」
「いい子の所には来てくれるよ。君の世界と変わらないさ」
「よかったぁ…」
良い子は早く寝なくっちゃ、と「ぶるぅ」はゲストルームに走って行ってしまいました。でも「そるじゃぁ・ぶるぅ」はリビングでせっせと後片付けをしています。いくら家事万能で家事好きとはいえ、クリスマス・イブの晩に小さな子供に丸投げというのはマズイでしょう。私たちは洗い物を手伝い、リビングを綺麗に掃除して…。
「「「おやすみなさ~い!」」」
また明日、と手を振りながら割り当てられた部屋に戻って行ったのでした。

クリスマスの朝、スウェナちゃんと私の眠りを破ったのは誰かの思念。とてもはしゃいでいるようです。この思念は…「ぶるぅ」? それとも「そるじゃぁ・ぶるぅ」でしょうか?
『かみお~ん♪』
踊り出しそうな思念の主が廊下をピョンピョン行ったり来たりしているみたい。急いで顔を洗い、身支度をして出てみると…。
「「かみお~ん♪」」
廊下で跳ねていたのは「ぶるぅ」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」でした。仲良く手を繋いで十八番の『かみほー♪』を歌いながら元気にステップを踏んでいます。
「あのね、サンタさん、来てくれたんだよ!」
嬉しそうに「ぶるぅ」が叫ぶと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「うん、サンタさんも来たし、今日はぼくたちの誕生日だから…。お誕生日、お誕生日!」
わぁーい! と大喜びの二人の姿に、スウェナちゃんと私は思わず息を飲みました。どうして気付かなかったのでしょうか、「ぶるぅ」の誕生日もクリスマスなのだということに…。いえ、一度も尋ねたことがないのですから、知らなくても仕方ないのですけど…。ゲストに呼ばれているのも知りませんでしたし、今更どうしようもないのですけど…!
『ぶるぅのバースデー・プレゼント…』
『…用意してない…』
思念で会話し、慌ててジョミー君たちに呼びかけようとした時です。
『大丈夫。ぶるぅの分なら心配ない』
会長さんの思念が届きました。
『君たちがぼくのぶるぅに用意してくれたのと同じパジャマを買っておいたよ。サムのバッグに入れてあるから、それぞれに渡してくれればいい。ラッピングもお揃いにしてあるしね』
ゲストを呼んだのはぼくだから、と伝わってきた思念は全員に届いたようでした。ジョミー君たちがホッとした顔でゲストルームから出てきます。プレゼントさえ用意されているなら何も心配はありません。でも…「ぶるぅ」にもアヒルちゃんの趣味があったみたいですね。だって二人はお揃いの…。
「サンタさんもアヒルちゃんを持ってきたの…?」
「そうだったみたい…」
廊下で飛び跳ねる「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」の首には、可愛いアヒルちゃんが下がっていました。黄色いアヒルのペンダント…にしては大きすぎるモノが揺れています。クリンとした目玉にオレンジの嘴、丸っこい胴体に幾つか小さな穴が。あれはいったい何でしょう?
「ピーッ!!!」
不意に空気を鋭い音が切り裂きました。アヒルちゃんの足の部分を「ぶるぅ」が口にくわえています。
「ピューッ!」
今度はさっきより少し低い音。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が自分のアヒルちゃんの身体を手に持ち、足をくわえて頬っぺたを膨らませると…。
「ピィーッ!!」
音の出どころはアヒルちゃんでした。アヒルちゃんの身体が笛になっているのです。二人の子供は代わる代わるアヒルちゃんに息を吹き込んで…。
「まあ、オカリナを貰ったのですね」
フィシスさんが廊下の奥の方からやって来ました。そっちにあるのは会長さんの寝室ですし、フィシスさんはそこに泊まっていたのでしょう。すぐ後ろから会長さんが出てきます。
「おやおや、サンタさんからのプレゼントかな? 二人とも、いい子にしていたんだね。…ふうん、オカリナか…。説明書がついていなかったかい?」
「「説明書?」」
キョトンとする二人に会長さんはオカリナの箱を持ってくるように言い、中から紙を取り出して。
「ご覧、ここに音符が書いてあるだろ? どの穴を押さえて吹くかで音が変わってくるんだよ。覚えれば色々な曲が吹けるようになるし、ドレミから練習するといい」
「そっか! じゃ、『かみほー♪』も吹ける?」
「どうだろう? 出せる音に限りがあるからね…。一曲まるごと吹くのは無理でも「かみほー♪」の部分だけなら吹けると思うよ。音を変えれば」
「「音を変える…?」」
首を傾げる二人の頭を会長さんがクシャッと撫でました。
「えっと…元の曲で使ってた音を他の音に置き換えるって言えばいいかな。アヒルちゃんオカリナで出せる範囲の音に変えればいいってことさ。ドレミを覚えたら教えてあげよう」
「「わーい!!」」
歓声を上げた二人はアヒルちゃんを吹き鳴らします。全然ドレミになってませんけど、その内なんとかなるんでしょうか…?

朝食は昨夜の御馳走の残りと、焼きたてパンにパンケーキ。アヒルちゃんオカリナを手放したくない「ぶるぅ」は食事中に何度も鳴らしてソルジャーに「うるさい!」と叱られましたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は食事のお世話に燃えていたのでそれどころではありませんでした。でも朝食が終わった後は…。
「ね、ね、ブルー。『かみほー♪』の吹き方、教えてよ!」
「まずはドレミを覚えなきゃ。…できるようになったのかい?」
「えっと、えっと…」
こうだったかな、と練習を始める横で「ぶるぅ」が出鱈目に吹き鳴らします。
「ピューッ! ピィーッ!」
「ぶるぅ…。それはドレミになってない…」
頭に響く、とソルジャーがブツブツ文句をつけると「ぶるぅ」はアッカンベーをして。
「ドレミなんて要らないもん! ぶるぅが『かみほー♪』吹けるようになったらサイオンで教えて貰うんだもん!」
練習なんて面倒だ、と「ぶるぅ」はアヒルちゃんオカリナの足をくわえて好き放題。調子っぱずれな音が鳴る中、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に懇願しました。
「お願い、早くドレミを覚えて!」
「それより先に『かみほー♪』でなきゃダメですよ! ああっ、どう教えればいいんでしょう…」
口々に言う私たちの姿に「そるじゃぁ・ぶるぅ」はアヒルちゃんオカリナをキュッと握って。
「ごめんね、頑張る! ぼく頑張るから、もうちょっとだけ待っててね」
次はどうするの、と会長さんに教えを請いながら『かみほー♪』の部分を吹けるようになったのはお昼前のことでした。すぐに「ぶるぅ」がそれをサイオンで教えて貰い、二つのアヒルちゃんオカリナが見事な合奏を始めます。
「…長かった…。ブルー、君のプレゼントには恐れ入るよ。吹き方もサイオンで教えればいいのに」
「シッ! サンタさんからだと信じてるんだ」
言わないように、と唇に人指し指を当てる会長さん。ソルジャーは首を竦めて小さく笑い、リビングには『かみほー♪』のメロディが何度も何度も楽しげに響いていたのでした。




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賑やかだった教頭先生の家での一泊二日。あれから早くも数日が過ぎて、今日は楽しいクリスマス・イブ。今年も会長さんの家に招かれた私たちはお泊まり用の荷物を持って、会長さんのマンション近くのバス停前に集合しました。クリスマス当日は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の誕生日ですし、プレゼントの用意もぬかりなく…。
「去年がエプロンで今年はパジャマか…」
芸がないような気がするが、とキース君が呟きます。
「だって! 他にいいもの思い付かなかったし!」
ジョミー君の言うとおりでした。あれこれ考えたものの、相手は家事万能で三百年も生きてきている子供です。自称一歳児とはいえ最後に卵から孵ったのが数年前で、このクリスマスで三歳で…本当の年はプラス三百と何年か。子供っぽくて子供そのものでも、やっぱりちょっと違います。
「アヒルちゃんの鍋つかみを却下したのはキースだぜ」
サム君が首を振り、シロエ君が。
「アヒル型の一人用土鍋はサム先輩が却下しましたよね。嘴から湯気が出るっていうのが可愛い、って意見が一致しかかったのに」
「だってさ…。いかにも料理をしてくれっていう感じじゃないか。ブルーの家へ朝のお勤めに行ったら、朝粥がよく出るんだぜ。一人用土鍋なんか買ったら、一人前ずつ心をこめて作ってくれって言ってるようなもんだろう?」
いつもは鍋で纏めて炊いてるのに…との経験者ならではの言葉に反論できない私たち。一人用土鍋は会長さんの家にもあって、御馳走になったこともありますけれど…新しいタイプの土鍋を一個だけ買って持って行ったら、アヒルちゃん大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」は人数分のアヒル型土鍋を買い足しそうです。それは流石にまずいかも…。
「結局パジャマが無難なのよ」
ぬいぐるみの趣味は無さそうだし、とスウェナちゃん。アヒルちゃんぬいぐるみを却下したのはスウェナちゃんと私でした。そう、私たちはアヒルをモチーフにした何かを求めて繁華街を彷徨ったのです。
「マグカップとかもイマイチいいのが無かったですしね…」
マツカ君が溜息をつきます。アヒルちゃん模様のパジャマは子供服売り場でキース君が見つけ、枕カバーとどっちにするかで揉めた挙句にパジャマの方に決まったのでした。パジャマならベッドでも土鍋でも、どちらで寝るのにも使えますから。
「気は心って言うもんね。アヒルがついてれば喜ぶよ」
いっそ普段着にもアヒルをプリントすればいいのに、とジョミー君が言いましたけど…。
「「「却下!」」」
普段着というのは会長さんのソルジャー服のミニチュア版です。何処にアヒルをプリントしろと?
「えーっ? マントの裏とかにするのは変かなぁ?」
「お前、どういうセンスをしてるんだ…」
何かが違うと思わないか、と全員の考えを代弁してくれたキース君は更に続けて。
「いいか、仮にそのアイデアが通ったとする。ぶるぅのことだ、マントの裏にアヒルちゃんの絵がプリントされたら大喜びではしゃぐだろうが…。大事なことを忘れていないか? あの服はソルジャーの正装のミニチュアなんだぞ」
「うん、知ってる。可愛いよね」
「だから、可愛いとかそんな次元の問題じゃなくて! ぶるぅのマントがそれになったら真似をするヤツが出てきそうだとは思わないのか? 本物のソルジャーがマントの裏にアヒルちゃんをプリントしたらどうする」
「「「………」」」
やりそうなソルジャーを私たちは一人知っていました。普段ソルジャーと呼んでいるのは別の世界からのお客様ですが、会長さんだってソルジャーです。会長さんのマントの裏にアヒルちゃん…。頭痛がしそうな光景を頭の中から必死に追い出し、私たちはアヒルちゃん模様のパジャマをサム君のバッグに預けて、会長さんのマンションを目指したのでした。

「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
出迎えてくれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は元気一杯、満面の笑顔。
「もうお客様、来ているよ。入って、入って!」
フィシスさんが招かれているというのは聞いていました。去年は夕食からのゲストでしたが、今年は最初から一緒のようです。時間は正午を少し過ぎた所で、家の中にはいい匂いが…。お馴染みのゲストルームに荷物を置いてリビングに行くと、会長さんが待っていました。
「こんにちは」
ん? あれ? 会長さんが…二人??? フィシスさんを間に挟んで会長さんが二人います。ということは片方は…。
「メリー・クリスマス! あ、その挨拶には早すぎるかな?」
どうなんだっけ、とフィシスさんともう一人の会長さんに尋ねる会長さんの隣には「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。いえ、多分…あれは「ぶるぅ」です。
「ごめん、ごめん。驚いた? ブルーが地球のクリスマス気分を味わいたいって言うものだから…」
セーターの色で区別して、と苦笑している会長さん。テーブルにはスコーンにサンドイッチ、ケーキとパイが何種類か。昼食を兼ねたアフタヌーンティーになっているんですね。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコ顔で。
「晩御飯はクリスマス・パーティーだから、お昼とおやつは一緒の方がいいかなぁ…って。ね、今年は飾りつけも頑張ったんだ」
大きなクリスマス・ツリーの他にも華やかな飾りが一杯です。色とりどりのリボンにキラキラの星、それに天井から下がっている枝は何でしょう?
「キッシング・ボウだよ。ヤドリギのリース」
会長さんが得意そうに説明してくれます。
「ほら、赤い実がついているだろう? あの飾りの下にいる女の人にはキスをしたっていいんだってさ。キスをしたら実を一個、毟る。実がなくなればキスもおしまい」
「面白そうな習慣だね」
反応したのはソルジャーでした。
「じゃあ、ぼくがフィシスにキスをしたってかまわないわけだ」
「う…。まあ、それはそういう理屈かな…。あっ、まだ今はダメだからね! パーティーが始まる時間から! …フィシス、あの下に立ってはいけないよ」
独占欲丸出しの会長さんに、フィシスさんが困ったように。
「あら…。そういうのはいけませんわ。せっかく綺麗に飾り付けたのに、ヤドリギだって可哀想…」
「ね、フィシスだってそう思うよね?」
我が意を得たり、とソルジャーが膝を乗り出します。
「ぼくの世界じゃヤドリギは希少な植物なんだ。人工的に作り出した森や林にヤドリギは無い。見学用の植物園や研究所とかにあるだけさ。もちろん、ぼくのシャングリラにもヤドリギなんかあるわけがない。それをゴージャスに飾ってるからには、大いに役立ててくれないと…。そうだ、無礼講っていうのはどう?」
女性限定はやめてしまおう、とソルジャーは悪戯っぽく笑いました。
「キスの相手は男でもいいってことにしようよ。ぼくはきみのキスを狙いたいな」
「………。言い出した以上、撤回する気は無いんだよね?」
渋い顔の会長さんにソルジャーはクッと喉を鳴らして。
「ご名答。みんな、聞いてた? パーティーの間、ヤドリギの下に立ってる人は誰にキスされても怒らないこと。…そうだ、サムには嬉しい話じゃないのかな。まだブルーとはキスしてないだろ?」
「え? …ええっ!?」
そんなこと…、とサム君は耳まで真っ赤です。公認カップルを名乗って半年以上も経つというのに、会長さんとサム君のデートは健全な朝のお勤めだけ。一向に進展しない二人なだけにチャンスなのかもしれませんけど、フィシスさんの立場はいったい…?
「そうですわね…。ブルー、応えてあげるのも素敵じゃないかと思いますわ」
女神のような笑みを浮かべてフィシスさんはサム君を眺めました。
「頑張って、サム。…ブルーのキスをゲットですわよ」
「で、でも…」
「あらあら、公認カップルなのでしょ? せっかくのチャンスですもの、利用しなくてはいけませんわ」
でないと逃げられてしまいますわよ、と焚きつけているフィシスさん。冗談で言っているのではなさそうです。そういえばエロドクターことドクター・ノルディが会長さんに言い寄っているのをサッパリ理解してくれない、と聞かされたことがありましたっけ。フィシスさんって天然かも…。

それからは色々な話題に花が咲き、ソルジャーは教頭先生が坊主頭にされた話に大笑い。いつもサイオンで覗き見しているわけではないらしくって、宿泊券を手に入れるための様々なバトルも大ウケでした。
「ブラウが大食いとは知らなかったな。ぼくの世界のブラウは何杯くらい食べられるだろう? わんこそばの大食い大会、やってみたいと思うけど…ハーレイが文句を言うだろうね。食べ物を無駄にするな、って」
わんこそばの大食いには自信がないというソルジャーでしたが、スイーツの大食いだったらシャングリラの頂点に立てる自信があるそうです。そして大いに興味があるのは教頭先生の坊主頭で…。
「結局、その後どうなったんだい? ハーレイの頭」
「翌日の朝までっていう強力な暗示をかけたからね…。入浴シーンがけっこう笑えた」
会長さんの説明によると、お風呂に入った教頭先生はいつもの習慣で髪にシャンプーをつけようとしてツルツル頭の感触に衝撃を受け、しばらく動けなかったのだとか。それからボディータオルをガシガシ泡立て、背中をゴシゴシ洗ったついでに頭まで一気にゴシゴシゴシと…。
「坊主仲間から聞いてた洗い方そのものだったよ、豪快でさ。こう、タオルの両端を持って背中から頭の上まで左右にゴシゴシ」
「へえ…。タオルが髪に引っかかってバレそうな感じがするけどねえ」
「もちろん引っかかったと思う。でもその程度で解けちゃうようなサイオニック・ドリーム、意味ないし!」
「確かにね。髪の毛が傷みそうだけど…一度くらいなら問題ないか」
元がデリケートとは言い難いし、とソルジャーはクスクス笑っています。教頭先生はお風呂の後も髪の毛の存在には気付かないままバスタオルで拭き、猛烈に悩んだという話でした。来るべき新学期に向けてカツラを被るか、坊主頭のままで挑むか。カツラの広告と坊主頭のヘアカタログ雑誌『ボウズスタイル』を交互に眺める様子は「被るか、被らないか」とハムレットばりの悩みっぷりで…。
「残念なことにハーレイったら、結論を出す前に寝ちゃってさ。…それで夜が明けてゲームオーバー」
髪の毛が元に戻っちゃった、と会長さんは残念そうです。
「被りたがるタイプか、坊主頭でもオッケーなのか…。それくらいは知りたかったんだけどね。被るタイプだとは思うんだけど」
「…うーん…。ぼくのハーレイなら被るだろうね。キャプテンの服に坊主はちょっと」
「似合わないって? 坊主にも色々あるんだよ。ほら、地肌の色とのコントラストを生かしてこんな風に…」
模様とかね、と『ボウズスタイル』を宙に取り出してページをめくる会長さん。ソルジャーは雑誌を眺めましたが、あちらの世界のキャプテンと相思相愛なだけに複雑なものがあるみたい。
「…ぼくはハーレイを外見も含めて愛しているから、坊主頭にはしたくないな。君の世界のハーレイが坊主頭になっちゃった時は、ちょっかいを出すかもしれないけれど。しかしハーレイも災難だねえ…」
坊主頭にされちゃうなんて、と言いながらもソルジャーは笑いを抑えきれません。教頭先生は坊主頭が幻覚だったことに気付いた途端に上機嫌になり、普段の何倍も時間をかけて鼻歌交じりにスタイリングをしたとか、しないとか。
「その次の日に別の宿泊予約が入ってたんだ。…それもサイオンを持った仲間と、これから目覚める子が二人。そんな連中の前に坊主頭で出なきゃならないと思ったハーレイは、凄く絶望してたと思うよ。そこへ髪の毛が戻ったんだから、鼻歌だけじゃなくて狂喜乱舞をしてほしかった」
「狂喜乱舞?」
「うん。…ハーレイはバレエも踊れるしね。こう、喜びのグラン・フェッテ・アントゥールナン…歓喜の三十二回転を披露したっていいんじゃないかと」
会長さんが言い、ソルジャーと「ぶるぅ」以外の全員が笑い転げました。少し遅れてサイオンで情報を読み取ったらしいソルジャーと「ぶるぅ」が笑い出し…。
「「「わははははは!!!」」」
情報伝達に便利なサイオン。私たちはパジャマ姿の教頭先生がドスンドスンと回転する映像を共有して笑い、笑って笑って涙が出るまでテーブルや床を叩いたのでした。

そう、サイオン。…私たちが初めてサイオンという言葉を聞かされ、会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」たちの仲間であると知らされたのは去年のクリスマス・イブのこと。それからたった一年の間にシャングリラ号で宇宙に出かけ、特別生になり、別の世界からソルジャーまでが現れて…。目まぐるしく周囲が変化した割に、私たち自身はちっとも進歩が無いような…?
「一昨日にアルトさんとrさんが来たんだよ。健全に一泊していった。…ぼくたちの仲間だと知らされて、ね」
会長さんが言い、ソルジャーが。
「ああ、君が口説いている子たちか。来年はもっと賑やかな面子になるのかな?」
「…いや、メンバーは変わらない。友達と恋人は区別しなくちゃ。アルトさんたちはレディとして特別に扱うんだ。この子たちみたいな万年十八歳未満お断りとは違うからね」
「「「え?」」」
私たちは一斉に視線を会長さんに向けました。万年十八歳未満お断りって…それって馬鹿にされてますか?
「万年十八歳未満お断りって言ったんだよ。もう一度ゆっくり言おうか? ま・ん・ね・ん…」
一文字ずつ区切られて聞こえた言葉は、間違えようもなく『万年十八歳未満お断り』というものでした。会長さんはフィシスさんと微笑み合って頷き、私たちの方に向き直って。
「ぼくたちの仲間には二通りのタイプがあるんだよ。ある程度まで順調に成長してゆくタイプと、そうでないのと。ハーレイやゼルたちは大人だけれど、ぼくやフィシスや特別生の連中たちは違うだろう? 個体差があると言ってもいい」
年齢を重ねるタイプとそうでないタイプが存在するのだ、と会長さんは具体例を挙げました。
「そして大人にならないタイプは、更に二つに分かれるらしい。精神年齢の成長まで止まるタイプと、そこそこ成長するタイプと。分岐点が何処かは謎なんだけど、一度成長が止まってしまうとそれっきりになってしまうみたいで…君たちは全員止まってしまった方なんだよね」
「「「えぇっ!?」」」
とんでもないことをサラッと告げられ、私たちは口がポカンと開いたまま。精神年齢が成長しないって…それでもって万年十八歳未満お断りって…。もしかしなくても私たちは本物の一年生だった去年と同じで進歩はゼロってわけですか!?
「ああ、誤解しないように言っておこう。積んだ経験は身についていくから、キースが大学でやってる授業やお勤めなんかは無駄にはならない。ただ、大人になることが出来ないっていうか…。なりきれないって言うべきか。たとえば恋人。…サム、君はぼくに惚れ込んでるけど、ぼくを抱きたいって思うかい?」
「…えっ? そ、そんな……」
プシューッと湯気を噴きそうな顔をして、サム君はブンブンと首を左右に振りました。
「これがサムの本音で限界。…ぼくを好きだって自覚はあっても、そこから先へ進めない。キース、君も覚えがあるんじゃないかな? 大学のコンパとかではモテる方だと思うんだけど、硬派がどうとか云々以前に他の男子と違ってないかい? パルテノンへ遊びに行こうと誘われたことは?」
「そ、それは……。坊主になる身がパルテノンなんかへ遊びに行くのは…」
「でも、行く学生は多いよね? はっきり言えばソープとか。…君が全く興味を示さず、ついて行かないのは何故だと思う?」
「…うっ…」
黙ってしまったキース君を見て、ソルジャーが「ソープって何?」と尋ねます。会長さんはソルジャーの耳に何やら囁いてますが、ソープといえばソープランドの略でしたっけ。詳しいことは知りませんけど、大人の時間が買える店です。えっと…大人の時間が買えるお店で、十八歳未満お断り。…ん? 十八歳未満お断り…!?
「君たちは来年、十八歳になるんだっけね」
会長さんが私たちをグルリと見渡して。
「十八歳といえば大人の世界が解禁になる年齢だけど、君たちはそれに見合わない。ぶるぅが決して六歳以上にならないみたいに、君たちは十八歳の壁を越えられないのさ。…つまり大人になれないってこと」
「「「………」」」
誰もが自覚していたものか、反論はありませんでした。万年十八歳未満お断りとは衝撃ですが、だからといって大人の世界に飛び込みたいとも思いませんし…。会長さんはクスッと笑って軽くウインクしてみせました。
「大丈夫、そのままで別に問題ないから。外見は一年生のままなんだからね、年相応でちょうどいい。…アルトさんとrさんは大人の世界に片足突っ込んでしまったけれど、個人差ってことで納得したまえ」
うーん、アルトちゃんとrちゃんですか…。あの二人は去年から会長さんに惚れてましたし、私たちはスタートダッシュで負けていたのかもしれません。特別生の一年生を繰り返すだけで、いつまで経ってもお子様だなんて…。

外見も中身も成長しない、と言われてしまった私たち。会長さんはソルジャーに向かってお説教を始めました。
「いいかい、この子たちは来年になっても十八歳未満のままだからね。生まれてから十八年以上が経ったからって、大人扱いは困るんだ。ちゃんと弁えてくれないと…」
「分かったよ。ぶるぅだと思って対応するさ。大人の時間になったら締め出しておけばいいんだろう?」
「そんな時間を控えてくれると嬉しいんだけど」
「君のハーレイとかエロドクターとか、からかい甲斐がある連中が揃ってるのに?」
控えるなんて絶対に無理、とソルジャーは主張しています。私たちは溜息をつき、こんな人たちに付き合わされる人生ならば子供のままでいるのがベストと思い始めていたのですが…。
「困った…。一生嫁が貰えないのか」
シビアな問題を口にしたのはキース君でした。
「嫁がいないと後継ぎが…。親父になんて言えばいいんだ」
あ。キース君の家はお寺です。後継者がいないと大変なことになるのかも…。けれど会長さんは余裕の笑みで。
「後継ぎ? 元老寺のことなら無問題だと思うけどな。君の寿命はどれだけあると思ってる? ぼくは三百年以上生きているんだよ。君も余裕で三百年はいけるってことだ。お嫁さんなんか貰わなくっても、君一人だけで他のお寺の何世代分も持ちこたえるさ」
それに、と人差し指を立てる会長さん。
「お嫁さんがいないというのは住職としてポイント高いよ? 生涯不犯は坊主の理想だ」
「「「…ショウガイフボン?」」」
キース君を除いた全員が首を傾げました。もちろんソルジャーも同じです。
「一生、異性と交わらないこと。仏教には五戒というのがあってね…更に五つ加えて十戒というのもあるんだけれど、守るべき大事な戒めなんだ。五戒の一つが邪淫戒」
「「「…ジャインカイ…?」」」
「そう、邪に淫らと書く。それが異性と交わるな…ってヤツ。今では夫や妻以外の異性と言われてるけど、本来はもっと厳しかった。異性は全てダメだ、とね。もちろん同性ならいいって意味じゃない。誰とも交わらないのが理想の生活、生涯不犯。キース、君なら楽勝だ。戒めるような欲望が無い」
独身を貫いていれば弟子も増える、と会長さんは言いました。
「弟子入り志願が大勢来れば、後継ぎだって見つかるさ。…どうしても君の血を残したいんなら、手を打たないと大変だけど」
「…いや…。俺はその辺は特に…」
「じゃあ、このままでいいじゃないか。目指せ、生涯不犯の高僧。…ぼくも記録の上ではそうなってるだろ?」
「……そうだったな……」
ガックリと肩を落としたキース君。ガックリの理由は生涯不犯がどうこうではなく、会長さんの正体である伝説の高僧、銀青様の公式記録の方でしょう。
「記録って何さ?」
ソルジャーが好奇心に満ちた瞳で会長さんを見ています。銀青様どころか会長さんの法名も知らないソルジャーのために解説が始まり、ソルジャーと「ぶるぅ」は楽しそうに耳を傾けていたのでした。

やがて日が暮れ、飾り付けられたリビングでクリスマス・パーティーの始まりです。ソルジャーの世界のシャングリラ号でもクリスマス・イベントがあるそうですが、ソルジャーは「今年はサボリ」だと言い切りました。キャプテンとの甘い時間も別の日を予約したのだとか。
「だってさ。本物の地球で迎えるクリスマスだよ? 体験しなくちゃ損じゃないか」
ズラリと並んだクリスマスの御馳走を前に、ソルジャーは嬉しそうでした。ローストビーフにターキーに…クリスマス・プディングにブッシュドノエル。食いしん坊の「ぶるぅ」は次から次へとお腹に詰め込み、私たちも美味しい料理に大感激です。舌鼓を打っていると玄関のチャイムが鳴って。
「かみお~ん♪ サンタさん来たから行ってくるね!」
飛び出していった「そるじゃぁ・ぶるぅ」が連れて来たのは体格のいいサンタさん。真っ赤な洋服と帽子、白いお髭に大きな袋。どう見てもサンタさんですけれど、見覚えのある目許と褐色の肌は…。
「メリー・クリスマス!」
サンタさんの声は教頭先生と同じでした。会長さんが笑顔で出迎えます。
「メリー・クリスマス! ぼくたちのパーティーにようこそ、ハーレイ。プレゼントを配ってくれたら、後は一緒に食べて行ってよ。それと余興をよろしくね」
「ああ。…まずはサンタの役目からだな」
袋から最初に取り出されたのはお菓子が詰まった金色のブーツ。クリスマスの定番商品ですけど、「ぶるぅ」の瞳はお菓子ブーツに釘付けです。
「これは…。ふむ、『よい子のぶるぅへ』と書いてある。どっちのぶるぅだ?」
「んーと、んーと…。ぼく! 多分、ううん、絶対にぼく!」
「そっちのぶるぅで合ってるよ! ぼく、リクエストしてないもん」
自分の物だと言い張ったのは「ぶるぅ」でした。プレゼントは会長さんが用意してくれたみたいです。教頭先生は「ぶるぅ」にお菓子ブーツを渡し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」にもお菓子ブーツを渡し…。私たちやソルジャー、会長さんとフィシスさんには焼き菓子を詰めたバスケット。これって一年前から予約しないと手に入らないお店のでは…?
「予約なんかは必要ないよ。ぼくのコネならいつでもオッケー」
会長さんが得意そうに言い、サンタに扮した教頭先生を「御苦労さま」と労って。
「せっかくのクリスマス・パーティーだから、サンタの格好をしてて欲しいけど…。それじゃ食事が出来ないよね。髭は外してくれていいから」
「そうか? では、ありがたく外させてもらおう」
教頭先生がサンタの髭を外した所で、ソルジャーが。
「今日は無礼講でいくらしいよ。ほらね、あそこにヤドリギがあって…」
「ヤドリギ? ほほう…綺麗な飾りだな」
独身生活三百年余の教頭先生はキッシング・ボウを知りませんでした。ソルジャーの瞳がキラリと妖しく光ったものの、教えるつもりは無いようです。無礼講だなんて言い出した以上、何かやらかすと思うんですけど…ヤドリギにくっついている実の数のキスは、誰のもの…?




会長さんのロシアンティーにサム君がジャムを入れ、会長さんがスプーンでかき混ぜるのを不審そうに見ていた教頭先生。シャングリラ学園生徒会長を三百年も勤めた会長さんですし、駆け出しの特別生を顎で使っても別におかしくはないですが…サム君だけが恭しく傅いているというのは変でしょう。
「ブルー、もう一度訊いてもいいか?」
恐る恐るといった風の教頭先生に会長さんは首を軽く傾げました。
「何?」
「い、いや…。なんでサムがお前の紅茶の世話を?」
「ああ、それか。サムはぼくと一緒に朝御飯を食べる仲だから…。みんなだって知ってるよね?」
私たちは一斉に頷き、教頭先生は愕然として。
「朝御飯!? なんだ、それは?」
「聞いたとおりの意味だよ、ハーレイ。夏休みから後のことなんだけど、週に一度は朝御飯を一緒に食べて一緒に登校してるんだ」
「…朝食を…一緒に…。二人で一緒に登校だって…?」
教頭先生の声が上ずり、額に汗が浮かんでいます。そこで初めて気が付きましたが、朝食を一緒に食べて登校だなんて、事情を知らない人が聞いたらとんでもない意味に取れちゃうかも。会長さんはクスクスと笑い、サム君の肩に手を回しました。
「ふふ、サムはとっても優しいのさ。ぼくのお願いを聞き入れてくれて、毎週通って来てくれる。その御褒美が朝御飯ってわけ。そうだよね、サム?」
「うん! ブルーが喜んでくれるんだったら、俺、いくらでも頑張るから!」
元気一杯に答えるサム君は教頭先生の誤解に全く気付かず、仏弟子修行を頑張るという決意表明をしています。しかし教頭先生は…。
「…ブルーを喜ばせる…。頑張る…。……一緒に朝食……」
ズーン…と効果音が聞こえそうなほどショックを受けている教頭先生。頭の中では凄い勘違いが渦巻いていることでしょう。サム君は阿弥陀様を拝みに朝早くから会長さんの家へ行ってるだけですけれど、教頭先生は大人の時間なお泊まりコースを連想したに違いありません。更に追い討ちをかけるように会長さんが。
「サムは本当に筋がいいよ。飲み込みも早いし、将来有望」
「……将来……?」
勘違いコース一直線の教頭先生は既に顔面蒼白でした。
「もうそんな話になっているのか? お前はサムを選んだのか…?」
「まだ本決まりじゃないけどね。サムのご両親にも話をしないといけないし…サムも決心が要るだろうし。…ぼくとしてはこのまま決まって欲しいけど」
「…………」
仏弟子修行だと知らなかったら結婚話にしか聞こえない中身に、教頭先生は激しく打ちのめされたようです。長い長い沈黙が続き、ようやく声を絞り出して。
「…そうか…。お前がそれで幸せならば、私も祝福すべきだろうな。だが、今は…すまんが何も言えそうにない」
宿泊券を使って来てくれたのに申し訳ないが、と教頭先生は頭を下げました。
「明日の朝食も作らねばならんし、今夜は先に休ませて貰う。布団はそっちの部屋にあるから適当に敷いて使ってくれ。女子は一番奥の和室だ。…徹夜してもいいが、疲れんようにな」
おやすみ、と出てゆく教頭先生はガックリと肩を落として背中がとても小さく見えます。けれど会長さんは誤解を解く気もないようで…。
「おやすみ、ハーレイ。朝御飯、期待しているからね」
焼きたてパンにオムレツに…、と羅列する声に答えは返ってきませんでした。教頭先生は二階の寝室へ引っ込んでしまい、シャワーに一度降りてきただけで、それっきり…。

「ふふ、完全に引っかかった。寝酒を飲んでもダメみたいだね」
会長さんが上機嫌で天井を仰ぎます。サイオンで教頭先生の寝室を覗き見しているのでしょう。
「何度も溜息をついてるよ。どうやら寝付けないらしい」
「…そりゃそうだろう」
気の毒すぎる、とキース君。
「教頭先生、どう考えても誤解してるぞ。あんたとサムの関係を…な」
「勝手に誤解したハーレイが悪い。ぼくは間違ったことは一つも言っていないんだから。公認カップルの話をしたんならマズイけどさ…ぼくが言ったのは師弟関係の方なんだし」
「わざわざ言葉を選んで話しただろうが!」
「…そうかなぁ? 君も邪推が得意なのかもね」
ケロッとした顔の会長さんはトランプを配り始めました。リビングには布団が敷かれています。眠くなった人から眠ればいい、という発想の下、お風呂も順番に入って残るはお馴染みトランプ大会。教頭先生が買っておいてくれたスナック菓子やジュースをお供に夜遅くまで騒ぎまくって、寝たのは夜中の二時過ぎでした。翌朝、スウェナちゃんと私が目を覚ましたのは朝と言うには遅すぎる時間で…。
「寝過ごしちゃった…」
慌てて起き出したものの、男子の声は聞こえません。着替えを済ませてリビングを覗くと、みんな揃って爆睡中。顔を洗って布団を畳み、さてどうしよう…と思った所へ。
「ちょっといいか?」
襖の向こうから教頭先生の遠慮がちな声がします。スウェナちゃんと二人で出てゆくと、教頭先生はキッチンでホットミルクを作ってくれました。
「紅茶かコーヒーの方が良かったか? 朝飯がまだだし、腹が減ってるかと思ったんだが」
クッキーを盛ったお皿を添えて、教頭先生は私たちの向かいに座ります。
「…今の間に教えて欲しい。昨夜ブルーが言っていたのは本当か?」
「「は?」」
「ブルーとサムの関係のことだ。…あれはブルーの冗談だよな?」
「えっ? えっと…」
スウェナちゃんと私は顔を見合わせ、どうしたものかと考えた末に…。
「…本当です」
「冗談なんかじゃありません」
あくまで弟子入りの話だからと頭の中で言い訳をして事実を述べる私たち。教頭先生は深い溜息をつきました。
「そうなのか…。やはり本当の話なんだな。まさかこういうことになるとは…」
落ち込んでいる教頭先生を他所に、リビングでは男子が起きたようです。ドタバタと派手な足音が聞こえ、やがて布団も片付いたらしく…。
「おはよう、ハーレイ」
会長さんが扉から顔を覗かせ、朝食の催促を始めました。
「テーブルは元に戻したよ。早く朝御飯が食べたいな」
「あ、ああ…」
立ち上がってエプロンを着ける教頭先生。スウェナちゃんと私はリビングに戻り、会長さんたちとテーブルについて朝食待ちです。教頭先生は朝一番に買ってきたらしい焼きたてパンを運び、卵料理の注文を取り、サラダやソーセージや温めたスープを手際よく並べていきました。

「待たせてすまん。口にあえばいいのだが…」
「「「いっただきまーす!」」」
元気一杯に食べ始める私たちとは対照的に、教頭先生は食が進まないようでした。会長さんの隣にいるサム君がやたら気になるらしく、何度も視線がそちらに向きます。会長さんがクスクスと笑い、サム君の肩を叩きました。
「ほら、サム。ぼくたち、注目されてるようだよ。…どうしようか?」
「注目? 誰に?」
「一番熱い視線はハーレイだけど、他のみんなも気にしてるかも。…そういえば一度も披露してないね。いい機会だし、みんなの前でやってみる? 大丈夫、ぼくも一緒にやるから」
ほら、とサム君の手を引く会長さん。何を披露しようというのでしょうか? 教頭先生は婚約披露か何かだと思ったようで、顔色が紙のように真っ白です。会長さんはサム君と並んでリビングの端に正座し、深々と頭を下げました。もちろんサム君も頭を下げます。そして同時に上半身を起こした二人は…。
「「がーんがーーしーんじょーー にょーーこーろーー…」」
願我身浄如香炉、願我心如智慧火…。前にキース君の大学で聞いたお経です。いわゆる朝のお勤めというヤツで、気付けば会長さんは木魚と鐘と叩き鉦まで持ち込んでいました。サム君もいつの間に覚えたものやら、なかなか見事な読経っぷり。そして教頭先生は…。
「な、何なんだ、この騒ぎは…?」
「朝の勤行だと思いますが」
キース君が冷静な声で答えました。
「ごんぎょう…?」
「はい。俺の大学では毎朝必ずやっています」
「それをなんでブルーとサムが…?」
「…お勤めの間は静粛に、というのが大原則です」
お静かに、とキース君。教頭先生は黙らざるを得ず、会長さんとサム君の時ならぬ読経は延々と続いたのでした。やがてお念仏の繰り返しと叩き鉦の乱打が始まり、お念仏が朗々と十回唱えられて。
「「…南無阿弥陀仏」」
チーンと鐘が鳴り、会長さんとサム君は床に頭がつくほど深く一礼。お勤めはこれで終わったらしく、会長さんが頭を上げてサム君にニッコリ微笑みかけます。
「うん、今日も上手に唱えられたね。…じゃあ、朝御飯の続きを食べようか」
木魚や鐘がフッと消え失せ、二人はテーブルに戻って来ました。教頭先生はまだ呆然としたままです。
「ハーレイ、一宿二飯のお礼に教えてあげるよ」
会長さんが軽くウインクして。
「サムがぼくと朝御飯を一緒に食べる日は必ず朝のお勤めをする。…いや、朝のお勤めをした後に食事というのが正しいかな? サムが弟子入りしてからね」
「弟子入り!?」
素っ頓狂な声を上げる教頭先生。
「そう、弟子入り」
オムレツを切り分けながら会長さんは綺麗な笑みを浮かべました。
「ぼくはサムの師匠ってわけ。…弟子は師匠に絶対服従、身の回りの世話もしなくっちゃ」
「…そ、それじゃ紅茶の砂糖の数は…」
「弟子の心得。当然だろう?」
「…しょ、将来がどうとかって言っていたのは…?」
教頭先生の頬が引き攣っています。
「もちろん出家をするかどうかさ。ぼくの一存では決められないし、サムのご両親にも相談しないと」
「……出家……」
ポカンと口を開ける教頭先生の頭の中で全てのピースが嵌まるまでには長い時間がかかりました。結婚ではなく出家であって、ラブラブではなく師弟関係。…壮大な勘違いに気付いた教頭先生は真っ赤になって謝りまくり、サム君はひたすら照れています。本当は公認カップルですけど、それは内緒のままみたいですね。

宿泊券は一泊二食用でしたが、教頭先生は昼食も出してくれました。シーフード入りカレークリームのパスタです。会長さんに少しでもゆっくりしていって欲しいという意図が見え見えで…。
「悪いね、昼御飯まで御馳走になって」
ちっとも悪くなんか思っていない会長さんですが、教頭先生はニコニコ顔。
「いや、私の方こそ悪かった。せっかく泊まりに来てくれたのに、昨夜は付き合いもせずに先に寝たしな。本当なら徹夜トランプでも付き合わなければならないものを…」
「いいんだってば、誤解させるようなことを言っちゃったんだし。でもね……ぼくとサムとの仲は深いよ? ハーレイが割り込む余地は無いから」
なんといっても弟子なんだし、と会長さんはサム君の肩を抱き寄せました。
「正式に入門ということになったら、サムに名前もつけなくちゃ」
「「「名前!?」」」
「うん、名前。…お坊さんには必須なんだよ。法名、もしくは僧名といって、漢字で二文字がお約束。サムの場合は元がサムだし、漢字を当てるだけでもいいかな、って候補を考えてはいるんだけどね」
ね? と言われて頷くサム君。お坊さんになる決心がついたわけでもないのに会長さんに従ってるのは、惚れた弱みというヤツでしょう。会長さんは視線をジョミー君に向けて…。
「ジョミーだとジョの音を大事にすべきかな。まあ、まだまだ先の話だけれど」
「…ぼ…ぼくはお坊さんなんて嫌だってば!」
「テラズ様のことを忘れたのかい? 君を立派なお坊さんにしたい一心で成仏していったよね、テラズ様。それにキースと一緒に剃髪対策もしてるじゃないか。…君には高僧になってほしいよ」
人の意見を全く聞かない会長さん。ジョミー君もこのままいくと仏門に入るしかなさそうですが…。
「ブルーにも漢字の名前ってあるんですか?」
話を逸らしたのはマツカ君の一言でした。
「ん? そりゃあ…もちろんあるけど」
「ほほう…。この際だ、ぜひ聞きたいな」
キース君が言い、会長さんは「そうだねぇ…」と呟いて。
「喋っちゃっても問題ないか。どうせハーレイは知ってるんだし、ゼルたちだって知ってるし。…ギンショウだよ」
「「「ギンショウ?」」」
「うん。銀という字に青と書く。お師僧さんが付けてくれたんだ。ぼくの名前がブルーだから青。銀は銀色の髪だから。…剃ってしまえば髪の色なんか関係ないけど、銀は仏教の七宝っていう七種類の宝の一つでね。その色の髪を持っているのも御仏縁だろう、ってお師僧さんが…」
初めて聞いた会長さんの法名。本当にお坊さんだったんだ…、と感心している私たちの横でキース君が愕然としています。キース君もお坊さんだけに、もしかして聞き覚えがあったとか…?
「…まさかとは……まさかとは思っていたが…」
キース君の唇が震えていました。
「あんたが銀青様だったのか! 俺は尊敬していたのに…あんたは二重人格か!? 伝説の高僧で今なお教えを慕われてるのに、その実態はこれだってか…!」
「君が言うのは銀青様だろ? ぼくはブルーだ。大学で習う本の中にはぼくの教えもあるだろうけど、ぼくの名前は忘れた方が精神衛生上いいと思うよ。銀青の名前で書いた論文は沢山あるし、言葉だって残っている。…銀青様に失望したくなければ忘れたまえ」
「……うう……」
なんてこった、と呻き声を上げるキース君。どうやら会長さんは歴史に残る高僧だったようですけれど、一般人の私たちには関係のないことでした。教頭先生もおかしそうに笑っています。…銀青様の出家前から知ってるんですし、そりゃ笑いたくなりますよねえ…。

会長さんの法名を知った私たちが次に始めたのはキース君の追及でした。キース君にも漢字二文字の法名ってヤツがある筈です。前に会長さんがバラすと脅して、キース君がパニクったことがありましたっけ。よほど恥ずかしい名前なのかどうか、ここまで来たら知りたいかも~!
「俺は意地でも喋らんぞ」
キース君は腕組みをして仏頂面です。
「あんたもバラしたら承知しないからな、銀青様」
「様は要らないよ、銀青でいい」
「…どうしても呼び捨てに出来ないんだ! 正体があんただと分かってもな」
苦悩しているキース君を他所に、会長さんは。
「君たちにヒントを教えてあげよう。…法名は本名から一文字取ることが多いんだ。そして親子だったりすると、その一文字をそのまま貰っていることも…。キースのお父さんの名前は何だったっけ?」
「「「あっ!!」」」
私たちの脳裏にアドス和尚の恰幅のいい姿が浮かびました。キースとアドス。共通点は『ス』の一文字。
「スの字だ!」
ジョミー君が叫び、キース君が頭を抱えます。これで一歩前進ですが…。
「今日の所は見逃してあげた方がいいと思うよ」
銀青様でガッカリさせたし、と会長さん。
「君たちはキースで遊んでるけど、ぼくはハーレイで遊びたいんだ」
「「「えぇっ!?」」」
「わざわざ泊まりに来たんだよ? 何もしないで帰れるわけがないじゃないか」
「もう充分に遊んだろうが!」
キース君が突っ込みましたが、会長さんは涼しい顔で。
「あれは勝手な勘違い。ぼくがあの程度で済ませるとでも…? ハーレイ、忘れちゃいないだろうね。ぼくが出家しようとした時、一緒に行こうって誘ったのに…君はアッサリ断ったんだ」
「そ、それは…」
矛先を向けられ、教頭先生はうろたえました。
「あの頃は学校も忙しかったし、私まで留守にするわけには…」
「ゼルだっていたし、ヒルマンもいた。エラもブラウもちゃんといた。…君の代理は四人もいた上、生徒は今より少なかった。もちろん仲間の数だって…ね。忙しかったなんて言い訳だろ? ぼくは知ってる。ぼくの誘いを断った理由は髪の毛なんだ」
ビシッと教頭先生の髪を指差す会長さんの瞳が赤く燃え上がります。
「出家するには剃髪が必須。その髪の毛を剃るのが嫌で、もっともらしい言い訳を…。ぼくが好きだなんてよく言うよ。本当にぼくが好きだったんなら、一緒に出家するだろう? ハーレイが一緒に来てくれていたら色々と心強かったんだ。なのに断ってくれたから…護身術なんか習う羽目に!」
あ。護身術といえば会長さんが教頭先生を投げ飛ばした技です。あの時、確か布団部屋がどうとか…。教頭先生はみるみる青ざめ、会長さんに謝りました。
「すまん、ブルー…! 寺にそういう危険があるとは知らなくて…。知っていたなら私がお前を…」
「みっともないよ、ハーレイ。その気さえあれば、ぼくが護身術を習ってることが分かった筈だ。なのに知ろうとしなかった。一緒に出家もしてくれなかった。…ぼくへの愛はその程度だ。ぼくより髪の毛が大事なんだ!」
「い、いや…決してそういうわけでは…。お前よりも髪が大切なんてことは…」
「本当に?」
じっと見詰める会長さん。教頭先生は蛇に睨まれた蛙でした。冷や汗を垂らし、大きな身体を縮めています。
「……本当だ。お前か髪か、どちらかを選べと言われれば…私は絶対にお前を選ぶ」
「そうかなぁ? 全然信用できないんだけど」
「頼む、ブルー! 信じてくれ、あの頃は私も若かったんだ。寺がどういう所かも知らずに、お前なら大丈夫だと思っていた。ぶるぅも一緒に連れて行くんだと話していたし、きっと元気に帰ってくると…」
「遠足に行くんじゃないんだからさ。…もっと気遣ってほしかったな。髪の毛が心労で禿げるほどにね」
戻ってきたらフサフサしていた、と会長さんは糾弾します。
「ぼくよりも大事な髪の毛だもんね。薄くなるなんて許せないよね? そうだろ、ハーレイ? 今でもぼくと髪の毛だったら髪の毛の方を選ぶんだ!」
「違う、ブルー! 髪よりもお前が大切だ!!」
「そっか。じゃあ…」
キラッと青いサイオンが走りました。
「貰っておくよ、君の髪の毛。愛してるんならかまわないよね?」
会長さんの両手の中にフンワリと載っていたのは鈍く輝く金髪の山。そして教頭先生の頭の上から髪は消え失せていたのでした。

「「「!!?」」」
教頭先生が頭に手をやり、私たちは目が点です。見事に剃り上げられた教頭先生の坊主頭は、天井からのライトを受けて眩しい光を放っていました。会長さんの手の中に金色の髪があるってことは、サイオニック・ドリームではなくて正真正銘の丸坊主…?
「……ブルー……」
泣きそうな顔の教頭先生に、会長さんは「何?」と無邪気に応えます。
「さ、触っても髪の毛が無いのだが…。サイオニック・ドリームにしてはリアルすぎる気がするのだが…」
「ああ、髪の毛? そりゃ触っても無いだろうね。剃っちゃったもの」
「「「剃った!??」」」
全員が唖然とする中、会長さんは宙にビニール袋を取り出し、金色の髪を詰めました。
「ぶるぅ、この髪の毛で何か作れるかな? ハーレイの剃髪記念にしたいんだけど」
「んーとね…。針山なんかどうかなぁ? 人間の髪の毛って油分があるから、針が錆びにくくなるんだよね」
「針山か。ぼくは使わないけど、記念品には良さそうだ。ぶるぅ、作ってくれるかい?」
「うん! どんな形にしようかなぁ…。可愛いのがいいかな、それとも渋いデザインがいいかなぁ?」
のんびり会話する会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」。丸坊主にされた教頭先生はリビングを飛び出し、洗面所に向かったようですが…鏡を見たらさぞ衝撃を受けるでしょうねえ。案の定、意気消沈した教頭先生がどんよりした顔で帰ってきて。
「…ブルー、本当に剃ったのか…?」
「髪の毛よりもぼくが大事だって言ったじゃないか。そのぼくに欲しいと要求されたら髪の毛くらい差し出さなくちゃ。…だからといって出家した時についてこなかった件をチャラにするわけじゃないけどね」
「…駄目なのか…」
「もちろん。そのまま出家して仏門に入るというなら考えないでもないけどさ」
ツルツル頭の教頭先生の姿を見ても、会長さんの心はまるで痛まないようでした。それどころか宙にヒョイと雑誌を取り出して。
「はい、これでもヘアカタログってヤツなんだ。…ボウズスタイルっていうんだよ」
「「「ボウズスタイル!?」」」
「そうさ、坊主頭の専門雑誌。キースなら知っているかもね。これが最新号で、おしゃれボウズなスタイルが108載っている。あと、特集が『人気美容師が教える! 自分で刈る! セルフボウズテク』。色々あるから参考にして。…冬休み中に坊主頭を脱却するのは日数的に厳しそうだし」
似合うスタイルを探すといいよ、と教頭先生に渡された雑誌の表紙は文字通り坊主だらけでした。綺麗さっぱりツルツルのから、少し伸びたもののアレンジまで…。ほんの少しだけ髪が伸びた頭を文字や模様に刈り込んだのも載っています。会長さんはそれの一つを指差しました。
「冬休み明けに間に合いそうなスタイルといえばこの辺りかな? 金髪でボウズなスタイルっていうのは難しいけど、ハーレイは肌の色が濃いからね…。模様なんかが映えると思う。載ってるとおりにするのもいいし、シャングリラ学園の紋章なんかもオシャレじゃないかな」
「きょ…教頭がそんな頭というのは…」
「だったらスキンヘッドしか残ってないね。生え際が後退しそうだったから、その前に潔く剃りました…って言えば世間は通ると思うよ。でなきゃカツラを被るとか。…ここのカツラが評判いいんだ」
今度はオーダーメイドのカツラのチラシが出てきます。会長さんったら、どこまで用意がいいんだか…。宿泊券をゲットした時から計算し尽くしていたのでしょうけど、まさか教頭先生がツルツル頭にされるとは! 次に宿泊予約を入れている数学同好会のメンバーとアルトちゃんたち、腰を抜かすかもしれません。
「それじゃ、ぼくたち帰るから。ボウズスタイルかカツラにするか、冬休み中にじっくり考えて」
会長さんの合図で私たちは教頭先生の家を引き揚げました。教頭先生、あまりのことに見送りにも出てこられないらしく、窓の向こうで手を振っています。会長さんに惚れたばかりに髪の毛を剃られてしまう結果になっても、会長さんへの名残は尽きないらしいですねえ…。

バス停まで歩く途中で会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」に言いました。
「準備いいかい?」
「かみお~ん♪」
「「「えっ!?」」」
フワッと身体が浮いたかと思うと、私たちは見慣れた会長さんの家のリビングに…。すぐに「そるじゃぁ・ぶるぅ」がホットケーキと飲み物を用意してくれます。お泊まり会を振り返るにはもってこいの場所ですけれど、なんて手回しがいいのでしょう。
「ハーレイったら鏡とにらめっこしているよ。ボウズスタイルとカツラのチラシを交互に見ては悩んでいるね」
絶対ボウズがお薦めなのに、と会長さんはビニール袋に入った金色の髪を取り出します。
「これだと針山は一個くらいか…。まあ、作れっこないんだけどさ。ね、ぶるぅ?」
「うん、本物じゃないもんね。つまんないの…」
チョンチョン、と袋をつつく「そるじゃぁ・ぶるぅ」。本物じゃない…って、どういうこと? 私たちが口々に訊くと会長さんはクスッと笑って。
「この髪の毛は此処にはない。…まだハーレイの頭の上」
「「「は!?」」」
「サイオニック・ドリームなんだよ、最上級のね。ハーレイ自身も幻覚に囚われて髪の毛は無いと思ってる。明日の朝には元に戻すけど、それまでツルツル頭の絶望感をじっくり味わってもらおうと…。ぼくよりも髪の毛を選んだ過去をキッチリ後悔するといいさ。どうせこうなるなら出家しておけばよかった…とね」
「あ、あんたは…」
キース君が口をパクパクとさせて会長さんを見詰めました。
「まさかそのために教頭先生の家に泊まりに!? 最初から全部計算の内か…?」
「決まってるじゃないか。ハーレイの家に堂々と泊まり込めるチャンスなんてそうそう無いし…何をしようかって考えてたらこうなった。今は坊主が旬なんだよ」
托鉢ショーにトンズランスに…、と指折り数える会長さんは心の底から楽しそうでした。
「ぼくの法名も明かしてあげたし、いつかは君の法名も披露しないといけないね。知られたくないなんて言ってる内は、まだまだ修行がなってないんだ。みんなに話す覚悟が出来たら剃髪にも抵抗が無くなるさ。その時はジョミーも一緒に坊主頭に…」
「それだけは嫌だ!」
「ぼくも嫌だーっ!!!」
キース君とジョミー君の叫びが重なり、会長さんとの言い争いが始まります。丸坊主にされたと思い込んでいる教頭先生は今もドン底気分でしょう。キース君が尊敬している伝説の高僧・銀青様。その銀青様と会長さんが同一人物だなんて、お釈迦様でも知りたくないかもしれません。…お歳暮に貰った宿泊券でのお泊まり会は…教頭先生、ごめんなさいです~!




先生からのお歳暮ゲットを目指してスーパーボールを順調に集めた私たち。残りは体育館で貰える二個という所で思わぬ壁にぶつかりました。ゼル先生が出した課題です。先生の特製時限爆弾のオモチャを無事に解体しないとスーパーボールは貰えません。おまけに一つとして同じ仕掛けは無いのだとか…。
「ふん。いくら悪運の強いブルーといえども、こればっかりは無理じゃろうて」
専門家ではないからな、と箱を見下ろすゼル先生。
「爆弾処理は広いスペースでやるもんじゃ。万一のことがあるからな。わしがこの部屋を使っているのはそういうわけじゃが、誰が解体してくれるんじゃ?」
「「「………」」」
顔を見合わせている私たちに、ゼル先生は時限爆弾のタイムリミットは正午だと教えてくれました。お歳暮ゲットのための制限時間終了と共に、解体されなかった爆弾が一斉に煙を吐くのだそうです。
「…解体できた人って、いるんですか?」
質問したのはシロエ君でした。ゼル先生は「うむ」と大きく頷いて。
「運の問題もあるからのう。五人は成功しておるわい。…おお、そうそう、お前たちと同じクラスの何といったか…。ああ、rじゃ。あの子も成功したんじゃぞ」
「「「えぇっ!?」」」
rちゃんが時限爆弾を解体していたとは…。よっぽど運がいいのでしょう。それを聞いたシロエ君が拳をギュッと握り締めて。
「分かりました。…ぼくがやります」
「ほほう…。トップバッターというわけか。ほれ、道具はこれじゃ」
工具箱のようなモノを渡されたシロエ君は床に座り込み、慎重に箱の上蓋を外しました。私たちが息をつめて見守る中で、まずパチンと一本のコードが切られて…。幸い、煙は出ませんでした。
「ほう、タイマーを切りおったか。とりあえず正午に爆発するのは避けられたのう」
しかし問題は解体じゃ、とゼル先生は得意そうです。
「ここから先が大変なんじゃ。わしの爆弾はそう簡単には分解できん」
「………。でも人間が作ったものですから」
シロエ君がパチン、とコードを切ります。それから少し考え込んで…パチン。コードが一本切られる度に私たちはドキドキですが、シロエ君は顔色一つ変えません。ゼル先生も腕組みをしてシロエ君の手元を覗き込んでいます。
「…よし。これで終わりだと思うんですけど」
パチン、とコードを切断すると、シロエ君は箱の中を指差して。
「起爆装置は解除しました。どう転んでも白い煙は出ないんじゃないかと思います」
「……むむむ……。仕方ないわい、わしの負けじゃ。ほれ、持って行け!」
ゼル先生がスーパーボールを取り出し、私たちは歓声を上げてシロエ君を取り囲みました。
「すげえな、シロエ!」
サム君が叫び、キース君が。
「機械いじりが趣味だと聞いてはいたが…見事なものだな」
「ふふ、先輩に誉めて頂けると嬉しいですね。…実はちょっとした爆弾くらいなら作れちゃったりするんです」
恐ろしいことをサラッと言ってのけるシロエ君の手には、星が六個入ったスーパーボールが。これで残りは一個だけ。お歳暮ゲットは目前ですよ!

私たちにとって最後となる七個目のスーパーボールを持った教頭先生は、柔道部の道場が持ち場でした。階段を上がって近付いて行くと「どりゃあぁ!」という大きな声が。
「…もしかして、先生から一本取るのが条件ですか?」
不安そうな声のマツカ君。柔道部三人組の顔が一気に強張り、道場の方から男子グループが肩を落としてやって来ます。一番最後の一人は制服のシャツのボタンを留めながら…。
「柔道着は貸してくれるんだよ。制服じゃ上手く動けないからね」
会長さんの言葉に、私たちは真っ青になってしまいました。
「そ、そんな…。絶対無理だよ、キースたちも一度も勝てたことがないって…」
ジョミー君が全員の心を代弁します。せっかくここまでやって来たのに、七個目はゲットできないんでしょうか…。
「大丈夫。柔道だけだと不公平だから、他に対戦方法が二つ」
そう言いながら会長さんが扉を開けると、教頭先生が柔道着に黒帯を締めて仁王立ちに立っています。
「おお、来たのか。スーパーボールは今で幾つだ?」
「ここで七個目」
ニッコリと笑った会長さんは六個のボールを両手に乗せて得意そうでした。
「だから絶対貰わなくっちゃ。六個でおしまいなんて悲しいじゃないか」
「そうだろうな。しかし手加減は一切せんぞ。…チャンスは一人一回きりだが、対戦方法は三つある。一つは柔道で私に勝つこと。二つ目は腕相撲で私に勝つ。最後の一つは…女子用に用意した方法なのだが、男子が挑んでもかまわない」
「「「女子用?」」」
「そうだ。これが一番簡単だぞ。…にらめっこで私に勝てばいいのだ」
「「「にらめっこ?!」」」
ビックリ仰天の私たちでしたが、教頭先生は大真面目です。
「にらめっこを甘く見るんじゃないぞ。私を笑わせた生徒は殆どいない。そうだな…。半時間ほど前に数学同好会の連中が挑みに来たが、ジルベールでも勝てなかったと言っておこうか」
「「「ジルベール!?」」」
それは『欠席大王』の異名で知られる特別生の名前でした。会長さんとはベクトルの違った超絶美形で、滅多に姿を現わしません。よほど機嫌が良くないと微笑みもしないと評判ですが、そのジルベールが敗北…すなわち教頭先生の顔を見て笑う結果になったとは…。
「そんなわけだから、どの方法で対戦するか考えてから挑むんだな。…最初は誰だ?」
「くっ…。たとえ負けると分かっていても…」
柔道以外では挑めるもんか、とキース君が決意を固めました。続いてシロエ君とマツカ君も。三人は柔道着に着替えて順番に挑戦したのですけど、やっぱり勝てはしませんでした。キース君はそこそこ頑張ったのに…。
「…すまん、三人分も無駄にして…」
プライドにこだわらずに腕相撲にしておくべきだった、とキース君たちが頭を下げます。でも腕相撲でも勝てないのでは、と私たちは薄々気付いていました。
「ハーレイ。…参考までに聞きたいんだけど」
口を開いたのは会長さん。
「今までに柔道で勝った人はいる? 腕相撲は? にらめっこは勝った人がいるみたいだね」
「なるほど…傾向と対策か。にらめっこは男女合わせて六人、腕相撲は男子が五人、柔道はまだ一人もいない」
「そうなんだ。じゃあ、にらめっこか腕相撲なら可能性があるってことか…」
どうする? と言われても、柔道部三人組でさえ勝てない相手に腕相撲で挑もうという猛者がいるわけありません。
男子は会長さんを除けばジョミー君とサム君の二人しか残っていないんですし、スウェナちゃんと私も加わり、一人ずつ『にらめっこ勝負』をすることに…。対戦場所は腕相撲用のテーブルでした。
「ふむ、最初はジョミーか。では…始めっ!」
教頭先生の合図と共に、ジョミー君は思いっきり顔を歪めて対戦開始。次から次へと百面相を繰り広げますが、教頭先生は眉一つ動かしもせず、突然「べろべろばぁ~」と厳めしい顔を崩しました。
「「「ぶぶっ!!!」」」
破壊力抜群の攻撃に全員が笑い転げてしまい、気付けばジョミー君はアウトを宣言されていて。続くサム君は善戦したものの、教頭先生が二本の指を鼻の穴に突っ込んだ途端に苦労が全て水の泡です。スウェナちゃんはヒョットコ攻撃、私は『アッチョンブリケ』のポーズに敗れてしまい、残るは会長さんだけに…。
「ブルー、もうお前しかいないようだぞ」
勝てるかな、と余裕の笑みの教頭先生。
「うーん、にらめっこでは勝てそうにないね。シャングリラ・ジゴロ・ブルーの名前とプライドをかなぐり捨てても、元の造りが違いすぎるし…」
「…………。お前、さりげなく私の顔をけなしているか?」
「ううん、全然」
会長さんはそう言いましたが、口調と表情が逆であると雄弁に語っています。会長さんも勝てないとなれば、スーパーボールは諦めるしかないのでしょうか。でも、最後の最後で諦めるなんて悲しいです。駄目だと結果が分かっていても、せめて勝負を…。縋り付くような私たちの目を見て、会長さんは微笑みました。
「勝負しよう。…にらめっこじゃなくて柔道で」
「「「柔道!?」」」
私たちの声がひっくり返り、教頭先生も唖然としています。
「そう、柔道。…柔道着はそっちで借りられるのかな?」
「…ああ、サイズ別に棚に入れてある。使い終えたヤツは洗濯用の籠に…って、お前、本気なのか?」
「本気だよ。至って本気で、至って正気」
ヒラヒラと手を振って、会長さんは更衣室を兼ねた部屋に入って行きました。柔道って…まだ一人も勝者がいないと聞きましたけど、会長さんったら本気ですか~!?

「…まさか色仕掛けじゃないでしょうね…」
心配そうに言ったのはシロエ君でした。
「寝技に持ち込んで仕掛けられたら、いくら教頭先生でも負けそうです」
「そんな反則は認めないぞ」
仏頂面で応じる教頭先生。
「お前たちも柔道部員なら分かっているな? 道場と勝負は神聖なものだ。ブルーが妙な手を仕掛けてきたら、その時点で反則負けとする。…証拠を出せといいそうなヤツだし、録画しておけ」
「「「はいっ!」」」
柔道部三人組は慌ててカメラをセットしました。本来は柔道部の練習試合とかを録画するためのカメラだそうです。色仕掛けが効かないとなれば、会長さんに勝算なんか無いのでは…。
「お待たせ。あれ、カメラまでセットしたんだ? 信用ないなあ」
柔道着を着け、初心者用の白帯を締めた会長さんが裸足でスタスタ歩いてきます。
「早いとこ勝負をつけようか。…持久戦には自信がないし」
「妙な真似をしたら反則負けを宣告するぞ。今からでも別の勝負に切り替えられるが」
試合用の畳に立った教頭先生が尋ねましたが、会長さんは。
「にらめっこも腕相撲も自信無いんだ。これが一番いいんだよ」
「後悔しても知らんからな」
本気でいくぞ、と教頭先生が言い、試合開始を宣言すると…。
「「「!!!」」」
ダッと飛び出した会長さんが教頭先生に足払いをかけ、次の瞬間。
「とりゃぁぁぁっ!!」
柔道十段、赤帯の巨体がドスンと勢いよく畳に叩きつけられました。会長さんは両手を軽くはたいています。
「う、嘘だ…」
キース君が呟き、教頭先生が腰をさすりながら起き上がって。
「いててて…。ブルー、サイオンを使ったな? 失格だぞ」
「残念。失格も反則もしてないよ。…今のは実力」
「しかし、お前は柔道なんか…」
習ったこともないだろう、と顔を顰める教頭先生に会長さんはニッコリ笑って。
「習ってないし、サイオンでコピーした技も持ってない。…ただ、護身術だけは習ったんだ。それの応用」
「護身術? そんなモノをいつの間に…」
「お寺に修行に入る前。ほら、ぼくって見た目がコレだから。習っておいて役に立ったよ、修行中にね。布団部屋に連れ込まれそうになる度に投げ飛ばしてた」
「「「………」」」
修行中に布団部屋…。しかも見た目がどうこうとくれば、会長さんの身体目当ての不逞の輩を投げ飛ばしたということでしょう。お坊さんの世界も大変そうです。教頭先生は溜息をつき、道場の壁際にあった箱からスーパーボールを取って来ました。
「お前に投げ飛ばされるとは思わなかった。…持って行け」
「ありがとう。これで七個揃った」
赤い星が七個入ったスーパーボール。着替えを終えた会長さんと私たちは大喜びで講堂へ戻ることにしました。正午まで残り半時間。七個のボールを集められるグループは全部で幾つあるのでしょうね?

講堂ではエラ先生とミシェル先生が待っていました。他の生徒はまだいません。
「おかえりなさい。あなたたちが一番ですが、ボールが揃ったのですか?」
エラ先生の前の机に会長さんがスーパーボールを並べてゆきます。一個、二個…。
「凄いわ、七個揃えたのね!」
感激の声はミシェル先生。七個のボールが燦然と輝く中、二人の先生はパソコンを前に何やらチェックしています。
恐らくサイオンを使ってないかの確認作業なのでしょうが…。それからリストバンドが外されました。
「よろしい、『そるじゃぁ・ぶるぅを応援する会』はお歳暮の権利獲得です」
エラ先生が紙に何かを記入し、ミシェル先生がウインクして。
「おめでとう! この紙が宿泊申込書になるわ。どの先生の家に泊まるか、じっくり考えて決めてちょうだい。私の家も大歓迎よ」
お客様は大好きなの、とミシェル先生は楽しそうです。新婚さんのお宅に押し掛けるのはお邪魔かも…なんて気遣いは不要みたい。グレイブ先生の家もいいかも、と思った所へ…。
「失礼します。ボールを揃えたのですが」
ヌッと現れたのはボナール先輩と数学同好会の面々でした。アルトちゃんにrちゃん、欠席大王のジルベールまで!
私たちは受付を譲り、申込書を持って講堂の椅子に座ります。
「ブルー、どの先生の家にするんだ?」
サム君の質問に会長さんは。
「まだだよ、ぶるぅが来てから決めよう。ほら、サイオンのことがあるから…正午までぶるぅは来られないんだ。何かのはずみでサイオンを使ってしまって、罪もない人が失格になると大変だからね」
好奇心旺盛な子供だから、と言われればそのとおりです。思念波で「何してるの?」と尋ねられただけでもリストバンドのサイオン検知装置が反応しますし、そしたらその場で失格で…。もちろん「そるじゃぁ・ぶるぅ」のことですから、お部屋からサイオンで見物しているのでしょうけど。あ、アルトちゃんたちがやって来ました。早速、情報交換が始まります。
「へえ~、ブルーが教頭先生をねぇ…」
大したもんだ、と眼鏡を押し上げるパスカル先輩。数学同好会の方はボナール先輩が腕相撲で勝利を収めたそうです。わんこそばの大食い大会を勝ち抜いたのは驚いたことにジルベールで…。
「痩せの大食いってヤツか…」
すげえ、と目を丸くして驚くサム君。その一方でシロエ君が。
「ゼル先生の爆弾を解体したのはrさんだと聞いたんですけど…。まぐれです…よね?」
「ああ、爆弾な。あれはなかなか大変だった」
男子全員やられたんだぜ、とボナール先輩が白煙が上がった瞬間を語ります。それじゃrちゃんは強運の人!
「いやいや、それが…。こいつの場合は運じゃない。遠慮深いのが欠点だ」
最初から名乗り出ればいいのに、とパスカル先輩がrちゃんの頭をコツンとつつきました。え? 名乗りって…? それって何…?
「爆弾の解体なら見よう見真似で出来るんだと。…いや、正式に習ったんだったけか?」
「…正式に、じゃないです」
控え目な声で答えるrちゃん。
「シュウちゃんに習っただけですから」
「「「シュウちゃん?」」」
「従兄らしいぜ」
ボナール先輩が肩を竦めて先を促し、rちゃんは。
「えっと…シュウちゃん、専門は多分、銃なんですけど。爆弾処理も出来るんだぜ、って言って前に教えてくれたんです。でも振動感知装置つきのヤツとかがあるから解体しようなんて思うんじゃねえぞ、と言われてて…」
シュウさんとやらが持ってきた物体以外のモノを解体したのは初めてだった、とrちゃん。いったいどういう従兄なんだか…。特殊部隊か何かなのかな? そうこうする内に二組のグループがボール持参で受付を済ませ、そのすぐ後にチャイムが鳴って制限時間は終了しました。

「かみお~ん♪ 終わったね!」
クルクルと宙返りしながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパッと現れ、生徒たちが講堂に戻ってきます。全員が着席すると間もなくスーツに着替えた先生方が揃って教頭先生がマイクを握りました。
「諸君、よく健闘してくれた。スーパーボールが揃ったグループは申込書に必要事項を記入し、事務局に届け出るように。また、揃えられなかったグループにはボールの獲得数に合わせて参加賞が出る。ゼロでもシャングリラ学園の紋章つきのポケットティッシュが貰えるからな」
一個は食堂のコーヒーチケット、二個は一番安い定食のタダ券…と賞品が発表されて、講堂の中は大騒ぎ。六個だとアルテメシアの大抵のお店で使える金券ですよ~!
「賞品の引き換え券はリストバンドと交換で渡す。引き換え場所は券の裏面を見るように。…それでは諸君、楽しく節度ある冬休みを!」
わぁっ、と歓声が上がって生徒たちが受付に行列します。その一方で私たちは…。
「ぼくらは宿泊券だよね? しかも一泊二食付き!」
どの先生の家に行こうかなあ、とジョミー君。
「グレイブ先生の家も楽しそうですよね」
ミシェル先生にも誘われましたし、とシロエ君は乗り気です。確かに素敵な提案かも…。グレイブ先生の私生活には大いに興味がありますし! あれで案外、家の中にはハート型のレースひらひらなクッションとかの新婚グッズが溢れてるとか…?
「そうだな、グレイブ先生の家っていいかも! 面白そうだぜ、なあ、ブルー?」
サム君がウキウキと会長さんを振り向くと…。
「却下」
爽やかな声で一刀両断、会長さんは微笑んで。
「ぼくがラスボスを倒したんだ。それも誰一人として勝てなかったハーレイを…ね。だからリクエストの権利はぼくにあるんだと思うけどな。…違うかい?」
「「「………」」」
誰も反論できませんでした。横では「そるじゃぁ・ぶるぅ」が無邪気にピョンピョン飛び跳ねながら。
「ブルー、ほんとに凄かったよね! ハーレイを一発で投げたんだもんね♪」
「そうだろう? でね、ぼくはハーレイの家に泊まりたくって。…それでいいかな?」
「「「えぇっ!?」」」
教頭先生の家ですって? 普段から会長さんが避けまくっている、教頭先生が『会長さんとの甘い生活』を夢見てあれこれこだわりまくった家に?
「そこが楽しい所じゃないか。ぼくが泊まりに現れるなんて、ハーレイが聞いたら感激するよ。他の先生の家じゃ我儘を言ったりできないけれど、ハーレイの家なら無礼講だ。食べ放題の遊び放題」
ゴクリ、と私たちの喉が鳴りました。好き放題にやれる、という点で教頭先生の家の右に出るものはないでしょう。悪戯しようが大暴れしようが、それこそ家の中でサッカーしようが、笑って許して貰えそう…。
「よし、それにするか」
キース君がニヤリと笑い、ジョミー君が親指を立てています。こうして行先は決定しました。日にちは早速、明後日から。明日からでも別に良かったんですが、教頭先生が準備や掃除に追われる時間をたっぷり取っておきたいというのが会長さんの意向です。
「明日は大掃除に燃えて貰うさ。年末大掃除の前倒しでね」
サラサラと必要事項を記入し、事務局へ提出に向かう私たち。その耳に数学同好会のメンバーのジャンケンの声が聞こえてきました。
「くぅ~っ、アルトか! お前、ジャンケンだけは強いのな」
「ちびゴマちゃんを見破ったのもアルトちゃんです!」
「分かった、分かった。…お前が爆弾を処理しなかったら七個揃っていないんだし…。で、アルトの希望は?」
「……教頭先生……」
どうやら教頭先生の家には、少なくとも二組が宿泊するようです。私たち八人に「そるじゃぁ・ぶるぅ」を加えたグループの方が面倒事を引き起こす可能性が高そうですが、教頭先生が惚れ抜いている会長さんが入っているのはそのグループ。数学同好会と私たちのグループ、どっちが歓迎されるんでしょうね?

そして始まった冬休み。二日目のお昼過ぎに私たちは荷物を持って校門前に集合しました。教頭先生の家へはバス一本です。住宅街の中を歩いて着くと、門扉にクリスマス・リースが飾られていて、庭にはイルミネーション用のライトが沢山…。夜になれば綺麗にライトアップされるのでしょう。
「凄いね、お庭にトナカイがいるよ!」
二階の窓にサンタさんも、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大はしゃぎ。独身生活の教頭先生にライトアップの趣味があるとは思えませんし、私たち…いえ、会長さんのために飾り立てたのは間違いないかと。会長さんがチャイムを鳴らすと、すぐに扉が開きました。
「おお、来たか! 遠慮しないで入ってくれ」
普段着の教頭先生に招き入れられたリビングには大きなクリスマス・ツリーが立っていました。
「ハーレイ、ロマンチストだねぇ…」
呆れたような会長さん。
「もしかして…ぼくがハーレイと結婚したら、毎年こんなクリスマス?」
「ん? もっとシックな方が好みだったか?」
「ううん…。尋ねたぼくが馬鹿だった」
そんな会長さんや私たちを教頭先生は手放しで歓迎してくれ、荷物を置くとすぐにお菓子が出てきました。
「ここの焼き菓子は美味いんだぞ。…紅茶とコーヒー、どっちがいい? 大きなテーブルが無くてすまんな」
テーブルには六人しか座れなかったので、教頭先生と柔道部三人組は絨毯の上でティータイムです。賑やかなお茶の時間が終わると教頭先生はキッチンに向かい、やがて美味しそうな匂いが漂ってきて…。エプロン姿の教頭先生が作ってくれたのはビーフストロガノフと三種類のサラダにピロシキでした。
「ぶるぅの腕には及ばんだろうが、これが私の精一杯だ。おかわりもバターライスも沢山あるから、好きなだけ食べてくれればいい」
「ふうん…。冬らしいメニューでいいね」
外の眺めもとても素敵だ、と会長さんがライトアップされた庭を誉めると教頭先生は嬉しそう。夕食は会長さんが和室用の机を瞬間移動させてきたので、教頭先生と柔道部三人組が正座です。テーブルについた会長さんの隣にはサム君がいたのですが…。
「はい、サム。…こっちのサラダ、好きだろう?」
会長さんが温製サラダをサム君のお皿に取り分けました。
「サンキュ! 言ってないのに分かるんだ?」
「そりゃあ…ね。サムの好みはだいたい分かるよ。ピロシキはこれが好きだと思うな」
「うん、これ、これ! すげえや、ブルー!」
五種類の中からピタリと当てた会長さんはサイオンなんか使っていない、と得意顔です。
「何度も食事を一緒に食べれば分かるものさ。…ぼくとサムとの仲だもんね」
え。会長さんとサム君は今も公認カップルですが、教頭先生はそんなこととは知りません。会長さんだって「わざわざ教える必要はない」と言っていたのに、これはいったい…? 案の定、教頭先生は怪訝そうな顔をしています。
「…おい、ブルー。ぼくとサムとの仲って何のことだ?」
「ん? …別に気にするほどのことじゃあ…。うん、どの料理も美味しいや。ハーレイ、いつでもお嫁にいけるよ」
「そうか。お前に誉められると嬉しくなるな」
頑張った甲斐があった、と喜んだ教頭先生ですが、食後の紅茶の時間になって…。
「ごめん、ブルー」
サム君がロシアンティーのグラスとジャムの器を交互に見ながら会長さんに謝りました。
「…砂糖の数なら分かるんだけど、これはちょっと…。ジャムはどれだけ?」
「そうだね、スプーン山盛りで一杯かな」
「オッケー!」
いそいそとジャムを掬うサム君の姿に、教頭先生は再び疑問が湧いたようです。砂糖の数だの、ジャムの量だの…。会長さんの弟子である以上、お世話するのは当然ですけど…知らなかったら怪しいですから! いえ、本当は公認カップルだったりするわけですが、会長さんったらカミングアウトをする気ですか~?



キース君とジョミー君が坊主頭に見せかける訓練を続ける内に期末試験がやって来ました。1年A組はいつものように会長さんのお蔭で楽々クリア。私たちの打ち上げパーティーは教頭先生から貰ったお金で「そるじゃぁ・ぶるぅ」お薦めの北京ダックが美味しいお店へ…。今回は会長さんは熨斗袋の中身だけで満足だったようです。二学期は散々な目に遭わせてましたし、良心が咎めたのかもしれません。今日はいよいよ終業式。
「おはよう。明日から冬休みだね」
やって来たのは会長さんでした。アルトちゃんとrちゃんにプレゼントだとか言って洋菓子店の箱を渡しています。去年は指輪を贈っていたと思うのですが、今年はランクが落ちましたか…? でも二人とも嬉しそうですし…。
「あそこの焼き菓子は美味しいんだよ。それにメッセージカードつき」
そっちの方が大事なんだ、と会長さんの思念が届きました。
『冬休みの間にシャングリラ号のこととかをレクチャーしなきゃいけないからね。メッセージカードはぼくの家への招待状を兼ねている』
なるほど。きっと招待した時に改めてキザなプレゼントを渡すのでしょう。アルトちゃんたちもいよいよシャングリラ学園の秘密を知らされる日が来るようです。思えば私たちも一年前の今頃は沢山の『?』マークを抱えて会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に振り回されていましたっけ…。感慨に耽っているとカツカツと靴音が聞こえてきて。
「諸君、おはよう」
グレイブ先生が前の扉から入って来ました。会長さんの机が増えているのを見てフンと鼻を鳴らし、出席を取ります。
「やはりブルーが現れたか。…まあいい、二学期も今日で終わりだ。冬休みの宿題は出すだけ無駄と分かっているから一切無し。諸君、休みを存分に満喫したまえ」
「「「やったーっ!!!」」」
狂喜乱舞のクラスメイト。それから終業式会場の講堂へ移動し、校長先生の退屈なお話を聞いて、教頭先生から冬休み中の生活などに関する注意を聞いて…。
「では、クリスマスや正月だからといって羽目を外し過ぎないように。そして…」
教頭先生が重々しく咳払いをしてマイクを握り直しました。
「去年に続いて、今年も我々教師一同からのお歳暮を贈呈することになった」
「「「えぇーっ!?」」」
上級生から明らかなブーイングの声が上がりました。一年生は去年のことを知りませんけど、二年生と三年生はキッチリ覚えている筈です。先生からのお歳暮と聞いてゲットするのに学校中を走り回って…苦労の果てに手に入ったのはタダでも欲しくない物だったことを。
「話は最後まで聞きなさい! 去年の『お手伝い券』は失敗だった、と反省している。いくら勉強に悩んでいる生徒といえども、冬休み中に先生を呼び出して個人的な指導を受けてみたいとは思わんだろう。だから今年は勉強のお手伝い券は止めにした」
教頭先生、もっともらしい理由を言っていますが本当でしょうか? お手伝い券を会長さんに逆手に取られて家政婦代わりにこき使われたのは他ならぬ教頭先生です。先生方も事の次第は聞いてるでしょうし、お手伝い券が中止されたのは会長さんのせいなのでは…。ともあれブーイングは止み、教頭先生が続けます。
「今年のお歳暮は宿泊券だ。ただし二名以上からのグループ利用が条件になる。そして利用できる宿泊施設は一般のホテルなどではなくて、この学園の教師の自宅ということになった」
「「「えぇぇっ!?」」」
「民宿といった所だろうか。風紀の問題があるから女子生徒ばかりのグループが男性教師の家への宿泊を希望した場合は、当該教師が独身の場合、女性教師が同行する。男子生徒グループが独身の女性教師宅を希望した場合は男性教師がつくわけだ。宿泊条件は一泊二食」
どよめきが広がってゆく中、教頭先生は微笑んで。
「人数が多すぎて家に入り切れないこともあるかもしれん。そういう時は学園所有の合宿所などを手配する。宿泊中は先生の手料理など、心温まるもてなしを楽しんでくれたまえ。これが今年のお歳暮だ」
わぁっ、と歓声が湧き起こります。先生方の自宅で一泊二日の民宿ライフ! これは素敵なお歳暮かも~。

全校生徒がワクワクする中、教頭先生はお歳暮ゲットの方法を説明し始めました。
「お歳暮は宿泊券という性質上、利用人数は最大でも十名にして貰いたい。有効期間はクリスマスと大晦日、三が日を除く冬休み中だ。お歳暮をゲットするためのグループは男女混合でも構わない。二名以上、十名以下のグループを結成したらグループ名をつけ、順次登録を済ませるように」
あちらで受付をする、と示された先にテーブルが設置されています。グループ名と登録が必要だなんて、抽選とかではなさそうな…。
「登録を済ませた者はリストバンドを付けて貰う。これは不正禁止の為だ。…七種類のスーパーボール…縁日などで売られているゴムのボールだが、それを揃えたグループがお歳暮を貰えることになっている。だが全て揃えるのは困難だろう。そういう時にグループを組み替えて「揃えました」と言われたのではたまらない」
あくまで最初に結成されたグループの中で頑張って貰う、と教頭先生は力説しました。
「宿泊券が多数出たのでは我々も苦労するからな…。まずはグループの結成と登録をしてほしい。それが終わったらスーパーボールの入手方法を説明しよう。迅速に行動するように」
講堂は蜂の巣をつついたような騒ぎになりました。クラスや学年を越えてグループを組もうという動きもあるようです。でも私たちはどう転んでも…。
「ぶるぅは今回、ダメなんだよね」
会長さんが悠然と近付いてきて私たちの頭数を確認しました。会長さんを入れて合計八名。どうして「そるじゃぁ・ぶるぅ」はダメなのでしょう?
「それはいずれ分かる。でも宿泊券をゲットできたら、ぶるぅも連れてってやりたいな。グループ名はどうしようか? 学園祭の時と同じでいいかい?」
「ああ、あのダサ…」
言いかけたキース君が慌てて口を閉じ、グループ名は再び『そるじゃぁ・ぶるぅを応援する会』に決定です。登録をしに出かけて行くと既に列が出来ていて、並んだ末に白いリストバンドを手首に付けて貰ったのですが…。
「……やっぱりね」
会長さんがリストバンドを指先でつつきました。
「君たちには分からないみたいだけれど、サイオンの検知装置が仕込まれている。サイオンを使ったらバレる仕組みだ。…つまり失格になるってことさ」
思念波レベルでも引っかかるから使っちゃダメだ、と会長さんは真剣です。
「こうなることは分かっていたから、今日はぶるぅは留守番なんだよ。それにサイオン禁止と暗に言うために、ぶるぅを使おうとしてるしね。…ほら、特別生は全員サイオンを持っているだろう?」
確かに特別生の姿も今日はちらほら見かけます。イベント好きが多いのかも…。やがて全員の登録が終わり、教頭先生が説明の続きを始めました。
「最初に注意事項がある。我が学園のマスコット、そるじゃぁ・ぶるぅが不思議な力を持っているのは全員知っていると思うが、あの力を借りてスーパーボールを入手するのは不正行為と認定される。ぶるぅの力が使われたらリストバンドがそれを検知し、我々に記録が送信されて自動的に失格だ」
あ。ホントに「そるじゃぁ・ぶるぅ」をサイオン禁止の隠れ蓑として使っています。「クソッ」という声は多分ボナール先輩でしょう。
「では、スーパーボールの入手方法を教えよう。ボールは七人の先生方が持っている。それぞれの先生方が出す条件をクリアすればボールが貰える仕組みだ。ボールを持っている先生の名前は講堂に掲示しておくが、ゼル先生、ヒルマン先生、ブラウ先生、グレイブ先生、シド先生、保健室のまりぃ先生、それに私ことウィリアム・ハーレイ」
「「「………」」」
統一性があるのか無いのか分からない面子を発表されて戸惑いの沈黙が流れます。
「制限時間は正午まで。ほぼ三時間あるわけだから、頑張ってチャレンジするといい。どの先生から回ってもいいし、先生方が居場所を変えることもない。先生方がおられる場所は…」
淡々と説明を終えると、教頭先生は他のスーパーボール担当の先生方と一緒に講堂を出て行きました。残ったエラ先生の合図を待って、一斉に飛び出す生徒たち。さあ、私たちはどうしましょうか…?

「こういうのは闇雲にやっても労力の無駄だ」
会長さんが私たちを集めて言いました。講堂に生徒はもう私たちしか残っていません。エラ先生とミシェル先生がグループ登録に使った机で和やかにお茶を飲んでいます。
「…腹立たしいことに、このリストバンドはぼくのサイオンにも反応する。だからスーパーボールを持った先生たちの現状は全く分からないんだ。でも条件は知っているから、一人ずつ確実に潰していこう。…一番近いのはグランドだね」
グランドにはシド先生がいる筈です。会長さんはジョミー君を指差しました。
「サッカー少年、君の出番だ」
「ぼく!?」
「そう。サッカー部でたまに遊んでるだろ? 君なら多分、大丈夫」
行ってみるとグランドでは男子生徒が騒いでいました。シド先生がホイッスルを持って立っています。宙を飛んでいるのはサッカーボール? ホイッスルが鳴り、シド先生が。
「終了! 次は誰だ?」
進み出た男子がラインの引かれた場所に立ち、思い切りボールを蹴りました。ディフェンスも何もないガラ空きのゴールに向かってシュートを決めればいいようですが、これはちょっと…距離がありすぎ…。しかも三本しか打てないようです。会長さんはニッコリ笑って。
「ジョミー、君には余裕だろう? 決めてくれると信じているよ」
列に並ばされたジョミー君は不安そうでしたが、少し前に並んでいたサッカー部員がゴールを決めたのを見て俄然、闘志が湧き上がったらしく。
「「「やったぁ!!!」」」
一本目のシュートが見事にネットを揺らしました。シド先生が足元の箱からスーパーボールを取り出します。ジョミー君はすぐに受け取るものと思っていたら、更に二本のシュートを決めてスーパーボールを貰って来ました。
「ちぇっ…。三本決めてもボールは一個だけなんだって。他のグループに譲っちゃうかもしれないから、って」
つまんないの、と言うジョミー君の手には透明なスーパーボールが一個。ボールの中には赤い星が四個入っていました。
「おめでとう、ジョミー。これで一個目ゲットだよ」
会長さんがジョミー君の肩をポンポンと叩き、次に目指したのは数学科準備室。隣の部屋に『試験中』の張り紙があり、廊下では何人かの生徒が難しい顔をしています。会長さんは私たちを見回し、「どうする?」と尋ねました。
「グレイブが用意してるのは証明問題。能力があれば簡単だけど、無ければそこで一巻の終わり。もっともグループ全員にチャンスはあるからね…。一人目が駄目でもリベンジ可能。で、誰が受ける? 誰も受けないというなら、ぼくが」
「俺が行く」
名乗りを上げたのはキース君でした。
「そう? 字を書くのは面倒だから助かるよ。君なら言ってくれると思った」
「はめられたような気もするが…試験だと聞いて後ろを見せるのは癪だからな」
キース君は「失礼します」と準備室に入り、そこから直接試験会場に行ったようです。十五分ほど待ったでしょうか、準備室の扉がガチャリと開いて。
「貰ってきたぞ、スーパーボール。他のヤツらは何をあんなに苦労してるのか分からんな」
ほれ、とキース君が広げた手には赤い星が二つ入ったスーパーボールが載っていました。シド先生に貰ったボールは星四個。七種類のボールは星が幾つ入っているかで簡単に区別できるのでしょう。
「ヒルマンはクイズ形式なんだ」
下のフロアでやってるよ、と会長さん。
「連続で三問正解しないとアウトになる。ただし身内の応援は可能。これもリベンジ可能だけれど…誰が行く?」
「やらせてくれ」
言ったのは無論、キース君。問題と聞くと黙っていられないのでしょう。会場前に人は殆どおらず、五分も待たずに中へ入った私たちですが…ヒルマン先生のクイズはいきなり難問でした。何を訊かれたのかサッパリ分からない私を他所に、キース君は素早く解答します。二問目も軽くクリアし、三問目。
「君は獣医だ。診察台に猫の患者がいる。助手に小麦粉を渡された君が、すべき治療を答えたまえ」
「………」
キース君が沈黙しました。もしかして…答えられないとか? いえ、私も答えは知りませんけど。
「分からないかね? これが最後の問題だよ?」
「…………」
「仲間の応援を希望するなら黙って右手を挙げなさい。答えられる、と思った人は名乗ること。残り時間は一分だ」
カウントが始まり、四十秒を切った時。キース君の右手が上がり、すかさず声が。
「ジョナ・マツカです!」
「よろしい、代理を認めよう。…答えは?」
「毛刈りです!!」
「ふむ。…おめでとう、毛刈りで正解だ」
ヒルマン先生がスーパーボールを取り出し、マツカ君に渡しました。赤い星が三つ入っています。キース君も凄かったですが、マツカ君も凄すぎるかも…。廊下に出てから皆で誉めるとマツカ君は照れながら。
「母の猫が何をくっつけたのか、身体中ベタベタになったことがあったんです。獣医さんに連れて行ったら、その場で小麦粉をまぶされて…」
毛刈りされちゃって大変でした、と語るマツカ君。洗ったりするのは猫の身体に悪いのだそうです。これでスーパーボールは三個。残り四個も頑張らなくちゃ!

次の戦場は、なんと学食。ブラウ先生の持ち場というのが驚きですが、料理対決か何かでしょうか?
「違うよ。サムに期待をかけてるんだけど、どうかなぁ?」
会長さんに連れられて入って行くと大勢の生徒が来ています。奥の方が特に賑やかですけど…。
「さあ、あと十秒で終了だよ!」
ブラウ先生がカウントダウンする声が聞こえて、ゼロの瞬間にホイッスル。それから俄かに騒がしさが増し、「ダメか~」と半泣きの男女生徒が…。
「片付いたら次を始めるからね。希望者は奥のテーブルに来ておくれ」
「ほら、サム。行っておいで」
会長さんがサム君を促しました。
「え、でも…俺、何をすれば…?」
「わんこそばの大食い大会。ブラウの記録を破ればいいんだ。…えっと…」
崩れた人垣の向こうに『340杯』と大書された紙があり、隣のモニタが生徒と一緒にたべまくっているブラウ先生の映像を映し出しています。
「今日は三百を超えていたのか…。だけどサムならいけると思う。制限時間は五分間だ」
「わ、分かった…。ジョミーもキースも頑張ったんだし、俺も頑張る」
サム君がテーブルにつくと、他の挑戦者も次々と。…ブラウ先生が皆を見回し、得意そうにモニタを指差して。
「いいかい、これが最初の挑戦者たちと一緒に競った私の証拠映像だ。私に勝ったらスーパーボールを渡そうじゃないか。え、無理だって? 情けないことを言うんじゃないよ。十人以上に渡したんだから」
頑張りな、とウインクをするブラウ先生。間もなく開始のホイッスルが鳴り…。サム君はとても頑張りました。リズムよく噛まずに飲み、ひたすら食べて、食べまくって…結果はブラウ先生より一杯だけ多い341杯。
「ふーん…。ま、健闘した方じゃないかね」
ブラウ先生がサム君にスーパーボールを渡します。戻ってきたサム君は「当分、蕎麦は見たくないぜ」と言いましたけど、会長さんに誉めて貰ってニコニコ顔。赤い星が一個入った四個目のスーパーボールをゲットした私たちは、サム君の食後の運動がてら保健室へと向かったのでした。
「うーん、やっぱり食い過ぎたかも…」
「サムはよくやってくれたと思うよ。まりぃ先生に胃薬を貰わなくっちゃね」
会長さんが保健室のドアを開けるなり…。
「あらぁ、いらっしゃ~い! スーパーボールは渡さなくってよ」
闘志満々のまりぃ先生が仁王立ちで子供用ビニールプールを背にして立っています。
「えっと…。その前にサムに胃薬をあげて欲しいんだけど。わんこそばを食べ過ぎたんだ」
「ブラウ先生と戦ったのね。で、結果は?」
「もちろん勝った」
「んまぁ…」
憎らしいわね、と言いながらもサム君に胃薬と水を手渡すまりぃ先生。サム君が飲み終わるのを見届けてから、まりぃ先生は「うふん♪」と笑いました。
「私との勝負は簡単よぉ? ちびゴマちゃんを見つければいいの。でも、この中から探せるかしら? 間違えたら一度外へ出てって貰うわよ。挑戦は一人一回だけだし、八人いてもダメかもね~」
スーパーボールをゲットしていったグループは三つしかない、とまりぃ先生は得意そうです。ちびゴマちゃんといえば先生のペット。探しだすのは簡単だろう、とビニールプールを覗いてみると…。
「「「えっ…」」」
水が入っていないプールの中には同じサイズのゴマフアザラシがドッサリ入っていたのでした。あ、でも…確か、ちびゴマちゃんはアザラシのくせに泳げなかった筈なんです。ビニールプールに水を入れれば簡単に…。
「うふ、水を入れるっていうのはナシよん? 泳げない子が溺れちゃいそうな危険なコトはやめてよねぇ」
さあどうする? と余裕の笑みのまりぃ先生。私たちはゴマフアザラシの群れに目を凝らしましたが、ちびゴマちゃんがどれかはサッパリ見分けがつきません。
「おい、泳げない他に特徴ってあったのか?」
キース君が言いましたけど、誰もが首を左右に振るばかり。頼みの綱の会長さんも今度ばかりはアテが無いのか、誰を指名してくるわけでなく…。
「イチかバチかでやってみますか?」
シロエ君の提案に私たちは一斉に頷き、シロエ君が。
「じゃあ、ぼくが一番手ってことでやってみましょう。…これなんか怪しそうですけど」
指差されたのは動きが鈍いアザラシでした。このトロさ加減は怪しいかも…。
「コレってことでいいですか? よござんすね?」
どこぞの博徒のような啖呵を切って、シロエ君がガシッと掴んだゴマフアザラシ。キュキュ~ッという悲鳴に間違いない、と確信した私たちですが…。
「残念でした~。はい、外へ出てね。シロエ君の発言権は無くなったわよ~」
ポポイッと追い出されてしまって扉が閉まり、再び中へ呼ばれた時にはゴマフアザラシの群れはシャッフルされてしまっていました。プールを囲んでみたものの…どうすれば…。と、スウェナちゃんが。
「水じゃなければ入れていいんですか?」
「ダメよ、ダメ、ダメ。溺れちゃうようなモノは絶対ダメ! お酒も禁止!」
「いえ、そうじゃなくて…。紙切れとかも禁止ですか?」
「紙切れねぇ…。何をするのか分からないけど、それくらいなら…。あ、紐は禁止よ、縛るのはダメ!」
絶対ダメ、とまりぃ先生。けれど紙切れは許可が出ました。スウェナちゃん、何をする気でしょう?
「そこのメモ用紙を一枚もらっていいですか?」
「いいわよ」
「それとマジックをお借りします」
スウェナちゃんは先生の机の上でサラサラと何かをメモに書き付け、プールの方へ戻ってくるとメモをヒラッとプールの中へ…。
「「「!!?」」」
メモに極太マジックで書かれた文字は『R-18』というものでした。これって…これって、まさか…。ちびアザラシの群れは怪しげなメモを気にも留めずに動いていますが、じっと見守る内に一匹のアザラシがメモのすぐそばを通ろうとして…。
「「「あっ!」」」
そのアザラシはメモをまじまじと見つめ、それから大慌てでメモの上に乗り、文字を身体でピッタリ隠して動かなくなってしまいました。
「これよ」
スウェナちゃんがビシッとメモの上のアザラシを指差して。
「まりぃ先生、このアザラシがちびゴマちゃんです!」
「……参ったわね……」
まりぃ先生は額に手をやり、大袈裟な溜息をつくと机の引き出しを開けたのでした。

「すげぇな、スウェナ! さすが未来のジャーナリスト!」
サム君が絶賛し、会長さんも上機嫌で赤い星が五つ入ったスーパーボールを手のひらで転がしています。
「本当によく思い付いたね。まりぃ先生のペットだったら、あの文字列には敏感だ。生徒とかが急に入って来た時、身体を張って隠さなくっちゃいけないし」
クスクスと笑う会長さん。スウェナちゃんは「ちょっと自分が嫌になるけど」と苦笑しつつも、まんざらではない様子でした。これでスーパーボールは五個です。残り二つを持っているのはゼル先生と教頭先生。ゼル先生は剣道七段、居合道八段の剣道部顧問。教頭先生は柔道部。二人の持ち場は体育館です。
「ゼル先生、剣道部の道場じゃないんだね」
何故だろう? とジョミー君が首を傾げます。ゼル先生が陣取っているのは屋内競技に使う一階の一番大きな部屋。そんな所で真剣を振り回してのバトルをするとも思えませんが…。
「いや、ある意味、真剣勝負だよ」
会長さんが言いました。
「本物の刀で勝負するより凄いかも…。考えようによってはね」
先頭を歩く会長さんが扉を「よいしょ」と開けた瞬間。
「馬鹿者!!」
ゼル先生の凄い罵声が響きました。
「今、お前の上半身は確実に吹っ飛んだぞ!!」
「「「えっ!?」」」
なんのこっちゃ、と目をむく私たちの視線の先で男子生徒が床に尻餅をついています。身体に隠れて何があるのか見えませんけど、白い煙がモクモクと…。
「ふん、これでグループ全滅じゃな」
諦めて帰れ、とゼル先生が言い、男子の六人グループが私たちと入れ替わりにトボトボと肩を落して出てゆきました。ゼル先生は私たちの姿に気付くとニヤリと笑って。
「来おったか。…スーパーボールは幾つ集めた?」
「五個だよ。もうすぐ六個になる」
ゼルから貰うつもりだから、と会長さんは澄まし顔です。
「五個とはな。サイオンを使わずによく集めた、と誉めてはやるが…残念ながら五個で終わりじゃ。もう一人が誰の分かは知らんが、わしのを貰えなかった以上は他を集める意味がなかろう」
「そうだねえ。…でも貰おうと思ってるんだ」
「相変わらず自信満々じゃな。で、誰がやるんじゃ」
ゼル先生は白煙を上げている四角い箱を無造作に足で蹴り飛ばしました。そこには同じサイズの箱がゴロゴロ転がっています。壁際には別の箱が整然と積まれ、ゼル先生はそこから一つを選んで床の上に。
「わしの課題じゃ。好きなヤツを選びたいなら、取り換えても別にかまわんぞ」
「…何、これ?」
煙が上がるみたいだけれど、と尋ねたジョミー君に、ゼル先生は呵呵大笑しました。
「わはは、煙と言いおったか! 煙が出たら終わりなんじゃ。煙イコール爆発の意味じゃ!」
「「「爆発!?」」」
「そうじゃ。わしの特製時限爆弾オモチャじゃぞ! 起爆させずに解体出来たらスーパーボールを渡してやろう。ふん、八人もいれば一人くらいは何とか出来ると思っとるじゃろう? 甘い、甘いぞ! オモチャとはいえ精巧なんじゃ。どれ一つとして同じ仕掛けはしておらん!」
げげっ。時限爆弾の解体なんて出来るのでしょうか? そういえばゼル先生はシャングリラ号の機関長。メカいじりのエキスパートかもしれませんけど、いくらなんでもハードすぎます。会長さんが真剣勝負と言っていた意味が分かりました。…スーパーボール、残り二個。連勝記録はここでおしまい?




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