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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「ハレブル」の記事一覧

 ユグドラシルの内部、格納庫に隣接した広間に人類側の代表たちが待っていた。握手も
交わせぬ距離を隔てて互いに向き合う、その距離こそがミュウと人類の間に横たわる溝だ。
 ミュウの長として毅然と立つジョミーと、国家主席になったキースと。ナスカ以来の再会
だったが、感情を見せない二人の間に音も無く散るのは冷たい火花。張り詰めた空気の中、
ミュウの代表たちへと移されたキースの視線がブルーの姿に僅かに揺らぐ。


(…気付いたか、ぼくに。キース・アニアン。…殺した筈のぼくを見付けた気分はどうだ?)
 かつてシャングリラで対峙した時のようにキースの心を読もうとしたが、以前よりも更に
強固になった心理防壁はブルーの侵入を許さなかった。ブルーを見詰めるキースの唇に薄い
笑みが浮かぶ。その意味すらも今のブルーには掴めない。
(あの男…。何を考えている? グランド・マザーに最も近しいあの男から情報を得るのが
得策だろうが…。敵の懐に飛び込んだからには、出来るだけ多くの情報を得ねば)


 まだ若いジョミーは其処まで考えが及んでいないのが分かる。トォニィも同じだ。地球に
至る道を力で勝ち取り切り開いたように、この先もまた真っ直ぐに前へ突き進むのみという
強い意志。それこそが彼らの武器であるから否定はしないが、敵陣の真っ只中という状況は
利用して然るべきだろう。
 ジョミーたちが動かないなら代わりに自分が情報を集め、万一に備えておかなければ…、と
キースの背後を固める国家騎士団の面々の顔を頭に叩き込もうとした時。


(あの時のミュウだ…!)
 強い気を放つ者たちの間にひっそりと隠れるようにして立っていたから、今の今まで
気付かなかった。
 メギドの制御室へキースを救いに駆け込んで来た一人のミュウ。ほんの一瞬だけの出会い
だったが、ハーレイと同じ碧のサイオンを纏った彼の姿はブルーの心に焼き付いている。
 彼のサイオンの色がハーレイのそれを思わせたから、ブルーは最期に恋人を呼んだ。
 ハーレイへの想いをソルジャーとして捨て、ジョミーにミュウの全てを託して散る筈だった
ブルーの命。けれど意識が消える間際にハーレイの名を呼び、叶うものならば会いたかったと
願ったことが奇跡を起こした。


 ハーレイに救われ、生き延びたブルー。なのに、奇跡の切っ掛けとなったミュウの瞳に
驚きの色は見られない。恐らく自分がそうしたように、ブルーもまた自力で脱出したと
頭から信じているのだろう。
(タイプ・グリーンの身でテレポートまでやってのけたミュウだ、そう考えるのが自然
だろうが…。その彼が此処にいるとなると…)
 ブルーは思念を届ける相手を注意深く絞り、ジョミーとハーレイにだけ囁きかけた。
『彼だ。…ぼくが話した、あのミュウが此処に』
『『彼が!?』』
 同時に返して来た二人に心の奥で頷き返す。
『今もキースの側にいたとは…。いくら探しても行方が全く分からない筈だ。国家主席の
側近ではね』
 淡い色の瞳のミュウをジョミーたちは注視しなかった。そうすることで彼の身に危険が
及びはしないか、と気遣い、敢えて知らないふりを装う。国家騎士団の制服のミュウも
ブルーたちに思念を送ってはこない。


(…地球の中枢にまで連れて来たのなら、キースはミュウの存在を認めているということに
なる。サイオンを利用しているだけだとしても、価値が無ければ側には置かない。…完全
否定ではないわけだ)
 希望の光が見えた気がした。地球を統べるSD体制の要、グランド・マザーの意向は
ともかく、人類の代表たる国家主席にはミュウへの理解があるかもしれない。単に便利な
道具としての使い道であったとしても、キースは一人のミュウを手許に置いて側近として
いるのだから。
(キースの心を探らなければ…。ミュウをどのように思っているのか、グランド・マザーの
目的は何か。…焦らずに待てば機会はある)
 その機を逃さずキースの心に入り込むまで、とブルーは密かに決意を固めた。

 

 

 

 会談は明朝、十時から。
「それまでは部屋でお休み下さい。お一人ずつ、個室を用意させて頂きました」
 そう告げた国家騎士団員にジョミーが強い口調で異を唱えた。
「その条件は受け入れられない。…こちらには一人、体調の優れない者がいる。一人きりに
させてはおけない。二人用の部屋が無いなら、そのように使える部屋の用意を」
「ジョミー! ぼくなら大丈夫だ」
 体調の悪い者とは誰を指すのか理解したブルーはそれを止めたが、聞き入れられる筈も無い。
 メギドからハーレイによって連れ戻されて以来、ブルーが眠りに落ちる時には必ず傍らに
ハーレイが居た。
 ブルーの命を繋ぎ続ける恋人としてミュウの誰もが認める存在。そのハーレイとブルーの
部屋を分かつことなど、ジョミーには考えられないのだ。
 リボーンの職員が呼び付けられて指示を与えられ、駆け出してゆく。


(…一人の方が都合が良かったんだが…。無理を言えば却って怪しまれるか…)
 仕方が無い、と微かな溜息をついたブルーをキースの瞳が見据えていた。
「ほほう…。タイプ・ブルー・オリジンはお加減が良くなかったのか。それは色々と失礼を
した。…では、明朝」
 皮肉な笑みを湛えたキースが踵を返し、騎士団員たちを従えて退室するのをトォニィが
睨み付けている。ナスカでキースに刺された上に母までも失った過去を持つだけに、思う所が
あるのだろう。ブルーに投げ掛けられた言葉であっても、自分に対するそれであるように
聞こえていたに違いない。
(キース。実に色々とやってくれたよ、君という男は。…ぼくはともかく、トォニィやナスカで
死んでいった多くの仲間たちに…。だが、必要ならば恨みは忘れよう。全ては君の心次第だ…)
 ナスカの惨劇を齎した男とはいえ、ミュウとの和解を受け入れてくれるのならば禍根は此処で
断たねばならない。その可能性があるのか否かを探るためには一人きりの部屋が好都合だったと
思うのに…。


「お待たせして申し訳ございません。お部屋の用意が整いました」
 どうぞこちらへ、と戻って来たリボーン職員が先に立ってユグドラシルの奥の通路へと向かう。
ブルーたちが案内されたのは大きく取られた窓から地球の大地を望む部屋。皆それぞれの部屋に
入ってゆき、ブルーもハーレイと共に与えられた場所に足を踏み入れた。
 背後で扉が閉まる音がし、正面に設けられた窓の向こうには荒れ果てた砂漠と朽ちた高層建築の
群れ。うっすらと赤く染まる大気はどれほどの毒素を含んでいるのか…。


「ブルー。あなたは御覧にならない方が…」
 カーテンを引こうとするハーレイを止め、ブルーは窓の外に広がる惨い現実を赤い瞳で
見下ろした。青い海と澄んだ空を持つ水の星だった母なる地球。その地球が病んだ時、再生の
ために人類の変革をも辞さぬ覚悟でSD体制を敷いたというのに、どうして地球は死に絶えた
星のままなのか…。
「…ハーレイ…。人類は間違っていたんだと思う。こんな地球ならSD体制には意味が無い。
…でも、間違いを犯したという点では、人類もぼくも同罪だ。地球は青いと……地球へ
還ろうと言い続けた結果がこれなのだから。ぼくは大嘘つきだったんだよ…」
 ソルジャーだなんてお笑い種だ、と唇を噛むブルーの身体をハーレイの腕が背後から強く
抱き締める。
「いいえ…。ブルー、あなたも騙されていただけです。…地球は素晴らしい所なのだ、と
言い続けたのは人類とマザー・システムです。あなたはそれを信じただけで、あなたに
罪などありはしません」


 こんな景色は忘れて下さい、とハーレイはブルーを胸に抱き込み、片手を伸ばして
カーテンを閉めた。
「ジョミーも言っていた筈です。未来は築けると…。私たちが地球へ来た目的は物見遊山では
ありません。どんなに荒れた星であろうと、地球であるだけで充分なのです…」
 青い星は確かに見たかったですが、というハーレイの言葉にブルーは身体を強張らせたが、
その背を大きくて温かな手が宥めるように撫で、耳元で熱い声が囁く。
「私には地球よりも大切に思っている青があるということを御存知でしょう? あなたですよ、
ブルー…。私が地球を目指していたのは地球があなたの夢だったからです。あなたに青い地球を
見て欲しかった。けれど、私自身が欲しかった青は、地球ではなくて……あなたでしたよ」


 あなたがいれば青い星など要りません、とハーレイはブルーの髪を無骨な指で優しく梳いた。
「…こんな星は忘れてお休み下さい。酷く疲れておいでの筈です。…大丈夫ですよ、誰かが
来たら私が起こして差し上げますから」
 抱き上げられてベッドに運ばれ、横たえられる。そっと毛布をかけるハーレイにブルーは
小さく頷き、銀色の睫毛を静かに閉ざした。

 

 

 

 目を閉じたブルーを見守るようにハーレイのサイオンが傍らに寄り添う。ベッドの脇に置かれた
椅子に腰を下ろしているのだろう。ブルーの眠りを守ろうとする恋人を欺くのは不本意だったが、
今が絶好のチャンスだった。ハーレイのサイオンの横をすり抜け、意識を深く、ユグドラシルの
内部へと広げてゆく。


 国家騎士団員やリボーン職員の居室はすぐに分かった。警備の兵士たちの配置を探って
見付け出した国家主席の居室にはあのミュウがおり、キースの前にコーヒーが入ったカップを
差し出している。
(側近の中でも最も近しいというわけか…。害意を持つ者に飲食の世話はさせられない。それを
ミュウに任せていながら、その一方でミュウを抹殺し続けるとは…。この男の心が分からない…)
 コーヒーに口を付けるタイミングを見計らって心理防壁をくぐり抜けようとしたが、あっさりと
弾き返された。遠く離れた場所から送った思念でさえも通さないとは、フィシスと同じ生まれだけ
あってマザーに完璧に創り上げられ、鍛え抜かれているのだろう。


 そのマザー・システムを束ねる巨大コンピューターがグランド・マザー。地球に在るという
それを探してユグドラシルの中を隈なく廻ったが、ある地点から更に下層へと降りようとした
思念を分厚い壁に阻まれた。
 物理的にも厚い壁なのか、そうではないのか。それすらもブルーには掴めない。
(グランド・マザーはこの下か…。これ以上先へ進めないなら、やはりキースを狙うしかない)
 離れていても隙を見せない恐ろしい男。彼の真意を読み取りたければ直に向き合うより他に
無かった。近付くのなら警備が手薄になる深夜。ハーレイに気取られないように部屋を抜け出し、
あの男の部屋に入り込む…。


 事を抜かりなく進めるために予め手順を決めておこう、と意識を一旦身体に戻し、再度キースの
部屋へと向かった。どの区間ならテレポートで抜けてゆけるのか。自らの足で進むしかないのは
どれだけの距離か…。
 そうやって意識を滑り込ませた部屋の中ではキースが何かを話していた。しかし。
(…誰もいない…?)
 真剣な表情で話し続ける国家主席の視線の先には誰一人おらず、あのミュウの姿も
見当たらない。端末を通して指示を下しているのだろうか? だとすれば…何を?
 ミュウの命運に関わる事なら絶対に聞いておかねばならぬ、と思念と意識を研ぎ澄まそうと
集中しかけた所でブルーは不意に肩を揺さぶられ、自分の身体に引き戻された。


「ブルー? …ブルー、私が分かりますか…?」
 ハーレイがブルーの肩に手を添え、心配そうに覗き込んでいる。
「…すみません、何度か声を掛けたのですが…。深く眠っておられるのかとも思いましたが、
あなたの心が此処には無いように感じられて……もしや地球を見に行かれたのでは、と…。
それならばお止めしなくては、と…」
 いつの間に声を掛けられたのか、探索に夢中で全く気付いていなかった。意識だけ抜け出して
何をしていたのかがハーレイに知れれば、密かに部屋を抜け出すどころではない。
 ハーレイのサイオン・タイプはグリーン。防御を得意とする彼の力は、ブルーの意識も身体も
部屋ごと固く封じて閉じ込め、出られないようにしてしまうことも可能だ。そしてハーレイは
ブルーの身を深く案じるがゆえに、間違いなくその道を選ぶだろう。
 今、悟られるわけにはいかない。ハーレイに捕まるわけにはいかない…。


「…すまない、ハーレイ。心配をかけてしまったね…。ほんの少しと思っていたけど、
深く眠ってしまったようだ。…やはり疲れていたんだろう。大丈夫、地球を見ていた
わけじゃない」
 本当に眠っていただけだから、と微笑んでみせるとハーレイの瞳が気遣わしげに
細められた。
「では、もう少しお休みになられますか? 眠っておられたのを無理に起こしてしまい
ましたし…。皆は夕食に向かいましたが、あなたの分は部屋に運んで貰いましょうか?
私も御一緒いたしますから」
 知らない間にかなりの時間が経過していたようだった。夕食は皆が揃う席。ブルーが
地球へと降りた目的の一つを其処で果たしてこなければならぬ。
 この星へ皆を導いたことを詫び、自らが犯した過ちを曝け出さねばならぬ…。


「いいよ、具合が悪いわけではないし…。それに皆に謝らなくてはいけない。…そうだろう、
ハーレイ? ぼくはまだ謝っていないんだ。地球へ還ろうと言ったことをね。…行こう」
 身体を起こしてベッドから降りたブルーをハーレイの腕が強く抱き締め、顔を上げさせて
唇を重ねた。軽く触れ合うだけの口付け。そこからハーレイの深い思いが流れ込む。
『ブルー…。そんなに思い詰めないで下さい。…本当にあなたのせいではないのですから。
地球は青いと騙されていたのは、人類にしても同じでしょうに…。皆も分かっている筈です。
あなたには何の責任も無い、と…』
 それでもあなたは詫びるのでしょうね、とハーレイはブルーの頬を大きな手で包む。
「…あなたがそういう方だと分かっているから、心配せずにはおれないのです。御自分の
ことは常に後回しで、皆のことばかり考えて…。私がどんなに守ろうとしても、すり抜けて
行ってしまわれる…」


 もっと御自分を大切に、と説くハーレイに、ブルーは遮蔽をかけた心の奥底で詫びた。
こんなにも自分を大切に思い、全ての危険から遠ざけたいと願い続けるハーレイを裏切り、
またソルジャーとして動こうとしている。
 ごめん、と決して届かない声で謝り、ハーレイと並んで部屋を出た。自分が何をしようと
しているのかはジョミーたちにも決して知られるわけにはいかない。動くのはハーレイが、
ミュウの皆たちが寝静まってから。
 その前にブルーが為すべきことは、死の星だった地球へと皆を導いた前ソルジャーとして
詫びること。青い水の星が何処にも無かった事実は覆しようがないのだから…。

 

 

 

 遅れて着いた夕食の席で皆は和やかに談笑していた。その部屋に窓は無く、荒廃した地球の
風景は見えない。ブルーはホッとすると同時に、まだ現実から逃れようとする己の弱さを
叱咤する。外はもう暮れているのだろうが、たとえ夜の帳に包まれようとも地球が死の星な
事実は変わらないのだ。
 遅くなったことを謝りながら、ハーレイと並んでテーブルに着くと。


「あたしたちも偉くなったもんだねえ」
 ブラウが軽いウインクを寄越し、楽しげな声を投げ掛けてきた。
「ご覧よ、人類のお歴々がミュウに御馳走してくれるんだよ? アルタミラじゃあ食事も
満足に食べた覚えが無いっていうのに、コース料理ときたもんだ。おまけに遅れて来た
連中には温め直しのサービスってね」
 皆がメインディッシュに移っている中、ブルーとハーレイの前には前菜と温かいスープが
運ばれてくる。SD体制から弾き出されたミュウにとっては信じられない光景だった。人類が
ミュウを客人として遇するなど…。
 若いジョミーやトォニィはともかく、迫害を受けた過去を持つ長老たちには感慨深いものが
あるだろう。


「本当に地球まで来たんじゃのう…。途方もなく長い道のりじゃったが」
 とにかく辿り着いたんじゃ、と語るゼルの言葉の裏に潜んだ喪失感。それは誰の心の底にも
等しく蹲り、蟠る思い。この地球が夢に見続けた青い水の星でさえあれば……と。
「……すまない……」
 ブルーは立ち上がり、沈痛な面持ちで頭を下げた。皆の視線が集まるのを痛いほどに
感じつつ、乾きそうになる喉の奥から懸命に声を絞り出す。


「…ぼくを信じてついて来てくれた皆と、ジョミーに従ってくれた皆とに心から詫びる。
…見ての通り、この地球は死の星だった。それを母なる青い星だと……還るべき場所だと
言ったのはぼくだ。本当の地球の姿に、皆、傷ついたことだろう。……こんな星へと導いた
ことを、ぼくは謝らなくてはいけない」
「いいえ、ブルー! あなたのせいでは…!」
 ジョミーが即座に否定し、長老たちも皆、ブルーが詫びる必要は無いと口々に言い募った。
地球をこのような姿にしたのは人類であり、偽りのイメージを流布したのもまた人類と
マザー・システムなのだと。しかし…。


「…過去は変えられなくても未来は築ける。ジョミーが言った通りだと思うし、それは
正しい。…だが、地球を夢見て死んでいった仲間たちには過去が全てだ。詫びられる
ものなら彼らに詫びたい。…ぼくが地球にこだわらなければ、ナスカは今でも在ったかも
しれないと思わないか?」
「まさか! キースに発見された時からナスカはもう…」
 捨てるしかない星でした、とジョミーが返す。
「第一、地球に来なければSD体制は壊せない。ブルー、あなたにもそれは分かって
いるのでしょうに」
「そうだけれども…。しかし、ナスカを拠点に勢力を広げる道も在ったんだ。より慎重に
隠れ棲んで…ね。そう出来なかったのは長老たちが地球へ行かねばと唱え続けていたから
だろう? そう仕向けたのは他ならぬぼくだ。…十五年間眠ったままでも、ぼくの思いが
長老たちを…ミュウの未来を呪縛した」


 その結末がこの星だ、とブルーは皆の瞳を正面から見詰めた。
「踏みしめる大地だったナスカを失い、多くの仲間を喪った末に辿り着いた地球はとても
住めるような星じゃなかった。来なければならなかった星といえども、失ったものが
多すぎる。…地球へ還ろうと言い続けたぼくを憎んでくれ。…道の半ばで命を落とした
仲間たちの嘆きと涙の分まで…」
 恨み、憎んで、決して許さないでくれ…。心の底からそう思った。自分が犯した罪は
それほどに重く、死んでいった者たちは怨嗟の声すら届けることが出来ないのだから。
 けれど心優しく繊細なミュウたちに憎しみの感情はそぐわない。エラが涙ぐみ、ゼルたちから
伝わってくるのは自責の念と深い戸惑い。自分たちもまた地球に対して夢を見過ぎたのでは、と
後悔に揺れ動く心が見える。そんなつもりではなかったのに…、とブルーが口を開こうとした時。


「なんでブルーが悪いんだよ!」
 声を上げたのはトォニィだった。
「地球が青くなかったからって、なんでブルーが謝るんだよ! こんな星にしたのは人類
じゃないか! ぼくたちの敵が死の星にしたのに、ブルーに責任があるわけがない!」
 オレンジ色の瞳を持つ新しい世代のミュウは、若者ゆえの純粋さでもってブルーに食って
かかってきた。
「ぼくたちはミュウのために戦ってきたんだ、その先に地球があっただけだ! 地球が
どんな星なのかなんて、ぼくは気にしていなかった。地球に着いたら戦いが終わる、
それだけの場所だろ、地球って星は!」
 だから謝るな、と叫ぶトォニィには地球を恋い慕う感情は無い。SD体制の下、
人工子宮から生まれたブルーたちと違って、地球への憧れを機械によって植え付けられた
わけではないから。だからこそ鋭く地球の現状を見抜き、ミュウが進むべき道をもしっかりと
見据えているのだろうか…。


「そうじゃ、トォニィの言う通りじゃ。…まずは戦いを終わらせんとのう」
 ゼルが頷き、ハーレイがブルーの肩を抱くようにして椅子に座らせる。ジョミーも、そして
長老たちもブルーを責める代わりに食事に戻り、明日の会談について話し始めた。
 失望しか与えてくれなかった地球だからこそ、変えてゆかねばならないのだと。


 熱を帯びてゆく会話に加わりながら、ブルーは赦された己の罪の深さを改めて思い、SD体制の
打破を心に誓った。自分を赦した皆のためにも、ミュウの未来を拓かねばならぬ。ハーレイが
くれた命を散らすことになってしまったとしても、青くなかった地球の代わりに、希望に満ちた
約束の地を…。

 

 

 

「…ブルー。その格好でお休みになるのですか?」
 食事を終えて戻った部屋でハーレイが驚いた顔をする。彼はバスルームから出て来たばかりで
備え付けのバスローブを纏っていたが、先にシャワーを済ませたブルーはソルジャーの衣装を
着けて自分のベッドに腰掛けていたのだ。
「可笑しいかい? 此処は敵陣の中だしね…。ソルジャーとしては当然の備えじゃないかと
思ったけれど」
「あなたはソルジャーの称号をお持ちなだけでしょう? 今のソルジャーはジョミーです。
…そのジョミーも今はマントも上着も脱いで寛いでいるようですが」
 ソルジャーだけに余裕ですね、と微笑みながらハーレイがブルーのマントに手を掛けた。
「とにかくこれは脱いで下さい。上着も……それにブーツも手袋もです。落ち着かないと
仰るのならアンダーだけは大目に見ますよ」


 本当は夜着をお召しになって欲しいのですが、と溜息をつかれて仕方なくアンダーウェアだけの
姿になる間にハーレイは持参したパジャマに着替えていた。ベッドは二つ置かれているのに、
躊躇いもなくブルーのベッドに近付く。
「大きいベッドで良かったですね。これならあなたを離さずに済みます」
 口付けて腕を回してくるハーレイの身体を押し戻そうとすると、強い力で抱き締められた。
「御心配なく。今夜は何もしませんよ。…もう長いこと、独りでお休みになられたことは
ないでしょう? ましてやこんな地球での夜にお一人では…。側にいますから、どうぞ
安心してお休み下さい」
 それが困るんだ、とは言えるわけもなく、ブルーはハーレイの胸に閉じ込められたままで
ベッドに横たわることになった。ハーレイの匂いと温もりに包まれ、ゆっくりと背を撫でられる。


「ブルー…。青い地球は今も私の中にあります。私の地球は青いままです。…ブルー、あなたが
焦がれた地球だからですよ。あなたを連れてゆこうと誓った地球は青く輝く星でなくては…」
 御覧下さい、と遮蔽を解いたハーレイの心の中に青い水の星が浮かんでいた。遠い昔に
フィシスの記憶の地球を取り込み、約束の場所として心に刻み付けたのだろう。フィシスの
映像のように近付いてゆくことは出来はしないが、ハーレイが抱く地球もまた……悲しいほどに
美しかった。


(…ああ……。君はこんなにも……)
 ぼくを連れてゆきたいと願っていたのか、とブルーの頬に一筋の涙が零れる。シャングリラの
キャプテンになった時からの夢だった、とハーレイは地球を前にして語っていた。その地球が
無残な星になり果てた後も、ハーレイは自分を気遣ってくれる。今もブルーの夢を守り続けようと
懸命に心を砕いてくれる…。
『おやすみなさい、ブルー…。あなただけの青い地球を見ながら……。あなたの地球は此処に
あります。あなたが夢見た青い水の星は、いつまでも私の心の中に……』
 夢を見ていていいのですよ、とハーレイの思念が囁きながらブルーを眠りへと導いてゆく。
その誘いに乗るふりをして暖かな胸に抱かれ、ハーレイに意識を添わせて青い地球の夢に
揺惚いつつも、ブルーはソルジャーとしての自分を呼び覚ましていた。


(もう少し……。もう少し深く…。もっと深く……)
 ハーレイの思念と意識を気取られないよう慎重に絡め取り、逆に眠りの淵へ導く。ブルーを
抱き締めて青い地球を望む宇宙に浮かんでいる夢。それがハーレイの心からの願いだというのが
辛く悲しい。…あんな現実を見せられてもなお、ハーレイはブルーのためにと青い地球を夢見て
くれるのか…。
(…ごめん。そこまで想ってくれるのに……。ごめん、君を騙して抜け出そうだなんて…。
でも、行かなくてはいけないんだよ。ジョミーもトォニィも寝てしまったから、ぼくにしか
出来ないことなんだ…)


 そうっとハーレイの腕を外して身体を起こし、寝息が途切れないことを確認すると、額に
手を置いて暗示を与えた。自分はハーレイの腕の中で変わらず深く眠っている、と。
 ベッドから滑り降り、ハーレイがクローゼットに片付けていた上着や手袋、マントなどを
着ければ、暗い室内にソルジャーとしての自分の姿が浮かび上がる。目指すのは探っておいた
国家主席、キース・アニアンの部屋。青いサイオンの光を纏うと、ブルーは迷わずテレポートで
通り抜けられる区画を一気に飛び越えていった。











 

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 青い水の星、地球へ還る。
 それはミュウたちの悲願であり、ブルーの見果てぬ夢だった。
 いつかその目で地球を見たいと望み続けて、もう叶わぬと諦めたのは遠く離れたアルテメシアの
雲海の中。
 後継者としてジョミーを見出し、ミュウの未来と地球への思いを託して消えようとしていた
ブルーの命はジョミーの強い願いによって繋ぎ止められ、赤い星、ナスカまで生き延びた。


 ミュウたちに暫しの安らぎと踏みしめる大地を齎した星が人類軍の放った地獄の劫火に
焼き払われた時、自らの身と引き換えにメギドを沈め、永遠の眠りにつこうとしたブルーを
今度はハーレイが救い出す。


 ソルジャー・シンのサイオンを無意識に操ってまでブルーを救ったハーレイの祈りがブルーを
生かし、消えかけていた命に新たな息吹を吹き込み、少しずつ力を蘇らせる……。
 ブルーの命を繋ぐ祈りは、ハーレイの想い。愛しい者の手を二度と離さず、青い地球まで共に
行くのだとハーレイはブルーに幾度となく誓い、身体ごと抱き締めて耳元で熱く囁きかけた。
 行きましょう、地球へ……と。

 

 

 

 首都星ノアを無抵抗の内に制圧し、地球を擁するソル太陽系へ。
 あのアルタミラが在ったガニメデを衛星としていたジュピター上空での戦いを経て……ついに
地球への道は開けた。ミュウたちの母船、シャングリラに響くソルジャー・シンの力強い
メッセージがブルーの心に染み透ってゆく。


「シャングリラの諸君。そしてミュウのみんな。人類側は遂に交渉に応じた」
 今日までの道のりはブルーがソルジャーとしてミュウたちを導き、気が遠くなるような歳月を
かけて渡った星の海よりも長く果てしなく、険しく厳しいものだった。けれど主だった者たちを
誰一人として失うことなくシャングリラは此処まで辿り着き、人類たちが聖地と崇める地球に
向かって飛ぼうとしている。
「交渉に赴くため、シャングリラは最後のワープを行う。我々は遂に地球を、この目で
確かめられる距離にまで到達する」


 ブリッジの中央に立ち、朗々と語るソルジャー・シンの背をブルーはハーレイと共に見ていた。
他艦のキャプテンとなったゼルとブラウ、エラの三人もスクリーンを通してメッセージに
聞き入り、ソルジャー・シンの背後に控えるブルーに温かな眼差しを向ける。
 メギドから生還した後、ブルーが戦場に立つことは二度と無かった。ハーレイの祈りによって
生かされているだけの命でソルジャーを名乗ることなど出来ない。未来を拓くのに相応しいのは
生命力に満ち、自らの力で光り輝く太陽を思わせる年若き戦士、ジョミーだけだ。


 ソルジャーはジョミーただ一人だから、と一線を退いたブルーの読みに誤りは無く、ジョミーの
意志と決断力は戦いを優位に進め続けた。ジョミーを慕う七人のナスカの子供たち。タイプ・
ブルーの彼らは、一人々々の力がブルーのそれに匹敵しており、窮地に陥っても切り抜けるだけの
判断力をも兼ね備えていた。


 今のシャングリラとミュウたちにとって、ブルーは必要欠くべからざる存在ではない。ブルーの
思いは次の世代に確かに受け継がれ、彼らは自分たちの力と意志とで地球の喉元に歩み寄る。
 それがブルーには嬉しかった。未来は若く新しい世代のものであり、ハーレイの祈りに
縋らなければ生きてゆけない自分はとうに過去のものだ。地球はミュウたちの約束の場所。青い
水の星に降り立つ命は次の世代へと繋がってゆく、未来ある者たちでなければならない。


 其処へとミュウたちを導く長は、未だ遠い距離を隔てて在る星、地球を緑の瞳で見据えた。
「地球に、言葉通り交渉のテーブルが待っているのか、それとも最後の抵抗があるのか。何が
あるか、ぼくにも分からない。…それでも飛ぼう。地球へ!」
 ブルーの視界に、ソルジャー・シンの真紅のマントが鮮やかに翻り。
「全艦、ワープ!」
 シャングリラの船体と長老たちの船とが緑色の亜空間へと吸い込まれてゆく。ワープアウトが
完了した時、其処には月が在る筈だ。太古の昔から地球の周囲を巡り続けてきた孤独な衛星。
荒涼とした死の星の彼方にやがて現れるであろう母なる地球へと、ブルーは夢と思いを馳せる。


 雲海の星アルテメシアで、赤いナスカで、その目で見ることは叶いはしないと諦めざるを
得なかった星。
 そこへ向かう船に自分が生きて乗っていることは奇跡以外の何物でもない。死ぬ筈だった
自分を救い出し、今なお命を繋ぎ止めているハーレイの手をそっと握れば、温かく逞しい
褐色の手が力強く握り返してきた。ハーレイの熱く優しい想いがブルーを包み込み、思念が
心に呼び掛けてくる。
『行きましょう、ブルー。…地球へ』
 あなたが焦がれ続けた、あの青い星へ。


 ブルーへの愛おしさを隠そうともしないハーレイの想いに応えるように、ほんの少しだけ
身体を寄せた。腕が僅かに触れ合うほどでしかなかったけれど、それでも充分に想いは伝わる。
此処がブリッジでなく展望室であったなら…、と惜しむ気持ちが心を微かに掠めてゆくのを、
ブルーは軽く瞬きをして振り払った。
 ブリッジの者たちもシャングリラの皆も、長老たちの船に乗っている者も、ブルーとハーレイを
結ぶ絆が何であるかを知ってはいるが、地球を目指そうという重大な局面に恋人同士の時は
持てない。前ソルジャーでもキャプテンでもなく、二人とも普通のミュウだったなら、青い水の
星を前に口付けを交わし、抱き合って喜び合えただろうに…。

 

 

 

 ワープアウトする瞬間を今か、今かとブルーはハーレイの手の温もりを感じながら待ち続ける。
 自分の命は地球に着くまで保たないのだ、と悟っていた頃、地球を見たくて手を絡めたのは
ハーレイではなくフィシスだった。彼女がその身の奥深く宿す青い真珠へと星々の海を渡る
記憶に、どれほど心を奪われたことか。銀河系からソル太陽系へ……幾つもの惑星の脇を
通り過ぎ、月の彼方に浮かぶ地球へと。


 幾度も諦め、瞳に映すことが叶わぬ悲しみを胸に押し込めて涙を零した水の星。絡めた手と
手の間に揺蕩う儚い幻でしかなかった地球が、もうすぐ本物の海と大地を携え、質量を伴った
星になる。
 フィシスのか弱い手とは異なるハーレイの大きく温かな手が、一層それを実感させた。亜空間を
越えた先に見えて来る地球は数多の生き物の生命を懐に抱いて何処までも青く、美しく、それで
いて確かな存在感を持って輝いていることだろう。
『…ありがとう、ハーレイ…。君のお蔭で此処まで来られた。君が連れて来てくれたんだ…』
 君と一緒に地球へ行ける、と語りかける思念にブルーはハーレイへの抑え切れない想いを
乗せた。地球を見られることも嬉しいけれど、生きて君の側にいられることこそが何にも増して
嬉しいのだ……と。


 戦いの場から離れたブルーはソルジャーの称号で呼ばれはしても、その実、既にソルジャー
ではない。戦士として戦場に赴く代わりに、戦いで心身に傷を負った者たちの心を自らの心に
呼び寄せて癒し、英気とサイオンを取り戻させるのがブルーの唯一の役目であった。
 そのくらいのことはまだ出来るから、と言ったブルーにハーレイは苦い顔をしたものだったが、
戦いが続く中で何一つせず、ただ守られて生きることなど耐えられはしない。そうやって
引き受けた役目とはいえ、傷ついたミュウたちの嘆きや痛みを全て引き受け、昇華させるのは
ブルーの心の負担となって音も無く深く降り積もってゆく。


 遠い昔からミュウという種族の苦しみを背負い、ソルジャーとして歩み続けてきたブルーは、
傷も痛みも独りで抱え込み、誰にも見せようとしなかった。人知れず流されるブルーの赤い血と
涙とに気付き、その孤独をも鋭く見抜いて側に寄り添い、癒そうとしたのが若き日のハーレイ。
いつしかブルーもハーレイにだけは弱さを隠さなくなり、身も心をも彼に委ねて束の間の
安らぎを得るようになり……。


 そのハーレイが今のブルーを独り放っておく筈が無い。キャプテンの激務を果たしながらも
青の間でブルーを優しく抱き締めて眠り、時には心まで一つに融け合うほどに激しく求め合い、
ブルーの心を苛む痛みを温もりと熱とで跡形も無く溶かし、温かな想いを満たして傷痕を癒す。
 何も言わずともハーレイが側にいてくれることが、どれほど嬉しく心強かったか。ハーレイに
救われ、生きて欲しいと望まれるままに生きてきた日々がどれほど幸せなものだったか…。


 かつてブルーはソルジャーとして生き、ミュウたちの盾となって散ろうとした。その選択が
誤っていたとは思いもしないが、ハーレイの願いと祈りによって生かされる内に、望まれて
生きる喜びを知った。
 ブルーの命も、心も身体も、ハーレイがこの世に繋ぎ止め、絶え間なく力を注いでいる。
愛し、愛されて共に生き続け、地球までの道を手を取り合って歩んで来た。


『ハーレイ…。ありがとう、此処まで連れて来てくれて…』
 縋り付く代わりに心を添わせてハーレイへの想いを滑り込ませれば、繋いだ手を通して
ハーレイの心が流れ込む。
『もうすぐです。…もうすぐ、青い地球が見えます。あなたに地球をお見せするのが
夢でした。ずっと……ずっと遠い昔から…。シャングリラのキャプテンになった時から、
この船であなたを地球まで連れてゆこうと…』
 その夢が叶う時が来ました、とブルーの手を握ってスクリーンを見上げるハーレイの
思念は喜びの涙に濡れていた。ブルーが求めてやまなかった星へ、シャングリラはついに
辿り着くのだ…と。


 地球への思慕はブルーだけでなく、誰もが心に抱いている。けれどブルーが誰よりも地球に
焦がれて、其処へ還りたいと願った理由は皆とは違っていた……かもしれない。
 銀河の海に浮かぶ一粒の真珠、青く輝く奇跡の星。
 母なる地球を恋い慕う思いは誰の心にも焼けつくような渇望として刻まれ、それゆえに人は
地球を求める。人類もミュウも命ある限り、ただひたすらに地球に憧れ、かの星に行きたいと
願い続ける。青い水の星は地球の他に無く、まさしく夢の星だったから。


 しかしブルーが夢見た地球は美しいだけの星ではなかった。遙かな昔から生命を育み、人という
種を生み出した地球。かの星ならば人から生まれた異端のミュウをも、自らが産んだ命の子として
懐に包み、その大地へと降り立つことを許し、慈母の愛で受け入れてくれるのではないか。
 踏みしめる大地を持たないミュウが還れる唯一の故郷、それが地球だとブルーは信じた。
だからこそ焦がれ、その目で見たいと願い続けて、次の世代にも思いを託した。いつの日か必ず
青い地球へ……と。

 

 

 

「ワープアウト完了!」
 亜空間を抜けた先には予想した通りに月が在った。フィシスの記憶で幾度となく見た、
クレーターに覆われた生命の無い星。ほの白い弧を描く地平の向こうに、神秘の青を湛えた
地球がもうすぐ覗く…。
(還って来たんだ、地球へ…。ぼくたちの……ミュウの、約束の場所へ…)
 熱いものが瞳から溢れそうになるのを、ブルーは空いた方の手を握って堪えた。戦いはまだ
終わってはいない。本当の意味で地球に還れるのは、地球で我が物顔に振舞う人類たちが
ミュウの存在を認めた時だ。
 それでも自分は此処まで来た。もう還れないと諦めていた地球まで、生き永らえて還って
来た…。


『…ハーレイ…。…今日まで生きていられて良かった…』
 ずっとこの日を夢に見ていた、と告げようとしたブルーの瞳が地球の影を捉え、月の彼方に
ゆっくりと母なる星が姿を現す。青く澄み切った命の星。この目で見たいと焦がれ続けた
奇跡の青が光を失い、暗く不吉な翳りを帯びて其処に在るのを、ブルーは零れ落ちそうに
見開いた瞳で見詰めた。
「……これは……」
 ジョミーの声が酷く遠くに聞こえ、ブルーの手を握ったハーレイの手に力が籠る。
「なんだ、あれは!」
 ハーレイの叫びと握り締められた手の痛みとが、飛びかけていた意識をスクリーンに映る
現実へと引き戻した。巨大なスクリーンの中央に映し出された、あの星が………地球。


(……嘘だ……)
 初めは夜の半球を見たのだと思った。太陽の強い光を浴びねば、如何に水に覆われた星と
言えども地球は輝くことは出来ない。しかし太陽の光の届かない場所は暗い宇宙の闇に融け込み、
地球は細い残月となって浮かんでいる。
 それは月よりも惨たらしく穢れ、生命の欠片を宿すことすら適わないと知れる無残に朽ちて
腐った星。澄んだ大気と青く輝く海の代わりに、命あるものの呼吸を阻む毒素と乾き切った
砂漠に覆われた星……。
「……あれが…地球だというのか……」
 呻くように掠れた声音はジョミーだった。ブルーの思いを継ぎ、ついに地球まで辿り着いた
戦士。


 見る影もなく錆び、赤茶けた星が地球である事実を未だ誰もが飲み込めていない。けれど、
フィシスの地球を飽きることなく眺め続けて来たブルーには分かる。あれが本当の地球なのだと。
(…ぼくは……道を誤ったのか)
 こんな星へ皆を導いたのか、と唇を噛み締め、赤黒く濁った残月を見上げるブルーは自らの
過ちを激しく悔いた。ミュウを受け入れてくれると信じた青い水の星は何処にも在りは
しなかったのだ。


 分析担当のクルーが次々に報告するデータは残酷なもの。そして、赤い残月が浮かぶ座標は
間違いなく地球のそれだった。ジョミーが堪え切れずに叫び声を上げ、長老たちは涙し、
スクリーンの向こうでゼルが呟く。
「…わしらは、こんなもののために…犠牲を払ってきたのか…」
 ゼルもジョミーも長老たちも、ブルーを責めはしないだろう。否、ブルーに罪があろう
などとは、微塵も思っていはしない。しかしゼルの口から零れたその言葉こそが真実だった。
こんなもののために、犠牲を払って此処まで来た。そうさせたのは……ブルー。
(……ぼくが地球へと向かわせた…。皆も、ジョミーも、ぼくが地球へと向かわせたんだ…)


 焦がれ続けた地球が死の星だった衝撃よりも、己の罪深さが恐ろしかった。自分が地球を
求めなければ、他の道がきっと在ったのだろう。ジョミーがナスカを見出したように、
ミュウを包み込み受け入れてくれる星は地球でなくとも良かったのだ。
 自分が地球に焦がれたばかりにミュウが進むべき道を誤り、多くの犠牲を払った果てに
死に絶えた星へと導いてしまった。取り返しのつかない愚かしい選択をしたのは他ならぬ自分。
此処へ至る道を託そうとジョミーを選び、その人生をも踏み躙った。


 こんな結末を目にするために生き延びたのか、と悲しみと絶望がブルーの心を覆ってゆく。
生きてその罪を見届けよとばかりに、神は自分を生かしたのか……と。

 

 

 

 ブルーの人生はアルタミラを脱出して間もない頃から絶望と悲しみの只中にあり、いつかそれを
越えて還り着きたいと願った星が地球だった。まさか、その地球が更なる絶望と深い悲しみとを
ブルーの心に齎そうとは…。還るべき場所として地球を示した道が誤りだったとは…。


 絶望が心を覆い尽くした時、人は涙を流すことすら出来なくなる。ブルーは赤黒い残月から
目を離せないまま、自らが犯した罪をも見詰め続けるより他は無かった。ジョミーのように
絶叫することも、長老たちのように涙することも、彼らを地球へ向かわせたブルーにだけは
決して許されはしないのだから。


「ブルー!!」
 強い力で肩を揺さぶられ、ハーレイの鳶色の瞳がブルーの瞳を覗き込んだ。
「大丈夫ですか、ブルー!?」
 ブルーの視界から赤い地球が消え、恋人の眼差しと温かな腕が絶望の淵に囚われていた心を
引き戻す。
「…ブルー、申し訳ありません…。あれが……あのような星が地球だったとは…。あなたが
焦がれておられた星が、無残に変わり果てていようとは…」
 もっと調べておくべきでした、とハーレイはブルーを抱き締めて詫びるが、罪があるのは
自分の方だ。青く輝く地球に行くのだ、と繰り返し説いてミュウの皆に壮大な夢を抱かせ、
還るべき場所だと信じ込ませた。そんな星は存在しなかったのに…。


「…ハーレイ、君のせいじゃない。悪いのは…」
 ぼくだ、と胸の奥から絞り出そうとした時、ブルーのそれよりも圧倒的なサイオンが
シャングリラに満ちてゆくのを感じた。スクリーンの地球を食い入るように仰いでいた
ジョミーがブリッジのクルーやブルーたちの方を振り向き、確かな決意を秘めた声と
面持ちで静かに告げる。
「だが、行こう。地球へ」
 ブルーが選んだ後継者。
 強引に託されたミュウの未来に青い地球は無く、病み果てた残月があるばかりなのに、
その瞳には些かの迷いも無かった。
「過去は変えられなくても未来は築ける筈だ。ぼくらと人類の間に横たわるSD体制を打破
するために」
(…ジョミー…。行ってくれるのか……。あんな地球でも、君は行こうと言ってくれるのか)
 約束の場所が無かった以上、何と責められても仕方がないと覚悟していた。ジョミーが
自分を責めることはないと分かってはいても、ミュウたちを地球へと歩ませてしまった罪を
裁いて欲しかった。


 けれどジョミーの緑の瞳は地球の先にあるものを見据えている。目指すべきものは全ての
ミュウたちの還り着く故郷。人類に追われ狩られる種ではなくなり、安住の地へと降り立たねば
ならぬ。それを阻み続けるSD体制の要は地球。


 だからこそ地球を目指して来たのに、いつの間にか夢だけが膨らんでいた。ミュウを受け入れて
くれる母なる星に違いないと心から信じ、その懐に還ってゆく日を思い描いて焦がれてきた。
地球に行くには人類との間に出来てしまった溝を埋めるか、戦いに勝つか、二つに一つの道しか
無いと分かっていながら、ただ憧れて夢見ていたとは、自分はどれほど愚かなのか…。


 SD体制を打破するために向かうべき場所が地球であるなら、青く輝く星でなくとも行かねば
ならない。
 辿り着いた地球の姿に失望しながらも僅かな時間で真実を見抜き、新たな道へと踏み出そうと
するジョミーの強さが誇らしかった。地球の幻影に囚われていた自分などより、彼こそが余程、
ソルジャーの名に相応しい。
(ジョミー…。君こそが真のソルジャーだ。…この状況でも先に進める君だからこそ、その名の
通りに戦士なんだ)
 ハーレイの腕の中、微かな微笑みを浮かべたブルーに、ジョミーはスクリーンに映った赤黒い
大気と砂漠の星を指し示した。
「行きましょう、地球へ」と。

 

 

 

 未だ再生していない事実を伏せられ、聖地と呼ばれて崇められる地球。
 ミュウを聖地に踏み込ませまいとばかりに人類側の大艦隊が待ち受けていたが、どの艦からも
攻撃は無かった。今までの戦いで人類側は数多の艦隊を失っている。ここに集うのが恐らく
最後の艦隊。この艦隊が宇宙に沈めば、もはや人類には戦う術など無いのだろう。


「…まだこれだけは残っている、と誇示してきたか。…地球を前にして負けはしないが」
 シャングリラのブリッジでジョミーが呟けば、人類側の旗艦と思しき大型艦から発進した一基の
シャトルが地球へと降下していった。死の星に降りて何をするのか、と訝る内に国家主席キース・
アニアンからのメッセージが入る。話し合いのために地球へ降りて来いと。
 宇宙から見える地球には生命の欠片もありはしないが、会談の場所として指定されたのは地球
再生機構リボーン総本部、ユグドラシル。再生機構と銘打つからには、人類は地球の再生を諦めて
放棄したわけではないらしい。


「危険じゃ、ソルジャー。やつらは何を考えておるか…」
 ゼルが自らの船からスクリーン越しに反対を唱え、騙し討ちや罠を恐れる声は他にもあった。
だが、話し合いを拒否するのならば眼前の艦隊と戦うしかない。人類側の最後の守りを殲滅
したとして、ミュウへの消えない憎しみの他に何が残るというのだろう。
「人類が本当に話し合うつもりか、聞く耳など持ちはしないのか。…彼らの真意を知ろうと
するなら、地球に行くしか方法はない。…それに戦力なら我々が上だ」
 ジョミーは地球へと降りる決断を下し、船の指揮権をシドに委ねた。万一の時には残って
いる仲間の安全だけを考えろ、と。ミュウの未来を賭けて会談に向かうジョミーに同行するのは
長老たちとトォニィ、フィシス、それに……ブルー。


「…ブルー。本当に地球へ降りるのですか?」
 格納庫へと向かう途中で気遣わしげに問い掛けて来たハーレイに、ブルーは硬い表情で頷いて
みせる。
「…地球を目指せと言ったのはぼくだ。青い星ではなかったからと目を逸らして済むような
話ではない。…どんな星なのか、何があるのか。…地球を示したソルジャーとして、見届け
なくてはいけないだろう」
「……ですが…。あなたが一番ショックを受けておられるのでは…」
「だからだよ、ハーレイ。あんな星へと皆を導いてしまった責任がある。生き永らえて地球に
着いたからには、地球は青いと嘘をついた事を皆に詫びねばならないんだ。…船に残れば
機会を逃す」
 行こう、とマントを翻したブルーをハーレイが引き寄せ、一瞬だけ強く抱き締めた。
『…あなたのせいではありません。どうか…御自分を責めないで下さい』
 決して無理はなさらぬように、と思念で伝えてハーレイの身体が離れてゆく。その優しさが
嬉しかったが、自分が犯した罪を思えば温もりに甘えてはいられない。生きて地球まで
辿り着いた仲間たちには詫びようもある。しかし、地球を夢見て死んでいった者には詫びる
術が無く、その上、死ぬ筈だった運命を覆してまで生きているのが罪深い自分だ。


(…ハーレイ…。誰が許すと言ってくれても、死んでいった仲間たちには謝りようが
無いんだよ…。青い地球へ行けると信じたからこそ、皆、歯を食いしばって理不尽な
運命に耐えていたのに)
 SD体制を倒さなければ、と声高に叫んだ記憶はブルーには無い。ただ「地球へ行こう」と
呼び掛けただけ。夢の星を見たいと焦がれ続けて、その日を思い描いていただけ…。
(…現実を目にしてしまった以上、ぼくは責任を果たすしかない。どんな星でも、ぼくたちは
地球を手に入れる。SD体制を倒し、ミュウの居場所を……踏みしめる大地を手に入れるために)


 青い水の星……約束の場所だった地球の代わりにミュウが大地を踏みしめる星は、地球を手に
入れてから探せばいい。SD体制さえ壊してしまえば、何処ででもミュウは暮らしていける。
ノアでも、アルテメシアでも……いくらでも星はあるのだから。

 

 

 

(この星が……地球)
 シャングリラを離れ、地球へと向かうシャトルの窓からブルーは瞳を逸らすことなく過酷な
現実をその胸に刻みつけてゆく。
 噴き上げる瘴気で濁った大気の底に何処までも広がる棄てられた高層建築群。人類が地球を
離れて何百年も経つというのに、解体され浄化されるどころか未だに屍を晒したままで何の策も
講じられてはいない。ブルーたちが信じ込んでいた偽の情報では、SD体制の開始から百年後には
帰還者が降り立った筈なのに。


(…これが本当の地球の姿か…。ぼくたちを拒み、排斥し続けて来たグランド・マザーは地球の
現状を維持するだけで精一杯で、再生する力は無いというのか…?)
 会談の場所となるユグドラシルは地球再生機構の総本部。だが再生機構と冠しておきながら、
世界樹の名を持つ巨大な構造物は自らの役目を果たしているとは思えなかった。何本もの線で
地表と繋がってはいるものの、その周囲すらも浄化されてはいはしない。
(地球を再生出来ないのなら、どうしてミュウを退けたんだ…。SD体制は地球の再生の
ためのシステムなのだと聞いていたのに…。そのシステムにそぐわないからと多くのミュウが
殺されたのに……それなのに地球は……)


 流された数多のミュウたちの血は何の意味も持っていなかった。その血が地球の浄化のための
供物、生贄であったのならば、まだ一欠片の救いを其処に見出すことも出来ただろう。しかし
肝心の地球がこの有様では、殺されていったミュウたちの命は何ゆえに握り潰されたのか…。
 SD体制に利点など無い。根幹に据えた地球の再生すら出来ぬシステムに存在意義など
有りはしない。人類を管理し、飼い馴らすだけのコンピューターに人が従ってどうするのだ。
機械の方こそ人の意に従うべきなのに…。


 ミュウを排除するシステムにしても同じこと。人類がミュウを抹殺しようとするのではない。
機械がそれを命じてきた。SD体制を維持するために、システムに相応しくないミュウの処分を。
 もしも人類が自分たちの意志で行動していたならば、それでもミュウは消されただろうか?
最初は相容れぬ異端とされても、歩み寄る道が自然に生まれ、いつしか手を取り合えて
いたのではないか…。
(SD体制を終わらせなければ…。話し合いで解決出来ないのなら、力ずくで破壊するまでだ。
でなければ地球は手に入らない。…ミュウの居場所も見付かりはしない。そのために……
ぼくたちは地球まで来た)
 話し合うことで道が開けるのか、それとも戦いが待っているのか。戦うとしたら相手は
上空の人類統合軍の艦隊ではなく、ユグドラシルに詰める国家騎士団員たちでもない。


(グランド・マザー…。マザー・システムのメインともなれば、どれほどの力を持って
いるのか…)
 ブルーが対峙したことがあるのは末端のテラズ・ナンバーだけだった。ジョミーは戦いの中で
幾つものテラズ・ナンバーを葬ってきたが、たった一人でグランド・マザーに立ち向かうのは
無謀だろう。トォニィやナスカの子供たちが共に戦うことになるなら、その時は自分も戦線に
立つ。
(…すまない、ハーレイ…。皆は来るなと言うだろうけど、今度ばかりは譲れない。地球を
目指したソルジャーとして、SD体制だけは破壊しないと…。生きて此処まで来た以上はね。
…君が生かしてくれた命を無駄にしたくはないんだよ…)
 でも、君にとっては無駄遣いの最たるものになるのだろうね…、とブルーは通路を隔てて
座るハーレイの方を密かに見遣った。厳しい顔でユグドラシルを見据えるハーレイはブルーの
眼差しに気付いてはいない。


(…ごめん。もしも、ぼくが戦いで死んでしまったら……君が悲しむのは分かってる。
ぼくだって君と一緒に生きていたくないわけじゃない…。…だけど、ぼくは今でも
ソルジャーなんだ。戦いの場を離れて久しいけれど………ぼくが地球へ行こうと言い出した
ことが、この戦いの始まりだから…)
 戦わないわけにはいかないんだ、と心で詫びて、ブルーは窓の外へと視線を戻した。間近に
迫ったユグドラシルは雲を貫くほどの高さで禍々しく聳え立っている。


「世界樹と言うより、まるで巨大な毒キノコのようじゃな」
 ゼルの的を射た皮肉に唇に苦い笑みが浮かんだ。病んだ地球に寄生し、人類とミュウの双方に
毒素を含んだ胞子をばら撒き続ける毒キノコ。マザー・システムを何かに譬えるならば、まさに
それだと言えるだろう。
 地球をも蝕むこの忌まわしい菌類を滅ぼし、ミュウの未来を切り開く。その先に地球の未来も
あれば…、とブルーは幻のままに儚く消えた青い水の星を赤かった地球の記憶にそっと重ねた。







 

    ※2011年7月28日に葵アルト様のサイトでUPして頂いた作品です。   
     続編『奇跡の青から』も宜しくお願いいたします。

 

 

 


「ソルジャーは? ソルジャー・ブルーはいらっしゃらないのか?」
 メギドの劫火がナスカを襲ってから暫く後。ハーレイは混乱が落ち着いてきたブリッジを
ブラウたちに任せ、メディカル・ルームを訪れていた。
 かつてアルタミラで見た忌まわしい炎がナスカ上空で四散したのは九人のタイプ・ブルーの
シールドがそれを未然に防いだためで、最初にシールドを張ったのはブルー。そのシールドを
強化するべく飛び立ったのがソルジャー・シンとナスカで生まれた七人の子供たちだった。
 しかし成長を早めてサイオンを使った子供たちの多くは意識を失い、メディカル・ルームに
収容されたとの連絡が先刻ブリッジに入っている。恐らくブルーも搬送された者たちの中に
含まれているのだろう、とハーレイは足早に其処へ急いだのだが…。
「ソルジャー・ブルーはおいでになってらっしゃいません」
 ノルディの答えにハーレイの心臓が凍りついた。ベッドにも、医療用カプセルの中にも
ブルーはいない。


 治療する手を休めることなくノルディが報告してくる内容によれば、子供たちを此処に運び
込んだのはソルジャー・シンで、ブルーの姿は無かったらしい。また、ソルジャー・シンは再び
ナスカに向かったとも。
 では、ブルーは? ブルーは何処に…?
『ジョミーはまだ若い。君たちが支え、助けてやってくれ』
 ブルーはハーレイにだけそう言い残すと、ソルジャー・シンと共にナスカへ降りるシャトルに
乗り込んで行った。あの時、不吉な予感を覚えなかったと言えば嘘になる。けれどハーレイは
それがブルーとの別れになるとは微塵も思っていなかったのだ。
 今もなおソルジャーであり続けようとするブルーの目的は、一人でも多くの仲間をナスカから
脱出させること。その結果として命を縮めることになるかもしれない、と覚悟した上での言葉で
あろうと受け止めたから、出てゆくブルーを止めなかった。
 どんなに傷つき、弱り果てようともブルーは必ず戻って来る。そうだと確信していたからこそ
メディカル・ルームに駆け付けたのに、ブルーは何処にいるのだろう?
 衰弱し切った彼の身体では、メギドの炎を受け止めるのが精一杯だった筈なのに…。


 ブルーの姿が見えはしないかと、うろたえ、せわしなく視線を走らせるハーレイの背後から
声がかかった。
「ソルジャー・ブルーはメギドに行ったよ」
「!?」
 振り返った先に立っていたのはオレンジ色の髪と瞳の子供。これはトォニィ? トォニィ
なのか? そしてブルーはメギドに行ってしまったと? 自分たちを置いて、たった
一人で…?
 嘘だ。そんなことがあるわけがない。ブルーはきっと、ジョミーと一緒にまだナスカに……。

 

 

 

 それから何処をどう歩いたのかすら、ハーレイには思い出せなかった。
 …ブルーがいない。何があっても守ると誓った、誰よりも大切な……出来るなら腕の中に永遠に
閉じ込めておきたいとも思った、この世の何よりも愛しい者が。
 トォニィの言葉を裏付けるように、ブルーの気配を感じない。呼び掛けても返事が返っては
来ない。ブルーが今もナスカにいるなら、その存在と強い思念とが此処に届かない筈がない…。
 本当に行ってしまったのだ。仲間たちが脱出するための時間を稼ぐべく、ナスカに狙いを定める
メギドに向かって。
 それが何を意味しているのか、考えるまでもなく答えは一つだけしか無かった。
 ブルーはメギドから戻れはしない。もうシャングリラにも帰っては来ない。
(ブルー…! どうして行ってしまったのですか!)
 血を吐くような叫びがハーレイの胸に木霊する。


 力尽きて倒れたブルーを看取ることになるかもしれないという漠然とした不安はあったが、
いなくなるとは想像もしていなかった。
 こんな形で自分の腕からすり抜け、手の届かない場所へ行ってしまうとは夢にも思って
いなかったものを…。
 ブルーには二度と触れられない。抱き締めることも、その手を握ることも叶わないまま、自分は
ブルーを失うのだ…。
 ナスカからの脱出は惑星崩壊の兆しの中で継続しており、ブリッジは緊迫した空気に包まれて
いる。生き残った者たちを収容し終えたら、ワープして人類の追撃を振り切るしかない。
ソルジャー・シンの命が下れば即座にナスカを離れられるよう、ハーレイはシャングリラの
舵を握った。
 真に握りたいと望んでいるのは舵輪などではないというのに。この手を伸ばして掴めるもの
なら、ブルーの腕をこそ強く握って胸に抱き寄せ、何処へも行かせはしないというのに…。

 

 

 

(……ハーレイ!?)
 メギドの制御室に入り込んでいたブルーは、信じられない思いで残された左の瞳を見開いた。
 サイオンを使いすぎた身体に何発もの銃弾を容赦なく撃ち込まれ、右の瞳ももう見えはしない。
最後に残った力を破壊のエネルギーに変えた瞬間、狭くなった視界に飛び込んで来たのは懐かしい
碧の光だった。
 タイプ・グリーンのミュウだけが持つサイオン・カラー。そう、ハーレイのサイオンの色だ。
(……何故……)
 どうして此処へ、と思う間もなく碧は空間の狭間に消え失せ、ブルー自身が起こしたサイオン・
バーストの青い光が制御室を覆い尽くして膨れ上がってゆく。その中でブルーは確かに見た。
ハーレイと同じ色のサイオンを纏った一人のミュウが、自分を撃った地球の男を背後から抱え、
テレポートしていったのを。
 テレポートは並外れたサイオンを持つタイプ・ブルーだけにしか出来ない、空間を越えて
移動する技。今の今までそう思っていた。…だが、あのミュウはそれを目の前でやって
のけたのだ。


 キース、と声の限りに叫んでいたミュウ。ブルーが仲間を守るためだけに此処へ来たように、
あのミュウもまた地球の男を…。強い思いはサイオンの限界をも超え、その能力を超えた力を
引き出すことが出来るのか…。
(逃がしてしまった…。あの男を)
 キース・アニアンを取り逃がした。自分の命と引き換えに葬り去ろうと思った地球の男を。
彼を此処から救い出したミュウと彼とが、どういう関係なのかは分からない。だが、あの男が
生きている限り、ミュウはまたしても全滅の危機に追い込まれてしまうことだろう。だから。
(ジョミー! みんなを頼む)
 このメギドだけは壊して逝くから。…ジョミー、シャングリラを……仲間たちを。…そして…。
(………ハーレイ…)
 どうか無事で。さっきの光が君でなくて良かった。君が来てくれたのかと思ったけれど、
君には生き延びて欲しいんだ。
 君は生きて…地球をその目で…。
 ああ……暖かい。君のサイオンの碧が見える。この碧色の光に抱かれてぼくは眠ろう…。

 

 

 

「キャプテン!」
 シャングリラのブリッジに立つハーレイの背後でジョミー…いや、ソルジャー・シンの声が
響いた。
「ソルジャー!?」
 ナスカからテレポートしてきたソルジャー・シンが間を置かずに叫ぶ。
「ワープ!」
 その指示に従い、ハーレイは迷いなく舵を大きく切った。白い船体の先に拡がる亜空間の奥へ
シャングリラが滑るように吸い込まれてゆき、ナスカの在る時空から切り離される。
シャングリラとナスカを結んでいた糸が消える間際に、ハーレイの心を貫いていった切ない
『想い』。それはブルーの最期の願い。
『……ハーレイ…。どうか無事で…』
(ブルー!?)
 ナスカへ降りる彼を見送ってから後、一度も捉えられなかったブルーの思念。逃げろと……
逃げて生き延びてくれと、ブルーはハーレイに伝えてきた。もう意識すら保てないブルーの心の
遮蔽が外れて、碧色の光がその奥底で微かに揺らめく。
 自分自身のサイオンと同じ碧が見えた瞬間、ハーレイの中で何かが弾けた。

 

 

 

 それからどのくらいの時が経ったのか…。ワープアウトしたシャングリラには深い悲しみと
嘆きが満ち溢れ、啜り泣く声が途切れない。
 多くの仲間を、ブルーを喪い、誰もが呆然と立ちつくすだけで、これから何処へ行くべき
なのかを指し示す者の姿さえ無い。
「ブルー…」
 ハーレイの頬に堪え切れない涙が伝う。誰よりも愛し、守り抜きたいと願っていた者を守れ
なかった。最期まで自分を想ってくれたブルーを、たった一人で逝かせてしまった。
 あの時、自分も声の限りにブルーの名を叫んだ気がするのに。ブルーをシャングリラに連れ
戻してくれと、ジョミーに向かって絶叫したと思ったのに……。


 全ては幻に過ぎなかった。
 ジョミーは……ソルジャー・シンはワープアウトする直前に倒れ、今はメディカル・ルームに
いる。ナスカでサイオンを使い過ぎたがゆえの一種の過労と言える症状。そんな状態にあった
ソルジャー・シンにブルーを救うことが出来る筈もなく、また、そのような願いをソルジャー
相手に叩き付けられる筈も無かった。
 我を失って取り乱したのかと我が身を振り返り、苦い後悔に苛まれたが、周囲の者たちの心の
表面を軽くサイオンで探ってみても、そんな形跡は微塵も無い。それにキャプテンである自分が
恐慌状態に陥ったなら、ブリッジの雰囲気はもっと騒然としているだろう。
(…ブルー…。申し訳ありません。…あなたを失った瞬間でさえ、私はキャプテンとして冷静に
立っていたようです。ですから今は……今は少しくらい、あなたを想うことを許して下さい…)
 溢れる涙を拭おうともせず、ハーレイは永遠に失ってしまったブルーを想ってただ唇を噛み
締めていた。

 

 

 

 メディカル・ルームから戻ったソルジャー・シンがアルテメシアに向けて出発すると宣言した
のは、その日の内。ハーレイはブリッジで航路設定の指揮を執り、今後についての打ち合わせを
終え、シャングリラの舵をシドに任せて自分の部屋へと引き揚げた。
 キャプテンゆえの責任感のみで動いていた身体は鉛のように重く、酷く疲れ果て、歩くことすら
おぼつかない。
 船内で一人きりになってしまうと嫌でも思い知らされる。
 この船の中にブルーはいない。いくら呼んでも戻ってはこない。ブルーの命が潰えた場所すら、
探すことさえ叶わないほど遙か彼方に離れて遠い…。
(ブルー……)
 どうして行かせてしまったのか。一人逝かせると分かっていたなら、何と罵られ謗られ
ようとも、船から出したりしなかったものを。…追い掛け、この両腕に閉じ込めてでも、
シャングリラに留めておいたものを…。


 後悔してもし切れぬ思いに胸を押し潰されながら扉を開き、暗い室内に足を踏み入れる。灯りを
点ける気にすらなれず、足許に淡く灯った非常灯に導かれるままに暗がりの奥の寝台へ向かう。
 何度、この部屋でブルーと夜を過ごしただろう? 幾度、互いの身体を重ねて熱い想いを
交わしただろう…。
 ふらつく足で寝台に倒れ込もうとしたハーレイの瞳がシーツの上に信じられないものを
見付けた。
 ぐったりと力なく投げ出された、折れそうに細く華奢な手と足。闇の中に仄白くぼんやりと
浮かぶ、血の気の失せた蒼白な顔と乱れて広がる銀色の髪…。


「ブルー!?」
 その姿を見誤るわけがなかった。慌てて点けたベッドサイドの灯りに血まみれの姿が照らし
出される。どれほどの攻撃に晒されたのか、その整った白い顔にも、細い身体にもどす黒い血が
べったりとこびりついている。
「ブルー!!!」
 思わず腕を取り、氷のようなその冷たさにハーレイの背筋がゾクリと冷えたが、仮死状態だと
すぐに分かった。身体のあちこちに受けた深い傷から大量の血が流れ出すのを、凍った身体が
防いでいる。ブルーの命は消えてはいない。
(すぐに手当てを…!)
 震える指で通信画面を開くとメディカル・ルームのノルディを呼び出し、医療チームを派遣して
くれと怒鳴り付けるように叫んでいた。
 慌てていたため、ブルーの名前を告げるのも忘れ、とにかく早くと急き立てたのだが、優秀な
医師は怪我人の状態について幾つか質問を投げかけただけで、すぐに向かうと通信を切った。
今頃は既に長い通路を懸命に走っているだろう。
 生きている。ブルーが生きて……この部屋にいる。ハーレイは呼吸すら止めて横たわっている
ブルーの傍らで声を押し殺して泣き続けていた。

 

 

 


 駆け付けた医療チームはブルーを見るなり声を失くした。驚いたことも大きいだろうが、
明らかに瀕死の重傷と知れるブルーの外見から受けたその衝撃も、また大きい。
 しかし彼らは手際良く応急措置を施し、ノルディが矢継ぎ早に指示を飛ばして手術の準備を
整えながらブリッジの長老たちに緊急連絡を入れる。
 ソルジャー・ブルー、帰還。
 思いがけない知らせにシャングリラ中に広がってゆく安堵と歓喜の思念の漣。テレポートして
現れたソルジャー・シンですら、大粒の涙を零していた。
 やがてブルーはストレッチャーでメディカル・ルームに運ばれてゆき、ハーレイとソルジャー・
シンだけが残される。ここから先はノルディたちの腕に任せるしかない。ブルーの命を繋ぎ止める
ための手術は何時間もかかることだろう。
「…ハーレイ。…ブルーを連れ戻してくれてありがとう」
「ソルジャー…?」
 ソルジャー・シンがポツリと口にした意外な言葉に、ハーレイは瞳を見開いた。ソルジャー・
シンは何と言った? 自分がブルーを連れ戻した? …違う。そんなことが出来る筈がない。
第一、自分はずっとブリッジで舵を握っていたではないか。
 それなのに、ソルジャー・シンはハーレイに真っ直ぐ視線を向ける。ありがとう、と。


「君がいなければ、ぼくたちはブルーを失っていた。…連れ戻してくれと言っただろう?
ナスカで、ぼくに」
「…えっ?」
 あれは夢だと思っていた。混乱の極みの中で自ら紡いだ白昼夢だと。まさか自分は本当に…?
ソルジャー・シンに、ブルーをメギドから連れ戻してくれと懇願したのか…?
「思い切り頭を引っぱたかれたような感じだったよ。あそこに、メギドにブルーが居る。連れ
戻してくれ、ジョミー! とね。それから後はどうなったのか、ぼくにも全く分からない。
…意識を乗っ取られたとでも言うのかな? 君はぼくのサイオンをその意思で支配し、勝手に
使ってブルーを此処まで運んだんだ」
「わ、私には……そんな力は…」
「でも、そうとしか思えないだろう? ぼくはブルーを運んではいない。おまけに意識を失くして
倒れた。ドクターはサイオンの使い過ぎだと言っていたけれど、そこまで使った覚えは無いんだ。
…だけど、ブルーを運んだのなら納得がいく。あれだけの距離を一気に跳ぶのは…とても力を
消耗するから」
 淡々と語るソルジャー・シンには結論が見えているようだった。ブルーを救いたいと願う
ハーレイの強い意思の力がタイプ・ブルーの力を凌駕したと。重傷を負ったブルーを仮死状態に
して大量出血を防いでいたのも、ハーレイが無意識にやったことだと。


「ハーレイ。ぼくはこれから忙しくなる。…ブルーにまで手が回らない。君もキャプテンとして
多忙なことは分かっているけど、ブルーを頼むよ」
 君の………大事な人なんだろう?
 ソルジャー・シンは踵を返してハーレイの部屋を出て行った。ハーレイはふらふらとベッドに
腰掛け、ブルーの体重で窪んだシーツをゆっくりと撫ぜる。
(…知られてしまいましたよ、ブルー…。私があなたに抱く想いを。…私の部屋などに運んで
しまってすみません…。けれど、本当に私がそれをやったのでしょうか? ソルジャー・シンを
操るなどと…)
 その実感はまるで無かった。だが、ソルジャー・シンがそう言うのならそれが真実なのだろう。
タイプ・ブルーの力を借りるなど、未だ想像もつかないけども。
 それでも、それが事実だとしたら…。
 自分はブルーを守れたのだ。今はまだ予断を許さない状態とはいえ、ブルーは戻って来たの
だから。

 

 

 

 ノルディたちの長時間に渡る努力と手腕が功を奏して、ブルーの手術は成功した。
 銃弾は全て摘出されたが、粉砕された右の瞳は移植再生手術以外に元通りに治す方法が無い。
その手術に耐えられるだけの体力がブルーには無い、と告げるノルディに、ハーレイは拳を白く
なるほど握り締めたが、ブルーが生きているだけで充分なのだ、と懸命に自分に言い聞かせた。


 体力を使い果たしたブルーの意識が戻るまでには一ヶ月以上の月日を要し、ハーレイはその
病室に毎日足を運んで、眠り続けるブルーの姿を確認しては祈るようにその手に額をつける。
夜も自分の部屋には戻らず、傍らの簡易ベッドで眠りにつく。


 そんな日々を重ね、ブルーの眠りを見守り続けて……ついにその日はやって来た。ブルーが
ジョミーに託した補聴器はこの時に備えて元の持ち主の許へと戻り、その姿はソルジャーの衣装を
着けていないだけで以前と殆ど変わりはしない。
 ノルディに呼び出され、ベッドの脇に控えるハーレイの目の前で銀色の睫毛がゆっくりと……
上がる。
(……ハー…レイ……?)
 ブルーの唇が形作った自分の名前に、ハーレイは痩せた白い手を強く握った。
「…ブルー、私は此処にいます。…あなたは戻って来たのですよ」
「…………」
 片方だけになってしまった赤い瞳がハーレイを見詰め、確かめるように瞬きをして。
『…やっぱり君のサイオンだった…』
 伝わって来たブルーの思念に、ハーレイは怪訝な顔をする。何のことを言っているのだろう?
『…ぼくは碧の光を見たんだ。…あのミュウがまた来たのかと思った。でも…ぼくを呼んだのは
君の声だった』
 それが限界だったのだろう。ブルーは再び眠りに落ちてゆき、ハーレイはブルーが語った言葉を
思い返してみる。あのミュウというのは誰のことか。この船にいる仲間のことなら、ブルーは
名前で呼ぶ筈なのに…?

 

 

 

 ブルーの目覚めは途切れ途切れで、いつその命が消えてしまうかとハーレイは不安で堪ら
なかった。しかしブルーは目覚める度に少しずつ力を取り戻してゆき、ある日、ハーレイに
微笑みかける。
「…ハーレイ…。あまり無理はしなくていいから。ぼくは眠っている時の方が多い」
「何のことです?」
「力だよ。いつもぼくを呼んでいるだろう? 生きてくれ…と。その声が届くと身体に力が満ちて
ゆくんだ。…あれはジョミーにしか出来ないのだと、ぼくは信じていたんだけどね…?」
 ふわりと笑ったブルーの思念が、アルテメシアで起きた出来事をハーレイに余すことなく伝えて
くる。サイオンも力も尽きて落ちてゆくブルーの身体をその腕で捉え、「生きて」と願った
ジョミーの思いが自分を生かし続けたのだ……と。
「君にも出来るとは思わなかった。…ぼくが今、生きていられるのは君が願ってくれている
から…。でも、君だって忙しい身だ。ぼくにばかり構っていてはいけないよ」
 差し伸べられた手がハーレイの頬に優しく触れる。
「行って。…ぼくはまた眠るから…」
「ブルー?」
 すうっ、とブルーの意識が沈んでゆく。眠るまでの間だけ、側にいて…と微かな囁きだけを
残して。

 

 

 

 自分の願いがブルーの命を繋いでいると知ったハーレイは、それまで以上にブルーの傍に居る
ようにした。激務の合間を縫って病室を見舞い、夜はブルーの病室で休む。体調が落ち着いた
ブルーが青の間に戻れば、ハーレイの寝台も共に青の間に移された。ソルジャー・シンの命令に
よって。
「…ジョミーは全部知ってるんだね」
 勤務を終えて青の間に入ったハーレイを、ブルーの穏やかな笑顔が迎えた。
「君がぼくを生かしていることだけじゃなくて、ぼくたちのことは……全部。さっきジョミーが
教えてくれたよ。恋人を救い出してくれ、とソルジャーを怒鳴り付けたキャプテンの話を」
「私は怒鳴り付けたわけでは…!」
 抗議するハーレイに、ブルーが白い指を自分の唇に当てる。
「ほら、怒鳴った。そんな風にジョミーも怒鳴られたんだろうね。…でも…君のサイオンに
包まれた時は嬉しかった。死ぬ間際に見る夢だとばかり思っていたけど、それでも…」
 一人ぼっちで死ぬんじゃないんだ、と感じられただけで嬉しかった。
 そう呟いて儚く微笑むブルーをハーレイは強く抱き締める。もう二度とこの腕を離しはしない、
とブルーの身体に刻み込むように。
「…苦しいよ、ハーレイ…」
「もっと。…もっと、生きて下さい。いくらでも祈り続けますから。どんなに疲れ果てた時でも、
あなたを想っていますから…」


 あなたがまだ弱り切っていなかった頃のように。身も心をも重ね続けて過ごした頃のように、
あなたが力を取り戻すまで…。
 そう告げると、ブルーはクスッと小さく笑った。
「…欲張りだね、ハーレイ…。ぼくにそこまで望むのかい…?」
「あなたは望んでらっしゃらないのですか?」
「………。君は……狡い」
 フイと顔を背けたブルーの顎を捉えて口付ける。今はまだ、ただ唇に触れるだけ。けれどそう
遠くない日に恋人同士の口付けを交わせる時が来るだろう。
 それは願望ではなく、確信だった。ブルーはもっと元気になれる。自分が強く望みさえすれば。
 失われてしまった右の瞳も、再生手術の準備が進められていた。ブルーがこの船に戻った
時には、それは不可能だとノルディが判断を下していたし、ハーレイもまた断腸の思いで
その宣告を受け入れたのに。


 ブルーの身体は順調に回復し続けていて、じきに元通りになるだろう。片方しかない瞳を見る
度に胸を締め付けられるような思いをするのも、あと少しだけ。
 守れなかった自分の不甲斐なさを詫びる度に、ブルーは「ぼくを連れ戻してくれたじゃないか」
と柔らかな笑みを返すのだったが、閉ざされたままの右の瞳がハーレイを映すことは決して
無かった。
 それこそが自分の罪な気がして、ハーレイの胸は数え切れないほどの痛みを何度ズキリと
覚えたことか…。

 

 

 

 そしてブルーの美しい一対の瞳が蘇る。
 麻酔から醒めた紅玉の瞳に映る己の姿に、ハーレイはまた涙ぐんだ。全ての傷が癒えた
ブルーの身体に、もう忌まわしい痕跡は無い。メギドでの惨劇は塗り替えられて、遠い過去の
ものとなったのだ。
 ブルーを喪ったと思ったあの日から今日まで、いったい何度泣いただろうか。
 けれど、そんな日々ももうすぐ終わる。ブルーの容体は安定していて、生命が危うくなる
ような兆候は無い。その双眸が戻ったからには、次は健康を取り戻せばいい。もう一度、身体を
重ねられるほどに。互いの熱い鼓動と息とを分け合い、心まで一つに溶け合えるほどに…。


「ハーレイ…。君はまた泣いているのかい?」
 二つの紅玉が静かに瞬く。
「君がそんなに泣き虫だったとは知らなかったよ」
「…私が泣くのは可笑しいですか? では、泣き顔はこれで最後にしておきます。
その代わり……生きて下さいますね? 私を残して……私の腕が、心が届かない場所で一人
逝ったりはなさいませんね…?」
 そう念を押すハーレイに、ブルーは困ったような笑みを浮かべた。
「…届いたじゃないか。腕も、心も」
 だから、ぼくはシャングリラに戻って来たんだろう…? 君がジョミーに願ったから。
ジョミーのサイオンを支配してまで、ぼくを連れ戻したいと願ったから…。
「あなたの声が聞こえたからですよ。そして碧の光が見えたと思った。…何度も言っている
でしょう? あの時、あなたも私も奇跡を願った。私はあなたを連れ戻したかったし、あなたは
私に会いたかった。…違いますか?」
「そう……かもしれない」
 地球の男を救い出して行った碧の光が羨ましかった。ハーレイが此処に来たのだろうか、と
見誤ったほどのタイプ・グリーン。あのミュウが起こした能力の限界を超える奇跡に、思わず
自分も縋りたくなった。叶うのならばもう一度だけ、自分だけの碧に会いたかった……と。


「……ハーレイ…」
 ブルーは両腕を伸ばし、ハーレイはそれを受け止めた。華奢な身体をベッドから起こし、
その腕の中に抱き締める。今はまだこうして抱き締めるだけ。ブルーの体力が完全に戻って
くるまでは…。
 ハーレイの温もりに包まれ、夢見るように瞳を閉じたブルーが消え入りそうな声で囁いた。
「ねえ、ハーレイ…。あの時、あのミュウに出会わなかったら、ぼくは此処には戻れなかった。
君の心を引き寄せる程に、会いたいと願わなかっただろうから。……あのミュウは……今、
幸せなのかな…?」
 地球の男との戦いは今も続いている。しかし碧のサイオンを持ったミュウの消息は杳として
知れない。生きているのか、実験体として処分されたか、それすらも全く定かではない。
それでも…。
「…ブルー…。ジョミーには全て話してあります。あの男の傍にミュウがいたことも、私が
ジョミーの力を使った切っ掛けがそのミュウが放った碧の光であったことも。……もしも、
あのミュウに出会えたならば…」
 悪いようにはならないでしょう、とハーレイはブルーの銀色の髪を愛しげに梳いた。
「あちら側にもミュウがいるなら、対話の糸口になるかもしれない。…あなたが戻ってこられた
ように、奇跡は起こせるものなのですから」

 

 

 

 地球を目指して進撃を続けるシャングリラの中で、ブルーはハーレイに守られて生きる。
ハーレイはすっかり過保護になってしまって、ブルーが青の間から外へ出る時には傍らを
決して離れはしない。
「……ハーレイ。もうジョミーだけでなくて、シャングリラ中に知られてしまったみたい
だけれど…?」
 ぼくたちがどういう関係なのか、とベッドの上で苦笑するブルーにハーレイは深く口付けた。
「…まだですよ」
 唇を離したハーレイが熱を帯びた瞳でブルーを見詰める。
「皆が思っているような繋がりは、まだ持つことが出来ないでしょう? もっと……もっと
元気になって頂かなくては。でなければ…」
 私が生きている意味がありません。
 あなたが生きていることこそが、私の生きる意味なのですから…。
「…本当に君は欲張りだよね。でも…」
 此処に戻ってこられて良かった。…君の腕の中に戻れて良かった…。
 そう繰り返すブルーを腕に閉じ込め、ハーレイは今一度、奇跡を願う。願わくば、ブルーが
自分を置いて逝ってしまうことが無いように…。自分がブルーを残して先に逝くことも
無いように、と。


 逝くのならブルーを連れて逝きたい。ブルーが逝ってしまうのならば、どうか自分の
命も共に…。
 それはシャングリラのキャプテンとして、多分、持ってはいけない願い。この船はまだ戦いの
只中にあり、その果ても見えはしないというのに。
 だから、ブルーを置いては逝かない。ブルーにも置いて逝かせはしない。
 強い想いは奇跡を起こす。…この戦いを越えて、いつか平和を掴み取るまで……ブルーが
焦がれた青い水の星に辿り着くまで、ブルーを決して離しはしない。
 今、腕の中にいる愛しい者を守り抜くためなら幾度でも奇跡を起こしてみせる。タイプ・
グリーンのサイオンにかけて。
 あの日、ブルーがその目で捉え、自分の心に送って寄越した奇跡の碧の色に誓って…。

 

 

 行きましょう、ブルー。
 二度とこの手を離しませんから………地球へ。

 

 

 


            奇跡の碧に…・了

    ※葵アルト様のシャングリラに住むブルーとハーレイ、「ぶるぅ」のお話です。
     シャングリラ学園シリーズと直接の関係はございません。
     内輪で公開しておりましたが、ハレブル別館オープン記念に蔵出ししました。
     思い切りおバカ仕様です。
     

 

 

 

 悪戯と大食いとグルメ、ショップ調査が生甲斐の五歳児、「ぶるぅ」。
アルテメシアに花見のシーズンが近づき、花見弁当の下見を兼ねてアタラクシアの街で食べ歩いて
からシャングリラへ戻ってきたのだが…。


「あれ?」
 出掛ける前に『おでかけ』の札を下げておいた筈の部屋の扉が無くなっていた。瞬間移動する
先を間違えたのか、と慌てて目印になる居住区へ飛び、そこから出直してみたものの。
「…あれれ?」
 やはり扉は見当たらない。これは歩いてやり直した方が良さそうだ。食べ過ぎたせいで瞬間
移動に誤差が生じてしまったのだろう。仕方なく居住区まで戻り、トコトコ歩いて見慣れた
通路に入ったのに。


「……お部屋がない……」
 両脇の部屋の扉はちゃんとあったが、自分の部屋の扉が無かった。代わりに壁が広がっている。
曲線を描く天井まで続く無機質な壁で、部屋があったという形跡すら無い。住み慣れた部屋も、
お気に入りの土鍋の寝床も何もかも消えてしまったのだ。
「ど、どうしよう…。うわぁぁぁん、ぼくのお部屋が無くなっちゃったぁ~!」
 ポロポロと大粒の涙が零れ、「ぶるぅ」はおんおん泣き始めた。日頃カラオケで鍛えた喉は
半端ではなく、通路がビリビリ震えている。声を限りに泣きじゃくっていると…。
「や、やっぱり…! すまん、気付くのが遅かった」
 まだ帰らないと思っていたのだ、と謝りながら走って来たのはハーレイだった。

 

 

 

「つまり、アレだ。…シャングリラ学園のぶるぅの部屋と同じ仕掛けだ」
 部屋が無くなったわけではない、とハーレイは壁を指差した。
「よく集中して見るといい。此処に紋章があるだろう? これが転移装置になっている」
 シャングリラの船体やクルーの制服にあるのと同じ紋章に褐色の手が触れたかと思うと、
ハーレイはいなくなっていた。慌てて紋章に小さな手を伸ばすとフワリと浮き上がる感じが
あって…。
「あっ、ぼくの部屋だ!」
 そこにはいつもと変わらない部屋。いや、一つだけ違うのは扉が無くなっていることで…。


「ビックリさせて悪かった。だが、ブルーは言い出したら即、実行だからな」
「ブルーがやったの?」
「正確には工作班にやらせたと言うべきか…。これは実験用らしい。青の間でやろうとして
いたんだが、ゼルたちが他の場所で安全性を確認すべきだ、と」
「実験用? なんで?」
 何をするの、と目を丸くする「ぶるぅ」に、ハーレイは少し困った顔をして。
「青の間の入口の仕掛けは知ってるな? 入られたくない時はロックしておく」
「うん、知ってるよ」
「この前、ブルーが忘れただろう? そこへノルディが様子を見に来て…」
「思い出した、大人の時間をやってた時だね!」
 大騒ぎだったから覚えているよ、とニッコリ笑う「ぶるぅ」。この小さな子に目撃された
修羅場を思い返して、ハーレイは深い溜息をついた。

 

 

 

 それは一週間ほど前のこと。ソルジャー・ブルーは「長老たちとの花見の宴に備えて酒を
吟味する」という大義名分の元、人類側から失敬した大量の酒を居室の青の間に運び込んだ。
そして利き酒を始めたのだが、酒好きのブルーが利き酒だけで酒瓶を放す筈が無く…。


 記録係をしていたハーレイの制止も聞かずにブルーは次々と酒瓶を空にしていった。そこ
まではいい。よくあることだ。だが、その日ブルーが持ち込んだ酒は様々な種類が入り乱れて
いたらしく、いわゆる「ちゃんぽん」状態となった挙句に泥酔、翌日の朝は二日酔い。


 流石のブルーも酷い吐き気と頭痛に悩まされた末、メディカル・ルームの扉を叩いた。
ドクターの診断結果は「通常の人間なら急性アルコール中毒レベル」。ブルーは点滴を受ける
羽目になり、安静を申し渡されたのだが…。
「ねえ、ハーレイ」
 赤い瞳がハーレイを見上げたのは、その夜のこと。勤務を終えて青の間へ見舞いに訪れて
みれば、ブルーは心なしか潤んだ瞳で。
「…寝てるだけって退屈なんだよ、今日一日で思い知ったさ。なのに明日まで寝てろだなんて…。
退屈な病人を慰めてくれてもいいだろう? ほら、まだ身体がこんなに熱い。…もっと熱くして
くれないかな?」
 息があがってしまうほど、と普段よりも熱い手で握り締められたハーレイの手首から熱が
広がる。ブルーの体温は常に低くて触れると冷たく感じるのだが、その日はいつもと異なって
いた。誘うように熱く絡み付き、ハーレイの中の雄を煽ってゆく。後はもう……堕ちるだけ
だった。

 

 

 

「何をしてるんです、あなた方は!」
 ノルディの怒声が青の間に響き渡るまでの間に何回昇り詰めただろう? 我に返れば
ブルーは全裸の自分に組み敷かれたまま浅い息をしていて、ぐったりと手足を投げ出して
いる。そういえば見舞いに来たのだった、と思い出した時にはもう手遅れで。
「まったく…。お休みになる前に診察しようと来てみれば…。どうするんです、こんなに
消耗させて!」
「す、すまない…」
「…いい…んだ、ぼくが……ぼくから…誘って…」
「病人は黙っていて下さい!」
 長老の皆様にバラしますよ、と脅迫しながらノルディがブルーの腕に栄養剤を注射する。
ハーレイとブルーが「いい仲」なことはシャングリラ中にバレバレだったが、ハーレイは
気付いていなかった。ブルーを診察する機会があるドクターだけが知っている、と頑なに
思い込んでいる。


「いいですか、今度こそ絶対安静です。キャプテンは自制が効かないようでらっしゃいますから、
当分の間、此処へは立ち入り禁止で。…それと、そろそろ服を着て頂けませんか? 私は裸は
見飽きております」
 言われて初めて真っ裸なことに気が付いた。ブルーは夜着を着せられているのに自分は裸だ。
足の間には行き場を失った哀れな息子が潮垂れてションボリぶら下がっていて…。
 床に脱ぎ棄ててあった服をアタフタと身に着ける最中に、まん丸い瞳と目が合った。ベッドの
傍に置かれた土鍋の蓋が開き、「ぶるぅ」が顔を覗かせている。冷暖房完備の防音土鍋だったが、
あまりの修羅場に誰かのサイオンが乱れ、叩き起こしてしまったのだろう。
 ハーレイは思い切り恥ずかしかった。身も世もなく情けなく、いたたまれなかった。制服を
着てマントを着けると「申し訳ない」とだけ言葉を残して、逃げるように走り去ったのである。

 

 

 

 そのド修羅場から一週間。
 ブルーに反省の色は全く無くて、自分が扉をロックするのを忘れたことのみを悔やんでいて。
「…このシステムが悪いと思うんだよ」
 変更すべきだ、とブルーはハーレイに提案した。
「扉があるとロックが要るし、ロックするのを忘れてしまうと悲惨な結果になるからねえ…」
「しかし、扉を無くすわけには…」
「ほら、いい見本があるじゃないか。シャングリラ学園のぶるぅの部屋だよ。ああいう風に扉を
無くせば、入って来る時には仕掛けが必要。ぼくとお前とぶるぅ以外の誰かが仕掛けを使おうと
するとアラームが鳴るっていうのはどう?」
 実にいいことを思い付いた、と得意そうなブルーは早速それを実行に移すべく行動中という
わけだ。そのための試験運用の場として普段から人の出入りが少ない「ぶるぅ」の部屋に白羽の
矢が立った。「扉が無いのが当たり前」の部屋が問題無ければ、青の間の扉も廃されるらしい。


 そうしたいきさつを聞かされた「ぶるぅ」は「ふうん…」と扉が消えた壁を眺めて。
「で、どうなるの? いつまでこのまま?」
「さあな…。ブルーの気分次第だろう。青の間の扉がどうなるか知らんが、お前の部屋で
実験中だというのを忘れずに思い出して貰えるといいな」
 忘れられたらこのままだぞ、と言われて「ぶるぅ」は涙目になった。部屋が好きなのは勿論
だったが、扉に『おでかけ』の札を下げるのも好きなのだ。遊びに出掛けて留守だもん、と
アピールしたいのが子供心というヤツで…。
「…ぼくのドア、返してほしいんだけど…」
「それはブルーに頼むんだな。忘れないように元に戻してね、と毎日土下座するといい」


 私がベッドにいない時に、と釘を刺すことをハーレイは忘れはしなかった。あんな修羅場は
二度と御免だ。おませで無邪気な丸い瞳に覗かれるのもお断りだ、と心の中で叫ぶハーレイと
ブルーの『大人の時間』がその後どうなったのか、青の間と「ぶるぅ」の部屋の扉はどう
なったのか…。
 答えはブルーが知っている。勇気ある人は直接尋ねてみるといい。
「あの件はその後、どうなりましたか…?」

 

 

 


                     見るなの扉・了

  ※猫キックというタイトルについて、少々ご説明をば。
   かつて「シャングリラお風呂隊」というハレブル好きの団体がございました。
   お風呂隊での作者の仮の姿(?)は三毛猫。
   他の隊員の修羅場中において、エール代わりに繰り出す技が「猫キック」です。
   タイトルはそこから来ています。
   内輪だけで終わるネタの筈でしたが、ハレブル別館オープン記念に蔵出ししました。
   では、どうぞ!

 

 

 


「ああ、ハーレイ。ちょうどよかった」
 届いたばかりの荷物なんだ、とブルーはテーブルに置かれた箱の中から棒のようなものを取り
出した。
「なんだ、それは?」
「猫の手らしい」
「…孫の手のように見えるのだが」
「でも肉球がついてるよ? それに毛皮も」
 言われて見れば孫の手もどきは猫の手だった。猫に手は無いから正確には足と呼ぶべきか。
…とにかく三毛猫の足の形の作りものだ。


 ブルーは猫の足でポンとハーレイの尻を叩いて。
「どう?」
「どう、とは?」
「どんな感じかなぁ、と思って」
「…特に何も」
「ふうん? そうか…。じゃあ、こっち」
 おやつらしいよ、と差し出されたのは棒状のスナック菓子だった。
「大丈夫、甘くはないらしいから。食べてみて」
 そう言う間にもブルーは猫の足でハーレイの尻を叩いてみては「おかしいなぁ…」と呟いて
いる。
 猫の足で尻を叩くことに何らかの意味があるのだろうか、と気になりつつも受け取った菓子を
眺めてみれば。


「…エロイ棒?」
「うん。うまい棒っていうスナック菓子のパクリだってさ。それはマカ味。これはスッポンで、
それからこっちがオットセイで…」
「待ってくれ。…その荷物は誰が送って来たんだ?」
「猫だけど? エロは書けないけど大好物っていう三毛猫が、お前のために特注したって…。
茶吉尼天を拝み倒して作ってもらったらしいんだけど、なんかイマイチ」
「…だきにてん…?」
「エロの神様だというから期待したのに効かないようだし、エロイ棒の方を試してみようよ」
 とにかく食べて、とブルーはスナック菓子をハーレイに押し付け、期待に満ちた瞳で見ている。


 ハーレイは仕方なく食べ始めた。確かに味は悪くない。もっと食べたいという欲求が身体の
奥から湧き上がって来る。マカにスッポン、オットセイ…。次から次へと食べる間に気が付いた。
 こんな菓子よりも美味そうなモノが目の前に腰掛けているではないか。
 これを食わずになんとする、と猫の手で自分の尻を叩き続けていたブルーの肩を掴んでベッドに
押し倒し、衝動のままにマントを剥ぎ取り、白と銀の上着を毟り取ってアンダーのジッパーを
引き下げて…。
 その後はもう獣のように思う様、ブルーを貪り食らう。
 未だかつてこんなにも激しくしたことがあっただろうか、というハーレイの勢いに流されてゆく
ブルーは全く気付いていなかったのだが、猫の手とエロイ棒が詰め込まれていた箱の底には注意
書きが入っていた。

 


      ++++++++++++++++++++++


『猫の手に即効性はありません。二人のムードを高める時間を大切にするため遅効性となって
おります。焦らず暫くお待ち下さい。何度も続けて叩いてしまうと、叩いた数だけヤリ続けて
しまう恐れがあります。六回を超えても叩き続けるのはおやめ下さい』


『エロイ棒の効果は抜群です。一本で確実に濃いめのエロをお約束します。なお、濃すぎる
エロは翌日のお仕事などに差し支えますので、一度に食べるのは一本までにして下さい。』


『猫の手とエロイ棒には茶吉尼天のパワーが凝縮されております。併用するとR18どころか
発禁処分になってしまう恐れがございます。決して併用しないで下さい』


      ++++++++++++++++++++++

 


 こういう注意書きは荷物の一番上に入れておくのが常識である。エロ好きの猫が何を思って
荷物の底に突っ込んだのかは分からない。
 エロイ棒の山に埋もれた注意書きがブルーとハーレイの目に止まるのは、本当にいつに
なるのやら…。

 

 

 


                      猫キック・了

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