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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「シャングリラ学園・番外編」の記事一覧

※この作品はアルト様の女性向け短編「キャンディ」とのコラボになります。
 アルト様バージョンは「こちら」をクリックなさって下さいv




教頭先生の謹慎処分が解けて、シャングリラ学園に平和な日々が戻って来ました。会長さんは教頭先生を無視しなくなり、何事も無かったかのように普通に言葉を交わしています。エステティシャンとして呼び付けたりもしてないみたい。長老の先生方は全身エステ騒動をご存じありませんけど、会長さんが元気に過ごしているので肩の荷が下りたようでした。そんなある日の放課後のこと…。
「ねえ、あそこって出るんだって?」
「「「は?」」」
唐突なジョミー君の言葉に私たちの手が止まりました。おやつのミルクレープはすっかり無くなり、今は柔道部の部活を終えたキース君たちの為に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がタコ焼きをせっせと焼いてくれているのですが…。
「ドリームワールドのリニューアルしたお化け屋敷」
「ああ、最近噂になってますよね」
シロエ君が相槌を打ちました。
「白い影みたいなのが通って行くそうじゃないですか。写真を撮ったら黒髪の美少女が写っているとか」
「そうそう、それ!…白い影を撮った筈なのに、黒髪に黒い着物の女の子。しかもお化け屋敷の中にそんな女の子は居ないとかなんとか…」
そういえば「ドリームワールドに幽霊が出る」と男の子たちが噂してるのを聞いたような。お化け屋敷は先月リニューアルオープンしたばっかりで、怪談の季節にはまだ早いです。なのに噂が流れてるなんて、よっぽど仕掛けが凝ってるのかな…。
「で、ブルーにちょっと聞きたいんだけど」
ジョミー君が好奇心いっぱいの顔で尋ねました。
「…ぼくらの仲間、ドリームワールドにも就職してる?」
「ああ、何人か働いてるよ」
「やっぱり!…じゃあ、白い影と女の子の正体はサイオンなんだね。写真も撮れるサイオニック・ドリームなんてカッコイイなぁ」
ぼくも頑張れば出来るかな、とジョミー君は瞳を輝かせます。タイプ・ブルーのジョミー君ですが、まだ思念波が精一杯。お化け屋敷と張り合いたい気持ちは分からないでもありません。
「なるほど、憧れっていうわけか。でも…」
会長さんがクスッと笑って。
「お化け屋敷にサイオンは使っていないんだよ」
「えっ?」
「ぼくも噂を耳にしたから、仲間に確認してみたんだ。…そしたら逆に泣きつかれた。あれを何とかしてくれませんか、って」
「「「えぇぇっ!?」」」
何とかって…泣きつかれたって…いったい何事!?
「要するに本物ってこと。頼まれたんだし、見に行ってきた。確かに出たけど、別に悪いものじゃなかったし…そのままにして帰ってきたよ。せっかくリニューアルオープンしたんだ、名物があるのはいいことだろう?」
名物…。お化け屋敷に本物を放置してきて名物ですって!?
「放置じゃないよ。ちゃんとコミュニケーションしてきたさ。そしたら、そのままがいいって言うから」
利害は一致してるよね、と会長さんは微笑みました。本物のお化けだか幽霊だかとコミュニケーションって、そんな簡単なことなんですか…?

「あの女の子は悪霊じゃないから大丈夫なんだ」
話が見えない私たちに、会長さんが自信たっぷりにウインクします。
「リニューアルする時に運び込まれた庭石についてきたんだよ。その石があった家の子だったらしいね。早死にしてから、ずっと家を守ってきたんだけれど…百年ほど前に子孫が絶えてしまったんだってさ」
へえ…。座敷童みたいなものなのかな?
「だから今度は石が置かれてた土地を守ってた。その石がドリームワールドに来たってわけ」
「じゃ、今はお化け屋敷を守ってるの?…幽霊なのに?」
ジョミー君の質問はもっともでした。お化け屋敷に出ると騒がれている白い影。それがお化け屋敷を守ってるなんて、俄かには信じられません。
「お化け屋敷というよりは…入ってくる人を守ってるんだ。場所が場所だけに悪いものを背負ってしまうことだってあるし、そうならないように注意を払ってくれる。白い影が横切ったりするのはパトロール中の彼女ってわけ」
「そうなんだ…」
「好奇心の強い人が写真を撮ったら女の子の姿が写っちゃったし、お化け屋敷は大人気。ドリームワールドの人は困ったんだけどね」
とうとうぼくが呼ばれちゃった、と会長さんは笑いました。その言葉に反応したのはキース君。
「泣きつかれたって言ったっけな。…頼りにされたのはソルジャーなのか、それとも坊主の方か、どっちだ」
「気になるのかい?…流石は元老寺の跡取りだねえ」
「当然だろう!で、どっちなんだ」
「両方」
会長さんは自信たっぷりです。
「ソルジャーって、けっこう頼りにされてるんだよ。いろんな問題を持ち込まれるね。…解決するのは長老たちに任せることが多いんだから、そっちへ頼めって言うんだけどさ。直接頼むのは腰が引けるらしくって…。ぼくは窓口みたいなものかな」
うーん、確かに教頭先生や長老の先生方に頼みに行くより、会長さんの方が気楽かも。いくらソルジャーで長だとはいえ、見た目は高校生ですから。
「今回はモノがモノだけに、ぼくの管轄だとも思ったらしい。タイプ・ブルーで高僧だから、サイオンか法力か、どっちかで片がつくだろうって」
「…白い影と話ができたようだが、そいつはサイオンの管轄なのか?」
「違うね。…君たちも今は思念波を操れるようになってるけども、霊が見えたりはしないだろう」
方向性が全く違うんだ、と会長さんは言いました。
「昔から法力のあるお坊さんたちはいるけれど…サイオンを持ってるわけじゃない。その辺を確かめたかったっていうのも、ぼくが僧籍を持ってる理由の一つ。ずっとずっと昔、法力で知られた名僧がいてね。仲間かもしれないと思って呼びかけたけど、違ったんだ。そのお坊さんが気になったから修行の道に…」
「後はトントン拍子ってわけか」
「まぁね。その人にサイオンの力を打ち明けた時、世の中のために役立てなさいって言われてさ。普通の人より道を究めるのも早いだろう、って奥義を惜しまずに教えてくれた。お蔭で法力ってヤツも身につけられたし、緋の衣だって着られるし…。あ、そうだ」
ポン、と手を打って赤い瞳が見据えた先は…。
「お坊さんといえばキースだとばかり思ってたけど、ジョミーがタイプ・ブルーだっけね。頑張って修行を積めば、間違いなく高僧になれる筈だよ。どうだい、ジョミー?」
「えっ…。ぼく?」
「そう。せっかくの力なんだし、伸ばしてみようと思わないかい?…今から修行に入るんだったら、キースにさほど遅れは取らない。いいお師僧さんを紹介するよ」
「ちょっ…。しゅ、修行って…」
いきなり話を振られて、ジョミー君は目が点です。
「まずは得度だね。夏休みの間に本山で得度式があるから、よかったら…」
「と、得度…?」
「うん。詳しいことはキースに聞いて」
ね?と微笑む会長さんに、キース君がニッと笑って。
「任せとけ。…いいか、ジョミー。得度っていうのは坊主への第一歩でな…。髪を落として、衣や袈裟を頂戴するんだ。ブルーの紹介だったら名僧に剃髪して頂くのも夢じゃない。どうだ、俺と一緒に坊主の道を究めないか?」
「…い……。い、嫌だぁぁぁーーーっっっ!!!」
ジョミー君は真っ青になり、金色に輝く髪を両手で押さえて叫びました。
「そ、そんなの絶対、嫌だからね!…なんでぼくが!!」
「…残念。ぼくの跡を継いでソルジャーになってくれそうな人材だから、大いに期待してるんだけどな」
「無理、無理!そんなの、ぜ~ったい無理っ!!」
ブンブンと首を横に振って拒絶しまくるジョミー君。…まぁ、急にお坊さんになれって言われても…ねぇ?

すったもんだの大騒ぎの後、会長さんは涼しい顔で「冗談だよ」と言いましたけど、ジョミー君はしきりに髪を弄っていました。前に会長さんがキース君の髪を剃ろうとした事件がありましたから、自分もその目に遭うんじゃないかと戦々恐々なのでしょう。
「大丈夫だってば。…そりゃ、ぼくだって君の師僧にはなれるけどさ。ご両親の了解も無しに髪を剃ったりはできないよ。君が決心してくれないと」
残念だけど、と溜息をついて会長さんはジョミー君を眺めました。
「素質は十分あるのにね。…お化け屋敷で気が変わることを祈っているよ」
「えっ?」
「行きたかったんだろう?ドリームワールドのお化け屋敷」
「あ…。そうだった!」
ジョミー君の顔がパッと元気を取り戻して。
「今度の土曜日にみんなで行きたいなぁ、って思ってたんだ。土曜日、空いてる?」
えっと。特に予定はありませんけど、出ると評判のお化け屋敷なんて…。いやいや、会長さんが無害だと言うんですから、話の種に行ってみるのも一興かも。
「ぼく、行きます!もちろん先輩も行きますよね!?」
勢いよく手を挙げたのはシロエ君でした。キース君が苦笑しながら頷いています。高僧を志すキース君としては、会長さんが意志の疎通を交わしたという白い影をその目で見たいのでしょう。この二人が行くとなるとマツカ君も当然セットものですし、ジャーナリスト志望のスウェナちゃんも白い影には興味津々。えーい、私も手を挙げちゃえ!
「じゃ、みんな行くってことでいいよね。…あれ、サムは?」
「あ、お…俺?……俺は……」
サム君は口ごもりながら隣に座っている会長さんを見つめています。ちょっと頬っぺたが赤いような。
「…あの……その……。俺……」
「分かった!ブルーと二人で入りたいんだ?」
ジョミー君の声でサム君は耳まで真っ赤になりました。そうか、お化け屋敷って遊園地デートの定番だっけ。みんなと一緒に行くのはいいけど、入る時は会長さんと二人っきりになりたいっていうことなんですね。それならそうと言ってくれれば、私たちは気を利かせますとも!…サム君ったら、まだ一回もデートに行けていないんですから。
「…サムも行くのかい?」
小鳥のように首を傾げる会長さん。サム君はグッと拳を握って、真っ赤な顔で。
「…あ、あの…。もちろん行くけど、その…。よ、よかったら俺と…」
「ふふ、デート気分でお化け屋敷?」
こんな風にすればいいのかな、と会長さんがサム君の腕にしがみつきます。いきなりのことで、純情なサム君は声も出せないようですが…。
「ごめんね、サム。土曜日はちょっと先約があって」
スッと離れる会長さんに、サム君はみるみるしょげてしまいました。
「…本当にごめん…。フィシスと約束しちゃったんだ」
「そっか…」
フィシスさんなら仕方ないや、と人のいいサム君は笑顔です。こういう所も会長さんに気に入られた理由の一つでしょう。普通は他の人とデートだと断られたら、怒るか拗ねるかしちゃいますもの。
「そういうわけで、ぼくは行けない。…でも、ちょうどいいや。ぶるぅが一人で留守番なんだ。退屈だろうし、連れてってやってくれないかな」
「分かった!じゃあ、俺が責任持って連れてくよ」
会長さんに何かを頼まれるのが嬉しくてたまらないサム君は大喜びで引き受けました。ところが…。
「…やだ。お化け屋敷って怖そうだもん」
プルプルと首を振る「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「去年のお化け大会も怖かったもん!…ぼく、行かない。お留守番してる」
「おいおい、ドリームワールドはお化け屋敷だけじゃないんだぜ。乗り物だって色々あるし…」
「やだ!…乗り物は背が低いから乗れないんだもん…」
言われてみればそうでした。人気の絶叫マシーンとかだと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は身長制限で引っ掛かります。だけど他にも観覧車とかがありますし…。
「メリーゴーランドなら乗れるわよ?観覧車とかも」
スウェナちゃんが提案しましたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「ううん、それじゃみんなが楽しくないよ。ぼく、お留守番、平気だし。好きなのに乗って遊んできて」
土曜日はお留守番しながら晩御飯の支度に燃えるんだ、と思い切り気合いが入っています。フィシスさんのために腕を揮おうというのでしょう。…お料理好きがそう言うんですし、ドリームワールドは会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」も抜きで行くしかありませんねぇ…。

そして土曜日。私たちはドリームワールドの正門前に集まり、ゲートをくぐると真っ先にお化け屋敷に向かいました。リニューアルオープンって本当か?と言いたくなるような寂れた雰囲気の建物です。いかにも何か出てきそう。
「もちろんキースが先頭だよね」
お坊さんだし、とジョミー君が決めてかかると、キース君が。
「だったら最後はお前だな。ブルーも認める高僧候補だ」
「……言わないでよ……。あれ、本気だったらどうしよう、って怖くて怖くて」
坊主頭なんか絶対嫌だ、とブツブツ呟くジョミー君。
「タイプ・ブルーなら髪の毛くらい誤魔化せるだろう。ブルーも通った道なんだぞ」
「まだ思念波しか無理なんだってば!」
そう言いつつも最後尾はジョミー君が引き受けました。素質云々の問題ではなく、言いだしっぺの意地だそうです。スウェナちゃんと私は柔道部のマツカ君とシロエ君がガードしてくれることになり、サム君はジョミー君のすぐ前を
歩くと決まって、いざ、中へ。うわーん、やっぱり来るんじゃなかった~!…白い影こそ見えませんけど、仕掛けはもの凄く怖かったのです。スウェナちゃんと私の悲鳴が木霊する中、サム君が…。
「あ、おい!…今、キースの前を白い影が…」
「「「ぎゃーーーっっっ!!!」」」
私たちは後をも見ずに駆け出し、やっとのことで出口に辿り着いた時にはゼイゼイと息が切れていました。木陰のベンチにへたり込み、かなり経ってからキース君とシロエ君が飲み物を買いに行ってくれて…。
「…無害だって聞かされてたのに、なんてザマだ…」
缶コーヒーを握り締めながらキース君が溜息をつきました。
「あまつさえ、俺は白い影なんて見なかったのに逃げちまった。…こんなの、親父にも教頭先生にも情けなくって言えないな」
「…そうですね…」
同じく落ち込んでいるシロエ君がボソボソと。
「会長にだって笑われそうです。…っていうか、もう笑われていそうです」
「「「…………」」」
覗き見が大好きな会長さんの顔を思い浮かべて男の子たちは深い溜息。いかにもありそうな話です。フィシスさんとのデートに楽しい話題を提供する羽目に陥ったかも…。
「…悪い、俺が黙ってりゃよかったんだ…」
サム君が謝りましたが、そういえば白い影なんて私には見えませんでした。みんなも見えなかった、と言います。
「サムって霊感少年だった?」
ジョミー君が首を捻り、サム君は違うと言い張りました。
「俺、霊なんて見たこと無いし!…でも、変だよなぁ……確かに白い影がスーッと…」
「霊感の強い人の近くにいると、霊感が強くなるって言いませんか?」
口を挟んだのはマツカ君。
「ブルーは見ることができるんですよね。サムはこの頃、ずっとブルーのそばにいますから…」
「なるほど。影響を受けたってわけか」
キース君が合点がいったという顔で。
「よかったな、サム。これでブルーとお揃いだ。…お前も坊主の素質に目覚めて来たんじゃないか?幼馴染のジョミーと一緒に坊主の道を進むのもいいぞ。仲間が増えればブルーも喜ぶ」
「……マジで……?」
「い、いや…。断言はできないが!」
サム君なら本気で受け止めそうだ、と気付いたキース君は慌てて否定しました。会長さんが喜ぶことなら何でもしたいサム君です。それで喜んで貰えるんなら、お坊さんにだってなりそうですから!

お化け屋敷で恥を晒してしまった私たち。でも済んでしまったことは仕方ない、と立ち直るのも早くって…。それからは絶叫マシーンやアトラクションを楽しみ、日が暮れるまでたっぷり遊んで食事をしてから帰りました。家に着いたらもうクタクタ。お風呂に入って、倒れるようにベッドに転がった後の記憶はありません。
『起きて!!!』
頭の中を貫いた思念波に叩き起こされた時、お日様はとっくに高く昇っていました。今の、誰?
『起きて。急いでぼくの家に来て!!』
えっ。この思念波は会長さん…?なんだかとっても慌ててるような…?
『理由は家で説明するから。とにかく、みんな急いで来て!』
それっきりフッと思念は途絶え、代わりにジョミー君たちからの思念波が。みんな今まで寝ていたようです。これは会長さんの家に行くしかないみたい…。私は大急ぎで着替えを済ませ、パパの車で会長さんのマンションへ。車の中でトーストを齧っていたのは許されますよね?
「まだかな、キース」
マンションの前でジョミー君が道路の方を眺めています。みんな家の車で送ってもらったんですけれど、郊外に住むキース君だけは少し遅れていました。今日は本堂で法事があるそうで、送ってくれる人が無かったのです。途中までバスで出て、タクシーに乗り換えると言っていましたが…。
「おっ、来た、来た。あれだな」
早く来い、とサム君がタクシーに向かって手を振りました。私たちがマンションの前まで来ているというのに、会長さんからは何の連絡もありません。叩き起こされた時の慌てようといい、サム君は気が気じゃないのです。キース君がタクシーから降りると、サム君は真っ先にマンションの玄関へ向かいました。
「あれ?…開かない…」
いつもなら見計らったように暗証番号のロックを外して貰えるのですが、ダメでした。よほど取り込んでいるのでしょうか?
「暗証番号、誰か知ってる?」
ジョミー君が困ったように言いましたけど、誰も番号なんか知りません。会長さんか「そるじゃぁ・ぶるぅ」に連絡するしかなさそうです。でも、思念を送っていいものかどうか…。
『あっ、ごめん』
会長さんの思念が届いて表のドアが開きました。
『入って』
私たちは急いで入り、エレベーターに乗って最上階へ。見慣れた玄関のチャイムを鳴らすと…。
「…ごめんね、急に呼び出して」
ドアを開けてくれたのは他ならぬ会長さんでした。いつもなら「かみお~ん」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれる筈です。もしかして「そるじゃぁ・ぶるぅ」に何か…?
「…うん…。ぶるぅが問題といえば問題なんだ」
先に立って奥に向かう会長さんも顔色があまり良くありません。二人揃って食あたり…なんて事態でなければいいんですけど。

案内されたのはリビングでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がソファで項垂れています。
「…ごめんね…。みんなに迷惑かけちゃった」
朝ご飯まだだよね、と立ち上がりますが、見るからに元気がありませんでした。
「…ホットケーキ作ってくる…」
トボトボとキッチンに向かう後ろ姿は弱々しくて、お料理なんて無理そうです。
「いいって!ぼく、サンドイッチ食べて来たから!」
車の中で、とジョミー君。みんな口々に何か食べたから大丈夫だ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」を引き止めました。
「……でも……」
じゃあ飲み物だけでも、とキッチンに消える「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ああぁ、気遣い無用なのに…。
「いいんだよ。…ぶるぅも責任を感じてるんだ」
会長さんは私たちをソファに座らせ、思念波で叩き起こしたことを謝って。
「…ぼくもパニックになっちゃって…。もう少し冷静になれば良かった。急いだって何がどうなるわけでもなかったのに…」
うーん、サッパリ分かりません。会長さんの身にいったい何が?…「そるじゃぁ・ぶるぅ」が関係しているのは確かですけど…。そこへ「そるじゃぁ・ぶるぅ」がティーセットを乗せたワゴンを押して来ました。うわぁ、本当に飲み物だけです。これは余程の緊急事態…?
「ぶるぅ、パイの残りがあっただろう?」
「あっ!…そ、そうだね、パイがあったっけ!」
飛び上がらんばかりに驚いて「そるじゃぁ・ぶるぅ」はキッチンに走り、ミートパイとチキンパイが乗った大きなお皿と取り皿を運んで戻ってきます。パイは二種類とも三分の二ほどは手つかずでナイフも入っていません。ホットケーキを焼くなんて言ってましたが、こんなのがあるなら朝ご飯には十分なのに…。
「このパイ皮が問題なんだよ」
好みを聞いて切り分けてくれる「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手元を見ながら会長さんが溜息をつきました。あらら、失敗作なんでしょうか?料理上手の「そるじゃぁ・ぶるぅ」も失敗することあるんですねぇ。
「違うよ。…パイの出来はいいんだ。フィシスも美味しいって喜んでたし」
どうやら昨夜の残りのようです。パイの出来が良かったんなら、パイ皮のどこに問題が…?会長さんは私たちに食べるようにと勧めてくれて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が紅茶を淹れます。チキンパイはとても美味しく、パイ皮もサックリいい感じ。みんなも自分のパイの皮をフォークでつついて検分しているようでした。
「パイ皮をいくら調べてみたって、何の手がかりも無いと思うよ。…パイ皮に罪は無いんだからさ」
謎かけのような言葉にますます疑問がつのります。そこでワッと泣き出したのは小さな「そるじゃぁ・ぶるぅ」でした。
「…ごめんなさい、ブルー!…ぼくが…ぼくが留守番してたから…」
え?…留守番をしてたから?昨日「そるじゃぁ・ぶるぅ」はドリームワールドに行かずに家で留守番をして、会長さんはフィシスさんとデートを楽しんだものと思われます。お留守番をしている間に何か起きたのでしょうか?でもパイ皮とどんな関係が…?
「………ノルディが家に来たんだそうだ」
苦虫を噛み潰したような顔で会長さんが言いました。げげっ。ノルディといえばドクター・ノルディ?あのとんでもないエロドクター!?
「ぶるぅはパイ生地を作っている最中だった。…そう、そのパイ皮がそれなのさ」
ドクター・ノルディが会長さんの留守にやって来るなんて、どういう風の吹き回しでしょう?会長さんを食べようと企んでるのに、お留守では意味が無いのでは…。泣きじゃくっている「そるじゃぁ・ぶるぅ」といい、何から何まで謎だらけですぅ~!




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生活指導室から引き揚げてきた会長さんは上機嫌でした。貰って来たケーキの箱には「そるじゃぁ・ぶるぅ」お気に入りのチーズケーキが5個も入っています。会長さんが食べ残したのは1個でしたから、他の4個は先生方が後で食べるつもりで買ったものかも…。
「ほら、ぶるぅ。買ってあげるよって言ってたけれど、貰っちゃった。家に持って帰って食べよう」
「うん!…だけど5個って半端な数だね」
「そうだね。何か入れ物あったかな?…ケーキが1個入るサイズの」
会長さんが言うと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキッチンから紙箱を取って来ました。お菓子の残りとかをくれる時に使われる小さな箱です。会長さんはその中にケーキを1個入れて…。
「はい、サム。ここのチーズケーキは美味しいよ」
「えっ…。俺だけ?」
「うん。1個しか余らないから、サムにあげる。後はぼくとぶるぅで2個ずつ」
ね?と微笑む会長さん。サム君は真っ赤になりつつ嬉しそうです。
「みんな、今日は色々とありがとう。…明日の会議も来てくれるよね?」
当然のように言われて、頷くしかない私たち。嫌だと言っても連れて行かれるに決まってますし。
「ふふ、明日はハーレイも来るんだよ。面白くなりそうだと思わないかい?」
「…あんた、心が痛まないのか?教頭先生に濡れ衣を着せて」
キース君が溜息混じりに零した言葉に、会長さんは軽くウインクしました。
「ちゃんと未遂にしといたよ。…既遂じゃないからいいじゃないか」
「……強姦のな……」
強制猥褻の方がまだマシだ、とキース君は呻いています。えっと、えっと…それって違いがあるのかな?法律のことはサッパリです。私たちが怪訝そうにしていると会長さんがニヤリと笑って。
「要するに、目的がやることだったか、どうかってこと」
「「「えぇぇっ!?」」」
「ハーレイはあっちのブルーとそういうコトを楽しんだ記憶を持ってるんだし、罪状は正しく伝えないとね。…未遂にしてあげたんだから感謝して欲しいくらいだよ。本当は既遂なんだからさ。…記憶の中に限られるけど」
明日の会議が楽しみだ、と会長さんは大きく伸びをしました。
「うーん、肩が凝っちゃった。俯いてるのって疲れるよね。帰ったらのんびりお風呂に入って、ぶるぅにマッサージして貰わなきゃ。…それじゃ明日もよろしく頼むよ、長老会議は放課後だから。ぼくは特別休暇でお休み」
ばいばい、と手を振る会長さん。そういえば1ヵ月間の休暇ってことになりましたっけ、心の傷を癒すとかで。私たちは何度目か分からない溜息をついて影の生徒会室を出たのでした。

次の日の放課後。大学から駆け付けたキース君と柔道部を休んだマツカ君とシロエ君も揃って「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、会長さんがソファに寝そべっていました。
「やあ。休暇って素敵だね。ついさっきまで家でゴロゴロしてたんだ。パジャマのままでご飯を食べて、昼寝して…なかなか有意義」
そう言う会長さんの隣で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ごめんね、ブルーがこんな調子だから…今日のおやつは凄い手抜きになっちゃった」
はい、と差し出されたのは揚げたてドーナツ。これで手抜きって…ビックリです。
「食べ終わったら出かけるよ。…ふふ、ハーレイが長老会議に呼び出しか…。柔道部の方にはなんて言い訳してあった?」
「休みますって言いに行ったら、先輩が教頭先生も会議があって休みなんだ、って言ってましたが」
マツカ君が答えると会長さんは満足そうに。
「なるほど。今日は会議で正解だよね。そして明日からは出張だ。…でも実態は自宅謹慎。バレたら恥ずかしいどころじゃないだろうねぇ。…バラさないけどさ、ぼくの名誉に関わるんだし。強姦未遂が強姦になりかねないのが噂ってヤツの怖いところ」
流石の会長さんも強姦されたと噂になるのは嫌みたい。そりゃあ…アルトちゃんやrちゃんの手前、そんな噂が流れたのでは不名誉なんてものじゃありません。シャングリラ・ジゴロ・ブルーもカタ無しです。
「それじゃ行こうか。ぶるぅ、シールドは任せたよ」
「うん!」
元気一杯の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちは今日も見えないギャラリーでした。会長さんが向かった先は本館にある会議室。先生方が重要な会議に使う部屋の一つで防音なども完璧だとは聞いていますが、生徒には縁のない部屋です。会長さんがノックをして入り、私たちもコッソリ続いて…。
「時間どおりだね、ブルー」
ヒルマン先生が出迎え、他の長老方も会議用の机に座っています。けれど教頭先生の姿は見えません。
「ハーレイには遅めの時間を伝えておいた。議題も一切話してはいない。…ブルー、本当にいいのかね?ハーレイと顔を合わせても」
「うん。…ぼくの席は?」
「そっちに用意したのだが…我々と同じテーブルがいいならそうしよう」
先生方の机から少し離れた所に小さなテーブルと椅子が置かれていました。会長さんはそれを眺めて苦笑すると。
「…間に衝立があるならともかく、これじゃ悪目立ちしちゃうよね。…みんなと一緒のテーブルがいいな。ヒルマンとゼルの間がいい」
「それだとハーレイと正面から向き合う形になってしまうよ。エラかブラウの隣にしては…」
「いいんだ。…ハーレイの顔を見てみたい。今日の議題が何かを知っても、ぼくを真っすぐ見られるかどうか」
会長さんは椅子を引っ張ってきてヒルマン先生とゼル先生の間…テーブルの中央に陣取りました。やがてノックの音が聞こえて、入ってきたのは教頭先生。会長さんに気付いて一瞬息を飲みましたけど、すぐに落ち着いた渋い声で。
「…済まない、時計が遅れていたようだ。待たせただろうか?」
「いや。…時間ぴったりなんだよ、ハーレイ」
ヒルマン先生がテーブルを挟んだ向かいに一つだけ置かれた椅子を指さしました。
「いつもなら長老会議の議長は君なのだが…。今日の議長は私なんだ。君の席はそこになる」
明らかに下座と分かる席を示され、教頭先生は不審そうです。ヒルマン先生は更に重ねて。
「…実は今日のは秘密会議だ。ブラウ、施錠してくれるかね」
「あいよ」
扉に内側から鍵がかけられ、ヒルマン先生が威厳たっぷりに宣言しました。
「それでは、長老会議を始める。…今日の議題はハーレイの教師にあるまじき行為に対する処分だ」
「………!!?」
訳が分からない、という表情の教頭先生。しかしヒルマン先生は全く容赦しませんでした。
「…先日、急病とかで欠勤したろう。その時、見舞いに行ったブルーに酷いことをしたと聞かされた。ブルーは一人で悩んだ挙句に、中間試験で0点を取り、我々にSOSを送ったのだよ。…サインを受け取った以上、無視はできまい。ブルーはとても傷付いている。…この事実に間違いは無いかね、ハーレイ?」
教頭先生はウッと言葉に詰まりました。あの日、教頭先生の家で起こったドクター・ノルディまで絡んだ騒ぎ。酷いことをしたのは教頭先生ではなくて会長さんの方なのですが、それを説明しようとすれば別世界のソルジャーに貰った記憶や催淫剤を飲まされたことを話さなくてはなりません。教頭先生、絶体絶命…。

何も言えずに赤くなったり青くなったり、教頭先生は明らかにうろたえていました。これでは先生方の心証は悪くなる一方というものです。
「…なるほど、どうやら事実のようだ。間違いであって欲しいと願っていたが…。ブルーが可哀相だから詳しいことは聞かないでおこう。しかし処分は必要だ。…本来ならば懲戒免職にしなければならん。だが、キャプテンの君を失うわけにはいかないから、とブルーには納得してもらった」
「………!!」
教頭先生が会長さんを眺め、会長さんは弱々しい笑みを浮かべました。ヒルマン先生が溜息をついて。
「健気だよ、ブルーは。…担任を変更しようと提案しても、ソルジャーとキャプテンの絆は必要だから、と断ったんだ。それどころか…酷い目に遭わされたのに、まだ君のことを信じている。高熱で正気を失ったのが悪かっただけで、普段は優しい人間だ…とね」
「……わ、私が…熱にうかされて酷いことを…?」
強姦未遂犯にされたとは知らず、混乱している教頭先生。ブラウ先生が「見苦しいね」と吐き捨てます。
「欠勤した日にブルー相手に何かした覚えはあるんだろ?…あんたにとっては夢だったかもしれないけどね、ブルーにとっては現実なんだ。担任の教師に襲われるなんて最悪だよ」
「そのとおりじゃ。ブルーは生徒なんじゃぞ、ハーレイ!…自覚するまで謹慎じゃ!!」
ゼル先生の言葉に先生方が同意し、慌てふためく教頭先生に言い渡された長老会議の決定は…。
「ブルーに与えた休暇と同じだけの期間、自宅で謹慎していたまえ。1ヵ月だ。…異存は無いね」
「…………」
言い訳しても無駄だと悟った教頭先生が無言で頷いた時。
「待って!…1ヵ月って長すぎるよ」
声を上げたのは会長さんでした。
「…ハーレイの長期出張って、いつも2週間くらいじゃないか。…なのに1ヵ月も休ませちゃったら、心配する人がきっと出てくる。シャングリラに何かトラブルが起きたのか、って。シャングリラの乗組員との口裏合わせも難しくなるよ、そんなに長いと」
「……ですが、ソルジャー……」
「ブルーでいい」
ヒルマン先生の言葉を遮り、会長さんは続けました。
「みんなを不安がらせちゃいけない。…2週間が限度だと思う。今日が木曜日だから、明日からとして…キリのいい所で再来週の土日までかな。その代わり、ハーレイには毎日、謝罪に来てもらう。ぼくの家まで」
「おやめなさい、ブルー!家にだなんて危険すぎます」
エラ先生が叫びましたが…。
「家に入れるとは言ってないよ。門前払いってこともあるだろう?…もう一度ハーレイを信じたい。だから少しずつ慣れないとね。ぼくの休暇もハーレイの処分が解ける日まででいいから、その間に…ハーレイと普通に話を交わせるようにしたいんだ」
「…ブルー…」
感極まった様子のヒルマン先生。他の先生方も同じでした。
「よろしい。ならば2週間の自宅謹慎としよう。その間、毎日ブルーの家まで謝罪に行くこと。それでいいね?」
「……承知しました……」
教頭先生はガックリと肩を落として処分を受け入れ、そこから先は仕事の引き継ぎなどの話し合いだということで…無関係の会長さんは会議室から退室しました。もちろん私たちも一緒です。
「やったね、明日から2週間の休暇だよ。しかも毎日、ハーレイのお詫び行脚つき」
影の生徒会室に戻ってくるなり、会長さんは大はしゃぎ。お詫び行脚だなんて、またまた何かを企んでるような気がします。玄関前で土下座を1時間とか、その膝の上に重石を乗っけるとか…。
「さぁね?…謝罪はやっぱり態度で示して貰わないと。ヒルマンたちが信じた以上、濡れ衣どころか立派な罪だし」
0点を取った甲斐があった、と会長さんは満足そうです。明日から2週間と少しの間、何もなければいいんですけど…。

翌日から教頭先生は本当に自宅謹慎になってしまいました。表向きは長期出張。それを仕掛けた会長さんは休暇と言いつつ放課後はちゃんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋にいて。
「早速ハーレイが謝りに来たよ。あの後、こってり絞られたらしいね。ぼくを強姦しようとした、って。…なんとか誤解を解いてくれ、って必死で頼んでいたけどさ」
ティラミスをスプーンで掬う会長さんに罪の意識は無さそうでした。
「だからこう言ってやったんだ。誤解を解くにはサイオンで自分の意識を読んで貰うのが一番だろ、って。真相は全部ハーレイが記憶してるんだから」
「…そ、それってちょっとマズイんじゃない…?」
恐る恐る言うジョミー君。教頭先生の記憶の中には別世界のソルジャーが植え付けたヤツもあるんです。
「まずいだろうね。…あっちのブルーに貰った記憶も当然見せることになる。そうなったら強姦未遂どころかヤッちゃったんだと自白するのも同然だ。ハーレイったら泣きそうな顔をしていたよ。今日はそんな感じで1時間ほど玄関前で土下座させといた」
明日から重石を持たせようかな、と会長さんは楽しそう。
「石抱きをさせるつもりなのか!?」
キース君が叫びます。石抱きって拷問の一種だったような。
「そこまではやらないよ。算盤板は持っていないし、重石も無いから冗談だってば。土下座が限界」
ニッコリ笑った会長さんはその日から毎日、教頭先生に玄関前で土下座をさせ続けたのでした。そしてあと数日で処分が解けるという金曜日の放課後、私たちが「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に顔を揃えると…。
「みんな、日曜日は空いてるかな?…空いてたら家に遊びにおいで。ハーレイのお詫び行脚の集大成を見せてあげるよ」
赤い瞳がキラキラと悪戯っぽく輝いています。集大成って…もしかして重石と算盤板を揃えたとか?日曜日といえば謹慎処分の最終日。お詫び行脚の最後を飾る凄い土下座が待っているとか…?
「どんなのかは見てのお楽しみ。…来る?」
好奇心に駆られて頷いてしまった私たち。会長さんは「お昼前においで」と言いましたけど、本当に拷問タイムだったらどうしましょう。…まぁ、その時はその時ですが。

そして日曜日のお昼前。みんなで会長さんのマンションに出かけて玄関前のチャイムを押すと…。
「かみお~ん♪いらっしゃい、お昼ご飯が出来てるよ!」
案内されたダイニングには会長さんが座っていました。昼食はオムライスのように見えたのですが、中身はなんとナシゴレン。会長さんがリクエストしたみたいです。
「今日はリゾート気分なんだよね。リビングを見たらビックリするよ」
首を傾げる私たち。昼食が済んでリビングに行くと、綺麗な南国の花の鉢植えで一杯でした。天井まで届きそうな大きな木です。なんだかとってもいい香り…。
「ハーレイのお詫び行脚に2週間も付き合ったから、ストレスが溜まっちゃったんだ。だから全身エステを頼んだんだよ。…フィシスのお気に入りの店。普通は出張は無いんだけどね。せっかくだし雰囲気も大事かと思って」
「おい。全身エステってことは、もしかして…」
キース君の視線の先にあるのはエステ用らしきベッドと、その横の台に並んだ大小の瓶やクリーム類。会長さんはクスッと笑って。
「うん、下着だけ。…下着なしでもいいんだけどさ、女の子もいるし」
「そこへ教頭先生を呼び付ける気か!!」
「もちろん。…あ、もうすぐ約束の時間になるから、ちょっとお風呂に入ってくるね」
唖然とする私たちを残して、会長さんはバスルームに行ってしまいました。お詫び行脚の集大成は全身エステの見学っていうわけですか!教頭先生にとっては拷問でしょう。まだ石抱きの方がマシだったかも…。頭の中がグルグルしている私たちに向かって「そるじゃぁ・ぶるぅ」が無邪気な声で。
「あのね、お風呂もお花が一杯入ってるんだよ。いい匂いなんだ」
会長さんったらフラワーバスまで用意したみたい。
「…大丈夫かな、教頭先生…」
「鼻血は間違いないと思うぞ…」
どこまで悪戯好きなんだ、と嘆き合っていると会長さんがバスローブを着て戻って来ました。ゆったりとソファに座って「そるじゃぁ・ぶるぅ」が差し出すハーブティーを飲み終えた所でチャイムの音が。
「来た、来た。ぶるぅ、行っておいで」
「かみお~ん♪」
跳ねるように駆けて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が連れて来たのは…。
「「「教頭先生!!?」」」
「…な、なんでお前たちまで…」
青ざめた顔の教頭先生がそこに立っていました。エステティックサロンの人はまだのようです。
「ボディーガード代わりだよ、ハーレイ。…ぶるぅだけかと思ってたんだ?おめでたいね」
クスッと笑った会長さんは廊下の方を指差して。
「文句を言わずに、まず着替え。ぶるぅが用意してくれてるよ」
「…分かった…」
項垂れて「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒に出ていく教頭先生。まさか教頭先生も一緒に全身エステ!?…なんだか眩暈がするような…。と、カチャリとリビングの扉が開いて。
「「「!??」」」
戻ってきた教頭先生は半袖の白いブラウスと青地に白の花柄の長い巻きスカートを着けていました。南国の女性の民族衣装に似ていますけど、これはいったい…。
「ハーレイがエステティシャンなんだよ」
「「「えぇぇっ!?」」」
「ふふ、驚いた?…ゴツイもんねぇ、ハーレイは」
会長さんの唇に浮かぶ艶やかな笑み。
「…前にバレエを仕込んだのと同じ要領さ。フィシスのお気に入りのサロンは仲間がやっているからね。フィシスに頼んで情報を貰って、昨日それを丸ごとコピーした。だから腕前は保証付き。…ぼくが最初のお客だけれど、手抜きは無しでお願いするよ」
バスローブをスルリと肩から落とす会長さん。私たちはポカンと口を開けたまま、石像と化していたのでした。

それから後の会長さんは気持ちよさそうにベッドに寝そべり、教頭先生はローズとアーモンドのスクラブで懸命に全身をマッサージ。プロ根性というのでしょうか、心配していた鼻血は気配も無くて、顔も赤くはなりません。
『…見事だろ?情報をコピーする時、ついでに暗示をかけといたんだ』
会長さんの思念がフワリと流れてきました。マッサージされて夢心地なのが分かります。
『妙な気分になられちゃ台無しだからね。エステをしてる間は腕を揮うことしか考えられないプロ仕様』
終わってからは知らないけれど、と付け足す会長さん。スクラブの次はラベンダーとローズの念入りなアロマティックマッサージでした。スウェナちゃんが小さな声で。
「これって男性用のコースだと思う?」
「…エステのことは俺にも分からん」
女性用かもな、とキース君。元々がフィシスさんの行きつけのサロンの情報ですし、女性用かもしれません。
『…フィシスのお気に入りのコースだけれど、マッサージの基本は同じだよ。…でなきゃ男のぼくには効かないじゃないか』
ストレス解消に頼んだのに、と会長さん。でも本当に全身エステを受けたいほどのストレスだなんて思えませんし、教頭先生をオモチャにしたいだけなのでは…。その教頭先生は私たちの声や思念波にも全く気付かない様子で頑張っています。初めてだとは思えないマッサージの腕前は会長さんが眠ってしまったほどでした。
「ブルー、起きなさい。一度お風呂に入らないと」
仕上げにボディローションを塗るんだから、と揺り起こされた会長さんは再びフラワーバスへ。ゆったり寛いで戻ってくると、ラベンダーのボディローションを教頭先生が馴れた手つきで塗ってゆきます。うーん、どう見てもプロ中のプロ。…やがてエステの時間は終わって…。
「お疲れ様、ハーレイ。ふふ、身体中ツヤツヤだ」
ベッドから降りてバスローブを纏う会長さんの喉の奥がクッと鳴りました。教頭先生の顔がみるみる真っ赤になって、慌てて鼻を押さえます。それはプロ根性が消えた瞬間。会長さんがかけた暗示は本当にエステ限定で…。
「す、済まない、ブルー…。もうこれくらいで許してくれ…!」
「そうだね、明日から学校だし。…あっちのブルーの記憶もいいけど、ぼくをマッサージした記憶の方が…本物だから美味しいよね」
唇を舐める会長さんに教頭先生は土下座して。
「ブルー、私が悪かった!…あの記憶は消してもいいと言ってるだろう。いや、消してくれ!」
「…消さないよ。ノルディっていうオマケもついたし、大事に持っているといい。ああ、それから…。エステの腕は見事だよね。今度あっちの世界に行ってブルーにサービスしてあげたら?…エステをする間は鼻血も出ないし、きっと喜んでもらえるよ」
ソルジャーって苦労が多いからね、と会長さんは微笑みます。
「謹慎処分、懲りただろう?…ゼルたちは誤解してるし、先行き大変そうだけど…。たまにエステをしてくれるんなら、少しは口添えしてあげるよ」
「……考えておく……」
教頭先生はティッシュで鼻を押さえながら出てゆき、着替えが済むともう一度「すまん」と謝ってから帰りました。
お詫び行脚の集大成は流血で幕を閉じたのです。

「…いい気持ちだったよ、全身エステ。初めてだったけど悪くないね」
バスローブのままで寛ぐ会長さんの言葉に私たちは息を飲みました。全身エステは初めてですって?
「うん、初めて。…そもそもエステ自体が初体験」
「そ、それなのに教頭先生に……あんたを嫁に欲しがってる人にやらせたのか!?」
「そうだけど?」
引っくり返った声のキース君に、会長さんはしれっと答えました。
「ハーレイがブルーに貰った記憶、不愉快じゃないか。…だから再生しようとすると実体験が上回るようにしてやったのさ。ぼくの手触りは本物だよ?…これからは記憶を再生する度、もれなく鼻血が出るだろうね。ぼくの身体中、撫で回したし」
「…き、気持ち悪いとか思わないのか、あんたってヤツは!!」
「思わない」
なんと、キッパリ即答です。
「ハーレイの限界は知っているから平気だよ。これでヘタレ直しの修行は挫折。嫁に来いとは言えなくなるさ」
「…教頭先生、修行してたの?」
ジョミー君の問いに会長さんはクスッと小さく笑いました。
「うん。ブルーに貰った記憶を辿ってイメージ・トレーニングをしてたんだ。…自信をつけられたらマズイだろう?
危険は芽の内に刈り取らないとね」
またからかって遊ぶんだ、とニコニコしている会長さん。教頭先生の方は今頃、鼻血の海に沈んでいそうな気がします。お詫び行脚の末に仕込まれてしまったエステの技はなかなかだったようですし…会長さんに呼び付けられて酷使されたりしないでしょうか?…別世界のソルジャーのために出張エステをさせられるとか…。
「あんた、教頭先生で遊ぶためなら本当に手段を選ばないな」
キース君が呆れたように呟きます。別世界での修行に始まり、中間試験でオール0点。挙句の果てに全身エステをさせただなんて、長老の先生方が知ったら気絶しそうな悪戯三昧。先生方は教頭先生が会長さんを襲ったのだと信じてしまっているんですから。
「いいじゃないか。ハーレイはヘタレだからこそ面白いんだ。三百年間ヘタレてたんだし、直そうって方が間違いだよ。…ヒルマンたちもいつか真相に気付いたりしてね」
バレたってお説教が関の山だから大丈夫、と会長さんは涼しい顔です。陥れられて修行の道を転がり落ちた教頭先生、鼻血街道まっしぐらかも。明日から学校に復帰ですけど、教頭先生、どうか御無事で…。




中間試験の全部の科目で0点を取った会長さん。先生方は何か事情があるのだろうと私たちを呼び出して探りを入れてきましたが…結果は思わぬ方向へ。宇宙クジラことシャングリラ号の長老と呼ばれる4人の先生方は、教頭先生が会長さんに良からぬ振舞いをしたのだろうと結論づけてしまったのでした。会長さんから事情を聴きたい、と仰る先生方の意向を受けて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ向かう途中でシロエ君が。
「あそこに教頭先生がいなかったっていうことは…先生方は教頭先生が怪しいと思っていたんでしょうか?」
「そうだろうな」
頷いたのはキース君です。
「ブルーの動向を訊かれた直後に、教頭先生との間に何か無かったかと訊かれただろう?…その質問を想定していたなら、教頭先生は外しておくしかない。本人の前で本当のことは言いにくいものだ」
「どうしよう。セクハラだって思い込んじゃったよ、先生たち」
ジョミー君が嘆きました。私たちは何も言ってないのに、そういう話になっちゃってます。教頭先生を会長さんの担任から外す案まで出ているのでした。
「それがあいつの狙いだろう。俺たちが呼び出されたのも計算の内って気がするぞ」
恐らく高みの見物中だ、とキース君が指差す先には生徒会室がありました。壁の向こうは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。そこには恐らく会長さんが…。
「かみお~ん♪いらっしゃい!」
壁を抜けると「そるじゃぁ・ぶるぅ」がエッグタルトを山盛りにして待っていました。
「先生たちに捕まっちゃったんだよね。ブルーのせいで」
「ぶるぅ、人聞きが悪いじゃないか」
ソファに会長さんが座っています。ティーセットを前にのんびり構えていますが、自分に呼び出しがかかったことを知っているのかいないのか…。
「次はぼくが呼ばれてるんだろ?おやつを食べてからでもいいよね。…気持ちの整理に時間がかかる、ってよくあることだし。ほら、エッグタルト、食べてごらんよ。ぶるぅの自信作、美味しいんだから」
こう言われては逆らえません。私たちがソファに座ると「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお皿と飲み物を配ってくれます。先生方には悪いですけど、会長さんが動かない以上、お茶にするしかないですよね。
「さてと…。どうしようかな、ハーレイのこと」
エッグタルトをフォークでつつく会長さんは見るからに楽しそうでした。
「ゼルが修学旅行の時の話を覚えていたのは最高だった。…今度はどんなのがいいと思う?」
「どんなのって…」
首を傾げる私たちに会長さんはニッコリ笑って。
「教頭室で抱き付かれたとか、無理やりキスをされたとか。…仮眠室に連れ込まれてベッドに押し倒された、っていうのもいいかもね」
「「「!!!」」」
セクハラの内容をでっち上げるつもりらしいです。やっぱり教頭先生を陥れるために無視しまくって、挙句の果てに0点で…教頭先生の古典だけ白紙?
「決まってるじゃないか。…ハーレイに直接仕返しするより、ヒルマンたちを巻き込んだ方が面白いんだ。職員会議で吊るし上げられるハーレイの姿はみんなにも中継してあげるから」
「………。あんた、良心ってヤツは無いのか?」
溜息混じりのキース君。まぁ、良心があったとしても悪戯を優先させそうですけど。
「ハーレイが懲戒免職になりそうだったら、ソルジャーとして撤回させるよ。それでいいだろ?」
それでいいだろ、って…そこまでは放置ということでしょうか。先生方の呼び出しよりもティータイムを優先させようという会長さんです。教頭先生に仕返しするのに先生方を巻き込むくらい、なんとも思っていないのかも…。

エッグタルトを食べている間、会長さんはロクでもない案ばかり練っていました。どれを使ったとしても教頭先生はセクハラ疑惑を免れません。本気でこれを先生方に…?
「みんな食べ終わったみたいだね。じゃあ、そろそろ行こうか」
「「「え?」」」
「生活指導室に行くんだよ。ヒルマンたちが待ってるんだろ?…君たちも一緒に来てくれないと」
ぼくはギャラリーが欲しいんだ、と会長さんは微笑みました。
「ハーレイにされたセクハラについて先生方に打ち明けようっていう重大極まりない場面だよ。大いに楽しんでくれたまえ。…ぶるぅ、シールドを」
「オッケー!!」
「思念波も通さないように頼むよ。ぼくとのコンタクトを除いて…ね。エラたちに絶対バレないように」
「任せといて!ぼくだってタイプ・ブルーだもん♪」
アッという間に私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のシールドの中に入っていました。会長さんの大好きな『見えないギャラリー』というわけです。先生方もこんなオマケがついて来るとは夢にも思っていないでしょう。会長さんは意気揚々と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋から出て…。
「この先は思い詰めた顔をした方がいいかな。なんといっても被害者なんだし」
生徒会室の壁の鏡を眺めて悲しげな表情を作り、私たちを引き連れて生活指導室へと向かいます。見るからに元気の無さそうな顔は、それは見事なものでした。
「…失礼します」
弱々しく生活指導室のドアをノックし、会長さんが中へ入ると先生方が一斉に息を飲みました。
「ブルー…!気分でも悪いのかね?」
「ううん、大丈夫。…みんな、長いこと待たせてごめん」
お茶をしていたなんて誰も思いもしないのでしょう。ヒルマン先生は会長さんを大急ぎで椅子に座らせて。
「顔色があまり良くないな。無理をしてはいけないよ。…ブラウ、飲み物を」
「あいよ。紅茶でいいかい?」
ブラウ先生が出してきた紅茶の缶は会長さんのお気に入りの銘柄でした。私たちには好みも聞かずに緑茶でしたが、今度はカップも高級そう。会長さんがソルジャーであると実感させられる厚遇ぶりです。おまけに美味しいと噂のお店の箱からチーズケーキまで出てきました。
「ぶるぅの腕には敵わないだろうが、ここのケーキは評判でね。話をしながら食べるといい。その方が気持ちが落ち着くだろう」
ヒルマン先生が勧めましたが、会長さんは俯いています。シールドの中で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が羨ましそうに。
「いいなぁ、ブルー。食べないんだったらくれればいいのに」
「馬鹿!一発でバレるだろうが、俺たちが隠れているってことが」
「あ、そうか。…残念…」
キース君に注意された「そるじゃぁ・ぶるぅ」は未練がましくチーズケーキを眺めています。そういえば食べ歩きで舌を鍛えてるんでしたっけ。欲しがるってことは美味しいケーキなんでしょう。会長さんのクスクス笑いと「今度買ってあげるよ」という思念が微かに響いてきました。でも、会長さんは俯いたまま。
「ブルー、黙っていたのでは何も伝わらないよ」
日常生活でサイオンは使っていないのだから、とヒルマン先生が促します。
「…中間試験でわざと0点を取っただろう。私たちの注意を引くためかね?」
コクリと頷く会長さん。先生方は目と目を交わして、ヒルマン先生が続けました。
「これは君の友人たちから聞いたのだが…ハーレイを無視しているそうじゃないか。中間試験の答案用紙もハーレイの古典だけが白紙だった。…ハーレイとの間に何があった?」
「……………」
「言いたくないのはよく分かる。エラも触れない方がいいのでは、と言っているから、無理に訊こうとは思わないがね」
「……ぼくが…迂闊だったんだ…」
会長さんは膝の上で両手を握ると、肩を小さく震わせて。
「……ハーレイの気持ちは知っていたのに、うっかり家に…行っちゃったから…」
「「「家に!?」」」
先生方の声が引っくり返って重なります。会長さんが選択したのはタチの悪い方のシナリオでした。

「…試験より少し前なんだけど、ハーレイが欠勤したって聞いて…。その前の日も早退してたし、ちょっと心配になったんだ。…ハーレイ、滅多に病気しないし…」
それは教頭先生が別世界へ修行に行った日のこと。先生方に何処まで話すつもりでしょうか?会長さんや教頭先生、「そるじゃぁ・ぶるぅ」にそっくりな人たちやシャングリラ号がある世界については、SD体制やミュウの迫害など不安な要素が多すぎるから伏せておきたいというのが会長さんの意向です。もしかして長老の先生方にはこれを機会に話すとか?
「そういや、そんな日があったっけね。鬼の霍乱」
ブラウ先生が言い、ゼル先生が。
「それで見舞いに行ったのか!…ハーレイの家には絶対一人で行っちゃならん、と前から言ってあったじゃろう!」
「…ちゃんと言いつけは守ったよ。ジョミーたちも、ぶるぅも一緒に行った」
だから安心してたんだ、と会長さんは赤い瞳を伏せました。
「……あんなに熱が高いだなんて思わなかった。…熱がある時って、おかしくなっちゃうものなんだね…」
「………まさか………」
引き攣った顔のエラ先生。
「ブルー、無理に話す必要はありません。傷付いてしまうのはあなたです」
「…平気だよ。……最後までされたわけじゃないから」
「「「!!!!!」」」」
飛び上がらんばかりに驚く先生方。シールドの中の私たちだってビックリです。あの言い方では、相当に危ない目に遭わされたとしか聞こえないではありませんか!
「…と……友達が助けてくれたのかね…?」
上ずった声のヒルマン先生に会長さんは首を振って。
「……みんな驚いてしまってて…誰も助けてくれなくて……。もしもハーレイが気を失ってくれなかったら…」
「危なかったっていうのかい!?」
ブラウ先生が拳を握り締めています。教頭先生が此処にいたら、殴り飛ばしそうな勢いでした。会長さんは答える代わりに深く俯き、その表情は見えません。
「…これは由々しきことじゃぞ、ヒルマン!!」
「そのようですな…」
先生方は顔色を失くし、セクハラどころではない騒ぎについて真剣に討議し始めました。クスクスクス、と会長さんの思念が伝わってきます。
『これでハーレイは強姦未遂ってことになるかな。本当かどうか確認しようにも、君たちは十八歳未満の子供だし…ハーレイが何をやったかまでは訊けないよねぇ』
それは確かにそうでした。私たちは目撃者ではありますけれど、先生方の立場からすれば…猥褻な行為の中身がどんなだったか、生徒に尋ねるなんて論外です。見ていただけでも心の傷になっているかもしれませんし。
「…ブルー。どうしてすぐに知らせにこなかったのかね。ハーレイに口止めされていたとか…?」
「………だって……家に行ったぼくが悪いんだし…」
自分を責めるような口調で言って会長さんは瞳に涙を浮かべました。
「…だから誰にも言わずにおこうと思ってた。…だけど…ぼくが何をされたか、ジョミーたちは見てたんだ。そう思うと自分が汚らわしい存在になったみたいで、いくら我慢しても耐えられなくて…とうとう…」
真珠のような涙が零れて膝を濡らします。エラ先生が慌ててハンカチを取り出し、会長さんにそっと渡して。
「…分かりました。分かりましたから、それ以上話すのはおやめなさい。…辛い思いをしたのですね」
会長さんは涙を拭おうともせず、声を殺して泣き始めました。青ざめた顔色といい、どう見ても強姦未遂の被害者です。先生方はもう疑いはしませんでした。
「ブルー、しばらく学校を休みなさい。ぶるぅと旅行にでも行ってくるといい。友達も一緒の方がいいなら、ジョミーたちにも特別休暇を出すことにしよう。今、大事なのは心と身体を休めることだよ。…その間にハーレイの処分を決定しておく」
ヒルマン先生がそう宣言し、他の先生方も賛同します。教頭先生を処分って…まさか懲戒免職とか!?

長老と呼ばれる先生方が会長さんに提案したのは1ヶ月間の休暇でした。元々授業になんか出てないんですし、休暇も何もないんじゃないかと思いますけど、不祥事が起こった事に対するけじめってヤツらしいです。
「…それでハーレイの処分だがね」
ようやく泣き止んだ会長さんを気遣いながらヒルマン先生が切り出しました。
「本来なら職員会議に諮らなければならないのだが、そうなれば他の先生方に事情を話す必要がある。それでもいいと言うのだったら、そうしよう。…それとも我々長老だけの会議で決定してしまう方がいいかね?長老会議で決められたことは絶対だ。職員会議など問題ではない」
「…ぼくは知られたくないけれど…。でも、処分って…」
「常識的には懲戒免職しかないだろう。しかしハーレイを失うわけにはいかんのだ」
眉間に皺を寄せて難しい顔をするヒルマン先生。
「我々を纏め上げ、引っ張っていけるだけの人物は他にはいない。ハーレイがシャングリラのキャプテンを務めているのもその力量があればこそ。…校長先生は政財界との交流や学園の経営にかけては天才的だが、ハーレイとは全くタイプが違う。ハーレイはシャングリラ学園にとって無くてはならない人物なのだよ。…分かるね?」
「……うん……」
「ハーレイがこの学園に居続けることは、君には耐え難いだろうとは思う。それでも居て貰わねばならんのだ。…ソルジャーの務めだと思って我慢してくれというのは酷だろうか?…酷いことを言っているとは分かっている。それを承知で頼みたい。…ハーレイが教頭を続けていくのを、どうか許してやってくれ」
このとおりだ、とヒルマン先生は机に両手をついて深々と頭を下げました。エラ先生やブラウ先生、ゼル先生も沈痛な面持ちで続きます。会長さんが「うん」と言うまで顔を上げるつもりはないのでしょう。
「……頼む、ブルー…。我々にはハーレイが必要なのだ…」
ヒルマン先生が苦渋に満ちた声でそう言ってから、どれくらいの時間が経ったのか。会長さんは深い溜息をつき、何度か口を開こうとしては躊躇った末に…。
「…分かってる…。そうだろうと思っていたから、何も言わずに黙ってた。…ぼくはソルジャーなんだし、みんなの為には我慢するしかないんだ…って…。ハーレイは…とても有能だから…」
「おお!…済まない、ブルー…。感謝する」
机に頭がつきそうなほど深くお辞儀をして、ヒルマン先生はお礼の言葉を何度も何度も繰り返しました。
「ありがとう。…これでハーレイを失わずに済む。その代わりに…と言ってはなんだが、他の方法で何らかの罰を与えよう。十分反省し、二度と過ちを起こさないようにね」
どんな処分をするかは会長さんのプライバシーを尊重して長老会議で内々に決定する、とヒルマン先生。
「自宅謹慎でどうだろうか?…対外的には長期出張だと誤魔化しておけるし、学園の関係者にもそれなりの言い訳を用意すれば納得する筈だ。謹慎期間は協議の上ということで…。どうだね、ブルー?」
「…家から一歩も出さないってこと?」
「流石にそれは無理だがね。世話係をつけるわけにもいくまい?日用品の買い出しなどは許すしかない。…自宅謹慎では生ぬるい、と思うようなら希望するものを言ってくれれば…。座禅などがある厳しいお寺に修行に出してもいいのだよ。根性を叩き直してくれそうだ」
会長さんは「ううん…」とか細く呟いて。
「…自宅謹慎でいいと思う…。ハーレイが反省してくれるなら」
「では、自宅謹慎ということにしよう。…ただ、ハーレイの弁明も一応は聞いておかないと…。だから処分はすぐには無理だ。明日の放課後、ハーレイを呼び出して長老会議を開催する。…それからになるが構わないね?」
「…その会議。…ぼくも出るっていうのはダメかな」
「「「!!?」」」
驚いた顔の先生方に、会長さんは揺れる瞳を向けました。
「…もしもハーレイが何もしてないって主張したなら、ぼくの立場は…。ジョミーたちを証人に呼ぶのは可哀相だし、代わりにぼくが座っていれば…ぼくの目の前なら、ハーレイも嘘はつけないかも…」
「なるほど」
ヒルマン先生が顎に手を当て、他の先生方と目を見交わして。
「…それがいいかもしれないな。ハーレイを見るのは辛いだろうが、衝立を置くという方法もあるし。…そして、その前に決めておかねばならないことが…」
「………?」
首を傾げる会長さんにヒルマン先生が重々しい口調で言いました。
「君の担任をどうするか、だよ。…今のままでは色々と問題があると思ってね…」
あちゃ~!長老の先生方は本気で会長さんの担任を替えるつもりです。私たちがいない間に議論を重ねていたのでしょう。ここまで話が進んでるなんて、会長さんったら、どうするんですか~!!

エラ先生が冷めてしまった紅茶を淹れ直し、暖かいカップを会長さんに勧めました。
「お飲みなさい、ブルー。…少し気持ちを落ち着けないと」
「……ありがとう……」
お礼だけ言って飲もうとはしない会長さんに、先生方は更に誤解を深めたようです。よほど傷付いてしまったのだと確信している表情でした。やがてヒルマン先生が代表で…。
「やはり担任について考えなければならないようだ。…これは重要な問題だよ」
「……担任って……。ぼくの担任は昔からずっと…」
「そう、この学園が出来た時からずっとハーレイが担任だった。…だが、このままでいいのかね?」
ヒルマン先生は咳払いをして続けました。
「この件についての協議にハーレイを交える必要はない。…君が来る前に話し合っていたのだが…。君とハーレイの間に何かあったというなら、担任を替えるべきだとブラウが主張したのだよ。…どうやら我々が思った以上に君は傷付いているようだ。…この際、ハーレイから距離を置くのもいいかもしれない。…最近はグレイブのクラスに出ているようだし、グレイブに担任をして貰うかね?」
場合によっては自分たち長老が引き受けてもいい、とヒルマン先生は付け加えました。
「…我々にも担任しているクラスはあるし、望むなら喜んで受け持つよ。ただし、その他の先生は無理だ。…グレイブなら名実を一致させたという理由で通るし、我々ならハーレイが多忙だからだということに出来る。だが、それ以外の先生となると、少々無理があるだろう?…皆、君の担任をするには力不足だ。なんといっても君は大切なソルジャーだからね」
「…分かってるよ…。誰でもいいってわけにはいかないものね…」
会長さんは瞳を伏せてじっと考えを巡らせています。
「…ブルー、返事は急がないよ。ハーレイの謹慎期間中にゆっくり考えておきたまえ」
今日はこれまでにしておこう、とヒルマン先生が言いましたが。
「…ううん…。担任はハーレイのままでいい。みんなもその方がいいだろう?」
「ブルー…?…いったい、何を…」
「……ぼくはソルジャーで、ハーレイはシャングリラのキャプテンだから」
無理に微笑んでみせる会長さんは、いつもよりずっと儚げでした。
「…ぼくがソルジャーを務めてゆくには、みんなの補佐が欠かせない。…ハーレイは纏め役だしね…。ぼくとの絆が切れてしまったら、いざという時に連携が上手くいかないかも…」
「………ソルジャー………」
息を飲み、居心地が悪そうな先生方。会長さんが指摘したことは恐らく事実なのでしょう。ソルジャーという呼称が出たのですから。
「…ぼくが我慢すれば済むんだろう?…ハーレイを懲戒免職には出来ないから我慢してくれ、って言ったよね。だったら担任の方も我慢させればいいじゃないか。…ソルジャーなんだから諦めろ、って」
「………ブルー……!」
エラ先生が悲痛な声を上げました。
「おやめなさい、ブルー!…私たちは何もそこまで…」
「そうじゃ、犠牲になれとは言わん!…我儘くらい言ってみんかい!」
ゼル先生も続きましたが、会長さんは静かに首を左右に振って。
「……いいんだ。何があったか知って貰えただけで十分だよ。…みんなの気持ちだけ受け取っておく。それにね……ハーレイはあの時、熱があったんだ。正気の時は優しいんだし…」
「甘いよ、ブルー!…あんただって男のくせに、男の怖さを知らないのかい?」
凄い剣幕で遮ったのはブラウ先生。握り締めた拳が震えています。
「あいつがあんたを大事にしてるのは知ってるけどね。…酔っ払うとよく言ってるんだよ、あんたを嫁に欲しいって。下心のあるヤツほど優しく振舞うってのは常識だろ!?」
「うむ。…愛は真心、恋は下心と言うからな」
ヒルマン先生が大きく頷き、「知っているかね?」と会長さんに尋ねました。
「言葉そのままの意味なのだが…愛と恋の漢字を頭の中に書いてごらん。…愛だと心という字が真中に入る。しかし恋だと心は下になるんだよ。…だから気をつけた方がいい。ソルジャーだから、と固く考えずに、もっと自分を大事にしたまえ」
「……ううん、本当にいいんだってば。…ぼくはハーレイが嫌いじゃないよ。…あんなことがあってショックだったから、無視しちゃったりしてたけど……懲戒免職とか担任を外すとか言われてみたら気が付いた。…ハーレイがいなくなるのは嫌なんだ。…でも…素直に認めるのは癪だったから…」
心配させてしまってごめん、と会長さんは謝りました。
「明日の会議、衝立なんか要らないよ。…ちゃんとハーレイの顔を見ながら出席する。もう大丈夫、平気だから」
そう言ったかと思うと冷めかかっていた紅茶を飲み干して。
「御馳走様。…チーズケーキ、持って帰っていいかな?ぶるぅが好きなケーキなんだ」
「え、ええ…。どうぞ」
エラ先生が箱に入れたケーキを受け取った会長さんはペコリとお辞儀して生活指導室を出てゆきます。私たちも慌てて続き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はシールドの中でニコニコ顔。えっと、とりあえず任務終了でしょうか。明日の長老会議とやらも多分ギャラリーするんですよね…?




シャングリラ学園に中間試験の季節がやって来ました。試験の1週間ほど前から1年A組の一番後ろに机が増えて、会長さんが混ざっています。授業の方は居眠っているか、仮病で保健室に行っているかのどちらかで…休み時間にはアルトちゃんとrちゃんを口説きまくるのが日課でした。最近の会長さんは以前にも増して熱心です。
「だって。女の子って可愛いじゃないか。…そりゃフィシスには敵わないけど、つい手を出してみたくなるよね」
明日から試験という日の放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で会長さんが微笑みました。
「出すな!!」
睨み付けたのはキース君。
「今のあんたならやりかねん。あれ以来、何を考えてるのか分からんからな。…サム、しっかり手綱を握っとけよ」
「俺、ブルーが幸せだったらそれでいいんだ」
会長さんの隣に座るサム君は今日もニコニコしています。休み時間に会長さんがアルトちゃん達を口説いていても、幸せそうに見てるだけ。これじゃ手綱を握るどころか、逃げられたって仕方ないのでは…。でも会長さんはサム君が気に入っているらしくって、公認宣言を撤回する気配はありません。それとは逆に徹底的に避けられているのが他ならぬ教頭先生でした。
「ブルー、古典の授業を1回も受けなかったよね」
パウンドケーキを頬張りながらジョミー君が指摘したとおり、会長さんは1年A組での古典の授業を全部サボッてしまいました。それも教頭先生が顔を出す前に逃げてしまって、会長さんの机はいつも空席。前は古典の授業は必ず出席して居眠りしたり、落書きしたり、わざと倒れて授業を中断させてみたりと好き放題だった筈ですが…。
「いいじゃないか、授業を受けなくても問題ないし。君たちの満点は保証するよ」
「…でも…」
マツカ君が口を挟みました。
「教頭先生に訊かれたんです。ずっとブルーに避けられているが、まだ根に持っているのだろうか、って」
最近の会長さんは教頭先生に会っても完全に無視。会釈どころか足早に立ち去り、呼び止められても知らん顔です。
名前を呼ばれているのに聞こえないふりをし、教頭先生なんか見えていないように振舞うのでした。これでは教頭先生がマツカ君に事情を聞こうとするのも当然と言えば当然で…。
「それで?…なんて答えたんだい、マツカ」
「いえ…。ぼくは何も聞いていません、と言いましたけど…」
「言っちゃえばよかったのに。ぼくはハーレイを怖がって逃げてるんだ、って。…ハーレイに薬を飲ませた時は君たちも現場に居たんだからさ。ノルディを呼んだ時には見えないギャラリーだったけどね」
ティーカップ片手に会長さんは唇を尖らせました。
「あんな記憶を後生大事に抱え込んでる担任だよ?どう考えてもセクハラじゃないか。しかもその後、思い切って嫁に来ないかって言ったんだ!…これで怒らない方が変じゃないかと思うけど」
「………。額面通りに受け取るのなら、それで正解なんだがな」
キース君が腕組みをして。
「あんたの場合、一筋縄ではいかないだろう?…アルトたちを派手に口説いているのは、あの件の反動じゃないかと思う。だが、教頭先生を無視しているのが分からない。いつもならとっくに仕返ししている」
言われてみればそうでした。ただひたすらに避けるだけなんて、会長さんらしくありません。けれど会長さんの顔に浮かんだのは儚げな笑み。
「…ぼくだって、たまには傷付くんだよ」
赤い瞳を静かに閉じて、会長さんはサム君の肩にもたれました。
「ハーレイがサムみたいに優しかったら、あんなとんでもない夢を持ったりしないと思うんだよね。単にぼくと一緒に暮らしたい…っていうだけだったら、何もかも丸く収まるのにさ。…だから大人って嫌いなんだ」
えっと。サム君は何もしないから安心だっていうことでしょうか?それに年齢だけでいったら会長さんだって立派な大人なのでは…。会長さんの考え方は私たちにはサッパリです。教頭先生が嫌われたらしいのは確かですけど、この先、いったいどうなるのやら…。

1位がお好きなグレイブ先生が監督する中、中間試験が始まりました。会長さんのお蔭で今回も答えがスラスラ書けます。初めて体験するクラスメイト達は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の御利益なのだと聞かされていて、御利益を運んでくれた会長さんに感謝の言葉が降り注ぐ日々。今日で3日目、試験もいよいよ最終日ですが…。
「すまん、ブルーは来ているか?」
教頭先生に声を掛けられたのは、スウェナちゃんと廊下に出た時でした。1年A組以外のクラスは試験勉強に必死ですから、廊下はガランとしています。教頭先生、いつから待っていたんでしょう?
「…他の生徒には聞きにくくてな。ブルーは来たか?」
「はい。自分の席にいますけど」
「そうか。…それで、その…。ちゃんと元気にしているだろうか」
「元気ですよ?」
なんだか変な質問です。会長さんが出席してるかどうか、なんてグレイブ先生に後で確かめればいいのでは?それに元気かって…。私たちを待たなくたって他の生徒で十分なような。
「…ありがとう。時間を取らせて済まなかったな」
穏やかな笑顔でお礼を言われると悪い気持ちはしませんけれど、教頭先生の真意は謎でした。私たちが不思議そうに見詰めていると、教頭先生は咳払いをして。
「いや、ちょっと…。ブルーの様子を見に来ただけだ。元気だったらそれでいい」
なるほど。避けられているだけに気になる、というところでしょうか。教頭室のある本館の方へ向かう背中には哀愁の二文字が見えました。それを知ってか知らずか、試験が終わって「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に私たちが集まると、会長さんはにこやかに。
「ぶるぅ、ハーレイの所に行ってくれないかな。打ち上げパーティーのお金を用意してくれてると思うんだよね」
「…あの…」
スウェナちゃんがおずおずと口を開きました。
「教頭先生、ずいぶん心配しているみたい。お金を取りに行けば顔を見せてあげられるし…」
「…ぼくが?なんで出向かなきゃいけないのさ。ぼくの機嫌を取りたいんなら、届けに来ればいいじゃないか。この部屋のことはハーレイだって知ってるのに」
「あんたが立ち入り禁止にしてるんだろうが!…生徒以外はお断りって。まして避けられている教頭先生にすれば結界みたいなものだと思うぞ」
入りたくても入れないし、とキース君が言いましたけど、会長さんは涼しい顔。
「ここまで来いとは言ってないよ。生徒会室のぼくの机に置いて帰れば済むだろう?…そうしないってことは、ぼくが来るのを待ってるんだ。その手には引っ掛からないからね。ぶるぅ、行っておいで」
「オッケー♪」
飛び出して行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」はすぐに熨斗袋を持って帰って来ました。
「足りなかったらハーレイの名前でツケにしといていいんだって!行こうよ、今日は個室で串カツだよ!活けの海老とか揚げてくれるし、美味しいんだから!」
うわぁ、高級そうな串カツ屋さん!私たちは教頭先生のことなんかすっかり忘れてタクシーに乗って街に繰り出し、食べて騒いで楽しく盛り上がったのでした。

それから数日が経って、試験結果の発表日。1年A組はもちろん学年トップでグレイブ先生はご満悦です。私たちも満点の答案用紙を返して貰って、放課後はキース君と柔道部の二人も一緒に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ行こうと中庭を歩いていたのですが…。
「あなたたち、ちょっといらっしゃい」
待ち構えていたように現れたのはエラ先生。生活指導をなさってますが、私たち、何かマズイことでも…。もしかして串カツを食べに行った時、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がチューハイを頼んでいたのがバレましたか!?どうしよう、停学になっちゃいますよ~!!
「あらあら、何か悪いことでもしたのですか?…みんな真っ青な顔をして。大丈夫、少しお話をしたいだけです」
その『お話』が怖いんです、と心で叫ぶ私たちが連れて行かれたのは生活指導室でした。ここへ来るのは全員、初めて。現役の1年生の頃ならともかく、何が悲しくて特別生の身で連行されなきゃいけないのでしょう。第一、チューハイを飲んだのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」で、私たちはジュースとウーロン茶なのに!
「やあ、呼びつけて済まなかったね」
えっ、ヒルマン先生?…ゼル先生にブラウ先生も!?部屋の中には宇宙クジラ…いえ、シャングリラ号の長老と呼ばれる5人の内の4人までが揃っていたのでした。こんな面子に呼ばれたとなると、停学くらいで済まないのでは…。
「その顔つきでは後ろ暗いようじゃが、校則違反なぞどうでもいいわい。わしらの用事は別の話じゃ」
ゼル先生がぶっきらぼうに言い、エラ先生が。
「おかけなさい。…あなたたちに聞きたいのはソルジャー…いえ、ブルーのことです」
「「「えぇぇっ!?」」」
会長さんったら、何をやらかしてくれたんですか!ビクビクしながら椅子に座ると、ブラウ先生が緑茶を配ってくれました。ヒルマン先生はお饅頭を配りながら。
「君たちはブルーと親しいそうだが、最近、何か変わった様子はなかったかね?…悩んでいたとか、そういうことは?」
「えっ…」
会長さんに悩み、ですって?あの件以来、教頭先生を避けているのは事実ですけど、悩んでいるようには見えません。それに会長さんのことなら、私たちよりフィシスさんの方が詳しいのでは…。会長さんとフィシスさんが恋人同士なのは先生方もご存じです。キース君がそう言うと、即座にヒルマン先生が。
「もちろんフィシスにも尋ねたのだよ。だが、私たちの望む答えは得られなかった。それで今度は君たち7人に来てもらったというわけだ。ブルーが何をしていたのかはクラスメイトに聞くのが早そうだからね」
クラスメイトと言われても…。今年はまだ中間試験と入学式の日の実力テストでしか会長さんは私たちのクラスに来ていません。普段の授業中に会長さんが何処にいるのか、それすら知らない私たちです。多分「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋か、自分の家で好きに過ごしているんでしょうけど。
「ヒルマン。こういう話はズバッと言っちまうのが一番だよ」
回りくどいのは好きじゃない、とブラウ先生が割り込みました。
「あんたたちに尋ねたいのは試験期間中のブルーのことさ。…1年A組が全員満点を取っているのはブルーが混ざったお蔭だろ?なのに肝心のブルーときたら、全科目で0点を取ったんだ」
「「「0点!?」」」
「そう、0点。赤点なんて甘いモンじゃなくて、掛け値なしの0点なんだよ。無茶苦茶な答えが書いてあったり、白紙で出してあるのもあった。…こんなことは今まで一度も無かっただけに、あたしたちにもサッパリ理由が分からないのさ」
会長さんが…0点…。どう考えてもわざとです。追試になったりするのかな…。ゼル先生がフンと鼻を鳴らして。
「ブルー…いや、ソルジャーの実力を我々はよく知っておる。追試をしたらこれ見よがしに満点を取って馬鹿にするつもりかもしれんのだ。じゃが、馬鹿にされるようなことはしておらん。…しておらん…と思うのじゃが…」
「けれど、全科目0点だったのは事実です。理由も無しにそんな点数を取るでしょうか」
エラ先生が溜息をついて視線を膝に落としました。
「試験の1週間ほど前からブルーは1年A組に在籍していましたが、グレイブに尋ねても心当たりは無いそうです。
これ見よがしに0点で統一するなど、事情があるとしか思えません。悪戯にしてもやり過ぎですし、私たち教師に抗議したいことでもあったのでしょうか。…何か聞いてはいませんか?」
聞いてないかと言われても…。会長さんが0点を取ったというのは初耳ですし、そんなそぶりも皆無でした。何のために間違った答案や白紙を提出したのでしょう。確かに悪戯にしては酷すぎますけど、エラ先生がおっしゃるような抗議行動とも思えません。わざと0点を取って無言のアピールをするくらいなら、学校中にビラを撒きそうな気がします。それも捏造だらけの怪文書を。
「…君たちにも心当たりは無いかね」
困った顔のヒルマン先生に私たちは「すみません」と頭を下げるしかありませんでした。
「そうか…。では、もう一つ聞かせてほしい。…ハーレイのことだ」
「「「は!?」」」
会長さんの0点の次は教頭先生についてですか!?それって生徒に聞くようなこと…?職員会議の管轄では…。

「ハーレイがブルーの担任なのは知っているね。そして古典の教師でもある。ブルーの中間試験の答案なのだが、古典だけが白紙で提出されていたのだよ」
他は出鱈目でも解答が書いてあったのだ、とヒルマン先生は言いました。
「担任の担当する科目だけが白紙で他は無茶苦茶、結果は0点。これは担任に訴えたい何かがあったか、あるいは担任が気に入らないか。そのどちらかだと思われるのだが、決め手が無くてね。…そこで聞きたい。ハーレイとブルーの間で何か起こっていないかね?」
えっと。会長さんが教頭先生を無視しまくっていることくらい、学校中にバレバレなのでは…。私たちは顔を見合わせましたが、そこでハッタと気が付きました。他の先生や生徒の目がある時に会長さんが教頭先生と出くわしたことは無かったのです。タイプ・ブルーだけに、教頭先生の居場所を把握しながら自分の通路を選んでいたというわけでしょう。
「心当たりがありそうじゃな」
ゼル先生が髭を引っ張り、ブラウ先生が。
「あんたたちを呼んで正解だったよ。ダテに友達をやってないねえ」
「「「友達!?」」」
「そうさ。…あんたたち、ブルーの友達だろ?特別生は今までに何人もいたけど、ブルーの友達はいなかった。毎日ぶるぅの部屋に入り浸らせるほど仲良くなったケースは無いんだよ。よっぽど気に入ったんだろうねぇ、あんたたちが」
あれ?…それじゃフィシスさんやリオさんは?
「フィシスは最初から特別だったのさ。ブルーが恋人にしようと連れて来たんだし、友達とはちょっと違うんだ。リオの方は腰が低すぎてダメだね。悪戯好きのブルーには物足りなく見えるみたいだよ」
あんたたちは楽しい仲間らしい、とブラウ先生はウインクしました。
「で、ブルーは何をやっているんだい?…全科目で0点を取ってハーレイのメンツを潰そうっていう魂胆かい?」
「…そうするからには何か理由がある筈だ」
顎に手を当てるヒルマン先生。
「ブルーが全科目0点だったと職員会議で判明した時、ハーレイが顔面蒼白になった。担任だから無理もない、と思ったのだが、違ったのかもしれないな。…身に覚えがあった、ということもある。君たちの様子からして、その確率が高そうだ。…生徒に聞くのも妙だとは思うが、一度卒業した特別生だし、ここは大目に見てくれたまえ」
そして先生は声を潜めて。
「………ブルーはセクハラに遭ったのかね?」
「「「は!?」」」
せ、セクハラって…。教頭先生と会長さんの間に何かあった、というだけのことで何故にセクハラ!?
「これは失礼。君たちは知らなかったのか…。勘ぐりすぎてしまったようだ」
ヒルマン先生が言い訳を始める前に、ブラウ先生が「知らないってことはないだろう」と。
「ハーレイはブルーに一方的に惚れてるのさ。…知らなかったかい?」
どう返事すればいいのでしょう。首を横に振るべきか、縦に振るべきか。横に振ったら知らなかったことになるんでしょうか?困惑する私たちを見たエラ先生が。
「この様子では知っていますね。…ハーレイには私たちも困っているのですけど、ブルーが構わないと言うので見て見ぬふりをしてきました。でも、今回の0点がハーレイのせいだというなら、考え直さないといけません」
「そうじゃ、そうじゃ!…ハーレイが何かやりおったのじゃ。ブルーはわしらに知らせる代わりに、0点を取って注意を引こうと…。今から思えば修学旅行のアレも」
ハッと口を押さえたゼル先生に、他の先生方の視線が集中しました。
「……修学旅行がなんですって?」
エラ先生の咎めるような視線にゼル先生は頭を押さえ、仕方がない…というように。
「去年の修学旅行の時じゃ。わしが夜中に見回っておると、ブルーが泣きそうな顔で飛びついてきて、ハーレイに襲われそうになったと言いおってな…」
「ちょっと!そんな報告、聞いてないよ!!」
ブラウ先生を筆頭に先生方の非難の声が責め立てる中、ゼル先生は額に汗を浮かべて。
「ブルーが報告しないでくれと言ったんじゃ。表沙汰になると学校に居づらくなる、とな。…それに修学旅行が終わって暫くしてから、あれは自分の悪戯だったと謝りに来たし…」
「それは判断が難しいな。…本当にブルーの悪戯だったか、あるいはハーレイが悪戯だったと言わせたか。以前だったら間違いなく悪戯だったと言い切れたろうが、今回の0点を見てしまうと…」
疑いの目で見ざるを得なくなる、とヒルマン先生が言い、他の先生方も頷きました。修学旅行で起こった事件は私たちも『見えないギャラリー』として眺めていたので真相を知っているんですけど、魔がさしたとでも言うのでしょうか。教頭先生の潔白を証言する人は誰一人としていませんでした。

先生方は修学旅行の事件について話し合った後、私たちの方に向き直って。
「…教頭がセクハラだなんて、これが普通の学校だったら恥ずかしい限りなんだがね…」
ヒルマン先生が切り出しました。
「君たちも知ってのとおり、ここは特殊な学校だ。ブルーはソルジャーでハーレイはキャプテン。…その役職においては恋愛沙汰は全く問題ないのだよ。だからブルーの担任がハーレイであっても、誰も異を唱えはしなかった。それにハーレイが担任をするというのはブルーの希望でもあったしね」
なんと!教頭先生が会長さんの担任をやっているのはソルジャーとキャプテンという要職同士だからではなく、会長さんの趣味でしたか。自分に片想いしているヘタレの教頭先生をオモチャにするには、担任と生徒というのは極上の関係と言えるでしょう。私たちは溜息をつき、ヒルマン先生が苦笑いして。
「…エラの言うとおり、君たちもハーレイの気持ちを知っているようだね。では、改めて聞かせてもらうよ。…ブルーとハーレイの間で何があったか。……セクハラかね?」
「「「…………」」」
私たちは言葉に詰まってしまいました。別世界からのお客様のことを先生方はご存じありません。教頭先生が別世界へ修行に行ったお土産に凄い記憶を貰ってしまって、それが原因でドクター・ノルディまで巻き込む騒ぎになっただなんて、もちろん言える筈も無く…。
「…無理ですわ、ヒルマン。とてもデリケートな問題です。…教師には話しにくいでしょう」
エラ先生の助け船に、ホッと息をつく私たち。それで先生方には分かってしまったようでした。
「…やっぱり…。ハーレイも焼きが回ったねぇ」
「いつかこうなると思っていたんじゃ!…おのれハーレイ、よくもソルジャーに…」
呆れた顔のブラウ先生と、拳を震わせるゼル先生。エラ先生とヒルマン先生は眉間を押さえて深い溜息。
「…………。具体的に何があったかは聞かないことにしておこう」
長い長い沈黙の後、口を開いたのはヒルマン先生でした。
「ソルジャー……いや、ブルーはどうしているのかね?…我々の目には普段と変わりなく見えたのだが」
私たちは何度も視線を交わし、肘でつつき合い…キース君が代表に押し出されました。
「…教頭先生を徹底的に無視しています」
「無視?」
「はい。…呼ばれても聞こえないふり、顔を合わせても見えないふりです」
「それは随分と…酷いようだね。なるほど、それでハーレイの担当科目だけが白紙だったというわけか。見えていない問題ならば解答しようがないからな。そこまで嫌っているとは思わなかった」
事態はかなり深刻そうだ、とヒルマン先生。
「よっぽどのことをしたんだよ。…まだ1学期の半ばだけども、担任を変えた方がいいかもしれないね」
「…担任を変えるじゃと?…誰が担任するんじゃ、ブラウ!」
「適役がいるじゃないか。どうせブルーは今年もこの子たちのクラスに入り浸りさ。…グレイブだよ」
「あんな若造にソルジャーのお守が務まるかいっ!!」
ブラウ先生とゼル先生の議論が始まり、ヒルマン先生とエラ先生も難しい顔をしています。まさか担任を変更だなんて…。三百年間も会長さんを担任してきた教頭先生を外すだなんて、シャングリラ学園創立以来の大事件に違いありません。もしかして会長さんはそれを狙って0点を?…その為に教頭先生を無視?…そういえば古典の試験は初日でした。試験最終日に教頭先生が会長さんの様子を見に来ていたのは、白紙解答に驚いたからでしょう。
「…これはブルーに事情を聞くしかないですな」
「それが最善だと思います。…傷付けないよう、注意を払わなくてはなりませんけど」
結論が出たらしく、ヒルマン先生がエラ先生と頷き合ってから、私たちに。
「…貴重な情報をありがとう。ぶるぅの部屋に行こうとしている所だったかな?」
はい、と答えると言われたことは…。
「我々の用は終わったから、行きたまえ。もしブルーがいたら、此処に来るよう言ってほしい。留守だったら、ぶるぅに伝言を頼む。…私たちが話をしたがっているから、都合のいい日を教えてくれ…とね」
シャングリラ号の長老方が会長さんに…呼び出し。教頭先生を無視しまくって、中間試験で0点を取って、呼び出しを食らった会長さん。これが会長さんの狙いでしょうが、いったい何をする気ですか~!




別世界のシャングリラに住むソルジャーから凄いお土産を貰ってしまった教頭先生。会長さんそっくりのソルジャーと大人の時間を楽しむという夢のような想い出らしいのですが、実際のところは向こうのキャプテンが体験した記憶をソルジャーにコピーされたもの。本物の教頭先生はソルジャーの艶姿に鼻血を出して失神してしまい、何も覚えていないんです。その『お土産』を後生大事に抱えようとした代償は…。
「ノルディが車に飛び乗ったよ。大急ぎで行くって言っていたから、猛スピードで走るだろうね。信号に引っかからずに走り抜けられたら、5分ちょっとで着くんじゃないかな」
窓の外を見下ろす会長さんに陥れられた教頭先生。煽り立てられた挙句、熱を冷ます為の薬だと見事に騙され、ソルジャーが「ぶるぅ」に持たせた催淫剤セットの中の2つの薬を自分に使ってしまったんです。飲むタイプが1つと塗るのが1つ。おまけに「1回イクまでどうにもならない」暗示までかけられているわけで…。
「ふふ、ハーレイは重症だ。ベッドの上で悶々として転がってるけど、ぼくの暗示は強力だから、そう簡単にはイけないんだよね。ノルディが着く方が絶対に早い」
「あんた、本気でエロドクターに…」
キース君の顔が青ざめ、会長さんはニヤリと笑って。
「診察させるつもりだけれど?…どんな診断をするかはノルディに任すよ。励ましてから立ち去るも良し、大物にチャレンジしてみるも良し」
お、大物にチャレンジって…!さっきのボランティア精神発言といい、本当に教頭先生をエロドクターの餌食にしようというのでしょうか。いくらなんでも可哀相です。そりゃあ…ソルジャーとの記憶を手放さなかった教頭先生も悪いんですけど…。
「ふぅん、可哀相だと思ってるんだ?自業自得とは思わないわけ?…それにハーレイがぼくにしたいと思ってることを自分で体験してしまったら、ぼくと結婚したいだなんて言わなくなるかもしれないし…。一度ひどい目に遭えばいいのさ」
「…もしかして…俺も…?」
消え入りそうな声でそう言ったのはサム君でした。
「俺、ブルーのことが好きだけど…ブルーは女の子の方が好きだし、俺もブルーには迷惑なのかな…。教頭先生みたいになりたくなければ忘れろっていう警告なわけ…?」
「サム…。違うよ、サムはハーレイとは違うから。全然押し付けがましくないし、思い込みだって激しくないし…サムには何もしないってば」
大真面目に答える会長さんにサム君は…。
「あのさ…。ブルー、怒るかもしれないけど…。俺、教頭先生を助けてあげたいんだ。ブルーが好きだっていうのは俺と同じだし、三百年もブルーのことを大事にしてきた人なんだろう?…エロドクターからブルーを守ろうと頑張ったのも知ってるし…。だから…」
「恋敵を助けたいって言うのかい?…サムって優しすぎるよね…。そんな所が好きなんだけど」
会長さんは溜息をつき、教頭先生の家の方角を眺めながら。
「あーあ、予定が狂っちゃったな。…誰も帰ってくれないし…サムにはお願いされちゃうし。…仕方ない、みんなで行くしかないか」
「「「は?」」」
みんなで行くって、もしかして…?
「ハーレイの家に決まってるだろ。その代わり、何を見ても文句は言わせないからね。とりあえず最初はギャラリーなんだ。十八歳未満の団体だからモザイクはかけてあげるけど」
「「「モザイク!?」」」
「そう、モザイク。…色々と目の毒だと思うよ、君たちみたいな子供には。ぶるぅ、みんなで飛ぶから手伝って。それと着いたらシールドだ」
「オッケー♪」
「ちょ、ちょっと…」
ちょっと待って、と言い終わる前に青い光が私たちを包み込みました。ギャラリーにモザイクって、いったいどうなっちゃうんですか~!!

瞬間移動させられた先は教頭先生の寝室でした。私たちは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も含めて全員シールドの中。会長さんが大好きな『見えないギャラリー』というわけですが、外の音声は聞こえます。さっきよりも更に荒くなっている教頭先生の息遣いがハァハァと…。
「一応努力はしてるようだね。…無駄じゃないかと思うけどさ」
会長さんの言葉に釣られてウッカリ見ちゃったベッドの上には、ランニングシャツと紅白縞のトランクスしか身に着けていない教頭先生の姿がありました。えっと、えっと…せわしなく動く両手の先をぼかしているのがモザイクってヤツ!?うわ~ん、とんでもない所に来ちゃいましたよ!スウェナちゃんと私は耳まで真っ赤。ジョミー君たちは硬直です。
「…だから帰れって言ったのに。見たくないなら目を瞑って耳も押えていたまえ」
そ、そんなことを言われても…怖いもの見たさと言うのでしょうか、それとも多感なお年頃なのがマズイのでしょうか。私たちはベッドから目を逸らしただけで、誰も目を瞑りはしませんでした。
「やれやれ、好奇心に満ちた子供は恐ろしいね。…ハーレイったら必死になっているけども…あの程度ではどうにもならない。記憶の中のブルーを思い浮かべて頑張るだけでは無理なんだ。ぼくの暗示は甘くはないよ。ブルーを抱いた記憶の持ち主に相応しい刺激が得られない限り、イけないようにしてあるし」
「なんだと?」
反応したのはキース君。この状況でも頭は冴えているようです。会長さんはクスッと笑って。
「よく考えてみてごらん。ブルーを恋人にしてるハーレイがヘタレていると思うかい?…数えきれないほどブルーを抱いている筈だ。まりぃ先生のイラストを眺めて盛り上がってるハーレイなんかとは違うのさ。ハーレイが満足できる程度の刺激でイッちゃうようでは、ブルーの相手は務まらないよ」
ハーレイにはブルー相手に頑張れるだけの根性を見せて貰わないと、と会長さんは言い放ちました。
「記憶の中のハーレイが耐え抜いたのと同じだけの快感をやり過ごすまでイけないように暗示をかけた。記憶の代償を身体で支払えっていうのは、そういう意味。…元々、あっちのハーレイと入れ替わってブルーを抱いてみたいと高望みしてたことだしね。さて、どのくらい時間がかかることやら…。イク前にノルディが来るんじゃないかな」
「ヤバイじゃねえか!」
サム君が叫びましたが、会長さんは雨戸の方を見ています。
「来た、来た。急いでるのは分かるけれども、住宅街は徐行すべきだよねぇ。緊急車両じゃないんだからさ。…おっと、門扉の鍵が閉まってたっけ。うん、これでいい」
どうやらサイオンを使って開けたようです。玄関は合鍵で開けてそのままですし、ドクターは到着したらすぐに入れるというわけで…。教頭先生はそんなこととは夢にも知らず、まして私たちがいるとも気付かず、荒い息遣いだけが響いています。防音になっているので外の音声は聞こえませんが、ドクターはもう、すぐそこに?
「車を止めて降りたとこ」
会長さんが答えた直後にチャイムの音が鳴りました。
「「「!!!」」」
教頭先生もビクッとしましたが、咄嗟に反応できないようです。チャイムは何回か鳴って終わりでした。ドクターは答えを待たずに突入することにしたのでしょう。ところが教頭先生はホッとした顔でさっきの続きを始めているではありませんか!
「ハーレイったら、訪問販売か宗教の勧誘だとでも思ったようだね。…ふふ、ノルディはもう階段の下まで来てるんだけど」
楽しそうな会長さんが言い終えるのと、寝室の扉がバン!と開いたのは同時でした。
「失礼します!!」
駆け込んできたドクターの腕から往診用の鞄がドサリと床に。
「…きゅ、…急患だと…聞いたのですが…」
呆れ果てた、という表情でドクターはベッドの上の教頭先生を眺めました。
「…お取り込み中でございましたか。やれやれ、悪戯電話に引っかかってしまったようです」
「い…たず…ら…電…話…?」
ハァハァと息をしながら途切れ途切れに尋ねる教頭先生。予期せぬ訪問者に身体はカチンコチンに固まっています。
「ええ、悪戯電話というヤツですよ。あなたの具合が悪いから往診してくれ、とブルーから電話があったのですが…サイオンで覗き見をしていたのでしょうね」
「…ブルー…が…?」
「そうです。あなたの大事なブルーからでした。…頼まれた以上、やはり診察しませんと」
ドクターは落とした鞄を拾い上げると、ベッドのそばに近付きました。
「まず問診をしましょうか。…この症状はいつからです?」

どう見ても病人ではない教頭先生を前に、ドクターは大真面目な顔で『お医者さんごっこ』をする気のようです。本物のお医者さんですから『ごっこ』というのは変ですけども、そも、病気ではないわけですし…『ごっこ』と呼ぶのが相応しいような。教頭先生は紅白縞のトランクスをゴソゴソ履き直し、掛け布団を首まで引っ張り上げました。私たちの視界からボケた部分が消え失せます。
「…布団を被られては困りますね。診察の時には剥がしますよ」
ドクターは教頭先生の顔を覗き込み、もう一度ゆっくり尋ねました。
「チャイムを無視なさるほど忙しかったようですが…いつからそんな状態ですか?…ブルーに覗きの趣味があるとは思えませんし、彼が関係しているのでは?」
「…い、いや…」
「ほほう。…無理強いをして逃げられたとか、それとも悪戯で誘惑されたか…。私の推理では後者です。艶姿をご覧になったのではないでしょうね?そんな良い光景を独り占めなさってはいけませんよ」
「…!!!」
ある意味、図星を突いた言葉に唾を飲み込む教頭先生。ソルジャーとの記憶が鮮明に蘇ったに違いありません。その一瞬をドクターは見逃しはしませんでした。
「当たりでしたか。…では、せっかくですから熱を測るついでに拝見させて頂きましょう」
スッと右手を教頭先生の額に置いて目を閉じるドクター。教頭先生の心を読む気なのでしょうが、そんなことをしたらあの記憶が…!
「………何故です………」
地を這うような低い声を絞り出し、ドクターはワナワナと震え出しました。
「…何故、あのブルーがあなたなんかと!!」
あらら。ソルジャーの存在を知らないドクターは、教頭先生が会長さんを抱いたと勘違いしてしまったようです。教頭先生は大慌て。
「ち、違う…!そ、それは…その記憶は…」
「…なんですって?…ブルーではない?」
詳しく聞かせて貰いましょうか、と凄んだドクターは次の瞬間、おかしそうに笑い出しました。
「ははは、サイオンとは便利なものですね。一部始終が分かりましたよ。…あなたの記憶に怒ったブルーが腹いせに私に電話をしてきたというわけですか。なるほど、なるほど」
使ったのはこの薬ですか、とドクターが手に取る前に飲み薬と塗り薬の小瓶がフッと消え失せます。それは会長さんの手の中にあり、そこから更に宙へと消えて…。
「ノルディには渡せないからね。分析して同じものを作ろうとするに決まってる。処分するのが一番なのさ」
そしてドクターの方も小瓶が消えた辺りを見つめて不敵な笑みを浮かべました。
「証拠隠滅ときましたか。…この絶妙なタイミング。今もブルーは何処かで観察しているようですね。これは私も頑張りませんと…。そうでしょう、ハーレイ?」
「…な、何を…」
「決まっているではありませんか。ブルーは私に治療を頼んできたのです。…務めを果たすまでですよ」
ドクターは掛け布団をバッと剥ぎ取り、下着姿の教頭先生を絡み付くような視線で眺めて。
「…私の好みからは外れていますが、守備範囲は広い方でしてね。体格差で尻ごみしていたのでは、経験値なぞ上がりません。…大丈夫、気を楽にしておいでなさい」
「…ちょ、ちょっと待て、ノルディ…!」
「この場合、治療が最優先です。あなたにも御協力いただかないと」
言うなりドクターは教頭先生の首に顔を埋めました。
「…うっ……ノ…ルディ…」
呻くように上がった声にドクターは指を滑らせながら。
「ああ、申し訳ありませんが…唇へのキスは無しにします。噛み付かれたら大変ですしね」
その分は他で楽しませて差し上げますから、と首筋に舌を這わせてゆくドクター。ものすごく危ない状況ですが、会長さんが動く気配はありません。教頭先生も薬が効いているせいなのか、払いのけることができないようでした。
「おい、このままだとマジでヤバイぞ」
キース君が焦り、サム君が会長さんの腕を引っ張って。
「ブルー、まずいよ。教頭先生、動けないんじゃ…」
「いいんだってば。…ここへ来る前に約束しただろ、何を見ても文句は言わない…って」
悠然と見ている会長さん。1回イクまでどうにもならない、という暗示を解く気も無さそうですし、助ける気なんて皆無なのかも…。

「…如何ですか、ブルーを抱くより前に御自分が抱かれる羽目になった御気分は?」
ドクターは教頭先生のランニングシャツを捲り上げて胸を指と舌で弄っているようでした。私たちにはボケていて見えませんけど、教頭先生が途切れ途切れに漏らす声の感じからして、かなりな腕の持ち主かと。…っていうか、教頭先生、あんな色っぽい声が出せたんですねぇ…。ちょっとビックリ。
「楽しいだろう?…ノルディが頑張ってくれてるんだし、しっかり見物しとかないとね。あ、君たちはモザイクつきだし、そうハッキリとは見えないか…」
クスクスと笑う会長さんは無修正で見ているようです。三百年以上も生きてるんですし、シャングリラ・ジゴロ・ブルーでフィシスさんとも深い関係がある人ですし、別に問題ないんですけど…悪趣味というか何と言うか。そしてドクターは興が乗ってきたらしく、とんでもないことを言い出しました。
「せっかくですから、あなたが貰ったという記憶の中の動きを全て再現してみましょうか?…ええ、勿論あなたがブルーの役で、私があなたを演じるのですよ」
ひえぇぇ!私たちは青ざめましたが、教頭先生は既に翻弄されまくっていて抗議の声も出せません。会長さんは「いい趣向だ」と頷いています。も、もう、ついていけないかも~!ドクターの手が紅白縞のトランクスにかかったのを見たらクラッと眩暈が…。
「…4人脱落」
頭を抱えて座り込むのと、会長さんの声が重なりました。他にも3人脱落したみたい。エロドクターの卑猥な台詞と教頭先生の喘ぎ声が折り重なる中、脱落者はいつの間にか7人全員に…。もはや見ているのは会長さんと、子供で意味が分かっていない「そるじゃぁ・ぶるぅ」だけでした。サム君が掠れた声で会長さんを呼びながら。
「…助けてやれよ、ブルー!…このままじゃ…このままじゃ、教頭先生が…」
「もうちょっと。…もうちょっとで面白いことになるんだからさ」
笑いを含んだ会長さんの声に重なってゆく教頭先生の激しく荒い息遣いと艶っぽい声。もうちょっとだなんて言われても…早く助けないとマズイのでは…。
「見てもいないくせに文句を言わない!ギャラリーの役に立っていないんだし、そこで大人しくしていたまえ。本当にもうちょっとなんだ。ねぇ、ぶるぅ?」
「んと…んと…。何が?」
「ごめん、聞いたぼくが馬鹿だった」
「それ、ぼく、ちょっと傷ついちゃう。…だけど、ハーレイ、獣みたいな声だよね」
獣ですって!絶妙な表現に会長さんが吹き出したのと、教頭先生の一際熱い叫びは同時でした。も、もしかして…イッちゃいましたか…?…エロドクターの声がねちっこく聞こえてきます。
「…いい顔を見せて頂きましたよ。ブルー役、よくお似合いで…。ふふ、お楽しみはこれからです」
ハァハァという呼吸は教頭先生なのか、ドクターなのか。もうヤバイなんてものではなくて、面白いなんてものでもなくて…。会長さんったら、何をどうするつもりなんですか~!と、私たちがシールドの中で絶叫した時。
「どりゃぁあああ!!!」
野太い声が部屋に響いて、重たいものが床にドスンと落ちました。こ、この気合と震動は…。
「…っっつぅ…」
痛そうな呻きはドクターのもので、思わず顔を上げる私たち。床の上にドクターが仰向けに倒れ、それを教頭先生が肩で息をしながら仁王立ちになって見下ろしています。ランニングシャツしか着てませんから、ちょっとモザイクかかってますけど。
「…いたたた……。よくも素人相手に…」
「それは私の台詞だ、ノルディ」
教頭先生は紅白縞のトランクスを拾い上げ、よいしょ、と履いて。
「私がイッたら治療は終わりの筈だろう。…ブルーが何と言ったか知らんが、これ以上は遠慮してもらう」
まだハァハァと息が乱れているのに、これだけの言葉を一気に喋れる教頭先生。鍛え方が半端じゃないのでしょう。ドクターは腰を擦りながら身体を起こし、天然パーマの頭を振って立ち上がると。
「…言われなくても退散しますよ。今のですっかり気がそがれました。この埋め合わせはいずれブルーに…。いえ、ブルーよりも…」
顎に手を当ててドクターはニヤリと笑いました。
「あなたの記憶で見せて頂いたブルーの方に一度手合わせ願いたいものです。…ああ、だからといってブルーを諦めたわけではないですよ?あちらのブルーも素敵でしょうが、嫌がるブルーを手なずけるのが私の積年の夢ですからね。今度もう一人のブルーにお会いになったら、宜しくお伝え頂きたい。もしも紹介して頂けたら、今日の治療費と打ち身の慰謝料は倍にしてお返し致しましょう」
合計でこれだけになります、とボッタクリな金額を告げるドクターに教頭先生は苦い顔をして財布を取り出し、代金を渡すと声をひそめて。
「払った以上、守秘義務はキッチリ守ってもらうぞ。…喋りまくられたのではたまらん」
「頼まれなくても言いませんよ。…私の趣味が疑われますし」
二人の間でバチバチと火花が飛び散り、しばらく睨み合いが続きましたが…。
「…では、くれぐれもお大事に」
「うむ。…気をつけて帰ってくれ」
流石は大人同士です。さっきまでのことは無かったようにお医者さんと患者の関係に戻り、ドクターは帰ってゆきました。えっと、これで円満解決かな…?

「お見事、ハーレイ。…あの態勢でよく投げ飛ばせたね」
パチパチパチと拍手が響き、会長さんが一人でシールドの外へ。ベッドに腰を下ろそうとしていた教頭先生は、突然現れた会長さんの姿に口をパクパクさせています。
「…み…見ていたのか…!まさか最初から…全部…?」
「うん、全部。…ノルディに電話をした後、すぐに来たんだ。本当に危なくなったら助けるつもりだったけど…ハーレイなら自分で撃退するかな、とも思ってた。予想以上に立ち直りが早くて驚いたよ」
「…そうなのか…」
ホッとしたような表情が教頭先生の顔に浮かびました。
「お前に見られていたというのは恥ずかしいんだが、ノルディを叩き出せてよかった。…あんな状態の時にお前が来たら、ノルディは矛先を変えるからな。正直、あの状況ではお前を守れる自信が無い」
「まったく、どこまでお人好しなんだか…。ノルディを呼び出したのは、ぼくなんだよ?」
「…それでも、だ。お前が危ない目に遭うよりはずっといい」
教頭先生は穏やかに微笑み、落ちていたズボンを履いてワイシャツも身に着けてゆきます。これが大人の余裕でしょうか?…会長さんは唇を尖らせ、不満そう。
「ちぇっ、なんだかつまらないな。…あの記憶を消去したくなるほど困らせようと思ったのに」
「確かに大いに困りはしたが…。いい勉強になったと思う。ノルディが配役を決めたお蔭で、よく分かった。私だけが気持ちよくなったのではダメなのだな。…お前を十分満足させられないといけないらしい」
「えっ…」
会長さんの目が点になり、それはシールドの中の私たちも同様で。そんな会長さんに気付かず、教頭先生はにこやかに笑って続けました。
「今回はお前が意識をブロックしていたせいで長いこと耐える羽目になったが、それだけの時間を耐え抜かないと本番では役に立たないようだ。…お前が嫁に来てくれないのも無理はない。夫婦生活に不安があったか…」
「ち、違うってば!ぼくにはそんな趣味は無いんだから!!」
「…私だってノルディにやられるまでは、やることばかり考えていたが…やられてみたら最悪というわけでもなかったぞ。気持ち良かった部分もある。…ブルー、お前も食わず嫌いは良くないな。私が修行を積んで自信をつけたら、思い切って嫁に来ないか?」
なんと!教頭先生はエロドクターに嬲られた末に開眼してしまったようでした。今まで以上に会長さんへの想いが募りそうです。会長さんは顔を引き攣らせ、床のクッションを拾い上げて。
「ハーレイの変態!!」
ボスッ、と顔を目がけて投げると、ポカンとしていた私たちまで一気に青いサイオンで包み込むなり瞬間移動。感情が昂ぶっていると「そるじゃぁ・ぶるぅ」の補助が無くても全員を連れて飛べるんですねぇ…。
「なんで裏目に出ちゃうのさ!…ハーレイったら、やる気満々じゃないか!!」
元のリビングに戻った会長さんは眉を吊り上げて叫びました。そこへすかさずキース君が。
「…何もかも、全部あんたが仕掛けたんだろうが。ヘタレ直しも、今度のことも」
「そりゃそうだけど、ノルディのヤツにオモチャにされたらショックを受けると思ったのに!…プライドが傷付いた所で釘を刺すつもりだったんだ。ハーレイがぼくに望んでるのはそれとおんなじ事なんだよ、って!!」
「なるほど。…致命的な読み違えをしてしまったわけだな。教頭先生は燃えているぞ。…どうやって修行をするつもりかは知らないが」
キース君の容赦ない言葉に会長さんはソファに突っ伏し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が無邪気な声で。
「ねぇねぇ、遅くなったし、みんな晩御飯を食べて帰るよね?急いで用意するから待ってて。…それとね、教頭先生の修行、ぶるぅに頼めば出来ると思うな。ねぇ、ブルー。ヘタレ直し、また頼んでおく?」
「……ぶるぅ、ヘタレ直しも修行の話も綺麗サッパリ忘れるんだ。もう二度と頼まなくていい」
ソファに沈んだままの会長さんに「は~い♪」と元気よく返事を返して「そるじゃぁ・ぶるぅ」はキッチンに駆けてゆきました。会長さんの悪戯も今回ばかりは最悪な結果になったようです。エロドクターに食べられかけて持久力の必要性を悟った教頭先生。ヘタレ直しの修行と併せて、頑張りまくるに決まっています。
「ヤバイよね」
「うん、ヤバい」
私たちは顔を見合わせ、窓の外に光る一番星に心の中でお祈りしました。
『教頭先生のヘタレが永遠に直らないよう、お願いします』
お星様に私たちの心の声が届くでしょうか?…もしかしたら教頭先生が同じお星様に願掛けをしていたりして…。教頭先生、三百年越しの想いを遂げるべく、只今、絶賛修行中。ソルジャーとの記憶を大事に抱えて、目指すは会長さんとの甘い新婚生活です。会長さんもこれに懲りたら、少しは悪戯しなくなるかな…?




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