シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
- 2012.01.17 夏休み・第1話
- 2012.01.17 アルトちゃんレポート・その13
- 2012.01.17 アルトちゃんレポート・その12
- 2012.01.17 終業式・第3話
- 2012.01.17 終業式・第2話
夏休み初日、私たち7人グループは午前中から「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋にいました。手作り水羊羹が山盛りになったお皿を前に、これからの計画を相談中です。
「海は絶対外せないよ。…ついでに花火大会なんかもあるといいなぁ」
「そんな美味しい場所は宿が満員なんじゃないか?…キャンセル待ちという手もあるが」
ジョミー君とキース君が話している所にマツカ君が口を挟みました。
「海辺で花火大会ですね?うちの別荘がありますけど…」
「「「別荘!!」」」
歓声を上げる私たち。別荘なら宿泊費はタダですよね。海と花火大会は決定です。
「ぼく、山登りなんかもいいんじゃないかと思うんですけど」
「登りたいなら一人で行けよ」
シロエ君の意見はサム君に却下されました。
「重いリュック背負って歩きたくないね」
「でも高原って涼しそうよ?私、お花畑を歩いてみたいな」
スウェナちゃんが言うと、またマツカ君が。
「高原にも別荘あるんです。日帰り登山もできますよ」
「そうなのか。そこに世話になって、行きたいヤツだけ登山というのも面白そうだ」
キース君の提案に皆が頷き、高原行きも決まりました。マツカ君の家って別荘が沢山あるんだなぁ…。誘拐されかけたことがあるのも頷けます。今は柔道部で鍛えてますから、スタンガンとかは持ち歩かなくなったようですが。海と山の計画が立った所へ会長さんがやって来ました。
「海と山とで別荘ライフか。楽しそうだね。ぼくも一緒に行っちゃダメかな?」
「ブルーが行くなら、ぼくも行きたい!!」
そう言ったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「…あんた、夏休みはフィシスとデート三昧なのかと思っていたが」
キース君の言葉に会長さんは極上の笑顔を見せました。
「ぼくとフィシスなら、わざわざデートに行かなくても…ね。一緒に住んでるようなものだし」
「「「えぇぇっ!!?」」」
私たちは腰が抜けるほど驚きましたが、会長さんは涼しい顔です。
「その内、ぼくの家にもご招待するよ。…夏休みじゃなくて、もう少し先のことだけど。フィシスの部屋はぜひ見てほしいな」
フィシスさんのお部屋が会長さんの家に?さっきの発言といい、会長さんとフィシスさんは…仲がいいっていうだけじゃなくて、もしかしなくても…とっくに籍が入ってるとか?
「フィシスはぼくの女神なんだ。女神は俗世とは無関係だよ」
うーん…。うまいことはぐらかされたような…。会長さんはクスクス笑って続けました。
「で、ぼくとぶるぅも夏休みの旅仲間に入れてもらえるのかい?」
断る理由はありませんでした。断ったら怖いと思っている人もいそうです。海と山へは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も加えて9人の旅。別荘に入りきれるでしょうか?
「部屋の数なら大丈夫ですよ。使用人もいますし、着いたらすぐに遊びに行けます」
マツカ君、凄い!とても楽しみになってきました。みんなワクワクしながら旅のプランを練り始めます。えっと…柔道部の強化合宿に重ならないようにすればオッケーかな?カレンダーと睨めっこしていると、会長さんが呟きました。
「海と山も楽しそうだけど…もっと非日常な体験が出来る場所ってないかな?」
「…心霊スポットとか…?」
ジョミー君が肩を竦めると、会長さんは「そうじゃなくて」と否定して。
「非日常を体験させてくれる人が、このメンバーの中にいそうだよ。そうだろう?…キース」
「えっ!?」
指差されたキース君が声を上げると、シロエ君が頷きました。
「そうですね。…キース先輩の家っていうのも楽しそうです。時期もいいですし、夏休みの宿泊計画は先輩の家を一番最初にしませんか?」
そういうことで、私たちは二泊三日分の荷物を持ってキース君の家へお邪魔することになりました。明後日の朝、学校前に集合です。
電車と路線バスを乗り継いで着いた、郊外の山沿いに建つキース君の家は…。
「…乃阿山…元老寺?」
大きな門にかけられた板に書いてある文字を私たちはポカンと眺めました。
「のあさん、げんろうじ。…何か文句が言いたそうだな」
キース君がジロリと睨んでいます。えっと…やっぱりお寺なんですよね?この門、どう見ても山門ですし。キース君はさっさと石段を登り、山門をくぐって歩いていきます。目指す先には本堂と庫裏。その横の建物には宿坊と書かれた板がかかっていました。こ、これは確かに非日常かも…。
「お帰りなさい!…お友達もどうぞ上がってくださいな。キースの母のイライザです」
キース君のママは、フィシスさんに似た黒髪の美人でした。私たちは宿坊に案内され、スウェナちゃんと私で一部屋、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、ジョミー君とサム君、マツカ君とシロエ君がそれぞれ一部屋。部屋にお風呂がないことを除けば旅館に引けを取らない造りです。私たちは部屋に荷物を置いて食堂に集まり、お饅頭を食べ始めました。キース君は庫裏に入っていったまま、まだ宿坊に来ていません。
「キースの家がお寺だなんて知らなかったよ」
ジョミー君が物珍しそうにキョロキョロとあちこち見回しています。
「じゃあ、あいつ将来は坊主になるのか?…意外だよなぁ」
サム君が言うとシロエ君がチッチッと指を左右に振って。
「ご両親はとっても期待してますし、先輩もそのつもりだったらしいんですけど。十四歳の誕生日って言ってたかなぁ…、本山の得度式に出る時に初めて丸坊主にしたら凄く似合わなかったそうです」
ぶぶっ。丸坊主のキース君を想像した私たちは思わず吹き出してしまいました。
「それ以来、先輩はお寺を継ぐ気を無くしてしまって。…俺は俺のしたいようにする、っていうのが口癖ですよ」
「喋りすぎだぞ、シロエ」
現れたキース君の姿にビックリ仰天の私たち。墨染めの衣に袈裟までつけて、格好だけは立派なお坊さんです。
「…母さんにうるさく言われたんだ。今月はお盆で墓回向が多いし、たまには親父を手伝ってやれって」
「「「墓回向!??」」」
「ここからは見えないが、裏山に大きな墓地があるんだ」
そこへドスドスと足音がして、太ったお坊さんがツルツルの頭をタオルで拭きながら入ってきました。
「ああ、暑い、暑い。外は暑くてたまらんわい。…いらっしゃい、せがれがいつもお世話になっているようで。住職をしとるアドスです。皆さん、お寺ライフを満喫したくていらしたとか」
えぇっ!?…いつの間にそんな方向に…。私たちはキース君の家に遊びに来ただけで、来てみたらお寺だったというだけのことで…。
「いやぁ、実にいい心がけですな。寺に泊まって仏様に仕え、功徳を積む。お盆というものを分かってらっしゃる。この時期に御先祖様を思い、お念仏を唱えることは御先祖様への何よりの供養であると同時に、お浄土と縁を結ぶものでもありまして…」
「親父、話が長い」
キース君が止めてくれなかったら、延々と法話を聞かされていたことでしょう。アドス和尚は頭の汗を拭って宿坊生活の心得を簡潔に話し、昼食までは自由に寛いでくれるように、と言って庫裏に戻って行きました。と、いうことは…昼食の後は?
「いわゆるお寺ライフというヤツだ。…俺はこれから墓回向に行くが、興味があるなら見に来てもいいぞ」
衣の袖を颯爽と靡かせ、キース君は出て行ってしまいました。えっと…墓回向なんか見て面白いかな?みんなで顔を見合わせていると…。
「僕が行く」
会長さんが立ち上がりました。でも、宿坊の入り口ではなく部屋の方へ歩いていきます。もしかして会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋からは墓地の方角が見えるのでしょうか。
「お庭しか見えないよ?」
お饅頭を頬張りながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が答えました。
「ブルー、着替えに行くんじゃないかな。楽しそうに荷造りしてたし」
そういえば会長さんのボストンバッグは二泊三日にしては大きかったような気がします。着替えを沢山持ってきたのかもしれません。アロハシャツとか「かりゆしウェア」とかが入っていたら楽しいかも…。あれこれ妄想している内に会長さんが戻ってきました。
「じゃあ、行ってくるよ。…どうかな?」
「「「!?!?!」」」
着替えをしてきた会長さんの姿に、私たちは呆然とするばかり。鮮やかな朱色の着物と、刺繍の入った立派な袈裟。いったい何の冗談ですか!?
「ぼくの正装。この着物は緋の衣と言ってね、位の高いお坊さんしか着られないんだ。ダテに三百年以上も生きちゃいないさ。キースに見せびらかしたら悔しがるよ、きっと。負けず嫌いだし、お坊さんになってお寺を継ごうと思うかもね」
会長さんは用意してきた草履を履いてスタスタと墓地の方向へ歩いていきます。これは私たちも見に行くだけの価値がありそう!
辿り着いた墓地の入り口ではアドス和尚が扇子を片手に涼んでいました。が、会長さんに気付くと飛び上がらんばかりに驚き、私たちにはサッパリ分からない専門用語だらけの会話を交わして…庫裏に走って取って来たのは立派な日傘。会長さんはアドス和尚が差し掛ける日傘の影に入って悠然と墓地に入っていきます。キース君のパパったら、奴隷みたいにペコペコしちゃってるんですけど~!
「じゃあ、ぼくとぶるぅは昼寝するから。君たちは掃除を頑張りたまえ」
精進料理の昼食の後、私たちは本堂の掃除を命じられました。でも会長さんは偉いお坊さんということで免除された上、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も会長さんの世話をする人だという名目でサボリです。二泊三日の滞在中、会長さんはアドス和尚と大黒(住職の奥さんをそう呼ぶそうです)のイライザさんに丁重にもてなされ、まるでお殿様。私たちの方はといえば、掃除に勤行、読経の練習とキリキリ舞いで、身体中が抹香臭く…。
「結局、あれって会長流の別荘ライフだったわけ?…別荘じゃなくてお寺だったけど」
元老寺からの帰りのバスでジョミー君が言いました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は夕食を御馳走になってから車で送ってもらうそうでバスに乗っておらず、キース君はもちろん自分の家で夕食です。
「なにが非日常だよ!…そりゃ非日常な経験したけど、会長と俺たちじゃあ、同じ非日常でも凄い格差が…」
サム君のぼやきにマツカ君とスウェナちゃんが頷いています。
「でも、先輩がお寺を継ぐ気になったんですし、よかったんじゃないですか?」
シロエ君がニコッと笑いました。キース君は会長さんの緋色の衣に度肝を抜かれ、負けられないと思ったらしいのです。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、御礼に一席設けるから、とアドス和尚に言われてお寺に残ったのでした。
「やっぱり精進料理かな?」
「仕出し屋さんに電話してたわよ。…ほら、あの有名な…」
スウェナちゃんが口にしたお店の名前は、とても高級な仕出し屋さんで。
「うぅっ、いいなぁ…。会長、どこまで非日常なんだ…」
元老寺のある山の方を振り返りながらサム君が零した言葉は、私たち全員の心の叫びでもありました。二泊三日の非日常の旅。貴重な体験をしてきたくせに、お浄土に至る道への壁はまだまだかなり厚そうです…。
気がつくと窓の外が明るかった。
「rちゃん!」
時計を見ると6時過ぎ。
何かあったとしてももう大丈夫だよね?
バタバタと着替えて隣の部屋をノックする。
でも返事がない。
「rちゃん?」
そっと呼んでみたけどやっぱり返事はないし、まさかと思ったけど当然ながら鍵は閉まってるし。
電話しよう!
携帯を取りに部屋に戻ろうとした時、ドアが開いた。
「rちゃん」
「……アルト~…」
駆け寄るときゅっと抱き締めてきて、そのまんま。ど…どうしよう…。じゃなくて、とりあえず部屋の中に入った。
rちゃんは窓際にフラフラと歩いていったかと思うと、ペタンとその場に座り込んじゃって、ぼーっとしてる。
手には吊したはずのお守りが握られている。
でも昨日のと違うもののような気がする…。 そして服は…パジャマ。
ということは着替えたんだよねと思うと顔が熱くなった。
いや、いや。まだ先に聞くことある。
「rちゃん……来たの?」
じーっとあたしの目を見て、ほんの少しだけだけどrちゃんは頷いた。
つ…次の質問は……。
よかった?はアレだよね。えっと楽しかった?もちょっと違うかなぁ…。
でもでも逆だったら、生徒会長だって許さないんだから!
「……アルト…」
「なに?」
「…今夜はアルトが吊しなよ、お守り」
……ということは、素敵な夜だったってこと? そうだよね?
「そうする!」
あたしは吊すつもりなかったんだけど、rちゃんを見てるととっても幸せそうで、羨ましくなって吊すことにした。
rちゃん、ありがとう。
あたしも勇気出すよ!
それから必死に掃除して、お茶菓子は違うものがいいよねと、唯一作れるブラウニーを作って。
いつもやらないからそれだけで夕方になっちゃった。
rちゃんはお部屋で一日幸せに浸っていた。
もう一方的な恋でもいい。
そんな素敵な経験が出来れば、っていうノリでお守りを吊して準備万端で待っていた。
と、ベランダでガタンという音がして、あたしの心臓はどきっと鳴った。
そして部屋が真っ暗になって…。
「かみお~ん♪」
「え?」
くるくるっと回りながらパッと現れたのはぶるぅ。
教室にやってきて楽しそうにみゆちゃんたちと話しているのは見たことあるけど、こんなに近くで、そして話すのは初めて。
「ねえねえ。僕のマカロン美味しかったって?」
「う…うん」
「ありがとう。美味しいって言ってくれるとうれしいな」
「そ、そうだよね。すっごく美味しかった。rちゃんと、どんなふうに作るんだろうって話してたんだよ」
「そうなの? 今度教えてあげようか?」
「ほんと?」
「うん。あ、これ、ブラウニー?」
「ああっ これしか作れなくて。バナナ入りだよ。食べる?」
「食べていいの?」
うん、って言う前にぶるぅは一口で全部食べちゃって、びっくりして息をするのも忘れちゃった。
「えとえとアルトだよね? 息しないと死んじゃうよ?」
言われて呼吸をしてないことに気付いて、はぁ~と深呼吸。
「バナナ味も美味しいね」
「ほんと? よかった」
「ねえねえ。お守り吊すとブルーがくるんだよね?」
「う…うん」
「それでねお守り持っていた子のこと、食べちゃうって言ってたんだよ。僕、そんなの嫌だから来たんだ。でも昨日は疲れて寝ちゃってて、ブルーが帰ってくるまで分からなくて。お友達、大丈夫?」
良く考えると凄い内容のような気がするけど、き…きっと食われて本望…だよね?
「大丈夫…だと思う。とっても幸せそうだったし。それにお料理して食べるわけじゃないし」
「そうなの? ブルーもほんとに食べたりしないって言ってたけど嘘じゃなかったんだ。よかった」
「心配して来てくれたんだ」
ありがとうって言いながらぶるぅをきゅっと抱き締めるて、ほっぺにチュってしたらとっても柔らかくて。1歳児って言ってたけど本当なんだなぁ。
でも本当の1歳児はホッペにチューで真っ赤にならないよね。
頭の先からつま先まで真っ赤になったぶるぅは照れ隠しするように「かみお~ん♪」と歌い始めて、色々な話をしてくれた。
一番笑ったのが、教頭先生は生徒会長から貰った紅白の縞柄パンツを大事に履いてるってことで。
その時、生徒会長は僕とお揃いだよって言って、白黒縞パンツをチラつかせたっていう話。
それからそれから……。
ちょっと寒くなって二人でお布団に入って、沢山話を聞いていたらいつの間にか眠ってた。
真夜中過ぎ、目が覚めるとぶるぅはぐっすり眠っていて、ちっちゃい子の体温はあったかくて、寝息も気持ちよくて。
頭を撫でながら目を閉じた。
その時、生徒会長の姿が見えた……ような気がしたのは夢かな? うんきっと夢。
翌朝起きると、ブラウニーがあったお皿は空っぽで、お茶も飲み尽くしていて、ベッドの隣に小さく丸まって寝ていたぶるぅの跡があった。
rちゃんとは違う夜だったけど、楽しかった。
朝ご飯を食べながら、縞パンのことを話して二人で笑おうっと。
あ、内緒って言っていたからこっそりね。
そうして久しぶりに家に帰って。
会長に手紙を出そう。ぶるぅにも。
でもきっとすぐに学校が恋しくなりそうだな。
※アルトちゃんレポート
rちゃんに何があったのか!?
それは本人のみぞ知る(笑)
聞きたいわ~♪
※rちゃんレポート
気がつくと窓の外が明るかった。
アルトちゃんの部屋の方向を見ているあたし。
アルトちゃん........どうなったのかなあ。
親友だから、アルトちゃんにも幸せな思いをして欲しい、でもやっぱり気になるよ...。(イヌかネコの鳴き声のようなのが聞こえた気がするけど...何だったんだろう..........)
ああ、でも今思い出しても夢の様だなあ...ホントに夢だったのかなあ...。
とは言ったものの、お守りを使うのは終業式の翌日の夜にしようということになった。
補習があって校舎に生徒はいても、寮生はほとんどが補習免除になり家に帰ってしまっているからだ。
やっぱり危険は少しでも減らしたい。
そう決めた日の朝。
rちゃんはずっと挙動不審で話しかけても上の空だった。
そうなっちゃうのも仕方ないなと思いながら一緒に時間を過ごす。
なんだかとっても長く感じる一日。
ほとんど食事も出来なくて。うん、あたしも食欲なくて、ずっとずっとドキドキしてる。
そして夕方。
rちゃんは意を決してお守りを吊した。
「……ね、ねぇ」
「…うん……」
「落ちないよね」
「大丈夫。ちゃんと結んだし確認したし」
「だよね。ところで、服、このままでいいと思う? それとも夜だからパジャマ?」
と口にした瞬間、rちゃんは叫んだ。
「ああああっ 可愛いネグリジェ買っておけばよかった!」
「そ、それなら可愛い洋服でいいんじゃない?」
「そ…そうか。洋服でも…いいよね?」
そう言ってクローゼットに向かうrちゃんの右手は右足と一緒に前に出てる。
ものすごっく緊張してるんだ。
「これ、どうかな?」
「それ初めて見る。可愛い♪」
「だって、着る機会なかったし」
「じゃお初だね」
「うん」
着替え始めたrちゃん。
でもその手が止まる。
「どうしたの?」
「夜に洋服じゃ変かな? やっぱり。っていうか、どこで待ってればいいのかな。……ベッドの中じゃ…さ……」
たしかにそれって……心臓に悪い気がする。もちろん自分たちの心臓。
「洋服着て、遊びに来てもらう感じで。お茶用意するとかの方が…」
「そ、そうだよね! あ、お茶菓子!」
「あたし持ってくるよ」
何だかもうどうしていいのか二人とも分からなくて、最後は二人で顔を見合わせて笑っちゃった。
昼間、二人で目一杯お掃除した。
お茶の用意をして、お茶菓子のクッキーも…ぶるぅのクレープには負けるけどね。手作りしてもよかったかもって話にもなって。
じゃあねってrちゃんの部屋を出たのは夜の8時過ぎだった。
rちゃんはドキドキしながら待ってるだろうな。
でもあたしもドキドキしてる。
rちゃんの部屋は隣。耳を澄ませて……なんていられなくてベッドに潜り込んですぐヘッドフォンをした。
大好きな音楽も耳に入らない。
どうしたかなぁ……。
思っていたけど、いつの間にか眠っていた。
※rちゃんレポート
ああっ、どうなる、あたし、頑張れあたし!
こんなチャンスは二度とない...。
生徒会長さんのお蔭でゲットできた金の狸をグレイブ先生に提出し、私たちは宿題免除になりました。アルトちゃんとrちゃんも金の狸と銀の狸をそれぞれ提出しています。クラスメイトの羨望の視線が突き刺さる中、終礼をして一学期にサヨウナラ。夏休みですよ!ワッと飛び出していく人たちと入れ違いに入ってきたのは会長さん。真っすぐアルトちゃんとrちゃんの席に近づき、ポケットから手帳を取り出しました。
「夏休みは家に帰るんだろう?よかったら住所を書いてほしいな」
えぇぇっ!?…お守り袋は実家に帰省中でも有効ですか!?アルトちゃんたちも同じことを思ったらしく、頬を赤らめてモジモジしています。
「あ、違う、違う。家にまで押しかけるつもりはないよ。長い休みだし、葉書でも出そうかと思ってね。綺麗な絵葉書が見つかったら」
なぁんだ…。アルトちゃんたちはホッとした顔で嬉しそうに住所を書き始めました。これでいいですか、と差し出された手帳を眺めた会長さんは…。
「いい所に住んでいるんだね。ちょっと旅心をくすぐられるな。…前言撤回。行ってもいい?」
アルトちゃんたちは真っ赤になりつつ、観光案内をすると答えています。
「観光案内も嬉しいけれど。…旅の醍醐味はアバンチュールだと思わないかい?」
わわわっ!会長さんは完全にナンパモードでした。あの様子では本当にアルトちゃんたちの帰省先まで押しかけちゃうかも…。放っとくしかないですけど。私とスウェナちゃんとジョミー君は、アルトちゃんたちと話し込んでいる会長さんを残して「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋へ行きました。キース君とマツカ君は柔道部。トランクス騒動の後だけに、どんな顔をして教頭先生に会うのか、ちょっと見てみたい気もしますよね。
「かみお~ん♪もうサムが来てるよ」
生徒会室の壁を抜けると、サム君がソファに座っていました。
「よう。お先に食べてるぜ」
サム君の前にはチョコレートパフェ。私たちの分も「そるじゃぁ・ぶるぅ」が手際よく作ってくれましたけど、テーブルの上の特大パフェは…どう見ても「そるじゃぁ・ぶるぅ」のです。溶けないように氷をたっぷり入れたバケツの中に、フルーツポンチ用とおぼしき巨大な器が…。
「どうせならお腹いっぱい食べたいもんね♪」
おたまで豪快に掬い取ったパフェを頬張りながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」は御満悦。あ、夏休みってことは、もしかして…「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製オヤツや超絶美形の会長さんとしばらくお別れなんでしょうか?
「ぼくのお部屋は夏休み中も開いてるよ。だからブルーにも多分会えると思うけど」
旅行に行ったりしてなければね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。アルトちゃんたちをナンパしていた会長さんを思い返すと、なんだか複雑な気分です。アルトちゃんとrちゃん…会長さんの好みのタイプなのかな?
「ぼくの好みがどうしたって?」
会長さんが壁を抜けて現れ、私はアイスクリームを喉に詰めそうになりました。咳き込んでいる間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が会長さんのパフェを作ってアイスティーと一緒に渡します。
「ありがとう、ぶるぅ。チョコレートパフェもいいけど、他のパフェも魅力的だよねぇ。せっかくの夏休みだし、いろんなパフェを味わいたいな。旅先で食べる御当地アイスも捨て難い」
うーん…。これは例え話というものでしょうか?夏休みだからナンパしまくって、アルトちゃんとrちゃんの帰省先でもひと夏の恋を語ってくると?…私は会長さんの瞳を見詰めましたが、答えは返ってきませんでした。パフェを食べ終え、いつものように皆でワイワイ話していると部活を終えたキース君たちもやって来て。
「一学期の打ち上げパーティーしたいな」
ジョミー君の提案で出かけることになりました。もちろん「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒。
「君たち、パーティーもいいけど、その前に教頭先生に狸のお礼を言わなくっちゃね」
あ。それはすっかり忘れていました。誤解して変態扱いしちゃった上に、狸を強奪したんでしたっけ。お礼なんか一言も言っていません。学校を出る前にお礼を言わなきゃ、失礼にあたるというものです。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れ、会長さんについて教頭室に向かいました。
「あれ?…ドアが開けっ放しだ。教頭先生、いないのかな?」
ジョミー君が言うとおり、廊下の奥にある教頭室の重い扉が全開です。
「出かけるなら施錠しているさ。何か事情があるんだろう」
そう言った会長さんに皆の視線が突き刺さりました。心の声は「あんたのせいだ!」で一致してたと思います。濡れ衣を着せられた教頭先生、今日は扉を開け放っておきたい気分なのでしょう。扉を全開にした状態で後ろめたい行為に及ぶ物好きはいませんから。…教頭室に近づいていくと…。
「暑っ!」
開け放たれた戸口から温風…いえ、熱風が吹き出してきていました。夏だとはいえ、これは暑すぎです。何事?と覗き込んだ私たちは既にウチワが欲しい気分でした。その部屋の中で教頭先生が涼しい顔をし、スーツ姿で書き物をしています。
「…なんだ?またお前たちか」
私たちに気付いた先生は苦笑いをして、クーラーが故障したのだと言いました。
「で、今度は何の用事で来たんだ?」
「「「狸、ありがとうございました!!!」」」
「なんだ、そんなことか。明日から長い夏休みだが、あんまり羽目を外さんようにな」
声を揃えて頭を下げると、先生はにこやかに笑っています。さすがは柔道十段の武道家、根に持つタイプじゃないんですね。よかった、よかった。それにしても暑いお部屋です。立ってるだけで汗が噴き出してきそう。
「ハーレイ、この暑いのにスーツなんか着てよく平気だね。ワイシャツ1枚のぼくでも辛いよ。…何か秘密兵器でもあるのかな?それとも鍛え方が違うとか?」
会長さんが教頭先生の机に近づき、机の下を覗き込んで。
「あっ、本当に秘密兵器だ!」
私たちの頭の中に、会長さんが見ているものがダイレクトに送り込まれてきました。教頭先生はズボンを膝までまくり上げ、裸足の足と脛を大きなバケツに張った水の中に突っ込んでいたのです。
「なるほど、威厳を保つバケツ…か。これが無くなっても平気かい?…よいしょ、と」
頭の中から画像が消えて、会長さんが机の下に潜り込もうとしています。
「あっ、こら!バケツを持っていくヤツがあるか!!」
ガッターン!会長さんを止めようとした教頭先生がバランスを崩して椅子から落っこち、宙を泳いだ手が会長さんのワイシャツを掴んだと思うと………ビリビリッと布を引き裂く音が。
「ジョミー!!!!!」
会長さんの声と、ジョミー君のケータイカメラのシャッター音が殆ど同時に響きました。ケータイカメラが激写したのは床に尻餅をついた会長さんと…会長さんを押し倒すようにのしかかっている教頭先生。会長さんのワイシャツは襟元からベルトで隠れる部分まで無残に裂けて、白いお肌が露出しています。裂けたシャツの端を握っているのは教頭先生のゴツい手で…。
「あ…。ぼ、…ぼ、ぼく…」
ジョミー君がケータイを構えた右手を呆然と見ていました。自分でも何をしたのか分かっていない、という感じです。
「すまない、ジョミー……君を選んで…」
教頭先生の身体の下から這い出した会長さんが胸元をかき合わせ、ジョミー君の隣に立って。
「君の立ち位置が一番良かったんだ。…とんでもない写真を撮影させて、心からすまなく思っている…」
え。じゃ、ジョミー君が自発的にシャッターを切ったわけではなくて、会長さんがジョミー君を操ったと…?
「ジョミー、ちょっと貸してくれるかな」
ケータイを受け取った会長さんは画像データを満足そうに眺め、倒れたバケツから広がった水溜りの真ん中にへたり込んでいる教頭先生に見せびらかすようにかざしました。
「この写真、誰に送ろうか?…校長先生?それとも警察?…ああ、ジョミーのアドレス帳に載ってる人に一斉送信するのもいいねえ」
「ブルー!!!」
悲痛な声の教頭先生。会長さんが私たちに写真を見せてくれましたけど、これはどう見ても…教頭先生が会長さんを襲う瞬間を捉えたとしか…。
「ねぇ、ハーレイ」
ケータイをジョミー君に返した会長さんは、教頭先生の横にしゃがみ込んで甘ったるい声を出しました。こ、このパターンは…ついこの間も教頭室で…。
「ぼくたち、一学期の打ち上げパーティーに行くんだよ。中華料理なんかいいかなぁ、って」
「…ちゅ、中華料理……」
「そう。ぶるぅが美味しいお店を見つけたんだけど、夜はコースしかなくて高くって…」
会長さんが言い終わる前に教頭先生は財布を取り出し、その後は…。
「ありがとう。足りなかったらツケにしてきていいんだよね?」
苦りきった顔で頷く教頭先生。会長さんはジョミー君からケータイを受け取り、パパッと操作して微笑みました。
「はい、消去完了。そうそう、クーラーはもうすぐ直ると思うよ、ハーレイ」
じゃあね、と出てゆく会長さんに続く私たち。背後でカチッと音がして涼しい風が吹き始めたのは、廊下へ踏み出した時でした。
一学期最後の夜は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が開拓してきた中華料理の高級店。一番高いコースを頼み、個室のテーブルを囲んで大騒ぎです。
「…ひとつ聞きたい。教頭室のクーラーを故障させたのは、あんたなのか?」
「決まってるじゃないか」
キース君の質問に会長さんは悪びれもせずに答えました。
「熱風が吹き出すように細工し、電源を切ることもできないようにしておいたんだ。…ハーレイがスーツのままだったのは誤算だったけど」
「誤算って…」
「上半身は脱ぐと思っていたんだけどな。そしたらもっと凄い写真が…。まぁいいか、結果は似たようなことになったんだしね」
クスクスクス。笑い声を漏らす会長さんの向かいでジョミー君が思い出したようにケータイを取り出し、少し弄っていましたが…。
「なんだよ、これ!添付写真削除って…こんな写メなんか送った覚えは…」
「ぼくが送った」
会長さんが即答しました。
「添付写真はさっき消したアレ。…送信先はハーレイの学校専用のパソコンアドレス」
「…あ、あんた……」
キース君が会長さんを指差してワナワナと震え、誰もが心で叫んだ言葉は「あんたは鬼や!」の一言でした。お仕事でメーラーを立ち上げた教頭先生、倒れなければいいんですけど。っていうか、教頭先生、あの画像が他の所にも送信されているんじゃないか、と震え上がるような気がするんですけど~!
「構わないさ」
クスクスと会長さんが笑っています。
「震え上がらせておけばいい。…それに、もしかしたら自宅のパソコン用の壁紙に加工するかもしれないよ?なにしろぼくに御執心だからね」
唇をペロリと舐めた会長さんはゾッとするほど綺麗でした。打ち上げパーティーは賑やかにお開きになり、教頭先生に貰ったお金で支払って…残りは夏休み用にとっておくことに。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は中華饅頭のテイクアウトを頼んでいました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の家って、あのお部屋の他にもあるのかな。そして会長さんが住んでる家は…いったい何処にあるのでしょうね?夏休み中に御招待とかしてくれないかな…。
生徒会長さんの目の前でズボンを下ろそうとしている教頭先生。信じられない光景を目にして、私たちは固まってしまいました。いつも冷静なキース君ですら、口をパクパクさせています。
「…ち、違う、誤解だ!!」
教頭先生が叫びましたが、この状況でそう言われても信じる人がいるでしょうか?それに教頭先生は戸棚の奥に会長さんのウェディング・ドレス姿の等身大写真を隠し持っていた過去があるのです。もしかしなくても教頭先生、割り当て分の狸をねだりに行った会長さんに…交換条件としてとんでもないことをさせようと?…それを察知した会長さんが助けを求めて私たちを…?
「………失礼します!」
一番最初に我に返ったキース君が教頭先生の右腕を掴み、続いてシロエ君とマツカ君が左腕と足を封じました。教頭先生はズボンが少しずり下がったまま、身動きが取れない状態です。見ちゃいけないと思うのですが、赤と白の縞々トランクスの方についつい目線が行ってしまうのはスウェナちゃんも同じみたい。
「…カッコ悪いね、ハーレイ。弟子に押さえ込まれた気分はどうだい?」
会長さんがソファからゆっくり立ち上がり、キース君たちに微笑みかけました。
「ありがとう、みんな。…助かったよ」
「ち、違う!だから誤解だと…!」
「…その格好で五階も六階もないと思うな」
柔道部の三人に取り押さえられた教頭先生に会長さんの冷たい視線が向けられます。
「驚いちゃったよ、狸を分けて下さいってお願いしたらズボンを脱ごうとするんだからね。…ぼくは自分を安売りするつもりはないんだけれど」
ひゃあああ!やっぱりそういうことですか!キース君たちの腕にギリッと力が籠められました。柔道部でお世話になっている先生といえども、容赦する気はないようです。
「…校長室に連行するか?それとも校長先生を呼ぶか?」
キース君が尋ねました。
「ち、違うんだ、信じてくれ!!…ブルー、人が来る前にみんなの誤解を…」
「…言い訳の前に、狸」
会長さんが教頭先生の顔を見つめ、右手をスッと差し出して。
「持ってないとは言わせないよ、学校中の狸の分布図。金の狸と銀の狸の在り処を書いた地図を渡すか、現物をぼくたちに引き渡すか。金なら七個、銀なら三十五個が必要なんだけど」
「に…人数分の狸か…」
「そう。狸の件が落着したら、いくらでも言い訳を聞かせて貰おう」
教頭先生は顔にびっしり汗を浮かべて、動けないまま答えました。
「…内ポケットだ。上着の内ポケットに入った地図に、金と銀の狸が置かれた場所が…」
「ありがとう」
地図を抜き取った会長さんが狸の隠し場所をジョミー君とサム君に伝え、二人はダッシュで回収に。ジョミー君たちが金の狸を七個集めて戻ってくるまで、教頭先生はズボンを上げることも出来ずに拘束されたままでした。
「間に合ったぁ!…やったよ、金の狸が全部で七個!!」
制限時間の午後3時まで残り十分余りという時、ジョミー君とサム君が両手に金の狸を握って教頭室に駆け込んで来ました。これで私たち七人は全員、夏休みの宿題免除です。プリントもドリルも自由研究も、何もやらずに遊び三昧の夏休み!天才の筈のキース君とシロエ君も悪くない気分のようでした。強制されて勉強するのは二人とも好きじゃないんです。
「良かったね、みんな。ハーレイ、ぼくからもお礼を言うよ」
「…ブルー…。礼なんかより、他に言うべきことがあるだろう」
縞々トランクスの教頭先生が眉間の皺を深くしました。
「あ、そうそう。そうだっけね」
会長さんはニコッと笑い、縞々トランクスを指差して…。
「…見てごらん。恥ずかしいだろう?後ろ前に履いてるんだよ、ハーレイったら」
「「「後ろ前!?」」」
思いも寄らないことを聞かされ、私たち七人はビックリ仰天。
「うん、後ろ前。これじゃトイレで困るだろうね」
「…本当だ…」
屈み込んだジョミー君が縞々トランクスを見つめています。スウェナちゃんと私は好奇心に負けてチラッと眺め、すぐに視線を逸らしました。
「前あきが無いや。トイレに行けないことはないけど…」
「かなり格好悪いと思うよ。他の人が入ってきたら、とても間抜けに見えるだろうし」
クスクスクス。会長さんに笑われ、ジョミー君やキース君たちにも笑われ、教頭先生の顔は真っ赤です。
「気付いたから注意してあげたんだ。で、履き直すように言ったんだけど…ね」
「あんた、まさか…」
キース君の顔がヒクッと引き攣りました。
「そう、その『まさか』さ。君たちが飛び込んで来たのは、ハーレイが履き直そうとしていたところ」
あちゃ~!じゃあ、誤解だという教頭先生の叫びの方が真実だったということですか。キース君たちは慌てて教頭先生の手足を放し、床に土下座してしまいました。
「も、申し訳ありません!…大変失礼いたしました!」
「…いい、いい。…君たちが謝る必要はない」
教頭先生は自由になった手でズボンを引き上げ、ベルトを締めてからキース君たちの手を取って順に立ち上がらせていきます。
「朝練の後、シャワーを浴びた時に間違えて履いてしまったようだ。ブルーに指摘されなかったら、そのまま気付いていなかったろう。後で奥の部屋で履き直す。…それにしても、ブルー…。女の子まで呼び込まなくてもいいだろうに」
「この程度で卒倒するような子たちじゃないよ。誤解されたとおりのコトをしている最中だった、というならともかく」
さ、最中!?…想像してボンッ!と赤くなったのはスウェナちゃんと私だけではありませんでした。
「じゃあ、金の狸は貰っていくよ。ありがとう、ハーレイ」
クルリと踵を返した会長さんを私たちは慌てて追いかけます。廊下へ出てから振り返ってみると、教頭先生は椅子に沈み込んで顔にハンカチを載せていました。もう少ししたら冷却シートがおでこに貼られているのかも…。
「…さっきの後ろ前の話だけどな」
会長さんと別れ、大切な金の狸を1個ずつ持って教室に戻っていく途中の廊下で口を開いたのはキース君。
「あの落ち着いたハーレイ先生が、間違えるとは思えない。いや、百歩譲って本当に間違えていたんだとしても、狸目当てで行った会長がトランクスなんか見ると思うか?いくら能力があったって」
言われてみれば確かに変です。ポケットの中身とかならともかく、トランクスに用はありません。
「そうだよねえ。じゃあ、もしかして…教頭先生は会長に…」
「ハメられたんだ、と俺は思うぞ。あいつの力なら地図くらい手も触れずに盗み出せるんじゃないか?狸の在り処も簡単に探し当てられそうだ。なのに、わざわざ教頭室に…。そして起こったのがあの騒ぎだ」
「焼肉パーティーの時も陥れてましたっけね」
シロエ君が顎に人差し指を当て、ヒュウと口笛を吹きました。
「トランクスは会長が後ろ前に入れ替えてしまった、とか?…そのくらいのことは出来そうですよ」
「恐らくそれが真相だろう。教頭先生に申し訳ないことをしてしまった…」
「いいって、いいって!…多分、そんなに気にしてないさ。悪巧みしたのは会長なんだし」
ジョミー君がお気楽に言い、私たちはそれもそうか、と納得しました。それに教頭先生だって、会長さんのウェディング・ドレス姿の等身大写真を戸棚に隠していたんですから…疑われても仕方ないかも。とにかく今は金の狸を提出するのが最優先です。宿題免除、バンザーイ!