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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「シャングリラ学園・番外編」の記事一覧

卒業式が終わると1年A組では進級に向けての授業が始まりました。2年生になれない私たち特別生には全く意味のないものです。ですから登校義務も無いのですけど、大学が休みになったキース君を筆頭に私たちは連日、登校中。去年の今頃はピラミッドの国に旅行してましたっけ…。
「うーん…。本当は休みなんだよね」
つまらないや、とジョミー君が呟いたのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。
「何処か旅行に行きたいなぁ…。時間はたっぷりあるのにさ」
「ジョミー。駄目な理由は分かってるだろう?」
会長さんに聞き咎められて、ジョミー君はフウと溜息。
「そりゃそうだけど…。大事な時期だって分かってるけど、やっぱり遊びに行きたいじゃないか」
「…シャングリラ・プロジェクトが大詰めなんだよ? 君たちには御両親のフォローを頼むと言った筈だ。シャングリラ号に乗り込むまでに色々と気がかりなこともあるだろうしね。サイオンの先達として御両親との会話を大事にしてほしい。…もちろん、みんなも」
「「「はーい…」」」
分かってます、と私たちは返事をしました。シャングリラ学園が春休みに入るとシャングリラ号が地球に戻ってきます。パパやママはその時に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手形でサイオンを貰い、宇宙の旅に出る予定でした。表向きは温泉旅行になっていますし、会社の人へのお土産なんかも手配しているようですけども。
「ぶるぅのことはパパたちも知っているんだよね」
ジョミー君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」に視線を向けて。
「入学式にも卒業式にも出てきていたし、御利益があるって説明してたし…。その御利益でサイオンを貰えるらしい、って言っていたけど、ブルーがソルジャーやってることは全然知らないみたいだよ? それを喋ろうと思ってるのにウッカリ忘れて、今も言えないままなんだ」
「俺も同じだ」
奇遇だな、とキース君が言い、シロエ君が続き…。そういえば私も同じです。ひょっとして会長さんが何か細工をしてますか? サイオンで妨害しているとか…?
「そのとおりさ。ソルジャーが誰かを知るのはシャングリラ号に乗ってからでいい」
それまでは真実を伏せておくのだ、と会長さんは答えました。
「ぼくたちの組織は仲間以外には秘密なんだよ? サイオンを持たない内からソルジャーを知る必要は無い。だから君たちの意識をブロックしてある。…キースのお父さんは感づいているかもしれないけどね。ソルジャーの称号は知らなくっても、ぼくが普通の生徒会長ではないってことを」
「それはあんたが銀青様だからか?」
キース君の問いに、会長さんは「まあね」と苦笑して。
「ぼくが三百年以上生きていることは君たちの御両親にも話してある。長老たちについても同じだ。ぼくのサイオンが最強のタイプ・ブルーなことも言ってあるけど、ぼくって見た目がコレだからさ…。長老たちの方が偉いと考えるのが普通だと思う。アドス和尚が銀青について話をしても、偉いお坊さんとしか認識してない」
「「「………」」」
それはそうかもしれません。会長さんの外見は高校生にしか見えないのですし、いくら高僧だと説明されても私たちの仲間の長だと認識するのは難しいかも…。教頭先生やゼル先生たちの方がずっと貫禄があるのですから。私たちだって会長さんがソルジャーだなんて、シャングリラ号に乗り込むまでは夢にも思いませんでしたしね。
「そういうわけで、ソルジャーが誰かはまだ秘密。君たちはサイオンについて訊かれたことに答えていればいいんだよ。もっとも思念波が精一杯なレベルなんだし、話せることはそうそう無いか…。キースを除いて」
「俺は絶対喋らんぞ!」
間髪を入れずに叫んだキース君。
「サイオニック・ドリームのことは喋るわけにはいかないんだ。ヘアスタイルを誤魔化していたとバレたら今度こそ有無を言わさず剃られてしまう。…ん? 待てよ…」
キース君の顔がみるみる内に青ざめていって。
「ひょっとして親父がサイオンに目覚めてしまえばサイオニック・ドリームもバレるのか!? もうヘアスタイルは誤魔化せないのか?」
やばい、とキース君は蒼白でした。
「今年の暮れには道場入りが控えているんだ。丸坊主が必須条件なんだ! 親父とおふくろにサイオニック・ドリームが効かないとなると、有無を言わさず坊主頭に…」
「ああ、その点は大丈夫だよ」
問題ない、と会長さんが即答します。
「君たちの御両親はサイオンを持つようになりはするけど、当面の間は年を取るのを止めるのだけで精一杯だ。思念波も連絡手段に使えるレベルまでいかないと思う。だからサイオニック・ドリームは見破れないさ」
「…そうなのか?」
「もっと自信を持ちたまえ。君のサイオニック・ドリームは完璧に近い。自分からヘマをやらかさなければバレないよ。集中力さえ途切れなければ何処から見ても坊主頭だ。だって写真にも写るんだから」
会長さんに太鼓判を押され、キース君は安堵の息をつきました。
「助かった…。一瞬、目の前が暗くなったぜ」
「やれやれ、よほど坊主頭が嫌なんだねえ。だけどいずれは元老寺の副住職だよ、覚悟しといた方がいい」
「その時はカツラを活用するさ。あんたに貰ったカツラだって言えば親父も反論できないからな」
カツラと言いつつ実は自前の髪なのですが、気付かれなければ大丈夫。いつか副住職を押し付けられたら、お寺や法事ではサイオニック・ドリームで坊主頭に見せかけておいて、私たちの前では自慢のヘアスタイルに戻るのでしょう。頑張って、としか言えませんけどね…。

「さてと。キースの件はそれで片付いたとして…」
会長さんが私たちに向き直りました。
「君たちの方はどうするんだい? 相変わらずサイオンはヒヨコレベルで進歩なし。そのままでも別に問題ないけど、この際だから強化合宿でもしてみるかい?」
「「「強化合宿!?」」」
「そう。モノになるかはともかくとして、目的を定めて合宿するのもいいんじゃないかと思ってね…。ぶるぅとも相談したんだけれど、ぼくたちがシャングリラ号に出掛けてる間、留守番を兼ねて泊まり込みはどう?」
「あんたの家にか?」
キース君が尋ね、ジョミー君が。
「そっか、パパもママもいないんだっけ…。一人で留守番しててもつまらないしね」
「二泊三日でしたっけ? みんなと一緒なら楽しそうです」
マツカ君は乗り気のようで、サム君たちも同じでした。もちろん私も大賛成! 家で留守番しているよりも合宿の方がいいですし……って、合宿? いつものお泊まり会ではなくて?
「だって、ぶるぅがいないんだよ?」
ねえ? と会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」と顔を見合わせて。
「食事も家事も一切合財、自分でやるしかないんだけれど? それでも良ければ家は自由に使っていいよ」
「ごめんね、ぼくも大事なお仕事だから…。えっとね、食材とかは用意しとくし、出前を取るなら電話番号も書いとくし!」
色々あるんだ、と出前してくれるお店を挙げる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。定番のピザやお寿司の他にもエスニックなど、とてもバラエティー豊かです。グルメ大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自分が食事を作らない時も美味しいものが食べたいようで…。こんなに沢山お店があるなら大丈夫かな? と、思った時。
「いや、合宿に出前は邪道だろう」
そう言ったのはキース君でした。
「合宿は自炊が基本だぞ? 柔道部は教頭先生の方針で全部俺たちが作るんだ。女子マネージャーももちろんいるが、炊事も洗濯もやってはくれん。…正確に言えば教頭先生がやらせないようにしてるんだがな」
「えっ、そうだったの?」
目を丸くしているジョミー君。シャングリラ学園の柔道部は実はけっこう強豪なので、女子にも人気がありました。必然的にマネージャー志願の生徒も多く、教頭先生が面接をして決めるほどです。炊事も洗濯もしないんだったらマネージャーの仕事って、なに?
「それはだな、対外試合の応援に行く生徒募集のチラシ作りとか、柔道とは直接関係ないことだ。会計なんかも部員が自分でやるんだぞ? マネージャーは飾りみたいなものだ」
「「「えぇっ?」」」
「何を驚くことがある? 俺たちの部活の手本はアルテメシア大学の柔道部だ。あそこは全寮制で非常に厳しい。教頭先生は俺たちの心身の鍛練のために心を砕いて下さっているんだ。なあ、シロエ?」
「そうですよ。特に合宿中は気が抜けません。1年生の時なんか地獄でしたっけね、キース先輩」
今もとっても厳しいですけど、とシロエ君が続けます。
「ぼくたちは今は最上級生扱いですからいいんですけど、1年生には辛いですよ。合宿中は上級生にビシビシしごかれますし、何よりも朝の始まりが…。1年生は朝練の1時間前に起きて道場の掃除に食事の支度。その合間に先輩を起こしに行かなきゃいけないんです」
「へえ…」
大変そうだな、とサム君が相槌を打つとシロエ君は。
「それだけじゃないですよ? 起こし方にも作法があって、朝練の始まる30分前に先輩の寝床に行ってですね、枕元に正座してこう言うんです。「先輩、朝練30分前です」。でもまあ、起きてはくれませんね」
「じゃ、どうするの?」
引っぱたくとか、とジョミー君が尋ねましたが、「とんでもない」と首を左右に振るシロエ君たち。
「とりあえず仕事に戻るんですよ。朝練が終わったら食事ですから、とにかく準備をしておかないと…。で、10分経ったらもう一度行って「先輩、朝練20分前です」とお伝えします。これを10分おきに繰り返して「朝練です」と言ったらやっと起きて下さるんですよ、先輩方は」
「「「………」」」
なんと言ったらいいのでしょうか。そんなに何度も起こされてるなら恐らく目覚めているのでしょうに、ギリギリまで寝るというのが凄いです。先輩たちが朝練に出て行った後、下級生は布団を片付けて部屋を掃除し、それからやっと道場へ。そこで先輩から「遅い! 何をやってた!」と罵声を浴びせられると言うのですから、理不尽な…。
「大学の体育会がモデルだったらそんなものだよ、ねえ、キース?」
会長さんの問いに、キース君は。
「そうだな。俺の大学でも厳しい所は厳しいようだ。柔道部も一応覗いてみたが、俺はやっぱり教頭先生の指導がいい。だから部活はシャングリラ学園のままにしておいた。俺の大学には強い選手も殆どいないし」
教頭先生を尊敬しているキース君にはシャングリラ学園の柔道部が魅力のようでした。えっと、話題がズレてますけど、このままにしといていいのかな? 私たちの強化合宿の方は? このまま行ったら柔道部並みの厳しい合宿になっちゃったりして…?

なんだかんだで合宿の話は柔道部の方に逸れていったまま、その日は無事に終わりました。ところが翌日、いつものように授業を終えて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「やあ。合宿のことだけど、あれから色々考えたんだ。キースの話がヒントになったよ」
こんな感じで、と会長さんが取り出したのは手書きのスケジュール表でした。二泊三日分の予定がビッシリ書かれています。起床時間に就寝時間、食事の時間に炊事洗濯をする時間など。
「「「………」」」
なんですか、このスケジュールは! 会長さんの家でのお泊まり会に慣れた私たちには信じられない代物です。しかも空いた時間に書き込まれている『お勤め』というのは何でしょう? 会長さんはクスクスと笑い、スケジュール表を指差して。
「柔道部の合宿と、璃慕恩院の修行体験ツアーをミックスしてみた。柔道の練習の代わりにお勤めするのさ。木魚とかは人数分を用意するから頑張って。…キース、指導は君に任せる」
「はぁ!?」
「何をビックリしてるんだい? カナリアさんでの修行も終えたし、後は住職の資格だけだろ? サムも読経が上達したからアシスタントに使えばいい。サイオンの上達には集中力が必須だからね、この際、仏道修行ってことで」
「本当にそれで力がつくのか…?」
半信半疑のキース君。サイオニック・ドリームこそ完璧ですけど、キース君も他はダメダメです。しかも得意のサイオニック・ドリームだって、会長さんにサイオン・バーストという裏技を使って伸ばしてもらったものですし…。
「別に力はつかなくってもいいんだよ」
その方面には期待してない、と会長さんは微笑みました。
「ただ、御両親たちがシャングリラ号に出掛けるというのに、のんびり遊び暮らすというのもあんまりだしねえ…。その間はサイオンの強化合宿に行きます、と言っておいた方が心象がいいと思うんだ。君たちに戸締りを任せなくても大丈夫だし、いろんな意味で安心だろう?」
「そりゃそうだけど……なんでお勤め?」
ジョミー君の疑わしげな目に、会長さんは。
「君だって璃慕恩院の修行体験で精神修養できただろう? それとも柔道の方がいい? だったら指導をキースたちに…」
「えぇっ!? そ、それはパス! 柔道なんか要らないし! サッカーにしようよ、同じ運動ならそっちの方が…」
「いいかい、ジョミー」
会長さんは溜息をついて。
「好きなことばかりやっていたんじゃ、全く力はつかないんだよ。そうでなくても君には高僧になって欲しいし、この機会に更に仏の道に親しむといい。他のみんなは初心者だから少しは先輩顔ができるさ」
これで決定、と一方的に決めてしまった会長さんに逆らえる人はいませんでした。パパやママたちがシャングリラ号に乗り込む間、私たちはよりにもよって抹香臭い強化合宿。これでサイオンに磨きがかかるとも思えませんし、上達するのは読経と木魚の叩き方でしょうか…。
「木魚の叩き方、大いに結構」
会長さんが笑みを浮かべて。
「サイオンの扱いが上達すれば木魚もサイオンで叩けるよ? 二泊三日でそこまで行ったら素晴らしいよね。駄目でもお経は読めるようになるさ、前に元老寺でも練習したし」
「「「………」」」
キース君の家での有難くない宿坊生活を思い返して私たちは涙目でした。あれは普通の1年生だった夏休み。サイオンなんて知りもしなくて、キース君の家に遊びに行ったら宿坊で……アドス和尚にキッチリ騙され、本堂の掃除や読経三昧の日々だったのです。本当は元老寺の宿坊は普通の宿泊施設なのに…。
「そんな顔をしたってダメだよ、決めたんだから。炊事洗濯、掃除なんかは分担を決めてやりたまえ。ぶるぅに覚書を書かせておくから、それに従ってきちんとね」
帰ってきたらチェックをするよ、とお姑さんみたいな台詞を口にする会長さん。滞在中にはゴミ出しの日もあるそうです。今まで気楽にお泊まりしていた会長さんの家が修行道場に早変わり。私たち、無事に済むのでしょうか? 指導役のキース君だって大変そうな気がするんですけど…?

春休みまでの残りの三学期は普通に過ぎてゆきました。学校では授業、放課後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でのんびり。たまに合宿の話題も出ますが、誰もが意識して避けています。家に帰ればパパやママからサイオンについての質問があったり、シャングリラ・プロジェクトの話をしたり…。考えてみれば卒業式以後の三学期を終業式まで登校するのはこれが初めての経験でした。
「諸君、一年間、よく頑張ってくれた」
グレイブ先生が終業式の後、教室で春休みの生活と心得などを注意してから。
「全ての行事で学園一位に輝いてくれた諸君を私は誇りに思う。成績も常に学年一位をキープしてくれて非常に嬉しい。しかし、あれは諸君も知ってのとおり、ぶるぅの力によるものだ。ブルーが2年生に進むことは無いし、来年からは自分で努力するのだぞ」
「「「はーい!!!」」」
会長さんから前もって進級しないと聞かされていたクラスメイトは騒ぐこともなく元気に返事をしています。今日は会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」も来ていません。それは会長さんが楽しめる要素が何も無い日だということで……私たちが騒ぎに巻き込まれる心配も無いということ。シャングリラ号は既に地球に向かっているので、会長さんも長老の先生方も色々と用事があるのです。
「それでは諸君、春休みを満喫してくれたまえ。そして4月になったら気分も新たに2年生のスタートを切って欲しい。落ちこぼれることのないようにな。以上で三学期を終了する!」
グレイブ先生の言葉を受けてクラス委員の男子が「起立、礼!」の号令を掛け、三学期はそれでおしまいでした。私たち七人グループは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に移動し、太陽系に入ったシャングリラ号の姿を会長さんがモニターに映して見せてくれて…。
「明日には月の裏側まで来る。シャングリラ・プロジェクトも大詰めだ。…君たちの御両親が出発するのは明後日だけど、ぼくとぶるぅは明日から準備に入るから…次に会うのは君たちの合宿の最終日だね。帰りはかなり遅くなる。だから合宿は二泊三日だけど、オマケに一泊つけてあげるよ」
「「「オマケ?」」」
「そう、オマケ。君たちが真面目に合宿してれば御褒美パーティーって所かな。でもチェックしてダメだと言わざるを得なかった時は合宿延長ということで…。ぼくの指導で仏道修行をもう一日」
「「「えぇぇっ!?」」」
私たちは抗議しましたが、聞いては貰えませんでした。これは合宿を頑張り抜くしかなさそうです。掃除も洗濯もキッチリこなして、お勤めの方も決められた時間どおりに粛々と…。お通夜のような雰囲気を察したらしい「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「元気出して?」と一冊のノートを差し出しました。
「えっとね、お買い物に便利なお店とか、ゴミ出しの決まりとか、色々書いておいたから! お鍋とかを置いてある場所もこれでバッチリ大丈夫。ちょっとくらい汚してもいいから頑張ってね?」
「う、うん…」
「やってみるしかなさそうだよな…」
ジョミー君とサム君が頷き、キース君がノートを受け取ります。会長さんはマンションの入口の暗証番号を教えてくれて、鍵も渡してくれました。いよいよ明後日から強化合宿というわけです。シャングリラ号に乗り込むパパやママたちも初めてのサイオンや宇宙旅行にビックリでしょうが、私たちだってまさかの合宿ですよ…。

シャングリラ号がパパとママを迎えに来る朝、私はパパたちよりも早い時間に家を出ました。戸締りはパパたちに任せた方がいいだろう、と集合時間を早くしたのは会長さん。強化合宿のスケジュール表はそこまで決めてあったのです。会長さんのマンションの入口に着くと眠そうな顔のジョミー君たちが立っていて…。
「おはよう。今日から三日間だよね…」
「オマケも入れたら四日間だぜ」
悲観的になるサム君の背中をキース君がバンと叩いて。
「アシスタントが弱気でどうする! オマケは御褒美パーティーにするんだからな、お前も頑張れ!」
「あ、ああ…。そうだよな。うまくいったらパーティーだもんな」
ダメだと決まったわけじゃないし、と拳を握るサム君の横でキース君が暗証番号を打ち込みます。入口のドアが開いて、私たちは仲間しか住んでいないと聞かされているマンションに足を踏み入れました。エレベーターで最上階に向かい、会長さんの家の扉を開けて…。
「よし。ぶるぅは綺麗に掃除をしていってくれたようだな」
全部の部屋を点検してからキース君が満足そうに頷きました。
「汚さないよう気をつけていれば掃除は問題ないだろう。要注意なのはキッチンか…。噴きこぼれとか油汚れは意外に目立つ。…まあ、料理は俺たちに任せてくれれば…」
「俺たちって?」
ジョミー君だけでなく私たちも首を傾げたのですが、キース君はシロエ君とマツカ君を振り返って。
「俺たちと言ったら俺たちだ。炊事は合宿で慣れているから任せておけ。掃除洗濯も完璧にできる自信があるが、そっちの方は修行も兼ねてお前たちにやって貰おうか。…だが、とりあえずはお勤めだな。朝一番の勤行を疎かにしては申し訳が立たん」
行くぞ、と連れて行かれた先は特別生一年目の夏休みに蓮池の底から掘り出してきた黄金の阿弥陀様が安置されている和室でした。元々はサム君が泊まるゲストルームに置かれていたのですけど、サム君が熱心に朝のお勤めに通うようになってから専用の部屋が出来たのです。そこには会長さんの言葉どおりに人数分の木魚と座布団とお経本が…。
「お経本には目を通したか? ジョミーはそこそこ読める筈だな。俺とサムとで先導するから、とにかく大きな声で読め。少々調子っぱずれでもかまわん」
キース君とサム君が前列に座り、おもむろに読経を始めました。えっと…木魚って適当でいいのかな? ポクポクやればいいんですよね、ポクポクと…。舌を噛みそうなお経を延々と読んで、お念仏の繰り返しになった頃には足がすっかり痺れています。でも、このお念仏で終わりの筈で…。
「…南無阿弥陀仏」
キース君がチーンと鉦を鳴らして深く頭を下げました。やった、終わった! 私たちは痺れる足を擦りながら立ち上がり、危うく転びそうになりながらも廊下を歩いてダイニングへ。会長さんが書いたスケジュールでは次の予定は朝食です。朝ご飯は食べてきたんですけど、会長さんの家までの道中と今のお勤めでお腹は既にペコペコだったり…。
「おい、朝飯は何にする? 飯を炊くには時間が無いからパンにしておくが、卵料理くらいでいいのか?」
オムレツとかスクランブルエッグとか、とキース君が尋ねてきます。
「ソーセージは? あとね、サラダとスープがあると嬉しいんだけど!」
遠慮の欠片も無いのはジョミー君でした。
「スープだと? お前には料理の手間が分からんのかぁ!」
「あのぅ…。簡単なヤツで良ければ作りますけど?」
冷蔵庫にスープストックがありますから、とマツカ君。流石は家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」、ぬかりなく用意をしてくれたようで…。
「ふむ。なら、お前が作ればいいだろう。俺とシロエで卵料理とソーセージにサラダ…と。そんなところか」
材料は揃っていたからな、とキース君が踵を返した時。
「オレンジとへーゼルナッツ入りのフレンチトースト。それと、リコッタチーズのパンケーキにメープルシロップをたっぷり添えて」
「なんだとぉ!? き…」
あまりにも無茶な注文に罵声を上げたキース君でしたが、「貴様」と続く筈だった言葉はゴクリと飲み下されました。私たちも声を失い、ただ呆然とするばかり。シャングリラ号の出発時間はもうすぐだったと思うのですが、こんな所で抜き打ち検査があろうとは…。ソルジャーの正装でダイニングに入ってきた会長さんがいつもの席に腰を下ろして。
「キース、返事は?」
「う…。あ、あ……。で、出来るかどうかは分からないが…」
「ぶるぅのレシピノートがキッチンにあるよ。じゃあ、楽しみに待っているから」
頑張りたまえ、とニッコリ笑う会長さん。もしかしてキース君が調理に失敗したら、私たち、いきなり赤点ですか? 合宿の終わりにパーティーどころか、始まった途端に合宿延長決定ですか? それにしたって掟破りな登場です。シャングリラ号からわざわざチェックに来なくても…、と私たちは泣きそうでした。熱心なのは分かりますけど、ここまで来たら迷惑です~!




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打ち上げパーティーの数日後に期末試験の結果発表がありました。1年A組は今回も見事に学園一位。グレイブ先生も大満足です。恒例の繰り上げホワイトデーも教頭先生が言っていたとおり卒業式の三日前と決まり、バレンタインデーにチョコレートを受け取った男子は返礼をするよう通達が…。
「あーあ、やっぱりお返ししなくちゃいけないのか…」
会長さんが忌々しげに呟いたのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。
「あのセーターのせいで迷惑したのに、お返しなんて変だよね? しかも本人が欲しいと言ってくるなんて…。厚かましいったらありゃしない」
「またゼル先生に頼むとか?」
この前みたいに、とジョミー君が提案しました。
「ブルーの味方をしてくれるんでしょ? 今度は手編みのセーターを押しつけられたって言ったらどう?」
「…考えないでもなかったんだけど、それじゃシャングリラに相応しくない。サイドカーに乗せられて暴走されたら失神しちゃうし、どっちかと言えば地獄だよ」
「なるほどな…」
キース君が頷いています。
「あんたはシャングリラにこだわりたいのか。しかし理想郷っぽいお返しとなると…」
「一応、考えてはみたんだけどね。…こんなのをさ」
声を潜めて語られたアイデアに私たちは目を丸くして。
「アレですか!?」
シロエ君が叫び、マツカ君が。
「あれって大事なものなんじゃあ…。渡しちゃってもいいんですか?」
「持ち主はぼくだし、問題ないさ。ただ、学校では渡せないよね」
人目につくから、と会長さん。
「ハーレイの家まで届けに行くか、ぼくの家に取りに来させるか。…取りに来させる方がいいかな、と思うんだけど…。君たちにも同席して貰ってね」
「「「………」」」
やはり巻き込まれる方向でしたか! 私たちは頭を抱えましたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコ笑顔で。
「あのね、みんなが来てくれるんなら頑張るよ! 晩御飯とデザート、何がいい?」
「そうそう、ぶるぅの言うとおりさ。美味しい食事とおやつを用意するから来てくれるよね?」
「……念のために聞いておきたいんだが……」
そう切り出したのはキース君でした。
「今回は泊まりは無しだろうな? あんたの家に泊まりに行くのは楽しいんだが、教頭先生絡みとなると…。それも繰り上げホワイトデーで、プレゼントするのがアレとなると…」
「心配性だね。…細かいことを気にしていると、そのうちハゲるよ」
「ハゲは余計だ!!!」
心の傷を抉りやがって、と毒づいているキース君を会長さんはサラッと無視して。
「今回はお泊まり会とは違って夕食だけのつもりだけれど? ハーレイもその方が嬉しいだろう。ぼくとの時間がたっぷり取れるし」
「「「は?」」」
「だからさ、プレゼントの受け渡しを見届けるのが君たちの役目。その後はハーレイ次第って所かな。君たちが泊まるって決まっていたんじゃ寛げないしね、ハーレイも」
「…あんたってヤツは…」
結局やる気満々じゃないか、と溜息をつくキース君。ホワイトデーにお返しをするのは嫌みたいなことを言っていたくせに会長さんは乗り気です。繰り上げホワイトデーが来るのが恐ろしくなってきましたよ…。

会長さんのトンデモ企画に付き合わされることが決まってからも、時間の流れは順調でした。シロエ君は卒業式に備えて校長先生の銅像を変身させるアイテム作りに励んでいます。モビルスーツの形はすっかり出来上がっていて、今はビームサーベルを製作中だとか。
「外見はこんな感じになってます。会長に借りた人形に着せてみたんですけど…」
シロエ君が写真をテーブルに並べました。会長さん作のはりぼての像が白いガンダムに変身してます。あちこちの角度から撮られていますが、もう凄いとしか言いようがなく…。
「ありがとう、シロエ。最高だよ。…目からビームもオッケーだよね?」
「そっちの方は完璧です。あとはビームサーベルに花火を仕込めば完成ってことになりますが…。どうします?」
色々選べるんですよ、とカタログを広げるシロエ君。
「市販の花火を調べてきました。音が優先か、色で選ぶか。昼間ですから煙玉しか見えませんし…」
「ああ、そうか。…パスカルのは花火じゃなくって紙吹雪だっけ。特注は……今からじゃもう間に合わないか…」
時間的に、と会長さんは残念そう。花火作りはけっこう手間がかかるのだそうで、特注品は早めの注文が必須だとか。
「どうせなら花火も凝りたかったな…。ん? 待てよ、サイオンで細工をすれば可能かも…。シロエ、これとこれとはセットで打ち上げ可能かい?」
「え? えっと…。これですね? 煙玉の黄色と赤と…。連続で上げろってことですか?」
「そうだけど…。連発でお願いしたいんだ」
「じゃあ、そういう仕掛けにしておきますよ。でも、そんなの何にするんです?」
シロエ君が首を捻り、私たちも首を傾げました。会長さんの注文は煙玉の黄色と赤を何発か連続で上げるというもの。サイオンで細工をすると聞きましたけど、いったい何がしたいんでしょう?
「それは当日のお楽しみ。シロエは花火の打ち上げが成功するよう頑張ってくれればいいんだよ。…そうだ、ぶるぅも手伝ってくれるかな?」
会長さんが思念波で「そるじゃぁ・ぶるぅ」にだけ何かを伝達しています。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はコクリと頷き、なんだかとっても嬉しそう。校長先生の銅像の変身計画、今年は気合が入ってますねえ…。
「え、だってさ…」
当然だろう、と私たちを見回す会長さん。
「今年の卒業生は君たちの最初の同級生だよ? ぼくとぶるぅを受け入れてくれた記念すべき学年だ。去年までとはわけが違う。盛大に門出を祝ってあげたいと思わないかい?」
「「「あ…」」」
言われてみればそうでした。私たち七人グループが普通の生徒だった時の同級生が今度卒業していくのです。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」にとっては『一番最初のクラスメイトがいる学年』。それまで所属するクラスが無かった会長さんが初めて一般生徒に混ざる気になった学年で…。
「分かってくれた? ぼくにとっては思い入れのある学年なんだ。校長先生の銅像を変身させるだけではなくて、喜んで貰えることをやりたい。シャングリラ学園とぼくたちのことを覚えておいて欲しいんだよ。…シャングリラ・プロジェクトも大事だけれど、普通の人の記憶に残るってことも大切だからね」
ぼくたちと仲間の未来のために、と会長さんは微笑みました。こういう時の会長さんはソルジャーの貌をしています。サイオンを持つ仲間を導くソルジャーとしての会長さんと、悪戯好きの会長さん。どちらが本当の姿なのかは多分永遠に謎なんでしょうね…。

そして繰り上げホワイトデーがやって来ました。バレンタインデーと同じで授業開始前に特別な時間枠が設けられ、男の子たちがお返しの品を渡しに回っています。義理チョコであっても当然、お返し。そんな中でも目立つのはやはり会長さんで、「そるじゃぁ・ぶるぅ」をお供に連れて甘い言葉を振り撒きながら校舎の中をゆったりと…。
「遅くなってごめん。自分のクラスはたっぷり時間を取りたいからね」
今度も一番最後にしたよ、と会長さんが現れるなり1年A組は女の子たちの黄色い悲鳴が渦巻きました。会長さんは一人一人と握手しながら小さな包みを渡しています。
「はい、ぼくの手作りのビーズの指輪。ぶるぅに教えてもらって編んだんだ。サイズはピッタリ合う筈だよ。バレンタインデーにチョコをくれた時に握手しただろう? 握手した子の手は忘れないさ」
げっ。シャングリラ・ジゴロ・ブルーがまた派手なことをやってますよ~。男の子たちが歯ぎしりしながら会長さんを見ています。
「くっそぉ…。同じ男でこうも違うかな、俺がビーズの指輪なんかを作った日には…」
「うんうん、変人確定ってな! 畜生、やっぱり男は顔かよ…」
会長さんは愚痴っている男の子たちを歯牙にもかけず、壁際にいたスウェナちゃんと私とアルトちゃん、rちゃんの所まで来ると…。
「待たせちゃったね。ほら、受け取って。君たちの分だ」
渡されたのは他の子たちと同じ包みで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が持った袋から出てきたもの。アルトちゃんとrちゃんには去年同様、寮の方に特別なプレゼントを送ったそうです。私たち四人は「そるじゃぁ・ぶるぅ」にもチョコをプレゼントしていましたから、もちろん「そるじゃぁ・ぶるぅ」からも…。
「これ、ぼくが作ったビーズの小物入れなんだ♪ ブルーの指輪を入れておくのに使ってね!」
指輪と色を合わせてあるから、とラッピングされた袋をくれる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」も気持ちはとっても嬉しいですけど、えっと…指輪の方は……ちょっと出番が無さそうです。会長さんに憧れていた時代だったら大感激のプレゼントだったでしょうけど、今となっては勘ぐることが多すぎて…。
えっ、勘ぐるって何を、って…ですか? それは教室では言えません。放課後まで待って「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で会長さんを問い詰めないと…。

「おい」
キース君が私たちを代表して突っ込んだのは至極自然な成り行きでした。繰り上げホワイトデーは無事に終わって、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に集まっています。ティータイムが済んだら会長さんのマンションに瞬間移動をする予定。
「あんたが配ったビーズの指輪なんだがな…。教頭先生の手編みセーターに対抗したのか? 手作りだなんて」
「決まってるじゃないか」
しれっとした顔で答える会長さん。
「ハーレイが手編みのセーターだったら、ぼくはもっと細かい作業をしなくちゃ。負けるのはプライドが許さないんだ、ああいうヘタレなんかにさ。…ああ、もちろん全部きちんと手作りだよ? ぶるぅに手伝わせるなんてズルはしてない」
「「「………」」」
ああ、やっぱり…。負けず嫌いの会長さんだけに、そうじゃないかと思ったんです。教頭先生に対抗心を燃やしてビーズの指輪を作る姿は鬼気迫るものがありそうでした。そんな指輪を嵌めて歩くのは遠慮したいな、とスウェナちゃんと私は顔を見合わせて苦笑しましたが、会長さんは。
「みゆとスウェナに引かれちゃったか…。心配しなくても悪戯心は入ってないから! それに本当に手作りしたのはアルトさんとrさんの分で、他は量産品なんだ」
「「「量産品?」」」
なんですか、それは? 机の上にズラッと並べて流れ作業で組み上げたとか? まるで想像出来ません。会長さんはクスッと笑って。
「ふふ、サイオンで一気に作ったんだよ。材料を個別に並べておいて、頭の中で製作過程をイメージしてからパパッとね。サイズが違ってもイメージさえきちんと固まっていれば簡単なんだ。君たちも努力を重ねれば作れるようになる……かもしれない」
こんな感じ、と思念で送られてきた指輪作りは実に器用なものでした。リビング中に浮かんだビーズが勝手に絡まり、みるみる内に円を描いて指輪の形に…。これを真似るにはどうすればいいのか、誰もヒントが掴めません。サイオンの扱いがヒヨコなレベルの私たちでは、何年経っても無理だったりして…。
「ぼくもダテに三百年以上生きてはいないし、ソルジャーだしね。これくらいのことが出来ないようではタイプ・ブルーの力が泣くさ。ぶるぅだって出来るよ、ね、ぶるぅ?」
「うん! あ、でも…。でもね、みゆとスウェナにあげた小物入れは、ちゃんと手作りしたんだから! ブルーみたいにサイオン使って済ませたりなんかしてないから!」
頑張ったもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。…と、会長さんが壁の時計に目をやって。
「そろそろいいかな。…ハーレイが教頭室で待ちくたびれてる。招待状をあげなくっちゃね」
取り出された封筒を会長さんの青いサイオンが包み、封筒はフッと消え失せました。もしかして今の封筒、教頭室に…?
「ご名答。ホワイトデーのプレゼントを渡したいから家に来て、って書いてある。ぼくたちは先に戻っていようか、時間指定はしてあるけれども食事はゆっくり食べたいだろう?」
行くよ、と会長さんがソファから立ち上がりました。私たちの鞄が瞬間移動で家に送られ、私たちも会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオンの光に包み込まれてフワッと浮いて…。あぁぁ、ついに来ちゃいましたよ、教頭先生にシャングリラなプレゼントを贈るホワイトデー! 逃げたいですけど、無理みたいです…。

ローストビーフに伊勢エビのポワレ、キノコのスープのカプチーノ仕立て。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が次々と運んでくれる料理は教頭先生のことを忘れさせるには十分でした。気付けば普段と変わりない調子でおしゃべりが弾み、デザートのお皿が片付く頃にはワイワイ賑やかに盛り上がっていて…。
「そっか、ガンダム、完成したんだ?」
ジョミー君がシロエ君に興味津々で尋ねています。
「ええ。卒業式の前の晩に取り付け作業をやりますからね、ジョミー先輩にもお手伝いをお願いしますよ」
「もちろん! 早く見たいな、ビームサーベル」
ワクワクするよ、とジョミー君。私たちも大いに興味がありました。ビジュアルは完璧なのだと会長さんが褒めてましたし、花火の件もありますし…。卒業式まであと二日ちょっと。明後日の夜には銅像をガンダムに変身させる作業が待っているのです。シロエ君はビームサーベルなどをコントロールする携帯電話も用意済みとか。
「シロエは実に頑張ってくれたよ」
満足そうな会長さんが私たちに視線を向けて。
「だから君たちにも頑張ってほしい。ハーレイがプレゼントを受け取る所を見届けるのが仕事だろう? あれは大事なものなんだから」
「「「………」」」
忘れてた、と思う暇もなくチャイムが鳴って「そるじゃぁ・ぶるぅ」が玄関の方へと駆けてゆきます。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! ブルーが待ってるよ!」
こっち、こっち…と飛び跳ねる軽い足音が聞こえ、リビングのドアがカチャリと開いて。
「な、なんだ!? なんでお前たちまで…」
教頭先生が顔を引き攣らせて立っていました。仕事帰りに真っ直ぐ来たのか、きちんとスーツを身につけています。
「ぼくが呼んだんだよ、ホワイトデーの証人に…ね。シャングリラなプレゼントが欲しいだなんて言われちゃったから用意したけど、とても大切なものだから…」
「???」
キョトンとしている教頭先生。会長さんは軽く咳払いをして。
「だからさ、本当に凄く大事なアイテムなんだ。どういう過程で誰に渡したか、生き証人が必要なんだよ。…はい、これ。…ぼくからのプレゼント」
会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」に取ってこさせたのは水色のリボンで飾られた四角い箱。「開けてみて」と促された教頭先生はリボンを解いて包装紙を剥がし、箱の蓋を取って…。
「これは…!」
「見た目そのままの物だよ、ハーレイ」
知ってるだろう、と会長さんは箱の中身を指差しました。それは会長さんがソルジャーとしてシャングリラ号に乗り込む時にたまに着けているヘッドホン型の記憶装置。別の世界から遊びに来ているソルジャーの場合は補聴器も兼ねているそうですが、会長さんのは純粋に記憶装置です。
「君がシャングリラがどうのこうのって言っていたから用意した。…キャプテンとして知ってのとおり、ぼくの記憶が入ってる。この際だから君に預けておこうかな…って」
「し、しかし……」
「キャプテンたる者、ソルジャーの補佐をしてしかるべきだろう? これの保管は気を遣うんだ。普段は君に任せておくのも気楽でいいな、と思ったんだよ。もちろん、ぼくの記憶を見るのもアリだ」
教頭先生の喉がゴクリと鳴るのを私たちは見逃しませんでした。会長さんはクスクスと笑い、箱の中から記憶装置を取り出すと…。
「試しにぼくの記憶を見てみる? 一番最後に記録したのは昨日だから……そうか、寝る前にシャワーを浴びた辺りまでかな? 運が良ければバスルームでの記憶もあるかもしれない」
「…み、見ても…いい…のか…?」
「もちろん。君に預けるって言っただろう? シャングリラって言えばシャングリラ号だ。そこでのぼくはソルジャーなんだし、ソルジャーと記憶装置はセットものだろ? これを使えばぼくの記憶が見放題! 実にシャングリラなプレゼントじゃないかと思うけどねえ?」
遠慮しないで、と会長さんは教頭先生の頭にポスッと記憶装置を被せました。
「そのまま心を空っぽにして。ぼくの記憶が流れ込むから」
「…こうか?」
「心を空にするんだよ。…ほら、もうぼくの声しか聞こえないだろ?」
記憶装置を装着された教頭先生は暫く目を閉じていましたが…。
「な、なんなのだ、これは!?」
悲鳴にも似た叫びが上がって頭を抱え、リビングの床に突っ伏す教頭先生。会長さんは勝ち誇ったような笑みを浮かべて立っていました。
「何なのかって言われても…。ぼくの記憶を記録したものさ。ぼくを継いでソルジャーになる人に譲り渡すために記録してるって知ってるだろう?」
「だからと言って…こんな記憶を…」
教頭先生は記憶装置を頭から毟り取り、呻きながらそれを見詰めています。
「大切なんだよ、その記憶もね。ぼくがどう生きたかの大事な証だ。…分かったら是非受け取って欲しい。君にならそれを託すことが出来る。…いや、君以外には託せないかな、恥ずかしすぎて」
「…恥ずかしい…?」
「そう。ぼくがじゃなくって、君が…だけどね」
受け取って、と会長さんが教頭先生の手に記憶装置を押し付けようとした次の瞬間、教頭先生は消えていました。いえ、瞬間移動をしたのではなく、物凄い勢いで身を翻して脱兎の如くリビングを飛び出し、玄関へと…。バアン! とドアが開く音が聞こえ、バタバタと走り去る足音が…。
「あーあ、逃げちゃったよ。せっかくのプレゼントなのに要らないのかな?」
ねえ? と記憶装置を持ち上げてみせる会長さんに、キース君が低く唸って…。
「…あんたの計画どおりだったら欲しがる方が変だと思うぞ」
「まったく…。ハーレイも間抜けだよねえ、キャプテンのくせに。これの仕様を理解していないなら仕方ないけど、長老は全員知ってる筈だよ。記録した記憶は必要に応じてブロック出来るし、解除も出来る。もちろん消去することも…ね。つまり一時的に不必要な記憶を入れて、それを優先的に再生させるのも簡単なのにさ」
こんな風に、と会長さんが記憶装置を被せたのはジョミー君の頭でした。
「ちょ、これって…」
プッと吹き出すなり笑い始めたジョミー君が見ている記憶を会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が私たちにも中継してくれて…。
「「「わはははははは!!!」」」
私たちは床を叩いて涙が出るまで笑い転げました。ソルジャーの象徴でもある記憶装置に入っていたのは、教頭先生の武勇伝の詰め合わせセット。人魚姿でのシンクロやら裸エプロン、マツカ君の別荘でやったストリーキングに『ぶるぅズ腰蓑』、つい最近では二人羽織で鼻からうどんを啜る姿が…。
こんな記憶が公式記録として残るとなれば悲劇です。教頭先生、早く冷静になって真相に気付けばいいんですけど…。
「多分、明日には気付くと思うよ。いくらなんでも気付かないようじゃキャプテンとして失格だってば」
心配ない、ない、と会長さんは上機嫌。シャングリラっぽいホワイトデーのプレゼントを受け取らされかけた教頭先生、今頃は泣きの涙でしょうねえ…。会長さんがブロックしていた本物の記憶を垣間見たのなら幸せだったと思うのですけど。

教頭先生にとって悲劇に終わった繰り上げホワイトデーから二日後の夜、私たちはシャングリラ学園の校長先生像の前に集合しました。夜の冷え込みはまだ厳しいです。会長さんがスウェナちゃんと私の周りにシールドを張って暖めてくれる中、男の子たちは大きな像に梯子を架けて肉体労働。
「ジョミー先輩、もう少し引き上げてくれますか? サム先輩は右の固定をお願いします!」
シロエ君の指揮で校長先生像は順調に白いモビルスーツ……いわゆる初代ガンダムに変身を遂げ、右手にビームサーベルが取り付けられて。
「これでいいのか、シロエ? 配線したが」
「はい、オッケーです、キース先輩!」
シロエ君自慢の小型発電機が台座の陰に置かれています。目からビームは電池でいけるらしいのですが、ビームサーベルは電池ではちょっと無理なのだとか。シロエ君は配線などを再度きちんと確認してから会長さんに声を掛けました。
「これで一応、完成です。花火とビームはテストしますか?」
「君の家でチェック済みなんだろう? せっかくのサプライズなんだし、テストはいいよ。それに暗いと煙玉は見えにくいから…。サイオンで煙玉に細工する方は、出たとこ勝負でも失敗しない自信があるしね」
大丈夫、と会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」と顔を見合わせて頷いています。何をするのかは私たちにも全く知らされていませんでした。シロエ君もまるで知らないそうで…。
「じゃあ、会長、明日はよろしくお願いします。ぼくは単なるスイッチ係に徹しますよ」
「ありがとう。君のお蔭でいい演出が出来そうだ。みんなも遅くまで御苦労さま」
全員家まで送ってあげるよ、との声が終わらない内に青いサイオンに包まれて…アッと思えば自分の家の玄関でした。靴を脱いで部屋に入って、ベッドにゴソゴソ潜り込んで……目が覚めたのは卒業式の日の朝で。
「おはよう!」
「わあ、みんな早いね~!」
寝坊しちゃった、とジョミー君が走ってきます。ガンダムになった校長先生の像はビームサーベルを掲げてスックと立っていて、記念撮影目当ての生徒で大人気。私たちも卒業生でもないのに記念撮影してしまいました。自分たちで完成させた像なんですからいいですよね? 卒業式は恙なく終わり、私たちの一番最初の同級生だった三年生が講堂を出て校長先生像の辺りに差し掛かった時。
「シロエ!」
会長さんの合図でシロエ君がリモコン代わりの携帯を操作し、像の瞳がキラッと光って…校舎の壁に『卒業おめでとう』という文字が浮かび上がりました。ここまでは去年と同じ展開。続いて次のボタンが押され、ビームサーベルから花火が景気よく打ち上げられて。
「「「わあっ!」」」
卒業生も在校生も、保護者も、先生や職員さんも…黄色と赤の煙で空に描かれたシャングリラ学園の紋章に大歓声。これがサイオンの仕掛けですか! 会長さんが黄色と赤の煙玉にこだわったのはこれでしたか!…と、空からフワフワと小さな塊が沢山、光を受けて煌めきながら降りてくるではありませんか。

「なんだ、あれ?」
「落下傘?」
なんだろう、と見上げる卒業生たちの方へと落下傘はゆっくり舞い降りてきて…。
「かみお~ん♪ 卒業するみんなにプレゼント!」
元気一杯の「そるじゃぁ・ぶるぅ」の叫び声と共に、卒業生全員の手に落下傘が収まりました。先にキラキラと輝く物がくっついています。あれって…もしかして合格グッズのストラップ? みんながそれを見ている中で、会長さんが良く通る声で。
「みんな、卒業おめでとう! 君たちと出会えて嬉しかったよ、ぼくもぶるぅも。これからもシャングリラ学園を思い出してほしいし、いつでも遊びに来てほしい。そのストラップは君たちへの卒業プレゼントだ。ぶるぅの手形パワーが三回分だけ入ってる」
「「「えぇっ!?」」」
手形パワーを知らない生徒は一人もいません。会長さんはニッコリ笑って続けました。
「ぶるぅの手形は合格パワーを秘めているって言ったよね。三回分をどう使うかは君たち次第って所かな。大学の試験で使うのも良し、就職活動で使っても良し。…もっと大切に残しておいて資格試験や昇進試験で使うのもいいね。…ただし、ぶるぅの手形は合格パワーがあるだけだ。ここが肝心だから覚えておいて」
忘れないで、と会長さんは言葉を切って。
「手形ストラップで合格しても実力が伴うわけじゃない。だから自分が合格するのに相応しい力を身に付けた、と思った時に使いたまえ。…でなければ合格してから死に物狂いで頑張るか、だね。どっちにしても三回限り。ぼくもぶるぅも、君たちの幸運を祈っているよ。またシャングリラ学園で会おう!」
おおっ、と湧き上がった歓声の後に次々と続く感謝の叫び。
「ありがとうございまーす!」
「会長、同窓会にも来て下さいね!」
待ってますから、と何度も振り返りながら卒業生となった以前の同級生たちは校門を出て行きました。…本当だったら私たちもあの中にいたのです。不思議な御縁でみんなより二年も早く卒業を迎え、特別生として再び校門をくぐり、みんなが卒業した今もシャングリラ学園の生徒のままで…。
「…もしもサイオンが無かったら…」
呟いたのはジョミー君でした。
「ぼくたちも今日で卒業だったんだね。…ブルーやぶるぅにも会えずに終わっていたのかな?」
「そうなるね。ぼくはサイオンを持つ仲間を見つけて導くことが仕事だから。…ずっとそうやって生きてきたけど、君たちに会えて良かったと思う。普通の生徒と一緒に試験や行事に参加できるのは楽しいよ。これからも1年A組でお願いしたいな」
「かみお~ん♪ ぼくも1年A組!」
よろしくね、と右手を差し出す会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちはガッチリ握手しました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の小さな右手で仲間になったキース君たちも交えた七人組はこれからもずっと一緒です。もうすぐ私たちのパパやママも「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手形の力でサイオンを持つようになりますし…。
シャングリラ学園にシャングリラ号、そしてシャングリラ・プロジェクト。不思議一杯の世界に繋がっている言葉、シャングリラ。まだまだ謎が沢山ありそうですけど、シャングリラ学園特別生を極めてみたいと思います~!



会長さんの家でのお泊まり会。その実態は卒業式当日に校長先生の銅像を変身させるための下準備だと思ったのですが、話は意外な方向へ…。サイオンを持たない普通の人間な私たちのパパやママを仲間にするためのシャングリラ・プロジェクトなんていう凄い話が出てきたのです。
「シャングリラ・プロジェクト自体はかなり昔からあるんだよ」
会長さんが説明し始めました。
「ぼくたちの仲間が自然発生する率はとても少ない。今年特別に卒業する生徒がいないことでも分かるだろう? 君たちが入学してきた年が大当たりだっただけで、普段は数年に一人くらい…ってところかな。もちろんシャングリラ学園以外の所でサイオンに目覚める人もいるけど」
そういう場合は会長さんが見つけ出して本人とコンタクトを取るのだそうです。それでも人数はやはり少なく、年に数人なのだとか。
「だからね、行動しないで待っていたんじゃ仲間は増やせないんだよ。それでサイオンに目覚めた人の家族を加えていくことにした。もっとも仲間にしたい人が同意しないとダメなわけだし、百パーセントとはいかないんだけど。普通に生きたい人もいるしね」
「えっ、じゃあ……ぼくのパパたちは?」
心配そうなジョミー君。いくらシャングリラ・プロジェクトが存在しても、本人の同意がなければダメということになると私たちのパパやママがどんな選択をするかです。私のパパは? …それにママは?
「安心したまえ。君たちの御両親は全員賛成してくれた」
「「「えぇっ!?」」」
会長さんの即答に私たちは心底驚きました。シャングリラ・プロジェクト自体が初耳なのに、パパやママたちはいつの間に…? 会長さんは「嘘じゃないよ」とニッコリ微笑んで。
「君たちが特別生になって二年経とうとしてるんだ。それだけの期間があればサイオンに関する理解も深まる。あとはキースのサイオン・バーストがダメ押しだったね。…あんな力を秘めている君たちを一人ぼっちにしてしまうのは可哀想だということになった」
「「「………」」」
キース君がバーストした時、アドス和尚とイライザさんが意外に落ち着いていたのは既にサイオンに関する知識をある程度持っていたからなのだそうです。会長さんが意識の下に流し込む情報の他にも色々と…。
「なんだと!?」
信じられない、とキース君が叫びました。
「親父たちが定期的に食事会をやっているのは知ってたが……あれがシャングリラ・プロジェクトだと?」
「まあね。最初は君たちの卒業式で顔を揃えたのが切っ掛けでマツカのお父さんが始めた会だけどさ…。利用しない手はないだろう? 月に一度は集まるわけだし、ゲストって形でハーレイやゼルが出席してた」
「そういえば、そんな話も聞いてますけど…」
でもシャングリラ・プロジェクトなんて知りませんよ、とシロエ君。私だって食事の会に先生方がゲストで来ることもあるとは聞いてましたが、親睦会みたいなものだとばかり…。
「一応、口止めしていたからね。もしもプロジェクトに乗ってくれなければ……普通の人間でいたいって言われてしまえば君たちがガッカリするだろう? 結論が出揃うまでは秘密にしないと。そして全員、プロジェクトに同意してくれた。君たちが取り残される心配はないよ」
大丈夫、と会長さんは笑顔でした。
「今年は特別に卒業していく生徒もいないし、進路相談会をやってた時期にシャングリラ号が戻って来るから、お父さんたちに乗船してもらう。…聞いてないかい、三月にみんなで旅行に行く、って」
「温泉旅行じゃなかったの!?」
ジョミー君が声を上げました。
「キースのお父さんたちと三日間ほど出掛けてくるから、きちんと留守番するんだぞ…って」
「俺も言われた」
「うちも…」
パパとママが旅行に出るのは知ってましたが、行き先がシャングリラ号だったなんてビックリです。私たちだってシャングリラ号に乗り込む時には嘘の行き先を告げてましたけど、今度は私たちが嘘をつかれる番でしたか~!

「どおりで変だと思ったんだ…」
キース君が腕組みをして呟いています。
「いつもの会で温泉旅行に行ってくるから後を頼むと言われたんだが、お彼岸の準備で忙しい時期に留守なんだぜ? 元々、俺の家は寺だからな……いつ葬式があるかも知れんし、家族旅行なんて滅多にしたことがない。なのに気が合う面子とは言え、二泊三日とはいい身分だな…と」
面と向かっては言えなかったが、とキース君は首を竦めました。
「下手な事を言うと坊主頭にされそうだしな。留守番の間くらいはきちんと坊主をやっておけ、って」
「サイオニック・ドリームで誤魔化しとけばいいじゃない」
簡単でしょ、とジョミー君が混ぜっ返しましたが、キース君は真剣で…。
「坊主頭はなんとでもなる。問題はお彼岸の準備とかだ。親父とおふくろが他のお寺に応援を頼んでいるから俺は適当にしてればいいが、口答えしたら全部一人でやる羽目になる」
「「「………」」」
それは大変そうでした。キース君が一人で元老寺を任されることになったら、私たちまで駆り出されるかもしれません。抹香臭い生活はもう懲り懲りですし、逆らわなかったキース君に感謝するべきでしょうねえ…。会長さんがクスクスと笑い、「ぼくも手伝えないからね」なんて言ってます。
「お父さんたちがシャングリラ号に乗り込む時には、ぼくも乗船することになる。もちろんソルジャーとしての立場で。…ぶるぅも大事な用事があるし、君たちは留守番組ってことで」
「「「ぶるぅ?」」」
「そうだよ。ぶるぅがいなけりゃ、誰がお父さんたちにサイオンを持たせてあげられるのさ? 君たちの時と違って、お父さんたちはまだサイオンを持ってない。知識だけ先に教えてあるんだ」
ついでにサイオンが発現しても制限付き、と会長さんは続けました。
「普通の人間として暮らしてきた期間が長いからねえ…。いきなり思念波などを使おうとすると無理が出てくる。ゆっくりと徐々に時間をかけて、って所かな。君たちよりもずっとレベルは落ちてしまうよ、どうしても。…まずは歳を取るのが止まってくれれば十分だろう。そこは完璧にフォローするから」
「そっか、パパもママも、ずっと一緒にいられるんだね」
嬉しそうな声のジョミー君。私たちも口々に御礼の言葉を言う中、キース君が。
「親父とおふくろがいてくれるのは嬉しいんだが…。だったら俺が坊主になる必要は無いんじゃないのか? 親父がずっと健在だったら住職は親父で十分だろう」
「ああ、その話ね」
聞いてるよ、と会長さん。
「ぼくも会には何度か出たけど、アドス和尚が言ってたよ。キースには副住職になってもらって、貫禄がついてきたらイライザさんと悠々自適に旅行三昧も良さそうだ…って」
「なんだって!? 貫禄なんかがつくわけなかろう、外見は変わらないんだぞ!」
「じゃあ、ぼくは? ずっとこういう姿だけれど、これでも高僧なんだけど?」
「うっ……」
負けた、とキース君が呻いています。どう転んでも元老寺の住職への道は避けられそうにありませんでした。今年の暮れには住職になる資格を得るための璃慕恩院での道場入りも控えていますし、キース君が副住職に据えられる日も近いのでしょう。こうなった以上、アドス和尚と一緒に歳を取らない名僧を目指していくのが一番かも…?
「今度のプロジェクトで最大の収穫はマツカのお父さんなんだよね」
会長さんが真顔で告げました。
「なんと言っても大財閥の当主だからさ、ぜひとも仲間に加えたかった。世界中に広がる企業ネットワークは魅力だろう? そしたらマツカのお父さんが凄く乗り気で、マツカのためにも仲間になりたい…って。マツカに一人で背負わせるには責任が重たすぎるんだってさ」
「そうだったんですか…」
嬉しいです、とマツカ君の目尻に光るものが。大財閥の後継者としての教育は受けている筈ですけど、マツカ君は優しすぎるのです。冷徹な判断を下す立場は向かないかも……と私たちも心配していたのでした。キース君がブレーンに就いてはどうかと議論したこともありましたっけ。でも、マツカ君のお父さんも仲間になるなら、その必要はないわけで…。
「とにかく、今回のシャングリラ・プロジェクトは大成功だ。ぶるぅの手形は出発直前に空港で押して、それからシャングリラ号に乗り込んでもらうことになる」
君たちは適当に留守番してて、と会長さんが言い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ぼく、頑張るね! いっぺんに押す人数の最高記録の更新なんだ♪」
「…大丈夫なの? そんなに沢山…」
スウェナちゃんの問いに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自信たっぷり。
「平気だよ! だけど体力勝負になるから、前の晩はいっぱい御飯を食べなくちゃ。ブルーが御馳走してくれるんだよ」
何処へ行こうかなぁ? とグルメマップを持ち出してくる「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿に笑いが零れ、和やかな空気が戻ってきました。シャングリラ・プロジェクトとパパやママたちを説得してくれた会長さんたちに心から感謝、感謝です~!

お泊まり会を終え、家へ帰ってカレンダーを見ると三月の所に『みんなと旅行』の書き込みが。パパとママに尋ねてみると、やはり行き先は温泉ではなくシャングリラ号。学校へ行ってジョミー君たちに話すと、誰の家も同じだったようです。
「ブルーも人が悪いよなあ…」
全部内緒にしてただなんて、とサム君は少し悲しそう。会長さんと公認カップルを名乗ってるだけに、隠しごとをされていたのがショックなのかも…。けれど放課後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で出会った会長さんは涼しげな顔で答えました。
「サムだけ特別扱いってわけにはいかないよ。シャングリラ・プロジェクトは遊びじゃないし、特別扱いは別の機会でいいだろう? そうだ、次に朝のお勤めに来る時、ぼくの手料理を御馳走しようか」
「えっ、ホントに?」
「本気だよ。何がいいかな、考えておいて」
「うわぁ…俺って幸せ者~…」
サム君は相好を崩し、会長さんが提案するメニューに端から頷き倒しています。朝からそんなに食べられるのか、なんて訊くのは野暮ってモノでしょうねえ…。
瞬く間に日は過ぎ、期末試験が始まりました。これが済んだら特別生には登校義務はありません。1年A組の一番後ろに会長さんの机が増えて試験開始。誰もが喜ぶ「そるじゃぁ・ぶるぅ」の御利益パワーこと会長さんのサイオンのお蔭で1年A組は最後まで学年1位を貫けそうです。
「かみお~ん♪ 試験、お疲れ様!」
今日ので全部おしまいだね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれたのは五日目の試験終了後。クラスメイトは打ち上げに出掛け、私たちもこれから焼肉パーティー! スポンサーはもちろんいつものパターンで教頭先生なのですが…。
「三学期の打ち上げパーティーは、やっぱりハーレイが一緒でないとね」
そう言い出した会長さんに私たちは「またか…」と頭を抱えました。教頭先生が呼び出されるとロクな結果に終わらないことを私たちはとっくに学習済みです。今年は何をやらかすのやら…。
「酷いな、ぼくを悪人みたいに…。今回は普通に打ち上げだよ。シャングリラ・プロジェクトの話もあるし、オモチャになんか出来やしないさ。そうそう、ハーレイはキャプテンだから、君たちの御両親のことを頼んでおくといいかもね」
「それって何かに影響するの?」
ジョミー君の問いに、会長さんは。
「例えば、部屋割。基本的に部屋の構造は同じだけれど、公園が見える部屋とか見えない部屋とか色々あるし…。他には食堂のメニューかな? 特別メニューを組むんだったらハーレイに言っておかないと」
補給の都合があるからね、と会長さんは言いましたけど、部屋割だのメニューだのは「郷に入りては郷に従え」ですし、特別扱いは不要でしょう。でも、会長さんが教頭先生をオモチャにしないのはいいことです。打ち上げパーティーではシャングリラ・プロジェクトの話題をメインにするのがベストかな?
そういうわけで私たちは教頭室へ向かい、仕事を早めに終わらせていた教頭先生と一緒に思い出の焼肉屋へ向かいました。去年の打ち上げパーティーで教頭先生が会長さんとの野球拳に負け、散々な目に遭わされていたお店です。
「……この店か……」
入り口で渋い顔をする教頭先生に、会長さんが。
「平気だってば、誰も覚えていやしないよ。それに覚えていたとしたって、壁に張り付いていたお客としか…。ハーレイが裸エプロンで歩いてた姿、普通の人には見えないからさ」
「…それは……そうなのだが……」
「問題ないって! それとも今回もやりたいわけ? 裸エプロンとか野球拳とか」
「い、いや……遠慮しておく」
今日は普通に楽しみたい、と教頭先生はお店の扉をくぐりました。私たちは奥の個室に案内されて、まずはジュースで乾杯から。音頭はもちろん会長さんです。
「じゃあ、みんなの特別生二年目の終了を祝して、乾杯!」
「「「かんぱーい!!!」」」
成績とは無縁の特別生は試験結果も成績表も無関係。ですから新学期まで登校しなくてもいいんですけど、学校がある間はきっと登校してしまうでしょう。それでも一応終了ですし、特別生の二年目が終わったことに乾杯~!

太っ腹な教頭先生の奢りで高いお肉が次から次へと運ばれてきます。盛り上がってきた所で出てきた話題は、やはりシャングリラ・プロジェクトでした。会長さんが話を振って、教頭先生が私たちに…。
「よかったな、みんなの御両親が趣旨に賛同してくれて。これで心配なくなっただろう?」
「ええ、本当に感謝してます」
マツカ君が真っ先に口を開きました。
「いつかは父の跡を継ぐんだって分かっていても、不安でたまらなかったんです。それにサイオンまで持っていますし、特別な目で見られそうで…。でも、父が同じ仲間として頑張ってくれるそうですし、いつかは父の補佐をしたいと思っています」
「それは頼もしいな。これからも柔道で大いに鍛えて、強い心身を養うといいぞ」
「はい! よろしくお願い致します」
深々と頭を下げるマツカ君。これを切っ掛けに私たちはシャングリラ・プロジェクトについて口々に質問を始め、会長さんと教頭先生が様々なケースを教えてくれました。中でも一番驚いたのは…。
「えぇっ、まりぃ先生が!?」
素っ頓狂な叫びを上げたのはジョミー君。私たちもビックリ仰天でしたが、会長さんは可笑しそうに。
「ハーレイ、まりぃ先生は元々サイオンの因子があったし、プロジェクトとは別件だよ」
「…そ、そう言えばそうだったな…」
「それとも言いたくてたまらなかった? だって絶叫したのがアレだもんねえ?」
「う、うむ……」
なにやら赤くなっている教頭先生。いったい何があったのでしょう? まりぃ先生は最近サイオンに目覚めたらしくて、バレンタインデー前にイベント用のチョコレートを受け取りに戻って来たシャングリラ号に乗り込んだという話ですが…。
「ふふ、知りたい?」
会長さんの赤い瞳が悪戯っ子のように煌めいています。こういう時は知りたくなくても勝手に喋るのが会長さんで、案の定…。
「まりぃ先生のサイオンはね……思念波もイマイチ危ういレベル。だけど目覚めてしまったからには早めに対応しなくっちゃ。シャングリラ学園の教師でなければ一年くらいは放置しといてもいいんだけどさ」
サイオンを持つ特別生の多い学校だけに、ある日突然サイオンが活性化したらマズイのだ、と会長さん。私たちが普通の一年生だった間は会長さんがサイオンをコントロールしてくれていましたけれど、そのコントロールを解かれた時に押し寄せてきた雑多な『心の声』は今もハッキリ覚えています。あの時は気分が悪くなりましたっけ…。
「保健室の先生が気分が悪くなっていたんじゃ話にならない。とにかく現状を把握して貰って、コントロールとかは後でゆっくりと…ね。ちょうどシャングリラ号が戻る時期だったし、チョコレートを運ぶついでにちょっと」
チョコレートとはクルーの人たちのバレンタインデー用に特別に調達されるもの。地上勤務のクルーの人たちが注文に応じて買いに走って、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動で衛星軌道上のシャングリラ号まで届けてみたり、輸送用のシャトルで運んだり。まりぃ先生がシャングリラ号に行ったんですから、今年はシャトルだったのでしょう。
「…それでさ、シャングリラ号で宇宙に出ても、まりぃ先生は特にビックリしなかった。映画みたいだって大喜びではしゃいでたけど、ハーレイに連れられて青の間に来た時に叫んだんだ。あらまあ、あなたがソルジャーだったの! って」
そりゃまあ、普通は驚きますよね。会長さんがソルジャーだなんて、私たちだって俄かには信じられなかったんですから。…でも、これが教頭先生が赤くなるような叫び声だとは思えませんが…? ジョミー君たちも首を傾げています。会長さんはクスクスと笑い、教頭先生をチラリと眺めて。
「まりぃ先生はハーレイとぼくを何度も見てから絶叫したのさ、両手で頬を押さえてね。内容はこう。…どうしましょう、私、ソルジャーとキャプテンを冒涜しまくっていたんだわ!!!」
「「「………」」」
あちゃ~。冒涜の内容には嫌というほど心当たりがありました。まりぃ先生の趣味の妄想イラストです。ソルジャーとキャプテンで妄想しまくっていたなんて最悪ですよね、仲間としては。教頭先生が赤くなった理由はこれでしたか! …が、会長さんは更に続けて。
「まりぃ先生の凄い所はこの後だよ。ひとしきりパニクってたけど、立ち直るなりこう言った。私、これからも妄想しちゃっていいですか? ソルジャーとキャプテンですもの、もしかして実は深い仲でいらっしゃるとか、そういうこともありますわよねえ? 皆さんの手前、公にするのはまずいでしょうけど!」
教頭先生がグゥッと呻き、私たちは頭痛を覚えました。まりぃ先生、流石です。まだ思念波も満足に操れないレベルらしいですから、妄想を垂れ流すことはないでしょうけど……会長さんがソルジャーで教頭先生がキャプテンだと知っても妄想を止める気が全く無いとは天晴れとしか言えません。これからもきっと絶好調で突っ走りますよ…。

まりぃ先生がサイオンに目覚め、もうすぐ私たちのパパやママが「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手形で仲間に。サイオンを持つ人を増やそうと言うシャングリラ・プロジェクトが順調に進めば、いつかは会長さんのように何百年も歳を取らずに生きている人が殆どになるってことでしょうか? それってホントに理想郷…。私たちがそう話し合っていると、会長さんが。
「シャングリラ学園を創った時には、ぼくたちのための理想郷って意味だった。シャングリラ号が出来た頃でも同じかな。でも、ぼくは前から思っていたんだ。この世界そのものをシャングリラに…理想郷に出来たらいいな、って。だからシャングリラ・プロジェクトなのさ。学校の名前や船の名前とは関係なく…ね」
そうだったのか、と私たちは会長さんの話に聞き入りました。教頭先生も頷いています。
「ぼくの願いはこの地球に住む人全部を仲間にすること。…そして一歩ずつ着実に進んでいると信じてる。シロエが行きたかったネバーランドは基本的に子供の国だよね。でもシャングリラはそうじゃない。ネバーランドよりも素晴らしい世界になるさ」
「そうですよね…」
凄いです、とシロエ君が相槌を打った所で教頭先生が不思議そうに。
「…ネバーランド? そんなのに行きたかったのか?」
「あ! わわっ、今の、聞かなかったことにして下さいよ~!」
「ほほう…。そう言われると気になるな。ネバーランドが何故悪いのだ?」
子供らしくていいじゃないか、と教頭先生が突っ込んだからたまりません。シロエ君がネバーランドに行くための体力作りに柔道を始めたことが明るみに出るまでに時間はさほど必要無くて…。
「……だから嫌だったんですよ……」
一生ネタにされそうです、と膨れっ面のシロエ君。教頭先生は「そう言うな」とシロエ君の肩を叩いて。
「動機はどうあれ、お前の技は立派なものだ。機械工学の方も頑張っているのだろう? 文武両道はいいことだぞ。そう言えばキースもそうだったな」
「…俺の未来は決まってますから…。親父がサイオンを持つようになっても、俺は坊主にされるんですよ。…もういいです。仏弟子としてシャングリラへの道をサポートさせて頂きますよ」
キース君の愚痴にサム君が。
「それって西方極楽浄土って言わないか? 死んじまったら別の理想郷だぜ」
「…お前に言われると堪えるな…。順調に仏の道を歩みやがって!」
お前が坊主になってしまえ、と毎度のパターンで始まる口論。ある意味とても賑やかですし、打ち上げパーティーらしいのですが…。そんなドサクサに紛れて教頭先生が会長さんに水を向けました。
「ブルー、シャングリラもいいが、私にもこう……お裾分けはしてもらえるのか?」
「は?」
キョトンとしている会長さんに教頭先生はモジモジしながら。
「そのぅ……理想郷と言えば幸せに暮らせる場所だろう? 私も幸せが欲しいのだが…」
「パーティーに呼んであげたじゃないか。これ以上、何を要求するのさ?」
厚かましいよ、とけんもほろろな会長さん。けれど教頭先生は引き下がらずに…。
「ホワイトデーだ」
「「「えぇっ!?」」」
何を言い出すんですか、教頭先生!? バレンタインデーに会長さんに手編みのセーターをプレゼントしたのは知ってますけど、あんなのでお返しが貰えるとでも…?
「…なるほどねえ…」
会長さんは深い溜息をついて。
「あのセーターに見合うお返しが欲しいってわけだ。つまり心のこもったモノが…ね」
「いや、そこまでは言わないが…」
「言っているのと同じだよ。つまりホワイトデーに幸せになれるプレゼントを贈ってくれ、と言いたいんだろう? 分かったよ、今から考えておく」
「本当か?」
喜色満面の教頭先生。
「繰り上げホワイトデーにくれるんだな? 今年も卒業式の三日前だぞ」
「そうなんだ? 正式発表はまだだったよね。…聞いちゃったからには仕方がない。シャングリラに相応しいものをプレゼントできるよう努力するさ」
「すまんな…。その代わり、シャングリラ・プロジェクトの方は任せてくれ。物資の補給準備も順調だ。お前はいつものようにソルジャーとして青の間にいてくれるだけでいい」
「当然だろ? ぼくは船の航行には一切関係ないからね。今回は大事なお客様を大勢乗せて飛び立つんだから、念入りに用意してもらわないと」
ね? と言われて私たちは返事に困りましたが、パパやママがお世話になる船です。教頭先生ならぬキャプテンにはきちんとお願いしなくては…。
「教頭先生、親父とおふくろをどうかよろしくお願いします!」
キース君が個室の畳に正座して礼をし、私たちも慌てて続きました。教頭先生のお金で御馳走になっておいて『お願い』というのも変ですけども、シャングリラ号のキャプテンは教頭先生。パパやママが仲間になれるシャングリラ・プロジェクトと今日のお会計、くれぐれもよろしくお願いします~!



バレンタインデーもなんとか無事に終わって、残る三学期の行事と言えば期末試験と繰り上げホワイトデーくらい。繰り上げホワイトデーはバレンタインデーを派手に行うシャングリラ学園ならではの年中行事で、本物のホワイトデーまでに卒業してしまう三年生のために前倒しで実施されるのでした。
「えっと…今年は普通に卒業式?」
ジョミー君がそう尋ねたのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。テーブルの上には焼きたての温かいチョコレート・スフレ。会長さんが自分のスフレをスプーンで口に運びながら。
「普通に…ってどういう意味だい?」
「今年は特別に卒業する人、いないのかなぁ…って。修学旅行も無かったし」
シャングリラ学園ではサイオンの因子を持った生徒は入学してから一年で卒業することに決まっていました。私たちも一年だけで一旦卒業、それ以後は特別生として学校に戻ってきた口です。アルトちゃんとrちゃんも特別生ですが、私たちと同じ年に入学して一年留年していたために卒業は去年。そんな風に本来の修学旅行まで在校できない生徒が出ると1年生で修学旅行をするのがシャングリラ学園独自のルールで…。
「ああ、1年生の修学旅行か」
無かったね、と会長さん。
「君たちも知っているだろう? 今年は因子を持った生徒は一人も入ってこなかった。途中で目覚めた生徒もいない。だから卒業式は三年生だけが対象なのさ。…三年生といえば今年の三年生は得をしたよね、修学旅行が二回あったし」
会長さんが言うとおり、私たちの最初の同級生だった今の三年生は二度目の修学旅行をしていました。一年生で修学旅行を済ませたのでは寂しいですし、一般の学校と同じタイミングで正式な修学旅行があったのです。えっ、二回も修学旅行をしたら保護者の負担が大変だ…って? その心配はありません。一年生での修学旅行は特別なので費用の大半は学校が出してくれるのですから。
「そっかぁ…。行ってたよねえ、修学旅行」
羨ましいな、とジョミー君は言ってますけど、修学旅行を二回よりかはシャングリラ号で進路相談会を受けた私たちの方がお得なのではないでしょうか。特別生として一年生のままで学校に居座れますし、会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」と楽しく遊んでられますし…。
「修学旅行をしたかったのかい? 一度は行ったんだからいいじゃないか。それより、今度の週末は空いてるかな? ジョミーだけじゃなくて全員だけど」
「「「週末?」」」
会長さんの問いに首を傾げる私たち。週末に何かあるのでしょうか?
「ぼくの家に泊まりにおいでよ、二度目の修学旅行に呼ばれなかった埋め合わせってわけではないけどね」
「えっ、ホント?」
行く、行く! とジョミー君が歓声を上げ、私たちも大賛成。どうせ土日は暇なのですし、お泊まり会なら大歓迎です。
「じゃあ、決まり。御馳走を用意しておくからさ」
「かみお~ん♪ 待ってるね!」
食べたいものがあったら注文してね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も嬉しそう。私たちはここぞとばかりに注文しまくり、会長さんがメモを取り…。今度の週末は御馳走三昧できそうですよ~!

土曜日のお昼前、私たちは待ち合わせをして会長さんのマンションに向かいました。最上階のお部屋に入ると美味しそうな匂いが漂ってきます。お昼御飯は中華点心にフカひれスープと決めてましたし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が腕を揮ってくれたのでしょう。
「やあ。ぶるぅが食べ切れないほど作っているよ。もちろんデザートも中華風で」
ダイニングへどうぞ、と会長さんに言われて扉をくぐればテーブル一杯にお皿や蒸籠が並んでいます。小籠包に粽、餃子にシュウマイ…。お泊まり会に来て良かったぁ!
「かみお~ん♪ いっぱい食べてね! 晩御飯はエスニック料理でまとめてみたよ」
みんなが色々注文したから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ顔。私たちは大喜びでテーブルにつき、お腹一杯になるまで食べて…食後はリビングでゲームに雑談と盛り上がりまくり。もちろん夕食も大満足で…。
「美味しかった~」
ぶるぅ最高、とジョミー君が褒めています。
「ママの料理も美味しいけれど、こんなに作ってくれないしね。あ、量じゃなくって種類の方」
「それはよかった」
会長さんが微笑みました。
「みんなも喜んでくれてるようだし、御馳走をした甲斐があるよ。…ところで、今からちょっと出掛けたいんだ。外は寒いから用意して」
「「「え?」」」
「だから君たちも出掛けるんだよ。風邪を引いたら大変だしね、ちゃんと上着を着てくること」
「…何処へ行くんだ?」
キース君が尋ねましたが、会長さんは「来れば分かる」と言うだけです。
「時間的にはそろそろいいだろ、食後の運動にもなりそうだから」
「「「運動?」」」
「そこまでハードじゃないけどね。…とにかく暖かい服を着ておいで」
有無を言わさぬ口調に私たちはゲストルームで外出の支度。いったい何処へ行くんでしょう? 上着を着込み、手袋も嵌めてリビングに戻ると会長さんもちゃんとコートを着ています。
「うん、全員準備オッケーだね。それじゃこれを…」
はい、とシロエ君に手渡されたのはノートと筆記用具でした。ジョミー君はメジャーを持たされ、キース君が持たされたものは梯子です。
「……おい……」
梯子を抱えたキース君が不信感丸出しの瞳で会長さんを睨み付けて。
「こんなものを持ってどうしろと! 抱えて歩けと言うのか、これを!」
「平気、平気。歩くだなんて言ってないだろ、出掛けるだけだよ」
会長さんは涼しい顔です。
「だから何処へ!!」
「すぐに分かるさ。ぶるぅ!!」
「かみお~ん♪」
パアッと迸る会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の青いサイオン。私たちの身体はフワリと浮いて瞬間移動をしていました。下り立った先は真っ暗闇です。ん? そうでもないかな、ちゃんと灯りが…。
「はい、到着」
「「「???」」」
キョロキョロと見回した私たちの目に映ったものは黒々と聳え立つシャングリラ学園の校舎でした。点在している灯りの中で雪がチラホラ舞っています。こんな時間には誰もいないらしく、校舎の窓は真っ暗ですが…。
「さてと。警備員さんの巡回時間はもっと後だし、今の内だよ。さっさと用事を済ませよう」
会長さんが指差したのは校長先生の大きな銅像。
「あれに梯子を架けるんだよ。登るのはジョミーが身軽でいいかな、それともキースが登るかい?」
「「「は?」」」
誰もが意味を掴みかねている中、会長さんはジョミー君が持っていたメジャーを手に取ると…。
「像のサイズを測るのさ。身長に胴回り、腕回り。もちろん手足の長さも重要。…シロエ、君が必要だと思う部分を測って貰うよう言いたまえ」
「ぼくがですか?」
「そう。卒業式にはこの銅像が変身すると教えた筈だよ、去年にね。その時に言ったと思うけど? 次からは君に頑張ってもらうから、って」
「「「あ…」」」
今まですっかり忘れていました。去年、卒業式の前夜に会長さんに呼ばれたのです。眠い目を擦りながら瞬間移動でやって来たシャングリラ学園では、数学同好会のメンバーが校長先生の銅像を創立者坊主とかいうモノに変身させる作業の真っ最中で…。
「思い出した?」
ニッコリ笑う会長さん。
「今年、特別に卒業する生徒はいないけど…。誰もいなくても校長先生の像は変身するのが伝統なのさ。これをまるっと変身させるのに必要なデータは何と何か。ちゃんと計測してノートに書くこと。分かったかい、シロエ?」
「は、はいっ!」
分かりました、と最敬礼したシロエ君は少し考え込んでからテキパキと指示を出し始めました。キース君が梯子を立て掛けて支え、ジョミー君がメジャーで像を測っていきます。冷え込む中で冷たい銅像を測るのは如何にも寒そうな仕事ですけど、お役目とあらば仕方ないですよね…。

「うひゃ~、寒かったぁ~…」
凍えそうだよ、と震えているジョミー君に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がホットココアを差し出します。シロエ君とキース君も熱いコーヒーが入ったカップで両手を温めている最中でした。銅像の計測を済ませて会長さんの家に戻って来たんですけど、最後の方は雪が激しくなっていたので大変で…。
「ブルー、なんでシールドしてくれないのさ!」
不満たらたらのジョミー君。
「みゆとスウェナだけシールドしといて、なんでぼくたちは雪の中? おかげで濡れたし、寒かったし! 銅像だって冷たかったし!」
「冷えは女性の大敵だからね。君たちまで守る義務なんか無いよ。必要だったら自分でシールドすればいい」
「出来っこないって知ってるくせに…」
ブツブツと文句を言い続けているジョミー君ですが、会長さんには勝てません。男の子たちは濡れた服を脱いでパジャマに着替え、人心地ついてきたところで…。
「シロエ」
会長さんが改まった口調で言いました。
「どんな感じかな、あの銅像は? ちゃんと変身させられそうかい?」
「そうですね…。データは一応取れていますし、多分なんとかなるんじゃないかと…。何にするかにもよりますけれど、実物大の模型を作ればやりやすいかもしれません」
ノートに書き込んだスケッチや数字を覗き込みながら答えるシロエ君。会長さんは満足そうに頷き、「ぶるぅ」と声をかけました。
「あれ、持ってきてくれるかな? その辺でいいよ」
「オッケー!」
次の瞬間、リビングの中央に出現したのは例の銅像のはりぼてでした。実物大なのは一目瞭然。
「ちょ…」
キース君が息を飲んで。
「これがあるなら、なんで測りに行ったんだ! これさえあれば十分じゃないか!」
「甘いね。これはぼくが変身させてた時に使ったヤツで、ぼくが作った。二度手間は時間のロスになるから貸し出すけれど、採寸くらいは自分たちでしてもらわないことには有難味がない」
「「「………」」」
反論するだけ無駄ということは分かっています。会長さんは前からこういう人ですし…。溜息をつく私たちを他所に、会長さんは。
「模型はこれで間に合うだろう。…今年は君たちの初作業だから、テーマは君たちに任せるよ。ただ、目からビームは外せない。去年パスカルがやっていたから、目からビームは絶対やりたい」
「…ついでにお数珠パンチもですか?」
ありましたよね、とシロエ君が確認すると。
「お数珠パンチは罰あたりだから要らないよ。…他の何かで代用できるなら欲しいけどさ」
「目からビームとパンチですね…。技術的には可能ですけど、何に変身させるんですか」
「君たちに任せるって言っただろう? 思い付かないなら、あれはどうかな。君のお父さんが凝ってるヤツ」
「えぇっ!?」
シロエ君の声が引っくり返り、私たちは首を捻りました。シロエ君のお父さんには何度か会っていますが、趣味は全く知りません。銅像を変身させるのに最適な何かに凝っているって……それって何?

アルテメシア大学付属の機械工学研究所。シロエ君のお父さんはそこの所長で大学教授もしています。笑顔が優しい太り気味のパパですけども、そのお父さんの意外な趣味とは…。
「「「プラモデル!?」」」
「ええ…。ひらたく言えばそうですけども…」
口ごもっているシロエ君。プラモデルも種類が多いですから、何か特殊なジャンルでしょうか? 会長さんがクスクスと笑い、「白状したら?」とけしかけました。
「あれが好きな人はけっこう多いよ、問題ないと思うけどな」
「で、でも…。そりゃあ、大学の研究室にも幾つも飾っていますけれども、思いっきり…」
「オタク趣味?」
ズバッと指摘した会長さんにシロエ君はグッと詰まって。
「…お、オタクって…! そこまでハッキリ言わなくっても…!」
「言いにくそうだから言ってあげた。初代から揃えて飾ってるだろ、凝り性だよね。どうだろう、みんな? 今年のテーマはモビルスーツで」
「「「モビルスーツ!?」」」
今度こそ誰もが仰天しました。モビルスーツと言えばガンダム。卒業式でスウェナちゃんが仮装させられた『赤い彗星のシャア』が出てくる有名なシリーズもののアニメで、それのプラモデルということは…。シロエ君のお父さんはいわゆるガンプラに凝っていたのです。
「…父にはロマンらしいんですよ。いつか本物を作ってやるって言ってますけど、どうなることやら…」
それで機械工学なのか、と思わず納得しそうでした。シロエ君の趣味の機械いじりはお父さん譲りみたいですけど、モビルスーツも…?
「ぼくはモビルスーツを作ろうだなんて思いませんね。シャングリラ号なんかを見ちゃった日には、ぼくの趣味はホントに子供のお遊びで…。でも目からビームはやり遂げますから!」
パスカル先輩には負けられません、とシロエ君は燃えていました。
「携帯電話で操作するのもやってみます。あれって格好よさそうですし!」
「頼もしいね。どうせなら初代のヤツにしようよ、それともシャア専用のザクがいい?」
会長さんの合いの手に「初代にします」と応じるシロエ君。
「やっぱり初代が基本ですよ! お数珠パンチはビームサーベルで代用しましょう、花火くらいは打ち上げられます」
「「「………」」」
初代が基本だなんて言い切る辺りは十分お父さんに毒されている気もしましたけれど、私たちは何も言いませんでした。今年の卒業式では校長先生の像が初代ガンダムに変身です。製作するのはシロエ君ですし、私たちは関係ないですよね? と、思ったのですが…。
「作るのはシロエの仕事だけれど、実装するのは君たちだから。卒業式の前夜には集まってもらうよ、作業をしに」
梯子を持ったり色々と…、と当然のように言う会長さん。そっか、やっぱり関係あるのか…。会長さんはシロエ君に作業場所があるのかを尋ね、シロエ君は「大丈夫です」と答えました。
「いつもガレージで機械いじりをやってますしね。実際にはガレージの二階ですけど…。半分が父のガンプラ部屋で、半分がぼく専用の作業部屋です」
ガンプラ部屋と言うからには展示スペースだと思いましたが、展示スペースは別にあるのだそうです。ガレージの二階はあくまで組み立て専門なのだとか。ガンプラ専用の部屋の隣で初代ガンダム仕様のアイテム作りをするというのがディープですけど、お父さんが知ったら、きっと手伝いをしたいでしょうねえ…。私たちがそう話していると。
「父には手出しも口出しもさせませんよ! この仕事はぼくがやり遂げるんです!」
プロの力は借りられません、と
シロエ君は言い切りました。プライドの高さは流石です。私たちは思わず拍手し、こうして今回のお泊まり会の目的は果たされたのでした。会長さんったら最初から言ってくれない所が相変わらず人が悪いんですけど…。

「ところでさ…」
夜食にと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ってくれた豚骨ラーメンを啜っていると会長さんが口を開きました。
「シロエは機械いじりと柔道、どっちの方が好きなのかな? 両極端な趣味だよね」
「会長なら知っているんじゃないですか? 父の趣味も知っていたでしょう」
「まあね。だけど他のみんなは知りようがないと思うんだ。…サイオンも未だに不完全だし、君の心は読めないよ」
「それはそうですけど…」
シロエ君は私たちをぐるりと見渡して。
「やっぱり言わなきゃダメですか? 言わなかったら会長が全部喋っちゃうとか?」
「…ブルーでなくても俺は前から知っているぞ」
そう言ったのはキース君です。
「柔道の方が後付けだよな。で、柔道を始めた理由は…」
「わーっ!! 喋ります、喋りますから先輩も会長も脚色しないで下さいよ~!」
それだけは勘弁して下さい、とシロエ君は真っ青でした。よほどユニークな動機なんでしょうか? 脚色されたら困るくらいに…? 私たちが首を傾げていると、シロエ君は諦めたように。
「…これを話すと笑われちゃうと思うんですけど、会長とか先輩とかから話をされると妙な尾ひれがつきそうで…。
あのですね、ぼくが柔道を始めた理由は体力作りだったんです」
「それの何処が変なのさ?」
おかしくないよ、とジョミー君。
「機械いじりばかりしてると閉じこもりがちになっちゃうし…。適度な運動って必要じゃないか」
「…それはそうなんですけれど…。でも、子供の頃のぼくは運動ってヤツが大の苦手で、運動よりかは読書でした。そこを母に逆手に取られちゃって」
「「「は?」」」
説得するなら分かりますけど、逆手って…なに? シロエ君は大きな溜息を吐き出しました。
「ネバーランドって知ってます? ピーターパンに出てくるヤツ」
「知ってるわよ?」
夢の国よね、とスウェナちゃんが言い、マツカ君が。
「年を取らない国でしたっけ? ピーターパンが連れてってくれる…」
「そう、そのネバーランドですよ。…ぼく、小さい頃は絶対いつかネバーランドに行きたいなぁ…って思ってて…」
え。シロエ君がネバーランドに行きたかった? なんだかかなり意外な気が…。って言うか、あんまり似合わないような気が! みんなも顔を見合わせています。
「ほら、やっぱり…。若気の至りって言うんでしょうか、ぼくも忘れたい過去なんです」
「ネバーランド、いいじゃねえかよ。憧れるものは人それぞれだぜ」
子供だしな、とサム君が笑い飛ばしましたが、シロエ君は大真面目な顔で。
「ぼくは真剣だったんですよ。で、運動嫌いを心配した母がこう言ったんです。…ネバーランドに行きたいんなら体力作りが大切よ、って」
「「「はあ?」」」
ピーターパンが迎えに来てくれる夢の国に行くのに体力作りが何故に必要?
「要るんだよな、体力が? なあ、シロエ?」
覚えているぜ、とキース君がニヤリと笑みを浮かべました。
「俺と同じ道場に入って来た頃、毎日のように言ってたもんなあ」
「先輩は黙ってて下さいよっ!」
一喝したシロエ君はグッと拳を握り締めて。
「二つ目の角を右へ曲がって、あとは朝までずーっと真っ直ぐ。そうやって行くんですよ、ネバーランドへは」
「そうだっけ?」
覚えてないや、とジョミー君。私も覚えていませんでした。他のみんなも同じみたい。けれどシロエ君は…。
「とにかく今ので合ってるんです! だから母に説得されたんですよ、朝までずーっと真っ直ぐ行くには体力と根性が必要だって!」
それで柔道だったんですか! 私たちはプッと吹き出し、シロエ君には悪いと思いつつ涙を浮かべて笑い転げました。シロエ君とキース君に柔道部に引きずり込まれたマツカ君まで笑っています。あまりにも凄い動機ですけど、シロエ君の柔道の腕前は今や大したものなのですから、ネバーランドでもいいですよねえ?

散々笑った後で我に返ると、膨れっ面のシロエ君が据わった瞳で怒り心頭。
「先輩か会長にバラされた方がマシでしたね。…自分で言っても結果は変わりませんでしたもんね」
「子供の頃の失敗なんて誰でもあるって!」
キースにだって、とジョミー君が指差しました。
「坊主頭が嫌になったのって子供時代が切っ掛けだよね。剃ったら似合わなかった、って」
「…それはシロエがバラしたんだっけな」
「わわっ、先輩、もうこれ以上はナシですよ! このまま続けば泥仕合です」
「……不本意ながら確かにな……」
長い付き合いのキース君とシロエ君には互いに握り合っている弱みってヤツが掃いて捨てるほどあるようでした。全部聞きたい気もしますけど、それはやっぱりダメですよね…? 好奇心の塊と化した私たちに会長さんがクスッと笑って。
「それくらいで許してやりたまえ。ぼくが言いたかったのはシロエの趣味の話ではなくて、ネバーランドの方なんだから」
「ちょ…。会長も止めて下さいよ!」
古傷を抉られまくりなんです、とシロエ君の泣きが入りましたが。
「君の話をするとは言わなかったよ。ぼくが言うのはネバーランド」
「ですから、ネバーランドはもう言わないで下さいってば…!」
「いいのかい? 朝までずーっと真っ直ぐ行く必要のないネバーランドの話をしようと思ったのに。それも君だけの話じゃなくて、ここにいる全員に関係があると思うんだけどな」
「「「え?」」」
私たちとネバーランドにいったいどういう関係があると? しかも会長さんは行き方を知っているみたいです。もしかして本当に存在しますか、ネバーランド? シャングリラ号でワープをすれば入れちゃったりするのでしょうか?
「…シャングリラ号は関係があるね」
誰かの疑問を読み取ったらしい会長さんが唇に笑みを浮かべました。
「君たちは特別生になって二年目を終えようとしているけれど、これから先はどうするんだい? 一緒の時に入学してきた生徒たちはもう卒業だ。そりゃあ…特別生には百年以上在籍している生徒もいるから、何年いたって問題は無い。でも、君たちの御両親は?」
「「「???」」」
「シロエのお父さんも勿論だけど、アドス和尚もジョミーやサムたちのお父さんもお母さんも…今はいいけど、この先は? みんな普通の人間だよね」
「「「あ………」」」
それは心の底の何処かに誰もが抱えていた疑問。学費の要らない特別生になって楽しく遊び暮らしている間にも時間は流れているのです。私たちは年を取りませんけど、サイオンを持たないパパやママたちはどうなるんでしょう? 今は毎日家で迎えてくれてますけど、その内にきっと…。
「そう、このままではいつか君たちの御両親はいなくなる。寮に入っている特別生には両親を亡くした人も多いんだ」
「やっぱり……そうなんだ……」
ジョミー君の声が掠れました。
「ひょっとしたら、って思ってたけど、パパもママも…いなくなるんだ…。そしたら、ぼくも寮に入るの? みんなも一人ぼっちになるの…?」
「そうなるね」
会長さんの言葉に私たちは声を失い、一様に黙り込んだのですが。
「…君たちは大切なことを忘れてないかい? キースも、サムも…それからスウェナも」
「かみお~ん♪」
忘れちゃった? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が差し上げたのは右手でした。
「ぼくの手形を押してあげればサイオンを持てるよ、みんなのパパも! もちろんママも大丈夫! ね、ブルー?」
「そういうこと。普通の人間だったキースたちがサイオンを使えるようになったのと同じで、君たちの御両親にもサイオンを持ってもらえば問題ないのさ。…君たちが置いて行かれることもなくなる」
「それって…。だからネバーランドって言ったんですか?」
シロエ君の問いに会長さんは大きく頷き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を撫でて。
「本当の名前はシャングリラ・プロジェクトと言うんだけどね。どうせなら笑い話とセットの方がインパクトがあっていいかなぁ…って。少しずつ仲間を増やしていくための計画の一部。サイオンに目覚めた生徒の身内にサイオンに理解のある人がいれば、仲間になって貰うんだ」
特別生の血縁者という縁で仲間になった人は少なくない、と会長さんは言いました。政財界にまで仲間が食い込んでいる理由の一つはそれだそうです。ネバーランド転じてシャングリラ・プロジェクト。凄い展開になってきましたけれど、これから一体どうなるんですか…?

 

 

 

 

シャングリラ学園での入試期間中、私たちはお休みでした。会長さんやフィシスさんが入試対策グッズを販売するのを手伝おうかと思ったのですが、人手は足りているのだそうです。あまり人数が多すぎても有難味が無いのでリオさんを含めて三人いれば十分だとか。試験問題も合格ストラップも飛ぶように売れた、と会長さんから聞かされたのは入試が済んだ後のこと。
「今年もストラップが人気だったよ。パンドラの箱もそこそこ売れたね」
格安だから、と会長さん。
「だけど箱から出てくる注文を全部こなそうって人はいなかった。そうだよね、ぶるぅ?」
「うん…。タコ焼きは貰えたんだけど、アイスキャンデーはダメだったんだ」
俯いている「そるじゃぁ・ぶるぅ」はアイスキャンデーが大好きですが、いくら奇跡が起こる可能性があると言われても注文通りに全種類を買えば財布に優しくないわけで…。そう、『パンドラの箱』というのは私が入試でお世話になったグッズでした。中から出てくる注文メモに書かれたことを全てこなせば補欠合格できるという…。
「残念だったよ、色々と知恵を絞ったのにさ」
つまらない、と会長さんが指折り数えているのはパンドラの箱に入れようとしていた注文メモのアイデアでした。買った人には「そるじゃぁ・ぶるぅ」の欲望が詰まったメモが出てくると説明するんですけど、実の所は会長さんが指示して書かせているのです。悪戯心満載のメモに踊らされている挑戦者を見るのが楽しみだなんて悪趣味ですよね…。
「それじゃ今年もパンドラの箱の奇跡は該当者無しというわけか…」
キース君が溜息をつき、ジョミー君が。
「みゆはパンドラの箱で補欠合格したんだよね? 凄いや、それって勇者って言わない?」
「言わないでよう…。どっちかと言えば忘れておいて欲しいんだけど!」
「無理無理! 最後は男湯に突撃したって聞いたもんな」
凄すぎる、とサム君が笑いを堪えています。あーあ、もしかして一生言われるんでしょうか、あの話。「この箱を男湯の脱衣場に置いてね」というのが最後の注文メモでしたけど、パパのコートを借りて帽子とサングラス、マスクで顔を隠して男湯の暖簾をくぐった悲しい思い出…。でも。
「みゆは頑張ってくれたんだもん、苛めないでよ!」
笑いの連鎖を止めたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」でした。
「考えたのはブルーだけれど、お風呂に行ったのはぼくだもん! あそこの銭湯、気に入ってるし!」
いろんなタイプのお風呂が沢山…と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は楽しそうです。会長さんと一緒に時々通っているらしくって、アヒルちゃんのお風呂グッズも揃えていると自慢しました。
「それでね、今年もメモに書いたんだけど…誰も連れてってくれなかったんだ。仕方ないからブルーと行った。そうだよね?」
「まあね。合格グッズを売り捌くのはハードだからさ、疲れを取るにはお風呂が一番! エステなんかもいいんだけれど、今はハーレイを呼びたくないし…。フィシスと一緒にスパって気分でもなかったからね」
「…ああ……。教頭先生な…」
あれからどうなっているんだろう、と遠い目をするキース君。試験問題のコピーをゲットしようとしていた矢先にソルジャーが飛び込んできて妙な話になってしまったのが随分昔に思えました。教頭先生がバレンタインデーに会長さんを喜ばせることが出来たら、会長さんかソルジャーがバニーちゃんの衣装を着て見せる、という…。
「どうなってるかなんて知りたくもないよ」
会長さんはプイと顔を背けて。
「考えてみたら、バレンタインデーにハーレイに会いさえしなけりゃ済む話なんだ。会わなきゃプレゼントを貰うこともないし、ゴタゴタが起こることもない」
「宅配便って手もあるぞ?」
キース君の鋭い突っ込みにフンと鼻先で笑う会長さん。
「ハンコを押さなきゃいいんだよ。いわゆる受け取り拒否ってヤツ。…その前に家に帰らなければ不在扱いで済むかもね。バレンタインデーは夜まで此処にいるっていうのも一つの手だよ」
教師は此処に来ないから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の安全性を説く会長さんは開き直ったようでした。確かに教頭先生と顔を合わさず、プレゼントも一切受け取らなければソルジャーの案は無効です。そういうわけでバレンタインデー当日は私たちも夜まで会長さんにお付き合いして立て籠もることになりました。
「日付が変わるまでは安心できないし、遅くなるからぼくの家に泊まってくれればいいよ。荷物は先に瞬間移動で運んであげよう」
「かみお~ん♪ お部屋も用意しとくね!」
お客様だあ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びです。バレンタインデーさえ無事に過ぎればいつもの楽しいお泊まり会! 教頭先生が何を考えているのか分かりませんが、なんとか逃げ切れますように…。

温室の噴水がチョコレートの滝に変身を遂げ、休み時間には生徒が集まってミカンやバナナをコーティング。この風景もすっかりお馴染みになりました。バレンタインデーに向けて盛り上がる中、チョコを貰えないかもしれない男子生徒が義理チョコを確保するためにチョコレート保険の集金をするのも年中行事。なにしろチョコのやりとりをしない生徒は礼法室で説教ですから…。
そして迎えたバレンタインデー当日、会長さんはしごく当然のように「そるじゃぁ・ぶるぅ」をお供に連れてチョコを貰いに学校中を回っています。授業が始まる前に特別に設けられた時間枠なので先生方は出て来ません。従って教頭先生に出くわす心配もなく、シャングリラ・ジゴロ・ブルーは悠々と全部のクラスを回って…。
「やあ。遅くなってごめん。やっぱり自分のクラスは一番長く時間を取りたいからね」
だから最後にしたんだよ、と1年A組に姿を現した会長さんにクラス中の女子が湧き立ちました。次々に差し出される本命チョコを「そるじゃぁ・ぶるぅ」に持たせた袋に入れてゆく会長さん。今年は私とスウェナちゃん、アルトちゃん、rちゃんのチョコも鞄ではなくて袋の中へ…。これって特別扱いはやめましたって意味でしょうか?
『違うよ、中で仕分けしている。アルトさんたちも特別生になったことだし、堂々と特別扱いし続けるのもどうかと思って…』
愛人だという噂が立つと困るしね、との会長さんの思念にアルトちゃんたちが頬を赤らめています。そっか、今のはアルトちゃんたちにも届いたんだ…。
『ふふ、思念波はみんな平等に。…ジョミーたちにも聞こえた筈さ』
なるほど、ジョミー君たちが会長さんを睨んでいました。日頃の所業を責めているといった所でしょうが、会長さんは気にしていません。チョコを集め終わった会長さんは女子全員に笑顔を振り撒きながら平然と出て行ってしまいました。入れ替わりにグレイブ先生が来て、朝のホームルームが始まって…。退屈な一日の授業が済むと、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ一直線です。
「教頭先生は来たか!?」
飛び込むなりの第一声はキース君でした。会長さんはソファに腰掛け、のんびりと…。
「来るわけないだろ、ここはぶるぅの部屋なんだから。君たちも座ってお茶にしたまえ、ザッハトルテにガトー・ショコラに…。色々あるんだ、チョコレート尽くし」
飽きたら他のお菓子もあるよ、と会長さんは余裕綽々。ジョミー君たちが貰ったチョコを瞬間移動でそれぞれの家に送り届けたり気配り万全、立て籠もっているという事実を除けば普段と全く変わりません。
「君たちの荷物もぼくの家に運んでおいたから。今日は夜までここで過ごすし、夕食は軽く済ませて、ぼくの家で夜食も兼ねてしっかり食べるということでいい?」
「うん、いいけど」
ジョミー君が即答し、私たちも頷きました。軽くと言っても「そるじゃぁ・ぶるぅ」がいるのですからオムライスくらいは出てくるのでしょう。しかし…この部屋で日付が変わるまでとは、私たちだって初めてです。ちょっとドキドキしてるかも…? とはいえ、平和な時間が流れる間にそんな気持ちはすっかり忘れて、ふと気が付けば下校時刻はとっくに過ぎてしまっています。
「えっと…。まだ六時間以上あるんだよね?」
ジョミー君が壁の時計を眺めました。
「そうなるね。…そろそろお腹が空いてきたかな? ぶるぅ、パスタの用意を…」
そこまで言って会長さんが言葉を飲み込み、赤い瞳を見開いて…。
「嘘だろう!?」
「「「えっ?」」」
なんのこと、と問い返す前に壁を叩く音がコツコツと。
「…ブルー…? そこにいるんだろう? プレゼントを持って来たんだが…」
「「「!!!」」」
それは紛れもなく教頭先生の声でした。プレゼントって……プレゼントって、本気で用意してたんですか~! いえ、品物とは限りませんけど、ここまで押しかけてくるなんて…。
「まずい。逃げるよ、みんな! ぶるぅ、手伝って!」
「かみお~ん♪」
パァァッと青い光が走って私たちは宙に浮き、瞬間移動をしていました。下り立った先は会長さんの家のリビングです。なんで…なんで教頭先生が? でも、わざわざ逃亡するまでもなく、シールドを張れば逃げ切れるのでは…?

「……びっくりした……」
リビングのソファに腰を下ろした会長さんは心底驚いているようでした。
「なんでハーレイが押し掛けてくるのさ、ぼくが来るまで待ってりゃいいのに…」
「だから痺れを切らしたんだろ? あんたが姿を現さないから」
そうに決まっている、とキース君が指摘しました。
「教頭室でじっと待っている間に帰られてしまったら元も子も無い。それで様子を見に来たんだろう。特にシールドもしていなかったし、あんたがいるのは分かった筈だ」
「そりゃあ…シールドはしなかったけど、ぶるぅの部屋に来るなんて…。あのまま部屋ごとシールドするより逃げ出した方が安全だよね。まさか家までは来られないさ。前から散々脅してあるし、ゼルのバイクは懲り懲りだろう」
そっか、ここまで逃げてきたのは家の方が安心だからですか…。確かに「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋よりかは心のハードルが高そうです。なんと言っても会長さんのプライベートな場所なのですし、つまみ出されてゼル先生に通報されれば教頭先生にとっては大打撃。謹慎処分に市中引き回しと悲惨な末路は確実でした。
「教頭先生、プレゼントって何を届けに来たのかなぁ?」
緊張感の無いことを口にしたのはジョミー君です。
「手作りチョコかな、それとも買ったチョコレートとか? なんだか気になってしまうんだけど…。何だったの、ブルー?」
「知らないよ。見てもいないし、知るわけがない。…サイオンで知ろうって気にもならない」
「……それは残念」
冷たいねえ、という声が聞こえて紫のマントが翻りました。
「「「!!!」」」
「こんばんは。…お客様をお連れしたんだけども?」
ソルジャーの隣に立っているのはプレゼントの包みを抱えた教頭先生。いきなりリビングに飛び込まれたのでは安全地帯も意味無しです。なんだってこんな余計な事を…。いえ、だからこそのソルジャー、だからこそのトラブルメーカー…? ソルジャーはクスクスと笑い、教頭先生の肩を軽く叩いて。
「ほら、連れて来てあげたよ、ブルーに挨拶しなくっちゃ」
「あ、ああ…。ありがとうございます」
「どういたしまして。ぼくとしても自分の提案が無視されるのは悲しいからね、きちんとフォローしたまでさ。で、プレゼントは何なのかな?」
教頭先生が持っている包みにソルジャーは興味津々でした。
「君が何を用意するのか楽しみだったし、覗き見は一切していないんだよ。何が出てくるのかワクワクする」
「だからといって!」
なんでハーレイを連れてくるのさ、と柳眉を吊り上げる会長さん。けれどソルジャーは聞く耳を持たず、教頭先生を煽っています。
「ぼくがブルーは逃げ帰ったよ、って言ったら凄くしょげてたじゃないか。受け取ってくれるだけでも良かったのに…って。勇気を出して渡したまえ。…ブルーが満足するかはともかく、渡さなくっちゃ話にならない」
「…そ、そうですね…。そのぅ…なんだ、ブルー……これを受け取って貰えるだろうか?」
大きな身体を気の毒なほど縮こまらせて教頭先生が差し出した包みは、淡いブルーの紙に覆われ青いリボンがかかっていました。ロゴが見当たらない所をみると手作り品をラッピング? チョコにしては箱が嵩張り過ぎてる気もしますけど、焼き菓子とかならこんなものかな? 会長さんは手を出しもせず、シロエ君が。
「受け取ったら負けですよ、会長! 貰わないのが一番です!」
「そうだ、そうだ! 貰わなかったら気に入るも何もないんだもんな。やめとけよ、ブルー!」
サム君が止め、キース君も。
「突き返すんだ! …教頭先生には申し訳ないが、貰う筋合いはないってことで!」
「そうだよね…。というわけで、このプレゼントは受け取れないよ」
持って帰って、と会長さんは首を左右に振ったのですが、ソルジャーが。
「それは賛成できないな。ハーレイの心がこもったプレゼントなのに、開けもしないで返すって? 気に入るかどうか、中身だけでも見てあげた方がいいと思うけど? せっかくここまで連れて来たのに、ぼくの好意を無にする気かい?」
「無にするも何も、最初から君が勝手に決めたんじゃないか! ぼくはハーレイからのプレゼントなんて欲しくないのに、ぼくを満足させられたら…って!」
「うん、言った。…でもさ、ぼくはプレゼントが形のあるものかどうかは限定しないで言ったんだよね。極端な話、君をベッドで満足させてもオッケーじゃないかと思うんだけど? そこを普通のプレゼントで済ませてくれるだなんて、感謝しなくちゃ」
「…な…何を……君はいったい何を考えて…」
ワナワナと震える会長さんをソルジャーは涼しい顔で眺めて。
「別に? 君たちを見てると飽きないんだよね、つい、ちょっかいを出したくなる。…ちょっかいと言うよりおせっかいかな、少しでも進展するように…ってさ。さてと、ハーレイ。…君のプレゼントは何なんだい? チョコにしては箱が大きいけれど、どうやら手作りみたいだね」
「え、ええ…。そのぅ……頑張ったのですが……」
「ほらね、頑張って作ったらしいよ。気持ちだけでも受け取りたまえ、開けてあげるだけでいいんだからさ」
「…………」
ソルジャーはこうと決めたら譲らないのが分かっています。会長さんは深い溜息をつくと教頭先生が差し出す包みを受け取り、テーブルに置いて渋々リボンを解き始めました。
「…気に入ってくれるといいのだが…」
もじもじしている教頭先生。心なしか頬も赤いような…。プレゼントって何なのでしょう? 会長さんが包装紙を剥がし、箱の蓋を取った次の瞬間。
「「「!!!」」」
全員が石化しそうになりました。教頭先生、本当にこれを作ったんですか~!?

「…どうだろう、ブルー? お前の好みに合っていればいいのだが…」
「えっと…。頑張ったって聞こえたような気がするんだけど、ひょっとして、これをハーレイが…?」
信じられない、という面持ちで箱の中を指差す会長さん。教頭先生は「うむ」と頷き、恥ずかしそうに小さな声で。
「チョコレートを…とも思ったのだが、どうもありきたりな気がしてな…。私なりに色々調べたのだ。そしたら心のこもったプレゼントにはこういう物が一番だ…と」
「………。それって何処の情報なのさ? 自分でやってて馬鹿じゃないかと思わなかった?」
「いや。心をこめるとは正にこういう作業なのだな、と不思議なほどに納得したが。…お前が満足するかはともかく、私自身に悔いは無い」
「悔いは無いって言われてもねえ…」
会長さんが呆れたように箱の中身を取り出しました。それは手編みのアランセーター。生成りで素朴な仕上がりです。会長さんなら着こなせそうな品ですけれど、問題は似合うかどうかではなく、気に入るかどうかの次元も既に飛び越えてしまったような…? ソルジャーもポカンとしています。
「まさかと思うけど、それ、ハーレイが編んだのかい…?」
ソルジャーの問いに「はい」と答える教頭先生。
「実は編み物は初めてでして…。そのぅ、こちらの世界のエラに教えてもらったのです」
げげっ。エラ先生の指導でしたか! それは上達も早いでしょうが、会長さんに手編みのセーター…。誰もが絶句している中で「そるじゃぁ・ぶるぅ」がセーターを調べ、「凄いや」と感激しています。
「ハーレイ、とっても器用なんだね! ぼくも編み物することあるけど、セーターは大きすぎるから…マフラーとか靴下の方が得意なんだ。これだけ編むのは大変でしょ?」
「まあな。…教頭室に仮眠室があって助かった。仕事の合間にこっそり編めるし、家でも夜遅くまで頑張ったんだぞ。どうだ、ブルーに似合いそうか?」
「うん! ブルー、こんなセーターも大好きだよ? ね、ブルー?」
無邪気な「そるじゃぁ・ぶるぅ」の言葉に会長さんは顔を引き攣らせて。
「…アランセーターは嫌いじゃないけど、それはちょっと…。着たらなんだか呪われそうだ。ハーレイの髪の毛が編み込んであるとか、そういうオチがありそうでさ」
「「「………」」」
有り得ない話ではない、と私たちの背筋が寒くなります。アルテメシア中に絵馬を奉納していた教頭先生、おまじないにも凝りそうな気が…。と、ソルジャーの瞳がキラリと光って。
「ふうん? こっちの世界じゃ呪いのセーターなんかがあるわけ? だったら試着してみなくちゃね、それが呪いのセーターかどうか」
「え? ええっ!?」
キラリと光った青いサイオン。それが会長さんを貫いた…と思った時には会長さんの制服の上着が消え失せ、代わりに例のセーターが。似合ってますけど…似合わないわけではありませんけど、試着なんかして大丈夫ですか…? 教頭先生は感無量です。
「ああ、似合うな…。気に入ってくれると嬉しいのだが」
「気に入るわけがないだろう! こんなもの…!」
教頭先生からのプレゼントに満足したら最後、待っているのはバニーちゃんの衣装。会長さんは大慌てでセーターを脱ぎ捨てようとしたのですが…。
「あれ? こ、これっていったいどうなって…」
セーターは会長さんの身体に纏わりついて離れません。腕を抜くことも出来ないようです。静電気で貼り付くにしてもあそこまで酷くはならないんじゃあ…? 悪戦苦闘する会長さんを横目で見ながらソルジャーが。
「呪いのセーターだなんて言うから閃いたんだよ、呪いのアイテム。バレンタインデーのプレゼントには最高だろうと思うんだよね」
「「「え?」」」
脱げないセーターの何処が最高? 会長さんが教頭先生の愛のこもったセーターを着て一日過ごす羽目になったら教頭先生は満足でしょうが、プレゼントを貰ったのは会長さんです。会長さんが満足できなきゃバニーちゃんの衣装は無かったことになるんですけど…?
「ふふ、分かってないねえ、君たちは。…さっきまではバニーの方で考えてたけど、ぼくは遊べるなら何でもいいんだ。今年のバレンタインデーもプレゼントするのはブルーの方から! あ、違うか…。もうセーターを貰ったんだし、ブルーからもプレゼントのお返しってことになるのかな?」
クスクスと笑うソルジャーを会長さんがキッと睨んで。
「どうでもいいからこれを外して! 君のサイオンが絡みついてるのは分かってるんだ。さあ、早く!」
「…言ったろ、呪いのアイテムだって。脱げないよ、それは」
「なんだって!?」
「夜の12時になったら脱げる…と言ったらどうする? バレンタインデーの間は君のハーレイの愛を身体に纏って過ごすんだ。…残念ながら12時になっても脱げないけどね、呪いだから」
ソルジャーは教頭先生の方を振り向き、意外な展開に声も出せない教頭先生の腕を掴むと。
「愛をこめてセーターを編んだ君の想いに応えてあげた。…あのセーターを脱がせられるのは君だけだ。素敵だろう? その手でブルーを脱がせるんだよ」
「「「えぇぇっ!?」」」
悲鳴と怒号が渦巻く中で教頭先生は見事に硬直していました。
「わ、私が……ブルーを…?」
「そう。サイオンでそういう仕掛けがしてある。ぼくはブルーやぶるぅと違って場数を踏んでいるからね…。あの二人でもどうすることも出来ないさ。脱がせてあげてよ、前からそうしたかったんだろう?」
「い、いえ……私はそんな…!」
「遠慮しないで。そうそう、セーターの下は素肌なんだよ、その方が君が喜びそうだし」
さあ早く、とソルジャーは教頭先生の腕を引っ張り、背中を押して会長さんの方へと突き飛ばしたからたまりません。教頭先生は会長さんにドスンとぶつかり、はずみでセーターをグイと掴んでしまって…。

「……情けない……」
床に伸びている教頭先生をソルジャーが冷たい瞳で見下ろしています。教頭先生の横には「そるじゃぁ・ぶるぅ」がちょこんと座って懸命にワイシャツの染みを落としていました。言うまでもなく鼻血の跡で、教頭先生の鼻の穴には「そるじゃぁ・ぶるぅ」が詰めたティッシュが…。
「落ちないよ、これ…。クリーニングに出すしかなさそう」
セーターの方はどうしよう? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がシャツを着込んだ会長さんに尋ねます。呪いのセーターは脱ぎ捨てられて絨毯の上に落ちていますが、それにもベッタリ鼻血の跡。
「ゴミ箱行き! あんなのはそれで十分なんだ! まったく、ブルーのお蔭で酷い目に…」
「遭ってないじゃないか。脱がされたんじゃなくて自分で脱いだし、問題ないと思うけど?」
「ハーレイが失神しちゃって面白くないからサイオンで縛るのをやめたってだけの話だろう! 脱がせるつもりで仕掛けたくせに!」
「まあね。…君とハーレイの距離が縮まればいいな、と思ったけれど、ハーレイの限界が早すぎたか…」
せっかくバレンタインデーなのに、とソルジャーは不満げに呟いてから。
「こんなのを見ちゃうとマンネリの日々でも文句を言ったらバチが当たりそうな気がしてくるよ。ぼくのハーレイはヘタレだけれど、ちゃんとすることはしてくれるし……ぼくを途中で放っておいて勝手に昇天しちゃうような真似は滅多にしないね。…遅くなったけど帰ろうかな? 特別休暇を取ったというのにぼくが留守だから、青の間で一人ションボリしてる」
「だったら、さっさと帰ればいいだろ!」
「そうなんだけど…。あのさ、これって貰って帰っていいのかな?」
置いといたらゴミに出すんだよね、とソルジャーはセーターを拾い上げました。
「好きにすれば? そんな鼻血アイテム、何に使うのか知らないけれど」
「ありがとう。ぶるぅ、悪いけど手形を押してくれないかな? この染み、とっても目立つからね」
「えっ、手形? 試験合格の?」
キョトンとしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」にセーターを手渡し、微笑むソルジャー。
「うん。ぼくのハーレイが最高点で試験に受かりますように…って、染みの上から押しといて」
「分かった! こないだと同じ感じでいいよね、よいしょ…っと」
ペッタリと押された赤い手形を私たちは呆然と見守るばかり。ソルジャーの辞書に懲りるという言葉は無いようです。紅白縞の次は教頭先生の手編みのセーター。…これって効果があるのでしょうか?
「どうだろうね? 少なくとも、ぼくのハーレイは頑張ってくれると思うけど? 紅白縞の効果が何だったのかは気付いているし、それとおんなじ手形が押されたセーターを見れば意味する所は一目瞭然! しかもこっちの世界のハーレイが愛をこめて編んだセーターだよ? 負けてたまるかと発奮するのが男ってものさ」
着るかどうかはともかくとして…、とソルジャーはパチンとウインクしました。
「ぼくの今年のバレンタインデーのプレゼントはこれにしておくよ、ハーレイもチョコを作ったようだしね。…そうだ、こっちのハーレイの力作を貰って帰るのに御礼をしないのはあんまりかな? ブルーは満足しなかったから、この程度にしておけばいいんじゃないかと…」
青いサイオンに包まれたソルジャーの衣装がバニーちゃんスタイルに変わっていました。
「ブルー、耳かきを貸してくれるかな? それと写真をお願いするよ」
ハーレイの憧れの衣装で耳掃除、とソルジャーは失神している教頭先生に膝枕をして耳かき片手にニッコリ笑顔。その光景を撮影させられたのはジャンケンで負けたキース君です。何枚も撮って、ソルジャーが納得の数枚をプリントアウトし、封筒に入れて教頭先生の懐に。
「これで良し…と。御礼もしたし、ぼくは帰るよ。ハーレイが待ちくたびれているからね」
じゃあね、とソルジャーは手形が押されたセーターを大切そうに抱えてフッと姿を消しました。教頭先生は会長さんが瞬間移動で家へと送り届けたようです。えっ、あの写真はどうなったかって? それはもちろん…。
「バニーちゃんスタイルで耳掃除。ハーレイの夢は叶えてあげたし、ちゃんと証拠の写真もあるし…。これで文句はないだろう。二度と手編みのセーターなんかは御免だよ、うん」
やっぱりバレンタインデーは貰うのではなく贈るに限る、と会長さんは吐き捨てるように言いました。教頭先生、手編みのスキルまで身に付けたのに、想いは通じませんでしたか…。
「やれやれ、とんでもない日になっちゃったよ…。もうすぐ日付が変わっちゃうけど、パーッといこうか、賑やかにさ」
バレンタインデーが無事に済んだお祝い、と会長さんの音頭でお泊まり会が始まりました。バレンタインデーを祝うならともかく、無事に済んだことのお祝いなんて間違ってるんじゃないかって? 常識なんかじゃ量れないのがシャングリラ学園、しかも私たちは特別生。こんなバレンタインデーもアリですってば! でも来年はもっと普通のバレンタインデーがいいな、と心の底から思ってます…。



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