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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

打ち上げパーティーの数日後に期末試験の結果発表がありました。1年A組は今回も見事に学園一位。グレイブ先生も大満足です。恒例の繰り上げホワイトデーも教頭先生が言っていたとおり卒業式の三日前と決まり、バレンタインデーにチョコレートを受け取った男子は返礼をするよう通達が…。
「あーあ、やっぱりお返ししなくちゃいけないのか…」
会長さんが忌々しげに呟いたのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。
「あのセーターのせいで迷惑したのに、お返しなんて変だよね? しかも本人が欲しいと言ってくるなんて…。厚かましいったらありゃしない」
「またゼル先生に頼むとか?」
この前みたいに、とジョミー君が提案しました。
「ブルーの味方をしてくれるんでしょ? 今度は手編みのセーターを押しつけられたって言ったらどう?」
「…考えないでもなかったんだけど、それじゃシャングリラに相応しくない。サイドカーに乗せられて暴走されたら失神しちゃうし、どっちかと言えば地獄だよ」
「なるほどな…」
キース君が頷いています。
「あんたはシャングリラにこだわりたいのか。しかし理想郷っぽいお返しとなると…」
「一応、考えてはみたんだけどね。…こんなのをさ」
声を潜めて語られたアイデアに私たちは目を丸くして。
「アレですか!?」
シロエ君が叫び、マツカ君が。
「あれって大事なものなんじゃあ…。渡しちゃってもいいんですか?」
「持ち主はぼくだし、問題ないさ。ただ、学校では渡せないよね」
人目につくから、と会長さん。
「ハーレイの家まで届けに行くか、ぼくの家に取りに来させるか。…取りに来させる方がいいかな、と思うんだけど…。君たちにも同席して貰ってね」
「「「………」」」
やはり巻き込まれる方向でしたか! 私たちは頭を抱えましたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコ笑顔で。
「あのね、みんなが来てくれるんなら頑張るよ! 晩御飯とデザート、何がいい?」
「そうそう、ぶるぅの言うとおりさ。美味しい食事とおやつを用意するから来てくれるよね?」
「……念のために聞いておきたいんだが……」
そう切り出したのはキース君でした。
「今回は泊まりは無しだろうな? あんたの家に泊まりに行くのは楽しいんだが、教頭先生絡みとなると…。それも繰り上げホワイトデーで、プレゼントするのがアレとなると…」
「心配性だね。…細かいことを気にしていると、そのうちハゲるよ」
「ハゲは余計だ!!!」
心の傷を抉りやがって、と毒づいているキース君を会長さんはサラッと無視して。
「今回はお泊まり会とは違って夕食だけのつもりだけれど? ハーレイもその方が嬉しいだろう。ぼくとの時間がたっぷり取れるし」
「「「は?」」」
「だからさ、プレゼントの受け渡しを見届けるのが君たちの役目。その後はハーレイ次第って所かな。君たちが泊まるって決まっていたんじゃ寛げないしね、ハーレイも」
「…あんたってヤツは…」
結局やる気満々じゃないか、と溜息をつくキース君。ホワイトデーにお返しをするのは嫌みたいなことを言っていたくせに会長さんは乗り気です。繰り上げホワイトデーが来るのが恐ろしくなってきましたよ…。

会長さんのトンデモ企画に付き合わされることが決まってからも、時間の流れは順調でした。シロエ君は卒業式に備えて校長先生の銅像を変身させるアイテム作りに励んでいます。モビルスーツの形はすっかり出来上がっていて、今はビームサーベルを製作中だとか。
「外見はこんな感じになってます。会長に借りた人形に着せてみたんですけど…」
シロエ君が写真をテーブルに並べました。会長さん作のはりぼての像が白いガンダムに変身してます。あちこちの角度から撮られていますが、もう凄いとしか言いようがなく…。
「ありがとう、シロエ。最高だよ。…目からビームもオッケーだよね?」
「そっちの方は完璧です。あとはビームサーベルに花火を仕込めば完成ってことになりますが…。どうします?」
色々選べるんですよ、とカタログを広げるシロエ君。
「市販の花火を調べてきました。音が優先か、色で選ぶか。昼間ですから煙玉しか見えませんし…」
「ああ、そうか。…パスカルのは花火じゃなくって紙吹雪だっけ。特注は……今からじゃもう間に合わないか…」
時間的に、と会長さんは残念そう。花火作りはけっこう手間がかかるのだそうで、特注品は早めの注文が必須だとか。
「どうせなら花火も凝りたかったな…。ん? 待てよ、サイオンで細工をすれば可能かも…。シロエ、これとこれとはセットで打ち上げ可能かい?」
「え? えっと…。これですね? 煙玉の黄色と赤と…。連続で上げろってことですか?」
「そうだけど…。連発でお願いしたいんだ」
「じゃあ、そういう仕掛けにしておきますよ。でも、そんなの何にするんです?」
シロエ君が首を捻り、私たちも首を傾げました。会長さんの注文は煙玉の黄色と赤を何発か連続で上げるというもの。サイオンで細工をすると聞きましたけど、いったい何がしたいんでしょう?
「それは当日のお楽しみ。シロエは花火の打ち上げが成功するよう頑張ってくれればいいんだよ。…そうだ、ぶるぅも手伝ってくれるかな?」
会長さんが思念波で「そるじゃぁ・ぶるぅ」にだけ何かを伝達しています。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はコクリと頷き、なんだかとっても嬉しそう。校長先生の銅像の変身計画、今年は気合が入ってますねえ…。
「え、だってさ…」
当然だろう、と私たちを見回す会長さん。
「今年の卒業生は君たちの最初の同級生だよ? ぼくとぶるぅを受け入れてくれた記念すべき学年だ。去年までとはわけが違う。盛大に門出を祝ってあげたいと思わないかい?」
「「「あ…」」」
言われてみればそうでした。私たち七人グループが普通の生徒だった時の同級生が今度卒業していくのです。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」にとっては『一番最初のクラスメイトがいる学年』。それまで所属するクラスが無かった会長さんが初めて一般生徒に混ざる気になった学年で…。
「分かってくれた? ぼくにとっては思い入れのある学年なんだ。校長先生の銅像を変身させるだけではなくて、喜んで貰えることをやりたい。シャングリラ学園とぼくたちのことを覚えておいて欲しいんだよ。…シャングリラ・プロジェクトも大事だけれど、普通の人の記憶に残るってことも大切だからね」
ぼくたちと仲間の未来のために、と会長さんは微笑みました。こういう時の会長さんはソルジャーの貌をしています。サイオンを持つ仲間を導くソルジャーとしての会長さんと、悪戯好きの会長さん。どちらが本当の姿なのかは多分永遠に謎なんでしょうね…。

そして繰り上げホワイトデーがやって来ました。バレンタインデーと同じで授業開始前に特別な時間枠が設けられ、男の子たちがお返しの品を渡しに回っています。義理チョコであっても当然、お返し。そんな中でも目立つのはやはり会長さんで、「そるじゃぁ・ぶるぅ」をお供に連れて甘い言葉を振り撒きながら校舎の中をゆったりと…。
「遅くなってごめん。自分のクラスはたっぷり時間を取りたいからね」
今度も一番最後にしたよ、と会長さんが現れるなり1年A組は女の子たちの黄色い悲鳴が渦巻きました。会長さんは一人一人と握手しながら小さな包みを渡しています。
「はい、ぼくの手作りのビーズの指輪。ぶるぅに教えてもらって編んだんだ。サイズはピッタリ合う筈だよ。バレンタインデーにチョコをくれた時に握手しただろう? 握手した子の手は忘れないさ」
げっ。シャングリラ・ジゴロ・ブルーがまた派手なことをやってますよ~。男の子たちが歯ぎしりしながら会長さんを見ています。
「くっそぉ…。同じ男でこうも違うかな、俺がビーズの指輪なんかを作った日には…」
「うんうん、変人確定ってな! 畜生、やっぱり男は顔かよ…」
会長さんは愚痴っている男の子たちを歯牙にもかけず、壁際にいたスウェナちゃんと私とアルトちゃん、rちゃんの所まで来ると…。
「待たせちゃったね。ほら、受け取って。君たちの分だ」
渡されたのは他の子たちと同じ包みで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が持った袋から出てきたもの。アルトちゃんとrちゃんには去年同様、寮の方に特別なプレゼントを送ったそうです。私たち四人は「そるじゃぁ・ぶるぅ」にもチョコをプレゼントしていましたから、もちろん「そるじゃぁ・ぶるぅ」からも…。
「これ、ぼくが作ったビーズの小物入れなんだ♪ ブルーの指輪を入れておくのに使ってね!」
指輪と色を合わせてあるから、とラッピングされた袋をくれる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」も気持ちはとっても嬉しいですけど、えっと…指輪の方は……ちょっと出番が無さそうです。会長さんに憧れていた時代だったら大感激のプレゼントだったでしょうけど、今となっては勘ぐることが多すぎて…。
えっ、勘ぐるって何を、って…ですか? それは教室では言えません。放課後まで待って「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で会長さんを問い詰めないと…。

「おい」
キース君が私たちを代表して突っ込んだのは至極自然な成り行きでした。繰り上げホワイトデーは無事に終わって、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に集まっています。ティータイムが済んだら会長さんのマンションに瞬間移動をする予定。
「あんたが配ったビーズの指輪なんだがな…。教頭先生の手編みセーターに対抗したのか? 手作りだなんて」
「決まってるじゃないか」
しれっとした顔で答える会長さん。
「ハーレイが手編みのセーターだったら、ぼくはもっと細かい作業をしなくちゃ。負けるのはプライドが許さないんだ、ああいうヘタレなんかにさ。…ああ、もちろん全部きちんと手作りだよ? ぶるぅに手伝わせるなんてズルはしてない」
「「「………」」」
ああ、やっぱり…。負けず嫌いの会長さんだけに、そうじゃないかと思ったんです。教頭先生に対抗心を燃やしてビーズの指輪を作る姿は鬼気迫るものがありそうでした。そんな指輪を嵌めて歩くのは遠慮したいな、とスウェナちゃんと私は顔を見合わせて苦笑しましたが、会長さんは。
「みゆとスウェナに引かれちゃったか…。心配しなくても悪戯心は入ってないから! それに本当に手作りしたのはアルトさんとrさんの分で、他は量産品なんだ」
「「「量産品?」」」
なんですか、それは? 机の上にズラッと並べて流れ作業で組み上げたとか? まるで想像出来ません。会長さんはクスッと笑って。
「ふふ、サイオンで一気に作ったんだよ。材料を個別に並べておいて、頭の中で製作過程をイメージしてからパパッとね。サイズが違ってもイメージさえきちんと固まっていれば簡単なんだ。君たちも努力を重ねれば作れるようになる……かもしれない」
こんな感じ、と思念で送られてきた指輪作りは実に器用なものでした。リビング中に浮かんだビーズが勝手に絡まり、みるみる内に円を描いて指輪の形に…。これを真似るにはどうすればいいのか、誰もヒントが掴めません。サイオンの扱いがヒヨコなレベルの私たちでは、何年経っても無理だったりして…。
「ぼくもダテに三百年以上生きてはいないし、ソルジャーだしね。これくらいのことが出来ないようではタイプ・ブルーの力が泣くさ。ぶるぅだって出来るよ、ね、ぶるぅ?」
「うん! あ、でも…。でもね、みゆとスウェナにあげた小物入れは、ちゃんと手作りしたんだから! ブルーみたいにサイオン使って済ませたりなんかしてないから!」
頑張ったもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。…と、会長さんが壁の時計に目をやって。
「そろそろいいかな。…ハーレイが教頭室で待ちくたびれてる。招待状をあげなくっちゃね」
取り出された封筒を会長さんの青いサイオンが包み、封筒はフッと消え失せました。もしかして今の封筒、教頭室に…?
「ご名答。ホワイトデーのプレゼントを渡したいから家に来て、って書いてある。ぼくたちは先に戻っていようか、時間指定はしてあるけれども食事はゆっくり食べたいだろう?」
行くよ、と会長さんがソファから立ち上がりました。私たちの鞄が瞬間移動で家に送られ、私たちも会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオンの光に包み込まれてフワッと浮いて…。あぁぁ、ついに来ちゃいましたよ、教頭先生にシャングリラなプレゼントを贈るホワイトデー! 逃げたいですけど、無理みたいです…。

ローストビーフに伊勢エビのポワレ、キノコのスープのカプチーノ仕立て。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が次々と運んでくれる料理は教頭先生のことを忘れさせるには十分でした。気付けば普段と変わりない調子でおしゃべりが弾み、デザートのお皿が片付く頃にはワイワイ賑やかに盛り上がっていて…。
「そっか、ガンダム、完成したんだ?」
ジョミー君がシロエ君に興味津々で尋ねています。
「ええ。卒業式の前の晩に取り付け作業をやりますからね、ジョミー先輩にもお手伝いをお願いしますよ」
「もちろん! 早く見たいな、ビームサーベル」
ワクワクするよ、とジョミー君。私たちも大いに興味がありました。ビジュアルは完璧なのだと会長さんが褒めてましたし、花火の件もありますし…。卒業式まであと二日ちょっと。明後日の夜には銅像をガンダムに変身させる作業が待っているのです。シロエ君はビームサーベルなどをコントロールする携帯電話も用意済みとか。
「シロエは実に頑張ってくれたよ」
満足そうな会長さんが私たちに視線を向けて。
「だから君たちにも頑張ってほしい。ハーレイがプレゼントを受け取る所を見届けるのが仕事だろう? あれは大事なものなんだから」
「「「………」」」
忘れてた、と思う暇もなくチャイムが鳴って「そるじゃぁ・ぶるぅ」が玄関の方へと駆けてゆきます。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! ブルーが待ってるよ!」
こっち、こっち…と飛び跳ねる軽い足音が聞こえ、リビングのドアがカチャリと開いて。
「な、なんだ!? なんでお前たちまで…」
教頭先生が顔を引き攣らせて立っていました。仕事帰りに真っ直ぐ来たのか、きちんとスーツを身につけています。
「ぼくが呼んだんだよ、ホワイトデーの証人に…ね。シャングリラなプレゼントが欲しいだなんて言われちゃったから用意したけど、とても大切なものだから…」
「???」
キョトンとしている教頭先生。会長さんは軽く咳払いをして。
「だからさ、本当に凄く大事なアイテムなんだ。どういう過程で誰に渡したか、生き証人が必要なんだよ。…はい、これ。…ぼくからのプレゼント」
会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」に取ってこさせたのは水色のリボンで飾られた四角い箱。「開けてみて」と促された教頭先生はリボンを解いて包装紙を剥がし、箱の蓋を取って…。
「これは…!」
「見た目そのままの物だよ、ハーレイ」
知ってるだろう、と会長さんは箱の中身を指差しました。それは会長さんがソルジャーとしてシャングリラ号に乗り込む時にたまに着けているヘッドホン型の記憶装置。別の世界から遊びに来ているソルジャーの場合は補聴器も兼ねているそうですが、会長さんのは純粋に記憶装置です。
「君がシャングリラがどうのこうのって言っていたから用意した。…キャプテンとして知ってのとおり、ぼくの記憶が入ってる。この際だから君に預けておこうかな…って」
「し、しかし……」
「キャプテンたる者、ソルジャーの補佐をしてしかるべきだろう? これの保管は気を遣うんだ。普段は君に任せておくのも気楽でいいな、と思ったんだよ。もちろん、ぼくの記憶を見るのもアリだ」
教頭先生の喉がゴクリと鳴るのを私たちは見逃しませんでした。会長さんはクスクスと笑い、箱の中から記憶装置を取り出すと…。
「試しにぼくの記憶を見てみる? 一番最後に記録したのは昨日だから……そうか、寝る前にシャワーを浴びた辺りまでかな? 運が良ければバスルームでの記憶もあるかもしれない」
「…み、見ても…いい…のか…?」
「もちろん。君に預けるって言っただろう? シャングリラって言えばシャングリラ号だ。そこでのぼくはソルジャーなんだし、ソルジャーと記憶装置はセットものだろ? これを使えばぼくの記憶が見放題! 実にシャングリラなプレゼントじゃないかと思うけどねえ?」
遠慮しないで、と会長さんは教頭先生の頭にポスッと記憶装置を被せました。
「そのまま心を空っぽにして。ぼくの記憶が流れ込むから」
「…こうか?」
「心を空にするんだよ。…ほら、もうぼくの声しか聞こえないだろ?」
記憶装置を装着された教頭先生は暫く目を閉じていましたが…。
「な、なんなのだ、これは!?」
悲鳴にも似た叫びが上がって頭を抱え、リビングの床に突っ伏す教頭先生。会長さんは勝ち誇ったような笑みを浮かべて立っていました。
「何なのかって言われても…。ぼくの記憶を記録したものさ。ぼくを継いでソルジャーになる人に譲り渡すために記録してるって知ってるだろう?」
「だからと言って…こんな記憶を…」
教頭先生は記憶装置を頭から毟り取り、呻きながらそれを見詰めています。
「大切なんだよ、その記憶もね。ぼくがどう生きたかの大事な証だ。…分かったら是非受け取って欲しい。君にならそれを託すことが出来る。…いや、君以外には託せないかな、恥ずかしすぎて」
「…恥ずかしい…?」
「そう。ぼくがじゃなくって、君が…だけどね」
受け取って、と会長さんが教頭先生の手に記憶装置を押し付けようとした次の瞬間、教頭先生は消えていました。いえ、瞬間移動をしたのではなく、物凄い勢いで身を翻して脱兎の如くリビングを飛び出し、玄関へと…。バアン! とドアが開く音が聞こえ、バタバタと走り去る足音が…。
「あーあ、逃げちゃったよ。せっかくのプレゼントなのに要らないのかな?」
ねえ? と記憶装置を持ち上げてみせる会長さんに、キース君が低く唸って…。
「…あんたの計画どおりだったら欲しがる方が変だと思うぞ」
「まったく…。ハーレイも間抜けだよねえ、キャプテンのくせに。これの仕様を理解していないなら仕方ないけど、長老は全員知ってる筈だよ。記録した記憶は必要に応じてブロック出来るし、解除も出来る。もちろん消去することも…ね。つまり一時的に不必要な記憶を入れて、それを優先的に再生させるのも簡単なのにさ」
こんな風に、と会長さんが記憶装置を被せたのはジョミー君の頭でした。
「ちょ、これって…」
プッと吹き出すなり笑い始めたジョミー君が見ている記憶を会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が私たちにも中継してくれて…。
「「「わはははははは!!!」」」
私たちは床を叩いて涙が出るまで笑い転げました。ソルジャーの象徴でもある記憶装置に入っていたのは、教頭先生の武勇伝の詰め合わせセット。人魚姿でのシンクロやら裸エプロン、マツカ君の別荘でやったストリーキングに『ぶるぅズ腰蓑』、つい最近では二人羽織で鼻からうどんを啜る姿が…。
こんな記憶が公式記録として残るとなれば悲劇です。教頭先生、早く冷静になって真相に気付けばいいんですけど…。
「多分、明日には気付くと思うよ。いくらなんでも気付かないようじゃキャプテンとして失格だってば」
心配ない、ない、と会長さんは上機嫌。シャングリラっぽいホワイトデーのプレゼントを受け取らされかけた教頭先生、今頃は泣きの涙でしょうねえ…。会長さんがブロックしていた本物の記憶を垣間見たのなら幸せだったと思うのですけど。

教頭先生にとって悲劇に終わった繰り上げホワイトデーから二日後の夜、私たちはシャングリラ学園の校長先生像の前に集合しました。夜の冷え込みはまだ厳しいです。会長さんがスウェナちゃんと私の周りにシールドを張って暖めてくれる中、男の子たちは大きな像に梯子を架けて肉体労働。
「ジョミー先輩、もう少し引き上げてくれますか? サム先輩は右の固定をお願いします!」
シロエ君の指揮で校長先生像は順調に白いモビルスーツ……いわゆる初代ガンダムに変身を遂げ、右手にビームサーベルが取り付けられて。
「これでいいのか、シロエ? 配線したが」
「はい、オッケーです、キース先輩!」
シロエ君自慢の小型発電機が台座の陰に置かれています。目からビームは電池でいけるらしいのですが、ビームサーベルは電池ではちょっと無理なのだとか。シロエ君は配線などを再度きちんと確認してから会長さんに声を掛けました。
「これで一応、完成です。花火とビームはテストしますか?」
「君の家でチェック済みなんだろう? せっかくのサプライズなんだし、テストはいいよ。それに暗いと煙玉は見えにくいから…。サイオンで煙玉に細工する方は、出たとこ勝負でも失敗しない自信があるしね」
大丈夫、と会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」と顔を見合わせて頷いています。何をするのかは私たちにも全く知らされていませんでした。シロエ君もまるで知らないそうで…。
「じゃあ、会長、明日はよろしくお願いします。ぼくは単なるスイッチ係に徹しますよ」
「ありがとう。君のお蔭でいい演出が出来そうだ。みんなも遅くまで御苦労さま」
全員家まで送ってあげるよ、との声が終わらない内に青いサイオンに包まれて…アッと思えば自分の家の玄関でした。靴を脱いで部屋に入って、ベッドにゴソゴソ潜り込んで……目が覚めたのは卒業式の日の朝で。
「おはよう!」
「わあ、みんな早いね~!」
寝坊しちゃった、とジョミー君が走ってきます。ガンダムになった校長先生の像はビームサーベルを掲げてスックと立っていて、記念撮影目当ての生徒で大人気。私たちも卒業生でもないのに記念撮影してしまいました。自分たちで完成させた像なんですからいいですよね? 卒業式は恙なく終わり、私たちの一番最初の同級生だった三年生が講堂を出て校長先生像の辺りに差し掛かった時。
「シロエ!」
会長さんの合図でシロエ君がリモコン代わりの携帯を操作し、像の瞳がキラッと光って…校舎の壁に『卒業おめでとう』という文字が浮かび上がりました。ここまでは去年と同じ展開。続いて次のボタンが押され、ビームサーベルから花火が景気よく打ち上げられて。
「「「わあっ!」」」
卒業生も在校生も、保護者も、先生や職員さんも…黄色と赤の煙で空に描かれたシャングリラ学園の紋章に大歓声。これがサイオンの仕掛けですか! 会長さんが黄色と赤の煙玉にこだわったのはこれでしたか!…と、空からフワフワと小さな塊が沢山、光を受けて煌めきながら降りてくるではありませんか。

「なんだ、あれ?」
「落下傘?」
なんだろう、と見上げる卒業生たちの方へと落下傘はゆっくり舞い降りてきて…。
「かみお~ん♪ 卒業するみんなにプレゼント!」
元気一杯の「そるじゃぁ・ぶるぅ」の叫び声と共に、卒業生全員の手に落下傘が収まりました。先にキラキラと輝く物がくっついています。あれって…もしかして合格グッズのストラップ? みんながそれを見ている中で、会長さんが良く通る声で。
「みんな、卒業おめでとう! 君たちと出会えて嬉しかったよ、ぼくもぶるぅも。これからもシャングリラ学園を思い出してほしいし、いつでも遊びに来てほしい。そのストラップは君たちへの卒業プレゼントだ。ぶるぅの手形パワーが三回分だけ入ってる」
「「「えぇっ!?」」」
手形パワーを知らない生徒は一人もいません。会長さんはニッコリ笑って続けました。
「ぶるぅの手形は合格パワーを秘めているって言ったよね。三回分をどう使うかは君たち次第って所かな。大学の試験で使うのも良し、就職活動で使っても良し。…もっと大切に残しておいて資格試験や昇進試験で使うのもいいね。…ただし、ぶるぅの手形は合格パワーがあるだけだ。ここが肝心だから覚えておいて」
忘れないで、と会長さんは言葉を切って。
「手形ストラップで合格しても実力が伴うわけじゃない。だから自分が合格するのに相応しい力を身に付けた、と思った時に使いたまえ。…でなければ合格してから死に物狂いで頑張るか、だね。どっちにしても三回限り。ぼくもぶるぅも、君たちの幸運を祈っているよ。またシャングリラ学園で会おう!」
おおっ、と湧き上がった歓声の後に次々と続く感謝の叫び。
「ありがとうございまーす!」
「会長、同窓会にも来て下さいね!」
待ってますから、と何度も振り返りながら卒業生となった以前の同級生たちは校門を出て行きました。…本当だったら私たちもあの中にいたのです。不思議な御縁でみんなより二年も早く卒業を迎え、特別生として再び校門をくぐり、みんなが卒業した今もシャングリラ学園の生徒のままで…。
「…もしもサイオンが無かったら…」
呟いたのはジョミー君でした。
「ぼくたちも今日で卒業だったんだね。…ブルーやぶるぅにも会えずに終わっていたのかな?」
「そうなるね。ぼくはサイオンを持つ仲間を見つけて導くことが仕事だから。…ずっとそうやって生きてきたけど、君たちに会えて良かったと思う。普通の生徒と一緒に試験や行事に参加できるのは楽しいよ。これからも1年A組でお願いしたいな」
「かみお~ん♪ ぼくも1年A組!」
よろしくね、と右手を差し出す会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちはガッチリ握手しました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の小さな右手で仲間になったキース君たちも交えた七人組はこれからもずっと一緒です。もうすぐ私たちのパパやママも「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手形の力でサイオンを持つようになりますし…。
シャングリラ学園にシャングリラ号、そしてシャングリラ・プロジェクト。不思議一杯の世界に繋がっている言葉、シャングリラ。まだまだ謎が沢山ありそうですけど、シャングリラ学園特別生を極めてみたいと思います~!



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会長さんの家でのお泊まり会。その実態は卒業式当日に校長先生の銅像を変身させるための下準備だと思ったのですが、話は意外な方向へ…。サイオンを持たない普通の人間な私たちのパパやママを仲間にするためのシャングリラ・プロジェクトなんていう凄い話が出てきたのです。
「シャングリラ・プロジェクト自体はかなり昔からあるんだよ」
会長さんが説明し始めました。
「ぼくたちの仲間が自然発生する率はとても少ない。今年特別に卒業する生徒がいないことでも分かるだろう? 君たちが入学してきた年が大当たりだっただけで、普段は数年に一人くらい…ってところかな。もちろんシャングリラ学園以外の所でサイオンに目覚める人もいるけど」
そういう場合は会長さんが見つけ出して本人とコンタクトを取るのだそうです。それでも人数はやはり少なく、年に数人なのだとか。
「だからね、行動しないで待っていたんじゃ仲間は増やせないんだよ。それでサイオンに目覚めた人の家族を加えていくことにした。もっとも仲間にしたい人が同意しないとダメなわけだし、百パーセントとはいかないんだけど。普通に生きたい人もいるしね」
「えっ、じゃあ……ぼくのパパたちは?」
心配そうなジョミー君。いくらシャングリラ・プロジェクトが存在しても、本人の同意がなければダメということになると私たちのパパやママがどんな選択をするかです。私のパパは? …それにママは?
「安心したまえ。君たちの御両親は全員賛成してくれた」
「「「えぇっ!?」」」
会長さんの即答に私たちは心底驚きました。シャングリラ・プロジェクト自体が初耳なのに、パパやママたちはいつの間に…? 会長さんは「嘘じゃないよ」とニッコリ微笑んで。
「君たちが特別生になって二年経とうとしてるんだ。それだけの期間があればサイオンに関する理解も深まる。あとはキースのサイオン・バーストがダメ押しだったね。…あんな力を秘めている君たちを一人ぼっちにしてしまうのは可哀想だということになった」
「「「………」」」
キース君がバーストした時、アドス和尚とイライザさんが意外に落ち着いていたのは既にサイオンに関する知識をある程度持っていたからなのだそうです。会長さんが意識の下に流し込む情報の他にも色々と…。
「なんだと!?」
信じられない、とキース君が叫びました。
「親父たちが定期的に食事会をやっているのは知ってたが……あれがシャングリラ・プロジェクトだと?」
「まあね。最初は君たちの卒業式で顔を揃えたのが切っ掛けでマツカのお父さんが始めた会だけどさ…。利用しない手はないだろう? 月に一度は集まるわけだし、ゲストって形でハーレイやゼルが出席してた」
「そういえば、そんな話も聞いてますけど…」
でもシャングリラ・プロジェクトなんて知りませんよ、とシロエ君。私だって食事の会に先生方がゲストで来ることもあるとは聞いてましたが、親睦会みたいなものだとばかり…。
「一応、口止めしていたからね。もしもプロジェクトに乗ってくれなければ……普通の人間でいたいって言われてしまえば君たちがガッカリするだろう? 結論が出揃うまでは秘密にしないと。そして全員、プロジェクトに同意してくれた。君たちが取り残される心配はないよ」
大丈夫、と会長さんは笑顔でした。
「今年は特別に卒業していく生徒もいないし、進路相談会をやってた時期にシャングリラ号が戻って来るから、お父さんたちに乗船してもらう。…聞いてないかい、三月にみんなで旅行に行く、って」
「温泉旅行じゃなかったの!?」
ジョミー君が声を上げました。
「キースのお父さんたちと三日間ほど出掛けてくるから、きちんと留守番するんだぞ…って」
「俺も言われた」
「うちも…」
パパとママが旅行に出るのは知ってましたが、行き先がシャングリラ号だったなんてビックリです。私たちだってシャングリラ号に乗り込む時には嘘の行き先を告げてましたけど、今度は私たちが嘘をつかれる番でしたか~!

「どおりで変だと思ったんだ…」
キース君が腕組みをして呟いています。
「いつもの会で温泉旅行に行ってくるから後を頼むと言われたんだが、お彼岸の準備で忙しい時期に留守なんだぜ? 元々、俺の家は寺だからな……いつ葬式があるかも知れんし、家族旅行なんて滅多にしたことがない。なのに気が合う面子とは言え、二泊三日とはいい身分だな…と」
面と向かっては言えなかったが、とキース君は首を竦めました。
「下手な事を言うと坊主頭にされそうだしな。留守番の間くらいはきちんと坊主をやっておけ、って」
「サイオニック・ドリームで誤魔化しとけばいいじゃない」
簡単でしょ、とジョミー君が混ぜっ返しましたが、キース君は真剣で…。
「坊主頭はなんとでもなる。問題はお彼岸の準備とかだ。親父とおふくろが他のお寺に応援を頼んでいるから俺は適当にしてればいいが、口答えしたら全部一人でやる羽目になる」
「「「………」」」
それは大変そうでした。キース君が一人で元老寺を任されることになったら、私たちまで駆り出されるかもしれません。抹香臭い生活はもう懲り懲りですし、逆らわなかったキース君に感謝するべきでしょうねえ…。会長さんがクスクスと笑い、「ぼくも手伝えないからね」なんて言ってます。
「お父さんたちがシャングリラ号に乗り込む時には、ぼくも乗船することになる。もちろんソルジャーとしての立場で。…ぶるぅも大事な用事があるし、君たちは留守番組ってことで」
「「「ぶるぅ?」」」
「そうだよ。ぶるぅがいなけりゃ、誰がお父さんたちにサイオンを持たせてあげられるのさ? 君たちの時と違って、お父さんたちはまだサイオンを持ってない。知識だけ先に教えてあるんだ」
ついでにサイオンが発現しても制限付き、と会長さんは続けました。
「普通の人間として暮らしてきた期間が長いからねえ…。いきなり思念波などを使おうとすると無理が出てくる。ゆっくりと徐々に時間をかけて、って所かな。君たちよりもずっとレベルは落ちてしまうよ、どうしても。…まずは歳を取るのが止まってくれれば十分だろう。そこは完璧にフォローするから」
「そっか、パパもママも、ずっと一緒にいられるんだね」
嬉しそうな声のジョミー君。私たちも口々に御礼の言葉を言う中、キース君が。
「親父とおふくろがいてくれるのは嬉しいんだが…。だったら俺が坊主になる必要は無いんじゃないのか? 親父がずっと健在だったら住職は親父で十分だろう」
「ああ、その話ね」
聞いてるよ、と会長さん。
「ぼくも会には何度か出たけど、アドス和尚が言ってたよ。キースには副住職になってもらって、貫禄がついてきたらイライザさんと悠々自適に旅行三昧も良さそうだ…って」
「なんだって!? 貫禄なんかがつくわけなかろう、外見は変わらないんだぞ!」
「じゃあ、ぼくは? ずっとこういう姿だけれど、これでも高僧なんだけど?」
「うっ……」
負けた、とキース君が呻いています。どう転んでも元老寺の住職への道は避けられそうにありませんでした。今年の暮れには住職になる資格を得るための璃慕恩院での道場入りも控えていますし、キース君が副住職に据えられる日も近いのでしょう。こうなった以上、アドス和尚と一緒に歳を取らない名僧を目指していくのが一番かも…?
「今度のプロジェクトで最大の収穫はマツカのお父さんなんだよね」
会長さんが真顔で告げました。
「なんと言っても大財閥の当主だからさ、ぜひとも仲間に加えたかった。世界中に広がる企業ネットワークは魅力だろう? そしたらマツカのお父さんが凄く乗り気で、マツカのためにも仲間になりたい…って。マツカに一人で背負わせるには責任が重たすぎるんだってさ」
「そうだったんですか…」
嬉しいです、とマツカ君の目尻に光るものが。大財閥の後継者としての教育は受けている筈ですけど、マツカ君は優しすぎるのです。冷徹な判断を下す立場は向かないかも……と私たちも心配していたのでした。キース君がブレーンに就いてはどうかと議論したこともありましたっけ。でも、マツカ君のお父さんも仲間になるなら、その必要はないわけで…。
「とにかく、今回のシャングリラ・プロジェクトは大成功だ。ぶるぅの手形は出発直前に空港で押して、それからシャングリラ号に乗り込んでもらうことになる」
君たちは適当に留守番してて、と会長さんが言い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ぼく、頑張るね! いっぺんに押す人数の最高記録の更新なんだ♪」
「…大丈夫なの? そんなに沢山…」
スウェナちゃんの問いに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自信たっぷり。
「平気だよ! だけど体力勝負になるから、前の晩はいっぱい御飯を食べなくちゃ。ブルーが御馳走してくれるんだよ」
何処へ行こうかなぁ? とグルメマップを持ち出してくる「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿に笑いが零れ、和やかな空気が戻ってきました。シャングリラ・プロジェクトとパパやママたちを説得してくれた会長さんたちに心から感謝、感謝です~!

お泊まり会を終え、家へ帰ってカレンダーを見ると三月の所に『みんなと旅行』の書き込みが。パパとママに尋ねてみると、やはり行き先は温泉ではなくシャングリラ号。学校へ行ってジョミー君たちに話すと、誰の家も同じだったようです。
「ブルーも人が悪いよなあ…」
全部内緒にしてただなんて、とサム君は少し悲しそう。会長さんと公認カップルを名乗ってるだけに、隠しごとをされていたのがショックなのかも…。けれど放課後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で出会った会長さんは涼しげな顔で答えました。
「サムだけ特別扱いってわけにはいかないよ。シャングリラ・プロジェクトは遊びじゃないし、特別扱いは別の機会でいいだろう? そうだ、次に朝のお勤めに来る時、ぼくの手料理を御馳走しようか」
「えっ、ホントに?」
「本気だよ。何がいいかな、考えておいて」
「うわぁ…俺って幸せ者~…」
サム君は相好を崩し、会長さんが提案するメニューに端から頷き倒しています。朝からそんなに食べられるのか、なんて訊くのは野暮ってモノでしょうねえ…。
瞬く間に日は過ぎ、期末試験が始まりました。これが済んだら特別生には登校義務はありません。1年A組の一番後ろに会長さんの机が増えて試験開始。誰もが喜ぶ「そるじゃぁ・ぶるぅ」の御利益パワーこと会長さんのサイオンのお蔭で1年A組は最後まで学年1位を貫けそうです。
「かみお~ん♪ 試験、お疲れ様!」
今日ので全部おしまいだね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれたのは五日目の試験終了後。クラスメイトは打ち上げに出掛け、私たちもこれから焼肉パーティー! スポンサーはもちろんいつものパターンで教頭先生なのですが…。
「三学期の打ち上げパーティーは、やっぱりハーレイが一緒でないとね」
そう言い出した会長さんに私たちは「またか…」と頭を抱えました。教頭先生が呼び出されるとロクな結果に終わらないことを私たちはとっくに学習済みです。今年は何をやらかすのやら…。
「酷いな、ぼくを悪人みたいに…。今回は普通に打ち上げだよ。シャングリラ・プロジェクトの話もあるし、オモチャになんか出来やしないさ。そうそう、ハーレイはキャプテンだから、君たちの御両親のことを頼んでおくといいかもね」
「それって何かに影響するの?」
ジョミー君の問いに、会長さんは。
「例えば、部屋割。基本的に部屋の構造は同じだけれど、公園が見える部屋とか見えない部屋とか色々あるし…。他には食堂のメニューかな? 特別メニューを組むんだったらハーレイに言っておかないと」
補給の都合があるからね、と会長さんは言いましたけど、部屋割だのメニューだのは「郷に入りては郷に従え」ですし、特別扱いは不要でしょう。でも、会長さんが教頭先生をオモチャにしないのはいいことです。打ち上げパーティーではシャングリラ・プロジェクトの話題をメインにするのがベストかな?
そういうわけで私たちは教頭室へ向かい、仕事を早めに終わらせていた教頭先生と一緒に思い出の焼肉屋へ向かいました。去年の打ち上げパーティーで教頭先生が会長さんとの野球拳に負け、散々な目に遭わされていたお店です。
「……この店か……」
入り口で渋い顔をする教頭先生に、会長さんが。
「平気だってば、誰も覚えていやしないよ。それに覚えていたとしたって、壁に張り付いていたお客としか…。ハーレイが裸エプロンで歩いてた姿、普通の人には見えないからさ」
「…それは……そうなのだが……」
「問題ないって! それとも今回もやりたいわけ? 裸エプロンとか野球拳とか」
「い、いや……遠慮しておく」
今日は普通に楽しみたい、と教頭先生はお店の扉をくぐりました。私たちは奥の個室に案内されて、まずはジュースで乾杯から。音頭はもちろん会長さんです。
「じゃあ、みんなの特別生二年目の終了を祝して、乾杯!」
「「「かんぱーい!!!」」」
成績とは無縁の特別生は試験結果も成績表も無関係。ですから新学期まで登校しなくてもいいんですけど、学校がある間はきっと登校してしまうでしょう。それでも一応終了ですし、特別生の二年目が終わったことに乾杯~!

太っ腹な教頭先生の奢りで高いお肉が次から次へと運ばれてきます。盛り上がってきた所で出てきた話題は、やはりシャングリラ・プロジェクトでした。会長さんが話を振って、教頭先生が私たちに…。
「よかったな、みんなの御両親が趣旨に賛同してくれて。これで心配なくなっただろう?」
「ええ、本当に感謝してます」
マツカ君が真っ先に口を開きました。
「いつかは父の跡を継ぐんだって分かっていても、不安でたまらなかったんです。それにサイオンまで持っていますし、特別な目で見られそうで…。でも、父が同じ仲間として頑張ってくれるそうですし、いつかは父の補佐をしたいと思っています」
「それは頼もしいな。これからも柔道で大いに鍛えて、強い心身を養うといいぞ」
「はい! よろしくお願い致します」
深々と頭を下げるマツカ君。これを切っ掛けに私たちはシャングリラ・プロジェクトについて口々に質問を始め、会長さんと教頭先生が様々なケースを教えてくれました。中でも一番驚いたのは…。
「えぇっ、まりぃ先生が!?」
素っ頓狂な叫びを上げたのはジョミー君。私たちもビックリ仰天でしたが、会長さんは可笑しそうに。
「ハーレイ、まりぃ先生は元々サイオンの因子があったし、プロジェクトとは別件だよ」
「…そ、そう言えばそうだったな…」
「それとも言いたくてたまらなかった? だって絶叫したのがアレだもんねえ?」
「う、うむ……」
なにやら赤くなっている教頭先生。いったい何があったのでしょう? まりぃ先生は最近サイオンに目覚めたらしくて、バレンタインデー前にイベント用のチョコレートを受け取りに戻って来たシャングリラ号に乗り込んだという話ですが…。
「ふふ、知りたい?」
会長さんの赤い瞳が悪戯っ子のように煌めいています。こういう時は知りたくなくても勝手に喋るのが会長さんで、案の定…。
「まりぃ先生のサイオンはね……思念波もイマイチ危ういレベル。だけど目覚めてしまったからには早めに対応しなくっちゃ。シャングリラ学園の教師でなければ一年くらいは放置しといてもいいんだけどさ」
サイオンを持つ特別生の多い学校だけに、ある日突然サイオンが活性化したらマズイのだ、と会長さん。私たちが普通の一年生だった間は会長さんがサイオンをコントロールしてくれていましたけれど、そのコントロールを解かれた時に押し寄せてきた雑多な『心の声』は今もハッキリ覚えています。あの時は気分が悪くなりましたっけ…。
「保健室の先生が気分が悪くなっていたんじゃ話にならない。とにかく現状を把握して貰って、コントロールとかは後でゆっくりと…ね。ちょうどシャングリラ号が戻る時期だったし、チョコレートを運ぶついでにちょっと」
チョコレートとはクルーの人たちのバレンタインデー用に特別に調達されるもの。地上勤務のクルーの人たちが注文に応じて買いに走って、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動で衛星軌道上のシャングリラ号まで届けてみたり、輸送用のシャトルで運んだり。まりぃ先生がシャングリラ号に行ったんですから、今年はシャトルだったのでしょう。
「…それでさ、シャングリラ号で宇宙に出ても、まりぃ先生は特にビックリしなかった。映画みたいだって大喜びではしゃいでたけど、ハーレイに連れられて青の間に来た時に叫んだんだ。あらまあ、あなたがソルジャーだったの! って」
そりゃまあ、普通は驚きますよね。会長さんがソルジャーだなんて、私たちだって俄かには信じられなかったんですから。…でも、これが教頭先生が赤くなるような叫び声だとは思えませんが…? ジョミー君たちも首を傾げています。会長さんはクスクスと笑い、教頭先生をチラリと眺めて。
「まりぃ先生はハーレイとぼくを何度も見てから絶叫したのさ、両手で頬を押さえてね。内容はこう。…どうしましょう、私、ソルジャーとキャプテンを冒涜しまくっていたんだわ!!!」
「「「………」」」
あちゃ~。冒涜の内容には嫌というほど心当たりがありました。まりぃ先生の趣味の妄想イラストです。ソルジャーとキャプテンで妄想しまくっていたなんて最悪ですよね、仲間としては。教頭先生が赤くなった理由はこれでしたか! …が、会長さんは更に続けて。
「まりぃ先生の凄い所はこの後だよ。ひとしきりパニクってたけど、立ち直るなりこう言った。私、これからも妄想しちゃっていいですか? ソルジャーとキャプテンですもの、もしかして実は深い仲でいらっしゃるとか、そういうこともありますわよねえ? 皆さんの手前、公にするのはまずいでしょうけど!」
教頭先生がグゥッと呻き、私たちは頭痛を覚えました。まりぃ先生、流石です。まだ思念波も満足に操れないレベルらしいですから、妄想を垂れ流すことはないでしょうけど……会長さんがソルジャーで教頭先生がキャプテンだと知っても妄想を止める気が全く無いとは天晴れとしか言えません。これからもきっと絶好調で突っ走りますよ…。

まりぃ先生がサイオンに目覚め、もうすぐ私たちのパパやママが「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手形で仲間に。サイオンを持つ人を増やそうと言うシャングリラ・プロジェクトが順調に進めば、いつかは会長さんのように何百年も歳を取らずに生きている人が殆どになるってことでしょうか? それってホントに理想郷…。私たちがそう話し合っていると、会長さんが。
「シャングリラ学園を創った時には、ぼくたちのための理想郷って意味だった。シャングリラ号が出来た頃でも同じかな。でも、ぼくは前から思っていたんだ。この世界そのものをシャングリラに…理想郷に出来たらいいな、って。だからシャングリラ・プロジェクトなのさ。学校の名前や船の名前とは関係なく…ね」
そうだったのか、と私たちは会長さんの話に聞き入りました。教頭先生も頷いています。
「ぼくの願いはこの地球に住む人全部を仲間にすること。…そして一歩ずつ着実に進んでいると信じてる。シロエが行きたかったネバーランドは基本的に子供の国だよね。でもシャングリラはそうじゃない。ネバーランドよりも素晴らしい世界になるさ」
「そうですよね…」
凄いです、とシロエ君が相槌を打った所で教頭先生が不思議そうに。
「…ネバーランド? そんなのに行きたかったのか?」
「あ! わわっ、今の、聞かなかったことにして下さいよ~!」
「ほほう…。そう言われると気になるな。ネバーランドが何故悪いのだ?」
子供らしくていいじゃないか、と教頭先生が突っ込んだからたまりません。シロエ君がネバーランドに行くための体力作りに柔道を始めたことが明るみに出るまでに時間はさほど必要無くて…。
「……だから嫌だったんですよ……」
一生ネタにされそうです、と膨れっ面のシロエ君。教頭先生は「そう言うな」とシロエ君の肩を叩いて。
「動機はどうあれ、お前の技は立派なものだ。機械工学の方も頑張っているのだろう? 文武両道はいいことだぞ。そう言えばキースもそうだったな」
「…俺の未来は決まってますから…。親父がサイオンを持つようになっても、俺は坊主にされるんですよ。…もういいです。仏弟子としてシャングリラへの道をサポートさせて頂きますよ」
キース君の愚痴にサム君が。
「それって西方極楽浄土って言わないか? 死んじまったら別の理想郷だぜ」
「…お前に言われると堪えるな…。順調に仏の道を歩みやがって!」
お前が坊主になってしまえ、と毎度のパターンで始まる口論。ある意味とても賑やかですし、打ち上げパーティーらしいのですが…。そんなドサクサに紛れて教頭先生が会長さんに水を向けました。
「ブルー、シャングリラもいいが、私にもこう……お裾分けはしてもらえるのか?」
「は?」
キョトンとしている会長さんに教頭先生はモジモジしながら。
「そのぅ……理想郷と言えば幸せに暮らせる場所だろう? 私も幸せが欲しいのだが…」
「パーティーに呼んであげたじゃないか。これ以上、何を要求するのさ?」
厚かましいよ、とけんもほろろな会長さん。けれど教頭先生は引き下がらずに…。
「ホワイトデーだ」
「「「えぇっ!?」」」
何を言い出すんですか、教頭先生!? バレンタインデーに会長さんに手編みのセーターをプレゼントしたのは知ってますけど、あんなのでお返しが貰えるとでも…?
「…なるほどねえ…」
会長さんは深い溜息をついて。
「あのセーターに見合うお返しが欲しいってわけだ。つまり心のこもったモノが…ね」
「いや、そこまでは言わないが…」
「言っているのと同じだよ。つまりホワイトデーに幸せになれるプレゼントを贈ってくれ、と言いたいんだろう? 分かったよ、今から考えておく」
「本当か?」
喜色満面の教頭先生。
「繰り上げホワイトデーにくれるんだな? 今年も卒業式の三日前だぞ」
「そうなんだ? 正式発表はまだだったよね。…聞いちゃったからには仕方がない。シャングリラに相応しいものをプレゼントできるよう努力するさ」
「すまんな…。その代わり、シャングリラ・プロジェクトの方は任せてくれ。物資の補給準備も順調だ。お前はいつものようにソルジャーとして青の間にいてくれるだけでいい」
「当然だろ? ぼくは船の航行には一切関係ないからね。今回は大事なお客様を大勢乗せて飛び立つんだから、念入りに用意してもらわないと」
ね? と言われて私たちは返事に困りましたが、パパやママがお世話になる船です。教頭先生ならぬキャプテンにはきちんとお願いしなくては…。
「教頭先生、親父とおふくろをどうかよろしくお願いします!」
キース君が個室の畳に正座して礼をし、私たちも慌てて続きました。教頭先生のお金で御馳走になっておいて『お願い』というのも変ですけども、シャングリラ号のキャプテンは教頭先生。パパやママが仲間になれるシャングリラ・プロジェクトと今日のお会計、くれぐれもよろしくお願いします~!



バレンタインデーもなんとか無事に終わって、残る三学期の行事と言えば期末試験と繰り上げホワイトデーくらい。繰り上げホワイトデーはバレンタインデーを派手に行うシャングリラ学園ならではの年中行事で、本物のホワイトデーまでに卒業してしまう三年生のために前倒しで実施されるのでした。
「えっと…今年は普通に卒業式?」
ジョミー君がそう尋ねたのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。テーブルの上には焼きたての温かいチョコレート・スフレ。会長さんが自分のスフレをスプーンで口に運びながら。
「普通に…ってどういう意味だい?」
「今年は特別に卒業する人、いないのかなぁ…って。修学旅行も無かったし」
シャングリラ学園ではサイオンの因子を持った生徒は入学してから一年で卒業することに決まっていました。私たちも一年だけで一旦卒業、それ以後は特別生として学校に戻ってきた口です。アルトちゃんとrちゃんも特別生ですが、私たちと同じ年に入学して一年留年していたために卒業は去年。そんな風に本来の修学旅行まで在校できない生徒が出ると1年生で修学旅行をするのがシャングリラ学園独自のルールで…。
「ああ、1年生の修学旅行か」
無かったね、と会長さん。
「君たちも知っているだろう? 今年は因子を持った生徒は一人も入ってこなかった。途中で目覚めた生徒もいない。だから卒業式は三年生だけが対象なのさ。…三年生といえば今年の三年生は得をしたよね、修学旅行が二回あったし」
会長さんが言うとおり、私たちの最初の同級生だった今の三年生は二度目の修学旅行をしていました。一年生で修学旅行を済ませたのでは寂しいですし、一般の学校と同じタイミングで正式な修学旅行があったのです。えっ、二回も修学旅行をしたら保護者の負担が大変だ…って? その心配はありません。一年生での修学旅行は特別なので費用の大半は学校が出してくれるのですから。
「そっかぁ…。行ってたよねえ、修学旅行」
羨ましいな、とジョミー君は言ってますけど、修学旅行を二回よりかはシャングリラ号で進路相談会を受けた私たちの方がお得なのではないでしょうか。特別生として一年生のままで学校に居座れますし、会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」と楽しく遊んでられますし…。
「修学旅行をしたかったのかい? 一度は行ったんだからいいじゃないか。それより、今度の週末は空いてるかな? ジョミーだけじゃなくて全員だけど」
「「「週末?」」」
会長さんの問いに首を傾げる私たち。週末に何かあるのでしょうか?
「ぼくの家に泊まりにおいでよ、二度目の修学旅行に呼ばれなかった埋め合わせってわけではないけどね」
「えっ、ホント?」
行く、行く! とジョミー君が歓声を上げ、私たちも大賛成。どうせ土日は暇なのですし、お泊まり会なら大歓迎です。
「じゃあ、決まり。御馳走を用意しておくからさ」
「かみお~ん♪ 待ってるね!」
食べたいものがあったら注文してね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も嬉しそう。私たちはここぞとばかりに注文しまくり、会長さんがメモを取り…。今度の週末は御馳走三昧できそうですよ~!

土曜日のお昼前、私たちは待ち合わせをして会長さんのマンションに向かいました。最上階のお部屋に入ると美味しそうな匂いが漂ってきます。お昼御飯は中華点心にフカひれスープと決めてましたし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が腕を揮ってくれたのでしょう。
「やあ。ぶるぅが食べ切れないほど作っているよ。もちろんデザートも中華風で」
ダイニングへどうぞ、と会長さんに言われて扉をくぐればテーブル一杯にお皿や蒸籠が並んでいます。小籠包に粽、餃子にシュウマイ…。お泊まり会に来て良かったぁ!
「かみお~ん♪ いっぱい食べてね! 晩御飯はエスニック料理でまとめてみたよ」
みんなが色々注文したから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ顔。私たちは大喜びでテーブルにつき、お腹一杯になるまで食べて…食後はリビングでゲームに雑談と盛り上がりまくり。もちろん夕食も大満足で…。
「美味しかった~」
ぶるぅ最高、とジョミー君が褒めています。
「ママの料理も美味しいけれど、こんなに作ってくれないしね。あ、量じゃなくって種類の方」
「それはよかった」
会長さんが微笑みました。
「みんなも喜んでくれてるようだし、御馳走をした甲斐があるよ。…ところで、今からちょっと出掛けたいんだ。外は寒いから用意して」
「「「え?」」」
「だから君たちも出掛けるんだよ。風邪を引いたら大変だしね、ちゃんと上着を着てくること」
「…何処へ行くんだ?」
キース君が尋ねましたが、会長さんは「来れば分かる」と言うだけです。
「時間的にはそろそろいいだろ、食後の運動にもなりそうだから」
「「「運動?」」」
「そこまでハードじゃないけどね。…とにかく暖かい服を着ておいで」
有無を言わさぬ口調に私たちはゲストルームで外出の支度。いったい何処へ行くんでしょう? 上着を着込み、手袋も嵌めてリビングに戻ると会長さんもちゃんとコートを着ています。
「うん、全員準備オッケーだね。それじゃこれを…」
はい、とシロエ君に手渡されたのはノートと筆記用具でした。ジョミー君はメジャーを持たされ、キース君が持たされたものは梯子です。
「……おい……」
梯子を抱えたキース君が不信感丸出しの瞳で会長さんを睨み付けて。
「こんなものを持ってどうしろと! 抱えて歩けと言うのか、これを!」
「平気、平気。歩くだなんて言ってないだろ、出掛けるだけだよ」
会長さんは涼しい顔です。
「だから何処へ!!」
「すぐに分かるさ。ぶるぅ!!」
「かみお~ん♪」
パアッと迸る会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の青いサイオン。私たちの身体はフワリと浮いて瞬間移動をしていました。下り立った先は真っ暗闇です。ん? そうでもないかな、ちゃんと灯りが…。
「はい、到着」
「「「???」」」
キョロキョロと見回した私たちの目に映ったものは黒々と聳え立つシャングリラ学園の校舎でした。点在している灯りの中で雪がチラホラ舞っています。こんな時間には誰もいないらしく、校舎の窓は真っ暗ですが…。
「さてと。警備員さんの巡回時間はもっと後だし、今の内だよ。さっさと用事を済ませよう」
会長さんが指差したのは校長先生の大きな銅像。
「あれに梯子を架けるんだよ。登るのはジョミーが身軽でいいかな、それともキースが登るかい?」
「「「は?」」」
誰もが意味を掴みかねている中、会長さんはジョミー君が持っていたメジャーを手に取ると…。
「像のサイズを測るのさ。身長に胴回り、腕回り。もちろん手足の長さも重要。…シロエ、君が必要だと思う部分を測って貰うよう言いたまえ」
「ぼくがですか?」
「そう。卒業式にはこの銅像が変身すると教えた筈だよ、去年にね。その時に言ったと思うけど? 次からは君に頑張ってもらうから、って」
「「「あ…」」」
今まですっかり忘れていました。去年、卒業式の前夜に会長さんに呼ばれたのです。眠い目を擦りながら瞬間移動でやって来たシャングリラ学園では、数学同好会のメンバーが校長先生の銅像を創立者坊主とかいうモノに変身させる作業の真っ最中で…。
「思い出した?」
ニッコリ笑う会長さん。
「今年、特別に卒業する生徒はいないけど…。誰もいなくても校長先生の像は変身するのが伝統なのさ。これをまるっと変身させるのに必要なデータは何と何か。ちゃんと計測してノートに書くこと。分かったかい、シロエ?」
「は、はいっ!」
分かりました、と最敬礼したシロエ君は少し考え込んでからテキパキと指示を出し始めました。キース君が梯子を立て掛けて支え、ジョミー君がメジャーで像を測っていきます。冷え込む中で冷たい銅像を測るのは如何にも寒そうな仕事ですけど、お役目とあらば仕方ないですよね…。

「うひゃ~、寒かったぁ~…」
凍えそうだよ、と震えているジョミー君に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がホットココアを差し出します。シロエ君とキース君も熱いコーヒーが入ったカップで両手を温めている最中でした。銅像の計測を済ませて会長さんの家に戻って来たんですけど、最後の方は雪が激しくなっていたので大変で…。
「ブルー、なんでシールドしてくれないのさ!」
不満たらたらのジョミー君。
「みゆとスウェナだけシールドしといて、なんでぼくたちは雪の中? おかげで濡れたし、寒かったし! 銅像だって冷たかったし!」
「冷えは女性の大敵だからね。君たちまで守る義務なんか無いよ。必要だったら自分でシールドすればいい」
「出来っこないって知ってるくせに…」
ブツブツと文句を言い続けているジョミー君ですが、会長さんには勝てません。男の子たちは濡れた服を脱いでパジャマに着替え、人心地ついてきたところで…。
「シロエ」
会長さんが改まった口調で言いました。
「どんな感じかな、あの銅像は? ちゃんと変身させられそうかい?」
「そうですね…。データは一応取れていますし、多分なんとかなるんじゃないかと…。何にするかにもよりますけれど、実物大の模型を作ればやりやすいかもしれません」
ノートに書き込んだスケッチや数字を覗き込みながら答えるシロエ君。会長さんは満足そうに頷き、「ぶるぅ」と声をかけました。
「あれ、持ってきてくれるかな? その辺でいいよ」
「オッケー!」
次の瞬間、リビングの中央に出現したのは例の銅像のはりぼてでした。実物大なのは一目瞭然。
「ちょ…」
キース君が息を飲んで。
「これがあるなら、なんで測りに行ったんだ! これさえあれば十分じゃないか!」
「甘いね。これはぼくが変身させてた時に使ったヤツで、ぼくが作った。二度手間は時間のロスになるから貸し出すけれど、採寸くらいは自分たちでしてもらわないことには有難味がない」
「「「………」」」
反論するだけ無駄ということは分かっています。会長さんは前からこういう人ですし…。溜息をつく私たちを他所に、会長さんは。
「模型はこれで間に合うだろう。…今年は君たちの初作業だから、テーマは君たちに任せるよ。ただ、目からビームは外せない。去年パスカルがやっていたから、目からビームは絶対やりたい」
「…ついでにお数珠パンチもですか?」
ありましたよね、とシロエ君が確認すると。
「お数珠パンチは罰あたりだから要らないよ。…他の何かで代用できるなら欲しいけどさ」
「目からビームとパンチですね…。技術的には可能ですけど、何に変身させるんですか」
「君たちに任せるって言っただろう? 思い付かないなら、あれはどうかな。君のお父さんが凝ってるヤツ」
「えぇっ!?」
シロエ君の声が引っくり返り、私たちは首を捻りました。シロエ君のお父さんには何度か会っていますが、趣味は全く知りません。銅像を変身させるのに最適な何かに凝っているって……それって何?

アルテメシア大学付属の機械工学研究所。シロエ君のお父さんはそこの所長で大学教授もしています。笑顔が優しい太り気味のパパですけども、そのお父さんの意外な趣味とは…。
「「「プラモデル!?」」」
「ええ…。ひらたく言えばそうですけども…」
口ごもっているシロエ君。プラモデルも種類が多いですから、何か特殊なジャンルでしょうか? 会長さんがクスクスと笑い、「白状したら?」とけしかけました。
「あれが好きな人はけっこう多いよ、問題ないと思うけどな」
「で、でも…。そりゃあ、大学の研究室にも幾つも飾っていますけれども、思いっきり…」
「オタク趣味?」
ズバッと指摘した会長さんにシロエ君はグッと詰まって。
「…お、オタクって…! そこまでハッキリ言わなくっても…!」
「言いにくそうだから言ってあげた。初代から揃えて飾ってるだろ、凝り性だよね。どうだろう、みんな? 今年のテーマはモビルスーツで」
「「「モビルスーツ!?」」」
今度こそ誰もが仰天しました。モビルスーツと言えばガンダム。卒業式でスウェナちゃんが仮装させられた『赤い彗星のシャア』が出てくる有名なシリーズもののアニメで、それのプラモデルということは…。シロエ君のお父さんはいわゆるガンプラに凝っていたのです。
「…父にはロマンらしいんですよ。いつか本物を作ってやるって言ってますけど、どうなることやら…」
それで機械工学なのか、と思わず納得しそうでした。シロエ君の趣味の機械いじりはお父さん譲りみたいですけど、モビルスーツも…?
「ぼくはモビルスーツを作ろうだなんて思いませんね。シャングリラ号なんかを見ちゃった日には、ぼくの趣味はホントに子供のお遊びで…。でも目からビームはやり遂げますから!」
パスカル先輩には負けられません、とシロエ君は燃えていました。
「携帯電話で操作するのもやってみます。あれって格好よさそうですし!」
「頼もしいね。どうせなら初代のヤツにしようよ、それともシャア専用のザクがいい?」
会長さんの合いの手に「初代にします」と応じるシロエ君。
「やっぱり初代が基本ですよ! お数珠パンチはビームサーベルで代用しましょう、花火くらいは打ち上げられます」
「「「………」」」
初代が基本だなんて言い切る辺りは十分お父さんに毒されている気もしましたけれど、私たちは何も言いませんでした。今年の卒業式では校長先生の像が初代ガンダムに変身です。製作するのはシロエ君ですし、私たちは関係ないですよね? と、思ったのですが…。
「作るのはシロエの仕事だけれど、実装するのは君たちだから。卒業式の前夜には集まってもらうよ、作業をしに」
梯子を持ったり色々と…、と当然のように言う会長さん。そっか、やっぱり関係あるのか…。会長さんはシロエ君に作業場所があるのかを尋ね、シロエ君は「大丈夫です」と答えました。
「いつもガレージで機械いじりをやってますしね。実際にはガレージの二階ですけど…。半分が父のガンプラ部屋で、半分がぼく専用の作業部屋です」
ガンプラ部屋と言うからには展示スペースだと思いましたが、展示スペースは別にあるのだそうです。ガレージの二階はあくまで組み立て専門なのだとか。ガンプラ専用の部屋の隣で初代ガンダム仕様のアイテム作りをするというのがディープですけど、お父さんが知ったら、きっと手伝いをしたいでしょうねえ…。私たちがそう話していると。
「父には手出しも口出しもさせませんよ! この仕事はぼくがやり遂げるんです!」
プロの力は借りられません、と
シロエ君は言い切りました。プライドの高さは流石です。私たちは思わず拍手し、こうして今回のお泊まり会の目的は果たされたのでした。会長さんったら最初から言ってくれない所が相変わらず人が悪いんですけど…。

「ところでさ…」
夜食にと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ってくれた豚骨ラーメンを啜っていると会長さんが口を開きました。
「シロエは機械いじりと柔道、どっちの方が好きなのかな? 両極端な趣味だよね」
「会長なら知っているんじゃないですか? 父の趣味も知っていたでしょう」
「まあね。だけど他のみんなは知りようがないと思うんだ。…サイオンも未だに不完全だし、君の心は読めないよ」
「それはそうですけど…」
シロエ君は私たちをぐるりと見渡して。
「やっぱり言わなきゃダメですか? 言わなかったら会長が全部喋っちゃうとか?」
「…ブルーでなくても俺は前から知っているぞ」
そう言ったのはキース君です。
「柔道の方が後付けだよな。で、柔道を始めた理由は…」
「わーっ!! 喋ります、喋りますから先輩も会長も脚色しないで下さいよ~!」
それだけは勘弁して下さい、とシロエ君は真っ青でした。よほどユニークな動機なんでしょうか? 脚色されたら困るくらいに…? 私たちが首を傾げていると、シロエ君は諦めたように。
「…これを話すと笑われちゃうと思うんですけど、会長とか先輩とかから話をされると妙な尾ひれがつきそうで…。
あのですね、ぼくが柔道を始めた理由は体力作りだったんです」
「それの何処が変なのさ?」
おかしくないよ、とジョミー君。
「機械いじりばかりしてると閉じこもりがちになっちゃうし…。適度な運動って必要じゃないか」
「…それはそうなんですけれど…。でも、子供の頃のぼくは運動ってヤツが大の苦手で、運動よりかは読書でした。そこを母に逆手に取られちゃって」
「「「は?」」」
説得するなら分かりますけど、逆手って…なに? シロエ君は大きな溜息を吐き出しました。
「ネバーランドって知ってます? ピーターパンに出てくるヤツ」
「知ってるわよ?」
夢の国よね、とスウェナちゃんが言い、マツカ君が。
「年を取らない国でしたっけ? ピーターパンが連れてってくれる…」
「そう、そのネバーランドですよ。…ぼく、小さい頃は絶対いつかネバーランドに行きたいなぁ…って思ってて…」
え。シロエ君がネバーランドに行きたかった? なんだかかなり意外な気が…。って言うか、あんまり似合わないような気が! みんなも顔を見合わせています。
「ほら、やっぱり…。若気の至りって言うんでしょうか、ぼくも忘れたい過去なんです」
「ネバーランド、いいじゃねえかよ。憧れるものは人それぞれだぜ」
子供だしな、とサム君が笑い飛ばしましたが、シロエ君は大真面目な顔で。
「ぼくは真剣だったんですよ。で、運動嫌いを心配した母がこう言ったんです。…ネバーランドに行きたいんなら体力作りが大切よ、って」
「「「はあ?」」」
ピーターパンが迎えに来てくれる夢の国に行くのに体力作りが何故に必要?
「要るんだよな、体力が? なあ、シロエ?」
覚えているぜ、とキース君がニヤリと笑みを浮かべました。
「俺と同じ道場に入って来た頃、毎日のように言ってたもんなあ」
「先輩は黙ってて下さいよっ!」
一喝したシロエ君はグッと拳を握り締めて。
「二つ目の角を右へ曲がって、あとは朝までずーっと真っ直ぐ。そうやって行くんですよ、ネバーランドへは」
「そうだっけ?」
覚えてないや、とジョミー君。私も覚えていませんでした。他のみんなも同じみたい。けれどシロエ君は…。
「とにかく今ので合ってるんです! だから母に説得されたんですよ、朝までずーっと真っ直ぐ行くには体力と根性が必要だって!」
それで柔道だったんですか! 私たちはプッと吹き出し、シロエ君には悪いと思いつつ涙を浮かべて笑い転げました。シロエ君とキース君に柔道部に引きずり込まれたマツカ君まで笑っています。あまりにも凄い動機ですけど、シロエ君の柔道の腕前は今や大したものなのですから、ネバーランドでもいいですよねえ?

散々笑った後で我に返ると、膨れっ面のシロエ君が据わった瞳で怒り心頭。
「先輩か会長にバラされた方がマシでしたね。…自分で言っても結果は変わりませんでしたもんね」
「子供の頃の失敗なんて誰でもあるって!」
キースにだって、とジョミー君が指差しました。
「坊主頭が嫌になったのって子供時代が切っ掛けだよね。剃ったら似合わなかった、って」
「…それはシロエがバラしたんだっけな」
「わわっ、先輩、もうこれ以上はナシですよ! このまま続けば泥仕合です」
「……不本意ながら確かにな……」
長い付き合いのキース君とシロエ君には互いに握り合っている弱みってヤツが掃いて捨てるほどあるようでした。全部聞きたい気もしますけど、それはやっぱりダメですよね…? 好奇心の塊と化した私たちに会長さんがクスッと笑って。
「それくらいで許してやりたまえ。ぼくが言いたかったのはシロエの趣味の話ではなくて、ネバーランドの方なんだから」
「ちょ…。会長も止めて下さいよ!」
古傷を抉られまくりなんです、とシロエ君の泣きが入りましたが。
「君の話をするとは言わなかったよ。ぼくが言うのはネバーランド」
「ですから、ネバーランドはもう言わないで下さいってば…!」
「いいのかい? 朝までずーっと真っ直ぐ行く必要のないネバーランドの話をしようと思ったのに。それも君だけの話じゃなくて、ここにいる全員に関係があると思うんだけどな」
「「「え?」」」
私たちとネバーランドにいったいどういう関係があると? しかも会長さんは行き方を知っているみたいです。もしかして本当に存在しますか、ネバーランド? シャングリラ号でワープをすれば入れちゃったりするのでしょうか?
「…シャングリラ号は関係があるね」
誰かの疑問を読み取ったらしい会長さんが唇に笑みを浮かべました。
「君たちは特別生になって二年目を終えようとしているけれど、これから先はどうするんだい? 一緒の時に入学してきた生徒たちはもう卒業だ。そりゃあ…特別生には百年以上在籍している生徒もいるから、何年いたって問題は無い。でも、君たちの御両親は?」
「「「???」」」
「シロエのお父さんも勿論だけど、アドス和尚もジョミーやサムたちのお父さんもお母さんも…今はいいけど、この先は? みんな普通の人間だよね」
「「「あ………」」」
それは心の底の何処かに誰もが抱えていた疑問。学費の要らない特別生になって楽しく遊び暮らしている間にも時間は流れているのです。私たちは年を取りませんけど、サイオンを持たないパパやママたちはどうなるんでしょう? 今は毎日家で迎えてくれてますけど、その内にきっと…。
「そう、このままではいつか君たちの御両親はいなくなる。寮に入っている特別生には両親を亡くした人も多いんだ」
「やっぱり……そうなんだ……」
ジョミー君の声が掠れました。
「ひょっとしたら、って思ってたけど、パパもママも…いなくなるんだ…。そしたら、ぼくも寮に入るの? みんなも一人ぼっちになるの…?」
「そうなるね」
会長さんの言葉に私たちは声を失い、一様に黙り込んだのですが。
「…君たちは大切なことを忘れてないかい? キースも、サムも…それからスウェナも」
「かみお~ん♪」
忘れちゃった? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が差し上げたのは右手でした。
「ぼくの手形を押してあげればサイオンを持てるよ、みんなのパパも! もちろんママも大丈夫! ね、ブルー?」
「そういうこと。普通の人間だったキースたちがサイオンを使えるようになったのと同じで、君たちの御両親にもサイオンを持ってもらえば問題ないのさ。…君たちが置いて行かれることもなくなる」
「それって…。だからネバーランドって言ったんですか?」
シロエ君の問いに会長さんは大きく頷き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を撫でて。
「本当の名前はシャングリラ・プロジェクトと言うんだけどね。どうせなら笑い話とセットの方がインパクトがあっていいかなぁ…って。少しずつ仲間を増やしていくための計画の一部。サイオンに目覚めた生徒の身内にサイオンに理解のある人がいれば、仲間になって貰うんだ」
特別生の血縁者という縁で仲間になった人は少なくない、と会長さんは言いました。政財界にまで仲間が食い込んでいる理由の一つはそれだそうです。ネバーランド転じてシャングリラ・プロジェクト。凄い展開になってきましたけれど、これから一体どうなるんですか…?

 

 

 

 

シャングリラ学園での入試期間中、私たちはお休みでした。会長さんやフィシスさんが入試対策グッズを販売するのを手伝おうかと思ったのですが、人手は足りているのだそうです。あまり人数が多すぎても有難味が無いのでリオさんを含めて三人いれば十分だとか。試験問題も合格ストラップも飛ぶように売れた、と会長さんから聞かされたのは入試が済んだ後のこと。
「今年もストラップが人気だったよ。パンドラの箱もそこそこ売れたね」
格安だから、と会長さん。
「だけど箱から出てくる注文を全部こなそうって人はいなかった。そうだよね、ぶるぅ?」
「うん…。タコ焼きは貰えたんだけど、アイスキャンデーはダメだったんだ」
俯いている「そるじゃぁ・ぶるぅ」はアイスキャンデーが大好きですが、いくら奇跡が起こる可能性があると言われても注文通りに全種類を買えば財布に優しくないわけで…。そう、『パンドラの箱』というのは私が入試でお世話になったグッズでした。中から出てくる注文メモに書かれたことを全てこなせば補欠合格できるという…。
「残念だったよ、色々と知恵を絞ったのにさ」
つまらない、と会長さんが指折り数えているのはパンドラの箱に入れようとしていた注文メモのアイデアでした。買った人には「そるじゃぁ・ぶるぅ」の欲望が詰まったメモが出てくると説明するんですけど、実の所は会長さんが指示して書かせているのです。悪戯心満載のメモに踊らされている挑戦者を見るのが楽しみだなんて悪趣味ですよね…。
「それじゃ今年もパンドラの箱の奇跡は該当者無しというわけか…」
キース君が溜息をつき、ジョミー君が。
「みゆはパンドラの箱で補欠合格したんだよね? 凄いや、それって勇者って言わない?」
「言わないでよう…。どっちかと言えば忘れておいて欲しいんだけど!」
「無理無理! 最後は男湯に突撃したって聞いたもんな」
凄すぎる、とサム君が笑いを堪えています。あーあ、もしかして一生言われるんでしょうか、あの話。「この箱を男湯の脱衣場に置いてね」というのが最後の注文メモでしたけど、パパのコートを借りて帽子とサングラス、マスクで顔を隠して男湯の暖簾をくぐった悲しい思い出…。でも。
「みゆは頑張ってくれたんだもん、苛めないでよ!」
笑いの連鎖を止めたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」でした。
「考えたのはブルーだけれど、お風呂に行ったのはぼくだもん! あそこの銭湯、気に入ってるし!」
いろんなタイプのお風呂が沢山…と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は楽しそうです。会長さんと一緒に時々通っているらしくって、アヒルちゃんのお風呂グッズも揃えていると自慢しました。
「それでね、今年もメモに書いたんだけど…誰も連れてってくれなかったんだ。仕方ないからブルーと行った。そうだよね?」
「まあね。合格グッズを売り捌くのはハードだからさ、疲れを取るにはお風呂が一番! エステなんかもいいんだけれど、今はハーレイを呼びたくないし…。フィシスと一緒にスパって気分でもなかったからね」
「…ああ……。教頭先生な…」
あれからどうなっているんだろう、と遠い目をするキース君。試験問題のコピーをゲットしようとしていた矢先にソルジャーが飛び込んできて妙な話になってしまったのが随分昔に思えました。教頭先生がバレンタインデーに会長さんを喜ばせることが出来たら、会長さんかソルジャーがバニーちゃんの衣装を着て見せる、という…。
「どうなってるかなんて知りたくもないよ」
会長さんはプイと顔を背けて。
「考えてみたら、バレンタインデーにハーレイに会いさえしなけりゃ済む話なんだ。会わなきゃプレゼントを貰うこともないし、ゴタゴタが起こることもない」
「宅配便って手もあるぞ?」
キース君の鋭い突っ込みにフンと鼻先で笑う会長さん。
「ハンコを押さなきゃいいんだよ。いわゆる受け取り拒否ってヤツ。…その前に家に帰らなければ不在扱いで済むかもね。バレンタインデーは夜まで此処にいるっていうのも一つの手だよ」
教師は此処に来ないから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の安全性を説く会長さんは開き直ったようでした。確かに教頭先生と顔を合わさず、プレゼントも一切受け取らなければソルジャーの案は無効です。そういうわけでバレンタインデー当日は私たちも夜まで会長さんにお付き合いして立て籠もることになりました。
「日付が変わるまでは安心できないし、遅くなるからぼくの家に泊まってくれればいいよ。荷物は先に瞬間移動で運んであげよう」
「かみお~ん♪ お部屋も用意しとくね!」
お客様だあ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びです。バレンタインデーさえ無事に過ぎればいつもの楽しいお泊まり会! 教頭先生が何を考えているのか分かりませんが、なんとか逃げ切れますように…。

温室の噴水がチョコレートの滝に変身を遂げ、休み時間には生徒が集まってミカンやバナナをコーティング。この風景もすっかりお馴染みになりました。バレンタインデーに向けて盛り上がる中、チョコを貰えないかもしれない男子生徒が義理チョコを確保するためにチョコレート保険の集金をするのも年中行事。なにしろチョコのやりとりをしない生徒は礼法室で説教ですから…。
そして迎えたバレンタインデー当日、会長さんはしごく当然のように「そるじゃぁ・ぶるぅ」をお供に連れてチョコを貰いに学校中を回っています。授業が始まる前に特別に設けられた時間枠なので先生方は出て来ません。従って教頭先生に出くわす心配もなく、シャングリラ・ジゴロ・ブルーは悠々と全部のクラスを回って…。
「やあ。遅くなってごめん。やっぱり自分のクラスは一番長く時間を取りたいからね」
だから最後にしたんだよ、と1年A組に姿を現した会長さんにクラス中の女子が湧き立ちました。次々に差し出される本命チョコを「そるじゃぁ・ぶるぅ」に持たせた袋に入れてゆく会長さん。今年は私とスウェナちゃん、アルトちゃん、rちゃんのチョコも鞄ではなくて袋の中へ…。これって特別扱いはやめましたって意味でしょうか?
『違うよ、中で仕分けしている。アルトさんたちも特別生になったことだし、堂々と特別扱いし続けるのもどうかと思って…』
愛人だという噂が立つと困るしね、との会長さんの思念にアルトちゃんたちが頬を赤らめています。そっか、今のはアルトちゃんたちにも届いたんだ…。
『ふふ、思念波はみんな平等に。…ジョミーたちにも聞こえた筈さ』
なるほど、ジョミー君たちが会長さんを睨んでいました。日頃の所業を責めているといった所でしょうが、会長さんは気にしていません。チョコを集め終わった会長さんは女子全員に笑顔を振り撒きながら平然と出て行ってしまいました。入れ替わりにグレイブ先生が来て、朝のホームルームが始まって…。退屈な一日の授業が済むと、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ一直線です。
「教頭先生は来たか!?」
飛び込むなりの第一声はキース君でした。会長さんはソファに腰掛け、のんびりと…。
「来るわけないだろ、ここはぶるぅの部屋なんだから。君たちも座ってお茶にしたまえ、ザッハトルテにガトー・ショコラに…。色々あるんだ、チョコレート尽くし」
飽きたら他のお菓子もあるよ、と会長さんは余裕綽々。ジョミー君たちが貰ったチョコを瞬間移動でそれぞれの家に送り届けたり気配り万全、立て籠もっているという事実を除けば普段と全く変わりません。
「君たちの荷物もぼくの家に運んでおいたから。今日は夜までここで過ごすし、夕食は軽く済ませて、ぼくの家で夜食も兼ねてしっかり食べるということでいい?」
「うん、いいけど」
ジョミー君が即答し、私たちも頷きました。軽くと言っても「そるじゃぁ・ぶるぅ」がいるのですからオムライスくらいは出てくるのでしょう。しかし…この部屋で日付が変わるまでとは、私たちだって初めてです。ちょっとドキドキしてるかも…? とはいえ、平和な時間が流れる間にそんな気持ちはすっかり忘れて、ふと気が付けば下校時刻はとっくに過ぎてしまっています。
「えっと…。まだ六時間以上あるんだよね?」
ジョミー君が壁の時計を眺めました。
「そうなるね。…そろそろお腹が空いてきたかな? ぶるぅ、パスタの用意を…」
そこまで言って会長さんが言葉を飲み込み、赤い瞳を見開いて…。
「嘘だろう!?」
「「「えっ?」」」
なんのこと、と問い返す前に壁を叩く音がコツコツと。
「…ブルー…? そこにいるんだろう? プレゼントを持って来たんだが…」
「「「!!!」」」
それは紛れもなく教頭先生の声でした。プレゼントって……プレゼントって、本気で用意してたんですか~! いえ、品物とは限りませんけど、ここまで押しかけてくるなんて…。
「まずい。逃げるよ、みんな! ぶるぅ、手伝って!」
「かみお~ん♪」
パァァッと青い光が走って私たちは宙に浮き、瞬間移動をしていました。下り立った先は会長さんの家のリビングです。なんで…なんで教頭先生が? でも、わざわざ逃亡するまでもなく、シールドを張れば逃げ切れるのでは…?

「……びっくりした……」
リビングのソファに腰を下ろした会長さんは心底驚いているようでした。
「なんでハーレイが押し掛けてくるのさ、ぼくが来るまで待ってりゃいいのに…」
「だから痺れを切らしたんだろ? あんたが姿を現さないから」
そうに決まっている、とキース君が指摘しました。
「教頭室でじっと待っている間に帰られてしまったら元も子も無い。それで様子を見に来たんだろう。特にシールドもしていなかったし、あんたがいるのは分かった筈だ」
「そりゃあ…シールドはしなかったけど、ぶるぅの部屋に来るなんて…。あのまま部屋ごとシールドするより逃げ出した方が安全だよね。まさか家までは来られないさ。前から散々脅してあるし、ゼルのバイクは懲り懲りだろう」
そっか、ここまで逃げてきたのは家の方が安心だからですか…。確かに「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋よりかは心のハードルが高そうです。なんと言っても会長さんのプライベートな場所なのですし、つまみ出されてゼル先生に通報されれば教頭先生にとっては大打撃。謹慎処分に市中引き回しと悲惨な末路は確実でした。
「教頭先生、プレゼントって何を届けに来たのかなぁ?」
緊張感の無いことを口にしたのはジョミー君です。
「手作りチョコかな、それとも買ったチョコレートとか? なんだか気になってしまうんだけど…。何だったの、ブルー?」
「知らないよ。見てもいないし、知るわけがない。…サイオンで知ろうって気にもならない」
「……それは残念」
冷たいねえ、という声が聞こえて紫のマントが翻りました。
「「「!!!」」」
「こんばんは。…お客様をお連れしたんだけども?」
ソルジャーの隣に立っているのはプレゼントの包みを抱えた教頭先生。いきなりリビングに飛び込まれたのでは安全地帯も意味無しです。なんだってこんな余計な事を…。いえ、だからこそのソルジャー、だからこそのトラブルメーカー…? ソルジャーはクスクスと笑い、教頭先生の肩を軽く叩いて。
「ほら、連れて来てあげたよ、ブルーに挨拶しなくっちゃ」
「あ、ああ…。ありがとうございます」
「どういたしまして。ぼくとしても自分の提案が無視されるのは悲しいからね、きちんとフォローしたまでさ。で、プレゼントは何なのかな?」
教頭先生が持っている包みにソルジャーは興味津々でした。
「君が何を用意するのか楽しみだったし、覗き見は一切していないんだよ。何が出てくるのかワクワクする」
「だからといって!」
なんでハーレイを連れてくるのさ、と柳眉を吊り上げる会長さん。けれどソルジャーは聞く耳を持たず、教頭先生を煽っています。
「ぼくがブルーは逃げ帰ったよ、って言ったら凄くしょげてたじゃないか。受け取ってくれるだけでも良かったのに…って。勇気を出して渡したまえ。…ブルーが満足するかはともかく、渡さなくっちゃ話にならない」
「…そ、そうですね…。そのぅ…なんだ、ブルー……これを受け取って貰えるだろうか?」
大きな身体を気の毒なほど縮こまらせて教頭先生が差し出した包みは、淡いブルーの紙に覆われ青いリボンがかかっていました。ロゴが見当たらない所をみると手作り品をラッピング? チョコにしては箱が嵩張り過ぎてる気もしますけど、焼き菓子とかならこんなものかな? 会長さんは手を出しもせず、シロエ君が。
「受け取ったら負けですよ、会長! 貰わないのが一番です!」
「そうだ、そうだ! 貰わなかったら気に入るも何もないんだもんな。やめとけよ、ブルー!」
サム君が止め、キース君も。
「突き返すんだ! …教頭先生には申し訳ないが、貰う筋合いはないってことで!」
「そうだよね…。というわけで、このプレゼントは受け取れないよ」
持って帰って、と会長さんは首を左右に振ったのですが、ソルジャーが。
「それは賛成できないな。ハーレイの心がこもったプレゼントなのに、開けもしないで返すって? 気に入るかどうか、中身だけでも見てあげた方がいいと思うけど? せっかくここまで連れて来たのに、ぼくの好意を無にする気かい?」
「無にするも何も、最初から君が勝手に決めたんじゃないか! ぼくはハーレイからのプレゼントなんて欲しくないのに、ぼくを満足させられたら…って!」
「うん、言った。…でもさ、ぼくはプレゼントが形のあるものかどうかは限定しないで言ったんだよね。極端な話、君をベッドで満足させてもオッケーじゃないかと思うんだけど? そこを普通のプレゼントで済ませてくれるだなんて、感謝しなくちゃ」
「…な…何を……君はいったい何を考えて…」
ワナワナと震える会長さんをソルジャーは涼しい顔で眺めて。
「別に? 君たちを見てると飽きないんだよね、つい、ちょっかいを出したくなる。…ちょっかいと言うよりおせっかいかな、少しでも進展するように…ってさ。さてと、ハーレイ。…君のプレゼントは何なんだい? チョコにしては箱が大きいけれど、どうやら手作りみたいだね」
「え、ええ…。そのぅ……頑張ったのですが……」
「ほらね、頑張って作ったらしいよ。気持ちだけでも受け取りたまえ、開けてあげるだけでいいんだからさ」
「…………」
ソルジャーはこうと決めたら譲らないのが分かっています。会長さんは深い溜息をつくと教頭先生が差し出す包みを受け取り、テーブルに置いて渋々リボンを解き始めました。
「…気に入ってくれるといいのだが…」
もじもじしている教頭先生。心なしか頬も赤いような…。プレゼントって何なのでしょう? 会長さんが包装紙を剥がし、箱の蓋を取った次の瞬間。
「「「!!!」」」
全員が石化しそうになりました。教頭先生、本当にこれを作ったんですか~!?

「…どうだろう、ブルー? お前の好みに合っていればいいのだが…」
「えっと…。頑張ったって聞こえたような気がするんだけど、ひょっとして、これをハーレイが…?」
信じられない、という面持ちで箱の中を指差す会長さん。教頭先生は「うむ」と頷き、恥ずかしそうに小さな声で。
「チョコレートを…とも思ったのだが、どうもありきたりな気がしてな…。私なりに色々調べたのだ。そしたら心のこもったプレゼントにはこういう物が一番だ…と」
「………。それって何処の情報なのさ? 自分でやってて馬鹿じゃないかと思わなかった?」
「いや。心をこめるとは正にこういう作業なのだな、と不思議なほどに納得したが。…お前が満足するかはともかく、私自身に悔いは無い」
「悔いは無いって言われてもねえ…」
会長さんが呆れたように箱の中身を取り出しました。それは手編みのアランセーター。生成りで素朴な仕上がりです。会長さんなら着こなせそうな品ですけれど、問題は似合うかどうかではなく、気に入るかどうかの次元も既に飛び越えてしまったような…? ソルジャーもポカンとしています。
「まさかと思うけど、それ、ハーレイが編んだのかい…?」
ソルジャーの問いに「はい」と答える教頭先生。
「実は編み物は初めてでして…。そのぅ、こちらの世界のエラに教えてもらったのです」
げげっ。エラ先生の指導でしたか! それは上達も早いでしょうが、会長さんに手編みのセーター…。誰もが絶句している中で「そるじゃぁ・ぶるぅ」がセーターを調べ、「凄いや」と感激しています。
「ハーレイ、とっても器用なんだね! ぼくも編み物することあるけど、セーターは大きすぎるから…マフラーとか靴下の方が得意なんだ。これだけ編むのは大変でしょ?」
「まあな。…教頭室に仮眠室があって助かった。仕事の合間にこっそり編めるし、家でも夜遅くまで頑張ったんだぞ。どうだ、ブルーに似合いそうか?」
「うん! ブルー、こんなセーターも大好きだよ? ね、ブルー?」
無邪気な「そるじゃぁ・ぶるぅ」の言葉に会長さんは顔を引き攣らせて。
「…アランセーターは嫌いじゃないけど、それはちょっと…。着たらなんだか呪われそうだ。ハーレイの髪の毛が編み込んであるとか、そういうオチがありそうでさ」
「「「………」」」
有り得ない話ではない、と私たちの背筋が寒くなります。アルテメシア中に絵馬を奉納していた教頭先生、おまじないにも凝りそうな気が…。と、ソルジャーの瞳がキラリと光って。
「ふうん? こっちの世界じゃ呪いのセーターなんかがあるわけ? だったら試着してみなくちゃね、それが呪いのセーターかどうか」
「え? ええっ!?」
キラリと光った青いサイオン。それが会長さんを貫いた…と思った時には会長さんの制服の上着が消え失せ、代わりに例のセーターが。似合ってますけど…似合わないわけではありませんけど、試着なんかして大丈夫ですか…? 教頭先生は感無量です。
「ああ、似合うな…。気に入ってくれると嬉しいのだが」
「気に入るわけがないだろう! こんなもの…!」
教頭先生からのプレゼントに満足したら最後、待っているのはバニーちゃんの衣装。会長さんは大慌てでセーターを脱ぎ捨てようとしたのですが…。
「あれ? こ、これっていったいどうなって…」
セーターは会長さんの身体に纏わりついて離れません。腕を抜くことも出来ないようです。静電気で貼り付くにしてもあそこまで酷くはならないんじゃあ…? 悪戦苦闘する会長さんを横目で見ながらソルジャーが。
「呪いのセーターだなんて言うから閃いたんだよ、呪いのアイテム。バレンタインデーのプレゼントには最高だろうと思うんだよね」
「「「え?」」」
脱げないセーターの何処が最高? 会長さんが教頭先生の愛のこもったセーターを着て一日過ごす羽目になったら教頭先生は満足でしょうが、プレゼントを貰ったのは会長さんです。会長さんが満足できなきゃバニーちゃんの衣装は無かったことになるんですけど…?
「ふふ、分かってないねえ、君たちは。…さっきまではバニーの方で考えてたけど、ぼくは遊べるなら何でもいいんだ。今年のバレンタインデーもプレゼントするのはブルーの方から! あ、違うか…。もうセーターを貰ったんだし、ブルーからもプレゼントのお返しってことになるのかな?」
クスクスと笑うソルジャーを会長さんがキッと睨んで。
「どうでもいいからこれを外して! 君のサイオンが絡みついてるのは分かってるんだ。さあ、早く!」
「…言ったろ、呪いのアイテムだって。脱げないよ、それは」
「なんだって!?」
「夜の12時になったら脱げる…と言ったらどうする? バレンタインデーの間は君のハーレイの愛を身体に纏って過ごすんだ。…残念ながら12時になっても脱げないけどね、呪いだから」
ソルジャーは教頭先生の方を振り向き、意外な展開に声も出せない教頭先生の腕を掴むと。
「愛をこめてセーターを編んだ君の想いに応えてあげた。…あのセーターを脱がせられるのは君だけだ。素敵だろう? その手でブルーを脱がせるんだよ」
「「「えぇぇっ!?」」」
悲鳴と怒号が渦巻く中で教頭先生は見事に硬直していました。
「わ、私が……ブルーを…?」
「そう。サイオンでそういう仕掛けがしてある。ぼくはブルーやぶるぅと違って場数を踏んでいるからね…。あの二人でもどうすることも出来ないさ。脱がせてあげてよ、前からそうしたかったんだろう?」
「い、いえ……私はそんな…!」
「遠慮しないで。そうそう、セーターの下は素肌なんだよ、その方が君が喜びそうだし」
さあ早く、とソルジャーは教頭先生の腕を引っ張り、背中を押して会長さんの方へと突き飛ばしたからたまりません。教頭先生は会長さんにドスンとぶつかり、はずみでセーターをグイと掴んでしまって…。

「……情けない……」
床に伸びている教頭先生をソルジャーが冷たい瞳で見下ろしています。教頭先生の横には「そるじゃぁ・ぶるぅ」がちょこんと座って懸命にワイシャツの染みを落としていました。言うまでもなく鼻血の跡で、教頭先生の鼻の穴には「そるじゃぁ・ぶるぅ」が詰めたティッシュが…。
「落ちないよ、これ…。クリーニングに出すしかなさそう」
セーターの方はどうしよう? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がシャツを着込んだ会長さんに尋ねます。呪いのセーターは脱ぎ捨てられて絨毯の上に落ちていますが、それにもベッタリ鼻血の跡。
「ゴミ箱行き! あんなのはそれで十分なんだ! まったく、ブルーのお蔭で酷い目に…」
「遭ってないじゃないか。脱がされたんじゃなくて自分で脱いだし、問題ないと思うけど?」
「ハーレイが失神しちゃって面白くないからサイオンで縛るのをやめたってだけの話だろう! 脱がせるつもりで仕掛けたくせに!」
「まあね。…君とハーレイの距離が縮まればいいな、と思ったけれど、ハーレイの限界が早すぎたか…」
せっかくバレンタインデーなのに、とソルジャーは不満げに呟いてから。
「こんなのを見ちゃうとマンネリの日々でも文句を言ったらバチが当たりそうな気がしてくるよ。ぼくのハーレイはヘタレだけれど、ちゃんとすることはしてくれるし……ぼくを途中で放っておいて勝手に昇天しちゃうような真似は滅多にしないね。…遅くなったけど帰ろうかな? 特別休暇を取ったというのにぼくが留守だから、青の間で一人ションボリしてる」
「だったら、さっさと帰ればいいだろ!」
「そうなんだけど…。あのさ、これって貰って帰っていいのかな?」
置いといたらゴミに出すんだよね、とソルジャーはセーターを拾い上げました。
「好きにすれば? そんな鼻血アイテム、何に使うのか知らないけれど」
「ありがとう。ぶるぅ、悪いけど手形を押してくれないかな? この染み、とっても目立つからね」
「えっ、手形? 試験合格の?」
キョトンとしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」にセーターを手渡し、微笑むソルジャー。
「うん。ぼくのハーレイが最高点で試験に受かりますように…って、染みの上から押しといて」
「分かった! こないだと同じ感じでいいよね、よいしょ…っと」
ペッタリと押された赤い手形を私たちは呆然と見守るばかり。ソルジャーの辞書に懲りるという言葉は無いようです。紅白縞の次は教頭先生の手編みのセーター。…これって効果があるのでしょうか?
「どうだろうね? 少なくとも、ぼくのハーレイは頑張ってくれると思うけど? 紅白縞の効果が何だったのかは気付いているし、それとおんなじ手形が押されたセーターを見れば意味する所は一目瞭然! しかもこっちの世界のハーレイが愛をこめて編んだセーターだよ? 負けてたまるかと発奮するのが男ってものさ」
着るかどうかはともかくとして…、とソルジャーはパチンとウインクしました。
「ぼくの今年のバレンタインデーのプレゼントはこれにしておくよ、ハーレイもチョコを作ったようだしね。…そうだ、こっちのハーレイの力作を貰って帰るのに御礼をしないのはあんまりかな? ブルーは満足しなかったから、この程度にしておけばいいんじゃないかと…」
青いサイオンに包まれたソルジャーの衣装がバニーちゃんスタイルに変わっていました。
「ブルー、耳かきを貸してくれるかな? それと写真をお願いするよ」
ハーレイの憧れの衣装で耳掃除、とソルジャーは失神している教頭先生に膝枕をして耳かき片手にニッコリ笑顔。その光景を撮影させられたのはジャンケンで負けたキース君です。何枚も撮って、ソルジャーが納得の数枚をプリントアウトし、封筒に入れて教頭先生の懐に。
「これで良し…と。御礼もしたし、ぼくは帰るよ。ハーレイが待ちくたびれているからね」
じゃあね、とソルジャーは手形が押されたセーターを大切そうに抱えてフッと姿を消しました。教頭先生は会長さんが瞬間移動で家へと送り届けたようです。えっ、あの写真はどうなったかって? それはもちろん…。
「バニーちゃんスタイルで耳掃除。ハーレイの夢は叶えてあげたし、ちゃんと証拠の写真もあるし…。これで文句はないだろう。二度と手編みのセーターなんかは御免だよ、うん」
やっぱりバレンタインデーは貰うのではなく贈るに限る、と会長さんは吐き捨てるように言いました。教頭先生、手編みのスキルまで身に付けたのに、想いは通じませんでしたか…。
「やれやれ、とんでもない日になっちゃったよ…。もうすぐ日付が変わっちゃうけど、パーッといこうか、賑やかにさ」
バレンタインデーが無事に済んだお祝い、と会長さんの音頭でお泊まり会が始まりました。バレンタインデーを祝うならともかく、無事に済んだことのお祝いなんて間違ってるんじゃないかって? 常識なんかじゃ量れないのがシャングリラ学園、しかも私たちは特別生。こんなバレンタインデーもアリですってば! でも来年はもっと普通のバレンタインデーがいいな、と心の底から思ってます…。



シャングリラ学園の入試会場で試験問題のコピーを販売するのが会長さんの年中行事。コピーは教頭先生から貰うのが常で、交換条件として耳掃除をしてあげることになっています。今年も耳掃除をしに出発しようとしていた所へ現れたのはソルジャーでした。
「ぼくが行ったっていいだろう? 試験問題を貰うだけだし」
会長さんの代わりに行くのだ、と言い張るソルジャーですが、そうは問屋が卸しません。
「ダメだってば! ハーレイは最初からぼくがお目当てなんだよ。身代わりなんかは即バレるし! 却下」
すげない会長さんの言葉に、ソルジャーは唇を尖らせました。
「そうなんだ? 効き目が切れる勝負パンツなんかを掴ませたくせに、謝罪も無ければ誠意も無いと?」
「なんで謝罪が必要なのさ! 君が勝手に勘違いして勝負パンツだと決めちゃったんだろ、ぶるぅの手形はあれで完璧だったんだ! 効果の持続を希望するなら紅白縞を脱がせないようにすればいい。それでオッケー」
どんな試験も最高点で合格だ、と会長さんは自信満々。ソルジャーはチッと舌打ちをして…。
「やっぱりそうか…。もしかしたらとは思ったんだけど、あんなのを履いたままのハーレイの相手はご免こうむる。紅白縞が気に入ってるのは君の世界のハーレイじゃないか! だから君の代わりに耳掃除をして、他にも色々サービスを…」
「却下!」
そう繰り返した会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」にシールドを張るように言って私たち七人グループを付き添いにすると教頭室へ。お得意の『見えないギャラリー』とはちょっと違ってボディーガードみたいなものです。文句を言い続けていたソルジャーもシールドに隠れてついて来ているのが気になりますが、追い払えないものは仕方なく…。
本館の奥の教頭室に着き、扉をノックする会長さん。
「…失礼します」
扉を開けると教頭先生が嬉しそうな顔で出迎えました。
「来たか。試験問題のコピーは揃えておいたぞ、ちゃんと金庫に入れてある」
「そうこなくっちゃ。…で、もちろんいつものサービスだよね?」
「あ、ああ…」
教頭先生は照れ隠しのように頭を掻くと、仮眠室に続く扉を開けて。
「よろしく頼む。…今日を楽しみにしていたからな、しばらく耳の掃除はしていないんだ」
「相変わらずだねえ…。耳掃除はマメにしといた方がいいんじゃないかと思うんだけど」
「そう言うな。年に一度のチャンスなんだぞ」
堂々とお前の膝枕だ、と教頭先生は鼻の下を伸ばしています。そして会長さんの肩を抱き寄せ、仮眠室へと入って行くのを私たちはコッソリ追い掛けました。もちろんソルジャーもコソコソと…。

「用意できたよ? いつでもどうぞ」
大きなベッドの上に座った会長さんが教頭先生に微笑みかけると、教頭先生は上着を脱いでネクタイを緩め、会長さんの膝枕でゴロンと転がって。
「落ち着くな…。年に一度だなどと言わずに、私の嫁になってくれれば…」
「君の辞書には懲りるって言葉が無いのかい? ゼルのバイクで結婚祈願の絵馬とかを回収させられただろう、あれが答えだって知ってるくせに」
「そう言われてもな…。諦め切れるものではない。お前一筋三百年だ」
気が変わるのを待っている、と続ける教頭先生を会長さんはサラッと無視して手際良く耳掃除を始めました。教頭先生はうっとりと目を閉じ、まずは左でお次が右耳。終わると会長さんは耳元に唇を寄せてフッと軽く息を吹きかけて…。
「はい、おしまい。約束通り試験問題を貰って行くよ」
「そう急ぐな。もう少しだけこうしていてくれ」
せめて5分、と未練がましい教頭先生。会長さんは腕時計でキッチリ時間を計ると「終了!」と告げて教頭先生の頭をどけようとしたのですが。
「…おい。本当にこれで終わりなのか?」
「決まってるだろ、試験問題のコピーを貰う代わりに耳掃除! そういう約束になっているんだと思ったけどな」
「…いや、しかし…。もっとこう、オプションとでも言うのだろうか、オマケの類は…?」
「なんでオマケを期待するのか理解に苦しむ所だけれど? お正月から派手に迷惑かけられたんだよ、こっちはね。ゼルのバイクは怖かったんだろ? もう一度あの目に遭いたいと?」
いつでもゼルを呼べるけれども、と会長さんは教頭先生を睨み付けます。
「すまん、願掛けは私も必死だったんだ。いつまで待ってもお前は嫁に来てくれないし、そこへあの本を見たものだから…。ゼルのバイクは勘弁してくれ。寿命が縮んだどころではない」
「やっぱりねえ…。なのにどうしてオプションなのさ。ぼくがサービスするとでも?」
「…して貰えると思ったんだが…。そのぅ……色々と、状況的に」
「えっ? 厚かましいにも程があるよ。バイクで市中引き回しの刑にしたっていうのに、状況的に何だって?」
理解不可能、と呆れた顔の会長さんに教頭先生は膝枕から起き上がって…。
「…去年はサービスしてくれただろう、チャイナドレスで」
「ああ、あれね。でもさ、あれは去年限定のスペシャル・コースで、今年は何も用意してない」
「嘘だろう? 確かに用意をしたと聞いたぞ、仮装パーティーの衣装を誂えた時に」
「はぁ?」
目を丸くする会長さん。仮装パーティーと言えば年末にやったヤツですけども、会長さんの仮装は悪代官。あんな格好で耳掃除をして欲しかったとは、教頭先生も酔狂としか…。会長さんもポカンとしています。
「…悪代官が好みだったんだ…。本当に趣味が悪いね、ハーレイ。まあ、それくらいなら聞いてあげないでもないけどさ」
青いサイオンがパァッと走って会長さんの制服がキンキラキンの悪代官に変わりました。
「着替えたよ? 悪代官なら帯回しとかがいいのかな? 帯はないからベルトでいいよね」
「ち、違う! それではなくてもっと別の…。他にもオーダーしていた筈だぞ、店長からちゃんと聞いたんだ!」
「店長から…? ああ、それじゃ天使の衣装の方か。ブルーの魔天使もぼくの注文ってことにしてたし」
ブルーの存在は明かせないから、と会長さん。
「あれなら確かに君の好みに合うかもね。それじゃ早速…」
着替えをしようとサイオンを立ち昇らせた会長さんですが、それを止めたのは教頭先生。
「違う! …いや、焦らされるのは構わないのだが……私が見たいのはそれではないと分かるだろう? 注文したのはお前なんだし」
「…分からないよ? 他にどんな衣装があるって言うのさ、注文したのは二つだけだし! だったらこれは要らないね」
元の制服に戻った会長さんに教頭先生は熱い視線を送って…。
「そう照れるな。私が衣装を誂えに行ったら、店長が「最近これが流行りですね」と言ったんだ。ノルディが大量に注文したようだが、それとは別にお前の注文も入った、とな」
「え…。もしかして、それって…」
会長さんが言葉に詰まり、シールドの中の私たちも息を飲みました。教頭先生が誂えた流行りの衣装で、エロドクターが大量に注文していて、会長さんからの注文もあった衣装と言えばアレだけです。絶句している会長さんを教頭先生が期待に満ちた目で眺めていますし、これは間違いなくアレしかなくて…。
「…ハーレイ…。念のために訊くけど、その衣装ってウサギかい? 仮装パーティーでハーレイが着てた?」
「もちろんそうだ」
即座に頷く教頭先生。
「お前がオーダーしたということは期待をしてもいいんだろう? 耳掃除の時に着てくれるのかと思っていたが、そうではなかったようだしな…。いつ披露してくれるんだ? 試験問題を渡せばいいのか?」
「…………」
思い切り誤解されてしまった会長さんは目を白黒とさせていました。バニーちゃんの衣装を注文したのは会長さんならぬソルジャーです。今年の試験問題ゲットは会長さんのバニーちゃんスタイルが必須とか? 会長さんは教頭先生の大暴走を恐れてましたが、こんな形で出て来ましたか~! これじゃ私たちには対処のしようがありません。…と、ソルジャーのシールドがフッと解かれて。
「お邪魔してるよ」
「!!?」
突然の闖入者に仰天している教頭先生にソルジャーはスタスタと歩み寄りました。
「話は全部聞かせて貰った。…あの衣装、ぼくが注文したんだよね」
ブルーのサイズで、とニッコリ微笑むソルジャーですけど、ここで着替えるつもりでしょうか? ソルジャーがバニーちゃんスタイルを披露してくれれば試験問題ゲットですか…?

相変わらずシールドの中の私たちを他所に、ソルジャーは教頭先生に軽く片目を瞑ってみせて。
「君が知らないのも無理ないさ。あの衣装はノルディがとても気に入っててねえ…。キースが着たのを見せてやったらハマッたらしい。それでジョミーやシロエたちにも無理やり着せてコンテストなんかをしちゃったわけ。その時にぼくも便乗させてもらって注文を…ね」
ブルーの名前で、とソルジャーは悪びれもせずに語っています。
「なかなかセクシーだから愛用させて貰ってるけど、ブルーは決して着たがらない。ぼくが強引に着せちゃった時はブチ切れてたねえ」
「……着せた……?」
ソルジャーの言葉を教頭先生は聞き逃しませんでした。呆然としていたくせに流石というか何と言うか…。ソルジャーはクッと喉を鳴らして。
「うん、着せた。こないだの仮装パーティーで君が失神しちゃった後でブルーたちにフレンチ・カンカンを踊らせたんだよ、あの格好で。…残念だったね、失神してて」
「………」
その時の教頭先生の残念そうな顔と言ったら! ソルジャーは更に続けました。
「君はブルーにあれを着せたくてたまらないんだろ? ぼくの写真もオカズにしてるし、ぼくで良ければ着替えてあげてもいいんだけどさ。…でもね、生憎とぼくは機嫌が悪いんだ。何もかも全部、紅白縞が悪いんだけど!」
「は?」
「紅白縞だよ、君の愛用の青月印! ぶるぅに手形を押してもらって勝負パンツにしたというのに、脱いだら効果が切れるだなんて…。なんでパンツまでヘタレなのさ!」
「…???」
話に全然ついていけない教頭先生。ソルジャーは立て板に水の勢いでまくし立て、夜の試験がどうのこうのと具体的な試験内容まで話し始めたからたまりません。私たちには意味が不明でしたが、教頭先生はウッと呻いて鼻にティッシュを詰めています。そんな教頭先生にソルジャーは…。
「そういうわけで、君にはサービスしたくないんだ。どちらかと言えば罪滅ぼしにサービスして欲しいくらいだよ。…あ、それもいいかな、ベッドもあるしさ。どう、ハーレイ? ぼくと一回やってみる?」
「ブルーっ!!!」
会長さんが怒鳴り、凄い勢いでソルジャーの腕を引っ張ると。
「そんなサービスはしなくていいっ! 試験問題のコピーを貰うには耳掃除だけと決まってるんだ! 変な前例を作られちゃったら困るだろう! 君はさっさと帰りたまえ!」
「…やれやれ、頭が固いんだから…。ハーレイ、君はいいのかい? 例の衣装を見られなくっても試験問題をブルーに渡すと?」
「……元々そういう約束ですから……」
教頭先生は鼻の付け根を摘んで止血しながら仮眠室を出、教頭室の金庫の奥から大きな封筒を取り出しました。
「今年の試験問題のコピーだ。…全科目分揃っている」
「ありがとう、ハーレイ。君が約束を守る男で良かったよ。分相応って言葉もあるしね、高望みはしない方がいい」
それが賢明、と会長さんは封筒を受け取り、試験問題を確認すると…。
「うん、完璧。来年もよろしくお願いするよ、生徒会の重要な資金源だ。それじゃブルーは連れて帰るから」
今日はこれまで、と立ち去ろうとした会長さんをソルジャーが後ろから引き止めて。
「ちょっと待った! 君のハーレイに少しくらいは希望をあげてもいいんじゃないかな」
「希望?」
「そう、希望。ぼくでも君でもどっちでもいいから例の格好をナマで見るのが夢なんだろう? どう、ハーレイ? ぼくの言うことは間違ってるかい?」
肯定する代わりに耳まで一気に真っ赤になった教頭先生。再び鼻血が噴き出したのか、慌ててティッシュを鷲掴んでいます。ソルジャーは教頭先生を赤い瞳で真っ直ぐ見詰めて。
「大当たりだったみたいだね。…君にチャンスをあげたくなるよ、モノにするかどうかは君次第だけど」
「…チャンス…ですか?」
「そのとおり。こんな方法はどうかな、ハーレイ…?」
ソルジャーの提案に教頭先生は一も二も無く頷きました。えっと…本当にいいんでしょうか、そんな条件を出しちゃって…? 口を挟もうとした会長さんはソルジャーに阻まれ、怪しげな案を飲む羽目に。試験問題は今年も入手できましたけど、会長さん、無事に済むのかな…。

「いったい何を考えてるのさ!」
会長さんの雷が落ちたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に戻った直後でした。試験問題のコピーをチェックし、リオさんにコピーさせる枚数などを封筒の表に書き込みながらも怒りは全く収まりません。
「バレンタインデーが何だって!? それとぼくとは全然関係ないだろう!」
「あると思うけど? 毎年派手にやってるじゃないか、この学校は。ぼくは去年からしか知らないけれど、バレンタインデーにチョコのやり取りをしない生徒は礼法室でお説教だって?」
そうだよね、と尋ねられた私たちは揃って頷きました。シャングリラ学園のバレンタインデーとホワイトデーはとにかく派手な行事です。バレンタインデー前には温室の噴水がチョコレートの滝になるくらいですし…。ソルジャーは我が意を得たりと得意そうに。
「だからさ、バレンタインデーを利用しない手は無いんだってば。去年の君はハーレイに自分をプレゼントしてたっけね? チョコレート・スパで」
「…そうだけど…? あの時も君が乱入してきて大変だった」
「細かいことは気にしない! それでさ、君はバレンタインデーってどういう日だと思ってる? チョコを貰う日? それとも贈る日?」
「貰う日に決まっているだろう!」
シャングリラ・ジゴロ・ブルーなんだし、とキッパリ言い切る会長さん。けれどソルジャーはクスッと笑って…。
「それは女の子限定だよね? ハーレイにはプレゼントする方だ。甘いものが苦手なハーレイ相手にチョコを贈って、嫌らがせをする日なんだろう?」
「……それは……そうだけど……」
「だからさ、そこが間違ってるって! ぼくの世界じゃバレンタインデーのチョコは貰うものだ。ぼくは甘いお菓子が大好物だし、もちろんチョコも例外じゃない。今年もこっちの世界で沢山買おうと思ってる。…それとは別にスペシャルなチョコをハーレイから貰うのが楽しみでさ…」
「「「え?」」」
これには私たち全員が驚きました。去年のバレンタインデーに現れたソルジャーは「身も心もハーレイのためのチョコになるのだ」とか言ってチョコレート・スパを受けていたような…? だったらソルジャーもチョコを贈る方で、貰う方ではないのでは…?
「ああ、チョコレート・スパのことかい? その辺は臨機応変に…。ぼくだってハーレイにチョコをプレゼントすることはあるからね。でもハーレイからチョコを貰うのは格別なんだ。なんと言っても手作りだから」
「「「えぇぇっ!?」」」
あのキャプテンが…手作りチョコ!? それもソルジャーにプレゼントするためにチョコを手作り…?
「そうなんだ。甘いものは天敵ってくらいに苦手なくせに頑張ってるんだよ、毎年ね。最初の頃はチョコの匂いが厨房に充満しただけで倒れてた。宇宙服を着てチャレンジしたりと苦節何年になるんだっけか…。未だに甘いものはダメなんだけど、腕前の方は上がったよ、うん」
なんとか食べられる物体になった、とソルジャーは面白そうに話していますが、これって惚気と言うのでしょうか? あちらのキャプテンがソルジャーのために決死の努力を惜しまないことは分かりました。けれどもそれと教頭先生とバレンタインデーがどう繋がると…?
「こっちのハーレイもバレンタインデーにはブルーのために尽くすべきだと言ってるんだよ。惚れてるんなら貰うだけではダメだってことを知らなくちゃ。…それでさっきの条件を出した」
「…バレンタインデーにぼくを喜ばせることが出来たらハーレイの夢を叶えるって…?」
地を這うような声で会長さんがソルジャーの言葉を引き継ぎました。
「なんだか都合良く勘違いされていそうな条件だけど、君が黙っていろって言うから…。あんな話を持ち掛けちゃって本気にされたらどうするのさ! ぼくにバニーの衣装を着ろと? でもってハーレイの相手をしろと!?」
「いいじゃないか、バレンタインデーの趣旨には沿ってるんだし…。贈るのはチョコと決まっているわけじゃない。他の品物もアリなんだからさ、今年のプレゼントはバニーちゃんスタイルの君ってことで」
「よくない! 言い出したのは君なんだから、君が着て見せればいいだろう!」
「…そうかもねえ…」
そっちの方がいいかもしれない、とソルジャーはニヤリと笑みを浮かべて。
「勝負パンツでヘタレたハーレイには愛想が尽きたし、バレンタインデーはこっちの世界で過ごそうかな? 毎年、特別休暇だからさ。…うん、マンネリなハーレイに付き合うよりかは、そっちの方が楽しめそうだ」
君のハーレイに期待している、と言ってソルジャーは姿を消しました。会長さんを喜ばせるなんてことが教頭先生に出来るんでしょうか? いやいや、ここは一発、手作りチョコで一本釣りとか…? それとも大人の時間な超絶技巧で…って、それって私たちには全く想像つきませんけど、教頭先生にも無理ですよねえ…。

引っ掻き回すだけ引っ掻き回してソルジャーが帰ってしまった後には試験問題のコピーが残されました。会長さんはリオさんを呼んでコピーを渡し、必要な枚数だけコピーを取って販売用に仕分けするよう指図しています。そしてリオさんが出て行った後で…。
「……やられた……」
ぐったりと脱力している会長さん。試験問題はゲットできましたけど……教頭先生の大暴走も無かったですけど、問題なのはこれから先。バレンタインデー当日に向けて教頭先生が暴走するのは目に見えています。会長さんを喜ばせることが出来れば、バニーちゃんな会長さんだかソルジャーだかをナマで見られると言うのですから。
「ブルーにあの格好をさせるにしたって、その前にハーレイが思い切りアタックしてくるのか…」
「…そういうことになるんだろうな…」
キース君が応じました。
「バレンタインデーという縛りがある以上、そうそう無茶はしないだろうが……プレゼント攻勢に出るのは間違いないぞ。どんなプレゼントなのかが問題なんだが」
「ブルーさえ絡んでいなかったなら、普通にチョコだと思うんだけど…。なにしろブルーが絡んでるから、チョコで済んだら御の字だよね」
ブルーは前科があり過ぎるから、と会長さんは深い溜息をつきました。
「出来ればチョコを希望だけれど、覚悟しといた方がいいかな。セクシー・ランジェリーとか、そういったヤツ」
「…そういえば教頭先生も前科持ちだな…」
その点では、とキース君が呻き、ジョミー君が。
「ぼくが騙されて着ちゃったヤツもあったよねえ…。マツカの山の別荘でさ」
「そうそう、なんかカードがついてて!」
思い出したぜ、と叫ぶサム君。
「青いスケスケの変なヤツだろ? これを着たあなたを見てみたいとかってカードに書いてあったんだ」
「…ハーレイの匂いがついてたカードだよね?」
覚えてるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が銀色の頭を小さく傾げて。
「あんな洋服、ブルー、絶対着ないのに…。時々プレゼントしてくるんだよ、なんでかなあ?」
「…ぶるぅ、子供は知らなくってもいいんだよ」
会長さんがフウと吐息を吐き出して。
「ジョミーが着ちゃったベビードールかぁ…。そう言えばマツカにも貸し出したっけね、ハーレイが贈って寄越した真っ赤なヤツを。…そろそろトチ狂ってもおかしくないかな。年数的にはまだまだ安全圏なんだけど、ブルーがウロウロしているからねえ…。予定よりかなり早まったとしても仕方がない」
「あれって周期があったのか!?」
キース君の問いに「まあね」と頷く会長さん。
「発情期ってわけでもないだろうけど、だいたい五年から十年くらいの間隔かな。その時期を過ぎれば至って平穏、せいぜいプロポーズ止まりってところ。ぼくから何かを仕掛けない限り、ハーレイからは手出ししてこない。なんと言ってもヘタレだからさ」
「「「………」」」
教頭先生のヘタレっぷりは私たちもよく知る所です。たまに会長さんに仕掛けられても見事に玉砕、決して先へは進めません。私たちが初めてシャングリラ号に乗り込んだ時の青の間での騒ぎに去年の春の婚前旅行と、会長さんのからかいっぷりも半端ではないわけですが…。自分から仕掛けるのは大好きなくせに、仕掛けられるのは苦手だと…?
「決まってるじゃないか」
零れていたのは私の思考か、それとも他の誰かのものなのか。会長さんは忌々しげに紅茶のカップを指でカチンと弾きました。
「あの手のヤツは主導権を握っているから楽しいんだ。ブルーが出てくると主導権を奪われちゃうし、そうでなくてもハーレイから一方的に気持ちをぶつけられるのはストーカーじみてて嫌なんだってば。アルテメシア中に絵馬を奉納されちゃったのがいい例だ」
「じゃあ、ゼル先生に言いつけたらどう?」
ジョミー君の案に会長さんは即座に首を左右に振って。
「それはできない。…ゼルにはブルーの存在を明かしていないし、話がややこしくなるだけだ。ハーレイがチョコで済ませることを祈るよ、どうせ突っぱねるんだから。…後はブルーの欲求不満が解消してれば安心だけど、ぶるぅの手形を押せそうなもので使えるヤツってあったっけ…」
事の起こりはそれなんだから、と会長さんは悩んでいます。試験合格間違いなしのパワーを秘めた不思議な手形がソルジャーの『夜の試験』とやらに効いたら一番いいんですけど…。
「おい。ぶるぅは巻き込まないんじゃなかったのか?」
ドスの効いた声でキース君が言い、シロエ君が。
「そうですよ。そんなアイテムを開発したら、もうソルジャーが入り浸りですよ! そっちの方は放っておいて、バレンタインデー対策を頑張りましょう。こんなものでは嬉しくない、って却下しちゃえばいいわけですし!」
「だよな。…満足できる結果が出なけりゃ、例の衣装は要らないもんな」
俺のブルーに着させるもんか、とサム君が拳を握り締めています。教頭先生がバレンタインデーに何をやらかすにしても、会長さんが大満足なものでなければ努力は無意味になるのでした。それに万一、着なくてはならない事態に陥った時には、ソルジャーを煽って着せてしまえば会長さんは着なくて済むわけで…。
「そうだね…。ブルーに着せればいいんだよね。見た目はぼくと同じなんだし」
「言い出したのはソルジャーですよ? それで問題ありませんってば」
大丈夫です、とシロエ君が強い瞳で答えました。教頭先生がアタックしてきても全て却下という方向で私たちの意見は纏まり、それでダメなら後始末はソルジャーに丸投げするということになり…。バレンタインデーはこれで安心ですよね? その前に入試がありますけども、試験問題は今頃リオさんがコピー済み。今年も商売繁盛ですよ~!



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