シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
- 2012.02.06 仏縁の果てに・第3話
- 2012.02.06 仏縁の果てに・第2話
- 2012.02.06 仏縁の果てに・第1話
- 2012.02.06 汚れなき悪戯・第3話
- 2012.02.06 汚れなき悪戯・第2話
学園祭の準備が始まりました。坊主カフェでお客様に出すお菓子は紅葉を象った練り切りです。お点前担当は会長さんの他にマツカ君とキース君。御曹司なマツカ君に茶道の心得があるのは知ってましたが、キース君とは意外でした。けれど会長さんは当然のように。
「だから言っただろう、お寺と茶道は関係が深い、って。本山の行事なんかだと献茶と言ってね、茶道の家元が来て御本尊様にお茶を供えることもある。坊主たる者、茶道の心得も必要なんだよ」
「そういうことだ」
ほれ、とキース君が点てたお抹茶をマツカ君がテーブルまで運び、ジョミー君たちは見学中。これがお手本で、男の子たちは毎日お抹茶を運ぶ練習をしているのです。そこそこ形になってきたので、今日は本番さながらに衣装も着けて練習しようということで…。
「かみお~ん♪ 奥のお部屋に用意したからね! 着付けのお手伝いをした方がいい?」
「「「………」」」
ブスッと黙り込む男の子たち。仮装衣装の専門店から届いた衣装を喜ぶ人はいませんでした。それでも会長さんにギロリと睨まれては文句も言えず、肩を落として「そるじゃぁ・ぶるぅ」の作業部屋へと。暫く経って出てきた男の子たちは墨染めの法衣に茶色の袈裟を着け、髪の毛以外はお坊さんのスタイルです。
「うん、いいね」
似合ってるよ、と会長さんが微笑んで。
「それじゃ仕上げに髪の毛の方を…。キースとジョミーは自力で頼むよ、残りの面倒はぼくが見る。…始めっ!」
会長さんの合図で男の子たちは全員見事な坊主頭に変身しました。キース君とジョミー君は見慣れてましたが、他のメンバーのは初めて見ます。シロエ君は可愛く、マツカ君はちょっと色っぽく、サム君はやんちゃな小僧さんのようで…。
「上出来、上出来。坊主カフェも人気が出るんじゃないかな、新鮮だしね。…それじゃ稽古を続けようか。お点前は引き続きキースで頼むよ」
ぼくは休憩、と会長さんは制服でソファに腰掛けたままで。
「もっと背筋をシャンと伸ばす! 姿勢の悪さは制服以上に目立つんだから! 本物のお坊さんになったつもりで礼儀作法もきちんとね」
会長さんの指導は厳しく、一通りの練習が終わった頃には男の子たちはヘトヘトでした。着慣れない法衣も負担になったみたいです。会長さんは溜息をつき、サイオニック・ドリームを解いてから。
「まずは衣装に慣れて貰わないと駄目なようだね。マツカはそこそこいけるんじゃないかと思ってたけど、普通の着物とちょっと勝手が違うかな?」
「そうですね…。この袈裟が少し動きにくいような…」
「なるほど。キース以外はてんで形になっていないし、明日から稽古は法衣ってことで。…スペアも用意してあるからさ、この部屋に来たら着替えること!」
「「「えぇっ!?」」」
ブーイングの声が上がりましたが、会長さんはサラッと無視して。
「おやつを食べたらもう一度練習するからね。ああ、その格好で食べるんだよ? 慣れが大事だ」
食べこぼしたって問題なし、と会長さんが言い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が焼きたてのシフォンケーキを運んできます。お坊さんの衣装にシフォンケーキは似合いませんけど、学園祭までこの光景が続くんでしょうねえ…。と、会長さんが「もう一つ」とテーブルに紙を取り出して。
「はい、これをみんなに1枚ずつ。…女の子には関係ないけど、歌詞カードだ」
「「「歌詞カード?」」」
「そう。後夜祭の人気投票は知ってるよね? 今年もぼくとフィシスで一位を頂くつもりだよ。ぼくは当然、緋の衣で出る。その時のバックコーラスをお願いしたくて」
「「「バックコーラス…?」」」
なんじゃそりゃ、と渡された歌詞カードとやらを開いてみると、そこに書かれていたものは…。
「どこが歌詞だ!」
キース君が叫びました。
「般若心経を唱えてくれと言うなら分かるが、歌詞カードとは冗談にも程があるだろう!」
「そうかな? 君も知ってる筈だよ、ゴスペル般若心経ってヤツ」
「…なんだと?」
「第九のメロディーで歌うゴスペル風の般若心経! 動画サイトでも有名だよね」
これ、と会長さんが大音量で部屋に流したのは本当に般若心経でした。クラシックの名曲に合わせて朗々と歌われ、手拍子なんかも入っています。なんなんですか、この歌は…。
「胡散臭いとか思ってる? これでも本物のお寺の住職監修なんだ。せっかくお坊さんが揃ってるんだし、歌って貰えばきっとウケるさ。この練習も今日から始める」
男の子たちはズーンと落ち込みましたが、会長さんは容赦なくゴスペル般若心経の稽古も開始。腹式呼吸が大切だとかで発声練習も必須です。えーと…今年の学園祭は間違いなく坊主一色ですね…。
そうこうする内に学園祭の前日になり、1年A組の教室はクラス展示の会場に変わってしまいました。他のクラスも展示や演劇の準備に忙しく、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で坊主カフェのチラシのチェック。一般生徒には「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の公開としか知らせていないので、みんなが下校した後、チラシをあちこちに置くのです。
「チラシ置き場と掲示板と…。リオとフィシスにも預けなくっちゃね」
はい、と仕分けしたチラシを男の子たちに渡す会長さん。お坊さんの格好もゴスペル般若心経の合唱もそれなりにマスターした男の子たちは最後の練習を終えて既に制服に戻っています。そして「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋も夜の間に業者さんが扉を開けられるように工事した後、御茶席用に整えてくれることになっていて…。
「よし、下校時刻を過ぎたようだ。もう校内に一般生徒は残っていないし、チラシを置きに行って」
「「「はーい!」」」
とうに開き直っていた男の子たちは『坊主カフェ』の文字が躍るチラシを置きに校内に散っていきました。もはやヤケクソのようですけども、坊主カフェではきちんと仕事をする筈です。スウェナちゃんと私は去年と同じく、入口で案内をするだけでした。やがて男の子たちが戻って来て…。
「置いてきたよ、チラシ! でも…」
変なモノを見たんだ、とジョミー君が首を捻っています。
「中庭に先生が集まっていてさ、そこにカボチャが」
「「…カボチャ?」」
「あ、俺もそれ見た!」
サム君が応じ、キース君たちも。
「確かにカボチャが並んでいたな。それもデカイのが」
「カボチャなんか何にするんでしょう? 先生方が出し物をなさるって話は聞いてませんけど…」
かなり大きいカボチャでしたよ、とシロエ君が証言した時、会長さんが。
「あれは出し物なんかじゃなくって魔除けだよ」
「「「魔除け?」」」
「そう、魔除け。…厄除けの方が近いかな? 今はみんなでカボチャを彫ってる」
「「「は?」」」
なんのことだかサッパリです。会長さんが「ぶるぅ、頼むよ」と声を掛け、壁に映し出された光景は…。
「ホントに彫ってる…」
「そりゃハロウィンも近いけどさぁ…」
先生方が中庭で作っていたのはジャック・オー・ランタンというヤツでした。カボチャをくり抜き、個性的な目や口を彫刻中です。会長さんがクスッと笑って…。
「うちの学校、ハロウィンが無いのが残念だとは思わないかい? ぼくが持ち掛けたら二つ返事でオッケーされたよ、面白そうだっていう理由でね。坊主カフェとセットになっているんだ」
「「「???」」」
「坊主カフェのお客さんには悪戯チケットを渡すんだよ。それを持っていけば先生方に悪戯が出来る。悪戯をされたくなければお菓子を渡せばいいんだけれど、留守にしている控室とかで悪戯されたら困るだろう? だからカボチャを置くんだよ。あれが置いてある部屋の中では悪戯禁止」
「それで厄除けと言っていたのか?」
キース君の問いに、会長さんは。
「流石キースは鋭いね。だけどカボチャを置くだけ無駄な部屋もある。…そうとも知らずに頑張って彫ってるみたいだけども」
大写しになったのは真剣にカボチャと向き合っている教頭先生。彫刻が趣味だと聞いていますが、お世辞にも上手とは言えない出来のカボチャ・ランタンが出来つつあります。けれどカボチャを置くだけ無駄って、ひょっとして教頭先生の部屋は除外ということですか?
「もちろんさ。…ハーレイにババを引かせたいんだろう、坊主カフェで?」
「ま、まさか…教頭先生だけに悪戯を…?」
「そういうこと。他の連中が二つ返事でオッケーしたのはそのせいなんだ。ハーレイだけが酷い目に遭うハロウィンもどきって愉快じゃないか。表向きはカボチャの魔除けで助かりました、ってことにもなるし」
「し、しかし……教頭室にも当然カボチャは…」
彫ってるんだし、とキース君が中継画面を指差します。会長さんは可笑しそうに。
「ハロウィンの悪戯の中にはカボチャを壊すのもあるんだよ。教頭室のカボチャだけは壊してもいい、と言うつもりさ。…壊した後は魔除け無しだし、何をやっても許されるよねえ?」
私たちは頭を抱えましたが、会長さんはやる気満々でした。坊主カフェとハロウィンもどきのコラボレーションとは、なんともカオスな企画です。教頭先生の渾身の作のカボチャ・ランタン、明日の今頃にはボコボコに壊されているんでしょうねえ…。
先生方の部屋の前にカボチャ・ランタンが置かれ、学園祭が幕を開けました。坊主カフェのチラシを手にした生徒が生徒会室の前の廊下に並んでいます。みんな、坊主カフェとはどんなものなのか興味津々。スウェナちゃんと私が扉を開けると歓声が上がり、最初に入れる人数分のお客さんが中へ進んで…。
「「「えぇっ!?」」」
「ようこそ、ぶるぅのお部屋と坊主カフェへ」
緋色の衣の会長さん以下、ズラリと居並ぶお坊さんたちに言葉を失う一般生徒。会長さんは自慢の銀髪ですけど、ジョミー君たちは髪が無いのですから。
「ああ、これ? これもぶるぅの力でね。本当はちゃんと髪の毛があるから安心して。さあ、どうぞ。…茶道の心得が無くても大丈夫だから」
会長さんがお点前をするための机に座り、男の子たちがお茶菓子のお皿を配ってゆきます。紅葉の練り切りを乗せた懐紙にはカボチャの透かしが入っていて…。
「お皿は記念に持ち帰ってくれていいからね。ぶるぅの手形パワーが1回分だけ入ってるんだ。テストの時にそれを持っていれば1回に限り満点にできる」
会長さんの説明に客席がワッと湧き立ちました。手形パワーのオマケつきですか! これは人気が出そうです。お抹茶が配られ、みんながそれを飲み終えた頃に会長さんが。
「お客さんが行列してるし、ゆっくりしてって貰えないのが残念だけど…。お菓子が乗ってた紙にカボチャのマークがついてるだろう? それは悪戯チケットなんだ」
「「「…悪戯チケット?」」」
「そう。気付いたかどうか知らないけれど、先生方の部屋の前にはカボチャ・ランタンが置かれてる。ハロウィンのカボチャさ。それが置いてある部屋では悪戯禁止。部屋の外で出会った先生にはチケットを見せて『トリック・オア・トリート?』と言えばいい。きっとお菓子をくれる筈だよ」
運が良ければゼル特製、と聞いて大喜びの生徒たち。会長さんは更に続けて…。
「ただし、悪戯をしてみたい人もいるだろう。ぼくもターゲットにして欲しい先生がいるし、教頭室の前のカボチャ・ランタンを破壊したまえ」
「「「教頭室?」」」
「教頭室だ。ハーレイには遠慮しなくてもいい。カボチャ・ランタンが置かれていない部屋では悪戯オッケーなんだからね。ハロウィンの悪戯の定番はトイレット・ペーパーとホイップ・クリームと生卵。その辺のアイテムは生徒会で用意してるから、好きなのをどうぞ」
係はリオだ、と会長さんはウインクして。
「トイレット・ペーパーで教頭室の備品をグルグル巻きにしようが、ホイップ・クリームで落書きしようが、ドアや壁に生卵を投げつけようが構わない。ちゃんと保険に入ってあるから無問題だしね。…ハーレイ自身に悪戯するのも大いに結構。期待してるよ、健闘を祈る」
「や……やってみます!」
威勢よく立ち上がった男子生徒に他の生徒も続きました。女子も混じっていたのですけど、高校生といえば先生相手に悪戯したい年頃です。次のお客様を案内するために部屋の外へ出ると、男子も女子も、リオさんにカボチャマークの懐紙を見せて悪戯アイテムを受け取り中。教頭先生、どうなるのかな…。
『フィシスに任せて見てくるといいよ』
会長さんの思念が届きました。
『ぶるぅも連れてってくれるかな? 坊主カフェでは出番が無いから可哀想だし、息抜きしにね』
「かみお~ん♪」
ヒョコッと出てきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はワクワクしている様子です。スウェナちゃんと私はフィシスさんに店番ならぬ扉番を代わってもらって教頭室へお出掛けすることに。
「ゆっくり行ってらっしゃいな。きっとブルーも喜ぶわ。目撃証言が聞けるんですもの」
フィシスさんも楽しそうにしています。会長さんの恋人ならぬ女神だけあって、教頭先生への数々の悪戯も熟知しているフィシスさん。今度はいったい何が起こるのか、ドキドキなのかもしれません。
「じゃあ、行ってきます!」
「行ってくるね~♪」
バイバイ、と手を振る「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れて私たちは教頭室のある本館の方へと向かいました。先に行った悪戯チケットの持ち主たちはとっくに到着しているでしょう。扉に生卵か、備品にトイレット・ペーパーぐるぐる巻きか…。心配ですけど楽しみです~!
「あれ…?」
辿り着いた教頭室の重厚な扉の前にはカボチャ・ランタン。壊れてないじゃないですか! 悪戯チケットの持ち主たちは一体何処へ…?
「んーとね、ゼルにお菓子を貰っているよ」
そう答えたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「一度みんなで教頭室まで来たんだけれど、カボチャ・ランタンを壊す勇気が無かったみたい。だからチケットが本当に効くか、他の先生で試してるんだよ」
慎重になる気持ちは分からないでもありません。いくら会長さんに言われたとはいえ、カボチャ・ランタンは本来、悪戯禁止の印なのです。それを壊して乱入するのはかなり勇気が必要かも…。
『だから、ぶるぅを行かせたんだよ』
笑いを含んだ会長さんの思念。
『また連中が戻って来ると思うんだよね。第二陣の御茶席ももうすぐ終わるし、教頭室を目指す人数が増える。その前にカボチャを破壊しなくちゃ! ぶるぅもチケットを持っているから』
「「え!?」」
ギョッとした私たちの目の前で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が宙に懐紙を取り出しました。カボチャの透かし模様が入っています。
「ブルーがカボチャを壊しておいでって言ったんだもん! みゆとスウェナもやってみる? はい、チケット」
小さな手でヒョイと渡された懐紙を私たちがポカンと眺めていると。
「あっ、そるじゃぁ・ぶるぅだ!」
「悪戯をしに来たのかな?」
坊主カフェのお客様たちが戻って来ました。ゼル先生に貰ったというお菓子の袋を持っています。ど、どうしましょう、カボチャ・ランタン、私たちが破壊するんですか? えっと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」じゃなくて…? 教頭先生に恨まれちゃったら困るんですけど…。と、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が取り出したものは。
「はい、目隠しだよ♪」
「「「え?」」」
「楽しく壊した方がいいでしょ? カボチャ割りしようよ、スイカ割りみたいに♪」
そう言った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大きなカボチャ・ランタンをよいしょ、と抱えて廊下のド真ん中まで移動させると。
「順番はジャンケンで決めていいよね? ジャーンケーン…」
ポンッ! の声で私たちは反射的に片手を出していました。勝ち抜き戦で順番が決まり、一番になった男子が目隠しをして「そるじゃぁ・ぶるぅ」が渡した棒を握って…。
「いい? 回すからね?」
パアッと青い光が溢れ、男子生徒は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーことサイオンでクルクルその場で回転。これでカボチャが何処にあるかは分かりません。棒を振り上げて打ちおろした先は残念なことに廊下でした。選手は交替、またクルクルと回されて…。
「「「頑張れー!!!」」」
5人目の生徒が棒を握る頃には第二陣の生徒も到着していて、廊下は大いに盛り上がっています。そこでカチャリと扉の開く音が。
「…なんの騒ぎだ?」
「「「きょ、教頭先生!?」」」
全員の腰が抜けかけたのと、バキャッとカボチャが壊れたのとは同時だったと思います。目隠しをしていた生徒を「そるじゃぁ・ぶるぅ」が上手く誘導した様子。その「そるじゃぁ・ぶるぅ」はエヘンと胸を張って。
「みんなでカボチャを壊してたの! あのね、ブルーがハーレイのカボチャは壊してもいいって言ったんだよ!」
「…な、なんだと…?」
「カボチャ、壊れちゃったよね。ぼくもチケット持ってるんだ♪ トリック・オア・トリート? お菓子、持ってる?」
「こ、この部屋に菓子は無いのだが…。あっ、待ちなさい、ぶるぅ!」
教頭先生の横をスルリと駆け抜けた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手にはホイップ・クリームの容器がありました。窓に突進してデカデカと書きつけた文字は『そるじゃぁ・ぶるぅ参上!』。それを目にした他の生徒は勇気百倍というヤツです。たちまちトイレット・ペーパーが椅子や机に巻き付けられて、教頭先生もいつの間にやらグルグル巻き。そこへ生卵にホイップ・クリーム…。いいんでしょうか、こんなことして?
「いいんだもんね♪」
こっち、こっち、と新しくやって来た生徒を「そるじゃぁ・ぶるぅ」が呼び寄せています。破壊されたカボチャ・ランタンは生徒たちの興奮を煽るようでした。もうどうなっても知らないもんね、としか言えませんです…。
坊主カフェの一日目は大好評。普段は入れない「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入れることと、お坊さん姿の男の子たちの接客も人気が高いのですが、お土産の手形パワーつきのお皿と悪戯チケットも大評判で長蛇の列に…。入り切れなかった生徒たちには明日の整理券が配られました。
「ふふ、成功。…ハーレイは明日も苦労すると思うよ」
店じまいした部屋で制服に着替えた会長さんが笑っています。
「坊主カフェもハロウィン企画も自分がOK出しちゃったから、今更どうにもならないのさ。マザー農場から新しいカボチャを届けてもらって彫っているけど、明日はぶるぅに頼まなくても生徒が自力で破壊するしねえ? 勇気ってヤツは一度燃え上がると敵知らずだ。カボチャがあっても壊して突撃!」
「おい。…あんた、俺たちの坊主姿を晒しただけでは気が済まんのか?」
キース君の突っ込みに、会長さんは。
「ん? その程度のことでぼくが満足するとでも? 去年みたいにバニーちゃんなら楽しいけれど、お坊さんなんか普通じゃないか。記念撮影の申し込みだって少ないし…」
「坊主頭を写真に撮ってもつまらんからな。…あんたとのツーショットだけは申し込み多数みたいだが」
フン、と鼻を鳴らすキース君。男の子たちの坊主頭は、会長さんがサイオニック・ドリームのレベルをキース君に合わせて調整したせいで写真に写るレベルでした。ですから去年みたいに「好きな男の子との記念撮影」を注文すると、写るのはもれなく坊主頭。人気が出る筈ありません。でも接客をして貰えるのは嬉しいですし…。
「女子には複雑なイベントかもねえ、坊主カフェ。だから悪戯チケットをつけた」
そっちはもれなく遊べるし、と涼しい顔の会長さん。
「アルトさんとrさんが悪戯チケットを回収しようと頑張ってたけど、徒労に終わったみたいだよ。あの二人は本当にハーレイに甘いね、一緒に悪戯すればいいのに」
「ファンなんですから無理でしょう…」
シロエ君の呟きに頷く私たち。アルトちゃんたちは明日も教頭先生を守ろうとするに違いありません。教頭先生だって悪戯チケットから逃げるべく策を講じると思うのですが…。
「そう簡単には逃がさない。…いや、逃げた時こそ却って見ものと言うべきか…」
とにかく明日も頑張ろう、と会長さんはブチ上げました。学園祭は二日間。明日は坊主カフェと後夜祭でのゴスペル般若心経です。ジョミー君たちは仕上げとばかりに合唱させられ、スウェナちゃんと私は手拍子係。本番ではカラオケを流すそうですから、手拍子の方は全校生徒に任せて安心!
学園祭二日目も「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は人が途切れませんでした。教頭室の前に新しいカボチャ・ランタンが置かれているのをジョミー君が確認してきましたが、悪戯チケットを握った生徒が早々に破壊。リオさんが渡すトイレット・ペーパーやホイップ・クリームも次から次へと補充されて…。
「えっ、ハーレイが逃げたって?」
会長さんが報告を受けたのはお昼の休憩タイムでした。生徒たちの突撃中にトイレに逃げ込み、鍵をかけたというのです。
「なるほどねえ…。だったら悪戯は徹底的に! 本人が無理なら部屋と車だ。車は許してあげていたけど、身代わりってことでいいだろう。大いに飾ってやりたまえ」
トイレット・ペーパーとクリームで、とニヤリと笑う会長さん。その言葉どおり、午後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れて散歩に出かけたスウェナちゃんと私が目にしたものは駐車場でケーキの如くデコレーションされ、トイレット・ペーパーを巻き付けられた教頭先生の愛車でした。けれど教頭先生はトイレに籠ったままで…。
「「「ありがとうございましたー!」」」
最後のお客様を見送り、男の子たちが深々と頭を下げます。坊主カフェは大盛況の内に営業終了。後夜祭でのゴスペル般若心経の合唱が残っているので坊主頭と墨染めの衣はやめられませんが、もうお点前やお運びをしなくていいと思うと嬉しいらしく。
「後夜祭は最後だけの参加でいいよね、バックコーラスの時にいればいいんでしょ?」
ジョミー君は坊主頭を晒したくないので外には出ないと言い、キース君たちも同じでした。そこで私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が入れてくれた飲み物を手にしてのんびり休憩していたのですが…。
「ぶるぅ!」
後夜祭の人気投票を目当てに出掛けて行った会長さんが瞬間移動で飛び込んできました。
「連行したから、後はよろしく。間に合うように連れて来て!」
じゃあね、と緋の衣を翻して会長さんが消え、代わりにドサリと落ちてきたのは…。
「「「教頭先生!?」」」
「いたたた…」
腰を擦っている教頭先生に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニッコリ笑って。
「ハーレイ、早めに着替えてね? ブルー、怒ると怖いから」
「着替えだと…?」
「うん! トイレに逃げ込んだけどトイレット・ペーパーが無かったんだって聞いてるよ? それで出たくても出られなくって、紙、紙って騒いでいたんでしょ? ウォッシュレットも壊れてたなんて最悪だよね」
え。そんなことになっていたんですか! 教頭先生は脂汗をビッシリ浮かべながら。
「あ、あれは…。紙もウォッシュレットも絶対ブルーが……ブルーがやったと…」
「でも、紙を届けたのはブルーだよ? ハーレイ、紙をくれるなら何でもするって言ったでしょ?」
「…うう……。私にどうしろと…?」
「ブルーとフィシスが人気投票で一位になるから、盛り上げ役! ブルーがお坊さんらしさをアピールするんだ」
これ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が差し出したのは墨染めの衣と袈裟でした。ジョミー君たちとお揃いです。教頭先生がサイオンで着替えさせられた頃、校庭の特設ステージでは会長さんとフィシスさんが人気投票で一位になっていて…。
「行きましょうか、教頭先生」
キース君が先に立ってステージに上がり、男の子たちがズラリと整列。スウェナちゃんと私は「ゴスペル般若心経なぞ歌えない」と泣きが入っていた教頭先生の行く末を見届けるべく、ステージの下に立っていました。教頭先生、歌えなかったらどうなるんでしょう……って、あれ? 小僧さんスタイルの「そるじゃぁ・ぶるぅ」がステージに?
「今年もぼくを一位にしてくれてありがとう、みんな」
緋色の衣の会長さんがフィシスさんの手を取り、よく通る声で。
「お坊さんの格好でも一位というのは嬉しいものだね。せっかくだから、みんなの悪戯チケットから逃げてしまったハーレイを此処に連行してきた。お詫びの印に丸坊主というのはよくある話だ。剃髪ショーを披露しようと思うんだけど、それでいいかな?」
おおぉっ、と湧き立つ全校生徒。
「このショーのためにバックコーラスも用意した。ブラウ先生、お願いします!」
ゴスペル般若心経のイントロが大音響で流れ、間もなくジョミー君たちが合唱する中、会長さんが教頭先生を無理やり座らせ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が差し出したバリカンと剃刀で髪の毛を…。第九のメロディーで流れる般若心経と教頭先生の坊主頭は最高でした。花火が上がり、みんなの手拍子が響き渡って…。
「「「はんにゃーーーはーらーみーたーーー しんぎょーおーーー」」」
「「「シャングリラ学園、バンザーイ!!!」」」
えっと。教頭先生の坊主頭は当然サイオニック・ドリームですよね? でないと残酷すぎってもので…。ハロウィンなんだか、般若心経だか、何が何だか分かりませんけど、何処から何処までが会長さんのプロデュース? ジョミー君が得度した今、お坊さんがマイブームだったらどうしましょう…。とにかく拝めばいいのかな? 般若波羅蜜多心経…って、困った、歌しか覚えてないのに~!
『歌っておけばいいんだよ』
会長さんの思念が掠めてゆきました。
『どうせこんなの、お遊びだしね。もっとも、ハーレイの坊主頭はお詫びの印に当分の間、そのまんま!』
相応の御布施を積んでくれれば別だけど、と告げられた金額は半端なものではありませんでした。一方的に悪戯されて、逃げたと言われて坊主にされて…。教頭先生、これでも会長さんを諦める気はないですか? 無いんだろうな、と分かる自分が悲しいです。教頭先生に……合掌。
キース君の壮行会に便乗する形で、ジョミー君は無理やり得度させられてしまいました。サイオン・バーストを起こしたジョミー君の意識が戻らない内に会長さんは阿弥陀様の御厨子などを瞬間移動ですっかり片付け、さっさと私服に着替えてしまって、今夜のお泊まり会に備えて夜食などを用意してもらっています。そんな会長さんに、キース君が。
「…おい、このまま放っておいても大丈夫なのか? ジョミーはバーストしたんだろう?」
ジョミー君は運び込まれた簡易ベッドに寝かされていて、心配なのは私たちも同じ。サイオン・バーストは場合によっては命に関わる、とキース君がバーストした直後に教えられていたからです。けれど会長さんは気にするでもなく。
「平気だってば。キースの時とは規模が違うし、タイプ・ブルーの能力からすればサイオンの放出量はほんの少しだ。ショックで気絶してはいるけど、ダメージはキースよりも遙かに少ない。せいぜいハーレイの鼻血レベルさ」
「「「………」」」
教頭先生の鼻血ですって? なんだか一気に深刻さが減ってしまったような…。マザー農場の職員さんたちも苦笑しています。会長さんはジョミー君の顔を覗き込み、額にそっと手を当ててみて。
「うん、大丈夫。もう少ししたら意識が戻るだろう。その前にぼくの家に移動しようか、ここで騒がれたら迷惑だしねえ…。農場の朝は早いんだから」
「お気遣いなく。徹夜で飲んでも仕事はしますよ、私たちは」
農場長さんがゆっくりしていくようにと言ってくれましたが、会長さんは長居する気は無いらしく。
「いいんだってば、傷心のジョミーを慰めるには少数精鋭でいくのが一番! ここだとジョミーを甘やかしそうな女性陣もいるし、ぼくたちだけでシビアにビシバシ」
「…それは慰めるとは言わないのでは…?」
突っ込みを入れた農場長さんに、会長さんはクッと喉を鳴らして。
「まあね。とにかくジョミーを得度させるチャンスを作ってくれたことには感謝するよ。キースの壮行会もありがとう。責任を持って立派な坊主にしてみせるから」
「お坊さんが三人ですか。頼もしいですな」
うんうん、と頷く農場長さんと職員さんたちに別れを告げて、私たちは瞬間移動で会長さんのマンションに移りました。農場長さんはマイクロバスを出すと言ったのですけど、ジョミー君の意識が戻らないので会長さんが断ったのです。曰く、「足腰立たない酔っ払いを運ぶのは趣味じゃないから」。気絶と酔っ払いは同列ですか…。
「ん? 酔っ払いに何か問題でも?」
ジョミー君をソファに下ろした会長さんが振り向いて。
「意識が無くて重たいだけだろ、こんな状態。酔っ払いと変わりゃしないよ、此処まで担いで来る手間を思えば瞬間移動の方が早いし…。力仕事は嫌いなんだ。担ぐ場合はキースに丸投げしていたさ」
「俺なのか?」
「そう。君が一番力がありそうだし、バーストの方も先達だしね。…あ、いけない」
電話機の方へ向かう会長さん。何をするのかと思えば、ダイヤルした先はマザー農場。
「もしもし? ぼくだけど。今日は色々ありがとう。それで、すっかり忘れていたんだけれど……ジョミーがバーストを起こした件は内緒にしといてくれるかな? 長老たちに知れると何かとうるさい。…そう、ぼくが説教されるんだよ。うん、うん…。じゃあ、よろしく」
受話器を置いた会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に夜食の用意をさせています。えっと…ジョミー君がバーストを起こした件がバレると会長さんがお説教っていうのは、ジョミー君がタイプ・ブルーだから? 私たちが顔を見合わせていると。
「決まってるじゃないか」
当然とばかりに答える会長さん。
「タイプ・ブルーのサイオンが一気にバーストしたら何が起こるか知ってるだろう? シャングリラ学園全部が吹っ飛ぶパワーなんだよ? マザー農場は流石に広いし、全部吹っ飛ぶとは言わないけれども、管理棟と宿泊棟が全壊するのは間違いないね。農場だって無傷じゃ済まない」
「「「………」」」
そんな危険な橋を渡ってまでジョミー君を仏門に押し込みたかったわけですか…。私たちは溜息をつき、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が入れてくれた飲み物を口に運びました。テーブルの上にはマザー農場で分けてもらったパーティー料理や、新鮮な卵とバターで作ったパンケーキなど。…ジョミー君の意識が戻るまで、ちょっと休憩しときましょうか。
ジョミー君が「うーん…」と小さな声を上げたのは半時間ほど経ってからでした。睫毛が震え、何度かゆっくり瞬きをして、それから周囲を見回して。
「…あれ? ここ…」
「ぼくの家だけど、何か質問でも?」
会長さんがジョミー君に手を貸してソファに腰掛けさせました。
「気分はどうだい? ホットミルクでも作らせようか?」
「んーと…。なんか頭がスッキリしないし、冷たい物の方が…」
「了解。オレンジスカッシュでいいよね。ぶるぅ、頼むよ」
「かみお~ん♪」
すぐに運ばれてきたオレンジスカッシュをジョミー君はゴクゴクと飲み、飾りのオレンジを齧った所で。
「………。変だ、やっぱり覚えがないや。いつの間に帰ってきたんだっけ? ぼく、どうやってブルーの家へ?」
「瞬間移動に決まってるだろう? 遅くなったし、ぼくの家に泊まって貰おうと思ってさ」
「そっか。あっ、料理も貰って来たんだね!」
お腹ペコペコ、とジョミー君はパーティー料理の残りに目を付け、早速パクつき始めます。ひょっとしなくてもバーストのショックで記憶が綺麗に抜け落ちましたか? 強制的に得度させられたことは知らないとしても、その前の会長さんの後継者を巡る騒動は…?
「え? みんな、変な顔してどうしたの?」
キョトンとしているジョミー君に、私たちは天井を仰ぎました。やっぱり忘れてしまってますよ~! まあ、それはそれで平和かな、と思ったのに。
「ジョミー、改めて話があるんだ」
切り出したのは会長さん。
「落ち着いて聞いてくれたまえ。…と言っても全く信じないだろうし、ぼくたちの記憶を見るといい。はい、ぼくの分。ぶるぅの分。でもって、これがキースの分で…」
サイオンで瞬時に情報を伝達されたジョミー君の身体がピキンと固まり、顔がみるみる青ざめて…。
「ちょ、ちょっと待ってよ、なんの冗談? どうしてぼくが後継者なわけ? なんでお坊さんにされちゃうわけ?」
「後継者の件は冗談だよ。それは認める」
でも、と言葉を続ける会長さん。
「キースの壮行会ってことでテラズ様と縁のある場所に行ったし、いい機会だと思ったんだ。君にもいつかは得度してもらうって言ってただろう? 善は急げと言うじゃないか」
「じゃあ、どうしてぼくの記憶が無いのさ? 捏造したって無駄だからね!」
「誓って捏造していない。…君の記憶が吹っ飛んだ理由はこれを見れば分かる」
再びサイオンで送られたらしい情報に、ジョミー君は完全に硬直しました。
「…バースト…? ぼくが…?」
「そうだよ、ジョミー。ぼくが咄嗟に抑え込まなければ宴会場は壊れていたかもね。…君はバーストのショックで気絶しちゃって、ついでに記憶も飛んだというわけ。バーストする前に無理やり言わされた誓いの言葉も覚えてないだろ?」
「え?」
目を丸くするジョミー君に、会長さんはスラスラと。
「阿弥陀様への誓いの言葉さ。殺生をしない、盗みをしない、みだらな行為をしない、嘘をつかない、飲酒で迷惑をかけない、慈悲に背く行いをしない。…君が言わされたのはこうだけどね。フセッショウ、フチュウトウ、フジャイン、フモウゴ、フコシュ、フシンイ。…漢字を説明するのは面倒だから音だけで充分」
「それを言ったらどうなっちゃうの?」
「阿弥陀様に帰依したことになる。お袈裟とお数珠と法名を貰って剃髪すれば得度完了」
「えぇっ!?」
愕然とするジョミー君に重ねて記憶が送られた模様。ジョミー君は両手で髪の毛を押さえ、縋るような瞳で私たちを見て…。
「い、今のって本当? な、なんかブルーがぼくの頭に剃刀を…。でもって得度完了とかって…。嘘だよね?」
「すまん」
キース君が深々と頭を下げました。
「俺もうっかりブルーのペースに飲まれてしまって、止める余裕が無かったんだ。…残念だが得度式の手順はきちんと踏まれている。お前も今日から仏弟子なんだ」
「………嘘………」
ジョミー君は言葉を失い、サム君が。
「大丈夫だって! 俺だってとっくに得度してたけど、誰も気付いていなかっただろ? お前もあんまり気にするなよ。気にしてばかりいるとハゲるぜ」
「……ハゲ……」
その単語はジョミー君の心にグサリと刺さったようで。
「そ、そんな…。ぼくも丸坊主にされるわけ? キースと違って1分間しか持たないのにさ、坊主頭! い、い、い…」
嫌だーっ! と絶叫する前に割って入ったのは会長さんです。
「おっと、そこまで。…またバーストを起こされちゃったら大変だしね。心配しなくても髪の毛の方ならフォロー済みだ。キースみたいに写真に写るレベルじゃないけど、見た目だけなら誤魔化せる。…やってみて」
はい、と鏡を渡されたジョミー君は暫し悩んでから精神を集中し始めました。金色の髪がフッと消え失せて坊主頭になり、1分、2分…そして3分。ジョミー君のサイオニック・ドリームは1分が限界だったのですから、キース君の時と同様、壁を越えたのは間違いありません。
「よし、そこまで! ほら、ちゃんと誤魔化せていただろう?」
会長さんに問われたジョミー君は。
「そうみたいだけど…。でも、本当に得度しちゃったことに決定? 後戻りなし?」
「なし。…せっかく法名も決めたんだから、今度から璃慕恩院に出掛ける時には名乗ってみるのもいいかもね。そうしたいなら届け出ておくよ」
これ、と会長さんに法名を書いた紙を手渡されたジョミー君の嘆きっぷりは半端ではありませんでした。ジョミー・マーキス・シン、改め徐未。キース君の休須よりマシだと思うんですけど、そういうものでもないんでしょうねえ…。
「…ねえ…」
散々文句を言った挙句にジョミー君は泣き落としを始めました。
「可哀想だとか思わないわけ? ぼくはお寺の跡取りじゃないし、サムみたいにブルーに惚れてるわけでもないし…。お坊さんになっても何のメリットも無いんだけれど、それでも取り消しできないの?」
涙を浮かべてみせるジョミー君に、会長さんがフウと吐息をついて。
「…絶対に無理とは言わないけどね。ただ、今より不自由なことになると思うよ。君がバーストを起こした現場を目撃した人は大勢いる。一応、口止めしてきたけれど、君が仏門に入らないなら緘口令を解こうかなぁ、と」
え。それってマザー農場の人たちが喋りまくるってことですか? でなきゃ長老の先生方に報告するとか? …会長さんはジョミー君を見据えると。
「ぼくは君のバーストを抑え込める自信があったからこそ、得度の件を切り出したんだ。そしてバーストは小規模だったけれども、起こした事実に間違いはない。タイプ・ブルーのサイオン・バーストがどれほど危険か、前に話しておいたよね?」
「う、うん…」
「君が仏門入りを切り出される度にバーストを起こしかねないことがバレたらどうなると思う? キースの場合はコントロール可能と判断されて問題なしになっているけど、タイプ・ブルーだとそうはいかない。確実にサイオン制御リングだ」
げげっ。サイオン制御リングというのは、キース君がバーストを起こした時に見たことがあります。ブレスレットや数珠レットにサイオンの制御装置を組み込んだもので、サイオンの自然な流れを遮断するため、頭痛とかの副作用が出ると噂の代物。ジョミー君がそれを嵌めるとなったら、確かに不自由極まりないかも…。
「それに制御リングだけでは終わらないね」
会長さんは畳みかけるように。
「なんと言ってもタイプ・ブルーだ。サイオンの規模は計り知れない。制御リングで抑え込むのは無理と判断されるだろう。…必然的にコントロールの訓練を急げと要求されることになる。君の大嫌いな精神集中を来る日も来る日も、ひたすら訓練! 言っておくけど、ぼくも容赦はしないから」
訓練だけで一日分の気力を使い果たすだろう、と会長さんは宣告しました。
「訓練が終わった後でサッカー部の方へ遊びに行こうとか、ぶるぅの部屋でのんびりしようとか、そんな余力は無いと思うよ。家に帰って寝るだけだね。…それで良ければ得度の件は無かったことにしてもいい。さあ、選びたまえ。おとなしく仏門に帰依しておくか、バーストがバレて訓練三昧の日々を送るか、二つに一つだ」
簡単だろう? と言われたジョミー君はグッと詰まって、考え込んでいましたが…。
「その訓練って、どのくらい? 一ヵ月? それとも二ヶ月?」
「自分の限界を全く分かっていないようだね。坊主頭に見せかけるだけの特訓ですら、何ヶ月かかっていたんだい? それも特訓をやめたら元の木阿弥。そんな君が一ヵ月や二ヶ月でサイオンを完璧に使いこなせるようになるとでも? ハーレイたちは当然のように、ぼくと同レベルの能力を求めてくると思うんだけど」
「ま、まさか…。まさか瞬間移動とか?」
「決まってるだろう? いきなり衛星軌道上まで移動しろとは言わないけどね、ぼくの家と学校の間くらいは移動できるのが基本だよ。バーストという裏技無しで君がそこまで辿り着くには早くて三年くらいかなぁ…。もちろん休日返上で。…付き合わされるぼくも災難だよね」
たまにはブルーに代わって貰おう、と会長さんはソルジャーの名前を出しました。
「ぶるぅじゃダメかって言うのかい? ダメだね、ぶるぅは力はあるけど理屈が分かっていないから。その点、ブルーは経験豊富なソルジャーだ。余計なことも吹き込んじゃうかもしれないけれど、教えるのはぼくより上手いかも…。どうする、ジョミー?」
休日返上で三年間もハードな訓練に明け暮れるのか、それとも大人しく仏門入りか。仏門に入った場合は、特に剃髪を促されるというわけでもなくて、法名さえ頂戴しておけば問題はないみたいです。ジョミー君は悩みに悩み、とうとう決心を固めました。
「分かったよ、この際、徐未でもいいよ。ジョミーと大して変わりはないし! 髪の毛だって見た目だけなら誤魔化しておけるみたいだし! …三年間も訓練するより、名前だけでもお坊さんの方が…」
「決めたのかい? じゃあ、今日から君もぼくの弟子だ。サムと一緒に仏道修行に励みたまえ」
あまり期待はしてないけれど、と会長さんが改めて差し出した輪袈裟と数珠を渋々受け取るジョミー君。ついに正式に仏門入りが確定となり、その後はジョミー君の前途を祝して盛大な宴会の始まりです。キース君の壮行会に、ジョミー君の得度のお祝い。抹香臭い宴会ばかりですけど、賑やかなのはいいことですよね!
どんちゃん騒ぎは明け方まで続き、ゲストルームに引き揚げた私たちが目を覚ましたのはお昼前のことでした。寝惚け眼で着替えを済ませてダイニングに行くと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がブランチの用意を整えています。茄子とベーコンのトマトスパゲッティにサラダにパエリア、軽めに食べたい人のためにとアワビ粥まで。
「やあ、おはよう。遅かったね」
会長さんが御機嫌で迎えてくれました。
「昨日は実にいい日だったよ。やっとジョミーを仏門に入れることが出来たし、最高だよね。ところでさ…」
提案があるんだけれど、と会長さん。
「そろそろ学園祭の季節だろ? 明日はグレイブがクラス展示か演劇かを決める投票を持ち出す筈だ。君たちは今年は何をやりたい? 特に希望が無いようだったら、ぶるぅの部屋を公開しようかと思ってね」
「…今年もか?」
キース君が問い返し、シロエ君が。
「そういえばジョミー先輩が訊いてましたっけね、今年は公開しないのか…って。じゃあ、公開の方向で?」
「うん」
会長さんは頷いて。
「去年はとっても人気だったし、ニーズはあると思ってたんだ。…ただ、いいネタを思い付かなくて…。バニーちゃん喫茶をもう一度とも考えたけど、二番煎じは面白くない。何かないかな…と検討中の所へ素敵なネタが」
「「「ネタ?」」」
なんだか嫌な予感がします。会長さんの思い付きは大抵ロクなことではないのを私たちは悟っていました。今度は何を言い出すのでしょう? バニーちゃん喫茶の次はメイド喫茶か何かですか? 肘でつつき合い、思念を交わす私たちの姿に、会長さんはクスクス笑いながら。
「メイド喫茶というのもいいねえ、みんなにメイドの服を着せてさ。…ああ、もちろん女子は除外だよ? 女の子まで巻き込んじゃうのは紳士的ではないだろう?」
「つまりは喫茶で決まりなんだな?」
ドスの利いた声はキース君。けれど会長さんは首を横に振って。
「違うよ、もっと高尚なもの。ライバルは茶道部の御茶席だ」
「「「茶道部!?」」」
なんですか、そのライバルは? そういえば会長さんが花魁姿でお点前を披露していた年がありましたっけ。会長さんったら、また花魁になって御茶席を設けるつもりですか…?
「分かってないねえ…。お点前は花魁にも必須の教養だけど、お茶の由来を知らないのかい? 元々はお坊さんが持ち込んで来た飲み物なんだよ、お茶ってヤツは。茶道だってお坊さんが始めたものだし、お寺との縁が深いんだ。だから今年は坊主カフェ!」
「「「坊主カフェ!?」」」
私たちの声は完全に引っくり返っていたと思います。坊主カフェとは何なのでしょう? 会長さんはニコニコ顔で。
「親しみやすさをアピールするために坊主カフェって名前にしたんだ。だけど中身は格調高く、きちんとお抹茶を点てて出す。ただし、茶道部の御茶席みたいな畳に正座じゃ話にならない。もっと気軽に来てもらえるよう、立礼で」
「リュウレイ…?」
聞き慣れない単語に鸚鵡返しのジョミー君。キース君が「知らないのか?」と眉を顰めましたが、私だって初耳です。会長さんは「茶道のスタイル」と丁寧に説明してくれました。
「正座に慣れていない人のためにね、お茶を点てる人も椅子に座ってやるんだよ。もちろんお客さんも椅子席だ。これなら畳を持ち込む必要もないし、ぶるぅの部屋でもやりやすい。…でもってサービスするのがお坊さんだから、坊主カフェってこと」
「ちょ、ちょっと待て! 俺に坊主になれってか!?」
キース君の叫びに、会長さんは。
「察しが良くて助かるよ。だけど君だけじゃ寂しいし…。ジョミーとサムのお披露目も兼ねて派手にやりたい。この際、マツカとシロエも坊主だ。…ただしサイオニック・ドリームだけどね」
「「「!!!」」」
えらいことになった、と私たちは顔面蒼白。けれど会長さんはウキウキと「そるじゃぁ・ぶるぅ」にキース君以外の男子の法衣の手配を頼んでいます。
「やっぱり衣は墨染めだよね。あ、ぼくは緋色の衣だから! 袈裟はどれにしようかな? 学園祭はお祝い事だし、華やかなヤツが良さそうだけど…。ぶるぅ、ジョミーたちの袈裟は地味なので頼むよ、引き立て役にはそれで充分」
「うん! えっと、いつものお店でいいのかなあ?」
「そうだね、あそこは任せて安心!」
仲間が経営している仮装衣装専門店の名前が出てきて、キース君たちも観念するしかありませんでした。えっと、えっと……キース君とジョミー君の坊主頭は何度も見たことありますけれども、他のみんなは全く想像つきません。よりにもよって坊主カフェ…?
会長さんが言っていたとおり、翌日のホームルームでグレイブ先生が学園祭の出し物を決めるべく投票の時間を設けました。しかし教室の一番後ろに会長さんの机は増えてはおらず、会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」も来ていません。
「ほほう…。今年もブルーと一緒に別行動か、諸君?」
グレイブ先生が私たちを名指しし、クラスメイトがざわめいています。正真正銘の一年生のクラスメイトには意味がサッパリ分からないでしょう。キース君が代表で立ち上がって。
「はい、今年も1年A組とは別に動かせて頂きます。届け出はブルーが出すと言っていました」
「なるほど。では、諸君は投票しないように。無関係な輩の意見は求めていない」
投票用紙も必要ない、とグレイブ先生は私たち七人グループ抜きで話を進め、例年どおり『演劇よりも展示が望ましい』との大演説をブチかまして……投票結果はお望み通りのクラス展示に。ホームルームの後で私たちはクラスメイトに取り囲まれて別行動の意味を訊かれましたが、坊主カフェだなんて言えるわけもなく。
「ぶるぅの部屋を公開するんだ」
キース君が説明しました。
「この学校の中の何処かにぶるぅの部屋があるって噂は知ってるだろう? 去年、学園祭の期間限定で公開したら大人気だった。だから今年もやるってわけだ」
「それって誰でも行けるんですか?」
「ああ。去年は喫茶をやっていたから、今年も似たようなものだろうな。期間中は誰でも入れる。ただし、ブルーが…」
そこでキース君は声を潜めて。
「部屋の公開はブルーが事実上の黒幕ってヤツだ。去年は喫茶でボッタクリなメニューを出していた。今年は何をやろうとするのか、俺たちにも正直、分からない。…ついでに俺たちもババを引くのは間違いない」
「ババですか…。えっと、教頭先生じゃなくて?」
「…なんで教頭先生の名前が出てくる…」
キース君が頭を抱え、私たちは危うく吹き出す所でした。会長さん絡みでババを引くのは教頭先生という図式がクラスメイトの頭の中には既に刷り込まれているようです。今度も教頭先生がババを引いてくれたらどんなにいいか、と男の子たちが願っているのが思念の揺らぎで分かりました。
『そうだよ、ババは教頭先生だってば!』
『俺たちが坊主カフェなんだったら、教頭先生も手伝ってくれてもいいじゃないかよ…』
『教頭先生がババを引いて下さるんなら、その方が有難いんだがな…』
ジョミー君、サム君、キース君。法名を持つ三人でもこの有様ですから、マツカ君とシロエ君は言わずもがな。坊主カフェな事実をクラスメイトには言えないままで放課後になり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「別行動の届けは出しておいたよ、いつもの『そるじゃぁ・ぶるぅを応援する会』の名前でね」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は楽しそう。テーブルの上には形や彩りが紅葉を思わせる和菓子がズラリと並んでいました。
「坊主カフェでお出しするお菓子はどれにしようか? 見本を取り寄せてみたんだけれど」
まずは試食、と会長さん。もう後戻りは不可能になってしまったみたいです。クラスメイトにも言い出しにくい坊主カフェなのに決定ですか、そうですか…。
「えっ、ババを引くのが何だって? クラスメイトにも言えないだって…?」
誰の思念が零れていたのか、会長さんが首を傾げて。
「ふうん…。なるほどね、君たちだけでは不公平ってわけ? その辺を考慮してあげるつもりはないけど、ババを引くのはハーレイだという鋭い指摘は見逃せない。…ハーレイにもババを引かせるべきかな? どう思う?」
どう思う? って訊かれても…! そんな質問に答えたら最後、えらいことになるのは確実です。私たちは黙秘を決め込み、お菓子の試食に専念しました。学園祭には坊主カフェ! お菓子は紅葉の練り切りかな?
シャングリラ学園の秋の行事はマザー農場での収穫祭。それに先だって薪拾いというのがあります。マザー農場で冬の間の暖房に使われる薪を拾い集めてお届けするのが目的でした。間伐材を程良いサイズに切って置いてくれていたりするので、気分は山での遠足でしょうか。今年も無事に済み、今日は本番の収穫祭!
「かみお~ん♪ こっち、こっち!」
バスで到着したマザー農場では「そるじゃぁ・ぶるぅ」がはしゃいでいました。ジンギスカンの食べ放題に農場体験、楽しいことがてんこ盛り。まずはリンゴを収穫するのが「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお目当てで…。
「美味しそうなのを選んでね! アップルパイにはこれが最高♪」
小さくて背が届かない「そるじゃぁ・ぶるぅ」は私たちにリンゴをもがせて籠一杯に集めています。お次は牛の乳搾りで、それから作りたてのヨーグルトを食べに食堂へ。…しかし。
「ちょ、ちょっと待って!」
ジョミー君が悲鳴を上げました。
「食堂ってあそこにあるんでしょ? ぼく、ヨーグルトは要らないから!」
「なるほどね…」
会長さんの赤い瞳がジョミー君をひたと見据えて。
「宿泊棟には近寄りたくないというわけか…。あそこの屋根裏にはテラズ様があるものね。あんなに君を慕っていたのに、君の仏道修行の妨げにならないようにと成仏したのを忘れたのかい? お念仏も唱えてあげないどころか、近付きたくもないとは嘆かわしい」
「…だ、だって…」
「だっても何も、君の未来はあの段階で決まったようなものだと思うけどねえ? とにかく行くよ、ここまで来たからにはきちんと拝んであげたまえ。…おっと、逃がすわけにはいかないな。キース!」
心得たとばかりにキース君がジョミー君の腕をガシッと掴んで確保しました。私たちは嫌がるジョミー君を宿泊棟へと連行してゆき、顔なじみの職員さんたちに出迎えられて…。
「いらっしゃい。夏祭り以来ですね」
「今日のヨーグルトはスペシャルですよ!」
どうぞ、と食堂へ促す職員さんを会長さんが遮ります。
「その前に、二階へ案内して貰えるかな? ここは普通の生徒たちも来るし、お勤めっていう雰囲気じゃない」
「は?」
キョトンとしている職員さんに、会長さんは。
「ほら、テラズ様だよ。今年の暮れにはそこのキースが住職の資格を取る予定でね。そんな年だし、ぼくが読経ををしてあげようかと」
「住職ですか? そうですか、もうそこまで修行を積まれましたか…」
職員さんたちは感無量といった様子です。そういえば私たちが特別生になった年にマザー農場での宿泊研修があって、キース君が毎日のお勤めのために阿弥陀様を持ち込んでいましたっけ。テラズ様に遭遇したのもその時のこと。駆け出しのお坊さんだったキース君が住職になるというのは職員さんたちも嬉しいかも…。
「それでしたら是非、二階の方へ。テラズ様も喜びますよ」
職員さんに案内されたのは二階の奥の集会室。会長さんは早速サイオンでお勤めに使う道具一式を取り寄せ、私たちもお焼香をして厳かに読経が始まりました。会長さんの後ろにキース君とサム君が控え、キース君は朗々と会長さんに唱和しています。サム君もそこそこ形になっているのが驚きだったり…。ジョミー君は仏頂面でそっぽを向いていますけれども。
「………南無阿弥陀仏」
会長さんがチーンと鐘を鳴らしてお勤め終了。道具は綺麗に片づけられて、私たちは一階に戻って食堂へ。他の生徒たちも来ている中で、案内されたのは『予約』の札が置かれた奥のテーブル。
「お席は確保しておきましたよ。混んでくると座れませんからね」
運ばれてきたヨーグルトには蜂蜜がたっぷりかかっていました。砕いたナッツも散らしてあります。
「蜂蜜は輸入物なんです。国産でこれほど濃いものはちょっと…。ヨーグルトの方も水切りをして濃厚な味わいに仕上げました」
スペシャルですよ、と職員さんが自慢するだけあって「たかがヨーグルト」とは思えない味! ジョミー君もブツブツ文句を言うのをやめて夢中でお代わりしてますし…。会長さんが言うには、この蜂蜜ヨーグルトが名物だという小さな村が星座の元になった神話で有名な国にあるそうです。
「あの国の蜂蜜は美味しいんだ。何種類もあるけど、このヨーグルトの蜂蜜もそうさ。ぶるぅもお気に入りでお菓子の材料に使っているよ。そうだよね?」
「うん! 蜂蜜ヨーグルト、気に入ったんなら作ってあげるよ。シンプルすぎてつまらないかなぁ、って今まで作ってなかったけれど」
私たちは歓声を上げ、マザー農場での時間はアッという間に過ぎていきました。帰りのバスに乗り込む時には職員さん達が総出で見送りに来てくれ、シャングリラ学園の学食用に食材も沢山分けてもらって、収穫祭はこれでおしまい。マザー農場、楽しかったな…。
それから数日経った週末。いつものように「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でお菓子を食べながら柔道部の部活が終わるのを待ち、キース君たちが現れた所で会長さんが。
「やあ、今日も柔道、お疲れ様。…キース、君に招待状が来てるんだけども」
「俺に?」
怪訝そうな顔のキース君。その間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」がタルト・タタンを切り分けます。もちろんマザー農場で貰ったリンゴでした。キース君たちの飲み物もテーブルに揃い、その隣に。
「はい、これ」
会長さんが差し出したのはマザー農場のロゴ入り封筒。宛名は書いてありません。
「昨日の夜にマザー農場からウチまで届けに来たんだよ。…だけど中身はキース宛だね、どう考えても招待状だし」
「だから招待状というのは何だ?」
キース君の問いに、会長さんは。
「文字通りの意味さ。読めば分かると思うんだけど、君の都合が良ければ明日、宴会をしたいって」
「宴会だと?」
「うん。壮行会って言うのかな? この間、君がいよいよ住職になるっていう話をしたから、あの後、ぼくに問い合わせが来てさ。…具体的には何をするのかって質問されて、伝宗伝戒道場のことを言ったら、厳しい修行に行く君のために是非とも一席設けたいそうだ」
「………。気持ちは嬉しいんだが、早すぎないか?」
首を傾げるキース君。伝宗伝戒道場は十二月に入ってからのことです。壮行会は確かに早すぎますよね。…けれど、会長さんは「マザー農場にも都合があるんだ」と切り返して。
「あそこはシャングリラ号のサポートなんかで忙しい。収穫祭前後はそっち方面が比較的暇な時期なんだ。だから今の間に壮行会をと言ってきたわけ。三週間、粗食の精進料理に耐える君のためにステーキとかが食べ放題!」
マザー農場のステーキは美味しいよ、と言う会長さんに続いて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「あのね、あそこのお肉は普通のお店には出ないんだ。特別に契約しているステーキハウスとかホテルだけだよ」
「そういうこと。しかも滅多に出ない幻の味!」
会長さんは得意そうに。
「マザー農場はシャングリラ号の食糧自給システムを支えるために様々な技術を開発中。宇宙空間でも美味しい肉が食べられるように飼育のノウハウを蓄積してる。シャングリラ号の中で育った牛の肉は君たちも何度も食べているけど、不味かったかい?」
私たちは揃って首を横に振りました。言われてみればシャングリラ号の食堂のお肉は宇宙産です。なんとなく地球で補給しているような気がしてましたが、それだと足りなくなるわけで…。船内の農場には家畜飼育部もありましたっけ。でも…シャングリラ号で食べたお肉が宇宙産? 普通のお肉と変わらないような…?
「宇宙船の中で育てても肉質が落ちないように色々と気配りしてるんだよ。食事が不味いと士気も下がるし…。で、宇宙空間でも肉質を維持できるだけの飼育方法を地球上で実践したらどうなると思う?」
「え、えっと…」
ジョミー君が人差し指を顎に当てて。
「…ものすごく美味しくなっちゃうとか? ビールを飲ませるとかマッサージするとか、いろんな牛があるみたいだけど」
「ご名答。マザー農場の牛肉は有名な牛肉に引けを取らない。ただ、生産量が少ないからね…。名前をつけるに至ってないだけ。そしてキースの壮行会にはその肉を出すと言ってるけども?」
「行く!」
速攻で答えたのはジョミー君でした。会長さんが苦笑しています。
「…キース、ジョミーは行きたいそうだよ。招待状には「皆さんでお越し下さい」と書かれているから、ジョミーが行っても問題はない。…つまり招待を受けるかどうかは君次第だ」
「そうなのか…。せっかくの好意を無にするわけにはいかんしな。それに断ったらジョミーに恨まれそうだ。テラズ様があると分かっていてもステーキが魅力なんだろう?」
「え? あ、ああ、うん…。テラズ様はお念仏さえ唱えておけばいいみたいだし! それに宴会にお念仏なんか似合わないから問題ないよね」
平気、平気…とジョミー君は現金です。キース君は招待を受けると返事し、明日はみんなでマザー農場にお邪魔することに。宴会ですから夕方に出かけ、遅くなった場合は会長さんのマンションに泊めてもらうと決まりました。えっ、マザー農場に泊まらないのかって? それだけはジョミー君が絶対嫌だと言ったんです~!
キース君の壮行会の日、マザー農場は迎えのマイクロバスを出してくれました。会長さんのマンションに始まって私たちの家を順番に回り、最後は元老寺前でキース君をピックアップ。シャングリラ・プロジェクトのお蔭で、みんなのパパやママたちもマザー農場が何か知っていますし、マイクロバスが来ても問題なしです。
「ようこそいらっしゃいました」
マザー農場に着くと農場長さんが出迎えてくれ、宿泊棟ではなく管理棟へ。案内されたのは広くて立派な食堂です。いえ、食堂と言うより宴会場でしょうか? キョロキョロと見回している私たちに、会長さんが。
「いい部屋だろう? ここは宴会にも使うんだよ。シャングリラ号のクルーの交流会にはお馴染みの場所だ。普通のホテルやお店とかでもやったりするけど、勤務が終わった直後なんかは宇宙の話も出たりするしね…。仲間しかいない場所っていうのは貴重なのさ」
それに美味しい食事もある、と指差された先には様々なオードブルやサラダ、フルーツなどが並んだテーブル。壁際には温かい料理を提供するためのテーブルが並び、幻の味と名高いステーキの準備も整っています。農場長さん以下、職員さんたちが集まった中でシャンパンやジュースの瓶が開けられ、会長さんがシャンパンのグラスを高く掲げて。
「今日はキースの壮行会を開いてくれてありがとう。道場入りまでには日があるけれど、キースならきっと立派なお坊さんになってくれると思う。三週間の厳しい修行を見事に成し遂げてくれることを祈って……乾杯!」
「「「かんぱーい!!!」」」
私たちもジュースのグラスを差し上げ、キース君のグラスと触れ合わせて…その後は豪華な宴会です。普段からクルーの交流会に利用されているだけあって、パーティー料理も洒落たもの。ジョミー君が一本釣りされたステーキの方は注文に応じて目の前で焼いてくれ、ソースも好きなものを選べる仕組み。
「あのね、味噌ソースなんかも美味しいよ♪」
勧めてくれるのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。無難なソースを選びがちですけど、色々な味にチャレンジ出来るのも食べ放題ならでは! 会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に連れて行ってもらった高級店にも負けないお肉を沢山食べて、お腹一杯になった所でデザートが…。
「あっ、そっちのも美味しそう! それと、これと…」
ジョミー君が「別腹だもんね」とお皿に取り分けて貰っています。私たちも食欲をそそるスイーツをお皿に盛って、のんびりゆったり食後のひととき。コーヒーや紅茶も配られてきて、話題は自然とキース君が行く道場の方に。
「いやあ、三週間ですか…。大変ですなあ」
農場長さんが言い、会長さんが。
「ぼくの時代に比べれば遙かにマシなんだけどね。それでも現代っ子には厳しいだろうなぁ、外部との接触禁止だし…。情報化社会に育っていると三週間は長いと思うよ、新聞なんかも読めないんだから」
「ほほう、新聞も禁止ですか?」
「うん。外の世界がどんな状態になっているのか、情報は全く入らない。ぼくが修行に行った時にはサイオンで情報を得ていたけれど、キースにそこまでの力は無いし…。せいぜい思念波で連絡くらい?」
「俺は思念波を使う気は無いぞ」
心外な、とキース君が不快そうに眉を顰めました。
「他のみんなが携帯も禁止で頑張ってるのに、俺だけズルが出来ると思うか? 道場の決まりは絶対なんだ」
「へえ? だったら潔く剃髪すれば?」
会長さんの言葉にキース君はウッと詰まって。
「それとこれとは別物だ! 髪の毛だけは守り抜くんだと前々から決めているんだからな! あんただってサイオンで誤魔化していたと言っただろうが!」
「まあね」
クスクスと笑う会長さんの隣で、農場長さんも苦笑いしています。
「髪の毛だけは譲れませんか。確かにソルジャー……失礼、ブルーという前例はありますけどねえ。思念波も使わないと決めたのでしたら、髪の毛くらいは…」
「それが彼には大問題なのさ」
とても切実、と会長さん。
「去年のバースト騒ぎは聞いてるだろう? あそこまでして守りたいほど大事な髪の毛らしいんだよ。…物騒だよねえ、髪の毛のためにバーストなんて。おっといけない、すっかり忘れる所だった」
会長さんはそこで言葉を切ると、会場をグルリと見渡して。
「キースの壮行会で大勢集まってくれてることだし、ここで重大発表を…。お酒もかなり入ってるみたいだけれども、ぼくは正気だし、やってもいいよね?」
「「「は?」」」
重大発表って何ですか? キース君の道場入りに関係している何かだろうとは思うんですけど、まるで見当がつきません。会長さんはスッと立ち上がり、ジョミー君の手を取って。
「立ちたまえ、ジョミー。…まずは内輪で発表だ。ハーレイたちがいると大袈裟になるし、そっちのお披露目は落ち着いてからでいいだろう」
「え? ぼ、ぼく? ぼくが何か…?」
戸惑っているジョミー君を強引に立たせ、その肩に手を置いた会長さんは。
「ジョミーがタイプ・ブルーだというのは皆もとっくに知ってると思う。…現時点ではタイプ・ブルーはジョミーを含めて三人しかいない。ぼくに万一のことがあった場合にソルジャーを継がせられるのは……このジョミーしかいないんだ」
「「「………」」」
賑やかだった宴会場がシンと静まり返りました。
「ぶるぅもタイプ・ブルーではある。だが、子供だ。ジョミーもまだまだ幼くはあるが、いずれはぼくの後継者としてしっかりと立って貰わねばならない」
えっ、そんな…。ジョミー君が会長さんの後継者? ソルジャーを継ぐって、それじゃ会長さんはどうなるの? 万一のことなんて言いましたけど、それって、まさか会長さんの寿命が尽きるとか…? 私たちは青ざめ、農場の人たちも声を失っている様子です。会長さんはそれには構わず、ただ淡々と。
「ソルジャーを継ぐのは生半可な覚悟では出来ないだろう。サイオンも高めなければならないし、何よりも本人の自覚が要る。…だからいきなりソルジャー候補になれとは言わない。まずは最初の一歩からだ」
スッと伸ばした会長さんの手がジョミー君の頭に軽く乗せられて。
「誰でも踏み出せそうな一歩でいい。現にキースは歩き出しているし、壮行会をして貰える段階にまで辿り着いた。…次は君の番だよ、ジョミー。ぼくの弟子として仏門に入りたまえ」
「「「えぇぇっ!?」」」
ソルジャーを継ぐのかと思えば仏門ですって!? いったいどういう展開ですかー!
あんまりと言えばあんまりな話にジョミー君は声も出ませんでした。キース君の壮行会だと思ってノコノコついて来てみれば、いきなり自分が仏門に…。そんなジョミー君を他所に、会長さんは。
「ジョミーが仏弟子としての最初の一歩を刻む場所として、此処よりも相応しい所は無いだろう。あちらの宿泊棟にはテラズ様が安置されているし、テラズ様とジョミーとの縁は此処に集う誰もが知っている。あの時にジョミーと阿弥陀様を結んだ五色の糸を、改めてぼくが結び直そう。…ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
青い光がパアッと迸り、宴会場の西側のスペースにあったテーブルが両脇に移動したかと思うと、代わりに出現したのは戸棚。宿泊棟で見かけたような覚えがありますが、それかどうかは分かりません。その上に錦の布が掛けられ、錦の上には立派な御厨子が…。あれは会長さんの家にある阿弥陀様では?
「ほら、ジョミー。…運んであげたよ、阿弥陀様を」
会長さんは口をパクパクさせているジョミー君の肩をポンと叩いて。
「仏門に入るためには得度が必要。とりあえず師僧……お弟子さんにしてくれる師匠がいれば得度は出来る。君は大事な後継者だから師僧は喜んで引き受けるよ。得度自体は略式でも充分なんだよね。…そうだよね、キース?」
「あ、ああ…。阿弥陀様の前で誓いの言葉を言うだけだ。略式で行くなら剃髪の方は必須じゃないな」
大真面目に答えるキース君。ジョミー君はようやく自分の身に何が起こりつつあるかを理解し始めたようでした。
「ちょ、ちょっと…。冗談だよね? こ、これって余興か何かだよね?」
「残念ながら、余興ではない」
すげなく返す会長さん。
「この機会を逃すと君は一生逃げ続けそうだし、強引だけれど得度してもらう。…一度覚悟を決めてしまえば仏の道は開けるものだよ。法名もちゃんと決めてきたんだ」
「ほ、法名って…」
「お坊さんとしての名前さ。キースだって持っているだろう? それにサムだって持っている」
「え…?」
信じられない、といった表情のジョミー君に、会長さんは。
「サムはとっくに得度済みだよ。朝のお勤めに通ってる間に決心したのさ」
「ま、まさか…。嘘だろ、サム!?」
泣きそうな顔のジョミー君に、サム君は「すまん」と頭を掻いて。
「悪い、うっかり言いそびれてて…。まだまだほんの見習いだから、本山の方に届けは出てない。ホントはすぐに届けを出すのが正式だって聞いているけど、もっと修行を積んでからかな…って」
「なんだよ、それ! じゃあ、あれ? サムにも変な名前があるわけ?」
「いや、俺は…」
躊躇っているサム君の代わりに会長さんが。
「サムの名前はそのままだよ。響きがいいし、漢字二文字を当て嵌めるだけで形になった。作る夢と書いてサムと読むんだ」
「「「!!!」」」
ジョミー君ばかりか、私たちまで仰け反りました。サム君が既に得度済みとは驚きです。しかも法名まであるなんて…。この流れではジョミー君には逃げ場は全く無さそうでした。マザー農場の職員さんたちが固唾を飲んで見守っていますし、会長さんの後継者としての指名に近いものですし…。
「そ、そんな…。急にそんなこと言われても…」
顔を引き攣らせるジョミー君の前に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が平たいお盆を差し出しました。載っているのは輪袈裟やお数珠。会長さんもいつの間にか緋色の法衣を纏っていて…。
「さあ、ジョミー。…君の法名を受け取ってくれ」
一晩寝ずに考えたんだ、と輪袈裟の下に置かれた白い紙包みを会長さんが手にした瞬間。
「嫌だーーーっ!!!」
ブワッと膨れ上がった青い光がジョミー君の身体から弾け、拮抗したのも青い光。これってまさかのサイオン・バースト?
「…ふん、バカバカしい」
緋色の衣の会長さんが床に倒れているジョミー君の頬をピタピタと叩きました。
「本人が気絶しただけで被害はゼロか。坊主が嫌だと叫んではいても、切羽詰まってないようだ」
「おい」
キース君が背後から覗き込んで。
「今のはサイオン・バーストなのか? 前にあんたに聞いた話じゃ、ジョミーがバーストしたらシャングリラ学園全部が吹っ飛んじまうって話だったが…?」
「ああ、あれね。タイプ・ブルーのサイオン全部を開放するならそうなるさ。だけど今回は君と同じで髪の毛限定」
「「「はぁ?」」」
全員が首を傾げる中、会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に渡された剃刀をジョミー君の髪に押し当てて。
「はい、略式の得度終了。誓いの言葉はバーストのショックで記憶が飛んだってことでいいよね、此処にいる全員が証人だ」
「で、ですが…」
口を挟んだのは農場長さんでした。
「後継者を決めるという大切な儀式がそんな展開でよろしいので…? 長老の皆様方も納得なさらないかと思うのですが…」
「いいんだってば、後継者の話は嘘八百。こうでもしないとジョミーを仏門に入れるのは無理だ。…入れさえすればどうとでもなる。百年もすれば諦めるだろう」
ぼくが欲しかったのは仏弟子だしね、と会長さんは微笑んで。
「後継者はまだ必要ない。…仏弟子もサムだけで充分だけども、嫌がられると無理やり坊主にしたくなるのが人情ってヤツで…。まあ、可哀想だから髪の毛はサイオンで誤魔化せるようにしておいた。でも、ぼくに簡単に抑え込まれる程度のバーストじゃねえ…」
グラスの一つも割れてやしない、と宴会場を見回す会長さん。
「いくら髪の毛限定とはいえ、タイプ・ブルーが本気でバーストしたら抑え込もうとしても被害は出るよ? 坊主頭への抵抗感はキースの方が遙かに大きかったらしい。…サイオンの放出レベルからして、ジョミーの坊主頭に見せかけるサイオニック・ドリームはキースには及びもつかないね。写真に撮られたら即バレる程度」
「「「………」」」
「まあ、道場入りなんか当分しないし、それでも問題ないだろう。そうだ、法名を披露しておかなくちゃ」
これもみんなが証人だよ、と会長さんが開いた紙には綺麗な毛筆で『徐未』という文字が書かれていました。
「ジョミと読むんだ。意味は未来へゆっくりと歩む……といった所かな。百年後くらいには道場入りして住職の資格を手にして欲しいんだけど、こればっかりは分からないねえ…」
無理強いしてどうなるものでもないし、と会長さん。けれど無理やり得度させちゃって、法名まで勝手に押し付けることの何処が無理強いじゃないんですって? キース君だって気の毒そうにジョミー君を見てるじゃありませんか!
「ん? チャンスってヤツは大事なんだよ。ジョミーがテラズ様に出会ったこの場所で今日はキースの壮行会! これが御仏縁でなくて何だと言うのさ? 大丈夫、ジョミーはちゃんとフォローする。…そのために今夜はお泊まり会! 傷心のジョミーを皆で慰めて盛り上がろうよ」
夜食用に料理と食材のお持ち帰りをお願いするね、とニッコリ微笑む会長さんに逆らえる人はいませんでした。マザー農場の職員さんたちも「決まったことは仕方ないですね」なんて笑っていますし、ジョミー君の仏門入りは正式に決定したようです。
「ジョミー・マーキス・シン、改め徐未。いずれ自覚が芽生えることを祈るさ、それまでは小僧さんでいい。キースだって宿命に逆らい続けて喚いていたのに、暮れには道場入りなんだものね。…まずはキースが先に歩んで立派な高僧になりたまえ」
サムとジョミーがその後に続く、と会長さん。えっと…ソルジャーだとか後継者だとかは本当に関係なさそうですね。キース君の壮行会のせいでジョミー君の仏門入りが早まっちゃったみたいですけど、これも運命の悪戯ですか…?
ソルジャーに置き去りにされた「ぶるぅ」にストレスが溜まっているのではないか、と心配になった会長さん。けれど「ぶるぅ」を診察できるお医者さんはエロドクターしかいませんでした。予約を入れたのは夜の八時半。そんな時間まで学校に残るのも問題ですし、私たちは瞬間移動で会長さんの家まで飛んで夕食を済ませ、そこからエロドクターの診療所へ。
「ようこそ、お待ちしておりましたよ。ご覧の通りスタッフは全員帰してあります」
瞬間移動した待合室では、白衣のエロドクターが両手を広げて待っていました。
「急な御用と伺いましたが、あなたはお元気そうですね。…ぶるぅが病気になりましたか? おや、ぶるぅが一人多いような…」
「君の大好きなブルーの世界のぶるぅだよ」
会長さんが不機嫌そうに。
「ブルーが色々お世話になってるみたいだね。…そのブルーが置いて行ったんだ。今日で五日目になるのかな? イビキと歯軋りが酷くなってきて、ストレスじゃないかと思ってるんだよ。君は一応、専門家だろう」
「私の専門は外科なのですがねえ? まあ、そういうことにしてあるだけで一通りの医術は身につけていますし、メンタル面もカバーしております。しかし…ストレスとはまた、どういうわけで?」
ドクターは「ぶるぅ」を見詰めています。ゲーム機は置いて行くように言われた「ぶるぅ」は「そるじゃぁ・ぶるぅ」にそっくりですけど、区別がつくのは流石というか…。会長さんは「ぶるぅ」を前に押し出すようにして。
「置き去りにされてしまったんだよ、ブルーにね。それっきり迎えに来ようとしないし、ぶるぅが自力で帰るのも無理。ブルーがシールドしているらしい。子供には精神的にキツイんじゃないかな」
「なるほど…。あなたはきちんと面倒を見ておられますか?」
どうぞこちらへ、と診察室へ促すドクター。私たちもゾロゾロと入り、「ぶるぅ」は診察用の椅子にチョコンと腰掛けました。ドクターは「ぶるぅ」の熱を測ったり、聴診器を当てたりと基本の診察を済ませてから。
「健康面は特に問題無いようですが、ゲーム漬けというのは頂けませんね。まめに声をかけて安心させたり、一緒に遊んであげるだけでも違いますよ。…イビキと歯軋りはストレスからのようですし」
「まめにトイレなら付き合ってるけど?」
「は?」
「だから、トイレ! 夜中に何度も起こされるんだ。そして一緒に連れて行かれる」
憮然とした会長さんにドクターは「ほほう…」と感心したように。
「それは良いことをなさっていますね。そんな気遣いが大切ですよ。置き去りにされたショックで一人で行けなくなったのでしょう」
「違うもん!」
遮ったのは「ぶるぅ」でした。
「トイレくらい一人で行けるもん! でもでも、他に悪戯できる所が無いんだもん!」
「悪戯…?」
ドクターは目をむき、私たちは頭を抱えました。トイレ・コールは本当に悪戯だったんですか! 会長さんが「ほらね」と溜息をついて。
「ぶるぅは悪戯好きらしい。ついでに大食い。だけどブルーが悪戯と大食い禁止と言ったものだから…。大食いの方はなし崩しになってしまったけれども、悪戯は我慢しているようだ」
「そうでしたか…。では、ストレスが溜まっているのは悪戯が出来ないせいかもしれませんね。もちろん置いて行かれたショックも充分にあると思われますが、置き去りにされた原因は?」
「……言いたくないね」
会長さんが答え、続いて尋ねられた私たちも首を左右に振るだけです。ソルジャーとキャプテンの大人の時間の問題だなんて、エロドクターには言えません。ところが…。
「ブルーはぼくが邪魔なんだよ」
口を開いたのは他ならぬ「ぶるぅ」。
「ぼくが覗き見していたせいで、ハーレイがダメになったんだって! ぼく、知りたかっただけなのに…。ぼくの本当のママはハーレイなのかブルーなのか、って!」
「「「!!!」」」
会長さんが大慌てで「ぶるぅ」の口を塞ぎましたが、時既に遅し。エロドクターは思念波を使って一瞬の内に「ぶるぅ」から全て聞き出してしまったのです。
「それは…実にデリケートな問題ですね。ですが、ぶるぅ。そういうことなら迎えは来ると思いますよ。あのブルーが長期間の禁欲生活に耐えられるわけがないでしょう? あちらのハーレイのヘタレ具合にもよりけりですが、近日中に解決するかと」
色々と薬もありますし、とドクターは意味深な笑みを浮かべました。
「ですから、あと数日の我慢です。…けれど我慢ばかりではストレスが溜まる一方ですねえ…。悪戯できないのが辛いですか?」
「うん…。でもでも、悪戯しちゃダメだってブルーが言ったし、こっちのブルーに悪戯したら追い出されるかもしれないし…」
もう限界、と訴える「ぶるぅ」にドクターは鷹揚に頷いて。
「ストレスは解消すべきでしょう。しかし私も悪戯は御免蒙りたい。ブルーの負担がこれ以上増えるのも気の毒です。…こうなれば道は一つですね。ハーレイの家にお行きなさい。あそこなら悪戯し放題です」
「「「えぇっ!?」」」
私たちの声が裏返りましたが、ドクターは気にしていませんでした。
「ハーレイは元々子供好きですし、喜んで預かってくれますとも。学校がある時間は仕方ないとして、夜と休日くらいはね。…今夜から行くといいですよ。あそこで我慢は要りません」
なんと言ってもタフですから、とドクターは保証し、「ぶるぅ」も納得した様子。私たちは早速、教頭先生の家を瞬間移動で訪ねることに…。
「ありがとう、ノルディ」
会長さんがポケットから財布を取り出しました。
「適切な助言に感謝するよ。ぶるぅの診察はタダってわけにはいかないだろうし、支払っておく。いくら?」
「お気遣いなく」
エロドクターはニヤリと笑って。
「ぶるぅの記憶を拝見させて頂きましたし、お代の方は結構ですよ。相手があちらのハーレイというのが難点でしたが、あのブルーの…」
「もういい!」
飛ぶよ、と会長さんが言うなり青い光が迸って…移動した先は教頭先生の家の玄関先。今の、誰かに見られてないかな? キョロキョロと見回す私たちに、会長さんは。
「ヘマはしないよ、怒っててもね。さてと、ハーレイを呼ぶとしようか」
ピンポーンと奥で微かなチャイムの音。会長さんが門扉の横のをサイオンで鳴らしたのでしょう。チャイムの音が何度か続いて、足音がこちらに近付いてきます。
「どなたですか?」
扉を開けるなりウッと仰け反る教頭先生。脅かしちゃってごめんなさい~!
「いきなり押し掛けちゃってごめんよ、ハーレイ」
会長さんが謝ったのはリビングに上がり込んでからのこと。明らかに瞬間移動で現れたと分かる大人数の来客に教頭先生は驚きながらも「早く入れ」と招き入れてくれて。
「いや、私は別に構わんが…。お前のことだし、誰にも見られていないんだろう?」
「もちろんさ。ところで、お邪魔したのには理由があってね…。ぶるぅが一人増えているのは気付いてる?」
「二人になっているのは分かる。こっちがぶるぅで、そっちは向こうのぶるぅだな?」
教頭先生も二人の「ぶるぅ」を間違えることなく言い当てました。
「しかしブルーがいないようだが? 別行動をしてるのか?」
「別行動ならいいんだけどね…。ちょっとワケありで、ぶるぅを置き去りにしちゃったんだ。ぼくが面倒見てたんだけど、イビキと歯軋りが凄くてさ…。寝不足気味でギブアップなわけ。ほら、ここにクマが」
ぶるぅもね、と目の下を指差す会長さんに、教頭先生は息を飲んで。
「寝不足だと? それは良くないな。イビキと歯軋りのせいだというなら、私が代わりに預かろうか? 今夜だけでも」
「君に借りを作りたくはないんだけどね…。でも背に腹は代えられない。今夜だけでなくて、ずっと預かってくれると助かるんだけど…。流石に無理かな? あ、もちろん学校に行ってる間は面倒みるよ」
「ふむ…。お前の力になれるんだったら何でもするぞ。だが、ぶるぅは何故置き去りにされたんだ? ブルーが迎えに来るのはいつだ?」
教頭先生の問いに、会長さんは言いにくそうに。
「ブルーとハーレイが不仲になってるらしいんだよ。それでぶるぅまで手が回らなくて、こっちに預けに来たんだけども…。引き取りに来る日は分からない」
「そうなのか? だったら、ぶるぅも被害者だな。分かった、私が責任を持って預かろう。ぶるぅ、安心しなさい、私はイビキも歯軋りも平気だ」
柔道部の合宿に行くともっとうるさい、と教頭先生は自信満々。えっと…悪戯の件は内緒にしていていいんでしょうか?
『シッ! それを言ったら断られる』
絶対に秘密、と会長さんの思念が私たち全員に届き、「ぶるぅ」は教頭先生が預かることになりました。瞬間移動で寝床の土鍋が取り寄せられて、ついでに例のゲーム機も。
「ハーレイ、ぶるぅは勝手にこれで遊ぶし、放っておいてくれていいから。ウチでは夜中の12時までって決めてたけどね」
会長さんの説明に教頭先生は「ゲーム機か…」と苦笑しながら。
「まあ、少しくらいはいいだろう。長時間遊ぶのは感心せんがな。ぶるぅ、他にやりたいことは無いのか?」
「えっ? えっと…。この家、遊ぶものはある? ハーレイはゲームとか全然しないの?」
リビングの中を見回す「ぶるぅ」に、教頭先生は「そうだな…」と首を捻って。
「ゲームはしないが、DVD……映画は割に見る方だ。週末だし幾つか見ようと思って借りてきたのがそこにある。お前も何か見たいんだったら、明日、子供向けのを借りに行くか?」
「んと、んと…。ゲームがあるからいいや。じゃあ、今夜からお世話になるね!」
ピョコンと頭を下げる「ぶるぅ」は悪戯っ子には見えませんでした。教頭先生がイビキと歯軋りが苦にならないなら、後はせいぜいトイレ・コール。他の悪戯が始まるにしても、すぐというわけではないでしょう。
「悪いね、ハーレイ。よろしく頼むよ」
「任せておけ。いつかはぶるぅ……いや、こっちのぶるぅの話だが…。ぶるぅの父親になるのが夢だからな」
その言葉に「ぶるぅ」がピクンと反応しました。
「えっ、父親? ハーレイはぶるぅのパパになるの? ハーレイ、パパなの?」
「あ、いや…」
教頭先生はいつぞやの「ぶるぅ」のパパとママを巡る大騒動を思い出したらしく。
「私の夢だと言っただろう? 多分、パパにはなれないな」
「…そっか、ハーレイもなれそうなのはママなんだね」
大人の世界って難しいや、と「ぶるぅ」は勝手に納得しすると。
「ハーレイがパパでブルーがママだと思うんだけど、やっぱり間違ってるのかな? ライブラリで色々見てみたんだよ? でも、男同士のが見つからなくて…。あれば参考になったのに」
「「「男同士!?」」」
何を見たんだ、と絶句する私たちに「ぶるぅ」が「こんなのだよ」と思念で寄越した映像は明らかに大人向けでした。会長さんが即座にブロックしてくれなければ大惨事だったかもしれません。教頭先生も耳まで真っ赤になっていますし…。
「ど、どうなっているんだ、あっちの世界は?」
教頭先生がアタフタと。
「こんな子供があんなのを…。情報の引き出しに年齢制限は皆無なのか!?」
「あるけど、ぼくには関係ないし!」
得意満面で言い放つ「ぶるぅ」。
「ぼくね、ブルーと同じでタイプ・ブルーだから、いざという時にはシャングリラのために頑張らないと。だからブルーと同じ情報を引き出せるようにパスワードを持っているんだよ」
「「「………」」」
そのパスワードは果たして本物でしょうか? 真偽はともかく、「ぶるぅ」は年齢制限の対象から外れているようです。おませな子供になるわけだ、と頭痛を覚えつつ、私たちは教頭先生に「ぶるぅ」を預けて逃走しました。後は野となれ、山となれ…ってね。
その夜、連日の睡眠不足で疲れ果てていた会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は早々に寝室に引き揚げてしまい、私たちはリビングでお菓子を食べながらダラダラと。今頃「ぶるぅ」はちゃんといい子にしているでしょうか?
「ゲームじゃないの? そろそろ制限時間だけどさ」
時計を指差すジョミー君。もうすぐ日付が変わります。
「いや、教頭先生がついておいでだ。とっくに消灯時間じゃないか?」
キース君が「早寝早起きは合宿の基本」と説いてますけど、どうなんでしょう? 子供には甘そうな教頭先生、案外、徹夜ゲームも許すとか?
「こんな時に覗き見できたらいいんですけどね…」
そう言ったのはシロエ君です。
「会長もぐっすり寝ちゃってますし、ぶるぅは完全に野放しですよ。悪戯しそうな気がします」
「せいぜいトイレ・コールだろう。夜中に出来ることなぞタカが知れてる」
大丈夫だ、とキース君が保証しました。
「それより俺たちも寝た方がいいぞ。ぶるぅが何かやらかしてみろ、巻き込まれないという保証はない。明日と明後日は教頭先生もお休みなんだ」
「「「………」」」
今日は金曜。明日と明後日は休日です。学校が休みということは、教頭先生が「ぶるぅ」を一人で預かるわけで…。それはヤバイ、と全員の顔が青ざめました。寝なくては…、と思った時。
『ねえねえ、起きてる?』
「「「???」」」
廊下に続く扉の方を見ましたけれど「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿は見えません。でも、今の思念波は「そるじゃぁ・ぶるぅ」だったんじゃあ…?
『違うよ、ぼくだよ、ぶるぅだよ!』
え。「ぶるぅ」? 教頭先生の家にいる筈では…? もしかして戻ってきちゃいましたか? 私たちが顔を見合わせていると。
『ちゃんとハーレイの家にいるもん! それでね、ちょっと聞きたいんだけど…』
『なんだ?』
律儀に返したキース君の思念に「ぶるぅ」の思念が嬉しそうに。
『あのね、ハーレイ、寝ちゃったんだよ。ゲームしようかと思ったけども、DVD…だっけ? ハーレイが明日になったら借りに行こうって言っていたから、どんなのかなぁ…って。ここにあるヤツ、見てもいいかな?』
退屈なんだ、と「ぶるぅ」が送って寄越した映像はDVDのパッケージでした。教頭先生は色々借りてきたようです。ファンタジー映画にアクション映画、歴史映画にサスペンスまで。好奇心旺盛な「ぶるぅ」は興味津々らしく…。
「おい、どれが一番子供向けだ?」
私たちに尋ねるキース君。そう言われても「ぶるぅ」は普通じゃありません。子供ですからファンタジーかな、とも思うんですけど、アクション映画の方がいいかも…。額を集めて相談した結果、お勧めはアクション映画に決定しました。サム君が先週借りたらしくて、ラブシーンも無かったということですし…。それを「ぶるぅ」に伝えると。
『そっか、これだね』
パッケージのイメージが送られてきて、私たちは大きく頷きました。それからDVDデッキとリモコンの操作方法を教え、これでよし…、と。映画は2時間ちょっとです。流石の「ぶるぅ」もそれだけ見れば満足でしょう。
『ありがとう! なんだか面白そうなヤツだね、これ。おやすみなさ~い♪』
ワクワク感が伝わってくる思念を最後に「ぶるぅ」は静かになりました。映画に夢中になってくれればトイレ・コールもしないかも…。教頭先生の安眠の助けが出来て良かったね、と言い合いながら私たちもゲストルームのベッドに潜って夢の中へと出発です~!
翌朝、たっぷり眠った「そるじゃぁ・ぶるぅ」はジャガイモ入りのオムレツや秋ナスのポタージュ、秋野菜の蒸しサラダなどをテーブルに並べて元気一杯。会長さんの目の下のクマも綺麗に消えたようでした。
「ハーレイのお蔭で助かったよ。…トイレ・コールが無いというのはいいものだね」
あれは地味に体力を削られる、と会長さんは紅茶を啜って。
「さてと、ハーレイはどうしてるかな? トイレ・コールを食らったのかな? …おや?」
サイオンで覗き見したらしい会長さんが首を傾げて。
「朝食が済んだらDVDを一緒に見るらしいよ。ぶるぅが見たいと誘ってるんだ」
「ああ、あれか」
キース君の言葉に会長さんが。
「あれって何さ? どうして君が知ってるんだい?」
「俺たちが昨夜教えたんだ。ぶるぅが退屈だからDVDを見てみたいって思念波で尋ねてきたからな」
「ふうん? ゲーム三昧はよろしくない、ってハーレイに説教されたのかもね。ゲーム以外にも興味が出てきたというのはいいことだよ。長期滞在になってゲーム三昧だと引き籠り一歩手前だし」
「「「………」」」
それってヒッキーってヤツですか? 確かに「ぶるぅ」がヒッキーになったらマズイですよね、三分間しか持たないとはいえ、大事なタイプ・ブルーですから! 私たちがそんな話をしている間に朝食が終わり、教頭先生と「ぶるぅ」も食べ終えた模様。
「ハーレイ、あんなの借りていたのか。意外にロマンチストだねえ…」
引き続き観察中の会長さんによると、教頭先生と「ぶるぅ」はファンタジー映画を観るようです。これで2時間ほどは悪戯の心配も無さそうですし、教頭先生に「ぶるぅ」を預けて正解だった、と誰もが思ったのですが。
「嘘だろう!!?」
会長さんの悲鳴が響き渡ったのはリビングに移った直後でした。
「そ、そんな馬鹿な…。なんでハーレイがあんなのを…!」
「おい、どうしたんだ? 何があった!?」
顔が青いぜ、というキース君の指摘に、会長さんは。
「ダメだ、ハーレイ、ぶっ倒れてるし…。ど、どうすれば…」
「どうしたんだって訊いてるだろうが!」
次の瞬間、青い光がリビングに溢れて、身体を包む浮遊感。私たちが運ばれた先は教頭先生の家のリビングで…。
「ぶるぅ!!!」
ダッシュで駆け寄った会長さんが「ぶるぅ」の手からリモコンを奪い、テレビをプツリと消しました。不満そうに頬を膨らませる「ぶるぅ」の隣には教頭先生が仰向けに倒れています。もしかしてDVDの中身がすり替えられていたとか? ファンタジー映画だと思って再生したらビックリのホラーだったとか…?
「ホラーの方がまだマシだったよ!」
よく見てごらん、と会長さんが指差した教頭先生は思い切り鼻血を噴いていました。鼻血ってことは、ホラーじゃない…? まさかのアダルト映画とか…?
「そっちの方がマシだってば!」
会長さんは「ぶるぅ」を睨み付け、怒り心頭の表情で。
「ぶるぅ、説明して貰おうか。…DVDをすり替えたのは分かってるんだ。でも、あんな映像を何処から出した? あっちの世界に帰れないとか言っていたのは嘘だったのか?」
「嘘じゃないもん! こっちのハーレイが大人の時間に弱いってことは知っていたから、ちょこっと悪戯したんだもん! DVDもゲームのディスクも仕組みが似てたし、ゲームのディスクが弄れるんならDVDも弄れるもんね」
ゲームはズルをしてたのだ、と「ぶるぅ」は胸を張りました。思うようにプレイが進まない時、サイオンでディスクに干渉していたらしいのです。その要領でDVDのディスクを操り、画像を入れ替えてしまったらしく…。
「ブルーだって隠し撮りの方が良かったって言ってたもん! きっとブルーも喜ぶもん!」
テレビの電源がプツンと入り、私たちの眼前に大画面と大音量で映し出された映像は…。
「「「!!?」」」
会長さんが「ぶるぅ」を封じる前に、問答無用で全員が見てしまいました。青の間のベッドと思しき所で激しく絡み合う全裸の会長さんと教頭先生………ではなくて、ソルジャーとキャプテンの無修正画像を! こ、これは……教頭先生なら鼻血失神間違いなし。私たちだって目が点です~!
どのくらいの間、思考が真っ白だったのか。やっとのことで我に返ると、パチパチパチ…と拍手の音が。
「凄いよ、ぶるぅ。いい仕事だよね」
紫のマントを翻らせてソルジャーがリビングに立っています。
「お前にこんな才能があるとは思わなかった。ゲーム三昧でスキルアップをしたのかな? DVDねえ…。なかなかにいいメディアだよ、うん。収録時間はどのくらい?」
「えっとね、これに入るだけ入れてあるから…2時間ちょっと? 他のヤツにも入れといたよ。房中日誌に記録したヤツで覚えてる分は収録したけど」
「ふふ、上等。こっちのハーレイは失神しちゃったみたいだけども、ぼくの世界のハーレイはどうかな? 早速試してみなくちゃね」
ソルジャーが言い終えない内に空間が揺れ、呼び寄せられたのはキャプテンでした。キャプテンは「ぶるぅ」を見るなり声を上げて。
「ぶ、ぶるぅ!? こっちの世界にいると聞いたが、まさか本当だったとは…」
「まるで信じてなかったよねえ?」
詰るソルジャー。
「ぼくがあれほど説明しても、嘘だと決め付けてばかりでさ。その目で見たら理解したかい? でも、もう遅いよ。たっぷり反省して貰わなくっちゃ。それと謝罪だ。ぶるぅはいない、と言っていたのに役立たずのままで何日だっけ? ぼくが満足したと言うまで、とことん奉仕してもらう。…ちょうど教材も出来たことだし」
「…教材?」
怪訝そうなキャプテンの前でソルジャーはリモコンをグッと握ると。
「そっちのテレビ! 目を逸らしたら許さないよ!」
再び流れ始めた十八歳未満お断りを通り越した無修正画像に会長さんが叫びましたが、ソルジャーには勝てませんでした。会長さんに出来たことは私たちの視覚と聴覚の一部をシャットアウトすることだけで、私たちの瞳には砂嵐状態のテレビが映り、ソルジャーの肉声が滔々と…。
「ほら、ここ! ここでぼくの声の調子が変わっただろう? イイって意味だよ、この状態がね。でもって、ここ! イマイチなんだよ、この態勢じゃ…。断然さっきの方がいい。うん、これ、これ! これが最高なんだって!」
ソルジャーは画面を示してキャプテンに次から次へと解説を続け、それが終わるとDVDをやおらデッキから取り出して。
「分かったかい? マンネリでもね、やり方次第でどうとでもなる。まずは努力と根性からだ。今夜はこれを上映しながら頑張りまくって貰おうか。…データの方はぼくに任せて」
青の間で再生可能にする、とソルジャーは「ぶるぅ」が一晩かけて作ったらしいDVDを纏めて抱え上げました。
「ぶるぅ、お前も一人ぼっちでよく頑張った。この大量の記録に免じて許してあげるよ、ぼくと一緒に帰っておいで。…ハーレイが役立たずなのはお前が留守でも治らないって分かったしね」
「えっ、ホント? 本当にぼく、帰っていいの?」
「本当だ。…ただし、二度とママが誰かを疑ったりはしないこと! お前のママはぼくじゃない。ハーレイがママだと信じさえすれば平和なんだよ。…そうだな、ハーレイ?」
「は、はい…。ぶるぅのママは私以外におりません」
消え入りそうな声で答えるキャプテン。そして「ぶるぅ」は嬉しそうに。
「分かった、ハーレイがママで決定だね! 帰れるんならママはどっちだっていいや、いるってだけで幸せだもん! ママもパパもいなくなったら寂しいってこと、分かったもん!」
早く帰ろうよ、と飛び跳ねる「ぶるぅ」にソルジャーが。
「そうだ、帰る前にノルディの家に寄らないと。…お前を此処へ預けるようにと言ってくれたのはノルディだっけね。此処へ来なければ記憶をDVDに記録するなんて思いついたりしなかっただろう?」
「うん。こっちのハーレイに悪戯するのに何がいいかなぁ…って考えていたらDVDがあったんだよ」
「ゲーム機を買って貰ったのも良かったんだろうね。まずはゲーム機とソフトのお金を返しとこうかな」
はい、とソルジャーが宙に取り出したのは何枚かのお札。
「ブルー、受け取って。お釣りはいいから」
「ちょ、ちょっと! …ノルディの家って何しに行くのさ?」
うろたえている会長さんの手にソルジャーはお札を押し付けて。
「DVDのお裾分けだよ。ぶるぅが作ったヤツの中から1枚選んでプレゼント!」
「「「!!!」」」
最悪だ、と蒼白になった私たちの眼前からソルジャーたちがフッと消え失せました。
『安心して。ノルディに渡すDVDは1回だけしか再生できない仕様にするから。…1回だけしか見られないよ、と警告されたらノルディは絶対見られない。お宝としてしまい込むのは確実さ。だけど御礼は必要だしね』
行ってくる、と思念が届いて。
『ぶるぅを預かってくれてありがとう。ハーレイはぼくが改めて仕込み直すよ。…そっちのハーレイの後始末の方は、申し訳ないけどお任せしとく』
DVDの返却とか…、という思念を最後にソルジャーも「ぶるぅ」も行ってしまったようでした。今頃はエロドクターにDVD渡しているか、向こうの世界に帰ったか…。
「…どうしよう、これ…」
会長さんが途方に暮れた顔で気絶したままの教頭先生を眺めています。鼻血はとっくに止まっていますが、意識はまだまだ戻りそうになく…。
「手当てするしかないだろう。とにかく額を冷やさないとな」
キース君の言葉に、会長さんは。
「そっちは心配してないよ。記憶も綺麗に飛んだようだし、ハーレイは放置で問題ないさ。ただ、ハーレイが借りてた分とコレクションのDVDをどうしようかと…。ぶるぅが記憶媒体にしちゃった中にはレアものが入っていたようだ」
急いでショップを回らないと、と告げられて私たちの背中を冷たいものが流れました。レンタルショップのDVDは恐らく入手可能でしょうけど、教頭先生のコレクションまで果たしてフォロー出来るでしょうか?
「最悪の場合はハーレイの記憶を弄っておくよ。コレクションの中身くらいは書き換えられる」
ついでにノルディが貰ったDVDと記憶も消しに行かなくちゃ、と会長さん。私たち、またまたボディーガードに連れて行かれるみたいです。トラブルメーカーはソルジャーだけだと思ってましたが「ぶるぅ」の方も大概でした。教頭先生は失神しちゃうし、妙な画像は見せられちゃうしで、私たち、もうヘトヘトかも…。ソルジャーとキャプテンのパパ・ママ戦争、二度と勃発しませんように~!
ソルジャーとキャプテンの大人の時間を覗き見した上、せっせと内容をメモした「ぶるぅ」。メモの存在がソルジャーにバレて、ソルジャーがそれを『キャプテン・ハーレイ房中日誌』なんていう立派な記録に仕立て上げて…。ソルジャーは記録を生かして大人の時間の脱マンネリを目指したらしいのですが、結果はなんとも悲惨な事に。
「ぶるぅだけ置き去りにされてもねえ…」
会長さんが額を押さえ、「ぶるぅ」はポロポロ涙を零しながら。
「帰れないよう…。あっちの世界に飛ぼうとしたけど、ブルーがシールドしちゃってる…。ひょっとして、このまま捨てられちゃうの? ブルー、迎えに来てくれないの? うわぁぁ~ん!」
おんおんと泣き出した「ぶるぅ」をキース君が慌てて引き寄せました。
「おい、落ち着け! あいつは捨てるとは言ってなかったし、預かってくれと頼まれただけで…」
「でもでも、いつまでって約束しなかったもん! 捨てる気で置いて行ったんだもん! うわ~ん!」
泣き声は止まらず、キース君は「そるじゃぁ・ぶるぅ」に視線を向けて。
「木の実のタルトはまだあるか? それとミルクだ、ホットで頼む!」
「オッケー!」
キッチンに走った「そるじゃぁ・ぶるぅ」がタルトの残り全部とホットミルクをテーブルに置き、キース君は「ぶるぅ」にミルクのカップを差し出すと。
「ほら、飲むんだ。お前の好きなお菓子もあるぞ」
「大食い禁止って言われたもん! 食べたらホントに捨てられちゃうもん!」
「俺が食ったと言っといてやる。だから食え! 食えば少しは気持ちが落ち着く」
「ホント? ホントにぼくが食べたんじゃないって言ってくれる?」
「ああ。男の約束だ」
キース君が言い切った途端に「ぶるぅ」はミルクのカップを掴んで一気にゴクリと飲み干してしまい、タルトの残りが乗っかったお皿を両手でエイッと傾けて……ペロリ! いつ見ても驚きの一口食いです。残りと言っても六人前は優にあったと思うのですが…。
「どうだ、落ち着いたか?」
キース君に髪をクシャリと撫でられ、「ぶるぅ」はコクンと頷きました。
「ちょっとお腹が落ち着いたみたい…。何処に食べたか、味がどうかも分かんないけど」
「まだ足りないというわけか…。ぶるぅ、悪いが何か作ってやってくれ。ボリュームがあって美味そうな匂いのするヤツを」
「うん! じゃあ、急いで焼きそば作ってくるね」
キッチンからソースの香ばしい匂いが漂い始め、「ぶるぅ」が喉を鳴らします。食いしん坊な「ぶるぅ」の胃袋は焼きそばの匂いに鷲掴みにされたようでした。もちろん頭の中身の方も。だって泣いてはいませんもの。大皿に盛られた焼きそばが出来上がってくると「ぶるぅ」は早速ガツガツと食べ、お代わりもどんどん平らげて…。
「ごちそうさまぁ~! 美味しかったぁ♪」
お腹いっぱい、と幸せそうにソファに転がり、クルンと身体を丸めた「ぶるぅ」はすぐに眠ってしまいました。キース君、凄い! 子供の扱いが上手だなんて今まで全く知りませんでしたよ~!
「ん? これでも坊主を目指してるんだぞ? 心のケアは大切なんだ。施設の慰問やボランティアにも行ってるしな。…こういう時には安心させてやるのが一番! 他のことは気持ちが落ち着いてから。ぶるぅにはまずは食い物だろう?」
それにしてもよく食ったな…、とキース君は苦笑しています。ソルジャーに叱られた時はキース君が食べたことにするそうですけど、木の実のタルトを六人前に焼きそば二十人前ですか…。キース君、大食い選手権にでも出場してみる?
「結局、ぶるぅを預かるわけ?」
ジョミー君がソファで眠りこけている「ぶるぅ」を見遣り、シロエ君が。
「この様子ではそうなるでしょうね…。今まではソルジャーとセットでしたし、たまに一人で来ることがあってもソルジャーのお使いとかでしたし。…シールドがどうのと言ってましたから、ソルジャー、完全にぶるぅを拒絶する気ですよ」
「夫婦仲が上手くいかないからって子供を放り出すのはよくあることだが…」
困ったな、というキース君の呟きに突っ込みを入れたのはサム君です。
「夫婦じゃねえだろ、あいつらって! そりゃあ、パパ・ママ戦争なんかもやってたけどさ」
「だが、似たようなものだろう? 子供を置き去りにするとは最低だな」
「でもさあ…」
ジョミー君が割って入りました。
「子供って言うけど、実の子供じゃないわけでしょ? ぶるぅの卵はプレゼントだったみたいだし」
「だから余計に始末が悪い。実の子供でも少しの間だけ預かってくれと施設に預けて、引き取らないケースも少なくないしな」
「「「………」」」
淡々と語るキース君。私たちの間に重たい空気が流れました。ソルジャーとキャプテンにとって「ぶるぅ」は養子みたいなものです。二人の間が上手くいっていれば可愛がっても貰えるでしょうが、不仲となると…。
「最悪、引き取りに来ない可能性もゼロじゃないかもね」
会長さんがフウと溜息をつきました。
「希望があるとしたら、此処が地球だということくらいかな? ブルーは地球に御執心だし、ぶるぅを預けっぱなしじゃ遊びに来るのは無理だしさ。…もっとも……ノルディがいるから金銭面では困らないのが問題かも」
「子供を放って遊び呆けるというわけか。絵に描いたような育児放棄だな」
見ていられん、とキース君が呻いています。けれどソルジャーならやりかねない、とも誰もが心で思っていました。エロドクターことドクター・ノルディは今やソルジャーのお財布代わり。ちょっと食事に付き合っただけで気前よくお小遣いを渡すらしくて、ソルジャーはそのお金でアヤシイ漢方薬を購入したりしているのです。えっと、なんだったかな……ヌカロクだっけ? そんな効果がある高価な漢方薬を教頭先生に買わせたソルジャーでしたが、その後なんにも言ってこないと安心していたら、実はドクターに貰ったお金でちゃんと買い足していたという…。
「ねえねえ、ぶるぅ、捨てられちゃうの?」
心配だよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が会長さんの袖を引っ張りますけど、解決策は無いようでした。会長さんがソルジャーに思念波を送ろうとしても弾き返されるらしいのです。
「…仕方ないか…。ブルーは一旦思い込んだら後に引かないタイプだし……それで何度も家出してるし、自分が家出をするくらいだから、ぶるぅを放り出すのも平気だろう。あっちのハーレイとの仲が円満解決するまで預かっておくしかないんだろうな」
でないと「ぶるぅ」が路頭に迷う、と会長さん。
「あっちのシャングリラに帰れないんだから、無理にあっちの世界へ帰ろうとしたらミュウを排除する育英都市に行くしかない。子供のぶるぅには危険すぎる。…いくらぶるぅがタイプ・ブルーでもね」
「そうだな。しかも三分間しか力を全開に出来ないときた」
あんたと俺たちで面倒みるか、とキース君が「ぶるぅ」の頭を撫でて。
「俺の家にも部屋は沢山余ってるんだが、こいつじゃなぁ…。親父もおふくろも、こっちの世界のぶるぅのことしか知らないわけだし、中身が全く別物となると誤魔化しても即、バレそうだ。…ブルー、住む場所はあんたが提供してくれ。昼間は俺たちもフォローするから」
この部屋に連れてくればいいだろう、というキース君の意見に私たちも賛成しました。大食漢の「ぶるぅ」は悪戯好きだとも聞いていますが、悪戯にかけてはソルジャーが突出しすぎているのか、「ぶるぅ」が何か悪戯をしたという記憶は私たちにはありません。うん、預かるくらいは大丈夫ですって!
「そうだね、君たちも協力してくれるなら……ぶるぅも可哀想な被害者なんだし、ぼくの家で預かることにしよう。ハーレイに押し付けるっていうのも考えないではなかったけどね」
子供好きだから、と会長さんはペロリと舌を出しています。教頭先生の夢は会長さんと結婚して「そるじゃぁ・ぶるぅ」を自分の子供にすることですから、「ぶるぅ」だって喜んで預かりそうでした。ただし会長さんの頼みなら……ですが。
「ハーレイに借りを作るのは不本意だから、ぼくが面倒を見るのが一番だよね。それじゃ早速明日から協力頼むよ、今日の所はもう連れて帰る」
ぶるぅも疲れているだろうし…、と会長さんが目覚めない「ぶるぅ」を抱き上げました。
「ぶるぅ、後片付けが済んだらすぐ帰って来て。ぼくはぶるぅを寝かせておくから」
「了解~! ぼくの土鍋を貸してあげてね、ゆっくり寝られると思うんだ♪」
ぼくはスペアの方でいいから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。寝床代わりの大きな土鍋を「そるじゃぁ・ぶるぅ」は幾つか持っているのでした。会長さんと「ぶるぅ」の姿が消え失せ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお皿を洗いにキッチンの方へと向かいます。私たちも「さよなら」と挨拶をして部屋を出ました。明日から大変なことにならなきゃいいのですけど、「ぶるぅ」の悪戯って一度も見たことないですし……悪戯しないよう言われてましたし、多分なんとかなりますよね?
翌日、私たちは授業が始まる前に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を覗きに行きました。いつもなら会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」もとっくに来ている時間ですけど、人の気配はありません。
「来てないよ?」
どうしたんだろう、とジョミー君。
「サム、今日は朝のお勤めに行く日だったのに断られたって言ってたよね。何かトラブル?」
「それはブルーが昨日電話をかけてきたんだ。ぶるぅを預かる間は朝のお勤めは中止する、って。あっちのブルーが、ぶるぅにお勤めを習うようにって言っただろう? だから試しに仕込んでみるって…。ん? ちょっと待てよ…。朝のお勤めをさせたんだったら、とっくに来ている筈だよな?」
あれは朝早くに始めるんだから、とサム君の顔が青ざめています。
「いつもは始発のバスで行くんだ。お勤めが済んだらブルーと一緒に朝飯を食って、のんびりしてから瞬間移動で一気に此処まで…。それから教室に行けば、みんなが登校してくる時間ってわけ。どうしたんだろう、ブルー? 遅すぎるぜ」
サム君は慌てて携帯を取り出し、会長さんに電話しようとしたのですけど。
『大丈夫。ぼくなら起きてる』
会長さんの思念が私たち全員に届きました。
『だけど、ぶるぅが全然起きないんだよ。あ、もちろんあっちのぶるぅのことだよ、ぼくのぶるぅは元気にしてるさ』
朝ご飯の用意もちゃんと出来てる、と会長さん。
『でもねえ…。ぶるぅがいくら揺すっても起きなくて。具合が悪いとかそんなんじゃなくて、もう少しとか、もうちょっととか、ちゃんと返事はするんだけども』
「「「………」」」
要は寝床から出てこないというだけのようです。心配しちゃって損したかも?
『お腹が空いたら起きるんじゃないかと思ってる。今からぶるぅがお好み焼きを焼くってさ。多分、匂いで起きるだろうから。…昨日のキースを見習ってみるよ』
焼きそば二十人前と同じ要領、と会長さんは食べ物で「ぶるぅ」を釣る気でした。
『目を覚ましたらお勤めをさせて、それから学校に連れて行く。君たちは授業に出てくれていいよ、ホントに困ったら呼ぶからさ』
じゃあね、と思念波がプツリと途切れて、私たちは教室に取って返すことに。
「寝起きが悪くなければいいわね」
スウェナちゃんが言い、マツカ君が。
「…その心配がありましたね…。無理に起こすと大暴れとかがありそうです。まあ、食べ物で釣るんだったら問題ないとは思いますけど…。でも、ぼくの別荘ではちゃんと早起きしてたのに」
「子供っていうのはそうしたもんだ」
キース君が軽く肩を竦めて。
「別荘には遊びに行ってたんだし、早起きすれば楽しいことが沢山待っているだろう? 朝飯も山ほど食えるしな。しかし今は遊びに来ているわけじゃない。素の状態が出てきているか、現状を把握した上で拗ねているかのどちらかだ」
「うわー…。それで寝床から出ないわけ?」
扱いにくそう、とジョミー君が天を仰ぎました。
「これから毎朝、食べ物で釣って起こさなくっちゃいけないんなら大変だよ。ブルー、放っといて学校に来ればいいのにさ。目が覚めたら追いかけてくるだろうし…」
「放置しといて何かあったらどうするんだ」
無責任なことを言うんじゃない、とキース君。
「少々ませた所はあるがな、あいつの中身は子供だぞ? こっちの世界にも詳しくはないし、目を離した隙に一人で外へ出掛けて迷子になるとか、保護されるとか…。そういう事態に陥ってみろ、あいつなら瞬間移動で消えるくらいのことはする」
「「「!!!」」」
それはマズイ、と私たちは硬直状態。見た目は「そるじゃぁ・ぶるぅ」と変わりませんから、サイオンを発動させても不思議パワーで片付けることは可能でしょうけど、目撃者があまりにも多かったりすれば会長さんの責任問題になりそうです。しかも「ぶるぅ」の存在は長老の先生方にも秘密になっているわけで…。
「な? ぶるぅが何かやらかした時は広範囲に被害が及ぶんだ。ブルーもそれが分かっているから慎重に行動してるんだろう。普段のあいつならとっくの昔に叩き起こして、無理やりお勤めに持ち込んでるさ」
「…だよねえ…」
「……そうですよね…」
無理ないかも、とジョミー君やシロエ君たちが頷いています。会長さんは初っ端から苦労する羽目に陥っているようでした。朝食で「ぶるぅ」が釣れたとしても、お勤めさせたり出来るんでしょうか? 私たちの頭の中には山のように積み上げられた空のお皿と満腹になって寝ている「ぶるぅ」が浮かんでいました。放課後にはそんな光景かもよ、と嘆き合いながら教室に向かい、予鈴が鳴って…。どうか何事も起こりませんように~!
授業と終礼が済んで「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入る時、私たちはドキドキ状態。柔道部三人組も部活を休んでついて来ています。いつもの溜まり場は無事でしょうか?
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「やあ。今朝はごめんね」
ソファに座っている会長さんと元気一杯の「そるじゃぁ・ぶるぅ」に出迎えられてホッと安心。あれ? 問題の「ぶるぅ」は何処…? もしかしてソルジャーがもう引き取りに来てくれたとか? キョロキョロと部屋中を見回す私たちに会長さんが。
「迎えが来たんだったら大歓迎だけど、あっちからは一切連絡無し! ぶるぅのことはもう諦めた」
「おい、あんたまで育児放棄か?」
置いてきたわけじゃないだろうな、と詰め寄るキース君に、会長さんは「まさか」と奥へ視線を向けて。
「作業部屋の方に籠っているよ。集中するのにいいんだってさ」
「「「は?」」」
「だから、集中。…狩りに夢中になっているんだ」
「「「狩り!?」」」
なんじゃそりゃ、と誰もがポカンと口を開けましたが、狩りの意味はすぐに分かりました。大人気のゲームソフトです。お勤めを教え込もうとした会長さんは早々に匙を投げたのだそうで、代わりにゲーム機とソフトを買って今に至っているというわけ。
「教育上はよろしくないとは思うんだけどね、お勤めも嫌なら料理を習う気にもなれない、やりたいことは特になし…だよ? よくよく聞いたら悪戯をしたいらしいんだ。遊べないなら悪戯したい、と言われてごらんよ。ゲームで大人しくしてくれるなら与えた方が…」
会長さんに連れられて売り場に出掛けた「ぶるぅ」が一番興味を示したソフトを買い与えてあるらしいです。そして「ぶるぅ」は見事にハマって頑張って狩りをしているのだとか。
「とりあえず、今日の所はあれでなんとかなるだろう。昼ご飯もあそこに立て籠ったままで食べていたしね。ただ、この先はどうなるか…。ぶるぅがゲームに飽きてしまう前に迎えが来るよう祈ってて」
「…来そうにないわけ?」
ジョミー君の問いに、会長さんは。
「現時点では絶望的だね。ぼくの力が届く範囲で調べてみたけど、夫婦円満には程遠そうだ。あっちのハーレイは普通のタイプ・グリーンだろう? こっちのハーレイも同じだけどさ、タイプ・グリーンじゃサイオンはとても弱いわけ。タイプ・ブルーがシールドを張って隠れた場合、自力じゃとても探し出せない」
「なんだと?」
聞き咎めたのはキース君です。
「あいつが天岩戸な状態なのか? キャプテンに見つからないよう隠れているとか?」
「違う、違う。ブルーは全然隠れていないよ、その反対。積極的にあっちのハーレイに接触しようとしてるんだけど、ハーレイの腰が引けている。ぶるぅの影に怯えてるんだ。…こっちの世界に追い払った、とブルーが言っても信じてないし!」
置き去りにされた「ぶるぅ」の映像をサイオンで中継されても、キャプテンは信じなかったみたいです。会長さんはハアと溜息を一つ吐き出して。
「ブルーの日頃の行いが悪すぎたからねえ…。ぶるぅを追い払ったと大嘘をついて、覗きを奨励していないという保証は何処にもないだろう? まあ、流石に日数が経てばあっちのハーレイも本当だったと気付くだろうけど。…なにしろ悪戯が起きないんだから」
「悪戯って…。ぶるぅはそんなに派手に悪戯するんですか?」
シロエ君が作業部屋の方を横目で窺いながら尋ね、会長さんが。
「ぼくも確かなことは知らないけれど、あっちのぶるぅの頭の中には食べ物のことと悪戯しか無い、とブルーから聞いたことがある。こっちの世界じゃ何もしないから嘘だと思いたかったんだけどね…。当の本人が悪戯したいと言ってるからにはそうなんだろう」
「「「………」」」
どんな悪戯が炸裂するのか、考えたくもありませんでした。なんと言ってもあのソルジャー……来れば必ずロクなことにならないソルジャーの世界の「ぶるぅ」です。どうあっても悪戯は封じ込めなければ、と私たちは視線を交わしました。置き去りにされてしまった「ぶるぅ」の不満が噴き出さないよう、御機嫌取りを頑張らないと…。
ゲームソフトを貰ったその日、「ぶるぅ」は私たちの前にも姿を見せずに作業部屋の奥でゲーム三昧。おやつも「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んでましたし、私たちは平和に過ごして下校しました。次の日の朝に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を覗くと、会長さんたちは来ておらず…。
「今日もぶるぅが寝坊かな?」
ジョミー君が言うと、シロエ君が。
「徹夜でゲームをやっていたかもしれませんよ? だったら今日も平和ですよね、寝てる間は悪戯も大食いもストップですし」
「それは言えるな」
爆睡してればいいんだが…、とキース君。このまま「ぶるぅ」がゲームと爆睡を繰り返してくれれば全てが丸く収まります。あのゲームはハマってる人が多いですから、きっと「ぶるぅ」も飽きないでしょう。ソルジャーが「ぶるぅ」を迎えに来たら、ゲーム機ごと引き渡してしまえばいいわけで…。
「キャプテンがゲーム機に感謝するかもね」
「いや、そこまではハマらんだろう。あっちに帰れば元通りだと俺は思うぞ」
ジョミー君とキース君の会話を聞きながら教室に行き、授業を受けて、放課後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ行くと、やはり「ぶるぅ」は作業部屋に籠ってゲームに夢中。そんな日が三日ほど続いた週末のこと。
「……駄目だ……」
会長さんがポツリと零しました。お菓子と飲み物を運んでくれる「そるじゃぁ・ぶるぅ」もなんだか元気が無さそうです。二人とも目の下にうっすらとクマがあるような…?
「…寝不足なんだよ、ぶるぅもぼくも」
作業部屋にチラリと視線をやって会長さんが深い溜息。ひょっとして「ぶるぅ」の徹夜ゲームに付き合わされたりしてますか? あのゲームは同好の士が集まって狩りをするのが流行りなんだと聞いてますけど…。
「そうじゃない。ぶるぅは一人でゲームをしてるし、そっちは全然問題ないんだ。ただ…」
「徹夜ゲームが問題になる住環境でもないだろう?」
キース君が問い返しました。
「あんたの家にはゲストルームが沢山あるし、ぶるぅが徹夜でゲームしていても他の部屋は影響ない筈だ」
「…他の部屋なら良かったんだけど…」
「「「えっ?」」」
思わず訊き返す私たちに、会長さんは困り果てた顔で。
「ぶるぅが寝てるのはぼくの部屋だよ。ぼくのぶるぅの土鍋の隣に土鍋を並べて寝てるんだ。ついでに夜中はゲームをしてない」
消灯時間は午前0時、と会長さんは言いました。
「子供の夜更かしは良くないからね。それにゲームをやり続けるのも問題アリだろ? だからきちんと電気を消して寝かすんだけど、その後が…」
「ぶるぅ、イビキが凄いんだよ。前はあんなじゃなかったのに…」
眠そうな顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「イビキだけじゃなくて歯軋りもするし、うるさくて…。あんまり寝た気がしないんだけど、ブルーはもっと大変みたい。そうだよね?」
「…トイレの度に起こされるんだ。一人じゃ怖くて行けないからって一緒について行かされてさ…。あれは絶対、わざとだね。ブルーのお供で泊まった時には一人で行っていたんだし」
ぼくに悪戯してるんだ、と断言している会長さん。
「トイレの中から何度も言ってくるんだよ。…ちゃんと居る? そこに居てる? ってね。ぶるぅはあんなに怖がりじゃない。そのくらいのことはぼくにも分かる。悪戯できない鬱憤が溜まって思い付いたのがトイレ・コールだ」
「「「………」」」
そんな悪戯があるのだろうか、と思いましたが、なんと言っても相手は「ぶるぅ」。頭の中身が食べ物のことと悪戯だけなら、トイレ・コールを考えついても特に不思議ではありません。連日連夜のトイレ・コールにイビキに歯軋り。そりゃあ寝不足にも陥るでしょう。
「トイレ・コールは悪戯だから別に心配していない。だけどイビキと歯軋りは気になる。…日を追って酷くなっているんだ。ストレスで起こすことがあるって言うから、専門家の意見を聞くべきかなぁ…って」
あまり気持ちは進まないけど、と会長さんは憂鬱そうです。専門家ってお医者さん? でも…私たちの仲間を診察できるお医者さんってドクター・ノルディの病院にしかいないのでは…?
「そのとおりさ。…そしてあっちの世界の事情を知っている医者でないと駄目だ。そうなると選択肢は一つしかない。今日にでも連れて行こうと思うんだけども…。予約を入れても構わないかな?」
「「「は?」」」
「予約だってば。ノルディの家の横に建ってる診療所! あそこは一般の人も受け入れてるから、仲間としての特殊な検査とかが必要な時は予約を入れなきゃいけないんだ。幸い、ぼくはそんな事態に陥ったことはないんだけれど……ぶるぅを連れて行くとなったら特殊事情になるだろう? 君たちも来てくれるよね?」
エロドクターの懐に飛び込むことになるんだからさ、と言う会長さんの頼みを断れる人はいませんでした。トイレ・コールはともかくイビキに歯軋り、「ぶるぅ」には専門家の診察が必要です。会長さんは早速エロドクターに電話をかけて…。
「一般の人の診療時間が終わった後で来て下さい、ってさ。夜の八時半。…今日は金曜だし、ぶるぅの診察に付き合ってくれた御礼に泊まって行って」
こうして急遽お泊まり会が決定しました。瞬間移動で家から荷物を運んで貰い、それを会長さんの家に送って準備万端オッケーです。ドクター・ノルディは「ぶるぅ」にどんな診断を下すのでしょうか? 会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の寝不足解消も大切ですけど、ホントは「ぶるぅ」に迎えが来るのが一番なんじゃあ…?