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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「シャングリラ学園・番外編」の記事一覧

校外学習の日がやって来ました。当然のように現れた会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も1年A組のバスに乗り込み、去年と同じ水族館へ。法務基礎に出かけたキース君からは「半時間ほど遅れそうだ」とジョミー君にメールが届いています。お勤めの後、電車とタクシーを乗り継いで来るみたい。水族館に到着した後は自由行動ですが、会長さんが最初にやらかしたのは…。
「ぶるぅ、あれを出してくれるかな」
「オッケー!」
大きな保冷バッグから出てきたラッピングされた2つの小箱。両手に持って向かった先にはアルトちゃんとrちゃんが立っていました。
「やあ。今年も持って来たよ、ぶるぅのマカロン」
案内板を見ていた二人に、にこやかに声をかける会長さん。
「ぼくの初めてのプレゼントを覚えてる?…お守りは抜きで。そう、去年ここで渡したマカロンなんだ。せっかく同じ舞台なんだし、これを記念に渡したくって…」
はい、と小箱を渡されたアルトちゃんたちの頬が染まります。
「去年は箱を返してくれたよね。今年は記念に持っててほしいな。ハート形のガラスの容器に赤いマカロンを詰めたんだ。挟んであるのは薔薇のクリーム。ぼくの気持ちを赤い薔薇の花言葉に託した趣向」
アルトちゃんたちは耳まで赤くなりました。…赤い薔薇の花言葉ってなんでしたっけ?
「…真実の愛、熱烈な恋。死ぬほどあなたに恋い焦がれています、っていうのもあったっけ」
気障な言葉を口にしながら会長さんが戻ってきて。
「キースが来るまでゲートの辺りで待っていようか。ちょうど座れる所もあるしね」
ベンチに腰かける私たち。アルトちゃんたちはマカロンの箱を大事そうにバッグに入れてゲートをくぐって行きました。その間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がショータイムのチェックに出かけて行って…。
「ねえ、ブルー。イルカショー、午前中に2回あるみたい。イルカさんと握手してもいい?」
「かまわないよ。午後は特別プランで貸し切りになってしまうから」
会長さんがポケットマネーで申し込んだという特別プラン。そのプランでは「そるじゃぁ・ぶるぅ」がイルカと握手するのは無理なんでしょうか?
「どうだろうね。イルカショーなのは確かだけどさ」
詳しいことは内緒なんだ、と教えてくれない会長さん。それを聞き出そうとしている内に、タクシーが滑り込んで来ました。キース君の登場です。特別プランの中身は分からないまま、ゲートをくぐって水族館へ…。

一番最初に向かった所は思い出のスタジアムでした。イルカショーの開始時間が迫っていたので「そるじゃぁ・ぶるぅ」は先に走って行き、ステージの袖に並んでいます。お目当ての『イルカさんと握手』は子供オンリーで先着順と決まってますから。
「よっぽどイルカが好きなんだね」
ジョミー君が言うと、「どうでしょうか」とシロエ君。
「水泳大会ではサメと遊んでいたでしょう?一緒に泳げる相手だったらイルカでなくてもいいのかも…」
そういえばホオジロザメが学校のプールに放されたことがありましたっけ。あのサメは水族館から借りたものだと聞いています。この水族館だと思うんですけど、シャングリラ学園の卒業生がいたりするのかなぁ…。
「もちろん」
横で聞いていた会長さんが答えました。
「館長が卒業生なんだ。だから特別プランも普通より安くしてくれた」
うーん、特別プランが気になります。付き添いの先生の中に1年生の担任ではないブラウ先生の姿がありました。ブラウ先生はラウンジで会長さんと特別プランの話を交わして、校外学習について行きたくなったと言っていて…それを実行したわけで。いったい何が起こるんでしょう?
「秘密だってば。…あっ、ほらほら、ぶるぅがイルカと握手するよ」
プールから顔を出したイルカと子供たちが順番に握手してゆきますが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は握手した後、頭にキスまで貰いました。他の子供たちは羨ましそう。予定には無いキスみたいです。
「あいつ、イルカにウケがいいのか…」
「ウケというより、友達なのさ」
サム君の呟きに会長さんがニッコリ笑います。
「ぶるぅはイルカが大好きだから、友達になるのは簡単なんだ。特別プランなんかもあるし」
それ以上のことは話して貰えませんでした。イルカショーの後は水族館を見学して回り、2度目のイルカショーを見終わるとちょうどお昼の時間。スタジアムでお弁当を広げ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が保冷バッグに詰めてきたピクニックランチも御馳走になって、お腹いっぱい。幸せ気分で寛いでいると場内放送が入りました。
「御来場の皆様にお知らせいたします。まことに申し訳ございませんが、午後は貸し切りとなっております。準備のために会場を閉めさせて頂きますので…」
あらら。スタッフ以外は外へ出ないといけないようです。シャングリラ学園の貸し切りですし、居てもいいんだと思ったのに…。
「ダメダメ、会場の都合もあるんだから。文句を言わずにさっさと出なきゃ」
あっち、と出口を指差す会長さんは椅子に座ったままでした。
「ブルーは?」
サム君が尋ねると「ぼく?」と小首を傾げてみせて。
「ぼくが頼んだプランだよ。注文主がいなくてどうするのさ。ぶるぅも大事な出演者だから、もちろん残る。準備が整ったら水族館中にアナウンスするから、それまで好きに回っておいで」
「「「えぇっ!?」」」
そこへファイルを抱えたスタッフの人がやってくるのが見えました。
「ね、ぼくは打ち合わせをしなきゃいけないんだ。邪魔をしないでくれたまえ」
ヒラヒラと手を振る会長さん。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は別のスタッフに呼ばれてイルカプールの方へ走ってゆきます。私たちはスタジアムを追い出されてしまい、会長さんたちとも離れ離れになったのでした。

「ぶるぅのためのショーなのかな?」
大水槽を横切ってゆくジンベイザメを見ながらジョミー君が首を傾げます。スタジアムから一番近いここへ来たものの、アナウンスはまだ入りません。
「出演者だって言ってたものね」
スウェナちゃんの言葉にキース君が「分からんぞ」と腕組みをして。
「大事な出演者というのが引っかかる。イルカショーに出るんだろうが、ぶるぅを遊ばせてやるためだけに金を出すようなタマか、あいつが?…金に不自由はしてないくせに、試験の打ち上げパーティーの度に教頭先生のポケットマネーを当然のように毟ってやがる」
「なんだって?…ブルーを悪者みたいに言うなよ!」
「サム、ちゃんと現実を見ているか?あいつは…」
険悪な空気が流れかけた所へ「シャングリラ学園からお越しの皆様へお知らせします」とアナウンスの声が降って来ました。
「間もなく特別ショーが始まりますので、ドルフィンスタジアムにお越し下さい。…繰り返しお知らせを申し上げます…」
「「「!!!」」」
サム君とキース君の言い争いは水入りとなり、折れたのはキース君でした。
「悪かった。つい…。行こうか、ブルーの呼び出しだ」
「あ、ああ…。俺もカッとなっちゃって…」
「気にするなって。ほら、急がないと御機嫌を損ねてしまうぞ」
その言葉は私たち全員に当てはまります。ショーが始まった時にいなかったなら、どんな嫌味を言われるやら。
「ぼく、先に行って席を取っとくよ!」
ジョミー君が駆け出し、サム君たちが続きます。
「スウェナとみゆは後で来い!任せろ、一番前を取る!」
キース君が叫んでいってくれたおかげで、スウェナちゃんと私は走るのを免れました。アナウンスがまだ続いている中、スタジアムに向かう同級生たちが歩いています。案内板にはドルフィンスタジアムが午後に貸し切りになるとしか書かれていなかったので、自分たちの学校のためのショーというのは効果満点のサプライズみたい。
「特別ショーって何だろう?」
「さあ?…俺たちもステージに立てるとか、イルカに乗って泳げるとか…。それとも水泳部の奴らがイルカと一緒に男子シンクロ?」
こんな調子で盛り上がっている人が多数派ですが、中にはガッカリしている人も。
「うちの学校が貸し切るんだって分かっていたらイルカショーは見なかったわ」
「そうね、他のを見ればよかった」
それはそうかもしれません。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお付き合いで2回も見てますけれど、普通は1回で満足でしょう。けれども生徒は集まりつつあり、入口には行列が出来ていました。
「ねえ、おかしいと思わない?なかなか前に進まないわ」
「うーん、みんな入った所で止まっちゃってる?」
スタジアムの中から女の子たちの黄色い声が聞こえてきます。前座で何かやってるのかな?…そうこうする内に「立ち止まらないで!」とスタッフさんが整理に出てきて、流れ始めた列に続いて入って行った扉の向こうは…。
「「えぇっ!?」」
通路が白い花とリボンで飾り立てられ、プールの周囲も花が一杯。ステージの中央には十字架が置かれた祭壇なんかが設けられています。この光景はいったい何ごと!?
『「おーい、こっち、こっち!!」』
思念波と声で同時に呼ばれて、ジョミー君たちが最前列で手を振っているのに気付きました。私たちは階段になっている通路を下へと降り始めましたが、白いリボンに白い花、おまけに十字架のある祭壇とくれば…。
「みゆ。ここってドルフィン・ウェディングっていうのをやってなかった?」
「…うん。どんなのかは知らないけど…」
「もしかして、これ…」
「「結婚式!?」」
イルカショー付きの挙式プランがあるのは知っていました。会長さんが申し込んだ特別プランって、まさかのドルフィン・ウェディング?

ジョミー君たちが取っておいてくれた最前列。生徒は私たち7人だけで、他は先生方でした。失礼します、と前を通って行く間に声を掛けてきたのは保健室のまりぃ先生。
「ロマンチックよねぇ、ドルフィン・ウェディングなんて!去年のぶるぅちゃんも良かったけれど」
「…やっぱり結婚式なんですか!?」
「やだぁ、ショーだって放送してたじゃない。特別ショーよぉ、ねぇ、ゴマちゃん?」
「キュ~ッ、キュッキュッキュ~ッ!」
まりぃ先生はペットのゴマフアザラシをギュッと抱えて瞳をキラキラさせていました。先生方はショーの正体をあらかじめご存じだったようです。ブラウ先生が付き添いにエントリーなさったわけだ、と納得しながらスウェナちゃんと私はジョミー君とキース君の間の席に。私の隣がキース君です。
「あいつ、何を企んでやがるんだ?…あれっきり姿を見せていないし、ぶるぅもいない」
「キース君たちも見てないの?」
「ああ。開場してすぐに飛び込んだんだが、先生方しかいなかったんだ」
あいつというのは言うまでもなく会長さんです。こんな企画を立てたからには何もしない筈がありません。
「……ブルー、誰かと挙式する気じゃ……?」
恐る恐る言ったジョミー君。私たちはアッと息を飲み、同時に思い浮かべた人は…。
「「「フィシスさん!?」」」
フィシスさんは別の学年ですけど、会長さんだって1年生ではありません。キース君が遅れてやって来たように、フィシスさんも別のルートで水族館に来たのかも。会長さんはフィシスさんと結婚してはいませんけれど、とっくに深い仲なんです。ショーと称して挙式したって不思議じゃないし、そのカップルならブラウ先生も出席したいと思うでしょう。改めて先生方を見渡してみると、グレイブ先生も唇に笑みが。
「…フィシスさんと挙式で決まりかも…」
「そうですね…」
「ううっ…。ブルーが…ブルーが幸せになれるんだったら仕方ないよな…」
サム君が半べそになりかけた時、ステージにイルカショーのトレーナーさんが現れました。黒地に金のラインが入った普段のショーよりお洒落な衣装。ステージの袖には蝶ネクタイの司会の男性がマイクを持って立っています。
「大変お待たせいたしました。只今より特別ショーを開催させて頂きます。お気づきの方も多いでしょうが、このショーは当水族館の目玉のドルフィン・ウェディングを基に展開するものです。実際の挙式さながらのエンターテインメントを存分にお楽しみ下さいませ!」
は?…エンターテインメント?…何か間違ってる気もしますけど、お芝居っていう意味なのかな?
「まず、背景をご説明いたしましょう。本日、挙式するカップルにはドラマティックな運命の出会いがあったのでした…」
あああ、やっぱり会長さんとフィシスさん…!本当の馴れ初めをここで明かすとは思えませんし、適当にでっち上げるのでしょう。サム君は既に顔面蒼白、握り締めた拳が震えています。司会の人が咳払いをして。
「花嫁の父は甲斐性の無い人物でした。幼い娘を残して妻に逃げられ、日雇い仕事を転々としながら男手ひとつで頑張ったものの、借金は増える一方です」
え。フィシスさんのお父さんをそんなキャラにしちゃって大丈夫ですか…?
「どうにも首が回らなくなったある日、彼は賭博に誘われました。勝てば借金が返せるという甘い言葉に乗せられ、手を染めたのが運の尽き。…気付いた時には借金のカタに娘を売るしかありませんでした」
ものすごい語りにスタジアム中がざわついています。会長さんったら、いくらなんでもやりすぎでは…。
「そこへ、娘を嫁にくれるのだったら借金を全て肩代わりする、と名乗り出たのは大金持ちのヒヒ爺」
へっ!?…会長さんがヒヒ爺?…まぁ、三百歳を超えているのは本当ですし、自分をヒヒ爺に設定するんだったら、フィシスさんのお父さんを甲斐性無しに仕立てるくらいは可愛いものかもしれません。
「そんな爺に娘をやれるか、と嘆いてみても金は無し。父の苦境を知った娘は自分を欲しいと言った男と会ってみることにしたのです。ところが、なんという運命の悪戯でしょうか!…一目出会ったその日から恋の花咲く時もある。娘はたちまち恋の虜となり、今日の佳き日を迎えました」
おおぉっ、と広がるどよめきの声。今時これはないだろう、というベタベタっぷりがウケてるようです。
「泣くに泣けぬのは花嫁の父。借金のカタに手放す娘が、今は爺に首ったけ。爺憎しの涙こらえて娘に腕を貸し、入場せねばならないのですが…。まずは新郎の登場です!」
プールの中でイルカが一斉に高いジャンプを決めました。上がった飛沫が落ちてゆく中、ステージの中央に進み出たのは…。
「「「ゼル先生!!?」」」
白いタキシードで決めているのはD組担任のゼル先生。か、会長さんじゃないんですか!?
「続きましては、花嫁の登場でございます。皆様、盛大な拍手でお迎え下さい!!」
イルカのジャンプを合図に大きな拍手が起こります。ヒヒ爺役がゼル先生なら、花嫁の役はいったい誰が?それに花嫁の父親役は…?

「「「わははははは!!!」」」
ステージの端に現れた甲斐性無しの父と花嫁。父の姿を目にした途端、誰もが笑い出しました。黒いタキシードで憮然とした顔の父親役は教頭先生だったのです。そういえば付き添いの先生の中に教頭先生も混じっていましたっけ。腕を預ける花嫁の顔はベールに隠れて見えません。新郎が待つ方へと進む姿に「誰?」という声が飛び交います。けれど私たち7人は…。
「…あのドレス。もしかしなくてもアレだよね…」
ジョミー君の言葉を待つまでもなく、そのドレスには嫌というほど見覚えが。真珠の刺繍に細かいレース、長いトレーンの清楚で真っ白なウェディング・ドレスは去年の親睦ダンスパーティーでゲットして以来、会長さんのものなのです。背丈よりも長いベールと真珠のティアラの、あの花嫁はどう見ても…。
『…ブルーだな…』
キース君の思念に無言で頷く私たち。会長さんったら、よりにもよって教頭先生にエスコートさせてゼル先生と挙式しようって魂胆ですか!…教頭先生の落胆ぶりはお芝居ではなく本物なのです。ゼル先生がニコニコ顔で会長さんのエスコート権を奪った所で、司会の声が。
「さて本当の結婚式なら、花嫁の顔はまだまだご披露できないのですが、今日のはショーでございます。ここで花嫁をご紹介いたしましょう。…シャングリラ学園生徒会長、ブルーさんです!!」
「「「えぇぇっ!?」」」
どよめきの中で花嫁が自らベールを上げると、それは紛れもなく会長さんで。
「いやーん、似合いすぎーっっっ!!!」
女の子たちがキャアキャア騒ぎ、男の子たちは爆笑です。ベタベタ設定のお芝居だけに、花嫁役がミスキャストだと笑いは取れないものですが…『女装の花嫁』は見事にツボにはまったみたい。どこまでショーをやってくれるのか、みんなワクワクしています。ゼル先生と会長さんが祭壇へ向かう間は指笛を鳴らす人たちも…。司祭さんの前で交わされた誓いの言葉は、笑い声の渦に飲まれてロクに聞こえない有様でした。
「続いて指輪の交換です。シャングリラ学園のマスコット、そるじゃぁ・ぶるぅ君がお手伝いをしてくれます!」
「かみお~ん!」
プールの中からイルカと一緒に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び出しました。イルカに押し上げて貰ったのでしょう。クルクルと宙返りしてステージに降り立った姿はマント無し。白と銀に黒いアンダーの服は、挙式ステージでも浮いていません。両手にしっかり持っているのはリングを乗せたクッションでした。ゼル先生と会長さんは指輪を互いの薬指に嵌め、それに続くのは誓いのキス。二人の顔が近づいて…。
「「「いやーっ!!!」」」
女の子たちの悲鳴が上がりましたが、キスは寸止めに終わりました。ゼル先生と会長さんが笑顔で手を振り、司会の人が。
「それではイルカ君たちに祝福の歌を歌ってもらいましょう。歌の後はお馴染み、イルカショーです!」
ゼル先生が会長さんと腕を組んでプールの前に進むと、トレーナーさんの合図で浮かび上がったイルカが揃ってキューキュー声を上げます。歌い終わった所で「そるじゃぁ・ぶるぅ」がプールに飛び込んで…始まったのはショータイム。トレーナーさんの代わりに「そるじゃぁ・ぶるぅ」がイルカたちをリードし、一緒に泳いでいました。
「…イルカと仲良くなってる筈だぜ」
「良かったねえ、サム。フィシスさんとの式じゃなくって」
歓声の中でもジョミー君たちの会話がちゃんと聞こえるのはサイオンを持っているおかげでしょうか。キース君がクッと笑って。
「いいのか、サム?…ゼル先生との結婚式だぞ。ブルーは嫁に行ったようだが」
「ん~…。フィシスさんかも、って思った時は絶望したけど、ゼル先生なら構わないなぁ。お芝居なんだし」
ブルーが楽しんでいるならそれでいいんだ、とサム君は会長さんの花嫁姿をケータイで撮影しています。それに比べて教頭先生ときたら、まさに花嫁の父でした。ショーが終わって会長さんとゼル先生が意気揚々と引き揚げる後にトボトボと続く姿は、娘をまんまと奪い去られた甲斐性無しにしか見えません。大歓声に応えてイルカと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が再びジャンプし、特別ショーは賑やかに幕を閉じました。

それから集合時間までは自由行動。私たちはスタジアムの出口で会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を待ったのですが…。
「ごめん、ごめん。遅くなっちゃった」
制服に着替えた会長さんが戻ってきたのは半時間以上経ってからでした。
「まりぃ先生が控え室に押しかけて来たんだよ。花嫁姿をスケッチさせてほしい、って」
ドレスは肩が凝るから疲れちゃった、と苦笑している会長さん。そういえばブーケはどうなったのかな?
「ああ、あれ?…押し花にしてもらうんだ。額に入れて飾っておくつもり」
「「「何処に!?」」」
「ぼくの家。今日の記念写真と並べておけば、嫌でもハーレイの目に入るだろう?…出張エステを頼む度にさ」
うふふ、と笑う会長さんの左手の薬指には銀色の指輪が光っていました。
「特別プランに出て欲しい、って頼みに行ったらハーレイは凄く喜んだんだ。父親役と新郎役でゼルと一緒だよ、って言ったのに…説明が足りなかったかな。着替えの時に初めて自分の役が何か気付いて、もう真っ青。おかげで迫真の演技になったし、ぼくは大いに満足だけど」
どう考えてもわざとだろう、と心で突っ込む私たち。教頭先生、今夜はショックで眠れないかも…。お芝居とはいえ、花嫁姿の会長さんを自分の腕から掻っ攫われてしまったのですから。それも同僚のゼル先生に。
「指輪は本物じゃないんだよね?」
ジョミー君が訊くと、会長さんは「うん」とニッコリ微笑んで。
「そこまで悪乗りはしてないさ。でも、日付とイニシャルは入ってるんだ」
「「「えぇぇっ!?」」」
「ふふ、君たちも騙された。…さっきハーレイも騙したんだよ。たかがオモチャの指輪だけれど、日付とイニシャル入りだと聞いたら当分再起不能かな。本当はただのお土産なのに」
会長さんが外して見せてくれた指輪の内側には水族館の名前が入っていました。教頭先生はそうとも知らず、マリッジリングもどきと思っているわけです。会長さんとゼル先生がそれを交換しちゃったなんて、かなり衝撃が大きいのでは…。
「まあ、エステに呼んだらバレるけどね。指輪は外さなくちゃいけないんだし、ちゃんと渡して見せてあげるよ。記念写真とブーケの額も、完成したら自慢しようっと」
早く出来上がってこないかな、と待ち遠しげな会長さん。特別プランはやはり教頭先生をからかうために…?
「ううん、一石二鳥ってヤツさ。ぶるぅをイルカと思う存分、遊ばせてやりたかったのは事実なんだ。それで色々調べていたら挙式プランが案外安くて…。だったらやるしかないじゃないか。ねぇ、ぶるぅ?」
「うん、いっぱい遊べて嬉しかったよ!練習するのに何度も来たし、イルカさんと仲良くなれちゃった。全部ブルーのおかげだね」
無邪気な笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。いつも会長さんのために頑張っている「そるじゃぁ・ぶるぅ」への御褒美だったら、特別プランも悪いものではありません。落ち込んでいるらしい教頭先生にはお気の毒ですが、ゼル先生と配役が逆ではプランは通らなかったでしょう。会長さんへの強姦未遂で自宅謹慎の前科があるのに、新郎役なんて無茶ですもの。
「もうすぐ集合時間だよ。バスに戻ろうか」
会長さんの声で私たちはゲートへと歩き始めました。今年の校外学習の華は去年より派手なイルカショー。教頭先生以外の誰もがショーを満喫した筈ですが、それをポケットマネーでやっちゃうなんて、会長さんって凄すぎるかも。ああ見えて実はソルジャーですし、教頭先生の月給よりもお小遣いが多いってことはありそうです。…教頭先生、会長さんにせっせと貢ぎ続けてますけど、報われる日が来るとは思えません。この際、ゼル先生と挙式しちゃった人のことなんか、スッパリ諦め……られないでしょうねぇ。振られ続けて三百余年、教頭先生の胃は大丈夫かな…?




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初めて入ったキース君が通う大学。外から見れば普通の大学と変わりませんけど、足を踏み入れてみるとすぐに違いが分かりました。門衛所の横の掲示板に『次世代に引き継ごう、念仏の声』というプレートがくっついています。おまけに『今月の言葉』と書かれた紙が貼り出されていて、そこにはこんな文言が…。
「生けらば念仏の功績もり 死なば浄土にまいりなん」
いきなり念仏ダブルパンチを食らって呆気に取られる私たち。掲示板の隣にはお坊さんの銅像が建っていますし!…会長さんは馴れた様子でスタスタと奥へ進んでゆきます。キャンパスの中は朝早いせいか学生さんの姿も無くて、法務基礎とやらが行われそうなお堂も見当たりませんでした。会長さんが「こっちだよ」と指差したのは5階建ての普通の校舎。屋上にお堂が建ってるのかな?
「屋上っていうのも名案だね。校舎を建て替える時に本山に進言したら通っちゃうかも」
面白そうだ、と会長さん。じゃあ屋上ではないんですね。お堂は何処にあるのだろう、と首を傾げる私たちを引き連れた会長さんは校舎に入るとエレベーターの前に立ちました。ボタンを押すと扉が開き、乗り込むとグンと上昇を始めます。会長さんが停止ボタンを押したのは2階。えっ、たかが2階へ行くのにエレベーター?
「ほら、今日は格好がこれだから」
チンという音と共に着いた2階でエレベーターを降りた会長さんは、緋色の衣の袖をヒラヒラさせます。
「いつもの調子で階段なんか登ってごらんよ。大学の人と会ったりしたら大変なんだ。エレベーターがあるのに階段を登らせてしまうなんて申し訳ない、って言われちゃう。出迎えを断った以上、気を遣わせたら悪いだろう」
ああ、なるほど。出迎えの人が来ていた場合、階段には案内しませんよね。エレベーターに決まっています。それはともかく2階にお堂が…?
「うん。矢印がそこに」
会長さんに言われて壁を眺めると『礼拝室』の文字と矢印がありました。
「礼拝室?…お堂じゃないんだ…」
ジョミー君の言葉を会長さんが聞き咎めて。
「違うよ、ジョミー。『れいはい』じゃない」
「え?」
「らいはい、と言ってくれたまえ。れいはいじゃ宗教が別モノだよ」
「そ、そうなの?」
「朝にらいはい、夕に感謝。お仏壇の広告のキャッチコピーで有名だ」
その広告ならよく新聞で見かけます。『れいはい』だとばかり思ってましたが、私、間違えていたみたい。みんなもバツが悪そうな顔。でも『らいはい』なんて専門用語、知らなくたって日常生活に問題は…。会長さんは矢印の方向に向かって歩き出しました。
「屋上に礼拝室を持っていくのは理に適ってるな。いや、屋上とまでいかなくっても最上階にすべきかも…。礼拝室の上に普通の教室があるっていうのは問題だ」
「「「???」」」
「礼拝室に入れば分かるよ。この校舎、配置が大いに罰当たりだという気がしてきた」
上に教室があると罰当たりって、いったい何故?…礼拝室に辿り着いた私たちの前で会長さんがドアをカチャリと開けると、部屋の前方を示しました。
「ほら、あそこ。…あの上に普通のフロアが3つもあって、学生がドカドカ歩き回ったり居眠りをしたりするんだよ。仏様の頭上で土足っていうのは頂けないな」
そこには舞台ならぬ立派な祭壇があり、大きな仏像と脇侍っていうんでしょうか、小さめの仏像が両側に1体ずつ据えられています。うーん、ホントに礼拝用の部屋なんですねぇ…。

会長さんの姿に気付いてザワッと空気が揺れる礼拝室。床は畳ではなく磨き込まれた板敷ですが、並んでいるのは座布団ではなくパイプ椅子でした。手前の方にキース君が座っています。きっと前から順番に詰めるのでしょう。会長さんはキース君の隣の椅子に「そるじゃぁ・ぶるぅ」と並んで腰かけ、私たちにも座るようにと言いました。えっと、えっと…。なんだか部屋中の視線が私たちに集中していませんか?
「あんた、やっぱり目立ちたかったんだな」
キース君が会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」をジロリと睨み、学生さんたちも何度も後ろを振り返ります。会長さんがニヤリと笑った所へ紫の法衣のお坊さんが入って来ました。
「これは…!ようこそお越し下さいました」
お坊さんは会長さんにペコペコと頭を下げ、「一番前にお席を用意しております」と先に立って案内しようとしたのですけど、会長さんは断って。
「ここでいいんだ。今日は見学に来ただけだからね。…もうお勤めの時間だろう?始めてくれて構わないよ」
「さようでございますか。では失礼して…」
お坊さんはパイプ椅子の間の通路を抜けて祭壇の前へ。蝋燭とお線香が既に点っているのは、学生さんが準備することになっているからだそうです。お坊さんが漆塗りの椅子に座り、台の上に置かれた大きな鐘をゴーンと叩くと、キース君たちは一斉に数珠を持った手を合わせました。私たちは見学ですから数珠なんか持ってきていませんが、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はいつの間にか水晶の数珠を手にしています。
「いいかい、くれぐれも静粛に」
会長さんの小さな声をかき消すように朗々と読経が始まりました。学生さんたちもキース君も真剣な顔で唱和し、朝のお勤めが進行してゆきます。何が何だかサッパリ分からないお経が半時間ほど続いたでしょうか。やっとのことで終わった時には私たちは心身ともに抹香臭くなっていました。そこへ、さっきのお坊さんがやって来て。
「学長が是非お立ち寄り頂きたい、と申しております。お急ぎでないのでしたら本館の方へ」
「…急いでないけど、気が乗らないんだ。そう言ったって伝えてくれるかな?…ぼくの気まぐれは有名だしね」
「では、本日は見学のみで…?」
「そういうこと。お勤めは見せて貰ったし、もう充分。見送りなんかも要らないよ。堅苦しいのは苦手なんだ。また気が向いたらフラッと見学しに来るさ」
ニッコリ微笑む会長さんに深々と頭を下げて、紫の衣のお坊さんが出てゆくと…ワッと寄ってきたのは学生さんたち。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を取り囲まんばかりにして質問攻めです。緋色の衣は本物か、とか、ワイワイ騒ぎまくった挙句に…。
「……あのう……」
一人が遠慮がちに声を掛けてきました。
「違っていたらすみません。でも、もしかしたら…って思ったものですから。ぼくの祖父が昔、本山へ修行に入った時に不思議な高僧に出会ったそうです。銀色の髪に赤い瞳の綺麗な人で、二百歳をとうに超えているのに少年みたいな姿だったとか。…あなたのことではないでしょうか?」
「…ぼくだろうね。他にそういう人は知らない」
「やっぱり…!」
その人の顔がパッと輝き、他の人たちはビックリ仰天。それから後は、会長さんの徳にあずかろうと行列が出来てしまいました。会長さんが手に持った数珠で頭に触れてあげるだけなのですが、みんな感激しています。徳の高いお坊さんに数珠で頭に触ってもらうと功徳を分けて頂けるのだとか。日頃の行いを知る私たちには有難いとは思えませんが…。
「おい、キース。お前はいいのか?」
最後に触ってもらった人がキース君の方を向きました。キース君は仏頂面で椅子に座ったままなんです。
「俺は十分に間に合っている」
「…へ?」
「そいつとは腐れ縁なんだ。これ以上の縁を結んでたまるか」
「「「なんだってーっ!!?」」」
羨ましいぞ、とか幸せ者め、とか学生さんたちは上を下への大騒ぎ。会長さんはクスクス笑って。
「キース。住職になるのもいいけど、ぼくの侍者をやってみないかい?…ぶるぅじゃ小坊主で役不足だしね。住職の位を取っても、お寺を継ぐのはまだ先だろう?」
「「「侍者!?」」」
目の色を変える学生さんたち。ジシャっていったい何でしょう?寺社のことではないですよねえ…。

「キースを侍者にしたいとおっしゃるんですか?」
学生さんの一人が尋ねました。
「今日お連れになっておられる方はまだ子供ですし、正式な侍者はおいでにならないとか?」
「うん。だからキースがお寺を継ぐまでの間だけでも、侍者をして貰おうかと思ったんだ。気ままな暮らしをしているけれど、格式を重んじなければいけない行事も多いからね」
晋山式に呼ばれた時とか、と指を折って数える会長さん。そこでジョミー君が割り込みました。
「シンザンシキ、って何のこと?…さっき言ってたジシャって何?」
「ああ、晋山式というのは新しい住職が就任する時の儀式だよ。元老寺だとキースがお父さんの跡を継いで住職になる時にするのが晋山式。お寺の規模にもよりけりだけど、稚児行列があったりして華やかなんだ。侍者がいるとお坊さんが増えて見栄えがするし、招いた方も偉い人がお供を連れて来てくれた、って自慢できる」
「そうなんだ…。で、ジシャっていうのは?」
「漢字で書くと『侍る者』。文字通り、側に仕えて身の回りの世話をする人さ。もちろん侍者もお坊さんだよ」
へぇ…。そんな役目もあるようです。会長さんには「そるじゃぁ・ぶるぅ」がついてますから、身の回りのお世話は問題ないような気もしますけど、子供だと重みに欠けるというのは確かかも。さっきの学生さんが再び口を開きました。
「侍者はキースをご希望ですか?…決めておられるわけでないなら、立候補させて頂きたいです」
「…君がかい?」
「はい。ぼくは次男坊なんで、うちのお寺は継げなくて…。いずれ何処かに婿入りするか、大きなお寺に徒弟として入ることになります。偉い方の侍者を務めさせて頂いていたとなれば、そのぅ…色々と…」
「箔もつくし口添えも期待できる、と言いたいのかな?…うん、正直でなかなかいいね」
会長さんはニコニコと笑い、学生さんからキース君に視線を移しながら。
「聞いたかい、キース?…彼は出世の早道をちゃんと心得ているようだ。君も頑張らないと負けてしまうよ。ぼくも侍者を持つなら敬ってくれる人にしたいし、この学校で募集するのもいいかもしれない」
「それじゃ、ぼくにも望みはありますか?」
次男坊だと名乗った学生さんがそう言った時、サム君が横からおずおずと…。
「…ブルー、ちょっと聞いてもいいか?身の回りの世話をするっていうのは行事の時で、他の時には無関係?」
「ううん。正式な侍者は住み込みのお手伝いさんに似ているね。掃除洗濯といった日常の一切も引き受けるんだ。ぼくの場合はぶるぅがいるから、かなり仕事は減るだろうけど」
「…じゃあ、侍者になったらブルーと一緒に暮らせるのかな?」
「もちろんさ。…もしかして、サム…」
会長さんの赤い瞳がサム君をまじまじと見つめました。
「侍者になろうかな、って思ってる?」
「えっ…。え、えっと…。ブルーと一緒に…。ううん、ブルーの世話が出来るんだったら、ちょっといいかな、って思ったけど…。お坊さんでないと侍者になるのは無理なんだよなぁ」
「まぁね。そう簡単に出家の決心がつくとは思えないけどさ」
なんといっても剃髪だし、とツルツル頭のジェスチャーをする会長さん。
「でも見学に連れて来た甲斐はあったかな。ジョミーは全然サッパリだけど、サムが興味を持ってくれたし」
それを聞いていた最上級生らしい学生さんが「それで見学だったんですか」と手を打って。
「サムさんは分かりましたが、ジョミーさんとおっしゃるのは…。ああ、あなたですか。この方たちを仏門に導きたいとお思いになったわけですね」
「そうなんだ。二人とも将来有望だから、見学させて親しみを持って貰おうと…」
「お寺のお子さんではないのですか?」
「残念ながら普通の家の子たちでね。…仏門への道は遠そうだ」
気長に行くよ、と椅子から立った会長さんがドアの方へと歩き出します。私たちも続きましたが、そこへさっきの最上級生らしき人が来て。
「サムさん、それにジョミーさん。…こんなのをやってますので、よければどうぞ」
二人に渡されたのはパンフレットのような印刷物。
「小学生から高校生までを対象にした、夏休みの本山体験ツアーです。仏様に親しんで頂く為に毎年実施しておりまして、私たちもボランティアとしてお手伝いをさせて頂いてます」
ポカンとしているジョミー君たちに簡単なツアーの案内をして、学生さんは「お申し込みをお待ちしてますよ」と爽やかな笑顔。侍者に立候補したいと言った学生さんは会長さんの連絡先を聞き出そうとして玉砕です。
「お勤めに参加させてくれてありがとう。また来た時にはよろしくね」
バイバイ、と手を振る会長さんに礼拝室にいた学生さんが一斉に頭を下げました。
「キースはこれから講義かな?…それとも、ぼくらと一緒に行く?」
「…不本意ながら、今日は一般教養だけだ。出ても出なくても俺にとっては変わりない」
「じゃあ、おいでよ。ぼくたち、今日は1日フリーなんだ」
会長さんに誘われるままに礼拝室を出るキース君の背に、嫉妬の視線が突き刺さります。お坊さんの世界で緋色の衣が絶大な尊敬を浴びているのが嫌というほど分かりました。キース君、明日から大変だろうな…。

会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は帰りのエレベーターの扉が閉まるなり、パッと素早くサイオンで着替え。いつもの制服に戻った姿はどう見ても普通の高校生です。
「ぼくが来てるのは知れ渡ってるし、見つかっちゃうと簡単には帰れないからね。この格好なら大丈夫」
1階でエレベーターを降りると、会長さんは早足で校門の方へ一直線。それを追いかけて門衛所まで辿り着いた時、背後から「お待ち下さい!」と呼ぶ声が声が聞こえて、数人のお坊さんがこちらへ走ってきましたが…。
「ごめんね、今はプライベートタイム」
「ああっ、私どもが学長に叱られます~!」
「もう制服に着替えちゃったし、残念でした、って言っといて」
お坊さんたちを振り切った会長さんは校門を出てバス停に行くと、ちょうど来たバスに乗り込みました。
「学校前を通るヤツだよ。乗って」
通勤や通学のピークを過ぎたらしくてバスの中は閑散としています。終点はドリームワールドと書いてありますし、みんなで遊びに行くのかな?お化け屋敷の雪辱戦とか…。
「ドリームワールドに行きたいのかい?…今日は学校がある日じゃないか」
「ええっ、普通に登校ですか?」
ガッカリした声はシロエ君。キース君をライバル視しているシロエ君の頭脳は既に大学生レベル。授業に出席してはいますが、毎日が退屈なのでしょう。今日は1日フリーの許可が出ているだけに、何か期待をしていたのかも。
「普通かどうかは、登校してのお楽しみだよ」
ウインクしてみせる会長さん。まさか登校して悪戯を…?
「さあね。ほら、言ってる間に学校前だ」
降車ボタンを押して見慣れたバス停に降り立ったものの、生徒の姿はありません。とっくに1時間目の授業が始まっているんですから当然です。うーん、遅刻して教室にゾロゾロ入ったら目立つだろうなぁ…。ところが校門を入った会長さんは1年A組とは別の方向へ歩いて行きます。今日の1時間目は移動教室ではなかったですし、第一、そっちは先生方が授業以外の時間を過ごす準備室がある建物では…。
「まだ来たことがないだろう?…ここのラウンジ」
「「「ラウンジ?」」」
「ああ、存在自体を知らないのか。教職員専用食堂だよ。今の時間は喫茶もやってる」
1年間も過ごした学校ですが、そんなものがあるとは知りませんでした。そういえば学食で先生方に出会ったことは殆ど無かった気がします。お弁当持参か、時間をずらしていらっしゃるのだとばかり思っていたら、専用食堂があったんですか…。
「うちの学校、無駄な所でリッチなんだ。君たちも特別生になったことだし、有意義な時間の過ごし方を教えてあげようと思ってね」
建物に入ってエレベーターで最上階の4階へ。なんだかドキドキしてきました。4階の廊下の突き当たりに洒落た扉が見えています。
「あの向こう側がラウンジだよ。ここのケーキは美味しいんだ。ぶるぅの腕には負けるけどさ」
先頭に立った会長さんが扉を開くと、そこはレストランのような空間でした。つまり学食とは別世界。テーブルにはちゃんとテーブルクロスがかけられ、薔薇が一輪ずつ飾ってあります。うわぁ、本当に無駄にリッチ。スペースもゆったりしてますし…って、あれ?あそこのテーブルに座っているのは…。
「やあ、パスカル。今日もボナールとサボリかい?」
「失敬な!…数学同好会の活動中だ。今、問題を練っているんだ」
会長さんが声をかけたのはアルトちゃんとrちゃんをよく誘いに来る先輩たちでした。二人とも手つかずで冷めたコーヒーのカップを他所に、レポート用紙と本に向き合っています。邪魔をするな、と立ち昇るオーラに会長さんは「やれやれ」と溜息をついて、一番奥の大きなテーブルの方へ。十人は座れるテーブルでしたが、私たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が座ってしまうとほぼ満席。
「ここは特別生の憩いの場でもあるんだよ。君たちはまだ全額自己負担になってしまうんだけど、在籍年数に応じて割引がある。百年いたら5割引きだし、クーポンなんかも貰えるんだ。ちなみにこれは十人まで使える割引券」
会長さんが取り出したのは『全品8割引』と印刷された券でした。
「使っていいよ。何を頼む?」
はい、と備え付けのメニューを手渡され、私たちはさっきまでの緊張感も忘れて悩み始めました。ケーキセットもいいですけれど、粘るなら軽食と飲み物の方がいいのでしょうか。それともここは学生らしく飲み物だけで粘ってみるとか…。見回してみると特別生らしき人がチラホラいます。やっぱり定番は『コーヒー1杯で居座る』なのかな?

結局、私たちが注文したのはケーキと飲み物のセットでした。5種類の中から選べるケーキはどれも美味しそうで、私とスウェナちゃんは別々のケーキを頼んで半分に切って交換です。それを見たジョミー君が羨ましげに。
「女の子っていいなぁ。そういうの、とても可愛く見えるし」
「同感だ。俺たちがやったら不気味でしかない」
そこまで執着してもいないが、とキース君。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」もケーキを半分ずつ交換してますけれど、微笑ましい感じがするのは片方が子供だからですよね。うん、ここのケーキ、ホントに美味しい!カシスのムースとショコラムースをスウェナちゃんと分けたんですが、どっちも教職員食堂とは思えない出来です。私たちはいつもの調子で賑やかにおしゃべりを始め、ここが何処かもすっかり忘れてしまった頃。
「おや、珍しい面子だねぇ」
聞き覚えのある声に振り向くと、オッドアイの瞳が楽しそうな光を湛えていました。
「あんたたちが居るとは思わなかったよ。ぶるぅの部屋に入り浸りだしね。…ちょうどいいや、手間が省けた」
食事に来たのだというブラウ先生が「ちょっといいかい?」と会長さんの隣に立って。
「放課後に生徒会室の方へ行こうと思ってたんだ。来週の校外学習だけどね」
「ああ。…もう連絡が来てるんだ?」
「…ああ、じゃないよ。特別プランを申し込んだなら、ちゃんとそう言ってくれないと」
「そうかなぁ。ぼくのポケットマネーなんだし、文句を言われる筋合いは…」
「まぁね。それで、本当にやるのかい?」
ブラウ先生は悪戯っぽい笑みを浮かべて会長さんを見下ろしました。
「もちろん。ぶるぅはイルカショーに出たくてたまらないんだ」
「そうらしいね。でも水族館から電話が来た時は驚いたよ。お間違えではありませんか、って聞き返したら、間違いないって言うんだからさ。…あたしの直通番号を連絡先に指定するとは恐れ入った」
「だって。校長先生は畑違いだし、ハーレイは学校行事に関しては全然融通が利かないし。…遊び心が通じそうなのはブラウが一番なんだよね」
「褒め言葉だと思っておくよ。水族館の人がプランについて打ち合わせしたいって言っていたから、あんたのケータイに電話したのに電源が入っていないときたもんだ。仕方ないから生徒会室へ直接行こうとしてたのさ」
「あ。…朝、切ったまま忘れてた」
ごめん、と謝る会長さん。ブラウ先生は「用は済んだし、もういいよ」と微笑んで。
「水族館に電話しといてくれるね?…あたしも校外学習の付添いにエントリーしたくなってきたよ」
「しておけば?」
「そうだねぇ…。魚は別に興味無いけど、イルカショーは一見の価値がありそうだ」
考えとくよ、と軽く片目を瞑ってブラウ先生は空いたテーブルに座りに行ってしまいました。そこへゼル先生がフラリ現れ、ブラウ先生の向かいに座ります。そろそろお昼時なのでしょう。会長さんが『全品8割引』の券を持って立ち上がり、私たちにニッコリ笑い掛けて。
「これをレジに預けておくから、君たちは好きなだけゆっくりしてって。ぼくとぶるぅはちょっと野暮用」
「「「野暮用?」」」
「うん。聞いてただろう、ブラウの話。電話じゃイマイチ伝わらないし、水族館まで行ってくる」
質問をする暇も与えず、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はラウンジを出ていってしまいました。残された私たちはランチを追加注文したり、またまたケーキを注文したり…と放課後まで8割引で粘り倒して二人の帰りを待ったのですが…。
「ここも留守だね…」
「直接家へ帰ったんじゃないか?」
生徒会室の奥の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は無人でした。水族館の特別プランが何だったのかも分かりません。イルカショーに関するプランで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が絡んでいるのは確かですけど、飛び入りじゃなくて正式に参加するのでしょうか。去年のイルカショーを思い出しながら、私たちは帰途につきました。キース君の大学の見学に、特別生がたむろするラウンジで過ごす怠惰な時間。今日はちょっぴり大人になった気がします。教頭先生、フリーの1日、大感謝です!

 

 

 

シャングリラ学園特別生の日々は順調でした。先日は球技大会があり、去年のように会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がやって来て…1年A組は見事に学園1位の座に。御褒美の先生方への『お礼参り』は、今年も教頭先生とグレイブ先生がドッジボールの的に選ばれて総攻撃を受けたんです。普段は姿を見せない会長さんが現れる日は、教室の一番後ろに机が増えて…。
「おはよう。今日もよろしくね」
ニッコリと笑う会長さんに、女の子たちの黄色い悲鳴が上がりました。アルトちゃんとrちゃんが会長さんのお気に入りなのは変わりませんが、そこはシャングリラ・ジゴロ・ブルーですから甘い言葉をかけて回るのはお手の物。今日もせっせとキャンディなんかを配っています。やがてカツカツと廊下を歩く足音が聞こえ、扉がガラリと開きました。
「諸君、おはよう。…またブルーか」
ムッとした顔で出席簿を広げるグレイブ先生。
「ご挨拶だね。行事予定の発表日だから来てあげたのに」
「…相変わらず耳の早いことだな」
舌打ちをして出席を取ると、先生はプリントを配り始めました。
「校外学習のお知らせだ。来週、水族館へ行くことになった。一部の諸君は去年と同じ行先になるが、苦情は一切受け付けていない。当日の集合時間や持ち物などが書いてあるから、よく読むように」
ふむふむ。去年「そるじゃぁ・ぶるぅ」がイルカショーに飛び入りで出演しちゃった水族館へ行くんですね。集合時間が普段より1時間ほど早くなっていますし、寝坊しないよう気をつけなくちゃ…。教室がザワザワしている所へ、キース君の声が響きました。
「すみません。大学の都合で集合時間に間に合わないので、遅れて行ってもいいですか?」
「それはもちろん構わないが…。サークル活動か何かかね?」
「法務基礎です」
キース君の答えを聞いたグレイブ先生は「ああ」と大きく頷いて。
「そうだったな。今まで支障が無かったせいで失念していた。まったく、私としたことが…。では、当日は現地で合流か。帰りのバスはどうするのだ?」
「それはみんなと一緒でいいです。他の講義は大丈夫ですし」
「結構。…ブルーが何かやらかさないよう、しっかり見張ってくれたまえ。なんといっても大学生だ」
期待してるぞ、とグレイブ先生。キース君は「努力します」と言いましたけど、会長さんを見張るなんてこと、私たちには無理ですよねえ…。

プリントを貰った会長さんは1時間目が終わらない内に保健室に行ってしまいました。それっきり二度と帰っては来ず、放課後になって「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くとティーカップ片手に寛いでいます。
「やあ。今日のおやつはシュークリームの食べ放題だよ。柔道部のみんなが来たら、お好み焼きを焼くそうだ」
「かみお~ん♪今年も水族館に行けるんだね!…イルカさんたち、ぼくを覚えているかなぁ?」
去年イルカショーで遊んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」は楽しみにしているようでした。今年もイルカプールに飛び込むのかな?会長さんが微笑みながら小さな銀色の頭を撫でて。
「イルカは頭がいいっていうけど、ぶるぅのことは忘れちゃったかもしれないね。ショーをするには覚えなくちゃいけないことが沢山あるし」
「…そうなんだ…」
「だけど今年もショーはしてるし、イルカと握手は出来ると思うよ」
「そっか。じゃあ、また友達になればいいんだ!」
無邪気な笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。イルカショーは今年も校外学習のハイライトかも…。去年の思い出話をしながらシュークリームを食べている内に、柔道部三人組がやって来ました。キッチンからお好み焼きの匂いが漂い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が熱々の焼きたてを運んできます。
「お腹すいたでしょ?どんどん食べてね」
私たちもちゃっかりお相伴して、校外学習の話題に花が咲いたのですが。
「キースって朝早くから講義があるの?」
ジョミー君が不思議そうな顔で尋ねました。
「大学って始まる時間が遅いと思っていたんだけど…。それに、お坊さんって法律なんかも勉強するんだ?」
「法律だと?…俺の大学に法学部があると思ってるのか?」
溜息をつくキース君。
「いいか、俺の学校は普通の大学とは違うんだ。文学部と教育学部と社会学部しかない三流校だが、それは一般の学生に対する評価でな…。坊主を目指す学生にとっては超一流。卒業すればエリートコースまっしぐらだ。宗門校とはそういうものだが、俺もブルーに出会ってなければ一流大学で法律を学ぶ予定だった…」
キース君が法学部志望だったとは知りませんでした。傷害罪とか強姦罪とか、妙に詳しいのはそのせいですね。なのに法律とは関係のない大学へ…。あれ?だけど法務基礎とか言ってたような気がします。ジョミー君もそれを思い出して訊いたのでしょう。
「…一般教養のことじゃないですか?」
シロエ君が割り込みました。
「法務基礎とかいうヤツでしょう。大学の講義は知りませんけど、一般教養だと専門の勉強とは関係なしに色々やるって聞いていますし」
「そうそう、それ!法務基礎って法律の基礎をやるんだよね?」
我が意を得たり、とジョミー君。そっか、一般教養なんだ。大学生って大変そうです。ところが、不意にクスクスと会長さんが笑い始めて…。
「なるほど、法務基礎だから法律か。それは思いもしなかったな。みんな頭が柔らかいんだ。感心しちゃった」
えっ、もしかしなくても法律とは全く無関係?…それじゃ法務基礎っていったい何…?

キョトンとしている私たちに会長さんが「法務基礎」とメモに書いて見せてくれました。
「キースが受けているのは、この講義。確かに法律っぽく見えるかもね。法務省っていうのもあるし」
「…法務って言うのに法律じゃないの?」
ジョミー君が首を捻り、私たちの疑問も深まるばかり。法務といえば法務省に法務大臣、何をする所かは知りませんけど法務局なんかもあったような。どれも法律と無関係ではなさそうです。会長さんは「法務基礎」の横に「仏法僧」と書き加えました。
「ぶっぽうそう、って読むんだよ。これは知ってる?」
「ええ、鳥ですよね」
マツカ君が言うと、サム君が。
「夜に鳴くんだよな?ブッポーソー、って。フクロウに似た鳥で」
「先輩、それはコノハズクです」
シロエ君が即座に指摘し、「本物のブッポウソウは姿だけで鳴き声は別物ですよ」と訂正を。
「コノハズクの鳴き声だって分からなかった時代に名前が付いたんです。だから姿のブッポウソウと声のブッポウソウって言いますね」
「へえ…。ブッポウソウってそうなのか。俺、鳥は詳しくないんだよな」
「それを言うなら鳥も、じゃないの?」
「なんだと、ジョミー!」
じゃれ合いになりかかったサム君とジョミー君を会長さんが苦笑しながら止めに入って。
「君たち全員、間違ってるよ。…仏法僧は鳥じゃないんだ。ねぇ、キース?」
「ああ。罰当たりなこと言いやがって…」
しかめっ面のキース君。私も鳥の名前だと思ってましたし、他人事ではありません。会長さんは「仏法僧」の文字を一字ずつ丸で囲みました。
「いいかい。仏法僧っていうのは仏教の三宝…3つの宝って書くんだけれど、それを指すんだ。この三宝に帰依することが仏教では一番大事だとされている。仏と僧は字の意味どおりで、法は仏様の教えなのさ。法務基礎の法はそこから来てる、と言えば法律じゃないって分かるかな?」
「「「え?」」」
仏様の教えですって?じゃあ、法務基礎は仏教について学ぶのでしょうか。会長さんは「ちょっと違うね」と微笑みます。
「仏教で法務というのは仏様にお仕えするのに必要な仕事。毎日のお勤めとか、法要だとか…他にも色々。そういったことを立派にこなせるように、お坊さんを目指す学生は法務基礎が必須科目になっているんだ。…つまり、お坊さんの生活の基本。いわゆる朝のお勤めってヤツ」
「「「お勤め!?」」」
私たちの脳裏に蘇ったのは、去年の夏休みにキース君の家へお泊まりした時にやらされていた勤行でした。法務基礎って、朝からお経を読んでるんですか!?会長さんがキース君を横目で見ながら。
「キースの大学では、講義のある日は必ず勤行があるんだよ。これの出席日数が足りていないと法務基礎の単位が取れない。住職の位を貰う為の道場入りも難しくなる。…だから校外学習の日もキースは勤行に出たいってわけ。お勤めが済んでから水族館に来るんだよね?」
「そうなるな。…出席できる日は出ておきたい。ギリギリの日数しか出てなかったヤツが最後の最後でやむを得ない理由で欠席しても情状酌量はされないんだ。不足が1日でもキッチリ落第。坊主の修行の中には親兄弟が死んでも道場から出られない苦行もあるから、その時の心構えに備えろ、ってことで」
うわぁ…。とっても厳しそうです。お坊さんって大変なんだ…。驚いている私たちに会長さんがニッコリ笑って。
「どうだい、法務基礎ってちょっと面白そうだろう?勘違いもしちゃったことだし、この際、見学に行くのはどうかな。ジョミーとサムの勧誘も兼ねて」
「「「えぇぇっ!?」」」
「ジョミーには高僧になれる素質があると思うし、サムは法力が期待できそうだ。すぐに出家だなんて無茶は言わないから、見学だけでも…。どうする、サム?みんなが来なくても、ぼくと二人で行ってみる?」
「え?俺とブルーと二人っきりで…?」
これはサム君には究極の殺し文句でした。尻尾があったらパタパタと振り回しそうな勢いで「行く!」と叫んでニコニコ顔です。朝のお勤めでデートの真似ごとなんて、いいのかなぁ?…案の定、キース君が怒り出しました。
「おい、ブルー!不純な目的で乱入しないで貰おうか。サムと二人というのは許さん!」
「じゃあ、全員ならいいんだね?…大丈夫、大学にはぼくが話をつけるから。明後日の朝にみんなで行くよ。はい、これで決まり」
遅れないように、と私たちに念を押す会長さん。うぅぅ、こういう時って反論するだけ無駄なんですよね…。

こうして私たちはキース君の大学へ出かけることになりました。当日は大学に近いバス停に集合と決まった所で会長さんが立ち上がります。
「いつもキースがやってるんだから、授業が始まるまでに学校へ来られるだろうとは思うけどね。万が一、遅刻しちゃった時の為に届けを出しに行っておこうか。君たちは特別生の1年目だし、まだサボリには慣れてないだろ?」
「は、はい…」
出席日数も成績も特別生にはあんまり意味が無いのですけど、なんといっても1年目。本当なら2年生をやっている筈の私たちだけに、無断欠席やサボリとは縁がありません。遅刻だって寝坊した時くらいで、いつもきちんと登校してます。キース君の朝のお勤めを見学に行く為に届けを出すのは、しごく自然なことでした。そういうのって事務局とかでいいのかな?
「担任の先生に言えばいいのさ。病気とかで休む時にも連絡先は先生じゃないか」
行くよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を出てゆく会長さんを私たちは慌てて追いかけました。あらら、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒です。中庭に出て本館の方へ歩き始める会長さん。あれ?グレイブ先生は数学科のお部屋じゃないのでしょうか。数学科は本館とは違う建物に入っているのですが…。
「グレイブは今日は研修があって、とっくに帰ってしまったんだよ。だからハーレイに言おうと思って。…ぼくの担任だし、なんといっても教頭だしね。ハーレイからグレイブに伝えて貰うさ」
「…………。また何か企んでるんじゃないだろうな」
疑いの眼差しを向けるキース君。
「グレイブ先生に届け出るなら明日でも構わないだろう。出かけるのは明後日の朝なんだぞ。わざわざ教頭先生に言わなくっても…」
「今日は何にも企んでないよ。第一、教頭室には先客がいる」
「「「先客!?」」」
私たちは息を飲みました。またエロドクターが湧いて出たとか、そんなパターンだったらどうしましょう。
「そんな顔しなくても平気だってば。ゼルが遊びに来てるんだ」
なぁんだ…。ゼル先生なら心配無用です。会長さんが何もやらかさなければ、の話ですけど。会長さんは「まだ疑っているのかい?」と肩を竦めながら本館に入り、まっすぐ教頭室へ向かうと重厚な扉をノックしました。
「どうぞ」
渋い声が応えるのを待って扉を開き、会長さんを先頭にして入ってゆくと、教頭先生とゼル先生が応接セットに座っています。テーブルの上には湯飲みの他に将棋の盤が…。
「ブルーか。どうした、皆でゾロゾロと…」
「ちょっとね、許可を貰いに来たんだ。明後日の朝、みんなで出かけたいんだけれど…授業までに戻ってこられなかったら遅刻になるだろ?グレイブに届けを出そうとしたら、もう帰っちゃった後だったから…」
「それで私の所へ来たのか。分かった、グレイブには私から伝えておこう。何処へ行くんだ?」
机の所へ行って紙を取り出し、椅子に座って羽ペンを持つ教頭先生。会長さんはニッコリ笑って。
「行先はキースが行ってる大学。目的は法務基礎の講義の見学」
「…法務基礎…?…お前がお経を読みに行くのか?」
流石は教頭先生です。シャングリラ号のキャプテンを務めるだけあって、キース君の大学生活の中身まで把握してるんですね。…もしかしたら柔道部でキース君から直接聞いているのかもしれませんけど。お経を読むのか、と訊かれた会長さんは「やだなぁ」と銀色の髪をかき上げました。
「見学だって言ったじゃないか。みんなを連れて行きたいだけだよ。…ジョミーとサムにお坊さんの素質がありそうだから、どんな世界か見せておこうと思ってさ」
「ほほぅ…。お前がそんなことを言うとは珍しいな。よほど将来有望らしい」
教頭先生はサラサラと紙に何かを記入し、「よし」とサインをしています。
「一応、明後日はお前たち全員、フリーということにしておいた。見学の後は登校してくるも良し、そのまま遊びに行っても良し。グレイブにも写しを渡しておく」
「ありがとう、ハーレイ。気が利くね。…ゼルと勝負の最中だったのに、邪魔してごめん」
帰ろうか、と私たちの方に向き直る会長さん。今回は本当に何も企んでいなかったらしいです。明日の天気予報は快晴でしたが、暴風雨とかになったりして…。

椅子から立ち上がった教頭先生と、ソファに座っているゼル先生にお辞儀して教頭室を出ようとした時、背後から声がかかりました。
「ブルー。…ハーレイとは仲良くやっておるようじゃな」
ゼル先生が珍しく笑顔を見せています。会長さんはコクリと頷き、「おかげさまで」と答えて応接セットの方へ。
「あの時は心配かけちゃってごめん。今はすっかり平気だよ」
そう言ってゼル先生の隣にストンと腰かけ、ソファに戻った教頭先生と斜め向かいから向き合う形になった会長さん。帰ろうと言っていたのに、気が変わっちゃったみたいです。ゼル先生は相好を崩して会長さんを眺めました。
「そうか、平気か。それは良かった。…お前に無理を強いてしまったことが心配じゃったが、仲直りしたから、とチラシを持ってきたじゃろう。あんな手があるとは驚いたわい。流石わしらのソルジャーじゃ」
は?…あの時というのは教頭先生が冤罪で自宅謹慎になったセクハラ騒動を指すのでしょうが、チラシって何?会長さんったら、教頭先生と仲直りしたとチラシ寿司でも配って回ったんですか?
「ああ、チラシね。せっかくだから宣伝するのもいいかと思って。…なかなか腕がいいだろう?」
「そうじゃな。わしはエステは初めてじゃったが、すっかりクセになりそうじゃわい」
「「「エステ!??」」」
思わず叫んでしまった私たちをゼル先生がジロリと睨んで…。
「失礼なヤツらじゃ。いくら剣道で鍛えておっても、お前たちのような若造相手に暮らしておってはストレスが溜まってしょうがないわい。全身エステに癒しを求めて何が悪い!」
全身エステ…。それって、もしかしなくてもエステティシャンは教頭先生…?
「「「…………」」」
ゼル先生と教頭先生を交互に見比べていると、会長さんがニヤリと笑って。
「もちろんハーレイのエステだよ。君たちも見ていただろう?あの腕前を埋もれさせるのは勿体ないから、ぶるぅと一緒にチラシを作って長老のみんなに渡したんだ。一応、今のところは長老限定の会員制。だけど会員の紹介があれば他の先生や一般の人もオッケーってことで」
ほらね、と会長さんがサイオンで宙に取り出したのは色鮮やかなチラシでした。南国風の景色や花の写真が配された中に、教頭先生の顔写真と連絡先が書いてあります。
「会員は誰でもタダでエステが受けられるんだよ。ぼくへの罪滅ぼしの一環として、ハーレイには無料で奉仕して貰う。オイルとかにかかる費用は福利厚生費で賄ってるから、赤字の心配は全く無いし。…ねえ、ハーレイ?」
「…う、うむ……」
「で、ゼルもやっぱりラベンダーとかローズが好み?…ぼくは花の香りが好きなんだけど」
「わしはマンゴーとザクロのクリームでマッサージして貰うのが大好きでのう。ボディーローションはレモングラスとミントに限る。フェイスジェルはラベンダーゼラニウムじゃが」
会長さんとゼル先生はエステ談義で盛り上がり始めました。二人とも常連客になってるみたいです。ゼル先生はともかく会長さんが常連なのでは、教頭先生は鼻血モノでは…。と、教頭先生が鼻を押さえて。
「…し、失礼…!」
ソファから立ち上がるなり足早に机に向かい、ティッシュを掴むと私たちに背を向けてしまいました。ゼル先生がクックッと笑いを噛み殺しながら。
「あんな騒ぎを起こしたくせに、相も変わらず純情じゃのう。しかし全身エステとは妙案じゃった。マッサージで心地良くなった後では、ハーレイを怒る気にもなれんそうじゃな」
「そうなんだ。何度もエステを受けたからね、どんな目に遭わされたのかも思い出せなくなっちゃった。今じゃハーレイといえばマッサージだもの」
セクハラなんて忘れたよ、と会長さんは御機嫌です。ゼル先生は「よかった、よかった」と繰り返しては会長さんの肩を優しく叩いていました。長老の先生方は会長さんと教頭先生の仲が険悪になってしまうのでは、と心配していたらしいんです。冤罪だなんて夢にも思ってないのでしょうね。ちなみに教頭先生のエステは他の先生方にも好評だとか。私たちは鼻血が止まらない教頭先生とニコニコ顔のゼル先生に深々とお辞儀してから帰りました。

さて、教頭先生が一日フリーだと許可してくれた、キース君の法務基礎講座の見学日。集合場所のバス停に集まったのはキース君を除く特別生の6人でした。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はまだ来ていません。
「ぼくが来た時、キースが門を入っていったよ」
ジョミー君がキャンパスの方を指差しました。
「その後にもう一人、学生っぽい人が入ってったけど…。それっきり誰も来ないんだ」
一番に着いたというジョミー君は少なすぎる学生の数に不安を覚えたようでした。
「この大学って一般の学生も沢山通っているんだよね。お坊さんコースの人って少ないのかもしれないよ。どうしよう、ぼくたち目立っちゃうかも…」
「だからってスカウトはされないでしょう。宗教の勧誘とは違うんですから」
シロエ君が言いましたけど、ジョミー君は髪を撫でたり引っ張ったりして落着きが無い様子です。見学に来ることになった理由が理由だけに、うまく丸めこまれて剃髪コースに送り込まれたらマズイと思っているのかも。そこへクスクスと笑う声が聞こえて…。
「おはよう。みんな揃っているね」
フッと姿を現したのは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」。いきなり瞬間移動なんかしてきて誰かに見られたらどうするんですか~!
「平気、平気。ぼくたち、その道のプロだから」
悠然と佇む会長さんは緋色の衣に立派な袈裟を着けていました。その隣に立つ「そるじゃぁ・ぶるぅ」は白い着物の腰に黒いスカートのようなものを巻いた小坊主スタイル。これで頭がクリクリ坊主だったら一休さんです。
「ぶるぅはぼくのお供なんだ」
目を丸くして「そるじゃぁ・ぶるぅ」を見おろす私たちに会長さんが告げました。
「見学の許可を貰おうと思って電話をしたら、光栄ですって言われちゃって。…事務局に電話したのに学長が出てきて、お待ちしてますって言うんだよ。そうなると、それなりの格好をしなくちゃいけないだろう?」
「ブルーは分かるけど、なんでぶるぅが?」
「…ぼくくらいの高僧がお寺の行事でお出かけとなると、お供がつくのが普通なんだ。ここは大学だけど、お寺みたいなものだからね。…だけどぼくにはお供をしてくれる人がいないし、ぶるぅにお願いしたってわけ」
ね?と言われた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は得意満面で胸を張って。
「えへ、似合う?昨日、頑張って作ったんだ。…ぼく、和裁だって得意なんだから!」
会長さんが法衣の下に着けている白い着物も「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手縫いだそうです。う~ん、どこまで器用なんだか。小坊主スタイルも可愛らしくて似合ってますし、こんな弟がいたら嬉しいかも…。
「それじゃ、そろそろ行くとしようか。…ジョミー、心配しなくても法務基礎の受講生は沢山いるよ。みんな熱心だから早めに来て準備をしているだけさ。キースも普段はもっと早い」
「え、そうなの?」
「うん。やると決めたら一直線な男だからね、いつもは始発のバスで来るんだ。ところが今朝は寝過ごしたらしい。ぼくたちが見学に来るのが不安で不安で、昨夜はなかなか寝付けなかったらしくてさ」
意外に小心者なんだよね、と会長さん。既にキース君に迷惑をかけてしまったようですけれど、この先、お勤めの邪魔にならずに過ごせるでしょうか?心配そうに顔を見合わせる私たちに「早くおいで」と手招きしながら、会長さんはキャンパスに入って行きました。もうなるようにしかなりません。よ~し、朝のお勤め、どんなものなのかキッチリ見学させてもらおうっと!




小さな子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」に見学したいと大嘘をついて別世界へ行ったドクター・ノルディ。狙いは会長さんそっくりのソルジャーと大人の時間を過ごすことでした。それを知って狼狽していた会長さんの前に現れたソルジャーは、会長さんとのキスと引き換えに、ドクターと何をしたかを話してくれているのですが…。
「薬を飲んでくれないんじゃあ、サービスし甲斐がないんだよね。だからサイオンで身体の自由を奪って、無理やり飲んでもらったんだ」
「「「えぇぇっ!?」」」
エロドクターに催淫剤を…。しかも無理やり…。会長さんが口をパクパクさせて。
「…そ、そんなことをしたら、ノルディはいったい…」
「ん?…楽しかったよ、飲ませるのも。先に断られているだろう?で、上から飲まないなら、下からだねって」
し、下から…?どうやったのか見当がつきませんけど、会長さんには通じたようです。
「ちょっ…。ブルー、なんて真似を!」
「いいじゃないか。せっかくだもの、思い切り楽しませて貰わなくっちゃ。…だって、ぼくを食べようとしたんだよ。逆転のチャンスを掴んだからには、ぼくが食べたっていいだろう?」
「「「食べた!!?」」」
私たちの裏返った声がリビングに響き渡りました。た、食べたって…エロドクターをソルジャーが…?呆然とする会長さんを横目で見ながら、ソルジャーは得意そうに話し続けます。
「淫乱ドクターって、攻められる方はまるで経験が無いんだね。ふふっ、自分の喘ぎ声を聞いたのは初めてだったみたいだよ。ぼくに組み敷かれて、喘いで泣いて、許しを乞うんだ。…もう最高」
私たちには刺激が強すぎる自慢話を事細かに語るソルジャーを会長さんがやっとのことで遮りました。
「…ブルー…。その話、全部本当なのか?…本当に君がノルディを…?」
「うん。御馳走様、って言いたいトコなんだけど…。実は途中で邪魔が入って、最後までは出来なかったんだよね」
残念、と吐息を漏らすソルジャー。
「まったく、ハーレイったら野暮なんだから。ぼくが青の間をシールドしていて、特に理由を思い付かないなら気を利かせればいいのにさ。…いきなり解除コードを打ち込んで押し入るだなんて最低だよ」
「…君を心配したからなんだと思うけど」
「ああ、ハーレイもそう言った。大丈夫ですか、って叫んで飛び込んできたからね。ぼくに何かあったと思ったらしい。…でも、スロープの途中で固まっちゃった」
それはそうだろう、と私たちは気の毒なキャプテンに同情しました。大切な恋人の身を案じて駆け付けてみたら、浮気の最中だったのですから。しかもソルジャーが攻める側だったなんて、頭の中が真っ白になったかも…。ソルジャーはクスクスとおかしそうに。
「石像みたいに動かないから、取り込み中だって言ったんだ。早く出てってくれないかな…って。そしたら血相を変えて走ってきてさ。…いったい何の冗談ですか、って。ぼくの世界のノルディだと勘違いしてしまったんだよ」
あちゃ~。それは無理もない話です。あちらの世界のドクターにまで迷惑をかけてしまいましたか…?

青の間に乱入したキャプテンがエロドクターの正体を理解するまで、少し時間がかかったようです。浮気の現場に出くわしただけでもパニックなのに、相手がドクター・ノルディでは…。
「間違えてるのが分かったからね、からかいたくなっても仕方ないだろ?」
ソルジャーは悪びれもせずに言いました。
「うまい具合に、ここ三日ほどハーレイと過ごせていなくって。それで、仮病を使ってノルディを呼んだって大嘘をついてやったんだ。…何の為かは分かるだろう、って」
えっと。…もしかしてソルジャーにもキャプテンを苛める趣味があるのでしょうか?会長さんが教頭先生をオモチャにするのとあまり違いが無いような…。その会長さんは盛大な溜息をついて、ソルジャーに先を促しました。
「その後は?…こっちの世界のノルディだってこと、ちゃんと説明したんだろうね?」
「もちろん。ぼくを食べたくて来てくれたなんて、涙ぐましい話だし」
「…………」
会長さんは頭痛を覚えたようでした。ソルジャーはクスクス笑っています。
「でね、ハーレイにこう言った。最近、かまってくれてないから、欲求不満になってたんだ。ぼくを放っておいたお前が悪い。邪魔をしないで欲しいな、って。…そしたら、この世の終わりみたいな顔して、それは私には耐えられません、と一歩も動かないんだよ」
あの顔は忘れられそうにない、とソルジャーはとても楽しそう。
「浮気はともかく、ぼくが攻めっていうのが嫌なんだってさ。それを聞き出すまでにかなりかかった。最初からズバッと言えばいいのに、言えないんだからヘタレだよねえ」
「「「………」」」
ヘタレは教頭先生の専売特許だと思ってましたが、あちらのキャプテンもヘタレでしたか。ソルジャーに遊ばれていたり、妙な所でシンクロしているみたいです。やっぱり何処か似ているのかな、と私たちが感慨に耽っていると…。
「それでさ…。聞いてる?」
現実逃避をしないように、とソルジャーが釘を刺しました。
「ノルディの始末をどうしよう、って話になって。ぼくが食べるのが許せないなら、お前が食べろって言ったんだけど…そんな気分にはとてもなれないって拒否するんだ。でも放ってはおけないだろう。…どうしたと思う?」
「……強制送還した…と思いたい……」
会長さんが絞り出した声に、ソルジャーはニッコリ微笑んで。
「残念。…ぼくはお客様は丁重にもてなす主義なんだ。ハーレイがその気になれないんなら、その気になって貰うしかない。焦らされて喘いでるノルディをベッドから落ちない程度に横にずらして、それから…ね。後は言わなくても分かるだろう?…ふふ、もう一人余計にいると思うと、凄く熱くなれる」
「ま、まさか…」
「そう、ハーレイを誘ったのさ。ぼくに誘われてハーレイが我慢できるとでも?…で、散々焦らして、これからって時に、ぼくはノルディを指差した。先にそっちをイかせるんだね、って」
ひぇぇ!…そ、それじゃエロドクターはキャプテンに…?顔面蒼白の私たちをソルジャーは赤い瞳で見渡しました。
「ぼくの身体も捨てたものではないらしいよ。…ハーレイはとても頑張ってくれた。淫乱ドクターには十分に御満足頂けるおもてなしが出来たと思うな。よすぎて失神しちゃったし」
「…き、君のハーレイに……ノルディを……」
震え上がっている会長さんに、ソルジャーは「うん」と頷いて。
「もちろんハーレイには御褒美をあげた。しかもノルディが隣に転がっているだろう?…ハーレイは不本意ながらもノルディを抱いた後だし、ぼくもノルディと色々あった後だしね…。これで燃えない方がどうかしてると思わないかい?…最高に素敵な夜だったよ。もしもノルディに意識があったら、ぼくの声だけでイけたかも」
爆睡していたみたいだけどね、と笑うソルジャー。想像の域を遥かに超えた恐ろしい事実に会長さんはテーブルに突っ伏し、私たちはカチンコチンに固まったまま、めくるめく大人の世界に眩暈を覚えていたのでした。

「ブルー?…ねぇ、ブルー。…ぼくの話はまだ終わってはいないんだけど」
どのくらい時間が経ったのでしょう。5分?あるいはほんの1分?…ソルジャーが会長さんの肩をトントンと叩き、会長さんは億劫そうに身体を起こして。
「……あまり聞きたくないような……」
「聞いておかないと後悔するよ。ノルディの記憶に関することだから」
ここからが肝心なんだ、とソルジャーは声をひそめました。
「ぼくを食べに来たお客様なのに、ハーレイに食べられてしまって終わりじゃ可哀想だと思ってさ…。実は記憶を細工したんだ。ハーレイが乱入するまでの記憶はそのまま残して、後はスッパリ消去した。正確に言えば一部は残してあるんだけどね。…ハーレイとぼくとを置き換えて」
「…………?」
会長さんの赤い瞳をソルジャーの瞳が真っ直ぐ見詰めて。
「つまりノルディの記憶の中では、最後まで相手はぼくだったわけ。ハーレイは影も形も無くて、ぼくに組み敷かれてそのまま…ってこと。でも、せっかく淫乱ドクターなのに自信喪失されたら楽しくないから、途中で記憶を消してあるんだ。…達した時の記憶は無いし、そこから先の記憶も無い」
「…ちょ、ちょっと待って。それじゃ、ノルディは…」
「ぼくにヤられたのか、そうでないのか、考えても答えは出ないだろうね。ぼくが家に送ったことも知らない。…君が調べようとしていた事の答えはこれで全部だ」
「……君が…ノルディを……」
愕然とする会長さん。エロドクターの記憶の中にはキャプテンは全く存在しなくて、ソルジャーに食べられかけた記憶だけが残っているですって…?
「あ、そうそう、大事なことを忘れてた。ノルディに治療はしてないんだ。だから痛みはそのまんま。キスマークだって残っているよ」
「………!!!…それじゃ、記憶が残ってなくても…」
「冷静に自分の身体を観察すれば、何があったか分かるだろうね。ぼくしか記憶にいないんだから」
会長さんは額を押さえてソファに沈み込みました。最悪な気分なのでしょう。でもソルジャーは意にも介さず…。
「めり込んでいる場合じゃないと思うんだけど。それとも、ぼくはもう帰っていいのかな?…しばらく来られないかもしれないよ。ノルディが誤解したままでいいなら構わないけどさ」
「……誤解させとけばいいじゃないか」
「本当に?…そう思う?……ノルディをヤッてしまったのは、ぼく。酷い目に遭った彼にしてみれば、いつも必死に逃げ回っている君はとても可憐で可愛いだろうねえ。まさしく月とスッポンってヤツ」
月とスッポン。あまりにもハマりすぎでした。エロドクターは月そっくりのスッポンに噛まれたというわけです。それで懲りればいいですけれど、お月様はちゃんと別に存在しているのですし、リベンジとばかりに食べにかかっても全く不思議はありません。会長さんもそれに気付いたらしく、ブルッと身体を震わせました。
「…弱いのがバレたとか言ってたっけ…?」
「うん。耳が弱いのはバレちゃった。他にも気付かれているかもしれない。…で、どうする?誤解を解いて欲しいんだったら、ノルディに会いに行ってあげてもいいけれど」
とっくに目覚めて慌てているよ、とソルジャーは窓の外を指差します。会話している間にサイオンで探っていたのでしょう。会長さんはウッと息を飲み、しばらく考えていましたが…。
「…君が言うことが正しいみたいだ。ノルディの誤解を解いてほしい。ただし、ぼくも一緒に行くからね。君に任せて更にこじれたら元も子もない」
「信用ないなぁ…。まあ、無理もないけど」
ソルジャーは小さく笑ってソファから立ち上がりました。
「それじゃ、行こうか。…心配しなくても悪いようにはしないってば」
青いサイオンの光がリビングに満ち、ソルジャーと会長さんの姿がフッと消え失せた次の瞬間、私たちの身体も宙に浮いて…。
「ブルーはギャラリーが好きなんだって?…ぼくも真似してみようかな」
ソルジャーの楽しそうな声が聞こえてきます。えぇぇっ、私たちもドクターの家へ!?

移動させられた先は広くて立派な寝室でした。大きなベッドに潜り込んでいるのはドクターに違いありません。
「なんでみんなを連れて来たのさ!」
「シッ!…ぼくのシールドは完璧だけど、君が騒ぐと保たなくなるよ」
ソルジャーのシールドが私たち全員を包んでいました。会長さんもソルジャーもシールドの中。
「この子たちも話は最後まで知りたいだろうし、ぶるぅも何かと心配だろうし…。ぶるぅ、シールドはぼくが張っておくから安心して。…ブルーはぼくと一緒に来るんだろう?」
そう言うとソルジャーは会長さんの手を引っ張ってシールドの外へ。尻ごみする会長さんをベッドの足許に残し、エロドクターが頭まで被った布団をバッと剥ぎ取ります。
「おはよう、ノルディ。…お昼はとっくに過ぎているけど、気分はどう?」
「………!!!」
ソルジャー服を纏った姿を見るなり、ドクターは真っ青になりました。よほど酷い目に遭ったのでしょう。
「おやおや、そんな顔していいのかい?…君のブルーの目の前で」
指差された先に会長さんの姿を認めて、ドクターの表情が引き攣ります。ソルジャーはクッと喉を鳴らすと。
「ぼくが怖い?…怖いだろうねぇ、今のままじゃ。…ぼくは全然かまわないけど、それじゃブルーが困るんだってさ。落ち着いたら、口直しにブルーを抱こうと思っているだろう?」
「い、いえ…!そ、そんなことは…」
「嘘をつかない。ぼくに読めないとでも思ったか?」
赤い瞳に射竦められて、必死に首を横に振るドクター。やはり会長さんを食べるつもりでいたようです。ソルジャーと会長さんとは全然違う、と認識できるタフな精神は流石としか…。
「ブルーはお前が嫌いなんだ。嫌いなヤツに抱かれたくないのは当然だよね。…だから誤解を解きに来た。ぼくはお前を抱いてない。口直しなんか必要ないのさ。…お前を抱いたのはハーレイなんだ」
「……ハーレイが…?」
「そうだ。信じたくないなら消した記憶を戻してもいいが」
どうする?と覗き込むソルジャーに、ドクターは少し迷ってから。
「…あなたは記憶を操作できる。真実がどうであっても、ハーレイがやったと思い込ませる事は可能でしょう。そんな記憶を持つくらいなら、何もない方がいっそマシだというものです」
「気に入った」
ソルジャーはクスッと笑いました。
「どう答えるかと思っていたが、過去は振り返らない主義だったか。じゃあ、ぼくに抱かれたというのが事実であっても、ぼくが誘えば……抱いてみたいと今も思うか?」
「………。機会があるなら、賭けてみるのも悪くはないかと」
げげっ。エロドクターは自信を取り戻しつつあるようです。立ち直りが早いのも一種の才能なのでしょうか。ソルジャーの手が頬に触れても、もう顔色は変わりません。それどころか、その手をさりげなく握っていたりして…。
「懲りてないんだ?」
「…雪辱戦を挑みたいと願うのは自然な心理かと思いますが」
「なるほど。…ならばチャンスを与えよう」
ドクターの手からスッと逃れて、ソルジャーは綺麗な笑みを浮かべました。
「ぼくのハーレイは忙しくてね…。捕まらない時も多いんだ。ぼくを満足させられる自信があるなら、呼んだ時に来て抱けばいい。ただし、満足できなかったらどうなるか…。身体で分かっていると思うが」
「望むところです」
「では、そのように。…必要な時はぼくが呼ぶ。ぼくの身体が手に入る以上、ブルーには…」
「いえ」
手を出すな、と言おうとしたらしいソルジャーをドクターの声が遮って。
「あなたとブルーは違います。同じ身体でもまるで違う。…今回で思い知らされましたよ。私はブルーも欲しいのです。以前にも増して欲しくなりましたね、あなたの肌を知ったお蔭で」
「……重症だな」
不治の病か、と苦笑しながらソルジャーはドクターの側を離れて、会長さんの方に戻ってくると。
「帰ろう、ブルー。これ以上いても意味はない。…ノルディ、雪辱戦では頑張りたまえ」
返事を待たずに青いサイオンが輝きます。私たちはアッという間に元のリビングに戻っていました。

「これでいいだろう?…ノルディは当分、ぼくの虜だ。本当に呼ぶかどうかは別として」
ソファにゆったりと腰かけたソルジャーの言葉に、会長さんが顔を曇らせます。
「…確かに、君で懲りた分をぼくで取り戻そうとしてくることは無いだろうけど…。もしも君が呼ばなかったら、今まで以上にぼくを追いかけてきそうな気がする」
「味を覚えさせたのはまずかったかな。…蹴り出しておいた方がよかった?」
「そうしてくれていれば、と思うよ。手遅れだけどね」
やっぱり子供に留守番をさせておいたのが間違いだった、と自分を責める会長さん。それを聞いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がまた泣きそうな顔をして。
「ごめんなさい、ブルー…。どうしたらいいの?…ぼくだってタイプ・ブルーなんだもん、出来ることなら何でもするから…」
「…それだ…」
会長さんがハッと顔を上げ、「どうして忘れていたんだろう」と呟きました。
「ノルディの記憶を消せばいいんだ。最初からそのつもりだったんだっけ」
「………。シンクロしないと消せないよ?」
そう言ったのはソルジャーでした。
「記憶を消したり、置き換えたりと色々弄ってしまったからね。それをやったぼくの意識と完全にシンクロしないと無理だ。…やってみるのは自由だけれど、一応、言っておかないと」
「君の意識と…?」
「そう。シンクロする以上、淫乱ドクターと遊んだ記憶は勿論、ハーレイに抱かれた記憶も君の意識に流れ込む。…そうしない限り、消す糸口は見つけられない」
「………!!!」
会長さんの瞳が驚愕に揺れ、ソルジャーは「ごめん」と謝って。
「でも本当のことなんだ。ぼくが代わりにやってあげたいのは山々だけど、ほら…ぼくも悪戯好きだから。さっき約束もしてきちゃったし、消去するどころか変に書き換えてしまうかも…」
「……そうかもね……」
ノルディを食べようとしたくらいだし、と深い溜息をついた会長さんの顔から突然、スーッと血の気が引きました。
赤い瞳がソルジャーを捉え、肩が小刻みに震え出して…。
「…今、やっと気付いたんだけど……ぼくは勘違いをしてたかも。ぼくと君なら、ぼくが食べる方に決まっているから安全だって思ってたけど、もしかして、君は…」
「食べる方だってもちろん出来るよ。…嫌がる人は食べないけどさ。だからそんなに怯えなくても…」
クスクスと笑い始めたソルジャーでしたが、会長さんは警戒しています。情報料をキスで支払っただけに、複雑なものがあるのでしょう。やがてソルジャーは笑うのをやめて、真面目な顔で。
「君の意見は尊重する。嫌われたくはないからね。…食べる方だと思ってたんなら、ぼくは食べられてもかまわない。いつか気が向いたら食べて欲しいな。けっこう本気で君が好きだし」
「ブルー…?」
「君を見てると安心するんだ。…ぼくの未来は見えないけれど、君は地球にいて人類とちゃんと共存してる。ぼくそっくりの君が夢を叶えてくれているから、ぼくは諦めないで済む。だから…本当に君が好きだよ。君が女の子専門でなければ良かったのにね。こればっかりは仕方ないけど…」
寂しそうに微笑んでからソルジャーは立ち上がりました。
「用は済んだし今日は帰るよ。…それじゃ、またね」
フッと姿が溶けるように消えて、残ったのは空のお皿とティーカップだけ。どさくさに紛れて告白された会長さんは、ちょっぴり悲しそうでした。あちらの世界が恐ろしい場所だと知っているだけに、ソルジャーの想いに応えてあげられないのが辛いのかも…。

「あっ、お昼ご飯を忘れてたぁ!」
しんみりした空気をブチ壊したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の叫び声。慌ててキッチンへ走って行くのを見送ってから、会長さんが。
「…ブルーにも御馳走すればよかったな。せっかくこっちに来てくれたのに、残り物のパイだけなんて」
「あいつが騒ぎの元凶でもか?」
「違うよ、ノルディが諸悪の根源なんだ」
キース君の問いに即答すると、会長さんは窓の外へ視線を向けました。
「悪乗りしたブルーも問題だけど、ノルディがあっちの世界へ行かなきゃ何も起こりはしなかった。どんな所かもロクに知らないくせに、快楽目当てで行くなんて…。さっきのブルーの言葉を聞いても、ノルディはブルーを追っかけるかな?…ソルジャーとして必死に生きてるブルーを…」
「大人の時間には関係ない、って言いそうだぜ」
「…そうかもしれない。ブルーだって悪乗りしたんだものね。…ぼくはブルーのようには生きられないけど、ぼくの世界やぼくたちと関わることが救いになってくれればいいな…」
「なっているさ。あいつ、そう言って帰ったじゃないか。あんたがいるから、夢を諦めずにいられるって。そうだろう、みんな聞いてた筈だ」
一斉に頷く私たちを見て、キース君が会長さんの肩を叩きます。
「ブルーなら心配いらんと思うぞ。余裕のない生き方をしているんなら、ノルディにちょっかい出すもんか。それこそ蹴り出して終わりだろうさ。…あんたこそ、ノルディには気をつけろよ?襲われそうになったら俺達を呼べ。傷害罪で訴えられる羽目になっても助けてやるから」
柔道部三人組が互いにパチンと手を打ち合わせて構えを取ると、会長さんにようやく笑顔が戻りました。そこへキッチンから「そるじゃぁ・ぶるぅ」が戻ってきて…。
「お待たせ~!材料を買っていなかったから、きのこクリームのパスタなんだけど…ダイニングに用意できてるよ。晩御飯も食べて帰ってね!」
こちらもすっかり元気になったようです。ドクターを一人で別世界へ行かせる原因になったパイの残りもダイニングに運ばれ、細かいことを気にしない男の子たちがジャンケンで取り合いを始めました。賑やかにテーブルを囲んでいると、さっきまでの騒ぎが嘘みたい。
「ところで、お化け屋敷はどうだったんだい?」
会長さんにいきなり訊かれて、私たちはギョッとして顔を見合せます。ジョミー君が懸命に笑顔を作って…。
「や、やだなぁ、ブルー。…聞かなくったって知ってるくせに。ぼくたちが何をしてたかなんて筒抜けだもんね」
「ううん、本当に知らないんだ。フィシスとデートしている時はフィシスだけしか見てないからね。…で、白い影には会えたのかい?」
「あ、あははは…。サムには見えたらしいんだけど、ぼくらは全然」
お化け屋敷に纏わる無様な事実は、ほどなく全部バレました。会長さんはジョミー君に「白い影が見られるようになるよ」と出家を勧め、サム君まで勧誘し始めています。お坊さんになるっていうのは、そんなに素敵なことなんでしょうか?
「さあね。…だけど長い時間を生きていくんだし、サイオンっていう力もあるし。普通の人より恵まれた環境にいるんだからさ、修行を積むのもいいと思うよ。…いつか悟りが開けるかも」
ぼくは悟れてないけれど、と苦笑している会長さん。
「せめてブルーが背負ってるものを受け止められるくらいになりたいな。それも出来ないようじゃ、まだまだ。…あっ、色恋のことじゃないからね!ソルジャーとしてのブルーの悲しみや苦悩や…そういったもの」
会長さんの赤い瞳には、ソルジャーが帰って行ったシャングリラ号が見えているのかもしれません。エロドクターがソルジャーに呼ばれて旅立つ時は来るのか否か。あんな淫乱ドクターとはいえ、ソルジャーのお役に立つんだったら全力で尽くして頂きたいです。満足させられなかったら地獄ですけど、知ったことではないですよねぇ?




会長さんの留守に現れたというドクター・ノルディ。留守番をしていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自分が悪かったんだと泣いています。しかもパイ生地を作っていたのがいけなかったとは、いったい何事?会長さんはパイ皮を調べても手がかりは無いと言ってますけど、私たちを叩き起こすほどのパニックに陥ったんですから、よほどのことが…。
「…あまり考えたくないんだが…」
キース君がコーヒーで口をすすぐようにして飲み込んでから言いました。
「エロドクターがぶるぅと一緒にパイ生地を作ったとかじゃないだろうな?…あんたが食べるパイのためなら嬉々としてやりそうな気がするぞ。もちろん素手で」
え。…エロドクターが会長さんへの不純な愛をこめて作ったパイ生地…?考えたくもないですけれど、手に唾を吐きかけていたりして…。愕然とする私たちに、会長さんは「その方がよほどマシだった」と答えました。
「ノルディはパイ生地に触れちゃいないよ。そもそも、ぶるぅが許さない。素人なんかに手伝わせるわけがないだろう?…ぶるぅはパイ生地作りに忙しくって、おまけに子供だったから…大変なことになっちゃったのさ」
「大変なこと…?」
「そう。ぼくの人生最大のピンチかもしれない」
恐る恐る聞いたジョミー君に会長さんが深刻な顔で頷き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の泣き声が激しくなります。エロドクターが何かをやらかしたのに違いありませんけど、パイ皮とどういう関係が…?
「最初から順を追って話すよ。…でないと訳が分からないだろうし。ぶるぅ、ぼくは別に怒ってないから泣きやんで。流石にショックだったけど…子供に留守番をさせてたぼくも悪いんだ」
泣き声がやむまで小さな頭を優しく撫でて、涙で汚れた顔を洗ってくるように言い聞かせて。洗面所から「そるじゃぁ・ぶるぅ」が戻ってくると、会長さんは静かに話し始めました。
「昨日、ぼくがフィシスとデートだったのは知ってるよね。…フィシスと街を歩いていたら、ノルディが車で通りかかって窓から声を掛けてきたんだ。目的地まで乗せてあげますよ、って。もちろん、ぼくは断った。ノルディはそのまま走り去ったけど、フィシスにはちょっと叱られちゃった」
「なんで?」
「断り方が素っ気なさすぎる、って。ノルディは大事なドクターなんだし、もっと丁寧に接するべきだって言うんだよ。…ノルディがぼくを狙ってること、フィシスはイマイチ分かってくれないんだ」
なんと!フィシスさんはドクターや教頭先生が会長さんに御執心なのを知ってはいても、危機感がまるで無いらしいのです。会長さんは溜息をつき、「育て方を間違えたかな…」と呟きました。
「フィシスはぼくの女神だからね。理想の女性になって欲しくて、出会って以来、あれこれと注意を払ってきたんだけれど…。不純なものから遠ざけすぎた結果、箱入りっぽくなっちゃって。アブノーマルな世界はフィシスには理解不可能らしい。男同士の友情と区別がついてないようだ」
困るよね、と嘆きながらも、表情はまんざらでもなさそうです。とりあえず、惚気は聞き流そうかな…。

デートを楽しんだ会長さんとフィシスさんは暗くなってから会長さんの家に戻り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が用意していた夕食を食べて、フィシスさんはそのままお泊まり。
「フィシスは今日から旅行なんだ。気の合う仲間の女性たちと一緒に5日間。…たまには女同士もいいだろう?いつもは旅行といえばぼくとだからね」
「ぶるぅは?」
「ついてくるけど、夜はもちろん大人の時間。いい子は早寝をしてくれるんだ。昨夜も後片付けが済んだらすぐに土鍋で眠ってくれたし、ぼくはフィシスとゆっくり過ごして…。今日はマンションの表でフィシスのタクシーを見送ったよ。それから家に戻ってきて、初めて恐ろしい事実に気付いたってわけ」
昨日はフィシスに夢中で右から左に抜けていたんだ、と会長さんは額を押さえました。
「デートから戻った時に、ぶるぅは確かに言ったんだよ。ノルディ先生が…って。でも、ノルディの名前は聞きたくもないし、デートの途中に顔を出されたことも思い出したし…。その名前、今は聞きたくないな、って冷たく言って、そのまま綺麗に忘れてた。…フィシスを見送ってから玄関を入る瞬間までね」
「…記憶がフィードバックしたってわけか」
キース君の言葉に会長さんは。
「そのとおり。しっかり思い出したんだよ。昨日ぶるぅが玄関に立ってて、こう言ったのを。…あのね、今日、ノルディ先生がね…って」
その後に続く言葉を遮ってしまって聞かなかった、というわけです。そこで会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に続きを聞きに行ったのですが…。
「その先はさっき言っただろう?…ノルディが家に来たんだよ。わざわざぼくの留守を狙って。時間を尋ねたら、声を掛けられてから半時間も経っていなかったようだ。…ぼくが出かけているのを見たから、チャンスとばかりに来たんだろうね」
「…あんたの留守を狙って何を?…ぶるぅが居るなら下手な細工は出来んと思うが」
「ぶるぅに用があったのさ。…ぼくが居たんじゃ頼めない用が」
深い深い溜息をついて、会長さんは紅茶を一口飲みました。
「…ノルディがぶるぅに会いに来たのは、ブルーの世界に行くためなんだよ」
「「「ブルー!!?」」」
それは別世界に住むソルジャーの名前。会長さんに瓜二つの、ミュウと呼ばれる種族の長。
「ノルディはぶるぅにこう言ったそうだ。…あちらの世界を是非とも見学したい、とね。ぶるぅは向こうのぶるぅと連絡を取って、ブルーの了解を得たらしい。今すぐ、ということになったが、ぶるぅはパイ生地を作っている最中で…手が離せないからノルディを一人でブルーの世界へ送ったのさ」
「「「ええぇっ!??」」」
ドクターがたった一人でソルジャーの世界へ行ったんですって!?…以前、会長さんが教頭先生に催淫剤を飲ませた時に、ドクターはソルジャーが教頭先生に植え付けた記憶を見ています。ソルジャーが別世界のキャプテンと大人の関係だということを知って、一度手合わせ願いたいとか言ってましたっけ。もしかして、それが目的で…?
「…多分…」
会長さんはソファに沈み込んでしまいました。
「ぶるぅがついて行ったんならば、ノルディも無茶はしないと思うんだ。ぶるぅもパイ生地作りの最中でなけりゃ、勿論ついて行っただろう。…いろんな意味で間が悪かった。ノルディは向こうの世界で野放しにされてしまったんだよ。ぶるぅが子供じゃなかったら…ノルディの意図に気付いていたら、絶対行かせはしなかったろうに」
何が起こったのか知りたくもない、と頭を抱える会長さん。
「…一応、急いでノルディのサイオンを探ったさ。そしたら家のベッドで爆睡してた。…でも、それ以上探る気にはどうしてもなれなかったんだ。ノルディはブルーに会って…どうしたと思う?」
ブルッと身震いをして、会長さんは自分の身体を抱き締めました。
「ノルディはブルーを抱いたかもしれない。だとしたら、もう、どうすればいいか知り尽くされてる。ノルディは捕まえた獲物を逃がしたことが無いのが自慢でね。…この次にノルディと出くわしたが最後、ぼくは自分の意志とは関係なしに食べられてしまうことになるかも…」
それでパニックになったんだ、と赤い瞳が不安に揺れます。
「君たちを呼んだ理由は、これなんだよ。…ぼくの代わりにノルディの心を読んで欲しい」
「「「えぇっ!?」」」
「ブルーとの間に何かあったのか、無かったのか。…それだけが分かれば十分だから。場合によってはノルディの記憶を消去する。そっちの立ち会いも頼みたい。ぼく一人では危険すぎるし…」
切実な顔で会長さんは私たちに頭を下げました。隣で「そるじゃぁ・ぶるぅ」も頭を下げて…。
「お願い、ブルーを助けてあげて!…ぼく、何回でも謝るから!…おやつも食事も、なんでも好きなの好きなだけ作ってあげるから!」
えっと、えっと。…会長さんの代わりにドクター・ノルディの心を読む?…エロドクターとソルジャーの間に何があったか読み取れですって!?

パニックに陥ったというだけあって、会長さんはすっかり怯えてしまっていました。万一のことを思うとエロドクターの心を読みたくないのも分かります。けれど、代わりに読んで欲しいと言われても…。なにしろ相手は会長さんを食べようと狙い続けるエロドクター。もしソルジャーと大人の時間を過ごしていたら、どんな記憶を抱えているのか想像したくもありません。私たちは顔を見合わせ、肘で散々つつき合った果てに…。
「あ、あの…。ぼ、ぼくたち…」
最強のタイプ・ブルーだから、と押し出されたジョミー君がボソボソと。
「きょ、協力したいのは山々だけど、あの……そのぅ……」
「………?」
「…じゅ、十八歳…未満だし…」
「ああ、それは心配しなくても…。有害な記憶が残らないよう消してあげるよ」
サラッと言い切る会長さん。こう言われては断れないかも…、と焦った所でキース君が。
「申し訳ないが、俺たちは思念波での会話がやっとの特別生だ。二百年以上も生きているというドクターの心など読めないだろう」
「その辺はぶるぅにサポートさせる。君たち全員のサイオンをより合わせれば十分可能だ。…ね、ぶるぅ?」
「んと、んと…。よく分からないけど、みんなの力を纏めればいいの?…大丈夫、任せといて!」
ぼくに責任がある話だし、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はピンと背筋を伸ばしました。これはいよいよ断れません。普段サイオンなんか使ってないのに、よりにもよってエロドクターの心を読んでヤバイ記憶があるのかどうかを確かめる羽目になるなんて…。
「ジョミー、お前が代表でやれよ」
そう言ったのはサム君です。
「なんたってタイプ・ブルーだし…。俺、頑張ってサポートするから!…頼む、ブルーを助けると思って…」
「それならサムがやればいいだろ!大事なブルーのためなんだから。シールドだって張ったことあるし、サイオンを使うのは上手じゃないか」
「いや、サムはダメだ」
キース君が即座に却下しました。
「サムはタイプ・レッドなんだぞ?…うっかりドクターに同調してしまったら大変なことに…」
「そ、それは確かにまずいね…」
ジョミー君が肩を竦め、私たちの背筋を冷たいものが走りました。サム君には教頭先生とぶつかったのが引き金になって会長さんへの秘めた恋心が覚醒してしまった過去があります。他人の想いに取り込まれやすいのがタイプ・レッド。もしサム君がエロドクターの想いに巻き込まれたら、会長さんに何をしでかすか…。
「…お、俺がブルーに…?」
ボンッと真っ赤になったサム君。ひょっとしてメンバーから外した方がいいのでしょうか?…だとしたら残る6人で頑張ることになりますが…。十八歳未満お断りな記憶満載のエロドクターの心に潜って、首尾よく目指す記憶を読めるかどうか全く自信がありません。逡巡する私たちに会長さんが。
「そうだね、サムは外した方がいいかもしれない。ぶるぅとサポートに回ってもらおう。タイプ・レッドは思念の増幅に優れているんだ」
「や、やっぱり……やらなきゃダメ……?」
「ぼくの未来がかかってるんだ。やって貰わなきゃ、ぼくが困る」
ジョミー君の弱気な視線と会長さんの強い眼差しが真正面からぶつかった時、クスクスクス…と微かな笑いが聞こえてきました。
「…ふふ。来てみて正解」
フッとリビングに現れたのは…。
「「「ブルー!!?」」」
別の世界から空間を越えてきた、会長さんにそっくりの人。ソルジャーは紫のマントを翻して、優雅な仕草で空いたソファに腰かけたのでした。

「ふぅん…。これが問題のパイ?…美味しそうに見えるけど…」
どこまで事情を知っているのか、ソルジャーは大皿に残ったチキンパイとミートパイを交互に見比べています。あちらの世界では食が細いらしいソルジャーですが、私たちの世界に来ると「地球の食べ物だというだけで嬉しくなる」とかで食べる量は会長さんと変わりません。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が慌てて取り皿と飲み物を持って来ました。
「昨日の残りなんだけど…食べる?」
「もちろん」
せっかくだから、と二種類のパイを少しずつ切り分けて貰ったソルジャーは早速フォークを手にして…。
「うん、美味しい。確かにパイに罪は無いよね」
「いつから様子を窺ってたのさ」
頬を膨らませる会長さんに、ソルジャーがニッコリ微笑みます。
「…ん?ついさっき来たばかりだよ。あ、君の思考は読んでない。…この子たちのが漏れてるだけ」
ひぃぃっ!!じゃあ、何もかも全部筒抜けですか?
「そうなるね。ブルーの頼みを断るのに必死みたいだけれど、君たちの気持ちは分かるつもり」
淹れたての紅茶を口に運びながら、赤い瞳が会長さんを見つめました。
「ねえ、ブルー。…こんな子供たちに淫乱ドクターの心を読ませようっていうのは可哀相だと思わないかい?」
「「「淫乱ドクター!?」」」
「ああ、ごめん。君たちはエロドクターって呼んでるんだっけね。…淫乱ドクターはぼくが付けた名前。だって名前のとおりだったし」
「……淫乱ドクター……」
会長さんが呆然とした顔で呟き、平然とパイを食べているソルジャーの手元を眺めながら。
「それじゃ、やっぱりノルディは君が目当てでそっちの世界に…」
「うん。最初の間は記憶が飛んでて、真面目に負傷者の手当てをしてくれたよ。淫乱ドクターでも手際はいいね。うちのノルディと変わらない。…ひょっとすると、うちのノルディも一皮むけば淫乱なのかな」
他人事のように語るソルジャーの様子からは何があったか掴めません。淫乱ドクターなんて名付けたからには、それなりのことをした筈ですが…。
「ノルディの腕前はどうでもいい。…君はノルディから逃げ切れたのか?」
「さあね」
ソルジャーは意味深な笑みを浮かべて。
「…知りたい?ノルディの記憶を読まなくっても、答えはぼくが知ってるんだ。ノルディがぼくの世界に来たことを君が知ったら、パニックになるとは思ったけれど…。パニックを起こした挙句に代理を立てて調査しようとしてただなんて、ビックリだよ。…素直に話す気が失せちゃったな」
「……ブルー…?」
「ちょっとね、教えるのが惜しくなっちゃった。この情報にはかなりの価値がありそうだ。ぼくが全てを話すんだったら、情報の提供料を君から貰うっていうのはどう?」
悪戯っぽく輝く瞳は、悪巧みをしている時の会長さんに瓜二つでした。
「ぼくと君との仲だしね…。思い切り安くしておくよ。これからも此処へ遊びに来たり、美味しいものを食べたりしたいから」
「安く、って…。君の世界とじゃ通貨も違うし…」
「大丈夫。ぼくが欲しいのはお金じゃないし、その気さえあれば安いって」
パイを食べ終えたソルジャーは紅茶を静かに飲み干して…。
「ぼくの提案はキスひとつ。…それでどうかな」
「「「!!?」」」
全員の目が点になる中、ソルジャーは人差し指をスッと立てました。
「一度、キスしてみたかったんだ。君は女の子専門だから、ぼくと全く違うだろう?どんな感じがするのかな…って前から思ってたんだよね」
ひゃあぁ!…キスって…情報提供料のキスって、会長さんとのキスなんですか!?…ソルジャーの趣味って分からないかも。いえ、分かりたいとも思いませんけど…!

「……キスひとつ……」
ソルジャーが出した凄い条件に、会長さんは考え込んでしまいました。そっちの趣味が無い会長さんにはハードルの高い話です。
「そんなに悩まなくったって…。キスくらい、君にとっては挨拶程度のものの筈だよ。なんといってもシャングリラ・ジゴロ・ブルーなんだし」
「…相手が女の子だったらね…」
「ぼくじゃ、その気になれないって?」
「だって、おんなじ顔じゃないか!」
信じられない、と言う会長さんにソルジャーはクスッと小さく笑って。
「同じ顔だから試したいんだ。…自分の唇ってどんな味がするのか知りたいじゃないか。ついでに君の腕前も…ね。だから本気のキスでなきゃ駄目だよ」
さあ、どうする?…と空のティーカップの縁を指先でカチンと弾くソルジャーは余裕たっぷりでした。会長さんはしばらく悩んでいましたが…。
「分かった。本当に情報をくれるんだったら、君の提案を受け入れよう」
「そうこなくっちゃ。それじゃ、早速…」
会長さんの前の床に膝立ちになり、瞳を閉じて顔を上向けるソルジャー。うわぁ、とっても綺麗な横顔…。なんだかドキドキしてきましたが、まりぃ先生の影響でしょうか?…ジョミー君たちは視線を逸らし、サム君に至っては泣きそうな顔。会長さんがサム君のそんな様子に気付いて…。
「ごめん、ブルー。…ここだと、ちょっとマズイんだ」
「どうして?…キスくらい問題ないだろう。十八歳未満って言ったってさ」
「それが…その……」
「ああ、そこの彼か。初めて会った時、恋人候補だって叫んでたけど、あれっきり進展無しなんだ?」
純情でいいね、と会長さんと同じ顔で言われてサム君の表情は複雑です。会長さんはそんなソルジャーの腕を引っ張り、奥の部屋へと促しました。そこは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のプライベート・スペースで、私たちも滅多に入れません。二人の姿が扉の向こうに消えるなり、サム君はガックリと肩を落としました。
「…俺ってやっぱり子供扱い?…ブルー、まだデートもさせてくれないし…」
「そんなことないよ!…ブルーなりに気に入ってるんだと思うけど」
ジョミー君が慰めにかかります。
「今だってサムを傷付けないよう、見えない所に行ったんだ。子供扱いとは違うと思うな」
「そ、そうかな…」
「そうだってば!もっと自信を持たなくちゃ。公認カップルなんだからさ」
元気出して、とジョミー君がサム君の肩を叩いていると奥の扉がカチャリと開いて。
「…シャングリラ・ジゴロ・ブルーってダテじゃないね…」
上気した顔のソルジャーが会長さんに寄りかかるようにして出てきました。会長さんと並んでソファに座ると、ソルジャーは熱い吐息をついて。
「…キスだけでおしまいだなんて、不完全燃焼…。せっかくベッドもあったのに」
「キスひとつっていう約束じゃないか」
思い切り本気を出したんだから、と会長さんは苦い顔です。
「情報料は支払ったよ。…ノルディとの間に何があったか、教えないとは言わないよね?」
「……約束は守るけどさ。いつか続きを…」
「謹んで遠慮しとく」
ピシャリと撥ねつける会長さん。ソルジャーはつまらなさそうに唇を尖らせ、仕方なく語り始めました。

「…記憶が飛んでたノルディだけどね。青の間に連れ込んだ時も状況が掴めてなかったみたいだ。ぼくが誘いを掛けて初めて、君とは違うと気付いた始末さ。…でも、それからはもう一直線。本当に淫乱ドクターだよね」
「…まさかノルディにちょっかいを…」
サーッと青ざめる会長さんに、ソルジャーはクッと喉を鳴らして。
「だって、ぼくの身体が目当てのお客様だよ?歓迎しない手はないだろう。ベッドであれこれ楽しんだんだ。…耳が弱いってバレちゃったけど、まずかったかな」
ひえぇ!ソルジャーったら、なんてことを!会長さんと全く同じ姿形をしているくせに、エロドクターとベッドであれこれ…。おまけに弱い場所までバレただなんて、会長さんが危惧した事態そのまんまです。エロドクターは会長さんの食べ方を実習してきたも同然で…。
「……あれこれって……いったい何を…」
掠れた声で聞き返す会長さんの顔色は紙のように真っ白でした。
「そんなの決まっているじゃないか。ベッドの上ですることは一つ!」
飛び跳ねて遊ぶ子供じゃあるまいし、とソルジャーはクスクス笑い出します。
「だけど安心してくれていいよ。…リードしたのはぼくの方。最初は好きにさせていたけど、ぼくの方から誘ったからには…それなりのサービスをしないとね」
「「「サービス!?」」」
仰天して叫んだ私たちに、会長さんはハッと我に返って。
「…ブルー。今まで気付かなかったんだけど、情報はサイオンで伝えればいいじゃないか。早くて簡単、しかも正確。…この子たちを巻き込む心配もないし」
「ぼくは言葉が好きなんだ。…サイオンを使わないのが基本の君たちとは逆の世界で生きてるからね。サイオンを使わずに済む、ここの世界が大好きなんだよ」
だから言葉にしたいんだ、とソルジャーは軽くウインクしました。
「それに元々、この子たちにノルディの記憶を探らせようとしてたんだろう?…直接見る羽目になっていたかもしれない事実を耳にするくらい、全く問題ないんじゃないかな。この子たちだって途中から締め出されたんじゃ消化不良になっちゃうよ」
「……………」
反論できない会長さん。そして私たちもここまで聞いてしまっただけに、この先は内緒と言われたら確かに消化不良かも…。そんな気持ちを見抜いたようにソルジャーが「聞きたいよね?」と念を押します。私たちは釣られて頷き、ソルジャーはとても楽しそうに。
「それじゃ、話を続けよう。…ぼくはお客様にサービスしたくて、薬を飲むよう勧めたんだ。前にお土産にハート型の箱を渡しただろう?あの中の赤い飲み薬。でも、必要ないって断わられた。だから淫乱ドクターって名前を進呈したけど、エロドクターとどっちがいいかな?」
ソルジャーが唇をペロリと舐めました。会長さんと同じ顔なのに、それは妖しく艶めかしくて。…この美しい人がドクター・ノルディに何をしたのか、どうなったのか。赤い飲み薬といえば、会長さんが教頭先生に飲ませた強力な催淫剤ですが…それをドクターに勧めたなんて、ソルジャーはどんなサービスを…?




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