シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
- 2012.01.17 絶賛修行中 第2話
- 2012.01.17 絶賛修行中 第1話
- 2012.01.17 月下仙境 第3話
- 2012.01.17 月下仙境 第2話
- 2012.01.17 月下仙境 第1話
別世界のシャングリラ号へ『ヘタレ直し』の修行に行った教頭先生。その甲斐あって、会長さんに瓜二つのソルジャーと疲れるまで大人の運動をして、ソルジャーは「壊れちゃいそうだ」と言ったきりベッドから出てこなかったと「ぶるぅ」が証言していったとか。何かといえば鼻血ばかりの教頭先生のヘタレ根性が、そんなに急に直るでしょうか?事の真偽を確かめるべく、私たちは教頭先生の家に来ていました。
「ハーレイの寝室は二階の端で、防音になっているんだよ。ぼくたちの声は聞こえないから安心して」
会長さんは合鍵で玄関を開け、私たちを招き入れると先に立って歩き出します。
「寝室を防音にしてある理由が笑えるんだ。ぼくと結婚すると、もれなくぶるぅがついて来るだろ?…子供のぶるぅに遠慮しないで大人の時間を過ごせるように、って配慮なのさ。捕らぬ狸の皮算用にも程があるよね」
「ねぇ、ブルー」
馴れた様子で廊下を歩く「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言いました。
「大人の時間とか、大人の運動とかって…どんなもの?…ぶるぅは恋をしたらできるよ、って言ってたし…。ぼくと恋をしようねって誘ってくれたし、ちょっと楽しみ」
「「「えぇぇっ!?」」」
とんでもない台詞に思わず叫んだ私たち。会長さんが「シッ」と人差し指を唇に押し当てて。
「聞かれる心配は無いと言ったけど、一応、忍び込んでる身だよ。もっと静かにしてくれないと」
「で、でも…」
有り得ないことを聞いちゃったし、と言い訳をするジョミー君。私たちもコクリと頷きます。
「気にしなくてもいいってば。あっちのぶるぅにブルーが言ったらしいんだ。…恋をするまで大人の時間も大人の運動もお預けだ、ってね。ませた子だけど理解しているわけじゃない。でなきゃ、ぶるぅを誘わないよ」
「だろうな」
キース君が幼児体型の「そるじゃぁ・ぶるぅ」を見下ろしました。
「まぁ、微笑ましい恋ができるかもしれん。運動したけりゃ公園もあるし」
「そっか、夜だから大人の運動なんだ」
納得した様子で呟く「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「公園って、夜は大人が多いよね。ぼくもぶるぅと恋をしようっと!…夜に遊んでる子供って誰もいないし、滑り台もブランコも二人で好きなだけ使えそう。くたくたに疲れちゃうまで遊ぶんだ♪」
大人の運動を勘違いしたようですけれど、誰も訂正しませんでした。子供にはこれで十分です。問題は教頭先生の方。本当にソルジャーと大人の運動を…?家の中は妙に静かで、人の気配もありません。
「食事もしてないみたいだね」
会長さんが勝手に冷蔵庫を開け、中身をチェックしています。
「帰ったら食べるつもりで置いといたのかな?…ご飯にトンカツ、どっちも今日のじゃなさそうだ」
「どれ、どれ?」
横から覗き込んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」が器にかけられたラップを外して検分して。
「うん、今日のご飯じゃないと思うよ。トンカツも揚げてから丸一日は経ってそう」
「なるほど。食事に降りてくる気も起こらないほど疲れ果てたっていうわけか…。そういう時こそ栄養を補給しないとダメなのにさ。この様子だとシャワーも浴びずに寝てるんだろうな」
なんだか会いたくなくなってきた、と額を押さえる会長さん。
「シャワーを浴びて帰ってきてると思いたいよ。そのまま帰ってきてベッドに潜ってるんなら最悪」
「だが、確かめに行くんだろう?」
キース君が言い、サム君は…。
「帰ろうぜ、ブルー。会いたくないなら会わずに帰るのが一番いいって!」
今なら十分引き返せるし、と会長さんの腕を引っ張りましたけど。
「…ううん、やっぱり確かめなくちゃ。ここまで疲れたっていうなら、なおのこと知っておかないと。ブルーとの間に何があったか、知らないままではいられないよ。…今後の対策を立てるためにもね」
溜息をついて階段に向かう会長さんの後ろに続く私たち。いよいよ教頭先生と御対面ということになりそうです。
階段を上ると廊下があって、突き当りの扉が寝室でした。会長さんは扉をじっと見つめて…。
「帰るなりベッドに潜り込んだっていうのは間違いないな。あれじゃスーツが台無しだ。今も布団にくるまって寝てる。…それじゃ行くから、万一の時はフォローを頼むよ」
サイオンで部屋を探って覚悟を決めた会長さんが扉の前で深呼吸してドアノブに手をかけました。鍵はかかっていなかったらしく、扉が静かに開きます。…どう見ても一人用には見えない大きなベッドの布団が盛り上がっていて、床にはスーツにワイシャツ、ネクタイや靴下が脱ぎ散らかされたままではありませんか。雨戸が閉まって薄暗い部屋の壁には会長さんのウェディング・ドレス姿の大きな写真が。
「ハーレイ!!」
会長さんが声を張り上げ、電灯のスイッチを入れました。パッと明るくなった部屋のベッドの上でモゾモゾと動く物体が…。
「来てあげたのに起きないのかい!?…朝だよ、ハーレイ!!」
「…うう……」
布団の頭の方が持ち上がり、寝ぼけ眼の教頭先生の顔が覗きます。髪の毛は乱れて寝癖まで…。会長さんは慎重に距離を取りながらベッドに近づき、バッと布団を剥ぎ取りました。白のランニングシャツと紅白縞のトランクスしか身に着けていない教頭先生がクシャクシャになったシーツの上に転がっている光景ときたら、憐れなような、間抜けなような。
「目が覚めた?…昨夜はお楽しみだったみたいだね」
会長さんの冷たい声と視線を浴びた教頭先生はサーッと青ざめ、大きな身体を縮こまらせて。
「……ブルー…。な、…なんでお前が…」
「言っておくけど、ぼくだけじゃないし。一人で来るほど馬鹿じゃないよ」
私たちの姿に気付いた教頭先生は慌てましたが、着る物は全て床の上。威厳も何もあったものではありません。
「す、すまん…こんな格好で。ちょっと待ってくれ、何か着るから」
「取り繕っても無駄だと思うな。…ハーレイが朝帰りして欠勤したのはバレてるんだ。あっちのぶるぅから全部聞いたよ。だからみんなを連れてきた。ぼくはあっちのブルーとは違う。ハーレイの相手をする気はないからね」
「………!!!」
教頭先生の顔が真っ赤になって、鼻を押さえたかと思ったら…ツーッと垂れたのは鼻血でした。えっと。真っ赤になるのは照れたということで通りますけど、鼻血って…。ソルジャーが壊れちゃいそうなほどやらかしたくせに鼻血だなんて、よほど鼻の血管が脆いのかな?
「……ハーレイ……?」
怪訝そうな顔の会長さん。教頭先生の方は気の毒なほど縮み上がってベッドの上で固まっています。ティッシュを取ることもできないらしく、押さえ切れなかった鼻血が白いランニングシャツにポタリと垂れて…。次の瞬間、会長さんがプッと吹き出し、おかしそうに笑い出しました。
「…そうか、そういうことなのか…。鼻血に阻まれちゃったんだ」
クックッと肩を震わせて笑い続ける会長さんと、ますます縮こまる教頭先生。いったい鼻血が何をしたと…?
「失神しちゃったんだよ、鼻血のせいで。…ハーレイの心を読んでみるかい?」
首を横に振る私たち。何が起こったか気にならないといえば嘘になりますが、朝帰りした教頭先生の心の中身を見たいとまでは思いません。どんな体験談が詰まっているのか分からないのに、ウッカリ覗いて後悔するのは御免です。
「…うーん、せっかく笑えるのに…。でも賢明な判断だとも言えるかな。今のハーレイは全く遮蔽が出来てないから、下手に読んだら君たちには刺激が強すぎるかも。まだ十八歳未満だしね」
「「「えぇぇっ!?」」」
それじゃ、やっぱり教頭先生はソルジャーを相手に頑張りまくっていたのでしょうか。十八歳未満お断りな中身が心の中にあるのだったら、そういう意味になりますし…。愕然とする私たちに、会長さんは笑いを堪えながら。
「違う、違う。…鼻血と十八歳未満お断りとは無関係だよ。密接に関係してると言えないこともないけれど」
鼻血を垂らして硬直している教頭先生を他所に、昨夜の顛末が語られ始めました。
「覗き見していたハーレイとぶるぅが見咎められた、ってことは話したよね。その後、ブルーがハーレイを誘ったんだ。修行に来たなら自分の相手をするように…って。ハーレイはヘタレを捻じ伏せてベッドに上がり、ブルーにのしかかったまではいいんだけれど、そこが限界。…ブルーの胸元に鼻血が垂れて、それを見て失神しちゃったのさ」
なんと!鼻血に阻まれたというのはソレでしたか。じゃあ、十八歳未満お断りとは?
「ぼくも見た瞬間は焦ったよ。本当にブルーとやっちゃったのか、って驚いた。ブルーを抱いてる記憶があって、しかも半端じゃないんだから。…でも、よく見たら変なんだよね。ブルーの反応がおかしいんだ。初心者相手というより、なんていうのかな…。いつもの相手としてるって感じ」
「「「???」」」
「つまり、向こうのハーレイ視点の記憶なんだ。失神したハーレイに呆れたブルーが流し込んだ偽の記憶だと思う。いくらブルーでも事の最中に相手の心は読めないだろうし、終わった後で記憶を読んで、それをハーレイに寸分違わずコピーしたのさ」
ひえぇぇ!それじゃ教頭先生の頭の中には、向こうのキャプテンがソルジャーと過ごした大人の時間の記憶がバッチリ植えられてしまっていると…。
「そういうこと。とても見事に刷り込まれてるし、記憶をしっかり正視しないと…ハーレイにも自分の記憶と全く区別がつかないだろうね。…そうだろう、ハーレイ?」
いきなり話を振られた教頭先生は飛び上がらんばかりに仰天すると、必死になって首を左右に振りました。
「嘘つき!!…勘違いしてパニックになって、今日は欠勤したんだろ?あっちのブルーを抱いた直後じゃ、ぼくの顔をまともに見られないもんね。で、真相に気付いた後はベッドの中で偽の記憶にドップリ浸っていたくせに」
会長さんは眉を吊り上げ、床に置かれていたクッションを掴むと、教頭先生の顔にボスッと投げつけて。
「ぼくが入ってきた時だってウトウトと夢を見てたんだろう?…記憶の中のブルーと思う存分やりまくる夢。ぼくのあんな姿が理想かと思うと、気持ち悪いったらありゃしない。ハーレイの変態!むっつりスケベ!!」
「ち、違う…!誤解だ、ブルー!」
「言い訳したって無駄だよ、ハーレイ。その記憶、最高なんだろう?…他人のだって分かってたって、しっかり根付いているんだからさ。ブルーがどんな声を上げたか、どんな身体をしていたか…自分が体験してきたようにハッキリ覚えている筈だ。極上のお宝を分けて貰えて幸せだよね」
赤い瞳に射すくめられて教頭先生は真っ青です。そして教頭先生の記憶を読んでしまった会長さんは、この上もなく不機嫌でした。実際には鼻血に阻まれて未遂に終わった『ヘタレ直し』の修行ですけど、教頭先生の頭の中に自分そっくりのソルジャーが抱かれる記憶が入っているのが不快だというわけでしょう。
「…本当に誤解だって言うんだったら、記憶を消去したっていいよね?…ブルーが流し込んだヤツなら、ぼくに消せないわけがない。それとも大事に持っているかい?…ぼくには決してしてあげられないサービスなんだし、記念に残しておきたいのなら無理に消すとは言わないけどさ」
記憶を消去すると迫られた教頭先生の顔は引き攣り、残してもいいと言われた途端に安堵の息が漏れました。分かりやすいのも、ここまでいけば天晴れです。三百年間も会長さんに片想いして、結婚したくて家族用の家や大きなベッドまで用意している教頭先生。その会長さんそっくりのソルジャー相手に「壊れちゃいそうだ」と言わせるほどの大人の運動をする記憶なんて、まさにお宝そのものですよね。
「…記憶を手放す気は無いっていうんだ?…だったら無理に消そうとすると弊害が出てしまうかもね」
会長さんは額を押さえて、大きな溜息をつきました。
「ぼくそっくりの顔と身体であんなことを…。ブルーの趣味は知っていたけど、現実を突きつけられると参っちゃうな。しかもハーレイに記憶を植え付けるなんて、どこまで悪戯好きなんだか…」
自分のことは棚に上げてしまっているようです。そもそも、会長さんが妙な悪戯を仕掛けなかったら、こんな事態に陥ったりはしないんですけど…言うだけ無駄というものでしょう。私たちは顔を見合わせ、苦笑するしかありませんでした。
「…仕方ない、記憶を消すのは諦めよう。その代わり…」
会長さんはベッドの上で動けないままの教頭先生をビシッと鋭く指差して。
「代償を払ってもらうからね。そう、その身体で支払うんだ。…いくら他人の記憶といっても、ブルーを抱いてきたんだろう?ぼくとブルーはそっくり同じだ。…ぼくの身体を好きにしたなら、ぼくに逆のことをされても文句は言えない立場だよねぇ?」
げげっ。代償って…身体で払えって、どういう意味!?…まさか会長さん、教頭先生を相手に大人の運動をしようというんじゃないでしょうね…?
「まずは準備をしなくっちゃ。…着替えてくるから、ハーレイが逃げ出さないよう見張っていて」
寝室を出て行こうとする会長さんをキース君が呼び止めました。
「ここで着替えればいいだろうが!何を着ようというのか知らんが、サイオンで着替えるのは得意なくせに」
「それじゃインパクトに欠けるんだ。ハーレイ、ちょっとバスルームを借りるからね!」
うっ、と呻いた教頭先生をサラッと無視して廊下に消える会長さん。何故に着替えにバスルーム…?私たちが首を捻っていると、教頭先生がベッドの上で縮こまりながら。
「…そ、そのぅ…シャツとズボンを着たいんだが…」
それくらいなら構わないかな、と誰もがチラッと思うより早く。
『却下!』
響いた思念は会長さんのものでした。
『そのままベッドにいるんだ、ハーレイ。…服を拾ってもらうのもダメ。自慢のトランクスを披露するチャンスなんだし、みんなにじっくり見せてあげれば?』
「「「……!!!」」」
青月印の紅白縞のトランクス。教頭先生は真っ赤になってランニングシャツの裾を引っ張り、少しでも隠そうと頑張っています。けれど隠せるわけがないので、滑稽というかなんというか。…お気の毒ですし、ここは目を逸らすのが礼儀っていうものでしょう。でも誰一人そうしないのは見張りを頼まれたからではなくて、野次馬根性のなせる業かも。だって滅多に見られませんよ、教頭先生のこんな惨めな格好なんて!
「ブルー、遅いなぁ…」
サム君が扉の方を眺めました。確かに時間が掛かりすぎです。サイオンを使えば一瞬のところを手作業で着替えているにしたって、なんだかちょっと遅すぎるような…。と、口を開いたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「あのね、ブルーは準備中。何をしてるかは言っちゃダメって」
「「「準備中!?」」」
「うん。もうすぐ終わるし、それまで秘密」
バスルームで着替えで準備中。いったいどういう意味なんでしょう?やがて扉がガチャリと開いて…。
「お待たせ、ハーレイ。…どう?宝物の記憶を再現したよ」
現れた会長さんが着込んでいたのはバスローブでした。肌はほんのり上気していて、どう見てもお風呂上がりです。
「ふふ、一人暮らしのくせに無駄に広いよね、バスルーム。ゆったり入れていいけどさ。…でも、ぼくと一緒に入る日のために広いバスタブにしたんだっけ。一人で使って悪かったかな?」
悪いなんて思ってないくせに、と心で突っ込む私たち。しかし教頭先生ときたら、お風呂までこだわって選んだんですか!こんな会長さんを相手に、どこまで夢を見ていたんだか…。その会長さんからはフワリと良い香りが漂ってきます。教頭先生が薔薇の香りのソープセットを使ってたなんて、意外と言うか何と言うか…。
「ほら、この香り、覚えてない?…あっちのブルーと同じ香りのシャンプーとボディーソープを使ってきた。ハーレイのヤツはオジサンっぽくて好みじゃないし、香りの記憶って大事だし。これでブルーと見分けがつかなくなったと思うんだけど、感想は?」
薔薇の香りは教頭先生の愛用品ではなかったようです。ホッとしましたけど、ソルジャーと見分けがつかない格好って?…しかもお風呂上がりでバスローブ。とてつもなく嫌な予感がします。会長さんは私たちの間を横切り、大きなベッドに近づいていくと、教頭先生の前に寝転がりました。ビクッと身体を竦ませる教頭先生に瞳を向けて…。
「見られてると欲情する。それもお前に見られていると特別に」
「「「!!!」」」
とんでもない台詞に呆然とする私たち。会長さんはクスッと笑って起き上がり、教頭先生に身体を寄せて首に抱きつくと「きて」と耳元で囁きます。教頭先生の顔が赤く染まって、またまた鼻血が…。会長さんは赤い瞳をキラキラさせて更に身体を擦り寄せました。
「で?…これから先はどうするんだっけ、ねえ、ハーレイ?…失神できないように意識をブロックしたし、後はやるしかないわけだけど」
えっ?や、やるって…この状況でいったい何を?赤い瞳が悪戯っぽく輝いています。
「そう、失神はさせないよ。1回イクまでどうにもならない。ぼくの暗示は強力だから。…この続きは?」
「……うう……」
教頭先生も真っ赤でしたが、私たちも同じでした。い、イクまでって…教頭先生がってコトですよね?いえ、会長さんの方だったとしても、見てなきゃいけないわけですか?…そうなるまで…?
「イッてもらうのはハーレイさ。…宝物の記憶どおりに実行できれば問題ないけど、ほら、このとおり全身硬直中。でも脳内では順調に記憶を再現しているんだ。…見てごらん」
ピョンとベッドから飛び降りた会長さんが指さしたのは紅白縞のトランクス。うわぁ、とんでもないことに…って、スウェナちゃんも私もお嫁入り前の女の子なのに…!!
「あ、ごめん。…女の子が二人もいたんだっけ。これじゃイクまでってわけにはいかないね…。うっかりしてた」
素直に謝った会長さんはニコッと天使の笑みを浮かべて。
「ハーレイ、この子たちに免じて許してあげる。…これで解消する筈だ」
宙にフッと現れた小さな瓶が教頭先生の手に渡されました。
怪訝そうな顔で小瓶を見つめる教頭先生。会長さんに「1回イクまでどうにもならない」状況に追い込まれちゃったわけですが…それを解消するアイテムって?見覚えがあるような気もするんですけど…。
「一息に飲めばいいんだよ。こういう時の特効薬さ。…ああ、手が震えて上手く開かない?」
会長さんが横から手を伸ばして蓋を開けると、教頭先生は一気に中身を飲み干しました。文字通り流し込むような勢いです。切羽詰まっていたのがバレバレですよね…って、あれ?今の小瓶に入った綺麗な色の薬は…ソルジャーからのお土産のハート型の箱に入ってたヤツなんじゃあ!?
「…それじゃ退散させてもらうよ。ん?…もしかして治まらない…?」
息遣いが荒くなった教頭先生をまじまじと眺めた会長さんは。
「ごめん、薬を間違えちゃった。…どうしよう…。あ、そうだ、これ!これを塗ったらスッキリするから!…でも女の子も混じっているし、ぼくたちが帰った後で塗るといい。多めに塗った方が効くのが早いよ」
はい、と綺麗な色の薬を渡す会長さん。今度こそ全員が薬の正体を見抜きましたが、驚きの声を上げるより早く青い光が私たちを取り巻いて…。
「帰るよ、ぶるぅ。ぼくたちの家まで全員で飛ぶから手伝って」
フワッと身体が浮き上がってしまい、着地したのは会長さんの家のリビングでした。私たちのカバンが置かれています。会長さんはスタスタと部屋を出て行き、バスローブから私服に着替えて戻ってきました。
「今、ハーレイが薬を塗ったよ。気持ちよくなる魔法の薬」
クックッと笑う会長さんはサイオンで覗き見しているようです。
「あの薬、効果絶大なんだよね。…ブルーが寄越すだけのことはある。ぼくの暗示も解かなかったし、かなり苦しくなるだろうけど…こういう時ってお医者さんを呼べばいいのかな?」
「「「お医者さん!?」」」
「うん。身体のトラブルは専門の人に一任するのがベストだろう?」
言うなり会長さんは電話機に向かい、パパッと素早く操作して。
「ああ、ノルディ?…ぼくだ。ハーレイの具合が悪いらしい。すぐに往診して欲しいんだけど」
「「「!!!」」」
首尾よく往診を頼んだ会長さんが電話を切ります。ドクターは大急ぎで教頭先生の家に向かうそうですが、催淫剤をダブルで使った教頭先生を治す方法なんてあるんでしょうか…?
「さあね。ノルディは百戦錬磨だからさ、状況は把握できると思うよ。後は二人の問題かな。…ノルディがボランティア精神を発揮してくれれば、ハーレイの回復も早いんじゃないかと思うけど」
「お、おい…」
キース君が震える声で。
「教頭先生をエロドクターの餌食にする気じゃないだろうな?…代償は身体で支払えとか言ってたが…」
「ぼくが代償に希望したのは薬を2つ使うこと。…持て余した熱を自分で何とかするか、ノルディの世話になって解決するかはハーレイ次第。…これも1つの修行だよ。ぼくは結果を見届けるけど、君たちはもう帰りたまえ」
遅くなるしね、と帰宅を促す会長さん。でも、ここで言われるままに帰っちゃったら、教頭先生はとんでもない目に遭ってしまうような気がします。会長さんが本気で教頭先生をドクターの餌食にするかどうかは分かりませんが、限りなくヤバイのは確かなような。私たち、いったいどうすれば…?
※この作品はアルト様の女性向け短編「絶賛修行中」とのコラボになります。
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シャングリラ学園は今日も平和な時間が流れています。ただ、今までと違うのは…たまに別世界からの来客があることでしょうか。キース君が持ち込んだ掛軸がきっかけで知り合った、別の世界のシャングリラ号に住む会長さんそっくりのソルジャーや「そるじゃぁ・ぶるぅ」そっくりの「ぶるぅ」がヒョッコリ遊びに来るんです。
「ブルー、昨夜はブルーを泊めてやったってホントかよ?」
サム君がいつもの「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で尋ねました。会長さんは授業に出なかったので、サム君は早く放課後にならないか…と一日中ソワソワしていたんです。
「うん、メールしたとおりだよ。時間が出来たとかで夕食前にフラッと来たから、ぶるぅと3人で食事して泊まっていってもらったんだけど」
「…そうか…。それで…その…」
言いにくそうに口ごもってしまうサム君。朝から様子が変ですけれど、ソルジャーが会長さんの家にお泊りすると何か問題があるのでしょうか?二人が入れ替わってしまう恐れが無いってことは既にハッキリしているのに…。
「ふふ、心配してくれてたんだ?…大丈夫、ブルーはぼくには興味ないから」
「「「えっ?」」」
意味不明な言葉に私たちは首を傾げましたが、サム君はホッと安堵の吐息をついています。今日はキース君はシロエ君やマツカ君と一緒に柔道部。ここにいるのはジョミー君とスウェナちゃん、それに私と少なめです。会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」が差し出す洋梨のタルトのお皿を受け取りながらクスッと小さく笑いました。
「サムはぼくが変なことをされていないか、気にしてくれていたんだよ。…ブルーにはあっちの趣味があるからね」
「「「!!!」」」
「だから何にもされてないって。…瓜二つっていうのも楽しいかもね、とは言われたけれど、それ以上は押してこなかったし…一緒に寝たけど平気だったし」
「ちょっ…。一緒に、って、ブルーの部屋で!?」
フォークを取り落としかけたサム君の慌てっぷりに、会長さんはおかしそうに。
「そうだよ。ベッドは1つしか無いし、もちろん二人で一緒に寝たさ。…ゆっくり話していたかったしね」
「ゲストルームならベッドが2つずつあるじゃねえか」
「…同じベッドだとダメなのかい?…フィシスだって使うベッドだよ」
「………!!!」
サム君はみるみる真っ赤になってしまいました。この純情さでは、会長さんとの初デートはまだまだ遠そうです。
「今ならサムと一緒に寝たって危ないことはなさそうだね。次の土曜日に泊まりに来る?」
「い、いや…。お、俺…」
「そういうところが好きなんだ。真面目で、安全」
会長さんはサム君の頬に軽くキスして、紅茶を一口飲みました。
「確かにサムよりブルーの方が危険と言えば危険かも。ぼくが女の子専門って知っているから、どうも興味があるらしくって。昨夜はぼくのキスが向こうのハーレイより上手いかどうか試してみたいな、なんて言ってたよ」
「ブルー!…なんで追い出さねえんだよ!」
「だって、あっちが女役ってわけだろう。…ぼくにその気は全くないし、間違いなんか起こらないさ」
「…あんたってヤツは…」
溜息をつくサム君の肩を会長さんが軽く叩いて「心配ないよ」と言っていますが、あのソルジャーなら何かのはずみで会長さんにキスするくらいは朝飯前かもしれません。たとえ冗談でも、瓜二つの人を相手に腕前を知りたいからキスしないかと持ちかけるなんて、どんな思考回路をしているんだか。軽い頭痛を覚えながらも昨夜の話を聞いていた所へ、部活を終えたキース君たちがやって来て…「そるじゃぁ・ぶるぅ」が焼きたてのピザを運んできました。えっと、とりあえず食べるのが先かな…?
運動してきた柔道部三人組のお相伴でピザも食べちゃった私たち。話題は自然と昨夜現れたというソルジャーの話に流れていって、会長さんが。
「そういえば、ハーレイなんだけど。…あっちの世界は恐ろしかった、って言ってる割に秘かに憧れているみたいだよ。あっちのハーレイはブルーとしっかり恋仲だから、それが羨ましいらしい。…この間、ちょっと用事があって教頭室に行ったんだ。そしたらボーッと窓の外を見てて、心の中身が零れ放題」
ぼくに気付くなり慌てて遮蔽したけれど、と会長さんは続けました。
「あっちのハーレイと一晩だけ入れ替わって過ごせたら…と凄い高望みをしていたよ。入れ替わってどうする気なんだろうね?…ぼくを抱こうとして挫折したくせに、ブルーの相手が出来るとでも?」
「…あんたが挫折させたんだろうが」
苦々しい顔のキース君。
「青の間の時は危なかったと俺は思うぞ。ぶるぅに妨害させてなければ、あのまま食われていたんじゃないか?」
「それは無理。…ハーレイの心を読んでいたんだ。あれがハーレイの限界だよ。ぶるぅが姿を現さなくても、鼻血を出してリタイヤするのは時間の問題」
なんといってもヘタレだから、と会長さんは過去の事例を並べ立てます。白ぴちアンダーで扇情的なポーズを取られて仮眠室に駆け込む羽目になったり、足つぼマッサージをしていて会長さんの艶っぽい声に煽り立てられてトイレに
立て籠もる結果になったり…。逃げ込んだ先で何をしてたかはバレバレですし、鼻血レベルの話ともなれば枚挙に暇がありません。
「だからハーレイがあっちの世界に行ったとしても、ブルーと…なんて夢のまた夢。三百年越しのヘタレが治るというなら別だけどね。…ん?これって、もしかして使えるかも…」
楽しいことを思いついたらしく、赤い瞳が悪戯っぽい光を湛えて。
「そうだ、ハーレイの夢を叶えてやろう。あっちの世界に送ってやって、修行をさせてやるんだよ」
「「「修行?」」」
「うん、修行。…お寺の修行なんかじゃなくて、ハーレイにはとても有意義なヤツ。ズバリ名づけてヘタレ直し!」
「「「ヘタレ直し!?」」」
話の見えない私たちですが、会長さんはノリノリでした。
「そう、ヘタレを直すために修行に行くのさ。…あっちのブルーとハーレイの夜をじっくり観察してもらう。目を逸らさずに頑張れたなら、少しはヘタレが直るかもね」
「それって、思い切り危ないじゃないか!」
サム君が会長さんの右手をギュッと掴みます。
「教頭先生が本気になったら、俺の力じゃ勝てっこないし…キースたちだって勝てないし!ヘタレが直って帰ってきたら、絶対すぐにブルーのこと…」
「攫って食べてしまうって?」
コクコクと頷くサム君の髪を会長さんはクシャッと撫でて。
「平気だってば。ハーレイのヘタレは、そう簡単には直りっこない。…修行は新手の悪戯なんだよ。ハーレイがどんな目に遭わされて帰ってくるか、考えただけで楽しいじゃないか」
三百年の経験に裏打ちされた会長さんの自信はケタ外れでした。おまけにタイプ・ブルーですから、心の動きの読み間違えなんて有り得ません。教頭先生は別の世界まで飛ばされた挙句にオモチャにされてしまうんでしょうか?
「…ぼくは表に出ない方がいいな。ハーレイに警戒されるし、ここはぶるぅに任せよう。…ぶるぅ、今度あっちのぶるぅが遊びに来たら、ハーレイを修行に連れてって欲しいと頼んでくれる?」
「いいけど、なんだかよく分からないや。ヘタレ直しって言えばいいの?…それでお話、通じるのかな?」
「ハーレイが一人前になるための修行なんだ、って言えばいいよ。鼻血を出さずにぼくの相手ができる身体にキッチリ仕込んでくれ、ってね。あのぶるぅには、それで通じる」
ぶるぅと違って余計なことに詳しいし、と意味深な笑みを浮かべる会長さん。そういえば「ぶるぅ」はおませな子供でした。きっと嬉々として修行のセッティングをしてくれるでしょう。それで、教頭先生は…?
「ぶるぅ、ハーレイの方も頼むよ。…いいかい、ハーレイの家に行ってこう言うんだ。…あっちの世界のハーレイはブルーと仲がいいって聞いたんだけど、ハーレイもブルーと仲良くしたい?…って。ハーレイは赤くなる筈だから、仲良くするコツを覚える修行をしてこないか、って勧めてごらん。あっちのぶるぅと話をしていて思い付いた、ってことにしてね。絶対に乗ってくる筈だ」
ぼくの名前は出さないこと、と会長さんは念を押しました。素直で無邪気な「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ笑顔で頷いています。大事な役目を任されたのがよほど嬉しいらしいのですが、意味は絶対分かっていません。次に「ぶるぅ」が遊びに来たら、恐ろしいプランが動き出します。二つの世界を跨ぐ会長さんの悪戯企画、教頭先生の『ヘタレ直し』が始動する日はすぐそこかも。私たちは頭を抱え、サム君はオロオロしていたのでした。
それから十日ほどが経ったある日の放課後。柔道部の部活が早く終わったので、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が焼いたシフォンケーキを食べながら賑やかにおしゃべりしていたのですが…。
「今日の部活は早かったね。ハーレイが出張にでも出かけたのかな?」
会長さんの問いに、マツカ君が。
「いえ、教頭先生は今日は急用だそうで…。朝練に顔を出された時には、今日の放課後は厳しく指導するから頑張れよ、っておっしゃっていたんですけれど」
「なるほど。…急用ね。休養の間違いじゃないかと思うんだけど。…休むって意味の方の休養」
「「「え?」」」
教頭先生が休養ですって?どこか具合が悪いのかも、と私たちは顔を見合わせました。
「だから文字通りの休養だよ。柔道部の部活も学校の用事も全部キャンセルして、非日常の世界でリフレッシュ。いや、まだ出発してはいないかな…」
ふふふ、と微笑む会長さんは何かを知っていそうです。非日常の世界でリフレッシュって、まさか…!でもでも、あれから「ぶるぅ」をの姿を見かけた覚えはないですし…。
「ぶるぅが君たちのいる時に来るとは限らないよ。ブルーだってそうだろう?ぼくがメールを送らなかったら、この間ぼくの家に泊まってたなんて知らずに終わっていたんじゃないかな」
「じゃ、じゃあ…もしかして…」
ジョミー君が口をパクパクとさせて「そるじゃぁ・ぶるぅ」を指差しました。
「あっちのぶるぅが遊びに来たわけ?…で、ぶるぅにあのとおり言わせたの?…あっちのぶるぅと教頭先生に…修行の話…」
「決まってるじゃないか。修行を思いついた次の日だったかな…。あっちのぶるぅが家に来たんだ。美味しいお菓子が食べたいな、って。だから、ぶるぅがキッチンに誘って、お菓子を作る間に頼んだらしい。オッケーが出たとぼくに報告してくれたから、その日の内にハーレイの家へ行かせたのさ」
得意そうな顔の会長さん。
「ハーレイはすぐに乗り気になったし、向こうの世界のぶるぅも頑張って下調べをしてくれたようだ。今日、君たちが授業を受けてる間に、ぶるぅが準備が出来たと迎えに来たから…教頭室に行くように言った。こっちのぶるぅにも様子を見に行かせたけど、ハーレイはいそいそと早退してったそうだよ」
もちろん「ぶるぅ」と一緒にね、と言って会長さんは優雅な仕草でティーカップを口に運びます。
「修行は夜にならないと無理だし、向こうのシャングリラの中を出歩くわけにもいかないし…。ぶるぅの部屋とやらでレクチャー中か、それともハーレイの家で腹ごしらえして、夜になってから出発か…。どっちにしても今夜はハーレイにとって忘れられない夜になると思うよ」
「…修行と言えば聞こえはいいが、とどのつまりは覗きじゃないか」
キース君の突っ込みに会長さんはニヤリと笑って。
「そういうこと。…まりぃ先生のイラストなんかじゃなくって、本物でしかも音声つき。ハーレイ、どこまで耐えられるかな?あ、ポケットティッシュを持つように根回しするのを忘れてた。シールドの中で見学なんだし、この前みたいにティッシュを分けてもらうわけにはいかないよねえ…」
「そっか、鼻血が出ないようにする修行だっけね」
頷いたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ティッシュが要るならぶるぅが用意してくれると思うよ。任せてね、って自信たっぷりだったもん」
「ライブラリで色々調べたって言ってたっけ。生中継が無いのが残念」
生中継って…!会長さんったら、覗きの現場を見物したかったらしいです。ソルジャーと向こうのキャプテンの夜を見てみたいのか、「ぶるぅ」と覗き見する教頭先生の反応が見たいのか…。後者の方だと思いたいですけど、好奇心旺盛な会長さんだけに、実は両方見たかったりして。
「とにかく明日には結果が分かるよ。放課後はみんなで教頭室に行ってインタビューだ」
明日は部活の無い日だし、と会長さんは上機嫌です。つまり私たちも巻き込まれるってことですね。とんでもない展開にならなければいいんですけれど…。覗きの感想をインタビューなんて、どう転んでも悪趣味ですよ!
翌日の放課後、私たちは戦々恐々として陰の生徒会室に出かけました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がアップルパイを出してくれますが、会長さんはソファに腰掛けて浮かない顔をしています。
「ブルー、具合でも悪いのか?」
サム君が隣に座って心配そうに覗き込むと、会長さんは「大丈夫」と微笑んで。
「ちょっとね、気がかりなことがあって。…ハーレイが欠勤してるんだよ。あっちのぶるぅが家に送ってくれたらしいんだけど、昨日の夜にいっぱい運動して疲れたっていうのが原因だって。帰るなりベッドに潜り込んだそうだ」
「…運動?」
眉を潜めるキース君。夜に運動って、もしかして…。
「大人の運動。ハーレイを送ってきたぶるぅはハッキリそう言った。自分も恋をしたらするんだ、とね」
「「「!!!!!」」」
目が点になった私たちに、会長さんはトドメの一言を付け加えました。
「あっちのブルーも今朝はベッドから出てこなかったらしい。おまけに壊れちゃいそうだと言ったんだってさ」
誰も言葉が出ませんでした。それって、修行が上手くいきすぎてヘタレが直ってしまった挙句に、教頭先生がソルジャー相手に頑張りまくったって意味なのでは…。
「真相はぼくにも分からないんだ。ぶるぅの思考を読もうとしたけど、何も見てないし聞いてないから無理だった。まだ大人じゃないからダメだと言われて防音土鍋の中にいたらしい」
「…ぶるぅはダメって…。シールドから出ちゃったってことですか?…ぶるぅも教頭先生も」
シロエ君の指摘に会長さんは大きな溜息をつきました。
「最初からシールドしなかったんだよ。その辺のことは読み取れた。…あっちのぶるぅは下調べして、見られていると燃えるという知識を仕入れてね…。ハーレイと二人でベッドの端から目から上だけを出して見ていたらしい」
そこを向こうのキャプテンに見咎められて、教頭先生は鼻血を出しつつ修行に来たことと目的を白状した…という所までは確かな事実。でもその後は謎なのです。鼻血を出してばかりの教頭先生が本当にあのソルジャーを…?
「ぼくだって信じたくないんだけれど、こんなお土産を貰ってはね…。ブルーからぼくへのプレゼントなんだ」
会長さんがテーブルの上に出してきたのはハート型の箱でした。蓋を開けて中身を1つずつ並べ始めます。どれも綺麗な色ですが…。
「これも、これも気持ちよくなる魔法の薬だそうだ。こっちは飲んで、こっちは塗る。それから…」
催淫剤以外の何物でもない薬の説明を終えた会長さんは「どう思う?」と困ったような顔で尋ねました。
「こんなお土産を寄越すってことは、ハーレイのヘタレが直ったから相手をしてやれって言ってるのかな?…ぼくは正気じゃ絶対にハーレイとなんか出来っこないし、薬を使えって意味なんだろうか…」
「なんでそこまでしなくちゃいけねえんだよ!?」
サム君が怒り出し、テーブルに並んだ小さな容器を次々と箱に戻します。
「ブルーがそうしたいならともかく、嫌なんだろ!?…嫌なのにこんな薬を使って教頭先生の相手をするなんて冗談じゃねえよ!教頭先生が我慢できないって言うんだったら、あっちのブルーに頼めばいいだろ!!」
箱に蓋をして忌々しそうに睨むサム君に、会長さんは柔らかな笑みを浮かべました。
「…ありがとう、サム…。そうだよね、ブルーに頼めばいいんだよね…。高くつくかもしれないけれど」
「あんたそっくりだし、ふっかけられるかもな」
キース君が頷いて。
「だが、ふっかけられようが借りができようが、教頭先生に食われるよりかはマシだろう?…大体、あんたが妙な悪戯を思い付いたのが元凶なんだし」
「…こうなるとは思わなかったんだ。あのハーレイが…ぼく相手でさえ本気になれない筋金入りのヘタレが、ぼくそっくりとはいえ赤の他人を…」
何度目か分からない溜息をついて、会長さんはすっかり冷めてしまった紅茶を一気に飲み干しました。
「ぶるぅの証言と、このお土産。ハーレイは限りなく黒に近いけど…。でも本人に確かめるまでは黒と決まったわけじゃない。…今からハーレイの家に行こうと思う。みんな、ついて来てくれるよね?」
「「「えぇっ!?」」」
「えぇっ、じゃないよ。…昨日の夜、運動しすぎて欠勤しているハーレイだよ?ぼくが一人で出かけていったら、修行の成果を発揮しようと襲ってくるかも…」
確かにそれは危険でした。サム君は会長さんが教頭先生に会うこと自体に反対でしたが、会わないと真相は闇の中だと言われて渋々承知し、私たちもボディーガードとして付き添うことに。
「いいか、俺の腕では勝てないぞ。…まずいと思ったら瞬間移動で逃げてくれ」
後は俺たちがなんとかする、とキース君が言っています。教頭先生は柔道十段の武道家だけに、会長さんを守り抜くのは至難の技かも。
「分かった。悪いけど、その時はお願いするよ。…ノルディと違ってテクニックは全然ダメだと思うし、振り切って逃げるくらいはできるだろうから」
会長さんが立ち上がり、私たちもカバンを持ちました。アップルパイのお皿は空ですけども、どこへ食べたのか全く記憶にありません。
「君たちのカバンは邪魔になるから、ぼくの家に送っておくよ。帰る時にまた取り寄せるから」
そう言って会長さんがカバンを移動させる間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「ちょっと待ってて」と大急ぎでお皿とカップを洗って片付け、トコトコと走って戻ってきました。
「ぼくも行く。…だって、修行を頼んじゃったの、ぼくなんだし…責任あるし!それにブルーと二人なら、みんなを瞬間移動でハーレイの家に送れるよ。玄関前でいいんだよね?」
今なら人がいないみたい、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は私たちを部屋の真ん中に立たせ、青い光が包み込んで…フッと身体が宙に浮きます。トン、と足が再び地に着くまでは一瞬でした。
初めて行った教頭先生の家は住宅街の中の庭付き一戸建て。ごくありふれた家ですけれど、向こうに見えるのは会長さんのマンションでは…。会長さんが二階建てが並んだ住宅街を指差して。
「この辺りはシャングリラ学園の関係者の家が多いんだ。あそこに見えるのがぼくの家」
瞬間移動で教頭先生の家の前庭に降りた私たちはキョロキョロと周囲を見回しました。門扉も開けずにいきなり庭に飛び込んでしまったわけですけども、警報が鳴り響くようでもありません。
「セキュリティは甘いよ、この家。盗られるような物も無いしね。…金庫の中身って、あの指輪しか無いんじゃないかな。給料の三ヶ月分だったとかいうルビーの…ぼくの婚約指輪」
「指輪を貰う羽目にならないように気をつけろよ」
キース君が言い、会長さんは「分かってる」と右手をキュッと握りました。
「この家、ハーレイが一人で住むには大きいだろ?…教頭だから大きい家を割り当てられてるわけじゃない。ぼくとぶるぅが引っ越してきても住めるように、っていうハーレイの希望と願望の結果」
ひえぇ!教頭先生ったら、ヘタレのくせに妙に手回しがいいようです。それとも夢見るタイプなのか…。
「夢に決まっているじゃないか。家の希望を聞かれた時に家族用って即答したんだ。家族のアテもないくせに…。いつも頑張って掃除してるよ、ぼくを迎える日のためにさ。本当にぼくと結婚したくてたまらないらしい」
家の中には宝物を隠してるしね、と会長さんは一階の窓を指差しました。
「あそこがハーレイの書斎なんだ。机の引き出しの中に、まりぃ先生のイラストのコピーが沢山入ってる。まりぃ先生ったら、プレゼントしては煽ってるのさ。…どんなイラストかは想像つくだろ?それを選んで寝室に持っていくのが秘かな楽しみ。ついでに言うと寝室の壁には写真が貼ってあるんだよ。ぼくのウェディング・ドレス姿の等身大の写真がね」
教頭室の戸棚に隠しているのと同じ写真を堂々と貼っているようです。その寝室にまりぃ先生の妄想イラストを持ち込んで…どうするのかは聞くだけ野暮というものでしょう。そこまで会長さんに惚れ込んでいる教頭先生が、昨夜、会長さんにそっくりのソルジャーを相手に積年の想いを遂げてしまったのか、違うのか。
「ハーレイったら、ぼくに合鍵までくれたんだ。…使う日が来るとは思わなかったな」
宙に取り出した銀色の鍵で玄関の扉を開ける会長さん。堂々と侵入しようというわけですが、寝室で寝ているらしい教頭先生に出会った瞬間、抱きすくめられてそのままベッドに…なんて事態になってしまうかもしれません。ソルジャーと熱い夜を過ごしたらしい教頭先生、ちゃんと理性が戻っていればいいんですけど…。
会長さんと教頭先生が「そるじゃぁ・ぶるぅ」そっくりの「ぶるぅ」に連れられ、別世界のシャングリラへと旅立った夜。私たちは家の窓から夜空に輝く満月を見てはメールをしたり、電話をしたり…と夜更かしをしていました。会長さんは「心配いらないから寝ているように」と言いましたけど、そんなのできっこありません。留守番をしている
「そるじゃぁ・ぶるぅ」が何度も思念を寄越します。
『まだ起きてるんだ。早く寝なさいってブルーが言ってたよ!』
『お前は心配じゃないのかよ!?』
あ、サム君だ。思念波ってこういう時には便利ですよね。
『ぼく、ブルーのこと信じてるもん。ブルーを連れてったぶるぅも悪い感じはしなかったもん』
お客様の「ぶるぅ」は会長さんの家で夕食を食べて帰っていったそうです。教頭先生も加えて二人も増えたので、朝から仕込んであったハヤシライスをアレンジしてドリア風に仕立てたんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はいつもと変わらない様子でした。お留守番をしている間ものんびり土鍋に入っているみたい。でも…そろそろ午前2時。会長さんたちが出かけてから4時間以上も経っています。
『徹夜になったらどうしよう?』
ジョミー君の思念がみんなに届きました。
『…授業はパスして、報告だけ聞きに行きませんか?』
答えてきたのはシロエ君です。
『どうせブルーは授業に出ないんですし、何時頃に登校するのかを聞いて、それに合わせて登校すればいいんですよ。ほら、ぼくたち特別生って出席日数は関係ないじゃないですか』
なるほど。それなら徹夜になっても大丈夫です。ゆっくり寝てから登校したって全然問題ありません。
『シロエ!学生の本分は勉強だぞ。俺は明日の講義をサボるつもりはないからな!』
『キース、お前って真面目すぎ』
サム君が混ぜっ返して私たちが笑っていると。
『ただいま。やっぱり夜更かししてたか…』
『『『ブルー!?』』』
『ハーレイを家に送って帰ってきたんだ。…その間にろくでもない相談をしているのが聞こえてきたよ』
ひぃぃぃ!学校をサボろうという話が筒抜けになっていたようです。会長さんがクックッと笑う気配が伝わってきて、それから穏やかな思念波が。
『こんなことだろうと思ったからね、ちゃんとハーレイに言ってある。君たちは明日は学校関係の行事で欠席だ。グレイブにはハーレイが伝えてくれるよ。…ぼくが出かけた世界の話が気になるんだろ?そんな状態で授業に出たって意味ないさ。ぼくの家へ話を聞きにおいで』
お昼ご飯を御馳走するよ、と言う会長さんの思念はとても落ち着いていて、私たちはホッと一安心。恐ろしい世界へ出かけたのだし…と心配でしたが、これなら普段どおりです。
『それじゃ、待ってるからお昼頃にね。キースの講義、明日は1限目だけだろう?』
『ああ。一般教養の哲学だけだ。他は休講になってるからな』
『サボらなくて済んでちょうどよかった。講義が終わったら直接おいで』
そんな会話の後、『おやすみ』という優しい思念が届いて、私たちは誘われるように眠りに落ちていきました。
ママに「遅刻するわよ!」と起こされた私は「今日は特別でお休みだから」と答えて寝なおし、十時前に起き出してスウェナちゃんたちと連絡を取ると、待ち合わせをして会長さんのマンションへ。キース君は先に来てバス停で待っていましたが…今日もカバンは重たそう。講義が1つしか無くても大量の本を持ち歩いているのは流石です。
「何事も無かったようで良かったぜ。もしもブルーに何かあったら、サムに絞め殺されるからな」
「分かってるじゃねえか、キース。…だけど話の中身によっては、殴られるくらいは覚悟しとけよ」
まだ何も無かったと決まったわけじゃないんだし、とサム君は少し不安そう。
「だって…相手はブルーだぜ?俺たちを安心させようとして平気なふりをしてみせるくらい、あいつならするさ。畜生、俺がついてってやりたかったのに。…そりゃさ…足手まといになるだけだけどさ…」
落ち込むサム君を励ましながら私たちはマンションに向かい、最上階の会長さんの家のチャイムを押しました。
「かみお~ん♪いらっしゃい!ブルーが心配かけてごめんね」
出迎えてくれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が笑顔でリビングに案内してくれます。会長さんはゆったりとソファに座って紅茶を飲んでいるところでした。カップをテーブルに置き、ニッコリ笑って。
「やあ。…ずいぶん心配してたようだけど、生憎ぼくはピンピンしてるよ」
「ブルー!」
サム君が飛び出していって会長さんを抱き締め、いつもの照れっぷりなど忘れたように肩口に顔を埋めています。
「よかった…。ブルー、元気そうでホントによかった…。無理してねぇよな?どこもケガとかしてねえよな?」
「うん。心配かけてごめんね、サム…」
会長さんはサム君の背に腕を回してあやすように撫で、そっと身体を離すと頬に軽く口付けました。たちまちサム君は真っ赤になって、我に返ってアタフタと…。
「ご、ごめん…。俺…。俺、つい夢中で…!」
「ううん、心配してくれて嬉しかった。それにね…ちょっと正気に返りたかったんだ」
「「「は?」」」
正気に返りたい、って…それで何故にサム君?ポカンとしている私たちを放って会長さんはサム君を隣に座らせ、肩にもたれて目を閉じています。サム君は緊張のあまりカチンコチンですが、会長さんの身にいったい何が…?
「……シャングリラにはね……」
瞳を閉じたまま会長さんは呟きました。
「…ぼくが行ったシャングリラには、君たちに似た人はいなかった。直接会ったのは、ぼくにそっくりのソルジャーと…ハーレイそっくりのキャプテンと。だけど、誰が乗っているのかは分かる。ここはあそことは違うんだ…って、サムの想いに触れると実感するんだ。…ぼくの恋人はハーレイじゃない。ぼくの一番はフィシスだけども、男の恋人がいるとしたら…サムだものね」
えっと。…要するに惚気たいんでしょうか?会長さんが出かけた先はSD体制とかいうモノが敷かれた恐ろしい世界だったと思うんですけど、怖いものを見すぎて壊れちゃったとか?…私たちにはサッパリです。
「ぼくがおかしくなったと思ってるんだ?…そうじゃないよ。ただ、ちょっと…怖くてたまらなくなって。一つ間違えたら、ぼくがあのシャングリラで生きる羽目になってたのかなって…そう思うととても怖いんだ。世界が違うって考えるより、身近な人間が全く違う…って確かめる方が安心できる。あの世界にサムはいなかった。だから…サムがいてくれるのが嬉しいんだよ」
会長さんはサム君に寄りかかったまま。サム君が恐る恐る肩に腕を回すと、甘えるように更に身体を寄せました。赤い瞳はまだ閉じているので、どう見ても恋人同士です。
「おい。…野暮を言って悪いが、あんたにはフィシスがいるんだろうが」
キース君の言葉に会長さんは目を開け、「ああ」とだけ言ってサム君の腕の中。
「今度ばかりはフィシスはちょっと…ね。昨日来たぶるぅが言ってたとおり、あっちの世界のブルー…ぼくそっくりのソルジャーの恋人はハーレイだった。他のシャングリラでもそうだ、と言ってた。ぼくたちはお互いの記憶を見せ合ったんだ。…あっちの世界のブルーの記憶は、恐ろしいなんてものじゃなかった…」
君たちにはとても見せられない、と会長さんは拳をギュッと握りました。
「過酷な人体実験のせいで子供の頃の記憶が無いんだ。自分自身も酷い目に遭って、大勢の仲間も失って…それでもソルジャーとしてテラへ…地球へ行こうという希望を持ち続けている。その人を支えているのがハーレイだった。あんな状況だものね…一人ぼっちじゃ辛すぎる。で、その人に訊かれたんだ。ぼくにとってもハーレイは大切な恋人なんだろう、って」
「…………」
誰もなんにも言えませんでした。激しい迫害を受け、逃亡の末にソルジャーになった人には確かに支えが必要でしょう。でも会長さんにはそういう過去は全く無くて、教頭先生は恋人どころかオモチャです。馬鹿正直にそう答えたかどうかはともかく、教頭先生に片想いされている事実を今は忘れていたいのかも。フィシスさんと幸せに暮らしていることにも負い目を感じていそうです。
「…ハーレイが恋人じゃないってことは正直に言ったよ。そしたら、あの人は笑ってた。ミュウと人類が共存できる世界もテラも手にしていたら、ハーレイっていう存在は重要じゃないのかもしれないね…って。そう、あの人は強いんだ。ぼくの世界を羨むどころか、そんな世界があるのなら自分たちの夢もいつか叶うかもしれないって…嬉しそうに微笑んでいたよ。ぼくには出来ない。絶対に出来ない…」
赤い瞳が揺れ、会長さんはサム君の腕に縋り付きました。
「ぼくはあの世界では生きられない。…でも、あの人が…あまりにもぼくに似すぎてて。何かのはずみで入れ替わってしまったら、と…そう思うととても怖いんだ。ぼくとあの人の本質が決定的に違うのは恋人が誰か、ということだけ。フィシスのことも話したけれど、世界が違うとそうなるかもね…と受け流された。あの世界にはフィシスはいなかったから。…サムが…ハーレイと張り合おうっていうサムがいてくれるのだけが大きく違う点なんだ」
「…ブルー…?」
サム君が躊躇いながら会長さんの背中に腕を回しましたが、会長さんは振り払おうとはしませんでした。
「ぼくの恋人はハーレイじゃなくてサムだよね?…フィシスには敵わなくても…いいんだよね?」
「そ、そりゃ…。ブルーがそうだって言ってくれるなら、俺は全然…」
「よかった。やっぱりここがぼくの世界だ。…ぼくがぼくでいられる世界だ…。少しだけ…サム、少しだけこうしてて。ほんの少しの間でいいから…」
瞳を閉じてサム君の胸に身体を預ける会長さん。普段なら冗談としか思えない光景ですが、どうやらそうではないようで。…「そるじゃぁ・ぶるぅ」が昼食が出来たと呼びに来るまで、会長さんはサム君の腕に抱かれてじっと動かなかったのでした。
昼食は大皿に盛られたパスタと6種類ものパスタソースが用意されていて、好きなのを何種類でも食べられるように取り皿も沢山。ボンゴレだのカルボナーラだのと食べ放題で、会長さんもさっきとは打って変わって元気そうです。サム君の隣に座ってバジルソースのパスタを食べながら…。
「みんなで食事が出来るのって嬉しいよね。…やっと帰ってきたって気がする。サムにもお礼を言わなくちゃ。ぼくを引き戻してくれてありがとう。サムが抱き締めてくれなかったら、今も不安なままだったかも」
「…そんなに怖い所だったのか…。俺、ついてってやれなくてごめん」
「ううん、怖い目に遭ったわけじゃないよ。怖かったのはあの世界と…あの人の記憶。それが無ければ特に問題は無かったんだ。だって歓迎してくれたし」
会長さんは「ぶるぅ」に案内された別世界での出来事を話し始めました。
「最初は唖然とされちゃったよ。ソルジャーやキャプテンの服を着ていないから、仮装なのかと思ったらしい。制服の方が普通でソルジャーの服が非日常だ、って言ったら興味津々で…。そこでぶるぅが言ったんだよね。ぼくとハーレイはテラに住んでて、ミュウなんて言葉は無いんだ、って」
サイオンを持つのに迫害されず、しかもテラに住んでいると聞いて「ぶるぅ」の世界のソルジャーとキャプテンは驚愕したそうです。二人とも会長さんと教頭先生に瓜二つで、シャングリラ号での二人の服とそっくり同じものを着ていたとか。会長さんたちが持って行った服を見せ、シャングリラ号の存在を告げると更に驚き、それからお互いの記憶を見せ合ったのだということでした。
「ああ、でも…あっちのハーレイは補聴器を着けてたよ。細かい部分は色々と違うんだろうけれど…シャングリラの構造もまるで同じさ。ぼくとハーレイは向こうの二人と青の間で話をしてたんだ。ぶるぅが色々こっちの世界のことをしゃべったら、あっちのブルーが子供みたいにはしゃいじゃって。だけどハーレイがぼくの恋人じゃないっていうのは信じられなかったみたいだよ」
本当に違うのか、と何度も念を押されたんだ、と会長さんは苦笑しています。
「だからハーレイが一方的に熱を上げてるだけなんだ…って言ったんだよね。そしたらハーレイが真っ赤になって…。場所が同じ青の間だったせいかな。春休みに青の間でぼくをベッドに押し倒した時の情けない記憶を思念でうっかり撒き散らしちゃった。…ブルーは笑い転げてしまうし、向こうのハーレイは気まずそうに横を向いちゃうし…」
ついでだから普段のヘタレっぷりを全部バラしてやった、と会長さんは得意げでした。教頭先生にはお気の毒としか言えませんけど、バラされちゃったその後は…?
「ぼくがハーレイをからかって遊んでるっていうのは凄く新鮮だったらしい。で、あっちのブルーも…あんな世界で生きてきたくせに、ノリのいいタイプだったんだ。ハーレイがぼくに三百年越しの片想いだって知って、いったい何をやったと思う?」
首を傾げる私たち。会長さんをして「ノリがいい」と言わしめる人の行動なんて当てられるわけがありません。
「…向こうのハーレイとの熱い抱擁。そして濃厚なキスと…甘い囁き」
げげっ。それって会長さんはともかく、教頭先生にはちょっと刺激が強すぎるんじゃあ…。
「ハーレイったら訪問先で鼻血を出してティッシュを貰う羽目になったよ。…ベッドインまで見ていけばいい、と言われたけれど、ハーレイが失血死したら困るし帰ってきた」
クスクスと思い出し笑いをする会長さん。えっと…とりあえず友好的に交流できたってことでいいんでしょうか。
「それでね。…ブルーがテラを見たいんだって。都合がついたら遊びに来たいって言ってたよ」
「「「えぇっ!?」」」
「どうぞって返事しておいたから、近い内に来ると思う。…何を御馳走しようかな?地球ならではの食べ物を用意したいよねえ…」
なんと、会長さんはこの世界での再会を約束してきたみたいです。サム君に縋り付くほど恐ろしい世界だったのは確かですけど、そこのシャングリラで暮らす人たちは怖くないっていうわけですか。…まぁ、あの掛軸は封印されたんですし、私たちが巻き添えを食らわないのなら、どうぞご自由に…。
「ブルー。その…。大丈夫なのか?」
口を挟んだのはサム君でした。
「怖かったんだろう、向こうの世界。うっかり招待したばっかりに、あっちのブルーと入れ替わってしまったらどうすんだよ?…いや、向こうは入れ替わりたいって思ってるかもしれないぜ」
「それは無いよ。あの人は、あの世界ですべき事があるって言っていた。それは自分にしかできないんだ、って。どんなに厳しくて辛い世界でも、あそこが自分の世界だから…って。なのにぼくときたら、みっともないね。入れ替わってしまったら、と想像するだけで怖くてサムにしがみついて…。そんなこと、あの人が許さないだろうに。もし何かのはずみで入れ替わっても自分の世界に帰っていって、ぼくを強制送還してしまうさ」
あの人は本物のソルジャーだから、と会長さんは静かな笑みを浮かべました。シャングリラしか居場所が無いミュウの長で文字通りの戦士だという別世界のソルジャーってどんな人なのでしょう?茶目っ気もあるようですし、いつか会ってみたいような気がしないでもありません。私たちは会長さんの土産話に耳を傾けながら、サボッてしまった学校の下校時刻を遥かに過ぎた夕方までマンションにお邪魔していたのでした。
そんなことがあった週の金曜日。キース君は午後から授業に来ていて、柔道部は今日は朝練だけ。私たちは珍しく7人揃って放課後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ入っていったのですが…。
「かみお~ん♪今日はザッハトルテなんだ」
生クリームを泡立てながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ顔。でもテーブルの上にザッハトルテは置かれておらず、代わりに貝殻が幾つも並べてあります。巻貝に二枚貝、小さな桜貝から宝貝まで。それを楽しそうに指先でつついているのは会長さん。その向かい側に座っているのも…会長さん。えぇっ、いったいどうなってるの!?
「こんにちは。…はじめまして、だよね」
貝殻を触っていた会長さんが軽く首を傾げた瞬間、私たちの頭を掠めたのは「ぶるぅ」。この人は掛軸から出てきた「ぶるぅ」と同じ世界から来た…ソルジャー・ブルー?
「うん。この前はぶるぅが驚かせちゃったみたいでごめん。今日はぶるぅは留守番なんだよ。向こうの世界で何かあったら、ぼくは帰らなくちゃならないから…連絡係に残してきた。貴重なタイプ・ブルーでもあるし」
会長さんそっくりのソルジャーは親しげに右手を差し出し、私たち全員と握手して。
「そうか、君がサムなんだね。…ブルーの恋人候補だって?恋人に昇格できるといいね。ハーレイの二の舞にならないように頑張って」
クスクスと笑う様子は会長さんと瓜二つです。恐ろしい世界で生きてきたというのに、この明るさは何なのでしょう?それだけ精神が強い人だってことなのかな…?
「言ったろう、ぼくよりも強い人だって。お昼前に突然ここに現れて…海が見たいって頼まれたんだ。ソルジャーの格好じゃ目立つから制服を貸して、ぶるぅも一緒にちょっと海まで行ってきた。貝殻はそこで拾ったんだよ」
会長さんが渡した箱にソルジャーは貝殻を1個ずつ大切そうに入れてゆきます。SD体制が敷かれた世界では地球は…テラは一旦死滅した世界で、選ばれた人しか住めないのだとか。海はテラの象徴みたいなもので、海の生物は憧れらしいんです。
「テラの海には沢山の貝がいるんだね。それに魚も。…いつか必ずテラに行ってみせる。この貝殻はそのお守り」
ふふ、と笑ったソルジャーに会長さんがウインクして。
「お守りだとか言っているけど、食べちゃったよね、サザエの壷焼き。あれも貝だよ?…美味しいって喜んでたお寿司のネタにも貝が色々あったっけ。赤貝にホタテ、アワビにトリガイ…」
「それとこれとは話が別。…だいたい君が言ったんじゃないか。テラに来たんなら海の食材を食べるべきだって」
「そうだっけね。お寿司が大丈夫だったんだし、次は活魚料理の店に踊り食いでも食べに行く?生きた海老とかをそのまま口に入れるんだけど」
お寿司も初めてだったらしい人にハードルの高そうな提案をする会長さんでしたが、ソルジャーは「面白そうだ」と微笑みました。
「…ぼくは食べるのが面倒で小食になりがちなんだけど…今日は思い切り食べたって気がするよ。こんな休日も悪くない」
そこへ「そるじゃぁ・ぶるぅ」がホイップクリームをたっぷり添えたザッハトルテのお皿を配り、ソルジャーは一口食べて嬉しそうに。
「美味しいね。ここのぶるぅは料理が上手で羨ましいな。ぼくのぶるぅは食べるの専門で、しかも大食い」
掛軸から飛び出してきた「ぶるぅ」は大食いで悪戯好きなのだ、とソルジャーは教えてくれました。こうして話していると、SD体制も成人検査も悪い冗談のように思えます。でも…本当のことなんですよね?会長さんの制服を着たソルジャーは私たちと普通におしゃべりをして、会長さんとふざけあって…アッという間に時間が過ぎて。
「もうシャングリラに帰らなきゃ。…夕方には戻るよってハーレイと約束してきたから」
立ち上がって奥の部屋に行ったソルジャーは、紫のマントが印象的な衣装に着替えて戻ってきました。貝殻を入れた箱を手に取り、部屋をぐるっと見回して。
「テラの海も、みんなと話すのも、食べるのも…楽しかったよ。ありがとう。また、ぶるぅが遊びに来たらよろしくね。ぼくも…いつか機会があれば…」
シャングリラをそう簡単に離れるわけにはいかないから、と言うソルジャーに会長さんが小さな箱を差し出して。
「そんなことじゃないかと思った。…ソルジャーだものね。だけど、出会ってしまったから…知らなかった頃のようにはいかない。また来て欲しいし、そうなるように…そして君がテラに行けるように祈ってる。開けてみて。これはぼくから贈るお守り」
「………?」
私たちが注目する中、ソルジャーが開けた箱の中には血のように赤い石が1つ入っていました。ソルジャーの襟元の赤い石と同じ大きさに見える真紅の石。
「珊瑚だよ。綺麗な海でしか育たない海の生き物。ほら、こんな姿。…知らないかな?」
会長さんが思念で情報を送ったらしく、ソルジャーは頷いて赤い珊瑚に視線を落とすと…。
「ぼくの世界では人工の水槽の中で育つものだ。…これは海で育った珊瑚なのか?」
「うん。養殖はしていない。君がここへ来たいと言った時、海を見たいと思っているのが分かったから…帰ってきてすぐに用意したんだ。ぼくの世界では珊瑚は幸運のお守りで、魔よけ。テラの海で育った珊瑚だからね、きっとテラへと導いてくれる。襟元の石と取り替えてもいいし、持っていてくれるだけでもいいよ」
真紅の珊瑚に会長さんがそっと手を触れ、青いサイオンでほんの一瞬、包み込んで。
「これがテラへの道しるべになるように…って祈っておいた。だからこの世界のテラにも、きっと来られる。せっかく会えたんだし、何度でも…君が飽きるまで何度でも遊びに来ればいい。そうだろう?」
「…そうだね。ぼくも本当は何度だってここに来たいんだ。ありがとう…大切にするよ、テラの珊瑚」
もったいなくて使えないかもしれないけれど、と小さく笑ったソルジャーは私たちに別れを告げてフッと姿を消しました。別の世界へ帰ったのです。「ぶるぅ」が天国のようだと喜んだ私たちの世界でほんの半日の休暇を過ごして、またソルジャーとして生きてゆくために。
「…行っちゃったね…」
ポツリと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が呟き、キース君が。
「俺があの掛軸を持ち込まなければ、あの人はこんな世界を知らずに生きていけたんだよな。…くそっ、世の中には知らない方が幸せなことが沢山あるっていうのに、よりにもよって天国と地獄みたいな差を見せちまうなんて…」
「いいんだよ、キース。あの人はこの世界を知って希望が持てたと言っていたから。こんな世界に辿り着けるよう、その日まで頑張って生き抜くんだ…って。あの掛軸に力づけられたのさ」
憧れていた理想の世界を見たんだしね、と会長さん。掛軸に描かれた『月下仙境』から繋がった別の世界は思いも寄らない恐ろしい所で、私たちの世界の方が仙境の名に相応しくて。ミュウの未来を背負うソルジャーや、ソルジャーの友達を捜しているという「ぶるぅ」にまた会える日が来るでしょうか?…この世界で安らいで貰えるのなら何度でも遊びに来て欲しい…と私たちはソルジャーが消えた辺りを見つめて願わずにはいられませんでした。いつかまた、笑顔で再会できますように。待ってますからね、「ぶるぅ」、そしてソルジャー・ブルー…。
別世界から来た「そるじゃぁ・ぶるぅ」そっくりの「ぶるぅ」の意識はなかなか戻りませんでした。私たちの住んでいる世界がよほど驚きだったのでしょう。サイオンを持つ人間がミュウと呼ばれて迫害される世界のシャングリラから来たお客様。理由は聞けませんでしたけど、そこではミュウは地球へ行きたいと願っているようです。会長さんがソファの横に座り、おしぼりの上から「ぶるぅ」の額に手を当てて。
「うん、今なら遮蔽されてない。どんな世界から来たのか探ってみよう」
「やめとけよ!」
止めに入ったのはサム君でした。
「ぶるぅにそっくりだけど、妖怪が化けてるのかもしれないぜ?あんたの力を弾くくらいだし、何もしないで放っておいて、目が覚めたら帰ってもらった方が…」
「その心配は要らないよ、サム。みんなには分からないだろうけど、ぼくとぶるぅにはサイオンパターンで分かる。ここに寝てるのは、ぶるぅと全く同じものだ。…住んでる世界が違うだけさ。ぼくやハーレイもいるって言ったし、どんな所か知りたいんだ。…っと、その前に掛軸の始末をつけておかなくちゃ」
お客様の意識が戻るまでには時間がかかりそうだから、と言った会長さんは奥の部屋から立派な硯箱を持ってきました。教頭先生の所へトランクスを熨斗袋に入れて届ける時に使っていた硯や筆が入っています。
「お札でも書いてくれるのか?」
キース君が興味津々で覗き込む中、会長さんが宙に手を伸ばすとフワリと水の玉が現れて…。
「本山の奥の院から貰ったよ。君も知ってるだろ、明星の井戸」
「おい!あそこは確か立ち入り禁止の…」
「ごく限られた高僧以外、ね。ぼくは入ってもいいんだよ?…これは瞬間移動で手に入れたけど、桶を持って行けば自由に汲ませて貰えるんだ」
そう言って会長さんは水の玉を宙に浮べたまま、硯箱から新品のような細い筆を出して水の玉で先を濡らしました。
「キース、ちょっと掛軸を持ち上げてくれるかな?…そう、それでいい。そのまま持ってて」
会長さんの身体が青いサイオンの光に包まれ、筆の先も青白く光り始めます。掛軸は会長さんから見えているのは裏側ですが、いったい何を…と思う間もなく、そこに青白い不思議な文字がサラサラと書かれ、軸に吸い込まれていったのでした。掛軸には何の跡も残らず、会長さんを包むサイオンの光も消えて…。
「はい、おしまい。…もう乾いてるし、片付けていいよ。時空の歪みはもう起こらない」
水の玉がパチンと割れて消え失せ、細かな霧が立ち昇ったのをキース君が慌てて追いかけます。霧を掴もうとしているんですが、間に合うわけがありません。キース君はガックリと肩を落としてしまいました。
「もったいないことをしやがって…。消すくらいなら俺にくれれば、持って帰って御本尊様にお供えしたのに」
「頑張って修行するんだね。いつか自分で汲ませて貰えばいいじゃないか」
クスクス笑いながら会長さんは筆を箱に戻して、蓋をして。
「サイオンだけでも封じられるけど、高僧として頼まれた以上、それなりのことをしなくっちゃ。明星の井戸の霊水で書いた光明真言があれば十分だろ?…お父さんも安心できると思うよ」
「明星の井戸って聞いたら親父が腰を抜かすかもな。あんた、どれだけ奥が深いんだ?」
「さぁね。…とにかく、掛軸の方は一件落着。次はこっちのお客様だ。気絶してる間に調べないと」
硯箱を片付けてきた会長さんはソファの横に腰を下ろしました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のソックリさんが住んでいる世界って、どんなのでしょう?遊び歩いているという他の世界のシャングリラのことも分かるのかな…。
会長さんが「ぶるぅ」の心を探ろうと手を伸ばした時、「う~ん…」と小さな呻き声がして。
「あれ?…ブルー…?」
お客様がぽっかりと目を覚ましました。
「変な服着てどうしたの?何か楽しいこと、思い付いたの?」
「ぶるぅ、落ち着いてよく聞いて。ぼくは君のブルーじゃないよ」
「えっ?…えぇっ!?…や、やっぱり、ぼく…死んじゃったんだぁ~!!」
一気に記憶が蘇ったらしい「ぶるぅ」はパニックに陥りそうになったのですが、それを止めたのは会長さんが差し出したレモンパイのお皿でした。
「はい、食べてごらん。美味しいよ。…死んじゃったんなら食べられないと思うんだよね。仏様は実物を召し上がるわけじゃないんだし」
「…ほとけさま…?」
「あ、ごめん、ごめん。君の世界には無い言葉かな?…死んじゃった人のことを言うのさ。死んだ人にお菓子をあげてもお菓子そのものは消滅しない。死んだ人が食べるお菓子は目に見えるお菓子とは別なんだ。ここは生きた人間の世界だから…君が食べればお菓子はちゃんと消えてしまうよ」
「…ほんと…?」
レモンパイを見つめる「ぶるぅ」に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「それ、ぼくが焼いたレモンパイなんだ。大丈夫だよ、ぼくもブルーも生きた人間だし」
「そうなの?…じゃあ…」
いただきまぁ~す、とレモンパイに齧り付いた「ぶるぅ」は「美味しい!」と顔を輝かせてペロリと食べてしまいました。お皿まで舐めそうな勢いです。
「良かった、ちゃんと食べられたぁ!…ここ、天国じゃないんだね。ミュウと人間が一緒に住んでて、おまけにテラで…。まるで天国みたいだけど。それに、ぼくはお料理できないのに…君はお料理できるんだ」
「ぶるぅは家事が得意なんだよ。ぼくの代わりに掃除も洗濯も全部やってくれてる」
「凄いや…。あ、でも、ブルーはそういうの出来ないんだね?おんなじだぁ!…ぼくが住んでる世界のブルーもお掃除とか全然できないし」
ニコニコと笑う「ぶるぅ」に会長さんは溜息をついて。
「あのね。ぼくは一応、家事全般は出来るんだ。ただ、ぶるぅの方が腕が良くて家事が好きだから任せてるだけ」
「そうなんだ…。あ、ここが別の世界だってハッキリしたからお願いしなくちゃ。ブルー、ぼくと一緒に来てくれる?…新しいシャングリラが見つかったら、そこの世界のブルーに会いたい…ってブルーがいつも言ってるもん」
「えっ…」
驚いている会長さんに「ぶるぅ」が右手を差し出します。
「ね、ぼくの世界のブルーに会ってよ。美味しいお菓子のおかげで元気いっぱいだし、今ならすぐに飛べるから」
「ちょ、ちょっと待って。…君がどんな世界から来たのか、それを聞かせて貰わないと。なんだか大変な世界みたいだし、知っておいた方が良さそうだ。思念波で教えてくれると助かる。この子たちにもついでに伝えて貰えるかな?ぼくの大事な仲間だしね」
「ふぅん…?」
お客様は私たちをグルッと見渡し、不思議そうに首を傾げました。
「見たことのない顔ばっかり。どこのシャングリラでも似た人がいる筈なんだけど…。ミュウって言葉が無い世界だと、うんと変わってくるのかなぁ?」
まぁいいや、と呟いた「ぶるぅ」。
「ぼくが住んでる世界がどんな所か、それを伝えればいいんだね。みんな、ぼくと思念の波長を合わせて」
えっと。…波長を合わせる?どうやって…?あいにくサイオンに目覚めて間もない私たちには方法が分かりませんでした。戸惑っているのに気付いた会長さんが。
「ぶるぅ、この子たちはサイオンに馴染みが薄いんだ。ぼくが君に波長を合わせて、後はこっちのぶるぅから皆に中継してもらおう」
そういうわけで私たちは目を瞑っていればいいだけになりました。ソファに座って、出来るだけ心を空っぽにして「そるじゃぁ・ぶるぅ」から送られてくる思念を受ければ会長さんが得たのと同じ知識を共有できるというわけです。
サイオンを持つ人間が追われるという別世界の情報だけに、多少のショックはあるだろうと思いましたが…。
「なんだよ、あれ!…お前、あんな世界から来たのかよ!?」
サム君が握り締めた拳をワナワナと震わせ、会長さんは重苦しい表情で瞳を閉じてソファに沈み込んでいます。私たちが知った「ぶるぅ」の世界は想像を遥かに超えた場所でした。
「地球が荒廃した後の遠い未来…か」
キース君が左手首の数珠レットの玉を数えながら呟きました。心の中でお経を唱えているのでしょう。
「SD体制に成人検査。マザーシステム。…俺たちミュウは追われるだけじゃなかったのか…」
伝わってきた知識の中にはミュウが実験体として扱われた時代の情報があり、初代のミュウを小さな星ごと殲滅しようとした凄まじい惨劇の光景が。その時、脱出に使った船を改造したのがシャングリラ号らしいです。キース君が数珠レットの玉を数えているのは、惨殺されたミュウの為にお経を唱えているのに違いありません。
「どうしたの?…みんな顔が真っ青だよ」
無邪気な声で言った「ぶるぅ」が首を傾げて「そるじゃぁ・ぶるぅ」に近づきました。
「ねぇねぇ、なんで固まってるの?…ぼく、何か変なこと教えちゃった?」
「…えっと…。そうじゃなくて、えっと…」
困った顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が会長さんに視線を向けます。会長さんは深い溜息をついてソファから身体を起こしました。
「…君のせいじゃないよ。どちらかといえば、ぼくたちのせいだ。…ここにはSD体制も成人検査も存在しない。もちろんアルタミラの大虐殺もね。君の世界と、ぼくたちの世界は違いすぎる。埋めようのない大きな溝が間にあって、ぼくたちは不幸を知らずに生きてきた側。…そう思うと自分が許せなくなってくるんだよ」
会長さんの言葉通りでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のソックリさんがいて、会長さんと瓜二つな人もいるという世界なのに中身は全くの別物で…シャングリラ学園で遊び暮らしてきた自分のことを振り返ってみると落ち込みそうになるんです。
「ぼくは確かにソルジャーだけど、君のブルーと違って名前だけだ。好き勝手に遊んで生きてきたし、これからも多分そうだと思う。…だから、君のブルーには会えないよ。きっと傷付けてしまうだろうから。ごらん、これがぼくの住んでる世界だ」
そう言って会長さんは「ぶるぅ」の手を取り、今度は私たちの世界の情報が伝達されて…。
「うわぁ、ホントに天国みたい!」
感嘆の声を上げた「ぶるぅ」が会長さんの手を両手で握って、嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねました。
「怖いことはなんにも無くて、おまけにテラで。ぼく、この世界、気に入っちゃった。ブルーも絶対、喜ぶと思う。ね、シャングリラに来てブルーに会ってよ。そしたら次から此処へ遊びに来られるんだ。でも、ブルーを連れて帰れなかったら…二度と此処へは来られないかも…」
「…叱られちゃうのかい?」
「うん。ぼくが遊びに行けるシャングリラはブルーが知ってる所だけ。…初めての所へ行った時にはそこのブルーを連れて帰って、どんなブルーがいる世界なのか、知って貰わないとダメなんだよね。…お願い、ぼくと一緒に来てよ。ぼく、また此処に遊びに来たい!」
シャングリラの中しか居場所が無いという恐ろしい世界から来た「ぶるぅ」。私たちの世界が気に入らないわけがありません。おまけに憧れの星、テラが足元にあるんですから。
「ブルー、一緒に行ってあげてよ。ぼく、ぶるぅの気持ちが分かるもん。もしも逆だったら、ぼく、ブルーに断られちゃったら泣いちゃうもん…」
お願い、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がピョコンと頭を下げました。
「ブルーが一人で行くの嫌なら、ぼく、ついて行くよ。二人なら知らない世界でも平気でしょ?」
「…二人なら…か。それならいいかな」
会長さんが頷き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコッと笑ったのですが。
「あ…。えっとね、二人でもいいんだけど…二人目はブルーが決めちゃってて…」
私たちの顔を順番に眺め、「ぶるぅ」は首を捻っています。
「でも、この中には入ってないし…。もしかして凄く忙しいのかな?だったら、もう一人のぼくでもいいのかも…」
「決めちゃってるって…。誰だい、それは?」
興味を持ったらしい会長さんが「ぶるぅ」に向かって尋ねました。
「その様子だと、さっき教えた知識の中に入ってた誰かなんだろう?名前を教えてくれるかな」
「名前?…えっとね、ウィリアム。…ウィリアム・ハーレイ」
「ハーレイ?」
「うん!」
なんと「ぶるぅ」の世界のソルジャー・ブルーは教頭先生を御指名らしいです。やっぱりシャングリラのキャプテンだからだろう、と納得した時、「ぶるぅ」が高らかに言い放ちました。
「だって何処のシャングリラでも、ブルーにはハーレイって決まってるもん!!」
「「「は?」」」
ブルーには…ハーレイ…?それって一体、どういう意味…?まさか、まさかとは思いますが…教頭先生が会長さんに御執心なのと同じで、何処のシャングリラでもハーレイと呼ばれる人はソルジャー・ブルーにベタ惚れだとか?
とてつもなく嫌な予感がする中、口を開いたのは会長さんでした。
「ぶるぅ。君のブルーがハーレイを指名してるというのは何故なんだい?…ブルーにはハーレイ、って言葉が引っかかるんだけども」
「キャプテンだからだよ。それにブルーの恋人だしね」
「「「えぇぇっ!?」」」
私たちの悲鳴と会長さんの呻き声が重なり、会長さんはしばらくテーブルに突っ伏していましたが…。
「…ハーレイがぼくの恋人だって?…君が知ってるシャングリラは全部、ぼくとハーレイが恋人同士…?」
「うん!だからブルーは二人目を連れてくるならハーレイを、って言うんだよ」
得意そうに胸を張って「ぶるぅ」は説明を始めました。
「あのね、ブルーだけでも楽しくお話してるけど…ハーレイも一緒だともっと盛り上がるらしいんだ。仲良くなると夜に二人で遊びに来てるよ。ぼくは先に寝なさいって言われちゃうから土鍋に入っちゃうけどね。大人のお話の時間なんだってさ」
え。恋人同士の二人が遊びに来て…訪問先のカップルと一緒に大人のお話?それって、もしや…。
「ぼくの寝床は防音土鍋だから何も聞こえないし、お話の中身は知らないよ。でも、ブルー、なんて言ってたっけ…。そうそう、マンネリになりがちだから、情報交換する貴重な機会だって喜んでる」
げげっ。やはり猥談というヤツですか!会長さんは頭を抱えてしまい、「ぶるぅ」はキョトンとしています。
「どうしたの?…あ、そういえば恥ずかしがる人もいるからね、ってブルーに言われてたんだっけ。えっとね、最初から大人のお話するわけじゃないよ?今日は挨拶だけでいいと思うな」
「…そうじゃなくて…。ハーレイはぼくの恋人じゃない。ハーレイはぼくが好きらしいけど、ぼくが好きなのは…」
女の子なんだ、と会長さんが言い終える前に。
「俺、俺!…一応、俺が恋人候補!!」
サム君が勢いよく名乗りを上げて会長さんの隣に移動し、ストンとソファに腰掛けました。
「ブルーの一番はフィシスっていう女の子で、他にもアルトさんとrさんがいるんだけどさ。俺、こないだブルーに公認だよって言って貰ったし、これから頑張ってデートに誘えるようにするんだ。なぁ、ブルー?」
「うん。もちろんサムも好きだよ。でも、まだキスもしてないし…」
頑張らなきゃね、と会長さんに微笑まれてサム君の顔は真っ赤です。「ぶるぅ」はまん丸な目をして会長さんとサム君を見比べ、それから「うーん…」と考え込んで。
「えっと、えっと。ブルーの恋人はサムって人なの?…だけど一番は女の人って…。なんか変!」
「こいつは女好きなんだ」
割り込んだのはキース君でした。
「男には全く興味が無い。サムはブルーに惚れて告白したから恋人候補ってことになってるが、恋人になれるかどうかは果てしなく謎だ。なにしろ教頭先生…いや、お前の言うハーレイときたら、三百年以上もブルーに惚れているのに、ヘタレっぷりをからかわれるばかりで一向に進展しないんだからな」
「えぇっ、やっぱり変だよ、この世界!…ぼくの世界のハーレイもブルーにヘタレだって言われてるけど、ちゃんと恋人同士だもん。…間違った軌道は修正しなきゃ。そう思わない?…ねぇ、ぶるぅ?」
「えっ…」
いきなり話を振られて言葉も出ない「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんは額を押さえて…。
「…ぼくのぶるぅにおかしな話を吹き込むな。とにかく、君のブルーに会いに行くには一人で行くか、ハーレイと一緒に行くかの二択なわけだ。…行かなかったら君が遊びに来られなくなる。仕方ない、ハーレイに頼むしかないな」
「来てくれるの!?」
顔を輝かせる「ぶるぅ」に会長さんは溜息混じりに答えました。
「あんな世界から来た君が、ここを気に入ったって言うんだからね。…見捨てたんじゃあ、みんなに何を言われるか…。特にキースはうるさそうだ。それでも緋の衣を許された高僧か、って」
「こうそう?…何、それ?」
「この世界で精神的に困っている人や悩んでいる人を救うのが役目の、お坊さん、って仕事があってね。偉いお坊さんを高僧と呼ぶんだ。ぼくは高僧の中でも一番上の位を持ってるんだよ」
「凄いや!ソルジャーみたいなもの?」
「…ううん、全然。もっと簡単で楽な仕事。それじゃハーレイの所に行こうか。ぼくと一緒に行ってくれ…って頼みにね」
会長さんが立ち上がり、「ぶるぅ」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」と私たちにもついて来るよう促します。行き先は無論、教頭室。別世界から来たお客様を見たらビックリするでしょうねぇ、教頭先生。
二人の「そるじゃぁ・ぶるぅ」…一人はソックリさんの「ぶるぅ」ですが…見かけは全く同じの二人が連れ立って歩いていても、すれ違った生徒は「あれ?」という顔をしただけで特に気にしていませんでした。なんといっても「そるじゃぁ・ぶるぅ」は不思議な力で知られています。分身の術だって使えそうですし。
「これがテラの地面なんだね。空も見えるし、嬉しくなっちゃう」
弾むような足取りの「ぶるぅ」は校舎に映える夕焼けに感動しています。本館に入って、教頭室の扉を会長さんがノックして…。
「失礼します」
全員で中に入ると、教頭先生が羽ペンを置いて眉間に皺を寄せました。
「ブルー、今度は何の冗談だ?…ぶるぅが二人に見えるのだが」
「二人なんだよ。話せば長くなってしまうから、手を出して」
「…………」
会長さんが差し出した手を教頭先生は無言でじっと見つめています。散々悪戯されてきただけに、相当警戒しているのでしょう。
「何もしないってば。ソルジャー・ブルーの名にかけて誓う。…手を重ねて、ぼくに心を委ねてくれればいいんだ。とても大事なことだから」
「…分かった。…いえ、承知しました、ソルジャー」
キャプテンの表情になった教頭先生が会長さんの手を取り、二人はしばらく目を閉じたままサイオンの淡く青い光に包まれていました。その光が薄れてフッと消えた後、教頭先生は呆然と「ぶるぅ」を眺めて。
「あのぶるぅが別の世界から…。しかも恐ろしい世界としか思えませんが、本当に行くとおっしゃるのですか、ソルジャー?」
「ブルーでいいよ。…今、伝えたろう?ぶるぅはぼくに来て欲しがってる。でも、ぼくには一人で出掛ける自信が無いんだ。あっちのブルーは付き添いを一人だけ認めてくれるらしい。ただし、ハーレイに限るんだってさ」
あらら…。会長さんは全てを伝えたわけではないようです。教頭先生は腕組みをして考え込み、会長さんと「ぶるぅ」を何度も見比べ、机をじっと見据えた末に。
「…分かりました。同行させて頂きます。で、今から?」
「だから!その敬語はやめてくれないかな。向こうのブルーが待っているのはソルジャー・ブルーなんだろうけど、ぼくはその名に値しない。何人ものソルジャー・ブルーを知ってる人だよ?その人たちは全員、人間に追われるミュウの長で…ぼくには想像もつかない修羅場を生き抜いた人たちで。そんな中でソルジャーを名乗るなんてこと、ぼくには出来ない。…行くのは生徒会長のブルーだ」
もちろん制服で行くんだから、と会長さんは微笑みました。
「ハーレイもスーツでいいと思うよ。念の為にソルジャーの衣装は持っていくから、ハーレイもキャプテンの服を持った方がいいね。…学校には置いていなかったっけ?」
「家のクローゼットに掛けていますが…」
「敬語。次に言ったらホントに怒るよ」
睨みつける会長さんに、教頭先生は「すみません」と言ってしまってから、慌てて「すまん」と言い直します。
「すまない、ブルー。…だが、本当にこれでいいのか?先様はソルジャーとキャプテンをお待ちのようだが」
「いいんだってば。じゃあ、お客様を連れてハーレイの家にキャプテンの服を取りに行こう。それからハーレイも一緒にぼくの家に行って、そこから別の世界へ案内して貰うのがいいと思うな。ハーレイ、今日は車で来た?」
「ああ。瞬間移動で帰るのはやめて乗って帰るか?」
「そのつもり。…お客様にテラの街を見せてあげたいし」
もう日が落ちてしまうけどね、と会長さん。教頭先生は机の上を片付けながら、先に駐車場へ行っているようにと言いました。私たちは本館を出て「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に置きっぱなしにしていたカバンを回収してから、校門へ向かう道と駐車場への道とが分かれる所で立ち話。
「それじゃ、行ってくるよ。…大丈夫、心配いらないから」
「すまん、俺が妙な掛軸を持ち込んだせいで…」
「気にしなくてもいいさ、キース。礼金を受け取った以上、アフターサービスも必要だからね」
会長さんは涼やかな笑みを浮かべて。
「多分、今夜中に帰って来られると思う。時間の流れは似てるみたいだし、早ければ日付が変わる前かも。…帰ったら思念で連絡するけど、待っていないで寝るんだよ。夜更かし厳禁」
やがて教頭先生がカバンを提げて現れ、会長さんは「バイバイ」と軽く手を振りました。
「どんなシャングリラだったか、土産話を楽しみにしてて。…じゃあね、サム。みんなも帰り道に気をつけて」
二人の「そるじゃぁ・ぶるぅ」と会長さんと教頭先生が、暮れかかってきた木立の向こうへ歩いて行きます。会長さんたちが別の世界へ旅立つ頃には月が昇ってくるのでしょうか。『月下仙境』の掛軸から現れた「ぶるぅ」の世界に比べれば私たちの世界は仙境です。…今夜は満月。不思議な掛軸から来たお客様は月下仙境を堪能してからお帰りになるのかもしれません。会長さんと教頭先生、どうか御無事で…。
シャングリラ学園特別生としての日々は順調に過ぎていました。キース君は大学と掛け持ちしながら出席しては柔道部にも通っていますし、サム君は会長さんにベタ惚れ中。その会長さんは折を見つけては留年してしまったアルトちゃんとrちゃんを口説いていますが、もうこれは不治の病というものでしょう。今日も放課後、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でレモンパイを食べていました。そろそろキース君が来る頃です。
「忙しいヤツだよなぁ。朝からこっちに来て、それから大学に行って、また戻ってこようっていうんだからさ」
サム君が「俺にはとても真似できねえや」と言った所へキース君が壁を抜けて現れました。
「約束どおり戻ってきたぜ」
「かみお~ん♪キースのパイ、ちゃんとあるからね!」
はい、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお皿を差し出し、キース君は大きなカバンを「よいしょ」と床に。
「いつ見ても重そうなカバンだよねぇ。…それ、全部要るの?」
ジョミー君が言うのも無理はありません。大学生の荷物って少ないんだと思っていたのに、キース君のカバンは中身が沢山詰まっています。ノートPCはもちろん、普通のノートや本もギッシリ。
「…一般の学生なら要らない物も多いんだが、俺はそういう訳にはいかん。教授には偉い坊さんも多いからな…。講義以外で話を聞けるチャンスに備えて、仏教関係の本は常に持っていないと」
うわぁ、お寺を継ぐのって大変なんだぁ…。
「キースが真面目すぎるんだよ。適当にやってても単位が取れれば問題ないのに」
クスッと笑ったのは会長さん。緋の衣を許された高僧のくせに、ソレイド八十八ヶ所の御朱印を集めた掛軸を8本も売り飛ばそうとして表装に出しているのは周知の事実。出来上がってきたら『箱書き』とかいうものを知り合いの名僧に頼んで更に付加価値を付ける気です。
「あんたがいい加減すぎるんだろうが!…まぁ、学ぶべきことも多いのかもしれんが…」
「肩の力を抜くのも大事さ。人生を楽しむっていうのも悟りの境地の一つなんだし」
「そういうものか?」
「うん。自分が満たされてない状態で、他人を救おうだなんておこがましいよ。だから気楽にするのが一番」
一理あるようなことを言って、会長さんはキース君のカバンを眺めました。
「ところで…。何を持っているんだい?風呂敷包みが気になるな」
「…気付いてたのか。だったら、話が早い」
キース君がカバンの中から取り出したのは細長い風呂敷包みでした。箱が入っているようです。
「うちの檀家から預かったんだ。こないだ一周忌が済んだ爺さんの遺品らしいんだが…」
風呂敷包みの中身は古ぼけた桐箱で、蓋には毛筆で文字が書かれていました。
「ふぅん…やっぱり掛軸か。月下仙境、ねぇ…」
「待て、開けるな!」
蓋を取ろうとした会長さんの手をキース君が掴んで押し戻します。
「なんで?…見せるために持って来たんだろう」
「それはそうだが…。いわくつき、ってヤツなんだ。開けるのは話を聞いてからにしてくれ」
「「「いわくつき!?」」」
私たちの声がひっくり返りました。いわくつきの掛軸ですって?
「…呪いの掛軸…?」
ジョミー君の問いにキース君は複雑な表情になり、掛軸の箱をテーブルの真ん中に置いて。
「一概にそうとも言えなくてな。親父が三百年以上も生きた高僧にお任せしろ、と寄越したんだが、あまり開けたい心境ではない。…とりあえず事情を説明しよう」
元老寺のアドス和尚が会長さんに託した掛軸。いわくつきって、どんな話が…?
毛筆で『月下仙境』と書かれた桐箱に作者の名前はありませんでした。キース君が言うには蓋の裏側とかにも何も書かれていなくて、軸には落款も無いのだとか。
「つまり作者は不明ってことだね。…月下仙境って言うんだし、絵なんだろう?」
会長さんの問いにキース君は即座に頷きました。
「ああ。かなり色褪せているが、こう…仙人が住んでいそうな景色で、空に月が」
「なるほど。…つまり君は広げて見たってことだ」
「そりゃあ…ここへ持って来るからには見ておかないと話にならないし。昨日、親父と二人で見た。親父は預かる時にも見たらしいぜ」
「じゃあ開けたって特に問題ないだろう?」
「待て!俺の話はこれからなんだ」
箱に手を伸ばす会長さんを止め、キース君は深呼吸して。
「…その掛軸。持ち主だった爺さんが何処かで手に入れたらしいんだがな…。軸の中から仙人や仙女が出てくると言って、爺さんの部屋の床の間にずっと飾ってあったそうだ。家族はもちろん信じてなかった。ところが、爺さんが死んだ後、部屋に入ると掛軸から…仙人やら龍やら得体の知れないモノがゾロゾロと…」
「で、出たってわけ!?」
ジョミー君が叫び、私たちも背筋に冷たいものが…。
「そういうことになるんだろうな。錯覚か幻覚だと思い込もうとしたそうなんだが、この1年の間に何回となく目撃してはそうもいかん。とうとう俺の家に持ち込んで来た。預かってくれ、ってな。…永代供養料並みの金を包んで来られちゃ、もう無期限で預かるしかない」
「寺宝が増えていいじゃないか」
会長さんが笑いましたが、キース君は「そんなものは寺宝にならん」と苦い顔です。
「俺も親父も、見世物で稼ぐ気は無いんだ。だからこいつは蔵にしまうしか無いと思っているんだが…一応、供養はしないとな。どんな因縁で奇妙なモノが湧いて出るのか分からないし」
「それで、ぼくに鑑定させようっていうのかい?…呪いの掛軸か、そうでないのか」
「察しが早くて助かるぜ。親父と俺にはサッパリなんだ。何が原因か分からないんじゃ、供養の仕方も分からない。だから高僧の法力と三百年の知恵に縋ってこい、と親父に言われた」
「…ふうん…」
人差し指を顎に当てて考え込んでいた会長さんですが、不意に悪戯っぽい笑みを浮べて。
「力を貸すのは構わないけど、タダ働きじゃないだろうね?…せめてこれくらいは貰わなくちゃ」
指を1本立てる会長さんに、キース君がすかさず差し出したのは袱紗包み。会長さんはそれを開いて中身を確かめ、満足そうに分厚い金封を受け取りました。
「君のお父さんは気前がいいね。いや、よほど困っているのかな?…なんといってもモノがモノだし…。扱いに失敗したら命が無いってことも有り得るし。いいよ、この掛軸はぼくが引き受けよう」
地獄の沙汰も金次第とは言いますが…会長さんときたらヤバそうな掛軸をお金と引き換えに背負い込むつもりみたいです。巻き添えを食う前に逃げるべきでしょうか?得体の知れないモノがゾロゾロ出てきてからじゃ間に合わないと思いますし!
金封を片付けた会長さんは桐箱の蓋に手をかけました。逃げよう、と思ったのは私だけではない筈ですが…。
「ブルー!やめろよ、危ないじゃないか!」
サム君が会長さんの手を掴んで押さえ、腰を浮かせていた私やジョミー君たちを見回します。
「お前たちも止めてくれよ。もしも…もしもブルーに何かあったら…。キース、お前、なんてモノを持って来るんだ!ブルーがどうなってもいいってぇのか!?」
「い、いや…。ブルーなら大丈夫だと…」
「そんなの分からねぇじゃねえか!家へ帰って親父に言えよ、断られました…って!」
会長さんを止めようと必死のサム君。でも会長さんはニッコリ笑って。
「平気だよ、サム。…ぼくなら大丈夫。ちゃんと修行はしてきたんだし、第一、タイプ・ブルーだし」
「…でも…」
「いいんだってば。あ、だけどサムたちは避難した方がいいかもね。ぶるぅ、みんなを連れて奥の部屋へ。…部屋ごとシールドを張れば大丈夫だろう」
「オッケ~♪」
ついてきて、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が立ち上がり、渡りに船と続こうとすると…。
「俺は残るぜ。持ち込んだ以上、見届ける義務があるからな」
「俺も!ブルーだけ置いていけるかよ!!」
キース君とサム君が残ると言い出し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が困ったように首を傾げました。
「ブルー…。キースとサムにもシールド要るよね?…奥のお部屋と此処と、二ヶ所いっぺんに張れないことはないけれど…。ぼく、お化けとか苦手だし、ホントに何か出てきちゃったら集中力が続かないかも」
「そうか…。じゃあ、ジョミーたちは外に出ててもらおうかな。この部屋自体がシールドになるし、生徒会室の方にいれば問題ないさ」
えっと。それって会長さんはともかく、キース君とサム君を見捨てて逃げるってことですか?あまりいい気分はしませんけれど、やっぱり命あっての物種。三十六計逃げるにしかず…って、あれ?シロエ君?
「ぼくも残ります!お化けごときで後ろを見せたくありませんし」
「じゃあ、ぼくも一緒に残ります。日頃の鍛錬の成果を試すいい機会ですよね」
シロエ君とマツカ君の決意に、ジョミー君が。
「ぼくも残る!…一人だけ逃げるって男らしくないし!!」
「…みんなが残るんだったら私も残るわ。ジャーナリスト志望としては何が起こるか見届けたいもの」
ええっ、スウェナちゃんまで残るんですって?もしかして逃げるのは私一人だけ…?それって…凄くカッコ悪い…。
私は半ばヤケクソで「残る」と叫び、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が私たちを一ヶ所に集めてシールドを張りました。
「これで見つからないで隠れてられるよ。みんなの声、ブルーにだけ届くようにしてあるから。ぼく、頑張るね!」
お化けはとても怖いけど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。もしシールドを張る集中力が無くなるような凄いモノが出てきたらどうすれば…。
「ぶるぅが駄目でも、ぼくがいる。…だからそこで見てて」
「ブルー、あんたに何かあったら俺はキースを許さねえからな!」
殴るくらいじゃ済まさねえぜ、と凄むサム君。場合によってはキース君の首を絞めてしまいそうな勢いです。会長さんは「大丈夫だよ」と柔らかな笑みを浮べました。
「ぼくは絶対に大丈夫。恋人の言葉は信じるものだよ」
「………!」
真っ赤になったサム君に向かってウインクしてから、会長さんは徐に桐箱の蓋を開けたのでした。
箱の中に入っていたのは古ぼけた掛軸。会長さんが掛軸の紐を解き、テーブルの上に広げてゆきます。まず色褪せた表装の布が現れ、続いてかなり退色した山水画が。キース君が言っていたとおり、仙人が住んでいそうな雰囲気です。薄墨色の空に満月が淡く描かれていて、その風景はまさしく『月下仙境』。特に怪しいモノは見当たりません。
「見たところ普通の絵だけれど…。特に負の思念も感じない。呪われているわけじゃなさそうだ」
会長さんは絵をじっくりと見てゆきます。
「だとすると…絵の内容が問題なのかな?何かを引き寄せやすいとか…。でも、そんなモチーフも無さそうだね」
「無いだろう?それは俺も親父も確認したんだ。…ひょっとして下絵に何かあるとか?」
キース君が言い、会長さんが「なるほど」と呟きました。
「絵具の下に塗り込められているってことはあるかも。サイオンを使って見ていけば…」
青い光が会長さんの身体を包み、その光が掛軸に描かれた満月に届いた瞬間。
「「「ああっ!?」」」
部屋が夜のように暗くなり、絵の月が煌々と照り渡ったかと思うと、空間がぐにゃりと歪んでゆきます。
「まずい…!」
会長さんが歪みを封じ込めようと放った青い光が掛軸を包もうとして弾き飛ばされ、四散して。
「かみお~ん!!!」
掛軸の中から雄叫びを上げて飛び出したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿でした。
「「「えぇぇっ!?」」」
空間の歪みが消え、元通り明るくなった部屋に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が立っています。でも…でも、私たちがいるシールドの中にも「そるじゃぁ・ぶるぅ」はちゃんと居て。いったい何がどうなってるの!?
「こんにちは。はじめまして…だよね、ソルジャー・ブルー」
呆然としている会長さんに掛軸から出てきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコと右手を差し出しました。
「ぼく、ぶるぅ。あちこちのシャングリラを回って遊んでるんだ。よろしくね♪」
「…あちこちの…シャングリラ…?」
「うん。いろんなブルーやハーレイがいて楽しいんだよ」
そう言って「ぶるぅ」と名乗った「そるじゃぁ・ぶるぅ」のソックリさんは会長さんの右手を握り、ブンブンと振り回すように握手をして。
「でも、ぼくがいるシャングリラって初めて見ちゃった。…かくれんぼしてるの、ぼくだよね?君の名前も『そるじゃぁ・ぶるぅ』っていうんでしょ?」
げげっ。シールドの中の私たちの姿が見えているようです。この「ぶるぅ」って、もしかしなくてもタイプ・ブルーだったりするのでしょうか?あたふたとする私たちを見て「ぶるぅ」はニッコリ笑いました。
「シールドしなくても大丈夫だよ。ぼく、遊びに来ただけだしね。…んとね、ぼくもタイプ・ブルー。全開だと3分間しか力が使えないんだけど、シャングリラを渡り歩くには十分なんだ」
会長さんは「ぶるぅ」をまじまじと見つめ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「ぶるぅ、シールドを解いてくれ。どうやら別の世界から来たお客様のようだ」
「オッケー!」
シールドが解かれ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と私たちは「ぶるぅ」とじかに御対面です。どこから見ても「そるじゃぁ・ぶるぅ」に瓜二つで服装も同じ。別の世界からのお客様って…?
「キース、この掛軸の謎は解けたよ。何かのはずみで別の世界との間の扉が開くらしい。今はぼくのサイオンで発動したけど、きっと気象条件とか様々な要素があるんだろうね」
会長さんの言葉にキース君が困惑しきった顔で。
「…それは解決できないのか?あんたの力でも扉を閉じるのは無理みたいだしな。…さっきは失敗したんだろう」
「ううん、それはタイプ・ブルーの力で弾かれたからで…掛軸自体を封印するのは問題ない。一度封印すれば二度と歪みは生じない筈だし、歪みが無ければ何も出ないよ。ただ、封印は…このお客様がお帰りになってからでないと気の毒だろう?帰りの道が無くなってしまう」
それを聞いていた「ぶるぅ」が首を傾げました。
「えっと。なんのお話か分からないけど、ぼくが通ってきた道が閉じても平気だよ?タイプ・ブルーの力が使える間は何処からでもシャングリラに帰れるしね。…いつも他のシャングリラに遊びに行くけど、勝手に道が開いたのって初めてだからビックリしたぁ。どのシャングリラに行こうかな~、って思ってたらグイッて身体が引っ張られて」
だから力は要らなかったんだ、と「ぶるぅ」。
「でも、出口が見えたと思ったらいきなり道が閉じかけて…ちょこっと力を使っちゃった。空間を閉じようとしたのはブルーの方のサイオンだよね?よかった、閉じる前にここに遊びに来られて♪」
いわくつきの掛軸から現れたのは仙人でも龍でもお化けでもなく、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のソックリさんで、別の世界から来たみたい。しかもシャングリラがあちこちにあるって言ってますけど、本当でしょうか?
招かれざるお客様はキョロキョロと部屋を見回しながら会長さんに話しかけました。
「ねぇねぇ、ここって青の間じゃないね。こんなお部屋は見たことないけど、ブルーのお部屋?」
「ぶるぅの部屋だよ。…君の部屋とは似てないのかい?」
「うん。ぼくのお部屋は…って、あれ?もしかして、今、何処かに降りてる?なんだか地面に近い感じがする」
「地面?」
怪訝そうな顔の会長さんに「ぶるぅ」は床を指差しながら。
「あのね、ちょっと自信がないんだけど…ここの下って、空とか宇宙じゃなくって地面だったりするのかなぁ、って思ってさ。メンテナンスで着陸中?」
「着陸って…。君が言ってるシャングリラというのは船なのかい?」
「そうだよ。シャングリラは船に決まってるもん!」
エヘンと胸を張った「ぶるぅ」の言葉に全員が息を飲みました。シャングリラは船に決まってる、って…。このお客様が住んでいる世界や遊び歩いている世界ではシャングリラといえば宇宙クジラで、シャングリラ学園は無いのでしょうか?
「ぶるぅ、と言ったね。確かにぼくたちもシャングリラという船は持っているけど、今は遠い宇宙にいるんだ。二十光年くらい離れてるかな。ここはシャングリラ学園っていう学校だよ」
「え?…ええっ!?」
今度は「ぶるぅ」が驚く番でした。会長さんをまじまじと見つめ、それから部屋の周囲をサイオンで探っているようです。全開だと3分間しか力が使えないとか言ってましたけど、この程度なら問題ないのかな?…やがて「ぶるぅ」はフウ、と溜息をついて。
「ホントだ…。ここ、シャングリラじゃないみたい。こんな地面に降りてて平気なの?…ミュウじゃない人も沢山いるよ?」
「「「ミュウ?」」」
それは初めて聞く単語でした。ミュウって何のことでしょう?
「えっ、みんなミュウなのに知らないの?…ミュウってぼくたちのことなのに。ここの世界って凄く変!シャングリラは他所に行ってるって言うし、人間たちがウロウロしてる所に平気で住んでるみたいだし…」
「ぶるぅ、ちょっと待って」
会長さんが「ぶるぅ」の話を遮り、真剣な顔で尋ねました。
「ミュウっていうのはサイオンを持った人間だね?…君が知っている世界のミュウは普通の人間と共存できていないのかい?」
「人間と…共存!?それってブルーの理想だよ。でも、人間は聞いてくれない…って。ミュウは何処でも追われてるからシャングリラしか居場所が無いんだ。…ひょっとして、この世界ではそうじゃないの?人間に追われたりしてないの?」
「………。ぶるぅ、君の知ってるシャングリラは何処の世界でもそうなのかい?ミュウは人間に迫害されて…シャングリラでしか生きられない、と?」
「うん。だからブルーは大変なんだよ。…ぼく、あちこちのシャングリラを回ってブルーの友達を捜してるんだ。同じソルジャーなら苦労も分かるし、すぐ友達になれるもん」
無邪気に笑う「ぶるぅ」ですけど、聞かされた事実は衝撃的なものでした。別の世界から来たというだけでも驚きなのに、そんな世界が幾つもあって…しかもそこでは私たちは『ミュウ』と呼ばれて普通の人から追われる立場らしいのです。会長さんがシャングリラ号を建造したのは万一の時に備えてでしたが、他の世界ではシャングリラは既に箱舟になっているみたい…。
「えっ、シャングリラに逃げ込んだことが一度もないの!?」
まん丸な目でポカンとしている「ぶるぅ」。
「ブルーたちは人間に追われて必死で逃げて、やっとシャングリラを造り上げたんだよ。ここってホントに変わってるよね。…じゃあ、テラに行こうっていう目標も無かったりするのかなぁ?」
「「「寺?」」」
なんじゃそりゃ、と私たちは首を傾げました。お寺ならキース君の家で十分間に合ってますし、ソレイド八十八ヶ所も卒業旅行で回りましたし…。迫害されて追われていると抹香臭い世界に安らぎを覚えるっていう意味でしょうか?それとも駆け込み寺という言葉どおりに匿ってくれるお寺があるとか?
「違う、違う!そうじゃなくって、星のことだよ。人類が一番最初に生まれた星。えっと…凄く綺麗な青い星でね、青いのは地表の七割が海に覆われているからだ、ってブルーが言ってた」
こんなのだよ、と「ぶるぅ」が宙に浮べて見せてくれたテラという星の映像は…。
「「「地球!?」」」
それはどう見ても地球でした。春休みにシャングリラで宇宙から見た青い星。とてつもなく見覚えのある星を前にして会長さんがポツリと呟きました。
「…ラテン語だ。確かラテン語で地球のことをテラと呼ぶんだ…」
「あっ、そうそう、地球のこと!じゃあ、やっぱりみんなもテラに行こうと思ってるんだね」
良かったぁ、と「ぶるぅ」は嬉しそうな笑顔になって。
「共通点が無いわけじゃないんだ。あんまり違いすぎるから焦っちゃった。で、テラは遠いの?」
私たちは顔を見合わせ、会長さんは困惑しきった様子で考え込んでいましたが…とうとう覚悟を決めたらしくてスッと足元を指差しました。キョトンとしている「ぶるぅ」に会長さんが告げた言葉は…。
「この部屋がある建物は地球の上に建っているんだよ。シャングリラ学園はテラにあるんだ」
「えっ!?」
別世界から来た「ぶるぅ」はよほどビックリしたのでしょう。青い星の映像が消え、ヘタヘタと座り込みました。
「…ここがテラ…?…ブルーが行きたがってる星?…ミュウと人間が一緒に暮らしてて、おまけにテラ…?ぼく、天国に来ちゃったのかも…。もしかして、ぼく、死んじゃったの…?」
「ぶるぅ!?」
フラッと倒れそうになった「ぶるぅ」を会長さんが受け止めましたが、小さな身体は何の反応もしませんでした。
「駄目だ、気を失ってしまってる。…ぶるぅ、冷たいおしぼりを持ってきてくれ」
会長さんは「ぶるぅ」をソファに寝かせて額におしぼりを乗せました。気絶してしまったお客様。掛軸に描かれた仙境とは似ても似つかない恐ろしい世界から来たようですけど、この場合、私たちの世界の方が仙境ってことになるのでしょうか。…そういえば今夜は満月です。やっぱり此処が月下仙境…?