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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「シャングリラ学園・番外編」の記事一覧

ソルジャーが教頭先生を巻き込んで瞬間移動した後、誰もが呆然としていました。一番最初に我に返ったのは会長さんで、サイオンで二人の行方を追おうとしたようですが無理だったらしく…。
「ぶるぅ。…ブルーの行先、分かるかい?」
訊かれた「ぶるぅ」は少し考え、瞳をクルクル動かして。
「んーとね、分かったんだけど…。ブルーがタダで教えちゃいけないよ、って」
「えっ?」
「ハゲの危険に晒されたんだし、とびっきりのハゲ頭を見せて貰いなさい、って言ってるんだ。…で、ハゲ頭って見せてくれるの?」
意味不明なことを口にしながら「ぶるぅ」は会長さんを見上げています。
「ハゲ頭って…何のことだい? それを見せればブルーの居場所が?」
「うん、見せてくれたら教えてあげる。…あのね、ハゲ頭っていうのはね…。ブルーが前に一人で遊びに来た時、見せて貰ったヤツなんだけど。ぼくはブルーの記憶を見ただけだから、本物を見てみたいなあ…」
そう言った「ぶるぅ」の視線がキース君に向けられました。続いて視線はジョミー君に。
「えっとね、キースとジョミーがハゲてたよ。ゼルの頭みたいにツルッツルに!」
「「「!!!」」」
キース君とジョミー君は反射的に頭を押さえ、私たちは仰天しました。ソルジャーは二人の坊主頭がよほど面白かったのでしょう。わざわざ「ぶるぅ」に記憶を見せて、おまけに今度は自分たちの居場所を知りたかったら実物を「ぶるぅ」に見せるようにと言うんですから。条件を聞いた会長さんは迷うことなく頷きます。
「分かった。…キース、ジョミー、悪いけどやらせて貰うからね」
「「ちょ、ちょっと…」」
待った、と二人が叫ぶよりも早く青いサイオンが走りました。二人は見事な坊主頭にされてしまって「ぶるぅ」がケタケタ笑い出します。それは楽しそうにお腹を抱えて大笑いで…。
「わーい、わーい、光ってる!」
ハゲ頭だぁ、と大喜びの「ぶるぅ」でしたが、いつまで経っても笑いは全く収まりません。これではソルジャーの院場所を聞き出せないと見切ったキース君が銀色の頭をゴツンと一発。
「おい! いい加減にしないと本気で殴るぞ。俺の坊主頭を拝んだからには、ブルーの行先を喋ってもらおう」
「いたたた…。ハゲが殴った! ハゲが殴ったぁ~!」
大袈裟に騒ぐ「ぶるぅ」に『ハゲ』という単語を連発されて、キース君とジョミー君は床にめり込んでいます。もちろん坊主頭ですけど、流石に会長さんもこのままではマズイと思ったらしく。
「ぶるぅ、そろそろ終わりにしよう。…ブルーの居場所を教えてくれるね?」
二人の頭に髪の毛が戻り、「ぶるぅ」は口を尖らせました。
「…もうおしまい? つまんないの…。もっと見ていたかったのに」
「悪いけど、ぼくも急ぐんだ。早くブルーを捕まえないと、とんでもないことになりそうで…。ブルーは何処に行ったんだい?」
「ノルディの家だよ」
次の瞬間、会長さんの姿は消えていました。残されたのは「ぶるぅ」と私たち。ソルジャーったら、教頭先生を道連れにしてエロドクターの家に乗り込んじゃっていたんですか~!

「…エロドクターの家だって…?」
なんてこった、とキース君が額を押さえます。今頃はきっと会長さんが大騒ぎしているのでしょうが…。
「大騒ぎじゃなくて家探ししてるよ?」
そう言ったのは「ぶるぅ」でした。
「ブルーがシールドしてるんだもん、追っかけたって無駄なんだよね。廊下をバタバタ走ってるけど、何処に行けばいいのか分からないみたい」
一階じゃなくて二階なのに、と「ぶるぅ」はおかしそうに笑っています。
「お前、今の状況が見えるのか?」
キース君の問いに頷く「ぶるぅ」。
「見えてるよ? ブルーも教頭先生も見えているけど、みんなにも見せちゃおうかな、どうしようかな…」
「い、いや、それは…」
遠慮しておく、とキース君が言うのと「ぶるぅ」の言葉は同時でした。
「ブルーに聞いたら、いいってさ。じゃあ、みんなにも見せてあげるね」
「「「!!!」」」
リビングの空間がグニャリと歪んでスクリーンのように変化しました。映し出されたのは部屋数の多い豪邸の中を必死に走る会長さん。扉を開けては中に飛び込み、文字通り家探しの真っ最中です。
「でね、こっちがブルーと教頭先生」
スクリーンが分割されて二人の姿を映し出します。教頭先生はソルジャーに腕を掴まれ、もう片方の手で口をしっかり塞がれていました。真っ暗な部屋にいるようですが、これはいったい…?
「ノルディのお部屋のお隣だって。間のドアを開けたら行けるらしいよ。ブルー…えっと、こっちのブルーの登場待ちだって言っていたから、そろそろかなぁ?」
会長さんが階段を駆け上がってゆくのが見えました。ソルジャーのシールドが無くなったのか、迷うことなく部屋の一つを目指しています。バタン! と扉を開けて会長さんが飛び込んだ先は…。
「…これはこれは。珍しいお客様ですね」
パジャマの上にガウンを羽織ったエロドクターがソファにゆったり座っていました。ブランデーのグラスを手にしています。テーブルには如何にも高級そうなボトルが。
「ブルーは何処だ!?」
「は? 息を切らしておいでになったかと思えば妙なことを…。ブルーといえばあなたでしょうが」
「そうじゃなくって! ブルーがやって来ただろう? ぼくそっくりのブルーが此処へ…」
「知りませんねえ」
今夜は私一人ですよ、とドクターはグラスを置いて立ち上がって。
「せっかくお越し下さったのです。如何ですか、私と一晩ベッドでゆっくり…」
会長さんとエロドクターの間は殆ど離れていませんでした。勢いに任せて飛び込んだせいで距離を取るのを忘れたようです。ドクターの手が会長さんの顎を捉えた所へ…。
「そこまで!!」
隣の部屋とを繋ぐ扉がバン! と開いてソルジャーが姿を現しました。教頭先生の腕を掴んで引っ張りながら。
「今日のブルーはギャラリーなんだ。ギャラリーに手出ししないで欲しいな。…君の相手はぼくがする」
「…あなたが? 物騒な気がするのですが…」
「ハゲのリスクなら同じだろう?」
ソルジャーはニヤリと笑ってテーブルに近付き、グラスのブランデーを飲み干して。
「うん、いいものを飲んでるね。そうそう、ハゲの続きだけれど。…トンズランスに感染している恐れがあるのはブルーも同じで、ブルーの方がリスクが高い。ぼくを巻き込んだのはブルーなんだし、物騒なのはどっちも同じさ。それとも、ぼくの世界に来て食べられかけたことを言っている? ぼくが相手じゃ不満なのかな?」
「いえ…。ただ、ハーレイをお連れなだけに、あなたの真意を測りかねます」
「ああ、ハーレイが気になるのか。安心したまえ、それも一種のギャラリーだ」
固まっている教頭先生の横に戻って、ソルジャーはクスッと笑いました。
「ハーレイはね…。ぼくの休暇を台無しにしてしまったのさ。だから腹立ち紛れに連れて来た。多くを期待してはいないよ、ギャラリー以上のことは何も…ね」
「…休暇…ですか?」
「そう、休暇」
ソルジャーは久しぶりの休暇が吹っ飛んだ経緯と休暇の目的をエロドクターに話し出します。その間に会長さんはソルジャーを肘でつついて「帰ろう」と促したのですが…。
「嫌だね」
ピシャリと撥ねつけ、ソルジャーはエロドクターに絡み付くような視線を向けました。
「そういうわけで、ぼくは退屈してるんだ。…楽しませて欲しいんだけど、ドクター・ノルディ」
「…喜んでお相手させて頂きましょう。あなたがトンズランスに感染するほど濃厚な接触をする機会を得ながら、何もしないで失神したようなヘタレとは違いますからね。…ハーレイと接触していたくせに、ぶるぅのせいだと嘘をつくとはいけない方だ」
「無駄な波風は立てない主義でね」
クスクスと笑うソルジャーの腕がエロドクターの首に回され、エロドクターの喉が鳴ります。会長さんはサイオンで金縛りにでもされてしまったのか、真っ青な顔で立ち尽くしているだけでした。もちろん教頭先生も…。

極上の獲物が飛び込んで来たのでエロドクターは上機嫌。ソルジャーを大きなベッドに誘い、ソルジャーも自分からベッドに上がって。
「…前に撮影で使ったけれど、こんな日が来るとは思わなかったな」
「ええ、スクール水着の時以来です。今日は…それはブルーの服ですか? ならば大事に扱わないと」
破ったりしたら怒られそうです、と会長さんに視線を向けるドクター。
「だろうね。…破いたりするのが好みなのかい?」
「時と場合によりますね。どんな扱いをされるのが好きな相手か、それを探るのも楽しいものです。あなたはヌカロクがお気に召されたようですが…回数が多ければいいというものではありませんよ」
エロドクターはいやらしい手つきでソルジャーの服を脱がせてゆきます。肌に口付けたり指を這わせたりしている内に、上半身はシャツが辛うじて引っかかっているといった状況に…。それを床に落とそうとドクターが手を動かした時、ソルジャーが教頭先生に呼びかけました。
「…ハーレイ…。こっちへ」
「……!!」
金縛りが解けたらしい教頭先生の顔が引き攣り、首を左右に振りましたが。
「いいから、ここへ。…ベッドに座って見ていたまえ」
ベッドの端を示すソルジャーに、エロドクターがニヤリと笑って。
「なるほど、あなたの恋人そっくりのハーレイに一部始終を見られている…というのは良い趣向かもしれませんね。そして私はブルーの非難の視線を浴びる…、と。ああ、ハーレイなぞは私はどうでもいいのですよ。いようがいまいが気になりません」
さあどうぞ、と教頭先生を招くエロドクター。教頭先生は逃げ切れないと悟ったらしく、諦めてベッドに腰掛けました。それを確認したソルジャーは…。
「じゃあ、遠慮なく楽しもうか。トンズランスをうつしちゃうかもしれないけれど」
「あなたに感染させられるのなら本望ですよ。ハゲたとしても勲章だと思っておきますとも」
「…その前に治療する気のくせに」
「本当に口の減らない方だ。…ブルーのように怯えて逃げ回るのも楽しいですが、あなたも実に魅力的です」
その口を塞いで差し上げますよ、とエロドクターは濃厚なキスを始めます。ど、どうなってしまうんでしょうか、この人たちは~!? おまけに中継をやっているのは小さな子供の「ぶるぅ」です。許可を出したのはソルジャーですけど、見続けていていいものかどうか…。
「大丈夫だよ。もう終わりだってブルーが言ってる」
小さな指がスクリーンの向こうを指差した途端、ドクターがガバッと跳ね起きました。
「な、何ですか、この味は…!?」
ゲホゲホと咳き込むドクターを見上げ、ソルジャーは甘く掠れた声で。
「…ぼくの話を聞いただろう? 休暇に期待していた、と。休暇で使おうと思った薬さ。ぼくのハーレイはそれでヌカロクを達成したんだ。君はどこまでいけるだろうね…? 残念ながら付き合うつもりはないけれど」
身体を起こしたソルジャーはベッドから降り、手早く服を着始めます。エロドクターの咳が止まった時には、服をすっかり身に着けていて…。
「君の相手にはハーレイがいいと思うんだ。ねえ、ハーレイ? ぼくがブルーにあげた薬で君が興奮していた時に、ノルディが治療してくれたんだろ? 今回は君が治療をするといい」
簡単だよ、とソルジャーは教頭先生をドクターの方に押しやりました。ベッドの端に腰掛けていた教頭先生はバランスを崩し、ドクターの上に倒れかかります。
「「―――!!!」」
二人が声にならない悲鳴を上げると、ソルジャーはベッドからスッと遠ざかって。
「ここから先は二人で解決してくれる? あ、ハーレイにもエネルギーを補給しないとダメかもね」
ブランデーのボトルを手に取り、宙に琥珀色の水玉を浮かべたソルジャーの唇に微笑みが乗り、水玉がフッと消え失せると…。
「ブルー!?」
教頭先生が情けない声を上げ、目を白黒とさせました。エネルギー補給ってもしかして…。
「ふふ、ヌカロクになれる薬とブランデーとのコラボレーション。それで朝まで頑張るといい。…ぼくの休暇を潰した罰は存分に受けて貰わなくっちゃ。ノルディと朝まで絡むのも良し、逃げてトイレに籠もるも良し。そうそう、ノルディ…ぼくを恨むのは無しだからね。ちゃんとサービスしてあげただろう?」
検査結果は改めて聞きに来させて貰うよ、とニッコリ笑うとソルジャーは会長さんの手を取りました。
「帰ろうか、ブルー。…後は二人の問題だしね」
「…でも…」
「君が二人の相手をするなら止めないよ? でも、そんなこと出来ないだろう? …さあ」
サイオンの青い光が二人を包み、スクリーン一杯に広がったかと思ったら。
「ただいま」
ソルジャーと会長さんがリビングの真ん中に現れて…「ぶるぅ」の中継はプツリと終わってしまったのでした。

それからドクターと教頭先生がどうなったのかは分かりません。ソルジャーは笑い転げ、会長さんも必死に笑いを堪えてますから…何も起こってはいないのでしょうが。
「ああ、せいせいした。貴重な薬を二回分も使っちゃったけど…いいよね、また買って貰えばいいんだからさ」
ソルジャーが大きく伸びをし、口直しだとブランデーを飲んでいます。エロドクターの部屋からボトルごと失敬した品でした。私たちが非難の目を向けると、ソルジャーは「かまわないんだ」と微笑んで。
「ノルディは最初、ぼくを酔い潰すつもりだったんだよ。そしたら色々楽しめそうだと考えたらしい。…ハーレイが見ている前で楽しもうってことになったら見事に忘れてしまったけどね。だからブランデーは貰っちゃっても問題ないって。…ぼくに飲ませる気だったんだし」
口を消毒しておかないと、などと勝手な理屈をつけてソルジャーは何度もグラスを傾け、ボトルは空になりました。それでも全く酔った気配はありません。かなりお酒に強いのでしょう。
「…ねえ、アルコールを飲みまくってもトンズランスは消せないのかな?」
ソルジャーの問いに、会長さんが。
「無理だろうね。感染したら飲み薬。…治療法はそれしかないよ」
「やっぱりダメか…。感染してないことを祈ろう。シャングリラ中を消毒なんて、いったい何を言われるか…」
「…ハーレイだけだろ、危険なのは?」
「それがそうでもないんだよ」
深い溜息をつくソルジャーに、私たちは首を傾げました。接触感染する菌ですし、危ないのはキャプテンだけなのでは…。
「抜け毛とかの中で半年間も生存できる菌だろう? 感染を予防するには道場や部屋を清潔に…って。ぼくは片付けが苦手でね。ついでに掃除も大の苦手。…いつもハーレイが文句を言いつつ掃除している」
「掃除するのもハーレイだったら、他には広がらないだろう?」
「…ぼくの相棒が問題なんだ。こっちの世界にはいないらしいけど、ナキネズミ」
「「「ナキネズミ?」」」
声を上げた私たちに、ソルジャーがとても可愛い動物の姿を思念で素早く送ってくれます。大きな耳にフサフサの尻尾、ネズミというよりリスみたい…。サイズはもっと大きいですけど。ソルジャーは「可愛いだろう?」と自慢して。
「ナキネズミにはサイオンがあって、思念で会話が出来るんだよ。ぼくの相棒は頭のいい子で、厨房で新作のお菓子なんかを作っていると上手に盗んできてくれる。おかげで試作品を真っ先に味見できるってわけ。…ただ、ぼくのベッドに潜り込んだり肩に乗るのが大好きだから…」
「トンズランスの運び手になる危険性が大ってことか…」
「うん。帽子やシャツの貸し借りとかでもうつるんだろう? フカフカの毛皮なんかは非常にマズイと思わないかい? ナキネズミは人懐っこくてシャングリラでは人気があるんだよね。肩に乗っけたり、頬ずりしたり」
それは確かに危険そうだ、と私たちはソルジャーに同情しました。もしもソルジャーがトンズランスに感染してたら、シャングリラ中が感染の危機。休暇が吹っ飛んだのも気の毒ですが、シャングリラに菌をばら撒いたかもしれないというのはソルジャーの立場を思えば最悪です。休暇の件だけでも教頭先生に当たり散らしていたんですから、感染となれば何をやらかすか…。その晩、私たちが凄い悪夢にうなされたのは至極当然と言えるでしょう。

次の日、私たちが目を覚ましたのは日が高くなってからでした。ブランチを食べに集まったダイニングでの最初の話題は、教頭先生とエロドクターはどうなったのかということで…。
「ハーレイなら、朝早くにノルディに叩き出されたみたいだよ」
会長さんがオムレツを頬張りながら言い、ソルジャーが。
「財布を持っていなかったから、腹ぺこで家まで歩いたらしい。今はベッドで爆睡中だ。ノルディの方も爆睡してる。二人とも目の下にクッキリとクマが…。ベッドで仲良くすればいいのに、しなかったんだから無理もないけど」
バカだよね、とソルジャーは笑っています。
「あの手の薬は相手がいないと自分がツライだけなんだ。不毛な作業を延々と繰り返すことになるんだし」
「「「………」」」
不毛な作業という言葉の意味は私たちでも分かりました。教頭先生とエロドクターは、ソルジャーに飲まされた薬の効果が切れるまで努力したというわけでしょう。目の下にクマが出来るほどに。…それから私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ってくれるお菓子などを味わいながら夕方を待ち、瞬間移動でエロドクターの診療所に出かけたのでした。
「こんばんは」
紫のマントを着けて正装したソルジャーに声をかけられ、ドクターはニヤリと笑みを浮かべて。
「ほほぅ…。今日はソルジャーとしておいでになりましたか。昨夜はどうも」
「ふふ、ハーレイと楽しめたかい?」
「それはもう。ハーレイはトイレに押し込めましたし、私はベッドで夜が明けるまで…。とにかくハードな夜でしたよ。…次はぜひ、あなたと二人で飲みたいものです」
ブランデーではなく薬の方を、と言うドクターは全然懲りていませんでした。それでもソルジャーが正装している意味はきちんと理解しているらしく、すぐにカルテを取りに行きます。ソルジャーがトンズランスの保菌者かどうかは、ソルジャーの世界のシャングリラに直接影響するのですから。…ドクターはナキネズミの件は知りませんから、キャプテン限定ですけれど。
「お待たせしました」
戻ってきたドクターは人数分のカルテをめくり、「うーむ」と一言呟いて…。
「培養検査の結果を見ましたところ、残念ながら…」
「「「残念ながら?」」」
会長さんとソルジャー、それに柔道部三人組の声が重なりました。同じ検査を受けているのに「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」はキョトンとした顔。やっぱり子供は子供です。トンズランスがどんなモノかもイマイチ分かっていないのかも…。ドクターはコホンと咳払いをして。
「残念ながら、どなたからも菌は検出されませんでした。…病院の方で検査を受けた柔道部員も全員シロです。腹が立つことにハーレイも、ですね。私まで巻き込んだくせにシロだったとは残念な…」
ハーレイなんかはいっそ禿げればいいものを、と毒づきながらもドクターはソルジャーの手を取り、「良かったですね」と恭しく口付けを贈りました。
「あなたが感染していたら…というのが実は一番心配でしたよ。ぶるぅもです。あなたの世界に迷惑をお掛けしたのでは申し訳ない。ハーレイには柔道部員の指導を徹底させましょう。練習後のシャワーの励行と道場の掃除、柔道着の洗濯に抗真菌剤含有シャンプー使用の勧め。感染を未然に防ぎませんと」
珍しくお医者さんらしい事を口にし、ドクターはソルジャーに微笑みかけて。
「さあ、お帰りになるのでしょう? 休暇は明日の朝まででしたね」
「…うん。今から帰れば使えるかなぁ、あの薬」
「ええ、間に合うと思いますよ。私とハーレイの経験からして、明日の朝までには効き目が切れます」
「分かった。無理にでも飲んで貰うよ」
ハーレイは飲みたがらないから困るんだよね、と苦笑しながらソルジャーは「ぶるぅ」に視線を移しました。
「帰ろうか、ぶるぅ。でも、今夜はお前は土鍋だよ」
「分かってる! 休暇中は大人の時間だものね。ちゃんと一人で土鍋で寝るよ」
蓋も閉めるし、と元気よく言う「ぶるぅ」とソルジャーが青い光に包まれます。また来るね、とクスクス笑いを残してソルジャーは帰って行きました。私たちも会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に連れられ、会長さんのマンションへ。昨夜がとんでもない夜だったので、今夜は仕切り直しのお泊まりなんです。

夕食はシーフードたっぷりのパエリア。早速お皿に取り分けながら、キース君は嬉しそうでした。
「感染してなくて助かったぜ。感染したなんて親父に知れたら、即、丸刈りにされるからな。禿げる前に剃れ、とか何とか言って」
「そうだろうね」
会長さんが応じます。
「とりあえず検査結果は学校経由で家に伝えて貰えるし…。ひと安心って所かな?」
「ああ。後は感染者が出てこないよう、エロドクターが言ってた予防策さえ徹底すれば…。教頭先生がきちんと指導して下さるだろう」
「ええ。ドクターに叩き出されたらしいですけど、それとこれとは別ですもんね」
シロエ君が言い、マツカ君が。
「先生は私情をはさむような方ではないですよ。ぼくは尊敬してるんです」
「尊敬ねえ…」
ヘタレにしか思えないんだけれど、と会長さん。
「でもさ、ノルディが言わなかったっけ? 予防のために抗真菌剤含有シャンプー使用がどうとか、って。キース、そんなシャンプーを使っていたらお父さんに感染を疑われるよ?」
「予防用だと言えば終わりさ。それに親父がガタガタ言っても、おふくろは俺に甘いからな。感染してないことが分かればいいんだ」
「残念。君が坊主頭になったら、ジョミーの心のハードルだってグッと下がると思ったのに。坊主頭に見せかけるように訓練するより、剃るのが楽に決まってるから」
会長さんの言葉にジョミー君の顔が青ざめて…。
「やだよ、丸坊主にするなんて! ぶるぅだって…ソルジャーの世界のぶるぅだって見たがった坊主頭だよ? しかも見せたら散々笑って、ハゲだハゲだって叫ぶしさ! 百害あって一利なしって坊主頭のことじゃないか!」
「…そうだった。あいつにハゲだと言われたんだった…」
ズーンと落ち込むキース君。ソルジャーが引き起こした騒動のせいで誰もが忘れていましたけれど、教頭先生を拉致して消えたソルジャーの行方はジョミー君とキース君の尊い犠牲のお蔭で明らかになったんでしたっけ。今から思えば、それもソルジャーの鬱憤晴らしの一つだったかもしれません。
「大丈夫ですよ、キース先輩! 坊主頭とハゲは別モノですって!」
ハゲは毛根が無いですし、と力説するのはシロエ君。
「先輩たちの訓練の時は剃り跡がちゃんと見えてます! ジョミー先輩は金髪だから分かりませんけど、キース先輩は青々としていますから!」
「…それって、ぼくだとハゲに見えるって意味…?」
「えっ…。いえ、決してそういうわけじゃ…」
「ほら、やっぱりハゲに見えるんだ! ぼくは絶対剃らないからね! お坊さんはキースがいれば十分じゃないか、ブルーの欲張り!!」
大騒ぎするジョミー君を落ち着かせるのは大変でした。訓練なんか二度と御免だ、と喚き立てるのを黙らせたのは会長さんの一言です。
「…訓練が嫌なら一足飛びに実戦だね」
「じっせん…?」
「そう、実戦。君は訓練は嫌だと言う。ならば戦場に飛び出したまえ。今の君には偽りの坊主頭は無理だし、実戦イコール丸刈りだ。ぼくが綺麗に剃ってあげよう」
「…………」
一瞬の間があり、ジョミー君はガバッとその場に土下座しました。
「ごめんなさい! ぼく、訓練を頑張ります! …だから…だから、丸刈りは許して下さい!」
「…分かればいいんだ。君もキースも修行が足りない。もっと心を強く鍛えて、坊主頭を受け入れられる器になって欲しいものだね。いっそキースがトンズランスに感染してれば良かったものを…」
坊主頭は楽なんだよ、と未経験のくせに得々と話す会長さん。こんな高僧に見込まれてしまったキース君たち、剃髪しないで逃げ切ることが出来るのでしょうか? トンズランスなんていうハゲを呼ぶ水虫が出てきただけに、いつか髪の毛がトンズラしちゃう…って恐ろしいオチは無いですよね…?




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坊主頭になった自分を鏡で見せられ、その状態をキープする方法をマスターすれば剃髪コースを逃れられると会長さんに教えて貰ったキース君とジョミー君は翌日から練習を始めました。会長さんがサイオニック・ドリームで二人の頭を丸坊主にし、それを自力で維持することが二人の当面の目標ですが…。
「全然ダメだね、二人とも。…ぼくが力を抜いた途端に元通りだよ」
一秒くらい保たせられないのかい、と会長さんが呆れます。
「そんなこと言ったって! どうすればいいのか分からないよ」
ジョミー君が嘆き、キース君が。
「俺は集中しているつもりなんだが…。やはりサイオンの扱い方が身についていないということか…」
「平たく言えばそういうことかな。そんな状態で来年の秋に間に合うかどうか…。まあ、練習はいつでもしてあげるから頑張りたまえ」
そういう会話が三日に一度は繰り返される内に時は流れて、学園祭での坊主頭もクラスメイトの話題から消えてしまったある日のこと。週末の金曜日でキース君たち柔道部三人組は部活に出かけ、ジョミー君や私たちは一足お先に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でパウンドケーキを食べていました。キャラメルリボンが練り込まれ、甘さの中にちょっぴり塩味。美味しいね、とフォークを動かしていると…。
「ブルーはいるか!?」
いきなり部屋に入ってきたのはキース君。マツカ君とシロエ君も一緒です。今は部活の真っ最中では…? 会長さんが不審そうな目を向け、素っ気なく。
「来てないよ。…見れば一発で分かるだろう?」
ソルジャーは大のデザート好きで、お菓子があれば必ず食べます。テーブルにお菓子が載っている限り、ソルジャーが来ていれば姿が見えないわけはなく…。それにしてもソルジャーに何の用事が?
「違う、ブルーのことじゃない! いや、ソルジャーと言えばいいのか…。とにかく、あいつのことではなくて! 用があるのは、あんたの方だ」
「………ぼく?」
自分を指差す会長さんに、キース君は「ああ」と頷いて。
「柔道部の部活は中止になった。アルテメシア大学の柔道部から連絡があって、トンズランスが出たんだそうだ」
「「「トンズランス?」」」
馴染みのない単語に私たちは首を捻りました。怪獣ってことはないでしょうけど、柔道部員だけを攻撃してくる生き物だったりするのでしょうか? しかし会長さんは正体を知っていたらしく。
「…ついに出たんだ? で、うちの学校にもトンズランスが…?」
「まだ分からん。しかし、アルテメシア大学の柔道部には練習とかで世話になっているし、大いに危険だということで…。とにかく今日の部活は中止、部員は検査に行くことになった」
「「「検査?」」」
それって何、とジョミー君が言い、会長さんが深い溜息をつきました。
「トンズランスは外国から来た白癬菌だよ。つまり水虫。…ただ、足に出るんじゃないんだよね。主に上半身、特に頭がマズイんだ。放っておくと禿げたりする。接触感染するヤツだから、格闘技の選手に流行ってるって噂は耳にしてたけど…」
来ちゃったのか、と憂鬱そうです。
「柔道部員がヤバイってことは、指導しているハーレイもヤバい。そのハーレイと接触のあるぼくも検査が要るってことだね」
「話が早くて有難い。教頭先生からの伝言だ。…今日にでも検査を受けてくれ。迷惑をかけてすまない、と」
「………。学園祭前にエステ三昧していた以上、ハーレイが保菌者だったら危ないか…。あれって無症状の人も多いと聞くし。で、ハーレイは?」
「部員を引率して検査に行った。ついでに自分も検査するとかで、行先は…」
キース君が口にしたのはドクター・ノルディが経営している病院でした。アルテメシアでも指折りの大きな総合病院ですから不思議は全くありませんけど、会長さんは顔を顰めます。
「…やっぱりノルディの病院なのか…。それって、ぼくも同じ道を辿れって意味だよね」
「ああ。あんたは三百年以上も生きてきた特殊なタイプの人間なんだし、仲間がやっている病院の方がいいだろうと教頭先生が…。安心しろ、俺たち三人も一緒に検査を受けるから」
ドクター・ノルディの自宅に併設された診療所の方に行くことになった、とキース君は言いました。なんだか雲行きが怪しいですけど、トンズランスとやらも怖そうですよね…。

診療所が開くのは夕方の六時ということで、会長さんとキース君たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で日暮れを待つことになったのですが、会長さんは浮かない顔です。
「うーん…。ぼくが感染してたら困るんだよね。フィシスに迷惑がかかってしまう」
接触感染なんだから、と嘆いているのは大人の関係だからでしょうけど…そうなるとアルトちゃんたちも? 尋ねるまでもなく会長さんはアルトちゃんたちの名前を挙げました。
「ぶるぅはいいとして、女の子にトンズランスなんかを移しちゃったらシャングリラ・ジゴロ・ブルーもカタ無しだよ。悟られないように検査と治療って…できるかな? 出来たとしてもハーレイには責任を取って貰わないと」
自分でエステに呼び付けておいて「責任を取れ」とは酷いかもですが、会長さんの気持ちも分からないではありません。上半身に出る水虫なんて、女の子なら誰でも幻滅モノです。どんな検査をするのでしょう? ジョミー君とスウェナちゃん、それに私は好奇心から…サム君は「ブルーが心配だから」と付いて行くことに決めていました。そこへ突然、キース君が。
「ブルー。…厚かましい頼みなんだが、今晩、泊めてくれないか?」
「は?」
「頼む、今晩だけでいいんだ。…家に帰ると危なそうで…」
キース君は鞄から一枚の紙を取り出し、驚いている会長さんを縋るような目で見詰めながら。
「トンズランスが発生したという知らせを受けて、これが柔道部員の家に送られたらしい。FAXとメールの両方でだ。…絶対、親父の目に入ってる」
紙には『御家族の方へ』と書かれていました。会長さんは中身を読むなり「なるほど」と納得した風で。
「色々と注意が書いてあるけど、頭と身体を清潔に…、の頭の部分がマズイってわけだ」
「その通りだ。親父は前から「柔道に長髪は似合わないから短く刈れ」っていうのが持論だからな。こんな注意とトンズランスのことを知ったら、ここぞとばかりにスポーツ刈りに…。普段だったら逃げられるんだが、今日は親父が浄髪する日で…」
「「「ジョウハツ?」」」
ジョウハツって何でしょう? 家出とかの意味の蒸発かな? だったらお父さんは留守なんですし、問題は無いと思うんですけど…。会長さんが「違うよ」と苦笑して意味を教えてくれました。
「お坊さんが髪を剃ることさ。一応、日にちが決まっていてね。運悪くそれが今日だった、と。…だからキースがうっかり帰ると、お父さんの浄髪ついでに自慢の髪を刈られちゃうかもしれないんだよ。清潔にするにはスポーツ刈りが一番だとか何とか言って」
「察しが良くて嬉しいが…。どうだろう、泊めて貰えるだろうか?」
駄目なら他の誰かの家に、とシロエ君とマツカ君に視線を向けるキース君。会長さんはクックッと笑い、「いいよ」と気前よく頷きました。
「どうせなら皆で泊まりに来るかい? 明日は土曜で休みなんだし」
「いいの?」
ジョミー君が尋ね、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「わーい、お客様だあ! 久しぶりだし、とっても楽しみ! 晩御飯、何を作ろうかなぁ?」
お鍋とかでも楽しいね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大はしゃぎです。私たちは早速家に電話をかけて了解を取り、キース君だけがコソコソとメール。お泊まり用の荷物は瞬間移動で取りに帰らせて貰い、再び「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ運んで貰って…。みんなの荷物が揃った所でキース君の顔にやっと笑顔が戻りました。
「…親父に見つかる前にトンズラできて助かった。キースは何処だ、ってドカドカ歩いてきたからな。FAXを読んで俺を探していたらしい」
危なかった、と髪を撫でているキース君によると…。
「親父は寺の三男坊で、坊主になる必要は無かったんだ。なのに坊主の学校に行って、スッパリ剃って婿養子に…っていう潔さだから、俺が髪の毛に未練を持つのが全く理解できないらしい。坊主の家に生まれたからには剃って当然だと信じているんだ。おふくろが俺に甘いお蔭で、なんとか逃げてはいるんだがな」
キース君、苦労しているようです。確かにそんなお父さんなら、トンズランスを口実にしてスポーツ刈りを強要するかも…。会長さんの家に避難というのはきっと正しい選択でしょう。

青天の霹靂なトンズランス。検査に行くのは面倒だから瞬間移動で、と会長さんが言い出したので私たちは診療所が開く時間をのんびり待っていたのですけど。
「あっ! まずい」
会長さんが声を上げました。
「ハーレイがヤバイってことは、ブルーも危ない。一緒にベッドに行ったんだっけ…」
忘れたかったから綺麗さっぱり忘れてた、と頭を抱える会長さん。ソルジャーが教頭先生にスッポン入りの薬を飲ませ、ベッドに引っ張り込んだことがありましたっけ。あの後は教頭先生の裸エプロンという凄いオマケがついてきて…。教頭先生がヘタレなせいでソルジャーとの間には何も無かったと聞いていますが、接触したのは確かです。
「すると、あっちのぶるぅも検査した方がいいのかな…」
ブツブツと呟く会長さんの身体が青い光を帯びたと思うと、間もなく部屋の空気が揺れて。
「かみお~ん♪」
「来たよ。いきなり何の用なんだい?」
ソルジャーと「ぶるぅ」がパッと姿を現しました。おやつの時間じゃないようだけど、と見回しているソルジャーに
「そるじゃぁ・ぶるぅ」が素早くキッチンに走り、パウンドケーキの残りを持ってきます。二人は早速食べ始めましたが、すぐにソルジャーが顔を上げて。
「ブルー、用事って何なのさ。急ぎだって言うから来たんだよ。…食べ終わる前に言ってくれるかな」
「それが…。話すと長くなりそうだから…」
キラッとサイオンの光が走ってソルジャーと「ぶるぅ」の額に吸い込まれました。たちまちソルジャーの顔が引き攣り、ポカンとしている「ぶるぅ」の頭をグシャグシャと撫でて。
「ほら、このとおり禿げてないし! もちろんぼくだって禿げちゃいないよ!」
「…だから、無症状の人も多いんだってば。でも保菌者だったら他人にうつしてしまうんだ。たとえば君のハーレイとか。…それにシャングリラ中に蔓延したら困るだろう?」
「………」
ソルジャーは不機嫌そうにパウンドケーキを黙々と食べ、食べ終わると乱暴にフォークを置きます。ガチャンという音に私たちは首を竦めました。ソルジャー、頭に来ているみたい…。
「せっかく休暇を取ったのにさ!」
本当に久しぶりなんだ、とソルジャーは腹立たしげでした。
「今夜から明後日の朝までハーレイと二人きりの筈だったのに…。薬も飲んでもらう予定で、凄く楽しみにしてたのに!」
「……ごめん」
頭を下げる会長さんに、ソルジャーは怒りが収まらないといった様子で。
「ハーレイ、あれから一度も薬を飲んでくれないんだよ! ヌカロクをやってしまった自分が恥ずかしいのが本音のくせに、ぼくの身体が大切だからとか何とか言ってノラリクラリと…。休暇中なら無理をしたって問題ないし、今夜は飲ませる気でいたのに!」
…薬にヌカロク。ヌカロクの意味は今も謎ですが、薬というのは例のスッポン入りのヤツでしょう。要するにソルジャーはキャプテンと大人の時間を過ごすつもりで休暇を取っていたのです。そこへ呼び出しを食らったわけで…。ひとしきり文句を浴びせたソルジャーは一息ついて尋ねました。
「で? その検査とやらはすぐ済むのかい?」
「…えっと…。結果が出るのに丸一日ほどかかると思う。多分、培養検査になるから」
「丸一日!?」
ソルジャーはブチ切れ、「やってられない」と立ち上がりかけましたが。
「ダメだってば! もしも君が保菌者だったら、治療しないとマズイんだよ。君のハーレイはまだ無事かもしれない。でも今夜一緒に過ごしたばかりに感染するってことも有り得るわけで…」
「………」
苦虫を噛み潰したような顔でソルジャーはドスンとソファに腰掛けました。
「分かったよ。ぼくだって妙なシロモノをシャングリラで流行させたくはないさ。…丸一日、ハーレイと接触禁止ってわけか…。休暇の半分以上がパアだ」
「本当にごめん。でも、ぼくの世界のハーレイだって好きで仕込んだわけではないしね、トンズランス」
「不幸な事故だというのは分かる。だけど、よりにもよってこんな時に…」
腹が立つ、と繰り返していたソルジャーでしたが、ふと私たちの荷物が置かれているのに目を留めて。
「…そうか、みんなブルーの家に泊まるんだ? ぼくも一緒に泊まろうかな。どうせハーレイとは寝られないんだし、こっちの世界で遊ぶのもいいね。…どう思う、ぶるぅ?」
「うん! ぼくもお泊まりしたい!」
ソルジャーと「ぶるぅ」は会長さんの家に泊まると決めてしまいました。状況が状況だけに会長さんも拒否はできません。二人は早速荷物を取り寄せ、「ぶるぅ」は無邪気に喜んでいます。トンズランスのせいで今夜は賑やかなことになりそうですねぇ…。

時計の針が六時を指すと同時に、私たちは診療所の表へ瞬間移動しました。もちろん人通りがないのは確認済みです。荷物は先に会長さんのマンションへ送りましたし、検査が終わればみんなでお泊まり。高級住宅街にあるドクター・ノルディの診療所と豪邸はしんと静まり返っています。先頭に立って二階建ての診療所に入ってゆくのは柔道部三人組で、私たちは続いてゾロゾロと…。
「こんばんは。トンズランスの検査に来ました」
キース君が無人の受付に向かって叫ぶと、白衣のドクター・ノルディが現れて。
「こんばんは。ハーレイから連絡は貰っていますよ。…おや、人数が多いようですが…?」
ブルーが二人も、と楽しげに言ってニヤリと笑うエロドクター。ソルジャーは制服に着替えていました。
「そちらのブルーは…。ずいぶん久しぶりですね。スクール水着はお役に立っておりますか?」
「おかげさまで」
ソルジャーが笑みを浮かべます。
「気分を変えたい時に使っているよ。あれはなかなか楽しいものだね」
げげっ。そういえばソルジャーはエロドクターにスクール水着を買わせたとか言ってましたっけ。ついでに水着姿で写真を沢山撮らせて遊んでましたっけ…。ドクターは満足そうに笑ってソルジャーの手の甲に口付けました。
「お越し下さって嬉しいですよ。…あなたまでおいでになったということは…誰かと濃厚な接触がおありだったようですね。ハーレイですか、それともブルー?」
「…残念ながら、ぶるぅだよ」
クスクスと小さく笑うソルジャー。
「ぶるぅ同士で仲がいいんだ。どっちのぶるぅも、ぼくたちのベッドに潜り込むのが大好きでね」
「そうですか…。まあ、ハーレイの線だけは無いと思っておりましたが。あなたを抱くには百年早い」
ヘタレな上に経験値がまるで足りませんから、とドクターは勝手に納得しています。ソルジャーの世界に乗り込んで行ったこともあるドクターだけに、ソルジャーは事実を伏せたのでしょう。ドクターは私たちを診察室へ案内すると、人数確認を始めました。
「柔道部員が三人と…ブルーが二人に、ぶるぅが二人。柔道部での感染が疑われるのは三人ですね。他はブルーが原因、と。…どうせハーレイに何かを仕掛けて濃厚に接触したのでしょうが」
「人聞きの悪いことを言われたくないな。全身エステを何度か受けただけなのに…。実に迷惑な話なんだ」
不満そうな会長さんに、ドクターは喉の奥で笑います。
「私だと健康診断ですら嫌がるくせに、ハーレイにはエステをさせるというのが羨ましい。私は鍼も打てるのですが、一度体験なさいませんか? 身体が軽くなりますよ」
「遠慮しておく。それよりも検査を早く済ませて欲しいんだけど」
「…いいでしょう。その素っ気なさもそそられますね」
ドクターは円形をしたヘアブラシのようなモノを運んでくると、柔道部三人組と会長さんたちに手渡しました。
「これで頭を強くブラッシングして貰えますか? そう、頭皮を擦るような感じでゴシゴシと…。このブラシを培地に接触させて、トンズランスの検査をします。一日ほどで結果が出ますよ」
ブラシ培養検査と呼ぶらしい検査法は無症状の人にも有効だそうで、ドクターは会長さんたちの名前を書いたシャーレにブラシを押し付けます。
「培養結果は明日の今頃には出ていますから、必要ならば治療しましょう。有効なのは飲み薬ですが、ブルー…あなたが感染していた場合は…」
名を呼ばれたのはソルジャーでした。
「あなたの世界のハーレイにも検査が必要ですよ。その時は連れて来て頂けますね? 場合によってはシャングリラ中を調べなくてはなりません」
「…分かっている。出来ればシロと出て欲しいものだが」
面倒事は嫌いなんだ、と眉を顰めているソルジャー。シャングリラ中で検査なんていう事態になったら大変そうです。こちらの世界に来ていることは誤魔化せたとしても、きっと色々問題が…。エロドクターも事情が事情だけに不埒な会話は自粛すべきだと思ったらしく、私たちは「明日また結果を聞きに来るように」と言われただけでアッサリ解放されたのでした。

診療所から会長さんのマンションに瞬間移動で移った後は、真っ赤な激辛スープとコクのある白いスープの二色に分かれた専用鍋で火鍋パーティー。ソルジャーと「ぶるぅ」は珍しさに興味津々です。食事が済むとリンゴに飴をからめたものやタピオカ入りのココナッツミルクなんかが出てきて、ソルジャーも大いに満足で…。
「休暇が吹っ飛んだのは癪だけれども、こっちは食事が美味しいからね。ハーレイに帰れなくなったと連絡したら、ごゆっくりどうぞと言われたよ。明らかにホッとしている思念だった。薬を飲むのが嫌だったのかな」
本当にヘタレなんだから、とソルジャーはスッポン入りの薬の効果を御機嫌で話し始めました。ヌカロクとかいうのを何度も自慢しますが、今一つ意味が分かりません。多分、絶倫ってことを指すのでしょうけど。
「…でね、今夜こそヌカロクでいこうと思ってたのに…。この怒りを何処にぶつけたらいいんだろう?」
「自業自得って言うんだよ」
会長さんが冷たい口調で言いました。
「ハーレイにちょっかいなんか出すから、こんな結果になったんだ。あの時ベッドに行かなかったら、トンズランスに感染するようなリスクは負わなかったと思うな。可哀想に、ぶるぅまで感染したかもしれないじゃないか」
「…やっぱりハーレイのせいってことだね。ハーレイが感染してるかもしれないから、って検査させられてるわけだろう? ぼくも、君も」
諸悪の根源は教頭先生に違いない、とソルジャーは開き直っています。自分から近付いておいて、この言い草。流石は会長さんと瓜二つだと私たちは呆れていましたが…。
「そうだ、君のハーレイが悪いんだ。ぼくの休暇を台無しにして…。直接文句を言ってやる!」
「ブルー!?」
会長さんが次の言葉を口に出す前に青いサイオンが光りました。
「「「教頭先生!?」」」
みんなで集まっていたリビングの真ん中に出現したのは教頭先生。寛いでいる所だったのでしょう、ラフな格好をしています。教頭先生は驚いた顔で会長さんの服を纏ったソルジャーを見詰め、視線を会長さんの方に移して。
「…何の用だ、ブルー? それとも呼んだのはブルーなのか?」
「呼んだのはぼくだよ、教頭先生。…君が柔道をやってるせいで、ぼくの休暇が吹っ飛んだんだ」
赤い瞳に睨み付けられて、教頭先生の身体が硬直しました。
「ま、まさか…。トンズランスの検査を受けろとブルーに言ったのは私ですが…」
「ふうん? ぼくの存在は忘れてたんだ? あんなにサービスしてあげたのに、ブルーにはハゲの心配をして、ぼくはどうでもいいんだね?」
「い、いえ……。どうでもいいというわけではなく…」
「綺麗サッパリ忘れてた、と。猛烈に腹が立ってきたよ。休暇を台無しにしただけじゃなくって、ぼくなら禿げてもいいってトコが!」
縮み上がっている教頭先生にソルジャーは罵詈雑言を浴びせまくって激しく怒っていたのですが…。
「なんだか空しくなってきた。あまりにもハーレイそっくりだから、頭の中がゴチャゴチャだ。誰に対して怒ってるのか、自分で自分が分からないや。…もういい、怒るのは諦めよう。もっと前向きに考えないと」
「…申し訳ありません…」
心の底からお詫びします、と頭を下げる教頭先生。ソルジャーが楽しみにしていた休暇というのが何だったのか、教頭先生にも嫌というほど分かった筈です。会長さんと結婚したいと大それた夢を見ているだけに、申し訳なさも一入でしょう。ソルジャーは大きな溜息をついて。
「いいよ、許すのが最善みたいだ。…その代わり、ぼくに付き合ってくれるかな。休暇の埋め合わせをしたいんだけど」
「埋め合わせ?」
「うん。…ぼくは最高の夜を楽しみたくって休暇を取った。でも台無しになったよね? 君に多くは求めないから、ただ付き合って欲しいんだ。それだけで欲情できると思う」
「「「は?」」」
全員の声が重なりました。欲情できるって…欲情って……もしかしなくても大人の時間? ソルジャーは妖しい笑みを浮かべて。
「ぶるぅ、前にライブラリで調べてたっけね。教頭先生をヘタレ直しの修行に連れて来た時、お前はなんて言ったっけ?」
「え?」
急に話を振られた「ぶるぅ」は丸い目をして暫く考え、それからエヘンと胸を張って。
「思い出したぁ! 見られていると燃えるんだ、ってデータを見たからそうしたのに…。ブルーの場合は違うんだよね。確かブルーは見られても平気。ハーレイは見られると意気消沈!」
「よくできました」
偉かったね、と「ぶるぅ」の頭を撫でるソルジャー。目を細めている「ぶるぅ」は嬉しそうです。けれど話題は明らかに変。見られていると燃えるだなんて…。そもそもヘタレ直しの修行だなんて…。私たちの顔が不安に曇るのを見て、ソルジャーはクッと笑いました。
「ぶるぅの言葉を訂正するよ。…ハーレイは覚えているかもしれないけれど…ぼくは見られていると欲情する。それもハーレイに見られていると特別に」
言い終えるなり、ソルジャーは教頭先生の腕をガシッと掴んで青いサイオンに包まれると…。
「だからハーレイを借りていくね。朝になったら家に帰すから、君たちはゆっくり休んでて。ぶるぅ、いい子にしてるんだよ。それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさぁ~い♪」
元気に「ぶるぅ」が手を振った後、ソルジャーと教頭先生の姿は何処にもありませんでした。会長さんがヘタリと床に座り込みます。見られているとか、欲情するとか…。ソルジャーは教頭先生をどうするつもりなのでしょう? 『御休憩』とか『御宿泊』とか、頭の中でロクでもない単語が渦巻いてますが、やっぱりそういうことなんですか~?




学園祭が終わった次の日の朝、登校してみると1年A組の教室は後夜祭の話題で花盛りでした。会長さんの花魁姿もさることながら、ジョミー君とキース君の坊主頭がやはり話題の中心です。先に来ていたスウェナちゃんとサム君、マツカ君、シロエ君の周りには既に人だかりが出来ていました。ジョミー君は…遅いですねぇ…。いつもならもっと早いのに。
「おはよう。ジョミーは遅くなるそうよ」
スウェナちゃんが手招きしてくれ、サム君が言葉を引き継ぎます。
「キースと一緒に来るらしいぜ。俺の所にメールが来たんだ。…一人で来るのは嫌なんだとさ」
「無理もないとは思いますけどね…」
訳知り顔で大袈裟に溜息をつくのはシロエ君。
「全校生徒に坊主頭を晒されたんです。キース先輩だって多分、来たくはないと思いますよ。でも理由もないのに欠席するのは先輩の信条に反しますから、ジョミー先輩が一緒というのは心強いかと」
「ですよね。声をかけたのはジョミーらしいですし…それならキースの顔も立ちます」
うんうん、とマツカ君が頷いています。プライドの高いキース君だけに、自分の方から『一緒に登校』を持ちかけるなんて出来ないでしょう。二人はきっとキース君の大学の朝のお勤めが終わった後で合流してから来るのでしょうが…。
「おっ、来た、来た!」
誰かの声が響いてクラスメイトが一斉に後ろを振り返りました。教室の後ろの扉からキース君とジョミー君がコソコソ入ってきたのですが…。
「よおっ、昨日は凄かったな!」
感激したぜ、と男子の一人がジョミー君の背中をバン! と叩くと、私たちを囲んでいたクラスメイトはたちまち民族大移動。人垣の中心は鞄を手にしたままのジョミー君とキース君です。
「なあなあ、それってホントに地毛? ズラじゃなくって?」
「ちょっと触ってみてもいいかな。ん~、この手触りはやっぱり本物?」
「馬鹿、引っ張ってみなきゃ分かんねえって!」
「いやいや、今どきのズラは引っ張ったくらいじゃ…」
言いたい放題、触り放題の男の子たちを、女子がキャーキャー歓声を上げて眺めています。特別生といっても先輩扱いされてないのは嬉しいですが、普段は有難いこの公平さも今日ばかりは不幸の種でしかなく…。グレイブ先生が登場するまで二人は好奇の目に晒され続け、私やサム君たちは遠巻きに見守っているだけでした。
「諸君、静粛に! なんだ、朝から騒々しい! 実に嘆かわしい光景だな」
グレイブ先生の冷たい視線に教室は一気に凍り付きます。事情を把握した先生は笑いながらジョミー君たちに席につくよう促し、コホンと一つ咳払いをして。
「諸君、学園祭は素晴らしかった。お化け屋敷も好評だったようだ。よく頑張ったな。…そして特別生諸君のショーも楽しませて貰ったよ。…ドレスの件は私も大人だ、どうこう文句を言うつもりはない」
ドレスって! 後夜祭でのグレイブ先生のマリンブルーのドレス姿が頭の中に蘇りました。教室にドッと笑いが起こります。先生はニヤッと笑ってドレスを着ているかのようなポーズを取って見せ、みんな大喜びで拍手喝采。ジョミー君たちの坊主頭は忘れ去られたようでした。…先生、ひょっとして二人の為に…? かっこいいかも、グレイブ先生…。

大学の講義も入っているキース君は二時間目の授業が終わると大学へ行き、終礼直前に帰って来ました。なんだか顔色が冴えません。今日は学園祭の後片付けで部活は無いので、みんなで「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ出掛けていったのですが…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! 今日のおやつはレモンパイだよ」
笑顔で迎えてくれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」をサクッと無視して、キース君が叫びました。
「あんた、いったい何をした!!」
「「「は?」」」
あんたって…誰? 呆気に取られる私たちの視線を浴びたキース君は「あんたと言ったら、あいつだろうが!」と声を荒げて。
「しらばっくれるな! 聞こえないふりをしやがって!」
ビシッと指差す先にいたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」ではなく会長さん。ソファに腰掛け、紅茶のカップを手にしています。
「ずいぶんな御挨拶だね、キース。…まあ、落ち付いて座りたまえ。とても美味しいレモンパイだよ。ぶるぅ、みんなにも飲み物をあげて」
「オッケー!」
大きなテーブルを囲んで座るとレモンパイのお皿と飲み物が配られ、ジョミー君が真っ先に「いただきま~す!」と食べ始めました。喉元過ぎれば熱さ忘れると言うのでしょうか、托鉢ショーと後夜祭の恨みは無いようです。私たちも釣られてフォークを手にし、キース君のことなど頭から消えていたのですけど…。
「おい。…俺は食い物で誤魔化されたりはしないからな」
地を這うような声が聞こえて、キース君が会長さんをジロリと睨み付けました。
「もう一度聞く。あんた、いったいどういうつもりで…!」
「ん? さっきから一人で騒いでるけど、なんのことだい?」
分からないなぁ、と首を傾げる会長さんにキース君は膝の上で握り締めた拳を震わせて…。
「よくも白々しいことを…! 今日、大学へ行ったら、教授に呼び止められたんだ。…でもって、「ブルー様の学園祭のお手伝いを無事に勤め上げられたようで良かったね」と。…特別講座の単位はちゃんと認定しておくよ、と満面の笑顔で言われたんだ!」
特別講座!? それってキース君がわざとサボッて落第を狙ったヤツのことでは…。会長さんはクスッと笑って「おめでとう」と言いました。
「良かったじゃないか、特別講座の単位が貰えて。これで来年の秋に修行道場へ入れるよ。…髪は短く切らなきゃダメだね」
「だから! なんでそういうことになるんだ! 俺は先延ばしにしたくて、わざと講座をサボッたのに…」
「熱心に練習してくれたからねぇ、ファッションショー。…君の努力に報いたくって、大学に電話をかけたんだ。君が特別講座を欠席したのは学園祭を手伝ってほしいと強引に勧誘しちゃったからで、埋め合わせはぼくがしておくと。講座の内容をちゃんと教えて、特別に勤行もさせるから…って。なんか感激していたようだよ」
「……あんた……」
そんなに俺を坊主頭にしたいのか、とショックを受けているキース君。
「別に? 君が真面目に住職への道を走ってくれれば、続くジョミーも走りやすい。だから手助けしただけさ。そうそう、これが特別講座の中身だからね」
キラッと青いサイオンが走ってキース君の額に吸い込まれました。情報伝達をしたのでしょう。何十時間もかけて覚えるような内容であっても、サイオンを使えば一瞬で相手にコピーできますから。
「…………。素直に感謝する気にはなれんな」
「そうかなぁ? だったら、こっちはどうだろう?」
再びキラッと走るサイオンの光。次の瞬間、私たちはポカンと口を大きく開けていました。

「「「…………」」」
誰もが沈黙を守っています。固まっている、と言い換えた方が正しいでしょうか? その中でジョミー君が恐る恐るといった様子で自分の頭に手をやって。
「…よ…良かったぁ…」
無事だった、と金色の髪を引っ張るのを見て、キース君はサーッと青ざめました。ええ、ツルツルの見事な坊主頭のキース君が。慌てて両手を頭に当てて何やら探っているようですが、自慢の髪はありません。
「お、おいっ! ど、どうなってるんだ、俺の頭は!? ま、まさか…」
ツルツルなんじゃないだろうな、と声を震わせるキース君の問いに答えられない私たち。もしかしてキース君の手には髪の毛の感触があるのでしょうか? しきりと頭を撫でていますが…。
「自分自身の目で確かめるのがいいと思うよ」
会長さんが「はい」と鏡を差し出し、キース君の絶叫が部屋中に響き渡りました。托鉢ショーではお金を入れた人にしか見えず、後夜祭では写真に写らなかったお蔭でキース君は知らずに済んだ自分自身の坊主頭。それをガッツリ見せられたのでは、たまったものではないでしょう。テーブルに突っ伏したキース君ですが、その後頭部は容赦なく鈍い光を放っています。
「…ブルー…」
唇を戦慄かせて尋ねたのはジョミー君でした。
「キースの髪の毛、どうなっちゃったの? まさか本当にツルッツルとか?」
「どうだろうね。君も体験すれば分かるよ」
キラッと光る青いサイオン。今度はジョミー君の頭から髪がスッパリ消え失せました。金色の髪の代わりに地肌が光を弾く姿に、私たちは目が点です。
「え? えぇぇっ!?」
ジョミー君は頭に手をやり、それからツルツルの地肌から少し離れた所でツンツンと見えない何かを引っ張って…。
「もしかして、ぼくもツルツル頭に見えてるの?」
「それは自分で確認したまえ」
会長さんが向けた鏡を覗き込んだジョミー君は「うへぇ」と間抜けな声を上げましたが、パニックにはなりませんでした。代わりに鏡を見詰めたままで頭をあちこち触っています。
「おかしいなぁ…。ちゃんと前髪もあるんだけども、全然鏡に映ってないや。…これってサイオニック・ドリームなの? それとももっと別の方法? そっか…みんなにはこんな頭に見えてたんだぁ…」
本物のお坊さんみたいだよね、と言うジョミー君は好奇心がショックに勝ったようです。まだ突っ伏しているキース君とは対照的に、坊主頭の原因追究を始めました。会長さんは満足そうに頷いて。
「いい質問だね、ジョミー。流石はぼくが見込んだタイプ・ブルーだ。…うん、それもサイオニック・ドリームだよ。ただし昨日のよりは上級レベル。昨日のは鏡に映したら髪の毛があるのがバレるんだけど、今日のはバレない。ついでに写真も撮れたりするんだ」
「「写真!?」」
ジョミー君の声と、跳ね起きたキース君の声が重なりました。キース君は顔面蒼白というヤツです。
「や、やめてくれ! 写真だけはやめてくれ!!」
「心配しなくたって撮らないよ。…それはもう少し先のことかな」
は? もう少し先って、どういう意味? 私たちが首を傾げた所へ、パチパチと拍手の音がしました。え? 今の拍手はいったい何処から…?
「こんにちは。楽しそうなことをやっているね」
紫のマントを優雅に翻して、ソルジャーがこっちに近付いてきます。ジョミー君とキース君は坊主頭のままですけれど、ソルジャー、何しに来たんですか~!?

当然のようにソファに腰掛け、「そるじゃぁ・ぶるぅ」からレモンパイを受け取ったソルジャーは興味津々といった様子でジョミー君たちを眺めました。
「学園祭だっけ? お邪魔しちゃいけないと思ってシャングリラから見てたけど…。どの催しも面白かったよ。でも、その髪型が最大級の見世物なのかな? 今もやってる所をみると」
「笑いが取れるって意味ではそうかもね」
会長さんが答えます。
「ジョミーはともかく、キースはこの髪型に人生がかかっているんだよ。なのに納得いかないらしい。そこが面白くて、ちょっと追い打ち。あ、ブルー、写真は撮らないであげて」
「何故だい? せっかく愉快な髪型なのに」
残念、と呟いて会長さんのポケットから抜き取ったらしいケータイをパチンと閉じるソルジャー。
「写真はね…。今、撮ったんじゃ意味が無いんだ。確実に写るに決まってるから」
「ふぅん?」
「自分の意志で、自分のサイオンの力でカメラに写る状態をキープできるようにならなきゃいけないんだよ。まあ、今日の所はここまでだけどさ」
再びサイオンの光が走って、ジョミー君たちの頭に髪の毛が戻って来ました。二人は鏡を覗いて安堵の声を上げています。写真も撮られずに済んで大喜びといったところでしょうが…。
「キース、今の感覚を覚えてるかい?」
会長さんの質問にキース君は「いや」と不快そうな顔をしています。
「あんたに散々遊ばれた上、ブルーまで乱入してきたんだぞ? 覚えるも何も…」
「そうなんだ。それはとっても残念だったね。…今のが君の将来を左右する重大な鍵になるイベントなのに。ジョミーも特に覚えてないかい?」
「…うん…。触ったら髪の毛は確かにあるのに、なんで鏡に映らなかったのかな?」
「そこが大事な所なんだよ」
キースは気付いてないようだけど、と会長さんは苦笑しました。
「坊主の道を選んだ以上、どう転んでも避けられないのが剃髪だ。キースもそれで悩んでいる。…だけど何度も言ってるように、ぼくは剃髪したことがない。サイオンで周囲を誤魔化していたと言っただろう? それには鏡にも映る、写真にもちゃんと写るっていう高度なサイオンの扱いが必要なんだ」
「…それじゃ、さっきの技を練習すれば…」
縋るような目のキース君。
「俺は剃髪しなくて済むのか? 来年の秋の修行道場も短く切らずに潜り込めるのか?」
「そうなるね。とりあえず、これから時々練習しようか。ぼくが坊主頭にしてあげるから、その状態を維持できるよう訓練するのがいいかもしれない。ジョミーもだよ」
「えっ、ぼくも!?」
声が裏返るジョミー君。前から阿弥陀様を拝むようにとか勧誘されてはいますけれども、いきなり剃髪対策を始めるように言われたのでは驚くのも無理はないでしょう。
「もちろん。君にはぜひとも高僧になって貰いたい。…あ、サムは練習しなくていいよ。剃髪せずに位が取れる別枠を用意するつもりでいるから」
「「「別枠?」」」
そんなモノが存在するんだったら、キース君にも紹介してあげればいいのに…と非難の声を上げる私たち。けれど会長さんは涼しい顔で受け流しました。
「ダメだよ、別枠は一人が限界。しかも法力が期待できそうなサムだからこそ使える道だ。昔々、法力で有名なお坊さんがいたんだけれど、その力を使う時は角がある鬼に見えたというのさ。…それにあやかって、サムが法力を発揮するには髪の毛が必要不可欠なんだ、と本山に進言するつもり」
「え? でも…」
俺にそんな凄い素質は無いし、と遠慮するサム君の肩を会長さんがポンと叩いて。
「大丈夫。ぼくだって伝説の高僧なんだよ? お坊さんになれさえすれば、後のことはなんとでもなる。サイオンがあることだけでも他の人より有利なんだ。それにサムが坊主頭になってしまったら、ぼくと全く釣り合わないよ。デートできなくなっちゃうじゃないか」
「そっか、ブルーがそう言うんなら…」
頬を染めるサム君は今も会長さんの恋人候補です。朝のお勤めがデート代わりのカップルですけど、進展する日は来るのでしょうか…。

そんなこんなでジョミー君とキース君は「坊主頭に見せかける訓練」を始めることになりました。でも今日はソルジャーも遊びに来たことですし、訓練は無しでお茶会です。ソルジャーは会長さんからお寺のシステムやお坊さんについてレクチャーを受け、キース君が行かねばならない道場のこともキッチリ理解したようでした。
「なるほど、髪の毛があってはダメだというわけか…。なかなか厳しい所らしいね」
「うん。住職を目指すなら、女性も坊主頭にしなきゃならない。キースの大学にもそんな女の子がいる筈だよ。若い女の子に坊主頭はかなりキツイと思うんだけど、帽子を用意したりしてそれなりに乗り切っていくものなのさ。なのにキースときたら…」
情けない、と舌打ちをする会長さん。キース君は何も言えずに俯いています。鏡に映った坊主頭の自分の姿で絶叫していたくらいですから、覚悟どころか更に恐怖が募ったのでは…。そんなキース君を見ていたソルジャーが突然、「可哀相だよ」と口にしたからビックリです。
「可哀想? どこが?」
信じられない、といった表情の会長さんにソルジャーは肩を竦めてみせて。
「自分の意志ではない髪型を強制されるって所かな。髪型ってけっこう大事じゃないかと思うんだ。…ぼくが生きてる世界のことは知ってるよね? 昔は実験体だったことも」
「「「………」」」
私たちは無言で頷きました。ソルジャーはミュウと呼ばれて人類に迫害され、研究所に閉じ込められて非人道的な実験を繰り返されていたのです。けれど、そのことと髪型の間に一体どんな関係が…?
「実験体だった頃、ぼくたちは檻みたいな部屋で暮らしてた。思い出すだけで吐き気がしそうな実験を受けて、死んでしまった仲間も多い。でもね…何の自由もない日々の中で、一つだけ自由だったものがある」
「「「???」」」
「決まり切った味気ない食事、誰もが同じ簡素な服。色も形も選べやしない。なのに髪型だけは強制されなかった。管理する側の都合や衛生面の問題からすれば、それこそ男女の別を問わずに丸刈りにすれば面倒がなかったと思うんだよね。でも人類はそうしなかった」
女性は好きな長さに伸ばすことが出来、男性も好みのヘアスタイルでいられたのだ…とソルジャーは真顔で言いました。
「もうお笑いでしかないんだけれど、実験で殺してしまっても顔色一つ変えないくらいにミュウを人間扱いしないくせにさ。個体の識別をしたいんだったら方法は幾らでもあっただろうに、髪型は個人の自由なんだ。サイオンを研究していただけに、脳を保護する大切なものだと思ったのかな?」
実際はサイオンと髪の毛は全く無関係だけど、とゼル先生にそっくりだという機関長を例に挙げるソルジャー。なるほど、ゼル先生とそっくりならば髪の毛は既に無いでしょう。しかし実験体時代のミュウの唯一の自由がヘアスタイルとは驚きでした。
「まあ、髪とサイオンとは直接関係が無いにせよ、サイオンは心に関係するし…。心を平穏に保つためには個性を尊重するって意味で髪型も大事なんだと思うよ。…お坊さんの修行の場合は、その髪の毛を捨てるってことが大切なプロセスなんだろうけどね」
「そうだよ。だから出家って言うんじゃないか。出家イコール剃髪なんだってば、本当は!」
自分は姑息な手段で逃れたくせに、会長さんは強気です。
「キースも一度は覚悟したんだ。なりゆきでそうなっただけなんだけど、ぼくがこの手で坊主頭にしてあげようって迫ったことがあったんだよ。あの時、剃っとけばよかったかな…」
げげっ。あれはキース君がサム君をからかって、会長さんの逆鱗に触れた時のことでしたっけ。墨染の衣やらシェービングクリームやらを取り寄せてきて、本当に剃りかねない勢いだったのを覚えています。結局はサイオニック・ドリームで前髪を切り落とす幻覚だけを見せて終了したのですけど…。
「ふうん、そんな事件があったのか…」
誰かの記憶を読んだらしいソルジャーがクスクスとおかしそうに笑いました。
「キースはよっぽど坊主頭が嫌なんだね。ジョミーも嫌がっているみたいだけれど、キースの方が根が深そうだ。そんな二人の坊主頭を目撃できたとは運がいい。今日のお菓子も美味しかったし」
そろそろ帰るよ、と立ち上がるソルジャーに「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチンから箱を抱えてきます。
「あのね、今日はパイを余分に焼いたんだ。これ、お土産」
「嬉しいな。ぶるぅが喜ぶよ。…あ、ぶるぅにぼくの記憶を見せてもいいかな? キースとジョミーの坊主頭を」
「「………」」
二人は答えませんでした。なんといっても相手がソルジャーなだけに、ダメと言っても勝手に見せてしまいそうです。ソルジャーは沈黙を了承と受け取ったらしく、御機嫌で私たちに別れを告げるとレモンパイの箱を抱えてシャングリラに帰ってゆきました。

「あーあ、ソルジャーにまで見られちゃったよ…」
ガックリと落ち込むジョミー君。キース君は鏡を覗いて髪の毛の無事を何度も確認し続けています。会長さんは「ギャラリーがいて良かったじゃないか」と微笑んで。
「いいかい、あんな風に突然人が現れることもある。サイオンで坊主頭を装うっていうのは大変なんだよ。油断してると大変なことに…。修行中は自分の個室も無いからね」
男女が別なだけで雑魚寝だし、と修行道場を語る会長さん。
「寝てる間も気を抜けない。夜中に隣の人が目覚めて、髪の毛があるとバレたらどうする? そういうリスクを回避するには、サイオンなんか使おうとせずにスッパリ剃るのが一番だけど」
それが絶対ぼくのお薦め、と得々と語る会長さんはキース君とジョミー君を坊主頭にしてしまいたいのかもしれません。それも面白そうだという動機だけで。…これならば「可哀相だよ」と言ったソルジャーの方が、よほど優しいと言えるかも…。けれど会長さんは全く気にせず続けます。
「修行道場では記念写真も撮るからね。写真にも写るレベルのサイオニック・ドリームを維持し続ける根性が無いと、その場でバレる。バレたらもちろん丸刈りにされるし、せっかくの道場入りもパアになってしまうのさ。次の年に改めて道場入りってことになるけど、ブラックリストに載るのは確実」
だから剃るのが一番だよ、と会長さんは言いましたが…。
「嫌だ! 少しでも光が見えた以上は、俺はこの髪を守り抜く!」
キース君が叫び、ジョミー君が。
「ぼくも! まだお坊さんになるって決まったわけじゃないけど、練習しといて損は無いから頑張るよ。キース、一緒に練習させて!」
「もちろんだ。二人なら技を競い合えるし、競争することで力も伸びる」
ガシッと握手をしている二人に、会長さんは溜息をついて。
「やれやれ、二人とも坊主頭から逃げる気なんだ? まあいいけどね、気持ちは分からないでもないし…。でも修行道場を乗り切った後、本格的にお坊さんへの道を歩むなら五年間は丸坊主でいなきゃならないよ。サイオニック・ドリームを保ったままで五年間だ。頑張れる所まで頑張りたまえ」
力尽きて剃りたくなるのがオチだろうけど、とニッコリ笑う会長さん。
「坊主仲間から聞いた話じゃ、剃髪したら楽らしいよ? 髪の手入れをしなくて済むし、お風呂で背中を洗ったついでにタオルでそのままゴシゴシと…頭まで洗えてしまうんだってさ。一度剃ったら二度と伸ばす気になれないだなんて言ってる人を、ぼくは沢山知っているんだ」
それにね…、と会長さんは声を潜めて。
「修行道場も、キースの来年の秋の道場入りも、お風呂は大浴場だから。短髪や坊主頭のふりをして入り込む以上、髪の手入れに時間はかけられないよ? もちろんシャンプーなんか持ち込めない。覚悟を決めて挑むんだね」
ぼくは自由自在にサイオンを駆使できるから全く問題なかったけれど、とトドメの一撃を繰り出す会長さんは本当に楽しそうでした。ジョミー君はともかく、来年の秋には髪を短くしなければいけなくなってしまったキース君は逃げ切ることができるのでしょうか? 坊主頭を装う訓練、見ている方は笑っていればいいんですけど、やってる方は必死です。これから時々、キース君たちの坊主頭を見ながらお茶をすることになりそうですよ~!




ファッションショーの最後を飾った教頭先生の花魁道中。とても華やかな衣装でしたが、鬘と着物で三十キロ以上もあるのだそうです。そんなのを変身ステッキでいきなり着付けられても平然としていた教頭先生、鍛え方が違うのでしょうね。ジョミー君は「ぼくだったら座りこんじゃって動けないよ」なんて言っています。そこへ…。
「アンケートの集計、出来ました」
入ってきたのはリオさんでした。スウェナちゃんと私が回収した申込書の処理が終わったみたいです。
「ドレスは全部大人気ですね。受注の抽選用に、名前を書いた紙も用意しました」
こちらです、と差し出されたのは蓋に穴が開いた四角い箱。中に申込者の名前を書いたメモが入っているのだそうです。流石リオさん、仕事が早い!
「御苦労さま。じゃあ抽選はぼくがやろう」
会長さんが箱に右手を突っ込み、ガサガサとかき混ぜてから折り畳まれた紙を取り出しました。誰の名前が書かれているのかと私たちが身を乗り出す中、会長さんは紙を開いて…。
「…グレイブ・マードック!?」
「「「ええぇっ!?」」」
グレイブ先生がミシェル先生のためにドレスをゲットしようと思っていたのは知ってましたが、大当たりとは!
「……ふぅん……」
メモと箱を交互に眺めていた会長さんの視線がリオさんに向いて。
「ずいぶん沢山グレイブの名前が入っているね。印字されたメモじゃ分からないけど、集計した時はどうだった? なんでグレイブがこんなに大勢?」
「ああ、それは…。ぼくにもよくは分かりませんが、筆跡からして男子生徒じゃないでしょうか。会場には男子も多かったですし、グレイブ先生が根回ししたんだと思います」
「なるほど…。男子ならドレスは欲しがらないし、無記名で出すより自分の名前を書いてくれ、と頼んだのか。そこまでしてドレスが欲しかった、と。…どうする、ぶるぅ?」
「んと、んと…。グレイブ、ドレスが欲しいの? 何番のヤツ?」
リオさんがアンケート用紙を繰ってナンバーを言うと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は思い切り首を傾げました。
「あれってグレイブに似合うかなぁ? …欲しいって言われたんだし、作るけどね」
「「え…」」
息を飲んだのはスウェナちゃんと私だけでした。そういえば男子はグレイブ先生がミシェル先生用のドレスを欲しがってた話は全く知らないんでしたっけ。でもリオさんと会長さんは知っているんだと思うんですけど…。会長さんは楽しそうに頷いています。
「キース、君が五番目に着ていたドレスがウケたようだよ。ほら、ワンショルダーでマリンブルーに白い刺繍を散らしたヤツ。セットで青いストールがついた…」
「…アレか…。先生は何を考えてるんだ? 似合うキャラとも思えんが」
「やっぱり君もそう思うかい?」
「当然だろう!」
信じられない、と呻くキース君。男の子たちは全員頭を抱えていました。会長さんはクッと笑って…。
「よし、ぶるぅ。グレイブの望みを叶えよう。グレイブのサイズは測らなくても学校のデータベースにあった筈だよ」
滅多に使わない端末を立ち上げ、会長さんはデータを引き出してプリントアウト。間違った方向へ話が進んでいるようですが、リオさんは涼しい顔でした。
「じゃあ、ぼくはこれで失礼します。…で、明日は寄付金集めですよね?」
「うん。頑張って稼ぐからね」
えっ、寄付金集め? 稼ぐって、何? リオさんに笑顔で手を振る会長さんを、私たちは恐ろしいものを見るような目で眺めていました。

リオさんが壁の向こうに消えた後、最初に口を開いたのはサム君でした。
「ブルー、寄付金集めって何するんだ? 稼ぐって…ブルーが?」
「ああ、心配しなくてもサムにやらせるつもりはないよ。ファッションショーは無事に終わったし、今度は仮装と後夜祭の人気投票だなぁ、って…。ジョミー、キース、二人とも期待しているからね」
「「えっ?」」
名前を呼ばれてギョッとした顔のジョミー君とキース君。会長さんがパチンと指を鳴らすと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が奥の部屋へ走ってゆきました。そこはドレス置き場に使われていた部屋ですが…いったい何が出てくると…?
「かみお~ん♪ はい、キース。はい、こっちがジョミーの分だから」
「「!!?」」」
二人の前に置かれたものは畳んだ墨染の衣でした。菅笠と草鞋、『シャングリラ学園生徒会』と白く染め抜かれた黒い布製の袋まで…。
「なんだよ、これ!」
ジョミー君が叫び、キース君が。
「お、おい…。なんで托鉢用の衣が此処に!? いったい俺たちに何をしろと!?」
「托鉢ショーだよ」
平然と答える会長さん。
「「「托鉢ショー!?」」」
全員の声が裏返りました。托鉢ショーって何なんですか!
「托鉢を兼ねたショーのことさ。その格好で校内を歩いて貰うんだ。で、袋にお金を入れてくれた人にはお念仏を唱えてあげる。二人セットで行っておいで。…たまには生徒会の資金稼ぎもいいだろう?」
「俺が!?」
「ぼくが!?」
キース君とジョミー君の叫びを無視して会長さんは続けます。
「この部屋が陰の生徒会室と呼ばれてることは知ってるよね? ここを溜まり場にしてるからには、生徒会への寄付金集めをしてくれたっていいと思うな。もちろんショーと銘打つからには娯楽の要素も取り入れるし」
「「「娯楽?」」」
「うん。托鉢ショーには、ぶるぅがお供でつくんだよ。小僧さんの格好をしてね」
ああ、キース君の大学を見学しに行った時の可愛い小僧さんスタイルですか! それは素敵かもしれません。あの格好は可愛かったですし、そんなお供がついているなら女子がお金を入れるかも…。
「それだけじゃない。喜捨…キシャっていうのは托鉢僧にお金をあげることなんだけどね。喜捨した人には、ぶるぅがサイオニック・ドリームを見せてくれるんだ。ズバリ、キースとジョミーの坊主頭を」
「「「!!!」」」
全員の呼吸が止まりました。坊主頭って…まさかのツルツル…?
「いいだろう? だから二人とも、菅笠は被らずに背中にね。サイオニック・ドリームは喜捨した人しか見られないから、たとえ行列が出来ていたって皆に見られる心配はない。しかも時間はほんの僅か。お念仏を十回唱える間だけさ」
「ちょ…ちょっと待ってよ!」
ジョミー君が泣きそうな顔で会長さんを遮ります。
「坊主頭って…サイオニック・ドリームって…。もしかしてお金を入れた人には、ぼくがツルツル頭に見えるの?」
「そうだよ、ジョミー。君はぼくの大事な高僧候補で、キースは未来の住職候補だ。二人ともいつかはツルツルなんだし、こんな機会もいいかと思って…。大丈夫、本当に剃ってしまおうってわけじゃないから」
「勝手に決めるな! 俺たちの意志はどうなるんだ!?」
絶叫するキース君に会長さんは冷たい視線をチラリと向けて。
「…緋の衣のぼくに逆らえるとでも? 君がサボッた特別講座の単位を貰ってあげるのは簡単だ。ついでに君のお父さんに感謝されつつ、君を丸坊主にすることも…ね」
「うわーっっっ!!!」
やめてくれぇぇぇ、と悲鳴を上げて髪を押さえるキース君。ジョミー君も逆らったら丸坊主にされかねないと思ったらしく、青ざめて唇を結んでいます。会長さんはジョミー君にニッコリ微笑みかけました。
「ジョミー、お念仏を十回だ。本山の修行体験で基本を習ってきただろう? 誰かがお金を入れてくれたら深くお辞儀してお念仏を唱えるだけでいいんだよ」
「………」
「そうそう、ジョミーとキース、どちらがお金を入れて貰っても、サイオニック・ドリームは二人セットで発動するから。ジョミーがお念仏を唱えていたらキースも坊主頭に見えるし、その逆もアリだ。二人とも、明日は頑張って」
「「………」」」
ガックリと肩を落とす二人に私たちは同情を禁じ得ませんでした。髪を短く切るのが嫌で特別講座から逃げ出して来たキース君なのに、こんな結末になるなんて。生徒会への寄付金集めって、絶対、ただのこじつけですよね…?

学園祭二日目。ジョミー君とキース君は墨染の衣を纏い、背中に菅笠、首から托鉢用の袋を提げて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を出発しました。後ろには小僧さんスタイルの「そるじゃぁ・ぶるぅ」がくっついています。托鉢ショーの開催は宣伝されていなかったので、最初の喜捨はフィシスさんがサクラになったのですが…。
「まあっ、なんて有難いお姿でしょう! 私、驚いてしまいましたわ」
感激しました、と二人に向かって合掌しているフィシスさん。遠巻きに見守っていた私たちも驚くような大袈裟なパフォーマンスに、上級生の女の子たちがフィシスさんの方へ寄って行きます。ショーのカラクリを聞き出したらしい上級生が続いて喜捨をし、それから後は口コミで…。
「うん、なかなかウケが良さそうだ」
会長さんが満足そうに頷き、私たちもジョミー君たちの頭がどんな風に見えるのか好奇心がうずき出したのですが。
「ダメだよ、君たちは喜捨禁止。武士の情けと言うだろう? 見たいんだったら人気投票に賭けるんだね」
「「「人気投票?」」」
「そうだよ、後夜祭でやるじゃないか。あれでジョミーとキースがトップになったら、会場にいる全員が同時に目撃できる規模でサイオニック・ドリームを発動させる。ジョミーとキース、二人合わせて一人分の票とカウントするよう先生方に根回しをした。ジョミーたちには後夜祭まで内緒だけれど、リオに宣伝させるつもりさ」
笑みを浮かべる会長さんは自信満々というヤツでした。恐らくリオさんがチラシか何かを配るのでしょう。ジョミー君たちにバレない場所でコッソリと…。
「……キース先輩の坊主頭が全校生徒に……」
あんまりです、と言いつつシロエ君の目が輝いています。キース君に坊主頭が似合わなかった件は前から知っていたシロエ君ですが、実物は見たことが無いのですから気になるのも無理はありません。そして私たちもジョミー君たちの坊主頭を見たいという気持ちを抑えられず…。
「私もリオさんを手伝うわ!」
「よーし、俺も!」
スウェナちゃんとサム君が会長さんにリオさんの居場所を聞いて走って行ってしまいました。二人ともジョミー君の幼馴染だけに容赦ないかも。シロエ君とマツカ君は苦笑しています。
「おや、君たちは行かないのかい?」
面白いのに、と呟いてから会長さんが私たち三人をじっと眺めて。
「じゃあ、君たちはこれを配ってくれるかな。ぼくも寄付金集めをするんだ。…ついでにフィシスに勝たないとね」
「「「!!!」」」
宙に取り出されたのはチラシの束。そこには銀色の鬘に赤い瞳の花魁が…。しかし白塗りメイクは無しです。
「ほら、ぼくって色が白いから…口紅だけの方が自然かな、って。ハーレイと練習していたんだよ、花魁道中」
「「「………」」」
チラシには花魁道中が開催される時間と場所が書かれていました。『礼法室でお点前』の文も。
「花魁道中で寄付金集めは、ちょっと難しそうだろう? だからお茶席を設けるのさ。ぼくがお茶を点てて職員さんが運ぶんだ。代金も職員さんが集めてくれるし」
君たちも気が向いたら見においで、と言って会長さんは立ち去ってしまい、私たちはチラシを配ることに。
「あのぅ…。これ……」
お願いします、と差し出した一枚を受け取った女の子が黄色い悲鳴を上げたのを皮切りに、殺到してくる女子生徒の群れ。チラシはアッという間に無くなり、やがて一回目の花魁道中がしずしずと現れたのでした。

「ブルー、すげえや…」
少し前に戻ってきていたサム君がポカンと口を開けて会長さんを見ています。絢爛豪華な衣装を纏った会長さんは、粋な着物姿の職員さんが差しかける蛇の目傘の下で優雅に足を運んでいました。お供の人はいませんけれど、見ごたえ十分な姿です。あちこちでカメラのシャッターが切られ、女の子たちは大騒ぎ。
「あれって確か重いんですよね?」
マツカ君がわざわざ訊いてくるほど、会長さんは重さを感じさせない歩みぶり。行先は礼法室のある建物ですし、辿り着いたら少し休憩してお点前をしようというのでしょう。元々が高僧ですから、お茶の心得もバッチリの筈。寄付金集めも、人気投票でフィシスさんに勝つという目標も軽々とクリアできそうです。
「女子にエントリーしていた理由はコレでしたか…」
呆れた様子のシロエ君。会長さんがゆったりと進んでゆく中、不意に場違いな歓声が響きました。
「「「教頭せんせーっ!!!」」」
えっ!? 慌てて視線を向けた先には、昨日のファッションショーで見た背の高いゴツイ花魁が…。着物姿のシド先生が伸び上がるようにして懸命に傘を差しかけています。こちらは黒髪の鬘に白塗りメイクで、会長さんの艶やかな姿を見た後だけに破壊力抜群の光景でした。でもそれなりに…ウケてますよね…。どうやら花魁道中は会長さんと教頭先生の二人がセットみたいです。
「教頭先生もお点前をするんでしょうか?」
マツカ君の問いにサム君が。
「ブルーだけだと思いたいぜ。…俺、教頭先生のお茶は遠慮したいな」
「そうですね…。ぼくもちょっと…」
柔道の稽古で十分です、とシロエ君。花魁道中が終わった後で私たちはスウェナちゃんと合流し、礼法室を見に行くことにしました。サム君とスウェナちゃんはリオさんのお手伝いをしてチラシを配ったそうですが…。
「キース先輩、どうなるんでしょう?」
シロエ君が尋ねます。
「そうねぇ…。かなりマズイと思うわよ。私がチラシを渡した人は一票入れるって言っていたもの」
「だよな! 配り終わって歩いてた時、後夜祭は坊主だよなって話をしているヤツらがいたし」
男子生徒も乗り気だった、とサム君が真顔で証言します。後夜祭の人気投票は造花の薔薇の数で競うんですし、男子生徒が乗り気となれば、自分がゲットした薔薇をジョミー君たちの票にしてしまうことも可能なわけで…。更に一位を目指していた人が面白さ目当てで試合放棄もあるわけで…。
「ヤバいですね…」
「多分ジョミーとキースで決まりよ」
見ものだわ、とクスクス笑うスウェナちゃん。礼法室に辿り着いてみると、なんと行列が出来ていました。『最後尾はこちら』の札を持った職員さんが立っています。行列の構成は男子と女子の混成部隊で、父兄らしき人の数も半端ではなく…これじゃ会長さんのお点前でお茶を頂くのは無理でしょう。でもサム君は並びに行ってしまいました。
「…ぼくたちはどうします?」
マツカ君が言い、スウェナちゃんが。
「関係者ですって言って見るだけ見せてもらいましょうよ。せっかく来たんだし」
ほらこっち、とズンズン進むスウェナちゃん。長蛇の列の横を通って礼法室の中を覗くと、床の間の前に座った花魁姿の会長さんがお点前を披露中でした。どう見ても絶世の美女の艶姿です。写真を撮っている人もいますし、もう会長さんのことは放っておくしか…。教頭先生はやはりいませんでした。お点前までは未習得なのか、忙しいのかは分かりませんが。

ジョミー君たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の托鉢ショー、それに会長さんと教頭先生の花魁道中。とんでもないイベントが繰り広げられた学園祭の二日目を締め括るのは後夜祭のダンスパーティーでした。花魁の扮装から解放されてスーツに戻った教頭先生が校庭に特設された舞台でマイクを握ります。
「それでは今から薔薇を配る。今日のダンスは男女合同だから、ネームプレートに自分の名前を書いて、ダンスの間に意中の人に渡しなさい。記念に持って帰るのもいいが、この薔薇を貰った数で人気投票が行われるから、使い道はよく考えるんだぞ」
「「「はーい!!!」」」
元気よく返事が返った所で真紅の薔薇の造花が配られました。昨年同様、小さなプレートがくっついています。えっと、名前を書き込んで…。ジョミー君には悪いですけど、投票させてもらおうっと! 軽快なワルツが流れ出す中、墨染の衣のジョミー君とキース君は憮然とした顔で校庭の隅に立っています。人気投票の結果次第で自分たちの身に何が起こるか、ついに知らされたのでしょう。その隣には花魁姿の会長さんが小僧さんスタイルの「そるじゃぁ・ぶるぅ」を従えて…。
「ふふ。君もジョミーたちに入れに来たんだ?」
嫣然と微笑む会長さんの脇の大きな籠には沢山の薔薇が入っていました。横にはフィシスさんの籠があってブラウ先生が番をしています。フィシスさんはといえば花の精のような藤色のドレスで校庭でワルツのお相手中。パートナー志願が次から次へと現れているようですが…。
「フィシスに負けるつもりはないよ。ほらね、けっこういい勝負なんだ」
会長さんが言うとおり、薔薇の数は会長さんとフィシスさんの接戦でした。あ、アルトちゃんとrちゃんだ!
「「…頑張って下さいね」」
二人は会長さんの籠に薔薇を入れると、頬を赤らめて去ってゆきます。なるほど、女子からの票もありましたか。そして男子が大勢でやって来た時は、薔薇の行先はジョミー君とキース君の籠。女子がグループで来ると会長さんの籠か、ジョミー君とキース君の籠。単独で入れに来る人は…会長さんかフィシスさんの籠。獲得数の多い人に渡される籠を持っている人は他にはいません。
「ネームプレートを外した薔薇が多いね、キース? ねえ、ジョミー?」
会長さんの言葉に二人は答えませんでした。ネームプレートがついてない薔薇は、男子が自分に渡された薔薇を横流しした証拠です。薔薇をくれた女の子の名前だけゲットし、薔薇本体は期待をこめて人気投票に使い回し。あ、かっこいい男子生徒が沢山の薔薇をジョミー君たちの籠にドサドサと…。自分の人気よりもジョミー君たちの坊主頭が優先ですか~!
「さてと、ダンスは楽しんでくれたかい?」
ラストダンスが終わった所でブラウ先生が登場しました。軽快なトークはブラウ先生の十八番で、お祭り騒ぎの進行役はいつでもブラウ先生です。
「意中の人に薔薇を渡せたようだし、いよいよ人気投票だ! カウントしなけりゃいけないほどの薔薇を持った子は舞台においで。…おっと、今年の男子は二人で一人の扱いという破格のペアの登場だよ! ジョミー・マーキス・シン! そして去年の一位のキース・アニアン! 戦わずして一位決定~!」
おおっ、という声と拍手が上がりました。墨染の衣のジョミー君とキース君が薔薇一杯の籠を挟んで舞台の上に立っています。顔を引き攣らせる二人を叱咤しているのは花魁姿の会長さん。フィシスさんと薔薇の数を競うようです。一個、二個…と薔薇が投げられ、フィシスさんの薔薇が無くなって。
「これは凄い番狂わせだ! フィシスの連勝記録が止まっちまったよ! 女子の一位はシャングリラ学園生徒会長、ブルー!」
「かみお~ん♪」
舞台に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び出しました。いよいよ托鉢ショーのクライマックス開幕ですか~!? と、会長さんがブラウ先生からマイクを受け取ったではありませんか。
「みんな、ぼくに投票してくれてありがとう! お蔭で女子の一位になれた。御礼に舞台の端から端まで花魁道中をさせて貰うよ。そしてその間、ぶるぅがショーを披露する。ジョミーとキースがツルツルの坊主頭に大変身!」
「「「待ってましたーっっっ!!!」」」
「あ、写真撮影は自由だけれど、ジョミーとキースの坊主頭は写らない。ごめんね、そういう仕様なんだ。目で楽しんでくれたまえ」
「「「ええぇーっ!?」」」
残念、という声があちこちで上がります。最前列で待ち構えていた私たちもガッカリですが、サイオニック・ドリームですし仕方ないかも…。

暮れてきた校庭にしっとりとした琴の音色が流れ始めました。ジョミー君とキース君が特設舞台の中央に立ち、会長さんが右の端から左端へと静かに足を進めます。内八文字で三歩進んだ所で小僧さんスタイルの「そるじゃぁ・ぶるぅ」がポーンと宙に飛び上がって。
「かみお~ん♪」
クルクルと宙返りしながらジョミー君たちの頭上を飛び越え、スタッと舞台に着地すると…。
「「「おぉぉぉぉっ!!!」」」
ジョミー君とキース君の髪はすっかり消えてしまっていました。ツルツルの坊主頭にライトが映えて鈍い光を放っています。そ、それにしても…。
「「「わははははは!!!」」」
似合いません。あまりにも似合っていませんでした、キース君。ジョミー君の方がまだマシです。修行中の若いお坊さんのようで可愛いですけど、キース君は…なんというか…。
「妙に艶めかしいですね…」
シロエ君がボソリと呟き、サム君が溜息をついています。
「顔が整いすぎなんだよな。もっと武闘派みたいなスキンヘッドを想像したけど」
「そうよねぇ…。どっちかと言えば母性本能をくすぐりそうよ。女の子が放っておかない感じ。お坊さんと若い女の子じゃあスキャンダルだわ」
スウェナちゃんは少し考え込んで。
「あ、そうそう! そういう歌がなかったかしら? 坊さんカンザシ買うを見た♪ とかいう民謡か何か」
「よさこい節ですね」
応じたのはマツカ君でした。
「何処かのお寺のお坊さんが女性と恋仲になって簪を…。駆け落ちした末に捕まって流罪でしたっけ?」
あああ、みんな言いたい放題ですよ~! でも坊主頭のキース君には確かに色気がありました。ジョミー君が厳しい修行もモノともしない体育系なら、キース君は学問一筋の文化系といったところでしょうか。対照的な二人の坊主頭は他の生徒にも大ウケでした。しかも会長さんの花魁がしゃなりしゃなりと二人の前を横切ってゆくのですから堪りません。
「お坊さんに花魁って…なんだか妙に似合ってない?」
「坊主って確かスケベなヤツが多いんだよな」
「そうそう、偉い坊主になるとパルテノンとかで遊ぶんだよな!」
無責任な会話が飛び交い、スウェナちゃんが言っていた『よさこい節』を口ずさむ人が現れて…。ついには琴の音色もかき消すほどの合唱になり、花魁道中と坊主頭のコラボレーションは大成功。会長さんが舞台の袖に引っ込み、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が宙返りしてジョミー君たちの頭に髪の毛が戻ってきても、『よさこい節』の歌と手拍子は賑やかに続いていたのでした。

制服に早変わりした会長さんが舞台に現れてマイクを握ると校庭はシンと静かな空間に。いよいよ学園祭もフィナーレです。
「今日は生徒会の資金集めに協力してくれてありがとう。…最後に昨日のファッションショーで申し込んでくれたドレスの当選者を発表したいと思う。当選者は…」
キャーキャーと騒ぐ女の子たちに手を振り、会長さんは声を張り上げました。
「グレイブ・マードック先生!」
「「「えぇぇっ!?」」」
「ごめん、ごめん。…厳粛な抽選の結果なんだ。クジを引いたぼくを許して欲しいな」
ブーイングの嵐を微笑みで鎮める会長さん。
「おめでとうございます、グレイブ先生。奥様のために頑張られましたね。どうぞ舞台へ!」
ミシェル先生の代理だったか、と納得しつつも「先生が申し込むなんて酷い」と叫ぶ女の子たち。グレイブ先生はミシェル先生をエスコートして颯爽と舞台に上がります。会長さんは優雅にお辞儀をして。
「ご注文の品をぶるぅが作ってくれました。ご披露させて頂きます。…ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
舞台に飛び出した「そるじゃぁ・ぶるぅ」が金色のステッキを振り、青い光が飛び散って…。
「「「!!!」」」
マリンブルーのドレスを纏って立っていたのは黒髪美女のミシェル先生ではなく、エスコートしていたグレイブ先生。ワンショルダーの肩にコサージュが付いた華やかなドレスは、とんでもなく激しくミスマッチでした。ワナワナと震え出したグレイブ先生が口を開く前に会長さんが笑い出します。
「奥様思いは分かりますけど、男子生徒を動員してまで申込書を書かせるんでしたら、奥様の名前を書くよう徹底指導するべきでしたね。抽選に当選したのはグレイブ・マードック先生です。だからドレスをお作りしました」
「グレイブ!!」
ミシェル先生が柳眉を吊り上げ、グレイブ先生の頬を派手に平手打ち。校庭は爆笑の渦に包まれ、空に花火が上がります。舞台から降りていたジョミー君とキース君は「大トリがグレイブ先生で助かった」と喜びながら拍手を送り、グレイブ先生はドレス姿で舞台の上を逃げ回り…。ミシェル先生、マイクスタンドを振り上げて追いかけてますけど、あれは絶対、お遊びですよね。今年の学園祭も賑やかでした。シャングリラ学園、万歳!




大学が忙しいから学園祭のメンバーから外して欲しい、と希望していたキース君。なのに肝心要の特別講座を放棄し、サボッてしまったらしいのです。単なるサボリ根性ではなく、深刻な理由があるようですが…。会長さんはそれを聞き出すまではキース君を放しそうにありません。
「なんとも暗い顔つきだねぇ…。乗り越えるのも難しそうな限界なのかい?」
「………」
「やれやれ、今度はだんまりか。まあいい、だいたい想像はつく。…キーワードは先輩。違うかな?」
「!!」
キース君の肩がビクッと震え、会長さんはクスッと小さく笑いました。
「やっぱりね。修行道場に行ってる二年生たちは、道場で寝泊まりしながら朝晩のお勤めをして、昼間は普通に大学に来る。キースはその先輩たちに会ったってわけだ」
「…それでどうしてサボリになるの?」
分からないや、とジョミー君。私たちも頷きます。会長さんはココアを一口飲んで。
「キースが前から嫌がっている道場入りの条件はツルツルの剃髪、坊主頭だ。でも二年生での修行道場は剃髪は必須条件じゃない。キースはすっかり油断したのさ。ところがどっこい、修行道場は剃髪とまでいかないだけで…女子はともかく、男子は短く刈り込まないと熱意を買って貰えないんだ。熱意が無いと断られる」
「…ええっ…」
ジョミー君が反応しました。会長さんに仏弟子認定されているせいで髪の毛の話に敏感です。
「それじゃ髪を短くしないと修行をさせて貰えないわけ?」
「うん。今のキースの髪じゃ確実にダメだ。もっと短く切らないと…。スポーツ刈りか五分刈りだね」
「「「!!!」」」
キース君が…スポーツ刈り。でなきゃ五分刈り! まるで想像がつきませんけど、キース君は修行中の先輩たちの髪が短く刈り込まれてしまっているのを見たのでしょう。毎日それを見ている内に「来年は自分も…」と恐怖感が募り、とうとう講座をサボッて単位を落とし、修行に行く日を先延ばしに…。
「キース、正直に答えたまえ」
俯いているキース君を会長さんが赤い瞳で見詰めます。
「特別講座をサボッてきたのは髪に未練があったからかい? それが悪いとは言わないよ。でも特別講座を受けないのなら、ぼくたちに合わせてくれないと」
「……すまん。ブルーの言う通りだ。俺はまだ五分刈りもスポーツ刈りも…したくなくて…それでサボリを…。メンバーから外してくれ、なんて偉そうなことを言ったくせにな」
悪かった、とキース君は頭を下げました。
「俺も今日からメンバーになる。遅れを取った分は努力するから…」
「それならいいんだ。今日から一緒に頑張ろう」
会長さんがキース君の手をガシッと握り、満面の笑みを浮かべました。
「仏の道は逃げないけれど、学園祭の練習には期限があるし…。大丈夫、モデルウォークのレッスンくらい、君ならすぐに追いつけるよ。…ぶるぅ、キースの採寸を」
「オッケ~!」
メジャーを取りに走った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が早速採寸を始めます。ジョミー君たちは仲間が増えて大喜び。
『そるじゃぁ・ぶるぅを応援する会』のファッションショーにお客さんは来るのでしょうか? 会長さんが音頭を取っている以上、閑古鳥にはならないでしょうが…どう考えてもお笑いですよねぇ…。

キース君も加えての練習は毎日続き、学園祭の日が近づいてきます。ある朝、1年A組の教室の後ろに机が増えて、会長さんが登場したと思ったらグレイブ先生が後夜祭の人気投票について話し始めました。
「…というわけだから、仮装したい者は風紀を乱さないよう気を付けてやってくれたまえ。なお、この投票は長年ブルーとフィシスの独壇場だったが、去年は大きな番狂わせが起きた。男子の一位を取ったのは諸君もよく知っているキース・アニアン。女子はフィシスのままだったがな」
今年も期待しているぞ、とニヤリと笑うグレイブ先生。が、そこで会長さんが手を上げました。
「質問!」
「…なんだ?」
「ぼくが女子でエントリーしてもかまわないかな? マンネリに飽きてきたんだよ。今年はフィシスと競いたい」
「「「えぇぇっ!?」」」
クラス中が蜂の巣をつついたような騒ぎになる中、グレイブ先生はコホンと咳払いをして。
「いいだろう。水泳大会でお前を女子に登録したのは私だ。毒を食らわば皿までとも言うし、お前は女子にしておいてやろう。フィシスの連勝記録が止まるか、お前が惨めに惨敗するか。…後夜祭が見ものだな」
楽しみにしているぞ、と高笑いしてグレイブ先生は出てゆきました。そして会長さんはその日の内に女子として登録されたようです。例によって途中から保健室に行ってしまって、終礼にも出てきませんでしたが。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
今日もみんなで練習だよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれます。会長さんはソファに座って淹れたての紅茶を飲んでいました。
「さあ、練習を始めようか。今日から衣装を着けてもらうよ。本番で転んだんでは意味ないし」
まずは練習用のドレスから、と会長さんが合図をすると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が奥の部屋から色とりどりのロングドレスを運んで来ました。
「貸衣装屋さんで分けて貰ったヤツなんだ。これなら汚しても大丈夫。サイズもみんなに合わせてあるし、ぶるぅの魔法でパッと華やかに変身しようか」
ほら、と会長さんが宙に取り出したのは先端に星がついた金色に輝くステッキでした。
「杖は魔法使いの必須アイテムだと思わないかい? ぶるぅがステッキを振りながらサイオンで君たちを着替えさせる。ドレスが変わる度に輝くような笑顔がほしいね」
「「「笑顔?」」」
怪訝そうな男の子たちに会長さんはニッコリ微笑みかけて。
「だって、ドレスは女の子の夢なんだよ? お姫様に変身だよ? 嬉しくなるのが当然だろう。「まあ、これが私?」と天にも昇る心地でウットリとしてくれなくちゃ。表情の特訓もしないとね」
「できるか!!」
反射的に叫んだのはキース君でしたが、会長さんにジロリと睨まれ、ハッと姿勢を正しました。
「…い、いや…。やる。いえ、やらせて頂きます!」
「けっこう。ぼくに逆らったらいつでも君の大学に電話して特別講座の単位を貰ってあげるからね。そしたら二年生の秋には五分刈り、もしくはスポーツ刈り」
この脅し文句を会長さんが口にするのは何度目でしょうか。お蔭でキース君はみんなに遅れを取ることもなく、すっかり練習に馴染んでいます。今日も軽いティータイムが終わると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が金色のステッキを振り上げて…。
「それじゃいくよ! かみお~ん♪」
キラキラと青い光が飛び散り、男の子たちは華麗なドレスに変身です。そこですかさず会長さんが。
「みんな笑って! そう、もっと嬉しそうに微笑んで…そこでクルッと全員ターン!」
えっと。それなりに絵になってますけど、ヘアスタイルと合ってないのは致命的かもしれません。そこへ「そるじゃぁ・ぶるぅ」がステッキを振り、みんなの頭にティアラや花や可愛い帽子が…。うーん、これならいけるかも!
「いいだろう?」
会長さんがスウェナちゃんと私にウインクしました。
「本番でもこんな調子でいくのさ。ドレスに合わせてリボンなんかもチョイスしてある。最初は「えっ?」と思うようなドレス姿をなんとかするのが魔法使いの醍醐味だろうと思うんだよね」
いい出来だ、と満足そうな会長さん。男の子たちはドレス捌きと表情の猛特訓をされ、練習が終わる頃にはヘトヘトでした。それでも「そるじゃぁ・ぶるぅ」が用意した焼きそばを食べながら…。
「おい、ブルー」
キース君が会長さんを眺めます。
「後夜祭でフィシスさんと競うっていうのは本気なのか?」
「ああ、あれ? 本気だよ。ぼくが女子でも薔薇をくれる子たちがいるのか気になるじゃないか。アルトさんたちは確実だろうけど、他はどうかなぁ? フィシスに惨敗するのもいいよね」
楽しそうだし、と瞳を輝かせている会長さん。またまたロクでもないことを考えてなければいいんですけど…。

『そるじゃぁ・ぶるぅを応援する会』のファッションショーは学園祭初日の午後の一番目に決まっていました。本番を明日に控えて、ついに本物のドレスを着けての練習が…。本番ではステージに一人ずつ出るので、金色のステッキが振られる度に男の子たちが一人ずつ変身してゆきます。
「へえ…。キース、お前、なかなか似合ってるぜ」
「サムもけっこういいじゃないか」
舞台の袖と決められた場所に引っ込む度にお互いのドレスを批評してますが、みんなそれなりに似合っていました。ウォーキングもサマになっていますし、女装の奇天烈さもありません。おそらく髪のリボンや花が効果を上げているのでしょう。しかし全部のドレスが披露された後、会長さんは腕組みをして…。
「ちょっと衣装に負けてるかな。やっぱりメイクをした方がいい」
「「「メイク!?」」」
男の子たちの声が裏返る中、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が奥の部屋から運んできたのは立派なメイクボックスでした。会長さんは馴れた手つきで箱を開け、ジョミー君を手招きします。
「来てごらん。…ぼくがメイクしてもいいんだけれど、自分でやるのが一番だよね」
「…やだよ! なんでお化粧までしなきゃいけないのさ!」
「じゃあ、してあげようか? 師僧の仕事からは外れるけれど、可愛い弟子のためなら…ね」
「……弟子……」
それだけは嫌だぁぁ、と絶叫するジョミー君の手首を会長さんがグッと握った次の瞬間。
「「「???」」」
男の子たちが首を傾げて、すぐに全員が青ざめて…。
「こ、これは…メイクの手順なのか!?」
「どうしてそんなのが頭の中に…!」
「まさかブルーが情報を…」
パニックに陥ったみんなを会長さんは悠然と見回し、ジョミー君をスッと指差しました。
「ぼくが知ってるメイクのテクニックを、ジョミー経由でみんなに流した。流石はタイプ・ブルーだね。ぼく単独でやるよりもずっと簡単だった。…これで全員、自分でメイクが出来るだろ?」
まずは練習、と言われた男の子たちは鏡に向かって黙々とメイクを始めます。その背に向かって会長さんが「あまり濃くしすぎないように」とか「自然な仕上げになるように」とか注文を飛ばし、気付けばドレスの華やかさに負けていない顔が揃っていました。
「うん、仕上がりはバッチリだね。明日もこの調子で頑張ろう。照明と音響は職員さんたちが引き受けてくれたし、君たちはステージに集中していてくれればいい。みゆとスウェナは打ち合わせ通り、受注係だ。ぼくは司会をさせてもらうよ」
「「「司会!?」」」
「そう、司会」
ようやく明らかになった会長さんの役どころはただの司会でした。タキシードを着るとか言ってますけど、なんだかつまらないような…。絶対ドレスだと思ってたのに…。男の子たちも何か言いたいことがありそうでしたが、口にする勇気は無いようです。スウェナちゃんと私は制服ですし、ステージ以外は地味そうですね…。

いよいよ今日は学園祭。今年は男子も仮装している人が多くて賑やかです。1年A組の教室はお化け屋敷に変わってしまって大人気でしたが、私たちは朝から「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で最後の仕上げ。衣装をチェックし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が襞を整えたり、アイロンで皺を伸ばしたり。
「ドレスは着るまでここに置いておくから触らないでね」
最終チェックを終えたドレスを「そるじゃぁ・ぶるぅ」が奥の部屋へと運び込みます。それが終わるとみんなで早めの昼食を食べて、男の子たちはウォーミングアップに練習用のドレスでモデルウォークのおさらいをして…。
「それじゃ行こうか。そろそろ楽屋に入らないと」
会長さんが立ち上がり、私たちはファッションショーの舞台になる講堂に向かって出発しました。メイクボックスは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が抱えています。講堂の周囲には既にチラホラと人影があり、その手には会長さんがリオさんに作らせていたショーのチラシが。
「チラシと口コミだけだったけど、けっこう人が来ているね。受注します、っていうのが効いたかな」
会長さんは嬉しそうでしたが、男の子たちの表情は複雑でした。お客さんが多ければ多いほど、自分たちの生き恥を広範囲に晒してしまうのですから。楽屋入りした会長さんは黒のタキシードに着替えを済ませ、男の子たちは制服のまま。最初の変身は制服からドレスへ…というのが会長さんのコンセプトです。
「じゃあ、スウェナとみゆは客席を回ってくれるかな。はい、これが受注の申込書」
これまたリオさんに作らせたというアンケート用紙を兼ねた申込書を持って客席へ降りて行った私たちはビックリ仰天。閑古鳥どころか大勢の人が入っています。しかも生徒だけではなくて先生たちまで…!
「せっかくだからミシェルと来てみたのだよ」
最前列にグレイブ先生がミシェル先生と並んで座っていました。
「なんでも受注をしてくれるとか? ミシェル好みのドレスがあれば、ぜひとも注文したいのだが」
「…あの……受注は一名様限りの抽選で…」
「そうなんです。全部ぶるぅの手作りですから…」
「なるほど。では抽選に漏れた場合は個人的にお願いすることにしよう」
グレイブ先生は「うんうん」と勝手に頷き、二人分の申込書を受け取って一枚をミシェル先生に。これが呼び水になって申込書を欲しがる人があちこちで手を挙げ、スウェナちゃんも私も大忙しです。その間に客席は順調に埋まり、開幕前には立ち見まで出る有様でした。ジョミー君たち、可哀相かも…。それにしてもゼル先生やヒルマン先生までおいでになるとは、やっぱり見世物扱いですか?
「そるじゃぁ・ぶるぅを応援する会のファッションショーにようこそ!」
タキシード姿の会長さんが舞台に出ると、女の子たちの黄色い悲鳴が上がりました。
「今日のぶるぅは魔法使いです。女性の夢が溢れるドレスの世界に皆様をご案内いたしますので、お手持ちのアンケート用紙でドレスを採点して下さい。お名前を書いて下さった方の中から抽選で一名様にご希望のドレスをお作りさせて頂きます」
キャーッと大きな歓声が響き、みんなが名前を書き込んでいます。書いていないのは男子くらいなものでした。…そう、男子。相当な数の男子生徒がショーを見に来ているのです。ジョミー君たち、ますますもって気の毒な…。
「それではショーの始まりです!」
会長さんが舞台の袖に引っ込み、音楽が大音量で流れ出して「そるじゃぁ・ぶるぅ」が舞台の中央に登場しました。金色のステッキを持って御機嫌です。そこへ制服のジョミー君が颯爽と現れ、金色のステッキがサッと振られて…。
「「「おぉぉっ!!!」」」
ジョミー君は可憐なドレスに変身すると優雅にクルリと回ります。制服の間は「そるじゃぁ・ぶるぅ」がシールドで誤魔化していたメイクが一気に映えて効果抜群。続いてマツカ君が登場し、サム君、シロエ君、キース君…。
「ミシェル、今のドレスがいいのではないかね?」
グレイブ先生のお目に止まったドレスはキース君が着ていたスレンダーな紺色のドレスでした。大人っぽい雰囲気ながらも裾に華やかなフリルがあります。
「そうね、パーティーなんかに良さそうだわ」
微笑みながら頷くミシェル先生。この後もキース君が纏うドレスはもれなくミシェル先生とグレイブ先生のお気に入りに…。金色のステッキが振られる度に会場中が拍手喝采、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も舞台を跳ね回りながらサービスとばかりに花やキャンデーを客席に降らせて大活躍です。フィナーレはもちろんウェディング・ドレスで…。
「素敵!」
「ドレスも欲しいけど、こっちも欲しい~っ!」
花嫁姿の五人が舞台に揃った所で会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が中央に立って挨拶をすると、何故かアンコールがかかりました。ファッションショーにアンコールなんてありましたっけ? でも…舞台だからいいのかな?
「「「アンコール! アンコール!!」」」
拍手は鳴り止まず、このままでは終われそうもない雰囲気です。どうしましょう、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ったドレスは全部披露してしまったのに…。評判が良さそうだったドレスをもう一度出すってアリなんでしょうか?

アンコールを連呼するお客さんたちにジョミー君たちは舞台から引っ込むことが出来ませんでした。かといって困った顔も出来ずに笑顔でお辞儀を繰り返していますが、拍手は終わりそうになく…。と、会長さんが進み出てスッと優雅に一礼しました。たちまち客席が静かになります。
「皆様、本日は私たちのショーにお付き合い下さってありがとうございました。アンコールにお応えしまして、スペシャルなドレスを御披露させて頂きます」
え? スペシャルなドレスって? アンコール用に何か作ってあったのでしょうか。会長さんがジョミー君たちに目くばせすると、みんなは一瞬目を見開いて舞台の袖に消えました。どうやらジョミー君たちも知らない衣装があったようです。まあ…あれだけ練習してたんですから、初めてのドレスでも着こなせるとは思いますけど…。
「それでは皆様、ぶるぅの力作をじっくりとご覧下さいませ」
さっきまでの華やかな音楽とは違った、しっとりとしたスローテンポな曲が静かに流れ始めました。金色のステッキが振られ、舞台にヒラヒラと雪か花びらのようなものが舞い落ちてきます。会長さんはニッコリと笑い、舞台の袖に右手を向けて。
「さあ、本日のスペシャル・ゲスト、シャングリラ学園の教頭先生に盛大な拍手を!!」
え。なんですって!? 割れんばかりの拍手の中、教頭先生がスーツ姿で現れました。うわぁ…スペシャルなドレスって…よりにもよって教頭先生に着せるんですか! 去年の親睦ダンスパーティーで目にしたパッツンパッツンのウェディング・ドレスの悪夢再び…?
「かみお~ん♪」
金色のステッキが振られ、会場がどよめきに包まれます。た、確かに…これはスペシャルかも…。そこには教頭先生ではなく、素晴らしく背の高いゴツイ花魁が立っていました。簪が沢山ついた重そうな鬘に、見事な白塗りメイクまで。花魁独特の内八文字の足運びにしなやかな仕草、教頭先生、なりきってますよ!
「ぶるぅは和裁も得意です。この衣装もぶるぅが作りましたが、こちらの方はスペシャルですので受注の対象外とさせて頂きます。本日はありがとうございました!」
「かみお~ん♪ 注文、待ってるね!」
クルリと宙返りした「そるじゃぁ・ぶるぅ」が可愛い赤い着物に着替えて教頭先生の花魁を先導しながら舞台の袖に消えてゆきました。しゃなり、しゃなりと歩む教頭先生を見送りながら会場は拍手と笑いの渦で、会長さんが引っ込んで幕が降りてもお客さんたちは賑やかです。
「ブルーが独立すると言ってきた時は驚いたのだが、実に素晴らしいショーだった」
グレイブ先生が申込書を回収に行った私たちに微笑みかけました。
「あれだけウケれば上等だろう。…ドレスの受注もよろしく頼むと伝えてくれ。ミシェルが欲しいのはこれだそうだ」
「同じ黒髪だからかしら? キース君が着ていたドレスは全部とっても素敵だったわ」
選ぶのに迷ってしまったのよ、と褒めちぎっているミシェル先生。黒髪というならシロエ君もそうなんですが、シロエ君のは可愛いドレスが多かったせいか、大人の女性の魅力溢れるミシェル先生にはしっくりこなかったようでした。でも会場の評判は上々です。どのドレスにも多分沢山の申込みがあるんじゃないでしょうか…。

「かみお~ん♪ 大成功だったね、ファッションショー! お疲れ様~!」
講堂から「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に引き上げてくると、中華饅頭の山がありました。
「肉まんに餡まん、色々あるよ! 食堂の人に頼んで蒸しておいて貰ったんだ♪」
好きなだけ食べてね、と言われてメイクを落として制服に着替えたジョミー君たちが早速かぶりつきます。会場で回収してきた申込書の集計は会長さんがリオさんに丸投げしてしまったので、もうやることはありません。ゆっくり食べて遊んでいればいいわけですが…。
「おい。あんた、いつの間に教頭先生を巻き込んだんだ」
キース君の問いに、会長さんは悪戯っぽい笑みを浮かべました。
「いつって…最初からだけど?」
「「「最初!?」」」
「そう、最初。ぼくたちだけで劇をしようって決めた時から出演交渉してあったのさ。ハーレイには貸しがあったからねえ。…ほら、色々と差し入れをしていただろう?」
「差し入れって…。あんたが赤貧にしたんだろうが!」
どこが貸しだ、と叫ぶキース君でしたが、会長さんは意にも介さず平然と。
「それを言うならお互い様だよ。ぼくだって最初は純粋な気持ちで差し入れをしてあげたんだ。なのにラブレターなんか返してくるから、ちょっと応えてあげようかと…。それで一緒に劇に出たいかって聞いたら喜んでオッケーしたんだってば」
それは…きっと教頭先生、会長さんと同じ舞台に立ってみたかっただけなのでしょう。お稽古だって会長さんの側で出来ますし! みんなも同じことを言い、会長さんは頷いて。
「うん、そうだよ。だけど劇ではなくなっちゃったし…。でもね、ハーレイは満足してると思うんだ。花魁道中の歩き方を稽古するのに何度も家に呼んだから。…あの衣装だって、ぼくの家で着る練習をしてたのさ」
ついでにメイクの練習も、と楽しそうに笑う会長さん。教頭先生が私たちのショーに出ることは長老の先生方に会長さんが知らせに行って、シド先生やグレイブ先生たちにもアッという間に広まったそうです。…それでゼル先生やヒルマン先生が会場に来ていた理由が分かりました。野次馬です。
「…あんた、ホントに無茶苦茶やるな」
溜息をつくキース君。
「教頭先生のインパクトのお蔭で、俺たちはただのモデルになり下がったから良かったが…教頭先生は当分の間、笑い物になるんじゃないか?」
「笑い物でもいいと思うな。ハーレイが出てこなかったら君たち五人の印象だけが残ってたんだよ? ぼくの思い付きに感謝したまえ。それにハーレイには役得もあった」
「「「役得?」」」
「そう。ぼくの家に練習に来る時、エステもセットで頼んでたんだ。ぼくの身体をたっぷりマッサージするオマケ付き。食事もさせてあげてたし…食材も分けてあげてたし! 文句を言われる筋合いはないさ。花魁の仕草や歩き方まで立派に仕込んであげたんだ。いざとなったら大衆演劇で食べていけると思うけどな」
会長さんは花魁の演技をとある劇団の看板女形からサイオンでコピーしてきたそうです。でも花魁の演技だけが出来ても、お芝居の方が大根だったら役に立たないと思うのですが…。どちらかといえば宴会芸の部類に入ると思うんですが、バレエも踊れる教頭先生、今度は女形に挑戦ですか~?




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