忍者ブログ

シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「シャングリラ学園・番外編」の記事一覧

闇鍋勝負に勝利を収めた1年A組は意気揚々と教室に引き揚げ、ランチ券を貰って解散でした。グレイブ先生は闇鍋のダメージが大きかったのか、ミネラルウォーターのボトルを飲みながらの終礼。ということは、倒れてしまった教頭先生もダメージ大かな?
「そりゃね、ハーレイの方は半端じゃないって」
後でお見舞いに行かなくちゃ、とクスクス笑う会長さん。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へと向かい、久しぶりのソファに腰掛けました。冬休み前は毎日来てましたけど、お部屋の主の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻ってしまっていたので何かと落ち着かない日々でしたっけ…。
「かみお~ん♪ ここのキッチンも久しぶりだけど、お料理するのって楽しいよね♪」
ちゃんと綺麗に焼けたかなぁ、とキッチンに跳ねてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」。暫くしてから運ばれてきたのは焼き立ての桃のケーキです。お雑煮の大食い大会と闇鍋でお部屋が留守でも、このタイミングでケーキというのが流石の腕前。
「あのね、炊飯器で焼けるって聞いて試してみたの! 家でも一応やってみたけど、タイマー使うのは初めてだったからドキドキしちゃった」
はいどうぞ、と切り分けられたケーキは炊飯器ケーキとは思えない出来で紅茶にもよく合いました。お料理上手の「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手作りお菓子の日々再びです。美味しく食べていると会長さんが。
「闇鍋でハーレイが倒れた理由を知ってるかい? 気付いたかい、と言うべきか…」
「いいや、全く分からなかったが…」
キース君が答え、コクコク頷く私たち。教頭先生は会長さんが入れた大福を半分齧った所で倒れてしまい、まりぃ先生が問診してから水を飲ませていましたけれど……単に不味かったというだけの理由じゃないんですか?
「ふふ、不味かっただけで倒れるとでも? 肉まんを先に食べていたって倒れただろうと言わせて貰うよ、大福も肉まんも秘密兵器だ」
「「「秘密兵器?」」」
「うん。ジョミーが見付けた激辛キャンペーンに感謝しなくちゃ。アレがヒントになったんだから…。そうだよね、ぶるぅ?」
「かみお~ん♪ 特製激辛大福だもんね、餡子の中に激辛唐辛子だもん!」
世界一辛い唐辛子、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は得意そう。それを練り上げて作った団子を餡の内側に仕込んでおいて、溶け出さないようサイオンでガードしておいたとか。
「ブート・ジョロキアとかいうヤツか?」
辛さはハバネロの二倍だったな、とキース君が言うと会長さんがチッチッと指を左右に振って。
「甘いね、もっと辛いのが出たよ。辛すぎて誰も食べられないんで需要があるかも謎だってヤツが。…この国にはまだ入ってないから、わざわざ買いに行ったんだってば、コアラの国まで」
「「「………」」」
そこまでするか、と絶句している私たちの前にビニール袋に入れられた真っ赤なピーマンみたいなものが。
「ウッカリ触るとピリピリするから、このまま見るのが安全かと…。トリニダード・スコーピオン・ブッチ・テイラー。辛さはタバスコの原料のハラペーニョの三百倍。あ、本当に辛いみたいだし間違っても食べようと思わないようにね」
胃をやられるよ、と会長さん。それを教頭先生に食べさせるとは…。
「え、だって。闇鍋はぼくの手料理なんだと思い込むような相手は懲らしめておくべきだろう? 二度と食べようという気にならないほどに…さ」
既に復活したようだけど、と会長さんは教頭室の方角の壁を眺めています。
「懲りてないねえ、ハーレイも…。不覚だったと後悔してるのが泣ける。ぼくの手料理なら激辛も完食すべきだって? あまりの辛さに倒れたくせにさ」
「肉まんの方にも仕込んであったの?」
ジョミー君の問いに会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「うん」と即答。肉まんも具の真ん中に激辛唐辛子の団子が仕込まれており、やはりサイオンのガードつき。あまつさえ、教頭先生が大福と肉まんを確実に掬えるよう、思念で誘導していたとかで…。
「そういうわけで勝利ってね。こんな単純な手で勝てたなんて、今までの苦労は何だったんだろ…。これからはサイオンを有効活用するに限るよ、激辛の次は何がいいかな?」
新年早々、会長さんの思考は来年の闇鍋へと飛翔しています。教頭先生の受難はこの先もずっと、1年A組と闇鍋の伝統が続く限りは続きそう…ですね。

炊飯器ケーキを食べ終えて寛いでいると、会長さんが壁の時計に目をやって。
「そろそろお見舞いに出掛けようか。…ハーレイが待ちくたびれているようだ」
「見舞いをか?」
キース君の言葉に、会長さんは。
「まさか。新学期と言えばお決まりの行事があるだろう? ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
奥の小部屋に駆けて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が抱えて来たのは平たい箱。嫌と言うほど見慣れたデパートの包装紙に包まれたそれは新学期恒例のお届け物の箱でした。青月印の紅白縞のトランクスが五枚入った箱ですけれど、でも…。
「あんた、何枚届ける気なんだ!」
キース君の叫びは私たち全員の心の叫び。箱は五つもあったのです。そんなに沢山贈る気なのか、と驚きましたが、会長さんは平然と。
「ぶるぅの卵を孵すのにお世話になったからねえ、御礼を兼ねているんだよ。…激辛のお見舞いも少しだけ入れてあげてもいいかも」
出掛けるよ、と立ち上がる会長さんを止められる人はありません。有無を言わさずお供させられるのも毎度のことで、トランクスの箱を五つも掲げた「そるじゃぁ・ぶるぅ」を先頭にしてゾロゾロと…。中庭を抜けて本館に入り、会長さんが重厚な扉をノックして。
「失礼します」
会長さんに続いて足を踏み入れた部屋の奥では教頭先生が珍しくマグカップを置いてお仕事中。いえ、マグカップばかりではなく、保温ポットもあるようですが…。
「へえ…。ハーレイ、ハーブティーとは珍しいねえ? コーヒー党だと思ったけどな」
「誰のせいだと思ってるんだ…」
フウと大きな溜息をつく教頭先生。
「今の私がコーヒーを飲めると思っているのか? とにかく荒れた胃を労れ、と言われたんだ。まりぃ先生が届けてくれたんだが、何だったか…。とにかく胃にはこのハーブだと」
「カモミールだろ? そのくらい香りだけでも分かるよ、基本だってば。大福が激辛と分かった時点で諦めてれば傷も浅いのに、無理して半分も食べるから…」
「…お前が入れた大福なんだぞ? 運良く私が掬えた以上は完食したいと思うじゃないか」
食べ切れなくて残念だった、と教頭先生は心底ガックリしている様子です。会長さんはクッと笑って。
「仮に大福をクリア出来ても肉まんで倒れていたんじゃないかな、あっちも仕掛けは同じだからね。でもって両方完食してたら当分は胃痛に悩まされたかと…。下手に触れば皮膚もやられる唐辛子だよ? よりデリケートな粘膜のダメージは計り知れない」
お大事に、と会長さん手ずからハーブティーを注ぎ足して貰った教頭先生は嬉しそうです。それだけでも舞い上がってしまいそうなのに、会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」からトランクスの箱を受け取って。
「はい、いつもの青月印だよ。…今回はスペシャル・サービスなんだ」
「スペシャル・サービス?」
「うん。ぶるぅの卵を孵すのを手伝ってくれただろう? だから御礼に一品つけなきゃと思ってね。ほら、去年の三学期の初めに贈ったヤツを覚えてる? 真っ赤な勝負トランクス」
「「「!!!」」」
アッと息を飲む私たち。教頭先生は耳まで赤くなり、視線が宙を泳いでいたり…。
「思い出した? ぼくをモノに出来そうな自信がついたら履くといい、って言ってた赤パンツ! アレはオシャカになっちゃったけど、ぶるぅの卵の御礼と今日のお見舞いも兼ねてチャンスをあげるよ」
「……チャンス……」
教頭先生は既に鼻血が出そうな顔。頭の中には様々な妄想とシチュエーションがグルグル渦巻いているのでしょう。会長さんったら、赤パンツなんかプレゼントしても大丈夫だと思っているのでしょうか? しかもトランクスは五箱分。それだけでも凄い数なのに…。

「ふふ、赤いパンツが出るかどうかは運次第なんだ。これかな? それとも、こっちかな…」
机の上に箱を並べる会長さん。五つの箱がズラリと一列に揃うと、端からポンポンと叩いていって。
「この中から一つ選んでくれる? 四つはいつもの紅白縞の五枚入り。一つだけ紅白縞が四枚と赤が一枚の詰め合わせが混ざっているってわけさ。それを選べたら勝負の赤パンツを見事ゲットだ」
一つだけだよ、と念を押された教頭先生は真剣な顔でトランクスの箱を見詰めました。サイオンで透視とかって教頭先生でも出来ますよね?
『その程度は基本中の基本だよ。…ただし相手が悪すぎるよね、タイプ・ブルーに敵うとでも?』
無理、無茶、無駄、と会長さんの思念が笑っています。そうとも知らない教頭先生、身体がうっすらと緑の光を放つレベルまで集中して…。
「これだ!」
これが赤パンツの入った箱だ、と自信たっぷりに指差し、会長さんがそれを贈呈。
「じゃあ、開けてみてよ。赤パンツだったら心から祝福してあげる」
「…う、うむ…。正直、まだ履ける自信は無いのだが…。それでも勝負パンツがあると思えば励みになるしな」
どんな励みだ、と心で突っ込む私たちの前で教頭先生は包装紙を剥がし、おもむろに箱を開けたのですが。
「…ん?」
「残念だったね、ハズレってね。…当たりはこっち。あ、誓って入れ替えはしてないよ? 君が透視しようとしていた時には偽の情報を流したけれど」
それも見破れない間はヘタレ確定、と会長さんは教頭先生にビシッと指を突き付けて。
「ぼくをお嫁に欲しいんだったらサプライズとかも必要なんだよ、思いがけないプレゼントとか! それを読まれてしまうようでは話にならない。…ついでに、ぼくの思惑どおりに動く男も味気ない。もっと頑張って鍛えるんだね、サイオンもパンツの下の分身も」
次の機会に期待したまえ、と言い捨てた会長さんは残った四つの箱を抱えて教頭室を出てゆきました。私たちも慌てて追い掛け、ポカンと口を開けた教頭先生だけが残されて…。
「…どうしようかなぁ、当たりのコレ」
会長さんが赤トランクスが混ざっていた箱を開封したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に戻ってからでした。ホントに当たりがあったんですか~!
「そりゃそうさ。そしてハーレイが引き当てた時は恩に着せて渡す筈だったけど、ハズレを引いてしまったからねえ…。次に遊べるチャンスが来るまで残しておくか、返品するか…。チャンスは来ると思うかい?」
私たちは揃って首を激しく左右に振って、赤いトランクスと残りの紅白縞は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がデパートへ返品しに行くことに。同じ売り場にパジャマもあるので会長さんのパジャマと交換するらしいです。トランクス二十枚と会長さんのパジャマ。きっとパジャマはトランクスの代金だけでは買えないでしょうね…。

闇鍋と紅白縞のトランクスのお届けで幕を開けた三学期の次のイベントは学校の公式行事でした。シャングリラ学園の冬の名物、かるた大会が開催されるのです。今日はそれに先立つ健康診断。えっ、何故かるた大会に健康診断が必要なのかって? それは水中かるた大会だからで…。
「かみお~ん♪ 今年も頑張らなくちゃね!」
1年A組が学園一位になるんだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が燃えているのは放課後のこと。健康診断を女子として受け、まりぃ先生にセクハラと称してお風呂に入れて貰った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は上機嫌。ウキウキとキャラメルナッツ・タルトを切り分けながら会長さんに。
「ねえねえ、ブルー、寸劇の話、決まったの?」
「「「寸劇?」」」
かるた大会で学園一位を取ると付いてくる副賞が先生方による寸劇です。去年は会長さんが全校生徒で楽しめるものを、と相撲賭博つきの初っ切りを企画していましたけど、またまた何か計画が…?
「ああ、あれね。決まったら後は早いだろうから、まだ頼みには行ってない。…みんなの意見も聞いてみないと。今年も全校生徒が楽しめるヤツにする? それとも台本どおりにする?」
「なんだ、それは」
分からんぞ、とキース君が返すと、会長さんは。
「大体の案は出来てるんだよ。ただ、それを実行するにあたって全校生徒の意見を聞くか、シナリオを決めて行くかが問題でさ…。どっちに転んでも結果は同じ」
「「「???」」」
「要は過程をどうするか…なんだ。その場のノリで決めても問題無いけど、どうしよう?」
そう訊かれても何をやらかすのかが謎のままでは答えようがありません。会長さんは「内緒」と笑って教えてくれず、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も詳しいことは知らないようで。
「あのね、ゼルに協力を頼むんだって! 何をするのか分からないけど、去年みたいなのも楽しいよね」
「また協力者か…。今度やったら三年目だな」
それも毎回ゼル先生だ、とキース君がワンパターンぶりを指摘しましたが、会長さんは。
「それが今回は違うんだな。…ゼルの協力は不可欠だけど、メインはあくまでグレイブだよ。それとハーレイ、此処は譲れない。グレイブとハーレイの立ち場も対等ではない」
「…サッパリ話が見えないんだが…」
「見えなくってもいいだろう? 君たちだって毎年楽しんでいる筈だ。事前に中身が分かった年は一度も無いと思うけど?」
言われてみればその通りです。会長さんの思い付きで教頭先生がオモチャにされることは確かですけど、それ以上のことは寸劇が始まるまでは分かりません。これでは意見の出しようもなく…。
「うーん、とりあえず台本どおりにしておこうかな? 全校生徒の意見を聞いてもラストシーンは変わらないんだし、ゼルにお願いしに行く時にはどっちでも別に同じだし…」
まあいいか、とタルトを頬張る会長さん。
「今夜にでも頼みに出掛けてくるよ。ゼルの腕前に期待していて」
「えっと…。ゼル先生は劇に出ないの?」
ジョミー君の問いに、会長さんはニッコリ笑って。
「ゼルは完全に裏方さ。ぼくのアイデアをどのくらいまで実現可能か、そこが今から楽しみで…。ゼルなら完璧にやってくれると思うけどねえ、こういう仕事は大好きだから」
謎は深まるばかりでした。ゼル先生は裏方ながらも協力者。寸劇の台本はラスト以外は書き換えも可能みたいです。会長さんが何を考え、どんな寸劇を企画したのか読める人は誰もいなくって…。
「降参だ。…あんたの今年の企画は何だ?」
キース君が代表で白旗を上げましたけど、会長さんの対応は微塵も変わらず、微笑みが更に謎めいただけ。
「見てのお楽しみってことにしとくよ、今年もね。…あ、ゼルには訊くだけ無駄だから! もちろん他の先生方も…さ」
悔しかったら心を読んでみるんだね、と私たちには出来もしない課題を突き付け、会長さんは紅茶を悠然と飲み干しました。こうなったら何も聞き出せません。かるた大会の寸劇を見るには、まずは学園一位から。会長さんの企画を目にするためには勝ち抜くことが大前提です。よーし、今年も頑張るぞー!

ゼル先生に何事かを相談しに行った会長さんは首尾よく協力の約束を取り付けた模様。放課後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に出掛けると楽しそうに鼻歌を歌っていたりするんですけど、寸劇の欠片も掴めない内に水中かるた大会の日が。1年A組に来た会長さんは男子、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は女子で登録。
とは言うものの、かるた大会は男女合同での戦いですから男子か女子かはあまり関係無いんですよね。クラスメイトの女子は着替えを終えた会長さんの水着姿にキャーキャー狂喜していたり…。二学期の水泳大会の後で写真を買った人が大勢いたのは知ってます。会長さんがコッソリ手を回したので記録用の写真が買えたというのは今や伝説。
「今度の写真も買えるのかしら?」
「買えるんだったら買わなきゃ損よね、生徒会長さんの水着姿!」
1年A組の女子の特権だもの、と騒ぎまくっている熱い目の女子たち。シャングリラ学園自慢の屋内プールに勢揃いした他のクラスや学年の女子の視線も会長さんに釘付けです。そんな中、ジャージ姿のブラウ先生がマイクを握って競技説明。かるた大会はプールの水面に散らばった百人一首の下の句が書かれた板の奪い合いですが、これがなかなか大変で…。
「いいかい、取り札を自分のクラスのゴールまで泳いで運ぶのがお約束だ。相手クラスは札を運べないよう、水をかけて進路を妨害出来る。ただし直接タッチした場合はお手付きとして反則になるよ」
簡単そうじゃん、との声を上げるのは一年生だけ。上の学年はハードさを知っているので沈黙中。
「そして、ここからが肝心だ。奪った札を奪い返すのはオッケーだけど、札を手に出来るのは四人まで! それを超えたらお手付きとして読み直しになる。四人目が札を離してしまったら、やり直しだね」
体力勝負だから頑張りな、とブラウ先生が発破をかけても今一つ実感が伴わないのが一年生。どこが体力勝負なんだ、などと甘く見ていられるのも今だけで…。
「では、試合開始! まずは1年B組とD組、プールに入って!」
シド先生のホイッスルが鳴り、教頭先生が朗々と最初の一句を読み始めました。サッと下の句の札を取ったのがどっちの組かは分かりませんけど、とにかく男子生徒です。早速ゴールとされる方へと泳ぎ始めた所へ相手クラスからの水飛沫攻撃。一人一人は大したことが無くても一クラス分だと札も揺れ…。
「わわっ、取られた?」
「えっ、もう取り返されたのか?」
なんだなんだ、とクラスメイトが騒ぐ間にピーッ! と高いホイッスル。
「お手付き、反則! その札はプールの真ん中に戻しな!」
ブラウ先生が声を張り上げ、最初の札はゴールイン出来ずアッサリ無効に。続いて読まれた札もお手付き、その次も…。そんな調子ですから百枚の札がプールから消えた時点で両方のクラスの生徒はヘトヘトで。
「ど、どうすんだよ、こんな試合…」
「ぶるぅじゃ無理だぜ、小さすぎるし…」
試合を次に控えた1年A組、早くも諦めムードです。そこへ会長さんがニッコリ笑って。
「大丈夫。札はぶるぅがバッチリ運ぶし、そこへの道はぼくが開くさ。君たちは自分の前の札だけ見ればいい。それが読まれたらサッと掴んで頭の上に掲げること!」
後は任せて、とプールに入った会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は無敵のコンビ。札が読まれると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が会長さんが組んだ両手を足場に宙に飛び出し、札を掲げたクラスメイトの隣に着水。札を受け取るとサイオンで札の浮力を打ち消し、潜水泳法でスイスイと…。
「すげえ、あれじゃ水飛沫も効かねえぜ!」
「ゴールインだ! えっ、もう戻って来てるのか?」
「かみお~ん♪ 泳ぐの得意だもん!」
札を運んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」は猛スピードで会長さんの所へと戻り、また空中へと飛び出してゆきます。相手クラスに一枚も取らせず、疲れもせずに1年A組、勝ちました! もちろん学年一位は楽勝、学園一位も余裕でゲット。
「おめでとう、学園一位は1年A組だ!」
ブラウ先生が表彰式の始まりを告げ、学園一位の表彰状を会長さんが手にすると。
「さてと、学園一位には副賞があるよ。クラス担任ともう一人の先生を指名して寸劇を披露して貰えるんだけど、誰を指名する?」
会長さんがクルリと振り向き、クラスメイトたちは「お任せしまーす!」と満面の笑顔。何かが起こる、と期待に満ちたクラス一同の視線を集めた会長さんはスウッと息を吸い込んで。
「教頭先生を指名します!」
おおっ、とどよめく全校生徒。これ以外の名前は有り得ない、と分かってはいても寸劇の内容までは読めません。それは私たちも同じですけど、教頭先生、どうなるのかな…。ゼル先生は腕を組んだまま悠然とジャージ姿で立っていますよ?

寸劇の上演場所として発表されたのは今年は普通に講堂でした。制服に着替えて移動してゆく全校生徒の流れの中で会長さんやジョミー君たちと出会いましたが、やはり寸劇は謎のまま。1年A組は学園一位の特権で講堂の一番前が指定席です。んーと……舞台には幕が下りてますねえ…。
「ちゃんと準備は始まってるんだよ、幕の向こうで」
お楽しみに、と会長さんがウインクして見せ、クラスメイトは色々と想像を逞しくしています。去年が初っ切りだったことを知っている生徒は土俵入りだと予想していますが、それなら本物の土俵を使いそう。体育館には立派な土俵があるんですから。
「かみお~ん♪ 楽しみだよね!」
ワクワクしちゃう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が舞台の方を見詰めてますけど、何が起こるか知ってるのかな? この幕くらい透視出来ちゃいますしね、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
『ぶるぅには見えてるんだけど……何をやるかは分かっていないよ、ぼくは演目を教えてないしね』
『『『えっ?』』』
会長さんの思念に驚きの思念を返した途端に幕がスルスルと上がっていって、舞台の上には大きな樽が。樽の上から教頭先生の首だけがヒョッコリ覗いています。いったい何が始まるのでしょう? 樽の横には木箱が置かれ、舞台の袖から現れたのはグレイブ先生。闘牛士のようなカッコイイ衣装は何ですか? そこでブラウ先生がマイクを握りました。
「お待ちかねの寸劇の時間だよ! 黒ひげ危機一髪ならぬ教頭先生危機一髪!」
「「「えぇぇっ!?」」」
講堂を埋め尽くした全校生徒が仰天する中、マントをつけたグレイブ先生が木箱から取り出したものは一振りの剣。スポットライトを浴びて鈍い光を放っています。
「今からグレイブが一本ずつ剣を刺していく。この剣と樽はゼル先生の特製でねえ、ハズレの場所に剣が刺さると中に仕込まれたマジックハンドが教頭先生をくすぐる仕掛けさ。教頭先生が笑い死にするのが先か、勢いよく飛び出して行くのが先か。さあ、何処に刺す?」
グレイブ先生に声援を! とブラウ先生が叫びました。グレイブ先生が剣を手にして樽の周りを一周する度、上とか下とかド真ん中とか、指示を飛ばせるらしいです。会長さんが言ってた「全校生徒の意見を聞く」ってコレですか! 何処に剣を刺すかは生徒が決めると?
『ご名答。…台本どおりだったら何本目で飛び出して行けるか決まってるけど、こっちの方が楽しいだろう? グレイブには限界まで引っ張れと指示してあるから、文字通りハーレイの限界までだね』
笑い死にする寸前になるまで飛び出せる場所に剣は刺さらない、と会長さんの思念は可笑しそう。うわぁ……教頭先生、お気の毒としか…。グレイブ先生が樽の周りを回り始めて、あちこちから飛ぶ無責任な声。
「上です、上でお願いします!」
「下、下、最初は絶対下で!」
「ド真ん中です~!」
グレイブ先生はニヤリと笑って剣を振り回し、グサリと樽へ。マジックハンドが作動したらしく、教頭先生の顔が歪んで引き攣り、それから眉間の皺がグンと深くなって必死に笑いを堪えていますが…。
「今度は下!」
「真ん中、真ん中~!」
生徒というのは残酷なもの。お祭り騒ぎでワイワイ指図し、グレイブ先生も芝居がかったポーズをキメながら樽へと剣を何本も。教頭先生をくすぐるマジックハンドはどんどん増えてゆき、「許してくれ~!」と野太い悲鳴が上がって、その声も笑いに震える有様。流石にそろそろ限界なんじゃあ…?
『まあね。グレイブも引き際は心得てるから、残り二本って所かな』
会長さんの思念の予言通りに二本目の剣が刺さった所が決められた場所だったみたいです。パーン! とクラッカーの音が響いて教頭先生が紙テープや紙吹雪と共に樽から勢いよく飛び出しましたが、あの姿って…。
「「「わはははははは!!!」」」
グレイブ先生と並んでお辞儀する教頭先生の衣装に全校生徒は大爆笑。だって、ショッキングピンクの女性用の水着ですよ? 金銀ラメにスパンコールでハイレグの水着なんですよ? 笑い過ぎてお腹が痛いですってば、教頭先生は笑い死にの危機だったかもしれませんけど…。

「ふふ、大ウケだったね、寸劇は」
会長さんが満足そうに笑っているのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋。教頭先生とグレイブ先生には全校生徒から惜しみない拍手が送られましたが、その舞台裏は悲惨なもので。
「ほら、ハイレグの水着だろう? ハーレイったら、ブラウに自己処理しとけって迫られて顔面蒼白。サイオニック・ドリームで誤魔化せるんだ、と披露したのに「笑い過ぎで集中が切れたらどうするんだ」って」
「まさか、あんたはそれを狙っていたんじゃないだろうな?」
キース君がギロリと睨むと、会長さんは。
「自己処理かい? ちょっと違うね、ぼくの狙いは謝礼金。集中力が切れちゃった時にフォローしてあげたら貰える約束」
お蔭で臨時収入が、と笑みを浮かべる会長さん。教頭先生はハイレグ水着からはみ出した無駄毛を隠しおおせた自信が無いのだそうです。きちんと誤魔化せていたらしいですが、それを親切に教えてあげる会長さんではありません。私たちを引き連れ、教頭室へと押し掛けて。
「ハーレイ、今日はお疲れ様。君のサイオニック・ドリームだけど…」
「駄目だったのか?」
必死に頑張ったつもりだったが、と肩を落とした教頭先生に会長さんは右手を差し出しました。
「ぼくに頼むと高くつくのは覚悟の上だろ? 自己処理しとけば良かったのにねえ、ブラウも勧めていたのにさ。…樽から飛び出した直後はともかく、お辞儀してからは自力で頑張って欲しかったよ」
情けないねえ、と詰る会長さんが謝礼金を毟り取った後に残ったものは空のお財布。そこまでされても御礼を言って頭を下げた教頭先生は偉大です。会長さんに三百年以上も片想いして、遊ばれまくって、毟られて…。それでも一途な教頭先生、いつか報われる日を夢に見ながら強く生きて行って下さいね~!



 

PR

緑の法衣を初めて纏ったキース君が導師を務めた修正会が終わり、私たちは宿坊に引き揚げました。いつも真夜中の新年会をやっていたのに今年は無し。ジョミー君とサム君が去年に続いて初詣のお手伝いをするからです。早めに休んで疲れを取って、初日の出を拝んでからお雑煮の予定。
「お疲れ様。キースは見事にやったと思うよ」
褒めて来たんだ、と緋色の法衣の会長さん。初めての導師で一つのミスも無くやり遂げるには集中力が要るのだそうで、素人さんには分からなくても何かしらドジを踏むのが普通。しかしキース君は完璧にこなし、所作も歩幅もパーフェクトだった、と会長さんはベタ褒めです。
「キースはぼくの弟子じゃないけど、ああいうのを見ると感激するよね。猛スピードで出世を遂げて緋色の衣になれそうだ。…二足の草鞋さえ履いてなければ」
「「「は?」」」
「シャングリラ学園の特別生だよ。出世するには璃慕恩院にも度々顔を出さないと…。決まった修行や論文なんかはソツなくこなしていくだろうけど、それだけじゃ位は順当にしか上がらない。ぼくみたいに普段の授業に顔を出さない生活だったら、楽勝で本山ベッタリなのにさ」
キースの性格からしてそれは無理だ、と会長さん。キース君は大学生をやっていた時でもシャングリラ学園に通ってましたし、今更サボリはしないでしょう。そうなると総本山の璃慕恩院に詰めっぱなしとはいかないわけで…。
「まあ、それでこそキースだけどね。正攻法でも緋色の衣は貰えるんだ。…多分、気長にやるんじゃないかな。真面目に論文を書きながら…さ。論文だけ出しても場合によっては大抜擢も有り得るし」
「え、そうなの?」
そう尋ねたのはジョミー君です。正座で痺れてしまった足を法衣の上から擦りながら…ですが。
「おや、ジョミーも興味が出たのかい? 君もいつかは通る道だし、知っておくのはいいことだ。お坊さんの位を上げるには試験と論文が必須なんだよ。そこで素晴らしい成績を上げて、凄い論文を提出すれば偉い人たちの目に留まる。黙っていても璃慕恩院の役がつくとか、大学で教えないかと言ってくるとか」
「大学ってキースの大学かよ?」
サム君の問いに、会長さんはニッコリ笑って頷いて。
「もちろんさ。だから君たちが大学に入る頃にはキースが教授かもしれないね。…シャングリラ学園の方があるから講師しかしないかもしれないけれど、教壇に立つ可能性は充分あるかと」
「「えーっ…」」
それはキツイ、とサム君とジョミー君が唸っています。シャングリラ学園では同級生なのに、大学に行けば教授と学生。なんだか悲しい上下関係が生じるような…?
「キースが教授だと嫌なのかい? だったら早めに大学に行って資格を取るか、でなきゃ鉄拳道場だよね」
そっちだったらキースは無縁、と楽しそうに笑う会長さん。鉄拳道場というのは璃慕恩院とは別の場所にある迦那里阿山・光明寺、通称カナリアさんの修練道場です。キース君の大学には全寮制で二年通えば資格が取れるコースがあるのですけど、修練道場に行けば一年。ただし厳しさは半端ではなく…。
「やだよ、鉄拳道場なんて…」
ジョミー君が呻けば、サム君も。
「だよな、俺もそっちは御免だぜ。でもなぁ、キースが教授っていうのもキツイよなぁ…」
同級生のよしみで高得点が貰えたとしても嬉しくない、とぼやくサム君ですが、あのキース君が手加減するとは思えません。グレイブ先生に負けず劣らず、厳しい教授になるんじゃないかと…。
「…やっぱ、みんなもそう思うよな? やべえ、俺たち、急いだ方が良さそうだぜ」
キースが大学に来る前に、とサム君が拳を握りましたが、ジョミー君は。
「慌てなくてもいいじゃない。…いつまでも資格を取らないって道もあるんだからさ」
「………。お前、ホントにやる気がねえのな…」
何処まで逃げるつもりなんだ、とサム君は脱力、私たちと会長さんは大爆笑。ジョミー君は百年経っても小僧さんのままかもしれません。その頃、キース君とサム君が緋色の衣を着ていたとしても、何の不思議もありませんってば…。

元老寺の宿坊でぐっすり眠った私たちを叩き起こしたのは例年どおり「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「かみお~ん♪ あけましておめでとう! 起床、起床ーっ!」
パタパタと廊下を走る足音も声も朝から元気一杯です。この声が聞けるのも無事に卵が孵ったからで、私たちは神様への感謝をこめて初日の出に深々と頭を下げました。山門から拝んだ朝日はとても神々しく、いい年になりそうな気がします。それから本堂で朝のお勤めを済ませ、庫裏で揃ってお雑煮で…。
「「「あけましておめでとうございます!」」」
アドス和尚とイライザさんも一緒にお雑煮とおせちの朝食でしたが、サム君とジョミー君を待っているのは初詣。去年と同じでお参りに来る檀家さんの子供さんにお菓子を渡す役目です。
「頑張るんだね、二人とも。とっくに顔が売れてるんだし、師匠の顔に泥を塗らないでよ?」
会長さんは出てゆく二人に軽く手を振り、おせちと真剣に向き合っていたり…。
「さてと、食べて許されるのは何処までかな? 完食しちゃうとジョミーに恨まれそうだしねえ…」
悩ましいよ、と並んだお重を見回す会長さんに、イライザさんが。
「大丈夫だと思いますわよ? 初詣が済んだら新年会ですよ、と言っておきましたし、そちら用に別のおせちがありますの」
「そうなのかい? じゃあ遠慮なく頂こうかな」
「かみお~ん♪ 美味しいもんね、ぼくも貰おうっと!」
そういうわけでキース君とジョミー君、サム君とアドス和尚を除いた面子はイライザさんのお世話で食べ放題。お昼御飯にジョミー君たちが戻った時には別室に移ってお餅などを食べ、午後はお茶とお菓子でのんびりと…。元老寺の初詣は午後三時までです。
「あー、疲れた…。やっと終わった~!」
もう懲り懲り、と法衣を脱いだジョミー君がお座敷にへたり込み、サム君は正座して会長さんにお辞儀。会長さんは満足そうに微笑んで…。
「お疲れ様、サム。ジョミーの方は自業自得だ、日頃の修行が足りなさすぎる」
そこへ法衣のキース君とアドス和尚が入って来て。
「なんとか形になっていたとは思うんだがな…。どうだった、親父?」
「ジョミー殿はアレじゃが、サム殿は充分及第点かと…。まずはお疲れ様と言っておかんとな。イライザ、新年会の用意じゃ」
「はい、すぐに」
イライザさんが言っていたとおり、私たちが食べまくったのとは別のおせちがズラリと机に並びました。朝は伝統おせちでしたけど、洋風や中華風まであります。ジョミー君たちは大歓声! お酒こそ無いものの、賑やかな宴会の始まり、始まり~。

「…ところでですな…」
アドス和尚の口調が改まったのは宴たけなわとなった頃。視線はジョミー君とサム君に向けられています。
「お二人は今年もシャングリラ学園で過ごされるそうですが、お二人に朗報がございましてな。…キースの大学に一年コースを設けよう、という運びになりまして」
「「「え?」」」
なんのこっちゃ、と顔を見合わせる私たちを他所に、会長さんが。
「へえ…。あの話、本決まりになったのかい?」
「来年度から予算が下りるようですな。学寮の建設場所の選定などがございますから、まだまだ先になりますが…。カナリアさんの修練道場だけでは心許ない、という声も上がっておりますし」
「良かったね、ジョミー。一年コースが出来るらしいよ、全寮制になるけれど」
これで資格を取るのも安心、と会長さんは嬉しそうです。一年くらいならジョミー君でも辛うじて我慢出来るかも? でも、どうして一年コースを作るんでしょう? 二年コースがちゃんとあるのに…。
「ん? それはね…」
会長さんが人差し指を立てて。
「急いで資格を取らなきゃならない人もいるのさ。でも現状だと一年コースはカナリアさんしか無いわけで…。急いでる人には酷な所なんだよ、カナリアさんは。…急ぐ事情が事情なだけに」
「「「???」」」
「住職が急死しちゃって資格を持った跡継ぎがいない、というのが急ぎの時。法類の話はしただろう? 法類にお寺の仕事を代わって貰って、その間に誰かが資格を取って来ないと……お寺を出なくちゃいけないのさ」
「「「えぇっ!?」」」
それは全く知りませんでした。お寺は個人の家では無いらしいのです。住職がお寺の仕事をする代償として家族も住ませて貰えるのだとか。じゃあ、キース君がお坊さんになっていなかったなら、いつかは元老寺から出て行くことに…?
「そうなるね。シャングリラ・プロジェクトのお蔭でアドス和尚も当分は安泰なわけだけれども、いつかはね…。お寺の世界は厳しいんだよ」
「キース先輩、そこまで知ってて継がないって決めてたんですか!?」
シロエ君の責めるような口調に、キース君は。
「ああ、そうだ。今となっては若気の至りだが、おふくろくらいは俺の稼ぎで面倒見られると思っていたしな。…そっちの方向に行かずに済んだのはブルーのお蔭だ。改めて礼を言わせてもらう。…感謝する」
畳に額をつけたキース君に、アドス和尚とイライザさんも続きました。会長さんは「何もしていない」と笑っていますが、本当にそうかどうかは分かりません。普通の一年生だった夏にキース君の家へ遊びに行こう、と言い出したのは会長さんですし…。
「堅苦しいのは御免なんだよ、賑やかにやろう。でもって、ジョミーとサムが一年コースに行ってくれる日を祈って……乾杯よりもお念仏かな?」
「「「ちょ、ちょっと…」」」
お念仏は似合いません、と止めに入れば「冗談だよ」と返されて。何処まで本気で何処から先が遊びなのかがサッパリ謎な会長さん。これも高僧ゆえの境地でしょうか? ともあれ、今年も新年早々、みんなで騒げるのはいいことですよね!

元老寺でのお元日の次は三日にアルテメシア大神宮への初詣。これも恒例になった行事です。去年はその後に食べ歩きをしに出掛けましたが、今年は特に予定も無くて。
「いいかい、買い食いはお参りを済ませてから!」
会長さんの注意が飛ぶのも今やお馴染み。小さな子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は行きの参道からあれこれ買い食いしていますけど、私たちには許されません。
「でもさぁ…。行きしか見かけない店ってあるよね」
ジョミー君がボソリと呟き、サム君が。
「ある、ある! 帰りに食うぞ、って目を付けてたのに無いんだよなぁ…」
「それは同じ所へ行かないからだよ、君たちが悪い」
行きたい露店は覚えなくちゃ、と会長さん。
「参道は混むから流れを決めてあるだろう? 普通にお参りするだけだったら、クルッと一周して終わりなんだ。どうしても行きたい店があったら最初から出直しするしかないよ」
「「「あ…」」」
言われてみればそうでした。初詣に来る度に流されるままに歩いてましたが、奥の本殿に参拝した後は通ってきた参道とは別のルートへ入っていたような気がします。そちらも露店がギッシリですから同じ店があるものと思い込んでいましたけれど、そっか、無いお店もあったんだ…。
「じゃ、じゃあさ、覚えていたら戻って来ても構わないわけ?」
あの店とか、とジョミー君が指差したのは焼きそばの露店。焼きそばの露店は他にも沢山ありそうなのに、何かこだわる理由でも? んーと…。あらら、見えなくなっちゃった…。人の流れに合わせて歩くとアッと言う間に前を通り過ぎてしまいます。
「あーあ、ぶるぅも止まってくれなかったし…。後で来ようよ」
未練たらたらのジョミー君に、キース君が。
「激辛焼きそばが食いたかったのか? ぶるぅに頼めば幾らでも作ってくれるだろうが」
「かみお~ん♪ 激辛くらい簡単だよ!」
「そうじゃなくって…。今日までの間に激辛のお店で割り箸を貰えば抽選なんだよ」
「「「はぁ?」」」
意味不明な台詞に誰もが首を捻っているのに、ジョミー君は真剣そのもの。
「ホントだってば! 激辛グルメのキャンペーンでさ、買ったら割り箸をくれるんだ。それを捨てずに持って行ったら割り箸の数だけ抽選が出来て、豪華賞品ゲットなんだって」
だから絶対チャレンジしたい、とジョミー君は燃えています。元日の新聞にそういう記事が載っていたのだ、と主張されては頭から否定することも出来ず…。
「あっ、ほらほら、あそこ! 書いてあるだろ、キャンペーン中って!」
ジョミー君が伸び上がるようにして示した先には焼き鳥の露店がありました。テントにも看板にも『激辛』の文字が躍っています。そして『激辛キャンペーン中・本日まで』と書かれた張り紙も。
「…うーん、確かに激辛キャンペーンってヤツは存在するねえ…」
だけどお参りを済ませてから、と会長さんがキッチリ釘を。
「帰りの道にも激辛の店はあるかもしれない。…不幸にして無かったとか、もっと色々食べたいとかなら出直しルートも検討しよう。激辛キャンペーンにチャレンジするのはジョミーだけかい?」
「え、えっと…。俺も食べたい…かな?」
何の店かによるけれど、とサム君が右手を挙げれば、シロエ君も。
「ですね、モノによっては食べたいです! キース先輩たちはどうしますか?」
「俺か…。興味が無いと言ったら嘘になるな」
「ぼくは辛すぎるとダメなんですけど……ちょっと興味はありますね」
キース君とマツカ君が手を挙げ、スウェナちゃんと私も好奇心を抑えられません。会長さんはクスクスと笑い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「ぶるぅ、みんなは激辛が食べたいそうだよ。お参りが済んだらもう一度回って来なきゃいけないかも…。歩き疲れたら先に帰っていいからね」
「ううん、平気! ぼく、激辛はどうでもいいけど、また来るんなら食べたいお店は色々あるもん♪」
フライドポテトも唐揚げも…、と大喜びの「そるじゃぁ・ぶるぅ」は今はクレープを握っていました。これぞ子供の特権です。でも、私たちも今日は我儘な買い食いコースを一直線! 帰りに激辛の店が無いとか、美味しそうな店じゃないとかだったら、大鳥居から出直しです~。

お正月も三日目とはいえ参拝客は途切れなく流れ、本殿の前も人で一杯。鈴を鳴らすのも押し合いへしあい、お賽銭を入れて柏手を打って、それから絵馬を奉納して。
「さてと、ハーレイの絵馬はあるかな?」
会長さんが鈴なりの絵馬をチェックしています。教頭先生がロクでもない願掛けをしたのは一昨年のお正月でしたが、それ以来、会長さんは警戒し続けているようで…。
「あった、あった。良かった、今年も普通のお願い事だ。向こうの端っこ」
指差された先に教頭先生の絵馬は見当たりません。サイオンで透視出来ない私たちには探せない場所にあるのかも?
「今年も無理? まあ、端から期待はしてないけれど…。ほら、あそこ」
会長さんが思念で送ってくれたイメージはやはり沢山の絵馬の下。元日に一番乗りして書いたのではないか、と思ってしまうほどベストな位置に吊るされた絵馬には『心願成就』の文字がデカデカと。
「恋愛成就と書かない所がセコイよね。…ぼくに見つかったらマズイと思って心願成就にしたんだろうけど、何を思って書いていたのかバレないとでも? いっそ堂々と書けばいいのに」
クスクスと笑う会長さんには残留思念が読めるそうです。今年こそ、という決意も新たに絵馬をしたため、想いをこめて吊るす姿が伝わって来そうな勢いだとか。
「そこまで結婚したいんだったら神頼みよりも努力あるのみ! 毎日花束を贈ってくるとか、せっせとデートに誘うとか…。当たって砕けろって言うじゃないか」
「…砕けてばかりだから神頼みだろう」
キース君の指摘に私たちはプッと吹き出し、会長さんは。
「まだまだ砕け足りないってば! もっと楽しませてくれないと…ね。おっと、忘れるとこだった。激辛キャンペーンの食べ歩きだっけ?」
「そう! 忘れないでよ、今日のメインを」
これから色々食べるんだから、とジョミー君。本殿への参拝を終えると、会長さんが言っていたとおり帰りのルートは別でした。大鳥居から真っ直ぐだった参道と並行してはいますが、庭や摂社を間に挟んだ裏参道というヤツです。そちらにも露店がギッシリですけど。
「えーっと、激辛、激辛…。あっ、あそこだ!」
ジョミー君が発見したのは唐揚げのお店。見るからに辛そうな唐辛子粉をビッシリまぶした唐揚げが並び、『激辛キャンペーン中』との謳い文句も。んーと、辛さの調節は出来ないのかな?
「唐揚げ1個お願いしまーす!」
勇ましく注文したジョミー君が受け取った紙袋には唐辛子粉と油で赤い染みが。これは初心者にはキツイかも、とスウェナちゃんと私はパスしましたが、男の子たちは次々に注文。マツカ君も少し躊躇したものの、勢いで買ったみたいです。
「うひゃーっ、激辛!」
だけど美味しい、と歩きながら齧るジョミー君は割り箸をしっかり握っていました。唐揚げに割り箸は不要ですけど、抽選の必須アイテムとして貰えるのです。キース君たちも「思った以上の辛さだな」などと言いつつ齧っていますし、案外、食べれば平気なのかも?
「さあ、どうだろうね? ぼくは買ってないから分からないけど…」
店によってはチャレンジするのもいいかもね、と会長さんが笑っています。
「せっかく来たんだし、話のタネっていうヤツさ。あ、あれなんかどうだろう? 激辛ドーナツって面白そうだ」
会長さんが見付けた露店はドーナツの店。それくらいなら、と買ってみたスウェナちゃんと私でしたが…。
「……か、辛すぎ……」
「…ドーナツでこれなら他のは推して知るべしよね…」
君子危うきに近寄らず、と激辛は二度と買わないことに。けれど会長さんはペロリと平らげ、その後は男の子たちと一緒になって露店巡りをしていたり。
「行きの参道で見た激辛クレープは無かったねえ…。戻るかい?」
「うん、もちろん! 激辛バーガーもお好み焼きバージョンが見当たらないし」
出直しだよ、と会長さんに訴えているジョミー君。他の男の子たちも異存は無くて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も歩き疲れていないというので私たちは再び大鳥居から出発です。こうして激辛を食べ歩いたお蔭で抽選用の割り箸もたっぷりと入手。駐車場の一角に設けられた特設テントに行って…。
「えっ…。豪華賞品って、こういうものなの?」
張り出されていた賞品一覧にジョミー君がポカンと口を開け、キース君が。
「王道だと思うが、お前は何を期待していたんだ?」
「…旅行券とか、金券とか…」
違ったのか、とガックリしているジョミー君を押し退け、サム君が割り箸の束を差し出して。
「抽選、お願いしまーす!」
「はいはい、全部で十回ですね。どうぞ!」
係のお兄さんが景気良く叫び、サム君はガラガラを十回も回しましたが貰ったものはティッシュでした。キース君もダメ、シロエ君もダメ、もちろんマツカ君もダメ。スウェナちゃんと私もティッシュを1個。会長さんがクスクスと…。
「ほらね、ジョミー。欲が無くても当たらないんだよ、君の言うような賞品だったとしても無理かと…。ぼくも試してみようかな?」
お願いします、と会長さんが渡した割り箸は五回分。しかし…。
「おめでとうございます! 一等、グルメチケット三十枚です!」
「「「えぇっ!?」」」
絶対にサイオンを使ったな、とジト目で見詰める私たちを他所に会長さんはガラガラを回し、二等と三等も引き当てました。残り二回はティッシュですけど、グルメチケットが六十枚も…。
「これだけあれば全員で六回繰り出せるよね。ハーレイを誘ってもいいかもしれない。有効期限が一年間の食べ放題だし、今年は激辛グルメを楽しもうよ」
テントで貰ったマップを手にして満足そうな会長さん。キャンペーンに参加していた店なら何処でも使えるグルメチケットが豪華賞品の正体です。言い出しっぺのジョミー君もティッシュだけで終わり、大当たりしたのは会長さんだけ。でも……激辛の店ですよ…?
「ふふ、君たちもまだまだ読みが甘いね。激辛の露店を出してたってだけで、普通のお店も沢山あるんだ。此処は本格派カレーの店だし、こっちはチジミの店だったけど名物料理は参鶏湯と石焼きビビンバ」
なんと! そんなお店で食べ放題とは…。チケットに「激辛に限る」との注意書きは入ってませんし、これは春から縁起が良さそう。ジョミー君が見付けた激辛キャンペーンと会長さんに感謝しなくっちゃ!

そんなこんなで初詣が終わり、遊び歩く内に冬休みも終わって三学期開始。シャングリラ学園の新年はお雑煮の大食い大会で始まります。1年A組には今年も会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が現れ、白味噌仕立てのヘビーなお雑煮を食べまくり。…会長さんの分は「そるじゃぁ・ぶるぅ」がコッソリ食べているらしいのですけど。
「1位、1年A組!」
ブラウ先生が高らかに宣言しました。
「副賞は先生方相手の闇鍋だ! 担任の他に二人指名出来るよ、誰にする?」
「教頭先生でお願いします!」
会長さんが指名し、もう一人はクラスメイト一同で相談した結果、ゼル先生に。理由は「怒ると怖い先生だから」。生徒ってヤツの恨みを買うと悲惨な末路になるようです。私たちは学校から届いた「これだと思う食品を一つ」とのメールで用意したモノを取りに戻って、校庭の中央に据えられた大鍋へ…。あれっ?
「初心に帰ってみたんだよ」
会長さんが放り込んだのは大福でした。隣では「そるじゃぁ・ぶるぅ」が肉まんを鍋に投げ入れています。大福と肉まんは確かに合わないでしょうが、さほどインパクトは無いですよ?
「あんたとぶるぅがそんなのだったら、俺たちの方が悪辣だよな…」
教頭先生に申し訳ない、と溜息をつくキース君がドボドボと鍋に注いでいるのはチョコレートシロップの徳用ボトル。本当に悪いと思っているなら最後の一滴まで注がなくても良さそうな気も…。そう言う私もカキ氷用のメロンシロップを一リットルも抱えていたりしますけど。ジョミー君が苺シロップ、スウェナちゃんがキャラメルシロップと甘いシロップで揃えました!
「なるほどねえ…。君たちも慣れてきたのかな? 素敵な味になりそうだ」
ベースが醤油味だけに、と会長さんは笑っています。クラスメイトたちも辛子明太子やバナナを入れて鍋はカオスな見た目と匂いに。そこで先生方が目隠しをされ、鍋を掻き混ぜさせられてから一杯ずつお椀に掬い入れると、ブラウ先生が。
「よーし、目隠しはもう取っていいよ! さて、ここからが勝負になる。一人でも掬った分を完食したら先生方の勝ち。ギブアップしたら1年A組の勝ちで、食堂のランチ券が貰えるってわけさ。始めっ!」
全校生徒が固唾を飲んで見守る中で、真っ先にギブアップしたのはゼル先生。続いてグレイブ先生が棄権し、残るは教頭先生ただ一人。しかし…。
「闇鍋はブルーの手料理…だっけ?」
ジョミー君の言葉に深く頷く会長さん。
「そう。そして根性で探り当てたようだよ、ぼくとぶるぅが入れたヤツをね」
教頭先生のお椀には大福と肉まんが入っていました。これは完食コースです。会長さんったら、なんてことをしてくれたんですかー! 去年みたいにヤラセの交渉もしていないのに…。あれれ?
「勝者、1年A組!」
教頭先生がバッタリと仰向けに倒れ、闇鍋勝負は私たちの勝ち。大福がよほど不味かったとか、肉まんが激マズだったとか? ともあれ、1年A組に万歳三唱!



 

六歳になる前に卵に戻って0歳からやり直すと聞かされていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」。新しい誕生日もクリスマスにするのだ、と張り切っていたのに色々とあって、自分自身が計画していた「クリスマス・イブのパーティーをしてから卵に戻ってクリスマスの朝に孵化する」名案は叶いませんでした。
それでもクリスマス当日に青い卵はなんとか孵って…。
「ホントに大変だったよねえ…」
ジョミー君が「もうダメなのかと焦っちゃったよ」と話しているのは会長さんのマンションへ向かう道。クリスマスから丸二日を経て、今日は仕事納めの二十八日です。明日からは御曹司のマツカ君以外は家の大掃除のお手伝い。暇な間に遊びにおいで、と会長さんから嬉しいお誘いが届き、いそいそ出掛けてきたのです。
「もしも、ぶるぅが起きてなかったらどうなったのかな?」
首を傾げたジョミー君に、キース君がキッパリと。
「俺たちが今日、呼ばれてないのは間違いないな」
「あ、やっぱり?」
「でなきゃ、毎日呼び出されてたか…。でもってブルーの泣き言を延々聞かされるんだ」
「「「うわー…」」」
それは悲惨だ、と容易に想像がつきました。サイオンの使い過ぎで卵に戻る時期が早まったことを会長さんは酷く後悔していただけに、誕生日をクリスマスにする計画までオジャンになったら落ち込んだに違いありません。そうでなくても「一人で過ごすのは寂しいから」と連日招集されたのですし…。
「あいつがあんなに繊細だとは思わなかったな。心臓に毛が生えていそうなんだが」
「そうかぁ? ブルー、優しい所もあるぜ」
キース君の言葉に異を唱えたのはサム君です。
「俺さ、朝のお勤めに通ってるから分かるんだ。たまに手料理を御馳走してくれるけど、その時にはぶるぅの分も作るだろ? そしたらトーストの焼き加減とか、いちいち確認するんだぜ。…好みは知ってる筈なのにさ」
「覚えていないって可能性もあるが?」
「違うんだって! 俺も覚えてないのかな、と思ったことがあるんだけど…。そしたらブルーがニッコリ笑って、サムにも確認してるだろ、って。…その日の気分ってあるじゃねえか。トーストにしても飲み物にしても」
その辺の気配りが凄いんだ、と力説するサム君は半分ノロケが入っています。けれど会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」を大切に思う気持ちは伝わりました。三百年以上も一緒に暮らしてきた上に小さな子供。家事万能な「そるじゃぁ・ぶるぅ」に何もかも任せっきりのようでも、大事な家族で分身なのです。
「…なんにせよ、ぶるぅが起きて良かった。俺たちも頑張った甲斐があったな」
「うん! だけど、ぶるぅには内緒だよね」
キース君とジョミー君が頷き合って、私たちもコクリと頷いて…。卵を孵すために会長さんとソルジャーと「ぶるぅ」、三人ものタイプ・ブルーと思念を同調させた時に受けた衝撃は半端なものではありませんでした。けれど、そんなことを小さな子供に話すというのは論外です。絶対に内緒、いつまでも秘密!

会長さんの家に来るのはクリスマス以来。青い卵が孵化した後は盛大なバースデー・パーティーでしたが、その日はそれでお開きで…。ソルジャーと「ぶるぅ」は自分の世界へ、私たちと教頭先生はそれぞれの家へ帰って、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は二人きり。水入らずの日々を過ごしていたのか、はたまたフィシスさんでも呼んだのか。
「フィシスさんは呼んだと思うな」
ぼくの勘だけど、とジョミー君が人差し指を立て、肩を竦める私たち。フィシスさんは同じマンションに住んでますから呼び放題です。そうでなくても会長さんは禁欲中だと何度も強調していましたし…。
「今日も呼んであるんじゃないだろうな? イチャイチャされたら俺は帰るぞ」
目の毒だ、とぼやくキース君。私たちは管理人さんに入口を開けてもらってエレベーターに乗り、最上階へと。さて、フィシスさんはいるのでしょうか? 玄関のチャイムを押すなり扉が勢いよく中から開いて。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
元気一杯の挨拶と共に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお出迎えです。一気に戻って来た日常の前にフィシスさんのことなど頭から吹っ飛び、案内されるままにリビングに行くと。
「やあ、来たね」
会長さんがにこやかに迎えてくれました。
「この間はどうもありがとう。お蔭でぶるぅも元気にしてるし、フィシスとも上手くいってるよ。…えっ、今日はフィシスは呼んでいないのかって? ふふ、二人きりの時間に君たちは余計」
まだまだ愛を確かめ合わなきゃ、と意味深な笑みを浮かべる会長さんの横から「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「あのね、ぼく、長いこと寝ちゃってたから、ブルー、フィシスに会いに行く暇が無かったんだって! フィシスも寂しかったと思うし、二人で過ごしてもらわなくっちゃ♪」
だから毎晩お泊まりなんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は爆弾発言。どうやらフィシスさんは毎晩泊まりに来ているみたいです。会長さんも見事復活を果たしたようで、実に目出度いと言うべきか…。
「というわけだから、フィシスはいないよ。今日のゲストはお世話になった人だけなんだ」
「「「は?」」」
「ぶるぅを起こすのを手伝ってくれた人を呼ぼう、って話になってさ。…ぶるぅも気付いているんだよ。みんなのお蔭で目が覚めた、って」
会長さんの隣で「そるじゃぁ・ぶるぅ」がペコリと小さな頭を下げて。
「起こしてくれてありがとう! 御礼に御馳走するからね♪」
「「「え?」」」
驚く私たちをリビングに残して「そるじゃぁ・ぶるぅ」はキッチンに駆けてゆきました。すっかり元通りなのはいいんですけど、何処まで知っているのでしょう? もしかして私たちが倒れたことも…?
「ううん、そこまでは知らないよ。…君たちも内緒にしたいようだし、ぼくもあんまり知らせたくないし……気付かれないようガードはしてある」
子供に重荷は不要なんだよ、と会長さん。私たちはホッと安心、間もなく「そるじゃぁ・ぶるぅ」の声が。
「かみお~ん♪ もうすぐ出来るからダイニングに行ってね!」
「行こうか、ぶるぅもワクワクなんだ。卵から孵って初めての本格的なお客様だしね」
会長さんに促されてダイニングに移った私たちですが、椅子に座るために散らばろうとすると…。

「あ、そことね、ここは空けておいてくれるかな?」
「…フィシスさんか?」
キース君が苦い顔をし、私たちも覚悟を決めたのですけど。
「違うってば。忙しいゲストのための席! ハーレイは仕事納めで超多忙だし、ブルーは午後から会議なんだ。ぶるぅは暇にしているけれど、この時期は目を離すとヤバイんだってさ」
え。ソルジャーや教頭先生が来るんですか? でもって「ぶるぅ」がヤバイってどういう意味?
「そのまんまだよ、悪戯三昧! クリスマスからニューイヤーまではブルーの世界もイベントが増える。それでハイになって悪戯もエスカレートするって言われちゃうとね、お目付け役無しで一人で遊びに来て下さいとは言えないじゃないか」
「納得出来る理由だな…」
悪戯は困る、とキース君が呻き、私たちの脳裏に蘇ったのは「ぶるぅ」を預かった時のこと。ソルジャーとキャプテンの仲が上手くいかなくなってしまって「ぶるぅ」を預けられたのですけど、蒙った迷惑は今も鮮明に思い出せます。悪戯モードに入った「ぶるぅ」を置いて行かれるのは御免ですってば!
「ね? 君たちもそう思うだろ? だから忙しいゲストは食事だけ。…よし、丁度いい頃合いかな?」
会長さんがパチンと指を鳴らすと青い光がキラリと走って、教頭先生が立っていました。
「ハーレイ、忙しいのに呼んでごめんね。でも、ぶるぅがどうしても御礼を言いたいからって…」
「いや、気を遣わせてしまってすまん。…仕事の方は昼休みになるよう調整してきた。留守にするとも言っておいたし」
大丈夫だ、と穏やかに微笑む教頭先生が空いていた椅子の一つに座ると、今度はユラリと空間が揺れて。
「こんにちは。今日はお招きありがとう」
「かみお~ん♪ 御飯、食べに来たよ!」
紫のマントのソルジャーが「ぶるぅ」と一緒に現れ、残り二つの空席へ。そこでダイニングの扉が開いて入って来たのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「かみお~ん♪ みんな、ぼくをクリスマスに起こしてくれてありがとう! 頑張って御馳走するから食べていってね!」
最初はコレ、とテーブルに置かれたのはカクテルグラス。ハーブ風味のタピオカだそうで、鮮やかな緑のソースを纏った真珠のようなタピオカが盛られています。いきなり絶好調の「そるじゃぁ・ぶるぅ」はチーズと緑の野菜で出来たクリームを挟んだミルフィーユだのスモークサーモンで作った薔薇だのを乗せたプレートを次に出し、その次は…。

今度の料理は何なのかな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が消えた扉の向こうを想像してみる私たち。メニューは全く知らされておらず、ソルジャーもサイオンで見る気は無いようです。何が出るか誰もがドキドキで。
「「「あっ!?」」」
意気揚々と押してきたワゴンには円形に焼き上げたオムレツのお皿。真ん中に茶色いキノコ入りのクリームソースがふんわりと…。
「はい、ハーレイがブルーに叱られたっていうキノコのオムレツ! 本物はこういうヤツだったんだ♪」
ちゃんとアミガサタケで作ったよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は得意そう。ちょこんと自分の席に座って食べながら教えてくれるのですけど、真ん中がトロトロになるように寄せながら焼いて、仕上げは余熱。教頭先生が作ったキノコのオムレツとは月とスッポンというヤツで…。
「そうか、こういうモノだったのか。メモを見ただけでは分からんものだな」
教頭先生が頭を掻けば、ソルジャーが。
「君のオムレツも悪くなかったよ? だけど見栄えはこっちが上かな、もちろん味もね」
美味しいよ、と褒められた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜び。このオムレツはどうしてもメニューに入れたかったそうで、私たちも本物を食べられて感激です。牡蠣のスープに野菜のガレットを添えた伊勢海老、カカオ風味の仔牛のローストと豪華な料理が続きましたが、やはりオムレツのインパクトが大。
「百聞は一見に如かずだよねえ…」
丸いオムレツなんて初めて食べた、とソルジャーがデザートのフルーツグラタンを口に運びながら言えば、すかさず「ぶるぅ」が。
「あれ、美味しかった! ねえねえ、ぼくたちの世界でもオムレツだけなら作れるよね?」
食いしん坊の「ぶるぅ」は丸いオムレツがお気に入りになったみたいです。作り方を聞いて帰ろうよ、と騒ぐのですけど、ソルジャーがビシッと鋭く一喝。
「じゃあ、作り方を習ってお前が作れ」
「えぇっ!?」
「当然だろう、同じぶるぅだ。やってやれないことはない」
明日から早速頑張るんだな、と肩を叩かれた「ぶるぅ」は涙目ですけど、もちろん冗談に決まっています。すぐに「ぶるぅ」は笑顔に戻って、デザートをペロリと平らげて。
「ありがとう、今日は御馳走様!」
遊びたいけどまた今度、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」と指切りする「ぶるぅ」。ソルジャーが出なければいけない会議の時間が近付き、二人は明るく手を振って姿を消しました。教頭先生も立ち上がって…。
「私もそろそろ戻らないとな。…ぶるぅ、今日はありがとう。あんまり無理をするんじゃないぞ」
「平気だもん! もう眠くないし、元通りだもん!」
ハーレイもお仕事頑張ってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は元気そのもの。教頭先生を瞬間移動で教頭室まで送り届けたのも「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオンらしく。
「みんな、心配かけてごめんね! もう平気だから今までみたいに遊んでね♪」
今年も大晦日は元老寺だもん、と言われて仰天。えっと……私たちはキース君と確かに約束しましたけれど、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が来るというのは初耳ですが…?

「…おい。俺は全く聞いていないぞ?」
いつ決まったんだ、とキース君が会長さんに質問したのはデザートのお皿が下げられてから。テーブルには紅茶やコーヒーが並んでいます。会長さんは紅茶のカップを手にしてニッコリと。
「今日、君が家を出た後でアドス和尚に電話したのさ。君の副住職の就任祝いに除夜の鐘と修正会に出てあげようか、って」
「それはお得意のサプライズってヤツか?」
「さあ、どうかな? …本当はね、かなり前から考えてたんだ。だけど、ぶるぅが卵に戻ってしまったからさ…。いつ孵化するのか分からなかったし、ぶるぅの卵を放って出掛けるのも…ね」
そのせいで機会を逸したのだ、と会長さんは説明しました。無事に卵が孵った後は気が緩んですっかり忘れてしまい、今朝になって思い出したのだとか。
「フィシスには前から言ってあったし、大晦日はブラウたちと旅行に行くそうだから心配要らない。…ぼくは元老寺に行く気満々だけど、君には迷惑だったかな?」
「あ、いや…。迷惑ということは全く無いが…」
「そう言って貰えると嬉しいね。親切の押し売りはよろしくないし、元老寺でも出過ぎた真似をする気は無いよ。修正会では君が導師をやるんだろう? 初めての導師で緋色の衣が衆僧とくればグンと値打ちが増すんじゃないかと」
「「「導師?」」」
なんですか、それは? キョトンとしている私たちに、会長さんが。
「今年の修正会でぼくがやってた役目だよ。法会に参加するお坊さんたちの首座ってヤツさ、本堂の真ん中でリードするわけ。キースも副住職になったからねえ、お彼岸とかの大舞台の前に修正会で導師デビューってわけさ」
大舞台で失敗したら悲惨だし…、と会長さん。でも、キース君に限ってそういうミスは無いのでは?
「甘い、甘い。絶対無いとは言い切れないのがミスってヤツだ。こればっかりは場数を踏むしかないんだよ。なにしろ法衣がいつもと違う。…袴のキースは見たことないだろ?」
「「「袴?」」」
お坊さんに…袴? そんなの見たことないですけれど? 誰もが首を捻りましたが、会長さんはクスッと笑って。
「何度も見ている筈だけど…。意識してなきゃ分からないかな? ぼくが衣を着ている時には下は必ず袴だけどねえ?」
こんな感じで、と会長さんの身体が青いサイオンにフワリと包まれ、それが消えると緋色の法衣が。ですが、袴って…いったい何処に?
「現物を見ても、まだ分からない? これ、これ。これが袴だってば」
「「「えぇっ!?」」」
会長さんが指差したのは緋色の法衣の下から覗いた白い衣装。キース君やジョミー君たちが法衣を着る時は墨染めの下に白の着物です。会長さんのも同じだとばかり思ってましたが、言われてみればプリーツが…。プリーツつきの着物だなんて、よく考えたら変ですよね?
「やっと分かったみたいだね。格式の高い法要とかでは袴なんだよ。修正会の導師ともなれば袴着用! 普段の着物とは足さばきとかが変わってくるから、よろめかないという保証は無い」
頑張りたまえ、と会長さんに声を掛けられたキース君は「分かっている」と深い息をついて。
「…俺の先輩に一人いるんだ、檀家さんの前でよろめいたのが…。それも修正会なんかじゃなくて、璃慕恩院から祝いの品が届くレベルの大法要でな」
「へえ…。それは派手だね、おまけにクライマックスだったりするのかい?」
楽しげに問い掛ける会長さんに、キース君は。
「クライマックスではなかったそうだが、父親と何度も交替しながら導師を務めて、自分が導師だった時らしい。…やっちまった場所が場所だけに、取り返そうにも次の機会はいつになるやら…」
下手をすれば何十年も次の機会は無いのだそうです、その法要。そんな恐ろしい話を聞かされていれば、キース君も気合が入るでしょう。そこへ会長さんも参入しますし、除夜の鐘と修正会を合わせて緊張の年末年始かも…。

会長さんの家での「そるじゃぁ・ぶるぅ」復活パーティーとでも呼ぶべき集いが終わると大掃除の日々が待っていました。パパも逃げられないお掃除ですけど、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は日頃からきちんとしているだけに大掃除とは無縁でしょう。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻っていた間だって、会長さんの家は綺麗でしたし…。
そんな他人様の暮らしを羨みながら掃除しまくって、ついに迎えた大晦日。お昼過ぎにジョミー君たちと集合してから元老寺へと出発です。路線バスを降りて山門に向かう途中で、例によって会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を乗せたタクシーが私たちを追い越して行って、山門前に静かに停車。
「かみお~ん♪ あっ、キースだ!」
「なんだ、今日も全員揃って着いたのか…」
相変わらずのタイミングだな、と苦笑しながらキース君が山門の石段を下りて来ます。もちろんバッチリ墨染めの衣。袴とやらは履いてませんが…。会長さんもまだ私服ですし。
「ふふ、タイミングが気になるかい? そうそう毎回、偶然なわけがないだろう。君のお父さんが迎えを寄越してくれるとはいえ、定刻に家を出たんじゃこうはいかない。ジョミーたちの動きを見ながら出掛けるんだよ、いつだってね」
会長さんの発言に私たちは目を剥きましたが、それくらいは充分ありそうです。路線バス組をタクシーで悠々追い越すというのは如何にも会長さんらしい行動ですもの。
「出発の時間だけじゃなくって、その後も細々と気を配ってる。その道じゃなくてこっちから…とか、少しスピードを落としてくれ、とか」
「「「………」」」
そこまでしてタクシーでのお迎えを見せびらかしたいのか、と頭を抱えつつ山門を上がって、お馴染みの庫裏へ。ジョミー君とサム君には墨染めの衣が待ち受けています。えっ、そうと分かっているのにジョミー君は元老寺に突入したのかって? その理由は…。
「よしよし、ジョミーもやっと覚悟が決まったようだね」
いいことだ、と会長さんが笑顔で見送り、二人はキース君に連れられて着替えと御本尊様への御挨拶に。私たちはお座敷に通され、お饅頭などのお菓子が机の上に山盛りです。
「不出来な弟子って言われる内が最高、だっけ? プロのお坊さんになってしまったらドカンと重荷が降って来るから新米の坊主ライフを満喫するとか言ってたし…。キースの肩に重荷を乗っけたブルーに感謝だ」
これで暫く楽が出来る、と会長さんはお饅頭に手を伸ばしました。
「ジョミーがいつまで逃げ回るかは分からないけど、節目節目に法衣を着てればいずれは覚悟も決まってくるさ。ゆくゆくはキースの重荷を分かち合ってくれればいいんだけどねえ…」
そっちは少し難しいか、と会長さんがお茶とお菓子で寛いでいる内に、キース君が法衣のジョミー君とサム君を従えて戻って来て。
「…少しは使えるようになっているかと思ったんだが、ジョミーの方は絶望的だな。修正会の読経は口パクしかない。これも一種の才能か…」
「だろうね、普通は「門前の小僧、習わぬ経を読む」だしね。教えても忘れるのは才能だよ。…まあ、今となっては忘れる方が本人には楽な人生かも…。本職になったら無理難題を吹っ掛けられるし」
ズズッとお茶を啜った会長さんに、キース君は。
「あいつだな…。ミュウってヤツらの供養をするのは構わないんだが、蓮の花が大いに問題だ」
「本当に無茶を言ってくるから困るんだよ。一蓮托生にしても自分好みの色の蓮にしても、本人がお念仏を唱えてくれれば一発解決するのにさ…」
フウと溜息を零す会長さんとキース君。もしかして、ソルジャーの注文通りの蓮の花って、ゲットは可能だったんですか? 会長さんやキース君が頑張らなくても、ソルジャーがお念仏を唱えるだけで?
「…そうなんだよね。唱えるだけで充分だから、って何度もしつこく言ってみたけど、やる気ゼロ! それは本職の仕事だろう、って丸投げされた」
もう諦めた、と会長さんが嘆けば、キース君が袂から数珠を取り出して。
「俺もこの数珠を貰った以上は頑張るしかないというわけだ。…いや、本当にあいつ自身が唱えさえすれば極楽往生なんだがな…。他人任せで自分好みの往生となると、任された方は泣くしかない」
それでも根性で祈ってやるが、と決意を新たにするキース君。修正会では水晶の数珠を使うことになっているので、ソルジャーに貰った桜の数珠は袂に入れてゆくそうです。初めての導師を務める法会にも桜の数珠を携えて出ようという真面目さですから、ソルジャーの願いもきっと叶えるでしょう。でも…ソルジャーには極楽なんかへ行ったりせずに元気で過ごして欲しいですけどね。

お経も所作もド忘れしたジョミー君をキース君が暇を見付けては指導する内に日が暮れ、夕方のお勤めが済むと年越し蕎麦。それから会長さんも緋色の衣に着替えて除夜の鐘の準備が始まり、私たちは夜の境内へ。凍てついた空に沢山の星が輝いています。
「今年ももうすぐ終わりですね…」
シロエ君が呟き、スウェナちゃんが。
「色々なことがあったわねえ…。キースは副住職になったし、ぶるぅは卵に戻っちゃったし、それに…」
ソルジャーは結婚しちゃったし、と送られてきた思念に皆が思念で頷き、マツカ君が。
「でも、いい年だったと思いますよ。来年も、再来年も、そのずっと先も、こんな風に素敵な年を重ねていきたいですよね」
サイオンが普通になる時代まで…、と思念で続けるマツカ君。ソルジャーの世界みたいにならないことが私たちの一番の願いです。煩悩を祓うという除夜の鐘を撞く度、新しい年に向けて祈り続けて早くも四年。来年こそとは言いませんけど、きっといつかは…。
「あ、会長が行くみたいですよ」
関係者用のテントから会長さんがキース君の先導で鐘楼へ向かい、サム君とジョミー君がお供しています。やがて会長さんが厳かに最初の除夜の鐘を撞き、それから後は参拝客。列に並んでいた私たちも撞いて、例年通りテントで甘酒のお接待を受けながら最後の鐘になる午前一時のを会長さんが撞くのを待って。
「…お待たせ。いよいよキースの導師デビューが始まるよ」
ついておいで、と会長さんがテントに顔を覗かせ、私たちは揃って本堂に入りました。とはいえ、会長さんと一緒に行けるのは此処まで。緋色の衣の会長さんはアドス和尚やサム君、ジョミー君と並んで内陣に座り、私たちは一般用の外陣です。
「新年になっても待遇は変えてくれないみたいね…」
今年こそ椅子席かと思ったのに、とスウェナちゃんは残念そうで、私たちは本堂の畳に正座。もういい加減慣れましたけど、いずれは椅子席が貰えるのかな? 外見が全く変わらないだけに百歳になっても正座かもよ、と思念でコッソリ笑い合っていると…。
「あっ、キースだ!」
隣に座っていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が無邪気な声を上げました。水晶の数珠を手にして現れたキース君は緑の法衣に袈裟を着けています。そして会長さんが言っていたとおり、プリーツが入った白い袴も。こんな姿は初めて見る、と感心していると、流れて来たのは会長さんの思念。
『本当はね、キースは去年の時点で緑の法衣が着られたんだ。住職の資格を取った時にそういう資格も貰っているから。…だけどアドス和尚は厳格だった。キースが年を取らない以上は、副住職という立場に就くまで墨染めで通せ、と命じたわけさ』
見た目で軽んじられないようにとの親の愛だ、と会長さん。若い上に長髪という型破りだけに、それなりの地位を手に入れるまでは小僧さんのサム君やジョミー君と同列に置いておこうと思ったらしく…。そうだったのか、と感じ入る私たちの前をキース君が静かに横切ってゆき、様々な所作をしてから阿弥陀様の前へ。
『さあ、始まるよ。ついにキースの本格デビューだ』
会長さんの思念と同時に朗々とキース君の読経が始まり、アドス和尚とサム君が唱和しています。ジョミー君はどう見ても口パク、会長さんの声は控えめで。
『修正会の主役はキースだよ? ぼくが声を張り上げたらキースの声なんか消してしまうし、遠慮するのが筋なんだよね』
それも高僧の心得の内、と思念で囁く会長さん。読経しながら会話できるのが凄いですけど、それも伝説の高僧、銀青様ならではのことでしょう。一心不乱に読経しているキース君には弾き返されたそうですが。
『ホントにキースのガードは凄いよ。自覚が無いのがまた惜しい』
あの力をもっと伸ばせたらねえ、と会長さんは話しています。その間にもキース君は読経を続け、やがてお念仏の節に合わせて立ったり座ったりする五体投地を始めました。これが問題の場所ですか? 慣れない衣装だとよろめくという…?
『無事に新年を迎えられた御礼と、新しい年の平和を願っての五体投地だ。座ってるぼくたちは床に両肘をつけるだけだけど、導師はそうはいかないし…。よろけないよう祈ってやってよ』
大丈夫だとは思うけどさ、とクスクス笑う思念はキース君には届いていません。ただ一心に立って座って、座って立って…。ああ、やっと読経に戻りました。なんとか乗り切ったみたいです。
『此処から後は問題なし…ってね。この調子で今後もドジを踏まないように、精進してって貰わないと』
ぼくたちの任務は重いんだから、という思念と共にキース君の左の袂に入れられた桜の数珠が一瞬だけ透けて見えました。ソルジャーがキース君に託した桜の数珠。サイオンを持ったミュウたちの供養を頼む、とソルジャーとキャプテンが作った数珠。
『キースはああやって祈り続ける。もちろん、ぼくも祈り続ける。…こうして年が改まる度に祈りを重ねて、毎日の祈りも重ね続けて…。いつか祈りがブルーたちの力になれば、と切に願うよ』
極楽往生だけじゃなくって地球へ辿り着く夢のためにも…、と語り続ける会長さん。ソルジャーの世界も新年を迎えているでしょう。私たちの世界もソルジャーの世界も、今年もいい年になりますように。今年だけじゃなく、その先も……遠い未来まで、どうか良い年に…。



 

ソルジャーと「ぶるぅ」も加わって食べたり飲んだりしている内に日付が変わって、クリスマス。夜中とはいえ「そるじゃぁ・ぶるぅ」が誕生日にするんだと主張した日で、「ぶるぅ」の誕生日でもある日です。もう卵から孵ってもいい筈だ、と「ぶるぅ」は頑固に言い張っていて。
「あのね、卵のままだとサンタさんが来てくれないかも! 卵を割るのを手伝ってあげたら、ぶるぅも絶対喜ぶもん!」
殻を割るのは大変なんだよ、と「ぶるぅ」は自分の体験談を語っています。
「ブルーは寝相があまり良くないし、ぼくの卵がベッドにあってもハーレイと大人の時間を始めちゃうしさ…。何度ベッドから落っことされたか数えきれないくらいだし! そのせいなのかなぁ、落っこちても卵が割れないように殻がとっても固かったんだ」
叩いたくらいじゃ割れないよ、と普通の卵との違いを強調する「ぶるぅ」の横からソルジャーが。
「あれは石だったね、ハッキリ言って。貰った時から白い小さな石だったけど…。ぶるぅの卵をくれたのが誰か、ぼくにも未だに分からないんだ。クリスマスのプレゼントに混ざっていて、生まれた年のクリスマスに服が届いたからサンタクロースじゃないかと思うんだけどね」
こっちのぶるぅと違ってさ、とソルジャーが言うのは生まれの違い。会長さんの願いから生まれたのが「そるじゃぁ・ぶるぅ」で、謎のプレゼントが「ぶるぅ」です。それだけに卵の性質が違っていても無理は無いのですが…。
「石が育った卵だからねえ、もちろん殻も石なわけ。割れなくて丈夫で、ぼくとハーレイが温めるにはピッタリだった。ベッドからウッカリ蹴り落としちゃっても無問題! ぶるぅは苦労したみたいだけどね」
ペロリと舌を出すソルジャーに「ぶるぅ」は膨れっ面で。
「そうだよ、大きくなったから卵から出ようとしたら割れないし! コンコン叩いてもブルーもハーレイも聞いちゃいないし、疲れてそのまま寝ちゃったもん…。どうやったら割れるのか分からなくって、泣きそうになってたら急に力が湧いて来たんだよ、それを使ったら割れたんだけど」
「いいじゃないか、お蔭でサイオンが目覚めただろう? 三分間限定だったけどねえ」
ぼくもアレにはビックリしたよ、と語るソルジャーによると「ぶるぅ」の卵はソルジャーとキャプテンの目の前で青く発光し始め、そのままパリンと割れたのだそうで。
「ニュッと小さな拳が出てさ、最初の言葉が「かみお~ん♪」だよ? でもって「はじめまして、パパ、ママ!」と言われたら誰でも目を剥くさ。いやもう、誰がママなんだ、ってね」
「…その時から既に波乱の種があったんだよねえ、君たちの場合」
会長さんが大きな溜息をつき、それからハッと「ぶるぅ」に視線をやって。
「ぶるぅ、「かみお~ん♪」っていうのは何なんだい? なんで言い出したか覚えてる?」
「え? えっと、えっとね…。なんだろう、挨拶は「かみお~ん♪」だって思ってたけど、シャングリラじゃ誰も言わないね…。ぶるぅは言うけど、あれは何なの?」
分からないや、と「ぶるぅ」は首を傾げています。卵の中で育つ間に挨拶の言葉は「かみお~ん♪」なのだと思い込んでいて、それを最初に口にしたのが卵を割って生まれた時で。
「…もしかして、ぶるぅのが移ったのかなぁ? ぶるぅの方がぼくよりずっと長生きだもんね、六歳にならないっていうだけで!」
きっとそうだよ、と「ぶるぅ」がニッコリ笑うと、ソルジャーも。
「ぶるぅの言う通りかもしれないね。…ぼくにもブルーにも自覚は無いけど、シャングリラの設計図と『かみほー♪』を共有しちゃった過去がある。それと同じで、ぶるぅ同士で「かみお~ん♪」を共有しちゃったんだよ、ぼくのぶるぅが卵の間に」
「なるほどねえ…。ぼくは貰ってばかりだったけど、ぶるぅがお返ししてたのか…」
たかが挨拶の言葉だけどね、と苦笑しつつも会長さんは嬉しそうです。『かみほー♪』がソルジャーの世界から来た歌だというのは学園祭の時に知ったばかりですけど、シャングリラ号の設計図と同じく頂き物。私たちの世界にはお返しに相応しい品は無いのだと思ってましたが、既にお返し済みでしたか!
「えとえと…。お話、終わった?」
ぶるぅを起こしてあげたいんだけど、と「ぶるぅ」が無邪気な瞳でバスケットを見詰め、会長さんが慌ててしっかり抱え込んで。
「これはダメ! 本当に君の卵とは違うんだ。確かに殻は丈夫だけれども、中で困っていたりはしない」
「…ホント? 卵から生まれたこともないのに、絶対違うってなんで言えるの?」
割ってあげると喜ばれるよ、と振り出しに戻る「ぶるぅ」の話。これは本当に卵の番人が必要なのかもしれません。とはいえ、「ぶるぅ」もタイプ・ブルーです。三分間限定なのは力が全開の時だけですし、四六時中監視を続けるとなると、会長さんが寝ずの番とか…?

「…口で説明したんじゃ無理か…。割られちゃったら元も子も無いし…」
ちょっと待ってて、と会長さんはリビングを出てゆきました。バスケットは教頭先生が預かり、「ぶるぅ」が卵を奪わないようにソルジャーが小さな肩を両手でガシッと押さえています。しかしソルジャーにも会長さんの意図は今一つ分からないようで。
「ブルーは何をする気なのかな? 読んで読めないことはないけど、せっかくだから楽しみに待とう」
「ねえねえ、なんで卵を割っちゃダメなの? 早く一緒に遊びたいよう…」
もうクリスマスだから誕生日だもん、とゴネる「ぶるぅ」をソルジャーがスナック菓子を食べさせて宥める内に会長さんが戻って来ました。両手の上に乗っかるほどの四角い紙箱を右手に持って、左手にスーパーのビニール袋を提げています。
「お待たせ。それじゃ急いで作るから」
「「「何を?」」」
一斉に尋ねた私たちの前で会長さんは紙箱をテーブルに置き、スーパーの袋から取り出したのはカッターナイフ。それで紙箱の蓋に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵より少し小さい丸い穴を開け、袋の中から裸電球などを…。出来上がったのは手作り検卵器。卵を下から照らして中の様子を調べるヤツです。
「はい、完成。これだとサイオンに干渉されずに卵の中を見られるよ。…ぶるぅの卵は特別だからね、サイオンで透視したんじゃ実感が掴めない可能性大。だってサイオンしか入ってないしさ」
こんな感じで、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵をバスケットから出して紙箱の蓋に開けた穴の上に置いてみせました。箱の中には裸電球が灯ってますから、青い卵がボウッと透けてくるわけで…。私たちは順番に覗きましたが、卵の中身は。
「…空っぽだよ?」
ジョミー君が声を上げ、キース君が。
「卵になってからかなり経つのに、影も形も見えないとはな…。今日を誕生日にするのは無理か…」
「ですよね、これじゃ何ヶ月待てばいいのか分かりませんよ」
シロエ君が心配そうに。
「…会長、前に言いましたよね? ぶるぅは入学式に必ず姿を見せることになっているから、その時期を避けて卵になる…って。間に合うんですか、入学式に? まだ三ヶ月以上はありますけれど…」
「大丈夫。中に姿が見えないからって、本当にいないわけじゃない。…ぶるぅは今もこの中にいる。サイオンに姿を変えているだけ」
「「「サイオン!?」」」
ソルジャーまでが驚くのを見て、会長さんはクスッと笑うと。
「…流石のブルーもビックリってね。何度も話をしただろう? ぶるぅはぼくの願いが生み出したもの。だからサイオンから生まれて来るんだ。卵に戻ってやり直す時はサイオンの塊に戻るわけ。…サイオンの力が充分に溜まって意識が目覚めたら卵が孵る。それまではサイオンしか入ってないのさ、この中にはね」
だから割っても無駄なのだ、と「ぶるぅ」を見詰める会長さん。
「もしも卵を割ってしまったら何が起こるか、ぼくも分からない。…ぶるぅがこの世から消えてしまうのか、新しい卵が現れるのか、それも全く分からない。ぶるぅ自身にも分かってないんだ、だから割るのは絶対に駄目だ」
時期が来たら自然に割れるから、と会長さんは青い卵を手作り検卵器からバスケットのクッションの上に戻して。
「ぼくもね、何度目かの卵に戻った時から色々観察してみたよ。サイオンで覗いたり、今日みたいな仕掛けを作ったり…。観察日記をつけたこともあるし、半時間ごとに毎日覗いたこともある。…そこまでしても掴めないのさ、目覚める直前の感じってヤツが」
いつ覗いても青いサイオンが中に凝っているだけなのだ、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が姿を変えた卵を大切そうに撫でました。
「だから中身がこの状態でも半時間後には孵化しているかもしれないんだよ。起こしてみたら起きるかもしれない。でもね、まだクリスマスの日が始まったばかりの夜中だし…。良い子にはサンタクロースが来る夜なんだし、起こしてみようとは思わない」
良い子はぐっすり寝ていなくちゃね、と視線を向けられ、「ぶるぅ」がピョコンと飛び上がって。
「大変! サンタさん、まだ通り過ぎちゃっていないよね? 大丈夫だよね、ぶるぅの所にまだプレゼントが来てないもんね!」
寝に行かなくちゃ、と「ぶるぅ」は大慌てでリビングを飛び出してゆき、開け放たれたままの扉からゲストルームの扉を閉める音がバタン! と大きく響いて来て…。
「…やれやれ、命拾いをしたかな、ぶるぅ?」
危なかった、と会長さんがバスケットの蓋を閉めています。
「これでぶるぅも卵を割りには来ないだろう。ぶるぅの土鍋を借りて丸くなったし、朝までぐっすりって所かな。…ぼくたちも寝ようか、徹夜パーティーって気分じゃないんだ」
「そうだね、明日が本番だしね。ぶるぅが起きなかったら大変そうだ」
ソルジャーが頷き、大騒ぎだったイブのパーティーはお開きに。私たちは片付け上手で綺麗好きな「そるじゃぁ・ぶるぅ」の代わりにリビングを掃除し、食器もきちんと洗って棚に仕舞ってから解散でした。夜が明けたら正真正銘、クリスマス。どうか「そるじゃぁ・ぶるぅ」がちゃんと目覚めてくれますように…。

卵に戻った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が心配で堪らなかった割には、しっかり眠った私たち。いつものお泊まり会の時だと「かみお~ん♪ 朝御飯の用意が出来てるよ!」と明るい声がするものですけど、今回はそれは聞こえなくって。
「…ぶるぅ、起きたかしら?」
スウェナちゃんが着替えながら話しかけてきて、私は洗面所で顔を拭きながら。
「分かんない…。ひょっとしたらコッソリ朝御飯を用意してるとか?」
「そうね、ぶるぅなら有り得るかも! 早く行きましょ」
パタパタと支度し、ゲストルームの扉を開けるとジョミー君たちも出て来た所で。
「あっ、おはよう! ぶるぅ、どうかな?」
「どうなんだろうな? 起きたにしては静かすぎるが、寝起きってこともあるからな…」
キース君がそう返したのと、小さな影がピョコンと廊下に現れたのは殆ど同時。
「かみお~ん♪」
「「「ぶるぅ!?」」」
良かった、無事に目が覚めたんだ、と誰もが思ったのですが…。
「見て、見て、サンタさんに貰ったんだよ! ぶるぅも同じの貰ってた!」
バスケットの横にあったもん、と大はしゃぎなのは「ぶるぅ」でした。持っているのはアヒルちゃんの形の
籐で編まれた黄色い籠。お菓子がギッシリ詰まっています。それじゃ「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵は…。
「えっ、ぶるぅ? 卵だったよ、見せ合いっこしようと思ってブルーの部屋まで行ったのに…」
残念だよう、と「ぶるぅ」は肩を落とし、そこへ会長さんが卵の入ったバスケットとアヒルちゃんの籠とを提げて奥の寝室からやって来て。
「やあ、おはよう。…ぶるぅは見ての通りだけれど、今日中に起きてもらわなきゃ! 正確に言えばお昼過ぎまでに目が覚めるのが理想かな。ケータリングは時間の幅を持たせて予約したけど、美味しく食べるにはその頃合いに配達をお願いするのが一番なんだよ」
早くから用意を始める料理もあるしね、と会長さん。クリスマス限定メニューを食べ損なった「そるじゃぁ・ぶるぅ」のためにも最高のパーティー料理を揃えたい、との意向です。ソルジャーも起きて来ましたが、あれっ、教頭先生は? ん? キッチンの方からいい匂いが…。
「おーい、お前たち! 朝飯はこんな感じでいいのか?」
教頭先生が廊下に顔を覗かせ、会長さんが。
「ハーレイが作ってくれたのかい? それは楽しみ。手間が省けた」
「つい習慣で目が覚めてな。みんな気持ちよく寝ているようだし、頑張ってみた」
なんと、教頭先生の手作りですか! 先生方からの御歳暮で家に一泊させて貰った時に御馳走になりましたけど、会長さんの家で食べる日が来るなんて…。ダイニングのテーブルへの配膳を手伝い、みんな揃って「いただきます」。あ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はバスケットの中で卵ですけど。
「…ハーレイ。君って気が利かないねえ…」
作って貰ってアレだけども、と文句をつけたのは会長さん。えっと、何か問題がありますか? 教頭先生も驚いた風で。
「これは好みじゃなかったか? ぶるぅのメモが貼ってあったから、それを見て作ってみたんだが…」
「キノコのソースのオムレツだよね。…オムレツはこんな形じゃなくって、フライパンで円形に焼き上げるのさ。真ん中の部分はフワフワのトロトロ」
「す、すまん…。メモにはそこまで書いてなかったし…」
「それはいいんだ、ぶるぅと最後に出掛けた食事の前菜だから。キノコもシメジじゃなくってアミガサタケでね、今度作ろうって張り切ってたよ。それでメモして貼ったわけだけど、このタイミングで卵料理を作るというセンスが信じられない」
ぶるぅが卵になっているのに、と会長さんはテーブルの中央を指差しました。そこにはバスケットが据えられていて、鶏の卵サイズの青い卵がちんまりと…。
「デリカシーに欠けるというか、致命的に配慮が足りないと言うか…。まあ、そう言うぼくも卵料理を食べていたから、冷蔵庫に卵があるんだけどさ」
「うっ…。も、申し訳ない、気が回らなくて…」
脂汗を浮かべて謝る教頭先生に、会長さんはフォークをビシッと突き付けると。
「じゃあ、反省の気持ちをこめて後片付けをよろしくね。ぶるぅが気持ちよく家事が出来るよう、キッチンは綺麗にしておいて!」
「わ、分かった。フライパンも鍋もしっかり洗っておく。ぶるぅの手間を増やしちゃいかんな」
今日が誕生日になるんだからな、と教頭先生は頭の中で手順を確認している様子。お料理上手で家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお気に入りのキッチン、しっかり片付けて頂かないと…。でもって、今日の朝食に卵料理は確かにデリカシーが無かったかも?

朝食が済むと教頭先生はダイニングとキッチンの片付けを始め、私たちはゲストルームの掃除。リネン類は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻ってからは業者さんに任せてあるそうで、集配に備えて置き場所まで運んで行くだけです。ソルジャーと「ぶるぅ」も今日は真面目に作業中。
「いつもぶるぅにやって貰ってたし、こんな時くらいは手伝わないとね」
ぼくは掃除は嫌いだけど、と言いつつソルジャーが掃除機をかけ、「ぶるぅ」がサイオンにモノを言わせてベッドメイキングをしています。この二人には多分無理だろうと部屋を覗いた私たちの方がビックリ仰天。やれば出来るじゃないですか!
「え? そりゃね、この程度のことも出来ないようならソルジャーなんか務まらないって! 多分料理も出来ると思うよ、真剣になって取り組めば…さ」
チャレンジする気は無いけれど、と明るく笑い飛ばすソルジャー。
「それよりも今日は大仕事! もしもぶるぅが目覚めなかったら手伝うんだろ、ぼくもぶるぅも。…卵が今日中に孵らなくっても出張料に料理は貰えるらしいけど…。それはなんだか嬉しくないし!」
頼まれた仕事はやり遂げてなんぼ、とソルジャーは使命感に燃えていました。会長さんが言っていたお昼過ぎまでの間に色々と「そるじゃぁ・ぶるぅ」を起こす方法を試すらしくて、ソルジャーの役目は会長さんとの同調だとか。
「「「同調?」」」
「うん。ブルーが呼び掛けても返事が無ければ、ぼくがサイオンを同調させる。ぼくとブルーは姿だけじゃなくてサイオンの方も瓜二つなんだ、君たちには分からないだろうと思うけどね。…だから二人揃って呼び掛けた場合、中に届く思念はグンと大きく響くってわけ」
「…相乗効果というヤツか?」
キース君の問いに、ソルジャーはパチンとウインクをして。
「そうだよ、ブルーに教わった? 普通のミュウ……あっ、こっちの世界にミュウって言葉は無かったね。普通レベルのサイオンの人でも二人揃えば凄いんだよ? ぼくとブルーなら半端じゃないさ。それでも足りなきゃ、ぶるぅの出番だ」
並みのミュウなら卒倒レベル、と思念の大きさを譬えるソルジャー。そこまでの思念波で呼び掛けられたら「そるじゃぁ・ぶるぅ」も目が覚めそうです。ソルジャー、頼りにしてますからね~!

それぞれの作業を終えてから集まったのはリビングでした。絨毯に置かれたバスケットを囲んで私たちが輪になって座ります。クッションの上の青い卵は沈黙していて、会長さんがつついてみても反応は無し。
「…これは普通じゃ起きないだろうね、ぐっすり眠ってしまってる。ただ、起こして起きるものなのかどうか…。身体の回復が充分じゃなければ目が覚めないかもしれないし…」
サイオンを使い過ぎたんだから、と項垂れる会長さんにソルジャーが。
「やってみなけりゃ分からないだろ? それに回復し切ってなくても目は覚めるかもしれないよ。その時はサイオンと体力が回復するまで休養させてやればいい。今は学校も休みらしいしね」
呼び掛けてみろ、と促すソルジャー。会長さんはスゥッと息を吸い込み、卵に向かって大きな声で。
「ぶるぅ、朝だよ、クリスマスだよ! 今日を誕生日にするんだろう!」
ビリビリと部屋を貫く思念に、耳を押さえる私たち。声にサイオンを同調させて呼び掛けていたみたいです。けれど卵はピクリともせず、ソルジャーが会長さんの肩に手を置いて。
「…もう一度だ。今度はぼくも一緒に起こす。…なんて言えばいい?」
「息が合いやすい言葉がいいよね…。単純に一発、起床、かな?」
「了解。…合図はよろしく頼むよ」
会長さんとソルジャーは一、二の三、で「起床ーっ!」と叫び、あまりの強大な思念に鼓膜が破れそうな気がしたのですけど、フッと衝撃が和らいで。
『…大丈夫か?』
教頭先生が淡い緑色の光を纏って座っていました。
『タイプ・ブルーが二人だからな、気が付かなくて悪かった。シールドだけは自信があるんだ、私に任せておくといい』
そういえば教頭先生は防御力に優れたタイプ・グリーン。ソルジャー曰く「並みのミュウなら卒倒レベル」とやらの思念が炸裂しても安全地帯にいられそうです。しかし「ぶるぅ」まで参戦しても青い卵は孵化しなくって…。
「やっぱり今日は無理なんだ…。ごめんね、ぶるぅ…。ぼくがウッカリしていたばかりに、クリスマス限定メニューどころか誕生日まで駄目になっちゃった…」
泣きそうな顔の会長さんに、教頭先生が穏やかな声で。
「ブルー、お前の悪い癖が出たな。ぶるぅが卵に戻ってしまうと弱気になるのは相変わらずか…。まだ最後まで試したわけではないだろう? 私を呼んだのは何のためだった? この子たちが此処にいるのは何故だ? …諦めるのはまだ早いと思うぞ」
貸しなさい、と教頭先生は青い卵を大きな両手でフワリと包み込み、私たちの方へ視線を向けて。
「いいか、ぶるぅの卵を孵すんだ。私が温めて孵化を促すから、お前たちもブルーと一緒に叫んでやれ。起床と叫ぶ声も大事だが、気持ちだな。ぶるぅを起こしてやりたいんだろう? そういう気持ちを思念に乗せろ」
難しい理屈は必要ない、と言われて私たちは顔を見合わせました。思念の同調なんて初めてですけど、本当に上手くいくんでしょうか? でもダメ元と言いますし…。もしも「そるじゃぁ・ぶるぅ」が今日中に目覚めなかったら、向こう六年ほど誕生日の度にガッカリする顔を見ることになってしまうのですし。
「…一か八かだ、やってみるか」
キース君の言葉に、ジョミー君が。
「だよね、可能性はゼロじゃないもんね! ぶるぅが起きたらラッキーだしさ」
よし、と私たちは手を繋ぎ合い、ソルジャーと「ぶるぅ」がその輪を繋いで完成させて、輪の中に教頭先生と会長さんが。青い卵を包む教頭先生の褐色の手に会長さんの白い両手が重なっています。普段は教頭先生に近付くといえば悪戯ばかりの会長さんが祈るように目を閉じていて…。
「いくよ」
声に出したのはソルジャーでした。
「ぼくの合図で叫ぶんだ。三、二、一…」
「「「起床ーっ!!!」」」
お願い、ぶるぅ。声が聞こえたなら目を覚まして。もうクリスマスになっちゃったから。起きなかったら、お誕生日がクリスマスじゃなくなってしまうから…!

声を限りに絶叫した私たちは糸が切れたように崩れ落ちました。絨毯に直に座っていたので身体を打ちつけたりはしませんでしたが、頭の中で思念が割れそうに反響しています。教頭先生のシールド無しでタイプ・ブルーを三人も含んだ叫びを受けたせいか、酷い頭痛が…。
「大丈夫かい? ブルー、君はそっちを」
「分かってる。こういうのはね、サイオンを上手く流してやれば…」
会長さんとソルジャーの声が遠くで聞こえ、額に冷たい手が当てられてスウッと気分が良くなって…。目を開けるとソルジャーが柔らかな笑みを浮かべています。
「気が付いた? ごめんね、こうなるだろうとは思っていたけど最後の手段だったしね…。これで起きればいいんだけれど」
尊い犠牲が七人も、と言われて見回すとジョミー君たちも頭を振ったり、頬をパチパチ叩いていたり。サイオンが激しく共鳴すると、その強大さについていけなかった人はバッタリ倒れてしまうのだそうで。
「…ぶるぅは?」
ジョミー君が恐る恐る尋ね、教頭先生が卵を両手で包んだままで。
「まだ分からん。…今のでも起きなかったとなったら、可哀想だが誕生日をクリスマスにするのは諦めてもらうしかなさそうだな」
「「「…そ、そんな…」」」
じわっと涙が溢れそうになり、会長さんが悲しそうに俯いた時。教頭先生の指の間からパァッと眩しい青い光が輝いて…。
「かみお~ん♪」
ピョーンと宙へ飛び上がったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿でした。元気一杯、笑顔一杯。青い卵は粉々に壊れ、何も着ていない「そるじゃぁ・ぶるぅ」を会長さんが力いっぱい抱き締めて。
「ぶるぅ、おかえり。…待ってたんだよ、今日はクリスマスでパーティーなんだよ。おめでとう、ぶるぅ。0歳の誕生日、おめでとう…」
それっきり言葉が続かなくなった会長さんの代わりに、ソルジャーが。
「ハッピーバースデー、ぶるぅ! ぼくのぶるぅと同じ日だよね、みんなで楽しくお祝いしよう」
「えっ、ぶるぅも遊びに来てくれてるの? わーい、クリスマスだ、お誕生日だー!」
無邪気にはしゃぎ始めた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は真っ裸のまま、会長さんの腕の中。教頭先生が苦笑しながらソルジャーに頼んで小さな服を瞬間移動で取り寄せて貰い、会長さんの肩をポンと叩いて。
「こらこら、ぶるぅが風邪を引くぞ? 早く服を着せてやらないと」
「あっ…。ごめん、ぶるぅ。いつもの服だよ、裸じゃパーティーできないからね」
「ありがとう、ブルー! ありがとう、ハーレイ」
大急ぎで服を着る「そるじゃぁ・ぶるぅ」を私たちが見守る間に、会長さんは電話をかけに行きました。やがて豪華な料理が山のように届き、始まるパーティー。

「「「ハッピーバースデー、ぶるぅ!」」」
乾杯の声が上がって、まずは会長さんからクリスマス限定メニューの再現用のチケット贈呈。かなりの枚数がありましたから、当分の間、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は外食三昧かもしれません。私たちからは割れてしまったアヒルちゃんマグの新品で。
「わぁっ、アヒルちゃんが帰ってきたぁ! 今度は大事にするからね!」
眠い時には使わないんだ、とマグを撫でている「そるじゃぁ・ぶるぅ」にソルジャーが。
「サンタクロースからもプレゼントが届いていたよ。ぶるぅとお揃いの籠なんだ」
会長さんがダイニングに置き忘れていたアヒルちゃんの籠が瞬間移動で運ばれてきて「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びです。「ぶるぅ」と籠を見せ合いっこして、お料理の方もパクパク食べて…。そんな光景に会長さんが目を細めながら。
「よかった、約束を守ることが出来て。…ありがとう、みんな。本当にみんなのお蔭なんだよ」
いくら御礼を言っても足りないや、と会長さんは深く頭を下げましたけど、いつもなら其処で御礼代わりにと無理難題を吹っ掛ける筈のソルジャーは「どういたしまして」とニッコリ笑っただけでした。教頭先生も「大したことはしていない」と微笑み、もちろん私たちだって…。
「かみお~ん♪ みんな、どうしちゃったの? お料理、ぶるぅに食べられちゃうよー!」
その前に食べてね、とニコニコ笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は目覚める前の大騒動をまるで知らないらしいです。でも、その方がいいですよね? 小さな子供に恩着せがましくあれこれ言うのは不本意ですし、知らずに笑っていてくれる方が…。
「みんな、ぶるぅが呼んでるよ? 今日は思い切り食べて楽しんでよね」
パーティーだから、と会長さんが料理の追加注文をしに行きます。リビングの床に転がっているバスケットにはクッションだけが残っていました。粉々になった青い卵の殻が時々キラリと光りますけど、明日には消えているでしょう。家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は綺麗好き。無事に卵から孵ったんですし、キッチリ隅までお掃除の日々が再びです~!



 

青い卵に戻ってしまった「そるじゃぁ・ぶるぅ」。冬休みに入った私たちは初日から会長さんの家を訪ねて、卵の入ったバスケットを囲んでゲームや食事。会長さん曰く、一人だと寂しいからだそうですが…。
「あんた、フィシスさんはどうしたんだ? 何も俺たちを呼ばなくっても…」
二人で過ごせばいいだろう、というキース君の指摘は尤もでした。今までにも土日という形で休日があったのです。私たちに召集はかかりませんでしたし、会長さんは一人じゃなかった筈ですけれど?
「…限界突破しそうなんだよ、フィシスと二人きりだとさ」
「「「は?」」」
「だから、限界。…ぶるぅが卵に戻っている間はね、フィシスは泊まっていかないんだ。ぶるぅは寂しがりだと前に話さなかったっけ? そのためにクッションを敷くんだ、って」
卵の下に敷いてあるコレ、と会長さんが指差したのはフィシスさんの手作りクッションです。
「普通のクッションじゃ駄目なんだよ。サイオンを持った仲間が心をこめて作ってくれたクッションでないと…。そういうのは思念が残りやすい。ぼくの思念を宿らせておけば、留守にしてても安心して眠っていられるんだよ、ぶるぅはね。…フィシスに出会う前はエラが作ってた」
そういえば、そんな話がありました。でも、それとフィシスさんが会長さんの家に泊まらない事とに何の関係が? サッパリ分からないんですけど…。
「寂しがりだと言っただろ? いくら思念を残しておいても留守に出来るのは五時間が限度。それを超えて放っておくと、戻って来た時に卵がシクシク泣いてるんだよ。…本当に涙を流すわけじゃないけど、泣きそうな気持ちが流れて来るのさ」
とても放っておけやしない、と会長さんは卵をそっと優しく撫でて。
「そこまで寂しがり屋の卵がいるのに、フィシスと二人で過ごせるわけがないだろう? ぼくの枕元が卵の間の指定席なんだけど、これがまたまた問題で…。普段のぶるぅはフィシスが泊まりに来ている時には土鍋ごと別の部屋に行く。だけど卵の間はそうはいかない」
枕元でないと寂しがるんだ、と会長さん。フィシスさんと出会ってから初めて迎えた卵の時期に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵を入っていた籠ごと別の部屋に移し、フィシスさんと一夜を過ごしたら…。
「もうシクシクなんてレベルじゃなくて、ビショビショとでも言うのかな? 一晩中おんおん泣いてました、って気配がビシバシ漂ってきてさ。…これはアウトだと痛感した。かといって、ぶるぅの卵を枕元に置いてフィシスと楽しむわけにも…ねえ?」
教育上とてもよろしくないし、と溜息をつく会長さん。
「そういうわけで、ぼくは絶賛禁欲中! どれほど辛いか、万年十八歳未満お断りの君たちには理解不能だろうけど、とにかくキツイ。…フィシスと二人きりでお喋りをして、夜になったらサヨナラだなんて耐えられないよ。それくらいなら会わない方がマシなんだ」
この前の土日で身にしみた、と会長さんは呻きました。
「今度二人きりで会ってしまったら、もうダメだね。ぶるぅの卵がビショビショになろうが我慢できないし、下手をすればベッドまで行く暇も惜しいってことになるかも…」
とにかくピンチ、と両手で×印を作る会長さんの姿に天井を仰ぐ私たち。シャングリラ・ジゴロ・ブルーなことは知っていましたが、フィシスさんとの熱愛っぷりも半端じゃなかったみたいです。二人きりで過ごすと危ないんですか、そうですか…。だからと言って一人でいるのは寂しいからと私たちを招集するとは、会長さんも卵に戻った「そるじゃぁ・ぶるぅ」も大してレベルは変わらないんじゃあ…?

禁欲生活の辛さを訴える会長さんのお相手を三日間も務め、ついに迎えたクリスマス・イブ。私たちはイブのパーティーと、クリスマス当日に「そるじゃぁ・ぶるぅ」を叩き起こしてお誕生日にするという目的の下に、今日も会長さんが住むマンションへ。昨日までと一つだけ違っているのは…。
「これの出番があるといいよね」
ジョミー君が手にした紙袋を持ち上げて見せ、キース君が。
「出番が無かったら大変だぞ。ぶるぅの泣き顔は見たくないしな、根性を入れて頑張らないと」
「でもさ、ホントに役に立てるわけ? 卵の中って思念が届きにくいんだよね」
ぶるぅが前にそう言ってたよ、というジョミー君の言葉に、私たちは暫し考え込んで…。
「まあ、頑張るしかないだろう」
キース君がグッと拳を握りました。
「俺たちに全く自覚が無くてもブルーがサイオンを使う時に役に立つのは、学園祭のサイオニック・ドリームで証明されてる。いるだけで役に立つんだったら、思念が届いていないとしても「起きろ」と叫べばいいんじゃないか?」
「あ、そうかも…。力のことはブルーに任せて、そこにいるのが重要なんだね」
パーティーをうんと盛り上げるとか、とジョミー君。
「そんな話があったじゃない。閉じ籠っちゃった神様を引っ張り出すのに表で宴会するってヤツが」
「天岩戸か。…そう簡単にいけばいいがな、なにしろ疲れて眠っているんだ。ブルーも今度ばかりは自信が無いと昨日も何度も言ってたし…」
本当にそれの出番があるといいな、とキース君が視線をやるのはジョミー君が提げている紙袋。中には可愛くラッピングされた箱が入っています。箱の中身は会長さんからの頼まれ物で、私たちから「そるじゃぁ・ぶるぅ」へのバースデー・プレゼントでもありました。
「…お気に入りのマグを割っちゃったなんて、きっとホントに眠かったのね…」
スウェナちゃんが呟き、サム君が。
「知らなかったもんなぁ、そんな話…。俺、ブルーの家まで朝のお勤めに行っていたのに、ぶるぅのマグには気が付かなくて…。割ったの、卵に戻る一週間ほど前って話だったもんな」
それは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻った後で会長さんから聞かされた話。学園祭でサイオンを使い過ぎて以来、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は時々眠そうにしていたそうです。そんなある夜、お気に入りのアヒルちゃんのマグカップを洗って棚に片付けようとして手を滑らせてしまい、真っ二つに…。
ションボリしていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」のために会長さんは新しいマグを買おうとしたのですけど、運悪いことに在庫切れ。クリスマスまでには入荷するというので注文しておき、先日やっと店に届いたので私たちが取りに行ったのでした。
え、それなら会長さんからのプレゼントだろうって? 会長さんは「サイオンの使い過ぎで眠らせてしまってクリスマス前のお楽しみを台無しにした」反省をこめて、クリスマス限定メニューを再現して貰うことをプレゼントにするらしいのです。予め予約は要るそうですけど、チケットを既に手配済みだとか。
「ゴージャスだよねえ、行きつけのお店、多そうだもんね」
羨ましいな、とジョミー君。
「アヒルちゃんマグとは格が違うよ、ぶるぅもそっちの方が良さそう」
「そりゃ、お前…。三百年以上の付き合いなんだぜ、あいつらは」
俺たちとは比べ物にならんさ、とキース君が苦笑しています。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は一心同体のようなものなのですから、私たちとは別格で…。アヒルちゃんマグをクリスマスの日にバースデー・プレゼントとして手渡すためにも、会長さんには三百年越しの絆を生かして貰わなくっちゃ!

マンションに着き、管理人さんに入口を開けて貰ってエレベーターで最上階へ。玄関脇のチャイムを鳴らすと会長さんがドアを開いてくれて…。
「いらっしゃい。どうぞ入って」
お邪魔します、と会長さんに続こうとした私たちは大きな靴に気が付きました。ビッグサイズの男物。会長さんには大きすぎますし、このサイズの靴の人物といえば…。
「あ、分かっちゃった? サプライズ・ゲストだったんだけどな、ハーレイは」
「「「教頭先生!?」」」
どうして教頭先生が、と驚きですけど、会長さんは気にしない風で。
「サプライズって言っただろう? パーティーの案が出ていた時から呼ぼうと思っていたんだよ。ホントはフィシスも呼びたかったけど、禁欲生活が厳しすぎてねえ…」
パーティーなんかしたら限界突破、と大袈裟な身振りで肩を竦める会長さん。
「うっかりフィシスと過ごしてごらんよ、今夜こそ我慢できなくなる。ぶるぅが卵で過ごす最後の夜を涙でビショビショにしてしまったら申し訳ないなんてレベルじゃなくてさ…。次に卵に戻る時まで延々と引き摺ってしまいそうだよ。ぶるぅはコロッと忘れちゃっても、ぼくの方がね」
「…あんた、今まではどうしていたんだ」
キース君がドスの効いた声で。
「そこまで切羽詰まってるんなら、今までは? この前の話じゃ、卵に戻っている期間中は禁欲生活ってことだったが…。本当に禁欲してたのか?」
「…バレちゃったか…。ぶるぅには内緒にしといてよ? ちょっと抜け出してフィシスの家へ…ね。ただ、今回は誓って一度もやってない。真剣に反省してるんだ、ぼくは。…ぶるぅの体調に気付かなくって眠りの時期を早めたことをさ」
保護者失格に加えて保護責任者遺棄は出来ないよ、と会長さんは大真面目でした。そこまで反省していたのか、と会長さんの「そるじゃぁ・ぶるぅ」に対する思いの強さを実感しながらリビングに行くと。
「おお、遅かったな。…何か内緒の相談事でもしてたのか?」
教頭先生がにこやかに笑っておられます。
「…なかなかブルーが戻らないから、ついつい昔を思い出してな」
「ホントだ、ずいぶん久しぶりだねえ」
懐かしいや、と会長さん。
「「「???」」」
「ほら、ハーレイの手許だよ。…気が付かない?」
「「「あっ!!!」」」
ソファに座った教頭先生の両手は膝の上。褐色の逞しい手がふんわりと合わされていたのですけど、少し片手がずらされた隙間から覗いたのは青。卵になった「そるじゃぁ・ぶるぅ」が教頭先生の手の中に…。
「ハーレイと旅をしていた間に卵に戻ったことがあってね。…これは温めるものなのか、って訊いてくるから「適当」って答えたんだけど…。実際、ぼくも温め続けたわけではないし、放置で問題ないんだけど」
「そうは言われても、私にすれば卵は温めるのが常識だしな…。お前が放っておくものだから、温めてやった方がいいんじゃないかと思ったんだ。しかし、抱えて寝たら壊しそうだし…」
それで手の中で温めたんだ、と教頭先生。卵が孵るまでの間、暇があったら両手で温め、夜も会長さんが放置していた時には手の中に包み込んで寝て…。
「ぶるぅがハーレイに懐いてるのは、その思い出があるからかもね。ぶるぅの卵を温めたことがある人間は、ぼくの他にはハーレイしかいないものだから」
「「「フィシスさんは?」」」
「手に持ったことはあるけどさ…。温めなくても大丈夫だってハッキリしてから出会ったわけだし、卵を温めている暇があったら他に温めて欲しいものが…ね。ぼくの心とか、他にも色々」
そういうオチか、と頭を抱える私たち。けれど教頭先生がサプライズ・ゲストで呼ばれているのは、それなりの理由があるのだそうで。
「言う前に再現してくれちゃったけど、ぶるぅの育ての親ってヤツさ。今度の眠りは普通じゃないから、色々試してみる必要があるかもしれない。…ぼくが起こして起きなかった時はハーレイに温めて貰うんだ」
「あんたが温めればいいんじゃないのか?」
誰が温めても同じだろう、というキース君の突っ込みに、会長さんは。
「分かってないねえ、ぼくが温めながら呼び掛けたってインパクトの方はイマイチなんだよ。昔と同じハーレイの温もりっていいと思わないかい? きっと「なんだろう? 誰なんだろう?」と気になってくるさ。そういう気持ちの揺れが大切」
それが目覚めに繋がるから、と説明されると納得です。クリスマスになっても「そるじゃぁ・ぶるぅ」が起きない時には教頭先生の両手が孵卵器。会長さんの思念とセットで優しく揺り起こされたら、なんとか目覚めてくれますよね…?

例年だったら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が腕を揮った料理がテーブルの上にズラリと並ぶクリスマス・イブ。けれど「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻ってしまった今年は御馳走尽くしというわけにはいかず…。
「ぶるぅはクリスマス限定メニューを食べ損なったまま寝ちゃったんだしね、質素にいくよ」
会長さんがそう宣言すれば、教頭先生が深く頷いて。
「うむ、鶏の丸焼きだのターキーだのは自粛するのが筋だろうな。ぶるぅが明日の朝に起きたとしても、取り置きは多分、喜ばんだろう。朝には朝のメニューがあるし」
「そうなんだよね、ぶるぅはキッチリしてるから…。下手に取り置いてあげたりしたら、それで料理を始めそうでさ。そのままで食べるよりアレンジだもん、とか言って、みんなで食べられる何かにリメイク」
それは如何にもありそうです。卵から孵ったばかりの「そるじゃぁ・ぶるぅ」に誕生日から料理をさせるというのは最低ですし、回避しなくちゃいけません。今夜のメインはフライドチキンのパーティーバーレル。サンドイッチにフライドポテトにホットビスケット、それからサラダにナゲットに…。
「えっと…。ホントだったらこれが普通のクリスマスだよねえ、高校生って」
今まで気付いてなかったけどさ、とジョミー君がチキンを頬張っています。
「そうだな、今までが贅沢過ぎたか…。俺たちだけでクリスマス・パーティーをやった時にはカラオケボックスだったしな」
あれは一昨年のことだったか、とキース君。その年は会長さんが「フィシスさんと静かにクリスマス」を希望したのでパーティーの日がズレたのでした。もちろん仕切り直しのクリスマス・パーティーを後でやりましたし、その時は豪華な御馳走があって…。
「今年は仕切り直しの予定は無いし、マザー農場のステーキディナーも逃しちゃったし…」
普通の高校生のクリスマスだと分かっていても寂しいよね、とジョミー君が零しています。クリスマス当日の明日も「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵が孵化しなかったらパーティーどころではないわけで…。
「おい、愚痴っているより盛り上げないと…。ぶるぅがしんみりするだろうが!」
天岩戸な作戦はどうした、とキース君が喝を入れたのですけど、こればっかりは気分の問題です。元気な主役が欠けているのに、どうしろと?
「だよな、ぶるぅが足りねえんだよな…」
サム君がテーブルの真ん中に据えられたバスケットの縁をチョンとつついて。
「かみお~ん♪ って、一発叫んでくれたら一気にお祭り騒ぎなのに…。なんか気分が乗らねえんだよ」
「…ぼくも同じさ」
ぶるぅがいないと寂しくて、と会長さんが卵の上にチキンナゲットを翳しています。
「食べ物に釣られて目を覚ますとか、そういう類のヤツだったらねえ…。ぶるぅはナゲットも好きなんだ。グルメも好きだけどB級グルメまでカバーしてるし、何か飛び付くモノでもあればね…」
やっぱりダメか、とナゲットを口に放り込む会長さん。えっと、今、ナゲットで起こしちゃったらクリスマス・イブがお誕生日になっちゃいますよ?
「ん? ああ、その点は大丈夫だよ。ナゲットに飛び付いたとしても意識が揺れてくるだけだから、「まだ起きなくていいからね」と返せばいいんだ。そしたら「うん」と眠そうに返事して眠り続ける」
「あんた、起きそうなのを眠らせてたことがあったのか? 自分の都合で?」
酷すぎるぞ、とキース君が怒れば、会長さんは。
「違うよ、夜遅くとかに意識が浮上してきた時だよ、それをやるのは。同じ起きるなら爽やかな朝! 夜中に生まれて早速夜食じゃ不健康でさ」
「本当か? 単にあんたが夜食を作るのが面倒だったとかもありそうだぞ」
「…一度も無いとは言い切れないかな…」
あったのかい! と私たちは呆れ、教頭先生も「それは酷いな」と苦笑い。そこへ…。
「かみお~ん♪」
「「「えっ!?」」」
響き渡った元気な声にビックリ仰天。反射的にバスケットの中を見たのですけど、青い卵はそのままです。
「こんばんは。…来るのが遅くなっちゃってごめん」
振り返った先に立っていたのは紫のマントのソルジャーと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のそっくりさんの「ぶるぅ」でした。遅くなってごめん、って二人とも呼ばれていたんですか?

「ごめん、ごめん。…つい、言いそびれちゃって」
ぼくが招待したんだよ、と会長さんが詫びて二人の席を作るようにと言いました。私たちは場所を譲り合い、ソルジャーと「ぶるぅ」が腰を下ろして。
「…招待されたのは嬉しいんだけど、ぼくのシャングリラも今日はクリスマスのパーティーなんだ。でもって今年は向こうの方が御馳走でさ…。食べてたらついつい時間が経ってしまったってわけ」
「かみお~ん♪ ぼくも沢山食べたもん! でも、こっちのも美味しいね」
チキン大好き、と「ぶるぅ」はパーティーバーレルを器ごと傾け、残っていた分をバリバリ骨ごと噛み砕いています。
「あっ、ずるい!」
ジョミー君が叫びましたが、「ぶるぅ」は「置いとく方が悪いんだも~ん♪」と何処吹く風。フライドポテトもナゲットもサラダもアッという間に食べ尽くされて…。
「やられちゃったか…。こういう時にはお菓子だよねえ、足りない人はカップ麺も用意してるから」
会長さんがスナック菓子や焼き菓子を山ほど運び込み、カップ麺も出てきて、男の子たちが早速お湯を沸かせば「ぶるぅ」が蓋を半分開けたカップ麺を五個も並べて待ち受けていて…。
「実に見事な食いっぷりだな、そっちのぶるぅは」
教頭先生が目を丸くすると「ぶるぅ」は「食べ盛りだもん!」と即答です。さっきまで盛り下がっていたリビングはたちまち賑やかになり、スナック菓子もあちこちで開封されて、これぞパーティー!
「ありがとう。君の世界もパーティーだったのに来てくれて」
お蔭でパーティーらしくなったよ、と会長さんが御礼を述べるとソルジャーは。
「盛り上げ役なら任せといてよ、ぼくは陰気なのは嫌いだしね。…でもさ、ぶるぅはどうなんだい? 君は明日には孵化する筈だと言っていたけど、気配も無いよ?」
「…正直、ぼくにも自信が無いんだ。だから君にも来てもらった。こんな料理しか無くて悪いけど、ぶるぅが卵から孵化してくれたら誕生祝いでドカンと豪華なケータリングを頼むんだ」
ダメ元で予約はしてあるんだよ、と会長さんは私たちには告げなかったことを話しています。まあ、ソルジャーに出張を依頼したのなら料理で釣るのは妥当ですけど…。
「ふうん? 孵化しなかったらキャンセルってこと?」
「残念ながらそうなるね。あ、君への出張手当に持ち帰りっていうのもアリか…。キャンセル料は全額なんだし、そっちの方がお得かな」
「だったら持ち帰りコースで頼むよ、ぶるぅも喜ぶ。…だけど、こっちのぶるぅが孵化してくれるのが一番だよね。一晩でグンと大きく育つのかい?」
「「「は?」」」
会長さんも私たちも、質問の意味が掴めませんでした。育つって…卵が? どうやって?
「あれっ、もしかして育たないのかい、この卵は?」
「卵は育ったりしないだろう!」
サイズはそのままで中身が成長するものだ、と会長さん。
「ぶるぅの卵は少し違うけどね、大きさが変わらないのは普通の卵と同じだよ。…ん? そういえば君のぶるぅは違ったっけ…。卵が育ったと聞いたような…?」
「そうだよ、最初は指の先ほどの小さな白い石。それが今のぶるぅの卵くらいのサイズの青いのに変わって、それから成長していった。ハーレイと二人で温める内にこれくらいまで育ったよ」
ソルジャーが両手で示したサイズは抱えるほど。その卵を割って生まれて来たのが「ぶるぅ」だそうで…。
「かみお~ん♪ 大きな卵でないと窮屈だもん! ぶるぅは違うの?」
「ぶるぅだって不思議に思うよねえ? これが明日には孵る予定なんて…」
「あっ、もしかして、もう中で育ってるかも!」
割ったら生まれてくるんじゃないの、と「ぶるぅ」は卵に手を伸ばしました。
「早く一緒に遊びたいもん、割ってもいい?」
「「「ダメーッ!!!」」」
それだけはやめて、と私たちの悲鳴が上がり、会長さんが素早く卵を奪い取って。
「ぶるぅ、遊びたいのは分かるけどね。今、生まれたら、誕生日はいつになるのかな?」
「え? えっと…。えとえと、クリスマス…イブ…だよね?」
「君の誕生日はクリスマスだろう? お揃いの日じゃなくなっちゃうよ」
「えーっ…。そんなの嫌だよ、お揃いだもん!」
絶対一緒の誕生日がいい、と「ぶるぅ」は卵を割るのをアッサリ諦めた様子。あーあ、寿命が縮みましたよ、割られちゃったら生まれるどころか消えちゃうかもです、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。

クリスマス・イブのパーティーは和やかに続き、バスケットの中の青い卵も嬉しそうにしている気がします。教頭先生が「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵を温めたことがあるという話はソルジャーと「ぶるぅ」にも大ウケで。
「なんだ、こっちのハーレイもパパかママかのどっちかなんだね、ぶるぅにとっては」
ウチと大して変わらないじゃないか、と笑うソルジャー。
「ブルーが放置していた卵をせっせと温めていたんだったら、ママってことで決まりかな? 鳥だって雌が卵を抱くのが基本なんだろ、雄の役目は巣の雌に餌を運ぶことでさ」
「自分の物差しで計るのはやめてくれたまえ。ぼくはハーレイに温めてくれと頼んだ覚えは微塵も無いし、ハーレイの面倒をみてもいないし!」
気味の悪いことを言わないでくれ、と会長さんは唇を尖らせています。その一方で「ぶるぅ」が瞳を輝かせて。
「そっか、こっちでもハーレイはママなんだね! ぼく、ブルーから「ハーレイがママだ」って何度も教わったけど、やっぱり間違いじゃなかったんだぁ…。あ、今はそんなにこだわってないよ、ブルーとハーレイ、結婚したもん♪」
こっちの世界での結婚だけど、と「ぶるぅ」はニッコリ満面の笑顔。
「どっちがパパでママでもいいんだ、きちんと結婚してくれていれば! ブルーに何度も脅されたもんね、結婚する前に離婚するぞ、って」
「「「………」」」
ソルジャーとキャプテンの「ぶるぅ」のママの座を巡る争いに巻き込まれた記憶は鮮明です。二人が結婚してくれたお蔭で争いの方も収まったようで、私たちは心の底からホッと一息。あらら、ワイワイやってる間に日付が変わってしまっていますよ、リビングの時計の針が午前0時を過ぎているではないですか!
「ぶるぅ、子供は寝た方がいいんじゃないか?」
サンタクロースが来てくれないぞ、と教頭先生に諭された「ぶるぅ」は時計を眺め、それからバスケットに向き直って。
「もうクリスマスになったんだよね? ぶるぅと一緒にサンタさんを待つ!」
いつだって二人一緒だもん、と「ぶるぅ」が青い卵を掴もうとするのを、会長さんがバスケットごと引っ手繰って胸に抱え込んで。
「割っちゃダメだ! ホントだよ、まだ時期が来ていない。卵を割ってもぶるぅはいない」
「嘘…。だって、ぶるぅの卵なんでしょ?」
中にいるよ、と言い返す「ぶるぅ」。
「ぼく、卵から出る前の日くらいにはゴソゴソ動いたりしてたもん。誰か外から割ってくれたら楽なのになぁ、と思ってたし!」
早く割って出してあげようよ、と「ぶるぅ」は本気モードでした。この調子では目を離した隙に割ってしまうかもしれません。監視係が必要でしょうか? それとも卵を死守するべき…?



 

Copyright ©  -- シャン学アーカイブ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]