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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

教頭先生の家にエロドクターと一緒に立て籠もってしまったらしいソルジャー。会長さんにも「そるじゃぁ・ぶるぅ」にも中の様子は分からないそうで、私たちはスーパーで買い込んだ荷物を抱えて教頭先生の家へと急ぎました。普段から鍛えている柔道部三人組が一足先に門扉を開けて玄関前に辿り着いたのですが…。
「くそっ、押しても引いてもダメだ」
キース君が玄関の扉をドンドンと叩き、シロエ君が門扉の所でインターフォンのボタンを押しまくっています。やはり会長さんが言っていたとおり、家には入れない状態でした。会長さんがポケットから合鍵を取り出し、玄関の鍵穴に差し込んでみせて。
「ほらね、鍵はかかっていないんだよ。だけど扉は開かない。もちろん瞬間移動で中へ飛び込むこともできない」
「「「………」」」
私たちを締め出した状態でソルジャーが何をしているのかは想像したくもありません。花嫁修業だなんて言ってましたし、きっとロクでもないことが…。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が放り出されてから既に1時間近く経つそうです。その間、ソルジャーは好き放題に…。
「いっそ窓でも割ってみるか?」
物騒なことを口にしたのはキース君。
「そうでもしないと中へ入るのは無理そうだぞ。あいつも窓を割られるとまでは思っていまい」
「窓か…」
会長さんが考えを巡らせています。確かに窓なら強行突破できるかも? と、突然カチャリと扉が開いて。
「おやおや。これは皆さん、お揃いで…」
出てきたのは白衣を羽織って往診用の鞄を提げたドクターでした。
「ハーレイの具合はいいようですよ。明日くらいまで安静にすれば動けるようになるでしょう。秘伝の塗り薬とやらが効きましたね」
民間療法も馬鹿にできないものがあります、と話すドクターは完全にお医者さんの顔。けれど…。
「…ブルーは?」
会長さんが玄関を覗き込み、胡乱な瞳で振り返りました。
「姿が見えないようだけど? 君もブルーに聞かされてたよね、花嫁修業に来たんだ…って。花嫁修業なら往診に来たお医者様をお見送りしなきゃいけない筈だ。ぼくはそのように教えたけれど?」
家から放り出される前に、と舌打ちをする会長さんにドクターは。
「ああ、要らないと言ったのですよ。花嫁修業中ともなると色々お忙しいでしょう? ご自分の世界にも何か用事がおありのようで、今はそちらにお戻りです」
では、と軽く会釈をするとドクターは表に停めた車の方へ。ドクター自慢の高級車です。風で白衣がフワリと靡いて、何かいい香りがしたような…? 病院特有の消毒薬などの匂いではなく、もっと自然で爽やかな…。ドクターってコロンをつけてましたっけ? 会長さんも気付いたようで。
「あれ? ノルディって香水つけていたかな? …おっと、そんなことはどうでもよかった。とにかくブルーが心配だ」
「心配って…それは逆じゃないのか?」
キース君が突っ込みを入れました。
「立て籠もっていたのはあいつなんだぞ? 絶対に何かよからぬことを…」
「だから心配してるんだってば! ブルーが何をやっていたのか、ハーレイに確認しなくっちゃ」
行くよ、と会長さんが玄関を入った所でドクターの車がエンジン音も高く去っていきます。ソルジャーは自分の世界に戻っているそうですし、今の間に教頭先生の安否を確認しなくっちゃ!

バタバタと二階に上がって寝室へ行くと、教頭先生はベッドに仰向けに寝ていました。きちんと肩まで布団を被り、膝の下には会長さんの抱き枕が挟み込まれているようです。そして漂ういい香り…。ん? この匂いって、さっきドクターがつけてたコロン?
「なんだ、どうしたんだ?」
私たちが勢いよく駆け込んだので、教頭先生は怪訝そうな顔。
「もう学校は済んだのか? 何をそんなに慌ててるんだ?」
「何をって…」
会長さんが溜息をつき、部屋をグルリと見渡すと。
「ブルーとノルディと三人で何をしてたのさ? とてもいい匂いがするようだけど」
「ああ、これか。ノルディが身体にアロマオイルを塗ってくれたんだ。アルトさんがくれた薬も塗ってるんだが、なんと言っても匂いが酷い。あれをブルーが嫌がるんでな、別の香りで薄めた方がいいだろうと」
「え…?」
「ノルディは私に対抗意識を燃やしたらしい。エステティシャンとして腕を磨けばお前に呼んで貰えるかもしれん、と色々勉強したそうだ。アロマテラピーも学んだとかで、この香りはそれの成果だな。あの悪臭を消せるオイルを選び出すとは凄いじゃないか」
教頭先生は本当に感心しているみたいです。この様子ではドクターは診察してアロマオイルを塗っていっただけで、何も悪さはしていないのでは…? けれど会長さんは引っ掛かるものがあるらしく。
「それだけかい?」
「………? 他に何かあるのか、ブルー?」
「ノルディは往診していっただけ? 他には何もしなかった?」
「他に? いや、何もないが? すぐにブルーが見送って行った。そういえばブルーが見当たらないな。買い物か?」
もう半時間ほどになると思うが、と言う教頭先生に会長さんの顔が青ざめました。
「…ちょっと待って。ブルーは君に断っていかなかったのかい? 自分の世界に用事があるから帰ってる、ってノルディは言っていたんだけれど…?」
「いや、知らん。そういう話は聞いていないが…」
教頭先生の証言によると、ソルジャーはエプロン姿でドクターを見送りに行ったそうです。それっきり戻らなかったわけですけども、相手は勝手気ままなソルジャー。花嫁修業とやらに飽きて好きに過ごしているのだろう、と教頭先生はベッドでウトウトしていたのだとか。
「ハーレイ、君はどこまでおめでたいんだい? ブルーがノルディと一緒に出掛けたかも、とかは全く思っていないんだ…?」
会長さんの鋭い指摘に教頭先生はウッと詰まって。
「そ、それは…。そんなことは…。しかし……自分の世界に行ったのだろう? だったら何も問題は…」
「今の行き先に関してはね。でも問題はそこじゃない。ノルディが往診に来てからすぐに、ぼくもぶるぅも放り出されてしまったんだ。家に入ろうとしても入れず、中の様子も分からなかった。…君の治療をしていただけならシャットアウトされなくってもいいんじゃないかと思うけど?」
「……放り出されただと?」
信じられない、と目を丸くする教頭先生は何も知らないようでした。会長さんが問い詰めた結果、エロドクターは教頭先生の寝室を出てから暫くの間、家の中に留まっていたことが明らかになり…。
「空白の時間が三十分か…」
溜息をつく会長さん。
「その間にブルーは自分の世界に用事が出来て、勝手に帰ってしまったわけだ。緊急事態ってこともあるだろうから、そっちの方はいいとして……ノルディと何をやってたのかが気になるな」
「そう?」
ユラリと空間が揺れて出現したのは噂のソルジャーその人です。会長さんの私服の上からフリルひらひらのエプロンを着けていますが、その格好で自分の世界に行ったんですか!?
「…この格好で里帰りしてちゃいけないのかい? ぼくのハーレイにはウケたけど?」
ソルジャーはクスッと笑って会長さんに向き直りました。
「お蔭様で花嫁修業は順調だよ。ハーレイもとても喜んでくれたし、ノルディに感謝しないとね」
「「ノルディ?」」
重なったのは会長さんと教頭先生の声。ソルジャーは「うん」と頷き、微笑んで。
「特別にレクチャーしてくれたんだ。ぼくは花嫁修業中だろ? 夫役のハーレイが役立たずって状態だから、そういう時の過ごし方。王道は宅配便のお兄さんだとか言っていたけど、往診に来た医者というのもアリらしい」
「「「???」」」
「分からないかな、夫が役に立たないんだよ? 花嫁修業をしているのにさ。だったら代わりが要るじゃないか。でないと欲求不満になるし」
ソルジャーが何を言っているのか私たちにはサッパリでした。ところが会長さんはピンと来るものがあったらしく。
「…ま、まさか……まさかノルディと……」
「心配しなくても大丈夫。最後まではやってないからね」
だけど十分熱くなれた、とソルジャーはウットリしています。この展開って、もしかして…? 口をパクパクとさせる会長さんにソルジャーは。
「仕上げはぼくの世界に戻ってハーレイと一緒に楽しんだんだ。ノルディはプロの店に行くとか言ってたよ。あそこで引けるのは流石だね。テクニシャンだと自負するだけのことはある」
「「「………」」」
今度こそ私たちにも分かりました。ソルジャーは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を締め出しておいてエロドクターと大人な遊びをしていたのです。教頭先生は耳まで真っ赤になっていますし、会長さんは顔面蒼白。直後に起こった会長さんとソルジャーの派手な口喧嘩は思い出したくもありません。エロドクターが来たばっかりに悲惨なことになっちゃいましたよ…。

その夜、会長さんは不機嫌でした。大喧嘩の末、ソルジャーがエロドクターの記憶を消去することで一応決着はついたのですけど、それでも腹に据えかねる様子。なのにソルジャーはのんびりと…。
「もういいじゃないか、ノルディの記憶は消したんだしさ。花嫁修業中のぼくと出会ったことすら覚えてないよ」
保証する、と言ってデザートのシャルロットポワールを頬張るソルジャー。
「美味しいね、これ。後でハーレイにも運んであげなきゃ」
「余計な真似はしなくていい! 花嫁修業は他にやることがあるだろう? エプロンだけが全てじゃないんだ。…ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
トトトト…と走って行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が抱えてきたのは裁縫箱と紅白縞のトランクスです。えっと、私たち、まだデザートの最中ですけど…。トランクスなんかテーブルに置かれても困るんですけど…。しかし会長さんは私たちをチラッと眺めて冷たい声で。
「不愉快なのはぼくも同じさ、それも君たちとはケタが違う。とにかくブルーには反省しといて貰わないと…。ブルー、そのトランクスは昼間に君が洗ったヤツだ」
「ああ、あれね。ハーレイの大事な取っておきの」
素手で優しく揉み洗い、と手つきを再現しているソルジャー。洗剤を大量に放り込んだと会長さんから聞いていますが、トランクスは少し色落ちしたようです。そのトランクスを「そるじゃぁ・ぶるぅ」が両手でパッと広げてみせて。
「えっとね、ここの縫い目が綻びてるの! ブルーが針仕事を教えてあげなさい、って。縫物、やったことはある?」
「…生憎そういう経験はないね」
「それじゃ一から教えるね! いきなり繕い物をするのは無理だし、練習からだよ」
頑張って、とソルジャーの前に積み上げられたのは端切れの山。針と糸を渡されたソルジャーが縫物の練習に悪戦苦闘するのを監視するのが私たちのお役目でした。その間に会長さんが教頭先生にシャルロットポワールを届けに行って、ついでに消灯してきたようです。
「ノルディの診断が確かだったら安静にするのも明日までかな。ハーレイもだいぶ楽になったって言っていたから、花嫁修業も明日で終わりだ」
人手は十分足りている、と会長さんは不快感を露わにしていますけど、ソルジャーを叩き出すだけの能力が無いものですから口で言うのが精一杯。そして案の定、ソルジャーは…。
「縫物の練習までさせてるくせに明日までだって? たった三日で修業が終わるわけないじゃないか!」
「君はとっくに奥義を極めてしまっているよ。ノルディを引っ張り込んで浮気気分を楽しんだだろ? 言い訳しても無駄だからね。言い出したのはノルディの方かもしれないけれど、君も良からぬことをしようと企んでいたのは確かなんだ。ぼくとぶるぅを放り出したのがその証拠さ」
「ぼくは三人で試したかっただけなんだ! 現地妻候補が揃ったんだし、三人でしないと損だよね」
「「「………」」」
三人で何をしようとしたのか、およそ見当はつきました。けれど教頭先生がギックリ腰では、それは絶対無理なのでは…と私たちは思ったのですが。
「ノルディはその道のプロだしね? やり方は工夫できたと思うよ。ギックリ腰でも口は十分使えるんだし…」
パシッと青いサイオンが走り、ソルジャーが顔を顰めました。
「いたたた…。何も攻撃しなくても!」
「調子に乗ってペラペラ喋っているからさ。万年十八歳未満お断りの団体の前でそれ以上言うと許さないよ? とにかく君の修業は明日まで! それと今夜はトランクスをきっちり繕うこと!」
分かったね、と会長さんは厳しい口調。ソルジャーは仏頂面で縫物の練習を続け、どうにか縫い目が揃ってきたのは日付が変わる頃でした。幸い、明日は土曜日ですから学校の方はお休みです。トランクスの綻びを繕い終えるのが明け方になってしまったとしても、それから眠ればいいんですよね。

翌日、私が目を覚ましたのはお昼前。ゲストルームで寝たソルジャーも、リビングで雑魚寝していた会長さんやジョミー君たちも同じです。リビングに置いた土鍋で眠った「そるじゃぁ・ぶるぅ」だけが早起きをして朝昼兼用の食事を用意し、私たちが学校帰りに頼んでおいたスーパーからの宅配品を受け取って…。
「かみお~ん♪ ご飯の用意、出来てるよ!」
元気一杯の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は教頭先生のお世話も済ませていました。サイオンを使ってパジャマを着せ替え、ちゃんと朝食も食べさせたとか。
「あのね、ハーレイにトランクスを届けに行ったら感激してたよ。ブルーが繕ったんだよ、って言っといたから」
教頭先生はソルジャーが繕ったトランクスでも嬉しくなったみたいです。会長さんが繕ってくれる可能性はゼロなのですから、そっくりさんでもいいのでしょう。押し掛け花嫁修業中のソルジャーなんかでも役立つことがあるのですねえ…。教頭先生限定ですけど。
「それでね、さっきね、電話があって」
オムライスのお皿を配りながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言いました。
「ゼルがお見舞いに来るんだって。今日は学校、お休みだから」
「…ゼルが?」
まずいな、と会長さんが顔を曇らせます。
「ゼルはブルーを知らないんだ。…ブルー、悪いけど修業は打ち切りにしてほしい。それが嫌なら来客中はゲストルームに籠ってて。君なら気配を消せるだろう?」
「まあね。気配くらいは軽く消せるし、そっちの方にしておくよ。花嫁修業は今日いっぱいは有効なんだろ?」
昨夜の押し問答の結果、ソルジャーの花嫁修業は今日の夜までと決まっていました。教頭先生が完治するまで居座るつもりで来たソルジャーは渋々同意していましたから、打ち切りなんかは聞き入れる筈もないわけで…。会長さんはソルジャーにビシッと指を突き付けると。
「いいかい、絶対にゲストルームから出ないこと! ゼルには君の存在を知らせたくない。SD体制が皆に知れたら不安を煽るだけだからね」
「分かってる。君もソルジャーである以上は守るべきものがあるんだろうし…。君の世界と仲間を脅かすような真似はしないよ、約束する」
「じゃあ、念のためにシールドを。ゲストルームに籠ってるだけでは今一つ不安な気がするから」
「了解」
こうしてソルジャーはゲストルームに籠った上でシールドを張り、隠れることになりました。ゼル先生の来訪を知らせるチャイムが鳴った時点でソルジャーは姿を消さねばならないわけです。
「だからさ、それまでは頑張らなくっちゃいけないんだよ、花嫁修業を」
なのに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が全部済ませてしまっていた、とソルジャーはとても不満そうです。身体を拭いたり髭を剃ったり、あれこれしてみたかったらしくて…。
「そういうのは君の世界のハーレイでやればいいじゃないか」
会長さんが言いましたけど、ソルジャーはプイとそっぽを向いて。
「ぼくはハーレイの下僕じゃないし? そうでなくてもハーレイときたら、口うるさくて困ってるんだ。部屋はきちんと片付けろだの、濡れた身体でベッドの上に転がるなだの…。そういうことをしてくれるためにハーレイがいるんだと思わないかい?」
部屋の片付けに風呂上がりの世話、とソルジャーは威張り返っています。あちらのキャプテンが日頃からそういう役目をしているのなら、尽くされる立場に立ってみたいと願うのも無理はないでしょう。花嫁修業に出されるわけだ、と私たちは心の底から納得しました。けれどソルジャーは修業どころかお遊び感覚、キャプテンの夢は叶わないまま終わるのでは…?

ゼル先生のバイクがやって来たのは昼食の片付けを終えて寛いでいた所でした。音で気付いた会長さんがソルジャーに隠れるようにと目配せします。
「そうか、あれがゼル御自慢のバイクなんだ?」
大きいよね、とレースのカーテン越しに食い入るように見ているソルジャー。バイクを停めたゼル先生がフルフェイスのヘルメットを取り、会長さんはソルジャーが今日も着けているエプロンの端を引っ張って…。
「いいから隠れて! じきにチャイムが…」
ピンポーン♪ とチャイムが鳴って「そるじゃぁ・ぶるぅ」が玄関の方へと駆け出しました。
「ほら、早く!」
「分かってるってば」
じゃあね、とソルジャーがニッコリ笑った次の瞬間。
「「「!!?」」」
会長さんが真っ白でフリルひらひらのエプロン姿に大変身です。ソルジャー、やってくれましたか…。置き土産っていうヤツですか?
「違うんだな、これが」
「「「は?」」」
「せっかく修業に来たっていうのに消えろというのは酷くないかい? それにゼルにも会えるんだよ? ここで消えるのはブルーの方だと思うんだよね」
えっ、ちょっと待って。エプロンの下の私服はソルジャーが選んで着ていたもの。それじゃ消えたのはソルジャーじゃなくて会長さん!?
「お、おい…」
キース君が震える声で問い掛けました。
「あんた、もしかしてソルジャーの方か? 代わりにブルーを閉じ込めたのか?」
「閉じ込めたなんて人聞きの悪い…。ブルーはそこだよ」
ソルジャーが指差す先では会長さんが必死に何か叫んでいました。シールドの中に押し込められているようです。えっと…私たち、どうすれば?
「ブルーの姿はゼルには見えない。もちろん声も聞こえない。ぼくがブルーを演じ切っていれば問題ないと思うんだけどな。…そうそう、君たちがボロを出すとマズイから…ちょっと外出してもらおうか」
「「「えぇっ!?」」」
それが私たちの最後の悲鳴。気付いた時には会長さんもろともシールドの中に閉じ込められて手も足も出ない状況でした。そこへ「そるじゃぁ・ぶるぅ」がゼル先生を連れて戻ってきて…。
「かみお~ん♪ …あれ?」
「ご苦労様、ぶるぅ。みんなはちょっと用事があってね、ぼくと二人でお願いします…って」
ソルジャーに言われた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はシールドの中の私たちに気付きましたが、会長さんが必死に送ったサインは「言われるとおりにしろ」というもの。いつも良い子の「そるじゃぁ・ぶるぅ」はコクリと頷き、会長さんのふりをしたソルジャーに従うことに…。

「何なんじゃ、ブルー、そのエプロンは?」
ゼル先生がジロジロとソルジャーを上から下まで眺め回して。
「まさかハーレイに着ろと言われたのではあるまいな? 如何にもあいつの好みなんじゃが」
「用意してあったから着たんだけれど…。この家には色々置いてあるよね」
ソルジャーの答えは間違いではありませんでした。ゼル先生は不快そうに鼻を鳴らすと。
「だから普段から言っておるんじゃ、ハーレイの家に一人で行ってはいかん、とな。エプロンは取った方がいい。でないとハーレイが図に乗りおるぞ」
「…そうなんだ…」
素直にエプロンを外すソルジャー。今の段階では別人だとバレていないようです。私たちはハラハラしながらシールドに入れられたままでソルジャーたちに続いて二階へ上がり、教頭先生の寝室へ。
「ハーレイ、腰の様子はどうじゃ? 見舞いに来たぞ」
「ああ、かなり楽になった。ノルディの見立てでは絶対安静は今日までらしい」
「なるほどのぅ。泊まり込みで看病してくれた子たちに感謝するんじゃぞ。ブルーも頑張っておるようじゃし…」
ゼル先生は教頭先生と和やかに言葉を交わし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお茶とお菓子を運んできます。お見舞いは至極平穏に過ぎ、ソルジャーも聞き役に徹していたので時間はアッという間に経って…。
「いかん、いかん。すっかり長居をしてしもうた。…そろそろ失礼せんといかんな」
壁の時計を見たゼル先生の言葉にソルジャーが。
「うん、ハーレイもマッサージしないといけない時間だしね」
「マッサージ?」
首を傾げるゼル先生。
「ギックリ腰はマッサージしてはいかんのじゃろう? わしはそのように覚えておるが」
「ダメらしいね。でも腰以外の筋肉をマッサージして血行を良くすると効果があるってノルディが言ったし、ハーレイ直伝のマッサージをするのもいいかと思って」
「ほほう…。そう言えばお前がハーレイをエステティシャンにしたんじゃったな。ハーレイのマッサージはなかなか気持ちのいいもんじゃて」
「そうだろう? だから今からマッサージ」
ソルジャーは手際よくアロマオイルやパウダーを並べました。
「ギックリ腰に効く秘伝の薬を塗ってるんだけど、これがまた酷い匂いでねえ…。それを消すのにアロマオイルを使うんだよ。マッサージのやり方は普段のエステとちょっと違って、ハーレイが独自に編み出したらしい」
「ほう? それはまた…。後学のために見て行こうかのう」
椅子に座り直したゼル先生。私たちはシールドの中で上を下への大騒ぎでした。教頭先生がソルジャーにマッサージを教えただなんて聞いてませんが? それに教頭先生、マッサージの話が出てから不自然に黙っているんですけど?
『そりゃハーレイは知らないさ。ついでに口も利けないように細工中。マッサージはノルディに習ったんだ』
飛び込んで来たソルジャーの思念に私たちは肝を潰しました。エロドクターに習ったマッサージ? それってまさか、私たちが締め出しを食らった時に…? では、エロドクターがいい香りをさせていたのは…。
『うん、マッサージに使ったオイルの香り。このマッサージは特別なんだ。ノルディは熱くなってくれたし、ぼくもたまらなくなっちゃって…。それであっちの世界に帰ってハーレイとベッドで楽しんだわけ』
「「「えぇっ!?」」」
外には聞こえない私たちの声を綺麗に無視して、ソルジャーは教頭先生のパジャマの前を大きく開くと…。
「最初は滑りを良くするためにパウダーを使っていくんだよ。まずは胸から、こんな風に」
両手を滑らせてゆくソルジャーの姿にゼル先生が大きく目をむき、「いかん!」と大声で怒鳴りました。
「ブルー、お前は騙されておる! それは…そのマッサージは間違っておるぞ!」
「え? やり方が違うのかい? でもハーレイはこんな風に…って」
「違うんじゃ! それはな…、それは男を気持ちよくする性感マッサージというヤツなんじゃあ!」
ゼル先生はソルジャーを教頭先生から引き離すなり、教頭先生の腰を思い切り蹴飛ばしたからたまりません。グキッと不吉な音が響いて呻き声が…。教頭先生、とんだ濡れ衣を着たものです。『せいかんマッサージ』とやらは初耳ですけど、精悍とでも書くのかな?

「ええい、ハーレイ、この痴れ者めが!」
ドスドスドス…と足音を立ててゼル先生は出てゆきました。
「ブルーを騙して性感マッサージをさせておったとは不届きな…。ギックリ腰が聞いて呆れる。いいか、病欠は明日までじゃぞ! それ以後はサボリと見做しておくよう、事務局の方に言っておく。せいぜい急いで治すんじゃな!」
捨て台詞を残してゼル先生のバイクが走り去り、私たちを捕えたシールドも解けて…。
「そうか、あのマッサージにはそういう名前があったのか…」
ノルディはそこまで言わなかった、とソルジャーが笑みを浮かべています。
「花嫁修業には必須ですよ、と言ってた理由がよく分かったよ。ちょっとした悪戯だったけれども、思わぬ収穫だったよね。で、ハーレイのギックリ腰は悪化しちゃったみたいだけども…。花嫁修業を期間延長してもいい?」
「却下!」
即座に切り捨てる会長さん。
「君のせいで悪化したんだろう? ノルディとあんないかがわしいのを練習したとは思わなかった! ノルディの記憶は消去したって言っていたけど、ゼルの記憶も消しといてもらう。でないと…」
ハーレイが気の毒すぎる、と会長さんは頭を抱えています。そりゃあ…怪しげなマッサージを会長さんに教えたとなれば教頭先生の評価が地に落ちますよね。教頭先生はゼル先生に蹴られた腰の痛みでそれどころではないようですが…。
「教頭先生、痛みますか?」
キース君が抱き枕の位置をずらして教頭先生の顔を覗き込んでいます。シロエ君はアルトちゃん秘伝の塗り薬の瓶を手にしてスタンバイ中。ソルジャーはゼル先生の記憶の消去を約束させられ、頬を膨らませて怒っていました。
「せっかく花嫁修業に来たというのに追い出すのかい? まだまだ習いたいことが沢山あるのに」
「マッサージを習えば十分だよ! 君は花嫁修業に向いてないのが良く分かった!」
所詮ままごと止まりなのだ、と会長さんも負けていません。二人の不毛な言い争いに教頭先生の蚊の鳴くような声がかぶさって…。
「それでも私はブルーを嫁に欲しいのだが…」
痛みを堪えて紡いだ言葉は二人に届きませんでした。ぎゃんぎゃんと詰り合っている会長さんとソルジャーは教頭先生のギックリ腰より我が身が優先みたいです。どちらをお嫁に貰ったとしても不幸になりそうな気がするのですが、それでもお嫁に欲しいのでしょうか? キャプテンが期待した花嫁修業もどうやら空振りに終わりそう。教頭先生、会長さんとの結婚生活を夢見ているなら腰は早めに治しましょうね~!




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ギックリ腰になってしまった教頭先生のお世話をするべく泊まり込みを決めた私たち。けれどソルジャーがやって来るとは夢にも思いませんでした。手伝いをすると言っていますが、ソルジャーって家事は無能に近いのでは? 春休みに会長さんの家で合宿した時、部屋を散らかされて困った記憶が…。
「ぼくが手伝いをしちゃいけないのかい?」
ソルジャーは椅子に腰掛けたままで尋ねました。
「本人の許可は取ったんだけど? ねえ、ハーレイ?」
「え、ええ…。お手数をお掛けしてすみません…」
仰向けに横たわった教頭先生は申し訳なさそうにしています。ソルジャーは「ほらね」と得意そうに微笑み、教頭先生の顔を覗き込んで。
「相当酷くやられた割にはあまり腫れてないみたいだね。ちょっと心配してたんだけど」
「病院でずっと冷やして下さったので…。大したことはありませんよ」
「ふうん? ブルーにやられたことだと思えば痛みも吹っ飛んじゃうのかな? ギックリ腰になった理由もブルーが大事だからだもんねえ」
「な、何故、それを…!」
真っ赤になった教頭先生にソルジャーはクスクスと笑い始めました。
「ぼくも最初は気付かなかったよ。だけどブルーがそこの子たちに解説するのを聞いちゃったんだ。大事な下着を庇おうとしてギックリ腰って美談だよね。ぼくのハーレイも感動していた」
「…お恥ずかしい限りです…」
「いいじゃないか。ぼくが手伝いに来ることにしたのもハーレイに言われたからなんだよ? 腰は男の命だからねえ、しっかり養生するようにって。…ついでに腰が使えない間は心配ないから、色々覚えてきて下さいって」
「「「は?」」」
間抜けな声を上げたのはソルジャー以外の全員です。お手伝いに来て何を覚えると? ソルジャーは「分からないかな?」と人差し指を顎に当てて。
「腰が使えない間は心配ないって言っただろう? ぼくのハーレイが心配するのは浮気に決まっているじゃないか。この前、現地妻を募集したのが心にグサッと刺さったらしい。だけど、こっちのハーレイが夢を見ている新婚生活にも大いに惹かれるらしくって…」
「「「???」」」
「ハーレイズのことは覚えてる? 二人のハーレイの人魚ショー! あれの特訓をしていた時に、こっちのハーレイと色々話をしたらしい。ブルーを嫁に貰う日のために準備してあるグッズなんかが新鮮だったらしいんだよね。いかにも新婚って感じじゃないか」
教頭先生は頬を赤らめ、私たちは頭を抱えました。教頭先生の夢の数々は年始の挨拶で押し掛けた時に見ています。花の香りのシャンプーだとか、乙女ちっくなガウンだとか。あちらのキャプテンが惹かれるってことは、あれって男のロマンですか?
「そうらしいよ。ハーレイはぼくに主導権を握られてばかりいるからねえ…。一度でいいから尽くされる側に立ちたいらしい。それで修業に来たってわけ。いわゆる花嫁修業というヤツ」
「「「花嫁修業!?」」」
「うん」
ソルジャーは悪びれもせずに頷きました。
「ギックリ腰が完治するまで、世話をしながら理想の嫁について学ぼうかと…。ぼくのハーレイに提案したら一も二もなく賛成したよ。それどころか顔がニヤけていたね」
そういうわけで、とソルジャーはゆっくり立ち上がって。
「君たちにはサポートを頼みたい。花嫁修業をすると言っても、ぼくは家事なんか出来ないし…。出来る部分は努力するからダメな所はカバーして」
まずはお世話をしなくっちゃ、とソルジャーが抱え上げたのは会長さんの写真がプリントされた抱き枕でした。
「ギックリ腰には楽な姿勢が大切だって? 枕がどうとか言っていたけど、どう使ったらいいんだい?」
うわぁ、ソルジャー、本気ですか? 教頭先生のお世話をしながら花嫁修業って大真面目ですか~?

「ブルー、ちょっと待って」
抱き枕をセッティングしようとしたソルジャーを会長さんが止めました。
「君が本気で修業したいなら、まず服装をなんとかしたまえ。ソルジャーの衣装は家事に向かない」
「そうかな? ぶるぅも同じ服だよ?」
「ぶるぅは慣れているからいいんだってば! 君は初心者だし、マントだけでも邪魔になる。ぼくが持ってきた服に着替えるんだ。リビングに荷物が置いてあるから、好きなのを選んで着ればいい」
「形から入れってことなのかな? まあいいけど…」
着替えてくる、と寝室を出て行くソルジャーを見送り、会長さんは深い溜息。
「どうしてブルーが来ちゃうのさ…。せっかくハーレイで楽しく遊ぼうと思っていたのに」
「ブルー、お前…」
教頭先生が息を飲みましたが、会長さんは「当然だろ?」と涼しい顔。
「わざわざ泊まりに来てあげたんだ、オモチャになってくれなくっちゃ。…だけどブルーが花嫁修業って言い出したから、ここはブルーに譲るしかないか…。よかったね、ハーレイ。花嫁だってさ」
「…うむ…。そう言われると悪い気はせんな。ウッ!」
いててて、と呻く教頭先生。腰に響いたみたいです。ただ仰向けに寝ているだけでは姿勢に無理があるのかも…。それに球技大会で着ていたジャージのままでは寝込むのに向いてないような…?
「大丈夫かい、ハーレイ?」
痛そうだね、と会長さん。
「とにかく楽な姿勢を取らないと…。ああ、その前に着替えかな? ブルーに気を取られて忘れてたけど、身体を拭こうと思ってたんだ。病院では手当てしかしていないだろ?」
「い、いや…。私は別にこのままで…」
「君は平気かもしれないけどね。汗臭いんだよ、ハッキリ言って。前にギックリ腰をやった時にはプールだったから臭くなかった。でも今回は…汗臭いんだ」
「し、しかし…。今は身体を動かしたくは…」
痛いんだ、と教頭先生は腰の辺りを示しましたが、会長さんは。
「寝込む以上は清潔に! ぶるぅ、着替えを用意して。それと蒸しタオルが沢山要るかな」
「オッケー!」
早速戸棚からパジャマを取り出す「そるじゃぁ・ぶるぅ」。次に開けた抽斗の中にはズラリと並んだ紅白縞のトランクスが…。きちんと畳んで分けてある分が会長さんからのプレゼントでしょう。
「あ、トランクスは普段使いのヤツで頼むよ。薬臭くなったりするだろうし」
「分かった! じゃあ、こっちだね」
引っ張り出された紅白縞とパジャマがベッドの上に揃った所で寝室の扉が開きました。入って来たのは会長さんの私服に着替えたソルジャーですが…。
「「「!!?」」」
「変かな? ハーレイの夢を忠実に再現してみたんだけど」
ソルジャーが服の上から着けていたのは真っ白でフリルひらひらのエプロンでした。そういえば教頭先生、会長さんのためにエプロンも沢山揃えていたんでしたっけ…。
「どれにしようか悩んでいたのと、着方がやたら難しくって時間がかかってしまってね。ただ結ぶだけじゃなかったし…」
エプロンは背中で紐が交差するタイプで、その紐はボタンで固定する形になっています。腰で結ぶリボンもついてますから、ソルジャーには分かりにくかったのでしょう。それでもきちんと着てくる辺りは流石と言うか何と言うか…。教頭先生の視線はソルジャーの姿に釘付けです。
「そんな熱い目で見て貰えると嬉しいね。…なるほど、エプロン姿はポイントが高い…、と。裸エプロンよりいいのかな?」
「ブルー!!」
会長さんが怒鳴り、ソルジャーは首を竦めました。
「怒らなくてもいいじゃないか。ハーレイの夢には裸エプロンも入っているよ? 新婚生活には欠かせないロマンみたいだけども」
「そこまで修業しなくていいっ! 君はハーレイの世話をするために来たんだろう?」
「花嫁修業に来たんだってば。…えっと、着替えも済んだしハーレイに楽な姿勢を取らせなくっちゃ…って、あれ? ぶるぅ?」
今の騒ぎの間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が蒸しタオルを用意しに行っていたらしく、湯気の立つタオルを籠に詰め込んでソルジャーの隣に立っています。
「あのね、ハーレイも着替えなくっちゃいけないんだよ。たっぷり汗をかいちゃったから」
これで身体を拭いてあげるの、と蒸しタオルを指差す「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ソルジャーの瞳がキラリと妖しく輝きました。
「それ、ぼくがやろう。エプロンも着たし、花嫁修業に旦那様のお世話は必須だよね?」
ウキウキとベッドに近付くソルジャー。スウェナちゃんと私は回れ右しようとしたのですけど…。
「逃げなくっても大丈夫だよ、いつもブルーがやってるみたいにモザイクかけてあげるから。えっ、足りない? ぶるぅ、悪いけど協力して」
ここに立って、と言われた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がベッドの上に飛び上がります。スプリングが弾んだショックで教頭先生が呻きましたが、小さな身体はそのすぐ隣にピョコンと立って。
「これでいい?」
両手で大きく広げたマントが隠しているのは教頭先生の腰の辺りでした。確かにこうすれば見えませんけど…って、ソルジャー、その格好で教頭先生の身体を拭いてあげるんですか? 教頭先生は耳まで真っ赤になっています。このまま行けば鼻血コースをまっしぐらでは…?

ソルジャーによる教頭先生のお世話はサービス満点すぎました。ジャージを脱がせて身体を拭く合間に耳元で「気持ちいい?」と囁いたりするのですから、教頭先生の鼻の血管が無事に済むわけがありません。会長さんが仏頂面で渡したティッシュを教頭先生が鼻に詰め込み、「すまん」と謝ったのですが…。
「今のはぼくに? それともブルーに?」
冷たい目をする会長さん。
「お前に決まっているだろう!」
「そうかな? サービスしてくれているブルーに対して申し訳ないように聞こえたけれど? その調子なら治りもきっと早いだろうね。ブルー、拭き終わったら薬を塗るのを忘れずに」
取ってくる、と会長さんの姿が消え失せます。鬼の居ぬ間になんとやら…でソルジャーが悪戯するのでは、と思う間もなく会長さんは戻ってきて。
「ふふ、サイオンは便利でいいね。アルトさんも仲間になったし、遠慮なく思念でお願いができる。メールするより早かったよ」
会長さんが手にしているのはアルトちゃんの家の秘伝の塗り薬。ギックリ腰によく効くとかで前もお世話になったのでした。難点は酷い悪臭がすることで…。
「嫌だよ、こんなの!」
薬の蓋を取るなりソルジャーは露骨に顔を顰めて。
「これはロマンに含まれないだろ? 悪戯は君が専門だよね」
交替しよう、と会長さんに瓶を突き付けたのですが、会長さんも心得たもの。
「よく効くんだよ、その薬がさ。花嫁修業なら早く治るよう尽くさなくっちゃ。腰に塗るんだし、身体を拭くより刺激的だと思うけど?」
「………。こんな匂いがする薬では刺激も何も…」
ソルジャーはブツクサと文句を言いつつ薬を塗りにかかりました。身体はじっくり拭いていたのに薬の方は最低限の時間しかかけず、終わるとサッと立ち上がって。
「手を洗ってくる! ハーレイの服の方はよろしく」
逃亡したソルジャーは暫く戻って来ませんでした。その間に会長さんとジョミー君たちが教頭先生にトランクスを履かせ、パジャマを着せて姿勢を整え始めます。
「横向きがいい? それとも仰向け?」
どっちが楽かを会長さんが尋ね、柔道部三人組が教頭先生の身体を抱えて動かしてみて…。
「仰向けの方が痛まないようだね。すると膝の下に枕ってことか…」
よいしょ、と抱き枕を持ち上げ、キース君が抱えた教頭先生の膝下に押し込む会長さん。教頭先生はシロエ君とマツカ君に手伝ってもらって身体を動かし、枕の具合を確かめると。
「うむ、このくらいがいいようだ。…すまんな、みんなに迷惑をかけて」
「まったくだよ。紅白縞はもっと大事にしてくれなくちゃ。運動したら破れるかもって思ったことはないのかい?」
「すまん、普段は大丈夫なのだが…」
「だろうね、紅白縞しか履かないもんね。あ、バレエのレッスンはビキニだっけか。今も熱心にやってるよねえ」
クスクスと笑う会長さん。教頭先生は私たちが普通の一年生だった時に覚えさせられたバレエのレッスンに通っています。残念ながら発表会には出ないらしくて目にする機会が無いのですけど…。それだけ身体を鍛えていてもギックリ腰になったというのはお気の毒としか言えません。教頭先生は腰をしきりに気にしながら。
「ブルー、あっちのブルーは何をしに来たんだ? 私にはサッパリ分からんのだが」
「花嫁修業って言ってたじゃないか、本人が。それにハーレイがOKしたから居座ることにしたんだろ?」
「う、うむ…。人手が多い方がお前たちの負担が減るかと思ってな。お前はともかく、他の子たちは学校にも行くという話だし…」
「それは確かにそうなんだけどね。でもさ、自分で気付かなかった? ブルーが来るとロクな結果にならないってこと」
既に鼻血が出ちゃったけれど、との会長さんの指摘に教頭先生は「すまん」と申し訳なさそうに。
「私の世話をしてくれると聞いて、深く考えずに答えてしまった。だが、あれでも役に立つんじゃないのか? 身体も拭いてくれたしな」
「かなりサービス過剰だったけどねえ? エプロンまで着けてハーレイ好みの演出だ。…おっと、ブルーが戻ってきたかな?」
会長さんが扉の方を向くのと扉が開くのは同時でした。
「いいお湯だった。広いバスルームは最高だね」
「「「!!!」」」
顔を上気させたソルジャーがバスローブを纏って立っています。
「どう? 薔薇の香りで纏めてみたけど、薬の匂いは消えたかな?」
「ブルー!!!」
入ってこようとするソルジャーを会長さんが廊下に押し出し、バタンと扉を閉めました。教頭先生が名残惜しそうに扉を眺めていますが、会長さんは廊下に向かって大きな声で。
「余計なことはしなくていいっ! 花嫁修業なら大人しくしてればいいだろう!」
初々しさが大切なんだ、と怒り心頭の会長さん。この調子では先々が思いやられます。私たちは大きな溜息をつき、我が身の不運を嘆きました。ソルジャーが来さえしなかったなら、会長さんの悪戯だけで済んだでしょうに…。ギックリ腰が悪化しない程度に教頭先生を弄ぶだけで済んだでしょうに…。
「…来ちゃったものは仕方がないよ」
会長さんが額を押さえて。
「よりにもよって花嫁修業か…。ぶるぅ、後でブルーに繕い物を教えてやって」
「繕い物?」
「そう。そこの紅白縞、昼間の騒ぎで少し綻びているからね。洗って干して、繕った方がいいだろう。花嫁修業なら洗濯と裁縫も教えないと」
「分かった! えっと、手洗いで陰干しだよね?」
大事な紅白縞だもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は教頭先生に確認を取り、ジャージと紅白縞を抱えて廊下へと出てゆきました。果たしてソルジャーは洗濯と繕い物をマスターすることが出来るのでしょうか? その前に今夜の夕食は…? 色々と問題が山積みの中、教頭先生はベッドの住人。早く治って頂かないとソルジャーが帰ってくれませんよ~!

花嫁修業に来たソルジャーに家事の能力は皆無でした。夕食は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作り、ソルジャーがしたのは教頭先生に食べさせる係。例によってエプロンを着け、ベッドサイドにテーブルを置いてスプーンで口に運ぶのですから、教頭先生が喜ばないわけがありません。見た目だけは会長さんにそっくりですし、正しく夢の光景です。
「忌々しい…」
監視中の会長さんが吐き捨てるように言いましたけど、教頭先生の耳には入っていませんでした。ソルジャーがせっせと「美味しい?」とか「熱くない?」とか言葉をかけているからです。どう見ても『新婚ごっこ』を楽しんでいるとしか思えませんが、あれで修業になるのでしょうか?
「…なるんだと思うよ、あっちのハーレイが望んでるのは尽くされる立場みたいだし…。もっともブルーの性格からして、本気の相手にああいう態度が取れるかどうかは謎だけど」
遊びだから喜んでやっているだけだ、と会長さんの分析は冷ややかなもの。
「あの調子でどこまで続けられるかが見ものだね。多分、明日にはギブアップだよ。ハーレイの下着なんかを手洗いできるとは思えない。だけど花嫁修業と言ったし、チャレンジだけはしてもらう」
「「「………」」」
私たちはソルジャーが少し気の毒になりました。教頭先生が履いた紅白縞を手洗いだなんて、ソルジャーはきっと嫌がるでしょう。言われただけでも不愉快になるのが目に見えるような気がします。
「だからこそだよ、ブルーのペースで遊ばれたんでは面白くない。もちろん手袋は使用禁止さ」
素手で優しく揉み洗い、と会長さんの唇に乗る微かな笑み。指導役をする「そるじゃぁ・ぶるぅ」は責任感に燃えていますし、明日、私たちが学校に行っている間に一荒れしそうな感じです。たかが洗濯、されど洗濯。紅白縞を洗う羽目になったソルジャーがブチ切れなければいいが、と祈るような気持ちで私たちは眠りにつきました。その前にソルジャーがガウンを羽織って教頭先生の寝室に行こうとしかける騒ぎなんかもあったんですけど…。

翌朝、朝食を作ってくれたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ホカホカご飯に卵焼きと焼き魚、お味噌汁というのは教頭先生のお気に入りメニューらしいです。ソルジャーがまたエプロンを着けて朝食を教頭先生の寝室へ運んで行くのを見送ってから私たちは登校しました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお留守番をしてるんですし、ソルジャーの見張りは大丈夫でしょう。
「帰りにスーパーに寄るんだったな」
慣れない路線のバスの車内でキース君がメモを取り出しました。
「俺たちが押し掛けたから色々と食材が足りないらしい。米も買わないといけないし…」
「配達を頼めばよかったのよね? お米とかは」
スウェナちゃんが確認したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」からの伝言です。重たいものと急ぎでないものは配達サービスでかまわない、とのことでした。その日の内に届くサービスは4時までなので学校帰りでは間に合わないかもしれないのです。
「お米くらい持てますよ。ね、キース先輩?」
シロエ君が言い、キース君が「そうだな」と頷いています。私たちの任務はお買い物。家に残った会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はソルジャーの花嫁修業の監視と指導がお仕事です。いえ、本当は教頭先生の看病がメインの筈なんですが、いつの間にやら全く別の方向に…。ソルジャーは紅白縞を真面目に手洗いするんでしょうか?
「洗うわけがないと思うよ、ソルジャーだもん」
絶対逃げる、とはジョミー君の読み。
「そのまま逃げて帰ってくれればいいけどなあ…」
そうあって欲しい、と願うサム君。学校に着いた私たちは上の空で授業を受け、キース君は大学の講義に行くのをサボり、放課後はゼル先生たちに教頭先生の家での生活ぶりを思い切り端折って報告し…。
「あいつの存在が明かされていないのが癪に障るな」
仕方ないが、とキース君。ソルジャーの存在は未だに伏せられたままでした。SD体制を皆に知らせて不安を煽ることはしたくない、との会長さんの意向です。そのせいで先生方への報告は「教頭先生はお元気です」という事務的なものに終わってしまい、私たちの苦境を知らせる術も無いままで…。
「あっ、いけない!」
ジョミー君が慌ててバスの降車ボタンを押しました。いつもと違う路線な上に、声を潜めて話し込んでいたので乗り過ごすところだったのです。ゾロゾロと降りた私たちはバス停に近いスーパーであれこれ買い込み、予想以上の食材の量に一部は配達サービスを頼み…。
「これでよしっ、と」
今夜の分のおやつも完璧! とジョミー君が大量のお菓子をレジ袋に詰め、他の食材も皆で分担して手に持って…教頭先生の家へ帰るべく駐車場へと出てきた所で。
「「「あれ?」」」
駐車場の入り口に立っているのは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」ではないのでしょうか? 私たちは早足でそちらの方へと向かいました。二人とも教頭先生の家でソルジャーを監視中の筈なのでは…?

「かみお~ん」
「おかえり。学校、お疲れさま」
同時にかけられた声の主は「そるじゃぁ・ぶるぅ」と会長さん。特徴的な容姿は間違えようもありません。
「え? えっと…何かあったの?」
ジョミー君の問いは私たち全員のものでした。会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」も見るからに元気がなさそうです。もしかして、紅白縞の手洗いを命じられたソルジャーがキレて二人揃って追い出されたとか?
「…家に入れなくなっちゃったんだよ」
会長さんが答え、キース君が。
「本気であいつに洗わせたのか、紅白縞を!?」
「うん」
「あーあ…。それで追い出されてれば世話ないぜ。俺たちでさえ読めたんだ。そんなことしたらブチ切れるってな」
「ブチ切れなかった」
その段階では大丈夫だった、と会長さんは断言しました。
「下着を洗うというのもドキドキするね、と面白がってたみたいだよ? 今度ぼくのハーレイのを洗おうかな? とも言ってたし。ただし腕前は全然ダメ。手洗いに向くタイプじゃない。ね、ぶるぅ?」
「洗濯機でもダメだと思う。だって洗剤を適当に放り込むんだもん! 少しくらいならぼくだって目分量だけど…基本の量は量ってるもん!」
ソルジャーは紅白縞を入れた盥を泡まみれにしたらしいです。お蔭で濯ぎに普通の量の何倍もの水が必要になってしまったらしく…。
「あれじゃ布地が傷んでしまう。色落ちもするし、最悪だね。でも本当に最悪なのは今現在の状況かな」
そう呟いた会長さんに「何があった!?」とキース君。会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と顔を見合わせ、頷き合って。
「…ぼくたちにもよく分からないんだ。とにかく家から放り出されて、戻ろうとしても入れない。サイオンで覗くことも出来ない」
「「「………」」」
それってまずくないですか? ソルジャーがやっているのは明らかです。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を追い出しておいて教頭先生と二人きり。しかも教頭先生はギックリ腰でトイレに行くのも困難という状況ですから、もう危険としか言いようがなく…。
「二人じゃないよ?」
そう言ったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「あのね、中には三人いるんだよ」
「「「三人!?」」」
いったい誰が、と大騒ぎになった私たちに会長さんが沈痛な声で。
「ノルディだよ」
「「「えぇぇっ!?」」」
「ハーレイを往診しに来たんだ。そしたらブルーが出迎えに出て、そのまま二人でハーレイの部屋へ…。追いかけようとしたら放り出されてしまったんだよ」
それで私たちと合流するべくスーパーの方へやって来たのだ、と会長さんは説明しました。
「よりにもよってエロドクターか…」
とてつもなく嫌な予感がするが、とキース君が天を仰いでいます。ソルジャーと教頭先生を二人きりにしておくだけでも危なそうなのに、ドクター・ノルディが加わったとなれば大惨事ではないのでしょうか? 会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」も入れない家にその三人が…。教頭先生の安否も気になりますけど、エロドクターの動向も気がかりです。
「分かった、急いで家に戻ろう。教頭先生が心配だ」
いざとなったら強行突破だ、とキース君が荷物を抱えて駆け出しました。タイプ・ブルーの会長さんでも入れないのに強行突破は無理じゃないかと思うんですけど、急げばなんとかなるんでしょうか~?



シャングリラ学園に球技大会の季節がやって来ました。ついこの間は中間試験で、会長さんを迎えた1年A組は余裕の学年一位です。入学式の日に会長さんが約束していたとはいえ、実際に効果を目の当たりにするとクラスメイトの驚きと喜びは相当なもの。それだけに…。
「会長、球技大会も学年一位になれるんですか?」
そう尋ねたのは会長さんの噂を入学前から知っていたという男子の一人。この春に卒業して行った私たちの嘗ての同級生の後輩です。会長さんはニッコリ笑って…。
「もちろんさ。グレイブが嫌そうな顔をしてただろう? 君は球技大会の話は知らないのかい?」
「あ、はい。テストは確実に満点が取れる、ってことくらいで…。先輩に1年A組に入れました、って報告したら大いに楽しめと言われましたけど」
「なるほどねえ…。1年A組にいると色々とオマケがあるんだよ。球技大会も期待していてくれたまえ」
じゃあね、と椅子から立つと、会長さんはスタスタと出て行ってしまいました。残されたのは教室の一番後ろに増えていた机。今日は朝のホームルームで球技大会開催と事前の健康診断の日程のお知らせがあったのです。会長さんがやって来たのはそのためだけで…。
「あーあ、ブルー、行っちまった…」
残念そうに見送るサム君の肩をジョミー君がポンと軽く叩いて。
「仕方ないよ、今日は古典の授業も無いしね。また放課後に会えるってば。…って言うか、サム、ブルーと一緒に来なかったっけ?」
「おう! 朝のお勤めに行ってきたしな。そうだ、ブルーが嘆いてたぞ。ジョミーは全然来ないって」
「何度も言ったよ、お坊さんなんかお断り! 説得したって無駄だからね!」
絶対嫌だ、とジョミー君は膨れっ面です。
「お坊さんはキースとサムで十分じゃないか。なんでぼくまで誘われるのさ!」
「それは素質があるからだろう? 羨ましいぜ、ブルーのお墨付きなんて」
「サムもそうだろ! ぼくは霊感ゼロだもんね」
「修行を積めば力がつくってブルーがいつも言ってるぞ。俺と一緒に頑張ろうぜ」
サム君は会長さんにベタ惚れなので、会長さんの望みは何でも叶えてあげたいのです。ジョミー君を勧誘するのもその一つ。けれどジョミー君にとっては迷惑以外の何物でもなく…。
「嫌だってば! ぼくは普通の高校生! お坊さんとは関係なし!」
プイとそっぽを向いた所でエラ先生が入って来ました。一時間目の始まりです。エラ先生は出席を取り、会長さんの机が空いているのを見て苦笑しながら。
「今日もブルーはいないのですね。保健室かしら、それとも早退?」
「えーっと…」
分かりません、とクラス委員が答え、エラ先生も追求しませんでした。会長さんは常に特別扱い。それをいいことに好き放題ですが、先生方もとうに諦めているのでしょうね。

健康診断はその三日後。朝から会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が1年A組の教室に現れ、グレイブ先生が苦虫を噛み潰したような顔でクラスメイトに指示をして…。
「ぶるぅは女子で健康診断を受ける。そうだったな?」
「かみお~ん♪ 大当たり~!」
飛び跳ねている「そるじゃぁ・ぶるぅ」に、グレイブ先生はフウと大きな溜息をつくと。
「では、健康診断は女子からだ。ぶるぅを連れて保健室に行きたまえ。通常の授業は健康診断の後になる。授業時間に響かないよう、迅速に行動するように」
「「「はーい!!!」」」
元気一杯のクラスメイトたち。球技大会の名物、『お礼参り』の噂は既にクラスに流れていました。学園一位になれば、指名した先生を一人、学校公認でボコボコにすることが出来るのです。指名権を会長さんが持って行くことも知られてましたが、担任の先生は必ず巻き添えになる決まり。グレイブ先生にお礼参りが出来るとあって、クラス中が期待しているのでした。
「グレイブ先生、今年もやっぱり不人気ねえ…」
スウェナちゃんが保健室の前に行列しながら呟きました。
「なんで人気が出ないのかしら? もっと生徒に好かれるように努力すればいいと思うんだけど」
「好かれてるでしょ? 放課後に色々と相談されたりしてるじゃない」
「そうねえ…。だけど宿題とかをドカンと出すからお礼参りをされちゃうのよ。抜き打ちテストも嫌われてるし」
「抜き打ちテストかぁ…。あれは会長さんが来ないものね」
グレイブ先生が授業中にやる抜き打ちテストは非常に厳しいものでした。応用問題がバンバン出ますし、平均点に届かなければ即、補習。先々で躓かないようにとの心配りは分かるのですけど、補習が好きな人などいません。恨みは積もってお礼参りに…。
「ねえねえ、お礼参りってどんな感じ?」
楽しいんでしょ、とクラスメイトが尋ねてきます。スウェナちゃんと私は「噂通りとしか言いようがない」と答え、アルトちゃんとrちゃんは複雑な顔。二人とも教頭先生のファンでもあるので、教頭先生がボコボコにされるお礼参りはちょっと悲しいらしいのでした。そうこうする内に私たちの順番が来て。
「あっらぁ~、ぶるぅちゃん!」
まりぃ先生が大はしゃぎでヒルマン先生に代理を頼み、「そるじゃぁ・ぶるぅ」を保健室の奥に引っ張り込みます。そこはバスルームを備えた特別室。まりぃ先生が会長さんのために用意した部屋で、大きなベッドがメインだったり…。無邪気な子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は健康診断の度にお風呂に入れられているのでした。
「ぶるぅちゃん、今日もセクハラしてあげるわね。先生、ドキドキしてきちゃったわぁ♪」
行きましょう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」をバスルームに連れて行くまりぃ先生をスウェナちゃんと私は見ている事しか出来ません。そしてたっぷりと念入りに洗われた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は御機嫌になり、まりぃ先生は更に上機嫌で私たちに。
「生徒会長に保健室に来るよう伝えてね。あの子は虚弱体質だから、私が診ないといけないのよ~」
「「分かってます…」」
本当のお楽しみはその後ですよね、と突っ込みたいのをグッと堪えて教室に戻ると男子の健康診断は終わりに近く、戻ってきているクラスメイトが大半です。みんな体操服ですけれど、会長さんだけは水色の検査服を着ていました。まりぃ先生の指定の服で、趣味が反映されてます。
「おかえり、ぶるぅ。楽しかったかい?」
「うん! せくはら、とっても気持ち良かったぁ~。次はブルーの番だって♪」
「ぼくのはセクハラじゃないんだけどね? じゃあ行ってくるよ」
まりぃ先生と楽しまなくちゃ、と意味深な言葉を残して会長さんは出かけていきました。それっきり二度と帰っては来ず、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も自分のお部屋に帰ってしまい、クラスメイトは会長さんが何をしに出掛けたのかと詮索したり、深読みして頬を赤らめたり。
「まりぃ先生と楽しむんだよな?」
「ぶるぅがセクハラで、生徒会長はセクハラじゃなくて…。それってやっぱり…」
「色っぽいもんなぁ、まりぃ先生…」
「生徒会長ってオトナだよな…」
男子生徒たちは会長さんがまりぃ先生と大人な時間を過ごしていると信じて疑いもしませんでした。女子生徒だって同じです。本当の所はサイオニック・ドリームでまりぃ先生に大人の時間な夢を見させて、会長さんは昼寝している筈なのですが……そうなっているのだと聞かされてますが、真相は今も藪の中。
『まりぃ先生、サイオンに目覚めてるんだよね?』
ジョミー君の思念波が飛んできました。
『そう聞いてるな』
キース君が思念を返し、ハッと息を飲んで。
『待てよ、だったらブルーの導きは要らない筈だ。あいつ、まりぃ先生の因子を目覚めさせるために接触してると言っていたな?』
『うん。だからさ、ちょっと変だなぁ…って』
実は遊んでいるだけなんじゃあ? とジョミー君が紡いだ思念に私たちが同調しかけた時。
『違うよ、ブロックするって言ったろ?』
会長さんの思念が割り込みました。
『まりぃ先生のサイオンは最低限しか目覚めないよう抑え込むんだって言ってたじゃないか。まりぃ先生に接触できる健康診断の日は有効活用しなくっちゃね』
ぼくは真面目にお仕事中、と告げて思念波を切る会長さん。えっと…信じてもいいんでしょうか? 疑わしい気もしますけれども、精神衛生上、信じておくのが良さそうです。サム君なんかはホッとした顔をしてるんですから、そういう事にしておきますか…。

そして迎えた球技大会。グレイブ先生は前日まで朝のホームルームで「学園一位にならなくてもいい。学生の本分は勉強だから、学年一位で丁度いいのだ」と繰り返し言っていたのですけど、誰も聞いてはいませんでした。『お礼参り』は学園一位のクラスに与えられる副賞ですから、何が何でも学園一位! クラスメイトはやる気満々、朝から闘志に燃えています。
「絶対に勝つぞ!」
「勝たなきゃ面白くないもんな!」
ファイト! と叫ぶクラスメイトたちに会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「任せといて」とニッコリ笑い、開会式に続いて始まったのは男女別のドッジボールで総当たり戦。シャングリラ学園の球技大会ではどちらかのクラスの内野がゼロになるまで試合するというルールです。長引く試合が当たり前の中、1年A組は快進撃。会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」も素早くアウトを取っていって…。
「学園一位、1年A組!」
決勝戦で3年生のクラスを下した私たちの男女混合チームにブラウ先生が宣言しました。
「表彰式の後でお楽しみの時間があるからね。シャングリラ学園名物、お礼参りだ! 1年A組と教師チームの対戦だけど、教師の方は内野が二人。クラス担任の他に一人だけ好きな教師を指名できるよ。…誰にする?」
ブラウ先生の問いにクラスメイトの視線が会長さんに集まり、会長さんがサッと右手を挙げて。
「1年A組は教頭先生を指名させて頂きます!」
おおっ、と湧き立つ上級生たち。教頭先生がボコボコになるのに加担していたり、見守ったりした嘗ての同級生たちです。教頭先生、あれでなかなか手強いですから、観戦する側も血が騒ぐらしく…。
「「「頑張れー!!!」」」
表彰式を終え、お礼参り用のコートに入った私たちに向かって声援が飛び、応援に使っていた旗を振り回している人も大勢います。コートの外ではジャージ姿の教頭先生とグレイブ先生、シド先生が軽くストレッチをしていました。先生チームの外野は今年もお馴染み、シド先生です。
「準備はいいかい?」
ブラウ先生がマイクを握って。
「一応、ルールを説明しておく。教師チームからの攻撃は普通だからね、アウトになった生徒はきちんと外野に出るように。1年A組からの攻撃はアウトにならない頭を狙うのが基本だよ。まあ、身体に当たってもアウトは取らない決まりではあるし、内野の二人は時間いっぱいボールを食らうというわけだ」
ゴクリと唾を飲むクラスメイト。いくら噂に聞いてはいても、実際にコートに入ってルールを聞くとワクワクしてくるみたいです。
「それじゃ、始めるよ。制限時間は7分だ。最初の攻撃はジャンプボールで決めるから」
グレイブ先生と会長さんが向き合い、審判役のゼル先生がボールを高く投げ上げました。会長さんは素早くジャンプし、ボールをジョミー君の方へと叩き込み…。試合開始!
「かみお~ん♪」
コートの中を縦横無尽に駆け回るのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。先生チームに渡ったボールが飛んでくる度、小さな身体で受け止めます。私たちが普通の1年生だった時に初めてやった『お礼参り』でアルトちゃんだけがアウトになるという不幸な事故があり、それ以来、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は女子専門のボディーガード。ですから女子はアウトにならないのですが…。
「「「あぁっ!?」」」
全校生徒の悲鳴が上がり、男子の一人が教頭先生にアウトを取られました。トボトボと外野に出て行く彼を見送った会長さんの赤い瞳が怒りに燃えて。
「またハーレイの犠牲者が出たか…。だから言ったろ、ハーレイにボールを渡すなって! 狙うなら頭だよ、徹底的にね。もちろんグレイブも頭でなくちゃ!」
残り3分、とブラウ先生が告げ、男子生徒の敵討ちとばかりに攻撃が激しくなってゆきます。先生チームは押されまくってボコボコですけど、それでもなんとかボールを掴んで投げ返すのは流石でした。
「いっそ足元でも狙ってみるか…」
物騒な台詞を口にしたのは会長さん。
「どうせアウトは取らないんだし、ハーレイにはここで倒れてもらう。後は一方的にボールをぶつけてやればいいよね」
よし、と飛び出して行った会長さんがボールを捉えて凄いスピードで投げました。他の生徒には見えてませんけど、サイオンも上乗せしてあります。ボールは教頭先生の右足首にボスッと激突、バランスを崩した教頭先生の大きな身体がよろめいて…。
「「「!??」」」
そのまま倒れそうだった教頭先生が妙な動きを見せました。前のめりになった身体が一瞬固まり、ドスンと地面に倒れ込んで…。
「タイム!」
そう叫んだのはグレイブ先生。教頭先生を襲ったボールをしっかりと抱え、教頭先生の横に屈んでいます。
「「「……???」」」
何が起こったのか分かっていない私たちを他所にシド先生が教頭先生に駆け寄り、すぐに先生方の待機場所へと走って行って担ぎ出されたのは担架でした。ブラウ先生がマイクを握って言いにくそうに…。
「1年A組、試合中止か選手交代かを決めておくれ。ハーレイは棄権だ」
「「「えぇぇっ!?」」」
教頭先生が担架で運ばれてゆきます。会長さんの投げたボールで骨が砕けたとか、アキレス腱でも切れたとか…? まさか、まさか…ね…。この状態でお礼参りを続けるなんて無理ですよ~! ブラウ先生は代わりの先生を指名してもいいと言いましたけど、クラスメイトは試合中止を選びました。グレイブ先生、今年のお礼参りは2分ほど少なめで済んだみたいですね。

「教頭先生の具合はどうなんだ?」
キース君が会長さんに問い掛けたのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でした。終礼に現れたグレイブ先生は腫れ上がった顔を冷やしながらも学園一位の健闘を称え、一気に人気が上がったようです。けれど教頭先生の状態については「病院に行かれたから大丈夫だ」としか言ってはくれず、キース君は心配でたまらないようで…。
「ああ、ハーレイねえ…。心配ないと思うけど?」
「担架で運ばれて行かれたんだぞ! 大丈夫なわけないだろうが!」
「平気だってば、初めてじゃないし」
「「「は?」」」
会長さんの言葉に全員が首を傾げました。初めてじゃないって、いったい何が? 倒れるのが? それとも担架で運ばれるのが…? 私たちの顔に書かれた『?』マークに会長さんが。
「両方だよ」
「「「両方?」」」
「だから、担架も倒れるのも…さ。あ、前の時は倒れてないか。固まっただけか…」
「「「???」」」
ますますもって分かりません。頻りに首を捻っていると、会長さんは「忘れちゃった?」とクスッと笑って。
「そうだね、二年ほど前になるのかな? 君たちが特別生になって一年目の年の水泳大会。凍ったプールに落っこちかけたぼくを受け止めたハーレイが運ばれて行ったと思うんだけど」
「あ…」
ジョミー君が声を上げ、私たちも思い出しました。あれは…あの時は確かギックリ腰。またギックリ腰になったんですか、教頭先生?
「そのようだよ。一度やったら癖になるとは聞いていたけど、本当らしいね」
クスクスクス…と会長さんは楽しそうです。
「笑い事じゃないだろう!」
キース君の握り締めた拳が震えています。
「あんたが投げたボールのせいだぞ、少しは心が痛まないのか!?」
「痛まないねえ」
伸びをしている会長さん。
「ね、ぶるぅだって知ってるよねえ? ぼくのせいなんかじゃないってことを」
「うん! ハーレイ、自分でやっちゃったんだよ」
「馬鹿なことを言うな!」
「ホントだもん! ぼくにもちゃんと聞こえてたもん!」
プウッと膨れる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ハーレイ、凄く焦ってたんだよ。だから心の遮蔽が外れてしまって大きな声がしたんだけれど…。ひょっとして、みんな聞こえてないの?」
「…聞こえるわけがないだろう…」
悪かった、と謝りながらキース君が答えました。
「すまない、お前は嘘をついたりしないよな。だが、本当に聞いてないんだ。俺たちのサイオンはまだまだレベルが低いようだし、大きな声でも無理なんだろう」
「そうでもないよ?」
口を挟んだのは会長さんです。
「ハーレイは防御が得意なタイプ・グリーンだ。ちょっと遮蔽が外れたくらいで心の中身が垂れ流しになることはない。現にあの時、聞いていたのは二人だけしかいないからね。ぶるぅとぼくの二人だけ。タイプ・ブルーにしか聞こえなかった」
「え、そうなの? みんな聞いたと思ってた…」
違うんだ、とポカンとしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」に会長さんが微笑みかけて。
「そうなっていたら大変だよ。ハーレイは赤っ恥だし、ぼくだって…。あれをハーレイに贈ってるのは内緒じゃないか。それがバレたらどうなると思う?」
「えっと…。えっと、ブルーが困るの?」
「もちろんさ。場合によっては記憶を操作しなくっちゃ。まりぃ先生を除いてね」
「「「まりぃ先生?」」」
記憶操作だなどと物騒なことを口にする会長さん。けれど、まりぃ先生が除外になるのはどうしてでしょう?
「知ってるからだよ、あれをプレゼントしていることを。前にハーレイとお見合いしただろ?」
「「「???」」」」
まりぃ先生と教頭先生のお見合い騒動は覚えています。でも、プレゼントと言われても…何も記憶に無いんですけど…?
「あーあ、嫌な記憶は手放すのかい? まりぃ先生、見ちゃったじゃないか、紅白縞のトランクスをさ。ぼくのプレゼントだと聞いて感激しちゃって、あれ以来、妄想が激しくなった」
「「「………」」」
言われてみればそんな事件もあったような…。その紅白縞が何ですって? ギックリ腰とどういう関係が?

「分からないかな? ふふ、ハーレイはトランクスを庇ったんだよ」
腰より大事な紅白縞、と会長さんは片目を瞑ってみせました。
「転びかけた時にビリッと音がしたらしい。そのまま転べば絶対破れる。それは避けたいと思った結果が変な姿勢に繋がった。でもって見事にギックリ腰に…」
馬鹿だよね、と会長さんはクスクス笑いを零しています。
「ぼくと対戦できる日だから、ぼくが贈ったヤツを選んで履いてきたんだ。自分で買った普段使いのヤツにしとけば破れても平気だったのにねえ? もう間抜けとしか言いようがない」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に聞こえたという教頭先生の心の声はこうだったそうです。
「ダメだ、ブルーに貰った紅白縞が! 破くわけには絶対にいかん!」。
確かにこれを不特定多数に聞かれていたら大恥でしょう。紅白縞は破れずに済んだとのことですけれど、ギックリ腰になっちゃったのでは生活するにも困るのでは…?
「困るだろうね」
動けないから、と会長さんはソファからゆっくり立ち上がりました。
「紅白縞を庇った根性に免じて助けることにしようかな? 行くよ、ゼルたちの許可を貰いに」
「「「え?」」」
「だからハーレイの世話をするのさ。ハーレイの家に一人で行くのは禁止されてる。みんなも一緒なら許可が下りるし、ギックリ腰が完治するまでハーレイの家に泊まり込みだ」
「「「えぇぇっ!?」」」
とんでもない提案に私たちは仰天したのですけど、会長さんは容赦なく。
「君たちだってお礼参りをしてただろ? やってないとは言えないよねえ、同じ1年A組なんだし。…責任を感じて教頭先生を看病します、と申請すれば先生方の心象もいい。もちろん昼間は学校に行ってくれればいいし、最低限の家事を手伝ってくれればそれで」
万事オッケー、と決めつけてくる会長さん。この状況では逃げられません。私たちは仕方なく会長さんに連れられてゼル先生たちと話し合いをし、教頭先生のお世話係に任命されてしまいました。

「これで良し…、と」
勝手知ったる他人の家。何度か来たことのある教頭先生の家に上がり込んだ私たちが一番にしたのは寝室を整えることでした。家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」がテキパキとベッドメイクし、会長さんが自分の写真がプリントされた抱き枕を上に転がします。
「忌々しいけど、ギックリ腰には枕が効くこともあるらしい」
「そうなのか?」
初耳だぞ、とキース君が言うと会長さんは。
「膝の間に枕を挟んで横になるのが人によっては楽なんだってさ。ただ、ここまで大きいとダメかもね。ダメならダメで普通の枕を用意するしかないわけだけど、それは本人に訊くのが一番!」
教頭先生はまだ病院でした。ドクター・ノルディが院長をしている総合病院で手当てを受けているのだとか。受け入れ準備が整い次第、シド先生が車で送ってくれるそうです。教頭先生の愛車が学校に置きっ放しになっていたのもシド先生が運んでくれました。私たちは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の瞬間移動で来たんですけど。
「ベッドの方は用意できたし、そろそろシドに頼もうか。あまり遅くなっても悪いしね」
携帯を取り出した会長さんはシド先生に電話をかけて。
「用意できたよ、ハーレイを運んでくれるかな? 球技大会の後始末もあるのに色々やらせてすまないね。うん、うん…、ぼくなら大丈夫。ぶるぅもいるし、人手も十分足りているから」
足りてません! と叫びたいのを私たちはグッと堪えました。先生方は教頭先生のお世話を申し出た私たちに感動していましたし、会長さんに下心があろうが無かろうが、ここはお世話を務め上げるしかないでしょう。それから間もなくシド先生が教頭先生を連れ帰ってくれ、玄関を入った所で会長さんが瞬間移動で教頭先生を寝室へ。
「ご苦労様、シド。後はぼくたちに任せておいて」
「すみません、よろしくお願いします。出来るだけ様子を見に来ますので…」
「そんな心配要らないってば。これだけの人数がいれば買い出しだって楽勝だしね」
バイバイ、と手を振る会長さん。シド先生の車を見送った私たちは階段を上り、教頭先生が寝込むことになる寝室の方へ向かいました。会長さんはベッドに横たえただけだというので、まずは腰痛に楽な姿勢とやらを色々模索しなくては…。
「抱き枕がジャストフィットだったら腹が立つけど、どうなんだろう? そうだ、アルトさんに秘伝の薬を分けて貰わなくっちゃ」
前の時はアレが良く効いた、と会長さんが携帯を取り出しながら寝室の扉をカチャリと開けて。
「どう、ハーレイ? 少しは…」
そこで会長さんは言葉を飲み込み、ピシッと固まってしまいました。ベッドサイドの椅子に人影が…。
「こんにちは。…夕方だから、こんばんは…かな?」
紫のマントにソルジャーの衣装。会長さんのそっくりさんが笑みを浮かべて振り返ります。
「ハーレイの具合が悪いんだって? 及ばずながら、ぼくもお手伝いしようかと…」
げげっ。なんでソルジャーが来るんですか? 教頭先生だけでも手一杯なのに、この状態をどうしろと? ギックリ腰は三日間ほど絶対安静らしいんですけど、これでホントに治るんですか~?




練習で使ったフライパンをしっかり握って公園へ向かった私たち。コンテストの正体は分かりませんけど、まずは参加資格を得なくては…。門前払いを食わされたのではたまりません。公園の入り口には既に行列が出来ていました。何人かのクルーが受付係をしているようです。最後尾に並ぶと、すぐに男性クルーがやって来て。
「こちらへどうぞ。優先的に受付するよう、ソルジャーから仰せつかっております」
「えっ。ホント!?」
喜んだのはジョミー君。左遷だの降格だのと暗い予想をしていただけに、特別待遇と聞いて舞い上がるのは無理ないかも。私たちも参加できそうなことにホッとしながら受付へ向かったのですが…。
「こちらにサインをお願いします。それと、フライパンをお渡し頂けますか?」
「「「え?」」」
わざわざ持ってきたフライパンを渡せと言われて面食らっていると、受付係の後ろに突然ヒョコッと小さな影が。
「かみお~ん♪ みんな、練習できた?」
「「「「ぶるぅ!?」」」
私たちは一斉に練習用のフライパンの必要性と相性について「そるじゃぁ・ぶるぅ」に説明しました。自前のフライパンでないと好成績が出せそうにない、と。けれど…。
「ごめんね、みんな同じ条件で戦わないとダメなんだって。だからフライパンも決まっているの! でもね、このフライパンと同じサイズだから安心してて」
大丈夫、とニコニコ笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」にキース君が。
「そうなのか? 俺たちは塩にも辿り着けなかったんだが…」
「平気だってば! フライパンを上手く使えるかどうかで決まる勝負だと思うから!」
自信持ってね、と言って「そるじゃぁ・ぶるぅ」はフッと姿を消しました。もちろん瞬間移動で、です。私たちは受付係にフライパンを渡し、代わりに受け取ったものは紙袋。
「これを持ってお入り下さい。ただし、ソルジャーからの合図があるまで開封禁止となっております」
「「「???」」」
「あ、サイオンで透視するのも無理ですから! 本日の競技に必要なアイテムとだけ申し上げておきます」
「「「………」」」
紙袋は大きさの割に重さはなくて、かさばるものでもないようです。とにかくこれで参加資格はゲットしました。公園の中に入っていくと、先に受付を終えたクルーの人たちが紙袋を抱えてあちらこちらに…。
「これって何が入ってるのかな?」
ジョミー君が紙袋を軽く振ってみて。
「えっと…。なんだか布っぽい? タオルとかかな?」
「ああ、タオルかもしれないな」
キース君が頷きました。
「俺たちも布巾で練習したし、ぶるぅが言ったとおりにフライパンが使えるかどうかのコンテストなら本物の卵でなくてもいいわけだ。布巾の代わりにタオルというなら、俺たちは有利になるかもしれないぞ」
「そうですね!」
拳を握るシロエ君。
「食堂で練習していた人たち、みんな料理に夢中でしたし! 料理勝負なら危ないですけど、タオルを引っくり返す競技だったら負けませんとも!」
シロエ君が勢い込んだ所で公園にワッと歓声が。特設されたステージの上に会長さんが現れたのです。ソルジャーの正装をして、同じくシャングリラ号での正装を纏ったフィシスさんを伴い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」をお供に連れて。
「みんな、受付は終わったようだね」
会長さんは公園をグルリと見渡しました。
「今からお楽しみのコンテストを開催しようと思う。紙袋を開けてくれたまえ。参加者は必ずそれを使うこと!」
ガサガサと紙袋を開ける音がし、私たちも開けてみました。袋の中から出てきたものは…。
「「「!!?」」」
「それがコンテストの制服だ。着用しないと失格だからね」
クスクスクス…と会長さんが笑っています。袋の中身はエプロンでした。それも真っ白でフリルひらひらの女性用です。スウェナちゃんと私や女性クルーは平気でしょうけど、男性陣は…?
「なんなんだ、これは…」
額を押さえるキース君の隣でジョミー君がエプロンを呆然と見詰めています。男性クルーもざわついていますが、会長さんは平然と。
「棄権する人以外は制服着用! 敗退したら脱いでいいけど、勝ち進んでる間は外せないから。いいね、これはソルジャーとしての命令だ」
「「「!!!」」」
反射的に敬礼をしたクルーたちは素早くエプロンを着けました。男性クルーの制服にエプロンは全く似合わないのですが、棄権する人は無いようです。ブリッジに近い辺りでは教頭先生やゼル先生たちまでがエプロンを…。エロドクターも白衣の上にしっかりエプロン着用ですし。
「…仕方ない、俺たちも着るしかないか…」
キース君がフリルひらひらのエプロンを着け、ジョミー君たちも続きました。スウェナちゃんと私はいいですけども、やっぱり男子はお笑いですよね…。

みんながエプロンを着け終えると、会長さんは満足そうに微笑んで。
「棄権する人は無いようだね。まあ、前評判が高かったんだから当然かな? まずは競技を説明しよう。オムレツ作りコンテストだとか言われていたけど、本当は…。シド、用意はいいかい?」
「はい!」
エプロン姿のシド先生が数人の男性クルーを連れて進み出、公園の芝生にラインを引いていきます。競技用のトラックみたいに見えますけれども、あれって何? んーと…やっぱりトラックですよね、ぐるっと一周の長円形ですし、コースも6つありますし…。
「ちょ、ちょっと…。走りながらオムレツ作るの?」
有り得ない、とジョミー君が叫び、マツカ君が。
「ど、どうなんでしょう…。昨夜ぶるぅが踊りながら炒飯作ってましたし、ひょっとすると…」
「まさかカセットコンロまで抱えて走れとか?」
無理だ、と呻くキース君。フライパンだけでも精一杯なのに、カセットコンロは持てません。シャングリラ号の最先端の技術からすればカセットコンロも軽量化されているかもですけど、オムレツを作りながら走るというのは無茶ですってば…。クルーの人たちも騒いでいます。その間にシド先生たちは手際よくラインを引き終えました。
「うん、コースはこれで完成したね」
ステージ上の会長さんがニッコリ笑ってコースの方を指差すと。
「出場者はあそこを走ってもらう」
「「「えぇっ!?」」」
フライパンはどうなるんですか、と悲鳴に似た声が飛び交う中で会長さんは。
「もちろんフライパンは競技に必要不可欠さ。これからやるのはパンケーキ・レース。…知ってる人もいると思うけど、本来はイースターの前の断食期間が始まる前日にやるものなのさ」
会長さんの説明によると、断食期間中は口に出来ない卵やバターを使い切るためにパンケーキを作る習慣があったのだとか。そのパンケーキを作っていた主婦が教会の礼拝に遅れそうになり、フライパンを持ったまま走ったのがパンケーキ・レースの始まりだそうで、なんと五百年もの伝統が…。
「パンケーキと言ってもホットケーキと違ってクレープみたいに薄いヤツだよ。コースを走る間に少なくとも3回、パンケーキを放り投げてフライパンで受けてもらう。落としたら失格、3回投げられなくても失格。あとは速さと放り投げた回数と高さで総合的に判定するから」
頑張って、と会長さんは楽しそうです。
「ついでにサイオンは使用不可だ。そのために競技用のフライパンを用意した。これを持っている間はサイオンが使えないよう仕掛けがしてある。みんな、フライパンで練習を積んできただろう? 大いに期待しているよ」
「「「………」」」
自信がありそうな人はいませんでした。コースを作ったシド先生でさえ競技の中身は初耳らしく、焦った様子で教頭先生たちと話しています。会長さんはそんなことにはおかまいなしに。
「エプロンは本場のパンケーキ・レースに敬意を表しているんだよ。一番伝統あるパンケーキ・レースは昔の主婦のコスチューム姿で走るんだ。エプロンだけで済んだ所を有難いと思って欲しいんだけどね? そうそう、賞品は豪華だから! 勝ち抜いていけばいくほどいいモノが出る」
6人で走って1位になった人に賞品が出るみたいです。一戦目は参加賞としてシャングリラ学園の紋章入りのティッシュですけど、勝ち進めば食事券や金券、宿泊券など。そして誰もがワクワクする中、発表された優勝者用の賞品は…。
「ぼくとフィシス、どちらかとのガーデン・ウェディングって決めてるんだけど、どうだろう? もちろん本物の結婚式とはいかないわけで、衣装とパーティーだけなんだけれどね、この公園で」
大歓声が上がりました。会長さんに熱を上げている女性クルーは大勢いますし、フィシスさんのファンもまた然り。しかも…。
「優勝がガーデン・ウェディングだから、それを目指して頑張る人にも御褒美を出したいと思うんだ。一戦目から、勝者にはもれなく勝利の女神のキスがつく。ぼくかフィシスか、好きな方を選んでくれれば賞品を渡す時に祝福のキスをプレゼントしよう」
おおっ、と会場が湧き立ちました。女性クルーは紅潮した顔で会長さんを見上げています。会長さんかフィシスさんか、どちらかからキスのプレゼント。確かに豪華賞品ですけど、欲しいかと聞かれると複雑なような…。これでも昔は会長さんに憧れてたのに…。と、私の心を読み取ったかのように会長さんが。
「キスのプレゼントは不要って人は、ぶるぅに賞品を貰いたまえ。キスの代わりに赤い手形の右手と握手だ。きっと幸運が来ると思うよ」
「かみお~ん♪ レースには勝てなくても、みんなにいいことありますように!」
笑顔で飛び跳ねている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。赤い手形を貰ったとしても、レースは勝ち抜けないようです。それでも幸運が来るんだったら嬉しいですよね。よ~し、私が1位になったら「そるじゃぁ・ぶるぅ」と握手で決まり!

こうして公園を舞台にパンケーキ・レースが始まりました。パンケーキは会長さんが言っていたとおり、クレープに似た薄いもの。あらかじめ焼き上げてあり、フライパンに乗せて走るだけです。競技用のフライパンは私たちが練習に使っていたのと同サイズ。あれならいける、と思ったのですが…。
「キース、頑張れー!!」
ジョミー君の声援に私たちも続き、キース君が男性クルーに混じって走ります。フリルひらひらのエプロンを靡かせ、フライパンの上のパンケーキをヒョイと放り投げて受けて、1回目、クリア。運動神経は流石でした。2回目も軽々とクリアし、次は3回目…という時になって。
「「「おおーっ!!!」」」
公園に響く大歓声。男性クルーの一人がポーンとパンケーキを高く放り上げ、器用に受け止めて4回目、更に5回目。キース君は3回目を受け止めた時点でゴールしてしまい、タイムでは1位をゲットしたものの、放り投げた高さと回数で逆転負けになったのです。1位の男性クルーは意気揚々とシャングリラ号の紋章入りのティッシュを受け取り、フィシスさんから頬に祝福のキスが…。
「やっぱり回数で勝負だったか…。みんなペースが遅かったから、3回で楽勝だと踏んだんだがな」
もう1回投げておくべきだった、とキース君は悔しそう。とはいえ、4回目を成功させる自信は無かったそうで、5回も成功させたクルーは腕に覚えがあったのでしょう。
「よーし、キースの分も頑張ってくるぜ!」
サム君が会長さんからのキスとガーデン・ウェディングを夢見て挑みましたが、結果はあえなく敗退でした。ジョミー君もシロエ君もマツカ君もスウェナちゃんも、そして私も一戦目にして敗北です。せっかくフライパンを用意して貰って布巾で特訓してたのに…。
「どうしよう、今度こそ左遷だよ…。もう降格で決定だよ…」
敗者には不要なエプロンを外して弄びながらジョミー君が呟きました。
「ブルーが期待してくれてたのに、全員負けてしまったもんね。今度シャングリラ号に乗りたいって言っても、二度と乗れなくなっちゃったりして…」
「「「………」」」
それは困る、と思ったものの、巻き返しのチャンスはありません。順調に勝ち進むクルーの人たちを羨ましげに眺めていると。
『大丈夫だよ』
会長さんの思念が届き、私たちに微笑みかけてくれました。
『パンケーキ・レースをやるのは決めていたから、君たちにも出来れば勝ってほしくてフライパンを用意しただけさ。一勝くらいはしてくれるかな、と思ってたけどダメだったね』
『『『すみません…』』』
『気にしない、気にしない。それよりゆっくり見物しててよ』
ヒートアップしてくるからね、という会長さんの予告どおりにレースは白熱してゆきます。パンケーキを放り投げるのが5回、6回は当たり前。高さの方も競い合うように上がっていって、身長の倍以上まで舞い上がるのは基本でした。
「ゼル先生って凄いよね…」
最高記録、とジョミー君がフライパン捌きを褒め称える先で、ゼル先生がフィシスさんから賞品と頬へのキスを貰っています。フィシスさんのファンなゼル先生はキスを貰う度に頭のてっぺんまで真っ赤になって、とっても嬉しそうでした。
「同じファンでもあれならいいな」
あっちは少々困りものだが…、とキース君が顎で示すのはエロドクター。似合いもしないエプロンを着けて疾走中です。素晴らしいスピードと高さでパンケーキを放り投げ、受け止める腕はなかなかのもの。勝ちを上げると会長さんから賞品を貰い、キスを貰う代わりに会長さんの手に恭しくキスをしていくという…。
「あいつが優勝したとしてもだ…。ブルーはガーデン・ウェディングをすると思うか?」
キース君の問いに私たちは揃って首を左右に振りました。なにしろ相手は会長さんだけに、お遊びにしてもエロドクターとガーデン・ウェディングなんて有り得ません。姑息な手段で逃げようとするか、エロドクターの勝ちを阻むか、どちらかでしょう。
「教頭先生と真っ向勝負になるんじゃないかと思いますけど」
シロエ君が真剣な瞳でコースを見詰めて。
「ここまでの組み合わせからして、ドクターが勝ち進んだ場合は決勝で教頭先生と当たりますよ。教頭先生が敗退するとも思えませんし、会長は教頭先生の勝利に賭けているんじゃないですか?」
「…しかし…」
それも今一つ解せない話だ、とキース君が応じました。
「教頭先生が優勝したらどうなるんだ? あいつが教頭先生とガーデン・ウェディングだと? それこそ有り得ん。やはりゼル先生の優勝狙いだと思った方が当たりなのか…?」
「ブラウ先生もいい線、行ってるよ?」
シド先生も、とジョミー君。
「決勝は何人で走るんだろう? それによって答えが変わるんじゃない?」
「そうだな…。これだけ盛り上がっているレースなんだし、決勝戦の走者は多めの方が楽しいかもな」
二人くらいでは面白みがない、というキース君の意見に私たちも賛成でした。会長さんが何を企んでいるのか読めませんけど、教頭先生とエロドクターの頂上対決よりは人数多めの乱戦の方がいいですよね?

ついに迎えた決勝戦。勝ち抜いてきたシド先生とブラウ先生、ゼル先生に教頭先生とエロドクターが出場切符を手にしました。教頭先生とドクター以外は恐らく二人の優勝を阻もうという使命感で戦ってきたものと思われます。この二人のどちらが勝っても会長さんとのガーデン・ウェディングを希望なことは見えていますし、あまりに危険すぎますから。
「でもさあ…。ゼル先生は半分本気かもしれないよ?」
ジョミー君の言葉に「そうかも」と頷く私たち。フィシスさんの大ファンなのは本当ですし、教頭先生とエロドクターの野望を砕いて自分もついでに美味しい思いを…と願っていても不思議じゃありません。いずれにしても会長さんがどう動くかが気になります。…って、ええっ!?
「決勝戦は正統派のコスチュームでいこうと思うんだよね」
ステージ上の会長さんが綺麗な笑みを浮かべながら。
「パンケーキ・レースの由来は説明しただろう? それでエプロンを着けるんだ、って。せっかくだから決勝戦は昔の主婦のコスチューム! 服飾部に頼んで用意してある。出場者はあっちのテントで着替えを」
いつの間にやらテントが出現していました。脇で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が跳ねてますから、サイオンで運んできたのでしょう。それにしても昔の主婦のコスチュームって…エプロンどころじゃないのでは?
「着替えなければ失格だからね?」
会長さんの冷たい声音に、シド先生とゼル先生とが首を竦めて。
「…諦めるしかないようですね…」
「そうじゃな。ヤツらを蹴落とすための戦じゃ、仕方あるまいて」
テントに向かって歩き出す二人の後ろにブラウ先生が軽い足取りで続きます。女性だけに主婦のコスチュームでも全く問題ないですし! その後ろからエロドクターと教頭先生が…。
「やられましたよ、女装とはね。このエプロンも大概でしたが、最後の最後で女装とは…。ハーレイ、あなたのせいですよ」
「…なんでそうなる?」
「なにしろ相手はブルーです。あなたをオモチャにするために他人を巻き込むくらいは平気でやってのけるでしょう。…違いますか?」
「………」
教頭先生は答えませんでした。押し黙ったままテントに消えてゆき、暫くしてから戻ってきた決勝戦の出場者たちは…。
「「「わはははははは!!!」」」
公園に渦巻く笑い声。昔の農家のおかみさん風の古めかしい衣装とエプロンを着けた教頭先生やドクターの姿は滑稽でした。シド先生も似合っていません。ゼル先生はちょっと可愛く見えるのですけど…。ブラウ先生は颯爽と着こなし、走りやすいようにスカートの裾をたくし上げています。
「…忌々しいですが、出来レースだという予感がしますね…」
エロドクターの呟きに反応したのはブラウ先生。
「どうしてだい? あたしが勝ちそうだって言うのかい? だったらあんたも裾をからげな、走りやすくなるのは間違いないさ。ただし毛脛が丸見えだけどね」
「恥さらしな真似はしたくないのですよ。…ハーレイならするかもしれませんが」
そこまで口にしてピキンと固まるエロドクター。教頭先生がスカートをたくし上げにかかっていたからです。キャプテンの威厳も何もあったものではないんですけど、クルーの人たちは口々に…。
「あーあ、やっぱりキャプテンだよなあ…」
「勝ちたいと思っているだろうしなあ…。なんたってソルジャーとガーデン・ウェディングだ」
知ってるか? と囁き交わされるのは会長さんのマンションの庭一面に真紅の薔薇を並べた事件。そしてクルーたちはソルジャーである会長さんの性格の方もとっくの昔にお見通しでした。
「このレース、キャプテンが勝つんだぜ。そうに決まってる!」
「だよな、ここまで周到に準備してるんだもんな…。まあいいか、俺たちもおこぼれにありつけるんだし! 賞品は貰いそびれたけども、この後はきっと御馳走なんだぜ」
朝から厨房が大忙しだった、との証言が相次ぎ、期待はガーデン・ウェディングに出されるであろう御馳走の方へ。フライパン修行で筋を傷めたりしたクルーたちですが、会長さんに片想い歴三百年な教頭先生への信頼も半端ではありません。キャプテンとして尊敬されている教頭先生、大声援を受けて走り始めて…。
「おめでとう、ハーレイ」
会長さんが毛脛を丸出しにしてゴールインした教頭先生に向かって微笑みかけます。
「タイムもパンケーキを放り投げた回数も高さも、文句なしで君が一位だ。優勝の賞品を渡さなくっちゃね。…フィシス、着替えを」
「ええ、ソルジャー」
頷くフィシスさんの姿に仰天したのは教頭先生。
「な、なんだと!? フィシス? どういうことだ?」
「だって、ガーデン・ウェディングだよ? 花嫁はフィシスに決まってるだろう。…それとも何か間違ってる?」
どう聞いてもわざと間違えている会長さんの台詞に、私たちは深い溜息をつきました。もちろんクルーの人たちもです。教頭先生、女装までして頑張ったのに、会長さんとのガーデン・ウェディングは無しですか?
「…ブルー…。いえ、ソルジャー。…そのぅ、私がお願いしたいのは…」
「ぼくとのガーデン・ウェディングだって!?」
信じられない、と大袈裟に驚いてみせる会長さん。ゼル先生とシド先生、ブラウ先生は嘆かわしそうに眉を顰めていますし、エロドクターは仏頂面。けれど会長さんはフウと吐息を吐き出して。
「…仕方ない、ぼくかフィシスか、どちらかと言ったのは本当だしね。それじゃ着替えに行くのはぼくか…。ハーレイ、君の着替えはぶるぅに頼んで。あっちのテントに用意させるから」
他のみんなも着替えてきてよ、と農家のおかみさんなドクターたちに会長さんは軽く手を振って。
「着替えが済んだらガーデン・ウェディングを始めよう。係の人は支度を頼むよ」
会長さんの姿が消えると公園にテーブルが並べられ、飾り付けが始まりました。美味しそうな御馳走やドリンクなんかも運ばれてきます。これはガーデン・ウェディングと言うよりパーティーですよね!

「「「ソルジャー、ご結婚おめでとうございます!」」」
「ありがとう。今日は楽しんでくれたまえ」
会長さんは御機嫌でした。
「どう? シャングリラ号の食堂のパーティー料理は口に合うかな?」
私たちのテーブルに回ってきてくれた会長さんに尋ねられ、「美味しいです!」と答えると極上の笑みが返ってきて。
「フライパン修行の疲れをしっかり癒すといいよ。筋肉痛が酷いようなら、ぼくのパートナーを貸すけれど?」
「「「………」」」
遠慮します、と言いたいのですが口には出せませんでした。そんな私たちに、会長さんは。
「照れちゃってるよ、可愛いねえ…。そう思わないかい、ハーレイ? 君はマッサージも得意だろう。この子たちから申し出があれば、筋肉痛の手当てを頼むよ」
「…はい、ソルジャー…」
消え入りそうな声の教頭先生は大きな身体に純白のウェディング・ドレスを纏っていました。お世辞にも似合うとは言えない乙女ちっくなフリルとリボンが満艦飾のドレスです。いったい何処から湧いたんだか…。頭には白い薔薇とリボンの飾りが載せられ、可愛いベールもくっついています。タキシード姿の会長さんは教頭先生を連れて他のテーブルへと移っていって…。
「ケーキ・カットもあるんだったか?」
キース君が呻き、ジョミー君が。
「あそこに大きなケーキが飾ってあるもんね…。やる気だよ、ブルー。ひょっとしなくてもフライパンを用意していた段階から計算ずくってヤツだよねえ?」
「…ええ、多分…」
シロエ君が応じました。
「ぼくたちがシャングリラ号に乗っていなくても、このパーティーは開かれていたんじゃないですか? クルーの人たちもノリがいいですし、フィシスさんだって…」
フィシスさんは嬉々として教頭先生の付き添い役をしていました。ドレスの裾を直したり、フリルやリボンを整えたり。どう考えてもウェディング・ドレスは急ごしらえではありません。教頭先生を優勝させて陥れた上で花嫁役にし、笑いものにするべく用意されていたジャストサイズの代物で…。
「かみお~ん♪ いいでしょ、あのドレス! ぼく、頑張って作ったんだよ! みんなにも見て貰えて嬉しいな♪」
力作なのだ、と言う「そるじゃぁ・ぶるぅ」に尋ねてみると、やはりドレスは私たちがシャングリラ号に乗り込むことを決める前から製作されていたのでした。つまり私たちがいようといまいと、教頭先生は会長さんのオモチャにされる運命で…。
「じゃあ、ドクターは貧乏クジ? ブルーを狙って乗ったんだよね?」
あそこでニヤニヤ笑ってるけど、とジョミー君が指差す先ではエロドクターがカクテル片手に教頭先生を眺めています。女装までしてパンケーキ・レースを頑張ったのに、会長さんを教頭先生に掻っ攫われたわけですが…。
「いや、貧乏クジではないと思うぞ。災い転じて福となす…ってヤツじゃないのか?」
優勝してたら花嫁役だ、とキース君が苦笑しています。確かに会長さんならエロドクターが優勝した場合も自分がタキシードを着たでしょう。でなければフィシスさんを花嫁役で押し付けるとか…。
「努力して掴み取った座で笑いものか…。俺が優勝しなくてよかった」
キース君の言葉に頷く私たち。教頭先生もきっとフライパンを手にして沢山練習したのでしょう。決勝で見せたフライパン捌きは見事でした。優勝したら会長さんとのガーデン・ウェディングだと信じて走って、見事賞品ゲットですけど、喜んでるのは教頭先生以外の人たち。それとも、これもキャプテンの務め…?
『そうだよ。キャプテンたる者、常にクルーの心を掴んでいなくちゃね』
喜ばれることを重ねてこそだ、と会長さんの思念が届きました。
『このパーティーもきっと語り草になるさ。シャングリラ号のクルーになると楽しいことが色々あります、ってアピールするのもキャプテンの仕事。宇宙での暮らしには娯楽が必須!』
そろそろケーキ・カットをするよ、と教頭先生をエスコートして会長さんが得意満面で歩いていきます。その後ろには「そるじゃぁ・ぶるぅ」がフライパンを持ってくっついていました。切り分けたケーキをフライパンに乗っけて踊りながら配り歩くそうですけども、今度の旅は最初から最後までフライパン…?
『いいだろ、フライパンなんていう日用品を使って非日常! そういう工夫も必要なんだよ、宇宙ではね』
会長さんの思念に私たちは頭を抱えました。どう考えてもこじつけです。悪戯目当てのフライパン修行にパンケーキ・レースだと思うんですけど、クルーの人たちが楽しんでるからいいのかな? とにかく私たちのせいではないし、と開き直るしかありません。こうなった以上、踊らにゃ損、損。フライパンとガーデン・ウェディングに乾杯です~!




オムレツ作りのコンテストらしきものが開催される、と聞いて特訓しようと決意を固めた私たち。けれどオムレツに欠かせない卵が見当たらないという想定外の出来事が…。キース君とジョミー君が代わる代わる冷蔵庫を覗き込み、奥の奥まで探ってみて。
「ダメだ、やっぱり入っていない」
「ケーキとかプリンはあるんだけども…」
何処にもないよ、とジョミー君が嘆きました。
「それにご飯も入ってないし! 炒飯だって無理だってば!」
「…本当に卵はないようだな…」
キッチンをチェックし終えたキース君も困惑顔。フライパンだけは人数分揃っているのですけど、食材がなくては使えません。オムレツも炒飯も出来ないとなると、いったい何を練習すれば…?
「まさかと思うが揚げ物なのか…?」
キース君が冷蔵庫からチーズの塊を取り出しました。
「フライパンなら少しの油で揚げられる。チーズのフライは美味いんだぞ」
「それにしたって卵が要るわよ?」
パン粉だって、とスウェナちゃんが指摘し、フライの線はあえなく消滅。他にフライパンを使う料理って何でしょう? みんなで頭を悩ませていると、背後で扉がシュンと開いて…。
「やあ。頑張ってる?」
入って来たのはソルジャーの正装の会長さんでした。こうして見ると別の世界のソルジャーと全く区別がつきません。記憶装置まで着けてますから! 会長さんはツカツカと近付いて来て、テーブルの上に並べてあったフライパンを一つ、手に取ると。
「なんだ、練習してないじゃないか。全然使った気配がない」
「当たり前だろう、卵が1個もないんだぞ!」
食ってかかったキース君でしたが、その表情がハッと変わって。
「おい、手にしただけで分かるのか? 俺たちがそれを使ったかどうか?」
「まあね。ついでに誰がどれを持っていたかも見当がつくよ。残留思念とでも言うのかな? 普通に料理をした程度なら残らないけど、これを渡されて戸惑った気持ちが残っているんだ」
「「「………」」」
「真剣に練習していたんなら、その時の気持ちも残ってくる。だけどこれには…戸惑いだけだね。ジョミーのフライパンだろう?」
「え? え、えっと…。多分そうかも…」
自信なさげなジョミー君に会長さんは苦笑しながら。
「何処に置いたかも自分で覚えてないんだね? どれを使っても問題ないから構わないけど、もっと真剣に取り組まなくちゃ。フライパンは貴重なんだってこと、しっかり思い知っただろうに」
「うん…」
ジョミー君が項垂れ、私たちも食堂で見たフライパン待ちの列を思い返して身震いしました。今、シャングリラ号で熱い話題はフライパンです。おまけに、とっても貴重品。それを一つずつ持っていながら何も出来ない私たちって最悪認定ですか? ソルジャーのお友達から左遷で降格という恐ろしい言葉が浮かびますよう~!

「左遷で降格? なんだい、それは?」
不思議そうな顔をした会長さんは次の瞬間、おかしそうに笑い出しました。
「そうか、左遷で降格ねえ…。それが本当ならフライパンなんて渡さないよ。特別に用意した気持ちを汲み取って欲しいんだけど? 存分に練習できるようにね」
「…さっきから練習、練習と言っているがな…」
切り返したのはキース君です。
「俺たちにはサッパリ分からないんだ! これで練習して何をしろと? オムレツ作りのコンテストと聞いたが、単にフライパン料理だという話もあった。現に炒飯を作っている人もいたし…。とにかく何かを作るんだろうと戻ってみれば食材がない」
「それで練習していないんだ?」
「当たり前だろう! 卵もなければ飯もない。これでオムレツだの炒飯だのを作れるヤツがいるもんか!」
「…焦がしちゃったら勿体無いしね」
フライパンを眺める会長さん。
「食堂でちゃんと見てきただろう? 作ったものは必ず食べる! ぶるぅの美味しいオムレツや炒飯を食べ慣れた君たちに焦げた料理は食べさせたくない。だからさ、練習は基礎の基礎から」
「「「基礎…?」」」
いったい何をどうやって、と首を傾げる私たちに会長さんは一旦フライパンを置き、キッチンの方へ向かいました。少しして戻って来た会長さんの手にはお皿を拭くのに使う布巾が…。
「はい、これ」
「「「???」」」
一枚ずつ布巾を手渡された私たちがキョトンとしていると、会長さんは残った一枚の布巾をフライパンにポンと放り込み、そのフライパンを右手で握って。
「いいかい、よく見ているんだよ? これがフライパン料理のお手本。ぼくもオムレツは得意なんだ」
会長さんの右手が軽やかに動き、フライパンの上で布巾がクルクル宙返り。それを何度も繰り返してから「やってみて」と言われ、私たちは慌ててフライパンを握りました。えっと、布巾を上に乗っけて…。あれ?
「…ほらね、やっぱり基礎がない」
誰も布巾を上手に引っくり返せません。端に寄ったり勢い余って飛び出したりと、宙返りには程遠く…。
「布巾も上手に返せないんじゃあ、オムレツなんて全然無理だね。当分それで練習したまえ。卵を渡さなかったのは正解だったよ」
呆れ顔の会長さんにキース君が。
「待ってくれ、本当にオムレツなのか? 炒飯ではなく?」
「さあね。でも、フライパンを操れない人に勝ち目がないのは間違いない。練習しといて損はしないと思うけど?」
布巾が終われば次はこれだ、と宙に取り出されたのは塩がドッサリ入った袋。
「これも食品に違いないけど、使い回しがきくからねえ。使った後はこっちの袋に入れてくれれば、厨房の方できちんと処理して普通に料理に使うから」
「塩…?」
どうするの、とジョミー君が尋ね、会長さんはジョミー君からフライパンを受け取って…。
「布巾は重さが足りないんだよ。あれでコツを掴んだ後は重さも加えて練習しないと。そこで塩の出番になるのさ。これはこうして…」
会長さんはフライパンに塩をたっぷりと入れ、布巾を引っくり返すのと同じ要領で鮮やかに上下を入れ替え始めました。その手つきは実に見事です。なるほど、いつも「そるじゃぁ・ぶるぅ」のフライパン捌きを何も考えずに見てましたけど、あんな感じでやってますよね。
「分かったかい? まずは布巾で、次が塩。塩をマスターすれば一人前だと言いたいけれど、そこまで辿り着けるかどうか…。実質残り半日だ」
そろそろ夕食の時間だよ、と会長さん。残り半日ってことは、コンテストとやらは明日の午後?
「そうなるね。別に明後日でも良かったんだけど、フィシスがゆっくり楽しみたいって言うものだから…。最終日だと下船準備でバタバタするし、明日にするのが一番かなあ、って」
「「「………」」」
残り半日でフライパンを操る達人になれと言われても…。けれど会長さんはクスッと笑っただけでした。
「負けたくなければ頑張りたまえ。そうそう、布巾と塩で練習するのは本物の料理人でも同じだよ。最近は流行らないかもしれないけれど、昔は定番だったんだ。食材を無駄にしないためにね」
健闘を祈る、と軽く手を振り、部屋を出て行く会長さん。ソルジャー自らフライパン料理の基礎を教えに来てくれた以上、これはやるしかないんですよね…?

夕食のために食堂へ行った私たちが見たのは更に長くなったフライパン待ちの列。食堂の中では定食よりもオムレツや炒飯が大人気……と言うより、自分で作ったヤツなんでしょうね。自前のフライパンがあるのを今ほど有難く思ったことはありません。
「みんな真剣にやってるよねえ…」
凄いや、と感心するのはジョミー君。
「だってさ、たかがフライパン料理のコンテストだよ? ぼくたちみたいにフライパンを押し付けられたら特訓するしか道はないけど、自発的に練習するなんてさ」
「…それなんだがな…」
キース君が焼肉定食を頬張りながら。
「思い出したんだ、去年のことを。ほら、福引があっただろう? 俺がブルーを引き当ててしまって酷い目に遭った…」
「そういえば…」
綺麗サッパリ忘れてましたが、去年は草餅を作った後で福引大会があったのでした。特別賞は会長さんと一晩一緒に過ごす権利で、それを当てたキース君が危うく坊主頭にされそうになったという大惨事。結局、教頭先生が乱入してきて、キース君は助かったのですけれど。
「去年が福引大会だ。そして今度がフライパン料理コンテスト。今回も豪華賞品が出ると誰もが思っているんじゃないか?」
「あれは凄かったですもんねえ…」
相槌を打ったのはシロエ君です。
「地球で使える有効期限無しの食事券に金券、旅行券! あんなのが出ると言うんだったらフライパン修行も人気なわけですよ。…あれ? じゃあ、別に真剣に練習しなくったって、罰ゲームとかは無いですよねえ?」
「分からんぞ。なにしろアイツがフライパンを用意した上に極意を伝授しに来たんだからな、練習不足で最下位にでもなろうもんなら何が起こるか…」
考えただけでも恐ろしい、とキース君は髪を押さえています。坊主頭はキース君限定の罰ゲームでしょうけど、確かに真面目に取り組まなければ大変なことになるのかも…。
「後悔先に立たずって言うぜ」
サム君が拳を握りました。
「ブルーの期待も裏切れないし、俺、頑張る! もしかしたら特別賞は今年もブルーかもしれないし!」
「俺はブルーは要らないんだが…」
キース君がぼやきましたが、練習の必要性は嫌と言うほど分かっています。シャングリラ号のクルー全員が燃えているらしいコンテストでソルジャーである会長さんのお友達が悪い成績を取ったりしたら、会長さんは赤っ恥。そうならないためにフライパンが用意されたのですし。
「仕方ない、とにかく練習するか」
溜息をつくキース君に、私たちも揃って頷きました。あ、サム君は例外です。とっくの昔にやる気満々、特別賞を思い描いて瞳がキラキラしていますから! そうと決まれば惜しいのは時間。私たちは大急ぎで夕食を食べ終え、トレイを返して会議室へと。しかし…。
「なんか……腕が重いんだけど…」
ちょっと痛いし、とジョミー君が腕をさすっています。言われてみれば私も筋肉が張っているような…。昼間の「そるじゃぁ・ぶるぅ」とのハードな鬼ごっこのツケが今頃出てきてしまったのでした。筋肉痛というヤツです。逃げ回る「そるじゃぁ・ぶるぅ」を追い掛けるのに身体を目いっぱい使った結果がこの痛み。
「これじゃフライパンが上手く振れないよ。誰か薬とか持ってきてない?」
ジョミー君が見回しましたが、二泊三日の宇宙の旅に筋肉痛の薬を持参するわけがありません。けれど普段から鍛えている柔道部三人組以外は全員、腕も脚もしっかり筋肉痛。これでフライパンを器用に操るなんて、どう考えても無理ですってば~!
「メディカル・ルームに行ってみるか?」
キース君の提案に私たちは飛び付きました。今までは縁の無かった所ですけど、初めてシャングリラ号に乗り込んだ時に見学に行った覚えがあります。最新鋭の設備を揃えたあそこだったら、きっと湿布も置いてるでしょう。塗り薬も充実していそうです。まずはコンディションから整えないといけませんよね。

「いたたた…」
サッカー部でたまに遊んでいるくせに、ジョミー君も足まで筋肉痛でした。サム君とスウェナちゃん、私なんかは言わずもがなです。柔道部三人組も普段使わない筋肉を使ったらしくて心なしか肩が重いとか。
「教頭先生はやっぱり凄いな。ぶるぅをあれだけ遊んでやれるんだからな」
改めて感動しているキース君を先頭にして、私たちはメディカル・ルームに向かいました。途中で通った食堂の前には未だに長い行列が。そしてメディカル・ルームには…。
「あれ? ここも行列?」
ジョミー君が見つけたのは扉の前に出来た列。ここも順番待ちなんですか? みんな手首や腕をさすってますけど?
 と、扉が開いて看護師さんが。
「次の方、どうぞ! あら? あなたたちも筋を傷めたの?」
「「「は?」」」
「フライパンでしょう? 夕方からずっと行列なのよ。ちょっと待ってね」
看護師さんが奥に消え、私たちは行列をよく見てみました。フライパンだの筋を傷めるのって、もしかしてフライパンの振りすぎですか? シロエ君が最後尾の男性クルーに話しかけると。
「うん、ちょっと張り切りすぎたかもなぁ。20分でやめときゃよかった。俺、4回も並んだんだよ」
「俺、5回!」
「へえ~。俺なんて6回だぜ?」
たちまち始まる回数自慢。私たちもトレーニングの時間を訊かれ、全くやっていない事実をどうしたものかと窮したのですが。
「ソルジャーのお友達だから優先しますって。どうぞ!」
さっきの看護師さんが呼びに来てくれ、羨ましそうなクルーたちの視線を浴びつつ部屋の中へ。入ってすぐの処置室では数人のクルーが看護師さんの手当てを受けていました。手首に湿布と包帯が王道ですけど、塗り薬の類もあるようです。これならきっと筋肉痛も…。
「どうなさいました?」
「「「!!!」」」
奥の診察室から聞こえた声で背筋にゾクッと走った悪寒。こ、この声は、もしかして…。
「どうなさったのですか、と訊いているのですが?」
顔を覗かせたのは白衣を纏ったエロドクター。なんでドクターがシャングリラ号に!?
「おやおや、そんなに驚かなくても…。ドクターたる者、ソルジャーがシャングリラ号に乗られる時にはお供するのが常識です」
「あんた、去年はいなかったろうが!」
キース君の叫びに眉を顰める看護師さんたち。キース君は慌てて言葉を切り替えました。
「し、失礼しました。…確か去年は乗っておいでにならなかったと…」
「ええ、そうです。正確に言えばお供する義務があるのは春休みだけです。あの時期は必ず乗っていますよ、年に一度はきちんと視察をしませんとね」
「でも…。俺、いえ、ぼくたちが初めて乗った時にはお会いしなかったように思うのですが」
「おや、そうでしたか? あの時もいたのですけどねえ…」
この部屋に、とエロドクターは悠然としています。
「皆さんが見学にいらした時には休憩時間だったのでしょう。今回は去年の福引大会の噂を耳にして乗り込むことにしたのですがね」
「「「………」」」
やっぱりそうか、と頭痛を覚える私たち。福引大会の特別賞は会長さんだったのですから、エロドクターが二匹目のドジョウを狙わないわけがないのです。ということは、ドクターも…? 視線を奥にやると案の定、机の上にフライパンが。
「いいでしょう、あのフライパン。ここには当直のメンバー用にキッチンがありますし、もちろんフライパンもあるわけです。もっとも私は練習するまでもないのですが…。オムレツは得意料理です」
できる男とはそういうものです、と得意満面のエロドクターは軽くフライパンを振ってみせました。会長さんに負けず劣らず、見事なフライパン捌きです。私たちがポカンとしていると…。
「で、どうなさいました? フライパンの振りすぎで筋を傷めたクチですか?」
まだ若いのに、と小馬鹿にした調子で言われてジョミー君が。
「違うよ、筋肉痛だってば! ぶるぅと鬼ごっこしたら手も足も…」
「ぶるぅですか…。筋肉痛なら特に手当ては要りませんね。これでもつけておきなさい」
渡されたのは噴きつけるタイプの筋肉痛の薬でした。
「私は忙しいのです。次の人、どうぞ」
出て行けとばかりにシッシッと手で追い払われて、私たちは処置室を通って再び通路へ。フライパンで筋を傷めた人はまだ行列をしています。ここまでクルーが熱くなるフライパン料理だかオムレツだかのコンテストとは、いったいどんなものなのでしょう? おまけにエロドクターまで来ているとなれば、このコンテストは荒れそうですよ~。

元の会議室に戻った私たちは筋肉痛の薬をスプレーしてからフライパンを握り、布巾を引っくり返す練習を始めました。これがなかなか難しくって、ちっとも上手くいきません。
「よーし、休憩!」
キース君の号令でフライパンを置き、メディカル・ルームのお世話にならなくて済むようストレッチ。そこまで頑張らなくてもいいのでは、と言う人は誰もいませんでした。オムレツは得意だというエロドクターが参戦する以上、私たちがボロ負けしたら会長さんに思い切り皺寄せが行きそうです。ここは根性を見せないと! …でも。
「ねえ、ゼル先生ならいい線いくんじゃないのかな?」
ドクターよりも、とジョミー君。
「機関部に専用キッチンがあったでしょ? あそこで特訓していそうだよ」
「船霊様の所ですよね」
覚えています、とシロエ君が言い、私たちの脳裏に浮かぶ船霊様の記憶。このシャングリラ号を守っている船霊様は黒い招き猫の像なのでした。福猫だとか人を招くとか、ゼル先生は色々蘊蓄を垂れてましたが、愛用の黒いライダースーツとフルフェイスのヘルメットを見てしまった今となっては、黒は単なる好みだという気がします。もっともペットが二匹の大型犬でしたから、招き猫は本当に縁起物かもしれませんけど。
「ゼル先生が本気を出したらドクターに軽く勝てるって! そう思わない?」
「しかしだな、ジョミー」
難しい顔で腕組みをするキース君。
「ブルーがわざわざフライパンを寄越したからには、何かある。俺たちに期待を寄せているんだ。無様な負けっぷりは見せられないぞ。そこそこ腕を磨かないことには…。よし、休憩終わり!」
私たちは10分フライパンを振り、5分休憩という形で特訓中でした。そろそろ日付が変わる頃です。これを最後の練習にして、続きは明日の朝一番からと予定を決めていたのですが。
「かみお~ん♪」
いきなり扉が開いて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が入ってきました。
「頑張ってる? ブルー、寝ちゃったからこっちに来たの! 青の間は立入禁止なんだよ」
「「「立入禁止?」」」
「うん。だってフィシスが一緒だもん! 子供はいい子で一人で寝るの!」
「「「………」」」
あまりにも無邪気な言葉に私たちは絶句するばかり。いつも良い子の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は普段からこんな調子で放り出されているのでしょう。で、会長さんがフィシスさんとどうしているかは聞くだけ野暮というもので…。
「そうか、ぶるぅは一人で寝るのか…」
いい子だな、とキース君が小さな銀色の頭を撫でて。
「俺たちの練習ももう終わりだが、見て行くか? 直せそうな所があったら直してくれ」
「オッケー!」
元気一杯に答えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は私たちの最後の練習に付き合ってくれ、一人一人のフォームをチェックし、コツを教えてくれました。お蔭で全員が布巾を三回くらいは上手に引っくり返せるようになり、ひたすら感謝、感謝です。その上に…。
「せっかくだから夜食も作るね! みんな遅くまで頑張ったもんね。あのね、フライパン、ここまで出来れば最高だよってブルーが言ってた!」
見てて、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動で取り寄せた食材で作り始めたのは炒飯です。しかもキッチンに大音量でお気に入りの『かみほー♪』を流し、曲に合わせて踊りながら炒めるという凄い技。いくらなんでも私たちには真似のできない芸当でした。たかがフライパン、されどフライパン。まだまだ奥が深そうです…。

その晩、私たちは全員フライパンの夢を見ました。山ほどのフライパンに追われた人やら、巨大なフライパンに潰された人やら。私が見たのはフライパン片手に細い吊り橋を渡る夢です。必死にバランスを取りながらフライパンの上の布巾を引っくり返し、目の眩むような谷に架かった吊り橋を…。
「あ~あ、夢の中までフライパンだよ」
泣きそうだった、と言うジョミー君は夢の中では小学生で、宿題に使うフライパンを学校に忘れてしまって必死に取りに戻ったのだとか。いくら走ってもスピードが出ないというのが夢ならではのお約束です。
「俺なんか木魚の代わりにフライパンを叩いていたんだぞ? それで親父に音が悪いと怒鳴られるんだ」
理不尽な、とキース君もゲッソリした顔。けれどフライパン修行を投げ出すわけにはいきません。食堂で揃って朝食の後は会議室に戻ってひたすら練習。会長さんが用意してくれた塩の袋には辿り着けそうもなく、ひたすら布巾を引っくり返して頑張って…。
「シャングリラの諸君!」
全艦放送で教頭先生……いえ、キャプテンの声が流れたのは昼食を終えて再び練習していた最中でした。
「今日はソルジャー主催のイベントがある。色々と噂があったと思うが、参加したい者は一時間後に公園に集合するように。準備のために公園は今から閉鎖する」
「「「公園?」」」
意外な場所に私たちは首を捻りました。フライパンなだけに厨房のある食堂だろうと見当をつけていたのですけど…。
「準備のために閉鎖するって言ってましたよ」
きっとコンロの準備ですよ、とシロエ君がフライパンを軽く振ります。
「シャングリラ号にどれだけの設備があるのか知りませんけど、炒飯は火力が要りますからね…。公園に持ち出せる程度のコンロじゃ難しいでしょう。やっぱりオムレツなんですよ」
「…それって、ぼくたちヤバイんじゃない?」
ジョミー君が声を潜めました。
「フライパンの特訓はやっていたけど、本物のオムレツは一度も作ってないんだよ! ドクターは自信ありそうだったし、ぼくたち全員、予選落ちとか…」
「「「………」」」
それはマズイ、と私たちの背中に冷たいものが流れました。けれど会長さんから渡されたものはフライパンと布巾と塩だけでしたし…。
「塩をクリアしたら卵が届くんだったんじゃないの?」
恐ろしい読みをするジョミー君。でも……それって有り得るかも…。
「だとすると…。塩にも手が届かなかった俺たちはブルーに見捨てられたということか?」
「きっと卵が来なかった段階で降格決定で左遷なんだよ! イベントに出ても席が無いとか、参加もさせて貰えないとか…」
ジョミー君は次々と最悪の事態を口にしてきます。どうしましょう、本当に公園に入れて貰えなかったら? 入り口で追い返されたら、悲しいなんてものではなくて…。
「落ち着け、ここで愚痴っていても始まらないぞ」
とにかく行くだけ行ってみよう、とキース君が檄を飛ばしました。
「その前に最後の練習だ。ベストを尽くしておかないとな」
私たちはフライパンを構え、真剣に布巾を引っくり返して頑張ったものの、やはり本物のオムレツが作れそうな手ごたえはありません。ぶっつけ本番で成功したらいいですけども、失敗したら…?
「失敗以前の問題として、会場に入れるかどうかだな。まあ、ブルーのことだし、少々汚い手を使っても入れてくれそうな気はするが…。左遷で降格というのでなければ」
行くぞ、と扉に向かうキース君の右手にはフライパンが握られていました。あのぅ…。それって持って行くの?
「ぶるぅに用意させたと言ってたんだし、他のクルーも知っていたしな。やはり馴染んだ道具を使うのが一番有利だ。お前たちも自分のフライパンを持って行った方がいいだろう」
「そっか、スポーツ選手のラケットとかと同じ理屈だね!」
確かに良さそう、とジョミー君が歓声を上げ、私たちはフライパン持参で行くことに。果たしてどんなイベントになるのか、私たちに参加資格はあるのか否か。いろんな意味でドキドキです~!




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