忍者ブログ

シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

 夏休みも明日で終わってしまう八月の三十日。
 ぼくはハーレイから素敵なプレゼントを貰ってしまった。
 真夏の太陽の光を集めてギュッと閉じ込めたみたいな、綺麗な金色をしたマーマレード。
 昨日、ハーレイは夕食を食べずに早めに帰って行ったんだ。隣町にあるハーレイが育った家で、お父さんとお母さんが食事を作って待ってるから、って。
 誕生日の次の日だもの、仕方ないよね。誕生日はぼくが独占しちゃったんだもの。
 そしたら今日の朝、マーマレードの大きな瓶が入った紙袋を提げて訪ねて来てくれた。
「おふくろと親父が、持って行けってうるさくてな」
 ぼくの部屋のテーブルに瓶を置いて、アイスティーとお菓子を持って来たママにも説明をした。
「母が作ったマーマレードです。いつもお世話になっていますし、お召し上がり下さい」
「いえ、そんな…。お世話になっているのはブルーですのに」
「庭に夏ミカンの木があるんですよ。食べ切れないほど作ってますから、ご遠慮なく」
 お口に合えばいいんですが、ってハーレイは言うけど、きっと美味しいに決まってる。とろりと溶けた蜂蜜とお日様を混ぜた色。夏の光がいっぱい詰まったハーレイのお母さんのマーマレード。



 ママが直ぐに持って行こうとしたから、「待って」って止めた。
 せっかく貰ったマーマレード。ハーレイのお母さんの話も聞きたかったし、夏ミカンの木の話も聞きたい。作ってくれた人を思い浮かべながらマーマレードの瓶をよく見てみたい。
 後で下まで持って行くから、とテーブルの上に置いたままにしておいて貰った。本当にゆっくり見たかっただけなんだけれど、ママが部屋を出て、階段を下りて。足音が小さくなって消えたら、ハーレイがニッコリ笑ったんだ。「どうして分かった?」って。
「え、何が?」
「なんだ、知ってたわけじゃないのか。これはな、本当はお前に渡したかったんだ。…おふくろも親父もそうしたかったんだが、お前の家ではそれは通用しないしな…」
「何の話?」
 キョトンとしたぼくに、ハーレイはパチンと片目を瞑ってみせた。
「将来、俺の……その、なんて言うんだ? 嫁さんと言っていいのかどうか…。とにかく俺の結婚相手になるお前に、って親父とおふくろが持たせてくれたマーマレードなのさ」
 …お嫁さん。ぼくがハーレイのお嫁さん…。
 いつかハーレイと結婚するんだって決めているけど、パパにもママにも話していない。
 でもハーレイはお父さんたちに話してくれたんだ。ぼくのことを。ぼくと結婚することを…。
「お前のパパとママはそういう事情は知らないからなあ…。だから表向きは俺が世話になっている御礼ってコトにしといたが、本当はお前宛なんだよ。親父もおふくろも喜んでたさ」
 とても可愛い子供が一人増えた、ってな。
 そう聞いてぼくは真っ赤になった。
 ハーレイと結婚したら、ハーレイのお父さんとお母さんはぼくのお父さんとお母さんだ。
 まだ結婚もしていないのに、もう子供だって言って貰えた。お母さんが作ったマーマレードまで貰ってしまった。
 嬉しいけれど、ちょっと恥ずかしい。だから耳まで赤く染まった。
 ハーレイのお父さんとお母さん。ハーレイから時々、話を聞くだけのお父さんとお母さん。
 どんな人たちなんだろう? ぼくのためにってマーマレードをくれた人たちは…。



 ドキドキしながらハーレイに訊いた。ぼくのことをいつ話したの、って。
「ん? 前から話はしてあったがな…。事情があってチビの守り役をする、とな」
「チビは酷いよ!」
「お前、本当にチビだろうが。俺と会ってから少しも育たん」
 そう言ってハーレイは笑うけれども、昨日の夜にお父さんとお母さんの前で宣言したらしい。
 年を取るのはもうやめる、って。これからも誕生日を迎える度に年を取るけど、外見の方は今の姿で止めておく、って。
 その約束はハーレイがぼくと再会した時にしてくれた。キャプテン・ハーレイだった頃と同じに見える今の姿を保ってぼくが育つのを待つ、と。
 ハーレイが年を取るのをやめにするから、お父さんとお母さんも年を取るのを止めるんだって。
 流石ハーレイのお父さんたちだ。ハーレイはぼくに会わなかったらまだまだ年を取る予定だったと前に話してくれたし、年を取るのが好きな家系なのかな?
 今の時代はみんなミュウだから、若いままの人も多いのにね。ハーレイくらいの年になったら、自分のお父さんたちと見た目の年が変わらないなんて、ごくごく普通のことなのに。
 ハーレイのお父さんたちは、ハーレイがぼくの守り役になったことは知っていたけど、恋人とは思っていなかったから凄くビックリしたらしい。
 こんなに小さいのにもう恋人で、もう結婚すると決めているのか、と。
 ぼくの年には驚いたのに、ぼくが女の子じゃないってことは全く気にしていなかったって。
 ハーレイが一日遅れの誕生日を祝いに帰った家で、ぼくのことをきちんと話してくれたっていうのが嬉しかった。ハーレイのお父さんとお母さんが喜んでくれたことも。
 お父さんには「小さな子供に手を出すなよ」って釘を刺されたみたいだけどね。



 ハーレイ、ぼくの姿もちゃんと思念でお父さんたちに伝えてくれたんだ。
 「可愛いだろう」って自慢したって威張ってた。
 庭に大きな夏ミカンの木がある家のリビングで、ぼくの話をして、姿も伝えて。
 夏ミカンの実で作るマーマレードが自慢のお母さんは、ぼくが女の子じゃなかったことには少しガッカリしたかもしれない。マーマレード作りが好きな男の子は、ぼくの友達には一人もいない。ぼくもマーマレードを作りはしないし、ちょっぴり申し訳ない気がした。
 いつかハーレイと結婚したら。
 ハーレイと一緒に暮らせるようになったら、ハーレイのお母さんの家に出掛けてマーマレードの作り方を習わなくっちゃ。
 ぼくのために、ってマーマレードをくれたお母さんの隣でエプロンを着けてマーマレード作り。お鍋に沢山の金色が溢れて、庭ではハーレイが夏ミカンの実を採っているだろう。キッチンに次の夏ミカンの山が届けられたら、洗って、むいて、皮を刻んで…。
 そういう時間もきっと楽しい。
 ハーレイのお母さんも「女の子じゃなくても楽しいわね」って思ってくれると嬉しいな。
 幾つも並んだマーマレードが詰まったガラス瓶。
 ハーレイのお父さんたちが家で食べる分と、ぼくとハーレイとで食べる分。ぼくのパパとママに届けて食べて貰う分。
 うん、結婚してハーレイの家で暮らすんだったら、三軒分のマーマレードが要りそうだよね。
 夏ミカンの木はとても大きいらしいし、それだけ作っても余るんだろう。余った分はハーレイのお母さんが知り合いの人たちに配って回る。新しく出来た子供と一緒に作りました、って。
 想像しただけで胸がじんわり暖かくなった。
 ぼくはハーレイのお父さんたちの新しい家族になって、夏ミカンの大きな木がある家でテーブルを囲んで食事なんかも出来るんだ。隣町にあるハーレイが育った家で。



 ちょっとヒルマンに似ているっていうハーレイのお父さんは、ぼくを川遊びとかキャンプとかに連れて行きたいと言ってくれた。
 釣りが大好きなお父さん。海釣りもするけど、今の時期だと川でアユの友釣り。オトリのアユを使って釣る方法は本で読んだことがあるだけで、ぼくは普通の釣りさえしたことがない。
 ぼくの身体が弱いと聞いたお父さんは「可哀相にな」って心配してくれて、「そういう子供でも元気に遊べる川やキャンプ場に連れて行ってやりたいな」とハーレイに言ったらしいんだけど。
 ハーレイはぼくが大きくなるまで、お父さんたちに会わせてくれないんだ。
 「親父たちの家まで連れて行く途中と帰りの道とが大変だしな?」と頭をポンと叩かれた。
 二人きりで車に乗って出掛けることになるから、ハーレイの我慢の限界を超えてしまうって。
 キスを許してくれないのと同じで、二人きりのドライブも許してくれない。
 せっかくお父さんが釣りに誘ってくれているのに。ぼくは釣りをしたことが一度も無いのに。
 キャンプ場に行こうって、お父さんが言ってくれてるのに。
 ハーレイのケチ!



 マーマレードが自慢のお母さんは、小さなぼくと二人で散歩に行きたいんだって。
 一人息子のハーレイはとっくの昔にすっかり大きくなってしまって、連れて歩いても全然可愛く見えないから、って聞いたら可笑しくて少し笑ってしまった。
 天気のいい日は、あちこちの家の庭に咲いた花や実をつけた木とかを眺めながら歩いて、公園を幾つも回って歩くお母さん。散歩コースには知り合いの人が大勢いるんだって。
 「すっかりおばあちゃんになった私がこの子を連れて歩いたら孫みたいでしょ?」とハーレイにニッコリ笑って、ぼくを連れて行きたいと頼んだらしい。
 ぼくと二人で通り道にある家の庭を見ながら歩いて、公園に行って。公園に着いたら搾りたてのミルクで作ったソフトクリームを買って貰って、一休みして、また二人で歩いて。それから小さな喫茶店に入って、お母さんのお気に入りの美味しいものを食べて休憩するんだ。
 ホットケーキがうんと分厚いお店や、選んだ果物でフルーツパフェを作ってくれるお店とか。
 そういう所にぼくを連れて行きたい、ってお母さんは言ってくれたのに。
 季節の花とか果物の木を沢山見せて教えてあげたい、って言ってくれてるのに。
 これまたハーレイは許してくれない。
 ぼくと二人で隣町までドライブするのは絶対ダメだ、と許してくれない。
 お母さんと散歩をしてみたいのに。喫茶店にも行ってみたいのに。
 ハーレイのドケチ!



 庭に大きな夏ミカンの木がある、隣町のハーレイが育った家。
 その家だって見てみたい。
 ハーレイが子供だった頃には真っ白な猫のミーシャをお母さんが飼っていた。ハーレイがぼくに似ていると言ってた甘えん坊のミーシャ。登った木から下りられなくなってしまってミャーミャー鳴いて、お父さんが梯子をかけて助けに行った。
 ミーシャが下りられなくなった木はどんなのだろう?
 枝を四方に広げる木なのか、真っ直ぐ上に伸びる木なのか。ミーシャが下りられなくなった時はハーレイはまだ子供だったというから、木はその頃よりグンと大きくなっただろうか。
 夏ミカンの木はその木の隣にあるのかな?
 真っ白な花の匂いが風に乗って道まで届く大きな木。夏ミカンが枝いっぱいにドッサリ実って、沢山のマーマレードが作れる木。
 ぼくも夏ミカンをもいでみたいけど、ハーレイは「届かないぞ」と笑って言った。
 下の方の枝なら小さなぼくでも採ることが出来る。だけど夏ミカンが山ほど実る木はハーレイの背よりもずっと高くて、全部採るには長い柄がついた専用のハサミが要るらしい。それでも一番上まで届かないから、梯子の出番。
 ぼくの手が届きそうな辺りの夏ミカンはお母さんが採って一番最初のマーマレードが作られる。ハーレイはそれを貰いに出掛けて、お父さんと二人で残りの夏ミカンを全部採るんだ。
 つまり、ハーレイがぼくを連れて行ってくれても手の届く所に夏ミカンは無い。
「一つだけ残しておいてもらうか? お前用に」
 いつか行こう、とハーレイがぼくの頭を撫でる。
「大きくなったら連れて行ってやるさ。その年は下の方の枝に残しておくよう頼んでやろう」
「約束だよ? ぼくも採りたいんだから」
「ああ。…下の方の枝に一個ポツンと残っていたら、なんだか木守りみたいだな」
「木守り?」
 その言葉をぼくは知らなかった。
 実をつける木の天辺の方に実を一個だけ残すんだって。来年もよく実るようにと祈りをこめて。
 ハーレイの家の夏ミカンの木にも木守りの一個が残してあって、次の年の実が実る頃になってもまだ天辺にくっついてる年もあるそうだ。
 夏ミカンの実を全部もいでも、最後に一個だけ残ってる。ぼくの知らない、遠い遠い昔の地球にあったらしい実のなる木のためのおまじない。
 そういうことを大切にする家で育ったから、ハーレイは古典の先生の道を選んだのかな?
 七夕とか、端午の節句だとか。昔の習慣を教えてくれる授業は歴史じゃなくて古典だものね。



 天辺に木守りの実を一個残した夏ミカンの木。
 どのくらい大きな木なのか、その下に立って上を見上げる日が楽しみだ。
 ぼくが初めて出会う季節は花の頃かな、それとも実がまだ青い頃?
 夏ミカンは秋の終わりに黄色くなり始めるけれど、その時に食べても酸っぱいだけなんだって。すっかり熟して美味しくなるのは初夏の頃。だから夏ミカンと呼ばれるらしい。
 どの季節にハーレイが育った家の庭に立てるのか、夏ミカンの木に会えるのか。
 ハーレイのお父さんとお母さんに初めて会える日はいつなのか…。
 その時が来たら、ぼくはハーレイが運転する車で隣町に行く。ドライブと呼ぶには短すぎる距離でも、ぼくにとっては特別な旅になるんだろう。
 隣町に着いて、庭に夏ミカンの大きな木がある家に着いたら、新しいお父さんとお母さんになる人たちがぼくを迎えてくれる。
 ぼくの背が伸びてソルジャー・ブルーだった頃と同じになったら、その家に行ける。
 そしてハーレイと結婚するんだ、ハーレイの新しい家族になるために。
 今度こそ二度と離れないよう、手を繋いで歩いてゆくために…。



 ハーレイのお母さんが庭の夏ミカンで作った自慢のマーマレード。
 金色のお日様を閉じ込めた瓶を、ぼくの部屋でハーレイと過ごす間に何度も眺めた。ハーレイのお父さんとお母さんがくれたマーマレード。
 パパとママはぼくがハーレイと結婚するなんて思ってないから、表向きはハーレイがぼくの家で休日を過ごしたりしていることへの御礼で、家族みんなで食べるためのもの。
 でも、本当は違うんだ。
 ハーレイのお父さんとお母さんは、ぼくのためにとマーマレードをくれた。
 いつかハーレイと結婚するぼくにプレゼントしてくれたマーマレード。
 見ているだけで幸せな気持ちになってくる。ハーレイのお父さんとお母さんの優しさが詰まった金色に輝くマーマレード。どんなに甘くて美味しいんだろう?
 ハーレイは「夏ミカンだから少しビターだぞ。大人向けかもな」と言うけれど、きっと食べたら甘いと思う。
 だって、ハーレイのお父さんとお母さんがくれたんだもの。
 新しい家族になるぼくに、って。



 一日中、飽きずに瓶を眺めて、ハーレイと一緒に夕食を食べる時に持って下りてママに渡した。パパとママも同じテーブルで食べる夕食。このテーブルにハーレイのお父さんとお母さんも加わる日はいつになるんだろう?
 早くその日がくればいいな、と思いながらハーレイが「また、明日な」と帰ってゆくのを家の前まで出て見送った。大きな影が見えなくなるまで手を振り続けて、ハーレイが何度も振り返って。
 夏休みはまだもう一日ある。明日がハーレイと丸一日過ごせる最後の平日。
(…あと一日しか残ってないけど、まだ一日も残っているし!)
 明日はハーレイとどんな話をしようか。
 天気が良ければ庭の木の下の白いテーブルと椅子でゆっくり過ごすのもいいかもしれない。
 ぼくの家の庭に夏ミカンの木は無いし、猫のミーシャが下りられなくなった木ももちろん無い。だけどハーレイが作ってくれた特別な場所が木の下のテーブルと椅子なんだ。
 最初はハーレイが持って来てくれたキャンプ用のテーブルと椅子だった。それが夏休みの間に白いテーブルと椅子に変わって、今ではぼくのお気に入りの場所。
 夏休みの最後の一日だから、あの椅子にも座ってみたいよね…。
 ママに頼んでスコーンを焼いて貰おうかな?
 ハーレイのお父さんとお母さんがくれたマーマレードをたっぷりとつけて食べるんだ。
 木漏れ日が模様を描く木の下のテーブルで見たら、マーマレードはお日様の光そのものだろう。ママのスコーンと、ハーレイのお母さんのマーマレード。お母さんが二人分の味。
(…うん、いいかも…!)
 明日の朝、起きて晴れだったなら、ママにスコーンをお願いしなくちゃ!



 八月三十一日、ぼくの夏休みの最後の日。
 目を覚まして窓のカーテンを開けると空は綺麗に晴れていたから、ママにスコーンを焼いて貰うために急いで階段を下りて行った。生地を休ませる時間が要るから、早めに頼んでおかないと…。
「ママ、おはよう!」
 トーストが焼ける匂いがしてくるダイニングの扉を開けた瞬間、ぼくの目に信じられない光景が飛び込んで来た。テーブルの真ん中に昨日貰ったマーマレードの大きな瓶。蓋が開いてて、パパが齧ってるトーストの上にマーマレードが乗っかっている。
「おはよう、ブルー。美味いぞ、ハーレイ先生に貰ったマーマレード」
「……もう開けちゃったんだ……」
 ぼくのマーマレード、という言葉をグッと飲み込んだ。ハーレイのお父さんとお母さんがぼくにくれた夏ミカンのマーマレード。でも…。
「どうした、ブルー? こういうものはな、頂いたら早めに食べて御礼を言うもんだ」
「そうよ、ブルー。ハーレイ先生、今日も来て下さるでしょう?」
 美味しいわよ、と微笑むママのトーストにもマーマレードが塗られていた。ハーレイのお母さんの自慢のマーマレード。ぼくが貰ったマーマレード…。
 パパが言うことは間違いじゃないって分かってる。それに表向きはハーレイからパパとママへの御礼で、パパとママがぼくよりも先に食べていたって仕方ない。ぼくに文句を言う権利は無い。
 でも、ぼくが一番に開けたかったんだ。
 だって、ハーレイのお父さんとお母さんに貰ったマーマレード。ぼくが貰ったマーマレード…。
 ガッカリしたけど、俯いていたってどうにもならない。
「ブルー? ホントに美味しいマーマレードよ?」
 もう一枚トーストを食べたくなるわね、と嬉しそうなママと、二枚目のトーストを齧るパパと。二人揃って美味しい、美味しいと食べているから、ぼくも食べてみることにした。マーマレードの瓶を開けられてしまったことはショックだったけど、貰ったのはパパとママなんだから…。
 ママにトーストを焼いて貰って、金色のマーマレードをスプーンで掬って乗せた。齧ってみるとハーレイが言ってたとおりに少しビターで、でも蜂蜜の甘さが優しくて。
「……美味しい……」
「でしょ? ハーレイ先生に御礼を言わなくっちゃね」
 御機嫌なママと、「うん、美味かった。さて、行ってくるかな」と会社に出掛けるパパと。
 マーマレードの瓶は大きいけれども、こんな調子で食べられちゃったらアッと言う間に空っぽになってしまうかも…。
 あっ、いけない! ママにスコーンを頼まなくっちゃ!



「…なるほどな。それで先に食べられてしまっていた、と」
 ハーレイが可笑しそうに笑う姿を見ながら、ぼくは頬っぺたを膨らませた。
 庭で一番大きな木の下の白いテーブル、ママの焼きたてのスコーンとハーレイのお母さん自慢のマーマレードと。最高のティータイムになる筈だったのに、マーマレードの一番乗りをパパたちに取られてしまったぼく。金色のマーマレードが盛られたガラスの器が恨めしい。
「ハーレイ、笑いごとじゃないってば! せっかくぼくが貰ったのに…」
「お前用だとは確かに言ったが、表向きは違うとも言っただろうが」
「でも…! パパもママも美味しいって喜んでるから、すぐ無くなっちゃう…」
 せっかくハーレイに貰ったのに。
 ハーレイのお父さんとお母さんがぼくにくれたのに、アッと言う間になくなりそうだ。
 そう言ったら、ハーレイは割ったスコーンにマーマレードをたっぷりと乗せて頬張りながら。
「俺の家にまだまだ沢山あるぞ。無くなったらまた持って来てやるさ」
「そうじゃなくって!」
 どうして分かってくれないんだろう。
 同じマーマレードでも、全然違うということを。
 ぼくはハーレイのお父さんとお母さんがぼくにくれたマーマレードが嬉しかったのに…。
 ハーレイと結婚するぼくに、ってプレゼントしてくれた特別なマーマレードだったのに…。
「分かった、分かった。そう膨れるな、またその内に貰って来てやるさ」
「…パパとママとが食べちゃうのに?」
「負けないように沢山食べろ。前から言っているだろうが」
 しっかり食べて大きくなれよ、とハーレイがぼくの頭をクシャクシャと撫でた。
 髪の毛がスコーンとマーマレードの匂いになったかもだけど、嫌な気持ちは全然しない。
 ぼくの大好きなハーレイの手。
 この褐色の大きな手ならば、マーマレードの瓶だって簡単にポンと開けちゃうんだろう。
 パパとママとがうんと苦労して開けたと言ってた、固く閉まった瓶の蓋でも。



 明日から、また学校が始まっちゃう。
 ハーレイと毎日のように家で会えてた夏休みが今日で終わってしまう。
 それが残念でたまらないけど、ハーレイと結婚出来る日までの残り日数は夏休みの分だけ減って少なくなったんだ。そう思って我慢するしかない。
 開けられてしまったマーマレードも、減った分だけハーレイと結婚出来る日が近付いてくる。
 ぼくは少しずつしか食べられないから、パパとママに殆ど食べられちゃうけれど…。
 でもいつか、ハーレイのお父さんとお母さんが住む隣町の家の庭で、夏ミカンがドッサリ実った大きな木を見上げる日が来て、ぼくのために残しておいて貰った一個を採ることが出来る。
 その木にぼくが初めて出会う日は、白い花の頃か、青い実の頃か。それともマーマレード作りが始まる季節になるんだろうか…。
 ハーレイのお父さんとお母さんの家まで、ハーレイが運転する車でドライブする日。
 それまでに何度、この金色のマーマレードが詰まった瓶を貰うんだろう。
 早くパパとママに「これはぼくのだ」って言える日が来るといいんだけれど…。
 夏休みの間も、ぼくの背丈は一ミリさえも伸びてはいない。
 ソルジャー・ブルーだった頃のぼくと同じくらいに大きくなるには、食べなくちゃ。
 ハーレイのお父さんとお母さんに貰ったマーマレードで、トーストをおかわりしなくちゃね。
 うん、頑張って食べてみよう。
 少しビターだけど、蜂蜜たっぷりのマーマレード。
 お日様の光を集めたような金色を毎日しっかり食べたら、きっと大きくなれるよね?
 ねえ、ハーレイ…?




         マーマレード・了


※ハーレイのお母さんの手作り、夏ミカンの実のマーマレード。
 これから何度もブルーの家へと届けられることになるのでしょう。そして毎朝の食卓に。
 トーストにたっぷりと塗り付けるブルー君、きっと幸せ一杯ですねv

 毎日更新の「シャングリラ学園生徒会室」にて、作者の日常を公開中。
 公式絵のキャプテン・ハーレイと遊べる「ウィリアム君のお部屋」もそちらにあります。
 お気軽に覗いてやって下さい、拍手部屋の方もよろしくです~。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv

 ←拍手、コメントなどお待ちしてますv
御礼ショートショートが置いてあります、毎月1回、入れ替えです!

 ←ウィリアム君のお部屋、直通はこちらv
「外へ出す」と、ほんのりハレブル風味になる仕様です~。




PR

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv





色々とお騒がせだった今年も本日で終わり。寒波の中で大晦日到来、恒例となった元老寺での除夜の鐘撞きの日がやって来ました。私たちは午後からキース君の家にお邪魔し、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」ともども庫裏のお座敷でのんびりと。しかし…。
「みんなはいいよね、思い切り暇でさ!」
失礼します、と入って来たジョミー君が開口一番、早速愚痴を。お茶菓子を届けに来たようですけど、顔いっぱいに「なんでぼくだけ」の文句がデカデカ。
「仕方ないだろう、ぼくの弟子だし…。それにサムは真面目にやっているしね」
見習いたまえ、とすげなく突っぱねる会長さん。ジョミー君とサム君は墨染の法衣でお手伝いをさせられているのです。
「アドス和尚の御好意でやらせて貰っているんだ、きちんとしないと叱られるよ?」
「もう叱られたし!」
「おやおや。何をやったんだい?」
「…蝋燭の扱いがなってないって…」
そんなの素人に出来るもんか、とジョミー君はブツブツと。
「そろそろ取り換える時間だから、って言われたんだよ! 短くなったのを消して新しいヤツと交換しろって…」
「それで?」
「古いのを消したらアドス和尚の雷が落ちた…」
え、なんで? 消せと言われて何故に雷? 正しい事をしたんじゃあ…。けれど会長さんは「ああ、なるほど…」と納得した様子。
「あれだろ、バースデーケーキの蝋燭の要領でフーッと消したね?」
「蝋燭ってそういうモンだと思うよ! まさか手で扇いで消すなんて!」
知るもんか、と喚くジョミー君。そっか、蝋燭を吹いて消したらダメなんだ? そんな話は初耳です。シロエ君たちも知らないようで。
「え、息で消すのはNGですか?」
「うん。神仏に関するものに息は厳禁。ニュースとかで見ないかな? マスクをしたり、紙を咥えて仏具なんかを扱ってるのを」
「「「あー…」」」
それは見覚えがありました。たかが蝋燭、されど蝋燭。御本尊様にお供えしてある以上は息はダメだというわけですか…。アドス和尚の雷が落ちるのももっともです。ジョミー君の仏弟子修行は今年の大晦日も大荒れかも?



そんなこんなで大晦日の午後はキース君たちもバタバタと。除夜の鐘撞きに来た人のお接待用のテントに椅子やストーブを運び込む係は出入りの業者さんですが、準備万端整っているかチェックをしたり、照明や看板を点検したり。一段落した夕食の時間はすっかりお疲れムードです。
「若くないねえ、しっかり食べておかないと」
これから先が本番だよ、と会長さんは年越し蕎麦をズルズルと。
「鐘撞きの後は修正会だしさ。文字通り休む暇も無い」
「そう言うあんたは元気そうだな、食っちゃ寝していたわけだからな」
よくも菓子まで運ばせやがって、とキース君が毒づきましたが、会長さんは知らん顔。
「アドス和尚の方針だろ? ぼくの役目は鐘撞きだけ! 緋色の衣で有難さアップ」
「く、くっそぉ…。見てろよ、俺もいずれは緋の衣を…」
「ダメダメ、年季が違うってね。ぼくの境地に達するためには三百年は必要かと」
君ではまだまだ迫力不足、と伝説の高僧、銀青様は右手をヒラヒラ。
「ブツブツ言ってる暇があったら食べたまえ。栄養をつけて、いざ年越し!」
「畜生め…。だが、蕎麦は確かに熱い内だ」
「かみお~ん♪ エビ天の衣も崩れちゃうよ?」
サクサクの間が美味しいんだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も。お座敷には暫し年越し蕎麦をすする音が響き、それからスタミナを補給するべくカツ丼などをパクパクと。精進料理じゃないのかって? その辺は建前と本音です。精進料理を食べていたんじゃハードな年越しはとてもとても…。
「ふふ、元老寺が厳しくなくて良かったねえ?」
精進料理のお寺もあるよ、と会長さんが海老フライのお皿に手を伸ばしながら。
「璃慕恩院でも、そこは厳しい。普通のお寺だから出来る贅沢、有難く頂戴しないとね。まあ、一般家庭でも侘しい夕食ってケースもあるけど…。酒の肴がつくだけマシかな」
「「「は?」」」
「ハーレイの家だよ。おせちはたっぷり用意したものの、今夜は年越し蕎麦で晩酌みたいだ。毎年おせちが余るからねえ、メタボ防止に今夜は軽めに」
「…俺たちのために用意して下さっている分か…」
御馳走になった年は殆ど無いな、とキース君。教頭先生は会長さんの突然の年始の訪問に備えて毎年おせちをドカンと注文。なのにお目当ての年始客は無く、一人で食べるのが定番で。
「いいじゃないか、正月早々あれこれ食べられてさ。今年も妙な期待をこめて沢山注文しちゃったようだよ、豪華版をね」
馬鹿じゃなかろうか、と嘲っている会長さん。和洋中と揃ったおせちとやらは、今回も無駄になるのでしょう…。



除夜の鐘撞きに出掛けるまでは束の間の自由時間です。緋色の衣に着替えた会長さんと萌黄の衣のキース君、墨染の衣のサム君とジョミー君も「外は寒いし」と暖房の効いたお座敷でまったりと。とはいえ、間もなく出陣ですが…。そんな間も会長さんは教頭先生を覗き見中。
「晩酌は終わってバスタイムらしい。来年こそは姫はじめだとか言ってるよ」
「「「姫はじめ?」」」
「ごめん、君たちには通じなかったか。とにかくエッチな妄想さ」
そんな願望が叶うものか、と吐き捨てるような会長さん。
「除夜の鐘を撞いて祓うべきだね、あの手の煩悩! まったくもう…。あれ?」
「どうかしたか?」
そろそろ行くぞ、とキース君が声を掛けると。
「ちょっと待った! ハーレイの様子がおかしいんだよ」
こんな感じで、と思念波で伝えられた映像。お風呂から上がった教頭先生、洗面所の鏡の前で歯ブラシ片手に固まっています。バスローブではなく腰タオル一丁、何をなさっているんでしょう?
「「「???」」」
眉間の皺がググッと深くなってるような? それに前屈みで歯ブラシすらも動かさないで硬直中とはこれ如何に? ややあって「ううう…」と呻き声が。
「やっちゃったか…」
これは暫く立ち直れないね、と会長さん。
「ギックリ腰だよ、どうなるのかな? ふとしたはずみで出るとは聞くけど、お風呂上がりとは情けない。この体勢で立っているのも辛いだろうから、いずれは床にバッタリかと」
「おい、どうするんだ! ゼル先生とかに連絡を…」
このままじゃマズイぞ、とキース君が声を上げたのですけど。
「別にいいだろ、呼びたきゃ自分で呼べばいい。思念波という手もあるしね? ぼくたちはこれから忙しいんだ。ハーレイは放置でいいってば」
覗き見してなきゃ気付かないんだし、と会長さんは立ち上がりました。思念波で伝えられていた教頭先生の様子も分からなくなり、今は御無事を祈るしか…。
「さあ、行くよ。除夜の鐘撞きと修正会ってね」
ハーレイの煩悩も祓っておこう、と会長さんが袂から出した数珠をジャラッと。煩悩を祓う除夜の鐘撞き、病魔は祓えないのでしょうか? 教頭先生のギックリ腰を祓ってあげたら、喜ばれると思うんですけど…。



元老寺の除夜の鐘撞きは回数制限無しで午前一時まで。会長さんが最初と最後の鐘を担当します。大勢の檀家さんや一般の人がつめかけて来て、お接待のテントは大賑わい。晴れ渡った空からたまにチラホラと雪が舞う中、サム君とジョミー君も頑張りました。
「おぜんざいのお接待、如何ですかー?」
「お代わりもどうぞ!」
宿坊に勤める人たちに交じって声を張り上げ、おぜんざいのお椀を手渡したりも。無関係な私たちはテントに居座り、ストーブで温まりつつ高みの見物。除夜の鐘はもちろん撞きましたよ? 新しい年も平和になりますように、と心をこめて。やがて会長さんが最後の鐘をゴーン…と撞いて。
「皆さん、お疲れ様でした。いい年になるといいですな」
アドス和尚は満面の笑み。超絶美形の会長さんのお蔭で除夜の鐘は毎年満員御礼、続く修正会にも檀家さん以外の人が訪れる盛況ぶりです。さあ、この後は本堂へ。あらら、今年も椅子席は却下? 若人は黙って畳に正座でお勤めですか、そうですか…。
『先輩、ぼくたちいつになったら椅子席を貰えるんでしょう?』
シロエ君の思念の嘆き節。御本尊様の前では導師を勤める会長さんが読経しています。
『当分は無理じゃないですか? 七十歳を越えたら考慮されるかもしれません』
頑張りましょう、とマツカ君。でも、シロエ君とマツカ君はまだいいんです。柔道部でも正座はしますし、マツカ君はお茶やお花の心得もある正座の達人。問題はスウェナちゃんと私で、今年も足が痺れて痺れて…。
『なにさ、そのくらい我慢しなよ!』
ぼくなんか、と飛んで来たジョミー君の思念。なんだなんだ、と眺めてみれば五体投地の真っ最中。スクワットにも匹敵すると噂のハードな所作だけに不満な気分は分かりますけど、気を散らしてるとアドス和尚に叱られますよ? あーあ、やっぱり思い切りテンポがズレてるし…。
『ジョミー先輩、また雷が落ちそうですね』
『そうねえ、自業自得だけれど』
放っときましょ、とスウェナちゃん。案の定、修正会がつつがなく終了した後、ジョミー君はアドス和尚の直々の命令で御本尊様の前で罰礼百回。南無阿弥陀仏を唱えながらの五体投地を百回です。膝が笑うと評判の刑、ダメージはさぞかし大きいかと…。



ジョミー君の罰礼が済み、庫裏に引き揚げた私たちには慰労の宴会が待っていました。会長さんを除いたお坊さん組は明日の朝9時から檀家さんの初詣のお相手ですし、その前に初日の出も拝みますから徹夜騒ぎとはいきませんけど…。
「ふふふ、ジョミーは派手にやられたね」
膝はどうだい、と会長さんがからかい、ジョミー君がブツブツと。
「見りゃ分かるだろ! 体育座りもキツイんだよ!」
「親父はトコトンやるからなぁ…。ほれ、塗っとけ。修行道場では使えんがな」
シャバの強みだ、とキース君が筋肉痛の薬を手渡し、膝を捲り上げたジョミー君がせっせと塗り塗り。プーンと薬の匂いが漂ってきます。あれ? 筋肉痛で思い出しましたが、教頭先生、どうなったのかな?
「ああ、ハーレイ! …すっかりキッパリ忘れていたよ」
どうしただろう、と覗き見モードで瞳を凝らした会長さんが。
「………信じられない…。遭難中だ」
「「「遭難中?」」」
「そう、遭難。立ってる限界が来たらしくって、洗面所の床に転がってるよ。歯ブラシを持ったまま呻いているさ」
しかもタオルは落っこちたようだ、と会長さんの指がパチンと鳴って中継画面が現れました。大事な部分にモザイクつきの教頭先生が真っ裸で仰向けに倒れています。右手に歯ブラシ、眉間に皺。これはまさしく遭難中で。
「あれから何時間経ったっけ?」
会長さんが時計に目をやり、キース君が。
「軽く二時間以上だな。下手すれば三時間近いだろう。これは救助に出掛けた方が…」
「猥褻物を陳列中のハーレイをかい? ぼくは触りたくないんだけれど」
「しょっちゅう悪戯してるだろうが! こんな時くらい、お役に立て!」
正月早々見捨てるな、とキース君に怒鳴られた会長さんは渋々と。
「…仕方ないねえ、せっかく宴会してたのに…。明日の朝も早いというのに、救助活動か…」
せめて一蓮托生で、と言われた意味を把握する前にパァァッと迸る青いサイオン。もしかして私たち、道連れですか? 教頭先生を救助するべく、出動させられるんですか~?



暖かい照明に照らされた教頭先生の家の洗面所。その照明は歯ブラシしか持たない教頭先生を容赦なく照らし、股間にしっかりモザイクが。間抜けな姿を取り囲むように出現した私たちを把握するにはギックリ腰は酷な状態で。
「う、うう…。ブルー、なんでお前が?」
私服に着替えた会長さんに覗き込まれた教頭先生、腰の痛みで脂汗。
「他のみんなも来ているよ。ぶるぅもね」
「かみお~ん♪ ハーレイ、ベッドに運ぶ?」
「う、うむ…。私一人ではどうにもこうにも…」
動けんのだ、と呻く教頭先生に会長さんは呆れ顔で。
「ゼルを呼んだら良かったのに…。でなきゃヒルマンとか、色々いるだろ」
「そ、それが…。年越しで宴会中なのだ。飲酒運転は出来んと断られた。エラとブラウは旅行中だし、他の連中にはこんな姿は見せられん…」
「やれやれ…。医者ならプロがいるのにねえ? ノルディは飲んではいないようだよ」
「あ、あいつに借りが出来るのは…。ううっ、いたたた…」
助けてくれ、と泣きの涙の教頭先生の腰に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がヒョイとタオルを。
「えとえと…。なんでノルディはダメなの?」
「こ、腰は男の命でな…。ギックリ腰でこの有様だと知れたら最後、何を言われるか…」
「うーん…。君って、つくづく…」
馬鹿なんだねえ、と冷たく見下ろす会長さん。
「確かに、腰は男の命だけどさ。…肝心の時にギックリ腰になる心配は無いそうだよ? 使う筋肉が違うとかなんとか、そんな話を聞いたけど…。騎乗位で下からズンズンやっても平気らしいね、ぼくはギックリ腰になったことが無いから体験談ではないんだけどさ」
「き、騎乗位……」
ツツーッと教頭先生の鼻から溢れる鼻血。騎乗位って何か分かりませんけど、妄想が爆発したらしいです。会長さんは教頭先生を激しく罵り、柔道部三人組が大きな身体を抱え上げて二階の寝室へ。下着やパジャマも柔道部にお任せ、最後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が患部に大きな湿布を貼って。
「んーと…。貼り替えに来なきゃダメだよねえ…。ぼくでいい?」
「で、出来ればブルー……。いや、なんでもない!」
会長さんの氷点下の視線に震え上がった教頭先生は湿布の貼り替えを「そるじゃぁ・ぶるぅ」に、身の回りの世話は柔道部三人組に依頼しました。お正月で何かと忙しいだけに、お世話係の送迎だけは会長さんが瞬間移動でするようです。教頭先生、お大事に~。



ギックリ腰で寝込み正月になってしまった教頭先生。会長さんや私たちのために用意していた豪華おせちは、お世話係の「そるじゃぁ・ぶるぅ」と柔道部三人組が美味しく賞味。ある意味、無駄にはならなかったようで良かったです。会長さんも送迎ついでに失敬していたらしいですし…。
「いやはや、とんだお正月だったねえ…」
冬休みまで終わっちゃったよ、と放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で零す会長さん。今日は始業式、闇鍋大会も開催されました。出席が危ぶまれた教頭先生の復帰で闇鍋は大いに盛り上がり、会長さんも満足だった筈なのですけど。
「…闇鍋だけでは、こう、イマイチで…。何か無いかな、ギックリ腰のリベンジ」
「まだ寸劇もあるだろうが! かるた大会の!」
どうせ良からぬ計画が、とキース君が突っ込むと、会長さんは。
「アレはもう決まっているんだよ。それに日も無い。ハーレイが欠席しないだけでも御の字でさ」
もっと他に…、と考え込んでいる会長さん。
「ギックリ腰を逆手に取りたい。腰を強調する方向で」
「コルセットとか?」
腰痛の時に嵌めるよね、とジョミー君。お父さんが腰を傷めた時にゴルフコンペがあり、コルセットを二重に嵌めて出たのだそうです。うん、コルセットは使えるかも! 腰痛用のヤツじゃなくって、ウエストを強調するためにグイグイ締め付けるあのタイプ!
「コルセットねえ…。ハーレイの体型で効果あるかな、余ってる肉は無さそうだよ」
筋肉ビッチリ、と会長さんは想像している模様です。私たちも考えたものの、教頭先生のガッチリした腰にコルセットを嵌めても締め付ける余地は無さそうな…。くびれが出来たら笑えるんですけど、残念無念…。
「そうなんだよねえ、くびれが出来たら立派な笑いものになるんだけどな」
あの御面相でウエストほっそり、と視覚の暴力に夢を馳せている会長さんですが、出来ないものは仕方なく…。ウエストがくびれた教頭先生、見てみたいですけど夢は夢。
「あの体型が邪魔するんだよね、ウエストを強調したくても…。それに冬だし、くびれを作っても意味なさそうだ。服ですっかり隠れてしまうよ」
だけどくびれは捨て難い、と会長さんは未練たらたら。そりゃまあ、見たい気持ちは充分に理解の範疇内です。教頭先生にほっそりウエスト、似合わないことこの上なし…。



会長さんの頭に叩き込まれた教頭先生のウエストのくびれ。紅茶を飲んでもケーキを食べても、そこから離れられないようです。今日のおやつはナツメヤシと蜂蜜のシフォンケーキ。ナツメヤシのドライフルーツ入りで、ふわふわのシフォンケーキに濃厚な甘さがよく合っていたり。
「うーん、ハーレイのウエストかぁ…。コルセット以外で強調ねえ…」
何かある筈、とケーキを頬張った会長さんの手がピタリと止まって。
「そうか、ナツメヤシ!!」
「「「は?」」」
教頭先生のウエストとナツメヤシがどう重なると? ヤシの実ってくびれてましたっけ?
「違う、違う、ナツメヤシの産地だよ! あっちの方にはベリーダンスがあるじゃないか!」
「「「ベリーダンス?」」」
「あの踊りはウエストを激しくくねらせるしねえ、ハーレイにはまさにピッタリかと」
いいアイデアを思い付いた、と会長さんの瞳がキラキラ。でも、あのぅ…。ギックリ腰をやったような人にベリーダンスは無理なんじゃあ?
「ああ、その点は大丈夫! ベリーダンスは腰痛の予防にいいんだよ。フラダンスと同じで」
「そういえば…」
シロエ君が人差し指を顎に当てて。
「家の近くのフィットネスクラブにフラダンスの教室がありましたっけ。たまにチラシが入るんですけど、腰を鍛えて腰痛予防と書いてあったような気がします」
「それで正解。腰を振ってるように見えるから腰痛になりそうな感じだけどねえ、腰痛になるのは基本の動きを守らない人! 腰を動かさずにステップを踏むのが本来の形。腰回りの筋肉が鍛えられるって聞いてるよ」
それと同じでベリーダンスも、と会長さんはニヤニヤと。
「あれこそ腰を傷めそうな踊りに見えるよね? でも動かすのは太股とか腹筋とかなんだ。そういう筋肉を使っていると腰の筋肉もしっかりフォロー! ギックリ腰の予防に役立つ」
ハーレイに是非やって貰おう、と乗り気になった会長さんですが…。ベリーダンスって女性の踊りじゃないですか? そもそも衣装もそういうヤツで…。
「甘いね、男のベリーダンサーもけっこういるんだよ。ハーレムパンツって言うのかな? 女性と似たようなズボンを履いてさ、上は裸かベスト一丁!」
これがなかなか素晴らしくって、と会長さんが見せてくれた動画では男性が腰をくねらせて踊っていました。いかついオジサンから美少年まで、けっこうダンサーいるんですねえ…。



こうして教頭先生のウエスト強調は腰の筋肉の強化を兼ねたベリーダンスということに。ギックリ腰が完治しないと激しい運動は出来ませんから、かるた大会が済んだ数日後に会長さんが招待状を。曰く、「君の腰の運動に協力したい」。うん、間違ってはいないですねえ、その通りですし。
「さて、ハーレイはどう出るかな?」
楽しみだねえ、と会長さんは自宅のリビングでソファに座って足を組んでいます。
「ぼくの家に来て、と書いておいたし、そろそろ来ると思うんだけど…」
「いいねえ、ついに決心したんだって?」
「「「!!?」」」
あらぬ方から声が聞こえて優雅に翻る紫のマント。な、なんでソルジャーが来るんですか~!
「え、だって。ブルーがとうとう決意したんだ、お祝いを言わなきゃどうするのさ」
「「「お祝い?」」」
なんのこっちゃ、と顔を見合わせる私たち。教頭先生にベリーダンスの稽古をつけるって、お祝いするようなことなんでしょうか? ソルジャーは「分かってないねえ」と首を振って。
「ハーレイの腰の運動に協力したい、と招待状を送ってるんだよ? ベリーダンスはその前段階! まずはしっかり腰を鍛えて、それからブルーとお楽しみ…ってね」
大人の時間に腰の動きは大切だから、とパチンとウインクするソルジャー。
「ブルーは今まで何を言っても却下の一言で済ませて来たけど、とうとうハーレイとヤる気になってくれたんだ。ここは盛大にお祝いしないと…。まずは決心、おめでとう」
「なんでそういうことになるのさ!」
「あ、もしかして気が早すぎた? 無事に結ばれてからシャンパンとかの方が良かったかな、それともお赤飯がいい?」
「どっちも思い切りお断りだよ!!」
ぼくはそんなモノは求めていない、と会長さんは怒り心頭。
「どの辺から覗き見してたのか知らないけどね、招待状は釣りだから! ああ書いておけば君と同じような勘違いをしたハーレイが来るし、それを餌にしてベリーダンスを叩き込もうと思っただけだし!」
馬鹿を踊らせるには餌が要るのだ、とツンケンと言い放つ会長さん。そっか、教頭先生宛の招待状は深読み可能な文章でしたか…。教頭先生、派手に勘違いをしちゃったかも?



何故かソルジャーまで乱入してきた会長さんの家のリビング。間もなく玄関のチャイムが鳴って、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出迎えに。
「かみお~ん♪ ハーレイが来たよ!」
ピョンピョン跳ねる「そるじゃぁ・ぶるぅ」に続いて現れた教頭先生、心なしか頬を赤らめて。
「…すまん、遅れたか? そのぅ…。なんだ、色々と心の準備が…」
「そりゃ要るだろうね、ギックリ腰で大騒ぎだった後ではねえ…。それで自信はあるのかい?」
そこを確認しておきたい、と会長さんに訊かれた教頭先生は。
「う、うむ…。正直、あまり自信が無いのだが…。お前も協力してくれるそうだし、精一杯励む所存ではある」
「それは結構。君にマスターして欲しいのは腰遣いでさ」
「……こ、腰遣い……」
ウッと呻いて鼻を押さえる教頭先生。なるほど、ソルジャーが勘違いをしてだけあって腰の動きとやらは鼻血に直結するようです。会長さんはフフンと笑って。
「君はいわゆるド素人だけど、腰の遣い方は大切だ。なのに男の命と言える腰をさ、ギックリ腰で壊しているようではねえ…。真っ最中にギックリ腰になられてごらんよ、悲劇だよ? ならないと世間では言われてるけど、君の場合は腰遣いも知らない初心者だから!」
ぼくの立場はどうなるんだい、と突っ込まれた教頭先生はタジタジと。
「そ、それは大変かもしれないな…」
「大変なんてレベルじゃなくて! 天国から地獄へ真っ逆様だよ、中断した上に君の手当てと介護の日々! ブルーだったらどうするだろうね、ねえ、ブルー?」
いきなり話を振られたソルジャー、そこは流石の回転の速さ。
「えっ、ぼくかい? そりゃもう、介護はメディカル・ルームのスタッフに任せてトンズラだね。ついでにハーレイが完治した暁にはお詫びをこめてヌカロク超えをして貰おうかと…。もちろん特別休暇つき! キャプテン権限で最低一週間は欲しいね」
その間、基本はヌカロク超えでオプションも、と怪しげで意味が不明な単語をズラズラと羅列。つまり大人の時間の真っ最中にギックリ腰とは言語道断、罪を償うには身を持ってせよ、と強烈なジャブをかましたわけです。腰はそこまで大事なのか、と絶句する私たちを他所に、会長さんは。
「…ということでね、君には腰をしっかり鍛えて貰いたい。腰の遣い方もマスター出来るし、その道の達人になれるかも…。君もノルディを越えたいだろう?」
「もちろんだ!」
教頭先生は即答でした。テクニシャンとして名高いエロドクターことドクター・ノルディ。それを越えようとは、望みは高く果てしなく……ですね。



ベリーダンスが待つとも知らず、腰の運動と遣い方の勉強に来た教頭先生。鼻息も荒く闘志満々でいらっしゃいますが、会長さんから最初の指示が。
「それじゃ早速始めようか。まず、脱いで」
「…こ、此処でか? そ、そのぅ……」
人が大勢いるようなのだが、と教頭先生は私たちを見回してオロオロと。しかし会長さんは艶やかに微笑みながら。
「脱いでくれなきゃ始まらないし…ね。腰の動きが見えないだろう?」
「そ、それは分からないでもないのだが…。お前はそれで構わないのか?」
「構わないよ? むしろ歓迎」
「…そ、そうか…。ヘタレている場合ではなさそうだな…」
努力しよう、と教頭先生は脱ぎ始めました。まずは上着で、続いてシャツ。アンダーシャツも脱ぎ、ズボンのベルトを外した所で。
「…ブルー、お前は脱がないのか?」
「ぼくにも恥じらいってものがあってさ…。後で脱がせて」
「うっ…!」
教頭先生、鼻血、決壊。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が渡したティッシュを引っ掴むなり鼻に詰め込み、ズボンを脱いでステテコも脱ぎ捨て、残るは紅白縞だけとなりましたが。
「…御苦労様。紅白縞はちょっとアレかな、サイズ的に向いてなさそうだねえ…」
失礼、と会長さんが教頭先生の前に跪き、紅白縞のウエスト部分をクイと折り返し、更にクイクイ折り返して。
「…この辺までかな、これ以上折ると下の毛がはみ出しちゃうしね…」
「ブ、ブルー?」
何の真似だ、と耳まで真っ赤にして尋ねる教頭先生に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「はい、ハーレイ! これを履いてね、ベリーダンスのズボンなの!」
「……ベリーダンス……?」
なんだそれは、と顔色を変えた教頭先生ですが、会長さんはニッコリと。
「腰の運動って言っただろ? それから腰の遣い方! 腰痛予防に最適なんだよ、ベリーダンスというヤツはね。見事に踊れるようになったら君の腰にも自信がつくだろ」
腰を見せるのがポイントだからズボンは腰骨の高さにね、と紅白縞を折り返した理由を説明された教頭先生、返す言葉も無いようです。ハーレムパンツは黒ですけれど、腰の周りに動きに合わせて揺れる金色のフリンジがキラキラと。会長さんのセンス、天晴れとしか…。



この日から始まったベリーダンスのハードな練習。教頭先生は平日の夜も会長さんの家に呼び付けられて踊らされまくり、土日は朝からみっちりと。入試期間中も容赦はなくて、バレンタインデーもお構いなし。当然のように私たちも練習見学でお付き合いです。
「もっとしっかり! 本場のダンサーはもっと滑らかに激しく踊るし!」
「…が、頑張ってはいるのだが…」
なかなか身体がついていかない、と悲鳴を上げていた教頭先生の踊りも見られるレベルになってきました。いい感じに腰がくねっています。もう何枚目か分からないズボンについたフリンジが妖しく揺れて、ガタイの良さと顔のゴツささえ気にしなければ妖艶とも言える雰囲気で。
「凄いね、完成されてくるとさ」
見学中のソルジャーが溜息を洩らしました。
「あの腰遣いで攻め立てられたら最高かもねえ、ヌカロクなんて目じゃないかも…」
ウットリ見詰めているソルジャー。
「最初は笑って見ていたんだけど、これはなかなか侮れないよ。ねえ、ブルー?」
「そこの外野は黙っていたまえ!」
あくまでギックリ腰の予防なのだ、と会長さんは釘を刺しましたが。
「ううん、やっぱりもったいない! 役立てない手は無いってね」
ちょっと待ってて、と言うなり消えたソルジャーが戻った時には何故か隣にキャプテンが。
「すみません。突然お邪魔いたしまして…」
そこでキャプテンの言葉は途切れ、視線は教頭先生の踊りに釘付け。上半身裸で腰をくねらせ、腕もくねらせての激しいダンスにキャプテンの口は開いたまま。それをソルジャーが肘でグイグイつつきながら。
「ね、セクシーな踊りだろ? セックスアピールって感じでさ…。もう見てるだけでも堪らないんだ、あの腰遣いで貫かれたら感じるだろうとドキドキなんだよ」
ベッドに誘いたい気持ちで一杯、と教頭先生に見入るソルジャーにキャプテンは顔面蒼白で。
「ま、待って下さい! こ、こちらのハーレイはあなたを満足させるには…」
「うん、現時点では童貞だけど…。あれだけ腰が遣えるんなら、初めてでもけっこうイイ線いけるかも、って思わないかい?」
「それは私が困ります!」
「…だったら、アレ」
マスターしてよ、とソルジャーはキャプテンに囁きました。あの腰遣いをマスターしなけりゃ浮気するんですか、そう来ましたか…。



ギックリ腰の予防なベリーダンスは想定外の方向へと。くねりまくる腰に欲望を掻き立てられたソルジャー、その腰遣いを大人の時間に導入したくなったのです。笑いものだった教頭先生、今やキャプテンを指導する立場。
「いいですか。上のお腹を突き出しましてね、下のお腹を引っ込めるんです」
「…こ、こうですか?」
「そうです、そうです。次は逆にですね、下を突き出して上を引っ込め…。ええ、お上手です」
こればっかりはサイオンで技をコピーは出来ませんので、と教頭先生。
「それでは筋肉の動きがついていきません。柔軟性も必要ですから、日々の鍛錬が重要ですよ」
今日から一緒に頑張りましょう、と教頭先生は燃えていました。ギックリ腰の予防だとばかり思ってらっしゃるみたいです。えーっと、キャプテンはギックリ腰になりましたっけ?
「ううん、ぼくのハーレイはやってないねえ…」
腰に関しては自信アリで、とソルジャーは至極満足そうに。
「ヘタレな部分はあったけれどね、腰を壊したことは無かった。ベリーダンスで更に鍛えて、腰の遣い方もググンと上達! 何日ほどでモノになるかなぁ、毎日レベルアップかな?」
楽しみだねえ、とゴクリと生唾を飲み込んだソルジャー、大声で。
「ハーレイ、うんと頑張ってよ!? 腰は男の命だからね!」
それに応えてキャプテンが腰を振りながら。
「分かっております、強くなれそうな気がします! この動きなら奥の奥まで!」
「ありがとう、狙って突いてきて! 感じる所を思いっ切り!」
「もちろんです!!!」
任せて下さい、とキャプテンは腰をクイクイと。教頭先生の顔が真っ赤に染まり、会長さんの方を振り返って。
「ブルー、どうなっているのだ、これは? ギックリ腰の予防じゃなかったのか?」
「ん? 君の場合は予防だってば、それ以上の何を望むんだい? ああ、そういえば…」
腰の運動に協力すると言ったっけか、と会長さんの妖しい笑みが。
「ベリーダンスの腕も上がったし、どうやら弟子もついたようだし…。御褒美に一発、やってみるかい? ぼくで良ければ」
「…い、一発……?」
「そう、一発!」
初志貫徹で行ってみよう! と会長さんがセーターを脱ぎ捨て、シャツのボタンを外し始めて…。



「………。上達したのは腰遣いだけだったみたいだねえ…」
ヘタレの方は直らなかったか、と仰向けに倒れた教頭先生を見下ろしている会長さん。ハーレムパンツを履いた逞しい身体は会長さんのストリップの前にあえなく昏倒、鼻血ダラダラ。
「当然だろうが、どう考えても!」
あんた知っててやっただろう、とキース君が噛み付き、ソルジャーが。
「大事な師匠が倒れちゃったよ、ぼくのハーレイはどうなるわけ?」
困るんだけど、とソルジャーは心底、残念そう。会長さんがクイと顎をしゃくって。
「君が勝手にレッスンに連れて来たんだろう! これからは家庭教師にしたら?」
「「家庭教師?」」
ソルジャーとキャプテンの声がハモッて、会長さんはクスクスと。
「ぼくの家を貸す義理は無い。君の世界が暇な時にさ、連行してって教えを請えば?」
「それ、いいね! こっちのハーレイの興が乗ったら3Pだって夢じゃないかも!」
ぼくのベッドは広いんだから、とソルジャーの瞳が輝いています。えーっと、3Pって何ですか?
「えっ、3P? 三人で楽しむことなんだけど…。今日はハーレイが倒れちゃったし…」
明日からお願いしようかな、とソルジャーが口にし、キャプテンが。
「そうですねえ…。3Pはどうかと思うのですが、腰遣いはマスターしたいですね」
頑張ります、とグッと拳を握るキャプテン。ギックリ腰の予防のためのダンスは大人の時間にとても役立つようですが…。教頭先生、あちらの世界への出張レッスン、無事に終える事が出来るでしょうか? 3Pとやらも気になりますけど、会長さんが止めない以上は放置でいいかと思いますです~!




          腰には筋トレ・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 男のベリーダンサーは実在しているんですよ、凄い美少年ダンサーもいます。
 一見の価値がありますよ! …オジサンの方はイマイチですけど。
 次回、2月は 「第3月曜」 2月16日の更新となります、よろしくです!

 毎日更新の『シャングリラ学園生徒会室』では、作者の間抜けな日常を公開。
 お気軽にお越し下さいです。ペットのウィリアム君もお待ちしてますv
 実はウィリアム君、公式絵のキャプテン・ハーレイを使用…。

毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、1月は駅伝中継の話で盛り上がっているようですが…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv






 パパに強請って買って貰った写真集。
 歴史の彼方に消えたシャングリラの写真を集めた豪華版。ぼくのお小遣いでは買えない値段。
「ほら、ブルー。お前が言ってた写真集だ」
「ありがとう、パパ!」
「…パパにはピンとこない本だが、お前はこの船に居たんだな」
「うんっ!」
 これがぼくの部屋、とページをめくって青の間を見せた。パパは「ほほう…」とビックリして。
「この家を丸ごと入れても余りそうだが、自分で掃除してたのか?」
「…ちょっとだけね」
「そうだろうなあ、こいつは掃除も大変そうだ。しかし、お前がソルジャー・ブルーか…」
「今はパパの子だよ」
 そう言ったらパパは嬉しそうな顔をして、ぼくの頭をクシャクシャと撫でた。
「うんうん、パパとママの大事な宝物だな。写真集、大切にするんだぞ」
「うん! それでね、此処がブリッジでね…」
 ぼくはリビングで写真集を広げて、パパとママとにうんと自慢した。
 ぼくが守った白い船。ハーレイが舵を握った船を。



 この写真集はハーレイが先に見付けて買ってて、ぼくに教えてくれたんだ。「ちょっと高いが、懐かしい写真が沢山あるぞ」って。
 自分の部屋に戻った後も、ぼくは写真集を夢中で眺めた。パパとママも一緒に見ていた時には、ぼくは船内の案内係。天体の間だとか公園だとか、船の設備を主に説明してたから…。
(んーと…。ホントに色々載ってるよね)
 ハーレイが航宙日誌を書いていた部屋や、ヒルマンが授業をしていた教室。いろんな写真の隅の隅までを見ると、様々なものが見えてくる。ハーレイの机には羽根ペンが小さく写っているし…。
(あっ、あった!)
 ジョミーが決めた次のソルジャー、トォニィの部屋にチョコンと小さな木彫りのウサギ。
 トォニィは前の生でぼくが眠っている間に自然出産で生まれた最初の子供で、ハーレイが誕生を祝って彫った木彫りがこのウサギだ。
 残念なことに、ソルジャー・ブルーだったぼくは木彫りのウサギを見ていない。
(…確か、お守りなんだよね?)
 ウサギは沢山の子供を産むから、ずっと昔は卵と同じで豊穣のシンボル。イースター・エッグとセットでイースター・バニーがあるほどだしね。
 そんなウサギをハーレイが彫って、一番最初の自然出産児だったトォニィに贈った。これからも沢山のミュウの子供が生まれますように、っていう願いがこもったウサギのお守り。
 シャングリラは流れた時間が何処かへ連れ去ってしまったけれども、ウサギは残った。
 今では宇宙遺産になってるハーレイのウサギ。ミュウの歴史に燦然と輝く御大層なウサギ。
 本物は地球で一番大きな博物館が所有していて、研究者だってそう簡単には見られない。
 一般公開は百年に一度、この前の公開は五十年ほど前のことだからハーレイだって見ていない。
 前のぼくが知らないハーレイのウサギ。
 彫っている所を見てみたかった。そしてトォニィに贈る所も…。



 宇宙遺産になってしまったハーレイのウサギ。
 どんな気持ちで何処で彫ったのか、知りたかったからハーレイに訊いた。ぼくの部屋でテーブルを挟んで向かい合いながら。
「ねえ、ハーレイ。…あのウサギって何処で彫ったの?」
「ウサギ?」
 ハーレイは変な顔をした。
「ウサギがどうかしたのか、ブルー?」
「ウサギだってば、ハーレイのウサギ! トォニィに彫ってあげた木彫りのウサギ!」
「…あ、ああ……。アレか」
 アレな、と返事をしてくれたけれど、なんだか困ったような表情。
「ハーレイ、変だよ? …ウサギの話は嫌だった?」
「い、いや…。その、なんだ……」
 ますますおかしい。どうしてだろう、と疑問が膨らむ。ハーレイをつついてみたくなる。
「なんでウサギで困るわけ? 宇宙遺産になっちゃったから恥ずかしいとか?」
「いや、そうじゃなくて…。アレはウサギじゃなくてだな…」
 ハーレイは頬っぺたを真っ赤にしながら、言いにくそうにこう言った。
「…ナキネズミのつもりだったんだ。今じゃウサギになっちまったが」
「嘘…。アレって、ウサギじゃなかったんだ…」
 何処から見ても立派なウサギ。宇宙遺産のハーレイのウサギ。
 なのに本当はナキネズミだなんて、それじゃお守りだっていうのも間違い?
「ウサギのお守りって聞いているけど…。ホントのホントにナキネズミなの?」
「悪かったな、ウサギにしか見えないヤツで!」
 あれでも精一杯頑張ったんだ、とハーレイは耳まで真っ赤になった。
「俺がブリッジで彫ってた時からブラウに馬鹿にされたんだ。「どの辺がどうナキネズミだい?」なんて言われて、笑われて…。トォニィに贈る時にも横からウサギだと言ってくれてな」
「ハーレイ、訂正しなかったの?」
「…お前、訂正出来ると思うのか? カリナが「ほら、トォニィ。ウサギさんよ?」とトォニィに触らせてやっているのに「ナキネズミだ」なんて誰が言えるか、場の雰囲気が台無しになる」
「それでそのままになっちゃったんだ…」
 ぼくの目は丸くなってたと思う。
 宇宙遺産の木彫りのウサギ。それがウサギじゃなかったなんて…。



 ナキネズミはウサギにされちゃったけれど、あれを彫った時のハーレイの気持ちは聞けた。
 トォニィが幸せになれますように、って思いをこめて彫られたウサギ。
 ウサギじゃなくってナキネズミだけど、トォニィの幸せを祈る気持ちは変わらない。
 ただ…。
「ミュウの子供が沢山生まれますように、っていうのは無しだったんだね?」
 宇宙遺産のウサギとセットの解説。確かめてみたら苦い笑いが返って来た。
「…まるで無かったとは言えんがな…。そうなるといいなと思ってはいたが、ナキネズミだしな? ウサギみたいに沢山子供を産むわけじゃないし、お守りの意味は全く無いな」
「じゃあ、解説とかが全部間違ってるんだ? 宇宙遺産のハーレイのウサギ」
「そうなるな。そもそもウサギじゃないんだからな」
 しかし俺には責任は無いぞ、とハーレイは腕組みをして開き直った。
「ウサギだと決めたヤツらが悪い。俺にとってはナキネズミだ」
「だけどウサギは宇宙遺産だよ?」
「勝手にウサギと決め付けるからだ! ナキネズミだったら宇宙遺産じゃなくてオモチャだ」
「…それはそうかも……」
 ハーレイが彫ったナキネズミ。ちゃんとナキネズミに見えていたなら、御大層な解説つきで宇宙遺産にされる代わりにオモチャ扱い、歴史の彼方に消えていたと思う。
 シャングリラが消えてしまったように。青の間が無くなってしまったように。
 でも、ナキネズミは立派に残った。ウサギになって宇宙遺産で、博物館が持っていて…。
 ソルジャー・ブルーだったぼくは見られずに死んじゃったけれど、今のぼくなら見に行ける。
 博物館の奥の収蔵庫に収められているナキネズミ。ウサギになったナキネズミを。
 百年に一度しか見られないウサギ。前の公開から五十年も経っていないし、まだ先だけど。
「ハーレイ。…次に公開される時には見に行かなくっちゃね、ハーレイのウサギ」
「ナキネズミだ!」
 俺が言うんだからナキネズミだ、とハーレイは頑として譲らない。
 ナキネズミってことにしてもいいけど、宇宙遺産のウサギはウサギだと思うんだけどな…。



 木彫りのウサギが公開されて見に行く頃には、ぼくはハーレイと結婚している。
 手を繋いで一緒に見に行けるんだ。
 そして展示用のケースを覗き込みながら喧嘩なんかもするかもしれない。
 「これは絶対にナキネズミだ」「絶対ウサギだ」って、傍から見たら馬鹿みたいなことで。
 宇宙遺産の木彫りのウサギ。
 ぼくの前世がソルジャー・ブルーで、ハーレイはキャプテン・ハーレイだったと公表したなら、ウサギは直ぐにナキネズミだと訂正出来るだろうけれど。
 そんな予定は当分無いから、ウサギはウサギのままなんだ。
 ウサギじゃなくってナキネズミなのに。



 宇宙遺産のハーレイのウサギ。
 本当はアレはナキネズミです、ってコトになったら大変だよね。
 ありとあらゆる歴史の本とか美術書だとか。アレを載せてる教科書なんかもあるだろう。それを全部ウサギからナキネズミに書き換えなくちゃいけない上に、意味までまるっと変わってしまう。
 ナキネズミはウサギみたいに沢山の子供を産まないし…。イースター・バニーって言葉まであるウサギとは別の生き物なんだし、お守りの意味が無くなってしまう。
 木彫り一つで学者も出版社も博物館も、上を下への大騒ぎ。
 ハーレイの木彫りの腕前が下手くそなことを放って凄い騒動になっちゃいそうだ。
 ウサギにしか見えないナキネズミを彫ったハーレイが悪いと思うけれども、ハーレイは悪いとも思っていない。勘違いした方が悪いとか、決め付けたブラウたちが悪いとか言って笑ってる。
 いったい、誰が悪いんだろう?
 ハーレイかな? それとも最初にウサギだと言ったブラウかな? 間違えたみんな?
 考えてみたけど分からない。
 ぼくもウサギだと思ってたんだし、やっぱりハーレイが一番悪い?



 ウサギになったナキネズミ。
 宇宙遺産になってしまった、博物館に居る木彫りのナキネズミ。
 百年に一度の公開だなんていう立派すぎるウサギがナキネズミだと知ってしまうと、この世界は色々と難しそうだ。自分にそういうつもりがなくても、周りが凄い勘違いをする。
 ハーレイが彫ったナキネズミがウサギに見えたばかりに宇宙遺産。
 こうなってくると、ぼくの前世がソルジャー・ブルーなことは伏せておいて正解だったと思う。
 何処かで勝手に勘違いされて、伝説が一人歩きをしていたりしたら恥ずかしいもの。
 ハーレイの木彫りが宇宙遺産になったみたいに、ぼくも何かをやったかも…。
 ぼくは何にも残してないけど…。
 多分、残していないんだけれど。
 死んでから今までの歴史の全部に責任を取れるようになるまで、黙っているのがいいのかな?
 ハーレイみたいに変な宇宙遺産を残しているとは思わないけれど。



 ウサギじゃなくてナキネズミだ、と言い張るハーレイを見ながら考え続けてハッと気付いた。
(いけない、ハーレイとぼくは恋人同士!)
 今の生でもまだ明かせないハーレイとの仲。それは教師と生徒だからで、ぼくが十四歳になったばかりの子供だからというのもある。ぼくがソルジャー・ブルーと同じくらいの姿に育って、今の学校を卒業したなら堂々と結婚出来るけれども、前の生では全く違った。
 ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイが恋人同士だったなんて誰も知らない。
 シャングリラを守るソルジャーだったぼくと、シャングリラの舵を握るキャプテンのハーレイ。ミュウの未来を左右する立場に居たぼくたちが恋人同士だと知れてしまったら、長老たちを集めた会議でさえも円滑に運びはしなかっただろう。
 ぼくが意見を出し、ハーレイがそれを承諾する。その逆もあったし、意見が分かれて纏まらないことも何度もあった。ソルジャーとキャプテンとして立っていたから、長老たちもシャングリラのクルーもぼくたちを信じてくれたけれども、恋人同士だとそうはいかない。
 意見は一致するのが当然、分かれる時は一種の痴話喧嘩。そう取られても仕方が無い。そういう風に見られたが最後、誰もぼくたちを心の底から信頼してはくれないだろう。
 だから恋人同士であることを伏せた。最後の最後まで隠し通したから、ぼくはメギドへ飛び立つ前にハーレイとキスすら交わせなかった。別れの言葉さえ告げられなかった。
 ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイは恋人同士。
 これが前世のぼくが抱え込んでいた最大の秘密で、明かせばそれこそ歴史が変わる。
 宇宙遺産の正体がナキネズミだったこととは比べようもない大きすぎる秘密。
 今のぼくには明かすだけの度胸も覚悟も無い。
 だって、ぼくはまだ十四歳の子供。
 三百年以上もの歳月を生きたソルジャー・ブルーがやったことまで責任なんか取れないよ…。



 今のぼくには背負い切れない前の生。
 とりあえず今はソルジャー・ブルーの生まれ変わりだと知っている人はハーレイを入れても四人だけだし、まだ責任は取らなくていい。
 でも、ちょっと待って。
 ぼくがハーレイと結婚してから「実はソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイです」なんて言おうものなら、前の生でも恋人同士だったんだろうと思われるよね?
 前世のぼくたちは恋人同士じゃありません、って主張しても説得力が無い。
 ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイの評価が地に落ちるとまでは思わないけれど、影響無しとも思えない。好意的に受け止めて貰えるか、その逆なのか。
 ぼくには全く分からない。きっとハーレイにも分かりはしない。決めるのは他の人たちだから。



(…なんだか怖い……)
 やっぱり一生、黙っていようか。
 ぼくが誰なのか、ハーレイは本当は誰なのかを。
 そしたらハーレイが彫ったナキネズミは訂正出来ずにウサギのままで宇宙遺産だ。
 そう考えたらなんだか可笑しくなってくる。
 同じ前の生で出来た秘密でも、どうしてこうも違うんだろう。
 ぼくとハーレイが恋人同士だったことを公表しても、あるいは笑われて終わりかもしれない。
 終わり良ければ全て良しだと言ってくれる人だってあるかもしれない。
 ぼくもハーレイも、前の生ではやるべきことを全力でやった。
 メギドを沈めて死んでいったぼくと、シャングリラを地球まで運んで行ったハーレイと。
 自分の責任をちゃんと果たして、ぼくたちは地球に生まれ変わった。
 だから文句を言う人は無いかもしれない。
 いつか、覚悟が出来たなら…。
 きちんと本当のことを言おうか、「ぼくはソルジャー・ブルーでした」と。



 ハーレイが彫ったナキネズミのせいで、前の生まで考える羽目に陥ったぼく。
 そんなこととも知らないハーレイは、のんびり紅茶を飲んでいたから。お菓子もしっかり食べていたから、少し苛めてやろうと思った。
「ハーレイ、宇宙遺産のウサギだけれど…。やっぱりハーレイが悪いと思うな」
「どうしてそうなる?」
「下手くそなモノを作るからだよ、自分で酷いと思わない? 世界中の人を騙すだなんて」
 宇宙遺産のウサギを見るには入場料だって要るんだから。
 百年に一度の特別公開は入場料も高いんだから、と指摘してやった。
「宇宙遺産のウサギを見られた、って喜んだ人たちを騙したんだよ、ハーレイは! その人たちに返してあげてよ、入場料を! それと博物館までの交通費!」
 遠くから来た人は宿泊料だってかかってる。
 うんと沢山お金を払って、時間もかけて博物館まで。ウサギだったら値打ちもあるけど、ウサギじゃなくてナキネズミ。おまけにハーレイの下手くそな木彫りを見せられるんだ。
「酷い目に遭う人が増えないように、木彫りの趣味はもうやめてよね!」
 どうせ下手くそなんだから、と言ってやったら「今は木彫りはやってないぞ」だって。
 似ているようでも前の生とは何処かが違う、今のぼくたち。
 違うんだったら責任は取らなくていいのかな?
 ハーレイが宇宙遺産のウサギのことを「俺は知らん」と涼しい顔をしてるみたいに、ぼくたちが前の生で恋人同士だった大きな秘密も、放っておいてもかまわないのかな?
 そうだといいな、と思いたい。
 だって、宇宙遺産になったウサギを彫ったハーレイは知らん顔だもの。
 ぼくが苛めても「見る目が無いから騙されるんだ」なんて、平気な顔して言ったんだもの。



「ねえ、ハーレイ」
「なんだ?」
「ハーレイのウサギ、見に行きたいな」
 五十年後の公開までじっと待つのも楽しいけれども、レプリカだったら置いてるし…。
 強請ってみたら、案の定、「お父さんに連れてって貰え」と突き放された。
「引率の先生と生徒でもダメ?」
「ウサギに関しては、断固、断る。…自分を保てる自信が無いしな」
 教師として振舞うのを忘れそうだ、とハーレイは博物館にぼくを連れて行くのを断った。
 でも、見に行くならハーレイとがいい。
 絶対、ハーレイと二人で見たい。
 宇宙遺産なんて御大層なことになってしまった下手くそな木彫りのナキネズミ。
(そっか、当分、行けないんだ…)
 ぼくの背丈がソルジャー・ブルーと同じになるまで。
 本物の恋人同士になれる時まで、ハーレイと一緒に博物館には行けないらしい。
(…でも、それならそれで…)
 手を繋いで博物館でデートって、ちょっといいよね。
 ミュージアムショップでレプリカのウサギを買って帰って家に置こうよ、ねえ、ハーレイ?
「…分かった。ついでに五十年後だかの特別公開ってヤツも俺と一緒に見に行くんだな?」
「うんっ! 一番乗りで見ようね、ハーレイ」
「馬鹿か、お前。何日前から待つつもりなんだ、アレを見るための行列はだな…」
 博物館をぐるっと取り巻くくらいに人が並ぶらしい特別公開。
 それなら尚更、見なくっちゃ。
 うんと出世して宇宙遺産になってしまった木彫りのナキネズミ。
 ハーレイと二人で行列に並んで、展示ケースの前に立ったら覗き込んで喧嘩するんだよ。
 「やっぱりウサギだ」「いや、ナキネズミだ」って、周りの人たちに呆れられながら。
 だって、どう見てもウサギだもの。ナキネズミに見える方がおかしい。
 ハーレイ、それまでに訂正しておく?
 「あれは私が彫りました。正真正銘、ナキネズミです」って。
 そうするなら、ぼくも付き合うよ。「ぼくはソルジャー・ブルーでした」って。




        木彫りのウサギ・了


※宇宙遺産になってしまった木彫りのウサギ。訂正される日は来そうにないですねえ!
 次の特別公開の頃にはハーレイ先生は90歳前後、ブルー君も還暦超えです。
 全員がミュウな世界では、まだまだ若造。バカップルでも許されるよ、きっと。

 毎日更新の「シャングリラ学園生徒会室」にて作者の日常を公開中。
 お気軽に覗いてやって下さい、拍手部屋の方もよろしくですv
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv

 ←拍手してやろう、という方がおられましたらv
御礼ショートショートが置いてあります、毎月入れ替えしております!







 
 
 
 

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv





お騒がせだった水泳大会も済んで、シャングリラ学園は秋に向かってまっしぐら…と言いたいところですけど、まだまだ残暑で教室の窓は全開です。そんな中、1年A組に流行るもの。それはスーパーボールというヤツ。
スーパーボウルじゃないですよ? 海の向こうで熱狂的な人気を誇るスポーツイベントは季節違いの2月がシーズン。こちらはスーパーボールですってば…。
「おーい、行ったぞー!!」
「おうっ、任せろ!」
そりゃあっ、と卓球よろしく打ち返される小さなゴムボール。露店のスーパーボールすくいで男子たちが沢山掬ったそうで、朝の教室はスーパーボールが乱舞しています。あちこちへ飛んだり、壁や机で弾んだり。イレギュラーに跳ね返るボールにクラス全体が熱狂中。
「きゃあっ、また来たー!」
「そっちじゃねえってば、ちゃんと飛ばせよ!」
「無理、無理! 急に来るんだもん! キャーッ!」
男子も女子も入り乱れてのスーパーボール天国、誰が呼んだかスーパーボウル。朝のホームルーム前の予鈴が鳴ってもボールが飛び交い、グレイブ先生の靴音と共にピタリと止むのが毎日のお約束……だった筈なのですが。
「諸君、おはよう」
ガラリと教室の扉が開いた時、幾つかのボールがまだ宙に。ヤバイ、と証拠隠滅とばかりにパスする代わりに窓の外へと放り出されて…。
(ん?)
目で追っていたボールの一つが景気良く飛び、向かいの校舎で跳ね返りました。その勢いで隣にあった木の幹にぶつかり、再び校舎の壁にポーンと。あらら、ポンポン跳ね返ってる…。もっと勢いがつかないかな、と見詰めているとスポポポポーン! と弾んで私たちの教室がある校舎の壁へと。
(んんん?)
これは面白い、と眺めていればボールは二つの校舎の間を行ったり来たりで跳ねています。もしかしたら元の窓から戻ってきたりしちゃうかも? あらっ、あららら…。
「サム・ヒューストン!」
「………」
出欠を取っているグレイブ先生ですが、サム君も窓の外のボールを見ていて。
「サム・ヒューストン、欠席か!?」
「い、いえ、いますっ!」
すいません、とサム君が叫んだ瞬間、窓の向こうから飛び込んで来たスーパーボールがスッコーン! とグレイブ先生の眼鏡に当たって見事に吹っ飛ばしたのでした。



「………。諸君、これはどういうことかね?」
眼鏡を拾い上げたグレイブ先生、神経質そうにポケットから取り出したクロスで拭き拭き。怒りゲージがMAXなことは間違いなくて、1年A組、お通夜状態。問題のボールを投げたのが誰かは知りませんけど、心臓が止まりそうになっているに違いありません。
「…これは夜店で人気のスーパーボールというヤツらしいが…。何故これが此処にあるかは問題ではない。そこの特別生、七人組!」
へ? なんで話がそっちへ飛ぶの? キース君たちもキョロキョロしています。
「聞こえなかったか、お前たちだ! アルトとrは関係ない!」
「「「……え……」」」
どうなってるの、と互いに顔を見合わせる内に、グレイブ先生、ついに爆発。
「お前たち、ボールを見ていたな? ということは、ぶるぅの仕業に違いない。そるじゃぁ・ぶるぅの御利益パワーというヤツだ。ふざけるのも大概にしておきたまえ!」
肉声と同時に思念波での本音メッセージも飛んで来ました。
『無意識かどうかは知らんがね。サイオンでボールを操っていたな、お前たち!』
あちゃー…。そんなオチでしたか、さっきの弾むスーパーボール。と、いうことは、私たち…。
「全員、廊下で起立を命じる! 1時間目は私の数学だ。それが終わるまで、お前たち七人、廊下で直立不動。ついでに私語は厳禁だ!」
男子には水の入ったバケツも付ける、とグレイブ先生はカンカンで。朝のホームルームが終わらない内に私たち七人グループは廊下に立たされ、男の子たちは両手に水を満杯にしたバケツを提げる羽目になってしまいました。
『…なんでこういうコトになるわけ?』
晒し者だよ、と思念波で嘆くジョミー君。クラスメイトは気の毒がって来ませんけれども、他のクラスの生徒が授業前に廊下を移動しながら私たち七人を横目でチラチラ見てゆきます。特別生への遠慮も敬意もあったものではなく、噂を聞き付けて見に来る生徒も。
『俺たちの自業自得ってことになるんだろう。…残念ながら』
スーパーボールに気を取られていたことは間違いないし、とキース君が項垂れ、シロエ君も。
『…失敗でしたね。ぼくたちのサイオン、未だにヒヨコレベルですから…』
無意識にボールを操っていたか、と今頃気付いても後の祭りというヤツです。スウェナちゃんと私には視線が痛く、男子五人は両腕も痛く…。とんだスタートを切ってしまいましたよ、早く放課後にならないかなぁ…。



しっかり、がっつり晒し者になった涙の1時間目の授業。自分の授業が無かったらしいゼル先生が来て百面相をやらかして笑わせにかかり、ウッカリ吹き出してしまったばかりに男子のバケツに重石が追加。スウェナちゃんと私は首に『ごめんなさい』と大書した札を下げられました。
『…うう…。これって体罰……』
酷すぎるよ、とジョミー君が思念で呻けば、ゼル先生がニヤニヤと。
『お前たちは特別生じゃでな。普通の生徒と同じ基準を適用せんでも問題ないんじゃ、体罰、大いに結構じゃ! で、こんな顔はどうかと思うんじゃが?』
ほれ、と右手の人差指と中指を鼻の穴に一本ずつ突っ込み、左手で顎を掴んでグイと引き下げるゼル先生。こ、この顔は面白すぎです。でも笑ったら大変ですから、ここは耐えねば!
『…ちと、インパクトが足りんかったか…。やはりポーズも必要かのう?』
これでどうじゃ、とクイクイと腰を左右にくねらせ、『いやぁ~ん、ア・タ・シ!』とオカマっぽい響きの思念波が来たからたまりません。私たちはブハッと吹き出し、もう笑うしかなくなって…。
「まだ懲りないのか、馬鹿者ども!」
ガラリと教室の扉を開けてグレイブ先生がカツカツと。ゼル先生は大真面目な顔で「担任稼業も大変じゃのう」と首を振っています。グレイブ先生、騙されないで! 何もかも全部、ゼル先生が悪いんです~!
「何やら文句を言いたいようだが、心頭滅却すれば火もまた涼しという言葉がある。諸君はまだまだ我慢が足りない。…追加だな」
重石一丁、と男子のバケツに漬物石の追加。そんなモノ、何処から湧くのかって? シャングリラ学園には立派な調理実習室がありますからねえ、漬物石も沢山あるのです。スウェナちゃんと私が下げた札には『私が馬鹿でした』の文字が書き足され…。
「授業が終わったら刑も終わりだ。しかし、お前たちの刑が追加になる度に授業が中断したからな。幸い、次の時間は教室移動の予定が無い。休み時間まで授業を延長とする」
えーーー!!! それじゃ晒し者の刑も休み時間分の延長ですか! 他のクラスの生徒が来ちゃうし、男子の両腕もヤバイことになると思うんですけど~!



というわけで、朝っぱらから体罰1時間プラス休み時間分。心身共にダメージ大だった私たちは昼休みいっぱい食堂でグチり、午後の授業と終礼が終わるなり「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に直行しました。柔道部三人組も今日の部活はサボリだとか。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「やあ、今日は朝から散々だったねえ?」
見てる分には楽しかったよ、と高みの見物をしていたらしい会長さん。まさかあの時のスーパーボールに細工してたりしないでしょうね? 私たちが一斉に睨み付けると。
「何さ、その目は? 誓って何もしてないよ。君たちもサイオンを上手に使うようになったな、と感慨深く見ていただけで」
「うんっ! グレイブの眼鏡が飛んでいったの、凄かったぁ~♪」
面白かったよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も御機嫌です。
「それとね、ゼルの百面相も最高だったの! また見たいなぁ…」
「すまん、俺たちはもう勘弁だ。個人的に頼んで見てくれ」
両手にバケツで筋肉痛が、とキース君。普段から柔道部で鍛えていても、使う筋肉が別物だったらしいです。今日の男子は両腕プルプル、カップを持つのも辛いそうで。
「…なんでコーヒーをストローで飲まにゃならんのだ…」
だが持てん、とぼやくキース君の手はパウンドケーキを鷲掴み。フォークも持ちたくない気分だとか。それを見越してリンゴのパウンドケーキを用意していた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は流石ですけど。
「くっそぉ…。こんな調子だと、夜も親父に怒鳴られそうだ」
「ああ、お勤めでヘマをするかもねえ…」
所作が色々と変になりそう、と会長さんはまるで他人事。
「それよりスーパーボールだけどさ。あれって応用が効きそうだよ」
「「「は?」」」
「グレイブの眼鏡が吹っ飛んでったろ、ああいう仕掛けで遊べないかなぁ…って」
「二度と御免だ!」
勝手にやれ、とキース君が怒鳴り付け、コクコク頷く私たち。ゼル先生の百面相と同じで、そういう遊びは個人的にお願いしたいです。しかし…。
「誰がグレイブでやると言った?」
もっと笑える人材が、と会長さんはニコニコと。待って下さい、体罰はもう御免です。他の先生でやるにしたって、一人で遊んで下さいってば~!



逃げ腰になる私たちを全く気にせず、会長さんが右手を閃かせると宙に一個のスーパーボールが。
「これをね、ハーレイの家の玄関を入った所にね…」
「「「え?」」」
教頭先生の家ですか? それでどうすると?
「浮かべとくのさ、ドアを開けたら当たる範囲に! 当たった弾みでボールが飛ぶ。それを君たちがやったのと同じ要領で床とか壁とかでバウンドさせてね、最終的にはハーレイの顔面を直撃ってわけ」
これなら体罰も無関係、と会長さん。
「ついでに顔面直撃の直後にメッセージカードを投げ込むんだ。ブルー参上、って」
「あんた、悪戯したいわけだな?」
要するに教頭先生に、とキース君が問えば、会長さんはパチンとウインク。
「もちろんさ。そしてカードにはこう書いておく。「今日はスーパーボールだけれど、ボールのサイズはどんどん大きくなっていく。レシーブするも良し、受け止めるも良し。頑張って、とね」
「れ、レシーブって…」
バレーボール? とジョミー君が尋ね、ニッコリ笑う会長さん。
「そりゃあもう! バスケットボールくらいまでグレードアップしなくちゃね。ハーレイの反射神経に期待だよ。君たちの筋肉痛が治った頃からスタートしようか」
今日のところは作戦会議、とポーンと飛んでゆくスーパーボール。壁で跳ね返って天井に飛び、テーブルに並んだカップやお皿を避けてポンと弾んで、また天井へ。
「ぼくにかかればボールくらいは自由自在だ。ハーレイも最初の顔面直撃は不意打ちだから無理だとしてもね、次の球からはキャッチするとか蹴り返すとか、それなりのパフォーマンスをね…」
トスを上げて思い切りスパイクとか、と会長さんの夢は膨らむ一方。バスケットボールが飛び出す頃には教頭先生の家の玄関脇にゴールネットが仕掛けられたり…?
「あ、それいいね! ボールに合わせて細工しようか、サッカー用とかバレー用とか」
見事キメたら拍手喝采、と会長さん。あのぅ……キメた場合は御褒美も出ますか?
「御褒美かい? そんなの必要無いってば! 毎日ぼくと遊べるんだよ、それで充分!」
なにしろ相手はあのハーレイ、と言われてみればそんな気も。教頭先生は会長さんにベタ惚れでらっしゃいますから、毎日遊んで貰えるだけで嬉しくなるかもしれませんねえ…。



1年A組で流行していたスーパーボウルは、私たちの体罰事件の翌日からピタリと鳴りをひそめました。グレイブ先生に見付かったが最後、廊下で処刑と恐ろしい噂が立ったからです。その一方でウキウキとスーパーボールを操っているのが会長さんで。
「ハーレイの家の構造からして、レシーブもトスもスパイクもいける。ネットでゴールというのもいいけど、ゴールネットを揺らした瞬間、花瓶が砕け散るのもいいよね」
ゴールに花瓶を置いておいても普段の調子で叩き込みそうだ、と会長さんは悪魔の微笑み。男の子たちの筋肉痛は順調に癒えて、今日はもう痛まないらしく。
「ふふ、いよいよ今日からボール作戦スタートだよ」
メッセージカードもちゃんと書いた、と会長さんがスーパーボールをポーンと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の壁へ。跳ね返ってポンと床で弾んで天井に飛んで…。いつ見ても鮮やかな飛跡です。
「ハーレイの帰りは下校時間より遅いしねえ…。作戦中はぼくの家で夕食ってことでどうかな? 御馳走するよ」
「「「さんせーい!!!」」」
御馳走と聞いて反対する人がいる筈も無く、私たちは早速家へ連絡を。遅くなっても瞬間移動で家まで送って貰えますから、こんな残業なら大歓迎です。
「それじゃ、こっちの片付けが済んだらぼくの家へね」
「かみお~ん♪ 今日はシーフードカレーを仕込んで来たの!」
海老もホタテもたっぷりだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も嬉しそう。これから当分の間、毎日お客様が来るわけですから、おもてなし大好きだけに腕が鳴るというヤツでしょう。腕が鳴るとくれば教頭先生。スーパーボールの顔面直撃を食らった後にはどんな名プレーが飛び出すか…。
「珍プレーかもしれないよ? バレーボールを足で蹴り飛ばして、サッカーボールをドッジボールよろしく手でキャッチとかね」
その辺は見てのお楽しみ、とワクワクしている会長さん。まずは顔面直撃からです。教頭先生、きっとビックリ仰天でしょうね。



会長さんの家へ瞬間移動し、カレーの夕食。教頭先生の帰宅は七時すぎになり、私たちが「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオン中継画面に見入っている中、愛車をガレージに入れて玄関の鍵をカチャリと開けて。
「ふう…。今日も孤独な食卓か…」
早くブルーを嫁に欲しいものだ、と独り言を呟いて家の中に足を踏み入れた途端。
「なんだ!?」
暗い家の中でポンっ! と音がし、ポンポンポーン…と弾む音が。音は天井へ、壁へ、床へと飛んで、最後に教頭先生の顔面にビシッ! と激突。
「うわっ!!!」
ポン、コロコロコロ…と転がる音で我に返った教頭先生、玄関ホールの明かりを点けました。会長さんのサイオン・カラーと同じ青のスーパーボールが上がってすぐの床で揺れていて、天井からヒラヒラと一枚の紙が。
「……???」
それを手に取った教頭先生の顔がパアッと明るく。
「そうか、ブルーの悪戯だったか…。明日からボールのサイズがグレードアップしていくのだな? ふむ…。暗くても見えるようサイオンで行くか、明かりを点けっぱなしにしておくか…」
自動点灯にするのもいいな、と教頭先生は思案中。会長さんと遊ぶためには電気工事とか電気代とかも気にしないということですか! なんと天晴れな根性なのか、と中継画面を見詰めていると、会長さんが。
「電気工事は今日すぐってわけにはいかないしねえ? これは点けっぱなしコースかな。明日は卓球の球でいくから、ハーレイが帰りつく前にネットを張ろうね」
玄関先の廊下の所に、と会長さんの方も教頭先生に負けず劣らず楽しげな笑顔。あの教頭先生にしてこの会長さん有りなのか、会長さんあっての健気な教頭先生か。いずれにしてもいいコンビでは、と思わないでもないですが…。
「誰だい、名コンビだなんて考えたのは!?」
「「「!!!」」」
すみません、と私以外のみんなもペコリと。…つまり名コンビだということですよね、誰から見ても…。いえ、ごめんなさい、会長さん! ワタクシが悪うございましたぁ~!



卓球の球の次の日は、それよりも一回り大きいゴムボール。お次が軟式テニスボールで…、といった具合にボールは大きくなってゆきます。毎日、玄関ホールの明かりを点けっぱなしにして出掛ける教頭先生、帰宅直後に飛び込んでくるボールを受け止めるのがお楽しみで。
「「「おおっ!」」」
今日は華麗にサッカーボールを蹴り飛ばしました、教頭先生。廊下の奥に張られたゴールネットにバスッと決まってナイスシュート! 会長さんとの遊びの時間が待っているとあって、教頭先生、ゼル先生から「最近、毎日楽しそうじゃの」と言われたりしてらっしゃるそうです。
「ふふ、ハーレイもすっかりボールに馴染んだようだね、明日は花瓶割りをして貰おうか」
目標があれば叩き込む筈、とニヤニヤしている会長さん。その翌日はバレーボールの出番でした。留守宅に瞬間移動で入り込んだ会長さんがネットを張って、少し向こうの廊下の真ん中に水を満たした大きな花瓶を。会長さん曰く、たまに教頭先生が貰う花束用だとか。
「あれでも一応、教頭だしねえ? 節目には大きな花束を貰うこともあるのさ、卒業生一同かとか、そういうヤツを。…それ以外で花束を貰うことなんて、まず無いね」
だから普段は納戸の奥に、と戻って来た会長さんがクスクスと。やがて帰宅した教頭先生、猛スピードで飛んで来たバレーボールをレシーブした上に素早くジャンプし、勢いをつけてスパイクを。ボールはネットの向こうへと飛び、花瓶が見事にガッシャーン! と…。
「「「うわぁ…」」」
やっちゃった、と肩を竦める私たちと時を同じくして、教頭先生の方も愕然と。流れ出す大量の水と、砕けて散らばる花瓶の破片。お片付けはかなり大変そうです。御愁傷様です、教頭先生…。



そうやって遊び続けたボール合戦も今日のバスケットボールでフィナーレの予定。ゴールネットを仕掛けてきた会長さんが鼻歌交じりに。
「ハーレイの顔が見ものだねえ…。シュートを決めたら大変なことになっちゃうものね」
「…あんた、相当悪辣だよな」
アレはないぜ、とキース君。ゴールネットの真下に教頭先生が大切にしている会長さんの写真入りの額が置かれているのです。シュートを決めれば、写真とはいえ会長さんの顔にバスケットボールを叩き付けてしまうというわけで。
「ぼくへの愛はその程度か、と思い切り責めてボール遊びはおしまいだよ、うん」
「「「………」」」
気の毒すぎる、と思いましたが、会長さんが延々とボール遊びを続けるわけがありません。こういうラストが待っていたのか、と中継画面を見守る内に教頭先生の御帰宅です。勢いをつけて飛んで来たバスケットボールを真上にトスしてジャンプ、脇の壁に取り付けられたゴールネットに叩き込み…。
「うわぁぁぁぁ!!!」
すまん、と会長さんの額に平謝りする教頭先生。額の前面はアクリルガラスだったらしく割れも砕けもしなかったものの、中で微笑む会長さんの写真にバスケットボールを叩き付けたことは事実。申し訳ない、と泣きの涙の教頭先生に向かって会長さんが思念波で。
『見ちゃったよ、今の。…何のためらいも無く叩き込んだね、ぼくにボールを』
「ち、違う! まさかお前の写真があるとは…。知らなかったんだ、本当だ!」
信じてくれ、と叫ぶ教頭先生ですけれど。
『さあ、どうだか…。君の反射神経の良さは毎日見せて貰っていたしね? ぼくの写真が置いてあることに気付かないとは思えないな』
「き、気付いた時には手遅れだったんだ、ゴールの下に見えたんだ!」
『見苦しいねえ、君のぼくへの愛の深さはバスケットボールをお見舞い出来る程度ってね。よく分かったから、遊びはおしまい。明日から電気代が安く上がるよ』
「待ってくれ、ブルー!」
このとおりだ、と教頭先生はバスケットボールを拾って天井に叩き付けました。跳ね返って来たボールの真下でキッと上を睨み、バスケットボールがボカン! と顔に。今の一撃は痛そうです。しかしボールをサッと拾うと、また天井へ、そして顔へと。
「ブルー、お前の気が済むまでボールを顔で受け止めよう。百発か? それとも二百発か?」
返事してくれ、とボールを投げては顔にぶつける教頭先生は既に鼻血が出ています。怪我が原因な教頭先生の鼻血はこれが初めてかも…。止めないんですか、会長さん? 止める気、全然無いんですか?



天井と顔面を往復するバスケットボールに身を晒し続けた教頭先生は結局、昏倒。いくら頑丈でも、やはり限界はあるものです。次の日、腫れ上がった顔で学校に現れた教頭先生、会長さんとのボール遊びが打ち切りになったショックも重なり、悄然とした御様子で。
「馬鹿だねえ、あそこまでしなくってもさ」
呆れ果てる、と放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で笑い転げる会長さん。
「御面相がアレだろう? ゼルとブラウにあらぬ噂を立てられていたよ、ぼくの家を電撃訪問してフライパンで殴りまくられた、って」
「「「……フライパン……」」」
「信憑性の高い情報源だしね、ゼルもブラウも。…もうフライパンで決定だと思うよ、事実は名誉の負傷なのにさ」
庇う気は毛頭ないけれど、と会長さんはケラケラと。
「バスケットボールよりも音はいいだろうね、フライパン! クヮーン、グヮーンって響き渡って、読経のお供に丁度いいかも」
機会があったらフライパンをお見舞いしてみるか、と会長さんが指を一本立てた時です。
「響くっていうのはいいかもねえ…」
「「「!!?」」」
会長さんそっくりの声が聞こえて、優雅に翻る紫のマント。空間を越えて現れたソルジャーがソファにストンと腰を下ろすと。
「ぶるぅ、ぼくにも紅茶とケーキ」
「オッケー! 今日はね、かぼちゃプリンのタルトなの!」
ちょっと待ってね、とサッと出てくるタルトと紅茶。ソルジャーは早速タルトを頬張りながら。
「昨日のハーレイは可哀相だったねえ、あんなに必死に謝ってたのに…。二度と遊んであげないんだって?」
「最初からそういう予定なんだよ、顔面バスケットボールが予定外なだけ! それにあの程度の芸、オットセイでもやるからね」
鼻先でこうヒョイヒョイと、と会長さんが返すとソルジャーは。
「オットセイかぁ…。アレも効くよね、これはますますやらないと」
「「「は?」」」
何をやろうと言うのでしょう? そもそもオットセイが何に効くと?
「あ、知らない? たまにノルディにお小遣いを貰って買うんだよ。ぼくのハーレイが疲れが溜まった時なんかに飲ませてあげると、もうビンビンのガンガンで…」
「退場!!!」
さっさと帰れ、と眉を吊り上げる会長さん。そっか、オットセイって精力剤かぁ…。



会長さんが怒ったくらいでは帰らないのがソルジャーです。かぼちゃプリンのタルトをのんびり食べつつ、紅茶も飲んで。
「ホント、ハーレイが気の毒でさ…。なんとか浮上させる手は無いものかな、って昨日から考えていたんだよ。で、フライパンの音でピンときたんだ」
「何に?」
どうせロクでもないことだろう、と冷たい口調の会長さんですが、ソルジャーの方は得意げに。
「凄い名案だと思うけどなぁ…。こっちのハーレイは感謝感激、君は高みの見物ってね」
「どんな名案?」
「ボールがあちこち弾んでたのと、フライパンの響きの合わせ技! こう、刺激を与えると鳴く床なんだよ」
「なんだ、アレか…」
つまらない、と会長さん。
「鴬張りの廊下だろ? なんでハーレイが感激するわけ?」
「「「ウグイスばり?」」」
なんのこっちゃ、と首を捻ると、キース君が。
「知らないのか? マツカは知っていそうだが…。床板に仕掛けがしてあってだな、歩くとキュッキュッと音が鳴る。鴬の鳴き声に似ているから、と鴬張りだ。璃慕恩院にもあるんだぞ」
「へえ…。そんなのがあるのかい? ぼくはそっちは知らなかったな」
初耳だ、と言いつつ、ソルジャーは。
「鴬張りがあるんだったら、ぼくが言うのはブルー張りかな」
「「「ブルー張り???」」」
それこそ謎な言葉です。青い床板を張るんでしょうか? あれ、でも刺激がどうとかって…。
「分からないかな、鴬じゃなくてブルーの声で鳴く床のこと! キュッキュッの代わりにイイ声で…ね」
「ちょ、ちょっと…」
会長さんが青ざめてますが、イイ声って歌でも歌うんですか? 会長さんの声で歌う床?
「そうだね、歌うと言う人もいるね。だけど普通は啼くとかかな? つまりベッドの中でブルーが出す声のことで」
ベッドの中? それって寝言とかイビキなんじゃあ? いくら会長さんの声と言っても、教頭先生が喜びますか?



頭の中が『?』だらけの私たち。鴬張りは分かりましたが、ブルー張りの良さが分かりません。教頭先生が感謝感激って、会長さんのイビキや寝言でも…?
「うーん、とことん分かってないなぁ…。万年十八歳未満お断りだとこんなものかな」
「当たり前だよ!」
この子たちに分かるわけがない、と噛み付く会長さん。
「でも、よく考えたら使えそうだねえ、ブルー張り。…歩く度にぼくの声なんだ?」
「そう、絶品のよがり声! もう踏んだだけでイきそうな感じで」
絶対やってみる価値がある、とソルジャーは強気。なんのことやらサッパリですけど、会長さんも乗り気みたいです。
「ボールを散々受け止めまくった御褒美に、家中の床をブルー張りかぁ…。鼻血で失血死しそうだよ、それ。でなきゃ床を転げ回って大感激かな、右に左に」
「いいだろう? いいと思うよ、ぼくのお勧め! 鳴く床の仕掛けはサイオンでいけると思うんだ。残留思念を応用してさ、君の声を仕込んでおけばいいかと」
「その話、乗った!」
ブルー張りの床でハーレイに薔薇色の日々を再び、とブチ上げている会長さん。そんなにいいかな、ブルー張り…。寝言とイビキのオンパレードが? 私たちが顔を見合わせていると、ソルジャーがクスッと笑みを零して。
「違うね、そういう声じゃない。早い話が、ぼくがハーレイとベッドで過ごす時に出てる声! 君たちには理解不能だろうけど…。具体例で言えば、イイとか、イクとか」
「「「…イク…???」」」
その声の何処がいいというのだ、と謎は増えるばかり。教頭先生の夢と言ったら、会長さんがエプロンを着けて「行ってらっしゃい」「お帰りなさい」ってヤツですよ? 相当はしょりまくりだと言うか、言葉足らずと言うべきか…。
「分からないなら結果だけを見て楽しみたまえ。ねえ、ブルー?」
「そうだね、ブルー張りを仕掛けた家に踏み込んだハーレイを見学するのが一番かと」
どういう声を仕込もうか、と瞳を悪戯っぽく煌めかせている会長さんに、ソルジャーが。
「その前に君に演技指導かな、その手の声は出せないだろう? 万年十八歳未満とお子様がいるけど、ここは一発、気にせずに! まずは「イイ」から行ってみようか」
始めっ! とパン、と両手を叩くソルジャー。それから延々と始まった時間は妙な音声のオンパレードでした。もっと色っぽく、とか、艶っぽくとか熱い指導が飛んでますけど、これってどういう演技なのかなぁ?



ソルジャーも納得の演技が完成するまでに要した期間は三日間。満足の出来に仕上がったらしい会長さんの声を仕込むべく、ソルジャーと会長さんは教頭先生がお留守の家に二人で忍び込んでせっせと作業を。そして…。
「かみお~ん♪ ハーレイ、帰ってきたみたい!」
中継する? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんが「頼むよ」と声を掛け、サイオンでリビングの壁に映し出された教頭先生のお宅では…。
「……孤独だ……。秋は独り身の侘しさが身にしみるな……」
この間まではブルーが仕掛けたボールが迎えてくれたのに、と背中を丸めて玄関の鍵を開ける教頭先生。バスケットボールを受け止めまくった顔はまだ少し腫れが残っています。
「ゼルとブラウにフライパンだなどと噂を流されたせいで、エラには不潔と言われるし…。ヒルマンは自分の立場をよく弁えろと説教をするし、ほとほと疲れた…」
こんな時にブルーが居てくれれば、と「お帰りなさい」の妄想を繰り広げているらしいのが分かります。大丈夫ですよ、教頭先生! 今日からはブルー張りとやらを施した家が暖かく迎えてくれると会長さんが言っていますし、ソルジャーも自信満々ですし!
「…ふう…。今日もボールは飛んで来なかったか…」
残念だ、と玄関ホールの明かりを点けた教頭先生が靴を脱ぎ、片足を床に乗せた時。
「あっ…!」
「?? …今、ブルーの声が聞こえたような気がしたが…」
気のせいか、と上がり込んだ教頭先生の足元から。
「あんっ!」
鼻にかかったような会長さんの甘い声。教頭先生の身体がビクッと震え、右足を恐る恐る一歩前へと踏み出すと。
「い、イイッ…!」
「…ブルー? なんだ、何の悪戯だ?」
いったい何処に隠れているのだ、と進めば更に会長さんの声が。
「あっ、ああっ、も、もう…」
「…??? どうなっているのだ、何処から声が…」
「や、やめ…! ひあぁぁぁぁっ!」
「ブルー???」
何処だ、と混乱しつつも教頭先生の顔は真っ赤でした。この意味不明な言葉の羅列に何か秘密があるのでしょうけど…。



耳の先まで赤く染めながら、教頭先生は会長さんを探しています。その間にもブルー張りとやらの床は鳴り続け、家の奥へと向かうに従って響く言葉もそれっぽく。
「き、来て…!」
「…何処なんだ、ブルー!?」
返事をしろ、とズンズン奥に進む間も床はアンアン声を上げたり、喘いだり。
「あっ、あんっ…。そ、そこ…」
「此処か!?」
バンッ! と扉を開いた部屋に会長さんはおらず、代わりに床がひときわ高く。
「ひあぁっ! き、来て、ハーレイ…!」
「ブルー、今、行く!」
ダッと駆け出す教頭先生にブルー張りの床は。
「やっ、やあぁぁぁっ! も、もっと……もっと奥まで…」
「???」
もっと奥まで、と指示されたものの、その先が無い教頭先生。現場は御自宅の一番奥の部屋、それ以上奥はありません。
「…シールド……なのか? それにしても…」
この声はどうにも堪らんな、と教頭先生の手が下に下がりかけ、ピタリと止まって。
「いや待て、何処かでブルーが見ていたら…。こんな姿を目にされていたら、この前のボールの二の舞で…」
「ふふ、ちゃんと分かっているんじゃないか」
その程度の理性はまだあったか、と会長さんが呟き、ソルジャーが。
「そりゃね、ブルー張りとは気付いてないし? だけどそろそろキツそうだよ」
ズボンの前が、とソルジャーの指摘。面妖な台詞を喋りまくる床は教頭先生の大事な所を直撃しているらしいです。えーっと、これがブルー張りの効果とやらというヤツですか?
「うん。今に耐え切れなくなって鼻血を噴くかと」
時間の問題、と会長さんが笑い、教頭先生の足がブルー張りの床をズンッ! と踏んで。
「い、イクッ…! ひ、ひあっ…。あぁぁぁぁぁぁっ!!」
ブワッと噴き出す鼻血の滝を私たちの目は確かに見ました。教頭先生は仰向けに倒れ、受け止めた床が艶っぽい声で。
「ああ…。んん……。ハー…レ…イ…。も、もっと……」
もっと愛して、と床が囁いた声は教頭先生には多分、届いていないと思います。それどころか明日の朝までに意識が戻るか、危ういトコだと思うんですけど~!



「やったね、ブルー張り、効果バッチリ!」
「ね、ぼくのお勧めは外れないよ」
これで当分楽しめそうだ、と手を取り合って喜ぶ会長さんとソルジャーと。罪作りなブルー張りの床が発する言葉は謎だらけですが、教頭先生にとってボール遊びよりも刺激的な仕掛けだということだけは分かりました。でも…。
「おい、あの床をどうする気だ?」
仕掛けの解除はしないのか、と問うキース君に、会長さんが。
「せっかく仕掛けたんだしねえ…。演技指導でしごかれまくった大事な声だよ、そう簡単に消したくないな。…ハーレイが出血多量で死にそうだとか貧血だとか、そうなってきたら考えようかと」
「それからでいいと思うよ、ぼくも。もっと仕掛けを増やすというのもいいかもねえ…」
いっそ壁とか扉とかにも、とソルジャーが唆し、会長さんの瞳も輝いています。教頭先生、こんな改造を施された家で明日の朝日を拝めるでしょうか? 家を出る前に再び失神、無断欠勤で厳重注意とか、そういう展開になりそうな気が…。
「別にいいだろ、君たちだって廊下に立ってたんだし」
「そうそう、あれが全ての始まりだったね」
スーパーボールの弾みすぎ、と笑い合っている会長さんとソルジャーに罪の意識は皆無でした。恐るべし、ブルー張りの床。甘い声やら喘ぐ声やら、踏めば踏むほど喋りまくる床が黙る時まで、教頭先生、鼻血を堪えて戦い続けて下さいね~!




      建物で遊ぼう・了



※新年あけましておめでとうございます。
 シャングリラ学園番外編、本年もよろしくお願い申し上げます。
 ブルー張りのモデルの鴬張りは御存知でしょうか、歩くと床がキュッキュと鳴ります。
 忍者対策って話ですけど、作者の耳には「軋んでるだけじゃあ?」という音にしか…。
 鴬張りの床にするには高度な技術が要るそうですけどね!
 このお話はオマケ更新ですので、今月の更新はもう一度あります。
 次回は 「第3月曜」 1月19日の更新となります、よろしくお願いいたします。

 そしてシャン学を始めて以来6年以上、私語を一切してこなかった作者ですが。
 昨年末に心を入れ替えました、6年間もの沈黙を破って喋ってやろうと!
 毎日更新のシャングリラ学園生徒会室にて喋っております、バカ全開な気がします。
 『大いなる沈黙へ』って映画ありましたね、沈黙の方がマシだったかな…。
 作者の日常を覗きたい方はお気軽にお越し下さいませ~v


毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、1月は新年早々、煩悩ゲットのイベントとやらに怯え中…?
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv



 ぼくの前世はミュウの長だったソルジャー・ブルー。
 でも、知っている人はパパとママと、ぼくを診てくれたハーレイという苗字のお医者さんだけ。
 そしてもう一人、お医者さんの従兄弟でぼくの学校の古典の先生、ハーレイもぼくの前世が誰か知っている。そのハーレイが前世でのぼくの恋人なんだ。もちろん今も恋人だけど。



 ぼくとハーレイは蘇った青い水の星、地球の上に生まれ変わって再会したんだ。
 今、ぼくたちが暮らす地域は遙かな昔に日本という国があった場所。
 前の生の頃、SD体制の時代には古い習慣とか伝統なんかは廃れていたように思われてるけど、そんな時代でも神様という概念はあってクリスマスもちゃんと残ってた。
 それから長い年月が経って、今、ぼくたちが暮らす地球では、SD体制よりも前の時代の色々な風習を復活させて味わい、楽しんでいる。
 例えば、ぼくがハーレイと再会した日の二日後は五月五日で端午の節句。
 五月の三日に前世の記憶を取り戻したぼくは、それと同時に血まみれになった。前の生の最期にメギドで撃たれた時の傷痕。お医者さんは聖痕現象と診断したけれど、身体には何の傷も無いのに沢山の血が流れ出したそれ。
 あまりに出血が酷かったからと、その週は学校を休むことになった。そのせいで五月五日も家に居たぼくは、ハーレイの授業を聞き損なって…。
 次の週にようやく登校出来て、友達に聞いてガッカリしたんだ。端午の節句について習う授業は歴史じゃなくて古典の管轄。ハーレイの授業で柏餅と粽が配られて、みんなで食べたんだって。
 柏餅と粽はお店で買えるけど、ハーレイと一緒に食べてみたかった。端午の節句の話を聞いて、柏餅と粽の由来を聞いて。
 「先生、桜餅にはどういう由来があるんですか!」なんて質問が飛び出したりして、凄く楽しい時間だったらしい。桜餅には何の由来も無かったけどな、と友達が笑って教えてくれた。
 柏餅も粽もハーレイが赴任してくる前から手配されてたお菓子で、ハーレイは古典の授業の一環として食べながら話しただけなんだけど…。授業なんだって分かってるけど、食べたかったな。
 だって、大好きなハーレイの授業。ハーレイの声を聞きながら一緒に食べられるだけで、柏餅も粽も特別な味になった筈だと思うから…。



 そういう少し変わった授業は当分何も無さそうだな、って思っていたら七夕の話を教わった。
 来週が七夕、恋人同士の二つの星が一年に一度、天の川を渡って会う星合いの日だと。
 彦星と織姫、アルタイルとベガ。
 今では銀河系の中の恒星だって分かってるけど、それを天に住む人だと信じた昔の人たちは幸せだったんだろうなと思う。
 その時代、地球は今と同じように、ううん、今よりももっと青くて綺麗だっただろうから。
 地球に人が住めない時代が来るなんて誰も思わなかっただろうから。
 生活は今よりもずっと不便で厳しい時代だったと思う。でも、地球の上に住んでいられるだけで人間はきっと幸せだったと思うんだ。自分では全く気付いてなくても。
 前の生でのぼくとハーレイには地球は無かった。
 地球を探して、地球に行きたくてシャングリラで宇宙を彷徨っていた。
 そんな記憶があるからだろうか、ぼくは地球に居られればそれで充分かな。友達は将来、何処か他の星で暮らしてみたいとか話してるけど、ぼくは地球しか知らなくてもいい。
 遠い昔にシャングリラが潜んだ雲海の星、アルテメシアにも行ってみたいとは思わないし。
 アルタイルもベガも、ぼくがシャングリラで長い眠りに就いていた間に地球を探して立ち寄ったらしい。地球が属するソル太陽系の座標が全く掴めなかったから、恒星はもれなく探索の対象で。
 だけどアルタイルもベガも、地球を連れてはいなかったんだ。



 ハーレイの授業でシャングリラの話が出るわけもなくて、習ったものは七夕に纏わる言葉など。
 ぼくたちの年ではもうやらないけど、小さな頃には七夕といえば笹飾りを作って家に飾った。
 折り紙の細工や、願い事を書いた短冊を吊るして七夕を待った。七月七日は晴れますように、と天気予報を心配してた。雨が降ると彦星と織姫は会えなくなるって聞いていたから。
 七月七日に降る雨のことを何と呼ぶのか、ハーレイの授業で初めて知った。催涙雨だって。天の川の水が増えてしまって会えない二人が泣くからだとか、二人が流す涙だとか。
 天の川を渡るための橋も何で出来てるのか知らなかった。カササギという鳥が翼を広げて一列に並んで作る橋。その橋を詠んだ遠い昔の人の歌も出て来た。
 一年に一度しか架からない橋。
 もしも、ぼくとハーレイが一年に一度しか会えなかったら?
 ぼくは前の生の終わりにハーレイの温もりを失くしてしまって、独りぼっちになってしまったと泣きながら死んだ。もう会えないと、ハーレイには二度と会えないんだと…。
 だから一年に一度しか機会が無くても、会えるのならそれで充分嬉しい。
 でもやっぱり……一年に一度しか会えないだなんて悲しいとも思う。
 きっと、ぼくは欲張りになったんだろう。
 この地球の上でまたハーレイに会えて、独りぼっちじゃなくなったから。
 ハーレイと二人で地球に居るのに、一年に一度じゃとても足りない。学校で会って、ぼくの家で会って、殆ど毎日会っているけど、それでもまだまだ足りないんだから…。



 七夕の授業があった週の土曜日、いつものようにハーレイが訪ねて来てくれて。
「ねえ、ハーレイ。七月七日は晴れるといいね」
 そう言ったら「昔は雨になることが多かったんだぞ」って教えてくれた。古典の授業の範囲じゃないけど、昔、この場所に在った日本という国では七月七日は雨の季節の真っ最中で。梅雨という言葉まで存在したほど、雨ばかり続いていたんだって。
「ふうん…。それだと一年に一度会うのも難しそうだね。もしかして毎年、催涙雨だった?」
「さあな? しかしだ、そのまた昔は雨の季節じゃなかったそうだぞ」
「えっ?」
 今のこの場所に梅雨が無いのはSD体制崩壊後の地殻変動で地形が変わったせいだと聞くのに、それよりも前に大規模な変動があったんだろうか?
 それは全然知らなかったな、と首を傾げたら。
「ブルー、変わったのは地形じゃなくて暦だ。カレンダーだな」
「え? …カレンダー?」
 一年が十二ヶ月のカレンダー。SD体制の前も、SD体制の頃も、今の時代もカレンダーは同じ十二ヶ月だと思ってた。地球の公転で決まる筈のそれが変わるだなんて初耳だけど…。
「ずっと昔はカレンダーが別のものだったんだ。今でも売っているだろう? 月のカレンダーを」
「…月齢カレンダーっていうヤツのこと?」
 あまり馴染みは無かったけれども、月の満ち欠けを書いたカレンダーなら知っている。
「そうさ、昔はそっちを使っていたんだ。その暦だと七夕の頃には雨の季節は終わった後だ」
「…そうだったんだ…」
 なんだか頭がぐるぐるしてきた。
 遙か昔のこの地域では、七夕は梅雨で雨ばかり。だけどそのまた前の時代は雨が降らない時期の七夕で、いったいどっちが正しいんだろう?
 太陽のカレンダーの方? それとも月のカレンダー?
 地球は太陽の周りを一年かけて回ってるんだし、太陽のカレンダーが正しいのかな?
 でも、でも、でも。
 太陽のカレンダーだと七夕が雨の季節になるなら、月のカレンダーの方がいいな、と思う。
 だって、雨の七夕ばかりが続くと彦星と織姫は何年も会えなくなっちゃうから。
 彦星はアルタイル、織姫はベガで、神様じゃなくて恒星なんだって分かってるけど…。
 でもでも、会えないより会える方がいい。
 催涙雨ばかりになってしまいそうなカレンダーより、断然、月のカレンダー。



 そう思ったから「月のカレンダーにしてあげたいな」とハーレイに言ったら「そうだな」という答えが返って来た。
 もしも、ぼくとハーレイとの間に天の川があって、一年に一度しか会えなかったなら。
 その日に雨が降ってしまったら、カササギは橋を架けてくれない。
 橋が無くても前のぼくならサイオンの力で飛び越えられたし、会えた筈。
 でも、今のぼくは空を飛ぶことも瞬間移動も出来ないんだから、飛び越えられない。
 天の川なんかがあったら困る。
 一年に一度しか会えない七夕の日が雨になったら、泣いて、泣いて、涙が催涙雨になる。
 だけど…。
「ハーレイなら天の川、泳いで渡ってしまえるかもね」
 水泳が大好きなぼくの恋人。
 学生時代は選手だったほどに泳ぎが上手くて、身体も丈夫なハーレイだったら…。
「お前に会うために泳ぐのか? それなら泳ぐさ、どんなに川幅があったとしてもな」
「…そっか…」
 自信あるんだ、と嬉しくなった途端にふと思い出した。
 七夕の日に天の川に架かる橋はカササギの橋。沢山の鳥が翼を広げて一列に並んで作る橋。
 カササギは小さな鳥だけれども、ハーレイみたいに大きな身体でも大丈夫かな? 重さに負けて潰れないかな、と少し心配になったから。
「…ハーレイは泳いだ方がいいかも…。カササギの橋、ハーレイの体重に耐えられるかな?」
「こら、お前!」
 コツン、と頭を小突かれた。
「俺がカササギの橋を踏み抜くってか?」
「踏み抜きそうだよ?」
「お前な…。お前、俺に会いたいのか、会いたくないのか、どっちなんだ」
 橋を踏み抜いたら俺はお前に会えないわけだが、とハーレイがぼくを睨んでる。腕組みまでして怖そうな顔をしてみせてるけど、怒っていないって分かってしまう。鳶色の瞳が笑ってるから。
「…ハーレイ、答え、知ってるくせに」
 天の川が大雨で溢れていたって、ぼくはハーレイを信じてるから泣かないよ。
 きっとハーレイなら泳いでくると思うから。
 カササギが橋を架けてくれなくっても、ぼくは泣かない。
 泣かずに待っていれば必ず、ハーレイが泳いで来てくれるから…。



「ずいぶんと信用されたもんだな、俺も」
 天の川を泳いで渡り切ろうってほどの勢いか、とハーレイは苦笑しているけれど。
「…来てくれないの?」
「いや、泳ぐ。お前が向こう岸に居るなら、どんな川でも俺は泳いで渡ってみせる」
 向こう岸が見えないような川でも泳ぎ渡る、と鳶色の瞳の色が深くなった。
「ブルー、お前に会えるんだったら、俺は必ず泳いで行く」
 ハーレイが右手を差し出してきて、ぼくの右の手をキュッと握った。
 前の生で最後にハーレイに触れた手。ハーレイの温もりを最期まで覚えていたかったのに、銃で撃たれた傷の痛みで温もりを失くしてしまった右の手。
 その手を握って、ハーレイはぼくを真正面から真剣な瞳で見詰めた。
「…本当はメギドまで追いたかったんだ。お前を追い掛けて飛びたかった」
「……それはダメだよ、ハーレイはキャプテンだったんだから」
「そう思いたかっただけかもしれん。全てを捨て去る覚悟があったら、あの時、俺は飛べたんだ」
 シャングリラもキャプテンの制服も何もかもを…、とハーレイが苦しげな顔になる。
 ぼくが飛び去って直ぐに追い掛けていれば、自分もメギドに行けた筈だと。
 そうすることが可能な船が格納庫に何機も在ったのだから、と。
「…あの時、俺とお前の間には溢れた天の川があったんだろう。…実際、宇宙があったんだがな。溢れた川を渡る勇気を俺は持ってはいなかった。そしてお前を喪ったんだ」
「違うよ、ハーレイ。…ぼくはジョミーを頼むと言ったよ、君はそのために残ってくれた」
「俺もそうだと思っていた。…しかしな、お前のことを最優先で考えるのなら、俺はお前を追うべきだった。俺がお前を追わなかったから、お前の右手は凍えてしまった」
 この手だ、とハーレイはぼくの右手を大きな両手で包み込んだ。
「俺は二度と後悔したくない。天の川を渡らなかった自分の馬鹿さ加減に涙するのはもう沢山だ。…だから俺は渡る。どんなに広い川であろうと、俺はお前の所まで泳ぐ。…いいな?」
「…うん……。ぼくも待ってる。ハーレイが来る、って信じて待ってる」
 催涙雨なんか降らせないよ、と言ったけれども。
 ぼくの瞳からは大粒の涙がポロリポロリと零れて落ちた。
 この涙はぼくの涙だけれども、ぼくはぼくでも前のぼくの涙。
 ハーレイと離れて独りぼっちで死んでいったソルジャー・ブルーが天の川のほとりで零した涙。
 もうハーレイには会えないのだと、右の手が凍えて冷たいと泣いた。
 だけど、向こう岸からハーレイが来る。泳いで渡って来てくれるのだ、と…。



 ハーレイとそんな話をしたから、少し切ない気持ちになった。
 天の川のほとりに立ち尽くしたまま、ハーレイが泳いでやってくるのを待った前の生のぼく。
 本当にハーレイが川を渡って来てくれたから、ぼくたちは地球の上で会えたんだと思う。
 だけどそれまでに、ソルジャー・ブルーは一人きりで何度泣いたのだろう。
 どのくらいの涙が瞳から零れて雨になったのか、どのくらい一人で待っていたのか…。
 前の生でのハーレイの命が尽きたら直ぐに会えたんだろうか?
 きっと会えたと思いたい。
 そうでなければ悲しすぎる。今年こそ会える、今年こそ…、って泣きながら待っているなんて。
 ソルジャー・ブルーがメギドを沈めた後、数年が経ってSD体制は崩壊した。
 だから前のぼくが独りぼっちで待った時間は数年だけだと思いたいけれど…。
 催涙雨は数年分しか降っていないと思いたいけれど、こればかりはぼくにも分からない。
 生まれ変わって来るまでの間は何処に居たのか、それすらも分からないんだから。



 翌日の日曜日には七夕も催涙雨もすっかり忘れてしまって普段どおりのぼくだったけれど、その週の半ば、学校からの帰り道で七夕飾りを見かけた。
 バス停から家まで歩く途中にある家の玄関先に、ぼくの背丈くらいの笹飾り。きっと小さい子が居る家だろう、色とりどりの紙の飾りや短冊が幾つも結んであった。
 それを見たら思い出したんだ。
 ハーレイと話した天の川のこと、天の川のほとりで涙を零していた前のぼくのこと。
 今のぼくはハーレイと毎日のように会えるけれども、会えなかったなら…。
 一年に一度しか会える日が無くて、その日に会えなかったなら。
 どれほど悲しくて寂しいだろう、と考えただけで涙が零れてしまいそうだから。
 青く晴れた夏の空を見上げて、心の中で願いをかけた。
 催涙雨が降りませんように。
 どうか今夜は晴れますように、って。
 だって、会えないだなんて寂しすぎるし、悲しくて辛い。
 ハーレイは天の川でも泳いで渡ると言ってくれたけど、彦星にそれは難しそうだ。
 彦星と織姫がカササギの橋を渡って会えるようにとぼくは祈って、七夕の夜は綺麗に晴れた。
 そして次の日に気が付いた、ぼく。
 七夕の笹に結ぶ短冊。お願い事を書いて吊るしておくのが七夕だった、と。
 背が伸びますようにと頼めば良かった。
 お願いするのを忘れただなんて、ちょっと間抜けで誰にも言えない。
 失敗だった、ぼくの七夕。
 でもハーレイには今日も会えたし、いつかは一緒に暮らせるんだから焦らなくても大丈夫。
 天の川でも泳いで渡るとハーレイは言ってくれたから。
 ぼくたちは二度と離れないから……。




        催涙雨・了


※天の川でも泳いで渡ろうというハーレイ先生。川幅、どのくらいあるんでしょうね?
 それでもハーレイは泳ぐのでしょう、二度と後悔しないために。

 毎日更新の「シャングリラ学園生徒会室」の方でお馬鹿な私語を始めました。
 お気軽に覗いてやって下さい、拍手部屋の方もよろしくですv
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv

 ←拍手部屋は、こちら。御礼ショートショート、毎月入れ替え中!




Copyright ©  -- シャン学アーカイブ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]