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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「シャングリラ学園・番外編」の記事一覧

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv





今年もいよいよ夏休み。昨日は恒例の宿題免除アイテムの店で会長さんがガッポリ儲け、今日は朝から会長さんの家のリビングで夏休みの計画を相談しています。数日後には柔道部の合宿が始まり、それに合わせてジョミー君とサム君が璃慕恩院へ修行体験ツアーに行くのですけど。
「…なんだか暗いねえ、副住職」
どうしたんだい、と会長さんの問い。えっ、キース君、暗いですか? 普段通りだと思いますけど…。あれっ、でもギクッとしているような?
「………。なんで分かった」
「そりゃあ、付き合い長いしさ…。それに溜息が今ので五回目」
「「「五回目!?」」」
やっぱり誰も気付いてなかったみたいです。だって朝から普通にコーヒー片手に夏休みプランを練ってましたし、お菓子もパクパク食べてましたし…。
「まあ、一般人にまで見抜かれるようじゃ副住職も失格ってね。自分の悩みは胸にしまって檀家さんと接してこその職業だしさ。…で、溜息の理由は何かな?」
吐いてしまえば楽になるよ、と会長さんが促すと、キース君はフウと溜息を。
「…すまん、今ので六回目なのか? 実は親父が」
「卒塔婆を押し付けてきたのかな? 今年もそういうシーズンだもんねえ」
百本単位? と尋ねる会長さんですが、キース君は首を左右に振って。
「卒塔婆書きなら根性で書けば何とかなる。…しかし、俳句は…」
「「「はいく?」」」
えーっと、ハイクってハイキングとかヒッチハイクとか? なんでそんなモノが、と首を傾げる私たちの姿にキース君は「ははは…」と力ない笑い。
「だよな、俺たちの年はともかく、外見だったらそっちだよな…。いや、実年齢で行っても早過ぎかもしれん。親父が言うのは五七五だ」
いわゆる俳句、とキース君の溜息、七回目。
「住職仲間の俳句の会があってな、親父も籍を置いている。お前もそろそろ入会しろ、と先月頃からうるさくて…。お盆が済んだら句会があるから、そこで仲間に紹介すると」
「入会すればいいじゃないか」
俳句もたしなみの一つだよ、と会長さんが返すと、キース君は八回目の溜息と共に。
「入会したら最後、フリータイムが削られるんだ! 親父は住職だけに仕事が多くてフットワークが軽くはないが、俺は基本が学生だろう? だから大いに参加すべし、と背中をバンバン叩かれた」
月例句会に吟行会に…、と指折り数えるキース君。お寺の住職ばかりの会だけに、平日をメインに沢山企画があるそうです。全部に出席するとなったら、それは確かに大変かも…。



キース君を見舞った俳句な危機。毎週、三日ほど有志が集う催しがあって、どれに出席するのも自由。住職をしている会員さんたちは月参りやお葬式などで忙しいですし、そんな人でも月に一回くらいは出られるようにと予定が多め。でも、キース君は学生ですから全て出席可能です。
「そんな会に無理やり突っ込まれてみろ、学校の方がどうなるか…。柔道部の方も休みがちになるし、俺の人生、真っ暗なんだが」
「だったらサボればいいだろう?」
適当に、と言う会長さんにクワッと噛み付くキース君。
「簡単に言うな、簡単に! 銀青様には分からんだろうが、この手の会は下っ端の仕事が多いんだ。上の方の人は予定を組むだけ、手配するのは下っ端だ。新入会員の若手となれば確実にお鉢が回って来る。しかも暇人なら尚更なんだ!」
会が無い日も連絡係やら取りまとめやら…、と溜息はもはや九回目。
「俺の平日は確実に削られ、フリータイムにも遠慮なく連絡が来まくるぞ。でもって合間に俳句を作らにゃならんし、それも他の会員よりも多めに要求されてくるよな」
「そうだろうねえ、集まりの度に披露は必須だ」
吟行会ならその場で一句、と会長さんが楽しそうに。
「行った先の景色や見たものを織り込んで一句捻るのもいいものだよ? 今日のお菓子は抹茶パフェだけど、これでも充分作れるよね」
夏ならではのガラスの器に、よく冷えた器に浮かぶ露に…、と会長さんはスラスラと。
「はい、一句出来た。こんな感じで即興でいけばいいんだよ」
「「「………」」」
何処から出たのか、立派な短冊。筆ペンで書き付けられた俳句は達筆過ぎて読めません。けれどキース君には読み取れたようで、盛大な溜息、十回目。
「…なんで抹茶パフェからコレが出るんだ…。何処から見ても夏の茶会だ」
それも涼しげな、と読み上げられた句にポカンと口を開ける私たち。打ち水をした露地がどうとかって、これが抹茶パフェからの連想ですか! 会長さんって凄すぎなのでは…。
「ふふ、ダテに銀青の名は背負ってないさ。…だけどキースには少々ハードル高いかな?」
「少々どころか高すぎだ! お盆が済んだら海の別荘だが、その後に句会に連れて行かれて俺の自由は無くなるんだ…」
明けても暮れても俳句漬けの日々、と十一回目の溜息が。そっか、キース君と予定を気にせず遊びまくれる日はもうすぐ終わりになるんですねえ…。



アドス和尚が住職として元老寺にドッシリ構えている以上、いつまでもシャングリラ学園特別生として自由なのだと思い込んでいたキース君の未来。それがいきなり断ち切られるとは夢にも思っていませんでした。それも俳句の会のお蔭でバッサリだなんて、フェイントとしか…。
「俺だって降って湧いた災難なんだ…。まさか俳句の会が来るとは…」
そういう趣味は持ってないのに、と嘆きつつ、溜息はついに十二回目です。気の毒ですし、私たちだって今までどおりの毎日を送りたいですけど、アドス和尚には逆らえませんし…。
「いいんだ、お前たちに頼ってどうなるものでもないからな。…これで終わった、俺の人生…」
俳句と共にはいサヨウナラ、と何処かで聞いたようなフレーズが。会長さんがクスクスと…。
「この世をば、どりゃお暇に線香の煙と共に灰さようなら、……ね。辞世の句としては最高傑作に入ると思うんだけどさ、君はサヨナラしたいわけ?」
「誰がしたいか! だがな、親父はこうと決めたら梃子でも動かん」
「そうだろうねえ…。じゃあ、起死回生のチャンスに賭けてみる?」
「…何のことだ?」
手があるのか、と縋るような目のキース君に、会長さんは。
「ぼくを唸らせるような名句を詠むか、別の意味で思い切り感動させるか。どっちかが出来たら手を貸してもいい。…アドス和尚が君を俳句の会に入れないようにね」
「本当か!?」
「こんなことで嘘はつかないよ。…ところで大食いに自信はあるかい?」
「…大食いだと?」
それが俳句とどう関係が、とキース君の頭上に『?』マークが。私たちだって同じですけど、会長さんはニッコリ笑って。
「ざるそばが美味しい季節なんだよ。新そばと言えば秋だけれどさ、この季節にも夏新そばが採れるわけ。風味じゃ秋に負けていないし、そもそも暑い夏にはざるそば!」
それを思い切り食べ放題、と会長さんが指をパチンと鳴らすと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「かみお~ん♪ 今日のお昼は手打ちそばなの! 十割蕎麦だよ」
採れたての蕎麦粉、百パーセント! と運ばれて来ました、お昼御飯はざるそばです。ワサビもその場ですりおろす本格派。とっても期待出来そうですけど、これが俳句とどう繋がると?
「とにかく食べてよ、美味しい内にね。お代わりもどんどん出来るから」
遠慮なくどうぞ、と会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に勧められるままに。
「「「いっただっきまーす!!!」」」
とりあえず、まずは食べなくちゃ。腹が減っては戦が出来ぬと言いますもんね!



手打ちざるそばのお昼は最高でした。凝ったお料理やお洒落なパスタもいいですけれど、たまには素材で勝負です。おそばの産地まで行って買って来たんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が自慢するだけあって風味たっぷり、ワサビも新鮮。
「美味しかったー! 何枚食べたっけ?」
数えてなかった、とジョミー君が苦笑するほど男の子たちはお代わり三昧。スウェナちゃんと私も量控えめでお代わりしましたし、新そば、クセになりそうですよ~。
「それはよかった。これならキースも何枚食べても平気かな?」
「「「は?」」」
山と積まれたザルを前にして微笑んでいる会長さん。もしや、さっきの大食いの話は…。
「ざるそばを食べまくって量で感動させるか、名句を詠むか。…それが出来たら、ぼくがキースに手を貸そう。他のみんなは普通に食べればいいからね」
「…待て。俺だけがそばを食べまくるのか?」
「うーん…。そういうわけでもないんだけれど、君以外はペナルティー無しって言うか…。ついでに女子は除外しようかな、誘導係も必要だから」
「「「誘導係?」」」
ざるそばを盛るとか、カウントするとかの係じゃなくて誘導係? いったい何を考えているのでしょうか、会長さんは?
「誘導しないと好き勝手な方に行っちゃうからねえ、アヒルってヤツは」
「「「アヒル?!」」」
ざるそばとアヒルがどう結び付くのか、サッパリ分かりませんでした。しかし、会長さんは指を一本立てて。
「ぶるぅが最近ハマッてるんだよ、アヒルレースに。マザー農場で始まっただろう?」
「あー、この夏の期間限定…」
チラシで見た、とジョミー君。私も折り込みチラシで見ました。アヒルちゃん大好きな「そるじゃぁ・ぶるぅ」が喜びそうなイベントだな、と思っていたら既にお出掛け済みでしたか!
「気が向いた時にヒョイと出掛けて、1レース見て帰ってくるわけ。あれでなかなか奥が深いよ、大穴はおろか本命も当たらないんだな」
「ぼくもブルーも負け続きなの! 一回くらいは勝ちたいなぁ…」
お金は賭けてないんだけれど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。レース会場への入場料で馬券ならぬアヒル券ゲットらしいです。勝てば賞品として新鮮なミルク飲み放題とか、揚げたてコロッケ食べ放題とかだそうですが…。



「あんたならサイオンでレースくらいは弄れるだろう?」
なんで負けが、とキース君が尋ね、私たちもコクコク頷きました。賭けたアヒルを突っ走らせることは無理かもですけど、他のアヒルのコースを妨害する程度なら出来そうです。
「それがね…。相手はマザー農場だろう? 職員は全員、サイオンを持った人ばかりだ。何のはずみでレースに影響を与えてしまうか分からない。そうなった場合、反省会があるんだよ」
それに備えてサイオンの検知装置を仕掛けてある、と会長さん。
「あれはサイオンのパターンを分析できるし、影響したのが誰のサイオンなのか即座に分かる。ぼくもぶるぅも例外じゃない。…アヒルレースに来てズルをしました、というのは不名誉なことだと思わないかい?」
「あんた、一応、ソルジャーだっけな…」
「確かにカッコ悪そうですね…」
シロエ君が苦笑いすると、サム君も。
「引っ掛かったのがぶるぅの方でも、監督不行き届きって言われそうだぜ」
「そういうこと! だから盛大に負けっぱなしで、この夏の間に勝てるかどうか…」
一度は勝って食べ放題、と会長さんが御執心なものはミルクや揚げたてコロッケではなく、単なる万馬券、いえ、万アヒル券というヤツでしょう。夏休みに入れば参加者も増えますし、その分、出やすくなるかもです。でも…。ざるそばとアヒルの関係の答えにはなってませんよ?
「ああ、そこは直接の繋がりは無いよ。…アヒルレースに通ってるからヒョコッと思い付いたってだけのことだしね」
「何を?」
分かんないよ、とジョミー君が直球を投げると、会長さんは。
「ん? ヒントは歌と水鳥かなぁ」
「「「…歌と水鳥?」」」
なんじゃそりゃ、と答えはますます藪の中。歌は俳句で水鳥はアヒルのことでしょうけど、ざるそばの歌ってありましたっけ? 少なくとも私たちがカラオケで歌うような流行りの曲ではなさそうです。んーと、演歌か、それとも民謡…?
「違うね、演歌でも民謡でもない。歌と言ったら三十一文字だよ、かるた大会で毎年、下の句を奪い合うだろう?」
「まさか……和歌か? 俳句を通り越して?」
そっちは俺はまるで詠めない、と白旗を上げるキース君。会長さんを感動させる名句を詠むか、ざるそば大食いで感動させるかが条件です。キース君、大食い決定ですかねえ?



俳句どころか和歌を詠む羽目に陥りそうなキース君はズーン…と落ち込み、それでもグッと両の拳を握り締めると。
「俺も男だ、チャンスを逃すつもりはない。和歌がダメなら大食いで行く!」
「そう焦らずに、話は最後まで聞きたまえ。…確かに和歌とは言ったけれどね」
和歌はアヒルと関係が深い、と会長さんはパチンとウインク。
「アヒルじゃないのは確実だけどさ、アヒルも水鳥の内だから…。水鳥っていう括りでいくとね、和歌との繋がりが生まれるわけ。…曲水の宴って知ってるかい?」
「…アレか、酒の入った盃を小川に浮かべて、自分の前に流れて来るまでの間に和歌を作るというヤツか? 俺はこの目で見た事はないが」
神社のイベントとかでよくあるな、とキース君が答え、私たちの知識もその程度。テレビのニュースなどで目にする程度で、特に興味は無かったのですが。
「それで間違ってはいないんだけど…。盃を直接浮かべるわけじゃないんだよ」
「「「えっ?」」」
違ったんですか、そうだとばかり思ってたのに…?
「盃じゃうまく流れない。それで盃を木の台に乗せて流すというのがお約束。その台のことを羽觴と言ってね、水鳥の形をしているんだな」
「「……ウショウ……」」」
「ウは鳥の羽根で、ショウが盃。漢字で書くとこうなるんだけど」
会長さんがメモに書いてくれた『羽觴』の文字はとても覚えられそうにありませんでした。鳥と盃、鳥と盃……。ひょっとして会長さん、曲水の宴をするつもりだとか?
「ご名答。俳句で追い詰められたキースのために、和歌の代わりに俳句を詠んで曲水の宴! ついでに羽觴は本物のアヒルで」
「「「!!!」」」
それで誘導係が必要だなんて言ってたのですね、分かりました。でも、ざるそばは…?
「アヒルの背中に盃じゃ小さすぎるだろう? アヒルにはザルを背負ってもらう。十割蕎麦を盛り付けたザルを背負ってアヒルが流れを下ってくるんだ」
「じゃ、じゃあ、ぼくたち、俳句を作ってざるそばを…?」
ざるそばはともかく俳句は無理! とジョミー君。けれど会長さんはニッコリと。
「そこはきちんとハンデがつくよ。キース以外は詠めなくっても、ざるそばを食べるだけでいい。これ以上もう食べられない、となったら宴を抜けるのもOKだ。でもね…」
キースはそうはいかない、と会長さんの目が据わっています。ハンデ無しのキース君、どうなっちゃうの…?



ざるそばを背負ったアヒルが泳いでくるらしい曲水の宴。和歌の代わりに俳句を詠めばいいそうですけど、詠めなくっても罰は無し。その例外がキース君で。
「曲水の宴はキースが俳句の会から逃れられるかどうかを賭けたイベントだ。つまり主役はキースになる。主役が敵前逃亡はマズイ。キッチリ俳句を詠まなくちゃ」
制限時間内に、と会長さんの赤い瞳が悪戯っぽく輝いています。
「曲水の宴はルールにもよるけど、歌を詠めなかったら罰盃っていう時もある。それに因んでキースも罰盃! 俳句を詠み損なった場合は、ざるそば追加で」
二枚食べろ、と会長さん。
「そして宴は一回きりではないからね? さっき言ったろ、他の男子は抜けるのもアリ、って。君が名句を見事捻り出すか、でなきゃ感動の大食いエンドか。どっちかになるか、あるいは君が棄権するまでアヒルは何度でも泳いでくるから」
「「「………」」」
凄すぎる、と私たちはゴクリと唾を飲み込み、キース君の顔を凝視しました。こんな恐ろしい宴でもキース君は参加するのでしょうか? それとも諦めて俳句の会に御入会…?
「…受けて立とう」
後ろは見せん、と言い切ったキース君に誰からともなく拍手がパチパチ。会長さんは満足そうに。
「うん、それでこそ男ってね。ぶるぅ、手打ちそば、打ち放題だよ」
「わーい! アヒルちゃんが背負ってくれるんだね!」
頑張るもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びです。アヒルは会長さんがマザー農場から借りるそうですけど、会場になる小川は何処に…?
「それなんだけどさ…。マツカのお祖父さんの別荘に池と小川があったよね? アルテメシアの北の方の…。貸して貰えると嬉しいんだけど」
「いいですよ。いつにしますか?」
空いている日を調べさせます、とマツカ君が執事さんに連絡を取り、曲水の宴の日が決まりました。柔道部の合宿とジョミー君とサム君の修行体験ツアーが終わった二日後、マツカ君のお祖父さんの別荘で。本物のアヒルとざるそばだなんて、ぶっ飛び過ぎてる気もしますけどね。



こうして男子たちが合宿へ、修行へと旅立った後、スウェナちゃんと私は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお供で夏を満喫。フィシスさんも一緒にプールに行ったり、教頭先生の車でドライブしたり。もちろんマザー農場のアヒルレースにも参加して…。
「うーん、今日もやっぱり負けが込んだか…」
大穴なんか狙うんじゃなかった、と呻く会長さんにフィシスさんが。
「レースの前に言いましたでしょ? 私と同じアヒルに賭ければ間違いありませんわ、って」
「君を信じないわけじゃないけど、大穴は男のロマンなんだよ」
「かみお~ん♪ 大穴、狙わなくっちゃね!」
夏の間には絶対、勝つ! と会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」。占いの名手、フィシスさんの助言も聞かないようでは勝てないのでは、と思うのですけど…。
「あんな調子で勝てるのかしら?」
スウェナちゃんも同じ意見のようです。
「そうでしょ、なんだか危なそうよね…」
負け続けで終わりじゃないかしら、と返していると、フィシスさんが。
「私もそれに賛成ですわ。ギャンブルは確実に勝ってこそですの、万馬券よりコツコツ地道に」
今日は揚げたてコロッケに致しましょうか、とフィシスさん。お告げに従って同じアヒル券を選んだスウェナちゃんと私は揚げたてコロッケ食べ放題のコースです。食堂に行ってチケットを見せ、熱々を頬張る私たちの前では、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が串カツを。
「ね、ぶるぅ。食べ放題より色々と食べる方が楽しいよね」
「うんっ! 串カツの次はポテトがいいな♪」
今日も沢山食べるんだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は御機嫌でした。こんな二人に勝利の女神が微笑む日なんて来るのでしょうか? 無理じゃないかな、この夏いっぱい…。



アヒルレースに興じる内に日は過ぎ、精悍な顔になった柔道部三人組とサム君、憔悴しきったジョミー君の御帰還です。歓迎パーティーで一日が潰れ、その翌日が曲水の宴の最終打ち合わせ。明日は瞬間移動でマツカ君のお祖父さんの別荘へ出掛け、其処でアヒルとざるそばと…。
「女子はアヒルの誘導を頼むよ、違う方向へ行こうとしたらコレをね」
目の前にポイと投げるだけ、とアヒルが大好きな穀物、オートムギの袋が示されました。なんとも楽なお役目です。男の子たちは小川の側に座ってアヒルが来るのを待ち、アヒルの背中からざるそばのお皿を取って渡す役目は会長さんが。
「ついでに俳句も採点ってね。キースの短冊が白紙だった時は、ざるそば追加! 他のみんなはペナルティー無し、好きなだけ新そば食べ放題で」
「「「やったぁ!」」」
「くっそぉ、明日は絶対に勝つ!」
何処かで聞いたような台詞をキース君が口にし、大食いだか名句作りだかに燃えてますけれど。
「えーっと…。追加二名でお願いできる?」
「「「!!?」」」
誰だ、と一斉に振り返った先でフワリと翻る紫のマント。会長さんのそっくりさんがスタスタと部屋を横切り、ソファにストンと腰掛けて。
「ぶるぅ、ぼくにもアイスティー」
「オッケー! それとお菓子もだね!」
待っててね、と駆けて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」がアイスティーとグレープフルーツのシャルロットのお皿を運んで来ました。ソルジャーはウキウキとシャルロットにフォークを入れながら。
「明日のイベント、ぼくとハーレイも来たいんだけど…。ざるそばの量は足りるよね?」
「何を考えているのさ、君は!」
そんなにざるそばが食べたいのか、と会長さんが叫ぶと、ソルジャーは。
「ざるそばじゃなくて、なんだっけ…。俳句だったっけ? それがやりたい」
「「「へ?」」」
なんでまた、と目が点になる私たち。ソルジャーとキャプテン、俳句なぞとは全く縁がなさそうですけど、いつの間にか始めていたのでしょうか?
「五七五で詠めばいいんだろ? 本式のヤツだと長すぎて無理だけど、そっちだったら出来るでしょう、ってノルディに言われてやりたくなった」
「「「………」」」
よりにもよってエロドクター。なんで何処から、エロドクターが湧いたんですか~!



「なんだか面白そうだったしさ…」
アヒルでざるそば、とソルジャーはシャルロットをモグモグと。
「あっちで覗き見してたんだよね。それでどういうイベントなのかが気になって…。ノルディにランチのお誘いをかけて質問してみた」
「…それで?」
冷たい口調の会長さんですが、ソルジャーが怯むわけもなく。
「お勧めですよ、と言ってたよ。なかなかそういうチャンスは無いから、この際、ぜひとも雅な雰囲気を体験なさってきて下さい、と」
「…全然、雅じゃないんだけれど?」
「分かってる。でもさ…。ノルディが言うには、俳句に変更されている分、初心者でも参加しやすいって…。ぼくもハーレイも一応、稽古はしてるんだ」
五七五のね、とまで食い下がられては断れません。下手に断ったらSD体制がどうこうという反論不可能な必殺技が出るのも必至。会長さんは頭を抱え、キース君も額を押さえていますけれども…。
「…仕方ない…。二人追加だね、君とハーレイ」
「ありがとう! ハーレイもきっと喜ぶよ。明日は遅刻しないよう気を付けるから」
今夜は控えめにしておくね、と言うなりソルジャーは消えてしまいました。お皿は空っぽ、アイスティーもしっかり飲み干してしまって氷だけが。
「なんで、あいつらまで来やがるんだ…」
俺の人生が懸かっているのに、とキース君は深い溜息。ことの始まりの最初の溜息からカウントしたら何十回目だか、とっくの昔に数百回を越えて増殖中か。恐らく家でも吐いてるでしょうし、千の大台に乗ってるのかな…?



キース君の苦悩とはまるで無関係に乱入してきたソルジャー夫妻。翌日の朝、会長さんのマンションに行くと私服の二人が先に到着していました。
「おはようございます。初心者ですが、今日はよろしくお願いします」
「ぼくも初心者だし、お手柔らかにお願いするよ。あ、キース以外はペナルティー無しだね」
心配無用か、と手を握り合って二人はイチャイチャ。こんなバカップルに割り込まれた日には、キース君、名句を捻り出すどころじゃないかも…。
「くっそぉ…。シャットアウトだ、あいつらは視界から消してやる!」
集中あるのみ、とキース君が睨み付ける先にアヒルのケージが。マザー農場から借りて来たアヒルが一羽、のんびり座って羽づくろい。
「かみお~ん♪ お蕎麦の用意も出来たし、お出掛けする?」
「そうだね、キースの覚悟も決まったようだ」
出掛けようか、と会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それにゲストのソルジャーの青いサイオンが重なり合ったかと思うと身体が浮いて…。瞬きする間にマツカ君のお祖父さんの別荘の庭に到着です。執事さんが手配しておいてくれたらしく、小川の脇には緋毛氈を敷いた席が七ヶ所。
「いいねえ、すぐにでも始められそうだ。席順はどうする?」
お好きにどうぞ、と会長さん。
「積極的に詠みたがってる初心者を最初に据えるかい? キースの自信がつきそうだけど」
「え、その初心者って、ぼくたちのこと?」
それは照れるな、とソルジャーがキャプテンを見上げると、キャプテンも。
「そうですねえ…。出来れば目立たない最後の方が…」
「だよね、お前もそう思うよねえ?」
「乱入しといて選ぶ権利があると思うわけ!?」
今日の主役はキースだから、と会長さんが眉を吊り上げ、キース君は。
「…いや、初心者を踏み台にして詠んでいたのでは名句はとても…。俺は何処でも気にしない。場に飲まれるようでは大食いの道しか無いと言うことだ」
「ふうん? いい覚悟だねえ、評価はしよう。それじゃ、ブルーはハーレイと一緒に最後の二ヶ所に行くんだね?」
「うん。ハーレイが川上に座るんだ」
「へえ…。なかなかに度胸があるねえ」
こっちのハーレイとは大違い、と教頭先生のヘタレっぷりと比べて会長さんがクスクスと。バカップルの席は決まりましたし、後は適当に散るようですよ~!



キース君が選んだ席は男子五人のド真ん中。ジョミー君、サム君と流れてきた後に一句を詠んで、次へと流すポジションです。詠んだ俳句は短冊に書き、会長さんに手渡す仕組み。全員が席に着き、ざるそばを背負ったアヒルがスタートして…。
「ダメだったぁ~!」
詠めなかった、とジョミー君があっさりギブアップ。会長さんがアヒルの背中から取ったざるそばを麺つゆにつけてズルズルと。新しいザルを「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサッと会長さんに手渡し、アヒルが背負ってサム君の前へ…。あっ、ダメダメ、そっちじゃないってば~!
「ナイス! そんな調子で誘導よろしくお願いするよ」
投げ込んだオートムギを食べるべく、アヒルはクルッと軌道修正。サム君の前でざるそばが取られ、サム君は会長さんに白紙の短冊を。やはり簡単には一句詠めないみたいです。
「さてと、キースはどうなるやら…」
鼻でせせら笑う会長さんの声にも無反応なキース君が短冊に筆を走らせ、アヒルが前に到着しました。ざるそばを渡した会長さんが「追加は無しか…」と舌打ちをして短冊に手を。
「俳句の出来はそこそこかな? まあ、頑張って」
「分かっている。いきなり名句が捻り出せたら苦労はせん」
今の一句はウォーミングアップだ、と嘯いているキース君。次の場所に陣取ったシロエ君も負けじと提出したようです。その次のマツカ君も心得があるらしく、会長さんが笑顔で短冊チェック。アヒルはいよいよ初心者なキャプテンの前に到着ですが…。
「頑張ります!」
「「「は?」」」
何も声に出して気合を入れなくても、とドッと笑いが広がる中で、キャプテンは。
「今日もあしたも、ヌカロクで!」
バシャッ! と水音が響き、会長さんが滑らせた手からざるそばがザルごと小川の中へ。
「あーーーっ、ブルー、落っことしちゃダメーーーっ!」
素早く「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサイオンで拾い上げたものの、食べるのはどうかということで交換に。い、今、なんて言いましたっけ、キャプテンは? 短冊を渡された会長さんの顔が引き攣っています。
「え、えーっと…。これは何かな…?」
「俳句ですが?」
五七五にしたつもりなのですがダメでしょうか、とキャプテンは至極、大真面目。俳句ってあんなのでしたっけ? それにヌカロクって何なのでしょうか、未だに分かってないんですけど…。



斜め上な俳句をかましてくれたキャプテンでしたが、悪意はまるで無いようです。会長さんは頭痛を堪えてアヒルの背中にざるそばを乗せ、終点のソルジャーの所にアヒルがスイーッと。
「ありがとう」
ざるそばを渡されたソルジャーは艶やかに微笑むと。
「期待してるよ、思い切り」
「「「へ?」」」
アヒルに? それともざるそばに? 会長さんが短冊を手に取り、顔を顰めて。
「何さ、これ! 俳句じゃないし!」
「違うよ、ちゃんと五七五! それにハーレイの俳句とセットにするならこうだろう!」
ダメなんだったら書き直す、と短冊を奪い返したソルジャーの筆がサラサラと動き…。
「頑張って、シックスナイン、ヌカロクと! …これで文句は無いだろう?」
「き、君は…。君はいったい、どういうつもりで…」
ブルブルと震える会長さんと、「シックスナインって何だっけ?」と顔を見合わせる私たちと。俳句にしても何か変だね、と思念で囁き合っていると、ソルジャーが。
「だってアレだろ、川を挟んで向かい合ってさ、恋の歌を交わすと聞いたけど?」
ノルディが確かにそう言っていた、とソルジャーは自信満々です。曲水の宴ってそんなのでした? 私たち、イマイチ、詳しくなくて…。
「ノルディに何と質問したのさ!?」
会長さんが怒鳴り付け、ソルジャーは。
「えーっと…。名前を思い出せなかったから、キの付く行事で和歌を詠むんだ、って」
「………。それはノルディの勘違いだよ…。そっちは乞巧奠だってば!」
「「「キッコウデン?」」」
「七夕の行事さ。男女に分かれて天の川に見立てた白い布を間に挟んで、明け方まで恋の歌を交換し合うという習わしが…」
よりにもよって勘違いか、と会長さんが嘆いても既に手遅れ。ソルジャーは自分の思い込みを直そうなどとは思っておらず、もちろん帰る気など毛頭なくて…。



「やりましょう、四十八手もヌカロクも」
キャプテンが詠めば、ソルジャーの返歌。
「ヌカロクを超えて励んで、今夜もね」
もう何度目になるのでしょうか、男の子たちが食べ飽きて座を去ったというのにバカップルの歌は止まりません。いい加減、お腹いっぱいになりそうな頃なのに…。
「ダメだね、後ろにあっちのぶるぅがいるんだよ」
「「「ぶるぅ!?」」」
あの大食漢の悪戯小僧か、と私たちが目をむくと、会長さんが溜息交じりに。
「食べ飽きたらよろしくと言ってあったらしいね、あっちの世界にブルーが転送してるんだ。なにしろ底なしの胃袋だけに、どれだけ食べても大丈夫かと」
「そ、それじゃキースの大食いの線は?」
どうなっちゃうの、とジョミー君が心配そうに見詰める先にはアヒルとざるそば。会長さんがヒョイと取り上げ、キース君の前にざるそばを。
「頑張りたまえ。大食いか、一句捻るかだ。…いいね?」
「うう…。分かっている。あいつらには負けん」
歌でも大食いでも絶対に負けん、と歯を食いしばるキース君の努力を嘲笑うように。
「お望みとあらば一生ヌカロクで!」
「ヌカロクはいいね、今夜もヌカロクで!」
「「「………」」」
終わったな、と私たちはキース君に心の底から同情しました。大食い勝負はソルジャー夫妻の後ろに
「ぶるぅ」がいては勝てるわけがなく、胃袋の限界も近い筈。更に俳句とも呼べない迷句が飛び交う中では名句を捻るなど、まず無理で…。
「…………」
会長さんに短冊を差し出すキース君の額に脂汗が。もう無茶するな、と誰もが叫び出したい気持ちでした。でも、ここで止めたらキース君は俳句の会に入会するしか道が無く…。
「…ん? これは……」
会長さんの目が短冊に釘付けになり、キース君に「筆ペンを貸して」と短く一言。そしてサラサラと何やら書き加えています。もしかしてついに失格ですか? キース君の人生、終わりましたか?



短冊に加筆している会長さん。私たちが無言でつつき合っていると、会長さんは短冊をキース君の手にスッと返して。
「…君の歌だ。今日、即興で作りました、とアドス和尚に渡したまえ」
「「「………???」」」
「君の歌はぼくの心を打ったよ、だけどまだまだレベルが足りない。銀青として添削しておいた。君とぼくとの共作なんだし、堂々と提出できるだろう。清書して渡せば俳句の会には誘われないさ」
息子の方が上手いだなんてアドス和尚のプライドがね…、とクスクス笑う会長さん。
「君の本気が見たかった。ざるそば大食いで根性を見せたら、ぼくの句を渡そうと思っていたんだけれど…。よく頑張ったね、まさか俳句で突破するとは思わなかったな」
「…俺は負けんと言っただろう…。あいつらにだけは、絶対に…負けん…」
だがもう食えん、とギブアップしたキース君に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が胃薬を渡す中、私たちは万歳三唱でした。頑張りましたよ、キース君。これで俳句とサヨナラですよ~!
「負けません! あなたのために何発も!」
「負けないで、ヌカロク超えで頑張って!」
えーっと…。ざるそばを背負ったアヒルはキース君の前でゴールインだと思ったのですが…。
「あいつら、セルフざるそばかよ?」
サム君が呆れ、シロエ君が。
「そうみたいですね。ざるそばだけは山ほど残っていますもんねえ…」
いつまで続けるつもりでしょう、と溜息が幾つも上がる庭の小川をアヒルがスイスイ下ってゆきます。背中にざるそば、下る先にはバカップル。勘違いを貫きまくった二人のお蔭でキース君の名句が生まれたのですし、放っておくしかないんですけど…。
「えとえと、アヒルちゃん、疲れないかなぁ?」
心配そうな「そるじゃぁ・ぶるぅ」に、会長さんが。
「疲れたら勝手に岸に上がるよ、アヒルも馬鹿じゃないんだからね。キースだって此処まで頑張ったんだ、アヒルレースにもきっと勝てる日が来るさ」
「かみお~ん♪ 目指せ、大穴だね!」
バカップルも大概ですけど、この二人だってアヒルレースにかける根性は見上げたものかもしれません。そのせいでキース君はざるそば地獄でバカップル地獄になったんですけど、俳句会からの逃亡、おめでとう。アドス和尚に名句を見せて、晴れて自由の身ですよ、万歳!




        俳句と新蕎麦・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 シャングリラ学園番外編、今回が年内最後の更新です。1年、早いですね~。
 ハレブル別館の始動でご心配をおかけしましたが、無事故で1年、突っ走りました。
 来月は 「第3月曜」 更新ですと、今回の更新から1ヵ月以上経ってしまいます。
 ですから 「第1月曜」 にオマケ更新をして、月2更新の予定です。
 次回は 「第1月曜」 1月5日の更新となります、よろしくお願いいたします。
 皆様、どうぞ良いお年を~!

  
 そして、本家ぶるぅこと悪戯っ子な 「そるじゃぁ・ぶるぅ」、今年のクリスマスに
 満8歳のお誕生日を迎えます。一足お先にお誕生日記念創作をUPいたしました!
 記念創作は 『待降節のリンゴ』 でございます。
 TOPページに貼ってある 「ぶるぅ絵」 のバナーからお入り下さいv
   ←こちらからは直接入れます!
 毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませ~。

毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、12月は暮れのご挨拶のお歳暮で不安な雲行きに…?
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv



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※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv






春のお彼岸の慰安旅行に続いてお花見、新入生向けのイベントなどなど慌ただしかった時期が終わって今日はのんびり、普通の土曜日。今年のゴールデンウィークはどうしようか、なんて話をしながら会長さんの家のリビングで過ごすことに…。
「何処かお花見でも出掛けるかい?」
お昼も食べたし、と会長さん。
「北の方の桜はこれからだしねえ、瞬間移動でパパッと行くとか」
「えーっと…。それって、お花見だけ?」
屋台とかは、とジョミー君が尋ねると、キース君が。
「お前な…。アルテメシア公園の花見で散々食っただろうが! 花見と言ったら普通に花見だ、屋台なんぞは無い場所も多い」
風情を楽しめ、と言うキース君に、スウェナちゃんも。
「そうよ、人の少ない場所で綺麗な桜を見るのがいいのよ、お弁当も屋台も二の次よ!」
「かみお~ん♪ お出掛けするなら桜餅でも買ってくる?」
お花見だよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコと。
「ケーキじゃ気分が出ないでしょ? お花見団子も買った方がいい?」
「そうだねえ…。地元で調達もオツなものだけど」
お菓子が美味しそうな桜の名所は…、と会長さんはサイオンで各地の花を見ているようです。これはとっても期待できそう!
「俺、花見団子が食いてえなあ…」
サム君がボソリと言えば、他のみんなも。
「俺は断然、桜餅だな。だが、御当地銘菓も捨て難い」
「ぼくも御当地銘菓を推します、キース先輩に一票です!」
「屋台だってば!」
「ジョミーは黙っていなさいよ! 私も御当地銘菓が食べたいわ」
ああだ、こうだ、と好みを挙げつつ、会長さんの決定待ち。御当地銘菓か、桜餅か…。
「……お取り込み中を悪いんだけど」
「「「???」」」
あらぬ方から聞こえた声にバッと振り返ると、会長さんのそっくりさんが立っていました。いつものソルジャーの衣装ではなくて私服ですから、お花見に来る気満々ですねえ…。



空間を越えて割り込んで来たお客様。せっかくのお花見が大変なことになりそうです。今はソルジャーだけですけれど、参加受け入れを表明したが最後、キャプテンと「ぶるぅ」が呼び寄せられることは明々白々。バカップルと悪戯っ子の大食漢には散々苦しめられたのに…。
「また来たわけ?」
お花見はとっくの昔に行っただろう、と会長さんが苦い顔。
「今日のは豪華弁当も無いし、ちょっと出掛けてすぐ帰るだけ! 現地でお菓子を食べる程度で、君たちに旨味は無さそうだけど?」
「ああ、そっちの方は別にいいんだよ。どうぞ気にせず行って来て」
ぼくは留守番しているからさ、と意外な台詞が飛び出しました。
「お茶とお菓子さえ置いといてくれれば、一時間でも二時間でも…。どうぞごゆっくり」
「「「………」」」
怪しすぎる、と目と目で見交わす私たち。ソルジャーは人一倍のイベント好きでお祭り好きです。おまけに美味しいお菓子に目が無く、御当地銘菓と聞けば確実に食い付きそうなのに留守番だなんて…。それに桜はソルジャーが一番好きな花だと何度も繰り返し聞かされたのに?
「桜の花はどうするんだい? 見たいんじゃないかと思うけどな」
何故留守番を、と会長さんが訊くと、ソルジャーは。
「見たい気持ちは確かにあるけど、今日は君たちの邪魔はしないよ。…お願いしたいことがあるものだから」
「「「は?」」」
「自力じゃどうにもならなくて…。協力をお願いする立場として、我儘は言っちゃダメだろう? 君たちが戻るまで待たせて貰うよ」
行ってらっしゃい、とソルジャーはソファに腰掛けて右手でバイバイ。…どうするんですか、会長さん? お留守番を頼んでお出掛けですか?
「ちょーっと不安が無いでもないけど、今日を逃したら桜がねえ…。桜葛餅ってお菓子でどうかな、御当地銘菓は? 桜の花入りのピンクの葛餅」
「「「行く!!!」」」
お出掛けしよう、と歓声が上がり、お留守番なソルジャーにはお土産を買ってくることに。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が紅茶のポットやケーキ、焼き菓子などをテーブルに置いて…。
「かみお~ん♪ 行ってくるね~!」
パァァッと迸る青いサイオン。いざお花見に出発です~!



瞬間移動で降り立った先は山あいの小さな町でした。その日に作ったお菓子だけが並ぶお店で淡い桃色の桜葛餅を買い、山の方へ歩いて行くと立派な枝垂桜の木が。御当地銘菓があるわけです。
「うっわー、凄いねえ…」
大きすぎ、とジョミー君が見上げ、キース君が。
「おい、これは…。確か有名なヤツじゃないのか? その割に人がいないようだが」
「フライングで咲いたみたいなんだよ、観光バスが来るより先に…さ。この桜だけを見にマイカーで、っていう桜好きの人も他の名所が花盛りではね」
そっちが優先になるだろう、と言われて納得。まさに穴場な桜見物、会長さんのサイオンに感謝しながら満開の桜の下で葛餅を。
「美味しいわね、これ」
「桜餅とか花見団子だけじゃねえんだなぁ…」
気に入った、とサム君も。ソルジャーへのお土産に包んで貰った桜葛餅もきっと喜ばれることでしょう。私たちは普段の年なら観光客がひしめくと聞く枝垂桜をゆっくり楽しみ、たまに訪れる人は地元民だけ。こんなお花見もいいものだ、と誰もが満足。
「ね、思い切って来て良かっただろう? 留守番のブルーが気になるけどさ」
会長さんの言葉に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「えとえと、テレビ見てお菓子食べてるよ? 別に心配無いと思うけど…」
「その点はね。問題はブルーのお願いの方」
「「「あー…」」」
忘れてた、と溜息をつく私たち。大好きな桜を切り捨ててまでのお留守番とは、お願いの方もドカンと凄いかもしれません。お土産を買ったことを後悔するような展開にならないといいんですけれど…。
「そればっかりはね、ぼくにも全く分からなくって…。ブルーの心は読めないんだ」
サイオンのレベルはともかく経験値がまるで違いすぎ、と会長さんもお手上げ状態です。
「何を頼む気か知らないけれど、一応、覚悟はしておいて。桜は見られたし、これでチャラになる程度なことを祈るのみ!」
「そうだな、これだけの桜を貸し切れたのはラッキーだったぜ」
帰ったら親父に自慢しよう、とキース君が写真を撮っています。せっかくだから、と私たちも貸し切り桜の証拠写真を何枚も。こんな素敵な桜見物、二度とチャンスは無いかもですしね。



枝垂桜の巨木と桜葛餅を堪能した後、瞬間移動で会長さんの家へ。玄関で靴を脱ぎ、おっかなびっくりソルジャーがお留守番中のリビングに…。
「かみお~ん♪ ただいまぁ~!」
はい、お土産、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が桜葛餅の包みを差し出し、ソルジャーが。
「ありがとう。桜の方はどうだった?」
「んとんと…。とっても綺麗だったよ、ブルーも来れば良かったのに…」
「留守番でいいって言っただろう? あ、これ、食べていいのかな?」
「うんっ! お皿、取って来るね!」
ちょっと待ってて、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言い終える前にソルジャーは桜葛餅を鷲掴み。添えられていた菓子楊枝の袋なぞ見なかったように手づかみで。
「へえ…。美味しいね、これ」
「「「………」」」
「どうかした? あ、この桜の花って塩漬けなんだ」
葛餅の甘さにピッタリだよね、とモグモグモグ。ソルジャーのマナーの悪さは既に周知の事実ですけど、会長さんと同じ顔だけに目にすると衝撃も大きかったり…。ポカンとしている私たちを他所にソルジャーは桜葛餅を食べ終え、最後に指と手のひらをペロリと舐めて。
「御馳走様。…で、お願いをしてもいいかな?」
「……お願いねえ……」
嫌だと言ってもするんだろう、と会長さんが返すと、ソルジャーは大きく頷いて。
「決まってるじゃないか、こうして留守番もしてたんだしね。大丈夫、そんなに難しくは無い…んじゃないかな、君たちだったら」
「何かさせる気?」
「盛り付けを、ちょっと」
「「「盛り付け?」」」
なんのこっちゃ、と首を捻った私たちの前にソルジャーがヒョイと宙から取り出したものは大きなクーラーボックスでした。蓋が開けられ、中を覗き込めば色々なお刺身がギッシリと。ソルジャーは蓋を再びパタンと閉めて。
「これをね、盛り付けて欲しいんだよ。…うんとイヤらしくエッチな感じに」
「「「は?」」」
お刺身の盛り付けをイヤらしく? エッチな感じにって、何ですか、それ?



ソルジャーのお願い事はクーラーボックスにギッチリ詰まったお刺身の盛り付け。それくらいならお安いご用、と言いたい所ですが、注文内容がカッ飛び過ぎです。イヤらしくエッチに盛り付けろなどと言われましても、相手はお刺身というヤツで。
「…盛り付けを頼むと言ったんだよね?」
会長さんが確認すると、ソルジャーは。
「そう! ぼくは根っから不器用だからさ、サイオンでやっても無理なんだよね」
一応チャレンジしてみたのだ、と自分の不器用さを嘆くソルジャー。
「やるだけ無駄って感じだったよ、お刺身はぶるぅが食べたけど。…こういう時には無芸大食も便利かもねえ」
「なんでお刺身?」
「そりゃあ、そういうモノなんだろう? ノルディに教えて貰ったんだよ、こないだデートをした時に! 活け造りを食べてて、そういう話に」
あの活け造りは美味しかった、とソルジャーはひとしきりグルメ自慢を。エロドクター御用達の高級料亭に連れて行って貰ったみたいです。
「それでね、ノルディが言い出したんだ。お刺身の最高の食べ方は女体盛りだそうですが、私が食べるなら女体よりかは断然美形の男性ですね、って」
「「「………???」」」
ニョタイモリって何でしょう? それに美形の男性って? どんな食べ方なんだかサッパリ…。
「あ、もしかして誰も分かってない? なんかね、お皿の代わりに裸の身体に盛るんだってさ、お刺身を」
「「「え?」」」
「つまりこう、服の代わりかな? 食べ終えたらすっかり裸なわけで、後は楽しく」
「退場!!!」
さっさと出て行け、と会長さんがレッドカードを突き付けましたが、ソルジャーは全くひるみもせずに。
「別にいいだろ、お願いなんだし! ぼくはハーレイに最高の地球のお刺身を食べさせたいだけで、その後のことは君たちとは無関係だしね」
盛り付けが上手く出来ない分を手助けして欲しいだけなのだ、とズイと出ました、クーラーボックス。もしかしなくても、これにギッチリ詰まったお刺身をソルジャーに盛り付けるんですか? うんとイヤらしくエッチな感じにって、ソルジャーが裸だからですか…?



期待に満ちた顔のソルジャーと、顔面蒼白の会長さんと。私たちだって目が点です。けれどソルジャーはウキウキと。
「ぼくが自力でやった時はさ、お刺身が綺麗に並ばなくって…。ぶるぅを呼んで「どんな感じ?」と尋ねてみたら、「なんかグチャグチャ」と呆れられちゃった。それで頼みに来たんだよ」
ぶるぅも手先はイマイチで…、と言われて頭痛の私たち。もしも「ぶるぅ」が「そるじゃぁ・ぶるぅ」みたいに器用だったら、こんなことにはならなかった気が…。
「頼むよ、盛り付けるだけでいいんだってば!」
「…衛生面から大却下だよ!」
お刺身が傷む、と会長さんが反撃に出ました。
「お刺身は何度も食べているだろ、アレは鮮度が命だから! 体温で温まったら傷んでしまうし、美味しく食べるには冷たくなくちゃ!」
生温かいお刺身なんて、と会長さんに突き放されたソルジャーですが。
「そこはノルディも分かっていたよ? 「あなたならサイオンで冷やせますから、本当に最高のお刺身でしょうね」と呟いてたし…。男のロマンだと言われちゃうとさ、是非ハーレイに食べさせたいと思っちゃうわけ」
サイオンで冷やす方だけはバッチリだった、と失敗したらしいケースについて語るソルジャー。
「ぶるぅはグチャグチャなお刺身には文句をつけていたけど、味に文句は無かったようだよ。「地球のお刺身は美味しいもんね」と大喜びで食べてたし!」
「……君の身体に乗っけたヤツを?」
「途中まではね。…放っておいたらぼくまで齧られそうな気がして、途中で逃げた」
お刺身をお皿に移してバスルームへ、とソルジャーは肩を竦めています。大食漢の「ぶるぅ」は夢中になったら何でもガツガツ食べまくりですし、ソルジャーだって齧っちゃうかもしれません。逃げたというのは正解でしょうが…。
「齧られてこそだよ、女体盛りはね」
君の場合は男体盛りか、と会長さんが吐き捨てるように。
「お刺身の方がついでなんだよ、その食べ方は! 齧られておけば良かったのに」
「嫌だよ、ぶるぅの歯形なんて! 同じ齧られるならハーレイの方が…」
だから盛り付けをお願いしたい、とソルジャーは譲りませんでした。でも…。裸のソルジャーに盛り付けるなんて…。
「あ、そこは心配要らないから! ぼくだって最低限のマナーは心得ているし、盛り付けて貰う間はちゃんと水着を着ておくよ」
帰ってからサイオンで脱げばいいんだしね、とニッコリ笑っているソルジャー。クーラーボックスをズイと押し出し、帰る気配もありません。私たち、万事休す……ですか……?



うんとイヤらしく、エッチな感じに。ソルジャー御注文のお刺身の盛り付け、結局、会長さんのレッドカードな攻撃が何度炸裂しても断れなくて…。
「…んーと…。ぼくのイメージでは、そこはトリガイ…」
「君の意見は聞いてないっ!」
黙っていろ、と中トロの載ったトレイを持った会長さん。キース君がイカでジョミー君はヒラメを担当、シロエ君は鯛、マツカ君が大トロ、サム君がホタテ。他にも海老やらウニやら、トリガイにタコに…。
「…なんで俺たちまでこんなことに…」
「しょうがねえだろ、ブルーだけだと気の毒じゃねえかよ」
要は盛り付ければいいんだし、とサム君がお箸でヒョイヒョイと。開き直った男子五人はニワカ板前と化していました。ソルジャーの注文どおりにお刺身を並べてゆくのがお仕事で。
「かみお~ん♪ はい、大トロ追加~!」
どんどん出るね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がクーラーボックスの中からお刺身を。ソルジャーがサイオンで細工をしていたらしく、見た目以上に中身が詰まっているのです。男の子たちは自分のトレイが空になる度に次のトレイを素早く渡され、ソルジャーの上に盛り付ける羽目に。
「ふふ、最後の仕上げが肝心ってね。…うんとイヤらしくエッチに、だよ?」
「分かったよ! やればいいんだろう、君のイメージどおりに!」
ぼくがやる、と会長さんがニワカ板前の五人を下がらせ、お刺身をお箸で慎重に。水着の上が大事だというのは分かりますけど、他にもポイントがあるようです。胸の上とか…。
「俺にはサッパリ分からんな」
これを食いたいと言うヤツが、とキース君が腕組みをすれば、ジョミー君も。
「だよねえ、なんか食欲失せるけど…。当分、お刺身、食べたくないなあ」
「…ぼくはお寿司も無理な気がします…」
特上握りが好きなんですが、とシロエ君が深くて長い溜息。その間にも会長さんはバラエティー豊かに盛り付けを仕上げ、ソルジャーが思念体とやらで抜け出して自分の身体を確認して。
「ありがとう。いい感じだよ、イメージぴったり! 後はサイオンで冷却しながらハーレイが来るのを待つばかり…ってね。それじゃ、さよなら」
また来るね、と思念を残してお刺身満載のソルジャーがフッと消え失せました。リビングに漂う脱力感と虚脱感。…とんでもない日になっちゃいましたが、今日の桜は綺麗だったなぁ…。



翌日、ソルジャーは姿を現しませんでした。大量のお刺身がどうなったのかは考えたくもなく、私たちは会長さんの提案で瞬間移動でのお花見、再び。あちこちの桜の名所をハシゴし、御当地グルメを食べまくる内に昨日の騒ぎは遠いものとなり…。
「今日の桜も凄かったよねえ、屋台も行けたし!」
夜桜も最高、とジョミー君。仕上げに訪れた桜の名所はライトアップされていて、アルテメシア公園のような屋台こそ無いものの、あちこちでお花見の宴会が。私たちも豪華お花見弁当を買い込み、会長さんがサイオンでキープしておいた特等席でワイワイと。
「このお弁当も美味しいですよ。会長、ありがとうございます」
予約しといて下さったんですよね、とシロエ君が御礼を言うと、会長さんは。
「御礼ならハーレイに言うべきかもね」
「「「え?」」」
「お花見に行くからお弁当代を出してくれ、って頼んだから」
「あんた、こないだの花見でもたかってたろうが!」
またやったのか、と額を押さえるキース君。
「教頭先生がお気の毒だぞ、慰安旅行の費用も出して下さったのに…。そこへ花見が二回だと? あんた、どこまで厚かましいんだ」
「別にいいじゃないか、ハーレイはそれが生甲斐なんだし」
未来の嫁には貢いでなんぼ、と会長さんは涼しい顔。
「君たちとお花見に行くとなったらドカンと奮発しなくちゃね。財布が空になりそうだ、とは言ってたけれど、心の中ではガッツポーズさ。頼られるだけで嬉しいらしい」
「…あんた、分かってやってるな…」
「それはもちろん」
ブルーがノルディにたかるのと同じ、と嘯いている会長さん。教頭先生、最初の頃は定期試験の打ち上げパーティーの費用だけを負担して下さっていたのに、いつの間にやら会長さんのお財布ポジションにおられます。お気の毒とは思いますけど、私たちにはどうしようもないですし…。
「まあ、いいか…。教頭先生がいいと仰っているならな」
キース君の言葉に、会長さんが。
「そうだよ、ハーレイはぼくにぞっこんなんだし、構って貰える間が花さ」
たとえお財布代わりでも…、と会長さんはパチンとウインク。
「ハーレイの財布の前途を祝して乾杯しようよ、また毟らなきゃいけないしね」
「「「……前途……」」」
まだ毟る気か、と呆れ返りつつ、でも財源は大切で。夜桜と教頭先生の財布にとりあえず乾杯しときますか…。



次の日からは普通に授業で、放課後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋にたむろする日々。今日も部活が終わった柔道部三人組を迎えて焼きそばを食べていたのですが。
「こんにちは。…この間はどうも」
「「「!!!」」」
焼きそばを頬張ったままで無言の悲鳴。紫のマントが優雅に翻り、ソルジャーが空いているソファにストンと腰を。
「今日のおやつは…、と。たまには焼きそばもいいかもね」
「かみお~ん♪ 焼きそばからにする?」
はいどうぞ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお皿に盛り付け、ソルジャーは早速お箸でパクパク。食べ終えると緑茶で喉を潤し、お次はケーキで。
「ふうん、桜クリームのモンブランなんだ?」
「えっとね、おっきい型で焼いたの! 一個ずつのもいいけど、ボリュームたっぷりのタルトもいいでしょ?」
お代わりもあるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は御機嫌です。
「えとえと、こないだのお刺身はどうだったの?」
子供ならではの無邪気な発言は爆弾そのもの。それを訊くな、と誰もが心で上げた叫びはソルジャーに綺麗に無視されて。
「お刺身かい? そりゃあ喜んで貰えたよ。ハーレイ、予定には無かった特別休暇を取ってくれてさ、いわゆるキャプテン権限で」
「美味しく食べて貰えたんだね!」
「うん。それはもう、お皿のぼくまで舐めるように…ね。ぶるぅも手伝ってくれてありがとう。そこの君たちにも感謝してるよ、またよろしく」
「お断りだよ!!!」
誰がやるか、と会長さんが跳ね付け、男の子たちも首を必死に左右に。スウェナちゃんと私は両手で大きくバツ印ですが、ソルジャーはモンブランを頬張りながら。
「でもねえ…。ぼくは不器用だし、ぶるぅもダメだし、アレをやるにはお願いするしか…。ハーレイも凄く感激してたし、またいつか」
「自分で盛れるように修業したまえ!」
それもサイオンの訓練の内だ、と会長さんが突っぱねてますが、ソルジャーのサイオンが更にパワーアップしたら私たちも無事では済まないような…?



夢の盛り付けを二度三度、とロクでもない夢を見ているソルジャー。今日は御礼を言いに来たとか言ってますけど、御礼ついでに次のお願いを兼ねていることは間違いなくて。
「ホントのホントに喜んだんだよ、ハーレイは! 食べ尽くされるかと思うくらいの勢いでさ…。「お刺身はアレに限りますね」って何度も耳元で囁かれてる」
「だったら自分で盛ればいいだろ!」
好みのお刺身を自分流で、と会長さんはソルジャーを撃退するべく奮闘中。
「それがダメならノルディだね。君の頼みなら喜んで手伝ってくれると思うよ、手先も器用だ」
外科医だしね、と会長さんが告げると、ソルジャーは。
「うーん…。流石のぼくもノルディはちょっと…。ウッカリ流されてハーレイを裏切るようなことになっちゃうのはねえ…」
「その危険性は認識してたんだ? しょっちゅうデートをしているくせに」
いっそノルディに食べられてしまえ、と会長さんは毒づきましたが。
「それは困るな、ぼくは結婚してるんだしね。浮気をしたい時ならともかく、それ以外では他の男は…。そんなことより、君の方だよ」
「え?」
「君だよ、君。こないだもハーレイにたかっていたよね、御礼に食べられてあげればいいのに」
「必要ないっ!」
そんなつもりも必要も無い、と会長さんは眉を吊り上げ、ソルジャーが。
「じゃあ、せめてビジュアルだけでもさ! ほら、たまに食堂の前とかに…」
「「「???」」」
「なんて言うのかな、料理の見本? ソックリに作ったヤツがあるだろ、ああいう感じでビジュアル提供! どうせハーレイには食べられないんだ、君の身体に盛ったお刺身」
食べる前に鼻血で倒れておしまい、とソルジャーはニヤニヤしています。
「見た瞬間にアウトかもねえ、鼻血を噴いて即死ってね。一度、挑戦してみたら?」
「そういう趣味は無いってば!!」
なんだって女体盛りなんか、と喚き散らしていた会長さんの声のトーンが急に下がって。
「……待てよ……。ブルーだって水着を着ていたんだし……」
要は裸にならなきゃいいのか、と唇に浮かぶ怪しげな笑み。ソルジャーも我が意を得たり、とニッコリと。
「やる気になった? 水着一枚でかなり違うと思うよ、心理的負担」
「…そうかもねえ…」
水着どころかフルに着てても大丈夫かも、と思案している会長さん。お刺身盛り付け、まさか今度は会長さんに? 水着ならぬウエットスーツでも着るつもりですか、会長さん…?



「食べられないって所がポイント高いかもだよ、君の提案」
使えそうだ、と会長さんがソルジャーに向かって頷き、愕然とする私たち。お刺身の悪夢、再来です。ソルジャーが不器用な以上、会長さんに盛り付けるとなったら誰かが思い切りババを引かされ、イヤらしくエッチな盛り付けとやらを担当する羽目になるのでは…。
「え、盛り付けの担当かい? 別にブルーでも大丈夫な気が」
相手はたかがハーレイだし、と会長さん。
「それにね、いくらブルーが不器用でもさ…。お箸を使えって言うわけじゃないし、素手で扱ってもオッケーかと」
手さえ綺麗に洗っておけば、と会長さんは笑っていますが、お刺身を素手で? まあ、ソルジャーはサイオンで冷やすという究極の技を持ってますから、いいんでしょうか?
「素手でねえ…。でも、ぼくの不器用さは変わらないよ?」
「別に綺麗に盛り付けなくてもいいんだってば」
「ダメダメ、そこは譲れないよ! 盛り付けがアレの命だと思う」
うんとイヤらしくエッチでなくちゃ、と主張するソルジャーに、会長さんは。
「それはあくまで上級者向け! ハーレイみたいに鼻血でダウンな万年童貞のヘタレにはねえ、どんな見た目でも刺激的だよ、たとえ嫌いな食べ物でもさ」
「「「は?」」」
教頭先生、お刺身、お嫌いでしたっけ? それは無かったと思います。手巻き寿司パーティーに何度もいらしてますし、苦手なお刺身も無かったような…。
「誰がお刺身でやると言った? ぼくが着るのはパンケーキ! ついでにホイップクリームなんかもたっぷりかけるといいかもねえ…」
お砂糖たっぷり、甘みたっぷり、と会長さんは悪魔の微笑み。
「どう考えても手も足も出ないよ、ハーレイは。それでも食べようと頑張るだろうし、ダメ押しに一発、ちょっとエッチな気分にね」
「何をするのさ?」
興味をそそられたらしいソルジャーに、会長さんが。
「食べる行為に集中出来るよう、両手を後ろで縛ろうかと…。食べるためには、ぼくの身体に顔を近づけるしかないって仕組み」
「……ナイスすぎるよ、そのアイデア……」
喜んでハーレイの両手を縛らせて貰う、とソルジャーの瞳がキラキラと。会長さんの身体に盛り付けるモノはお刺身ならぬパンケーキ。しかもお砂糖たっぷりだなんて、教頭先生には御礼どころか拷問ですよ…。



こうして会長さんにパンケーキを盛り付けることが決定しました。イベント開催は今度の週末、土曜日の夜。教頭先生宛に会長さんが「日頃お世話になっているから御礼をしたい」と招待状を送り、私たちは土曜日のお昼前に会長さんのマンションへ。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
お昼はシーフードパエリアだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。お刺身で始まったアイデアだけにシーフードで景気づけをするべし、というのが会長さんの方針らしく。
「やあ、来たね。ブルーも来てるよ」
「こんにちは。今日のハーレイ、楽しみだねえ…」
ワクワクするよ、と会長さんのそっくりさん。このソルジャーのパートナーであるキャプテンは非常に美味しい思いをしたようですけど、キャプテンそっくりの教頭先生を待っている罠は…。
「パンケーキはぶるぅが大量に材料を仕込んでいるよ。お砂糖多めのレシピでね」
「あんた、鬼だな…」
御礼どころか仇で返すか、とキース君が吐息をついても気にしないのが会長さんで。
「まずはシーフードで景気づけ! それでねえ…。ブルーと相談してたんだけど…」
首筋と手足は出すべきだね、と会長さんはパエリアをスプーンで掬いながら。
「大サービスで鎖骨あたりまでは見せてもいいかな、と思うんだ」
「腕は肩まで見せなきゃダメだよ、足は膝下くらいまでかな」
それ以上は君が嫌だろう、とのソルジャーの指摘に、会長さんは首を縦に。
「どうせハーレイが食べられるような厚みに盛りはしないけど…。頭の中の妄想爆発を考えちゃうとね、見せすぎはぼくが嬉しくない。服はキッチリ着ておかないと」
「「「服?!」」」
「そう。タンクトップと膝丈のパンツは外せないね」
もちろん下着もバッチリと、と片目を瞑る会長さんが目指す方向はソルジャーとは正反対でした。食べて貰うのではなく食べられない方、しかもガードはガッチリです。何も知らない教頭先生、どの段階で鼻血の海に沈むんでしょう?



食事の後は甘い匂いが満ち溢れました。お砂糖たっぷりパンケーキの山が幾つもリビングに運び込まれて、トドメに大きなボウルいっぱいのホイップクリーム。着替えを済ませた会長さんが先日のソルジャーよろしく横たわった上に、男の子たちがパンケーキを。
「そこはもうちょっと下の方かな。鎖骨がギリギリ見えるのがオススメ」
こんな感じで、とソルジャーがキース君の置いたパンケーキをずらし、その間にもジョミー君たちはパンケーキを会長さんに被せています。基本は一ヶ所に三枚分の厚み。教頭先生、どう考えても会長さんの素肌ならぬ服を拝めそうにはありません。
「いいねえ、お刺身ならぬパンケーキかぁ…。仕上げにホイップクリームだよね?」
これは任せて、とソルジャーが会長さんにトッピング。曰く、イヤらしくエッチな感じにしてみたそうです、私たちにはサッパリですが…。
「そそる部分に多めに盛ってみたんだけれど? まずはクリームを舐め取らないとパンケーキに辿り着けないってね」
そそるも何も、パンケーキの上は一面のホイップクリームの海。ソルジャーこだわりのデコレーションとやらは白いクリームの海に紛れて目立つような目立たないような…。どの部分だろう、と私たちが首を捻っているとチャイムの音がピンポーン♪ と。
「かみお~ん♪ ハーレイが来たよ!」
迎えに出た「そるじゃぁ・ぶるぅ」が跳ねるような足取りで戻って来るなり、ウッという声が。
「……ほんばんは……」
会長さんの姿を見るなり鼻血の危機な教頭先生。「こんばんは」も言えないようですが。
「本番は、って訊くのかい? 気が早いねえ…」
まずはパンケーキを味わってから、と横たわった会長さんが艶やかな笑みを。
「君のために焼かせたパンケーキなんだ、本番は完食してからだってば。とはいえ、ぼくを食べたい気持ちは分かるし、二人で最初から楽しもうよ」
「……はのひむ?」
「そう、楽しむ。パンケーキもクリームも、手を使わずに食べるんだ。いいだろ、ぼくをうんと近くで味わえて? ブルー、頼むよ」
「了解。ハーレイ、ちょっと失礼」
手を後ろへ、とソルジャーに素早く両手を縛り上げられた教頭先生。パンケーキを纏った会長さんの甘いベールを口で剥がすべく、床に膝をついて身体を前へと倒してゆかれたのですけれど…。



「…ここまでヘタレとは思わなかったよ…」
早くどけてくれ、と会長さんが苦しそうな声を上げています。教頭先生はパンケーキを何処から食べるべきかと逡巡する内に限界突破で、鼻血を噴いて前のめりにダウン。結果的に会長さんの胸から下を派手に押し潰し、ピクリとも動かないわけで。
「んとんと…。どけるのはいいけど、パンケーキ…」
ハーレイの鼻血でダメになっちゃった、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がションボリと。ソルジャーが纏っていたお刺身がキャプテンに喜ばれた話を素直に受け入れただけに、パンケーキも教頭先生に喜んで貰えると本気で信じていたようです。
「なるほど、ぶるぅをガッカリさせた、と…。これも罪状に加えるべきか…」
パンケーキを無駄にしただけでなく、と押し潰されたままの会長さんが右手の指を折りながら。
「ハーレイの意識が戻った暁にはパンケーキ完食まで監禁だね。ぼくを潰した罪も重いよ」
「監禁なんだ? いいねえ、もちろん縛ったままだね」
今度は奴隷プレイは如何、とソルジャーが嬉しそうに教頭先生の背中を指先でツンツンと。
「首輪をつけてさ、鎖に繋いで、完食するまであれこれと……ね」
「…君に任せると鼻血地獄から抜け出せない気もするんだけれど…」
地獄に落ちるほどの罪は充分犯したか、と会長さんは赤い瞳のそっくりさんな悪魔と結託しちゃったみたいです。まだ会長さんを押し潰している教頭先生、意識が戻ったら完全に地獄。天国だった時間が何処までなのか分かりませんけど、このまま昇天なさった方が…。
「そうかもね。このまま死んだらまさに天国、童貞ながらも腹上死かな?」
「「「…フクジョウ…?」」」
ソルジャーが口にした謎の言葉に首を傾げれば、会長さんが。
「どうでもいいけど早くどけてよ、重いんだってば!」
「瞬間移動で抜け出せるだろう? それともアレかな、嫌よ嫌よも好きの内?」
「違うっ!!!」
パンケーキの山から瞬時に抜け出した会長さんがソルジャーに飛び掛かり、教頭先生は憐れパンケーキと鼻血の海に。ソルジャーが言ったフクジョウなんとかで天国に旅立たれるのか、踏み止まって生き地獄か。読経のプロたちが控えてますから、心おきなく選んで下さい~!




            盛り付け色々・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 シャングリラ学園番外編は去る11月8日で連載開始から6周年となりました。
 ハレブル別館の始動でご心配かと思いますけど、更新ペースは落ちませんからご安心を。
 シャングリラ学園番外編はまだまだ続いていきますよ!
 10月、11月と月2更新が続きましたが、12月は月イチ更新です。
 来月は 「第3月曜」 12月15日の更新となります、よろしくお願いいたします。 
 毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv

毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、11月はスッポンタケ狩りの収穫物を巡って荒れそうな…?
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv






※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv






ハロウィンにはまだ早いですけど、しっかり十月、気分は秋です。衣替えが済んだ直後は暑い日も何日かあったとはいえ、もう長袖にも馴染みました。今日は秋晴れ、空気も爽やか。予鈴が鳴って、間もなく朝のホームルームが始まる時間で…。
「諸君、おはよう」
靴音も高く現れたグレイブ先生、何故か普段よりも厳しい顔つき。それに気付いた何人かがコソコソ小声で話していると。
「そこの馬鹿ども! 遅刻でいいな」
「「「えっ?」」」
「遅刻扱いでいいな、と言ったのだ。出欠を取っている時に雑談するなら返事をする意欲も無いだろう。返事が無い者は存在しない。要するに遅刻だ。反論は認めん」
出席簿に書き込まれる遅刻の証。犠牲者は全部で八名でした。
「これに懲りたら、以後、雑談は慎むことだ。今日の一時間目は数学だ。…雑音の無い授業を期待している」
シーン…と凍りつく教室の空気。グレイブ先生は淡々と朝の連絡事項を告げ、日直当番が今日の委員会活動などについて話してホームルームは終わりましたが…。
「な、なんだったんだよ、アレ…」
グレイブ先生が数学科の準備室へと戻って行った後、1年A組は上を下への大騒ぎ。遅刻マークを書かれた人は元より、そうでないクラスメイトたちもザワザワと。
「雑談で遅刻ってあったっけ?」
「いや、知らない。…待てよ、前にはあったかも…」
どうだった、と訊かれる対象は当然、私たち特別生の七人組とアルトちゃん、rちゃんの九人ですが、生憎とそんな記憶はありません。1年A組で学び始めて長いですけど、たかが雑談、それもヒソヒソ声で遅刻扱いになるなんて…。
「そうか、無いのか…。俺たち、運が悪かったのかも」
「仕方ないよな、書かれちゃったら…。グレイブ先生、何かあったのかな」
あの顔つきがくせものだ、という点についてはクラス全員の意見が見事に一致しました。私たちもグレイブ先生の機嫌の良し悪しは顔つきでほぼ分かります。今日の御機嫌は相当に斜め、仏滅級だと思われますが…。
「ぶ、仏滅って…。それじゃ十三日の金曜日とかは?」
「まだ分からん。ついでに俺はキリスト教とは無縁なんでな」
まあ頑張って静かにしておけ、とキース君が突き放した所でキンコーンと一時間目の五分前を告げる予鈴の音が。私たちの周りに群がっていたクラスメイトたちはバタバタと自分の席へ駆けてゆき、授業の支度を始めました。教科書にノート、筆箱などなど。これで準備はオッケーですよね?



本鈴が鳴って緊張し切った教室の外の廊下にグレイブ先生の靴音がカツカツカツ。やがてガラリと扉が開いて、噂の当人の御登場です。グレイブ先生は真っ直ぐ教卓に向い、クラス全体を見回すと。
「よろしい、全員出席、と…。では、教科書とノートを片付けたまえ」
「「「え?」」」
「片付けたまえ、と言ったのだ! 今から抜き打ちテストを行う」
「「「えぇぇっ!?」」」
そんな殺生な、とクラス中から上がる悲鳴を無視してグレイブ先生は教科書とノートをカンニング出来ないように鞄に入れさせ、前から順にレポート用紙が配られて。
「問題は今から黒板に書く。制限時間は十五分だ。それが終わったら即、回収。授業時間内に採点を行い、間違えた者は昼休みにグラウンドを駆け足で五周としておく」
「「「ご、五周…」」」
シャングリラ学園自慢のグラウンド。五周ともなれば半端な距離ではありません。死ぬ、という声も上がっていますがグレイブ先生はサラッと無視して黒板にチョークで問題を。げげっ、ただの数式じゃないんですか! よりにもよって証明問題、これはキツイかも…。
『ヤバイんじゃないの?』
ジョミー君の思念波が届きました。
『ぼくたちは普通に解けるけれどさ、他のみんなは…』
『ヤバイだろうな』
下手をすればクラスの殆どがアウト、とキース君も同意しています。
『しかし今からあいつを呼んでも手遅れだぞ』
『会長、今日は登校していないんでしょうか?』
シロエ君の思念に、サム君が。
『俺、今朝も一緒に来たけどなぁ…。朝のお勤めに行って来たから』
『だったら、どうして…』
クラスのピンチに来ないんでしょう、というマツカ君の疑問に対する答えは誰も持ち合わせていませんでした。たまには実力を思い知れ、との考えで放置プレイとか…?
『それは大いに有り得るな…。いつも頼りっぱなしだからな』
こんな日もあるさ、とキース君。思念波を交わしながらも私たちはサラサラと答えを書いていますが、クラスメイトたちの方はサッパリで。
「十五分経過! テストはこれで終了とする。後ろから順番に前へ回すように」
採点時間中は各自で自習、とグレイブ先生。列の後ろから回されてきたレポート用紙は大部分が白紙で、ジョミー君たちが座っている列も同じ状態。グラウンド五周が目の前に迫った1年A組、阿鼻叫喚の地獄になりそうな…。



定期試験は会長さんに全てお任せな1年A組。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーなのだと称して意識の下に正解が送り込まれてくるのですから、それさえ書けば満点です。何もしなくても全科目で満点を取れるとあって、予習復習を舐め切って今日まで暮らした結末は。
「諸君。…私は深く絶望している。なんなのだ、この悲惨さは!」
満点が九人しかいないではないか、とグレイブ先生は赤ペンで教卓をコツコツと。九人ってことは特別生以外は全滅だったということで…。
「辛うじて半分解いた者もいるが、最後まで解いていない以上はそれも間違いに含まれる。いいな、特別生の諸君以外は昼休みにグラウンドを駆け足で五周!」
「「「えーーーっ!!!」」」
「えーっ、ではないっ! 自分の力不足を反省しつつ、今日からの予習復習に生かしたまえ」
「「「そ、そんな……」」」
あちこちで悲鳴が上がる中、私たちは思念でヒソヒソと。
『アレって絶対難しすぎよね、この前、習ったばかりのトコでしょ?』
『ああ。普通に復習していたとしても難しかったかもしれないな』
それにしても…、とキース君。
『グレイブ先生に何があったんだ? 朝の遅刻の扱いといい、かなり機嫌が悪そうだが…。十三日の金曜日並みと言ってもいいようなレベルだぞ』
『だよなあ、おまけに仏滅で三隣亡だぜ』
本当に何があったんだろう、とサム君が思念で呟いた時。
「多分、栗御飯の祟りなんだよ」
『『『え?』』』
いきなりジョミー君の肉声が聞こえ、ギョッと息を飲む私たち。ジョミー君は慌てて口を押さえていますが、グレイブ先生の耳にも入ったようで。
「ジョミー・マーキス・シン! 今、栗御飯と聞こえたが…?」
「それとチキンの竜田揚げです、変わり卵焼きと大学芋も」
ザワワッと教室中がどよめき、言い放ったジョミー君もまた顔面蒼白。グレイブ先生は両手の拳をグッと握り締めてブルブルと…。
「ふざけるのも大概にしておきたまえ! どうやらグラウンドを走りたいようだな、特別に貴様も追加する。いいか、昼休みに五周だぞ!」
そこでキンコーンとチャイムが鳴って、恐怖の一時間目は終了しました。ジョミー君までグラウンド五周になった理由は謎の栗御飯な発言ですけど、アレっていったい何だったの…?



「おい、栗御飯って何だよ、ジョミー」
グレイブ先生が出て行った後、サム君が早速尋ねましたが、ジョミー君は。
「…ぼくにも分からないんだよ…。どうしてなんだろう、口が勝手に」
「竜田揚げもか?」
キース君が念を押し、シロエ君も。
「変わり卵焼きって言いましたよね? それに大学芋」
「う、うん…。おかしいなぁ、ママはそんなの作ってないけど…。昨日の夜はチキンカレーで、朝は普通にソーセージと目玉焼きだった」
「栗御飯が入り込む余地は無さそうだな」
カレーではな、とキース君。
「チキンは確かに竜田揚げと被るが、お前の頭に献立表が入っているとは思えない。俺もチキンとだけ言われて料理が幾つ浮かんでくるか…。そういうのはぶるぅが得意そうだが」
「ぶるぅ……ですか?」
シロエ君が顎に手を当てて。
「もしかしたら、あれは会長の昼御飯かもしれません。ジョミー先輩にグラウンド五周をさせてみたくて口走らせたとか、ありそうですよ」
「ブルーが…? ぼくって恨みを買っていたっけ?」
「何を今更…。何年越しで買っていると思っているんだ」
いつまで経っても仏弟子の自覚ゼロ、とキース君が呆れ果てた口調で首を振っています。
「俺の大学の専修コースに入るどころか、朝のお勤めにも行かないしな。不肖の弟子にも程がある。破門の代わりにグラウンド五周の刑なんだろうさ」
「そうなるわけ? そんな理由で栗御飯だとか言わされたわけ…?」
「祟りだと言っていただろう? 間違いなくあいつの祟りだな」
諦めて五周走ってこい、とキース君はにべもありません。そういう理由なら庇いだてすることも同情すらも特に必要無さそうです。昼休みにはクラスメイトと仲良く走ればいいじゃないか、と私たちは結論付けました。
「酷いや、なんでぼくだけ走らされるのさ!」
「やかましい、走るのは得意だろうが!」
たまにサッカー部の練習に混ざってグラウンド中を走っているよな、とのキース君の指摘にグウの音も出ないジョミー君。ボールを追うのと黙々と走るのとは全く別物という気もしますが、この際、頑張って走りましょうよ~!



こうしてグラウンド五周の刑に処されたジョミー君。私たちがサッサと見捨てて学食に出掛け、先にランチを食べていたことを放課後になってもブツブツと。
「…なんで買っといてくれなかったのさ! ぼくの食券!」
「分からねえだろ、何を食うのか」
そんなの勝手に買えるかよ、と中庭を歩きながらサム君が。
「席は取っといたんだし、それで恩に着てくれなきゃな」
「まったくだ。お前が連絡を寄越したんならともかく、何もしないで買っておけは無い」
お目当ての食券が売り切れていても別のメニューがあるだろう、とキース君。
「でもさ、ハンバーグ定食だったし! アレのある時は必ず買うし!」
「そうかぁ? ラーメン食ってた時もあるだろ」
覚えてるぜ、とサム君が返せば、ジョミー君も負けじとばかりに。
「アレは特別出店だったよ! ゼル先生のコネで来たラーメン屋さんの!」
一日限りのメニューだった、とゴネるジョミー君。そのラーメンは記憶にあります。料理の腕はプロ顔負けのゼル先生が何処かで飲んでいて知り合ったらしい頑固一徹のラーメン屋さん。行列が出来ようとも売り切れ御免で店を閉めると評判なのが来たわけで。
「いいじゃねえかよ、そのラーメンを逃したわけじゃねえんだからよ」
たかがハンバーグ定食くらい、とサム君は冷たく、他のみんなも似たようなもの。そりゃ、グラウンドを五周も走らされてから来た食堂で好物のメニューが売り切れだったらショックでしょうけど…。
「とにかく、お前は自業自得だ。グラウンドに行かなきゃ食えたんだしな」
諦めろ、とキース君が切り捨て、シロエ君が。
「そうですよ。会長の恨みを買ったりするから栗御飯だとか言わされるんです」
ハンバーグ定食も祟りの続きということで、との説に誰もが大賛成。
「うんうん、七代後まで祟ってやる、とか言うもんな」
「そうでしょう? グラウンド五周とハンバーグ定食完売までで二代です」
「それじゃ、あと五代ほどあるのかしら?」
楽しみよね、とスウェナちゃんがクスクスと。
「残りの五つはこの先よ、きっと」
「うえ~…。それは勘弁…」
私たちは生徒会室まで来ていました。目の前の壁にシャングリラ学園の紋章が。それに触れれば放課後の溜まり場、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入れます。ジョミー君がまだ祟られるのか、それとも祟りは打ち止めなのか。会長さん、今、行きますよ~!



「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「やあ、来たね。グラウンド五周、お疲れ様」
どうぞ座って、と会長さんが微笑み、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が焼き立てのお菓子を運んで来ました。一瞬、パイかと思いましたが、スポンジケーキをパイ皮に包んで焼いたもの。ケーキの中には栗とカスタードクリームがサンドされているという凝りようです。
「…これも栗なんだ…」
食べたら思い切りヤバイかも、と腰が引けているジョミー君の姿に、会長さんは。
「祟りかい? そっちの方はもう打ち止めだよ、それに食券はぼくのせいじゃない」
「やっぱりブルーのせいだったんだ? あの栗御飯!」
「だって、君以外にいないだろう? ぼくの恨みを買いそうなのは」
「え?」
どういう意味、とジョミー君が訊き返し、私たちのフォークも止まりました。ジョミー君以外に会長さんの恨みを買っている人がいたなら、グラウンド五周はその人だったとか?
「恨みはどうでも良かったんだよ、グラウンドを五周させたいほど恨んじゃいないさ。ただ、誰に言わせるかが問題で…。グレイブは確実に怒るだろうから、犠牲になっても良さそうな人に」
そういう理由で君を選んだ、とジョミー君を指差す会長さん。
「女の子はまず論外だしねえ…。誰にしようかと考えた結果、日頃から逃げてばかりいる弟子にしたんだ。グラウンド五周の感想は?」
「もう沢山だよ! それより、なんで栗御飯なんて言わせるのさ!」
ぼくの発言怪しすぎ、と頭を抱えるジョミー君。あの時はグレイブ先生が激怒したために誰も追及しませんでしたが、家に帰って冷静になったら大笑いするかもしれません。会長さんの昼御飯だとは思わないでしょうし、ジョミー君の家の夕食メニューだと思われそうで…。
「グレイブがブチ切れる原因が栗御飯だから」
「「「は?」」」
何故に会長さんの昼御飯の中身でグレイブ先生がキレるんですか? キョトンとする私たちの前で会長さんは指を折りながら。
「栗御飯にチキンの竜田揚げ。変わり卵焼きと大学芋と、後は彩りにブロッコリーって所かな。…グレイブが昨夜から段取りしていた今日のお弁当」
「「「お弁当?」」」
ジョミー君が口走らされた献立は会長さんのお昼ではなく、グレイブ先生のお弁当。だけど中身を当てられたからって、何もキレなくてもいいんじゃあ…?



お弁当の中身を言い当てただけでグラウンド五周はちょっと酷過ぎ。グレイブ先生、やり過ぎだろうと思ったのですが。
「ちゃんとジョミーに言わせただろう? 祟りだって」
そこが大切、と会長さん。
「グレイブは朝から機嫌が悪かった。雑談した生徒を遅刻扱い、おまけにグラウンド五周の罰則つきの抜き打ちテスト。…この辺が全部祟りなんだよ、ぼくじゃなくってグレイブのね」
「それと栗御飯がどう繋がるんだ?」
サッパリ分からん、とキース君が返し、私たちも揃ってコクコクと。会長さんはパイ皮包みの栗のケーキを頬張ってから。
「うん、栗が美味しいシーズンだよね。だからグレイブも栗御飯! 今日のお弁当に間に合うように昨夜に剥いて炊飯器に入れて、ちゃんとタイマーをセットして寝た。ところがウッカリ寝過ごした上に、タイマーの午前と午後とを間違えててさ」
「じゃあ、お弁当は…」
どうなったの、とジョミー君が尋ね、会長さんがニッコリと。
「間に合うわけがないだろう? せめて栗御飯が炊けていたなら、佃煮とかお漬物を詰めて誤魔化すことも出来たんだ。なのに御飯は炊けていないし、おかずを作る時間も無い。…というわけで、愛妻弁当、大失敗ってね」
「「「愛妻弁当!?」」」
なんじゃそりゃ、と目をむく私たち。グレイブ先生は愛妻家ですが、愛妻弁当と呼ばれるモノは普通は奥さんが作るんじゃあ? つまりはミシェル先生が…。
「違うね、グレイブたちの夫婦仲の良さは半端じゃない。普段は教職員専用食堂で仲良くランチをしているけれど、月に一度は手作り弁当! ミシェルが作る日とグレイブが作る日、それぞれ一日ずつなんだな」
「「「………」」」
「でもって、今日がグレイブの日。気合を入れて用意したのにズッコケちゃったら、八つ当たりだってしたくなる。それをジョミーがものの見事にズバリと言い当てちゃったわけ。多分、栗御飯の祟りだよ、とね」
あの瞬間のグレイブの顔といったら…、と会長さんは可笑しそうにケタケタ笑っています。
「ね、ぶるぅだって見てただろう? 楽しかったよね」
「かみお~ん♪ 大学芋はミシェル先生の好物なんだよね!」
お弁当が無くってガッカリだったもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。教職員用の食堂に大学芋は無いそうです。グレイブ先生、お昼休みに学校の近くの和菓子屋さんに出掛けて行って、芋羊羹をお詫びに買ったのだとか。実に素晴らしい愛妻家ぶりに、ちょっとホロリとしてしまったり…。



月に一度は愛妻弁当なグレイブ先生。いえ、それを言うなら愛妻弁当の日と愛妻家弁当の日が一日ずつ、と言うべきか…。お弁当持参なのに二人で使っている教職員専用棟にある部屋では食べず、わざわざ食堂に行くのだそうです。
「たまにゼルが評価をつけるらしいよ。この辺にコレを入れるべき、とかね。ミシェルが作った時はベタ褒め、グレイブの時は注文いろいろ」
「じゃあ、今日は?」
どうなったの、とジョミー君も今となっては興味津々。
「ん? 今日はね、そりゃあ手酷い評価がついたさ。グレイブはあれで顔に出るから、お弁当の日だったことが即バレで…。タイマーの件はともかく、寝過ごした方をネチネチ言われて、ブラウまで来て二人がかりで「愛が足りない」とフルボッコ」
お蔭で午後の授業でも抜き打ちテストを食らったクラスが…、と聞かされて私たちは震え上がりました。三年生のクラスらしいですけど、放課後にグラウンドを五周していたみたいです。よくぞ終礼で何も起こらずに済んだものよ、と犠牲になった三年生に心で合掌。
「栗御飯はそこまで祟るのか…」
恐ろしいな、とキース君が呟けば、サム君が。
「祟るのは愛妻弁当だろ? あ、グレイブ先生が作る方なら愛妻家弁当だったっけ?」
「どっちでもいいよ、グラウンド五周はキツかったんだよ~」
愛妻弁当は二度と御免だ、とジョミー君が栗のケーキを口へと放り込んだ時。
「…ぼくは素敵だと思うけどねえ?」
「「「!!?」」」
会長さんそっくりの声が聞こえて、振り向いた先に紫のマント。別の世界からのお客様は部屋を横切り、ソファにストンと腰を下ろすと。
「ぶるぅ、ぼくにもケーキが欲しいな。それと紅茶も」
「かみお~ん♪ ちょっと待っててね!」
お客様だぁ、と大喜びの「そるじゃぁ・ぶるぅ」はすぐにケーキを切り分けて渡し、熱々の紅茶も淹れて来ました。栗御飯の祟りがソルジャーの心にどう響いたのかは分かりませんけど、グラウンド五周の刑を素敵だなんて思ってるわけがないですよねえ?



紅茶をお供に栗のケーキをパクパクと食べているソルジャー。甘いお菓子は大好きとあって二切れも食べ、更にお代わりを要求しながら。
「これがギッシリ詰まってるのもいいかもねえ…」
「「「は?」」」
なんのこっちゃ、と意味不明な発言に首を傾げると、ソルジャーは。
「お弁当だよ、ぼく用の! 大学芋よりはこっちかな、うん」
「えーっと……。それは愛妻弁当のこと?」
素敵だと言っていたっけね、と会長さんが問えば、頷くソルジャー。
「お弁当を作って貰えるなんて素敵じゃないか。それも好物ばかりを詰めてさ、愛してますってアピールだよね? ぼくも作って欲しいんだけど…」
「………誰に?」
「もちろん、ハーレイ! 昼間はブリッジに行ったきりだし、寂しくて…。そんな時にハーレイの手作り弁当があったらいいと思うわけ。好物たっぷりの美味しいヤツが」
「言っとくけれど、栄養バランス第一だから!」
おやつはお弁当に含まれない、と会長さんが眉を吊り上げ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も。
「えとえと…。お菓子を詰めるなら、他にもサンドイッチとか! お肉は無くてもお野菜は要るよ、でないと病気になっちゃうもん!」
「ああ、その点は大丈夫! ぼくの世界は薬の類も発達してるし、必要な栄養はそっちの方で」
「却下!!!」
それじゃ愛妻弁当にならない、とダメ出しをする会長さん。
「いいかい、愛妻弁当ってヤツは相手を想って作るんだ。より健康に過ごせるように、と腕を奮ってなんぼなんだよ。グレイブの場合は美容にも気を遣ってメニューを考えているさ」
「…美容って?」
「そりゃあ、相手がミシェルだから…。女性だからねえ、美肌効果のある食材とか! 栗は美容にいいんだよ。それで栗御飯をチョイスしたんだ、メインは栗御飯だったわけ」
「なるほど、栗御飯が大切だったのか…。そこでコケたら怒るかもねえ…」
ぼくの場合はどうだろう、とソルジャーは少し考え込んで。
「基本、お菓子が入っていれば何でもオッケーなんだけど…。お菓子の代わりに味気ない料理が詰まっていたらキレるかな? 違った、グレイブが怒ってたのは自分が失敗したからだっけ。ぼくがハーレイに作る方だね、そうなると」
料理は得意じゃないんだけれど…、とソルジャーは真剣な表情で考え中。えっと、それ以前の問題として、キャプテンにお弁当はアリなんでしょうか…?



キャプテンに愛妻弁当を作って欲しい、と言っていたのがキャプテン用のお弁当を作る方へと転んだソルジャー。キャプテン用のお弁当で失敗した場合に悲しくなるポイントをあれこれ想像してますけれど…。
「うーん、やっぱり全然思い付かないや。そもそもハーレイの好物が何か知らないし」
「「「へ?」」」
思わず間抜けな声が出ました。好物が何か知らないだなんて、ソルジャーとキャプテン、確か結婚してたんじゃあ…。
「知らなかったらマズイのかい? 夫婦として?」
「そ、そりゃあ…。普通は押さえるポイントだよ、それ」
単なる恋人同士でも、と会長さんは呆れ顔。
「でないとデートに誘った時とか、困るだろう! 何処で食事をすればいいのか、何を頼めば喜ばれるか。相手の好きな食べ物くらいは押さえておくのが基本だってば」
「ハーレイの好きな食べ物ねえ…。強いて言うならぼくなのかな?」
「その先、禁止!」
会長さんがピシャリとイエローカードを突き付けましたが、ソルジャーは。
「えっ、ハーレイはいつも美味しそうに吸ったり舐めたりしてるけど? 噛むのも好きだし、飲むのも好きだね」
「退場!!!」
今すぐ出て行け、と怒鳴り散らしている会長さんとソルジャーの会話は既に異次元でした。万年十八歳未満お断りの私たちには理解できない専門用語がバンバン飛び出し、会長さんは今にもソルジャーを蹴り出しそうな勢いで。
「そこまで言うなら君がお弁当箱に入ればいいだろ、何処で食べるのか知らないけどさ!」
「あ、そうか…。食べる場所が問題なんだっけ…」
やっとグレイブの気持ちが分かったかも、とソルジャーは突然、意気消沈。
「好きな食べ物が分からないなら、ぼくを出せば…と思ったんだけど…。ブリッジでは流石に無理だよねえ…。食堂でも無理だし、用意したって大失敗っていうのはこういうことか…」
栗御飯になった気分がする、と残念そうに零すソルジャー。
「ぼくはどうしたらいいんだろう? ハーレイにお弁当を作って貰った方がいいのか、それとも作るべきなのか…。作る方がハードル高そうだけど」
「君を料理として出さないんなら、お勧めは作る方だけど?」
それが王道、と会長さんがレッドカードをちらつかせながら答えましたが、何故に王道? ソルジャーは料理が苦手な上に、キャプテンの好物すらも把握していない人なんですが…?



愛妻弁当なる言葉に釣られて出てきたソルジャー。最初は自分が作って貰う方向性でいたのが一転、自分が作る方へと。ところがそちらは色々難アリ、どう考えても難しそうなのに会長さん曰く、それが王道。
「いいかい、愛妻弁当ってヤツは君が最初に言っていたとおり、愛してますってアピールなんだ。それと同時に、愛されてますってアピールでもある。グレイブとミシェルがいい例だよね」
「…どういう意味さ?」
「あの二人、お弁当を用意した日も職員食堂に行くんだよ。そこで食べながら周囲の評価を受けるわけ。グレイブはゼルに辛辣なことを言われる時もあるけど、それでも必ず食堂に行く。その理由はねえ、相手のために作りました、ってアピールと、作って貰ったっていうアピール」
見せびらかすのが重要なポイントなのだ、と会長さんは指を一本立てて。
「一人きりの部屋で食べていたって誰も見てくれないし、見せられない。君が作って貰った場合はそのパターン! 青の間で一人で食べるんだろう?」
「そうなるねえ…。そりゃあ、ブリッジとか食堂とかに持って行って食べてもいいけど……そうなると君じゃないけど栄養バランス云々ってことに」
好物満載のお弁当どころか逆パターン、とソルジャーは悔しそうな顔。
「ぼくの世界のゼルも食べ物にうるさいタイプなんだ。お菓子だけしか入っていないお弁当を持っているのがバレたら、籠いっぱいの野菜を持って来そうで」
「かみお~ん♪ ミキサーにかけて青汁なんだね!」
アレって美味しくないんだよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。美味しく飲める青汁も作れるらしいですけど、普通に野菜をミックスすればもれなくマズイ青汁だそうで。
「…そう、その…青汁だっけ? 絶対、飲め! と押し付けられるよ。ゼルは薬で栄養を摂るのに反対だから間違いない」
そんな展開は嫌過ぎる、とソルジャーは顔を顰めています。会長さんはここぞとばかりに。
「君が作って貰った場合は一人で食べるんじゃなくてもアウト、と。やっぱり作る方に回るしかないね、でもって存在を周囲にアピール! 君のハーレイが手作りっぽいお弁当を食べていたなら、それはもう愛妻弁当しか無い。ブリッジだろうが、食堂だろうが」
「いいね、それ! 作ったのは誰か、って自然と話題になるわけだ」
ついにハーレイがぼくとの仲を認める時が、とソルジャーの瞳に強い光が。ソルジャーとキャプテンとの仲は二人のシャングリラではバレバレになっているそうですけれど、頑なにそれを認めないのがキャプテンだとも聞いています。
「ハーレイは思い切り抜けてるトコがあるから、誰が作ったお弁当ですか、と訊かれたら素直に答えそうだ。お弁当を作って貰える程に愛されているという自分の立場に気付かずに……ね」
目指せ、ハーレイとの公認の仲! とソルジャーは思い切り燃え上がりました。明日から愛妻弁当だとか叫んでますけど、キャプテンの好物も知らない人に愛妻弁当なんて作れますかねえ…?



それから一週間ほどが経った土曜日のこと。いつものように会長さんの家のリビングでダラダラと過ごしていた私たちの前に、突然の来客が。
「かみお~ん♪ ぶるぅ、久しぶり~!」
「わぁ、ぶるぅだあー! いらっしゃい!」
ゆっくりしていってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜び。そっくりさんの「ぶるぅ」にお気に入りのアヒルちゃんのクッションを勧め、お茶とお菓子を用意しようとキッチンに走りかけましたが。
「えっとね、ぼくと、もう一人いるの!」
「「「は?」」」
「…すみません、お邪魔いたします…」
私が来たことは御内密に、とキャプテンが現れたではありませんか! えっと、御内密に…って、ソルジャーは? あ、ソルジャーに内緒でこっちに来るために「ぶるぅ」の力を?
「実は、秘密がバレそうでして…。その前にブルーを皆さんに止めて頂きたいと…」
お願いします、とキャプテンは深々と頭を下げました。秘密がバレるって、いったい誰に? それにソルジャーを止めろと言われても、私たちは向こうの世界に手を出すことは出来ないのですが…? 悩んでいる間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が塩煎餅をテーブルに。
「甘い物が苦手な人には御煎餅! 他の人は栗のスコーンでいいよね、お昼前だし」
「あ、そのぅ…。そんなに長い時間は…」
お昼までには戻りませんと、とキャプテンが慌て、横から「ぶるぅ」が。
「ブルー、今日も朝から頑張ってたよ! なんかね、ピンクのハートがどうとかって」
「……ぴ、ピンクのハート……」
それはマズイ、とキャプテンの額にびっしり汗が。
「こ、この通りの有様でございまして…。ブルーが毎日、お弁当を作ってくれるのです…」
「マズイわけ?」
料理の腕は良くなさそうだね、と会長さんが訊くと、キャプテンは。
「いえ、味はそこそこいけるのです。…なんでも、こちらのドクター・ノルディに初心者向けのレシピを色々貰ったとかで、正直、まずくはありません。むしろ美味しいと言った方が…」
「だったら問題ないじゃないか。ブルーの愛妻弁当だろう?」
「それです、愛妻弁当です!」
そこが非常にマズイのです、とキャプテンは大きな身体を竦ませ、おませな「ぶるぅ」が。
「ブルー、愛妻弁当って言っているけど、大人の時間に効く薬とかは入れていないよ? そういう食べ物も入れていないし、いいんじゃないかと思うんだけど…」
おっきなピンクのハートマークくらい、とニコニコニコ。どうやらソルジャー、今日のお弁当にピンクのハートを描いてしまったみたいです。愛妻弁当の王道ですけど、何処がマズイの?



秘密がバレる前にソルジャーを止めてくれ、と依頼に来たキャプテン。そもそも秘密がどうバレるのか、ソルジャーをどう止めるのかすらも私たちには分かりません。会長さんが「ハッキリ言わないと分からないよ」と突っ込むと。
「………。ブルーとの仲がバレそうなのです、お弁当のせいで」
あんなお弁当を渡されましても、とキャプテンの眉間にググッと皺が。
「最初にお弁当を渡されたのは一週間前のことでした。作ってみたから是非ブリッジで食べてくれ、と言われまして…。何か意味でもあるのだろうか、と昼休みに蓋を開けましたら…」
「ハートマークでもついていた?」
会長さんの問いに、キャプテンは首を左右に振って。
「ごくごく普通のお弁当でした。ただし、こちらの世界のスタイルの…。そこに気付かず、添えられたお箸で食べておりましたら、ゼルが横から覗き込みまして…」
料理の腕前が素晴らしいというキャプテンの世界のゼル機関長。お弁当を見るなり「クラシックスタイルだのう」と呟き、自作したのかと質問が。キャプテンは素直に「これはソルジャーが…」と答えてしまい、その日以来、ブリッジクルーの誰もが昼食時間を楽しみにしているそうで。
「ブラウなどは肘で私をつついてニヤニヤしながら「ハーレイ、今日も愛妻弁当だねえ」と言うのです! ソルジャーのお心遣いなのです、と何度言っても聞き入れて貰えず…」
このままでは私たちの仲がバレます、と懸命に訴えているキャプテン。バレるも何も、とっくにバレバレじゃないですか、と言おうものなら卒倒しそうな雰囲気で…。
「ブルーは愛妻弁当呼ばわりを面白がっておりまして…。恐らく、それで今日はピンクのハートマークを…。お願いします、原因はこちらの世界にあるかと思いますので、どうかブルーを!」
「おやおや、ぼくがどうかしたかい?」
「「「!!!」」」
捜したよ、と声がしてフワリと優雅に翻るマント。ソルジャーの手にはランチョンマットに包まれたお弁当箱が。
「ハーレイ、今日のは力作なんだよ。こっちのノルディが愛妻弁当の定番ですって教えてくれてね、御飯の上にピンクのハートを描いたんだ。桜でんぶってヤツを使って」
「…ぴ、ピンク……」
「大丈夫、見た目ほど甘くはないから! 材料は魚らしいしさ」
今日もブリッジの人気者だよ、とキャプテンの首根っこを引っ掴むようにしてソルジャーは消えてしまいました。後を追うように「ぶるぅ」も大量のスコーンを抱えて姿を消して。



「…エスカレートしているみたいですね…」
本当に止めなくていいんでしょうか、とシロエ君が首を捻れば、キース君が。
「どうやってアレを止めるんだ? あっちの世界に行けるのか?」
「そ、それは…。ということは、このまま行ったら本当に秘密がバレバレに…」
マズイですよ、とシロエ君は焦っていますが、会長さんはのんびりと。
「問題ないだろ、ブルーは元々バレバレなんだって言ってるし。…それにね、ブルーの性格からして長期間続くわけがない! そしたら今度はどうなると思う?」
「「「…???」」」
「愛妻弁当がパッタリと消えてなくなるんだよ? こっちの世界なら夫婦喧嘩だとか仲が冷めたとか、離婚寸前とか、他にも色々」
「「「あー……」」」
容易に想像がつきました。ソルジャーがお弁当作りに飽きたら、キャプテンを待っているのは「別れたのか」とか「捨てられた」とかの不名誉な噂の乱舞です。早い話が放っておいてもカップル解消となるわけで…。
「ね? だから問題ないんだよ。それじゃ賭けようか、愛妻弁当がいつまで続くか」
「俺、あと三日!」
「ぼくは一週間で行きます、キース先輩はどうしますか?」
無責任に始まるトトカルチョ。グレイブ先生の八つ当たりに端を発した愛妻弁当を巡る騒ぎはまだ暫くは続きそうです。私は二週間に賭けましたから、ソルジャー、どうかあと二週間ほど、心をこめて愛妻弁当お願いします~!




         お弁当に愛を・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 今回、珍しい人に脚光が当たってましたが、グレイブ先生、愛妻家ですよ?
 そして来たる11月8日でシャングリラ学園番外編は連載開始から6周年です。
 感謝セールとは参りませんが、感謝の気持ちで今月は月2更新にさせて頂きます。
 次回は 「第3月曜」 11月17日の更新となります、よろしくお願いいたします。
 毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv


毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、11月はスッポンタケ狩りの悪夢を引き摺っているようで…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv







※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv






新しい年が明け、今年も行事が盛りだくさんに。元老寺での年末年始に始まり、初詣やらシャングリラ学園名物の闇鍋などを経て水中かるた大会で一応、一区切りつきました。かるた大会優勝の副賞でゲットしたグレイブ先生と教頭先生による寸劇は素敵なもので…。
「グレイブ先生、今日もなりきってたね」
終礼でもポーズをキメていたよ、とジョミー君が教室のある校舎の方向を眺め、キース君が。
「当分は後遺症が残るんじゃないか? ギターを鳴らせばこう、ジャンッ! と」
「思いっ切り情熱的でしたしねえ…」
凄かったです、とシロエ君。
「教頭先生も残ったままでらっしゃるんでしょうか、後遺症…」
「とっくにバレエになってんでねえの?」
あっちの方が長いもんな、とサム君が言う通り、教頭先生の十八番はクラシックバレエ。今もレッスンに通っておられますけど、その発端は私たちが普通の一年生だった時の寸劇です。それが今回はフラメンコ。例によって会長さんがサイオンで技術を叩き込んだわけで。
「でも女性役の方が大きいってだけでお笑いになるのね、フラメンコ…」
スウェナちゃんが思い出し笑いをすれば、マツカ君が大真面目に。
「衣装のせいもありますよ、きっと。教頭先生にあのドレスは……ちょっと…」
「グレイブ先生はカッコ良かったけどね」
その落差がね、とジョミー君。グレイブ先生は黒い衣装に赤のベルトでビシッと決めてらっしゃいましたが、教頭先生のドレスは真っ赤な地色に黒の水玉という派手さ。フラメンコだけにフリルびらびら、それを翻して華麗にステップ。
「…教頭先生はともかく、グレイブ先生はノッておられるしな…」
「教室に来るなり「オレ!」だもんねえ…」
そしてビシッと決めポーズ、と回想モードなキース君とジョミー君に釣られて、私たちも昨日のフラメンコを熱く語っていると「そるじゃぁ・ぶるぅ」がワゴンを押して来ました。
「かみお~ん♪ 今日はクレープシュゼットだよ! アーモンドのヌガーペースト入りなんだ♪」
「「「えっ?」」」
なんじゃそりゃ、と聞いてビックリ。クレープシュゼットってオレンジなんじゃあ…?
「あのね、フラメンコの国のお菓子はヌガーが多いの! ちゃんと仕上げはオレンジだよ」
クルクルクル…とオレンジの皮を剥き、ジュースを絞ってグランマニエも加えてフランベ。冬に嬉しい温かいお菓子、アーモンドヌガーでちょっと特別。
「うん、美味しい! フラメンコ万歳!!」
たまに変わったお菓子もいいよね、とジョミー君が絶賛、私たちも揃って舌鼓。あれ? だけどなんだかノリが変な……ような……?



不思議な風味のクレープシュゼット。情熱の国に相応しく甘く、グレイブ先生に差し入れしたら「オレ!」と踊り出しそうです。教頭先生も踊るかもよ、と笑い転げていたのですけど。
「………おい」
キース君が会長さんに声を掛けました。
「あんた、さっきからどうしたんだ? 全然、話に入って来ないが」
あっ、違和感の正体はソレでしたか! いつもだったら先頭に立ってワイワイ騒ぐ会長さんが変なのです。黙って紅茶のカップを傾け、黙々とお菓子を頬張るだけで…。
「……返事どころか、まるっと無視か?」
何処か具合でも悪いのか、とキース君が重ねて訊くと、会長さんはハッと顔を上げて。
「…えっ? ごめん、今、何か話しかけてた?」
「………重症だな………」
帰って寝ろ、とマンションの方角を指差すキース君にジョミー君たちも加わりましたが、会長さんは「大丈夫だよ」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に同意を求め…。
「ちょっとね、夜更かししちゃったものだから…。そうだよね、ぶるぅ?」
「んとんと…。先に寝ちゃったからよく知らないけど、ブルー、寝起きが悪かったよ」
「え? 俺は全然気付かなかったぜ?」
朝のお勤めに行ったけど、と驚くサム君。
「いつもどおりにシャキッとしてたし、朝飯も普通に食ってたし…」
「そりゃあ、ぼくも一応、高僧だしね? お勤めとなれば自然と背筋が伸びるものだよ、お弟子さんの前で欠伸をするようなヘマはしないさ」
だけど眠気は残るもの、と会長さん。
「君たちが授業に出ている間に昼寝をすれば良かったんだろうけど…。ついついウッカリ」
「何してたわけ?」
ジョミー君の遠慮ない問いに、返った答えは。
「アニメ観賞」
「「「は?」」」
会長さんってオタクでしたっけ? 夜更かしの果てに寝起き最悪、それでも延々と見続けるほどアニメにハマッてましたっけ…?
「あ、違う、違う! オタクがどうこうって言うんじゃなくって、懐かしのアニメってヤツを見始めたら止まらなかっただけ! なにしろ劇場版も沢山」
「「「………」」」
オタクじゃないか、と喉まで出かかった台詞を全員がグッと飲み込みました。伝説の高僧、銀青様にして三百年以上も生き続けている私たちの長のソルジャー・ブルー。長生きしてれば趣味の範囲も広がるだろう、と納得するのが無難そうです…。



会長さんが観賞していたらしい劇場版も多数のアニメ。昨日は寸劇のフラメンコで学校中が盛り上がったのに、どうして急にアニメなんかを……と思ったら。
「コレ、コレ。…突然、思い出しちゃってさ」
フラメンコとは無関係だけど、と再生された短い動画。クラシック風の曲に合わせて巨大ロボットならぬメカっぽいものが二体、飛んだり跳ねたりしながら敵を攻撃してゆきます。えーっと、これって有名なアニメでしたよねえ? 多分…。
「君たちも知っているんじゃないかな、思い切り有名なヤツだから」
「…俺たちの宗教とは真逆だがな。アダムとイブに使徒とくればな…」
そんなヤツまで見ていたのか、と呆れ顔のキース君の横から、シロエ君が。
「ぼくも興味はあったんですけど、なんだか話が難しすぎて…。でも、この回は面白かったです。二つに分身した敵が本領を発揮する前に二体同時に攻撃を、ってコンセプトでしたっけ?」
「そう! 初号機と弐号機でユニゾン攻撃。いつか寸劇をコレの着ぐるみでやるのもいいかな、と思い付いたら、ついつい全部…。いい感じだと思わないかい、寸劇で踊って見せるユニゾン攻撃!」
こんな風に、と再び動画。えーっと……派手にドンパチやってますけど、その辺は会長さんなら「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーと銘打って適当に誤魔化しそうです。元ネタは1分となっていますが、そこも適当にアレンジしちゃって…。
「きっとウケると思うんだよねえ、元ネタを知らなくってもさ。ビジュアルだけで人目を引くし、フラメンコよりも華々しいかと」
「あんた、なんでこんなのを思い出したんだ? 何処でフラメンコと繋がると?」
分からんぞ、とキース君が尋ねれば、会長さんは舌をペロリと出して。
「人型の兵器を意のままに操るって辺りかな。昨日のフラメンコは技を伝えて踊らせてたけど、ハーレイもグレイブも自分の意思で踊ってる。そこをもう少し突っ込めないかな、と…。で、二人揃って見事に動かせたら凄いよね、と考えていたら…」
「こうなった、ってわけですか」
分からないでもないですが、と相槌を打つシロエ君。
「でも、会長…。汎用人型決戦兵器って暴走が売りじゃなかったかと」
「「「…汎用…???」」」
長ったらしい名称を出されても分かりません。会長さんがゆっくり復唱してくれました。
「汎用人型決戦兵器。コレの正式名称なんだよ、シロエの言う通り、意思を持ってて暴走する。これ自体が一種の生命体でね、乗り込んだ人間がシンクロすることで意のままに動かすことが出来るという…」
ハーレイとシンクロする気はないけど面白そうだ、と会長さん。寸劇程度の時間だったら暴走されずに操れるかも、と思い付いちゃったらしいです。フラメンコの次はオタク趣味ですか、そうですか…。



教頭先生とグレイブ先生を意のままに操り、アニメの名シーンを舞台で再現。会長さんのぶっ飛んだ発想には驚きですけど、次の寸劇は一年後です。それまでに忘れるに違いない、という気がするのもまた事実。ボーッとするほど一気に見ていた懐かしアニメでも、きっと…。
「ふうん…。こっちの世界って独特だよねえ…」
まさに異文化、とフワリと翻る紫のマント。
「「「!!!」」」
「こんにちは。…ぼくの分もクレープシュゼット、あるかな?」
「かみお~ん♪ お代わりついでに作れるよ!」
お代わりが欲しい人は手を挙げて、と言われて全員が勢いよく挙手。会長さんも先刻までとは打って変わって素早く反応しましたけれど、右手を挙げた状態で視線はソルジャーに。
「…なんで来たわけ?」
「話が面白そうだったから」
ついでにお菓子にも興味アリ、とソルジャーはソファに腰掛けて。
「汎用人型決戦兵器ねえ…。ぼくの世界はこの世界よりも科学が発達しているけれど、こういうのとか巨大人型ロボットとかに乗り込んで戦った時代は無いよ? 効率的な兵器だったら実用化されていただろうから、お伽話の兵器だよね」
「うーん…。言われてみればそうなのかも…」
よくあるパターンだから馴染んでいた、と応える会長さん。地球が荒廃してしまうような遙かな未来に生きるソルジャーが「存在しない」と言い切るからには、巨大な人型兵器は恐らく実現しないのでしょう。まあ、実用化されるような物騒な世界になっても困るんですけど…。
「それでさ、夢の汎用人型決戦兵器だけどさ。…寸劇とやらで披露するより内輪で楽しくやらないかい? ぼくも協力しちゃうから」
「「「は?」」」
妙な台詞を吐いたソルジャー。そこへ「そるじゃぁ・ぶるぅ」がワゴンを押して現れ、クレープシュゼットの時間です。オレンジを剥いて、照明を落としてしっかりフランベ。熱々がお皿に取り分けられるまで、話はクレープ一色でしたが。
「…うん、美味しい! 昨日のフラメンコも凄かったけれど、ハーレイならもっと…」
楽しく面白くやれるのでは、とフォークを手にして微笑むソルジャー。
「汎用人型決戦兵器にするなら、踊らせるよりも暴れてなんぼ! 暴走が売りの兵器なんだろ、破壊の限りを尽くすとかさ」
「…何処で?」
まさか校舎のガラスを割るとか、と会長さんの顔が引き攣り、キース君が。
「その手の古い歌があると聞いたな、盗んだバイクで走り出すとか」
「何さ、それ?」
知らないよ、とジョミー君が言い、コクコク頷く私たち。キース君は「しまった」という顔をしています。
「…お前たちには古すぎたか…。大学のOB会で人気の曲なんだ。夜の校舎窓ガラス壊して回ったと歌うヤツもあってな、こう、替え歌が色々と」
阿弥陀様は流石に壊さないが、と話すキース君の先輩たちが何を壊す歌を作っていたのかは聞きそびれました。え、何故かって? それはもちろん…。



「いいねえ、壊して回るんだ? それで行こうよ」
絶対ソレ、とソルジャーの瞳が輝いています。
「ハーレイだったら瓦を割るとか出来るだろう? 何枚も重ねたヤツをドカンと」
「…あれは空手で柔道じゃないよ」
出来ないと思う、と会長さんが返すと、ソルジャーは。
「分かってないねえ、そこを操って意のままに! 汎用人型決戦兵器は瓦くらいは割らなきゃね。もちろん怪我をしたら困るし、フォローしながら」
「うーん…。瓦を割るなら寒稽古もセットでつけたいかも…」
フォローつきなら、と会長さん。
「寒稽古? なんだい、それは?」
「今みたいに冬の寒い最中を寒と言ってね、その時期に川に入ったりする武道の修行さ。川にザブザブ入って行ったら楽しいかなぁ、と。本人の意識は消えていないし、さぞパニックになるだろうと」
瓦割りだと自分に自信がつくだけだ、と会長さんも乗り気になってきたらしく。
「君が壊させるのは瓦なんだよね、他には何を?」
「ハーレイの反応次第かなぁ? 夢の新居をブチ壊させたら楽しそうだけど、家を壊すほどのパワーは無いから窓くらい…?」
「家具なら頑張れば壊せると思うな」
それこそ泣きの涙だろうけど、と会長さんの瞳もキラキラ。
「ハーレイの夢の夫婦茶碗は壊しておきたい。自分で叩き割ったんだったら嫌でも諦めがつくだろうしね」
「「「………」」」
夫婦茶碗というのはアレか、と頭を抱える私たち。教頭先生が欲しくてたまらなかった夫婦茶碗を餌に会長さんが遊びまくって、挙句の果てに片方を真っ二つに割ってプレゼントしたことがあるのです。教頭先生は割られた方を修理に出して、今も大切に飾っているわけで。
「じゃあ、コースとしては瓦を割ってから寒稽古かな? 川から瞬間移動で家に送り届けて破壊の限りって感じになりそうだけど」
どうだろう、とソルジャーが挙げたプランに親指を立てる会長さん。OKというサインです。教頭先生を操りまくる日は今週末の土曜日と決まり、本人への相談は一切無しで。つまり土曜日、教頭先生は電撃訪問を受けて、そのまま汎用人型決戦兵器とやらにまっしぐら……ですね?



戦々恐々としている間に早くも土曜日。教頭先生が操られる日がやって来ました。集合場所の会長さんのマンションに朝一番に出掛けてゆくと…。
「寒稽古だって言ったじゃないか!」
「でもさ、せっかく川に入るんだしさ! やらなきゃ損だよ!」
会長さんとソルジャーがリビングで言い争いをしています。教頭先生を川に入れるとは聞いてましたが、何かオプションがつくのでしょうか?
「鯉だよ、鯉!」
地球の川にはいるんだよね、とソルジャーが窓の外に視線を投げて。
「あれからノルディと食事に行ってさ…。こっちのハーレイを川に入らせようと思うんだ、と話していたら「鯉ですか?」と訊かれたわけ。この時期の鯉は美味しいらしいね」
「寒鯉ですね。冬が旬だと聞いています」
臭みが少ないそうですよ、とマツカ君が答えるとソルジャーは至極満足そうに。
「おまけに栄養満点だって? 精がつくんだと教えてもらった。これは絶対、ゲットしなくちゃ! 寒鯉でパワーアップだよ、うん」
「…期待してる所を悪いんだけどね、パワーアップはしないと思う。鯉は産後の女性に効くんだ。滋養強壮、それと母乳の出が良くなるとか」
君のハーレイには効かないよ、と会長さんはピシャリと言ったのですけど。
「滋養強壮なら充分だよ! ぼくは普段から満足してるし、劇的にパワーアップしなくても…。母乳の出が良くなるって言うんだったら、男だって持ちが良くなるとかさ」
少し長持ちでも充分満足、と胸を張るソルジャーが求める持ちの良さとは何でしょう? 会長さんが柳眉を吊り上げてますし、ロクな意味ではなさそうですが…。
「そういう理由でハーレイに鯉を獲らせるわけ? ぼくは手伝わないからね!」
「手伝わなくていいから教えてくれれば…。素手で捕まえるって聞いてきたけど、ノルディは詳しくなかったんだよ! 追いかけて泳いでも無理だよね?」
「……素手で獲るなら鯉抱きだよ……」
ぼくもトライしたことはない、と腰が引けている会長さんに、ソルジャーは。
「それこそ汎用人型決戦兵器の出番じゃないか! 君もチャレンジ出来なかったことをやり遂げるんだよ、素晴らしいとは思わないわけ?」
「…見世物としてはいいかもだけど…。寒鯉なんか獲らせても……」
「ぼくのハーレイが美味しく食べる、って説明したら暴走するかもしれないよ? 君はそっちに期待したまえ、夫婦茶碗を叩き割って夢の新居をメチャクチャに破壊」
「暴走ねえ……」
どうなることやら、と溜息をつきつつ、会長さんは寒鯉獲りを了承せざるを得ませんでした。素手で鯉を捕まえるなんて、いったいどんな漁法でしょう? ちょっと楽しみになってきたかも…。



教頭先生の家へは瞬間移動でお邪魔することに。リビングで食後のコーヒーを楽しんでらっしゃるらしいです。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それにソルジャーのサイオンが迸り…。
「かみお~ん♪」
「「やあ、こんにちは」」
「!!?」」」
会長さんとソルジャーの声がピタリと重なり、教頭先生の目が点に。そりゃそうでしょう、私たちまでゾロゾロと湧いて出たのですから。
「…な、何か用でも…?」
「うん。ちょっとね、君の身体を借りたくってさ」
恥じらうように口にした会長さんの台詞に、教頭先生は耳まで真っ赤に。
「わ、私の…?」
「そうなんだ。その逞しくて大きな身体を、是非使わせて欲しくって…。かまわないかな?」
「そ、そ、それは……別にかまわないが……」
何をするのだ、と訊き返しながら、教頭先生の視線は会長さんとソルジャーの上を忙しく往復しています。会長さんがチッと舌打ちをして。
「………スケベ」
「何か言ったか?」
「ううん、なんにも。…それでね、使いたいのはブルーも同じで…。ぼくとブルーと、二人で使わせて欲しいんだけど」
「………!!!」
教頭先生の鼻からツーッと赤い筋が垂れ、ソルジャーがティッシュを。
「…す、すみません…」
「どういたしまして。借りる身体は大事にしないと…。あ、3Pではないからね?」
「は? で、では、どういう…」
「3Pのつもりだったんだ…?」
ヘタレのくせに、と会長さんが吐き捨て、空気はたちまち氷点下。外気温より寒いんじゃないか、と私たちの背筋も凍りつく中、青いサイオンがキラリと光って。
「それじゃ借りるね、君の身体。えーっと、道着は何処だっけ…」
鯉獲りをするなら褌も、と会長さん。
「ハーレイ、まずは道着に着替えてよ。それと紅白縞じゃなくって水泳用の褌で! 君が嫌なら着替えを手伝うことになるけど、どうするんだい?」
「……??? よく分からんが、とにかく着替えればいいのだな?」
待っていてくれ、と二階の寝室へ向かう教頭先生。動きに不自由は無いようですけど…。
「「見た目だけはね」」
会長さんとソルジャーの声がハモりました。
「今の所はやらせたいこととハーレイの意思が一致しているから問題ない。でもね…」
「着替えた後はどうなることやら…」
クスクスクス。二対の赤い瞳が悪戯っぽく煌めく様に、私たちは無言で後ずさり。瓦割りはともかく、そこから先は無茶な注文としか言えないのでは…?



間もなく柔道用の道着に着替えた教頭先生が二階から下りて来ました。会長さんとソルジャーは揃って「よし」と頷くと。
「身体を借りて、第一弾! ブルーが瓦を割りたいそうだ」
「…瓦?」
怪訝そうな教頭先生に向かって、ソルジャーが。
「ブルーは無理だと言うんだけどねえ、瓦を何枚も重ねて素手で割るのがあるだろう? あれを一回、見てみたいんだ。君ならきっと出来るよね?」
「あ、あれは柔道とは違いますので…! わ、私に空手の心得は…」
「やっぱりダメかぁ…。だったら身体を借りるしかないね」
ちょっと失礼、とソルジャーが言うなり、教頭先生の足はスタスタと廊下を玄関の方へ。
「な、なんだ!? か、身体が勝手に…!」
「お借りしてるよ、瓦は庭に用意したんだ。華麗な技に期待ってね」
「そ、そんな…!」
無茶な、と叫びつつ教頭先生は扉を開けて冬枯れの庭へと。私たちもコートを羽織った防寒装備で外に出てみると、茶色くなった芝生のド真ん中に積み上げられた瓦の山が。教頭先生はその前に立って構えのポーズを取っておられます。
「む、む、無理だと思うのですが……!」
「平気だってば、ファイトいっぱぁ~つ!!!」
何処ぞのドリンク剤のCMよろしくソルジャーが声を張り上げ、振り下ろされる教頭先生の右手。パァーン! と鋭い音が響いて瓦の山は真っ二つに…。
「「「………」」」
「ほらね、やったら出来ただろう? 男らしくて素敵だったよ」
「…そ、そうでしょうか……」
教頭先生はソルジャーと自分の右手とを交互に見詰め、まんざらでもない様子です。褒めて貰えたのもさることながら、空手家並みの技を発揮した自分にも自信がついたようで。
「身体を借りるとはこういう意味か…。次はブルーの番なのか?」
「察しが良くて助かるよ。場所を移して頑張って」
「ほほう…。何処だ?」
何処の道場でも付き合うぞ、と教頭先生は腕組みをして余裕の笑み。
「すぐに飛ぶから、是非よろしく。…ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
パアァッと溢れるタイプ・ブルーの青いサイオン、三人前。次の瞬間、私たちは無人の河原に立っていました。どうやらド田舎みたいですけど、吹きっ晒しの風が冷たいです~!



空は生憎の雪曇り。ちらほらと白いものが舞う中、教頭先生はキョロキョロと。
「す、水泳用の褌にしろと言われたが……。まさか…」
「そのまさかだよ、瓦を一発で割れる武道家だったら寒稽古!」
いざチャレンジ、と会長さんがゆったりと流れる川を指差せば、教頭先生の逞しい二本の足が広い河原をノシノシノシ。
「ま、待ってくれ、ブルー! わ、私には寒稽古とか寒中水泳の趣味は…!」
「寒中水泳とは話が早いね、道着はその辺で脱いで行ってよ」
「なんだって!?」
「褌一丁で行った方がいいって言ってるんだよ、水泳だから!」
着衣泳法はお勧め出来ない、と会長さん。
「寒稽古を兼ねて素潜りするのさ、向こうに淵が見えるだろう? あそこに寒鯉が潜んでる。大きいヤツを見つくろってね、一匹捕まえて欲しいんだ」
「こ、鯉…?」
「寒鯉は精がつくらしい。是非、寒鯉を手に入れて…」
「分かった、鯉だな!?」
会長さんの台詞を最後まで聞かず、教頭先生は道着をパパッと脱ぎ捨てました。褌一丁で川に踏み込み、ザブザブと…。
「………。パニックどころか自発的に入って行っちゃったよ、うん」
人の話を聞かないからだ、と会長さんは可笑しそうに。
「自分が食べると思っているのさ、精をつけて挑んで欲しいとリクエストされたつもりでね。食べるのは同じハーレイでも別人なのに…。おっと、いけない」
『おーい、ブルー!!』
鯉はどうやって捕まえるのだ、と教頭先生の思念波が。ソルジャーも私たちも興味津々で見守っている中、会長さんは。
『そのまま潜って、目標の鯉の近くで両手を広げて』
『…こ、こうか…?』
『後は静かに待つだけでいい。鯉の方から寄って来るから、そしたら優しく抱き締めて浮上』
「「「えぇっ!?」」」
そんな方法で獲れるのか、と驚きましたが、間もなく大きな鯉を抱えた教頭先生が上がって来たから仰天です。寒風に凍える教頭先生を他所に、会長さんは宙に取り出した新聞紙で鯉を包みながら。
「寒鯉は冬眠に近いからねえ、人間の体温に気付くと寄って来るんだってさ。暖を取ろうとすり寄った所をガッツリ捕獲! ついでに水から上げても簡単には死なない生命力が売り」
水槽が無くても平気なのだ、と新聞紙の中にクルクルと。
「はい、ブルー。御注文の寒鯉、一丁上がり!」
「やったね、後はぶるぅに頼んで…」
どう料理して貰おうかなぁ、と嬉しそうなソルジャーに、教頭先生が寒さに震えつつ。
「ひ、ひょっとして、その鯉は…」
「ぼくが頼んだ鯉だけど? ノルディに教えて貰ったんだよ、とっても精がつくんだってね」
ぼくのハーレイと思いっ切り! と燃えるソルジャーと、打ちひしがれている教頭先生と。そう簡単に会長さんが落ちるわけないのに、何度やられたら懲りるんでしょうか…。



褌一丁で項垂れておられる間に、濡れた身体はすっかり冷えてしまったようです。ソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は一時的に姿を消して鯉を会長さんのマンションに届け、盥に放してきた模様。暫く泳がせ、泥を吐かせてから調理するのが良いらしく…。
「ただいま~! 今日はまだ食べるには早いんだってさ」
「かみお~ん♪ 明後日あたりじゃないかな、どうやって食べるか考えといてね!」
洗いに鯉こく、甘露煮、唐揚げ…、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が挙げる料理を全部作っても充分なサイズの特大の寒鯉。キャプテンのパワーは漲りそうですが、教頭先生はクシャミ連発で。
「…は、ハーックション!」
「風邪かい、ハーレイ? 寒稽古なのに本末転倒」
柔道十段の名が泣くよ、と会長さんに馬鹿にされてもクシャミは止まらず、タオル代わりに着込んだ道着が凍りそうな勢いで寒風が…。
「やれやれ、帰って温まる? 冷えた身体には熱いお茶だよね」
ぼくと一緒に夫婦茶碗で、と微笑まれた教頭先生はボンッ! と瞬間湯沸かし器の如く身体も心もホカホカに。サイオンに包まれて自宅のリビングに帰還するなりウキウキと…。
「出掛けている間にリビングも冷えてしまったな。すぐに暖房が効くと思うが…」
その前に身体を温めねばな、と濡れた道着を着替えるのも忘れてキッチンへ。カチャカチャと食器の触れ合う音がし、ケトルがピーッと鳴り出して…。
「待たせてすまん。こんな菓子しか無いのだが…」
甘い物が苦手なもので、とテーブルに置かれた御煎餅が盛られた器。コーヒーやココアが順に配られ、最後に別のお盆で急須が。
「ブルー、お前は夫婦茶碗を希望だったな。とっておきの玉露だ」
今、茶碗を…、と教頭先生は飾り棚から夫婦茶碗を出して来ました。会長さんの前に小ぶりの茶碗。教頭先生用の大ぶりの茶碗は会長さんが真っ二つに割ったものを金継ぎなる伝統技法で修復した品、お茶を注いでも中身が零れはしないそうで。
「お前と一緒に飲める日が来るとは思わなかったな」
「うん。ぼくも堂々と割れる日が来るとは思わなかったよ、どうぞよろしく」
空手の腕に期待している、と会長さんが片目を瞑ると、まさにお茶を注ごうとしていた教頭先生の手が意思に反して急須をテーブルの上にコトリと。
「…ブ、ブルー…? なんの真似だ?」
「空手だけど? 空手に急須は要らないよ。お茶が零れても困るしねえ…」
服に飛び散ったらシミになるし、と会長さんの指がパチンと鳴って、教頭先生の右手が構えのポーズを。金継ぎで直した夫婦茶碗の真上ですけど、これはあえなく真っ二つ…?



瓦の山も一刀両断、空手も可能な教頭先生。会長さんのサイオンに操られ、夫婦茶碗を叩き割るかと思われましたが…。
「くぅっ……」
割ってたまるか、とギリギリギリと奥歯を噛み締め、眉間の皺がググッと深めに。会長さんの方も身体がほんのり青く発光するほど気合を入れているようです。茶碗が割れるか、会長さんがギブアップするか、二つに一つ、と誰もが息を詰める中…。
「うおぉぉぉぉぉーーーっ!!!」
猛獣の雄叫びもかくやとばかりにリビングを揺るがせた教頭先生の腹の底からの叫び声。会長さんのサイオンを振り切り、すっ飛んで行ったその先は。
「「「あーーーっ!!!」」」
ガッシャン、パリーン! と床に砕け散る普段使いの茶碗やお皿。棚や引き出しから次々に取り出し、ガッシャン、ガッシャンぶん投げています。
「せ、先生…!」
落ち着いて下さい、とキース君が腕に飛び付いたものの、あっさりと床に転がされて。
「ど、どうなっているんだ、これは…!」
「…多分、暴走したんじゃないかな…」
汎用人型決戦兵器にありがちな末路、と会長さんが急須の玉露を小ぶりの湯飲みにトポトポと。
「ぼくのサイオンは効かなくなったし、放っておくしかなさそうだ。とりあえず、暴走している間に夫婦茶碗だけは割りそうにないから有効活用。…ちょっと苦いや」
出すぎちゃったかな、と顔を顰める会長さんの横から、ソルジャーが。
「君のサイオンを振り切っただけあって、ぼくでも止められるかどうか…。鯉の御礼に止めてもいいけど、破壊活動は歓迎だっけ?」
「大歓迎だよ、この家、妄想の産物だしね。やってる、やってる」
新婚仕様の夢のカーテンが、と会長さんが楽しそうに笑い、教頭先生はレースのカーテンを両手で掴んでビリビリと。どう考えても正気の沙汰ではなさそうです。あのレース、高いと思うんですけど…。
「え、あれかい? 高いよ、輸入物だしね。ホントはレースのガウンとかをさ、引き裂いてくれると嬉しいんだけど…。夫婦茶碗を割りに来ないのと同じ理屈で、ギリギリ理性があるらしい。頭の中身は真っ白なのにさ」
我に返った後が最高かも、と御煎餅に手を伸ばす会長さんや私たちにも教頭先生は手出ししませんでした。暴力の矛先は家財道具限定、バスルームのボディーソープなども撒き散らしたのに、会長さん用に揃えてあったアメニティグッズには手を付けず…。



「うっわー…。いいのかよ、コレ、止めなくて…」
マジで終わりだぜ、とサム君が額を押さえる二階の廊下。破壊の限りを尽くした教頭先生は二階へ向かい、あちこちの備品を壊しまくった果てに寝室に辿り着きました。そこでもカーテンを派手に引き裂き、椅子を蹴倒し、クローゼットの中身をビリビリと。
「紅白縞まで引き裂いてますよ、いいんですか?」
シロエ君が不安そうに尋ね、会長さんとソルジャーが。
「いいって、いいって。あれでも理性は残ってる」
「ブルーが贈った紅白縞は避けてるようだよ、自前のヤツを血祭りってね」
ぼくは血祭りなら寒鯉だけど、とソルジャーの喉がゴックンと。
「ブルーの家で泳がせてるから、血祭りはまだ先なんだよねえ…。早くハーレイに食べさせたいけど、泥抜きしないとダメって言うし…。ここが我慢のしどころなんだよ、ベッドでじっくり寒鯉パワーを楽しませて貰うためにはね」
「うおぉぉぉーーーっ!!!」
ひときわ大きく教頭先生が吠え、ベッドの上にあった会長さんの抱き枕を壊れ物のように優しく抱えて絨毯の上へ。こんなポーズを何処かで見たような…。
「まるで寒鯉だねえ…」
ソルジャーがのんびりと呟き、会長さんが。
「それを言うなら鯉抱きだってば、あれはそういう漁法だからね」
人肌恋しい鯉を優しく、と教頭先生の背中に向かって。
「どうする、ハーレイ? ブルーはあっちのハーレイとベッドで過ごすらしいけど?」
「うおぉぉぉーっ!!!」
「「「ひぃぃぃっ!!」
殺される、と首を竦めた私たちの前で教頭先生はダブルサイズのベッドを頭上に差し上げ、渾身の力をこめて放り投げ……。ガッシャーン! とガラスの砕ける音と、少し遅れてドスンという音。庭に転がったベッドを追って教頭先生が飛び降りて行って…。
「寒鯉とベッドがトドメだったかな?」
「間違いなくソレだよ、放っておいても問題ないよね?」
一応、自宅の敷地内だし、とソルジャーが割れた窓から見下ろしています。教頭先生はベッドの上でシーツを引き裂き、ビョンビョンと飛び跳ねておられますが…。
「えとえと、ハーレイ、どうしちゃったの?」
なんだか赤ちゃんみたいだよう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。確かに理性を持たない幼児はあんなものかもしれません。キャプテンが寒鯉を食べる頃には元に戻っているんでしょうけど、ご自宅が元に戻るまでには時間もお金もかかりそう。会長さんもソルジャーも、汎用人型決戦兵器は今回限りにして下さいね~!




      噂の人型兵器・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 生徒会長が見ていたアニメのモデルは、もちろんエヴァンゲリオンです。
 そして来月11月でシャングリラ学園番外編は連載開始から6周年を迎えます。
 6周年のお祝いに来月も 「第1月曜」 にオマケ更新をして月2更新にさせて頂きす。
 次回は 「第1月曜」 11月3日の更新となります、よろしくお願いいたします。
 毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv

毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、10月はソルジャー夫妻とスッポンタケ狩りにお出掛けだそうで…。
 ←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv







※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv






シャングリラ学園に入学式の季節がやって来ました。会長さんは今年も首尾よく1年A組の仲間入りを果たし、クラブ見学などの行事も終わって授業開始。それから間もない週末、私たち七人グループは会長さんのマンションにお邪魔していました。
「かみお~ん♪ ゆっくりしていってね!」
お昼御飯はお茶尽くしだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。お茶尽くしって和食かな、と思ったのですけど、さにあらず。なんとフレンチにお茶だそうで。
「ブルーと何回か食べに行ったの! 美味しいんだよ♪」
楽しみにしててね、と飛び跳ねている「そるじゃぁ・ぶるぅ」に、キース君が。
「…その茶というのは意味があるのか?」
「えっ? お茶は身体にいいんだよ?」
「そうじゃなくて、だ。今度、俺たちが行こうとしている御忌には献茶もあるわけで…」
それに引っ掛けたんじゃないだろうな、とキース君。しかし「そるじゃぁ・ぶるぅ」はキョトンとするばかりで、私たちだって『?』マーク。献茶って…なに?
「神様や仏様の前でね、お茶を点ててお供えするんだけれど?」
会長さんが教えてくれました。
「もちろん普通の人が点てるんじゃないよ。お茶のお家元がやるものさ。その辺もあって、お坊さんの修行の中には茶道も含まれてくるわけで…。ジョミーもそろそろ覚えたら?」
「嫌だってば! ぼくは絶対やらないからね!」
御忌も行かない、とジョミー君は脹れっ面。御忌は璃慕恩院の年中行事の中でも最大の法要で、宗祖様の法事のようなものだそうです。四月の下旬に一週間に渡って行われ、一般の人も参列可能。本職のお坊さんも全国からやって来る一大イベントなのだとか。
「…いずれはジョミーも行く日が来ると思うんだけどねえ…。専修コースに入学すれば御忌のお手伝いは必須だしさ。今の間から慣れておくとか」
「絶対、嫌だ! ブルーだって長いこと行ってないって言ってたくせに!」
「それは君たちがシャングリラ号に行きたがるから、色々と…。ゴールデンウィーク合わせで行くとなったら事前の準備が大切だしね」
「「「……準備……」」」
ズーン…と落ち込む私たち。ゴールデンウィークをシャングリラ号で過ごすことは素敵経験であると同時に、ドツボな思い出も多々ありました。会長さんが精魂こめて歓迎イベントを催すお蔭で、天国だったり地獄だったり。大抵、最後は私たち全員、もしくは誰かがババを引く結末に…。
「あれっ、どうかした? とにかく今年は君たちと地球で過ごすってことで暇になったし、どうせなら御忌に行こうかなぁ…って」
そうだよね、と訊かれて頷くキース君。璃慕恩院の御忌はお坊さんにとっても晴れ舞台。特にお役がついていなくても、行くだけで御仏縁が深まるらしいです…。



会長さんの正体は伝説の高僧・銀青様。高校生の外見で最高位のお坊さんしか着られないという緋色の法衣を纏えることが自慢の種。その会長さんに「御忌に行くから一緒に来ないか」と声を掛けられたキース君は大喜びで承諾したものの…。
「で、今日の集まりには何の意味があるんだ? 御忌には俺しか行かないようだが」
「そうなんだよねえ、サムを連れてってもジョミーと同じで一般席しか入れないし…。君とぼくなら中まで入れて貰えるけどさ」
坊主の世界は上下に厳しい、と会長さんは残念そう。サム君も熱心に修行を積んではいますが、住職の資格は持っていません。修行中の身では纏える法衣も決まってくるため、一般参加の檀家さんたちと同じ席にしか入れて貰えないらしいのです。
「だけど一人で行くのもアレだし、君を誘ってみたってわけ。アドス和尚はどうだった?」
「都合がついたら行くそうだ。葬式が入ったら終わりだからな」
「確かにね。…じゃあ、アドス和尚も来るかもってことで考えようか」
「…だから何をだ?」
分からんぞ、と怪訝そうなキース君と私たちに向かって、会長さんはニッコリと。
「ぼくの晴れ着を決めるんだよ。ファッションショーって所かな?」
「「「晴れ着?」」」
「そう、晴れ着。御忌に行くのは久しぶりだし、どうせなら華やかに決めたいじゃないか。だけどキースとアドス和尚が一緒となったら一人で浮くのもマズイしねえ…。どんな感じがいいのかなぁ、って」
普通の人の意見も聞きたい、と会長さんが言えば、シロエ君が。
「どれでも同じじゃないですか! 素材は違うかもしれませんけど…」
「ですよね、見た目は同じですよね」
何処から見たって緋色ですよ、とマツカ君が相槌を打ち、私たちも揃って「うん、うん」と。けれど会長さんはチッチッと人差し指を左右に振って。
「それは衣の色だろう? 大切なのは其処じゃない。坊主のファッションで差がつくのはねえ、その上に纏う袈裟なんだよ。お袈裟を見れば法要の格が分かる、と言われるほどでさ」
「「「は?」」」
なんですか、それは? 袈裟なんてどれも同じなのでは、と思いましたが、キース君が深く頷いています。まさか本当に袈裟で変わるの?
「あまりハッキリ言いたくはないが、まあ、そうだ。…お袈裟ってヤツもピンキリでな。通販で普通に買えるヤツから特注品まで、値段の方も月とスッポンで…。それだけに保管や手入れにも気を遣う。どんな法事にも高級品で出ろと言う方が無理な話だ」
「「「………」」」
お布施の額で使い分けだ、と舞台裏を聞かされ、唖然呆然。それじゃ、同じお寺に法事を頼めば、お坊さんの袈裟で奮発したのかケチったのかが丸分かり? 坊主丸儲けとはよく聞きますけど、そこまでシビアな世界でしたか…。



知りたくなかった法事の密かなランク分け。実にコワイ、と皆でコソコソ囁き合っていると、会長さんが両手をパンと打ち合わせて。
「はい、そこまで! 問題はぼくのファッションなんだよ、まずは基本の部分かな」
ちょっと失礼、とキラリと光る青いサイオン。会長さんの私服はアッという間に緋色の法衣に変わっていました。ただし、衣だけで袈裟は無し。
「コレの上にね、キースに合わせてあげるとしたらコレになるわけ」
こんなヤツ、と出現した袈裟はお馴染みの品。でも、キース君に合わせるっていうのは、どういう意味になるんでしょう?
「ああ、それはね…。キースの僧階……いわゆるお坊さんの位ってヤツはまだ低め。これよりも上の袈裟は着けられないんだ」
「「「へ?」」」
なんとも間抜けな声が出ました。袈裟のランクはお布施だけじゃなく、お坊さんにも関係してるんですか?
「そういうこと。ぼくに相応しい袈裟となったら、この七條になるんだな」
パアァッと青い光が走って、袈裟だけがグンと大きめに。左肩だけではなくて両方の肩、いえ、全身を包むような形をしていて、キンキラキンで。
「もうワンランク下げるんだったら五條もある。それだと、こうで」
今度は右肩までの袈裟ではなくて左肩。それでもサイズは大きいです。そしてやっぱりキンキラキンの眩い代物。
「…どれにするのがいいだろう? 普通か、五條か、七條か」
「「「うーん…」」」
そんな専門的なことを訊かれても、と思いましたが、会長さんが求める答えはフィーリング。キース君やアドス和尚の法衣とかけ離れていても派手に着飾るか、控えめか。
「別に派手でもいいんじゃねえの?」
ブルーなんだし、とサム君が七條袈裟を推し、マツカ君が。
「ぼくもそれでいいと思います。キースとキースのお父さんだって、多分、最高のを着て行くわけでしょう?」
「ああ、まあ…。そうなるだろうな」
御忌だけに、とキース君が応じ、袈裟は七條に決まりました。が、それで終了とはいかなくて。
「七條も色々持ってるんだよ。どの袈裟が一番似合いそうかなぁ?」
季節なんかも考えてよね、とズラリ出てきた七條袈裟のオンパレード。鳳凰の模様だったり、一面にキンキラキンの模様だったり、そんなに出されても分かりませーんっ!



会長さんに似合う七條袈裟はどれなのか。次から次へとファッションショーを繰り広げられて、キンキラキンの輝きに目をやられそうです。フィーリングだと言われましても、意見は一向に纏まらなくて…。
「遠山柄にしとけばどうだ?」
それが一番インパクト大だ、とキース君。指差す袈裟には山の模様が。
「それって地味だと思うわよ?」
こっちの方が、とスウェナちゃんが楽器の模様を挙げ、私たちも山よりはソレだと思ったのに。
「…遠山柄ねえ…。確かに一番、人を選ぶね」
いいかもね、と会長さんは遠山柄とやらを纏ってみて。
「どう? 地味な柄には違いないけど、この模様には約束事があるんだよ。若い人は着ちゃいけないんだ。緋色の衣が七十歳以上でないとダメなのと同じ。うん、ぼくの真価を出すにはいい模様かも」
分かる人なら分かってくれる、と得意げな会長さんの実年齢はとんでもないもの。せっかく御忌に出掛けるのですし、目立ちたいに違いありません。そのくせに関係者席に行くのは嫌で、一部の人に崇められるのが大好きで…。
「よし、決まり! 御忌で着るのはコレにしよう。アドス和尚にも伝えといてよ」
「分かった。あんたの迫力に飲まれないよう、俺たちの方も考えておく」
「三人セットで目立つのがいいね。君も出来ればキンキラキンで!」
「…俺に七條は無理なんだが……」
キンキラキンにも限度があるぞ、と額を押さえつつ、キース君も悪い気分ではないようです。銀青様のお供で御忌ともなれば、同期の人に出会った時に自慢できますし…。
「かみお~ん♪ 決まったんなら、お昼にしようよ!」
「そうだね。みんな、お付き合い感謝するよ」
この袈裟はしっかり風を通しておいて…、と会長さんが元の私服に戻った所へ。
「あっ、脱いだんなら着てみたいな、それ」
「「「!!?」」」
会長さんそっくりの声が聞こえて、フワリと翻る紫のマント。赤い瞳を煌めかせたソルジャーは法衣に興味津々でした。
「君の御自慢のヤツだよねえ? 一回くらい着せてくれてもいいだろう?」
「何度もダメだと言ってるってば!」
どうしても着たいなら修行してから出直してこい、と会長さんは法衣と袈裟とをササッと畳んで「そるじゃぁ・ぶるぅ」に渡して片付けさせると。
「何の修行もしてない君にね、コスプレ感覚で着られたんでは困るんだよ。どうしても着たいと言うんだったら仮装用衣装の専門店で作って貰えば? ノルディのお金で」
「ぼくは本物がいいんだけれど…」
「ダメなものはダメ! じゃ、そういうことで」
さっさと帰れ、と冷たく言われてしまったソルジャー。法衣は諦めたようですけれど、その代わりにとお茶尽くしのフレンチのテーブルにドッカリと。
「えーっと…。お茶って、飲むお茶?」
「うん! 味付けとかに使ってあるの! でね、好みでトッピングするのがこっち♪」
お魚にもお肉にもかけてみてね、と抹茶や刻んだお茶の葉などが。お茶尽くしって、こういう意味でしたか! あっさり上品なコース料理はなかなかに美味で、ソルジャーも満足してお帰りに。会長さんのファッションも決まりましたし、御忌の日、いいお天気になりますように~!



さて、御忌とは縁の無い私たち。会長さんとキース君が参加する日は普通に平日、授業の日です。登校してみればキース君が欠席なだけで、放課後には御忌も終わってますから「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行こうと思っていたのですけれど…。
「キース・アニアン。…欠席だな」
璃慕恩院か、とグレイブ先生が出席簿に書き入れ、残りの出欠を取っている最中に教室の扉がいきなりガラリと。
「ブルーはいるか!?」
「「「??!」」」
飛び込んで来たキース君の姿に教室中の人の目が点に。グレイブ先生も硬直しながら。
「な、なんだ、その格好は、キース・アニアン! 制服はどうした!」
「あっ…。す、すみません、急いで走って来ましたから…。ブルーはいますか?」
「来ていないが?」
「し、失礼しましたぁーっ!」
ピシャリと扉を閉め、駆け去って行ったキース君。萌黄の法衣に刺繍を施した袈裟を纏ってましたが、いったい何が? この時間には璃慕恩院で御忌の法要に出席なのでは…?
「そこの特別生ども、今のは何だ!?」
「「「…し、知りません…」」」
「新手のドッキリか、悪戯かね? …朝から風紀が乱れたようだが」
カツカツカツ…と踵を鳴らし、神経質そうに出席簿の表紙を指先で叩くグレイブ先生。
「もういい、今日の諸君には何も期待せん。この上、ブルーまで来たら1年A組の規律は終わりだ。そうなる前に災いの芽を摘まねばな。…出て行きたまえ」
「「「えっ?」」」
「二度言わせる気か? 特別生に出席義務は無い。今日の授業は出なくてよろしい。いや、出ないことを希望する。お前たち六人、早退だ!」
あちゃー…。停学ならぬ早退だなんて、どうしてこういう展開に? そりゃ、居残ってもキース君の坊主ファッションとか会長さんに絡む質問とかの嵐になって迷惑かかりまくりでしょうけど、早退ですか…。
「さっさと荷物を纏めたまえ! 出る時は後ろの扉から!」
「「「…は、はいっ!」」」
机に入れていた教科書、筆箱、その他もろもろ。現役学生の必須アイテムを鞄に詰め込んだ私たち六人はガックリと肩を落として廊下へと出てゆきました。キース君の姿はありません。これからどうすればいいのでしょう? いつもの溜まり場、開いてるかなぁ…?



早退を命じられ、トボトボと中庭まで歩いた所でブラウ先生に声を掛けられました。一時間目は授業が無いのだそうで、校内ウォーキング中らしいです。
「なんだい、集団サボリかい? さっきはお仲間が凄い格好で走って行ったし…」
「キース先輩に会われたんですか!?」
シロエ君の問いに、ブラウ先生は「ああ、見かけたよ」とウインクして。
「全速力で走る坊主をこの目で見たのは初めてさ。…墨染じゃなかったし、あれは正装だろ? なんで学校にいるんだい?」
「それはこっちが訊きたいですよ! キース先輩のせいで、ぼくたち…」
「ん?」
「ぼくたち、早退になっちゃったんです!」
グレイブ先生に追い出されました、というシロエ君の激白は大ウケでした。ブラウ先生はお腹を抱えて笑い転げて、目尻に涙が滲む勢いでケタケタと。
「ご、ご、御愁傷様だねえ、早退かい…! あんなのが走り回っていたんじゃ無理ないか…」
「キース先輩はどっちの方へ?」
「ああ、ぶるぅの部屋の方だけど? そこから先は知らないよ」
別ルートから走り去ったら目に付かないし、と言われてみればその通り。ともあれ、袈裟を靡かせたキース君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に向かって駆けて行ったことは確実で。
「…ぼくたちも行ってみましょうか?」
「寄ってみるつもりではありましたしね…」
手掛かりがあればいいんですけど、とマツカ君。会長さんが登校しない日は「そるじゃぁ・ぶるぅ」も学校に来ないと聞いています。今日も御忌が終わった後でお部屋に行くのだと言ってましたし、影の生徒会室こと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は閉まっている可能性大。でも…。
「とにかく行くだけ行ってみようよ」
もう教室には戻れないし、とジョミー君が言い、サム君が。
「おう! 閉まってた時は食堂に行こうぜ、この時間でも何か食えるだろ」
隠しメニューがある日だといいな、との台詞に思わずゴクリ。食堂には特別生向けの隠しメニューがあるのです。ゼル特製とエラ秘蔵。ゼル先生の特製お菓子と、エラ先生の秘蔵のお茶の組み合わせが売りで美味なレアもの。
「あんたたち、とことん運が無いねえ…。隠しメニューは昨日だったよ」
残念でした、とブラウ先生に肩を叩かれ、「強く生きな」と励まされ…。運が皆無の早退組に明るい未来は無いかもです。こんなことなら御忌に行っとくべきでした~!



しおしおと生徒会室のある校舎に入り、生徒会室の奥の壁に飾られた紋章の前へ。この紋章はサイオンが無いと見えません。これに触れれば瞬間移動で「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入れる仕組みになっています。ただし、お部屋が開いている時だけ。
「…開いてるのかな?」
恐る恐る触れたジョミー君が壁に吸い込まれて消え、どうやらお部屋は開いている様子。こうなれば話は早いです。私たちは我先に紋章に手を伸ばし、折り重なるように部屋に雪崩れ込み…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「やあ、早退になっちゃったって?」
大変だよねえ、と会長さんがソファで紅茶を飲んでいました。御自慢の緋色の衣ではなく制服姿で、その隣では萌黄の法衣のキース君がギャンギャンと。
「全部あんたのせいだろうが!」
「違うだろ? 君がグレイブのクラスに飛び込まなければ早退はねえ…」
「あんたがいるかと思ったんだ! まるで連絡が付かなかったしな!」
「「「………???」」」
いったい何が起こったのだ、とキョロキョロするだけの私たちに「そるじゃぁ・ぶるぅ」がソファを勧めてくれ、紅茶やコーヒーが出て来ました。お菓子は手早く作れるホットケーキで、ホイップクリームが添えてあります。
「ごめんね、今日は授業が終わる頃に開ける予定だったし…。お昼御飯はオムライスでいい?」
「素うどんでもいいけど、どうなってるわけ?」
なんでブルーが此処にいるの、とジョミー君。会長さんとキース君は今頃は璃慕恩院で御忌の大法要に出ていた筈です。それが二人とも「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋にいるなんて…。
「…えっと、えっとね…。ぼくが失敗しちゃったみたい…」
「「「は?」」」
「あのね、みんなに選んで貰ったブルーのお袈裟がなくなっちゃったの…。ちゃんと毎日風を通して、昨夜は縫い目とかもチェックして…。衣とかと一緒に和室に揃えて置いといたのに、朝になったら消えちゃってたの…」
何処に行ったか分からないの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の瞳から涙がポロリ。
「アレで行くんだって決めていたから、他のお袈裟は用意してなくて…。樟脳の匂いはサイオンで誤魔化して着られるんだけど、ブルーはケチがついたからって…」
「おい、ぶるぅまで泣いてるだろうが!」
全部あんたが悪いんだ、とブチ切れているキース君。つまりアレですか、会長さんは予定していた袈裟が無いから御忌に出るのをやめちゃった……と? そりゃキース君だって走って来ますよ、すっぽかされちゃったんですよねえ…?



遠山柄の袈裟が消えたから、と御忌に行かなかった会長さん。そうとも知らないキース君とアドス和尚は璃慕恩院で待っていたのだそうです。しかし法要の時間が迫って来ても会長さんは現れず、アドス和尚はキース君を残して朋輩と一緒に会場の御堂へ。
「親父は朋輩に誘われたからな、御忌の後は打ち上げに出掛けるんだ。俺には一人で帰るようにと言って行ったが、それ以前にブルーが来ないとなると…。メールも電話もサッパリ駄目だし、思念を飛ばしても返事が無いし」
それで家まで行ってみたのだ、とキース君は会長さんを睨み付けました。
「タクシーを飛ばしてマンションに着いたら、管理人さんが今日はお出掛けになりましたよ、と。どんな服だったか尋ねてみたら、お会いしていないので分かりません、だと!?」
よくもトンズラこきやがって、とキース君は眉を吊り上げています。
「あんた、瞬間移動で出掛けて留守にする時は「行ってきます」と言うだけだしな。御忌に行くのに瞬間移動は有り得ない。さては学校か、と駆け付けてみれば…」
「なんで教室に行ったんだい? ぼくは普通はこっちだろ?」
「普通じゃないから教室なんだ! 何かイベントの匂いでもしたかと!」
それで御忌の方をすっぽかすのならまだ分かる、と拳を握り締めるキース君。
「袈裟が無いから来なかっただと!? あれが無いと格好が付かないなんてことはないだろう! 他にも山ほど持ってるんだし、適当にだな!」
「…君がそれを言うのかい? お袈裟ってヤツは法要に合わせて事前に準備をしておくものだよ、急に引っ張り出すものじゃない。まして七條ともなれば相応に……ね。急いで出して来たんです、と一発で分かる樟脳の匂いはNGだってば」
「匂いはサイオンで誤魔化せる、と、ぶるぅが言ったぞ!」
「ぼくのポリシーに反するんだよ。…どちらかと言えば美学かな」
袈裟と法衣はキッチリ着こなしてこそ、と会長さんが反論すれば、キース君が。
「だったらきちんと管理しろ! ぶるぅ任せにしておくな!」
小さな子供を泣かせやがって、とキース君は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を優しく撫でて。
「ぶるぅ、お前は悪くなんかないぞ。袈裟がどうなったのかは知らんが、自分のを管理していなかったブルーが悪い。…ジョミーたちの件については全面的に俺が悪いんだがな」
申し訳ない、と平謝りのキース君に、サム君が「いいって、いいって」と。
「仕方ねえよ、キースも焦ってたんだし…。ブルーに何かあったんだったら大変だけどよ、袈裟が消えたってだけのことなら心配ねえしさ」
「しかし…。お袈裟が消えたくらいで御忌に出ないとは、何処まで外見が大切なんだ…。それともアレか、お袈裟はあんたの羽衣なのか?」
羽衣なら天人の証だが、とキース君がチクリと嫌味を言えば、会長さんは悪びれもせずに。
「そんなトコかな、銀青のシンボルの一つではある。…最初から適当に決めていたなら、そこまでこだわらないんだけどね」
「ふうん…。やっぱり羽衣だったんだ?」
「「「!!?」」」
バッと振り返る私たち。そこには紫のマントを纏ったソルジャーが立っていたのでした。



「…ぼくには絶対貸せないって言うし、試着もさせてくれないし…。もしかして、ってピンと来たんだよねえ、あれがブルーの羽衣なのか、って」
羽根みたいに軽くないようだけど、とソルジャーはソファにストンと腰掛けると。
「ぶるぅ、ぼくにもホットケーキ! それと紅茶で」
「はぁーい!」
ちょっと待ってね、とキッチンに走って行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」はすぐに紅茶を淹れて来ました。ホットケーキも間もなく焼けて、ソルジャーは御満悦ですが。
「羽衣なんて発想、何処から来たのさ! 七條は真逆で重いんだけど!」
刺繍たっぷりでサイズも大きめ、と噛み付く会長さんに、ソルジャーはホットケーキにホイップクリームを塗りながら。
「羽衣かい? 君のファッションショーの次の日だったか、その次だったか…。ノルディとデートをしたんだよ。能っていうんだっけ、なんか舞台を観てから食事で」
「…それが羽衣?」
「うん。ぼくにはサッパリ分からなかったし、ノルディに話を教えて貰った。羽衣ってヤツは天女専用なんだって? それを隠せば空を飛べなくなって人間と結婚するしかないとか」
「大雑把に言えばそうなるかな? バリエーションも色々あるけど、お袈裟と羽衣は別物だから! 坊主と天人は違うから!」
一緒にしないでくれたまえ、とピシャリと言ってから、会長さんはアッと息を飲んで。
「…ま、まさか…。お袈裟は君が盗んだとか…? 軽くないとか言ったよね…?」
「盗んだなんて、人聞きの悪い…。隠しただけだよ、羽衣は隠すものだろう?」
ノルディに聞いた、とソルジャーが胸を張り、キース君が。
「あんた、自分が何をやらかしたか分かっているのか!? 御忌というのは俺たちの宗派の宗祖様の御命日の法要なんだぞ、それに出るためのお袈裟をだな…!」
「代わりは幾つもあるだろう? 君だってそう言ったじゃないか。羽衣認定したのはブルーで、こだわってるのもブルーの勝手だ。御忌ってヤツより羽衣なんだよ」
貸してくれないなら隠すだけ、とソルジャーは嫣然と微笑みました。
「あ、着るなと言われたからには着てないよ? それに羽衣って、天女以外が身に付けたって空は飛べないみたいだし…。ぼくが着たってお経は読めない」
「当然だろう!」
よくも大切なお袈裟を大切な日に、と激怒している会長さん。
「お蔭で御忌には出そびれちゃったし、ジョミーたちは巻き添えを食って早退になるし…。ぶるぅだって責任を感じて泣いちゃったんだし、落とし前はつけさせてくれるんだろうね!?」
高くつくよ、と睨み付けている会長さんの隣では萌黄の法衣のキース君までが怖い顔。此処で修羅場になるのはマズイ、と誰かが言い出し、場所を変えることになりました。瞬間移動で会長さんのマンションへ。…ソルジャー、逃亡しないでしょうね?



お袈裟を盗んだ張本人が逃げ出さないよう、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が両の手首をガッチリ確保。経験値の高さが売りのソルジャーだけに、それでも逃げるかと思われましたが、大人しく連行されまして…。
「かみお~ん♪ 喧嘩の前にお昼御飯を食べなきゃね!」
腹が減っては戦が出来ぬと言うんでしょ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が予告していたオムライスを作ってくれて昼食タイム。キース君は法衣が汚れては大変だから、と割烹着姿でモグモグと。これはこれで平和な時間です。けれど昼食が終わった後は…。
「まず、お袈裟を返して貰おうか。それから落とし前をつけるってことで」
何をして貰うかは君の態度で考える、と会長さんが袈裟の返還を迫れば、ソルジャーが。
「うーん…。隠した場所は分かってるけど、羽衣なら自分で見付けたら? そういうお話なんだろう? 見付からなければ結婚だよねえ、隠した人と」
「ふざけていないで、さっさと返す!」
君と結婚する気は無い、と会長さんは怒っていますが、本音はソルジャーの世界に隠された品物を見付けるだけの能力が無いといった所でしょう。
「どうしても返すつもりが無いなら、弁償ってことでもかまわない。…ただし、七條は高いからね? おまけにぼくのは特注品の一点ものだし、ノルディといえども多少の打撃は蒙るかと」
しばらく食事もデートも無しだ、と会長さん。あのぅ……七條って、そんなに高いの?
「まあな」
キース君が指を三本立てて。
「これくらいは軽くいくだろう。一点ものならもう一本とか、二本とか。一本は百だ」
「「「そ、そんなに…?」」」
恐ろしすぎる、と凍り付いている私たち。いくらエロドクターが大金持ちでも、その値段だと一日分のお小遣いの半分くらいは飛ぶかもです。金銭感覚がズレていたって認識できる程度の損害なわけで…。会長さんはソルジャーに指を突き付けると。
「今の話は聞いていたよね? 返すか、でなきゃ弁償か。どっちの道を選ぶんだい?」
「…どっちだろう?」
選ぶのはぼくじゃないんだよね、と大きく伸びをするソルジャー。
「実はさ、羽衣かもって思ったからさ……」
ゴニョゴニョゴニョ、とソルジャーが小声で呟き、ウッと仰け反る私たち。
「「「隠させた!?」」」
「そうなんだよねえ、ブルーの羽衣を隠して得をする人間は一人!」
捜しに行く? と訊かれた会長さんがテーブルに突っ伏し、私たちの視線は窓の彼方へ。よりにもよって羽衣伝説をパクりましたか、ソルジャーは! おまけに大喜びで隠した人が存在しますか、そうですか…。



会長さんが御忌に着て行こうとファッションショーを催してまで選んだ、遠山柄の七條袈裟。キース君曰く、指が三本分だか五本分だか、あるいはもっとお高いかもな一点モノの特注品は羽衣伝説でピンと来たらしいソルジャーのせいで隠されてしまい。
「……よりにもよって、なんでハーレイ……」
君の世界に隠された方がマシだった、と会長さんが嘆く横では、ソルジャーが。
「え、だって。羽衣を隠した男は運が良ければ天女を嫁に貰えるらしいし…。日頃から君と結婚したいと言ってるハーレイの家に隠すのが王道だろう?」
早く見付けて回収したまえ、とソルジャーはニコニコ笑っています。
「今ならハーレイは学校にいるし、家探ししてでも持って帰れば羽衣回収完了ってね。見付けられなきゃ返してくれと頼みに行って、そのまま嫁になってくるとか」
「却下!」
こうなったら意地でも探し出す、と会長さんは教頭先生の家の方角に目を凝らし、サイオンを集中させたのですけど…。
「どう? 何処にあるのか見付けられた?」
「邪魔をしないでくれたまえ!」
ぼくは忙しいんだから、と突っぱねた会長さんが頑張り続けること一時間、二時間…。そろそろ下校時刻です。教頭先生はまだお仕事がありますけれど、夜になったら御帰宅でしょう。えーっと、羽衣ならぬ遠山柄の七條袈裟は見付かりましたか、会長さん?
「…ダメだ、どうして…。なんで何処にも無いんだろう…」
「ふふ、ぼくがハーレイに隠させたんだよ? 見付けられるようなヘマをするとでも?」
ばっちりシールドのガード付き、とソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ってくれた苺ミルクのパウンドケーキを口に運んで。
「もちろんハーレイには袈裟が何処にあるか分かってる。頼めば返してくれるかもだけど、その前に何か注文しろとは言っといた。能だと舞を見せるのが返す条件だったし、ストリップとかね」
「「「ストリップ!?」」」
「結婚するよりマシだろう? まあ、そのまま袈裟を放置するのも一つの選択ってヤツではあるよ。ただし、君が残した羽衣ってことで、どう扱われるかは保証出来ないかも…」
「取り返す!!!」
夜のオカズにされてたまるか、と会長さんは瞬間移動ですっ飛んで行ってしまいました。それきり戻って来る気配は無く、ソルジャーが「そるじゃぁ・ぶるぅ」に夕食の注文をしています。キース君が萌黄の法衣に襷を掛けて、私たちに。
「…おい。手伝いに行った方がいいと思うぞ、俺たちも」
「そうかもね…。教頭先生が帰って来ちゃったら最悪だよね」
大惨事になる前に助っ人に、とジョミー君が腰を上げかけた所で、つんざくような思念波が。



『…誰か、助けてーーーっ!!!』
「おやおや、天女が捕まったかなぁ?」
今日はハーレイ、残業をしないと言ってたからね、とソルジャーの声がのんびりと。
「寝室で家探ししていた所へ、ハーレイが帰って来たらしい。ベッドに上っていたっていうのも悪かったよねえ、ストリップで済めばいいんだけれど…」
「畜生、あんたに関わってる場合じゃなかったぜ!」
タクシー! とキース君が草履をつっかけて飛び出してゆき、私たちも後ろから転がるように。結局、教頭先生宅に辿り着いた時には、何故かベッドは鼻血の海で。
「「「………???」」」
「なんか勝手に妄想が爆発しちゃったようだよ、ハーレイだけに」
ストリップを頼むのが精一杯なヘタレの憐れな結末、と会長さんがベッドに転がっている教頭先生をゲシッと蹴飛ばし、ギャッと短い悲鳴を上げて。
「…ぼ、ぼくの七條……。シーツの下に……」
鼻血まみれ、と顔面蒼白の会長さん。キース君がシーツを引っぺがし、其処から鼻血が点々と付いた遠山柄の七條袈裟が…。
「…こ、これって、とっても高いんだよね…?」
ジョミー君が声を震わせ、シロエ君が。
『ぶるぅ、聞こえますか!? そこのお客さんを捕まえてて下さい、しっかりと!』
『かみお~ん♪ ブルーはお食事中だよ!』
デザートを食べ終わるまで帰らないって、と無邪気な声が。いい根性をしているようです、今回の騒動の張本人。会長さんと今すぐ戻ってフルボッコの上に弁償コースで! 私たちの早退の分も含めて、落とし前つけさせて頂きます~!




       飛べない羽衣・了


※いつもシャングリラ学園番外編を御贔屓下さってありがとうございます。
 お坊さんのお袈裟、実は色々あるようですよ?
 次回は 「第3月曜」 10月20日の定例更新となります、よろしくお願いいたします。
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