シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
- 2012.01.18 暮れの風物詩 第3話
- 2012.01.18 暮れの風物詩 第2話
- 2012.01.18 暮れの風物詩 第1話
- 2012.01.18 扉を開けよう 第3話
- 2012.01.18 扉を開けよう 第2話
配られた謎のウサギのバッジ。会員制のパーティーという趣旨は分かりますけど、どうしてウサギの会なのでしょう? 仮装パーティー用の衣装に着替えた私たちは何度も顔を見合わせ、出てこない答えに首を捻って…諦めてリビングに向かいました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」に渡すプレゼントの包みをしっかりと持って。
「「かみお~ん♪」」
わわっ! リビングには既に「ぶるぅ」も到着していて、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と二人並んでニコニコ顔です。しかも可愛いタキシード姿。これが二人の仮装でしょうか?
「わぁっ、みんなの服もかっこいいね!」
凄いや、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が歓声を上げ、隣で「ぶるぅ」が。
「ブルーの方が凄いもんね。それに、ぼく、こんなのも作ってもらっちゃったし!」
クルリと宙返りをした「ぶるぅ」の衣装がチビッ子忍者に早変わり。それを目にした「そるじゃぁ・ぶるぅ」もパッと着替えて忍者になってしまいました。二人は誕生日パーティー用の衣装と仮装用のと、二着作ってもらったようです。
「ふうん、忍者も似合ってるね」
ジョミー君が褒め、そのついでに。
「で、ウサギのバッジもくっつけてるの?」
「「うん!」」
ほらね、と二人が出して見せたのはバッジではなく首飾りでした。首飾りとはちょっと違うかな? 水色のリボンの先に私たちのより大きめのウサギのマークがついた勲章みたいなタイプです。今日のパーティーの主役ですから目立つのがいいってことなんでしょうか? と、リビングのドアが開いて…。
「こんにちは」
「着替え、済んだかい?」
入って来たのは会長さんとソルジャーでした。えっと…「こんにちは」な方がソルジャーですから、もしかして天使の仮装ですか? 足元まである白いローブに純白の翼と言いたい所ですけど、天使の翼は闇の色。なんだか天使じゃないような…?
「ああ、これ? 一応、魔天使のつもりなんだ。悪魔っぽくね」
ソルジャーは背中の大きな翼を指差しました。
「蝙蝠の翼じゃ美しくないし、黒いヤツにしてみたんだよ。どう? 似合ってる?」
コクコク頷く私たち。真っ白なローブはソルジャーにとても似合っています。黒い翼も悪戯好きのソルジャーらしくていいんじゃないかな? けれどソルジャーと並んだ会長さんは…。
「変かな、これ?」
羽織袴の会長さんが羽織の袖を引っ張りました。金糸が織り込まれた派手な羽織は何処から見ても悪趣味です。なんでこんなに妙な衣装を…?
「悪代官って言えばこれだろう? 悪役はやっぱり光ってないと」
「「「悪代官!?」」」
どうしてそんな選択を…と、私たちは口がポカンと開いたまま。会長さんはクスクスと笑い、ソルジャーと顔を見合わせて。
「ブルーが魔天使、ぼくが悪代官。でもって、ここにウサギのバッジが…」
「そうそう、ぼくもちゃんとつけてる」
悪代官な会長さんは羽織の紐に、魔天使なソルジャーはローブのベルトにウサギのバッジをつけていました。ウサギバッジが会員証なウサギの会って何なのでしょう?
「ふふ、ウサギの会が気になるんだ?」
会長さんが紐にくっつけたウサギのバッジを弄びながら。
「悪代官と悪魔が揃ってるんだよ? 悪の組織に決まってるだろう」
「「「えぇっ!?」」」
私たちはビックリ仰天でした。悪の組織に入った覚えは無いんですけど、いつの間に…? ウサギバッジは代紋ですか? そもそもパーティーするのに何故、悪の組織?
「盛り上げるための小道具だよ」
ソルジャーが片目を瞑ってみせました。
「会員制のパーティーとくれば秘密結社が似合わないかい? どうせなら悪の組織がいいなぁ…って。せっかくゲストも来るんだしさ」
「「「あ…」」」
綺麗サッパリ忘れてましたが、パーティーには教頭先生が来るのでした。教頭先生も悪の組織の一員でしょうか? 仮装用の衣装を注文しようと電話していたのは知っていますが…。
「もちろんハーレイもウサギだよ」
会長さんが微笑みました。
「じきに来るからちょっと待ってて。今、下の駐車場に車を入れてる」
教頭先生もウサギバッジをつけるようです。なんだか変な会ですけども、楽しかったらそれでいいかな?
パーティーの料理は今年も豪華なケータリングでした。ダイニングのテーブルに用意されてて、会場のリビングから自由に取りに行ける仕組みです。リビングに持ってきて食べるのも良し、ダイニングで大いに食べるのも良し。「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」のバースデーケーキはリビングで食べる予定ですが…。
「あ、ハーレイだ」
玄関のチャイムが鳴って会長さんがソファから立ち上がりました。
「ぼくが迎えに出てもいいけど、今日の主役の方がいいかな?」
「かみお~ん♪ 行ってくるね!」
タキシード姿に戻っていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がウサギの勲章を揺らして走って行きます。「ぶるぅ」は忍者が気に入ったらしく、今もチビッ子忍者でした。やがてスーツをきっちり着込んだ教頭先生が案内されてきて…。
「お邪魔する。…ん? なんだ、今日のパーティーはどうなってるんだ!?」
驚いている教頭先生。仮装パーティーだと承知の上で衣装も注文した筈なのに…妙な所でもありましたか? 私たちの衣装代も教頭先生が支払うんだと聞いていますし、連絡ミスなど有り得ませんが…?
「言っただろ、仮装パーティーだって」
会長さんが進み出ました。
「ジョミーたちの衣装代も君が払うと言ったじゃないか、ぼくの衣装も含めて…ね」
「そ、それは…確かに払う約束をしたが、話が違う!」
「どう違うって?」
グイと詰め寄る会長さんに教頭先生は一歩後ずさり、視線が向けられた先にはソルジャー。
「た、確かウサギと…。今日のパーティーはウサギの会で、仮装のテーマはウサギなのだと聞いたのだが…。もしかして言いに来たのはブルーの方か? お前じゃなくて?」
「違うよ、ちゃんとぼくが行った。ぶるぅが一緒にいただろう? 君の家に一人で行っちゃいけないって厳しく言われているからねえ」
「だったら何故! ここにウサギは見当たらないぞ」
「ふぅん? どうやら君の目は節穴らしい」
羽織の紐につけたバッジを会長さんが示しました。
「ほら、ここにウサギがついている。ブルーはベルトにくっつけてるし、ぶるぅたちは首から提げてるし…。ジョミーたちもバッジをつけてるんだよ、ウサギの会の会員証の」
何処につけてるか教えてあげて、と言われてバッジを指差す私たち。教頭先生は真っ青になり、持っていた大きな鞄がドスンと床に落っこちます。
「そ……そのウサギバッジでウサギの会だと? お前、私を騙したのか?」
「ううん、全然。君が勝手に誤解しちゃって勝手に一人で盛り上がったんだろ、ウサギと聞いて…さ。まあ、そのように仕向けたことは認めるけどね。だから悪代官の仮装をしてるし、ブルーは悪魔な魔天使だ。ウサギの会は悪の組織になってるんだよ」
クスッと笑う会長さん。
「ハーレイの分のウサギバッジも用意したけど、どうやらバッジは要らないようだ。君は自前でウサギなんだろ?」
「…い、いや…」
うろたえている教頭先生の鞄を会長さんが拾い上げて。
「そうかな? ここにウサギが入っていると思うんだけど? 着替えておいでよ、あっちの部屋で」
「…ウサギバッジで十分だ!」
「仮装パーティーにスーツで出る気? 無粋な真似は困るんだ。ぶるぅのタキシードに文句があるなら着替えさせるよ、ね、ぶるぅ?」
「かみお~ん♪」
パッとチビッ子忍者に変身を遂げる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。衣装を二種類作ったのには深い理由があったようです。タキシードも仮装に違いないですが、忍者の方がそれっぽいですし…。教頭先生は言葉に詰まり、会長さんは綺麗な笑顔で。
「ぶるぅも忍者になったことだし、君も着替えてもらおうか。君をパーティーに招く権利はぼくが高値で競り落としたんだ。共同入札だったけれども、ジョミーたちの参加費用もぼくが払った。…落札された身で文句を言えると思うかい?」
「…うう…」
万事休す。オークションの件を持ち出されると教頭先生は逆らえません。会長さんから鞄を受け取り、指定されたゲストルームへと着替えのために出てゆきました。でも…。
「自前でウサギって?」
ジョミー君が疑問を口に乗せます。会長さんはソルジャーと視線を交わして頷き合うと、「見てのお楽しみ」と微笑むばかり。まさかウサギの着ぐるみとか? あの図体で着ぐるみなんて、可愛いくないと思うんですけど…。
「いいんだってば、ハーレイだから。どうせウサギの会には入れないしね」
悪代官な会長さんが魔天使と一緒に悪戯っぽい笑みを浮かべています。
「ウサギの会はハーレイを陥れるために結成された悪の組織だ。ハーレイはウサギに強い思い入れがあるものだから、まんまと罠にはまったわけ」
「「「罠…?」」」
「そう、罠。すぐに分かるよ、ハーレイがどう誤解して罠に落ちたか。…だけど少し時間がかかりそうだね。先にパーティーを始めちゃおうか、プレゼントを用意してくれたんだろう?」
ぶるぅたちがソワソワしているから、と会長さん。二人のチビッ子忍者はプレゼントの包みが気になって仕方ない様子です。教頭先生は放っておいて、まずはケーキの登場からかな?
リビングのテーブルに運び込まれた大きな二つのバースデーケーキ。たっぷりの生クリームとフルーツで飾られたケーキの上には『おめでとう、ぶるぅ』と書かれたホワイトチョコのプレートが乗っかっています。蝋燭は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のケーキに1本、「ぶるぅ」のケーキに…。
「ぶるぅは何本立てるつもりだ?」
キース君が呆れたように言い、ソルジャーが。
「さあね? 去年も一杯並べてただろう、歳は関係ないんだよ。とにかくパーッと派手なのが好きで…。ぼくの世界で祝った時にもこうだったから」
どうせならこれも、とソルジャーはスパーク花火まで立ててしまいました。そしてみんなで…。
「「「ハッピーバースデー、ぶるぅ!」」」
「「かみお~ん♪」」
蝋燭と花火で華やかに彩られたケーキにチビッ子忍者たちは御満悦。切り分けるのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」で、会長さんがお皿を配ってくれて、美味しいケーキを味わった後はプレゼントを渡す時間です。
「おめでとう、ぶるぅ。…ぶるぅにはもう渡しちゃったから」
会長さんが「ぶるぅ」にプレゼントしたのはアヒルちゃんの形のランチプレート。私たちがアヒルグッズのお店で見たのはプラスチック製のベビーグッズでしたが、これは陶器でしっかりしてます。それも道理で、会長さんとフィシスさんが贔屓のお店で作ってもらった特注品。
「サイオンでコーティングしてあるからね、割れにくいとは思うんだ。だけど大事に使ってほしいな」
「うん! ぶるぅとお揃いのお皿だね♪」
大喜びで受け取る「ぶるぅ」。ソルジャーからは今年もヘソクリ菓子の詰め合わせでした。去年と違うのは会長さんが用意したアヒルちゃん模様の箱に入っている所です。やっぱり「そるじゃぁ・ぶるぅ」も「ぶるぅ」もアヒルちゃんが大好きみたい。私たちもアヒルちゃんグッズをチョイスしといて良かったです。
「はい、これ。…ぼくたちから」
ジョミー君とサム君が渡したアヒルの形のボアスリッパは二人のチビッ子忍者に大ウケ。早速履いて走り回ったり、飛び跳ねたり。私たちはダイニングから好みの食べ物を取ってきて和やかに談笑していましたが…。
「静かに!」
会長さんが人差し指を唇に当てました。
「ドアに注目。…来るよ」
「何が?」
ジョミー君の問いにソルジャーが。
「やれやれ、忘れられてるよ…。来ると言ったらハーレイだろう」
「「「………」」」
完全に忘れ果てていた私たち。教頭先生が着替えに行ってからどのくらい時間が経ったんでしょう? 会長さんが壁の時計を眺めて…。
「着替えにかかった時間も含めて一時間弱か。往生際が悪いったら…」
「仕方ないだろう、それだけショックが大きいんだよ」
勝手に勘違いしたくせに…とソルジャーがクスクス笑っています。やがてリビングのドアがカチャリと開いて。
「「「!!!」」」
私たちは声も出ませんでした。恥ずかしそうに入って来たのは大きなウサギ。頭に白いフワフワの耳、首に蝶ネクタイ、そして真っ黒なレオタード。お尻には丸い尻尾が揺れて、足には大きなハイヒールを履いた…バニーちゃんではありませんか! 着ぐるみの方がマシだったような…。
「最高だね、ハーレイ。よく似合ってるよ」
会長さんがパチパチと拍手し、ソルジャーがニッコリ微笑んで。
「よくできました。先にパーティーを始めてたんだよ、君がなかなか来なかったから。で、ぶるぅたちへのプレゼントは?」
「そのぅ……。つまらないものなんだが…」
私たちの遠慮ない好奇の視線を浴びて教頭先生は真っ赤でしたが、それでも差し出す二つの包み。リボンがかかった包装紙のロゴは「そるじゃぁ・ぶるぅ」お気に入りの焼き菓子専門店のもの。
「「わーい!」」
ありがとう、と叫んだ二人のチビッ子忍者は教頭先生がバニーちゃんでも気にしていないようでした。けれど教頭先生自身はそういうわけにはいきません。
「……披露したぞ。もういいだろう?」
着替えてくる、と回れ右をする教頭先生を会長さんが呼び止めました。
「ちょっと待った! どうしてそんな衣装を選ぶ気になったのか聞きたいな。…君が自分で決めたんだろう、その衣装。着るのも躊躇するようなモノを、どういう理由で?」
「…それを私に言えというのか…?」
「もちろん」
会長さんは悠然と答え、ソファにゆったりと身体を預けて。
「聞き出すまでは容赦しないよ、言いたくなくても喋ってもらう。ぼくもブルーもサイオンの扱いに長けてるからね、自白させるのは簡単なんだ」
「………」
顔面蒼白の教頭先生。ウサギの会とか騙されたとか聞きましたけど、いったいどうしてバニーちゃんに…?
喋らなければ強制的に自白あるのみ、と脅迫された教頭先生は縮み上がってしまいました。一方、悪代官な仮装の会長さんは面白そうに赤い瞳を輝かせて。
「…ぼくがハーレイに伝えに行ったのはパーティーの日取りと目的、それに趣向だ。参加する面子も伝えたっけね。仮装パーティーでウサギの会だとも言ったけれども、何処をどうすればその衣装に?」
「…そ、それは……。ウサギと言えばウサギしか…。ウサギで統一するのかと思って…」
「ちゃんと統一してるじゃないか。ウサギバッジは共通だよ。ぶるぅたちは今日の主役ってことで勲章型にしてみたんだ。ほら、ウサギ」
羽織の紐にくっつけられたバッジを見せる会長さん。
「それとも何か? ウサギってバニーちゃんだと思い込んでた? それで自分もその格好に…?」
「………」
その沈黙は肯定でした。会長さんがプッと吹き出し、ソルジャーの肩をポンと叩いて。
「ブルー、君のアイデア、ナイスだったよ。こうも見事に引っ掛かられると笑うしかないよね、本当に」
「ハーレイは夢を持ってたからねえ、バニーちゃんに。…みんなの分の仮装費用を払うことに決めた理由もバニーちゃんが見たいからだろ? 冷静になって考えてみれば分かるだろうに…。バニーちゃんなら費用は殆どかからない、って」
間抜けだよね、と指を折って数えるソルジャー。
「ジョミーやキースは学園祭でやっていたからバニーちゃんの衣装を持っている。ぼくの分があるのも知ってる筈だよ、写真を持っているんだものね。こっちのぶるぅも学園祭でバニーちゃんの格好で踊っていたし、その勘定で行けば衣装が無いのは……ぼくのぶるぅと君だけ、かな?」
「そうなるね。まさか女子にはさせられないから、そっちは普通の仮装だとしても…女子のが二着とバニーちゃんのが二セットか。…そこまでちゃんと計算してた?」
ねえ、ハーレイ? と会長さんは妖しい笑みを浮かべています。
「ぼくはあの時、言ったんだ。仮装パーティーの費用が高くなりそうで困ってる…って。だいたいの数字も言った筈だよ、払えなければ仮装パーティーは見送りかな…ってね。そしたら君が資金提供を申し出た。バニーちゃんの衣装がバカ高いわけないのにさ」
「………。私の分を注文した時、妙に安いなとは思ったんだ」
教頭先生は縮こまりながら言い訳しました。
「…しかし私はキャプテンだし…。あの店は普通の店ではないし、割引制度でもあるのだろうと」
「それを言うならソルジャーなぼくは? この衣装もあそこで仕立てたんだけど?」
悪代官、とキンキラキンの着物を得意げに見せびらかしている会長さん。教頭先生はウサギ耳がシュンと垂れそうな顔で肩を落として。
「お前のことは忘れていた…。それにジョミーたちは仲間とはいえ、シャングリラ号とは関係ないし……正規の料金を支払うとばかり…」
「正規料金だよ、割引無しのね。ぼくの紹介だから値引きしますって言われたけども、必要ないって言っといた。凄い請求書が行っただろう? でも夢を買うにはまだ安すぎる」
なんと言ってもバニーちゃんだ、と会長さんは偉そうでした。
「ぼくがプレゼントしたブルーの写真じゃ飽き足らなくて、本物が見たくなっただなんて…。ウサギの会で仮装パーティーだと教えた時のあの顔が忘れられないよ。…浅ましいよね、教頭のくせに」
「……すまん……」
教頭先生が頭を下げるとウサギの耳がピョコンと揺れます。きっとお尻では尻尾が揺れているのでしょう。まるで似合わないバニーちゃんですが、私たちの凝った仮装なんかより余程パーティー向けでした。相応しいと言うのではなく、意外性という意味でです。
「…まあいいや。その格好が見たかったんだし」
会長さんが鼻で笑ってソルジャーの方を向きました。
「見事に罠に引っ掛かったよね、君の計算どおりにさ。…こんな時のセリフはアレかな、この格好の決めゼリフ! ブルー、そちも悪よのう」
「いえいえ、お代官様こそ…」
ソルジャーったら時代劇まで知ってましたか! 会長さんが悪代官の仮装を選んだ理由は悪の組織もさることながら、この台詞が言いたかったから…? あれ? じゃあ、ソルジャーは何故に魔天使? 悪代官ごっこをするなら悪の商人が定番では…? 首を傾げる私たちにソルジャーはパチンとウインクして。
「商人の格好は地味すぎるだろ? せっかくだから派手な仮装をしたかったんだ。ぼくは悪代官よりも魔天使が好みさ」
華やかだしね、と言うソルジャーに純白のローブと漆黒の翼はハマりすぎでした。白い翼なら少し違和感あったかもです。だってトラブルメーカーですもの…。悪代官と魔天使に陥れられた教頭先生、お気の毒としか言えませんよね。
「ハーレイ、こっちにもジュースを頼むよ」
「先生、ピザが食べたいでーす!」
バニーちゃんの仮装を選んでしまった教頭先生は便利に使われまくりです。会長さんとソルジャーが「バニーちゃんならホストらしく!」と命令したので私たちにも笑顔で応対。いつもは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が頑張ってくれるパーティーの裏方をせっせとこなし続けていました。
「だって、ぶるぅの誕生日だしね」
「仕切り直しではあるけどね」
無問題、と満足そうな悪代官と黒い翼の腹黒天使。忍者スタイルの「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」も御機嫌です。自分好みの仮装をしている私たちだって気分は最高!
「おっしゃ、今度は騎士とドラキュラいってみようぜ!」
ジョミー君と切り結んでいた海賊サム君の記念撮影が終わったらしく、今度はキース君がジョミー君と肩を組んでいます。マハラジャなシロエ君はオイルダラーなマツカ君と盛り上がってますし、スウェナちゃんと私はお姫様ドレスで大はしゃぎ。もちろん男の子たちやソルジャーと一緒に記念写真も撮りました。会長さんとも撮ったのですが、悪代官とドレスはイマイチ合わなかったのが残念です。
「かみお~ん♪ 忍法、分身の術~!」
「八人くらいは楽勝だよね!」
チビッ子忍者な「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」は忍術ごっこでした。サイオンを使えば簡単に分身できるらしくて、あっちにもこっちにもチビッ子忍者が…。そんな中でも教頭先生はバニーちゃん姿で大忙し。と、ソルジャーがカメラを手にして立ち上がりました。
「ハーレイ、君の写真も写してあげるよ。今日の記念に」
「い、いえ…。私は別に…」
「遠慮しなくてもいいってば。…って言うより、やっぱり致命的に似合わないよね、その格好」
残念だ、と深い溜息をつくソルジャー。
「似合いそうなら貰って帰ろうと思って企画したんだけどな…」
「「「は?」」」
なんですって? バニーちゃんが似合っていたら持ち帰る? いったい何処へ? 私たちの視線が集中するのをソルジャーはサラッと受け流して。
「前にノルディに作らせたヤツ、それなりに役に立ったんだけど……お遊びの域を出なくってさ。ほら、ぼくって尽くすタイプじゃないし、ホストは全然向いてないんだ。そのせいかなぁ、あの格好でハーレイにお酒とかを勧めてみても緊張するのかガチガチに硬くなっちゃって」
硬くなるのが別の場所なら歓迎だけど、と意味深なことを言うソルジャー。大人の時間に何か問題があるらしいのは分かりました。でも、そこでどうして教頭先生のバニーちゃん衣装…?
「逆ならいいかと思ったんだよ」
ソルジャーは悪びれもせずに言い放ちました。
「ぼくのハーレイもこっちのハーレイに負けず劣らずヘタレだし…。だから尽くされるより尽くしてる方がいいのかなぁ、って。それで実験してみたんだけど…」
ぼくの美意識が許さないや、と教頭先生バニーを見詰めるソルジャー。
「こんな格好で口説かれた日には百年の恋も醒めるってヤツ? どこから見たって変態だよねえ、まさかここまでとは思わなかった」
「「「………」」」
そんな理由で仮装パーティーとかウサギの会とか勝手に仕切っていたのかい! と心で突っ込む私たち。けれど会長さんも含めて口に出す人はいませんでした。なんといってもウサギの会は現在進行形で開催中。下手なことを言えば魔天使ソルジャーが何をしでかすか分かりませんし…。
「ねえ、ハーレイ。…記念撮影に応じてくれたら特別にウサギになってもいいよ、このぼくが」
「「「えぇっ!?」」」
魔天使なソルジャーの魔性の笑みに私たちは背筋が寒くなりました。ソルジャーがウサギになるって、もしかしなくてもバニーちゃん? あちらの世界に持って帰った衣装を取り寄せてきて教頭先生を誘惑するとか…? 恐る恐る教頭先生を見ると、鼻の下がしっかり伸び切っています。
「…鼻血が出そうな顔だよ、ハーレイ。その表情からして決まりだね」
「ちょ、ちょっと…。ブルー!」
慌てて止めに入った悪代官には目もくれないで、ソルジャーは教頭先生に微笑みかけると。
「それじゃ記念撮影を始めようか。普通の写真じゃつまらないから、ぶるぅの誕生日パーティーらしく宴会芸をやってもらうよ。…そこに座って」
「…こうですか?」
リビングの絨毯に腰を下ろした教頭先生にソルジャーが出した注文は…。
「足を広げてくれるかな? そうじゃなくって、もっとこう…。違う、違う、君はセンスが悪すぎるって! ぶるぅ、ハーレイに教えてあげて」
指名されたのは「ぶるぅ」でした。チビッ子忍者はコクリと頷き、教頭先生の所へ行くと…。
「えっとね、足はこう広げるの」
よいしょ、と教頭先生にポーズを取らせる小さな「ぶるぅ」。なんですか、このグラビアみたいな格好は? 会長さんの顔がサーッと青ざめ、教頭先生は一気に耳まで真っ赤になって…。
「ふふ、官能写真その一、ノルディ好みの決めポーズ…っと」
ソルジャーがカメラを構えてパシャッとフラッシュが光りました。
「次はその二にいってみようか、ブルーが君に渡した写真は全部で何枚あったっけ? 君が毎晩オカズにしているアレを忠実に再現出来たら御褒美にぼくがウサギになるよ。そしてあのポーズを取ってあげる…って、あれ?」
ドッターン! と教頭先生が仰向けに倒れ、意識は既にありませんでした。バニーちゃんの格好で鼻血を出して失神されても困るのですが…。お笑いにしか見えないのですが、どうしたら…?
「倒れちゃったか…。想像しただけで鼻血だなんて、ヘタレが酷過ぎて涙が出るよ。仕方ない、ホストは抜きで盛り上がろう。ウサギの会らしくバニーちゃんだ!」
三月ウサギ~! とソルジャーが叫び、会長さんが学園祭で身に着けていたタキシードにパッと着替えて、頭の上にはウサギ耳。
「ぶるぅ、忍法ウサギ変化!」
「かみお~ん♪」
その後の惨事はあまり語りたくありません。会長さんはソルジャーが取り寄せたバニーちゃんの衣装を着せられ、男の子たちの自慢の仮装もバニーちゃんに…。そして「ぶるぅ」は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のバニーちゃんの衣装で歌いながらステップを踏んでいました。チビッ子忍者な「そるじゃぁ・ぶるぅ」も楽しくステップ。
「かみほー♪でフレンチ・カンカン踊れるんだ…」
「よかったわよね、蚊帳の外で…」
頭を抱えるスゥエナちゃんと私。上機嫌で踊る「ぶるぅ」と指揮者気取りのソルジャーのサイオンに逆らうことが出来ずに、ズラリ並んで踊らされているバニーちゃんな会長さんたち。教頭先生が目覚めたならば正しく夢の光景ですけど、そうは問屋が卸しません。
「ブルー! なんだってぼくがこんな目に…!」
会長さんの絶叫がリビングに木霊し、仮装パーティーの宴会芸は『かみほー♪』に合わせたウサギのダンス。ウサギの会って…ウサギの会って、結局、ソルジャーの娯楽の会なんですか~? オークションで落札してきたホームパーティー、どうしてこうなっちゃったんでしょうね…?
先生方からの今年のお歳暮はオークション形式で競り落とされた様々なもの。私たちは会長さんに協力させられ、共同入札という特殊な形で教頭先生とホームパーティーを開く権利を落札しました。そのパーティーをどうしようか、と相談している真っ最中に出現したのが空間を越えてきたソルジャーで…。
「いいじゃないか、ハーレイも一緒にぶるぅの誕生日パーティーの仕切り直し! クリスマスは塞がっているんだよね? ちょうどいい、ぼくも今年はシャングリラの方でパーティーしたいし」
ソルジャーは勝手に仕切り始めています。
「シャングリラのクリスマスはちゃんとサンタが出るんだよ。ぼくはサイオンでプレゼントを配る係をしたこともあるけど、サンタの衣装も気に入ってるんだ。久しぶりに着てみようかな」
「…君はそっちでパーティーしてればいいだろう?」
唇を尖らせたのは会長さんです。
「賑やかでいいじゃないか、なにもこっちに出てこなくっても…。ぶるぅの誕生日だってみんなが祝ってくれるだろうし」
「まあね。でも、ぼくはイベントの類が大好きなんだ。パーティーも多ければ多いほど大歓迎だし、こっちの世界じゃ地球の雰囲気を味わえるし! …それとも君はぼくの地球への思いを理解できないと言いたいのかな?」
「うっ…」
これは必殺技でした。地球……ソルジャーの世界で言う『テラ』の名前を持ち出されると誰も反論できなくなります。ソルジャーの世界では遠い昔に死の星となり、それを再生させるために始まったのがSD体制。ミュウと呼ばれて迫害されているソルジャーたちは自由への渇望と同じくらいに地球に憧れているのですから。
「ぶるぅの誕生日を地球で祝ってやりたいと言っているのにダメだって? この世界に最初に来たのはぶるぅなのに? ぶるぅはとても喜んでたっけ、初めてこっちに来た時にね。地球は素晴らしい星なんだよ、って」
「「「………」」」
キース君が持ち込んだ掛軸に描かれた月から「ぶるぅ」が飛び出してきたのは去年の一学期。私たちも驚きましたが、「ぶるぅ」の方は自分が地球にいるのだと聞いてショックで倒れてましたっけ。天国に来てしまったと勘違いしたらしいのです。生きて辿り着くのは難しいのでは、と思われているほどに地球は遠く離れた夢の星で…。
「あーあ、ぶるぅの誕生日…今年も地球で祝いたかったな、日付はズレていてもいいから。ぶるぅもきっと残念がるよ、こっちのぶるぅと遊びたいだろうし」
「…分かったよ…」
会長さんが溜息をつき、壁のカレンダーを眺めました。
「そこまで言われちゃ断れないさ。ぼくだって君への負い目はあるしね、同じソルジャーなのに平和に暮らしているんだから…。じゃあ、今年も一緒にぶるぅの誕生日パーティーをしよう。えっと、いつがいいかな、君の予定は?」
「ぼくはいつでもオッケーだけど? 君の都合に合わせるよ」
「クリスマス・イブとクリスマス当日はダメなんだ。二日ほど置いてパーティーしようか」
そう提案する会長さんにソルジャーは。
「ハーレイの予定は? あ、こっちの世界のハーレイだよ。冬休みは暇にしているのかい? ぜひパーティーに呼びたいんだけど」
その券で、とソルジャーはテーブルに置かれた教頭先生と共に過ごせるホームパーティー券を指差しました。
「君だってそうするつもりで手に入れたんだろ、その権利をさ。やっぱり有効活用しなくちゃ」
「……でも……」
口ごもる会長さんにソルジャーは片目を瞑ってみせて。
「パーティーの趣向と主導権は君に任せるよ。希望を言わせてもらっていいなら、仮装パーティーなんかが楽しそうだけど…。去年も色々やったものね」
「そうだったっけね…」
会長さんの言葉を待つまでもなく、私たちの脳裏に去年の記憶が蘇ります。教頭先生がサンタの格好でプレゼントを配ってくれたり、会長さんに無理やりお坊さんの仮装をさせられてみたり、余興に花魁になってくれたり。…花魁の方はソルジャーが興味を持って、会長さんの花魁装束を借りて記念撮影してましたっけ。
「今年はみんなで仮装しようよ」
ソルジャーが瞳を輝かせて提案しました。
「ハーレイを呼んでくるだけじゃつまらないだろ、みんな揃って仮装パーティー!」
でね…、とソルジャーは会長さんに何か耳打ちしています。会長さんはクスッと笑って頷くと…。
「そのアイデア、ぼくも大いに気に入ったよ。ぶるぅの誕生日の仕切り直しはハーレイを呼んで仮装パーティー! 仕事納めの日にしようかな、ハーレイはとっくに暇な筈だし…。みんなもそれで大丈夫?」
「おう! 予定はバッチリ空けてあるぜ」
サム君が応じ、キース君が。
「俺も全く問題ない。…ジョミーたちもそこで大丈夫だな?」
「もちろん! 冬休みならいつでもオッケー!」
そういうわけでパーティーの日取りが決まりました。ソルジャーも至極満足そうで…。
「それじゃパーティーの時に会おうね。君たちの仮装も期待してるよ。ぶるぅのバースデープレゼントも忘れないでくれると嬉しいな」
今日はこれで、とフッと姿を消すソルジャー。なんだか変な方向へ行っちゃいましたが、仕切り直しの誕生日パーティーは無事に開催できそうです。パーティーの主役の「そるじゃぁ・ぶるぅ」も喜んでいますし、仮装パーティーも素敵かも…。
終業式が済むとアッと言う間にクリスマス・イブ。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はフィシスさんを招いて家でパーティーをするのでしょうが、私たち七人組はカラオケボックスでパーティーでした。会長さんが約束してくれたとおりキャンセル待ちをしていたお部屋が取れて、持ち込み用のケーキもバッチリ予約済みです。
「えっと…。ケーキの前に買い物だよね」
ジョミー君が人差し指を顎に当てます。
「何かいいもの、思い付いた? アヒルしかないとは思うんだけどさ」
「アヒル以外にないですよ…」
多分、とシロエ君が賛同しました。
「あっちのぶるぅもアヒルちゃんが大好きですしね、その線が絶対無難です。…とにかく探しに行きましょうか」
私たちが集合したのはアルテメシアの繁華街。仕切り直しの誕生日パーティーで「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」に渡すプレゼントを買いに来たのです。もちろんカラオケボックスにも近いんですけど。
「そこのデパートに色々あると思うのよ」
下調べをしてきたのだ、とスウェナちゃんが向かいのビルを指差しました。生活雑貨のフロアの中にアヒルグッズを沢山扱うお店が入っているのだとか。私たちは横断歩道をゾロゾロと渡り、クリスマスの買い物で大混雑のデパートに入ってエスカレーターで上のフロアに行って…。
「これなんかいいんじゃないですか?」
マツカ君が目をつけたのはアヒルの形の鍋つかみでした。お料理大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」にウケそうです。
「ぶるぅは喜ぶと思うけど…」
鍋つかみを眺めて首を傾げるジョミー君。
「もう一人は? あっちのぶるぅって料理好きだっけ?」
「「「あ…」」」
今年はアヒルちゃんの鍋つかみ! と決めかけていた私たちは揃ってガックリ。姿形はそっくりですけど「ぶるぅ」の方は食べるの専門、鍋つかみを使って料理をするとは思えません。カップ麺にお湯を注ぐことさえ面倒がってやりそうになく…。あっちの世界にカップ麺があるのかとうかは知りませんが。
「鍋つかみは却下だな」
他のにしよう、とキース君が店内を見回し、それから後は溢れかえっているアヒルグッズを手に取ってみたり、触ったり。去年はパジャマにしちゃいましたが、今年は何にしようかなあ…? 一時間以上悩みに悩んで、決めたのはアヒルの形のボアスリッパ。
「とってもフワフワしてるもの。きっと喜んでくれるわよ」
形も素敵、とスウェナちゃんがスリッパに手を突っ込んでいます。本物のアヒルみたいに柔らかいスリッパは「そるじゃぁ・ぶるぅ」も「ぶるぅ」も気に入りそうでした。でも…サイズは…?
『そこの右から二番目のヤツ』
突然届いた思念の主は会長さん。
『ありがとう、色々探してくれたんだね。こっちは楽しくやってるよ。…そうそう、例の店に寄るのも忘れないで』
じゃあね、と切れてしまった思念。私たちの買い物風景を会長さんがチェックしていたのか、七人揃ってサイズの問題で悩んでいたので無意識の内に会長さんを呼んでいたのかは分かりません。とにかくスリッパのサイズは分かりました。レジに持って行ってプレゼント用に包んでもらって…。
「買い物完了! あとはケーキと…」
「ジョミー、その前に言われてた店に行っておかないと」
後回しにして忘れるとマズイぞ、とキース君が注意します。さっき会長さんにも思念波で念を押されましたし…。
「そうだっけね。…で、何処だったっけ? 聞いたことない名前だったけど…」
「向こうの通りよ」
スウェナちゃんがバッグから紙を取り出しました。仮装パーティーが決定した日に会長さんがくれたものです。私たちはデパートを出て、雪がちらつく中、三本目の通りを奥の方へと。えっと…あの看板のお店かな?
「「「…変身スタジオ…」」」
看板の横に大きく書かれた文字に私たちはポカンと口を開けるだけでした。仮装衣装の専門店だと聞いたのですが、どうやら変身撮影がメインのようです。ウェディング・ドレスに花魁姿、いろんな写真が飾られてますし…。
「要予約って書いてあるけど、入っていってもいいんだよね?」
ジョミー君が尋ね、キース君が。
「ブルーが電話を入れておくとか言ってただろう。…行くぞ」
ドアを開けると「いらっしゃいませ!」と女性の店員さんが出て来ました。
「シャングリラ学園の生徒さんですね? こちらへどうぞ」
通されたのは応接室です。えっと…制服じゃないのにシャングリラ学園の生徒だって一目で分かるんでしょうか?
「分かりますよ。ソルジャーからお電話頂きましたし」
「「「!!!」」」
げげっ。ソルジャーって…ソルジャーって、なに? あちらの世界のソルジャーのこと? でもそんな筈は…。大混乱の私たちの所にやって来たのは年配の男性。
「いらっしゃいませ、私が店長でございます。ソルジャーにはいつも御贔屓頂いておりますが、皆様は初めてでらっしゃいますね」
「「「………」」」
またしてもソルジャーの称号です。ソルジャーって、誰? このお店って、まさか仲間がやってるとか…?
「御存知なかったのですか?」
店長さんと店員さんが顔を見合わせて笑い出しました。
「ソルジャーと言えばソルジャーですよ、シャングリラ学園生徒会長、ソルジャー・ブルー。実はこの店でソルジャーの衣装も製作しておりまして…。もちろん特殊な素材ですから、変身スタジオの品物とは製造過程が全く異なりますが」
この店はサイオンを持った人ばかりなのだ、と店長さんが教えてくれました。サイオンがあると顧客の注文が曖昧であっても心を読んで形をしっかり受け取れるので、昔はオートクチュール専門にやっていたのだそうです。今はオートクチュール部門は別の所に店を構えていて、こちらは若者ウケしやすい変身スタジオ。衣装の製作も人気だとか。
「一般のお客様が殆どですが、仲間の注文もよく入りますよ。最近ではバニーガールの衣装を男性用にアレンジしてくれという面白い注文がありましたね」
え。バニーガール? 男の子たちの顔が引き攣り、店長さんが。
「おやおや、あれをお召しになったんですか? ドクター・ノルディともお知り合いで…?」
「…不本意ながら…ですが…」
顔を顰めるキース君。店長さんは大笑いしてから「失礼」と軽く咳払い。
「あの衣装も何故か好評ですねえ、ソルジャー用まで作りましたし…。ソルジャーはあれがお好みですか?」
「分かりません…」
「そうでしょうねえ、ソルジャーの発想は時々飛躍しますから。で、本日はどのようなものをお求めで?」
なんでも御用意できますよ、と店長さんと店員さんがアルバムを並べ始めました。ソルジャー用のバニーガールの衣装は本当にソルジャー用なのですが……ソルジャーが持って帰ってしまったのですが、会長さんが着ていると思われているようです。
『仕方ないよ』
会長さんの思念が届きました。
『注文主はブルーだなんて言えやしないし、勘違いされておくことにするさ。君たちの意識もブロックしてある。ブルーたちの情報は読み取られないから、安心して衣装選びに専念したまえ』
ぼくはフィシスとパーティー中、と一方的に思念波を切る会長さん。私たちは仮装パーティーで着る衣装を誂えに来たんですけど、サイオンを持つ仲間のお店だとは夢にも思っていませんでした。おまけにソルジャーの衣装もバニーちゃんの衣装もこのお店が…って、ソルジャーの衣装とバニーちゃんでは次元が違い過ぎるんですけど。
「どれになさいますか?」
基本パターンはこんな感じで、と出されたアルバムには写真が一杯。スウェナちゃんと私には豪華なドレスや舞妓さんなど夢の衣装が沢山詰まった女性用のヤツで、男の子たちはタキシードに海賊、カウボーイなどなど。どれにしようか悩みますよ~! そこへ一本の電話が入って…。
「キャプテン、ご無沙汰いたしております」
へ? 応対している店長さんの言葉に私たちはビックリ仰天。キャプテンって……もしかして教頭先生ですか?
「はい…、はい。承知いたしました。ではその時間にお待ちしております」
電話を切った店長さんは私たちにニッコリ笑いかけて。
「今の電話はキャプテンですよ。…ああ、教頭先生とお呼びした方がいいでしょうか? 仮装パーティーにお呼ばれだそうで、衣装を注文なさりたいとか…」
「「「………」」」
そうでした。パーティーには教頭先生も呼ばれているんでしたっけ。教頭先生が何を注文するつもりなのかは分かりませんが、このお店、ホントに大人気ですよ…。
衣装選びと採寸を済ませた私たちは表通りに戻って予約していたケーキを受け取り、すぐそばのカラオケボックスへ。去年や一昨年と比べてみれば地味ですけれど、年相応のクリスマス・パーティーらしいかも?
「仮装パーティー、楽しみになってきちゃったよ」
ジョミー君が注文したのは映画で見るような騎士の衣装です。白と金がメインの華やかな胴着に重厚な赤のマントつき。お値段の方もゴージャスでしたが、会長さんが支払ってくれるというので誰も気にしていませんでした。いえ、本当は…ちょこっと気になっているんですけど…。
「キースはドラキュラ伯爵だもんね。サムの海賊もかっこよさそう!」
「えへへ…。いっぺんやってみたかったんだ、ああいうの」
サム君が選んだ衣装は海賊のキャプテン風。大きな帽子に髑髏マークがついた眼帯、男の子なら確かに憧れるかも…。シロエ君はマハラジャ風で、マツカ君はみんなに煽られてオイルダラーみたいなズルズルの服と被りものです。スウェナちゃんと私はもちろんドレス! お姫様みたいに豪華なヤツで、もちろんゴージャスなアクセサリーもついていて…。
「あれって全部でいくらぐらいになるんだっけ?」
なんだか凄く高そうだよ、とジョミー君。
「さあな? 見積もりも出してもらっていないし…。とんでもない額なのは間違いないが」
キース君が首を捻りました。
「…本当にブルーが出すと思うか、あの金を?」
「そりゃあ…パーティーだから出してくれるんじゃないの? お店も紹介してくれたんだし」
「本当にそう思うのか? あいつが全額支払うと?」
有り得ないぞ、とキース君が私たちの顔を見回します。
「この間のオークションに使った費用は学園祭のスペシャル・セットで教頭先生から毟った分だ。あの程度でも自分の金を使うのは嫌だというヤツなんだぞ? 俺たちが注文してきた衣装はハッキリ言って物凄く高い。あいつが支払う筈がないんだ」
「…でも…出来上がったらブルーの家に届けておくって言ってたし…。その時にお金を払うんだよ」
きっとそうだよ、とジョミー君が言ったのですが、キース君は。
「踏み倒す気かもしれないな…。なんと言ってもヤツはソルジャーだし、あの店は仲間がやってるんだし…。仲間が経営しているフィットネスクラブのVIP会員証も金を払わずに持ってたじゃないか」
「「「あ…」」」
フィットネスクラブの件は今まで完全に忘れていました。人魚な『ハーレイズ』と『ぶるぅズ』が練習していたプールですけど、会長さんは一銭も支払うことなくVIP会員証を手に入れ、今も時々通っていたり…。
「思い出したか? だから今回も同じようなことになるんじゃないかと」
「うわぁ…。どうしよう、刺繍まで頼むんじゃなかったかな?」
ジョミー君はオプションで色々とつけていました。でもそれは他のみんなも似たり寄ったり。スウェナちゃんと私も見えやしないのに凝った靴をオーダーしちゃったのです。会長さんが踏み倒すんだと分かっていれば、自前の靴にしておいたのに…。
『踏み倒すわけがないだろう。人聞きの悪い…』
乱入したのは会長さんの思念波でした。
『ちゃんと全額支払うことになってるよ。お店の方も了解済みさ』
は? 了解済み? なんだか変な感じですけど…?
『ブルーが払うんじゃないんですって』
クスクスクス…と笑いを含んだ柔らかな思念が届きました。これってフィシスさんですよね…?
『教頭先生が払って下さることに決まってるそうよ、だから請求書はそちらに行くの』
「「「えぇぇっ!?」」」
なんで教頭先生に!? …けれど答えは返って来ませんでした。会長さんとフィシスさんは二人の時間をとても大切にしているらしく、電話をかけても出てくれません。もちろん「そるじゃぁ・ぶるぅ」でさえも。
「……どうしよう……」
もっと安いのにするべきだった、と全員で嘆き合っていると。
「平気だってば。ハーレイは納得ずくで支払うんだから」
フワリと姿を現したのは会長さんではなくソルジャーの方。紫のマントを優雅に翻し、ソファにストンと腰掛けて…。
「ぼくにもケーキをくれるかな? クリスマス限定なんだろ、美味しそうだ」
「あんた、今日はパーティーじゃなかったのか!?」
キース君の突っ込みをソルジャーはサラッと受け流しました。
「真っ最中だよ、だからケーキはテイクアウト希望さ。ぶるぅも向こうで待っているしね」
これに入れて、と差し出されたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が常備している紙箱です。サイオンで失敬したのでしょうが、これにケーキを二切れ入れないとソルジャーはお帰りにならないわけで…。キース君が仏頂面でケーキを箱に入れました。案外手先が器用なんです。
「入れてやったぞ。で、帰る前に聞かせてもらおうか。…なんで教頭先生が俺たちの衣装代を負担するんだ? それに何故あんたが知っている?」
「ぼくが知っているのは当然のことさ。仮装パーティーをしようって決まった時にブルーと相談してただろう? 衣装代をハーレイに負担させるのもあの時に決めた。…そしてハーレイは承知したようだよ、ブルーが伝えてきたからね。だから費用は心配ないさ」
「…あんな大金を教頭先生が…?」
「平気、平気。むしろ喜んでいたようだけど? それじゃ、またね」
パーティーの日に、とソルジャーは消えてしまいました。私たちがお小遣いを出し合って予約した人気パティシエのクリスマス限定ケーキを二切れも持っていかれたわけですけども、仮装パーティー用の衣装代の謎が解けたんですから仕方ないでしょうか。でも…あのケーキ、「ぶるぅ」は一口でペロリでしょうねえ…。
カラオケボックスでのクリスマス・パーティーの翌日は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の誕生日。卵から孵化して四年目じゃないかと思いますけど、きっと今年もケーキの蝋燭は一本だけで、フィシスさんから手作りのクッションなんかを貰ったりして和やかに過ごしていた筈です。私たちはその日も、その次の日も寒い中をあちこち遊び回って、ついに仕事納めの日がやって来ました。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
みんなで待ち合わせしてから訪ねた会長さんの家では今日の主役が元気いっぱいに迎えてくれます。
「みんなの服も届いたよ! ゲストルームに置いといたからパーティーまでに着替えてきてね」
「やあ。素敵な服を頼んだようだね。ブルーたちももうすぐ来るってさ」
会長さんが奥から出てきてニッコリ微笑みかけました。
「もちろんぼくもブルーも仮装するんだけど、今日のパーティーは会員制にしてあるんだ」
「「「会員制?」」」
何を今さら、と私たちは首を傾げましたが、会長さんは大真面目です。
「ほら、オークションで競り落とした券を使ってやるわけだろう? オークションで落札した人以外はお断りって意味で会員制。…ブルーとぶるぅは特別にゲストってことになるけど、ぼくとぶるぅに瓜二つだから問題ないと思うんだよね」
なるほど。言われてみれば筋が通っているような…。会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が持ってきた籠を受け取り、その中に手を突っ込みました。
「せっかくの仮装パーティーだから雰囲気を壊したくないんだけれど、会員の印は必須アイテム。…はい、これ」
「え?」
ジョミー君が手のひらに載せられた物を凝視しています。会長さんは籠の中身を順に配って、私の手にも校章サイズの小さなバッジが…。
「それを衣装の何処かにつけてくれるかな? 目立たない場所でも構わないよ。つけていることが大切なんだ」
「このバッジを?」
なんか変なの、とバッジを手のひらで転がしているジョミー君。バッジは騎士の衣装や豪華なドレスにはおよそ似合わないデザインでした。どちらかと言えば幼稚園児が喜びそうな意匠です。だって…。
「文句を言わずにつけたまえ。…ウサギの会の会員証だ」
「「「ウサギの会?」」」
なんじゃそりゃ、と鸚鵡返しに訊き返していた私たちに向かって会長さんは。
「だからウサギの顔の形になってるだろう? それをつけていることに意味がある。ウサギの会の会員限定でパーティーしようって言うんだからね」
これ以上は説明の必要なし、とゲストルームの方を指差す会長さん。
「分かったらサッサと着替えておいで。バッジをつけるのを忘れずにね」
「「「はーい…」」」
こういう時には食い下がっても無駄と相場が決まっています。私たちはすっかり馴染みになったゲストルームで着替えを済ませ、ウサギのバッジをつけました。スウェナちゃんも私もドレスですから何処につけるか悩みましたが、目立たなくてもいいと聞いていたのでフリルの間にひっそりと…。
「あ、スウェナたちも着替えが済んだんだ?」
廊下に出るとジョミー君が颯爽と立っていました。騎士のコスチュームが似合っています。ウサギバッジは腰のベルトにくっついていて、サム君は海賊帽にくっつけていて…。
「何なんでしょうね、このバッジ。…ウサギの会って初耳ですよ」
マハラジャなシロエ君はターバンの横につけていました。オイルダラーなマツカ君は飾りベルトに、ドラキュラ伯爵なキース君は襟元に。…ウサギのバッジにウサギの会って、いったいどういう趣向でしょうか? 会長さんたちの仮装も気になりますけど、ウサギが一番気になります~!
バニーちゃんスタイルのジョミー君たちのラインダンスで締め括られた学園祭は好評でした。初公開だった「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋での喫茶店ともども今でも熱く語られています。特に1年A組の生徒はお気楽極楽、二学期の期末試験も会長さんと共に楽々クリア。一番最後の科目のテストと終礼が済むと打ち上げに繰り出して行きましたが…。
「…今度は何処に行くんだっけ?」
ジョミー君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に向かう途中で尋ねました。
「ちゃんこ鍋屋じゃなかったか? 寒い季節は鍋がいいとか言っていたような…」
そう答えたのはキース君です。自慢のヘアスタイルは自前ですけど、家ではカツラと偽る生活。五分刈りにしたことになっているので、元の長さを取り戻すまでの過程をサイオニック・ドリームで調節しながら朝晩のお勤めをしているそうです。一月の末くらいまでかかりそうだという気の長い話に、私たちは同情しきりでした。
「そっか、ちゃんこ鍋ならあそこかな? パルテノンで人気のお店の…」
「ああ、多分な」
ジョミー君が挙げたお店はパルテノンで大評判の高級店。お店の構えもさることながら、素材の良さで知られています。グルメ大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」もお気に入りですし、今回はきっと…。
「かみお~ん♪ 期末試験、お疲れ様!」
元気一杯に出迎えてくれる「そるじゃぁ・ぶるぅ」の隣には先に帰った会長さんが座っていました。試験終了と同時に席を立つなり教室を出て行ってしまったのです。これも毎度のことですが…。
「やあ。お先に休ませてもらっているよ、年寄りは疲れやすいから。…で、今日の打ち上げパーティーだけど…」
会長さんが告げた行き先はジョミー君の予想でドンピシャリ。お値段がとてもゴージャスですから、この流れで行けば絶対に…。
「ちゃんと個室を予約してあるよ。それじゃ資金を貰いに行こうか」
あぁぁ。やっぱりいつものパターンです。会長さんは私たちを引き連れ、先頭に立って本館の奥の教頭室へ。重厚な扉を軽くノックし、「失礼します」と声をかけると。
「こんにちは、ハーレイ」
笑顔で扉を開けた会長さんに、教頭先生はフウと溜息をつきました。
「来たか…。まあいい、今日も多めに入れておいたが、これで勘弁して欲しいものだ」
差し出された熨斗袋を受け取り、中身を数えた会長さんはニッコリ笑って。
「これだけあれば十分だよ。いつもありがとう」
「は?」
「ありがとう、って言ったんだってば。それとも、もっと毟られたい? 予算は多ければ多いほど嬉しいのは間違いないけどさ」
「い、いや……。正直、これ以上は出せんのだが…」
逆さに振っても無理なのだ、と呻く教頭先生。会長さんは「そうだろうねえ」と頷いています。
「学園祭でスペシャル・セットに注ぎ込んだお金、半端な額じゃなかったもんねえ…。だから今回はこれで許してあげるんだよ。また貯めておいて貢いで欲しいな」
待ってるからね、と軽く手を振り、会長さんは教頭室を後にしました。騒ぎにならずに引き揚げるなんて実に珍しいパターンです。気紛れな会長さんだけに前例が無いこともないですけども、学園祭で派手に毟って満足しているというわけでしょうか?
「まあね。それにハーレイ、これから何かと物入りだから。年末年始は財布に厳しい」
「「「………」」」
それを承知で打ち上げパーティーの費用を貢がせるのも酷いんじゃないかとは思いましたが、誰も口にはしませんでした。ちゃんこ鍋屋へいざ出発!
タクシーに分乗してパルテノンのお店に着いて…個室に入ると早速お鍋が運ばれて来ました。黄金色の透明なスープは毎日十五時間もかけて作られるそうで、そこへ最高級のお肉や新鮮な魚介類を入れて煮込んで次から次へと…。
「ね、ね、美味しいでしょ?」
ぼくのお気に入り、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がスープを掬いながらニコニコ顔。
「いつもブルーと食べに来てるし、フィシスが一緒のこともあるんだ♪」
なるほど、会長さんのデートスポットでもありましたか…。フィシスさんが一緒だとお洒落なお店や高級店になるのでしょう。私たちは打ち上げパーティーの時くらいしか高級店には縁が無いんですけど。
「あ、そうだ。フィシスで思い出した」
会長さんがお箸を置いて。
「実は今年のクリスマスだけど、久しぶりにフィシスと過ごしたいんだ。去年も一昨年も君たちとパーティーだったからねえ、たまには二人でゆっくりと…。まあ、ぶるぅもいるから厳密に言えば三人だけどさ」
「そうなんだ…」
ちょっと残念、とジョミー君。
「ぶるぅの誕生日もクリスマスだよね? そっちのパーティーもなくなっちゃうの?」
「パーティーはするよ? フィシスと一緒に」
「そうじゃなくって、ぼくたちは? ぶるぅの誕生日のお祝いは無し?」
ジョミー君の言葉に私たちも寂しくなりました。クリスマスと言えば会長さんの家で賑やかに二日続きのパーティーだったのに、今年はそれが無いなんて…。いえ、パーティーがなくなったのも残念ですけど、お世話になってる「そるじゃぁ・ぶるぅ」の誕生日を一緒に祝えないのは残念です。バースデープレゼントは後で渡せばいいのでしょうが…。
「ぶるぅの誕生日を祝いたかったのかい?」
会長さんに訊かれて素直に頷く私たち。今年もパーティーだとばかり思っていたのに…。
「毎年賑やかにやってたからねえ…。でもフィシスと二人で過ごす時間も大事にしたいし、クリスマスだけは譲れない。…どうだろう、ぶるぅの誕生日パーティーは改めて仕切り直しというのは?」
「「「仕切り直し?」」」
「うん。クリスマスが済んでお正月までは暇だろう? その間の何処かでパーティーをするっていうのはどうかな、くの家で。…ね、ぶるぅ?」
「お誕生日パーティーが二回になるの? それって最高!」
わーい! と飛び跳ねる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちも異存はありませんでした。パーティーの日取りは会長さんが決めることになり、私たちは予定を空けておくことに。
「じゃあクリスマスは俺たちだけでパーティーするか」
誰かの家で、とキース君が言い、シロエ君が。
「先輩の家はダメですよねえ。宿坊の部屋は広いですけど…」
「いや、いいが? クリスマス・ツリーも問題はない」
「ダメだって! お寺じゃ雰囲気台無しだよ」
お店にしよう、とジョミー君。結局、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のバースデープレゼントの買い出しがてら、食べ物やケーキを仕入れて持ち込みOKのカラオケボックスへ行くことに。それが一番無難そうです。でも今からじゃ予約で一杯じゃないのかな…?
「大丈夫だよ。キャンセル待ちにしておきたまえ」
会長さんが微笑みました。
「楽しみにしてくれていたパーティーを勝手に延期にしちゃったんだし、部屋くらいぼくがなんとかするさ。そのくらいの顔は利くんでね」
サイオンで小細工という手もあるし、と会長さんは笑顔です。よーし、今年のクリスマス・パーティーはカラオケボックス! 「そるじゃぁ・ぶるぅ」の十八番の『かみほー♪』なんかを歌ってみるのも楽しいかも…。ちゃんこ鍋を食べながら私たちは大いに盛り上がりました。カラオケボックスに仕切り直しのパーティーに…。冬休みが来るのが待ち遠しいです~!
そして迎えた終業式の日。教室の一番後ろに会長さんの机がありました。おまけに「そるじゃぁ・ぶるぅ」まで…。いったい何が始まるんでしょう?
「忘れたのかい? ほら、お歳暮だよ」
会長さんがパチンとウインクして。
「去年は宿泊券だっただろう、先生の家の。今年も何かあるようだから来てみたんだ」
「かみお~ん♪ 去年はお留守番だったけど、今度はブルーが大丈夫だよ、って! ぼくもお歳暮ほしいもん!」
ちゃんと生徒をしてるもん、と胸を張っている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。校外学習だの水泳大会だのとイベント限定のような気もしますけど、確かに1年A組の生徒には違いありません。当然、冬休み前に先生方が下さるというお歳暮を貰う権利もあるわけで…。そこへグレイブ先生が現れ、私たちは講堂へ。終業式は校長先生の退屈な訓話に、教頭先生による注意事項に…。
「以上が冬休みの生活に対する注意点だ。校則を守り、節度ある生活をするように。それから…」
教頭先生が咳払いをして続けました。
「去年に引き続き、今年も我々教師一同から諸君にお歳暮を贈ろうということになった」
ワッと湧き立つ全校生徒。去年の先生の家での宿泊券は大好評で、ゲットし損ねた生徒はリベンジのチャンスをじっと待ち続けていたのです。ところが…。
「内容は去年と同じではない。そして入手方法も去年とは違う。今年はオークション形式だ」
「「「えぇぇっ!?」」」
たちまちブーイングが巻き起こりました。オークション形式となればモノを言うのはお金です。そんなのフェアじゃありませんよう~!
「静粛に!」
マイクを握る教頭先生。
「これは職員会議で決まったことだ。お歳暮はチャリティー・オークションで競り落としてもらい、売り上げは施設に寄付される。また、金額にも上限を設け、形式もそれに準ずるものとする。…ただし金額が小さすぎても面白みに欠けると思うだろう。そこでゼロを加えることになった」
「「「???」」」
なんのこっちゃ、と誰もが首を傾げました。上限だのゼロを加えるだのって、それってどんなオークションですか? ここで説明係として登場したのはお馴染みのブラウ先生でした。
「オークションに参加するには事前登録が必要なんだよ。使用できる金額もその時に決まる。…食堂のランチは知ってるね? 格安ランチから豪華ランチまでの各種のコース、好きなのを選んで該当料金を支払ってくれれば登録成立。オークションで使える金額はランチの価格にゼロを二個つけた数字になるのさ」
格安ランチなら三万だ、とブラウ先生は例を挙げました。
「もちろん最上級の豪華ランチで登録すれば十万ということになる。手持ちのお金が続く間は何個でも落札可能になるし、入札したいものが無かった場合はオークション終了後に手数料を差し引いて返金されるよ」
へえ…、とあちこちで声が上がりました。参加料金の返金システムはちょっと魅力かもしれません。
「そしてここからが肝心だ。同じ品物が複数ある場合は落札者も複数出ることがある。これは問題ないだろう。逆に一つしかない品物を競り合う場合、上限が豪華ランチ止まりではつまらない子もいるだろうね。そこで共同入札を許可しよう。何人かで組めば人数分の豪華ランチ価格の合計額まで吊り上げられるというわけさ」
講堂がどよめきに包まれます。誰かと組むのは簡単ですが、そこまでやって落札するほどの価値ある品が出るのでしょうか? まず商品のカタログくらいは配って欲しいと思うのですけど…。しかし。
「いいかい、このオークションはサプライズだから事前に品物は明かさない。出品者は教師だとだけ言っておこうか。この講堂がそのままオークション会場になる。参加したい子は登録を受け付けるから前の机に」
「「「………」」」
ゴクリと唾を飲む生徒たち。ブラウ先生や教頭先生が立つ舞台のすぐ下にエラ先生とヒルマン先生が細長い机を置いて座っています。ミシェル先生とシド先生が助手をするらしく、二人の後ろに立っていて…。
「誰も登録しないのかい? だったらオークションは中止だね。…ハーレイ、挨拶をお願いするよ」
終業式終わり、とブラウ先生が言いかけた時、ダッと飛び出したのは三年生の一部でした。私たちと同じ年に入学してきた懐かしのクラスメイトです。不思議一杯のシャングリラ学園に馴染んだだけあって「イベントの類は参加してなんぼ」と吹っ切れたのかもしれません。
「格安ランチでお願いします!」
ポケットからコインを取り出す男子の名前をエラ先生が記録し、ミシェル先生が番号の書かれた札を渡しました。ヒルマン先生の所にも既に何人か並んでいます。札はオークションの時に自分で上げるヤツでしょう。テレビでしか見たことありませんけど…。
「さあ、ぼくたちも並ぼうか」
会長さんに声を掛けられ、私たちは思わず「えっ?」と返していました。
「えっ、じゃないよ。さっさと並んで登録しなくちゃ。…ぶるぅもぼくも豪華ランチだ。君たちも豪華ランチにしたまえ」
「そんなぁ…。金欠になってしまうよ、ぼく!」
悲鳴を上げたのはジョミー君です。
「ぶるぅのバースデープレゼントも買ってないのに、豪華ランチ代なんか出せないってば! 格安ランチが精一杯! だってバイトもしてないし…」
「登録料はぼくが出す。だから豪華ランチ」
君たち全員、と会長さんはポケットから財布を出して私たちの手に紙幣をしっかり握らせました。
「心配しなくても、スポンサーはハーレイだから。学園祭のスペシャル・セットで毟った分から持って来たんだ。…いいね、豪華ランチで登録すること。そして入札はぼくと共同」
げげっ。会長さんが登録料を出すと言うからには逆らえませんが、共同入札って何を落とす気? 私たちにはサッパリ読めない出品物を知っているのは確かです。妙な商品でなければいいけど…と思いながらも登録しないわけにはいきませんでした。登録番号入りの札を渡されたものの、会長さんと共同ってことは自分の札は使えませんねえ…。
お歳暮ゲットがオークション形式と知らされた時のブーイングっぷりとは打って変わって、講堂の中にはオークション用の札を持った生徒が溢れていました。入札しなかった場合は手数料を引いた残りが戻ってくるとあっては、ダメで元々、あわよくば…の精神です。ブラウ先生がエラ先生たちの報告を受けて笑いながら。
「なんだい、結局全校生徒が登録しちゃったみたいじゃないか。それじゃオークションを始めていいかい?」
「「「はーい!!!」」」
期待に満ちた視線の中で壇上に登場したのはオークション用のハンマーを持ったシド先生。校長先生たちが訓話に使う演台にハンマーが置かれ、ブラウ先生が。
「最初の出品物はサッカーボールだ! ただし普通のボールじゃない。ここにサインが…」
壇上のパネルに映し出されたボールの写真にワッと歓声が上がりました。大写しになったサインの名前はプロサッカーの有名選手。いったい何処からこんなモノが…? 私たちの疑問に答えるようにブラウ先生は明るい声で。
「ほうら、いいモノが出てきたろう? シド先生はプロサッカーの世界に友達が多いから頼んで貰った。他にも色々登場するよ。さて、このボールは最低落札価格が百としておく」
「「「百!?」」」
登録価格にゼロを二つ加えた数字がオークションでの手持ち金額。格安ランチで登録した人でも三万は持っているのですから、百っていうのは普通のお金でいったい幾ら? 破格の安さなのは間違いありません。
「じゃあ、いくよ。入札開始!」
ブラウ先生の声が終わらない内にあちこちから札が上がりました。
「百!
「二百!」
「三千!!!」
景気よく跳ね上がってゆくボールの価格。アッと言う間に格安ランチ価格になるかと思ったのですが…。
「二万出ました!」
シド先生がいつもと違った敬語を使って会場中を見回します。
「他にどなたかいらっしゃいませんか? 二万です!」
「「「………」」」
新たに札を上げようとする人はいませんでした。シド先生がハンマーを振り下ろして。
「サッカーボール、二万で落札されました! おめでとうございます!」
落札者の男子が拳を突き上げ、周囲で拍手が起こっています。サイン入りボールが格安ランチ価格に届かないなんて、いったいどうして…?
「もっといいモノが出てきた時にお金が無ければ悲しいだろう?」
会長さんが自分の札を弄びながら言いました。
「この辺で手を引いておくのが上策だ、と他の生徒が思ったんだよ。この後も激しい競り合いになる」
「そんなものか?」
キース君の問いに会長さんは「そんなものさ」と微笑んで。
「ご覧よ、次もサッカーボールだ。サインの名前は…」
今度も有名選手でした。白熱する男子生徒とサッカー好きの女の子たち。落札価格は二万を越えていたりして…。何点かサッカーボールが続いた後で競りに出されたのは意外な品。
「さあ、今度のは珍品だよ!」
ブラウ先生が楽しそうに紹介しました。
「うちの学校の限定商品! 特別生だけが注文できる幻のメニュー、ゼル特製とエラ秘蔵に使える食券だ! これをゲットすれば食べられる日時の案内状がセットで貰える。特別生に混じって幻のメニューを食べてみたい人は落札しとくれ、ペアチケットだから共同入札するのもいいね。…はじめっ!」
「一万!」
いきなり飛び出す万単位。サイン入りのサッカーボールよりもレアものですか、幻のメニュー…。そりゃ私たちだって初めて食べた時はドキドキでしたし、その後も数えるほどしか食べてませんけど。おっと、三万!? 格安ランチを越えましたか!
「五万!」
「十万!!」
「十五万!!!」
ついに出ました、共同入札! 一人じゃ豪華ランチ価格の十万が限度ですものね。ゼル特製とエラ秘蔵は共同入札に出た女子二人組が十八万で落札しました。本来のゼル特製は一人分がオークション価格に換算すれば幾らでしたっけ? うーん、でも…一般生徒が食べたいと思って出すんだったらいいのかな…?
こんな調子でオークションは進んでいきました。まりぃ先生が描いた会長さんの肖像画が出品されたのには驚きましたが、落札者はなんとアルトちゃんとrちゃん。他の女子生徒をあっさり振り切り、豪華ランチ価格で共同入札、二十万です。でも肖像画は一枚しかないのに喧嘩になったりしないんでしょうか?
「ああ、その点は大丈夫だよ。あの二人ならしっかりしてる」
会長さんがクスクス笑ってアルトちゃんたちを見ています。
「まりぃ先生の絵だから、同じものを描いて貰えるように頼みに行こうと決めたみたいだ。それまでは一日交替で寮の部屋に飾ろうと相談しているよ。可愛いよねえ。…そうだ、まりぃ先生に一筆書こうかな。二人の友情のために追加で一枚お願いします…って」
流石シャングリラ・ジゴロ・ブルーです。きっと代金もアルトちゃんたちに代わって会長さんが支払うのでしょう。オークションの方は素敵な家具が出品されたり、有名な役者さんとのお食事券が出てきたり…と盛りだくさんな内容でした。入札しない人は一人もおらず、競り負けた人が共同入札で別のオークションに打って出るのは最早常識。
「ヒートアップしてきたねえ…。まあ、これだけの人数がいれば余裕だろうとは思うけどさ」
会長さんは未だ入札を指示しようとせず、私たちは待機状態です。七人グループと会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の九人ですから九十万までOKですし、そこまでの高額商品はまだ出ていません。会長さんが狙っているのは何なのでしょう? と、ブラウ先生がマイクを握り直して。
「オークションを楽しんでくれてるみたいだねえ。そろそろ終わりになるんだけども、最後の商品だけは予告しとこう。各先生とホームパーティーを開く権利が出品される」
「「「えぇっ!?」」」
「もちろん先生を招いてもいいし、先生の家に行ってもいい。ただし一対一が許されるのは同性同士の時だけだ。女子が男の先生に入札するなら二人以上の共同で。男子が女の先生相手に入札する場合は人数制限は設けないけど、落札したのが男子のみの場合は先生の方に女の先生が一人セットでつく。…風紀上の制限ってヤツだ」
あちこちで起こる笑いの渦。でも、いざ入札が開始されると真剣勝負の連続です。シド先生を競り落とすのに女子が十五人も豪華ランチ価格で共同入札したのにはビックリ仰天。会長さんの狙いは薄々見当がついていますが、九人だけで大丈夫…?
「さてと、あたしまで高値で落札してくれて感謝するよ。いよいよ最後の商品だ。シャングリラ学園教頭、ウィリアム・ハーレイ!」
「二十万!」
え。いきなり二十万って誰ですか? 番号札を上げていたのは、なんとパスカル先輩でした。アルトちゃんとrちゃんが両脇から縋るような目で見ています。会長さんの肖像画で一文無しになった二人のために数学同好会が立ち上がりましたか! ということは…今までパスカル先輩たちは競り負け続けてきたんですよね、いきなり豪華ランチ価格の共同入札。
「三十万!」
会長さんが札を差し上げ、パスカル先輩が諦めたように札を下ろしました。数学同好会の人数からして四十万はいけるものだと思ったのですが…。
「他のオークションで使っちゃったんだよ、パスカルたちは。二十万が限度と見たね」
会長さんの言葉が終わらない内に柔道部の男子が札を差し上げ、教頭先生の値段は五十万に。
「六十万!」
「七十万!!」
ひぃぃっ、どんどん上がってますよう! 柔道部は人数が多いんですし、これは九十万でもダメかも…。
「八十万!」
「八十万と百!」
へ? なんだか急に変な単位が出ていませんか? 百って…妙に半端な数字ですけど?
「どうやらアレが限界らしい」
会長さんが勝ち誇った笑みを浮かべて、壇上のシド先生が。
「八十万と百です。他においでになりませんか?」
「九十万!」
澄んだ声が講堂に響き、会長さんは教頭先生を見事落札。教頭先生が嬉しそうな顔で会長さんを見ています。明らかにオモチャにされるんじゃないかと思いますけど、そんなことは微塵も思っていないんでしょうねえ。それともオモチャにされてもいいと? 教頭先生、素晴らしすぎます…。
お歳暮チャリティー・オークションは大盛況に終わり、登録料の払い戻しを申し出る生徒はいませんでした。私たちは終礼の後で「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に出掛け、会長さんが差し出してきた教頭先生とのホームパーティー券を覗き込み…。
「楽しかったね、オークション! どんなパーティーにしようかなぁ…」
ハーレイを呼んでくるのがいいよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がはしゃいでいます。無邪気な子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」はお客様だと喜んでいますが、教頭先生、オモチャ街道一直線? 会長さんもニヤニヤしてますし…。
「…そのパーティー。ぶるぅの誕生日の仕切り直しとセットがいいね」
ああ、そういえば今年は仕切り直しの誕生日パーティー! なんて名案なんでしょう…って、ええっ!?
「こんにちは」
会長さんの声だと思っていたのに、挨拶してくるそっくりの声音。紫のマントを翻したソルジャーが部屋の中央に立っていました。
「オークション、ぼくのシャングリラから見てたんだ。なかなか粋なイベントをするよね、こっちの世界の長老たちは。…それでさ、ハーレイを呼ぶパーティーだけど。ぼくのぶるぅも誕生日パーティーをしたがってるし、二人分合わせて仕切り直しでパーティーしようよ、ハーレイを呼んで」
ね? と赤い瞳を煌めかせるソルジャーはやる気満々でした。そりゃあ確かに去年も一緒に誕生日パーティーをしましたけれど、今年もですか? しかも教頭先生つきって、なんだか嫌な予感がします。でもパーティーはやりたいですし、私たち、いったいどうすれば…?
迦邦璃阿山こと光明寺での三週間の修行を終えたキース君が帰って来たのは学園祭の直前でした。クラス展示や演劇などの準備もクライマックス、校内は既に華やいでいます。高飛びとやらで出会った時には五分刈りだったキース君の髪も元の長髪に戻っていて…。
「かみお~ん♪ お帰りなさい!」
「やあ、待ってたよ。やっぱり似合うね、そのスタイルが」
放課後にみんな揃って「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、会長さんがすかさずキース君の頭を褒めました。
「五分刈りも坊主頭もいいけど、それが一番しっくりしてる。君がこだわるのも無理ないよ。…ぼくがプレゼントしたカツラだって言い訳の方も重宝しているみたいじゃないか」
「その件はとても感謝している。大学にもサイオニック・ドリームを解いて行ったんだが、あんたにプレゼントされたカツラだと言ったら羨ましがられた。…高飛びしたのも何故か勘違いされてたな。あんたに呼ばれて有難い話を聞きに出掛けたと思われている」
感謝する、と頭を下げるキース君。焼肉とガーリックの匂いもバレずに済んだみたいです。会長さんが何か細工をしたのでしょうか? キース君の大学の人や本山の偉い人たちが敬意を払う高僧ですけど、その実態は悪戯好きの生徒会長だったりしますしねえ…。案の定、会長さんはクスッと笑って。
「焼肉、バレなかっただろう? 匂いを消すくらいは簡単なんだよ、ちょっとシールドすればおしまい。君は髪の毛限定でしか上手くサイオンが扱えないから、ぼくがシールドしておいたのさ。…で、そのカツラ。お父さんも認めてくれたようだね」
「ああ。道場から家に帰ってすぐにこの髪型に戻したら文句を言ってきたんでな…。あんたに貰ったカツラなんだと言い返したらすぐに黙った。ただ、朝晩のお勤めだけは被らずにやれとうるさいんだがな」
「お勤めの間くらいは我慢したまえ。少しずつ髪を伸ばす過程をサイオニック・ドリームで見せるんだから集中力も更に身につく。来年の冬の道場目指して力をつけておかなくちゃ」
大丈夫だとは思うけれども、と会長さんは自信たっぷりです。サイオン・バーストを起こさせてまで引きずり出したキース君の力は髪の毛限定なら最上級のサイオニック・ドリームを操ることが出来るのですから。
「でね、君の能力を開花させるために全壊したのがこの部屋だ。学園祭で一般公開するのも喫茶店をするのも許可が下りてる。…もちろん手伝ってくれるんだろう?」
「そりゃあ…。案内係も準備の方も皆で手伝うのが当然だしな。力仕事だったら俺だけ負担を倍増でいいぞ、皆に迷惑かけたわけだし」
「それは素晴らしい心がけだ。力仕事と言えばソファとかテーブルの移動になるけど、業者さんに頼んであるんだよね。ドアの工事をするのとセットで」
ついでだから、と会長さん。普段は隠されているというドアを使えるようにするための工事に来るのは私たちの仲間です。内装工事なども請け負う業者だけに、家具の移動もお手の物。ラウンジから予備のテーブルや椅子も運んでくれるそうで、喫茶店の開店準備は手伝わなくてもいいのだとか。
「そうなのか…。だったら案内係くらいだな、俺たちが役に立てそうなのは。料理はぶるぅがするんだし…」
「まあね。君たちに料理を任せようとは思っていないし、ぶるぅだって一人でやる気満々だよ。手伝って欲しいのは接客さ」
「接客だと!?」
キース君の声が引っくり返りました。
「ひょっとしなくてもまたアレか!? 俺にホストをしろと言うのか!?」
「察しが良くて助かるよ」
満足そうに微笑む会長さん。
「ホストとくれば分かってるよね、制服も前と同じヤツだ」
「………」
キース君の顔から血の気がサーッと引いてゆきます。全壊した「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の修理が終わったお披露目の時、キース君が着せられたのはバニーガールの衣装でした。お披露目は特別生と教職員限定のイベントでしたが、今回は全校生徒がお客さんです。キース君が青くなるのも当然で…。
「あ、それから」
会長さんは私たちをグルリと見渡すと。
「キースの言葉を訂正するなら、ホストじゃなくてウェイターだ。喫茶店にはウェイターかウェイトレスと相場が決まっている。今回はウェイターでいってみようと思ってるんだ」
「「「………」」」
なんて気の毒なキース君! 思い切り晒し者ですか…。ウェイターだなんて言い換えてみても制服がアレじゃ笑いものです。全校生徒にバニーちゃん姿を披露しなくちゃいけないなんて、と私たちは言葉もありませんでした。しかし…。
「ウェイターが一人じゃ心許ない。ちょうど制服も揃ったことだし、男子は全員ウェイターで」
「「「えぇっ!?」」」
全員の声が裏返りました。制服って…なに? 揃っただなんて言ってますけど、もしかしてソレは…?
「ちなみに制服はこの前のアレだよ、ノルディが特注しただろう? 回収したヤツを保存しといた。…この時のためにね」
会長さんが回収したのはキース君の道場入りの前にエロドクターがコンテストを企画して特注していたバニーガールの衣装です。黒幕は実はソルジャーだったという話もありますが、コンテストの後で男子は全員、その格好でドクターの家から会長さんの家まで行進させられ、衣装は会長さんが処分すると言って集めて…。やっぱり処分しませんでしたか~!
「つまりさ、喫茶店の売りはバニーちゃん! これはウケるよ。君たちも喫茶店には賛成だったし、もちろん嫌とは言わないよね? 楽しみだなぁ、学園祭が」
「かみお~ん♪ パフェとかにウサギリンゴをつけるんだ!」
ウサギさんのお店だもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」もニコニコ顔です。キース君にもジョミー君たちにも拒否権はありませんでした。スウェナちゃんと私は普段の制服で案内係に決まりましたが、男の子たちの心を思うと素直に喜べないような…。学園祭の期間は二日間。開幕直前になってえらいことになっちゃいましたよ~!
誰一人文句を言えないままに学園祭の日がやって来ました。1年A組の教室はクラス展示に使われていますし、他のクラスも似たようなもの。朝のホームルームの代わりに講堂に全校生徒を集めて朝礼があり、それから各自の持ち場に散って…。私たちは勿論「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に直行です。
「わあ、本当にドアがある!」
ジョミー君が指差す先には磨き込まれた木製の扉。金色のドアノブが鈍い光を放っています。本館にある校長室や教頭室の扉には大きさで負けますけれど、なかなか立派なものでした。それが内側からカチャリと開いて…。
「おはよう。今日から二日間、よろしくね」
「かみお~ん♪ ブルーとメニューを作ったんだよ!」
ほらね、と喫茶店に置いてあるようなメニューを差し出してくる「そるじゃぁ・ぶるぅ」と悪戯っぽい笑みの会長さん。
「さあ、男子はさっさと着替えてくる! ぶるぅの部屋を喫茶店として公開するのは前評判が高いんだからね。開店と同時にお客様がやって来るだろう。服はあっちに用意したから」
「「「………」」」
項垂れた男の子たちが消えて行ったのは私たちの憩いの場になる予定だった「そるじゃぁ・ぶるぅ」の作業部屋でした。その間にスウェナちゃんと私はメニューを見せて貰ったのですが、サンドイッチにパフェにケーキと盛りだくさん。飲み物も充実しています。お値段の方もお小遣いの額に配慮してあってリーズナブルで…って、あれ?
「何、これ?」
「どうしてこれだけ高いのかしら?」
メニューの中に飛び抜けて高い値段がつけられたものがありました。ケーキと飲み物のセットなのですが、ゼロの数が一つ多いのです。学園祭の出店にしてはちょっと高すぎないでしょうか?
「ああ、それかい?」
会長さんがメニューを覗き込んで。
「そこにスペシャルって書いてあるだろ、貸し切り料金が入ってるんだ。それを頼むと五分間だけ貸し切りになる」
「この部屋が?」
「まさか」
そんなことをしたら大混乱だ、と会長さんは即座に否定。だったら何を貸し切るのでしょう? 五分間なんて短すぎると思うんですけど…。そこへバニーちゃんに変身を遂げた男の子たちが出て来ました。うわぁ……何回見ても気の毒すぎ…。
「そんな顔じゃダメだよ、スマイル、スマイル!」
パンパンと手を打ち合わせる会長さん。
「お客さんには笑顔で接客するのが基本だ。それにぼくだって頑張るんだし、君たちも努力してくれないと」
「「「………」」」
不審そうな顔の男子一同。会長さんが頑張れば頑張るほど大変な結果になるのは毎度のことです。今回は何をやらかすのか、と問いたげなジョミー君たちに会長さんはニッコリ笑って。
「そこのメニューを見てみたまえ。スペシャルって書いてあるだろう? それを注文した人の接客はぼくがする。ただし五分間限定だ。ケーキを運んで紅茶を注いで、制限時間いっぱい話し相手をしようかと…」
「あんたはホストか!? ぼったくりな値段をつけやがって!」
キース君の鋭い突っ込みに会長さんは。
「そんなとこかな。君がやってたホストと違ってホストクラブの方のホストさ。…注文してくれた人にだけ言うんだけれど、紅茶のお代わりを頼んでくれれば時間延長も出来る仕組みだ」
「…お代わりって…それもこの値段ですか?」
メニューを示したシロエ君に会長さんが返した答えは衝撃的なものでした。
「その値段じゃ割に合わないよ。お代わりは倍額、それで延長五分間。三杯目だと値段も三倍、延長時間は同じく五分」
「「「………」」」
つまり会長さんを十五分間独占すると、スペシャル・セット六個分のお金がかかるわけです。そんな馬鹿なモノを頼む人なんているのでしょうか? いや…絶対いないとは言い切れないのがシャングリラ・ジゴロ・ブルーの恐ろしいところ。会長さんとお喋りしたいと思っている女子は掃いて捨てるほどいるのですから。
「ほらほら、男子は持ち場を確認! セクハラと写真撮影はニッコリ笑顔で断ること。…そうそう、写真は隠し撮りされても写らないから大丈夫さ。サイオンでそういう細工をしてある」
一応君たちの名誉のために、と会長さんは恩を売るのを忘れません。ジョミー君たちがホッとしたような顔で部屋の中に散り、スウェナちゃんと私が扉を開けると…。
「わっ、開いた!!!」
「ホントに部屋があったんだ~!」
生徒会室の外の廊下の方までズラリと列が続いていました。リオさんとフィシスさんが整理券を配っているようです。会長さんが奥から出てきて、とびきりの笑みで。
「ようこそ、そるじゃぁ・ぶるぅの部屋へ。先頭のお客様から順番に案内していくからね。…キース!」
呼ばれて進み出たキース君のバニーちゃん姿を目にした生徒がプッと吹き出し、それから後は笑いの渦です。バニーちゃんがウェイターをして「そるじゃぁ・ぶるぅ」がウサギリンゴを添えたメニューを手早く仕上げるお店は大繁盛。会長さんを貸し切るスペシャル・セットも…。
「スペシャル・セット、お願いしまぁ~す!」
ウサギ耳を揺らしたジョミー君の声で姿を現した会長さんは制服ではなくタキシード。しかし頭には白いフワフワのウサギの耳が乗っかっていて…。
「…あれが三月ウサギだなんて…」
私と一緒に入口に立つスウェナちゃんの声は溜息混じり。
「ウサギのお店だから三月ウサギだって理屈の方は分かるんだけど、あんな格好でも延長料金を払う人がいるのが驚きよねえ…」
「うん…。最高記録は四杯頼んで二十分だっけ? …ちょっと凄すぎ」
「ホストクラブじゃないのにねえ…」
みんな見た目に騙されている、とスウェナちゃんと私は思ったのですが、スペシャル・セットは噂が噂を呼んだらしくて売れ行き抜群。バニーちゃんな男の子の方も男女を問わず人気者です。隠し撮りでは写らないことに気付いた生徒がツーショットを撮りたいと申し出たのが切っ掛けになって撮影会が始まっちゃったり、この学校、ノリが良すぎますって…。
「写真、何回撮られたっけ?」
ジョミー君がそう言ったのは学園祭二日目の準備時間中。バニーちゃん服に着替えた男の子たちとミーティングをしている時でした。
「そうだな…。はっきり数えたわけではないが、撮影会だけで五回くらいか? 個人単位のツーショットならジョミーも俺も多分三十回以上じゃないかと」
「…やっぱり…」
なんでこういうことになるのさ、とジョミー君は半泣きです。
「男子が来るのは分かるんだけど、なんで女子まで? 半永久的に笑い者だよ…」
「あら、ジョミー。それはちょっと違うと思うわ」
スウェナちゃんが割り込みました。
「ジョミーと写したのを携帯の待ち受けにするんだって言ってた女子を何人か見たの。ほら、ツーショットなんて普段は頼めないじゃない? ウサギの耳とかはフレームで隠すって言ってたわよ」
「それ、ホント!?」
「嘘を言うわけないでしょう。みゆも聞いてたから確かめてみれば?」
「そうなんだ…。女子はお笑い目当てじゃなくて、ただのツーショット希望なんだ?」
なんだか元気が出てきたよ、とジョミー君に笑顔が戻り、他の男子も一気に浮上したようです。学園祭は今日までですし、撮影会も人気のバロメーターだと思えば気合も入るというもので…。そう言えばキッチン担当の「そるじゃぁ・ぶるぅ」も顔を出す度に記念写真を頼まれていましたっけ。
「かみお~ん♪ 今日もみんなで頑張ろうね!」
お料理、お料理…と張り切っている「そるじゃぁ・ぶるぅ」はコックさんの格好です。会長さんは今日もタキシード姿にウサギ耳ですが、またスペシャル・セットが人気なんでしょうねえ…。
「…今日はスペシャルなお客があると思うんだけど」
「「「は?」」」
会長さんの言葉に私たちは首を傾げました。スペシャルなお客って何でしょう?
「昨日、先生たちも来てただろう? 視察を兼ねてって言ってたけども、それは最初のエラだけだね。ブラウとかゼルは完全に見世物見物だったし、グレイブとミシェルも似たようなものだ。…で、ブラウが来ていた時にスペシャル・セットを頼んでた子がいただろう?」
えっと…。それは記憶にありませんでした。先生方がおいでの時はちょっと緊張していたようで、一般のお客さんには注意を払っていなかったのです。キース君やジョミー君たちも同じでしたが、マツカ君が。
「あっ、覚えてます! ぼくがご案内したお客様で、スペシャル・セットをご希望で…。二年生の女子の三人組です」
「ナイスなフォローありがとう。その注文でぼくが出た。時間延長も頼まれたから十分間ほどお相手したかな。…それをブラウがニヤニヤ笑って見てたんだ。あの顔は絶対、やってくれると信じてる」
「…何をだ?」
キース君の問いに会長さんは。
「情報のリーク。昨日は行かなかったみたいだけれど、今日は出掛けるか電話をするか…。教頭室にスペシャル・セットの存在を知らせるだろうと思うんだよね」
「そ、それって…スペシャルなお客って…」
教頭先生? と顔を引き攣らせているジョミー君。会長さんはクスッと笑うとウインクをして。
「そうなるね。そこでみんなに頼んでおきたい。教師がスペシャル・セットをオーダーするなら値段の方は十倍だ。ただしハーレイの場合だけ。…まあ、そんなメニューを頼む教師が他にいる筈ないんだけどさ。とにかくハーレイがオーダーしたら十倍になります、と言うんだよ」
「「「………」」」
凄いボッタクリもあったものだと思いましたが、誰も反論しませんでした。教頭先生、毟り取られにやって来るのか、来ないのか…。来たとしてもオーダーせずに諦めるってことも有り得ますよね?
本日もバニーちゃん喫茶は開店と同時に満員御礼。お客さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の見学よりもバニーちゃんな男の子たちと三月ウサギな会長さんに目が行ってしまい、案内係のスウェナちゃんと私は殆ど用事がありません。たまに「普段は見えないお部屋」について尋ねる人もありますけれど、答えはマニュアルで決まっていて…。
「学園祭の期間中だけ特別公開してるんです。そるじゃぁ・ぶるぅの力で隠されているお部屋ですから、普段は探しても見つかりません」
「そうなんですか? このドアも?」
「見つけることは出来ません。壁を触っても探り当てるのは不可能です」
「…なんか凄い…。あ、でも今日は入れるんですよね?」
何か注文してゆっくり見よう、とバニーちゃん喫茶に足を踏み入れたお客さんがウッと仰け反るのもお決まりのパターン。噂は聞いているのでしょうが、見ると聞くとではインパクトが違いますからねえ…。男の子たちも会長さんも調理係の「そるじゃぁ・ぶるぅ」も大忙しの内に時間が過ぎて、交替でお昼ご飯を食べて…気付けば後夜祭の開始時刻まであと一時間。
「お客さんが減ってきたわね」
スウェナちゃんが腕の時計を眺めました。
「駆け込みでドッと押し寄せるかと思ってたけど、やっぱり喫茶はギリギリまでは繁盛しないってことかしら?」
「うーん、そうかも…。まだ食べてるのに閉店ですって言われちゃったら悲しいもんね」
空席待ちのお客さんは誰もいませんでした。飲食中の人もまばらになって、スペシャル・セットも注文が無いのか会長さんは奥で休憩中。バニーちゃんな男子も一部は手持無沙汰に突っ立っています。やがて最後までいた四人組の女子が席を立ち、指名されていたらしいジョミー君がお会計をして一緒に記念撮影をして…。
「「「ありがとうございました~!」」」
会長さんを除く全員が、キッチンから出てきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」も含めて元気一杯にお見送り。営業時間は半時間ほど残ってますけど、そろそろ閉店かな…と思った所へ。
「…すまん、まだ注文は出来るのだろうか?」
わわっ、出ました、教頭先生! すっかり忘れ果ててましたが、来た、来ましたよ、スペシャルなお客! スウェナちゃんと私はスウッと息を吸い込み、威勢よく。
「いらっしゃいませ!」
「係の者がご案内しますので、どうぞお入り下さいませ~!」
「そうか、営業中だったか」
ホッとしたような顔で扉をくぐる教頭先生。閉店時間を気にするのなら早めに来れば良かったのに、と思っているとキース君がメニュー片手にテーブルに案内しています。ボッタクリ価格を平然と告げるには最適と判断されたのでしょう。でも…注文するかな、スペシャル・セット…。
『ご苦労様』
不意に会長さんの思念が届きました。
『もうお客様は来ないんだ。そういう風に仕向けていたし、ハーレイが最後のお客なんだよ』
え? それって意識の下に働きかけるとかそういうヤツのことですか?
『ご名答。だから案内係の仕事はおしまい。部屋に入って見物したまえ』
ハーレイがぼったくられるのをね…、と笑いを含んで消えてゆく思念。スウェナちゃんと私は顔を見合わせ、廊下にお客さんの影が無いのを確認してから「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の中へ。
「こちら、先生方がご注文の場合は価格が十倍となっております」
バニーちゃんなキース君がメニューを説明していました。教頭先生、スペシャル・セットに目をつけたようです。会長さんが言っていたとおり、ブラウ先生の口コミなのかな?
「十倍だと!?」
驚いている教頭先生。
「そんな話は聞いていないぞ。私はだな、その…ブラウから……これを頼むとブルーに会える、と…。ウサギの格好をしたブルーを独占できると聞いたのだが……ブルーは何処だ?」
「注文の無い時は奥におります。スペシャル・セットを御注文なさると五分間お相手いたします。紅茶のお代わりをなさると更に五分で、何杯でも…と申し上げたいのですが、もうすぐ閉店時間ですので…。お代わりは二杯まででお願いします」
「ふむ…。ウサギなブルーを十五分間独占か。では、それで」
「かしこまりました。お値段の方はスペシャル・セット通常価格の六十倍となっております」
ぐえっ、という声が聞こえたように思いましたが、教頭先生は眉間の皺を指で揉みほぐしながら「かまわない」と答えました。いいんでしょうか、六十倍…。今月のお小遣いどころかお財布壊滅じゃないのでしょうか…?
「スペシャル・セット、入ります! お代わり二杯で」
キース君が奥の部屋に声をかけ、会長さんの返事が返ってきました。
「オッケー、今、行く。ぶるぅに用意をして貰って」
教頭先生の顔が耳まで赤く染まっています。もしかして…勘違いしてますか? 会長さんは三月ウサギなんですけど、バニーちゃんだと思ってますか? まさか、まさか…ね…。
「いらっしゃいませ。…ウサギのお店へようこそ、ハーレイ」
「!!!」
ティーセットが載ったワゴンを押してきたタキシード姿の会長さんに、教頭先生の顎がガクリと落ちて。
「…な、な……。確かにウサギと聞いたのだが…」
「ブラウに、かい? ウサギには間違いないだろう? ほら、ここに耳がちゃんとついてるし! 三月ウサギだって説明するのを忘れたのかな、ブラウも案外ウッカリ者だね」
お茶をどうぞ、と勧める会長さんの前で教頭先生は真っ白に燃え尽きてしまっていました。バニーちゃん姿の会長さんを十五分間独占しようと決死の覚悟で閉店間際に飛び込んできて、ボッタクリ価格を支払わされて、拝んだものはタキシード姿の三月ウサギ。…家でバニーちゃんなソルジャーのセクシーショットを愛でていた方がマシだったのでは、と私たちは心で合掌でした。
ブラウ先生に担がれたのか、はたまた独自の勘違いか。バニーちゃんな会長さんを拝み損ねた教頭先生は現金と借用書への署名でボッタクリ価格の支払いを済ませ、後夜祭の準備にグラウンドへ。私たちも喫茶店の片付けを…と言いたい所ですが、ドアを再び隠す作業と一緒に業者さんがやってくれるとあって、制服に戻った男の子たちと連れ立って後夜祭の会場へ…。会長さんは三月ウサギの格好のままで「そるじゃぁ・ぶるぅ」は誰かのウサギ耳をくっつけています。
「かみお~ん♪ ダンスと人気投票だよね! 今年は誰が一位かなあ?」
「「「あ…」」」
忘れてた、と私たちは溜息をつきました。後夜祭と言えば男女の人気投票ですけど、例年アヤシイことになります。キース君が一位にされてドレスを着せられたり、ジョミー君とキース君が一位にされて坊主頭を披露させられたり。…今年はバニーちゃん姿を晒しただけに危ないなんてものではなくて…。私たちの心配を他所に投票用の薔薇が配られ、ダンスパーティーの始まりです。
「何を不景気な顔をしてるのさ? ダンスは楽しく踊らなくちゃね」
三月ウサギな会長さんがフィシスさんと踊りながら通り過ぎてゆきます。フィシスさんは今年のラッキーカラーだというミントグリーンのドレスでしたが、ドレスの形と頭のリボン、エプロンからしてイメージは多分アリスでしょう。かつては一位を独占していたというこの二人が票を取ってくれれば何も問題ないんですけど…。そして。
「人気投票の結果を発表するよ!」
特設ステージに立ったブラウ先生が高らかに声を張り上げました。
「男子の部、ブルー! 女子の部、フィシス! 三年ぶりに名物コンビの復活だ! 二人ともステージに上がっておくれ」
おおっ、と湧き立つグラウンド。美男美女なこのカップルが一位を取るのは今の三年生も見たことがありません。三月ウサギとアリスな二人はステージの上で何度もお辞儀し、平穏無事に幕が下りるかと思ったのですが…。
「かみお~ん♪」
ウサギ耳をつけた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がステージに飛び上がり、会長さんが一礼して。
「ぼくとフィシスが一位だった頃は色々工夫をしてたんだけど、返り咲くとは思わなかったものだから…何の用意もしていないんだ。それじゃあんまり申し訳ないし、友情出演を頼もうと思う。大人気だった喫茶店のウサギ一同によるダンスでいいかな?」
「「「えぇっ!?」」」
ジョミー君たちの悲鳴が大歓声に消された次の瞬間、パアッと青い光が走ってステージ上に勢揃いするバニーちゃん。制服の代わりにバニーちゃんスタイル、横一列に並んで肩を組んでいますが、いったい何が…? と、大音響で鳴り響いたのは運動会のBGMとフレンチ・カンカンで知られた『天国と地獄』の『地獄のギャロップ』。
「「「わはははははは!!!」」」
男の子たちが一斉に足を高く上げ、ラインダンスを始めました。それともフレンチ・カンカンなのかな? こんな芸、どこでどうやって…。いつの間に練習したっていうの…?
『ヒントはサイオン。横でぶるぅが踊ってるだろう? あれくらいの技、サイオンですぐに伝わるさ。ただ、サムにはちょっと気の毒かな…。他の四人ほど運動が得意ってわけでもないし、身体も柔らかくないからね』
動きと足の上がりがイマイチ、と会長さんの思念がステージの上から送られてきました。確かにジョミー君たちの隣で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が踊っています。いつの間に用意していたものか、可愛いバニーちゃんスタイルで。会長さんとフィシスさんが手拍子を打ち、それに合わせて全校生徒が手拍子を始め、佳境を迎えるラインダンス。花火が上がって、ジョミー君たちの足も高く上がって…。
「アンコール!」
「「アンコール!!」」」
湧き返るグラウンドの隅で教頭先生が黄昏れています。見たかったのはダンスしているウサギではなく、会長さんのバニーちゃん。ぼったくられた財布の痛みも分かりますけど、身体を張って笑いを取らされているジョミー君たちの勇姿に拍手は無しですか? バニーちゃん喫茶にウサギのダンスと男の子たちは大受難。悪戯好きな会長さんに振り回されて跳ねて踊って、それでも笑顔の五人のウサギに盛大な拍手をお願いします~!
会長さんが教頭先生にプレゼントしたツキまくるというラッキー・アイテムは御利益があったようでした。麻雀大会は圧勝ではなくボロ負けに負けてしまったのですが、ブービー賞が取れたみたいです。最下位はグレイブ先生だったとか。おかげで長老の先生方の御機嫌も良く、長老会議の審議の方も…。
「かみお~ん♪ お部屋の公開、オッケーだって!」
長老会議から三日後の放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと御機嫌な声が迎えてくれました。会長さんも嬉しそうです。
「ほら、許可証。学園祭の期間中、ぶるぅの部屋を公開することを認める…ってさ。だからね、入り口を確保しないといけないんだ。普通の人には入れないから」
「「「あ…」」」
そうでした。このお部屋はサイオンを持つ仲間だけに見える壁の紋章に触れ、壁を通り抜ける形で出入りする仕組み。一種の瞬間移動なのだと聞いていますが、公開中は普通の人にも瞬間移動してもらうとか…?
「う~ん…。理屈では可能なんだけどね。それに普通の人でも波長が合えば入ってこられることもある。ぶるぅの部屋が何処かにあると言われてきたのはそのせいさ」
迷い込んだ人が何人かあるのだ、と会長さんは教えてくれました。
「身近な例で言えばサムがそうだね。入試の前に来ただろう? ぶるぅに頭を噛んでもらいに。あの時はサイオンの因子も無かった筈だよ、入学式の後でぶるぅが手形を押したんだから」
「…言われてみればそうだよな…」
サム君が首を捻っています。
「毎日ここに入り浸ってるから忘れてたけど、俺、ブルーがみんなに送ったっていう思念波を聞いていないんだっけ。ぶるぅの手形で仲間になれて、ブルーにも会えて幸せだけどさ。…手形を押して貰う前に来られたってことは因子がなくても縁があったとか?」
「…ふふ、縁結びの御縁とか? ぼくと公認カップルだしね」
「えっ、べ、別にそういうわけじゃ…!」
純情なサム君が真っ赤になると会長さんは「そう?」と綺麗に微笑んで。
「ぼくは縁結びでもかまわないけど、あの時サムが求めていたのは縁は縁でも別物だろうね。この学校との御縁だろう? 何が何でも入学したい、と」
「うん…。楽しそうな学校だって聞いていたけど、俺の成績では難しいし…」
藁にも縋りたかったのだ、とサム君は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に初めて来た時のことを語り始めました。
「この学校には座敷童子みたいに滅多に見られない子供がいてさ…。特別な部屋に住んでるんだ、って。それを見つけて頭を噛んで貰うことが出来たら、どんな試験も一発合格間違いなし、って聞いたんだよ」
「…それは獅子舞と混ざってないか?」
突っ込んだのはキース君。
「前から気になっていたんだけどな…。祭りの時に獅子舞の獅子に頭を噛んで貰うと病気をしないと聞いてるぞ。…子供限定だが」
「おや。キースも気付いていたのかい?」
奇遇だねえ、と会長さんがウインクしました。
「ぼくもそうだと思っていたんだ。何処かで獅子舞と混ざったんだろうね、手形なんてピンと来ないから…。合格するなら、ぶるぅの手形!」
「…俺は頭を噛んで貰うと聞いたんだよ」
前の学校で噂だった、とサム君は力説しています。
「でもさ、マントをつけた小さな子供だとしか知らなかったし、根性で探すしかないと思ってさ…。こう、お守りをギュッと握って学校中を」
「お守りね…。それが効果を発揮したのさ」
会長さんが笑みを浮かべて。
「サムは霊感があるだろう? サイオンとは少し違うけれども、念じる力は強いわけ。お守りを握ってぶるぅの部屋を探したってことは、必死に念じていたんだよ。強い思いは力を生む。…因子がなくてもぶるぅの部屋に入れるほどにね」
「そうだったのかぁ…。ごめんな、ぶるぅ。殴っちまって」
また謝っているサム君ですが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は全く気にしていませんでした。
「ううん、平気! ぼく、サムのこと大好きだもん」
だってブルーの大事な人だし、とニッコリ笑う「そるじゃぁ・ぶるぅ」。公認カップルの意味は子供なりに分かっているようです。会長さんも大きく頷き、サム君の肩をポンと叩いて。
「ぼくとサムとは結果的に縁があったんだけど、普通の人はそうはいかない。強く念じないと入れない部屋じゃ一般公開できないしね…。当日はドアをつけるんだ」
「「「ドア?」」」
「そう。キースのバーストで全壊した時、こんなこともあるかと思って手配した。…そこに」
会長さんが指差したのは何の変哲もない壁でした。あの壁の何処にドアがあると?
「壁紙で隠してあるんだよ。生徒会室から見ても同じだ。そして普段はサイオンでシールドされてて開かない。公開前日に業者の人に壁紙を剥がして貰ってドアノブをつけて出来上がり…とね」
工事自体は簡単なのだ、と説明してくれる会長さん。そんな仕掛けをしたとは知りませんでした。お部屋の公開計画といい、会長さんはやはり仲間の未来のために色々と考えているソルジャーでもあったみたいです。…普段は悪戯三昧ですけど…。
こうして「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の一般公開が決定しました。出入り口になるドアの工事は全壊した時に修理を任せた業者さんがしてくれますし、私たちの出番はありません。公開当日の案内係も大した仕事があるわけでもなく、学園祭の準備に忙しい生徒たちを横目にのんびりまったり。たった一つだけ変わったことは…。
「…キース、やっぱり来なかったね…」
今日は来るかと思ったんだけど、とジョミー君が言いました。キース君は一週間以上学校に来ていないのです。大学の講義日程からして今日は空いてる筈なんですが…。
「そうですよね。いつもなら丸一日うちの学校にいる日ですよね、キース先輩」
一般教養は出なくても楽勝みたいですし、とシロエ君。勉強家のキース君は専門科目の講義も内容を先取りしているらしく、試験は絶対大丈夫だから…と大学の友人に代返を頼んでシャングリラ学園に来ていることもあるほどでした。ですから今日は会えると思っていたんですが…。
「キースは慎重になってるんだよ」
会長さんが口を挟んだのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋。今日のおやつはタルトタタンです。
「ほら、髪型のことがあるからね…。カツラをかぶったことにして押し通すとは言っていたけど、修行の間はそうはいかない。…でも、うちの学校で五分刈り姿は嫌だと思うし、普段の髪型に戻してしまってそのまま忘れていたらどうなる? 修行中はこっちに来ないのが一番なんだよ」
「そっかぁ…。じゃあ、まだまだ先だね、キースに会えるの」
退屈だよね、とジョミー君が大きな欠伸をしました。
「修行の息抜きに来るかと思っていたのになぁ…。ブルーもあんなに誘ってたのに」
「まあね。だけどキースは一度決めたら一直線なタイプだから…。今日で半分は過ぎたっけ? 再来週にはきっと会えるさ、自称カツラのキースにね」
クスクスと笑う会長さん。そう、キース君はついに道場に入ったのでした。五分刈りにするのは道場入りの前夜だから、とかで私たちが最後に会った日はいつも通りのヘアスタイル。その後のことは知りません。今頃はきっと璃慕恩院で朝晩みっちり修行の日々を…。
「璃慕恩院に行ったんじゃないよ?」
「「「えっ!?」」」
訂正を入れた会長さんに私たちはビックリ仰天。修行といえば璃慕恩院だと思っていたのに…ジョミー君とサム君が修行体験をしたのも璃慕恩院なのに、キース君はいったい何処へ?
「修行道場はカナリアさんさ」
「「「カナリアさん???」」」
なんですか、その可愛い名前は? 璃慕恩院をリボン院だと小さい頃に勘違いした私ですけど、カナリアさんは初耳です。ジョミー君たちも知らないらしくて小鳥がどうこうと騒いでいますが、会長さんが。
「違う、違う。鳥のカナリアじゃなくってさ…。そうか、お寺関係の人かお年寄りしか言わないかもね、カナリアさん。本当の名前は光明寺って言うんだけども、お寺には何々山っていうのがつくだろ? それがカナリア」
キース君が行ったのは迦那里阿山・光明寺という大きなお寺だそうです。光明寺よりも親しみやすい、と付いた通称が『カナリアさん』。なんとも可愛い名前ですけど、実態は…。
「あそこは修行専門の道場なんだよ。璃慕恩院でも修行できるけど、キースが目指してる住職の資格を取るヤツとかがメインでね。なんと言っても総本山だし…。カナリアさんの方は修行を積むのが目的だから、年単位での厳しいコースもあるんだよ」
えっ。会長さんの属する宗派は厳しい修行は無いと言ってませんでしたっけ? みんなも口々に尋ねています。会長さんは苦笑しながら丁寧に解説してくれて…。
「つまりさ、カナリアさんでの修行は掃除以外は運動せずに読経と勉強。厳しい修行をしている人は家族と連絡を取るのもダメだし、精神的にキツイよね。そんな所へ行っちゃったから、きっとキースも大変だろうと」
「「「………」」」
なんとも驚きの事実でした。カナリアさんこと光明寺はアルテメシアの市街地の外れの小高い丘に建つお寺ですけど、麓は普通の住宅街。そこを抜ければ花街のパルテノンも近いというのに、丘の上は別の世界でしたか…。
「だからキースは此処へは来ないさ。…分かっちゃいたけど、つまらないかな」
会長さんの呟きに私たちの心臓が跳ね上がりました。この流れ、危なくないですか? 会長さんが退屈するとロクな結果にならないことは既に学習しています。触らぬ神に祟りなし、と私たちは無言を通したのですが…。
「うん、つまらないよね。…このままじゃやっぱりつまらない。修行の醍醐味は高飛びだし!」
「「「高飛び?」」」
しまった、うっかり反応しちゃいましたよ! 会長さんはニヤリと笑うと「そう、高飛び」と繰り返して。
「修行期間中に道場を抜け出して遊びに行くことを高飛びと言う。せっかくだからキースの所に面会に行って、そのまま高飛びさせちゃおう! そうと決まれば…」
資金調達、と会長さんは立ち上がりました。私たちは家に「遅くなります」と連絡させられ、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の後に続いて本館へ…。資金調達と言えば本館、本館と言えば教頭室。先日の麻雀でブービー賞の教頭先生、今度こそツキが落ちそうです…。
お馴染みになった重厚な扉を会長さんが軽くノックし、「失礼します」と入って行くと教頭先生は羽根ペンで書類チェックの最中でした。
「なんだ、ブルー? ぶるぅの部屋の工事のことなら発注済みだぞ、工務店から実施時間の連絡も来ている」
「ありがとう。あの時は色々お世話になったね、長老会議でも頑張ってくれたみたいじゃないか」
「それはまあ…。私も一応、キャプテンだからな。仲間たちの未来についても責任がある。お前の言うようにサイオンのことは少しずつでも広めてゆく方がいいだろう。そう思ったから同意した。ゼルとエラも分かってくれたし、後は騒ぎを起こさんようにな」
なんと言っても学校行事だ、と教頭先生は釘を刺すのを忘れません。
「分かってるよ。ぶるぅの部屋が人気を呼ぶよう、普通の人に受け入れられるよう、誠意を持って公開する。…だから工事をよろしく頼むよ、ドアのない部屋は変だものね。…それと、お願いがあるんだけれど」
「お願いだと? まだ何かあるのか、足りないものが?」
「うん。…軍資金が」
「軍資金だと? 予算はキッチリ出した筈だぞ、お前が要求してきた分を」
不審そうな顔の教頭先生。『そるじゃぁ・ぶるぅを応援する会』は特に何をするというわけでもないのに、会長さんは学園祭の準備委員会に予算を要求したのでした。どう考えても私たち用の飲食費だと思うんですけど、通ってしまったのは流石ソルジャーというか何と言うか…。
「そっちの方じゃないんだな」
チッチッと人差し指を左右に振って見せる会長さん。
「これから慰問に行ってくるんだ。ちょっと用立ててほしくってさ」
「…慰問? 聞いていないぞ、何処の施設だ? それに慰問に行くんだったら生徒会の予算か、学校の方に頼むのが筋と言うものだろう。個人的な慰問の場合はお前が出せばいいと思うが」
「うーん…。個人的には違いないけど、ハーレイにもカンパを頼むべきだと思うんだよね。だってキースの慰問だよ? 柔道部の可愛い弟子だろう?」
「は…?」
教頭先生はポカンと口を開けました。そりゃそうでしょう、慰問と言えば普通は施設に行くものです。福祉施設とか行き先は多々ありますけども、たった一人の対象者のために慰問というのは…皆無じゃなくても珍し過ぎます。しかもキース君は慰問を受ける立場ではなく、お坊さんの肩書きからして慰問する方じゃないのでしょうか?
「分からないかな、慰問だってば。ほら、慰問にも色々あるだろ、戦場の兵士を見舞うとかさ。…キースは最前線で奮闘中だよ? 修行道場は大変なんだ」
「ああ、あれか…。なんと言ったか、柔道部に休部届が出ていたな」
「それのことさ。特別生はいつでも好きに学校を休めるけれど、キースときたらグレイブ宛にも欠席届を提出してた。そんな生真面目な彼が修行中だ。ここは励ましてあげないと」
「………。面会に行くと言うなら分かるが、なぜ軍資金が必要なんだ? 手土産か? だったら…」
これで菓子折りでも買いなさい、と教頭先生は財布からお札を三枚出しました。けれど会長さんは即座に首を横に振って…。
「ゼロが足りない。ついでに数も足りないよ。…焼肉を食べに行くんだからさ」
「「「焼肉!?」」」
教頭先生ばかりか私たちまで目が点でした。キース君は精進料理を食べて修行していると聞いています。なのに焼肉って…第一、食べに行くなんて言えば教頭先生に高飛びがバレるじゃないですか! 案の定、教頭先生は眉間に皺を寄せています。
「焼肉だと? キースは修行中だろう? 昼間は大学に行くと聞いたが、寺で寝泊まりしている筈だ。それを連れ出そうと言うのか、お前は?」
「もちろん。正しい修行のあり方というのを伝授しようと思ってね」
悪びれもせずに答える会長さんですが、教頭先生は渋い顔。
「…お前が高僧として有名なのは知っている。キースを連れ出すのも簡単なのかもしれないが…焼肉というのは感心せんな。第一、あれは匂いが残る」
「平気だってば、そういうのはね。…それよりも、お金。持ってないなんて言わせないよ。こないだの麻雀、負けたとはいえブービー賞でかなり割戻しがあっただろう? せめてこれだけ」
会長さんが出した指の数に教頭先生は目をむきました。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、ブルー! そんなに出したら給料日までの食料が…」
「米と味噌だけにはならないと思う。たまにはカップ麺も買えるよね? 財布の中身は読めてるんだ。それにタダとは言わないし」
今なら出血大サービス、と会長さんは宙に封筒を取り出すと…。
「この前、ツキまくりの写真をあげただろう? 他にも色々あるんだよ。ブルーもノルディもスキモノらしいね、セクシーショットが何十枚も…。厳選したのがここに十枚。軍資金をくれるんだったら渡してあげるよ、鼻血で失血死できるレベルのブルーの写真」
「…………」
ゴクリと唾を飲む教頭先生。本当に分かり易いです。それから間もなく会長さんは軍資金を手に入れ、教頭先生は交換に封筒を受け取りました。
「いいかい、ハーレイ。学校で恥をかきたくなければ家に帰って開けるんだよ? なんと言っても十枚だからね」
「うむ…。気をつけて行って来なさい」
修行の妨げにならないように、と注意しつつも教頭先生の頬は緩んでいました。バニーちゃん姿のソルジャーのセクシーショットが十枚ともなれば無理ないですけど、会長さんったら自分でなければ瓜二つの人のアヤシイ写真を平気でプレゼントしちゃえるみたいですねえ…。
教頭室での攻防戦から一時間ほど経った頃。晩秋の日暮れは早く、もう真っ暗になった光明寺の客間に私たちは座っていました。会長さんはここでも顔パス。正確に言うとタクシーで乗り付けた門前で誰かと携帯で話し、お迎えのお坊さんが駆け付けてきて…という展開です。
「失礼致します。キースさんをお連れしました」
どう見てもキース君より修行が板についていそうな若いお坊さんが襖を開けてお辞儀をします。その後ろでは五分刈り頭のキース君が作務衣で平伏していました。そんな二人に声をかけたのは光明寺で一番偉いと聞く老僧。
「おお、食事前に呼んですまんのう。…キース、お前にお客さんじゃ」
「…はい…?」
顔を上げたキース君の表情が凍り、会長さんが微笑んで。
「食事、これからだったんだろう? 精進料理も飽きただろうし、そろそろ高飛びの時期かと思って…。ぶるぅもみんなも連れて来たから一緒に行こうよ、表にタクシーを待たせてあるんだ」
「えっ…。ちょっ……」
言葉も出ないキース君に老僧が穏やかな笑みを湛えて…。
「いいから一緒に出掛けなさい。このようなお誘いがあるというのも御仏縁じゃ。色々とためになるお話も聞けるじゃろうし、それも修行の内じゃでな」
「は…。で、でも…」
「朋輩に顔向け出来んと言うのか? わしが許すと言っておるのじゃ、これも御仏のお導きじゃ。今夜はお前は気分が悪うて別の部屋で休むと言うておく。帰りの時間も問題ない、ない」
大丈夫じゃ、と背中を押される形でキース君は作務衣のままで私たちとタクシーに乗り込みました。行き先は「そるじゃぁ・ぶるぅ」お勧めの焼肉店です。お店の構えもお肉も高級、個室あり。けれどキース君は個室に案内されても五分刈りをキープし続けました。
「どうして元に戻さないのさ? お店の人も気にしてないよ」
見ちゃいないもの、とジョミー君が言ったのですが。
「…これだけは譲れん。お前たちにも会わずに懸命に修行に励んでいたのに、押しかけられてこの始末だ。形くらいは守らせてくれ」
「そんなものなの? でも焼肉は食べてるよね」
「うっ…。それはブルーに言ってくれ! 高飛びしたら普段は食えない物を食うんだ、とブルーが俺に言ってくるから…!」
それは嘘ではありませんでした。サラダや野菜ばかりを頼もうとしたキース君に肉を勧めたのは会長さんです。栄養をつけなくては身体が持たないとか、感謝して食べれば問題ないとか…。トドメの一言が「老師には焼肉を食べさせに行くと言ってある」でした。開き直ったキース君、もうガーリックまで焼いてます。ここまできたら匂いも気にしないってことなんでしょうね。
「葷酒、山門に入るべからず…か。キース、君もなかなか根性があるよ」
「「「クンシュ…?」」」
首を傾げる私たちに会長さんが教えてくれた所によると、ニラやニンニク、お酒などはお寺では禁止って意味らしいです。座禅をするお寺なんかは今でも『不許葷酒入山門』と書かれた石碑があるそうですが、会長さんの宗派ではそこまでは書いてないのだとか。けれど一応、心得として修行の間はニンニク厳禁。ガーリックはもちろんニンニクです。
「いいんですか、キース先輩? そんなモノまで食べちゃって…」
心配そうなシロエ君にキース君は。
「無理やり高飛びさせられたんだぞ、体裁なんか気にしてられるか! どうせなら羽目を外してやる! …まあ、酒は流石に飲まんがな…」
未成年だし、と踏みとどまっているキース君を他所に「そるじゃぁ・ぶるぅ」はチューハイなんかを頼んでいます。すぐ酔っ払って眠くなるのに、少しだけ寝ると復活するのはタイプ・ブルーならではでしょうか。会長さんもザルですし…。今日も地酒を注文しては手酌で好きに飲み放題。
「ところでさ…。キースもいい感じに緊張が解けたようだし、ちょっと相談があるんだけども」
会長さんがよく焼けたお肉に特製のタレを絡めて頬張りながら言いました。
「相談? …俺に何の用だ?」
「あ、君だけじゃなくて、みんなに相談。そのために一席設けたわけではないけどさ」
まずは聞いてよ、と膝を乗り出す会長さんの赤い瞳は悪戯っぽく煌めいています。相談って…何? キース君を高飛びさせてまで何をしようとしてるんですか~?
「…何の相談かと思ったら…」
気が抜けた、とキース君が呆れた声で呟いたのは少し後。私たちも安堵した半面、ちょっぴり肩すかし気分です。
「だって…」
やりたかったんだもん、と膨れっ面なのは酔っ払いから復活してきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ぼくのお部屋を使うんだよ? やっぱりお料理したいもん! それに学園祭ってお店を出してるクラブもあるし、ぼくもお店をやりたいんだもん…。ブルーに言ったら予算が出たから喫茶店にしたらいいよ、って!」
「そりゃまあ…反対する理由はないですよねえ?」
喫茶店くらい、とマツカ君が尋ね、サム君が。
「だよな。俺たちが料理をするわけじゃなくて、ぶるぅが全部やるんだもんな。お客さんが大勢来たら俺たちの居場所が狭くなる…って所くらいか、問題は?」
「そうだよねえ。でもさ、奥の部屋ならのんびりできるよ、椅子を置いてさ」
普段は使わない部屋なんだし、とジョミー君が言うのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の作業部屋。ミシンが置いてあったりしますが、きちんと整理されているので人数分の椅子が並べられそう。お部屋公開の間くらいは快適なソファにお別れしたっていいですよね?
「ぶるぅの部屋が塞がるんなら、催し物を見に出掛けるって手もあるぞ」
俺たちはすっかり暇なんだし、とキース君がニッと笑いました。
「部屋の公開なら案内係も必要になるが、喫茶店をするなら要らないじゃないか。入口あたりに二人ほど交替で立てば充分だろう」
「まあね。…じゃあ、喫茶店をやるってことでかまわないかな?」
会長さんの問いに私たちは揃って頷き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びです。
「わーい! 何を作ったら喜ばれるかな? レシピも色々考えなくちゃ♪」
喫茶店、喫茶店…と個室の中を跳ね回った後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はクッタリと寝てしまいました。時計を見ればもう深夜です。タクシーを呼んで貰ってみんなで乗り込み、キース君を光明寺の山門前まで送って行って…。
「元気でやれよ~! 帰って来るのを待ってるからな!」
「シッ、静かに! サム、声が大きい」
老師公認とはいえコッソリだしね、と会長さんが指を唇に当てています。キース君は私たちに笑顔で手を振り、山門の奥に消えました。会長さんが手配していたのか、真っ暗な境内に迎えの人の懐中電灯の明かりが見えます。キース君の高飛びは無事に終わったようでした。
「お寺ライフは楽しまなくちゃね。…次の楽しみは学園祭だ。ぶるぅが腕を揮ってくれるし、喫茶店はウケると思うよ。なにしろ幻の部屋でやるんだからさ」
舞台も最高、とニッコリ笑った会長さんは私たち全員が家までタクシーで帰れるようにお金を渡してくれました。教頭先生から巻き上げてきたお金ですけど、素敵な写真と交換ですから問題なし。写真を貰った教頭先生、今頃はきっと鼻血の海に…。キース君も教頭先生も、いい夢を見て下さいです~!