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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「シャングリラ学園・番外編」の記事一覧

仏道修行を体験中のジョミー君とサム君を見物しようと本山にやって来た私たち。大きな建物を繋ぐ回廊や廊下でお坊さんたちと擦れ違いますが、緋の衣を着ていない会長さんに挨拶する人はいませんでした。お寿司を御馳走になった客間に案内してくれた若いお坊さんも、会長さんの正体を知らないのかもしれません。今も偉そうなお坊さんがお供を連れて通りましたが、全く無反応ですし…。
「ぼくは伝説の高僧なんだ。顔馴染みの人の方が少ない。でも本山に長くいる人は噂を知っているからね…。銀の髪で赤い瞳の、年を取らない高僧の話。法衣で来たらバレてしまって気楽に見学できないんだよ。この格好なら平気だけれど」
どう見ても普通の高校生だろ、と会長さん。お寺には観光の人も来ていますから、私たちは目立つことなく目標の建物に辿り着きました。障子と板戸で閉ざされた向こう側から読経の声が響いてきます。調子っぱずれな子供の声で、おまけに全く揃ってなくて…木魚を叩く音までバラバラ。
「ふふ。やってる、やってる」
会長さんが障子に近付くと、すかさず見張りのお坊さんが。
「子供たちが修行中です。中の見学は御遠慮下さい」
「そうなんだ。…ここで聞いてるのは構わないのかな?」
「構いませんが、修行の邪魔になりますので、私語は慎んで下さいますよう」
あらら、本当に会長さんの権威が通用しません。会長さんはクスッと笑うと廊下の端に移動して腰を下ろしました。
私たちも並んで座ったものの、お経のことはサッパリです。
「今やってるヤツ、覚えてないかな? 去年、キースの家で唱えた筈だと思うんだけど」
「「…………」」
「二人とも忘れちゃったんだ。アドス和尚も片手落ちだね。お土産に勤行集を渡しておけば良かったのに。…あれだと全部書いてあるから」
ジョミー君たちは去年やらされた毎日のお勤めを練習させられているみたい。言われてみれば聞き覚えがあるような気がしないでもありません。それにしても小学生の団体様は迫力たっぷり。ジョミー君とサム君の声は子供の声に圧倒されて全く聞こえてきませんでした。やがて鉦が何回か鳴って、読経は終わったようですが…。
「これからは筋トレの時間なんだよ」
「「筋トレ!?」」
思わず叫んでしまったスウェナちゃんと私をジロリと睨むお坊さん。いけない、いけない、私語厳禁です。でも筋トレって何でしょう?
「説明するより見るのが早い。…ぶるぅ、始まったら一緒にやってあげてよ」
「うん!」
コクリと頷いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が板敷の廊下に正座します。間もなく障子越しに聞こえてきたのはお念仏。なんだか独特の節回しですが、それに合わせて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が合掌したまま立ち上がりました。ピンと背筋を伸ばしたかと思うと、またお念仏に合わせて座って頭を床につけ、両手を前に伸ばして土下座の変形みたいなポーズ。三度目のお念仏で正座に戻って、次のお念仏でまた立って…。
「ぶるぅ、もういい。…今ので分かった?」
スウェナちゃんと私は首を左右に振りました。今の動作っていったい何?
「五体投地って言葉を知っているかい?」
膝を抱えてニコニコしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を撫でながら会長さんが尋ねました。さっきのパフォーマンスが気になったのか、監督役のお坊さんがチラチラこっちを見ています。
「知らないかな。両手、両膝、額という身体の五部分を地面に付けて、平伏して礼拝することさ。外国で聖地を巡礼する人がこれを繰り返して進む話が有名だけど、ぼくたちの国でも修行僧には必須なんだ。ぶるぅのポーズを思い出してごらん。両手と両膝、額が床についてただろう」
「はい」
「ジョミーたちはそれの練習中。お念仏を3回唱える間に1回の五体投地ができる。今夜は御本尊様の前で本番だから、みっちり叩き込まれるってわけ。なかなかハードな筋トレだよ。本物の修行だと1日に千回やることもある。お念仏を千回じゃなくて、五体投地が千回なんだ」
もちろん経験済みだけど、と余裕の笑みの会長さん。修行体験だと何回させられる羽目になるのか分からないまま、私たちは会長さんが呼んだタクシーでアルテメシアへ帰ることに。ジョミー君たち、大丈夫かなぁ…。

それから日が経ち、2泊3日の修行を終えたジョミー君たちと、柔道部の強化合宿を終えた三人組。今日は会長さん主催の慰労会です。マンションの最上階に行くと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれて、何種類ものカレーがズラリと並んだダイニングに案内されました。
「かみお~ん♪ 夏のカレーは美味しいよ。身体にいいスパイスを沢山使ったんだ! 好きなだけ食べてね」
お皿の上には山盛りのナン。飲み物はマンゴー・ラッシーにパパイヤ・ラッシー、もちろん普通のラッシーも…。会長さんが微笑みながらサム君を隣に座らせて。
「お疲れ様、修行はどうだった? 勝手に申し込んじゃったから、ぼくが嫌いになったかな」
「そ、そんなこと…! いい勉強になった…と思う…。ブルーもこんなのやったんだよな、って思ってた」
「それは良かった。さすがサムだね」
嬉しいよ、とニッコリされてサム君は頬を染めました。会長さんったら、教頭先生やエロドクターから逃げているくせにサム君はお気に入りなんです。ペット感覚かもしれませんけど。私たちは早速カレーを食べ始め、会長さんがナンを頬張るジョミー君に。
「君は叱られたそうじゃないか。本山の人から聞いてるよ。食べ物を盗みに忍び込んだ…って」
「「「えぇっ!?」」」
ジョミー君がコソ泥をやっていたとは驚きです。キース君が額に手を当て、呆れ果てた声で。
「お前、どこまで度胸があるんだ…。完全に目をつけられてるぞ」
「だって! あんな食事じゃ足りないよ。お腹が空いて眠れなくって、没収されたお菓子のことを考えていたら、フッと頭に道が浮かんで…。その通りに歩いて行ったら没収品が置いてある部屋を見付けたんだ。ケータイとかを一人分ずつ纏めて袋に入れてあってさ、その中にぼくの分の袋も…」
だから袋を開けてポテトチップスを食べたのだ、とジョミー君は開き直りました。
「元々ぼくのお菓子なんだし、盗んだわけじゃないんだってば。そりゃ…没収された物には違いないけど…。消灯後はトイレ以外は行っちゃいけないとも言われてたけど…」
「それでアッサリ見つかったのか?」
「…見回りのお坊さんがガラッと障子を開けたんだ…。真っ暗な部屋で音がするから鼠だと思ったんだって」
「「「真っ暗!?」」」
明かりも点けずにポテトチップスを齧るだなんて、よっぽど飢えていたんでしょうか。部屋に持って帰って食べればバレなかったかもしれないのに…。と、会長さんがクスクスと笑い出しました。
「ジョミーは真っ暗だとは思ってなかった。自分の荷物を入れた袋も探し出したし、そこまでの道順も何故か知っていた。…修行三昧と空腹の極限状態でサイオンが活性化したんだろうね。大いに期待しているよ」
「ええっ!? あれってそういうことだったの!?」
「仏様のお導きだとでも思ったのかい?…それならそれで素晴らしいことだ。君もサムも筋がいいっていう報告が来たし、これからも機会を見つけて仏道に精進して貰おうかな。出家するかどうかは別としてね」
「…そんなぁ…」
ジョミー君はガックリと肩を落としましたが、サム君は。
「そうか、すぐに出家しなくても構わないんだ。だったら凄く気持ちが楽だし、ブルーの世界に近づけるし…。ジョミー、一緒に頑張ろうぜ!」
すっかりやる気満々です。ジョミー君とサム君はは幼馴染ですし、ジョミー君だけ逃走するのは恐らく不可能なんでしょうねえ…。

柔道部の強化合宿の方はこれというネタは無かったようです。でもキース君とシロエ君には手応え十分だったとか。
「教頭先生がアルテメシア大学の柔道部を呼んできて下さったんだ。強豪揃いの大学なんだぞ」
「一日中、稽古をつけて頂きました。練習試合もしましたし…。ぼく、一回だけ勝てたんですよ。キース先輩は凄かったですけど」
「連戦連勝でしたからね。キースが一度も勝てないのって教頭先生くらいじゃないですか?」
柔道部三人組は教頭先生を褒め始めました。私たちは柔道十段としか知りませんけど、柔道をやる人の間ではとても有名らしいんです。年齢という問題さえ無ければ、どんな大会でもオリンピックでも向かうところ敵無しだろうと言われているとか…。
「だけど結局、ヘタレなんだよね」
感心して聞いていた私たちに水を浴びせたのは会長さん。
「柔道は心技体を鍛えるだとか言ってるけれど、どうなんだか。サムの方がよほどしっかりしてるよ」
「「「えっ?」」」
ヘタレはともかく、何故にサム君?
「ぼくが勝手に申し込んだ修行ツアーに喜んで行ったし、これからも修行をすると言ってるし。…出家も考えていたんだろう? ハーレイよりもずっと立派だ」
「え、えっと…出家はまだ…どうかなぁ、って…」
「決心はともかく、考えてみたってだけでいいんだってば」
会長さんはホウレン草とチーズのカレーをお皿に取り分け、ナンをちぎって。
「ぼくが出家したのはハーレイと出会った後なんだよ。ハーレイがぼくに一目惚れしたっていうのは知ってるよね?
…片想いとはいえ、ベタ惚れなのにさ。ぼくが出家して修行に行くと決めた時、ハーレイはなんて言ったと思う? お気をつけて、って言ったんだよ。一緒に行くとは言わなかった」
「それは…色々と考えていたんじゃないか?」
キース君が口を挟みました。
「出家ともなれば深い理由があるかもしれんし、ついて行くとは言えんだろう。教頭先生も悩んだと思うぜ」
「普通ならそうかもしれないね。だけど、ぼくは行かないかって誘ったんだ。そしたら学校を放っておけないからとか、散々言い訳を並べてくれたよ。必死に本音を隠してたけど、ぼくには分かった。剃髪するのが嫌だったんだ」
ツルツルだもんね、とゼスチャーをする会長さん。
「坊主頭になるのが嫌で逃げ出したんだよ、ハーレイは。ぼくを好きだと言っておきながら、ぼくより髪の毛を取ったのさ。本気で好きなら髪の毛くらい捨てればいいのに。…それも出来なかったヘタレのくせに、ぼくと結婚したいだなんてバカバカしくて怒る気もしない」
「…俺には教頭先生を笑う資格は全く無いな。寺の後継ぎに生まれたくせに、今も剃髪には抵抗が…。あんたが出家した頃の教頭先生はかなり若かったんじゃないかと思うが」
「そりゃね。…でも、好きなら一緒に来るべきだろう!そしたら奥の手を教えないでもなかったのに…。サイオンで誤魔化して剃髪したように見せる方法をさ」
君には教えてあげないけれど、と笑う会長さんをキース君が拝み倒しにかかります。話題はジョミー君たちの修行体験ツアーに戻って派手に盛り上がり、笑い声が何度もダイニングに響き渡りました。カレーを食べ終え、デザートのココナッツアイスやフルーツが出てきた所で会長さんが。
「みんなの合宿も無事に終わったし、埋蔵金を探しに行こうと思うんだけど。…今週末の出発でいいかな? どのくらい日数がかかるか分からないから、帰って来る日は未定ってことで」
「「「さんせーい!!」」」
「じゃあ、荷物は各自で必要なものを。マツカはマイクロバスの手配を頼むよ」
「分かりました。別荘の用意は整ってますし、明日からだって大丈夫です」
こうして次の予定が決まりました。土曜日の朝、会長さんのマンション前に集合です。マツカ君が言っている村に埋蔵金はあるのでしょうか? まあ、無かった時には海の別荘へ行くだけですが。

出発の日は朝からいい天気でした。みんなでマイクロバスに乗り込み、アルテメシアの北に広がる山地を抜けて、そこから更に田舎へと…。コンビニどころか郵便局さえ見当たりません。とびっきりのド田舎です。こんな所に埋蔵金があったとしても、そりゃ噂にはならないでしょう。マイクロバスが止まった場所は茅葺き屋根の大きな民家の前でした。
「これが祖父の別荘です。…本当に手伝いの人は要らないんですか?」
今なら手配が間に合いますよ、とマツカ君。えっと、えっと…。今からでもお願いしたいかも…って、会長さん?
「要らないよ、マツカ。宝探しに苦労はつきもの。この家、住み心地の方は良さそうだしね。見てごらん」
会長さんが指差した先にエアコンの室外機が隠れていました。
「台所の設備も整ってるし、お風呂だって立派なものさ。…秘密基地だと思えばいいよ」
「秘密基地!」
ジョミー君の瞳が輝いています。埋蔵金探しの言いだしっぺだけに、秘密基地という言葉にときめくのでしょう。マイクロバスが走り去ると、ジョミー君は一番に飛び込んで行って全部の部屋を見て回って。
「凄いや、畳まで替えてくれたんだ! 部屋も沢山あるし、部屋割とかはどうしよう?」
「女の子の部屋は少し離しておくのが礼儀。…それから、ぼくとぶるぅで一部屋かな。他は好きに決めたまえ。そうそう、ぼくは時々夜中に姿を消すと思うけれども、探すなんて野暮は御免だよ」
「「「野暮!?」」」
叫んでしまった私たちに苦笑しながら、会長さんはエアコンのスイッチを入れました。
「とりあえず、この部屋を集会と食事に使おうか。…野暮な君たちに説明しとくと、ぼくが消えると予告したのはフィシスが寂しがるからさ。アルトさんたちの所に夜這いに行こうってわけじゃないから、邪推しないようお願いしたいね。用があったら、ぶるぅに言って」
「「「…………」」」
去年の夏の旅行と違って埋蔵金探しは長期間です。フィシスさんを大事にしている会長さんが帰りたくなるのは仕方ないことだと思うんですが、なんだか複雑な気分がするのは私だけではないようでした。
「ほらほら、ボーッとしてないで部屋を決める! 昼御飯が済んだら下見に行くよ。昼御飯は誰が作るんだい?」
「材料は色々揃えておきました。補充は電話でお願いできます」
「うん。…で、昼御飯は?」
私たちは顔を見合わせ、それから視線が下の方に行って…。
「ぼく、作ってくる!」
台所へ走る「そるじゃぁ・ぶるぅ」。小さな子供に頼るしかないとは、情けないトレジャー・ハンターです。部屋割が済んで食事用の部屋に戻ってくると、冷やし中華が出来ていました。
「早く食べたいだろうし、簡単なのにしてみたよ。晩御飯は鮎の塩焼きと野菜の天麩羅でいい? 足りないと困るから冷しゃぶも作るね」
「「「ありがとう、ぶるぅ!!」」」
私たちは感謝しながら昼御飯を食べ、お皿を洗って…いよいよ埋蔵金探しに出発です。マツカ君を先頭にして、いざ夢とロマンの伝説の地へ…!

「前に話した落ち武者の伝説ですけどね」
セミがうるさい田舎道を歩く間にマツカ君が教えてくれました。
「お姫様を連れて逃げて来たらしいんです。2頭の馬の片方にお姫様、もう1頭に黄金を積んでいたのが、片方の馬が潰れてしまって…。お姫様だけは逃がさなければ、と黄金を隠していったんですよ」
「ふうん…。で、それっきり戻って来なかったわけ?」
死んじゃったのかなぁ、とジョミー君。
「その辺のことは分かりません。落ち延びたものの、ここから遥か遠い所で戻れなかったのかもしれませんし…。落ち武者狩りは厳しいですから」
「そうなんだ。でも、こんな小さな村なのに…誰も掘り出さなかっただなんて、いい人が住んでいるんだね」
「ああ、それは言い伝えのせいですよ。七百年経っても子孫が取りに戻らなかったら、黄金は好きにしてもいい。それよりも前に掘ろうとしたら、七代祟ると言い残したとか」
「「「七代っ!?」」」
七代と言えば私たちの孫の、そのまた孫の…えっと、えっと…。そんなに長く祟られたのでは堪りません。いい人ばかりじゃなかったとしても、これでは掘り出せないでしょう。私たちも逃げ帰った方がいいんじゃあ…。
「おい。俺たちも祟られるんじゃないだろうな」
キース君が左手首の数珠レットを外して握り締めました。
「ブルーの力があるといっても、君子危うきに近寄らずだ。…ジョミー、埋蔵金は諦めろ」
「そ、そうだね…。祟られるのは困るもんね」
「大丈夫ですよ、ぼくたちは。時効になっていますから」
クスッと笑うマツカ君。
「危ないものなら御案内しません。約束の七百年目は百年ほど前に来たんだそうです。村のお寺で毎年供養をしているとかで、それは間違いないんですよ」
「掘ってもいいのに誰も掘ろうとしなかったの?」
疑わしげなジョミー君の問いに、マツカ君は頷いて。
「ええ。言い伝えがあるんですから掘りたい人はいたんでしょうが、七百年経ってますからね。場所があやふやになってしまって、おまけに元が伝説ですし…。祖父が別荘を構えた時に問題の土地を真っ先に売りに来たのだと聞いています。黄金が埋まっていますから、って」
「じゃあ、掘り出していないんだね!」
「祖父が騙されていなければ…ですよ。それに、伝説自体がでっち上げっていう可能性だってあるんですから」
淡々と話すマツカ君ですが、ジョミー君は全く聞いていませんでした。黄金の輝きで頭が一杯なのでしょう。
「ねえ、埋まってる場所はまだ遠いの? 場所があやふやになったって言うけど、その中の何処かに…って分かっているから土地を売り込みに来たんだよね。それだけで手がかりバッチリだよ!」
頑張るぞ、と燃えるジョミー君の足取りはマツカ君を追い抜きそうな勢いです。案内人より先に行っちゃったら案内する意味が無いのでは…。と、マツカ君が立ち止まって。
「あそこです。埋蔵金はあの池の底に…」
「「「池!!?」」」
そこには周囲が1キロ以上ありそうな大きな池が広がっていました。水面は蓮の花と大きな葉っぱで一杯です。こ、この広大な池を相手にどうしろと…?

埋蔵金という言葉で連想するのは山の中とか、洞窟とか。池は想定外でした。ジョミー君も呆然としています。が、立ち直るのも早くって…。
「この池だって分かってるのに、場所があやふやって言ったよね。何か言い伝えがあるんじゃないの?」
「それは…確かにあるんですけど…。聞かない方がマシなくらいな話ですよ」
「いいから、いいから!埋蔵金を探す時には小さな手がかりも見逃すな、って書いてあったし」
「…そうでしょうか…。本当に役に立たないんですが…」
マツカ君は溜息をつくと、池の向こう側にある杉の巨木を指差しました。
「あの木の影が落ちる所にあるそうです。でも太陽と一緒に影も動いていきますからね…。言い伝えでは辰の刻とも、申の刻とも…午の刻だっていう話も」
「何それ?馬とか猿とか、何の話?」
「時刻だよ、ジョミー」
おかしそうに笑い出したのは会長さん。時間というのは知ってますけど、私もよくは分かりません。
「辰の刻というのは朝の8時で、申の刻なら午後4時だ。午は正午だからいいとして…朝の8時から夕方4時までに影が移動する範囲となると厳しいよ。今はあそこに映ってるから、下手をすればこの池全部ってことになるかな」
「そうなんです」
マツカ君が即答しました。
「殆どこの池全部だそうです。それを掘り返す根性のある人が村にいたのかいなかったのか、伝説は事実だったのか。雲を掴むような話ですから、ジョミーが埋蔵金って言わなかったら、ぼくも探しには来なかったでしょう」
「おいおい、マジかよ…」
「無茶ですよ、こんな広い池!それに蓮だらけでボートも無理そうじゃないですか」
「話が旨すぎると思ってたんだ。俺は降りるぞ」
サム君もシロエ君も、キース君も回れ右しようとしましたが。
「みんな、待ってよ!埋蔵金があるかどうかをブルーに見てもらって、それから決めても…」
沢山あるかもしれないし、というジョミー君の言葉にキース君たちは蓮池を眺め、それから会長さんを見詰めます。
「ジョミーが言うのも一理あるな」
キース君が腕組みをして頷きました。
「ブルー、埋蔵金は簡単に見つけ出せると言ってたが…。この池の底にありそうか? あるなら量も知りたいが」
「量まで知りたいって言うのかい? まあ、不確実な賭けをしたくない気持ちは分かるけどさ。…でも、その前に…ジョミー、君にも素質はあるんだよ。真っ暗な本山の中でポテトチップスを見付けた根性。それと同じで埋蔵金が何処にあるのか分からないかな?」
「ええっ、そんなの分かるわけないよ!ぼくには蓮しか見えないや」
だからお願い、と頼むジョミー君に会長さんは肩をすくめて微笑んでから、蓮池に目を凝らしました。
「…ふぅん…。凄く一途な残留思念だ。黄金を隠していった落ち武者はお姫様のことが好きだったんだね。これはとっても分かり易いな」
「「「ええっ!?」」
「うん、黄金は確かにあるよ。キースの質問に答えるならば、このくらいの大きさの箱に2箱分だ」
会長さんが両手で示したサイズはミカンとかが入ってくる段ボール箱より大きそうです。キース君が唾を飲み込み、ジョミー君は大歓声。埋蔵金は伝説ではなく、まさに目の前にあるのでした。
「さて、ぼくは所在を確かめたけど…。どうする? 回れ右をする? それとも頑張って掘り出してみる?」
「「「掘る!!!」」」
蓮池の上にジョミー君たちの声が響き渡りました。帰ろうとしていた筈のキース君たちも目の色が完全に変わっています。私も胸がドキドキしますし、スウェナちゃんだって瞳がキラキラ…。
「それじゃ明日から取り掛かろうか。今日は今後のプランを練ろう。ただし、ぼくが黄金を見付けた場所を教えるわけにはいかないよ。反則は認めない主義なんだ。頑張って自力で掘り出したまえ」
会長さんの言葉に素直に頷くジョミー君たち。埋蔵金探しにやって来た以上、探索するのも重要です。ここ掘れワンワンとばかりに一直線より、紆余曲折も味わいがあっていいのでしょう。
「いいかい、宝探しは体力勝負。ぼくは肉体労働はお断りだけど、君たちは若いんだから平気だよね。ああ、それから…女の子たちを酷使するのも感心しない。埋蔵金探しは男のロマンだ。肉体労働は男だけだよ。…返事は?」
「「「はいっ!!!」」」
威勢良く答えるジョミー君たち。埋蔵金の魅力に惹き付けられて男のロマンが燃え上がったというわけですが、なんといっても相手は蓮池。なんだか嫌な予感がするのはお盆の季節なせいなのかな…?




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今日は一学期の終業式。去年は学校中に信楽焼の狸が並んで壮観でしたが、今年は何も見当たりません。宿題免除の特典をゲットするにはどうすればいいというのでしょう。1年A組の教室で私たちは頭を悩ませていました。そこへ現れたのは会長さんです。
「やあ、おはよう。夏休みの宿題で悩んでいるのかい? グレイブは山ほど出すからねえ」
その言葉を聞いてクラス中が騒ぎ出す中、会長さんはクスッと笑って。
「知らないのかい? 特別生は宿題が無いんだよ。君たちは一学期の間、真面目に提出し続けていたようだけど、本来は必要ないものなんだ。だって卒業してるんだから。試験だって受けなくても全く問題ないのさ」
「「「えぇぇっ!?」」」
じゃあ私たちは無駄な努力をしてきたっていうわけですか?…試験勉強はともかく、宿題とか…。呆然とする私たちの前を悠然と横切った会長さんは、アルトちゃんとrちゃんに近付きました。
「おはよう。今日も可愛いね。…はい、これが今年の宿題免除のアイテムだってさ」
ポケットから取り出したハンカチのようなものを広げると…。
「「「冷やし中華はじめました!?」」」
それはどう見ても飲食店の夏の決まり文句でした。旗のような布にクッキリ染められています。
「はい、アルトさんとrさんに1枚ずつ。アイテムが発表されてからグレイブに提出してごらん。それから…夏休み中に葉書を書いてもかまわないよね? 本当は長い手紙を出したいんだけど、男のぼくから中身の分からない封書が届いたら家の人が心配するだろうし」
紳士なセリフに感激しているアルトちゃんたち。流石はシャングリラ・ジゴロ・ブルーです。やがてグレイブ先生が現れ、教卓の上にとんでもない量の宿題をドカンと積み上げました。
「諸君、おはよう。私が特に選りすぐった夏休みの宿題を存分に楽しんでくれたまえ。実は私はこの春、結婚したばかりでね。新婚旅行の代わりに夏休みにクルージングに行くのだよ。よって、旅行中の質問は一切受け付けない。相談などはD組のゼル先生が代行して下さるが、あまりお手間を取らせんようにな」
宿題の量で悲鳴が上がり、新婚旅行と聞いて指笛が鳴り、教室の中は大騒ぎです。グレイブ先生は咳払いをして。
「さて、諸君。我が校には夏休みの宿題免除の制度がある。詳細は終業式会場で発表されるから、よく聞いて活用するように。…それから特別生諸君。諸君は夏休みの宿題は無い。他の諸君の宿題免除の特典を奪ってはいかんぞ」
もう奪っちゃった人がいるんですが…、と思って見回してみると会長さんはいませんでした。そういえば机も無かったような。私たちは終業式の会場へ行き、校長先生の退屈なお話を聞いて、それから夏休み宿題免除特典の発表があって…校内に隠された『冷やし中華はじめました』の旗を捜しに全校生徒が奔走するのを、冷たいジュース片手に見物です。特別生っていいものですねえ。そして終礼を済ませると…。
「かみお~ん♪ 明日から夏休みだね!」
いつものお部屋で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が元気に迎えてくれました。宿題も無しで長いお休み!今年の夏は去年よりもずっと素敵なものになりそうです。

夏休みの計画は去年と同じで海と山。滞在先はマツカ君の別荘ですし、いつ行くかは決めていませんでした。今日は日程を練ることになっていたのですが…。
「親父がよろしくと言っていたぞ。お寺ライフは要らないのか?」
キース君のお誘いに首を横に振る私たち。宿坊体験はもうこりごりです。
「そうか…。親父、がっかりするだろうな。まあ、去年までは俺も嫌だったんだし、無理に来いとは言わないが」
溜息をつくキース君を他所に、ジョミー君が。
「ねえ。海と山っていうのもいいけど、特別生になったんだから、もっと凄いことやりたいな」
「忘れたんですか? 去年、先輩の家へ非日常な体験をしに行ったってことを」
シロエ君が突っ込みます。そういえば、会長さんが非日常がいいとか言い出した結果がキース君の家の宿坊だったような…。
「非日常でお寺ライフになるんですよ。凄いことだと何になるかは考えたくもありません」
「そうかなぁ? 探検だとか冒険とかならマズイけどさ、宝探しってどうだろう?」
「宝探しには冒険の旅とモンスターがセットじゃないかと思いますが」
「そんなのじゃなくて!」
夢が無いなあ、とジョミー君が鞄の中から取り出した本は。
「「「埋蔵金伝説!!?」」」
いかにも少年向けな感じの表紙には「失われた黄金を求めて」とサブタイトルが刷られています。これって、ありがちな埋蔵金発掘指南のトンデモ本では…。
「埋蔵金を探しに行くんですか!? 夏休みを全部つぎ込んだって終わりませんよ!」
シロエ君が叫び、サム君までが呆れた声で。
「ジョミー、お前って夢がありすぎ。…こんなの全部嘘だって。そうだよな、ブルー?」
「さあね?」
黙って見ていた会長さんが首を傾げて微笑みました。
「ぼくたちの船、シャングリラ号。あれを造るのに資金がどれだけかかったと思う? 国家予算くらいじゃとても足りない。シャングリラ学園と仲間が稼いだお金だけでは絶対無理だと思うんだけどね」
「……もしかして……」
埋蔵金伝説の分布図が書かれたページをジョミー君が震える指で示しながら。
「掘っちゃったの!?……これ全部……?」
「確かなものはね」
「「「えぇっ!!?」」」
埋蔵金なんて嘘っぱちだと思ってましたが、本当に存在したなんて。しかも会長さんたちが全部掘り出して、シャングリラ号の建造資金にしちゃったなんて…そんなことがあっていいんでしょうか?
「埋蔵金って分かりやすいんだよ。万一の時のために…って必死の思いで埋めたヤツだからね、残留思念が半端じゃないんだ。秘密を守るために作業員を殺してたりすると、恨みの念も籠もるから凄い。サイオンが無くても人間の思念って残るものなのさ」
「それを探って掘り出したのか! 罰当たりな…」
キース君が左手首の数珠レットに触れ、ブツブツと何か唱えましたが、会長さんは涼しい顔で。
「ぼくも一応、高僧だよ。ちゃんと供養をしてから掘ったし、掘り出した後には仏様の像を埋めてきた。いいじゃないか、シャングリラ号にはぼくたちの命と未来がかかってるんだ」
それを言われると何も言えません。シャングリラ号は私たちが迫害される立場になったら逃げ込むための箱舟で…現に箱舟として使われている世界を私たちは知ってしまったのですから。
「そんなわけだから、その本に載っている埋蔵金はもう無いんだ。他の有名どころも掘った。でも十分な資金が集まった後は掘ってない。やっぱりロマンは後世に残しておかないとね」
「掘ってない!?」
ジョミー君の顔がパアッと輝いて。
「じゃあ、埋蔵金って今もあるんだ! そんな簡単に分かるんだったら夏休みに1つ掘らせてよ!」
げげっ。夏休みだからって埋蔵金を掘りますか?…冷やし中華じゃないんですから、1つってそんな無茶苦茶な…。

夢とロマンの埋蔵金。今も何処かに埋まっていると聞けば掘りたい気持ちは分からないでもありません。サイオンで埋まっている場所が分かるとなれば、後は掘り出すだけなんですが…。
「ジョミー、埋蔵金は掘ればいいってものじゃないんだよ」
会長さんが苦笑しながら『埋蔵金伝説』と書かれた本の表紙を軽く叩きました。
「埋まってる土地の所有者は誰か。それが一番重要なことだ。ぼくたちが掘っていた頃は必死だったし、当たりをつけた場所の近くに滞在しながらサイオンでこっそり掘り出した。外からは絶対に分からないよう、瞬間移動を使ったんだよ。だから誰の土地かなんて関係ないし、掘り出した後の所有権で争う必要も無かったけれど…」
「ブルーが一人で掘ったってこと?」
「そう。ぼくが掘り出して、ぶるぅが仲間の所へ瞬間移動で届けてた。そんな掘り方なら今でも可能だ。でも、君がやってみたいのは本格的な発掘だろう? それなら土地を買収する所から始めないと」
土地を買うにはお金が要るよ、と会長さんは笑いました。
「埋蔵金を掘り出す前に資金が必要になるんだよ。埋蔵金が見つかってから払います、なんて言ったら土地を売ってはくれないだろうし、お金を貸してくれる所も無いだろうね」
「……そうなんだ……」
ガックリと項垂れるジョミー君。夢に近づいたと思った途端に厳しい現実を突き付けられて、夢もロマンも砕け散ったみたい。夢は夢でしかないというわけですけど、なんだかちょっと残念なような。
「あのぅ…」
マツカ君がおずおずと口を開くと、会長さんが即座に遮って。
「ダメだよ、マツカ。君が土地を買収するっていうのは許可できない。君も埋蔵金を掘りたくなったというなら別だけど」
「いえ、そうじゃなくて…。いいえ、そうなのかもしれませんけど…。うちの土地を掘るって言うのは駄目ですか? これから買収するのではなく、元からうちの土地なんですが」
「君の家の?」
意外そうな顔の会長さんに、マツカ君は壁の方向を指差しました。
「あっちに山がありますよね。山地になってずっと奥まで続いてますけど、その向こうの村をご存じですか?」
「ん?…ああ、そういえば小さな村があったね」
「そこに祖父の別荘があるんです。隠居所みたいなものでしょうか。祖父が亡くなってから使っていませんけれど、村に埋蔵金伝説が伝わってるのは知ってます。それを探すのはどうかと思って…」
「「「えぇっ!?」」」
そんな所に埋蔵金の伝説が!? というより、マツカ君の家の所有地に埋蔵金が埋まってるなんて、そんな棚ボタな話があってもいいものでしょうか。ジョミー君が期待と不安の入り混じった顔で。
「ブルー、その話、知っていた? もう掘っちゃった後なのかな?」
「残念ながら初耳だ。つまり有名な話ではない。…埋蔵金があったとしても大したものじゃないだろう」
「ぼくもそうだと思います。落ち武者が埋めたっていう話ですから、量はそんなに無いでしょう。第一、伝説自体が作り話ということも…。それでも良ければご案内します。あっ、もちろん…ブルーが駄目だと仰るのなら今の話は無かった事に」
どうでしょう、と会長さんにお伺いを立てるマツカ君。会長さんは腕組みをして考え込んでいましたが…。
「うん、なかなかに面白そうだ。海や山より思い出に残る夏休みになるかもしれないね。ぼくも正面から埋蔵金に挑んだ経験は無いし、無くて元々、やってみようか」
「無くて元々って…あるかどうかは分からないの?」
ジョミー君の問いに会長さんは人差し指を左右に振って見せました。
「埋蔵金を発掘したいんだろう?…あるか無いかでドキドキするのも埋蔵金探しの醍醐味さ。あると分かってるものを掘り出すなんて、イモ掘りと大して変わらないじゃないか」
「じゃあ、必死に探して空振りになるかもしれないんだ…」
「それでこそ宝探しだよ。まぁ、ぼくも徒労に終わるのは嫌だし、現地に着いたら一応探ってみるけどね。埋蔵金があるようだったら頑張ろう。無ければ予定通りに海と山ってことでどうかな、みんな?」
埋蔵金を探す夏休み!考えただけでワクワクしてきます。誰も反対する人は無く、ジョミー君の夢とロマンは実現に向けて走り出しました。

「マツカ、ぼくたちが泊まれそうな宿はあるのかい?」
会長さんが尋ねると、マツカ君はちょっと困った様子で。
「それが…鄙びた村で、民宿すらも無いんです。祖父はそれが気に入って隠居所にしたそうで、頼まれるままに村の土地を買い取った結果、村の田畑や山林は殆どうちの土地になってしまいました。ですから埋蔵金がうちの土地にあるのは確かです。…でも、泊まって頂ける所は祖父の別荘くらいしか…」
「なるほど。それも楽しいかもしれないね。同じ別荘でも田舎だと趣が違いそうだし」
「ええ。帰ったらすぐに連絡を取って、滞在中の色々な手配を…」
しばらく使っていませんから、とマツカ君。ところが会長さんが言い出したことは…。
「寝泊まりできるようにしておいてくれるだけでいいよ。なんといっても宝探しだ。身の回りのことを他人にやらせてたんじゃあ、いまいち気分が乗らないじゃないか」
「そうでしょうか…」
「そうだよ、マツカ。合宿気分でワイワイやるのが一番なのさ」
強引に押し切ってしまった会長さん。うーん、今回は優雅な別荘ライフとは違うようです。どのくらいの期間か分かりませんが、食事も掃除も洗濯も…全部自分たちでやるんでしょうか?
「もちろん。当番を決めてやるのもいいね。難しそうなら、ぶるぅもいるから」
「うん!ぼく、頑張る。みんなが宝探しでくたびれちゃったら、ちゃんとお世話をしてあげるね」
家事が大好きな「そるじゃぁ・ぶるぅ」はやる気満々。初日からお世話になってしまいそうな気がします。だって私ときたらお料理はダメだし、お掃除もろくにしたことがなくて…。スウェナちゃんもオロオロしていますから、多分似たようなものなのでしょう。そして男の子たちは言うまでもない状態でした。
「ぶるぅ、ぼく、掃除とか全然ダメで…」
「汚ねえぞ、ジョミー!料理も洗濯も何もかもダメって白状しろよ!」
サム君とジョミー君がじゃれ合うのを横目で見ながら、柔道部三人組が溜息をついて。
「俺たち、合宿は何度も経験してるが…」
「食事は合宿所のおばさんに任せていましたもんね…」
「自分でしたのは洗濯くらいなものでしょうか…」
要するに誰もがダメダメだっていうことです。会長さんがクスクスと笑い出しました。
「そんなことくらい知ってるよ。だけど雰囲気って大事じゃないか。宝探しの基地に部外者を出入りさせるなんて論外だとは思わないかい? ぶるぅに頑張ってもらって、君たちは出来る限りのことをしたまえ」
「「「…はい…」」」
努力します、と頭を下げる私たち。会長さんは満足そうに頷き、マツカ君に目的地までの交通手段などを質問して。
「それじゃ往復だけマイクロバスを手配して貰おうかな。直前に決めても大丈夫だよね?」
「はい!当日でもなんとかなりますよ」
「ありがとう。出発は…柔道部の強化合宿が終わってからってことでいいかな。確か今年は早かったんだ」
いつからだっけ、と日程を確認した会長さんは綺麗な笑みを浮かべました。
「柔道部のみんなが合宿に行っている間、ジョミーとサムは暇だろう? はい、これ。ぼくが代わりに申し込んでおいた」
宙に取り出された2枚の紙。その紙が前にキース君の大学の学生さんが勧誘していた本山体験ツアーの申込書だと理解するのに時間はかかりませんでした。
「本山で2泊3日の仏道修行。ジョミーはともかく、サムは行くよね?」
「ブルーが…わざわざ俺のために…?」
サム君、感激しています。ジョミー君は断ろうとしたのですが…。
「埋蔵金の発掘計画、ぼくが手伝う理由は全く無いと思わないかい? あるかどうかも分からないものを夏休み中かかって掘り続けるか、ぼくからヒントを引き出すか。ぼくに助けて欲しいのなら…」
「わ、分かったよ!行くよ、行くから手伝ってよ!!」
会長さんの脅しの前にジョミー君は呆気なく屈し、柔道部三人組は強化合宿、ジョミー君とサム君は仏道修行。特別生になって初めての夏休みが私たちを待っていました。

青空が眩しい夏真っ盛り。キース君たちが強化合宿から帰ってきたら宝探しに出発です。どんな村なのかパパとママに訊いてみたのですけど、埋蔵金の話は知らないという答えでした。辺鄙な村で何も無いらしく、ママには「そんな所で合宿なんて物好きね」とまで言われる始末。おまけに「練習しておきなさい」と家事のお手伝いをやらされることになってしまって、藪蛇もここに極まれりです。今日もブツブツ言いながら洗濯物を干していると…。
「やあ。朝からお手伝いご苦労さま」
垣根の向こうに会長さんが立っていました。
「これから一緒に出掛けないかい? 向こうに車を待たせてあるんだ。ぶるぅとスウェナも乗ってるよ」
「何処へ行くんですか?」
「サムとジョミーの修行の見学。今日からだってこと、忘れてた?」
そういえば昨夜ジョミー君から「旅に出ます。探さないで下さい」という哀れっぽいメールが来てましたっけ。それを探しに行こうだなんて、会長さんも物好きな…。
「行く?…それとも真面目にお母さんの手伝いをする?」
ジョミー君たちの修行を見物するか、家にいてママの手伝いか。答えはもちろん決まっています。洗濯物を放り出した私は大急ぎで支度し、会長さんたちと一緒にタクシーに乗り込みました。アルテメシアの市街地を出て、山道をどんどん登っていって…いつの間にか周囲は深い山林に。まさに深山幽谷です。
「ジョミーたちは貸し切りバスで行ったんだよ。とっくに結団式を済ませて、今は映画を見せられている」
助手席に座った会長さんが前を向いたまま言いました。
「「映画?」」
首を傾げるスウェナちゃんと私。修行じゃなくて映画ですか?
「ふふ、君たちが考えるような映画じゃないさ。お釈迦様の生涯だよ。お釈迦様抜きで仏教は語れないからね。布教用に作った物だし、娯楽の要素は一切ない。これで気持ちを引き締めてから修行に入るという仕組み」
うわぁ、ジョミー君、可哀相…。大喜びで参加したサム君も後悔し始めているかもです。スウェナちゃんとコソコソ話し合っていると、隣に座った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「あのね、今日は一番マシな日なんだよ。普通の御飯が食べられるから」
「「えっ?」」
「昨日ブルーに聞いたんだ。一日目の晩御飯はお代わり自由で豚カツなんかも出るらしいけど、明日の朝から精進料理になるんだって。御飯もお米の御飯じゃなくて麦飯になるって言ってたよ」
ひえぇ!食事まで本格的な修行メニューになっちゃうんですか?でも…お粥じゃないんだ…。
「それは宗派によるんだよ。仏教といっても色々あるから」
答えてくれたのは会長さんです。
「初日からあまり苛めていたんじゃ、親しむ前に逃げられちゃうし…食事くらい普通にしてあげないとね。明日からは麦飯に味噌汁、漬け物、和え物、煮物の5種類、それしか出ないよ。もちろん肉と魚は出ないし、お代わり出来るのも麦飯だけさ」
「そんなのでお腹、空かないかしら…」
心配そうに言うスウェナちゃん。ジョミー君たちは食べ盛りですし、そんな食事で大丈夫かな?
「修行に行った以上、頑張らないとね。ちゃんと持ち物検査があるから、おやつは没収された筈だよ」
「「えぇっ!?」」
持ち物検査って…没収って…ジョミー君たちはどんな目に…?

タクシーが止まったのは大きな山門の前でした。杉の巨木に囲まれたお寺はとても静かで、街から1時間ちょっとしか走ってないのが信じられない感じです。それが総本山、璃慕恩院。小さい頃にリボン院だと聞き違えていて、可愛い名前だと思ってましたっけ。可愛いどころか修行の道場だったとは…。
「キースもいずれは此処で修行さ。頭を綺麗に剃ってからね」
山門に向かう会長さんは半袖シャツにズボンのラフな格好。御自慢の緋の衣ではありません。それでも山門をくぐって寺務所の前まで行った所で若いお坊さんが飛び出して来て…。
「ブルー様でらっしゃいますね。ご案内するよう言われております。どうぞこちらへ」
大きな建物や回廊を幾つも抜けて、通されたのは立派な客間。床の間には見事な掛軸が飾られ、磨き込まれた座敷机に分厚い座布団。その1枚に座った緋の衣の老僧がニコニコ笑顔で手招きしました。
「おお、ブルー!…こうして会うのは何年ぶりかのう。相変わらずの男前じゃ。さあ、遠慮せずに入った、入った。そのお嬢さん方は今のコレか?」
小指を立ててみせる老僧。うーん、会長さんったら本山でも女たらしで有名でしたか…。客間に座るとお茶とお菓子が出てきましたが、昼食はなんとお寿司の盛り合わせ。どう見ても本物の握り寿司です。
「わははは、ブルーに精進料理なんぞ出せんわい。どうしても、と言われりゃ別じゃが」
本山で一番偉い人だという老僧は豪快に笑い、自分もお寿司を食べ始めました。会長さんがニヤリと笑って。
「要するに本音と建前なのさ。老師はぼくの後輩だから、ぼくの好みもよく知ってる」
「そうなんじゃ。本当はブルーの方がわしより偉い立場なんじゃが、タメ口がいいと言われてのう」
何十年もの付き合いがある悪友同士らしいです。そんな人が牛耳るお寺に送り込まれたジョミー君たちは…?
「ところで、体験ツアー中のぼくの友達はどうしてるかな?」
「サムとジョミーなら班長に据えたと言ってきたわい。今日から始まるコースは小学生しかおらんそうで、貴重な人材というわけじゃ。班長と言えば修行の手本。もちろん覗いて行くんじゃろう?」
「当然。ぼくが送り込んだと知ってる以上、情報収集してるよね。ジョミーたちは何かやらかしたかい?」
会長さんの問いに老師はニコニコ顔で。
「お前さん、注意書きを渡さなかったじゃろう? ケータイ禁止と聞いて真っ青になったそうじゃぞ。ゲーム機と音楽を聴く機械も没収したとか言っとったのう。…修行の心得は小学生でも知っとるのに」
「遊び心だよ、遊び心。せっかくだからドーンと絶望するのもいいよね」
ジョミー君たち、おやつどころかケータイも取り上げられてしまったみたいです。サイオンは滅多に使いませんから、思念波で連絡可能なことなど忘れてしまっているでしょう。覚えていたらとっくの昔に会長さんを恨む思念が伝わってきてる筈ですし…。
「御馳走様。お寿司、美味しかったよ。やっぱり禁断の味はいいねえ」
「決まっとるわい。昼間から堂々と食える立場におるというのが最高でのう」
また遊びに来い、とご機嫌の老師にお礼を言って、私たちはジョミー君たちが修行中だという建物の方へ。午後は読経の練習らしいのですが、鉦や木魚を叩くのでしょうか。小学生の団体様の中で班長にされ、修行の手本を示さなければならないだなんて、気の毒としか言えません。会長さん、参加者の状況を調べ上げてから申し込みをしたんじゃないでしょうね…?




週が明けて期末試験は順調に過ぎ、ついに最終日の金曜日。ソルジャーが会長さんと入れ替わる日がやって来ました。私たちはいつもより早く登校してきて、校門が開くと同時に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に向かって一直線。生徒会室の壁を抜けた向こう側には既に二人の会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が…。
「かみお~ん♪みんな早いね!朝ご飯、ちゃんと食べてきた?」
よかったら食べて、とサンドイッチを盛ったお皿が運ばれてきます。真っ先に手を伸ばしたのは会長さん…じゃなくてソルジャーかな?
「みんな、おはよう。今日はよろしくお願いするよ」
夏物の制服を着たソルジャーがサンドイッチ片手にウインクしました。隣に座った会長さんが溜息をついて。
「…試験の答えは教えるけどさ…。くれぐれもクラスの中での悪戯は…」
「それはしないって約束する。君を騙した負い目もあるしね」
「…騙した…?」
目を丸くする会長さん。私たちにも何のことやらサッパリです。
「うん。この前、ぼくとベッドを交換するか、ぼくに生徒をやらせてくれるか、どっちか選べって言っただろう。君はハーレイに抱かれたくなくて、こっちの方に決まったけれど…。あの時、嘘をついたんだ。ぼくのハーレイに君は抱けない」
「「「えぇっ!?」」」
驚いたのは会長さんだけではありませんでした。あんなに脅しをかけていたのに嘘だったって言うんですか?
「正確に言えば、君が嫌がるに決まっているから無理だってこと。…ぼくのハーレイもヘタレなんだ。嫌がる相手を抱くなんて真似は出来っこない。ぼくそっくりの君が相手なら尚更さ」
「じゃ、じゃあ…君のハーレイとどうこうって話は最初っから…?」
「ううん、最初は本気だった。途中で思い出したんだよね、ハーレイはヘタレだったっけ、って。だけど怯えてる君が可愛かったし、訂正するのはやめにしたんだ」
クスクスとおかしそうに笑うソルジャー。会長さんはガックリと肩を落として「はめられた…」と呟きました。
「ブルー、本当に何もしないんだろうね?…凄く心配になってきた」
「しないってば。クラスでは誓って何もしない。ぼくのお目当ては君のハーレイを口説くことだから」
これだけは譲れないよ、と言ってソルジャーはソファから立ち上がります。
「サンドイッチ、御馳走様。それじゃ試験を受けに行くね。えっと、教室はどっちだっけ」
「教えてもらっていないのか?」
キース君の問いにソルジャーは「まさか」と微笑んで。
「教室の場所も校舎の配置もバッチリ頭に入っているよ。試験問題も多分、自力で解ける。クラスの命運がかかっているっていうから、ブルーに確認してもらうけど。…その他のフォローはよろしくね」
私たちは覚悟を決めて頷きました。トラブルメーカーなソルジャーですが、クラスでは何もしないという言葉を信用するしかありません。試験さえ無事に終わってくれれば、後は野となれ山となれです。

影の生徒会室を出て1年A組に着くまでの間、ソルジャーは完璧に会長さんを演じていました。すれ違う生徒と挨拶したり、女の子たちに手を振ったり。そしてA組の教室でも…。
「おはよう。試験も今日でおしまいだよね」
試験勉強とは無縁のクラスメイトに声をかけ、アッという間に女の子たちに囲まれています。
「…あれが目的だったのか…?」
呆れた声のキース君に、マツカ君が。
「女性には興味が無いんじゃないかと思うんですけど…」
「分からんぞ。食う方も出来ると言ってたからな、興味が無いとは言い切れん」
なるほど。あちらのシャングリラ号にどんな人たちが乗っているのか知りませんけど、ソルジャーともなれば気軽に女の子たちと話せる機会は少ないのかも。ソルジャーは包囲網を上手に抜け出してアルトちゃんとrちゃんに話しかけたり、好き放題。フォローなんて全く必要ない様子に、私たちは感心するばかりでした。やがてカツカツと足音が近づいてきて、教室の扉がガラリと開いて。
「諸君、おはよう」
グレイブ先生もソルジャーを見破れないようです。サイオンを持つ仲間ですから、もしかしたら…と思ったんですが。お馴染みの注意に続いてプリントが配られ、試験開始。いつものようにスラスラと答えが書けるのはソルジャーの力のせいでしょうけど、自分で解いているのでしょうか?この問題って世界史ですよ!…次の試験の前に尋ねてみると、ソルジャーはいともアッサリと。
「ぼくが解いた。ちゃんとブルーに確認したから正解だよ」
そんな調子でソルジャーは試験を楽々とこなし、最後のテストが終わった後はクラス中から御礼を言われて上機嫌でした。終礼が済むと私たちを集めて微笑んで。
「ね?…約束通り何もしなかっただろう。ブルーの所へ帰ろうか」
会長さんの鞄を持ったソルジャーは何処から見ても会長さんにしか見えません。本物の会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に隠れてるなんて、誰も思いもしないでしょう。残るは打ち上げパーティーと…。
「ハーレイのこと?」
廊下を歩きながらソルジャーが私の方を振り向きました。思考が零れていたようです。
「うん、教頭室にも行かなきゃね。今日のメインイベントはそれだし、とても楽しみにしてるんだ」
「…やっぱりロクでもないことを…」
そう言ったのはキース君。ソルジャー相手でも遠慮しないのが凄いです。
「どうだろう?…君たちのブルーも色々やってたみたいじゃないか。ぼくが少々羽目を外しても、許されるんじゃないかと思うな」
「「「!!!」」」
恐ろしい言葉をサラッと口にし、ソルジャーは意気揚々と生徒会室に入ってゆきました。壁を抜けると「そるじゃぁ・ぶるぅ」と会長さんが出迎えます。
「かみお~ん♪おかえりなさい!凄いや、ホントにバレなかったね!」
「癪だけど、君は完璧だったよ。…1問も直す所が無かった」
大感激の「そるじゃぁ・ぶるぅ」と憮然としている会長さん。次は打ち上げパーティーの費用を貰いに教頭室へ行くわけですけど、ソルジャーが一人で行くのでしょうか。
「ブルー、みんなを教頭室に連れて行ってもかまわないよね?」
え。ソルジャーがニッコリ笑っています。
「ぶるぅも連れて行かせてもらうよ、怪しまれないための必須アイテム。…君はどうする?」
「…行くさ。ぼくがしっかり監視してないと、君は暴走しそうだし。でもシールドを張って隠れてるから」
「ハーレイが気付かないと思っているのかい?…まあ、いいけど」
会長さんは姿を隠して行くようです。ソルジャーは私たちの方を振り向いて。
「じゃあ、資金調達をしに出掛けようか。楽しい時間を約束するよ」
ああぁ、いよいよ教頭室です。本日のメインイベントとやらが、とっても心配なんですけど~!

ソルジャーは私たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を引き連れ、まっすぐ本館に向かいました。すぐ後ろには会長さんがいる筈ですが、全く姿が見えません。同じ能力を持つタイプ・ブルーでないと分からないものと思われます。ジョミー君もタイプ・ブルーですけど、思念波で話すのが精一杯のようですし…。
「ジョミー。お前、ブルーが見えてるのか?」
サム君が落ち着かない様子で尋ねました。会長さんが心配なのでしょう。
「ううん、全然。ぶるぅ、どの辺にいるのか教えて」
「えっとね、あそこ」
指差された先には何の気配もありませんでした。よく『見えないギャラリー』にされてきましたけれど、こんな風になっていたんですねぇ。周りの景色を遮りもせず、会長さんは静かに隠れています。触ろうとすれば上手に逃げてしまうのでしょう。私たちはソルジャーを先頭に本館に入り、教頭室の扉の前に立って。
「失礼します」
ソルジャーが扉をノックしてガチャリと開けると、書きものをしていた教頭先生が顔を上げました。
「ブルーか。今回も多めに入れておいたぞ」
引出しから熨斗袋を取り出したのを、ソルジャーが笑顔で受け取ります。
「ありがとう、ハーレイ。…ねえ、足りなかったらどうしたらいい?」
「どうするも何も、いつも私の名前でツケにしてくるのはお前だろう。今日は焼肉か?」
「うん。…でね、貰ってばかりじゃ悪いから…」
ソルジャーの身体が教頭先生と机の間にスッと入り込み、膝の上に腰かけたかと思うと両腕を教頭先生の首に絡み付かせて。
「これ、お礼。…好きだよ、ハーレイ」
耳もとで甘く囁き、唇を重ねるだけのキス。そのまま教頭先生に抱きつこうとしたソルジャーでしたが…。
「やめ…!……いえ、ふざけるのはおやめ下さい、ソルジャー」
「どうしたのさ、ハーレイ? 言葉が変だよ」
膝の上に座ったままでソルジャーが首を傾げます。教頭先生は溜息をつき、ソルジャーの顔を見つめました。
「…ソルジャーと呼ぶのは駄目ですか?…では、ブルー。降りて下さい。どういうおつもりかは存じませんが」
「その言葉、やめてくれないかな。なんで敬語を使うのさ!」
「あなたがブルー…いえ、私の世界のブルーではないと分かるからです。あなたは別の世界のブルー。我々には想像もつかない世界を生き抜いてこられたソルジャーですから」
教頭先生の目は確かでした。正体を見抜かれたソルジャーは教頭先生の膝から滑り降り、机にもたれかかりながら。
「きっとバレると思っていたよ。…誉めてるんだろうけど、普通の言葉の方がいい。いつもブルーに話すみたいな」
「…ですが…」
「また敬語。いいけどね、今はブルーがソルジャーだから」
「なんですって!?」
教頭先生の叫びは私たちの心の声でもありました。会長さんがソルジャーだなんて、何を意味しているのでしょう。ソルジャーはニヤリと意地悪い笑みを浮かべて。
「分からないかな。ブルーがいなくて、ぼくがいる。ブルーとぼくは姿も力もそっくり同じだ。入れ替わっても気付かれない。…ブルーはぼくと賭けをして負けて、ぼくの代わりにソルジャーをやっているんだよ」
「…い、いつから…」
愕然とする教頭先生。何故ソルジャーが嘘をつくのかは謎ですけれど、そう聞かされた教頭先生が驚愕するのは当然でした。ソルジャーの世界がどんな所か、十分に知っているのですから。
「いつからって言われても…。もう1週間になるのかな?試験が始まる前のことだし」
「そんな無茶な!ブルーを帰してやってくれ!!」
頼む、と頭を深々と下げる教頭先生にソルジャーはクスッと小さく笑いました。
「言葉が普通に戻ったね。…よっぽどショックだったんだ」
「し、失礼を…。お願いです、どうかブルーを元の世界に…」
「期限は明後日までなんだよね。大丈夫、大きな戦闘は起こってないから。作戦途中でちょっと怪我したみたいだけれど、それはブルーが慣れてないからで…」
「怪我!?」
教頭先生は真っ青になり、両の拳を握り締めて。
「ブルーが…怪我を…。慣れていないのは当たり前です。ブルーもソルジャーを名乗ってはいますが、あなたとは全く違う世界で生きてきて……戦ったことなどただの一度も…」
「そうだろうね。でも約束は明後日まで。流石に命が危なくなったら、ぼくが助けに戻るけど」
「帰してやって下さい、すぐに!ブルーの代わりに私が何でも致しますから!!」
すっかり騙された教頭先生は絨毯に頭を擦りつけるようにして土下座しました。えっと…会長さんは多分その辺りにいるんですけど…。

「ブルーの代わりに何でもするって?…そこまで言うほどブルーが大事?」
懇願する教頭先生の背中を見下ろし、ソルジャーは冷やかに笑います。
「さんざんオモチャにされているのは知ってるよ。なのにブルーを心配するんだ?…たまにはお灸を据えられた方が大人しくなるかもしれないのに」
「ブルーはあれでいいのです。あなたとの賭けも、軽い気持ちだったに決まっています。なのに本当に入れ替わるなど…。ブルーがどれほど困っているか、心細い思いをしているか…。お願いです。ブルーを帰して頂けないなら、せめて私もあちらの世界に」
教頭先生は泣きそうな顔をしていました。土下座したまま必死に訴えかけるのですが、ソルジャーは嘘だと明かそうとはせず、会長さんもシールドの中から出てきません。
「お願いです、ソルジャー…いいえ、ブルー。ブルーが帰ってこられないなら、どうか私をブルーの側に」
「それは出来ない。キャプテンまでが入れ替わったら、誰がシャングリラを守るんだ?…仕方ない、期限にはまだ早いけど…ブルーを帰すことにしようか。その代わり…」
「…その代わり…?」
縋るような眼の教頭先生に、ソルジャーは勝ち誇った顔で言い放ちました。
「さっき、ぼくが二度目のキスをあげようとしたのに断ったよね、ブルーじゃないから。ブルーだったらキスさせたろう?…その罰だ。キスにはキスを。ぼくの靴にキスして貰おうかな」
「「「!!!」」」
ソルジャーったら、なんてことを!調子に乗るにも程があります。それに会長さんはすぐそこに…って、教頭先生?
「…分かった。それでブルーが戻るなら…」
教頭先生は身体を起こし、ソルジャーの右足に両手を添えると、躊躇いもなく身を屈めました。その唇が靴に触れようとした、まさにその時。
「ストップ!…もういい、ブルーはそこにいる」
弾かれたように振り返った教頭先生の視線の先で、会長さんのシールドが解かれます。ソルジャー服ではなく制服ですから別世界から戻ったにしては妙なのですが、教頭先生は会長さんが帰ってきたのだと完全に信じ込みました。
「ブルー!!」
会長さんの側に駆け寄り、ギュッと抱き締める教頭先生。
「…すまない、気付いてやれなくて。怖かったろう、一人ぼっちで…。怪我は大丈夫か?痛まないか…?」
「痛いよ、ハーレイ。…馬鹿力だってこと、自覚したら?」
「す、すまん、つい…。傷に響いてしまったか?」
済まなそうに謝る教頭先生の腕から逃れた会長さんは、ソルジャーの隣に立って艶やかな笑みを浮かべました。
「ぼく、怪我なんかしてないし。…それにソルジャーもやってない。入れ替わってたのは今日だけだよ。ブルーが生徒をやりたいって言うから、ぶるぅの部屋に隠れてたんだ」
「ぶるぅの部屋!?…ブルーの代わりにソルジャーをやっていたんじゃないのか?」
「それは無理だってブルーが言った。ぼくにソルジャーを任せちゃったら、シャングリラ号が沈むんだってさ」
「…………」
騙されていたと気付いた教頭先生がヘタヘタと床にへたり込みます。ソルジャーと会長さんは瓜二つの顔でクスクスと笑い、熨斗袋を開けて中身を数えて。
「ありがとう、これ、貰っていくね。靴にキスしようとしてくれたことも忘れないよ」
「ごめんね、ハーレイ。ブルーも悪戯が好きなんだ。…先にキスしてもらってたんだし、キスにはキスってことで許してあげてよ」
教頭先生の返事を待たずに、二人はクルリと背を向けて歩き出しました。会長さんは再びシールドの中。そっくりな二人が学校の中で並んで歩けば、混乱を招くからでしょう。
「みんな、帰るよ。お店を予約してるんだから」
早くおいで、と手招きされて教頭室を出る私たち。教頭先生は絨毯の上で白く燃え尽きてしまっていました。

いつもの焼肉屋さんへはタクシーで。ソルジャーは私たちとタクシーに乗り、会長さんはお店の近くに瞬間移動してきて合流です。個室で美味しい焼肉を頬張りながら、ジョミー君が尋ねました。
「ねえ、ブルー。教頭先生を騙してたけど、あれって打ち合わせしてあったの?」
「…それはぼくに対する質問?それとも君の世界のブルー?」
「え、えっと…。ブルー…ううん、会長に聞いたつもりだったんだけど、答えが聞けるならどっちでもいいや」
「いい答えだ」
ソルジャーは網の上のお肉を上手に裏返し、焼き上がった野菜を器に取って。
「ぼくもその話をしたかったんだよ。打ち合わせなんか一度もしてない。ブルーにはハーレイを口説く許可しか貰ってなかった。だからブルーは誘惑だけだと思っていたんじゃないのかな」
「そうだよ。なのに君が勝手に…」
どんどん暴走しちゃうんだから、と会長さん。ソルジャーは肩を軽く竦めて。
「ごめん、ごめん。でも、君だって止めなかったじゃないか。シールドを解けばすぐ嘘だってバレるのに」
「あんなハーレイ、滅多に見られないからね。面白そうだし放っておいた」
「やっぱりね…。そして今でも面白かったと思ってるわけだ」
溜息をつくソルジャーの姿に、会長さんは首を傾げました。
「え? だって本当に楽しかったし…」
「ハーレイがぼくに土下座をしたり、靴にキスまでしようとしたのは君のためだよ。あそこまでする姿を見ても、ハーレイを好きになれないのかい?」
「………。ああすれば、ぼくがハーレイに惹かれるとでも…?」
「うん。飛び出してきて止めに入ると思ってた。土下座くらいは笑って見てても、靴にキスしろって言った辺りで。…そして恋が始まると期待したのに、世の中、上手くいかないものだね」
だからヤケ酒、とソルジャーはチューハイを一気飲み。けれど瞳は笑っていて…。
「まぁ、シナリオどおりに始まる恋なら、とっくに恋人同士だろうけれど。でも、ハーレイが君を大切に想ってることは知ってて欲しいな。…遊び道具にしてるだなんて、ぼくには信じられないよ」
「ハーレイはあれでいいんだってば!本人もそれで満足してる」
「そうかなぁ?…ヘタレ直しの修行にも来たし、進展させたい気持ちはあると思うんだ。とことん報われないのが気の毒で」
ソルジャーと会長さんは不毛な論争を始めました。あちらのキャプテンと両想いなソルジャーと、女の子が大好きなシャングリラ・ジゴロ・ブルーの恋愛観が一致するわけありません。二人とも経験だけは積んでいるので、アヤシイ単語もチラホラと…。
「どうする、あいつら?」
キース君が二人を示すと、シロエ君が。
「ほっとけばいいんじゃないですか?食べながら言い合いしてるんですし」
「注文は俺たちに丸投げだけどな…。焼くのもぶるぅが頑張ってるぜ」
「あの調子なら激辛醤油と取り換えちゃっても気付かないかも!」
激辛ハバネロ醤油の瓶と取り皿を持つジョミー君。それはそれで…楽しいかも…。
「ブルーにやるのはやめてくれよ。あいつにやるのは止めないけどさ」
サム君が主張し、取り換えるのはソルジャーのお皿に決まりました。ワクワクしながら『激辛8倍』と書かれたハバネロ醤油を取り皿に注ぎ入れ、ソルジャーの席の方へ回していこうとした時です。
「こんばんは」
スッと個室の扉が開き、部屋に滑り込んできた人物は…。
「「「ドクター!!?」」」
嫌というほど見覚えのあるエロドクターがスーツを着込んで立っていました。なぜドクターが出てくるんですか~!

「…ノルディ…?」
引き攣った顔の会長さんを他所に、ドクターはスタスタとソルジャーに近付いていって。
「お招き下さって嬉しいですよ。少し早すぎたでしょうか?」
「いや。…約束通り呼んだだろう?ちゃんと大人しくしていたかい?」
「それなりに。1週間は長すぎました」
げげっ。これって、前にドクターの家で交わした会話の続きでは…。ソルジャーが差し出した手にドクターが恭しく口付けています。凍りついている私たちをソルジャーは赤い瞳で見回しました。
「ぼくの招待客なんだけど。一緒に食事をしてもいいかな?」
「「「………」」」
誰も返事が出来ませんでした。会長さんは固まってますし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も混乱中。そんな様子にソルジャーは苦笑し、自分の席から立ち上がって。
「ここじゃ落ち着いて食べられないね。他の店に移る?それとも…」
「あなたはかなり召し上がったのではないですか?まだ食べたいと仰るのなら行きつけの店にお連れしますし、そうでなければ…」
「ぼくを食べたいっていうのかい?…いいよ、その方が楽しめそうだ」
バイバイ、と軽く手を振り、ソルジャーはドクターに肩を抱かれて部屋を出て行ってしまいました。取り残された私たちは暫し呆然としていましたが…。
「ブルー!おい、ブルーたちは何処へ行ったんだ!?」
我に返ったキース君が叫び、会長さんはサイオンを周囲に広げているようです。会長さんの力なら二人を追うのは簡単な筈…って、あれ?なんだか難しい顔…。
「駄目だ、ブルーが邪魔をしていて何処に居るのか掴めない。ノルディの家へ行くんじゃないかと思うけど…」
「ホテルってこともありますよ」
シロエ君の言葉に会長さんは頭を抱え、私たちもとても焼肉どころでは…。エロドクターとソルジャーが何をするのか分からないほど小さな子供じゃないんですから。…と、個室の扉が音もなく開いて。
「ただいま」
「「「えぇっ!?」」」
入ってきたのはソルジャーでした。平然と部屋を横切り、元の席に腰を下ろします。
「うん、肉も野菜も減っていないね。5分もかかってないのかな?」
「ブルー!…ノルディは何処に置いて来たのさ!?」
「君のマンション、って言いたいけれど、残念ながら車の中。ぼくが消えたんで此処に戻ろうとしているようだ」
「「「!!!」」」
「大丈夫、絶対戻ってこられないから。自分の意志とは反対の方に走りたくなる暗示をかけた」
ぼくたちの宴会が終わるまでね、とソルジャーはニッコリ笑いました。
「ノルディを呼んだのはサプライズだよ。ちょっとドキドキしただろう?せっかくの打ち上げパーティーなんだし、そういうスリルもいいかと思って」
「心臓が止まりそうになったじゃないか!」
「ブルーはノルディが苦手だものね、からかい甲斐があって面白いのに…。さあ、淫乱ドクターがドライブをしている間に食べようか。ぼくは参鶏湯も注文したいな」
メニューを覗き込むソルジャーは子供みたいに楽しそうでした。キース君がフゥと溜息をついて。
「…悪戯は大目に見ようって言ったんだっけな…」
「そうだったわね…」
スウェナちゃんが応じ、ジョミー君が。
「じゃあ、悪戯には悪戯を!」
その手には再びハバネロ醤油の瓶が握られていました。ソルジャーは気付いていないようです。よし、こうなったら激辛8倍!私たちのドキドキを乗せて取り皿は次から次へと回され、ソルジャーの前にコトリと置かれて…。それから後はあまり語りたくありません。ソルジャーのポーカーフェイスは見事だ、としか。
「じゃあ、ぼくはブルーの家で着替えて帰るから。また会おうね」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はソルジャーと一緒にタクシーに乗り込み、私たちは歩いて最寄りの駅へ。ハバネロ醤油を美味しいと誉めて皆に勧めた会長さんのそっくりさんは、最後までトラブルメーカーでした。まだ舌がヒリヒリしています。あまりの辛さに「かみお~ん!」と泣き叫びながら走り回った「そるじゃぁ・ぶるぅ」も可哀相。…ソルジャー、会長さんとの入れ替わり体験、ご満足して頂けましたか…?




エロドクター…いえ、ドクター・ノルディの家から逃げ帰った後、会長さんはソルジャーに散々苦情を言ったのですが、馬耳東風というヤツでした。ソルジャーはシールドを解いたことやドクターと接触したことを悪いとはちっとも思っていなくて、ただの悪戯だと笑うのです。会長さんは自分も悪戯大好きなだけに、諦めたように溜息をついて。
「ぶるぅ、お茶はそろそろ終わりにしようか。晩御飯に差し支えそうだしね」
「うん。じゃあ、残ったお菓子は…。持って帰りたい人、手を挙げて!」
一番に手を挙げたのは甘いもの好きのソルジャーでした。ソルジャーが帰ってゆく先はシャングリラ号で、船の外は敵ばかりという危険な世界。私たちのように気軽にお菓子を買いに行くわけにはいきません。そんなソルジャーがお持ち帰りを希望だったら、私たちは遠慮すべきでしょう。
「あれ?…ぼくだけ?」
「みんな遠慮しているんだよ。君に譲ってあげたいって。ぶるぅ、日持ちは大丈夫かい?」
「えっと…。作りたてだし、冷蔵庫に入れてくれれば3日は十分」
キッチンから取ってきた箱に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が手際よくケーキを詰めてゆきます。ソルジャーは嬉しそうにケーキの数を数えながら。
「ぼく一人だったら3日分ほどありそうだけど、ぶるぅが待っているからね…。今日の夜食で終わりじゃないかな。
ぶるぅに箱を渡したら最後、一瞬で消えてしまうと思うよ」
えぇっ、こんなに沢山あっても!?…譲ることにしてよかったです。やがてテーブルの上が片付き、飲み物だけになったところで…。
「ブルー、さっきのデータだけども」
ソルジャーが思い出したように言い、会長さんはムッとした顔で。
「ぼくのデータがどうしたって?…ノルディの話ならお断りだからね」
「…やだなあ、何もなかったんだし、怒らなくてもいいじゃないか。悪戯だって言ってるだろう、ちょっと挨拶しただけだよ。…それより、ぼくと君との違いについて」
「………。どこか違ってた?」
目を丸くする会長さんにソルジャーが顔を近付け、耳にフッと息を吹きかけるなり、耳朶を甘く噛みました。
「「「!!!」」」
私たちもビックリですが、飛び上がらんばかりに驚いたのは会長さんで。
「ブルー!!」
噛まれた耳を両手で押さえ、肩が小さく震えています。
「ごめん、ごめん。…びっくりした?」
「き…気持ち悪いなんてもんじゃなくて!!」
「そっか。…やっぱり違うんだ」
ソルジャーは納得した様子で頷き、補聴器だという装置に覆われた自分の耳を指差して。
「ぼくと君との明らかな違いは耳だけだった。君の聴力は普通だけれど、ぼくは補聴器が無いとサイオンで補う必要がある。それ以外には特に違いは無かったんだよね」
「だからって何も噛み付かなくても…!」
「そこも違うと思うんだ。君は寒気を感じたみたいだけれど、ぼくなら逆に気持ち良くなる。耳が弱いって言っただろう?…それがノルディにバレちゃった、って」
言われてみればそんな話もありましたっけ。何処から見てもそっくりですけど、二人の違いは耳でしたか…。

それからは色々な話題に花が咲き、耳の話もエロドクターも何処かへすっかり消えてしまって。
「今夜は手巻き寿司パーティーだよ!」
元気一杯に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が宣言すると、ソルジャーは「服を借りるね」と会長さんと一緒に寝室の方へ。「服って…。なんで?」
首を傾げる私たちに「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコッと笑って。
「ほら、見て。ぼくの服、あっちのブルーとおんなじだよ。ここ、ここ」
はい、と差し出されたのは小さな両手。えっと…何か問題が…?
「分からない?…じゃあ、こう。こうするとブルーと同じになるんだ」
「「「手袋!?」」」
「うん。ぼくは邪魔だから普段ははめてないけど、ブルーはいつもはめてるんだって。きっとソルジャーやってるからだね。この服、防御力が抜群だもの」
耐熱性もあるんだから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は胸を張りました。
「生地は薄いし、はめたままでも食事はできるよ。さっきはブルーもはめてたでしょ?…でもね、手巻き寿司だと素手で食べた方が美味しいし!ブルー、そういう食事の時はブルーの服を借りるんだ。手袋だけ外すっていうのは落ち着かないって前に言ってた」
「…ソルジャーだから…だよね…」
ジョミー君が呟き、私たちの脳裏にソルジャーが生きている世界の情報が鮮明に蘇ります。ソルジャーは文字通りの戦士で、何かあった時は戦うために飛び出さなくてはいけないわけで…。ずっと手袋をはめたままだと知らされたことで、厳しい日常の一端を垣間見たような気がしました。
「…悪戯くらいは大目に見るか…」
キース君の言葉に揃って頷く私たち。こちらの世界に来ている間はソルジャーは戦士なんかではなく、会長さんのそっくりさんです。羽を伸ばした結果が悪戯ならば、目をつぶるべきかもしれません。ソルジャーの悪戯に巻き込まれたって命に関わるわけじゃないですけれど、ソルジャーの世界では毎日が死に繋がる危険と隣り合わせで…。
「…みんな、深刻な顔してどうしたんだい?」
「えっ!?…え、えっと…」
リビングに入ってきたのは二人の会長さんでした。ソルジャーは補聴器まで外してしまったみたいです。シャツのデザインが少し違いますから、今の質問をしたのはソルジャー…?
「当たり。ふぅん、悪戯を大目に見てくれるんだ?」
何をしようかな、と言うソルジャーの肩を会長さんがグイと引っ張って。
「ぼくがいるのを忘れちゃ困るな。…何かやらかしたら、それなりのことはするからね」
「そう?…ぼくの方が圧倒的に強いような気がするけれど。たとえばコレとか」
「!!!」
耳元に息を吹きかけられて、ウッとのけぞる会長さん。ソルジャーはクスクス笑うと会長さんの身体を上から下まで眺め回して…。
「ホント、どうしてこんなに違うんだろう。データを見ただけに余計分からなくなっちゃった。聴力の差ってそんなに大きいものなんだろうか?」
「ぼくに分かるわけないだろう!」
「ごめん、そんなに気持ち悪かったなんて、ぼくには全然分からないから」
耳を押さえる会長さんをソルジャーが楽しそうに見ています。とりあえず会長さんに悪戯している分には、私たちには対岸の火事。ダイニングに行って「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒に手巻き寿司の具でも並べましょうか。

大きなテーブルに寿司飯の桶や新鮮な具が揃った景色は壮観でした。海の幸が大好きなソルジャーのために「そるじゃぁ・ぶるぅ」が魚市場まで買い付けに行ったらしいです。会長さんとソルジャーが隣り合って席につき、私たちもテーブルを囲んで両手を合わせて「いただきまーす!」。ソルジャーは馴れた手つきで具をクルッと巻いては次々と口に運びながら。
「やっぱりテラって凄いよね。こんなに沢山の貝や魚は、ぼくの世界じゃ一部の人しか口にできないと思うんだ。それに…ぼくたちのテラは一度は汚染されてしまった星だし、テラに行っても魚の種類は多くないかも」
「でも養殖はしてるんだろう?…テラの海がどうかは知らないけれど、他の星では」
会長さんが尋ねると、ソルジャーは「うん」と頷いて。
「ぼくたちの船が隠れているアルテメシアでも養殖してる。シャングリラでも養殖しているけども、種類はとても少ないし…手巻き寿司なんて絶対無理。だから此処へ来て初めて食べた。…この世界で最初に食べさせて貰った食事もお寿司だったっけ。生の魚なんて、って驚いたけど、とっても美味しかったんだ」
どうやらソルジャーはお寿司が好物らしいです。それで手巻き寿司パーティーになったんでしょう。アフタヌーンティー・パーティーといい、会長さんはドルフィン・ウェディングの記念写真やブーケの額を披露するのに気合いを入れていたようですが、ソルジャー、そんなに見たかったのかな…。
「ああ、記念写真とブーケのこと?」
またまた思考が漏れたようです。ソルジャーはお寿司を巻く手を休めないまま、微笑んで。
「興味が無かったといえば嘘になるね。ぼくたちの船にも結婚している人はいるけど、ささやかな式しか挙げられないんだ。ブルーが派手にやったと聞いたら気になるだろう?…もしかしたら、ぼくもこっちの世界で挙式できるかもしれないじゃないか」
「「「えぇぇっ!?」」」
いったい誰と、と仰天しまくる私たち。まさか…まさか会長さんを花嫁に?
「なんでブルーが出てくるのさ。ぼくが結婚するって言ったらハーレイの他にいないだろうに」
でもハーレイが渋るんだ、とソルジャーは溜息をつきました。
「ハーレイはぼくとの仲を秘密にしたいらしくてさ。長老のみんなは知っているのに、それでも隠しておきたいらしい。だから、こっちの世界でこっそり結婚しようかなぁ、って。…ハーレイには駄目って言われそうだけど。あーあ、ブルーが羨ましいな。婚約指輪も貰ったんだよね」
「あれはハーレイが思い込みで…!突き返しちゃってそのままだし…」
「買ってくれたのは事実だろう?…そんなに一途に思われてるのに、結婚どころか身体も許してないなんて…ぼくには全く理解不可能」
本当に何処が違うんだろう、と呟きながら手巻き寿司を食べていたソルジャーですが…。
「そうだ、環境が違うせいなのかも!ぼくたちの生活を取り換えてみたら、君もハーレイの想いに応えようって気になるかもしれない。…ぼくの代わりに今夜シャングリラに帰ってみる?」
「えぇっ!?」
瞳を見開く会長さん。ソルジャーはいいことを思い付いたとばかりに畳み掛けました。
「明日の夜はハーレイがぼくの機嫌を取りに来る予定なんだよね。ぼくの代わりに今夜から行って、明日の昼間はソルジャーをやって…夜はハーレイと過ごすんだ。日曜日には帰ってこれるし、いい計画だと思うけど」
「ちょっ…。ちょっと待って!ソルジャーはともかく、ハーレイって?」
「機嫌を取りに来るって言ったじゃないか。仲好くベッドで過ごすんだよ。…ぼくじゃないって気付くだろうけど、大丈夫。ハーレイは君のことをよく知ってるし、初めてだって言えばちゃんと優しく扱う筈だ」
「…………!!!」
あまりにも凄すぎるソルジャーの案に会長さんは茫然自失。けれどソルジャーはノリノリでした。
「うん、入れ替わってみるっていうのもいいね。前からちょっと考えてたんだ」
ぼくも生徒をやってみたいし、なんて面白そうに言ってますけど、そんなこと本当に出来るんですか!?

「ねえ、ブルー。ぼくと入れ替わってみないかい?…今夜なら上手くいくと思うよ。ぼくの代わりに君が帰ればいいんだからさ」
何の予定も入れていないし、とソルジャーが会長さんに笑いかけます。
「出かけてた間のことはハーレイが定時報告に来るから、それで分かる。ソルジャーとして必要な知識はぼくの記憶をコピーすればいいし、完璧だよね。きっとハーレイも明日の夜まで入れ替わってるとは気が付かないよ、君がドジさえ踏まなければ」
「……明日の夜って……」
「そう、ベッドに君を訪ねて来るまで気付かないってこと。ふふ、楽しそうだと思わないかい?…ぼくはこっちの世界でシャングリラ学園の生徒会長として休日を過ごす。みんなで遊びに行くのもいいね。君はハーレイに色々教えてもらうといいよ、どこが一番気持ちいいか…とかさ」
「要らないってば!」
会長さんが叫びました。
「そんなことなんて知りたくもないし、第一、ぼくにソルジャーなんて絶対無理だし!!」
「…………。そうなんだよね。残念だけど、君にぼくの代わりは務まらない」
分かってるよ、とソルジャーはキュッと拳を握り締めて。
「ぼくと君とはそっくりだけど、住んでる世界がまるで違う。君には人は殺せないだろ?…ぼくはそうしなきゃ生きてこられなかった」
「あ……」
会長さんがハッと口を押さえ、私たちも身体を強張らせました。ソルジャーの過去は知ってますけど、改めて言葉にされると重みがまるで違います。明るく笑っているソルジャーの姿を見慣れてしまって、いつの間にか忘れてしまっていたこと。ソルジャーは…いつも手袋を外さないというソルジャーの手は…。
「ぼくの手は人を殺したことがある。過去だけじゃなく、これからも…きっと。ミュウが発見され、救出に向かった者が上手く逃げ切れなければ…ぼくが出るしかないんだよ。ブルー、君には出来ないだろう?…ぼくの代わりに人殺しは」
「…………」
言葉を失った会長さんの肩をソルジャーがそっと叩きました。
「自分を責める必要はないさ。だって本当のことだから。…君にぼくの代わりは出来ない。ぼくもさせたいとは思わない。シャングリラを沈められたくはないからね」
「……ブルー……」
「なんて顔をしてるんだい?人には向き不向きってのがあるんだよ。君は戦いに向いてない。君にぼくの代わりをさせてる時に戦闘が起こってしまったら…ぼくが駆け付ける前にシャングリラが沈んでしまいそうだ。そんなリスクが伴う以上、入れ替われないって分かってる」
「……ごめん……」
俯いてしまった会長さん。けれどソルジャーはクスッと笑って。
「ごめんって言ってくれるんだ。…じゃあ、ソルジャーでない時のぼくと代わってみる?新しいミュウは成人検査が引き金になって発見されるケースが大半でね。それ以外のケースは滅多にないし、成人検査は昼間のもの。…つまり夜の間はかなり安全と言えるんだ。ソルジャーの出番は殆ど無い」
「………?」
「夜の間だけ入れ替わらないか、って言ってるんだよ。明日の晩はハーレイと過ごすつもりだったし、その時にでも…。君がハーレイの魅力に気付く絶好のチャンスじゃないかと思うんだけど」
ね?と艶やかな笑みを浮かべるソルジャー。
「ぼくのハーレイは素敵なんだ。淫乱ドクターなんかよりもっと熱く激しく酔わせてくれる。一度味わえば君も変わるさ。…そして君のハーレイが大いに喜ぶ。いくらヘタレでも君に本気で求められれば、応えようと努力するだろう。絵に描いたようなハッピーエンド」
「…ぼくが…君のハーレイと…?」
「うん。ぼくは気にしないし、これで君がハーレイとの愛に目覚めてくれれば嬉しいし。ねえ、入れ替わってみようよ、ブルー。ソルジャーをやれなんて言わないからさ、明日の夜だけ…ぼくと寝室を取り換えるんだ」
いいことを思い付いた、とばかりにソルジャーはとても御機嫌です。
「なぜ君がハーレイの想いに応えないのか、っていう話から環境のせいかもってことになった。でも生活は取り換えられないし…ベッドを取り換えてみたらどうだろう。ブルー、ぼくのハーレイと寝てごらんよ」
ひぇぇぇ!…私たちは完全に目が点になってしまっていました。会長さんは上手く切り抜けられるのでしょうか?それともソルジャーに言いくるめられて、あちらの世界のシャングリラ号へ…?

ソルジャーの爆弾発言で中断した手巻き寿司パーティーですが、大人の話はサッパリ分からない「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「みんな、どうして食べないの?」と尋ねるとソルジャーが「なんでもないよ」と微笑んで食べ始め、私たちも会長さんの様子を窺いながら食事再開。会長さんは心もとない手つきでお寿司を巻いていますけど…。
「……ブルー……」
しばらくしてからソルジャーに声をかけたのはサム君でした。
「ん?…ぼくに用なのかい?君のブルーの方じゃなくて?」
「…あのさ…。ブルーと入れ替わるっていうの、ブルーに無理強いしないでくれよ。ブルー、そういう趣味は無いんだ。だからさ…逆にあんたがブルーの生活をしてみるっていうのはどうかなぁ、って。生徒をやってみたいって言ってたし」
「ふうん…。流石はブルーの恋人候補と言うべきかな。ブルーを守ってあげたいわけだ」
サム君は真っ赤になって頷いて。
「ソルジャーの役目が重いのは俺にだって分かるけど…今日みたいに時間は取れるんだろう?抜け出して来て生徒をやりたいんなら、俺、フォローする!その代わり、ブルーと無理に入れ替わるのはやめてほしいんだ」
「うーん…。だけど、それだとブルーはハーレイの気持ちをいつまで経っても…」
「いいじゃないか。その件はまた別の機会にってことで」
援護射撃に出たのはキース君。
「さっきの話を無しにするなら、あんたがブルーと入れ替わって生徒をやるのを手伝おう。まぁ、ブルーは生徒会長のくせに殆ど何もしてはいないし、一学期ももう終わりだし…入れ替わってもあまり旨味は無いが」
「ぼくがブルーの代わりに生徒を?…ブルーは閉じ込めておくのかい?」
「あんたの代わりにソルジャーとして使えない以上、そうなるな。ぶるぅの部屋か、この家に引きこもらせておけば問題ないさ。あんた、期末試験で入れ替わってみたら俺たちのクラスのヒーローになれるぜ」
女の子にもモテるしな、とキース君は親指を立ててみせました。
「ヒーロー?…なんだい、それは」
「ああ、ブルーから聞いていないのか。ブルーは成績抜群だから、試験の度に俺たちのクラスに仲間入りして、正解をサイオンで教えてくれることになっているんだ。ぶるぅの御利益だと思われているが、ぶるぅの力を借りられるヤツはブルーの他にいないだろう?」
「それで?」
興味を示したソルジャーに、私たちは1年A組が中間試験で学年1位の座に輝いたことを一所懸命に説明しました。担任のグレイブ先生が1位がお好きで、クラスメイトは期末試験でも会長さんをアテにしているということを。
「なるほどね。ぼくが期末試験とやらにブルーの代わりに出席すれば、ブルーの学生生活の美味しい部分を試食できるっていうわけか。…それはとっても面白そうだ」
「だろ?」
サム君がここぞとばかりに身を乗り出して。
「試験問題の答えはサイオンでブルーに聞いてもいいし、先にブルーの知識をコピーしといてもらってもいいし。ブルーと一晩入れ替わるよりずっと楽しいに決まってるぜ!」
「…確かに…。明日の晩ブルーと入れ替わったら、ぼくは寂しく一人寝だ。こっちのハーレイはてんでダメだし、サムも抱いてはくれないんだろう?」
「…俺!?」
耳まで真っ赤に染まったサム君はクタッと椅子の背に倒れかかりました。
「あ、おいっ、サム!?」
隣だったキース君が慌てて支え、サム君の頬をピタピタと軽く叩いてみて。
「…魂が抜けたみたいだな。ちょっと刺激が強すぎたらしい。なんといっても、あんたもブルーだ」
「同じ顔だものね。…もしかしてブルーと入れ替わって試験に出たら、こっちのハーレイにも会えるのかな?」
ソルジャーの問いに顔を見合わせる私たち。定期試験といえば終了後の打ち上げパーティーが付き物です。そのパーティーに使うお金はいつの間にやら、教頭先生のポケットマネーと決まっているんでしたっけ…。

「じゃあ、最終日ならハーレイ…いや、教頭先生に直接会えるってことか」
期末試験や打ち上げのことを全て聞き出したソルジャーは満足そうに微笑みました。
「嫌がるブルーをぼくのベッドに送り込むより、ぼくがこっちに来るのが早いね。試験を受けて、生徒気分を味わって…それからハーレイを口説きに行こう。もちろんブルーのふりをして」
「ブルー!?」
会長さんが青ざめましたが、ソルジャーはクッと喉を鳴らすと。
「不満だったら、最初に立てた予定どおりでいいんだよ。明日の夜、ぼくのベッドで寝てみるかい?…君の得意なサイオニック・ドリームがハーレイに効かないようにするのは簡単だ。ついでにベッドから逃げる方法を奪うのもね。ぼくと同じ力を持ってる君なら、ハッタリじゃないって分かるだろう?」
「…そ…それは……」
「ほら、顔色が悪くなった。ぼくのハーレイに抱かれたくなければ、ぼくが君のハーレイを口説くくらい許してくれないと。…で、ぼくは君の代わりに試験を受けてもいいのかな?全部の日はとても出られないから、最終日だけで構わないけど」
にこやかな笑みと裏腹に、えげつない脅しをかけるソルジャー。会長さんの答えは決まったようなものでした。
「分かった。期末試験の最終日に、君とぼくとが入れ替わる。…ぼくはぶるぅの部屋から出ずに、サイオンで君をサポートしよう。交友関係と試験のフォロー。それでいいかい?」
「教頭室へ打ち上げパーティーの資金を貰いに行くのと、パーティー参加も許可してほしいな。でないと明日の夜、強制的にぼくとベッドを代わって貰うよ」
「…パーティー参加もぼくの代わりに?」
「ううん、そっちは君も一緒に。同じ顔がいても目立たない所でパーティーしよう」
ソルジャーの言葉を聞いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパァッと顔を輝かせました。
「ブルーが二人いても大丈夫なお店だね!任せてよ、個室の予約を入れておくから!」
「頼もしいね。ぶるぅ、君が予約係をしてるのかい?」
「うん!えっと、えっと…ブルー、何が食べたい?あのね、色々お店があるんだ」
大人の話がまるで分からなかった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、理解できる話になったのが嬉しいらしくてグルメ談義を始めました。こうなったら私たちも話に乗るしかありません。ソルジャーの御機嫌を損ねてしまえば、会長さんはソルジャーの世界に送り込まれて、あちらの世界のキャプテンに…。手巻き寿司パーティーが終わってソルジャーが帰り支度を整えるまで、とてつもなく長い時間が流れたような気がします。
「今日は御馳走様。…期末試験でまた会おうね」
元の衣装に着替え、お土産のケーキの箱を持ったソルジャーがフッと姿を消すと、私たちは深い溜息を吐き出しました。ソルジャーときたら、ほんの数時間の間にエロドクターにちょっかいをかけに行ったり、会長さんと入れ替わろうと企んでみたり…。そんな人が期末試験の最終日に会長さんの代わりをするのです。期末試験は5日間ですし、最終日まではまだ1週間もありますが…今から神頼みして間に合うかな?どうか何事も起こりませんように…。




楽しかった校外学習も終わり、期末試験が迫って来ました。1年A組の教室の一番後ろに机が増えて、会長さんの登場です。相変わらずアルトちゃんとrちゃんをマメに口説きつつ、他の女の子たちにも甘い言葉を囁いていたり。授業の方は教頭先生の古典以外はサボリ気味ですが、これはもう定番というもので…。今日も保健室に行ってしまったきり二度と戻って来ませんでした。
「今日のおやつは何だろうね?」
放課後になって「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に向かう道すがら、ジョミー君が目を輝かせます。週明けに試験を控えた金曜日ですが、私たちは至って暢気でした。会長さんが正解をバッチリ教えてくれるのですし、試験勉強なんか要りません。
「ブルーの家に行くんだもん。おやつもご飯も期待できそう」
「そうだよな!ブルーの家って久しぶりだし、この前は大変だったから」
エロドクターめ、と呟くサム君。会長さんの家に最後にお邪魔したのは、エロドクター…いえ、ドクター・ノルディが「そるじゃぁ・ぶるぅ」を上手く騙して別の世界へ旅立った時。ドクターは会長さんそっくりのソルジャーがいる世界へ行って美味しい思いをしようと企み、私たちまで巻き込まれてしまって酷い騒ぎになったんです。
「あれは散々だったからな。朝っぱらから叩き起こされて」
「朝と言うには遅めでしたけど、休みの日くらいゆっくり寝かせてほしいですよね」
キース君とシロエ君が頷き合うと、サム君が頬を膨らませて。
「ブルーには大事件だったんだぞ!非常召集くらい許してやれよ」
「分かった、分かった。ブルーにはとんだ災難だったさ、確かにな」
「…キース…。お前、他人事だと思ってるだろう」
「他人事なんだから仕方ない。それにブルーは今も元気にやってるじゃないか」
この前は結婚式も挙げていたし、とキース君。喉元過ぎれば熱さを忘れるタイプの会長さんはエロドクターのことなどすっかり忘れているのでしょう。第一、健康に生活してればエロドクターとは無縁ですから。
「健康第一ってことでしょうか」
「多分な。マツカ、お前も虚弱体質を克服できたんだろう?元気なことはいいことだ」
マツカ君の健康づくりに貢献した柔道部は試験前なのでお休みです。部活も無く、試験勉強の心配もない金曜日…ということで今日は会長さんの家におよばれなのでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に集合ですから、瞬間移動で行くのでしょうね。生徒会室の壁を抜けて部屋に入ると…。
「かみお~ん♪待ってたよ!」
明るい声が響いて、会長さんがソファからニッコリ笑いかけます。
「やあ。…今日も退屈な授業だったね。お疲れさま」
「あんたは2時間目から消えただろうが!」
「だって。退屈だったし、まりぃ先生も待ってるし…。今日はこんなの貰って来たよ」
ほら、と差し出されたのは手作りらしいカラーコピーの冊子でした。表紙には花嫁姿の会長さんが描かれています。
「ぼくの結婚特集号だって。えっとね、3冊限定で…まりぃ先生と教頭先生、それからぼく。ここにタイトルが書いてあるだろう?…次は夏号を出したいな、って言ってたよ」
会長さんが示す表紙には『エロCan』の文字が躍っていました。中身が容易に想像できます。額を押さえる私たちですが、会長さんは気にしていません。
「じゃあ、一気にぼくの家まで飛ぼうか。鞄をしっかり持つんだよ。ぶるぅ、そっちへ」
「オッケー!」
青い光がパァッと渦巻き、フワッと身体が宙に浮かんで…再び床に降り立った先は会長さんの家のリビングでした。

「うわぁ、凄いや!」
歓声を上げたのはジョミー君。テーブルの上には何種類ものケーキやスコーン、サンドイッチなどが所狭しと並んでいます。まさしくアフタヌーンティーですけども、フィシスさんやリオさんを交えての「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でのものより遥かに豪華で量もたっぷり。まるでパーティーでも始まりそう…。
「一応、パーティーなんだよね」
ニコニコ顔の会長さん。
「水族館で撮ってもらった記念写真と、ブーケの額が出来てきたんだよ。それのお披露目パーティーってことで」
あそこ、と指差された壁に2枚の額が飾られていました。タキシード姿のゼル先生とウェディング・ドレスの会長さんが笑顔で納まっている大きな記念写真の額と、会長さんが持っていたブーケを押し花に加工したものが入った額。どちらもとても立派ですけど、ノリでここまでやりますか…。
「写真、綺麗に撮れているだろう?撮影用の部屋がちゃんとあるんだよね。…ドルフィンスタジアムの方の写真はこっちのアルバム」
みんなで見て、と分厚いアルバムが出てきます。会長さんったら、ドルフィン・ウェディングのプランを思い切り活用してたんですねぇ…。
「このアルバムも目につきやすい場所に置いとくんだ。ハーレイをエステに呼ぶのが楽しみ」
「…教頭先生が可哀相だとか思わないのか?」
「ううん、全然」
勝手に片想いしてるんだから、とキース君の問いをサラリとかわして。
「ぶるぅ、そろそろお茶の用意を頼むよ。…最後のお客様が御到着になるからね」
「「「は?」」」
お客様って、まさかフィシスさん?こんなものの披露パーティーなんか楽しいのかな、と思ったところへチャイムの音が。えっと…出迎えなくてもいいんでしょうか。
「いいんだ、あれは合図だから。入っていいか、って聞いてるだけ」
次の瞬間、リビングに姿を現したのは…。
「「「ソルジャー!!?」」」
別世界に住む会長さんに瓜二つの人が紫のマントを翻して優雅に部屋の中央に立っていました。
「こんにちは。今日はお招きありがとう」
「どういたしまして。…見たいって言っていたもんね」
どうぞ、と会長さんが示す先には例の額。ソルジャーは興味津々といった様子で壁際に行き、二つの額を覗き込んでいます。その間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が紅茶を用意し、賑やかにパーティーが始まりました。
「ねぇ、ブルーを呼んだからパーティーなの?」
「まあね。ブルーが見たいって言わなかったら、ケーキの種類が少し減っていたかも」
ソルジャーは甘いデザートが大好物です。それでアフタヌーンティー・パーティーになったんでしょう。私たちだけだったら大きなケーキがドカンと置かれておしまいだったかもしれません。ウェディング・ケーキみたいな凄いケーキでも「そるじゃぁ・ぶるぅ」は作れるのかな?
「そうか、ケーキカットもすればよかった」
私の思考が漏れていたらしく、会長さんが人差し指を顎に当てました。
「ドルフィン・ウェディングは披露宴とは別プランだから、ケーキまで頭が回らなかったな。やろうと思えばオプションでつけられたかもしれないのに…」
「しなくていい!!」
キース君が突っ込みましたが、会長さんは残念そう。ソルジャーがクスクス笑って分厚いアルバムをめくりながら。
「ホントに挙式しちゃったんだね。…で、あの額を君のハーレイに見せつけるんだ?」
「うん。どんな顔してくれるかなぁ?式の後でこっそり涙を拭いていたから、写真とブーケの額なんか飾ってるのを見たら泣いちゃうかもね」
「………。つくづく君を不思議に思うよ。ぼくなら喜んでハーレイと結婚式を挙げるけど」
分からないや、と会長さんを上から下まで眺め回しているソルジャー。この点だけは私たちにも不思議です。全く同じ姿形で、どうしてこうも違うんでしょう。会長さんはシャングリラ・ジゴロ・ブルーで女の子専門、ソルジャーの方はあちらのキャプテンと両想い。こちらの世界でキャプテンを務める教頭先生は会長さんにベタ惚れですから、会長さんにその気さえあれば、いつでもカップル誕生なのに…。

美味しいお菓子やサンドイッチを食べ放題の披露パーティーは大いに盛り上がりました。会長さんが余興にウェディング・ドレスを着て現れると、サム君は頬を染めてボーッと見惚れています。
「サム、一緒に写真撮らせてもらえば?」
「そうだね。おいでよ、サム。…ぶるぅ、カメラを持ってきて」
ジョミー君たちに背中を押されたサム君が隣に立つと、会長さんがスッと腕を絡ませて…。ただそれだけのことでサム君は溶けたバターみたいになってしまって、なかなかポーズが取れませんでした。それをワイワイ囃し立てたり、大騒ぎの記念撮影が終わったところでソルジャーが。
「…ブルー、ちゃんとドレスも持っているのに、ハーレイの気持ちを受け入れる気にはなれないんだ?」
「それとこれとは別問題。このドレスは去年、ぶるぅの悪戯で貰う事になっちゃっただけさ。同じ時に貰ったウェディング・ドレスがジョミーたちの家にもある筈だよ」
「「「……ううっ……」」」
思い出したくないことに触れられたらしく、男の子たちが呻きます。そういえば、みんな親睦ダンスパーティーのワルツに出ていたんでしたっけ。ぶるぅの悪戯でドレスを着たのはワルツに参加した男子全員。その記念品にドレスを貰ったのですし、ジョミー君もキース君も…サム君だって持ってるのでした。すっかり忘れていましたけれど。
「なんだ、みんなも持っているのか…。でも、この様子だと活用してるのは君だけみたいだね」
「似合うかどうかって話もあるし」
「そうかな?」
ソルジャーがいつの間にか手にしていたのは、まりぃ先生が作った『エロCan』でした。パラパラとページをめくっていますが、中身は例によって十八歳未満お断りイラストのてんこ盛りで…。
「これを作った人は君のハーレイの良き理解者のように思えるよ。ゼルと君との絡みがメインとはいえ、それは結婚特集号だからだろう?…ちゃんとハーレイとの絵もあるじゃないか。どうして君はハーレイを受け入れられないんだろうね」
「男なんだから仕方ないじゃないか」
「それを言うならぼくだって男だ」
同じ顔をした二人は押し問答を始めました。ソルジャー服とウェディング・ドレスの二人が向き合う姿は絵になっていて、まりぃ先生が見ていたならば妄想が爆発しそうです…って、こんなことを考えてしまう私もかなり毒されているようですけど。
「…分からないな」
「分かりたくもないよ」
「どこが違うっていうんだろう…」
「知らないよ!…ぼくはこうやって生きて来たんだし、病気でもなんでもないからね!」
会長さんの叫びを聞いたソルジャーがハッと目を瞠って。
「……病気……。そうか、それなら分かるかも」
「だから!ぼくは病気じゃないってば!!」
「病気だなんて言ってないよ。手がかりが掴めるかも、って思っただけ」
「手がかり…?」
怪訝な顔の会長さんにソルジャーはウインクしてみせました。
「そう、手がかり。君とぼくとは何処が違うか、あるいは全く同じなのか。君の身体のデータを見ればすぐに分かるさ。…シャングリラ号に置いてあるんだと思っていたけど、こっちの世界は違うんだった。病気と聞いて思い出したよ。健康診断があるんだっけね」
「ちょっ…。まさか、ブルー…?」
「そのまさかさ。君のデータはノルディが持っているんだろう?…せっかく来たんだから、見てみたいな」
げげっ。ソルジャー、なんてことを!まさかエロドクターの家へ行こうっていうんじゃないでしょうね?会長さんの顔が青ざめ、私たちの背中を冷たいものが…。ソルジャーは紅茶のお代わりを要求すると、ゆっくりと口に運びます。唇に浮かぶのは余裕の笑み。うわぁ~ん、エロドクターなんか忘れましょうよ~!

ドキドキしている私たちの前でソルジャーは紅茶を静かに飲み干し、カップをテーブルにコトリと置いて。
「決めた。ノルディの所で君のデータを見てこよう。…ぼくのデータは頭の中に入っているし、比べてみれば違いが分かる」
「ブルー!!」
立ち上がりかけたソルジャーの腕を会長さんが掴みました。ウェディング・ドレスを着たままですから、まるで「行かないで」と縋り付く花嫁のよう。まりぃ先生が見たら喜ぶだろうなぁ…。きっと妄想大爆発でいろんなシチュエーションを考えまくり、とんでもないイラストを山のように…って、いけない、いけない。私、完全に毒が回ったみたいです。
「…そんな格好で止められちゃうと、アヤシイ気分になるんだけど」
ソルジャーが会長さんの顎に手を添えて顔を近付け、会長さんがバッと飛びすざりました。
「ブルーっ!!!」
「ごめん、ごめん。でもさ、ゼルとはキスしたんだろう?」
「してないっ!ちゃんと直前で止めた!!」
そう叫ぶなり会長さんは長いトレーンを引き摺り、ドレスの裾に足を取られながらリビングを飛び出していきました。ソルジャーがクックッと笑いを堪えて。
「サイオンで簡単に着替えられるくせに、あれは完全に忘れているね。寝室でドレスと格闘してるよ。焦れば焦るほど脱げないみたいだ。…さて、彼をパニックに陥れたのは何だろう?…ぼく?…それとも淫乱ドクターの名前?」
「「「…………」」」
両方だと思いますが、という言葉を私たちはグッと飲み込みました。そんな中で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が無邪気な声で。
「ねぇねぇ、ノルディ先生の所に行くの?…先生、なんだか忙しそうだよ。休診ですって札も出てるし、行っても入れてくれないと思う」
「…そうなのかい?…あ、本当だ」
窓の方向に視線を向けたソルジャーの目がドクターの家を捉えたようです。
「何か書いてるね。…論文かな?確かにとても忙しそうだ」
「でしょ?だからね、ブルーのデータは…」
「ぶるぅ。…ぼくを誰だと思う?」
「えっ?…えと…えっと、えっと…。えっとね、ブルー。…もう一人のブルー」
頭がゴチャゴチャしてきちゃう、と言いながらも健気に答える「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「そのとおり。ぼくもブルーと同じ力を持っている。…休診だか何だか知らないけれど、忍び込むくらいわけはないのさ。入ってしまえばこっちのものだろ?」
「黙って入るの?…叱られちゃうよ」
「大丈夫、ぼくは叱られない。…おっと、ブルーだ」
バタバタと走ってきたのは半袖のシャツとズボンに着替えた会長さんでした。リビングのドアをバン!と開いて、凄い勢いで駆け込んできます。
「ブルー!何を悪巧みしてるのさ!!」
「何も?…ぶるぅと話をしてただけだよ。ドレスは脱いでしまったんだね。残念、花嫁を奪い損ねた」
「仮装だってば!あんまり言うと本気で怒るよ」
「…うーん、やっぱり違うみたいだ」
ソルジャーは会長さんをまじまじと眺め、赤い瞳が互いに互いを映し合って。
「ぼくがウェディング・ドレスを貰ったとしたら、ハーレイの胸に飛び込むと思う。…たとえ仮装であったとしてもね。でも君にとってのウェディング・ドレスは遊び道具で、花嫁になる気は全く無くて…。それが不思議でたまらない。何処が違うのか、とても気になる。確かめずには帰れないな」
「ブルー…」
「止めても無駄だよ、ぼくはノルディの家に行くから。シールドを張って姿は見せないようにする。それでも心配だって言うんだったら、君も一緒に行ってみるかい?」
クスッと小さく笑うソルジャーは至って本気のようでした。会長さんは唇を噛み、しばらく逡巡した末に…。
「行く。もちろんぼくもシールドを張るし、ぶるぅも、この子たちも一緒に連れて行くから!」
「…そんなに大勢?」
「それだけいれば君も大人しくするだろう。小さな子供も混じってる」
「なるほどね。十八歳未満の団体様を連れているから、邪な心は持つな、って?」
責任重大、と肩を竦めてソルジャーはソファから立ち上がりました。
「分かった。ノルディも忙しくしているようだし、今日はデータを盗み見るだけ。それで文句はないんだろう」
「うん。データを見たらすぐに引き上げること」
「分析は後にしろってことか。仕方ないな」
渋々頷いたソルジャーの身体を青いサイオンが包み、会長さんが私たちに「飛ぶよ」と呼びかけて。…青い光がリビングに満ちたかと思うと、アッという間に別の空間が目の前に開けていたのでした。

会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のシールドに包まれて移動した場所は広々とした立派な書斎。医療器具の類は見当たりませんし、前に会長さんの付き添いで来た診療所ではないみたい。そういえば「そるじゃぁ・ぶるぅ」が休診の札が出ていると言ってましたっけ。
「ここはノルディの書斎なのさ。診療所とは別に大きな家があっただろう」
会長さんが説明しながら指差した先に机があって、一心にキーボードを叩くドクターの背中が見えました。
「学会に向けて論文を書いてるみたいだね。…あれでも腕は超がつく一流だから」
「ほう…。人は見かけによらないと言うが、その典型ということか」
キース君が呆れたように呟き、「専門は内科ですか?」とシロエ君。
「ううん、外科。…外科なんだけど、何でもこなすよ。ダテに二百年以上も生きちゃいないさ」
外科だとは知りませんでした。会長さんの健康診断の時のセクハラっぷりから、触診にこだわる内科の先生だとばかり思ってたのに…。私たちがコソコソ会話している間に、ソルジャーは別の机に置かれたパソコンを操作し始めました。うわぁ、別世界から来た人だなんて思えないほど正確で素早いキータッチ…。
「ブルーは慣れているからね。何度も遊びに来ている間に、すっかり手順を覚えたみたいだ」
サイオンで一通りのことは教えてあるし、と会長さん。論文を執筆中だというドクターは背後にはまるで気が付きません。まぁ、気が付く筈もないんですけど…。ソルジャーが使っているパソコンはソルジャーごとシールドの中なんですし、振り向いたとしても電源が入ったことさえ分かりっこない仕組みです。そのためのシールドなんですから…って、あれ?ドクター?
「まずい!…ブルーのシールドが!!」
会長さんの悲鳴が上がり、こちらを振り返ったドクターの唇の端がニヤリと笑みの形に吊り上げられて…。
「これはこれは。…あちらの世界のブルー…ですね?いらしてたのなら、お声をかけて下さればよろしいものを」
「仕事中のようだったからね」
クスクスと笑うソルジャーはモニターから目を離さないまま答えました。もしかしてわざとシールドを消してしまったとか?…会長さんの顔が引き攣り、必死に思念を送りましたが、ソルジャーは応えませんでした。
「何をお調べですか? お手伝いさせて頂きます」
ドクターが好色そうな笑みを浮かべて自分の椅子から立ち上がります。
「手を煩わせるほどのことじゃない」
素っ気なく言うソルジャーに構わず歩み寄り、モニターを見つめたドクターは…。
「これは…?ブルーの健康診断の結果のようですが、何故そんなものを?」
「違いはないのかと思ってね」
「違い?」
「ああ。ブルーとぼくとは何処か違うのか、それとも同じか気になったんだ」
淡々と話すソルジャーを見ていると、シールドが消えたのは単なるミスかと思えてきます。いえ、そうであって欲しいものですけれど、まだ安心はできません。ドクターはソルジャーの全身を舐め回すように眺め、舌なめずりしそうな顔で言いました。
「違いますよ。あなたとブルーは違います」
「医学的に?」
「いえ、主観的に」
問い返す暇を与えず、ドクターはマントごと腰を抱いてソルジャーの身体を引き寄せて…。
「ブルー。…来て下さって嬉しいですよ。今夜はいい夢が見られそうです」
「お前の名を呼んだ覚えはない」
「ですが、今目の前に、腕の中に」
この感触は本物です、としっかり力をこめるドクター。これって…これってヤバい展開なんじゃあ?
「見れば触れたい、触れれば抱きたい。発情期の雄だな」
あぁぁ、ソルジャーったらなんてことを!火に油を注ぐような発言をしてどうするんですか!?
「獣ですか? 否定しませんよ」
案の定、ドクターはニヤニヤしながらソルジャーの腰に回した手をモゾモゾと動かしています。
「…残念だが」
ソルジャーは吐息がかかるほどの至近距離でエロドクターに艶やかな微笑を浮かべて見せて。
「ぼくも雄なんだ」
「っつぅ…!」
獲物の腰に回していた手を捻り上げられ、ドクターが呻いた隙にソルジャーは素早く身を離しました。
「調べ物の最中なのは分かるだろう?…ぼくが呼ぶまで大人しくしていろ」
そしてソルジャーは一歩距離を縮め、ドクターの肩口に身体を寄せて。
「―――いいね? ノルディ」
耳元で囁かれたドクターの全身に電流のように走った震えを私たちは見逃しませんでした。ソルジャーが再びパソコンに向かうと、何事もなかったように室内は静寂に満たされましたが、それは表面だけのこと。エロドクターは机に戻らず、少し離れた所に立ってソルジャーをじっと見詰めています。そしてソルジャーもドクターの方へ思わせぶりな視線を向けて、フイと再び顔を背けて…。
『ブルー!約束が違うだろう!!』
ドクターには捉えられない思念を会長さんが放ちました。ソルジャーの赤い瞳が悪戯っぽく輝いて…。
『見つかっちゃったんだから仕方ないじゃないか。スリルを楽しみたかったんだ。シールドを一瞬だけ解いて、気付かないようなら黙って帰ろうと思っていたけど、さすが淫乱ドクターだね』
「やっぱりわざとだったんだ…!」
会長さんの声が書斎に響き、同時にシールドから飛び出していってソルジャーの腕を引っ掴むと。
「ぼくのデータは見たんだろう?…これ以上、用は無い筈だ」
「でも、まだノルディを呼んでないのに…」
「呼ばなくていい!!」
時間切れだ、と叫ぶなり青いサイオンが立ち昇りました。私たちの身体もシールドごとフワッと浮き上がります。
「…時間切れだってさ。またね、ノルディ」
「またね、じゃないっ!!」
ぐにゃりと歪む空間の向こうでエロドクターの声がしました。
「いつでもお待ちしておりますよ、お二人とも…ね。お二人に会えて幸運でした」
ねちっこく追い掛けてくる声と思念が絡み付く中、元のリビングに戻った私たち。会長さんは肩で息をし、ソルジャーは微笑みながらソファに腰掛けて「そるじゃぁ・ぶるぅ」に紅茶のお代わりを頼んでいます。とりあえずエロドクターとソルジャーが十八歳未満お断りの世界に突入するのは阻止できましたが、ソルジャーは夕食も食べて帰るのでしょうか?…パーティーだって言ってましたし、そうなのかも。ソルジャー、お願いですから、もう悪戯はやめて下さい~!




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