シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
- 2012.01.17 あなたに御縁を 第1話
- 2012.01.17 夏もう一度 第3話
- 2012.01.17 夏もう一度 第2話
- 2012.01.17 夏もう一度 第1話
- 2012.01.17 金色の夏 第3話
埋蔵金探しに別荘ライフと楽しかった夏休みが終わりました。今日からいよいよ二学期です。1年A組の教室に行くと、教室のあちこちで皆が夏の思い出話や完成しなかった宿題の言い訳対策をワイワイ語り合っていて、とても賑やか。特別生の私たちは宿題免除になっているので、宿題なんかやってませんが。
「おはよう! 今日はブルーは来ないのかな?」
ジョミー君が教室の一番後ろを眺めます。会長さんがA組に来る日はそこに机が増えるのでした。
「来ないんじゃないか? 机が無いし。…ということは、抜き打ちテストも無いってことだな」
面白くない、とキース君。テストの類が大好きなのは大学生になった今も変わりません。大学はまだ夏休みの最中だそうで、久しぶりの学校生活に期待していたようでした。
「グレイブ先生、夏休みは殆ど留守だったんだぜ? 抜き打ちテストなんか用意してるわけないって!」
「ハネムーン代わりのクルージングですからね。いくら先生でも無粋な仕事を持ち込んだりはしないでしょうし」
サム君とシロエ君が言っているとおり、グレイブ先生は夏休みの大部分をミシェル先生とのクルージングに費やしていました。その間は直接連絡や質問は不可。おかげで宿題が仕上がらなかった気の毒な人もけっこういます。まぁ、そういう人は情状酌量されるでしょうけど…。やがてカツカツと聞き慣れた靴音が響いてきて。
「諸君、おはよう。有意義な夏休みを過ごしたものと期待しているぞ」
現れたグレイブ先生は驚くほど日焼けしていました。集中する視線に、先生はニヤッと笑ってみせて。
「気になるか? 船のデッキで過ごした結果だ。諸君も勉学にいそしみ、真面目に人生の階段を登って行けば優雅なバカンスが出来る身分になるだろう。クルージングは素晴らしかった」
始業式の後のホームルームは、特別生の私たちも二年目にして初めて聞いたグレイブ先生の独演会。クルージング中の船での日々や、寄港した土地の風土に名物、現地の人との交流などの話は普段の先生からは想像もつかない面白いもので、全く退屈しませんでした。宿題の提出時間になっても先生はいつもより寛容で…。
「なに、今日までに出来なかった? では一週間の猶予を与えよう。その間に提出しに来るように」
阿鼻叫喚を免れた人たちは大喜びです。こんな調子で終礼も済み、私たち特別生は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に向かって出発しました。生徒会室に着いて入ろうとすると、いつもの壁の紋章の上に張り紙が。子供っぽい字は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が書いたのに違いありません。
「お客様が来ています。ちょっと待ってね…?」
朗読したのはジョミー君でした。こんな張り紙は初めてです。お客様って誰でしょう?
「とにかく待てってことなんだろう。…そこに麦茶と水羊羹が」
キース君が指差した先の机に人数分のコップとお菓子が置かれていました。生徒会室には一応ちゃんと会議用のテーブルと椅子があるので、私たちはそこに座ってティータイム。
「どのくらい待てばいいのかしら?」
「ちょっとと書いてあるんですから、一時間も待たされることはないでしょうけど…」
スウェナちゃんとマツカ君の会話が終らない内に、壁の向こうから会長さんが姿を現わし、続いてアルトちゃんとrちゃんが。お客様ってこの二人…?
「今日から新学期だし、呼んでおくのもいいかと思って。どうだい、まだ壁には何も見えないかい?」
張り紙を外した会長さんが壁の紋章を指差しましたが、アルトちゃんたちは首を傾げるばかりでした。会長さんはクスッと笑って、二人に「お土産」とピンクの紙でラッピングされた包みを渡します。
「ぶるぅの特製ビスケットだよ。アイスクリームを挟んで食べると美味しいんだ。壁の紋章が見えるようになったら、いつでも遊びに来てほしいな」
またね、と手を振る会長さんはシャングリラ・ジゴロ・ブルーの名に相応しい甘い微笑みを浮かべていました。
お客様を見送った私たちが「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入ると…。
「かみお~ん♪ 今日はフルーツパフェなんだ。アルトさんたちにも出したんだよ!」
手際よく人数分のパフェが盛られて運ばれてきます。会長さんの話によるとアルトちゃんたちが先に到着することになるよう、私たちを教室に踏み止まらせていたそうですが、言われるまで気付きませんでした。意識下に働きかける力が強い会長さんならではの技なのでしょう。
「わざわざ呼んで雑談だけか? まだサイオンは無いようだし…」
キース君が尋ねると、会長さんはクスッと笑って。
「他に何をするんだい? ぶるぅもいるのに口説くわけにはいかないよ。それはまた夜のお楽しみ」
「ちょっ…。夜って、あんた、本当に手を出してるんじゃないだろうな!?」
「どうだろうね? 退学にならないように気を付けてるし、ぼくたちの仲には口出し無用」
うーん、アヤシイ感じがします。夢を見せるだけだと聞いてましたが、会長さんが璃慕恩院の偉いお坊さんも認める女たらしだと知った今では、どこまで本当か分かりません。いつの間にか一線を越えていたとしても不思議はないかも…。でもアルトちゃんたちは最初から夢だと思っていないんですし、深く考えるだけ時間の無駄だという気もします。会長さんが真相を語ってくれるわけがないんですから。
「アルトさんたちって可愛いよね。仲間になっても君たちとは別に扱おう、って決めたんだ。友達扱いしちゃ申し訳ないし、恋人らしく付き合わないと。サムみたいに個人的に会うのもいいかな」
「「「えっ!?」」」
思いがけない言葉に私たちはビックリ仰天。会長さんとサム君が個人的に…って、もしかしてデートしたんですか?
サム君を見ると、少し照れた顔をしています。
「今日は一緒に登校したんだ。朝、バスの中や校門の外でサムに会った人はいないだろ?」
「そういえば…」
同じ路線のバスを使っているジョミー君が反応しました。
「いつもだと同じバスなんだよね。今日は見かけなかったし、ぼくより後で教室に来たし、遅い方のバスかと思ったんだけど」
「残念でした。サムは始発のバスでぼくの家に来て、朝御飯を食べてから瞬間移動でこの部屋に…。何故かって? 朝の礼拝をしに来たのさ。埋蔵金探しで見つけた阿弥陀様を拝みにね。今日からぼくがお勤めを教えるんだよ」
ニッコリ笑う会長さん。なんとサム君は会長さんに弟子入りをしたというのです。
「毎日通うのは大変だから、最初は週に一回くらいでいこうと思う。慣れてきたら回数を増やして、その気があれば出家もいいね。とりあえず礼拝に来た日は一緒に食事して登校するっていうのが御褒美。ジョミーもどうだい?」
「え? …ええっ!? ぼ、ぼくは阿弥陀様を拝む気は…」
「そう? じゃあ、当分はサムと二人で健全な朝のデートができそうだ。阿弥陀様の前では邪心も消える。サムとぼくとの素敵な時間さ」
サムの側にいると癒されるんだ、と会長さんは幸せそうに言いました。うーん、やっぱりペット感覚? でもサム君は会長さんにベタ惚れですし、阿弥陀様の前で朝の勤行をするのが日課になっても喜んで精進しそうです。変わったデートもあるものだ、と私たちは苦笑するしかありませんでした。
フルーツパフェを食べながらの一番の話題は教頭先生のお風呂オモチャ。会長さんによると教頭先生はソルジャーに貰ったお風呂オモチャを大切にしていて、専用の湯桶まで買ったらしいです。
「それがね、ヒノキの最高級品なんだ。お風呂オモチャを入れて浮かべて楽しんでる。オモチャを取り出して浮かべる時が至福の時間みたいだよ。コツンと身体に当たったりすると、頬っぺたが赤く染まっちゃうんだから」
ブルーを連想するんだろう、と苦笑いする会長さん。
「ヘタレ直しの修行に行った時の記憶が蘇ってくるのかもしれないね。お風呂の中で一人で盛り上がってることもある。…まぁ、ぼくに言い寄ってくるんじゃないから実害はないし、ふやけるまで浸かっていてもいいんだけどさ」
でも、と会長さんは立ち上がりました。
「新学期が始まったからには挨拶をしておかないと。食べ終わったんなら、そろそろ行こうか」
どこへ? と尋ねる前に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が奥の部屋からプレゼント包装された平たい箱を運んできます。これって、もしかしなくても…。
「新学期の度に新品を五枚。そう、紅白縞のトランクスだ」
「またあれか…」
キース君が露骨な溜息をつき、「そうだった」と呟いて。
「あんたに聞こうと思ってたんだ。今まで何度も教頭先生のトランクスを見る機会があったが、いつも紅白縞だった。柔道部の合宿で見た時もだ。…教頭先生はあんたがプレゼントしたトランクスしか履かないのか?」
「違うよ。柔道部の指導をした日は学校でもシャワーを浴びてるんだし、そこで当然、履き替える。バレエのレッスン場に出かけた時も履き替えてるね」
「「「バレエ!?」」」
「うん。かるた大会の余興でやらせたバレエ、謝恩会でグレードアップしただろう? 覚えてるかな、四羽の白鳥。グレイブとミシェルは今もペアを組んでレッスンしてるし、ゼルも健康に良さそうだからと続けてる。三人もの仲間に誘われちゃったら断れなくて、ハーレイもたまにレッスンするんだ」
ひぇぇ! 先生方がバレエの稽古を続けていたとは知りませんでした。新婚ほやほやのグレイブ先生たちはともかく、教頭先生とゼル先生まで…。
「バレエのレッスンはトランクスでは無理らしくって、それなりのヤツに履き替えてる。だけど終わってシャワーを浴びたら、即、トランクス。履き慣れたものがいいらしいね。…そんな調子だから、ぼくがプレゼントした5枚だけでは足りないよ。ぼくのプレゼントは『とっておき』で、普段の分は自分で買うのさ」
「「「とっておき!?」」」
「そう、とっておき。勝負下着みたいなものかな。…だからヘタレ直しの修行でブルーに会いに行った時も履いてたね。今日も履いていると思うよ、ぼくが来るって決まってる日だし」
「「「…………」」」
紅白縞は教頭先生のお好みだったらしいです。会長さんのプレゼントの他にも自分で買っているなんて…。
「だってさ、ぼくとお揃いなんだよ? ハーレイはそう信じてる。メーカーがちゃんと分かってる以上、いつだって紅白縞を履いていたいと思ってるわけ。青月印の紅白縞を…ね」
ぼくは黒白縞も青白縞も御免だけど、とニッコリ笑う会長さん。こんな人に騙されて紅白縞を履き続けている教頭先生が気の毒になってきましたよ…。けれど会長さんは意にも介さず、トランクスの箱を持って微笑んで。
「キースの疑問も解けたことだし、お届けものに出発しよう。ハーレイが首を長くして待ってる筈だ。君たちも一緒に行くんだよ。ボディーガードが必要だ。相手はお風呂オモチャでトリップできる危険なセクハラ教師だからね」
だったらやめておけばいいのに、と心で突っ込む私たち。けれど声に出す勇気は誰も持ち合わせていませんでした。会長さんを先頭に壁を抜け、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も連れてトランクスを届けに行く行列は…何度経験しても気恥ずかしさが抜けません。行列のメインが紅白縞のトランクスだというのが悪いんでしょうね。
中庭を横切り、本館に入って教頭室へ。会長さんが扉をノックし、いつものように「失礼します」と入ってゆきました。私たちも続いてゾロゾロと…。
「ハーレイ、いつものプレゼントを届けに来たよ。青月印の紅白縞を五枚」
はい、と差し出された箱を教頭先生は笑顔で受け取り、大切そうに机に置いて。
「いつもすまんな。…今日は私もプレゼントを用意してあるんだ」
「へえ…。珍しいね。美味しい物でも見つけたのかな?」
好奇心いっぱいの会長さんが引出しを覗き込もうと近づいた時、教頭先生の逞しい手が会長さんの左手を掴んでグッと引き寄せたからたまりません。
「―――!!!」
バランスを崩した会長さんは教頭先生の胸にドンとぶつかり、そのまましっかり捕まえられて…。
「何するのさ!!」
教頭先生を突き飛ばすように必死で逃れた会長さんは赤い瞳を怒りに燃え上がらせました。
「こんなプレゼント、受け取れないよ! 前にハッキリ断ったのに!!」
左手の薬指にルビーの指輪が嵌められています。それは教頭先生が贈って突き返された、お給料の三ヶ月分の婚約指輪。会長さんが受け取るわけがないというのに、教頭先生、お風呂オモチャで正気を失くしてしまいましたか…?
「とにかく返す!」
抜き取った指輪を会長さんが放り投げようとするよりも早く、土下座したのは教頭先生。
「受け取ってくれ、ブルー! 頼む!」
「……何の真似?」
ポカンとしている会長さんと私たちの前で、教頭先生は絨毯に頭を擦りつけて。
「私と婚約してほしい。結婚はお前が卒業してからでいいんだ」
「…ハーレイ…? もしかして派手に暑気あたり? 頭、煮えてる?」
「いいや、私は至って正気だ。無理を承知で頼んでいる」
顔を上げた教頭先生は思い詰めたような表情で会長さんを見詰めました。
「…婚約してくれるだけでいい。お前は卒業する気は無いのだろう? だから結婚は卒業してからでいい、と言ったんだ。つまり…その…結婚してくれとは言っていない」
「………???」
「それは…結婚してくれるなら嬉しいが…無理だと分かっているからな。頼む、婚約者になってくれないか」
「独身を馬鹿にされでもしたってわけ?」
会長さんの言葉に教頭先生の肩がビクッと震えます。図星だったみたいですけど、それで婚約しようだなんて凄い短絡思考なのでは…。けれど教頭先生は大真面目でした。
「馬鹿にされたというわけではない。…正確に言うなら罵倒された。いつまでも身を固めないから、お前への強姦未遂で謹慎処分を受けるような羽目になるのだ、と。結婚すれば邪な考えなど起こさないだろうと言われてな…」
「……誰に?」
教頭先生は答える代わりに立ち上がり、机の引き出しを開けました。
「久しぶりに教頭室に来たら、これが山積みになっていた。…どれもこれも紹介者はゼルだ」
バサッと放り出されたものは結婚相談所の名前が入った封筒の山。封が切られているので顔写真やプロフィール付きの書類が覗いているものも…。これっていったい何事ですか!?
「へえ…。もう入会申し込みは済んでるんだね」
興味津々で書類の一つを手に取ったのは、他ならぬ会長さんでした。ルビーの指輪は机の上に置かれてしまい、教頭先生が悲しそうな目で眺めています。
「ブルー、本当に婚約だけでいいんだが…」
「何を馬鹿なこと言ってるのさ。こんなに沢山プロフィールがあれば、気に入る人があるかもしれない。ちゃんと全部に目を通したかい? ぼくなんかを追っかけてるより、結婚した方が絶対いいって! 女性はとても素敵だよ。ぼくもフィシスに出会って人生がずっと充実したし」
「…私はお前しか考えられないんだ」
「ぼく? それって女性よりも男が好きだってこと? だったらこっちの方はどうかなぁ」
会長さんが山と積まれた中から薄紫の封筒を選び出します。そこには『マニアックなあなたに』という大きな文字が躍っていました。
「ゼルも分かっているじゃないか。ほら、同性婚専門の会社だってさ。登録されたデータに合わせて色々選んでくれたみたいだ。詳しい情報は今の段階じゃ分からないようにしてあるんだね。この名前も本名かどうかは不明ってことか。…あっ、この人なんか良さそうだよ。ねえ?」
見てごらん、と会長さんが私たちの所に持ってきたプロフィールには赤茶色の髭をたくわえた逞しいオッサン…いえ、おじ様の写真がついています。このオッサ…いいえ、おじ様の何処が教頭先生に相応しいと?
「名前はグレッグ。趣味は格闘技と剣術。酒と女と美少年に目がありませんが、どうぞよろしく…って素直な所が好感が持てる」
「酒はともかく、女ってあたりが間違ってないか? 同性婚専門の会社だろう」
正直な感想を述べるキース君。シロエ君も首を捻りながら。
「美少年と書いてありますしね…。教頭先生とは合わないんじゃないかと思いますけど」
「そうかなぁ? 案外、同好の士で上手くいきそうに思えるけど。美少年好きで格闘技が趣味だしさ。会ってみたら? ハーレイ」
教頭先生は渋々プロフィールに目を通してから「ダメだ」とキッパリ言い切りました。
「会ったとしても結婚などは考えられんが、意気投合して友人になる可能性はゼロではない。そうなればお前が危険なんだ。目をつけられたら大変だぞ」
「ぼくのことなんか考えなくてもいいんだってば! でもさ、友達になる可能性があるってことは…データマッチングがいい線いってる証拠だよね。友達から始めるのは王道だし。…この会社からは他にも色々来ているよ。誰か選んで会えばいいのに」
会長さんが面白がっているのは明らかでした。他の封筒の中身も引っ張り出して私たちに回してきます。マニアックな会社からのプロフィールが五人分。まっとうな結婚相談所からの女性のプロフィールは…三十人分はあったでしょうか。お見合いパーティーの案内状も混ざってますし、ゼル先生の本気度はかなり高そうです。
「お願いだ、ブルー。ゼルの暴走を止めてくれ」
ワイワイ騒いでいる私たちを遮って、教頭先生が会長さんに頭を下げました。
「この中から決めろとまでは言われていないが、結婚を考えるようにと言われたんだ。今夜はその件で呼び出されている。気に入った人があったかどうか報告しろと厳命された。無ければ無いで次があるからと電話で脅しをかけられてな…。だから婚約してほしい。そうすれば…」
「お断りだね」
会長さんはピシャリと撥ねつけ、結婚相談所からの書類の山を教頭先生の机に戻して。
「縁談を断るために婚約しようだなんて最低だよ。ぼくと結婚したいって言うならともかく、結婚はしなくていいから婚約だけって、馬鹿にするにも程がある。ぼくへの気持ちはその程度なんだ。…よく分かった」
「ちっ…違う、ブルー、誤解だ! 私は本当にお前だけを…。お前しか考えられないから縁談を全て円満に断ろうと…!」
「何か言ってるみたいだけれど、帰ろうか。トランクスは届けたんだし、もういいよね」
クルリと踵を返す会長さん。教頭先生は必死に言い訳していましたが、馬耳東風というヤツです。全員が廊下に出ると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が全体重をかけて扉を閉ざし、気の毒な教頭先生は取り残されてしまったのでした。
お届けものを終えて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に戻った私たちは堰を切ったように話し始めて上を下への大騒ぎ。教頭先生が結婚だなんて、本当に実現するんでしょうか? 教頭室からの帰り道では人目があるので触れずに帰って来ましたけれど、これはとんでもない事件です。
「あんた、この話を知っていたのか?」
キース君の問いに、会長さんは首を左右に振りました。
「ううん、初耳。知っていたならもっと楽しい趣向を考えてるさ。…ぼくも縁談を持って行くとか」
「それは確かにそうかもな…って、あんた、縁談なんか何処で探してこようっていうんだ」
「一声かければ簡単だよ。坊主は顔が広いのさ。君だって知っているだろう?」
ふふふ、と笑う会長さんは見るからに自信たっぷりでした。
「お寺にはいろんな人が来るじゃないか。政財界とも繋がりがあるし、その気になればハーレイを逆玉に乗せることだって可能なんだ。…ちょっと探してみようかな」
「可哀相だよ、教頭先生」
ジョミー君が言い、サム君が。
「だよなあ…。ブルーに縁談を持ちかけられたら、断れないかもしれないし。断ったら嫌われちゃうんじゃないか、って思ってそのまま結婚しちゃうかも…」
「それは相手の人にも悪いわ。そうでしょ、みんな?」
スウェナちゃんの言葉にコクリと頷く私たち。会長さんは「冗談だよ」と微笑んで…。
「ぼくが縁談を持って行ったら、その展開になりかねないんだよね。なにしろ相手はハーレイだから。それに比べるとゼルはまだまだ罪が軽い方かな。勝手に結婚相談所に登録したっていうのが凄いけど」
「個人情報も何もあったもんじゃないな…」
呆れ果てた様子のキース君に会長さんはクスッと笑いました。
「大丈夫、君たちの個人情報は厳重に管理されてるさ。ゼルの暴走は長年の付き合いがあるハーレイを落ち着かせようとの善意からで…決して悪意は無いんだよ。他にも色々と手を打ったようだ」
他にも? 他にも色々って…ゼル先生はいったい何を?
「ハーレイが今夜はゼルの呼び出しがあるって言ってただろう? 送られてきてたプロフィールの中に気に入った人が無ければ次を考えてる…って。どうやらお見合いらしいんだよね」
「「「お見合い!?」」」
お見合いパーティーじゃなくて、いきなり本物のお見合いですか? まさか今夜? 蜂の巣をつついたような私たちのパニックぶりを会長さんは笑って眺めていましたが…。
「そうだ、みんなで見に行こうか。今ならゼルが頼んだ部屋の隣が押さえられる」
「「「えぇっ!?」」」
「うん、楽しいんじゃないかと思うよ。美味しいものを食べながら覗き見。ぶるぅも外で食べたいよね?」
会長さんが口にしたお店は聞いたことがある料亭でした。私たちが返事をする前に会長さんは電話をかけてお座敷を押さえてしまったようです。えっと…本気で覗き見をしに行くんですか…?
「ちゃんと予約をしといたよ。食事代はツケが効くから心配ない。…もちろんハーレイの名前でね」
「「「鬼!!」」」
思わず叫んだ私たちでしたが、会長さんは平然と…。
「ハーレイだって、ぼくを利用しようとしてたじゃないか。縁談よけに婚約だって? 冗談じゃない。ぼくを馬鹿にした罪は重いんだ。九人分の飲食代を負担したくらいじゃ償えないさ。みんな、家に連絡しておくんだよ、今夜は遅くなります…って」
ゼル先生が教頭先生を呼び出した部屋の隣で宴会をすることになった私たち。料亭なんて初めてですし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「そこのお店は美味しいよ」と太鼓判を押しているので楽しみですが、隣の部屋が気になります。新学期早々、とんでもない展開になっちゃいました。教頭先生、大丈夫かな…。
無事に到着したマツカ君の家の海辺の別荘。今日から男の子たちの「顔だけ日焼け」状態を解消するべく一週間の別荘ライフです。ゲストルームに荷物を置いたら早速、水着に着替えてプライベート・ビーチへお出かけすることに決まりました。スウェナちゃんと私が玄関に行くと、もう全員揃っていましたが…。
「お揃いの水着なの?」
スウェナちゃんが二人の「そるじゃぁ・ぶるぅ」に尋ねます。全く同じデザインの海水パンツは色違いになっていましたけれど、どっちが私たちの世界の「そるじゃぁ・ぶるぅ」?
「あのね、朝から一緒に買いに行ったの! ね、ぶるぅ?」
「うん! ブルーも色々買ったんだ。ぼくたち、海で泳ぐの初めてだから」
ほらね、と「ぶるぅ」が指差した先で大きなトートバッグを提げているのがソルジャーみたい。会長さんとソルジャーも色違いの海水パンツときましたか…。しかもパーカーはお揃いですし、なんだか混乱してきそうです。
「大丈夫だよ。海で泳ぐ気満々なのがブルーで、ぼくは昼寝をするつもりだから」
会長さんが軽くウインクしてみせました。
「そういうわけで、ブルーの相手はお願いするね。サイオンを使わずに潜ってみたいって言っているから、シュノーケルとか教えてあげて」
「「「えぇっ!?」」」
シュノーケルと足ヒレを持っていたのは男の子全員。去年は二泊三日でしたし、海の様子も知らなかったので普通に海水浴でしたけど、今年は潜る気だったようです。
「…ぼくに教えるのはイヤってこと?」
「そ、そうじゃなくて…」
ジョミー君がしどろもどろになり、キース君が。
「いきなりシュノーケルだなんて言い出されても…。そもそも泳ぎは出来るのか? 潜れる場所は少し遠いぜ」
あそこなんだ、と示した場所は海に突き出した岬の岩場。浜辺からだと数百メートルありそうです。ソルジャーはニッコリ余裕の笑みを浮かべて。
「たまに青の間で泳いでる。あのくらいなら多分大丈夫だと思うけど?」
「…多分ときたか…。仕方ない、ゴムボートも用意していこう。あったな、マツカ?」
「はい! すぐに支度をさせますね」
マツカ君が玄関先にいた執事さんに頼み、ゴムボートは後から浜辺に運んでもらえることになりました。
「大丈夫だって言ってるのに…」
ソルジャーは少し不満そうですが、キース君は頑として譲りませんでした。
「ダメだ! 海で泳ぐのは初めてだと聞かされた以上、念には念を入れないと。海を甘く見てはいけないと教頭先生にも言われたからな」
「教頭先生? …ハーレイも去年此処に来たとは聞いていたけど…」
「俺たちに古式泳法を教えてくれた。いわば師匠だ。俺の柔道の師匠でもあるし、教えは守る必要がある」
「ふぅん…。ハーレイがそう言ったんなら従おうかな。じゃあ、初心者だけど、みんなよろしく」
そう言って微笑むソルジャーを囲むようにして、私たちは浜辺に向かいました。ちゃんとパラソルと椅子が幾つか用意されていますが、日焼けが目的の男の子たちには無用の長物になりそうですね。
パラソルの下に荷物を置くと、男の子たちとソルジャーは早速海へ。シュノーケルの練習の前にひと泳ぎするみたいです。浮き輪を持った「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」も大はしゃぎで一緒に泳いでいました。スウェナちゃんと私は途中までついていったものの、足がつかなくなった辺りで怖くなって引き返し、浅めの場所を行ったり来たり。もちろん日焼け対策はバッチリですとも! 会長さんはパラソルの下に置かれた真っ白な椅子でお昼寝でした。
「半時間ほど休憩するぞ」
キース君がそう言いながら戻ってきたのは一時間ほど経った頃。後ろにソルジャーたちが続いています。水泳部隊を仕切る役目はキース君になったのかな? 確かに男の子たちの中では一番運動神経が良さそうですし、大学生でもありますし…。私たちが浜辺に上がると、賑やかな気配のせいか会長さんが目を覚ましました。
「やあ、お帰り。休むんなら日陰に入ればいいのに」
「やだよ! ぼくたち日焼けしに来たんだから!」
ジョミー君が叫び、男の子たちは浜辺でゴロゴロ。私とスウェナちゃんはパラソルの下に座り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」は波打ち際で遊んでいます。そしてソルジャーは…。
「紫外線っていうんだっけ? 肌にあんまり良くないらしいね。地球の太陽は魅力的だけど、日陰に入った方がいいかな」
銀色の髪をかき上げながら会長さんと同じパラソルに入り、トートバッグからスポーツドリンクを取り出して一気飲み。初日から馴染んでいるようですけど、サイオンで情報を教えてもらったのかな? そんなソルジャーの横で会長さんが自分の荷物から絵葉書とペンを取り出しました。
「なんだい、それは?」
「絵葉書だよ。ぼくの可愛い恋人たちが待ってるからね、潮の香りと海風の中で書いてあげたくて」
げげっ。もしかしなくてもアルトちゃんとrちゃん用の絵葉書ですか? 会長さんはソルジャーが覗き込んでいるのも気にせず、サラサラとペンを走らせています。
「埋蔵金探しに行ってたことは内緒だったんだ。その間は消印でバレないように、家に帰った時にフィシスに頼んで投函してもらっていたんだけれど…もう終わったから教えちゃおうと思ってさ」
「…消印? 投函…?」
「あ、ごめん。君の世界には無い制度かな? 郵便物には最初に扱った場所を示すスタンプが押される決まりになっててね…。アルテメシアだけでも中央とか西とか色々あるんだ。それを見れば何処で出した手紙かすぐ分かる。だから埋蔵金探しをしていた場所から出すと、いつもの場所にいないってことがバレちゃうんだよ。投函っていうのは郵便物をポストに入れることさ」
別荘の人に頼んで出してもらおう、と会長さんが書き上げた絵葉書は埋蔵金探しの最終日に蓮池で撮った集合写真でした。胴長を着た男の子たちがレンコンを抱え、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が黄金の阿弥陀様を持っています。会長さんも私たちも最高の笑顔の一枚ですし、アルトちゃんたちにもウケるでしょう。
「どれどれ? …実は埋蔵金を探しに行っていました。これは現地で採れたレンコンと黄金の阿弥陀様です…って、嘘つきな上に不実だね」
ソルジャーが文面の一部を朗読してから会長さんに責めるような目を向けました。
「砂金のことは書かないんだ? それに恋人に出す手紙とも思えない。ただの挨拶状じゃないか」
「埋蔵金はシャングリラに送っちゃうから、シャングリラの存在を知らない人に教えるわけにはいかないよ。それと愛の言葉を書いてないのは、家族の人に見つかっちゃうとマズイから。ぼくたちの学校は男女の深い交際がバレると退学になってしまうんだ」
「文字通り秘密の愛人ってわけか。その情熱を君のハーレイにも向けてあげればいいのにさ」
「いやだね。…ほら、休憩は終わりみたいだよ。キースが呼んでる。…シュノーケルを教えてもらうんだろう?」
早く行かないと置き去りだよ、と会長さんはソルジャーを海へと送り出しました。ゴムボートも用意されていますし、練習が上手くいったらそのまま岩場へ行くのでしょう。「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」は砂のお城作りに夢中です。別荘ライフは一日目からとても充実していました。
昼間は海でたっぷり遊んで、夜は美味しい御飯を食べてボードゲームにトランプ大会。四日目の夜は近くの村で盆踊りと夜店があって、浴衣姿でお出かけも…。みんなで金魚すくいに興じた結果、一番上手だったのはソルジャーでした。サイオンは使ってないそうですが、文字通りの戦士だけあって勘がいいのかもしれません。
「この金魚。ぼくの世界に持って帰れないのが残念だな…」
大きな水槽に放した戦利品の金魚を見ながら、ソルジャーが溜息をつきました。
「なんで? ごちゃ混ぜになっちゃってるけど、色と模様で分かる金魚も沢山いるし…分からないのは数で分ければいいと思うよ」
ジョミー君の言葉にソルジャーは「駄目なんだ」と首を横に振って。
「別の世界から持ち帰った生き物を飼育するとなると、ぼく一人だけの問題じゃない。こっちの世界では大丈夫でも、ぼくの世界には壊滅的な被害を及ぼすウイルスを持っているかもしれないからね」
真剣な面持ちのソルジャーに、会長さんが頷きました。
「…ウイルスか…。ぼくの世界でも他の国から生き物を持ち込む時には検査が必要だったりするな」
「君もソルジャーなら分かるだろう? シャングリラは閉じられた世界なんだ。ぼくの我儘を通すわけにはいかないよ。養殖中の魚が全滅したら大打撃だ。貴重なタンパク源なのに」
なるほど…。たかが金魚でも生き物ですから検疫が要るというわけですか。ソルジャーと「ぶるぅ」が私たちの世界に出入りしていることはキャプテンしか知らない秘密なんですし、金魚の検疫は無理そうです。
「可愛い魚なんだけどね…。ぼくの分の金魚はみんなで分けて」
そういうわけでソルジャーがすくった金魚は私たちのものになりました。更に水槽よりも池の方が長生きするという話になって、金魚は纏めて元老寺の池に放すことに。私たちが別荘を引き払った後、専門の業者さんがキース君の家へ運んでくれるのです。
「うちは放生会はやっていないんだがな…」
キース君が苦笑し、サム君が。
「ホウジョウエ…? それってなんだ?」
「日々の食事で魚や動物等の命をいただく事に感謝して、池に魚を放す儀式だ。それ専門の池を持ってる寺もある。わざわざ金魚を運んで来て池に放すんだから、親父が勘違いをしそうな気が…」
「いいじゃないか、キース。勘違い、大いに結構だよ」
爽やか笑顔の会長さんがキース君の肩を叩きました。
「この際、放生会をやっておきたまえ。お父さんは手順をご存じだろうし、これから毎年やるといい」
「ちょっ…。他人事だと思って楽しそうに!」
「他人事なのは事実だろう? なんなら一筆書いてあげようか、お父さんに。住職を目指す君の決意表明として、新たに放生会を始めることになった…って」
「やめてくれーっっっ!!!」
悲鳴を上げるキース君は、まだまだ住職への覚悟が足りないようです。住職になるには道場入りが必須。それには剃髪が絶対条件なんでしたっけ…。
楽しい日々はあっという間に過ぎ、明日は帰るという日の昼下がり。男の子たちは望みどおりに見事に日焼けし、もう充分と日陰で昼寝をしていました。ソルジャーは浮き輪を着けた「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」を連れて岩場まで泳ぎ、潜って遊んできたのですが…。
「ブルー、ちょっといい?」
浜辺に上がって身体を拭いたソルジャーが会長さんの頬を両手で包み込みました。
「………!!!」
「あ、違う、違う。キスしようってわけじゃないってば」
引き攣った顔の会長さんの頬をソルジャーは何度か撫でて、それから自分の頬を撫でて。
「…うーん、やっぱり…ガサガサかな?」
肌が荒れているような感じがする、と言うソルジャーの頬に会長さんが触れ、自分の頬に触れてみて…。
「荒れちゃったね。海水はけっこうキツイんだよ。日焼けはしてないみたいだけれど、日焼け止めも肌荒れの原因になるし…海は何かとトラブルの元」
「知らなかった…。まあ、ハーレイは鈍いから触っても気付かないかな。そのうち元に戻るだろうし」
「ハーレイ!?」
会長さんの顔が赤くなり、聞いていたスウェナちゃんと私も言葉の意味に思い至って耳まで真っ赤に。ソルジャーの肌に向こうの世界のキャプテンが触れるというのは偶然とかではありません。明らかに目的があり、その先は…。会長さんはソルジャーから視線を逸らして水平線を見ていましたが、赤い瞳が不意にキラリと輝きました。
「ブルー。…その肌、元に戻るよ。ハーレイはその道のプロだから」
「えっ?」
「ほら、前に話をしただろう? エステティシャンの技術を植え付けた、って。お風呂オモチャをプレゼントした御礼に頑張って磨いて貰えばいい。全身エステでピカピカにね」
そして会長さんはマツカ君を呼び、色々と打ち合わせてから自分のケータイを取り出して…。
「もしもし、ハーレイ? 今、マツカの別荘に来ているんだ。それでね…」
これでオッケー、とニッコリ笑う会長さん。ジョミー君たちも集まってきて聞き耳を立てていたので、悲鳴に似た叫びが上がります。
「「「教頭先生を此処へ!?」」」
「うん。ブルーの肌が荒れちゃったから、帰る前に全身エステを受けておくのがいいと思って」
しれっと答える会長さんに砂浜は上を下への大騒ぎ。いくら教頭先生がプロだといっても、ソルジャー相手のエステとなれば大惨事かもしれません。エステの最中はプロ根性で平気でしょうけど、後の鼻血で失血死とか…。けれど全ては決定済みで、教頭先生は夕方に到着するのです。おまけにマツカ君の家の別荘にはエステ専用のお部屋があって、執事さんはエステに使う品を揃えに使用人さんを街へ走らせた後。
「平気だってば、ただのエステだし。ブルーには頼む権利もあるしね」
お風呂オモチャの御礼代わりさ、と言われてしまうと誰も反論できませんでした。ソルジャーは懲りずに海へ泳ぎに行っちゃいましたし、後は野となれ山となれです。
夏の遅い陽が暮れ始める頃、教頭先生がタクシーで別荘に到着しました。去年は会長さんの悪戯でストリーキングをさせられてしまった先生ですけど、執事さんと普通に会話を交わしています。この落ち着きはやっぱり大人。会長さんとソルジャーが二人並んでクスクス笑いを漏らしていても、教頭先生は穏やかに微笑んだだけでした。みんなで夕食を済ませた後は…。
「じゃあ、エステを受けに行ってくるね。ブルーから話は聞いていたけど、体験できるとは思わなかったな」
「とても気持ちがいいんだよ。今日のコースはハーレイのお薦め。肌荒れに効果抜群だってさ」
ソルジャーと会長さんが立ち上がり、執事さんが「こちらでございます」と二人を案内してゆきました。教頭先生は一足先に行っていますし、すぐにエステを始めるのでしょう。会長さんは付き添いかな、と思っていた私たちですが…。
「後はハーレイに任せてきたよ。ブルーは初めてだからオイル選びとか手伝ったけど、ぼくと好みが似ていて笑っちゃった」
食堂に戻ってきた会長さんは御機嫌でした。エステには二時間半もかかるそうですし、私たちはいつも夕食後に遊ぶ広間で別荘ライフ最後の夜を楽しむことに決定です。そこには金魚すくいで捕った金魚たちが泳ぐ水槽があり、お菓子や飲み物も揃っていました。ワイワイ騒いで盛り上がっていると、「失礼します」と声がして。
「ご注文の品が届きました。こちらへお持ち致しましょうか」
ドアをノックして入ってきたのは執事さん。注文の品って、誰が何を?
「ありがとう。…そうだね、一時間ほど後で持ってきてくれると嬉しいな」
会長さんが答え、執事さんは「かしこまりました」と頭を下げて出てゆきます。えっと…一時間といえばソルジャーのエステが終わる頃ですが、スペシャル・ドリンクか何かでしょうか?
「ブルーにね、ちょっとプレゼントなんだ。ぼくからってわけじゃないけれど」
「「「???」」」
謎の言葉に首を傾げる私たち。会長さんはクスッと笑い、何を注文したのか話すつもりは無さそうでした。代わりに教えてくれたのは…。
「ブルーって度胸があるんだよ。下着なしでエステを受けるってさ」
「「「えぇっ!?」」」
「ぼくには無理。絶対、無理。…ハーレイ、極楽気分だろうね。あ、エステの最中はプロだったっけ。後からドッとくると思うよ、鼻血は間違いないと思うな」
そう言いながら会長さんはサイオンで覗き見したようです。
「うん、本当に何も着てない。今は海藻パック中。最後の仕上げがフラワーバスとトリートメントで、しっとり肌になる筈なんだ。ハーレイも自信たっぷりだったし」
施術中はプロ中のプロと化す教頭先生。ソルジャーの肌荒れを解消すべく奮闘中なのはいいですけれど、全て終わったら倒れてしまうかもしれません。どうなるんだろう、と話している間に時間が過ぎて広間の扉が開きました。
「ただいま。身体中、艶々にして貰ったよ」
頬をほんのりと上気させたソルジャーが浴衣姿で現れます。後ろにはラフな格好の教頭先生が続いていますが、案の定、鼻をティッシュで押さえて真っ赤な顔。マツカ君の別荘という場所柄、倒れるわけにはいかないと気合を入れているようでした。ソルジャーはソファに座ると満足そうに伸びをし、会長さんを呼んで頬の手触りを比べてみて。
「ふふ、ぼくの方がしっとりしてる。こんなに効くとは思わなかったな」
「そうだろう? ハーレイの腕は確かなんだよ」
会長さんがそう言った時、ノックの音が聞こえました。そういえば約束の時間です。会長さんが扉を開けると、執事さんが黒い布をかけた箱を運び込んで扉のすぐ横に置いて。
「今は静かにしております。…布をどけると騒ぎますので、お気をつけて」
「ありがとう。無理を言ってすまなかったね」
「いいえ。皆様、どうぞごゆっくり」
執事さんは深々とお辞儀して立ち去り、残されたのは大きな箱。それを教頭先生が持ち上げ、ソルジャーが座っているソファの足許に置きました。鼻血は止まったみたいです。
「ソルジャー、先日は素敵な贈り物をありがとうございました。大切にさせて頂きます。何か御礼を…と思っておりましたら、あなたが欲しがってらっしゃるものをブルーが教えてくれまして…。急いで手配いたしました。お納め頂ければ嬉しいです」
「なんだろう? 布を取ってもかまわないかな?」
「ぜひ」
教頭先生が答え、ソルジャーが布をパッと外すと…。
「コケコッコー!!!」
けたたましい雄叫びが響きました。ケージの中身は茶色の雄鶏。これって…ソルジャーに雄鶏をプレゼントって、教頭先生、意味が分かっているのでしょうか?
「雄鶏…だね。もちろん貰うよ、喜んで」
ソルジャーは満面の笑顔でケージを覗き込み、教頭先生も嬉しそうですが、突然パァッと青い光が部屋に溢れて…。
「「「えぇっ!!?」」」
教頭先生がもう一人。いえ、あの服は…マントのついた制服姿は、まさかソルジャーの世界のキャプテン…?
「…ソルジャー…?」
急に現れた教頭先生のそっくりさんはキョロキョロと周囲を見回してから、ソルジャーに視線を向けました。
「私は自分の部屋にいた筈ですが…何故ここに?」
「自分に嫉妬しただろう? こっちのハーレイがぼくの身体を触りまくって、プロポーズして…それをぼくが受け入れた。ぼくが思念で中継するのを歯噛みしながら見ていたよね。そろそろ我慢の限界の筈だ」
「お分かりになっているなら、どうして見せたりなさったのですか。知らなかったら嫉妬など…」
言い争いを始めた二人に、教頭先生が困惑しきった表情で。
「すみません…。エステがお気に障ったのなら、お詫びします。ですが、プロポーズは覚えがありません。何か勘違いをなさってらっしゃるのでは?」
「ハーレイ」
割って入ったのは会長さん。
「雄鶏をプレゼントするのは男から男への求愛なんだ。古代ギリシャの習慣だよ。ぼくがブルーにそれを教えた。で、ブルーが雄鶏を欲しがってるというのは二人で考えた計略で…。エステとセットで中継すれば、あっちのハーレイが嫉妬に燃えて殴り込みたいと思うだろう? その瞬間にこっちの世界へ引っ張り込もうと…」
「では、私たちは…」
「「はめられた、と?」」
教頭先生とキャプテンの声が重なりました。何の為に、と尋ねる二人にソルジャーが。
「…お前に地球を見せたかった。ほんの少しの時間でいいから、二人で地球で過ごしたかった。明日はシャングリラに帰るから…その前に。ほら、暗くてよくは見えないけれど、窓の向こうが地球の海。日の出が凄く綺麗なんだ。お前も見たいと思わないか?」
「ですが…シャングリラを留守にするわけには」
「大丈夫、当分は何も起こらない。明日は二人揃って休暇を取っても平気なくらいに」
「しかし…こちらの皆様にご迷惑では…」
キャプテンの言葉にアッと息を飲む私たち。教頭先生が二人に増えたら流石に言い訳できません。けれどソルジャーは微笑んで。
「夜明けを見たら送り返すよ。それなら問題ないだろう? ぼくのベッドで眠ればいいし」
朝まで二人で一緒にいたい、というソルジャーの思い。それを後押しするように…。
「ならば私になってみては?」
教頭先生が言いました。
「ブルー、私を家に送ってくれないか? そうすれば私が二人になることはないし、夜明けどころかアルテメシアに帰り着くまで一緒にいられると思うのだが」
「いい案だね。ダテに三百年以上も片想いしてないっていうわけか。…どうする、ブルー? 君のハーレイと一緒に過ごして、アルテメシアまで旅をする? もちろん君が良ければ…だけど」
会長さんと教頭先生の提案に、ソルジャーは赤い瞳を見開いて。
「…本当に? 本当にハーレイと…アルテメシアまで一緒にいても…?」
「うん。君のハーレイはこっちの世界に決して来ようとしなかった。次は無いかもしれないんだし」
「そうです。この機会に地球の空気を満喫されては…」
ソルジャーは暫く考えを巡らせてから、キャプテンの顔を窺って。
「ぼくは明日まで休暇中。皆はお前と過ごしていると思ってる筈だ。その最終日にお前が無断欠勤しても、スタミナ切れでダウンしたんだと判断されて終わりだろう。…シャングリラはぼくがサイオンで監視するから、お前も一緒にこっちの世界に…」
「…ソルジャー…」
返事を渋るキャプテンをソルジャーの赤い瞳が見詰めます。二人揃ってシャングリラを離れる計画にソルジャーは完全に乗り気でした。どうなることかと息をひそめて見守る内に、キャプテンは静かに頷いて。
「来てしまったのも何かの縁でしょう。お世話になります」
「決まりだね。ハーレイ、お前の荷物を貸してあげてくれないか? アルテメシアまで運んでもらう代わりに」
「ええ。着替えなどはサイズも同じですから、どうぞ御自由に」
教頭先生は笑顔で答え、それから間もなく会長さんの青いサイオンの光に包まれて家に帰ってゆきました。
海の別荘の最後の夜は、ソルジャーが教頭先生…いえ、キャプテンの部屋に泊まったみたいです。翌日、ソルジャーはキャプテンも泳いでいるというのに海に入りませんでした。悪びれもせずに「痕をつけるな、って言うのを忘れたんだ」と微笑んだソルジャーは、帰りの電車でもキャプテンと並んで座って幸せそうで…。
「あれってハネムーンみたいなもの?」
「多分ね。ハーレイの夢を実現したらああいう風になるんだろう。ぼくは絶対ごめんだけれど」
ジョミー君と会長さんの会話と重なるように「ぶるぅ」のイビキが聞こえます。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も今にも瞼がくっつきそう。一週間の別荘ライフは充実していて、私もなんだかウトウトと…。えっ、雄鶏はどうなったかって? ソルジャーの世界に生き物を送るわけにはいきませんから、私たちの世界のシャングリラ号に送るんです。今はケージに入って電車の中。いずれ繁殖用の鶏として、埋蔵金の箱と一緒にシャングリラ号へ…。
「ねえ、ハーレイ。地球もなかなかいいものだろう?」
「そうですね。あなたをこちらへ逃がしたい気持ちが前よりも強くなりました」
このまま私だけを元の世界に…、というキャプテンの声。ソルジャーは聞き入れないでしょう。電車がアルテメシアの駅に着いたら、ソルジャーたちともお別れです。窓の外は海から田園地帯に変わり、真っ青な空に白い雲。アルテメシアの駅に着くまで、幸せな時間はまだたっぷりと…。ソルジャーもキャプテンも、そして「ぶるぅ」も、このまま地球に住めたら素敵なのに、と考えながら私は眠ってしまいました。神様、いつかソルジャーたちも憧れの地球へ着けますように…。
大いに盛り上がった慰労会の締め括りはデザートでした。ココナッツミルク入りの揚げ菓子やココナッツのケーキなどエスニック風味たっぷりです。それに見た目もとっても綺麗! 甘い物が大好きなソルジャーの口にも合ったようでした。それにしてもソルジャーと「ぶるぅ」、いつまで居座るつもりなんでしょう?
「ぼくたちがいては駄目なのかい?」
赤い瞳がこっちを向きます。私は慌てて首を左右に振りました。
「ふうん?…どうやら他のみんなも同じことを考えてるみたいだね。早く帰ってくれないかな、って」
「えっ? い、いや…そんなことは…」
会長さんが答えましたが、ソルジャーは容赦しませんでした。
「君もおんなじ意見だろう? 君はともかく、他の子たちが考えてることは簡単に読める。ぼくたちが帰らないと計画が立てられないっていうわけか。…明日から海辺の別荘暮らし。とても楽しい計画だよねぇ?」
「それは…ジョミーが日焼けしたいと…」
「なるほど。で、ぼくたちがいるとマズイってわけだ」
ソルジャーはココナッツミルクの餡で飾った一口大のゼリーを摘んで私たちをグルッと見渡しました。
「「「…………」」」
「ふふ、図星。ぶるぅ、ぼくたちお邪魔らしいよ」
え。ソルジャー、それは間違いです。確かに別荘行きの計画はソルジャーたちのいない所で…と思いましたけど、迷惑だからとかそんなのじゃなくて、ソルジャーに悪いと思ったからで…。
「悪い? ぼくに? どうしてそういうことになるのさ」
全員が同じ考えだったらしく、私たちは会長さんを見詰め、会長さんは大きな溜息をついて。
「…言葉にしなきゃいけないのかい? 答えはとっくに知ってるだろうに…。ここは君の生きている世界と違いすぎる。ぼくたちの能天気な日々を見せつけるような計画、君の前では話しにくいよ」
「そうかな? ぼくは全然気にしないけど。ぶるぅ、お前もそうだよね?」
「うん! で、どんなお話? 何の計画?」
ソルジャーと「ぶるぅ」は無敵の笑顔を向けてきました。けれど、やっぱり別荘ライフのお話なんて出来ません。ソルジャーにとっては平和な世界でさえ手の届かない代物なのに、その上、リゾートライフなんて…。私たちは何度も顔を見合わせ、会長さんを縋るような目で見て、会長さんはキュッと拳を握り締めて。
「…無理だよ、ブルー…。そんな無神経なこと、ぼくには出来ない」
「じゃあ、ぼくも一緒に行きたいと言ったら?」
「「「は!?」」」
「言葉通りだよ。ぼくとぶるぅも海の別荘に行きたいと言ったらどうなるのかな?」
「「「えぇぇっ!?」」」
それは思いもよらない発言でした。ソルジャーと「ぶるぅ」が一緒に海の別荘へ…って、そんなことが出来るんだったら、最初から悩みはしないんです。でも、どう考えても不可能ですよねえ?
「…ブルー…」
さっきよりも深刻な表情で会長さんが口を開きました。
「言いにくいんだけど、別荘行きは一日や二日で済まないんだ。一週間くらいは滞在することになるだろう。そんなに長くシャングリラを離れるなんて君には出来ない。…それとも君は一泊できれば満足なのか…? マツカ、別荘の方はぼくとぶるぅが二人ずついても平気かい?」
「それは問題ありません。お客様が誰であろうと、詮索するような者はいませんから」
「じゃあ、その方面は大丈夫だね。…ブルー、君が短期間でもいいのなら…」
「一日だけって誰が言った?」
ソルジャーの唇に不思議な笑みが浮かんでいます。悪戯が上手くいって大笑いしたいのを無理に抑えているような…笑いを噛み殺しているような。
「ぼくは一緒に行きたいと言ったんだ。一日だなんて言ってない」
「二日くらいは平気だとか…?」
「一緒に行くって言っただろう。一週間でも二週間でも、君たちと同じだけ行ってみたいな。…邪魔だっていうなら一日で我慢するけれど」
「一週間!?」
会長さんはポカンと口を開け、ソルジャーがクスクスと笑い出しました。
「ブルー、遮蔽が崩れているよ。…ぼくがシャングリラを捨てる気なのかと思ってるんだ? まぁ、それでも構わないんだけどね。実際、そうしろって言われているし」
「…シャングリラを…捨てる…?」
「そう。この世界に住み着いて二度と戻って来なければいい、と何度も進言されている」
「…誰に…?」
「決まってるじゃないか」
信じられない、という表情の会長さんを見つめるソルジャーの瞳は笑っていませんでした。
「シャングリラを…ぼくの世界を捨てろだなんて、ぼくに言えるのは一人しかいない。この世界のことを知っているのも、ぶるぅの他には一人しかいない。…分かるだろう?」
「…まさか……キャプテン…?」
「そのとおり。ハーレイはぼくがシャングリラに戻ると、いつも複雑な顔をする。実際に表情が変わるわけではないけれど…瞳の色で分かるんだ。ぼくが戻ってきたのを喜ぶ顔と、戻らないで欲しかったという顔。…本音は嬉しい筈なのに、いつも少しだけ悲しそうに見える。…どうしてか君に分かるかい?」
難しいかもね、とソルジャーは首を傾げてみせました。
「ハーレイはぼくを逃がしたいんだ。あの世界に…シャングリラにいれば、ぼくは戦いに出るしかない。タイプ・ブルーはぼくとぶるぅだけで、ぶるぅは三分間しか力が続かないんじゃあ…戦えるのはぼくだけだろう? 今までは怪我で済んできたけど、もしかしたら…。ハーレイはそれを恐れている。そこへ君たちが現れたのさ」
「…それじゃ、君は……これを機会に…?」
「逃げ出すわけがないだろう? だから分かってないって言うんだ。シャングリラも大切だけど、何よりシャングリラにはハーレイがいる。ハーレイと別れて生き延びたって何の意味も無いよ。だから…ぼくは必ず帰る。ハーレイのいる所がぼくの生きていける世界だから」
でも、とソルジャーは一息ついて。
「シャングリラを捨てろって言ったほどなんだから、ハーレイにも自信はあるんだろう。ぼくがいなくなってもキャプテンとして船を守っていくことは可能だ、と。…二度と戻ってこないことに比べたら、一週間や二週間くらい留守をするのは大した問題じゃないと思うな。ね、ぶるぅ?」
「そうだね! ダメって言われたら、家出しちゃえばいいんだもんね♪」
ソルジャーと「ぶるぅ」は自信満々で長期休暇を取る気でした。向こうの世界のキャプテンがソルジャーを大事に思っているのをいいことにして、こっちの世界でバカンスだなんて…そんな勝手が通るのでしょうか?
「大丈夫。安定した日が続いているし、ぼくだって定時報告くらいは聞きに帰るさ。駄目なようなら家出してくる。
それとも、ぼくたちと一緒に別荘に行くのは嫌なのかい?」
私たちは揃って首を横に振りました。ソルジャーに逆らうのは会長さんに逆らうのよりも恐ろしいかもしれません。
会長さんが承知するなら、その決断に従うだけです。会長さんは少し考えていましたが…。
「分かった。マツカ、悪いけど二人余計にお世話になるよ」
「はい! その人数で手配しますね」
ケータイを取り出し、執事さんを呼び出すマツカ君。あれこれと指図している様子をソルジャーが興味深そうに眺めていました。有能な執事さんとマツカ君のコンビネーションで、別荘ライフを巡るあれやこれやはアッという間に決定です。明日のお昼に別荘の最寄り駅へ着ける電車も手配済み。
「ありがとう、マツカ。集合はアルテメシア駅の改札でいいね」
会長さんが待ち合わせ場所を決め、ソルジャーと「ぶるぅ」は会長さんと一緒に改札前に来ることに…。本当に休暇を取ってくるのか、家出してくるのか、どっちでしょう?
「さあね。それはハーレイ次第かな。明日、楽しみにしているよ」
ばいばい、と手を振ってソルジャーと「ぶるぅ」は自分たちの世界に帰っていきました。私たちも旅行の用意があるので解散です。去年よりも面子が増えた別荘ライフ、何事もなければいいんですけど…。
次の日、大きなボストンバッグを提げてアルテメシア駅の改札に行くと、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」御一行様以外は全員集合していました。うーん、もう1本早いバスにした方が良かったでしょうか。
「気にすることないわよ。集合時間はまだだもの。それに、みんなが早く来ている原因は…」
スウェナちゃんがニコッと笑って。
「ズバリ野次馬根性よ! マツカは責任者だから違うかもしれないけれど、他は全員そうだと思うわ。本当にソルジャーが現れるかどうか、気になって仕方ないんでしょう? もちろん私もその一人」
「俺は野次馬根性じゃないぜ! ブルーのことが心配で…」
反論したのはサム君です。
「だってさ。ソルジャー…じゃなかった、あっちのブルーって変な趣味が…。別荘行きにかこつけてブルーの家に泊まり込んで、おかしなことをしてたらどうしよう…って…」
「そういうサムもブルーのことが好きなくせに」
変なの、とジョミー君。
「そうだ! ブルーはガード固いけど、ソル…ううん、あっちのブルーならいけるんじゃないの? 別荘に泊まってる間に口説いてみれば?」
「…えっ……」
サム君の頬は真っ赤になってしまいました。今までのソルジャーの言動からして、お試しでキスくらいは簡単にして貰えそうです。そりゃサム君も、ちょっと妄想しちゃうでしょうねぇ…実行するかどうかは別として。
「サムにはハードルが高いと思うぞ。俺たち全員がソルジャーって呼んでいるのに、頑固にブルーと呼び続けているほどクソ真面目だし」
絶対無理だ、とキース君が笑い、私たちも思わず頷きます。呼び分けるのが大変なので、いつの間にか定着してしまった『ソルジャー』という呼び名。最近でこそサム君も使ってしまうことが多いですけど、気付くと必ず『ブルー』と名前を言い直すのでした。理由を尋ねると「もう一人のブルーなんだし、ちゃんと名前を呼びたいじゃないか」と返され、納得したようなしないような…。
「で、本当に来ると思いますか?」
シロエ君が入口の方を眺め、マツカ君が。
「変更があるとは聞いてませんし、来るんじゃないかと思いますが…。別荘の方には今年のお客様は双子だから、と言ってあります」
「「「双子!?」」」
「他に理由が見つかりますか? あんなにそっくりな人たちですよ。おまけにブルーは黙ってても人目を引くんです。ぶるぅは子供だからまだいいとして、ブルーの方は…。話題に花が咲かない内に先手を打っておかないと」
マツカ君、凄い! 流石は未来の経営者です。きちんと根回ししてあるなんて…。それにしても、ソルジャーは本気でシャングリラを留守にする気でしょうか? ダメなら家出だなんて恐ろしいことを言っていましたが…。
「かみお~ん♪」
聞き慣れた声が響き渡って、駆けて来たのはリュックを背負った「そるじゃぁ・ぶるぅ」。その後ろには、お揃いのリュックを背負った「ぶるぅ」の姿が…って、どっちが「ぶるぅ」?
「こっち、こっち! お弁当を買えるの、こっちだよ!」
先に走ってきた小さな姿がお店の方へ向かいました。駅の構内を知ってるってことは、そっちが「そるじゃぁ・ぶるぅ」ですね。そして「ぶるぅ」がいるからには…。
「やあ。みんな早くから来ていたんだね」
ボストンバッグを持った会長さんがソルジャーと並んで立っていました。うぅっ、この二人も区別がつきません。シャツの襟が少し違いますから、ここで認識しておかないと…。
「君たちはお弁当、買ったのかい? まだなら一緒に買いに行こうよ」
「うん。お薦めのお弁当があれば教えて」
なるほど、お弁当の種類を知らない方がソルジャー…ですか。私たちは違いを頭に叩き込みながら駅弁を買いに行きました。山ほどの駅弁を抱えた「ぶるぅ」の姿を笑いながら改札を通り、電車に乗って…。車両の中は貸し切りです。マツカ君、もしかして買い占めましたか…? 私たちの質問に、マツカ君は笑って答えませんでした。
「あのね、電車で旅行する時は駅弁が楽しみの一つなんだよ」
電車が走り出すと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が得意そうに説明し始めました。
「時間がある時は必ず買って食べるんだ。そこの場所の名物が入ってるのも沢山あるし、同じ名前のお弁当でも作ってるお店によって中身が違うから面白くって」
「駅のお店にもいっぱいあったね。どれにしようか迷っちゃったぁ♪」
そう言う「ぶるぅ」が座っている横には駅弁がドカンと積まれています。幕の内に懐石弁当、ステーキ弁当、海老フライ弁当、おまけに璃慕恩院ご用達の精進料理弁当まで…。もしかして全部の種類を買っちゃったとか?
「うん」
返事をしたのは会長さん。
「ずいぶん迷っていたからね。乗り遅れたら困ると思って、好きなだけ買っていいよって言ったら、こうなった」
「どのお弁当も美味しそうだったんだもん」
いっただっきまーす、と叫んだ「ぶるぅ」は割り箸を手に駅弁を食べ始めました。確かに駅弁は旅の楽しみの一つですけど、「ぶるぅ」を見ていると駅弁の方がメインのように思えてきます。窓の外なんか見ていませんし!
「ぶるぅ、海が見えてきたら教えてあげるよ。それまで食べていればいいから」
「うん!」
会長さんの言葉に頷く「ぶるぅ」。その間もお箸は止まりません。その姿を見ながら会長さんが。
「ちょっと早いけど、ぼくたちも食べる?」
「そうだね。このお弁当、まだ温かいし」
相槌を打ったソルジャーが持っていたのは鶏飯でした。えっと…誰のお薦めだったんでしょう? みんなが取り出したお弁当を見回しましたが、鶏飯は誰も持っていません。ひょっとして会長さんのお気に入りかな?
「鶏飯はぼくが選んだんだよ。みんなのお薦めより面白そうだし」
ソルジャーはクスッ笑って包み紙を開け、御飯の上に乗っかっている煮込んだ鶏を指差して…。
「この鶏肉。…お店のこだわりの鶏だってさ、地鶏の雄鶏。地鶏っていうのが地球ならではだし、雄鶏っていうのが最高じゃないか。ブルー、一口食べてみる?」
はい、とお箸で上手に摘んで会長さんの方に差し出しましたが、会長さんはキッとソルジャーを睨み付けて。
「遠慮しておく! その手には乗せられないからね」
「残念。…貰ってくれるかと思ったのに」
美味しいよ、と頬張ってみせるソルジャーの瞳に悪戯っぽい色が浮かんでいます。鶏飯の何処がいけないんでしょう…って、もしかして…雄鶏? 昨日、雄鶏をプレゼントするのはプロポーズだとかいう話を会長さんがしていましたが…。
「ブルーは雄鶏の話が気に入ったんだよ」
会長さんが深い溜息をつきました。
「今の鶏肉をぼくが受け取っていたら、それをネタにして迫る気だった。…違うかい?」
「…まあね」
鶏飯を食べながらソルジャーがニヤリと笑います。
「せっかく一緒に旅行するのに、ぼくのプロポーズを受けてくれてもいいじゃないか。食わず嫌いはよくないよ。君の身体はよく知ってるし、この機会にちょっと試してみても…」
「断る! 君の方こそ、昨夜プロポーズされたばかりのくせに、浮気している場合じゃないと思うけど」
「「「プロポーズ!??」」」
私たちの声が引っくり返りました。ソルジャーがプロポーズされたって…いったい誰に…? 仰天している私たちを他所に、ソルジャーは鶏飯をつつきながら。
「ぼくにプロポーズしようって人が何人もいると思うかい? ハーレイとぼくとの仲は暗黙の了解事項だよ。なのにプロポーズしにくる人がいるなら、是非とも御目にかかりたいな」
「でもプロポーズされたって…」
恐る恐る質問したのはジョミー君。タイプ・ブルーの度胸でしょうか? ソルジャーはクスクスと笑い、鶏肉をお箸で摘み上げました。
「これが大事な鍵なんだよ。ぼくにプロポーズをしたのはハーレイ。…正確にはプロポーズさせたんだけどね」
「「「えぇっ!?」」」
またしても雄鶏ですか! 雄鶏ネタが気に入ったらしいソルジャーですが、いったい何をやらかしたと…?
駅弁を食べながらのおしゃべりは電車の旅の楽しみの一つ。けれど話題は恐ろしい方向に転がっているようでした。わざわざ鶏飯を選んだほどのソルジャーが、昨夜キャプテンにプロポーズさせた鍵は雄鶏らしいです。会長さん曰く、雄鶏をプレゼントするっていうのは男同士の関係におけるプロポーズで…。
「せっかく素敵な地球の習慣を聞いたんだからね」
ソルジャーは瞳を輝かせました。
「やっぱり体験したいじゃないか。ぼくとハーレイは深い仲だけど、結婚しているわけじゃない。ブルーがお遊びでゼルと結婚式を挙げた話をハーレイに聞かせてみたのにさ……結婚しようとは言われなかった。シャングリラには結婚してるカップルだっているというのに、不公平だと思わないかい?」
「…まず第一に、男同士。おまけにソルジャーとキャプテンの結婚だなんて、難しそうだと思うけど」
口を挟んだ会長さんに、ソルジャーは人差し指を左右に振って。
「SD体制のいい所はね…結婚しても子供を作る社会じゃないって所かな。子供を作る必要がないから同性婚にも寛容だ。男同士というのは全く障害にならないんだよ。ソルジャーとキャプテンの結婚について言うなら、祝福されるだけだと思う。長と船長が結婚すれば、シャングリラは今まで以上に安定するし」
「…本当に…?」
疑わしそうな会長さん。けれどソルジャーは自信満々で答えました。
「当り前だろう? ソルジャーの役目はさほどでもないけど、キャプテンはとても多忙なんだ。ぼくと会えない日だって多い。報告は思念だけでおしまいってこともあるんだよ。だけど結婚したら同居だよね。ほんの僅かな時間だけでも共有できるし、そうなれば細かな所に目を配る余裕ができるかな…って」
もっともらしい説を唱えるソルジャー。それはそうかもしれませんが…。
「だから、ぼくの望みはハーレイと結婚することなんだ。なのに決してプロポーズしてはくれなくて……「愛してます」って言われるだけで。この際、体験したかったんだよ。ハーレイからのプロポーズを」
「…まさかと思うが、雄鶏をプレゼントさせたのか…?」
キース君の問いにソルジャーは大きく頷きました。
「うん。昨日、ぼくの世界に帰ってみたらハーレイはまだブリッジにいた。夜は青の間に来るっていうから、思念で直接伝えたんだ。家畜飼育部で雄鶏を調達してきて欲しい、ってね。もちろん理由を聞かれたけれど、調べ物だと誤魔化した。ついでに誰にも知られないよう、こっそり持ち出してくるように…って」
「真に受けたキャプテンはそれを実行したんだよ」
会長さんは全てを知っているようでした。ソルジャーは思い出し笑いをしながら鶏飯を食べ終え、「御馳走様」と包み直して片付けて。
「ハーレイは大真面目に雄鶏を運んで来たよ。もう笑うしかないんだけれど、仕事を終えた後で監視カメラとかをチェックしながら家畜飼育部に忍び込んで…無事に雄鶏を一羽、盗み出した。でも雄鶏って大きな声で鳴くだろう? 運ぶ途中で鳴いたらバレるし、麻酔剤を吸入させてさ。それを上着の中に隠して、誰とも会わない通路を選んでコソコソと…」
シャングリラ号の構造は私たちの世界もソルジャーの世界も同じです。気の毒なキャプテンが雄鶏を盗み出して運ぶ様子は容易に想像できました。家畜飼育部と青の間の間はかなり離れていた筈ですし、キャプテンはさぞ心臓と胃が痛かったでしょう。
「やっとのことで雄鶏を届けに来たハーレイは「どうぞ」とぼくに差し出した。貰ってもいいのか、と尋ねたら「お望みの雄鶏ですから」と渡してくれたよ。ハーレイが何も知らないと分かっていても嬉しかったな。苦労して手に入れた雄鶏をぼくにくれたんだしね」
「…意味は言わないままだったの?」
ジョミー君が尋ねると、ソルジャーは「まさか」と微笑んで。
「受け取ってすぐに教えたよ。こっちの世界のずっと昔の習慣で…男から男へのプロポーズだ、って。怒られるかと思ったけれど、ハーレイは照れてこう言った。「私たちの世界では失われてしまった文化ですね」と。…その後かい? 雄鶏はぼくが家畜飼育部のケージに送って、後はベッドで二人きりさ。ぶるぅは土鍋で寝ていたし」
とても幸せな夜だったんだ、とソルジャーは夢見るような瞳を窓へ向けました。キャプテンと両想いなのに結婚できず、プロポーズもされたことがなかったなんて…。ソルジャーが会長さんを羨ましがる理由が分かったような気がします。世の中、うまくいかないものなんですね。
窓の外に海が見えてくる頃、「ぶるぅ」は山ほど買い込んだ駅弁を食べ終えて「海だ!」とはしゃぎ始めました。まだまだ残暑も厳しいですから、海で泳ぐにはもってこいです。駅には迎えのマイクロバスが待っている筈。今年もプライベートビーチで遊び放題の日々ですが…。
「結局、休暇は取れたのか?」
キース君が駅弁の空箱をゴミ袋に纏めながら言いました。休暇…。そういえば、ソルジャーが休暇を取ってきたのかどうかは聞いていません。もしかして、雄鶏プロポーズで全てをなし崩しにして荷物を纏めて出てきたとか…?
「ああ、休暇ね。ハーレイには今朝、言ったんだ。ぼくがいなくても大丈夫か、って。なんとかします、と答えてくれた。一応、サイオンで連絡が取れるようにはしてきたよ。定時報告は要らないそうだ。せっかく自由に過ごせるんだから、シャングリラのことは忘れろってさ」
ぶるぅと一緒にバカンスだ、とソルジャーはニッコリ笑いました。電車が駅に滑り込みます。私たちは荷物を持ってホームに降り立ち、ソルジャーと「ぶるぅ」は微かに潮の香りが混じった空気を嬉しそうに吸い込んで…。マイクロバスに乗って海辺を走り、マツカ君の家の別荘に着くと、いよいよバカンスの始まりです。レンコン掘りに費やしてしまった夏をここで一気に取り戻さなくちゃ。
「連れて来てもらえて良かったね、ぶるぅ」
「うん! 凄いや、地球の海で遊べるなんて! ぼく、何をして遊ぼうかな?」
ソルジャーと「ぶるぅ」も御満悦。別荘の人たちは二組の『双子』を驚きもせずに迎えてくれて、部屋に案内してくれました。今年の海の別荘はソルジャーたちが増えて賑やかですけど、その分、きっと楽しいですよね!
レンコン掘り…いえ、埋蔵金探しに燃えた田舎暮らしからアルテメシアの街に戻った私たち。埋蔵金を会長さんに持っていかれてガッカリしながら帰ってきたのが二日前です。今日は会長さんのマンションに集まって慰労会ということになっていました。ダイニングのテーブルにはトムヤムクンや生春巻き、パパイヤのサラダに様々な炒め物など「そるじゃぁ・ぶるぅ」自慢の料理が並んでいます。
「かみお~ん♪ 思い切りエスニックにしてみたよ! レンコン掘りの秘密基地では、こんなの食べてる暇がなかったもんね」
「レンコンじゃなくて埋蔵金だよ…」
フゥ、と溜息をつくジョミー君。レンコン掘りがメインだと思われても仕方ない日々を送った上に、埋蔵金は会長さんの懐に…。いっそレンコン掘りをしに行った、と思った方がマシな状況かもしれません。会長さんがクスッと笑って戸棚から封筒を取り出しました。
「はい、これ。君たちが出荷した蓮の花とレンコンの売り上げだよ。道具の借り賃を差し引いて貰って残った分だ。どうする? これもシャングリラに寄付しておく?」
「「「シャングリラ!?」」」
「そう。シャングリラ号に寄付するか、って聞いてるんだけど。ああ、料理は遠慮なく食べてくれたまえ」
「「「はーい!」」」
いただきます、と食べ始めた私たちに会長さんはニコニコと…。
「シャングリラは今、恒例の乗員交代の為に地球に近い場所にいる。話しただろう、夏休みの間に一番大きな入れ替えがある、って。この間の埋蔵金はシャングリラに乗せるつもりなんだ。君たちが稼いだお金も一緒に纏めて寄付しないかい? ぼくが金貨に替えに行くから。資産として蓄えるには金が一番なんだよね」
「…万一の時の備えってわけか」
「ご名答。流石キースだ。…で、答えは?」
寄付しろと言わんばかりの会長さん。確かにシャングリラ号の存在意義を考えてみると、いざという時のための資金は必要なのかもしれませんけど…レンコン掘りの売り上げなんか、埋蔵金の前には微々たるものでは?
「埋蔵金の箱に君たちの名前を書いたプレートを付けてあげてもいいよ。売り上げを寄付してくれるなら…ね。どうだい、子々孫々まで君たちの名前が残るんだけど。…今のままだと埋蔵金はソルジャーからの個人的な寄付ってことで、名前は何も付かないんだ」
「俺たちの名前か…」
「そう。シャングリラ号はもちろん、ぼくたち全員の資金を管理する部署にも君たちの名前が残る。…どう? 売上金を手に入れたって、何回か食べに出かけたら無くなっちゃうと思うんだけど」
うーん、難しいところです。稼いだお金を使ってしまうか、グッと我慢して名を残すか。我慢すれば箱2杯分の黄金に私たちの名前が入ったプレートが…。
「どうしよう? 名前が残るってかっこいいような気もするよね」
「だよな。俺たち、あんまり役に立ちそうもないし」
ジョミー君とサム君が言い、キース君が頷いています。シャングリラ号の記録に残せるほどの大きな功績を私たちが上げられるとは思えません。タイプ・ブルーのジョミー君なら、望みがあるかもしれませんけど。
「…思い切って寄付しちゃいますか?」
シロエ君の言葉に私たちは顔を見合わせ、埋蔵金掘りの言いだしっぺのジョミー君の顔を眺めて…。
「えっ、ぼくが決めるの? じゃ、じゃあ…記念に名前を書いて貰おうよ!」
「「「さんせーい!!」」」
会長さんは嬉しそうに笑い、「いいんだね?」と念を押しました。
「分かった。埋蔵金は君たち全員の名前をつけてシャングリラ号に送ることにする。夏休みのいい記念になるよ」
ほらね、とダイニングの床に瞬間移動で現れたのは埋蔵金が詰まった箱。蓋が開けられ、黄金の輝きに魅せられながらのランチタイムが賑やかに過ぎていきました。
「そうそう、例の阿弥陀様だけど」
タイ風お好み焼きを取り分けながら、会長さんがジョミー君とサム君を交互に見詰めて微笑みます。
「ジョミーとサムが使うゲストルームに置こうと思ってるんだよね。そうしておけば、泊まりに来た時はいつも拝んでもらえるし…それ以外でも拝みたくなったら言ってくれれば招待するし」
「…それって、俺とジョミーはいつでも来てもいいってこと?」
「そうなるね。もちろんサムが一人で来てもかまわないよ」
「ええっ!?」
サム君の顔がパァッと輝き、幸せオーラが出ています。会長さんの家に来られるのなら、毎日でも阿弥陀様を拝みかねない勢いですけど…そんな動機でいいんでしょうか? 案の定、キース君が渋い顔で。
「おい。弥陀本誓願に恋愛成就は無かったと思うぞ」
「…ミダ…ホンセーガン…?」
オウム返しはジョミー君。えっと、それって何でしょう? 会長さんが「入ってないね」と即答して。
「弥陀本誓願っていうのは、阿弥陀様が衆生を救うためにお立てになられた四十八の誓いなんだ。その中に恋愛成就は無いだろう、とキースは文句を言ってるわけ。だけど発心なんて動機は何でもいいんだからさ、サムが阿弥陀様を拝みたいならいつでもおいで」
「ホントに?」
「うん。どうせなら御厨子に入れてもらうのもいいね。仏具のカタログがあるから見るかい?…よかったらジョミーも一緒に選ぶといいよ」
寺院仏具と書かれた分厚いカタログを会長さんが取り出し、パラパラとページをめくります。埋蔵金ならぬ阿弥陀様を掘り当てたばかりに、ジョミー君とサム君は仏門に更に近づいてしまったようですが…。
「ぼくとしては黒漆塗りが荘厳でいいんじゃないかと思うんだけどね。黒檀もなかなかに重みがある。もっと気軽に接したい、というなら杉やケヤキがいいかもしれない。形も色々揃ってるから、好みのがあれば言ってほしいな」
「んーと…。俺、こういうのってよく分からないし…。ブルーに任せていいよな、ジョミー?」
「どうでもいいよ…。嫌だって言っても買う気だろうし」
ジョミー君はブツブツ言いつつ蟹のカレー炒めをお皿に盛って。
「そんなことより日焼けをどうにかしてほしいんだ。庭で日光浴をしてみたんだけど、一日じゃどうにもならなかったよ。…顔しか日焼けしてないだなんて、ものすごくカッコ悪くってさ!」
「「「うっ…」」」
キース君たちがグッと言葉に詰まります。レンコン掘りの作業服は顔以外をゴムの胴長と手袋で覆ってしまうものでしたから、男の子たちは顔だけ日焼けして手足は全く焼けていません。ジョミー君が日光浴をしようとしたのも無理はないという状況でした。
「阿弥陀様を拝めば手足もちゃんと日焼けする、っていうんだったら頑張るよ? でも違うだろ! 夏休み、あと2週間しかないじゃないか! 毎日庭で日光浴なんて退屈だよ。退屈せずに日焼けしたいよ!」
「…みんなで海に行ってみますか?」
遠慮がちに聞こえたマツカ君の声。けれど…。
「「「行く!!!」」」
一斉に叫ぶ男の子たち。スウェナちゃんと私も便乗して叫んでしまっていました。マツカ君が言う海というのは、埋蔵金を掘りに行かなかったら泊まってた筈の海の別荘。去年過ごしたゴージャスな別荘ライフをもう一度、です。
別荘行きの案はアッという間に盛り上がり、マツカ君が手配をしようとケータイを取り出したのですが。
「納涼お化け大会には参加しないのかい?」
置き去りにされた会長さんが仏具カタログを手にして不満そうです。
「去年はスウェナとみゆしかクリアできていないだろう。雪辱戦をすればいいのに」
「クリアしたって手拭いとお菓子しかくれないじゃないか! 日焼けの方が大問題だよ」
ジョミー君が食ってかかると、キース君が。
「そうだな。それに、お化けの仕掛けもサイオンだと分かってしまったし…今の俺たちには意味がない」
「でも、出るべきだとぼくは思うな」
唇を尖らせている会長さんに、マツカ君が恐る恐る尋ねました。
「あの…。話に加わってらっしゃらなかったので、お嫌なのかと思ったんですが…。よろしかったら別荘においでになりませんか? ぶるぅも一緒に」
「ぼくとぶるぅも? ありがとう、君はいい子だね、マツカ」
あちゃ~。会長さんったら、拗ねていただけだったみたいです。上機嫌になった会長さんは別荘ライフについて話し合うべく、仏具カタログをポイッと後ろへ放り投げたのですが…。
「いったぁ~い!!」
ゴッ、という音と甲高い悲鳴が響きました。
「「「ぶるぅ!!?」」」
頭を抱えてうずくまっているのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。あれ? テーブルのそばでグリーンカレーを盛りつけているのも「そるじゃぁ・ぶるぅ」…。
「いたたたたた…。今の、ブルーが攻撃したの? ひどいや、全然読めなかったよ!」
「…ぶるぅ? ごめん、ごめん。お使いに来たのかい?」
銀色の小さな頭を撫でる会長さん。仏具カタログがヒットしたのは別の世界のシャングリラから来た「そるじゃぁ・ぶるぅ」のそっくりさんの「ぶるぅ」でした。「ぶるぅ」はプルプルと頭を振って。
「ううん、寄り道しただけだよ。美味しそうな匂いがしたんだもん!」
「ああ、今日はパーティーみたいなものだからね。辛い料理も多いけど、食べていく?」
「うん!」
会長さんの言葉に「ぶるぅ」は無邪気に喜び、増やされた椅子に座りました。えっと…確か「ぶるぅ」は大食いなのでは…。お料理が足りなくなったら「そるじゃぁ・ぶるぅ」に頑張って貰うしかありません。
「ぶるぅ、寄り道って言ってたけど…。ぼくの家の他に、君が行くような場所があったかな?」
首を傾げる会長さんに「ぶるぅ」は得意そうな笑みを浮かべて。
「あのね、キャプテン……ううん、教頭先生のところ。何回か来てみたんだけど、いつもお留守でダメだったんだ」
「ハーレイの家? 夏休みはシャングリラ号と何度か往復するから、留守の時にばかり当たったんだね。でもハーレイに用事って…ぼくにじゃなくて?」
「うん! ブルーに頼まれたものを届けに行ってきたんだよ」
「…ブルーが……ハーレイに…?」
眉を寄せる会長さん。ソルジャーが教頭先生にお届けものをするなんて…どうした風の吹き回しでしょう? ロクでもない予感がするのは私だけではないようで、ジョミー君たちも食事の手を止めて見守っています。お客様の「ぶるぅ」はそうとも知らず、甘辛いタレつきのタイ風焼き鳥を大きく口を開けて頬張りました。
「これ、美味しい! これも、これも…」
パクパクといろんな料理に手を出し、次々に胃袋に収めながら。
「ねぇねぇ、美味しいものばっかりだね! 寄り道してみて良かったぁ!」
「ぶるぅ、頼まれたものって何だったんだい? よかったら教えてくれないかな」
「ん?」
口いっぱいに詰め込んだ料理をモグモグ、ゴクンと飲み下した「ぶるぅ」はニッコリ笑って。
「えっと…えっとね、アヒル!」
「「「アヒル!?」」」
想定外の答えにビックリ仰天の私たち。アヒルって…アヒルをプレゼントって、なに?
「……アヒルなんだね? 鶏じゃなくて…?」
「「「は?」」」
会長さんの質問は訳が分かりませんでした。贈り物にアヒルというのもサッパリですが、それが鶏だったら意味があるとでもいうのでしょうか? 三百年以上も生きてる人の知識には全然ついていけないです…。
「んーとね…。アヒルだったと思うよ。自信なくなってきちゃったけれど」
深く考えてなかったから、と「ぶるぅ」が答え、会長さんはホッと吐息をつきました。
「アヒルだったんなら構わないんだ。少なくとも雄鶏とアヒルを間違えたりはしないだろうし」
「雄鶏? えとえと…、もしかするとヒヨコだったかもしれない!」
「ヒヨコ?」
「だって黄色をしてたんだもん。鶏のヒヨコ、黄色いよね。アヒルじゃなくてヒヨコだったかも…」
それを聞いた会長さんの顔がサーッと青ざめ、独り言のように。
「…ヒヨコ…。雄のヒヨコだった場合は雄鶏ってことになるんだろうか…」
「おい、ブルー! あんた一体どうしたんだ!?」
キース君の問いに会長さんはブルッと身体を震わせ、料理に夢中の「ぶるぅ」をじっと眺めてから。
「雄鶏のプレゼントだったとしたらマズイんだ。…ブルーが知ってるかどうかは分からないけど、古代ギリシャの習慣で…雄鶏をプレゼントするのは求愛の申し込み。受け取ったらオッケーだという合図で…」
「「「えぇっ!?」」」
それは確かにヤバイです。「ぶるぅ」はアヒルだったと言ってますけど、雄のヒヨコだったらどうしましょう? 会長さんは青い顔をして続けました。
「しかも普通の求愛じゃない。男同士に限られる上、贈られた方が受け身なんだよ」
「「「えぇぇぇっ!?」」」
きょ、教頭先生が……受け…。ソルジャー、まさか本気で教頭先生に雄のヒヨコを…? あのソルジャーならやりかねない、と誰もが震え上がっています。会長さんは掠れた声で尋ねました。
「ぶるぅ、ハーレイはアヒルを受け取ったのかい…?」
「うん!」
元気一杯の答えに愕然とする私たち。何も知らない教頭先生がソルジャーの意図に気付かず、雄のヒヨコを貰ったのなら大変です。なんとかしないと…。でもどうやって…?
「…ふぅん…。そのプロポーズは知らなかったな」
「「「ソルジャー!??」」」
ダイニングに姿を現したのは会長さんのそっくりさんでした。優雅にマントを翻して「ぼくの椅子は?」と催促します。キース君が慌てて追加の椅子を運んできました。柔道で心技体を鍛えているだけあって、立ち直りの早さはピカイチなんです。ソルジャーは悪びれもせずにテーブルについて。
「美味しそうだね。ぶるぅが帰ってこないから、ちょっと覗いてみたんだよ。…どれがお薦め?」
「えっと…王道はトムヤムクンかな、そこのスープ。…じゃなくて、ブルー! ハーレイに何を…」
「君の読みと大差は無いと思うけど?」
具だくさんの海老スープを取り分けながら、ソルジャーは意味深な笑みを浮かべました。
「本物の地球には面白い習慣があったんだね。知ってたらアヒルじゃなくて雄鶏をプレゼントしてみたのにさ。こっちのハーレイがどんな反応をするか見てみたかったな」
「………。ハーレイは多分、雄鶏の意味は知らないと思う」
「なんだ、残念。じゃあ、ぼくのハーレイに雄鶏をくれって頼んでみよう。プロポーズの意味だとも知らずに馬鹿正直に持ってくるだろうから、素敵なことになりそうだ」
クックッと笑うソルジャーは本当に楽しげで、雄鶏をプレゼントする意味を知っていたとは思えません。それなのに何故、教頭先生にアヒルなんかを…?
「プレゼントしたのはアヒルだけじゃないよ。ラッコとペンギンとカッパもつけた。他にも色々」
「「「カッパ!?」」」
ソルジャーが住む世界には、そんな生物がいるのでしょうか? カッパといえば頭にお皿がある伝説の生物だとばかり思ってましたが、世界が違えば同じ名前で全く別の生き物が生息しているのかも。それとも私たちが知っているカッパが当たり前に生きていたりしますか…?
呆然としている私たちを他所にソルジャーと「ぶるぅ」は美味しそうに食事をしています。そして「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大食漢の「ぶるぅ」のために追加を作りに、キッチンとの間を忙しそうに往復中。
「悪いね、急に二人もお邪魔しちゃって」
そう言って「そるじゃぁ・ぶるぅ」を労うソルジャーですが、私たちだって負けず劣らず、迷惑を被っていると思うんですけど…。会長さんの責めるような瞳に、ソルジャーは渋々口を開きました。
「…カッパといえばカッパだろう? 頭の上にお皿があって、背中に甲羅をしょっている」
「君の世界にはそんな生物が存在するのか? ぼくの世界では架空のものだが」
「ぼくの世界も同じだよ。…君のハーレイにプレゼントしたのはオモチャのカッパさ」
「「「オモチャ?」」」
なんでそんなものを、と首を傾げる私たち。ソルジャーはクスクスと笑い、「分からない?」と微笑んで。
「あんなに君のことを思っているのに、報われないのが可哀想で…。君と入れ替わった時、君のハーレイの思いが痛いほどぼくに伝わってきたよ。なのに君はハーレイを受け入れない。…それが悲しくて、ぼくのハーレイに話したんだ。そしたら釘を刺されてね。…ぼくが代わりに応えようとは思わないように、って。自分に嫉妬するのは不毛らしい」
「「「…………」」」
「慰めてあげたいのなら代わりにオモチャを送れと言われた。それがアヒルやカッパの正体。…全部ぼく専用のお風呂オモチャだったんだ」
「「「お風呂オモチャ!?」」」
ソルジャーがそんなモノを持っていたとは知りませんでした。お風呂オモチャって、お風呂に浮かべるオモチャですよね? 子供用だと思うんですけど…。会長さんもポカンとしています。
「君はお風呂オモチャと一緒にお風呂に入るのか…?」
「いけないかい? 君のハーレイにプレゼントしようと決めて、ぶるぅに梱包させた後は別のオモチャと入ってる。一人で入るのは寂しいしね」
「別のオモチャ…」
いったいどこまで子供なんだ、と思ってしまった私たちですが。
「ああ、新しいお風呂オモチャはハーレイだよ。…これがなかなか具合がいい」
「「「!!!」」」
今度こそ私たちは目が点でした。
「オモチャと違って色々便利だってことに気が付いた。シャンプーだってして貰えるし、身体も洗って貰えるし」
「ちょっ……ブルー、それって…」
絶句している会長さん。ソルジャーと向こうのキャプテンは両想いでしっかり深い仲です。そんな二人が一緒にお風呂って、どう考えてもアブナイ大人の世界なのでは…。
「お風呂で何をしてるのか、って言いたいわけ? 君に言われる筋合いはないね」
ソルジャーはフンと鼻を鳴らしました。
「ぼくもハーレイも男だよ? 男同士でお風呂に入ってやましいことでもあるのかい? ぼくとハーレイの場合はともかく、男同士なら間違いなんかは起こりようもないと思うんだけど。男女で入る方がよほど危険だ。…君はフィシスと入ってることがあるだろう? それに比べればぼくとハーレイなんて…」
「………」
反論できない会長さん。そっか、フィシスさんと一緒にお風呂に入ってることがあるんですね。そりゃあ…同じ寝室を使ってる日があるんですから、お風呂だって…とは思いますけど、会長さんってやっぱり大人…。
「ふふ、君の友達が絶句してるよ。フィシスとお風呂っていうのはアヤシイよねえ?」
「「「………」」」
同意を求められても困ります。私たちは耳まで真っ赤になって立ち尽くしているばかりでした。
「まぁ、ぼくとハーレイも仲良くお風呂に入っているってわけなんだけど。…こっちのハーレイもブルーと一緒に入る日を夢見て広いバスタブにしているだろう? だからお風呂オモチャをあげたんだ。ぼくはブルーの代わりになれないけれど、ぼくとお風呂に入っていたオモチャがあれば幸せかな…って」
ニッコリ笑うソルジャーの隣で「ぶるぅ」がエヘンと威張ります。
「オモチャはぼくが包んだんだよ! 綺麗な紙でラッピングしてリボンもかけて、何度も配達しに来たのに…お留守ばっかり。やっと渡せて良かったぁ~。ブルーからだよ、って言ったら喜ばれたし!」
「…お風呂オモチャだって言ったのかい…?」
会長さんが訊くと「ぶるぅ」は首を左右に振りました。
「言ってないよ。ブルーが書いたお手紙を渡してきたけれど」
「手紙…?」
ハッと顔を上げた会長さんは窓の彼方へ視線を向けて、それから頭を抱え込んで。
「…ダメだ、ハーレイ、もう昼風呂に入ってる…。しかもオモチャに囲まれてトリップ中だ」
あちゃ~。きっと教頭先生の頭の中は薔薇色でしょう。ソルジャー、どこまで罪作りなんだか…。
教頭先生のお風呂を覗き見たらしいソルジャーと「ぶるぅ」はおかしそうに笑い、食事の合間に「あっ、鼻血」だとか「のぼせてる」だとか「沈んじゃった…」とか、中継をしてくれました。会長さんは憮然とした顔でデザートに手を伸ばしています。とんでもない慰労会になっちゃいましたよ、珍客のせいで! やがて教頭先生は湯あたりしてダウンしてしまったらしく、中継も終了しましたけれど…。
「ぶるぅは何度も配達に行っては留守だったって帰って来たんだ。ブルー、君も留守をしていたみたいだね」
「うん、まあ…。夏休みだし」
「有意義に過ごしてきたっていうのは見れば分かるよ。そこの黄金、凄いじゃないか」
ソルジャーが指差したものは埋蔵金が入った木箱でした。最初から知っていたのか、やっと気付いたのかは分かりませんが、興味深そうに眺めています。
「ああ、あれね。…みんなが頑張って掘ったんだからあげないよ。ぼくたちにだって備えは必要なんだ」
「埋蔵金か。地球には本当に色々なものがあって素敵だな。ぼくたちの世界でこういうものを手に入れようと思ったら…海賊のアジトの跡でも探すしかないかな」
それからソルジャーは海賊の話をしてくれました。お世話になったことがあったり、海賊出身の仲間がいたり…とソルジャーの生きてきた世界は凄すぎます。私たちには耐えられそうもない厳しい状況なんですけども、ソルジャーは穏やかに微笑みながらゆったりと話し続けるのでした。
「…海賊の話はこれでおしまい。今度は君たちの冒険の話が聞きたいな」
「冒険って…。レンコン掘りだよ?」
ジョミー君が言うと、ソルジャーはとても楽しそうに。
「そういう話が聞きたいんだよ。ぼくたちの世界は船の中だ。地上に降りて自由に過ごせる日が来るかどうかも分からない。だから君たちが黄金を掘り当てるまでの苦労話を共有できたら面白そうだな…って」
「顔だけ日焼けになる話でも?」
「うん。それはとっても興味がある。…なんで顔だけ?」
男の子たちの顔を見回したソルジャーはプッと吹き出し、「ぶるぅ」もお腹を抱えて笑っています。蓮の花や葉っぱの出荷とレンコン掘りに明け暮れた日々の話は大いにウケたようでした。そして最後の最後にズルをしたばかりに、会長さんに掻っ攫われた埋蔵金。ソルジャーと「ぶるぅ」は箱に詰まった砂金に両手を突っ込んでみたり、黄金の阿弥陀様を不思議そうな顔で眺めたり。埋蔵金探しの慰労会、別世界からのお客様もお迎えできて大賑わいってことでいいのかな…?
埋蔵金伝説に釣られてやって来たド田舎の村。会長さんが黄金の存在を確かめてくれた蓮池からマツカ君のお祖父さんの別荘に戻った私たちは作戦会議を始めました。クーラーが効いた畳敷きの部屋で座敷机を囲んで座ると、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が冷たい麦茶と水羊羹を運んできてくれます。
「あのね、水羊羹は冷蔵庫に入っていたんだよ。いろんなものが揃っているし、晩御飯に焼こうと思ってる鮎はちゃんと活簀に泳いでるんだ! ぼく、ここのお台所が気に入っちゃった。ご飯はぼくに任せてね!」
「やったぁ!」
ジョミー君が歓声を上げ、スウェナちゃんと私は安堵の溜息。肉体労働は男の子だけ、と会長さんが宣言したので食事係が回ってくるかと実はビクビクしてたのです。9人分の食事だなんて大変そうですし、お料理が得意なわけでもないし…。会長さんがクスッと小さく笑いました。
「食事係は決まったね。で、埋蔵金はどうやって探すんだい?」
「…えっと…池の水を抜いて、乾かして…」
「それじゃ何日かかるか分からないよ、ジョミー」
呆れた顔の会長さん。
「池の水を完全に抜こうとしたら1ヶ月くらいかかるだろう。おまけに泥を乾かすとなると、夏休みくらいじゃとても足りない」
「そんなにかかるの?」
「堤防を壊すっていうならともかく、自然に抜くならそれくらいはね。…マツカ、池の水は抜いても大丈夫かい?」
「え、えっと…。大丈夫だとは思いますけど、確認しますか?」
マツカ君は何処かへ電話をかけて話を始め、やがてこちらを振り向いて。
「抜いても問題ないそうです。…えっと、水門を開けておこうかって言ってくれてますが、どうしますか?」
「お願いしよう」
会長さんが言い、マツカ君は「よろしく」と頼んで受話器を置きました。
「今から開けに行ってくれるそうです。水門を『ヒ』と呼ぶみたいですね」
「樋という漢字を書くんだよ。昔の工法で造ったものだし、君たちには扱えないだろう。お願い出来て良かったじゃないか。でも、水位は急には下がらないから」
目に見える速さでは減らないよ、と会長さんは念を押しました。
「水を抜いてから掘るのは無理だ。抜きながら掘るしかないだろう」
「潜らなきゃダメ…?」
困惑しているジョミー君。
「いいや、そんなに深くはないし、ダイビングの器材は必要ないさ。道具を借りるなら農家かな」
「「「農家!?」」」
埋蔵金の発掘に何故に農家?…鍬とかを借りに行くんですか…?
「マツカ。あの池の蓮にも由来があるのかい?」
会長さんが唐突に話を変えました。
「ええ。お姫様たちが戻らないまま一年経ったので、死んでしまったかもしれないからと供養に植えたと聞いています。それが増えて一面の蓮池に…」
「やっぱりね。そういうことなら大事にしないと。蓮は極楽浄土の花だし、頑張って出荷しながら埋蔵金に挑みたまえ」
「「「出荷!?」」」
そういえばお盆のお供え物に蓮の花とか葉っぱがあります。埋蔵金探しは蓮を刈らないと出来ませんけど、刈った蓮を出荷するんですか?
「使えるものを捨てるなんて罰当たりなことをしちゃいけないよ。開く前の蕾を夜明け前に切って出荷する。小さめの葉っぱと蓮の実も需要があるから、それもだね。朝一番に農作物の出荷に出かける家があるなら、ついでにお願いすればいい。…マツカ、そういうのも分かるかい?」
「はい。探してみます」
早速電話したマツカ君のおかげで農家が一軒見つかりました。花を栽培している家で、自分の所の花と一緒に蓮の蕾や葉っぱを市場へ運んでくれるとか。でも…。
「「「6時!?」」」
「ええ、6時に村を出るんだそうです。池まで取りに来て下さるんですし、その前に作業を終えないと…」
「マジで? 何時に起きなきゃいけないんだ…」
げんなりするサム君に会長さんが。
「とりあえず明日は5時起床。それで作業が順調だったら毎朝5時で、ダメなら次はもっと早く。君たちは素人だから、明日の朝はぼくも行って手順を教えるよ。まず花を切る鋏を借りなくちゃ」
なるほど、農家から鋏を借りるんですね。早起きは苦手なんですけれど、蓮の花を採るのは見てみたいかも。…あ、でも…もしかして私も手伝わなくちゃいけないのかな?
「そうそう、相手が花だからって女の子を巻き添えにしないようにね。立派な肉体労働だから」
会長さんの言葉でスウェナちゃんと私は安心したものの、ジョミー君たちの顔は引き攣っています。埋蔵金を掘りに来て蓮の花の出荷だなんて、思いもよらない事態ですもの。ところが会長さんは更に重ねて…。
「蓮の花と葉っぱくらいで音を上げていてどうするのさ。埋蔵金を掘るんだろう?…その前に掘らなきゃいけないモノが池一杯にあるんだから」
「ま、まさか…」
キース君の顔が青ざめ、会長さんがニッコリ笑って。
「ふふ、その考えで正解だよ。君たちの相手はレンコンだ。埋蔵金はレンコンの下だし、掘らない限り出てこない。レンコンも当然、出荷してもらう。…作業用の服や道具が要るし、今から借りに行かないと。マツカ、済まないけど車の手配を…」
「分かりました」
マツカ君が手配してくれたのは村の所有のマイクロバス。運転手さんは農家のおじさんです。男の子たちと会長さんが乗ると、バスは勢いよく走り去りました。スウェナちゃんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それに私はお留守番です。バスが見えなくなると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「隣町まで行ったんだよね。レンコン生産組合って、なぁに?」
「んーと…レンコンを作っている農家の団体?」
「そういうものじゃないかしら。隣町がレンコンの産地だなんて、思い切り運が悪かったわね」
そんな所が無ければレンコン掘りはせずに済んだと思う、とスウェナちゃん。
「どうかなぁ…。会長さんがいるんだもん。隣町がダメでも、何処かで道具を借りると思う」
借りに行ったのは作業道具一式です。出荷用ルートも手配するでしょうし、ジョミー君たち、明日からレンコン農家の仲間入りですよ…。
レンコン生産組合に出かけた会長さんたちが帰ってきたのは暗くなってからでした。荷物をバスから降ろしていたようですが、スウェナちゃんと私は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお手伝いで夕食を机に並べていたので見ていません。夕食が済むとジョミー君たちは早々にお風呂に入って部屋へ引き上げ、会長さんも。
「明日は早いし、ぼくも寝るよ。君たちは好きにしていいからね。女の子に肉体労働はさせられないし、朝御飯は花の出荷の後だから」
ぶるぅと留守番しておいで、と微笑んで部屋に向かう会長さんを「そるじゃぁ・ぶるぅ」が追いかけます。
「おやすみ~!」
元気に叫んで小さな姿が行ってしまうと、残ったのはスウェナちゃんと私だけ。ガランとした部屋に二人でいてもつまらないので割り当てられた部屋に戻って布団を敷いて…。潜り込んだら疲れていたのかすぐに眠ってしまいました。目が覚めた時はすっかり朝。着替えを済ませて集会室に行くと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパタパタと朝御飯の支度をしています。
「かみお~ん♪あ、もう8時だ!みんなを起こしてこなくっちゃ。御飯できたよ~!」
やがてジョミー君たちが目をこすりながら出てきました。会長さんだけが爽やかな顔をしています。
「やあ、おはよう。花の出荷は間に合ったよ。だけど時間に余裕が無くってね。…明日は4時半起床にしなくちゃ。広い範囲を片付けるには5時起床では遅すぎるんだ。みんな、いいね?」
「「「ふわぁ~い…」」」
半分眠った声で返事している男の子たち。でも朝御飯は黙々と食べてますから、よほどお腹が空いたのでしょう。お代わりだってしてますし…。
「食べ終わったらレンコン掘りだ。今日、花と葉っぱを採った範囲を全部掘るのが目標だからね。レンコンを掘らないと埋蔵金も出てこない。根性に期待しているよ」
追い立てられるように食事を終えたジョミー君たちは、大きな荷物をリヤカーに乗せて蓮池の方へ出発しました。花の出荷は見そびれましたし、早く後片付けをして見に行かなくちゃ、と慌てていると…。
「ぼく、お片付けしておくよ! ブルーが面白いから見においで、って」
ニコニコ笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。スウェナちゃんと私はお礼を言ってジョミー君たちを追い、池まで行くと荷物を解いている所でした。池のほとりには小さなゴムボートが2つあります。花を採るのに使ったらしく、あちこちに泥がついていました。池の水は…全然減ってないみたい…。
「1ヶ月はかかるって言っただろう? 幸いそれほど深くないから、早速レンコンが掘れるんだけどね」
木陰に座った会長さんが手招きしてくれ、レジャーシートを広げてくれます。ありがたく腰を下ろしましたが、ジョミー君たちはそれどころではありませんでした。爪先からずーっと胸まで繋がり、幅広の肩紐がついたゴム製の服に必死に身体を押し込んでいます。
「胴付長靴、通称、胴長。レンコン掘りの必須アイテム。ゴワゴワして動きにくいんだけど、浸水の心配が無いんだよ。あれも組合で借りたんだ。着るのに苦労している間はヒヨコかな。手袋もはめなきゃいけないし」
やっとのことで胴長を着た男の子たちは二の腕まである長いゴム手袋をはめ、岸辺に置いてあった機械のエンジンをかけました。ホースがくっついているようですけど、何をするのに使うんでしょう?
「水を汲み上げてホースから噴出させるのさ。その水圧で泥の中を探ってレンコンを掘る。口で言うのは簡単だけど、物凄く苦労すると思うよ」
最初に池に踏み込んだのはマツカ君とサム君でした。蕾などを収穫した後に残った蓮をマツカ君が刈り取り、サム君が岸へ運び上げます。蓮が無くなった場所を目指してジョミー君たちがホースを構えて踏み込みますが…。
「うわぁっ!」
いきなり膝まで沈み込む泥に足を取られるジョミー君。キース君が慌てて支えて…。
「馬鹿っ! 転ぶんだったら前に転べ、って組合の人に言われただろう! 後ろに倒れると溺れるんだぞ!」
「ご、ごめん…」
「気を付けて下さいよ。まだまだ深くなるんですからね」
シロエ君が慎重に前進していき、蓮があった辺りでホースを抱えて腕を泥の中に突っ込みました。キース君とジョミー君もやり始めたものの、レンコンは見つからないみたい。
「無理だよ、ブルー! 泥を触ってるのかレンコンなのか、全然区別がつかないよ~!」
ジョミー君の泣き言を会長さんはサックリ無視して、宙にサンドイッチが入った箱を取り出します。
「ぶるぅが十時のおやつを作ってくれたよ。レンコン掘りを見ながら食べよう」
「大丈夫かしら、放っておいて…」
「いいんだってば。馴れれば上手に掘れるようになるさ。ほら、キースが1本見付けたみたいだ」
ジョミー君とシロエ君が覗き込む中、キース君がホースを動かして…手を突っ込んで折り取ったのは1メートルほどの立派なレンコン。その頃にはサム君とマツカ君も蓮の刈り取り作業を終わってレンコン掘りを始めていました。一日分の作業区画が決まっていても、炎天下でゴムの作業着を着てレンコン掘りとは、どう考えても地獄ですよねぇ。
ジョミー君たちは頑張りました。来る日も来る日も夜明けと共に池に出かけて蓮の蕾や葉っぱの出荷。それから朝御飯まで少し眠って、昼間は胴長を着込んでレンコン掘り。着替えがとても面倒だから、と昼食は二日目からお弁当になり、掘ったレンコンは夕方に隣町のレンコン生産組合からトラックが来て集荷していきます。ですが…。
「ぼく、レンコン掘りは上手くなったと思うんだ。でもさ、埋蔵金ってどの辺にあるの?」
ジョミー君が日焼けした顔でそう言ったのは2週間が経った日の夜でした。
「毎日毎日掘っているけど、レンコンしか出てこないじゃないか! ここだっていう場所、ブルーは分かってるんだよね。もしかして、ぼくたちが全然違う所を掘っているのを笑いを堪えて見てるんじゃ…」
「笑ってなんかいやしないさ。まだ遠いな、とは思うけれども」
「やっぱりまだまだ遠いんだ…」
項垂れているジョミー君。池の水と蓮はかなり減りましたけど、今も全体の半分近くがピンク色の花と葉っぱで覆われています。夏休みの残りは2週間ちょっと。今のペースで掘り続ければ埋蔵金に辿り着くことは出来そうですが、発掘ならぬレンコン掘りでは文句も言いたくなるでしょう。
「いいじゃないか、健康的な夏休みで。みんな日に焼けて逞しくなったし」
「顔だけね。ブルーは真っ白で変わらないけど」
「ぼくの肌は生まれつきだから」
しれっと言う会長さんは一度もレンコン掘りをしていません。蓮の花だって採ってませんし、朝はスウェナちゃんや私と同じ時間まで寝ています。夜中にフィシスさんの所へ帰っているのかどうかはともかく、ジョミー君たちが重労働をしている間にグータラしてるのは間違いなくて…。
「ブルー、何かヒントを教えてよ。もうちょっと東とか、そこを西とか」
「それじゃ宝探しにならないじゃないか。本物のトレジャー・ハンターは人生をかけて掘ってるよ。夏休みくらいレンコン掘りに捧げたまえ。埋蔵金があるのは本当だから」
グダグダ言わずにさっさと寝る、と冷たく言われてジョミー君たちは部屋に引き上げました。その夜のことです。
「やだやだ、ブルーに叱られちゃうよう!」
ぐっすり寝ていたスウェナちゃんと私を叩き起したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の悲鳴でした。
「頼む、俺たちはもう限界なんだ!」
「でもでも、ブルー、今、いないもん!!」
「だから頼んでるんですよ!」
言い争う声が会長さんの部屋の方から聞こえてきます。私たちは顔を見合わせ、急いで着替えて様子を見に。襖をカラリと開けた所で「そるじゃぁ・ぶるぅ」を小脇に抱えたキース君と出くわしました。
「すまん、起こしてしまったか? ちょっと宝探しに行ってくる」
キース君の後ろには男の子が全員続いています。
「こんな夜中に?」
「夜中だからだよ。ブルー、今夜はいないんだ」
ジョミー君が声を潜めて。
「教えてくれないならブルーの留守を狙えばいい、ってキースが思い付いたんだよね。ほら、いなくなるかもって言ってたし。ぼくたち、毎晩疲れてたから気付きもしないで眠ってたけど、今夜から交代で張り番をすることになったんだ。そしたら早速消えたってわけ」
「ぶるぅをどうするの?」
「こいつだってタイプ・ブルーだ。埋蔵金の場所を教えてもらうのさ」
さぁ行くぞ、とキース君は暴れる「そるじゃぁ・ぶるぅ」を引っ抱え、ジョミー君たちと共に真っ暗な外へ出てゆきました。埋蔵金が見つからない状況に耐え切れなくて暴挙に走ったみたいです。スウェナちゃんと私は「見なかったことにしよう」と決めて部屋に引っ込み、布団を被って寝てしまいました。
翌朝、いつもの時間に起きて集会室へ行くと、ジョミー君たちが眠そうな顔で食事中。お給仕をしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」も元気がありませんでした。
「ぶるぅ、昨夜は眠れなかったのかい?」
会長さんの言葉にジョミー君がビクッとしてお箸を取り落としたのを、キース君たちが必死に誤魔化します。
「なんだ、ジョミーも寝不足なのか? 熱中症に気を付けろよ」
「今日は朝から暑かったですし、仮眠できなかったんじゃないですか?」
それを聞いていた会長さんが。
「寝不足か…。それはよくないね。今日の作業は休んだ方がいいんじゃないかな」
「ううん、大丈夫! ちょっとボーッとしちゃっただけで」
「ちょっと、というのが危ないんだよ。ヒヤリ・ハットって知ってるかい? ヒヤリとした、ハッとしたの意味で、重大な災害や事故には至らないものの、直結してもおかしくない一歩手前の事を言うんだ。レンコン掘りは泥の中での作業だし…溺れたりしたら大変じゃないか。今日はジョミーは休みたまえ」
「えぇっ、全然平気なのに…」
ジョミー君は必死でしたが、会長さんは許しません。
「事故に遭ってからでは遅いんだ。でも、そうだね…。見学くらいは構わないかな。ぼくも久しぶりに現場の気分を味わいたいし、ぶるぅにお弁当を作ってもらってみんなで見物しに行こうか」
鶴の一声でジョミー君はレンコン掘りから外され、残る4人がリヤカーを引いて出発です。お出かけと聞いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、キース君たちのドカ弁の他に見学者用の素敵なお弁当を作ってくれました。ジョミー君が4人分のドカ弁と自分のお弁当を持ち、私たちは自分の分を持ってレンコン掘りを見に蓮池へ…。
「あれ? 変な所を掘っているけど、夢のお告げでもあったのかい?」
池が見える所まで来た会長さんが怪訝そうに首を傾げます。底が見えてきた池の蓮は半分ほどが綺麗に刈られていますが、今日の現場はその続きではなく、そこから通路のように刈り取って奥に入った所でした。茂った蓮の中にミステリー・サークルみたいにポッカリ開けた空間なんて、どう考えても怪しすぎです。昨夜「そるじゃぁ・ぶるぅ」から聞き出したのに違いありません。
「ジョミー。…夢のお告げかい、と聞いてるんだけど」
「えっ?…あっ、ああ…。夢じゃなくって、なんていうか…。今朝、蓮の蕾を切り取りに来たらあの辺が光ってるような気がしたんだよね」
「なるほど。それで掘ろうと思ったわけか。タイプ・ブルーの君のカンなら、試すだけの価値はあるだろう。当たっていたら英雄だよ」
バレバレな嘘を見抜いているのか、いないのか。会長さんは木陰に座って楽しそうに見学し始めました。ジョミー君の方は明らかに焦っているのが分かります。自分が言い出した埋蔵金探しのクライマックスの日に現場を外され、他の誰かが掘り当てようとしているのですから。キース君たちは胸まで泥水に浸かり、ホース片手にレンコンを掘って…。
「あったーっっっ!!!」
サム君が歓声と共に右手を高く差し上げました。夏の日差しに金色の光が反射します。遠目にはレンコンのように見えますけれど、それは明らかに黄金で…。
「流石だね、ジョミー。見つかったようだよ、埋蔵金が」
「…ぼくが見つけたかったのに…」
「それは残念。下手に誤魔化したりしなかったなら、君にもチャンスはあったのにさ」
クックッと笑う会長さん。やはり全てをお見通しでしたか…。キース君たちは残りの黄金を探し出そうと戦っています。サム君も見付けた黄金をレンコンを運ぶプラスチックの箱に入れ、更に頑張ったのですが…。お昼になって一度休憩し、夕方近くまで掘り返しても黄金は二度と出ませんでした。
「ブルーの嘘つき!」
レンコンを積んだトラックを見送った後、疲れ果てて座り込んでいるキース君たちの横で怒り出したのはジョミー君。サム君が見付けた黄金を右手にしっかり握っています。
「箱2杯分って言ったじゃないか。でも、出てきたのはこれだけだよ!」
それは三十センチくらいの仏像でした。黄金で出来ているのでしょうけど、埋蔵金と呼ぶには少なすぎです。
「嘘をついたのは君たちだろう? 昨夜ぶるぅを連れ出したね。無理やり埋蔵金を探させて、その場所を掘った。君のカンだなんて大嘘をついて。…あのまま真面目に掘っていたなら、ぼくも協力してあげたのに…。罰だ、黄金はぼくが貰っておく」
「「「えぇっ!?」」」
「こんな時のために用意しておいたんだよね」
頑丈そうな木箱が2つ、宙に現れて地面の上へ。会長さんは箱の蓋を開け、池の方へ両手を差し出しました。サム君が仏像を見付けた辺りから青い霧のようなものが湧き出し、キラキラと輝きながら流れてきます。漂ってきた霧が箱の中にどんどん溜まり始めて、青い光が煌いて…。
「砂金だ!」
キース君が叫びました。
「「「砂金!?」」」
箱の周りに集まる私たち。2つの箱に流れ込んでいるのは金色の粒。みるみる箱に一杯になり、サイオンの青い光が消えて…会長さんは微笑んで蓋を閉めました。
「埋蔵金は砂金だったんだ。八百年の間に箱が腐って泥の中に沈んでいたんだよ。相手が砂金じゃレンコンみたいには掘り出せない。だから仏像を掘り当てた時に、砂金だってことと掘り方を教えようと思っていたのにさ。…慌てる乞食は貰いが少ないって言うだろう? 仏像で我慢するんだね」
2つの箱がフッと消え失せ、ジョミー君は泣きそうな顔。会長さんは呆然とする男の子たちに片付けを命じ、ホースつきの機械や胴長を積んだリヤカーを引かせて、別荘に戻っていったのでした。晩御飯の席はお通夜のようで…。
「どうしたんだい、せっかく埋蔵金を見付けたのにさ」
カレーライスを頬張りながら会長さんが言いました。
「明日は此処を引き上げるんだし、もっと賑やかにパーッといこうよ。そうだ、ラムネがあるからシャンパンシャワーの代わりにしようか」
「…全部ブルーが持ってったくせに…」
恨めしそうに呟くジョミー君。会長さんはクスッと笑うと、床の間に置いた黄金の仏像を指差して…。
「馬鹿だね、いい仏様を見付けたじゃないか。ジョミーが言い出した埋蔵金探しで、掘り当てたのはサムっていうのも御仏縁かな。阿弥陀様だし、念持仏にはちょうどいい」
「「「ねんじぶつ?」」」
「個人的に拝む仏像さ。お姫様の家に伝わる仏様だったみたいだけれど、ジョミーとサムを導く為にいらしたのかもしれないね。本山で修行体験してきたんだから、念持仏にするのもいいと思うよ。二人で分けるのは難しいから、ぼくが預かってあげようか? お厨子を作ってお収めするとか」
上機嫌で言う会長さんに逆らえる人はいませんでした。埋蔵金は会長さんに持っていかれて、残ったのは黄金の阿弥陀様。働かなかった私でもガッカリするんですから、ジョミー君たちのショックは大きいでしょう。みんな泣き寝入り同様に眠ってしまい、翌日はもう撤収でした。レンコン掘りの道具の返却はマツカ君が農家の人に頼んでくれて、私たちは迎えのマイクロバスに乗り込むだけ。
「集合写真を撮っておこうよ。別荘の前と…そうだ、池でも撮りたいな」
会長さんがカメラを出して運転手さんに渡します。何枚か撮って、蓮池へ移動という時に…。
「ぼく、胴長の写真も撮る! もう記念だからヤケクソだよ!」
ジョミー君が作業着を手に取り、キース君たちが。
「どうせなら池に入ろうぜ。レンコン掘りの雄姿を残すぞ!」
「おーし、ホースも持っていくか!」
再びリヤカーが引っ張り出され、みんなで蓮池を目指します。夢とロマンを掘りまくった池で運転手さんに記念写真を写して貰うジョミー君たちの笑顔は最高でした。別荘に戻ってマイクロバスに乗ると、蓮池も村もアッという間に見えなくなって…。
「いい村だったね」
後ろを振り返るジョミー君の言葉に私たちはコクリと頷きました。蓮池の底に埋蔵金を秘めていた伝説の村。夏休みは2週間ほど残っていますが、ここで過ごした期間ほど充実した日々はもう無いでしょう。レンコンの夏、黄金の夏。…もしも真面目に掘っていたなら、どのくらいの砂金が貰えたかなぁ…。コップ一杯、それとも二杯? 正直者が大金持ちになるっていうのは昔話の王道です。先人に学ぶべきでした。うわぁ~ん、黄金、欲しかったよう~!